In The Past・・・・・・

「そっちはどう!?」
「だめだっ・・・・・・くそっ、こんなことしている内にもかおりは・・・・・・!」
「あせっちゃダメ! 考えないと・・・・・・どこかからぜったいに入れるはずなんだから」
「・・・・・・そうだ! あの時の手を使えば!」
「あの時?」
「忘れたのか!? ほら、お前が学校のまどをわったボールを拾いに・・・・・・」
「そうだ、開いてるまどから! しゅん、さえてる!」
「ふん、当たり前だ。 よし、今すぐ・・・・・・!」

「瞬様、こんな所にいらっしゃいましたか」

「ぇ? しゅん。 この人たち、だれ?」
「くっ! なんでお前たち、ここにいるんだよ!」
「無論、貴方のお父様の御命令です。 低俗な者どもにお姿を撮られるとは・・・・・・お父様は大層お怒りですよ」
「そ、そんなのこのぼくには関係ない! はやくしないと、ぼくのかおりが死んじゃうかもしれないんだ!」
「お、おねがいします。 わたしたちを行かせてください・・・・・・はやくしないと!」

「お前たち、早く瞬様をお連れしろ」
「ハッ」
「はっ、はなせ! はなせよ!このぼくの命令だぞ!」
「お聞き分けなさいませ」
「・・・・・・やっ! しゅんをつれてっちゃダメ!」
「お嬢ちゃん、大人しくしな」
「ダメ! ダメダメダメッ!」
「おい・・・・・・こら、あばれるな! ・・・・・・いでっ!!」
「どうした?」
「こっ、このガキ、思い切り噛み付きやがった!」
「ははっ。 バーカ」

「くそっ・・・・・・かおり・・・・・・ちとせ・・・・・・!」
「おねがい、しゅんをつれていかないで!」
「おとなしくしろって・・・・・・言ってるだろうが!」
「きゃあっ!」

「ちとせ―――っ! おまえら、やめろよぉっ!」

「おい、人が来るぞ。 さっさとしろ」
「は、はい」
「ちくしょう・・・・・・ちくしょぉ・・・・・・」


「まって・・・・・・まってよぉ・・・・・・」




「わたしをおいていかないで・・・・・・」





「しゅん・・・・・・かおりぃ・・・・・・」





 ・・・・・・・・・。


 ・・・・・・。









 永遠のアセリア二次創作            

龍の大地に眠れ

    一章 : 夢幻世界の少女たち

第五話 : 波乱の予感







 ラキオス城  謁見の間

 悠人たちはラースで合流したオルファと共に、謁見の間でレスティーナに今回の報告をしていた。
 全員を代表してエスペリアが委細の報告を済ませると、王女は重々しく頷いて告げた。

「やはり、その報告からするとバーンライトの兵であろうな・・・・・・牽制のつもりだろう。 賢しいことを」
 後で聞いた話によると、重要書類のほうは別働隊のスピリットたちが無事奪取していたそうだ。
 レスティーナはラースに駐屯していたハリオンたちを呼び戻し、他のスピリットたちを代わりに警固に当たらせると言い出した。

「・・・・・・育成途中のスピリットたちでは、まだ使い物にならないことが今回のことで証明されたのだからな」

 レスティーナの言葉に、膝をついていた千歳はぎりりと奥歯を噛んだ。
 彼女たちはラキオスに到着した途端、気が抜けたように倒れてしまい、今この場にはいない。 自分のことならいくらでも悪し様に言えば良いと思うが、命を かけてラースを守った彼女たちを侮辱されるのは、千歳には耐えられないことだった。

「おまえたちには他の作戦を行わせる」

「はい」
「ハッ」

 そうだ。
 この身ならばいくらでも使うがいい。
 所詮、この身は異邦者。 スピリットたちのように純真でもない、ただ自分が悲しむことを嫌う臆病者。
 だが、彼女たちを侮辱する事は許さない。

「殿下、さらに報告いたますと、敵の中にかなりの力を持ったものがいました」

 バーンライトの力だけではあのスピリットを育てられるとは考えにくい、とエスペリアは告げる。
 スピリットの肉体はエーテルで構成されている。 よって、彼女たちをより協力に育成するにはより多くのエーテルを費やさねばならない。
 資源が豊かとはいえないバートバルトでは、あれほどの力を持ったスピリットがいるとは考えにくいのだ。

「・・・・・・後ろ盾がいる、と。 そう感じたか」
「はい、おそらくは」
 レスティーナの声に驚きの色はない。
 どこまでも落ち着いた、王者の威厳があった。

「アセリアよ」
「・・・・・・ん」
 アセリアの返事を咎めようとしないところを見ると、すでに彼女の態度はなれたものだということか。
 王女はアセリアにそのスピリットに何を感じたかと尋ねる。
 アセリアは少しばかりの沈黙の後、ぽつりと呟いた。

「つよいちから・・・・・・でも、とても黒い」

 ―――黒い、か・・・・・・。
 千歳にはあの力が『暗い』と感じられた。 夜の闇とは違う、いつでも存在する太陽に蝕めぬ深淵。
 しかしレスティーナはアセリアの言葉に納得したようだった。
「『求め』のエトランジェよ」
「ハッ」
 悠人が素早く返事を返す。 ようやく身の振り方を覚えたということか。

「剣は使えたようだな。 今後の活躍にも期待する」
 次に千歳の方へと顔を向けてきた。
「『追憶』のエトランジェよ」
「ハッ」
 千歳は感情を出さずに低く、答える。
「今後もそなたの忠義をもって、ラキオスの力となるように」
「・・・・・・御意」
 一応は今回の任務達成で、千歳の『忠義』は認められたということか。 嬉しくはないが、これも目的のための足場の一つだ。

