「ヘリオン、付き合ってくれないか」
「へ、へえええぇぇぇぇ!?」

第二詰め所での朝食後、食卓にヘリオンの声が響き渡る。

「で、でも…私達数日前あったばかりですし、そんないきなり」
「急で悪いのは分かってる、でもお前じゃないと駄目なんだ!」
「え、あ……」
「たのむ!」












Intruder
09.princess in the castle town















「つまり、居合いの練習に付き合ってって事ですか……」
「?そうだが」

ここ数日ブラックスピリットの戦い方を見てみると居合いを基盤とした戦闘スタイルらしい。
どうせ神剣の形状が同じなら習っておいて損はないと思いお願いしたんだが……

「な、なんか怒ってないか?」
「別に、怒ってなんかいません」

嘘つけ、とてもそうは見えないぞ。

「それじゃ、はじめましょうかシンヤ様?」

そう言って笑うヘリオンが今までになく恐かった。





「ハア、ハア……」
「どうしたんですかシンヤ様、まだまだ全然できてませんよ?」
「ちょ、ちょっと休憩にしないか?」

それから数時間、俺はほぼぶっ通しで稽古をつけられた。
というのも休憩をとろうとしても

「ダメですよぅ、折角様になってきたのに今止めたらまた振り出しですよ?」

ずっとこの調子なのだ。
くそう、ニコニコしやがって……

「つっても、さすがの俺もしんどいぞ……」

一朝一夕でできるとは思わなかったがここまでキツイとは。

「さ!シンヤ様立って下さ「シンヤ様〜、ヘリオ〜ン」」

とヘリオンの声が間延びした声に遮られる。
この声は―――

「もうすぐお昼ですから〜お二人とも戻って来て下さ〜い」
「ハ、ハリオン!助かったー!!」
「あらあら〜どうしたんですか〜?」

今はまさにハリオンが救いの神に見える。

「いや、何でも。ヘリオン、もう昼だし今日はここまでにしよ、な?」

そうでないとマジで倒れる。

「……分かりました。それじゃあ今日はこれまでにしておきましょう」

そう言うと剣を収めて先に訓練所から出て行ってしまった。

「…ハリオン、俺ヘリオンに何かしたか?」
「ダメですよ〜シンヤ様。乙女心ちゃんと分かってあげなきゃめっめっですよ〜」
「いや、だから何したっていうんだ……」

結局ヘリオンは一言も喋ってくれず、ハリオンは何も教えてくれなかった。




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昼食後・・・

「失礼ですが、何をなされているのですか?」
「おう、ナナルゥ。ナイスタイミング」
「ないすたいみんぐ?」
「いや、後で教えるから取りあえず出してくれ」

場所は第二詰所の地下倉庫。
状況としては、探し物をしていたところ本が大量に落ちてきて、俺の上半身が本に埋まっている状態である。

「了解、引っ張り出します」
「イデデデデデ!!もうちょい優しく!引っかかってる、引っかかってるから!!」






「それで、何をなされてたんですか?」
「何だと思う?」
「……言ってもよろしいのですか?」
「何を想像してやがる!」

イテテ、と体を擦りながら一冊の本を出す。

「これだ」
「……『十日で完成!正しいスピリットの調教方そだてかた』<著者:ソーマ・ル・ソーマ>」
「間違えた、こっちだこっち」

なんだその受験の問題集みたいな名前は……

「『高等戦術論』?」
「ああ、奥の方にあったからな。取ろうとしたら本棚ごと落ちてきちまった」

昨日のバーンライトとの戦闘から、ティアの技“ソニックストライク”(ハリオンの話だと経験のあるスピリットが体得するそうだ)を見たのが要因だ。
典型的な技、“居合いの太刀”、“ストライク”などは今いる仲間から知っていたが、未知の技があるのも確か。
この前は何とかなったがそれも何度続くか分からない。

「前以上に敵が強くなっていけば、いずれ必ず壁にぶつかる時が来る。それはいわばその為の保険だな」
「しかし、読めるのですか?」
「ああ、ばっちりな」

そう言ってペラペラとページをめくってみる。
……戦闘術以外にも、光輪ハイロゥや魔術式についても書かれている。

「………」
「………」
「……あのさ」
「はい」
「そうやってじっと見られると非常に居心地が悪いんだが……」
「申し訳ありません。ですが、非常に興味がありますので」

参ったな、と言ってうず高く積まれた本の中から一冊取り出す。
恋愛小説か……丁度いいかもな。

「ほれ」

そう言ってナナルゥに本を手渡す。
受け取ったナナルゥはジッとそれを見つめた後、こちらを見て一言

「小説、ですか?」
「ああ。読んだ事無いのか?」
「はい。個人の主観が入った物は余り参考になりませんので」

なんつーか、事務的だなあ。

「いいから読んでみろよ。結構面白いかもしれねえし」
「……了解しました」

命令じゃないんだが……まあいいか。
……そういや

「どうしてココに来たんだ?用事か?」
「はい、ハリオンが菓子を焼いたと言っていました。ですから呼びに来たのですが」
「……残ってるかな」
「ネリー、シアーがいたので。可能性は薄いかと」
「………ハァ」

