それは余りに穏やか過ぎて
だからこそ誰も気付かなかった
狂気に満ちていく心と これから始まる新たな悲劇に

















Intruder
21.崩れ行く日常を















ある日、悠人の元に帰ってきた高嶺妹がこちらにやって来た。
何でも改めて御礼を、だそうだ。
今は皆、何故かいないのでこうして俺が紅茶を淹れ、もてなしている。
そこで、高嶺が俺の手に巻かれた包帯を見て言った。

「大丈夫ですか、神凪先輩?その手……」
「あ?これはー、あれだ。一種のファッション?こうしてると何か強そうじゃない?」
「平気ならいいんですけど」

大丈夫大丈夫、と言って自分で淹れた紅茶をすする。
フッ、日々上達し続ける自分の才能が恐いぜ、などと思いながら口に入れ

「それで、神凪先輩は誰が好きなんですか?」
「ぶふーーーー!!」

全部吐き出した。

「は、はい?」
「だって、この前紹介してもらいましたけど、みんな可愛い子達ばかりなんですもん。神凪先輩はどの子が好みなのかなあと思ったんですけど」
「んなこと言われてもなあ……意識した事ないし」
「本当ですか〜?」
「インディアン、嘘つかない」

バリバリ日系だけど。

「あ、アズマリア様とか!」
「テメエは俺を犯罪者にするつもりか……つーか、アズマリアはどっちかって言うと妹って感じなんだよな」

その時ゴトン、と窓の方から物音がした。
何だ、何かあるのか?
確かめに向かおうとすると、高峰が慌てた表情で話しかけてくる

「そ、そういえば!神凪先輩、剣持ってないんですね?」
「【月詠】か?あいつは熟睡中。サルドバルト戦からずっと寝たままだな」
「剣って寝るんですか?」
「あいつは特別。ああやって寝ることでマナを回復させてるんだってさ」

そう言って改めて窓の方を見た。
……何も無いな、気のせいか。

「それで、話を戻しますけど」
「だからぁ、いないって」
「セリアさんはどうですか?綺麗だし、凛としててカッコいいですよね?」
「セリアぁ?確かに美人は美人だし、以外と可愛いとこも……あれ?自爆してるか俺」

またガタガタと、今度は台所の方から物音がする。
……まさか、と思い台所の方へ近付いて行く。
高峰が慌てて何か言っているが、そこは無視だ。
そして厨房へまわったところで

「何してんだ、お前等」
「ええっと〜」
「え、えへへ」
「………」

どこか楽しそうなハリオンと、悪戯が見つかった時のように困った笑みを見せるネリーと、顔を真っ赤にしたセリアが隠れていた。

「……集合!!」

パンパン、と手を叩くとドアの向こうから、窓から、屋根裏から皆が出てくる。
こいつら……

「あーあ、ばれちゃった☆」
「『ばれちゃった☆』じゃねえ!!何のつもりだ!?」

ビシィッ!!とネリーを指差すが、それを無視して皆が話し出す。


「ごめんねネリー、私がもうちょっと気をひきつけられたらよかったんだけど」
「カオリ様は悪くないよ!でも、シンヤ様に『ネリーは飛びっきりくーるだよ』て言って欲しかったな〜」

「よかったですね〜セリア。シンヤ様が可愛いですって〜」
「う、嬉しくない!何であんな奴に可愛いなんて言われなきゃいけないのよ!か、可愛いなんて…可愛い……」

「う〜む、私は妹か……まだまだ道は険しいな」
「が、頑張りましょうアズマリア様!恋は障害がつきものですよ!」

「私は前に好きだといわれましたので」
「いいな〜ナナルゥ、シアーも言って欲しい」
「別にどうでもいいし」


「……つーか俺の話を聞けーーー!!!」




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翌日・・・

「お兄ちゃん、頑張って!」
「あ、ああ!」

今日はいつもの模擬戦と違い、体内のエーテルを安定させる訓練を行っていた。
年長組は流石と言ったところか、すばらしい成績を残している。
が、年少組はまだまだ不安定だ。
あと……