 エトランジェ二人への言葉を追え、今後は悠人も本格的な訓練に参加するよう指示があった。
「下がってよい。 体を休め、次の戦いに万全に臨めるよう」
 エスペリアが礼をし、全員がそれに倣う。

「・・・・・・・・・!」
 千歳は頭を下げながらもレスティーナの顔から目を離さなかったため、彼女の顔によぎった悲しみの眼に気づいた。
 レスティーナが果たして自分たちにどのような感情を抱いているのかはまだ判断できない。 その権威ゆえに、自分たちの力を必要としているだけなのか。  はたまたそれ以外の感情があるのか。
「・・・・・・まだ、情報が足りないわね」
 千歳はそっと呟いて、謁見の間を後にした。


 第二詰め所  一室

 オルファに手を引かれて、千歳が連れて来られたのは普段暮らしているのとは反対方向に位置する第二詰め所だった。
 ここに住んでいるのも千歳たちと同じスピリット隊に属する少女たちだ。
 そして千歳は今、その一室のベッドに寝込むネリーとシアーにお見舞いをしていた。

「え〜ん。 身体がだるいよぉ〜〜〜」
「よぉ〜〜〜」
 二人は千歳とオルファの顔を見ると、すぐさま自分たちの疲労を口々に主張し始めた。
「・・・・・・ごめんね、何かもってきてあげれたら良かったんだけど」
 城からそのままの足で来たものだから、千歳たちはお見舞いの品は一切持ってきていなかった。
「何かしてあげられることはある?」
「ひざまくら〜〜〜」
「おてて、つないで・・・・・・」
「え〜〜〜っ!オルファ、ママにまだそんなことしてもらったことないのにぃ」
「こら、オルファ」
「・・・・・・ぶぅ」

 オルファをたしなめると二人の願いに答え、千歳はネリーの眠るベッドの傍に腰掛けた。 彼女の身体をそっと横たえなおしてやり、ネリーの頭を膝の上に乗 せる。 髪を下ろしたネリーの顔は、やはりシアーにとてもよく似ていた。
 次に腕を伸ばしてシアーの小さな手をぎゅっと握る。 シアーはおずおずと千歳の指を握り返した。

「チトセママ・・・・・・」
「・・・・・・ママ」

 甘えるようにすりよる二人の言葉に、千歳は苦笑じみた微笑を漏らす。
 アキラィスでの戦闘の後、ラースの村で合流した頃からネリーとシアーまでもが千歳の事をママと呼んでいた。
 その時、彼女たちに紹介した悠人の呼び名は『ユート様』であるにも関わらずだ。 やや理不尽なものを感じながらも、千歳は彼女たちの呼ばせるままにして いた。

 スピリットたちには血縁関係というものがなく、本来の彼女たちの『ママ』は存在しないらしい。 そんな中で、オルファが千歳のことを母親代わりにしてい るのを見て、彼女たちはそれを羨ましく思ったらしかった。
 彼女たちには命の恩義があるし、何より自分はこの娘たちのことが嫌いではないのだから、それくらいは構わないかと千歳は踏ん切りをつけていた。

「ほら、オルファ。 おいで」
 シアーに預けたのと反対の手を千歳はオルファに差し伸べた。 オルファは少し膨れっ面をしていたが、仲間外れにされるよりはとその手を握ってくる。
 千歳はこんな風に甘えられることにあまり慣れていなかったが、なぜかこの少女たちを慈しむことがごく自然に感じられた。
「ね、チトセママ。 お歌うたって・・・・・・」
「歌?」
「うん・・・・・・」
 シアーが深い群青色の瞳を細めて千歳に懇願した。
 千歳は久しく他人のために歌うなどということがなかったので、少し迷ってしまった。
「私、この世界の歌は知らないわよ?」
「・・・・・・ハイペリアのお歌がいい」
「あ、ネリーも聞きたいなぁ」
「ママ! オルファも、オルファも!」
 三人の願いに、しかたないと千歳は内心ため息をついた。
「じゃあ、私の好きな歌でいいかしら? 私が住んでいた家に伝わる、古い、古い、歌・・・・・・」
 皆、千歳の言葉にすぐに頷いた。
 千歳は覚悟を決めて、すぅと息を吸い込んで柔らかな声で歌い始める。


  「 此の世に夢を求むれば
   星の光も    虫の()も    天 の調(しらべ) に勝りけり

   彼の世に夢を求むれば
   瑠璃の光も   琴の音も    (わらべ)小唄(こ うた)に隔てなし

    一夜(ひとよ)の夢を見るならば
   今日の悩みも 泡沫(うたかた)に     祈りは遙か故 郷(ふるさと)の    君の心に刻まれぬ

    千年(ちとせ) の夢を見るならば
   刹那の恋も永久(とこしえ)に       (みこと)は遙か故郷(ふ るさと)の    龍の眠りに綴られぬ―――」


 千歳が祖父に教えてもらったこの歌は、神社に伝わる唄を千歳の母が今様に直したものなのだそうだ。 千歳、という名前もこの歌から付けられたものらし い。
 どことなく懐かしく、それでいてはかない響きの歌を、幼い千歳は一人の時によく口ずさんでいたものだ。