予想通り、戻った頃にはお菓子は全て無くなっていた……




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お茶請け無しの寂しい時間を終え、先程引っ張り出した本を読むため自室に帰ろうとすると、両腕が急に重くなった。
というか

「なんだ、ネリーとシアーか」
「ねえねえシンヤ様。暇?」
「暇じゃねえ。これから用事あるから」

だからその手を離してくれ。

「暇だって、やったねシアー!」
「うん!」

無視かよ。

「シンヤ様、町に行ってみようよ!」
「みよー」
「ハァ?何でだよ?」
「だってだって、朝はヘリオンと“でぇと”してたんでしょぉ?」
「ぶぁは!!」

デートなんて言葉誰から聞いたんだ、というかそれより

「な、何で俺とヘリオンがデートしてることになってんだよ!?」
「え〜、だってシンヤ様“俺と付き合ってくれ”って言ってたもん。朝はヘリオンだったから、お昼はネリーとシアーの番!!」

「ね〜」とか「うん」とかいう会話はスルーして、つまりあれか。
それでヘリオンやたら怒ってたのか。

「ね?行こうよシンヤ様!」
「いこー」

正直面倒だが、ここで断れば更に面倒なことになるのは間違いない。

「ハァ、仕方ねえなあ……」
「やった!!」






「そういや、町に降りんのは始めてかもな」
「そうなの?」
「こっち来てすぐ戦争だったからな」

この機会にゆっくりさせてもらうか。
……まああの二人がいる時点で“ゆっくり”は無理か。

「うわー、スゴーイ!」
「すごーい」

案の定と言うか何と言うか、町に広がる商品を見ながら二人はあっちにフラフラこっちにフラフラしている。

「あんま離れて迷子になるなよー」
「シンヤ様に言われたくないもーん」
「方向音痴〜」
「ぐ、人が気にしてる事を……」

まあしかし、俺も城下に降りて来るのは初めてだ。
ヘタすると本当に迷子になりかねない。
キョロキョロと周りを見渡していると俺達を見る周りの目に気が付いた。
その眼に写るのは恐怖と畏怖と軽蔑。
決して人が持ちえることの無い青の髪の少女と異国の服を着た男の組み合わせ。
更に腰に差した剣。
誰がどう見てもスピリットとエトランジェと分かるだろう。
ジロリと睨みを利かせるとバツが悪そうに眼を逸らしていった。

「シンヤ様〜」
周りの目に気付いたのか、シアーがギュッと袖を握り締めてくる。

「大丈夫だ、それよりネリーは?」
「あ、あそこ」

指差す方向を見るとネリーは八百屋らしき店を覗き込んでいる。シアーと違って物怖じしない奴だな。

「すっごーい、見たことない果物もある!あ、これなに?」
「リステアの実だ」

ネリーの質問に熊みたいな髭を生やしたオッサンがぶっきらぼうに答える

「ソーンリームの地域でしか獲れん貴重な果物だ」
「へぇ〜、美味しいのかなあ…」
「欲しいか?」
「へ、いいの?あ、でもネリーお金持ってないし…」
「いい、あそこの嬢ちゃんにも持って行ってやんな」
「本当!?ありがとうオジサン!」