「悠人はこうして年少組の仲間入りを果たしましたとさ」
「う、うるさい!これからだこれから!」
「と言い続けて三十分が経ってるが」
「ぐぅ……」

妹がいるせいか、何時も以上に力んでいるのが分かる。
いいとこ見せたいんだなあ……

「な、何で真夜に出来て俺に出来ないんだ……」
「さりげなく失礼だが。あれだ、俺がわずか数日で明鏡止水を体得し―――」
「はいはい」
「最後まで言わせろ」







「お疲れさん」
「お、さんきゅ」

と氷の入った水を手渡し、隣に腰を下ろす。
上気した体に、冷たい水が入ってきて体を冷やしていった。

「真夜、あのさ。この前言ってた何の為に戦うかってやつ」
「別に言わなくていいぞ。俺は言わないし」
「いや、聞いといてほしいんだ」

そう言って一息つく

「俺は…今でも何で戦ってるのかよく分からない。真夜の問いかけにも、上手く答えられそうに無い。だけどさ、護りたいんだ。佳織も、お前も、みんなも、この国も。……だからやっぱり戦うよ。後のことは、全部終わってから考える」
「……そうか」

ここで、自分を入れないのが、こいつらしいな。
そう思いながら笑って言った。

「そんじゃ、もうちょい頑張りますか」
「ああ。」

カランと、ぶつけ合ったグラスから氷の音がした。




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その日の夕方、俺はアズマリアに呼び出されレスティーナの私室まで来ていた。
前に案内してくれた初老の侍女に一礼して、中に入る。

「用って何だ、アズマリア?」
「……マリアでいい」
「は?」
「私のことは特別にマリアと呼んでいいと言ったのだ。聞いたぞ、親しい物同士はそうやって互いのことを“にっくねーむ”というもので呼ぶそうではないか」
「……誰に聞いた」
「ユートだ。あと『真夜は鈍いけど、積極的にアピ−ルしていけばきっと大丈夫だ』とも言っていた」

あいつ後で人柱決定だ……
額に手を当てて考え込んでいると、アズマリアが左腕に抱きついてくる。

「うお!な、何だアズマリア!?」
「だからマリアでいいと言っている。あと、これは積極的なあぴーるだ。ハリオンがこうすれば男はたまらないと言っていた」

今度はハリオンか……
あいつは何を考えてるんだ。
まあハリオンがやれば確かに効果は抜群だが、アズマリアじゃ胸がなあ……

「今、失礼な事を考えていなかったか?」
「それで、用事は何なんでしょうか、レスティーナ様」

生命の危機から回避すべく、レスティーナに話を振る。
しかし……

「何を考えていたんですか、シンヤ?」

あっれぇ…もしかしてこの前からかったこと、まだ根に持ってるのかなあ……?







「それで、今日来てもらった訳だが」

そう言ってアズマリアが本棚から引き出した数冊の本を広げる。
ちなみに思っていた事を正直に話したところ、引っ叩かれるかと思いきや

『そうか、やはり大きい方がいいのか。だが、私の母上も大きかったから大丈夫だ。私が大きくなれば、きっとシンヤも満足してくれる!』

と最後は嬉しそうに語っていた。
その際レスティーナが恨めしそうな目でアズマリアを見ていたが、これ以上話をややこしくしたくなかったので、無視しておいた。
頑張れレスティーナ、負けるなレスティーナ。

「なぜかシンヤの私を見る目が、哀れみに見えるのですが」
「気のせい気のせい。マリア、話を続けてくれ」

“マリア”と言われた事がそんなに嬉しいのか、ニコニコしながら話し出す。

「これから話すことは皆には秘密だぞ。……実は、今この世界は消滅への道を進んでいる」
「ラクロック限界ってやつか?」
「そうだ、それで……へ?」
「あれだろ?エーテルからマナに戻る時、少しずつマナの量が減少してくってやつ。でもよくマリアやレスティ―――」
「「何で知ってるのだ(ですか)!!?」」
「うおおう……!」

急に詰め寄られて思わず後ずさる。

「いや、それはだな……実は―――」

その時、甲高い金属音が響き渡った。
カーン!カーン!カーン!とけたたましく警報が鳴る。

「これは、警報か!?まだ日も出てるってのに!!」

そう言って立ち上がる。
今【月詠】は第二詰所だ

(取りに…いや、今アズマリア達から離れるのは得策じゃない。二人を連れて第二詰所に避難を……!)