 余韻を残して千歳の声が止むと、オルファたちがわっと嬉しそうに千歳の歌を褒めた。
「はぁ〜〜〜。 ママ、お歌上手!」
「・・・・・・じょうず」
「そう? こんな風に歌うのなんて、本当に久しぶりなのだけど」
「ね。 その歌、どういう意味なの?」
 ネリーの興味津々と言った問いかけに、千歳は眼を細めた。
「そうね・・・・・・簡単に言えば『今』を大切に生きましょう、って言う意味かしら。 死んでしまってからに夢を馳せるよりも、この現実をより楽しく生き ていきましょう・・・・・・そんな歌なの」

 それからも千歳は子供たちに次から次へと歌をせがまれてしまった。 やはり久々のコンサートは辛く、まだ癒せぬ疲労も重なって四曲目あたりで千歳は根を 上げてしまった。
「・・・・・・も、もう私、疲れちゃったわ」
「え〜」
「う〜」
 途端に悲しそうな顔をするものだから、千歳はとりあえずオルファに顔を向けた。
「多分、お城にいる佳織なら私より色んな歌を知っているはずよ」
 千歳は内心旧友に手を合わせながら、佳織のレパートリーに期待する。
「え、そ〜なの? じゃあ、オルファ、カオリにもっとお歌聞いてくる〜〜〜♪」
「ま、まあ、ほどほどにね・・・・・・」
 オルファは嬉しそうに立ち上がると、ネリーがずるいと言っているのを余所目にするりとドアの隙間を潜り抜けて行ってしまった。

「う〜。 オルファずる〜〜〜いっ!」
「・・・・・・ずるい」
 拗ねる二人の様子に、千歳はくすくすと笑う。
 それから二人は今まで以上に千歳にべとべとしだしたのだが、三つ編みを解こうとするのと服の裾から手を入れられるのは勘弁して欲しかった。

「あっ、ちょっと、こら! シアー、それほどいちゃ駄目だってば! ・・・・・・やっ! ネリー、そんな所に手を入れないで!」
 千歳が次第にエスカレートする二人をどうやって宥めればいいものかと困っている時に、オルファが半開きにしていったドアからハリオンが入ってきた。
「あら〜、チトセ様。 お邪魔でしたか〜?」
「ハ、ハリオン、この子たちを止めて頂戴!」
 いつもほやほやしているが、ハリオンはやるべき所はきちんとやってくれる女性だ。 千歳の嘆願に、今回もハリオンはきっちりと二人をたしなめる。

「あらあら〜。 二人とも、チトセ様を困らせちゃ、メッ、ですよ〜〜〜」
「え〜。 でもでもぉ・・・・・・」
「メッ!」
「むぅ〜〜〜」
「みゅ〜〜〜」
 二人はしぶしぶと千歳を解放する。
 やや息を切らせながら千歳が礼を言っていると、再びドアが開いた。

「ハリオン。 早くしなさい・・・・・・って、あ」

 赤い短髪を揺らして入ってきたのは、かつて始めて『追憶』を手にした千歳が対峙した女性。 スピリット隊所属、『赤光』のヒミカだった。
 ヒミカは千歳が部屋にいるのに気づくと、やや気まずそうに目をそらしてしまう。
「あら、ヒミカちゃん。 ごめんなさいね〜。 じゃあ、二人とも。わたしたちはそろそろ参りますから、元気でがんばって下さいね〜」
「え? お姉ちゃんたち、もう行っちゃうの?」
「行く? 行くってどこへ・・・・・・まさか」
「はい〜。 またラースの館に行ってくるんですぅ」

 ハリオンは事もなげに答える。 が、その内容は千歳にとって捨て置けるものではなかった。
「そんな、あなただってこちらに戻って来たばかりでしょう?」
「そうですけど〜。 あちらもちゃんと、お掃除しなくてはいけませんからぁ」
 別荘の整理をしに行くような気軽な言葉に、千歳は歯がゆさを感じる。 が、おそらくこれは王城よりの命令なのだろう。 だとすれば、ここで千歳がなにを 言おうとも無駄だ。
「・・・・・・身体に気をつけてね? あなただって、まだ万全なわけではないでしょう?」
 スピリットたちの身体、そしてエトランジェの身体は死んでさえいなければ、神剣の治癒ですぐに完治する。 しかし、その代わりに人間には感じようのない 精神的な疲労が伴なうのだ。
 だからハリオンも、今寝込んでいる姉妹とさほど変わらない程の怪我をしているはずなのに。 それなに、彼女はいつものほやほやとした笑みを絶やす事はな かった。

「はい〜。 チトセ様は、お体を存分に休めてくださいね〜」
「ええ、ありがとう・・・・・・」
 二人はお互いの両手を包んで、固くつなぎあう。
 それを見ていたネリーたちは、千歳の身体からそっと身を引いた。
「ママ、お姉ちゃんたちのお見送り、ネリーたちの代わりにしてきてよ」
「・・・・・・おねがい」
 二人の瞳の奥にある真意に、千歳は感謝の気持ちを込めて彼女たちの青い頭髪を撫でた。
「・・・・・・ええ。 それじゃ、またお見舞いに来るからね」
「うん! またね、チトセママ、ハリオンお姉ちゃん!」
「・・・・・・ね〜♪」
 二人に軽く手を振って、千歳とハリオンは戸口の前に立つヒミカをつれて部屋を出て行った。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
 廊下を歩きながら、千歳はちらりとやや後ろを歩くヒミカに眼を向ける。 彼女はどことなく、千歳を避けているように見えた。
 階段まで差し掛かったとき、千歳は振り返ってオルファと同じ、赤い眼を正面から見る。
「あの・・・・・・ヒミカさん?」
「は、はい! なんでしょう!」
 ヒミカはしゃきっとした声で返事をするが、緊張しているのか体はがちがちだった。
「訓練では何度か顔を合わせているけど、こうして話すのは始めてね」
「え、えぇ・・・・・・そうですね」
 千歳は立ち止まって、ヒミカに頭を下げる。
「もっと早くに言えたらよかったんだけど。 あの時の、お礼を言わせてもらえるかしら?」
「お礼!? 私にですか?」
「そうよ。 私がこうして生きていられるのは、あなたのお陰だからね」
 謁見の間での対峙。 あの時、ヒミカが始めから全力を出していれば、間違いなく千歳の命はなかった。 結果的に、程よい恐怖と決意を千歳が覚悟させてく れたお陰で『追憶』は目覚めたのだ。