そう言うと二つ実を持ったネリーが嬉しそうに駆け寄って来た。

「シアー、オジサンがくれるって!」
「ほ、本当?」
「うん!そう言ってたもん」

楽しそうに話す二人を残して俺はオッサンの所へ寄って行った。

「悪いな、ちゃんと金は払うよ」
「いらん」
「いや、でもっとぉ!!」

突然投げられた物を反射的に受け止める。
それは先程ネリーが渡した実と同じものだった。

「オメーにもやる。いつも守ってもらってる礼だと思ってくれて構わん。まあそれでも安いぐらいだがな」
「オッサン……ありがとな」
「礼なんざいらん」

顔を逸らして言うオッサンに苦笑する。
そして二人の元へ戻ると、オッサンに手を振りながら、離れていった。






「おいしーねー」
「おいしい」

リステアの実を食べながら城下町を歩いていく。
楕円形で少し形が違うがリンゴみたいな味だ。

「ん、確かにうまいな。っとあれは?」

坂を上がり切ると少し開けた場所に出てきた。
目の前には湖が広がっている。
それよりも

「あれ、悠人じゃないか?」

すこし離れた所に悠人ともう一人少女が立っていた。

「ほー、あいつもやるなあ」
そう言うと俺はソロソロと近づいて行った。






「よお、悠人」

俺の声に反応した悠人が振り返る。

「な、真夜にネリー、シアーまで!何でここに!?」

突然登場した俺達にかなり動揺しているようだ。

「お前こそ何してんだよ?こんなところで女口説いたりして」
「ち、違うって!レムリアとはちょっとぶつかっただけで!!」

ほほう

「ちょっとぶつかったついでにナンパですか」
「違うってば!なあレムリア、お前からも何か言ってくれよ」

すると悠人の後ろにいたレムリアという少女は、事の次第を納得したのか、いたずらっ子のような笑みを浮かべて

「酷いよユート君!あんなに情熱的に口説いてきたのに!」
「な、なぁ!?」
「聞いたかネリー?」
「うん!これはエスペリアに報告しないとね!」
「みっこくー」

すると悠人は諦めたように

「な、何が望みだ……」

と聞いてきた。

「どうする、ネリー?」
「う〜ん、ネリーもヨワフル食べたい!!」
「シアーも〜」
「だとよ」
「く、分かった…って俺金持ってないんだが」


あ、そうか。俺ら金は渡されないもんな。
するとレムリアが

「はい!」

と悠人に金貨を渡した。

「え、いいのか?」
「うん!だってヨワフル好きに悪い人はいないもん!!」

初めて聞く格言だな。

「ほら、行ってこいよ」
「あ、ああ。ありがとなレムリア」

そう言うと双子に引っ張られ連れて行かれた。
そしてこの場に残ったのは俺と

「何してるんですか?レスティーナ様」

彼女だった。
最初ポカンとしていたが段々ワタワタしだす。

「な、何言ってるのですか?わ、私はレムリアだよ!」

あまりの混乱っぷりから地と敬語が入り混じっている。
まあ本人がそう言うなら無理に問い詰める必要も無いのだが……

「そうか、人違いだったか。」
「そ、そうそう!私はレムリア。あなたは?」
「真夜、神凪・真夜だ、よろしくな」

そう言うと彼女は

「うん!よろしくね、シンヤ君!!」

決して城では見せることのない快活な笑顔で答えてくれた。






「きれいだな」
「うん、何てったって私のお気に入りの場所だからね」

三人が帰ってくるまで俺たちはジッと湖面を見ていた。
波立つ心が少し穏やかになっていく。
この数日色々な事がありすぎた。初めて戦場に立ち、剣を握り、そして―――

『何で君は戦うの?』
『その心に答えを出して、それで剣を振るうか決めなきゃ。』
『……頑張ってね』

始めて、人を殺した。

「でも、決めたんだよな」

殺した過去も、殺す未来も、全部背負って生きていくって……

「シンヤ君!」
「うお!な、何だ!?」

いきなり目の前に現れたレムリアに面食らってしまう。

「もー、こんなかわいい顔した娘が目の前にいるのに、そんな恐い顔しちゃ駄目だよ!」
「あ、ああ。すまん」

どうやら気付かないうちに表情に出ていたらしい。
ていうか自分でかわいいとか言うな。

「そんな顔してるといつか疲れて倒れちゃうよ?」
『いつもそんな仏頂面だとストレスで死んじゃうよ?』

一瞬息を呑む。
あいつの姿がダブって見えた気がした。

「そう、だな……」

全部護るって決めたんだ。
護ろう。
俺も、仲間も、この国の人たちも、そして―――

「そうだ、気分転換にヨワフル食べなよ!」

この娘も






その後戻ってきた三人と帰ることになった。
悠人はヨワフルの金を弁償したいから待ち合わせがしたいと言ったが

「チチチ、約束なんて無粋だよ。逢えるときは逢えるもんだから」

と言われてしまった。

「あー、そうだレムリア」
「ん?なあに?」
「ついでにっつったら悪いんだが―」




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「ヘリオン」
「はい?」

第二詰め所に帰った後、廊下で会ったヘリオンに話しかける。
心なしかまだ少し怒っているようだ

「何ですか?」
「あっとさ、今日はごめんな。そんでこれ」

そう言って袋を渡す。

「な、何ですかこれ?」
「お詫びの印ってことでさ」

中に入っているのはヨワフルである。
レムリア曰く「恋の問題から気になるあの子までヨワフルがあればバシッと解決!」らしいが、今更ながら不安だ。
ていうか両方恋愛絡みじゃねえか……

「へ、あ、これ、私にですか?」
「あ?ああ。いらなかったら捨てるなり他の奴に「い、いります!」そ、そうか…」

まあこれで喜んでくれるならわざわざレムリアに金を借りたかいがあるってもんだ。

「本当にごめんな。俺が紛らわしい事言っちまって皆に誤解されたの怒ってたんだろ?」
「……へ?」
「あれ、違うのか?」

するとヘリオンは溜め息をついて

「もういいです、鈍感……」

と言って行ってしまった。あれ?なんかまた間違えたか?












<後書き>

第十話「城下の姫君」
日常篇といった感じでしょうか?
戦闘続きだったのでココで一息。
次回からまたバトルバトルバトルです。

次回「Judgment」

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