そう判断し、レスティーナとアズマリアに声をかけようとする。
その時、急にドアが開いた。

「兵士か?今はどうなって―――!」

そう言って振り向く。
しかし、それはスピリットだった。
三蛇首が掘り込まれた紋章、黒の戦闘服……

「……サーギオスか?」
「エトランジェ・【黄金漆黒ゴールド アンド ブラック】、アズマリア・セイラス・イースペリアを確認。排除します。」

そう言って剣を抜いて殺到した。
向かい来る斬戟を、紙一重でかわす。

(どうする、どうする?何を考えル必要ガアル?)

飲み込まれる自我、埋没していく意識

(殺セバイイダケノ話ダロウガ)

そこで意識が、途切れた。



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「何なんだ、こいつら!?」

悠人は突き刺した【求め】を引き抜き考える。
確か、前にも同じような……

『手前どもの任務は撹乱』
『あいつ等の狙いは……』

脳内にイースペリアの頃の記憶が、ウルカと真夜の言葉がよみがえる。
そして、繋がった。

「ああ゛ーーーーー!!!」

突然叫びだす悠人に皆が驚いてそちらを見る。

「ど、どうしたの、パパ!?」
あいつ等サーギオスの狙いはエーテル施設じゃない!!」

皆の方を向き、そして叫んだ。

「王族だ!!!」




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「は、は、は……」

ニムントールは走っていた。
手には彼のエトランジェが持つ永遠神剣【月詠】
姉に彼に神剣を届けるよう、言われたのだ。

「メンドウ……大体神剣なんて、常備しとくのが普通でしょ」

そう言った時も彼は「揺らして起こしたら可愛そうだろ」と笑っていたが、こちらとしてはいい迷惑だ。
王女様の自室へ向かうために、曲がり角を曲がる。
聞いていた位置の部屋は、ドアが壊されていた。
恐る恐る覗き込むと、中には無傷のレスティーナとアズマリアがいる。
しかし、探している当人がいない。

「アズマリア。シンヤは……」

そう言って近寄って気付く。
アズマリアは震えていた、涙を流しながら、顔を恐怖に染めて。

「どうしたの!?シンヤは!!?」
「……めて」
「え?」
「シンヤを止めてくれ、ニムントール。あれは、あれはシンヤでは無い!!」







謁見の間に下りたニムントールは、“それ”を見た。
あたりには敵スピリットの死体が転がっており、その中心には探していた人物が立っている。
だが……

「違う、シンヤじゃない……」

“それ”を自分は知っていた。
ダラムでの戦闘時、一度だけ見た姿。
圧倒的な破壊をもつ存在。
いつもとは全く違う表情。
だから、あれはシンヤではないと結論づけた。
だから今もそう思う。
あれは違う、あれはシンヤじゃない……!
ゆっくりと“悪魔”がこちらを向く。

「あんた、誰?」

シンヤじゃない、シンヤじゃない!
シンヤはあんな顔して笑わない!!

次はテメエが相手か?餓鬼!!!

その両眼を紅に染めて、“それ”は殺到した。
体を鞭のようにしならせて、右蹴りを放つ。
それをニムントールはシールドで防御。
しかし、想像を超える力に小さな体が吹き飛んだ。

「きゃうっ!」

大きく吹き飛んだ体が、壁に激突しそうになる。
しかし、それを遮る何かが、ニムントールを支えた。

「お姉ちゃん!」
「ごめんねニム、大丈夫だった?」

気が付くと、周りには第二詰所の全員が、シンヤを取り囲んでいる。

何のつもりだ?
「こっちの台詞よ。誰よ、あなた」
知らないはずが無いだろう?神凪・真夜だ!!