「あなたと戦っていなければ、私はアキラィスに着く前にマナの塵になっていたでしょうからね。 本当に、ありがとう」
「そんな、私は・・・・・・」
 ヒミカが否定の言葉を返す前に、千歳は片手を差し出した。
「あなたも、ハリオンと行くのでしょう? ラースにまだ危険があるかはわからないけれど、気をつけてね」
 しばらく返事がなかったのでこれは駄目かとも思ったが、やがてヒミカはその手を取ってくれた。

「・・・・・・ありがとうございます。 チトセ様も、お元気で」
「ええ。 でも、私たち見た目はそう変わらないのだから。 様、なんてつけなくてもいいわ・・・・・・私もあなたのこと、呼び捨てていい?」
「え? いや、しかし」
「いいじゃないですか〜。 チトセ様がそう仰るんですからぁ〜」
 ハリオンが階下からやんわりとヒミカをたしなめる。 千歳も彼女の言葉を肯定するように頷くと、ヒミカは苦笑して今までよりも親しげな笑みを見せた。

「わかりました・・・・・・帰ってきたら、また剣の相手をしてくれますか? チトセ」
「ええ、その時はよろしくね」
 二人が少しだけ微笑みあって玄関の戸をくぐると、そこには一人のブルースピリットが立っていた。 ネリーたちよりも年上に見える。
 アイスブルーの怜悧な瞳で、不機嫌そうにじろりとハリオンたちを見た。

「・・・・・・遅いわよ」

「あらあら、セリアちゃん。ごめんなさいね〜」
「ごめんなさい。 私が彼女たちと、ちょっと話をしていたの」
 セリアと呼ばれた女性は、一緒についてきたチトセに訝しげな視線を向ける。
「・・・・・・何か、御用ですか?」
「いえ、ただ見送りを頼まれただけ・・・・・・あなたは?」
「ラキオス軍、スピリット隊『熱病』のセリアです。 エトランジェ様」

 その声は硬く、この世界に来る以前の千歳の声音に似ている。 他者を寄せ付けない雰囲気、かつての自分の鏡像を見ているようで千歳はやや苦笑した。
「何がおかしいんです?」
「あ、ごめんなさい。 ちょっと、私の知り合いがあなたに似ていたものだから・・・・・・それと、私の名前は千歳よ」
「では、チトセ様。 我々は任務がありますので、失礼します。 二人とも、行くわよ」
「あっ、セリアちゃん、まって〜〜〜」
 必要最低限の礼をして、セリアはさっさと行ってしまった。 ヘリオンは慌てて彼女を追いかける。 ヒミカはすまなそうに千歳に謝った。
「ご、ごめんなさい、チトセ。 彼女、いつも他人にはああいう態度だから。 あまり気にしないで下さいね」
「わかるわ。 ほら、ヒミカももう行かないと」
「あ、はい! それでは、失礼します!」

 頭を下げたヒミカが二人を追いかけていくのを見送って、彼女たちの姿が完全に見えなくなると千歳はぽつりと呟いた。
「あんな娘もいるのね・・・・・・おもしろい」
 当たり前だが各々の個性あるスピリットたちも人間には完全服従、という印象が拭えなかったがあのセリアと言う娘は全く違っていた。
 もし『追憶』を手にした時、謁見の間で相対したのが彼女だったなら、自分はここにもいなかったかもしれない。 そんなことを考えて、千歳は改めてヒミカ に感謝していた。


 スピリットの館  広間

 第二詰め所から帰って、千歳はお茶でも飲もうかと自分の部屋に行かず、その足で広間に入っていった。
 そこにいたのは、ちょうどお茶の片づけをしていたエスペリアだった。
「あ。 お帰りなさいませ、チトセ様。 少しお時間がかかりますが、お茶をお飲みになりますか?」
「お願いするわ」
「はい、少々お待ちください」
 エスペリアは微笑むんで台所の奥に消え、すぐに新しいティーカップを運んできた。
「お待たせしました・・・・・・今までチトセ様はどちらに?」
「ありがと、エスペリア。 オルファに第二詰め所まで連れて行ってもらったの。 ネリーたちのお見舞いよ」
 千歳は礼を言って受け取って、軽く口元に運んだ。 見た目は薄い緑茶のようなだったが、匂いは野菜、一番近いのはセロリの物に似ている。

