「よくやった。エトランジェ、【求め】。【黄金漆黒】よ。儂は今とても気分が良い」
うっぜぇ……
帰って早々なんでこんな髭の上機嫌な顔見にゃならんのだ。
ここは取りあえず喜ぶような事を言っておくべきか……
「その髭引っ張って城下を引きずり回してやろうか」
【…心の声が口に出てるの】
思わず本音が!!
Intruder
20.穏やかな日常を
上手い事聞こえてなかったようで、髭は上機嫌に喋り続けている。
「これで北方五国、龍の魂同盟は漸く一つとなった。正統な血筋によって、あるべき姿に戻ったのだ。ふ、ふふ……はっはっは!!」
周りの重臣たちもそれに合わせて笑い出す。
よくそんな事が言えるな、アズマリアの前で....
【マスター……】
「分かってる、大丈夫だ」
最近堪えがきかなくなってきたか?
いかんぞ真夜、そんなことでどうする。
ひとしきり笑いが収まると、髭はこちらを見て言葉を続ける。
「エトランジェよ、此度の貴様たちの功績には儂も感謝の極みだ。そこで、貴様たちにも褒美を取らせよう。何がいい、何でも言ってみるがいい」
そうやってある程度自分の懐のでかさをアピールしているつもりなのだろうか。
下らない……とも思うが、これはチャンスでもある。
俺が口を開こうとした時、先にレスティーナが喋りだした。
「父様。この者の義妹を解放してはどうでしょうか?」
「何?」
その言葉に、悠人が驚きの表情を浮かべる。
まあ、こいつはレスティーナのことよく知らないからな。
まさかそんな事を言われるとは思いもしなかったのだろう。
「そのような事―――」
「何でも言ったのは貴様だろう。それとも、これしきの事も出来ぬほど、貴様の懐は浅いか?」
そこにアズマリアの追い討ちがはいる。
こう言われたら反論のしようが無いだろう。
「……よかろう。だが、娘を連れて逃げようなどと考えぬ事だ」
「エトランジェよ。分かっているとは思いますが、もし今後の戦果が下がるのならば即座に城に戻します。そのことを忘れ無きように」
レスティーナは厳しい視線を悠人に向けて言った。
「ハッ!!」
よく見えないが、その表情はきっと喜びに満ちているだろう。
このためにこいつは戦ってきたのだから……
「それで、シンヤはどうするのだ?」
とアズマリアが聞いてくる。
俺は立ち上がると、髭に向け先程考えた提案を出す事にした。
「給料をくれないか。俺だけじゃなくここにいるスピリット達にも」
「何?」
「これまでの戦い、俺と悠人だけじゃ絶対勝ち残れなかった。だからこいつ等にもそれなりの褒美があってもいいだろ。」
さあ…どうだ?
少しばかり考えていた髭だったが、この程度なら問題ないと考えたのだろう。
静かに頷く。
「よかろう、ただし金額はこちらで決めさせてもらう」
「……とか言って一般兵の三分の一とかだったら殴りこみに来るからな」
「わ、分かっておるわ!!」
その割にはドモッてるぞ。
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「それは〜、よかったですね〜」
「ああ、悠人も喜んでたよ」
第二詰所に帰り、事の次第を皆に報告していた。
隣でアズマリアが一緒に昼食を食べているのは……ツッコムところなんだろうか?
「それで、シンヤ様は何てお願いしたのー?」
「したの〜」
「フッフッフ、聞いて驚け。なんと、俺たちに給料が支給されることになりましたー!」
俺の言葉に、皆の手が止まる。
「……本当?」
「全て事実だ。感謝するがいい!!」
腕組んで威張る俺を無視して、皆はアズマリアの方を見る。
マテ、俺の言うことじゃ信用ならんというのか。
「事実だ。それがシンヤの要求だからな」
「うわ〜!わ、私お給料なんて初めてですよぅ!!」
「ありがとうございます。アズマリア様」
そう言って感謝を述べるセリアをジト目で睨む。
「うおーい。俺に感謝は無いのかー?」
「……感謝してあげます。ありがたく思いなさい」
「何故に上から目線!?」
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「そっかぁ、ユート君の妹さん。帰ってきたんだ」
「……とりあえずレムリアで通すつもりか」
「ん?何か言った?」
「いえ、何も無いです」
だから拳を握らないで下さい。
「あ、そうだ。これ借りてた分」
そう言って懐から金貨を取り出す。
「別にいいのに」
「そうはいかん。『借りた物は必ず返せ』とクソ親父に言われてるからな」
「…いい、お父さんだね」
「ろくに家にいないくせに、帰ってくるたび自分の息子を立ち上がれないまで鍛え上げる親が、いい父とは思えないが」
「あ、あははは……」
口元をひくつかせながらレス…レムリアが笑う。
まあそれが、こっちの世界で生きているから感謝するべきなんだろうが。
ひと時の静寂が訪れ、ほのかにヨフアルのいい匂いが漂ってくる。
…この平和が、一体何時まで続くのダロウカ。
「どうしたの、シンヤ君?」
「いや、なんでもない」
急に左眼を覆った俺に、少し驚きながらレムリアが聞いてくる。
一瞬だけだ、大丈夫、大丈夫だ、と自分に言い聞かせた。
「……シンヤ君は、この国…好きかな?」
「……あ?」
急な質問に、思わず聞き返してしまう。
この国が、か……
「正直、分からない。でも、護って戦う価値はあると思う。決めたんだ。仲間も国も自分自身も、全部背負って戦っていくって」
「それがシンヤ君の……?」
「そ、戦う理由だな」
一握りを護るため、他の全てを奪う覚悟。
殺した過去も、殺す未来も、全て背負って生きるという誓い。
「……辛くない?」
「全く、つったら嘘になるけどな。そんじゃ、俺はずらかるわ」
「え。何で?」
「王子様の登場で、馬に蹴られて死にたくない」
目線を移すと、坂道から悠人がやってくるのが見える。
それを見たレムリアが、真っ赤になって怒り出した。
「そ、そんなのじゃないよー!」
「はいはい、それじゃな」
ひらひらと手を振りながら、俺はその場を立ち去った。
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時間は深夜、場所はラキオスの南に広がるリュケイレムの森。
「はぁ、はぁ、はぁ」
そこに佇む一人の少年。
周囲の地面はえぐられ、木々は薙ぎ払われ、岩は粉々に砕かれている。
その手は血でにじみ、肩で大きく息をしていた。
その左眼は、赤色に染まっている。
「くっそ、何なんだヨ、一体……!?」
己の中の破壊衝動が、膨れ上がっていく。
自分の心に、紅い何かが侵していく感覚。
その少年のうめき声が消えたのは、東から日が出てくる頃だった。
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