そう叫び、石畳を蹴り飛ばしながらセリアへと殺到する。
そこに、二人の影が現れた。

「ごめんねシンヤ様」
「ちょっと寒いよ?」

【静寂】と【孤独】を重ね合わせ、共鳴させる。

「「《アブソリュートゼロ》!!」」

詠唱破錠の強化魔法が、一瞬シンヤの体を硬直させる。
その隙に、両側に立ったファーレーンとヘリオンが詠唱を発動した。

「いきます!」
「ジッとしていて下さいね!」
「「《ブラッディーメイデン》!!」」

地面から這い出た黒い茨が、幾重にまきつきシンヤを縛る。
そこで、更にハリオンとニムントールが放った【大樹】と【曙光】が、シンヤの両肩を貫いた。
そこにナナルゥの《ライトニングファイア》も飛ぶ。
絡まった茨ごと吹き飛び、城内の壁に貼り付けられた。

ガッ…!!この、クソがあ……!!

なおも槍を引き抜き、茨ごと突き進もうとする。
それを遮る一撃がセリアとヒミカから放たれた。

「あんたはちょっと――!!」
「黙ってなさい!!」
「「“ディスラプション・ノヴァ”!!!」」

炎を纏ったセリアの斬戟が、爆発を巻き起こす。
爆炎がシンヤを包み、それが何度と無く繰り返された。
ハイロゥでセリアは後退し、ヒミカの隣へと降り立つ。

「加減はしたけど……」
「これで、暫くは動けな―――……」

そこで気付いた。
爆炎と、煙の中からうごめく影を……

痛えな…今のは中々効いたあ

「嘘…でしょ……」
「傷が……!!」

爆炎と斬戟の傷は、急速に癒えていき、顔には笑みが浮かんでいる。

終わりか?

皆が一歩後退する。
その時だ、ニムントールの腰に差したままだった【月詠】が淡く光りだす。

【私をマスターのところに】
「へ?今喋って……」
【早く…外部に声を広げるのは苦手……】
「わ、分かった!」

そう言ってニムントールは鞘に納まった【月詠】をシンヤの元へ放り投げる。
自分の得物を手にしたシンヤは、鞘から抜こうとした時、異変が起きた。

がうあああああ!!!
【早く…出てって】
が…ぐ……貴様ぁ……!!
【マスターから…出てって!】

強制力を働かせ、シンヤの中の“何か”に精神から打撃を加える。
少しずつ、赤く染まった眼が、元の金色へと戻っていく。
完全な金色に戻る頃には、シンヤの意識はなくなっていた。









<後書き>

二十話と二十一話は、意識して繋げてみました。
暴走する力、そして始まる新たなステージ。
次回もよろしく!!


アブソリュートゼロ

ブルースピリットのバニッシュ能力を高めたもの。
アンチブルースキルの発動すら止めることができる。
ただし、このスキルを発動するには相当神剣が「同調」していなければならない。
生まれたときから一緒のネリーとシアーだからこそ使いこなせるスキル。


ブラッディーメイデン

アイアンメイデンの強化版。
黒い茨が敵に絡みつき、行動を束縛する。
ブラックスピリット同士なら、比較的簡単に行使できる。


ディスラプション・ノヴァ

ファイアボールの爆発エネルギーをヘヴンズソードに収束されたオーラフォトンで制御。
敵に叩き付けると同時に解放して極小域の連鎖的マナ反応を誘発。
粒子加速器のような効果を発生させて敵全体を攻撃する。
エンドサポートタイミングに発動するため使い所が難しいが威力は申し分無い。
また、青赤両属性が付いているためにそのダメージは飛躍的に跳ね上がる。
逆にダスカトロン砂漠のようなマナ消失地帯では著しく威力が落ちることになる。


解説は投稿者の物をそのまま載せさせて頂きました。

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