「・・・・・・変わった味ね?」
 香りと同じくセロリに似た、やや青臭い感じが舌に残る特異な味に驚いて少し舌を出す。
 それを気に入らなかったかと思ったエスペリアが少し心配そうに尋ねる。
「お気に召しませんでしたか? それなら、すぐに他のものと」
「かまわないわ。 私、野菜は好きよ?」
 千歳は少し息を吹きかけてやや熱いお茶を冷ました。
「それにしても、こちらのお茶は色々なものからお茶を作るのね」
 この館にいる間、エスペリアは日ごとに違うお茶を作ってくれるが、そのレパートリーは非常に豊富だった。
「あら、ハイペリアでは違うのですか?」
 家事のことになると興味心が沸くのか、エスペリアは不思議そうに千歳に尋ねる。
「そうね・・・・・・作ろうと思えば、色んな草とかからもお茶を作るけど。 一般的なお茶は、みんな同じ植物の葉からとられていたわ」
「はぁ。 一種類の植物から、ですか?」
「そうよ。 育て方や、葉の加工の仕方で味が違ってくるの」
「それは趣が深そうですね」
 感心したように、エスペリアは軽く息を吐いた。
「でも私は、エスペリアが入れてくれたお茶が一番好きだわ」
「まあ・・・・・・ふふっ、ありがとうございます」
 軽くカップを持ち上げて千歳が微笑むと、エスペリアも柔らかな笑みを浮かべ返してくれた。

 その後差し出されたお茶を飲み、二人で他愛ない会話をしていたが、ふと思い出したようにエスペリアが話題を変えてきた。
「そういえば、まだご報告していませんでしたね」
「何を?」
 報告という言葉で何となく予想がついたが、千歳はわかっていない風を装ってエスペリアに問いかける。
「はい。 今回の任務でアキラィスの被害も少なかった事から、サルドバルトは今回の事件についてラキオスへ責任の追及はしないとの事だそうです。 これも ユート様とチトセ様のおかげですね」
 エスペリアは安堵の表情をしていたが、それを聞いた千歳の眉間に皺がよっていた。
「サルドバルトは私たちに何のお咎めもしなかったの?」
「はい、そうですよ」
「・・・・・・・・・」

 確かに僥倖といえば僥倖な話だが、千歳はその話を不審に思ってしまった。
 ラースからあのスピリットたちを逃がしてしまったのは、言いたくはないがラキオスのスピリットたちの力不足によるものだ。 いくら軍事同盟国とはいえ、 あのレッドスピリットとの戦闘で出た被害の賠償くらいは請求された方が自然であろうに。

 それに自分たちが駆けつけた時点でのあのアキラィスの被害のなさと、あの待ち構えるようなレッドスピリットの待機のしかたも不自然だった。
 ラースよりも人口の多いアキラィスには、当然その国の軍に所属するスピリットの部隊がいたはずなのに、自分たち以外の戦闘の気配は微塵も無かった。 郊 外であのレッドスピリットに全滅させられたことも考えられるが、それでも自分たちが到着した時点で街中での被害がなかったというのはやはりおかしい。

 最もおかしいのはあのレッドスピリットの行動だろう。
 一度、自分たちを遙かに凌ぐ魔力で奇襲をかけておきながら、その場はすぐに撤退。 話ではおそらく目的であったラースを素通りにして、一気にアキラィス まで南下している。 ラースの資料だけが必要だったのなら、あのスピリットがそれを持ってリュケイレムの森に逃げ込めばよかったのだ。

「チトセ様」
「ん?」
「・・・・・・なにか考え事ですか?」
 エスペリアは急に何も言わなくなってしまった千歳を疑問に思ったのか、心配そうな顔でこちらを見ている。
「そんなものね・・・・・・ねえ、エスペリア。 私、ちょっと地図が欲しいのだけど」
「地図、ですか?」
「ええ。 できればラキオスとその近隣諸国が明記されているやつを・・・・・・できれば、各国の現状の情報もお願いできないかしら」
 千歳の突然の言葉にエスペリアは驚いた顔をしたが、少々考えて時間がかかりますが、とだけ言った。
「じゃあ、お願いするわね」
「はい・・・・・・しかし、なぜ突然そのようなものを?」
「これからの任務の時に、必要になるかもしれないでしょう? 行けといわれた所がどこかも分からないようじゃ、色々と面倒だわ」
 千歳はごく当然だとエスペリアに笑いかけるが、何かと勘の良い彼女の事、自分の目的に気づくのも早いだろうと踏んでいた。
「かしこまりました。 しかし・・・・・・」
 エスペリアが何かを言いかけようとしたときに、突然上の階から男の叫び声が聞こえてきた。

「グワァァァァァァァァッツ!」

 恐ろしい声量の叫び声が、ここまで聞こえてくる。
 ただ事ではないと、千歳はイスを蹴飛ばすように立ち上がった。 エスペリアもまた素早く立ち上がると、台所の入り口に立てかけてあった『献身』を手にし た。
 思わず、千歳もつられるようにテーブルに立てかけていた『追憶』を手に取る。

 二人は急いで広間を離れ、階段を駆け上がった。
「エスペリア! 今のは!?」
「はい、間違いなくユート様です!」
 エスペリアは千歳に叫び返し、一室のドアの前に飛び出す。

 ―――主殿―――

 緊張に満ちた『追憶』の声が、千歳の脳裏に響く。
 千歳は自分の心臓がなぜこんなにもはやく脈打つのかと思いつつ、その声に耳を傾けた。
「なに?」

 ―――『求め』の契約者が、己が神剣に喰われかけておるぞ―――

「く、喰われる?」
 聞き捨てならない言葉に、千歳は叫ぶように尋ね返した。

 ―――主殿、これは危険じゃ。 儂の予想以上に、あの両者の精神は既に固く結びついておったようだ―――

「どういうこと!?」

 ―――詳しい事は・・・・・・・・・儂にはわからぬ―――

 要領を得ない『追憶』の言葉に、千歳の沸点が急激に下がった。
 みしっ、と精霊光で強化した腕の中で『追憶』の鞘がきしむ。
「・・・・・・いい加減にしないと、折るわよ? この駄剣」

 ―――ま、待たれよ、主殿。 今はそれどころではない。あの妖精が危険じゃぞ―――

「妖精? ―――そうだ、エスペリア!」
 千歳は急いで、すでに悠人の部屋へと消えたエスペリアの姿を追った。


 スピリットの館  悠人の部屋

 千歳が部屋に駆け込んだ時、そこには不自然なものなどなかった。 一人は部屋の主たる悠人。もう一人はこの家の住人たるエスペリア。
 しかし、こちらに眼を向けている悠人の顔は、いつもの彼のそれではなかった。
 曇った光のない瞳、しかめるように険しい皺を作った眉間、しかしそれでいて、どこか恍惚としたような歪んだ唇。
 常人のそれとはどこか一線を画したその様子に、千歳の背筋が凍る。
 悠人の姿をした者は、エスペリアに向けていた瞳を千歳の方へ向けるとにたりと薄気味の悪い笑みを浮かべた。

「ほぅ・・・・・・これはまた、稀少なるマナを秘めた娘だ」

 リュケイレムの森でスピリットたちを元気付けたその声で、その男は千歳に話しかける。

「印無き異邦者の娘よ・・・・・貴様も俺にマナを捧げろ」

「ゆう、と・・・・・・? あんた、一体」
 千歳が困惑と恐怖の入り混じった声を絞り出した。 共に剣を取った少年からは、彼のものとは似つかない暗い気配が漂っている。まるで、莫大な魔力を持っ ていたあのレッドスピリットのような。
 隣に立つエスペリアが、目の前に立つ者に叫んだ。

「ユート様! 気を強く持ってください! 剣に飲まれようとしています!」
「エスペリア。 それはどういう意味なの!?」
 千歳の声にエスペリアはしまったという顔をしたが、すぐにまた顔を背けて叫ぶ。

「戻ってきてください! ユート様!」

 悠人の姿をした者は、彼女の必死の嘆願をあざ笑う。
 その様子に、エスペリアは歯を食いしばって『献身』を腰だめに構える。 千歳は現状がいまだに把握できなかったが、エスペリアに協力したほうが得策と見 て『追憶』を抜き放った。
 二人の永遠神剣に対峙しながらも、悠人の顔は薄気味の悪い笑みを浮かべている。

「うまそうだ・・・・・・美しい声で鳴くだろうな」

 ようやく自分たちの体を走る視線の意味に気づいて、千歳は眉をしかめた。
「・・・・・・冗談にしちゃ笑えないよ、悠人。 今謝れば、一発殴ってから許してやる」
 千歳の言葉にくくく、と笑い声が返る。

「『求め』よ。今は退きなさい!」
 エスペリアが呼んだのは、目の前の少年が持つ永遠神剣の名だった。
「『求め』・・・・・・? まさか」
 千歳ははっと『求め』に眼を向ける。 『追憶』を通じて見る視界には、目の前の無骨な刀身に揺らめく蒼い炎がはっきりと映っていた。
 エスペリアは『求め』に、自分の力のほうが上だ、今は去れと呼びかけていた。

「私とこの『献身』があれば、あなたごときを再生の剣に戻すことなど造作もありません!」
「フ・・・・・・気丈なことだ」
 『求め』はその主の顔でにやりと笑う。
「だが、お前なら分かるだろう? 我の力の大きさ・・・・・・そしてその強さも」
 その声に続いて、わずかに周囲のマナが活性化する。
 エスペリアはわずかに反応したが、ふっとその表情が消えた。

「・・・・・・殺します」

 ぎょっと、千歳は隣に立つエスペリアの顔を見る。
「私は、あなたたちが心を壊すことを知っています」
 声はぞっとするほど冷たかったが、それ以上にその響きは悲しかった。
「いずれユート様が、あなたに飲まれるならば・・・・・・今、死んで頂く方が幸せです」
「エスペリア・・・・・・」
 千歳が静かに、彼女の名前を呼ぶ。
 エスペリアは一瞬こちらを向いたが、すぐに視線を『求め』に戻した。
「ちッ・・・・・・確かに今の我には荷が重いか」
 『求め』が苦々しげに舌打ちする。 が、すぐにその表情はふてぶてしいものに戻った。

「しかし、せっかくこうして出てきたのだ。 少しは腹を満たさなければ治まりがつかん」

 その言葉の瞬間、千歳の体が唐突に熱を帯びた。 尋常ではない体温の変化に、千歳は悲鳴をあげる。

「キャァァァッ!!」

「しまった・・・・・・!チトセ様!」
 エスペリアの声を遠くに感じながら、千歳はがくりと床に膝をついた。
「うぅ・・・・・・っ、く・・・・・・」
 無数の虫が這い回るような嫌悪感が体中を走る。
 千歳はぎりぎりと歯を食いしばって、己の体を抱きしめた。

「くっ、『求め』よ。 その方に手を出すことは許しません!」
 エスペリアの恫喝を『求め』は鼻で笑う。
「・・・・・・なんだ、お前たちを酷使する人間を庇うのか?」
「っ!」
 わずかな焦燥が翡翠の瞳をよぎる。 その間にも、千歳の体に悪寒と高熱の波が襲っていた。
「なんっ・・・・・・なの、これ・・・・・・」
「―――さて。 そろそろ、頂くとするか」
 『求め』が薄ら笑いを浮かべながら千歳に近づいていく。
 しかしその足が数歩進んだ時、唐突に『追憶』の乳白色の宝玉から光が放たれた。

 ―――ギイィィィィィィン

「何ッ・・・・・・この力はっ!?」
 始めて『求め』のその口から驚愕の声がこぼれる。
 同時に、千歳の脳裏によく知る厳かな老年の声が響いた。


 ―――そこまでにしてもらおうか―――


「っ!? この声は・・・・・・?」
 エスペリアが目を見開いて、千歳の手に握られる『追憶』に眼を向けた。

 ―――飢えし野獣よ・・・・・・我が主に手出しをすることは許さぬ―――

「貴様・・・・・・我より下位の神剣の分際で、我を獣と言うか」
 『求め』が憎々しげな声をあげる。 しかし、『追憶』はその声にひるむことは無い。

 ―――フッ・・・・・・その知性の欠片もない様をさらし、他の如何なる呼び名を求める―――

 嘲笑するようなイメージがよぎると同時に、千歳の体に通常の感覚が戻ってきた。
「かはっ! う・・・・・・く・・・・・・」
 千歳は涙目になりそうになるのを見栄で押さえ込み、何とか再び立ち上がる。

 ―――さて、主殿。 そこな妖精の申す通り、この者の禍根、此処で絶つが吉と儂は思うがの。 如何されるか―――

「―――どうもこうもないわよ。 一発、殴るわ」
 なんとか千歳が身を起こすのを見ると『求め』はわずかに眼を見張り、次いでかつてない哄笑をあげた。
「待てよ・・・・・・くっ、ははははっ! なるほど、貴様ら・・・・・・そうか、そういうことか、エターナルめ! ははっ・・・・・・は―――っはっはっ はっ!」
 わけの分からないことを言いながら、『求め』は笑い続ける。

 ―――野獣よ、何がおかしい―――

「何がおかしいかだと? クク・・・・・・今の貴様にはあずかり知らぬことだ。 道化」
 『追憶』の声に、『求め』は唇を吊り上げる。

 ―――第四位の力を驕るな・・・・・・儂とて制約を解き放てば、貴様など刹那の内に屠ってくれようぞ―――

「それはこちらの台詞なのだがな。 が、まあよいだろう・・・・・・」
 『求め』は鼻を鳴らすと、『追憶』を握る千歳の顔を好色な目でにやりと笑った。


「邪魔が入ったが、いつかは汝のマナを頂くぞ。 古の姫君よ」


「いにしえの・・・・・・? なにを言っているの」
「くくく。 これからは契約者には色々と働いて貰わねばな・・・・・・そう。色々と、な・・・・・・」
 千歳の問いに答えぬまま、『求め』はエスペリアの顔を見る。


「勇気ある妖精よ。 我はそなたが気に入ったぞ。 いずれ、その体と心を頂くとしよう」


「んなっ!?」
 それまで消滅はするなよ、と人を小馬鹿にした声にエスペリアの怒りの声が重なった。
「早く消えなさいっ!」

 ―――キイィィィィン

 『求め』の刀身に走っていた蒼炎が消滅していく。
 最も強かった神剣の気配が消えた後に千歳たちの前に立っていたのは、呆けたような表情の高嶺悠人だった。
「あ・・・・・・? エスペリア・・・・・・ちとせ・・・・・・俺は、なにを・・・・・・ッ!」


 ―――ばきっ!


 悠人がそれ以上何かを言う前に、その頬に千歳の鉄拳が入った。
 あまりにいい手ごたえに首をかしげる前に、悠人の体は一直線に吹っ飛んでベッドの上に倒れこむ。
「チ、チトセ様っ!? ユ、ユート様、大丈夫ですかっ! ユート様、ユート様っ!?」
「ほっときなさい、エスペリア! 言うに欠いて、この男・・・・・・!」
 千歳は怒っていた。 昔、母の形見だった人形を瞬に壊された時よりも怒っていた。

「何が『体と心を頂く』よ! このクズ! スケベ! 女の敵―――っ!」
「チトセ様、おっ、お止めください!  そのままではユート様が・・・・・・!」
 問答無用で倒れている悠人にヤクザ蹴りを連発する千歳。 決して顔が赤くなっていることをごまかすためではない。

「『追憶』よ! 汝の主、マナの支配者たる千歳が命じるっ!」
「チトセ様! どうか永遠神剣だけはお止めくださいっ―――!!」
 必死のエスペリアが千歳の体を羽交い絞めにしている傍で。

「うぅ・・・・・・今日子・・・・・・おきるから・・・・・・いま、起きるから・・・・・・やめてくれ・・・・・・ハリセンだけは・・・・・・ハリ セ・・・・・・」

 ―――がくっ

 悠人が悪夢にうなされていたのかどうかは定かではない。


 ※※※


 それからの日々は、再び訓練で埋め尽くされた。 以前より、格段にそのノルマはきつくなっている。
 千歳は死なないためにも死なせないためにも懸命にそれまで以上に訓練に精を出し、オルファたちと共に神剣魔法の学習も始めた。
 一方の悠人はしばらくスピリットたちと訓練に出ていたが、しばらくするとまた剣の声が消えたと言って訓練所の隅で素振りをしていた。 苦しそうに一日中 倒れるまで剣を振って、時折城の方を見つめ、またがむしゃらに剣を振っていた。

 あの日以来、彼に再びあの変貌が訪れることは無かった。
 『求め』は他の永遠神剣と同じように、強力な力を契約者たる悠人に与えている。
 しかしあの日、エスペリアにその正体を教えられていた千歳には、それが不安でしょうがなかった。


 あの日の夜、エスペリアの部屋を訪ねた千歳にお茶を勧めて、やがて彼女は静かに語りだした。
「・・・・・・ユート様の持つ神剣は、この世界の伝説に伝わる『四神剣』の一振りなのです」
「シシンケン?」
「はい、この大陸をかつて一つに纏め上げた聖ヨト王。 ヨト・イル・ロードザリアの血を受け継ぐ四人の王子たちの元に現われた四人のエトランジェ。 彼ら が握っていたのが『四神剣』でした」
「その内の一振りが、悠人の持つ『求め』・・・・・・」
「―――はい」
 エスペリアはお茶を注ぎ足して、その湯気を見つめた。

「伝説によれば、王子たちはそれぞれ各地へと渡り、自分たちの国をまとめあげました。 このラキオスは、その第二王子が築き上げた国です」
「聖ヨトの血、か・・・・・・ということは、この大陸にはあと王子たちを祖にする三つの王家があるのかしら?」
「いえ、第三王子と第四王子が築いた国を元とするマロリガン共和国に、すでに王家の血は残っていないはずです。 しかし、南の神聖サーギオス帝国の皇帝に は、その血が受け継がれているのではないかと」

「そう、伝説はもういいわ・・・・・・それで、あの悠人の奴の『あれ』は一体なんなの?」
 千歳の言葉に、エスペリアはスカートの裾をぎゅっと握りしめた。
「あれは・・・・・・あれが、『求め』の力を振るう代償です」
「代償・・・・・・?」
「はい。 永遠神剣はマナを求めます。 その力が大きければ大きいほど、大量のマナを。 当然、あの『求め』ほどの高位の永遠神剣ならば」
「その要求も大きい」
「その通りです・・・・・・本当ならば、この事をユート様にもチトセ様にもお話しするつもりはありませんでした」
「じゃあ、どうして?」
「何故かはわかりません・・・・・・しかし、『求め』はチトセ様の持つマナを求めていました」
 悠人の姿をした『求め』の言動を思い出す。 確かに、そんなことを言っていた。

「―――あの、好色変態宣言に何の意味があるわけ?」
「こ、好色・・・・・・」
 頬をぽっと染めるが、エスペリアは何とか普通に説明を続けた。
「知っての通り、私たちスピリットの体はマナで構成されています。 それを奪う方法はそれほど多くありません。 一つは戦い、その命を奪うこと。 もう一 つは・・・・・・」
「・・・・・・まさか・・・・・・」
「―――はい。 その・・・・・・私たちと、その・・・・・・交わることで、肉体を構成しているマナを吸収する方法です」

 ―――がたん

 唐突に、千歳は席を立った。
「お休みなさい、エスペリア。 明日はきっといい日になるわよ」
「チ、チトセ様?」
「何も言わないで。 今から私のヤることは大義、すなわち天誅。 佳織やオルファはちょっと悲しむかもしれないけど、あのクズを生かしておくことだけはで きないわ。 それじゃ」
「おっ、お待ちください! どうか、どうか!」

 ―――どてばきべこずかぐしゃ

 しばらくして。 やや乱れた室内で、再び二人は向かい合った。
「―――わかったわ。 あいつがそう望まない限り、今すぐにでもあんなことになるわけじゃないのね」
「―――ええ、そうなんです。 ユート様がそう簡単に心を譲り渡してしまわなければ、『求め』もたいした事はできないはずですから」
「そう。 それで、あの変態の持つ変態の剣が私に反応したらどうなるの?」
「は、はぁ・・・・・・。 えっと。 これは私にも不可解なのですが、あの言動から察して『求め』は私たちだけではなく、チトセ様のマナ。 つまり、肉体 を欲しているようにも思われたのです」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・私の、身体?」
「・・・・・・・・・はい」

 ―――がたん

「やっぱり、ちょっと殺ってくるわ」
「だから、待ってください!」
「離しなさい、エスペリア! 私たちの純潔とあの男の命、正義の天秤がどちらに振れるかなんて既に答えは出ているのよ!」

 ―――どんぱたずるこけぼて

 またしばらくして。 千歳はさらに乱れた室内を直すと、新しい紅茶をエスペリアに入れなおしてもらった。
「オーケー。 もう殺すなんていわない。 いざとなったらあれの手足もぎ取って樽に詰めることにしておきましょう。 餌はやっちゃダメよ、飢え死にさせる から」
「・・・・・・ですから、その話題から離れてくださいませ」
 乱れた髪を直しながら、エスペリアは息を整えている。
「それで、あの『求め』には私も警戒しろ。 貴女はそう言いたかったのね」
「はい。 本来ならば、私たちスピリットからの方がマナは得安いので、『求め』もそうするのだろうと思っていたのですが・・・・・・」
「やっぱり、殺りたくなってきたわ・・・・・・」
「チトセ様」
「はい」

 ―――ずずずずず

「もう一杯頂ける?」
「かしこましりました」

 ―――とぽとぽとぽ

「そういえば」
「?」
「この前、貴女の服にこぼしちゃったお茶。 シミにならなかった?」
「ええ、はやくにすすぎ洗いをしましたから」
「ホントにごめんなさいね。 私、どうも寝ぼけると手元が怪しくなって」
「お気になさらないで下さい・・・・・・はい、どうぞ」
「ありがと」

 ―――かちゃん

「・・・・・・でも、あいつの力は私たちより強いわ。 冗談抜きで、手遅れになる前にって事も考えておかないと」
「はい。 それなのですが、『求め』に支配されたスピリットは一目瞭然となります。 もしそのようなスピリットがラキオス隊に出た場合、ユート様は『求 め』に負けたのだと間違いなく知ることができるのです」
「一目瞭然、って?」
「私たちの持つ光輪、それが闇に染まるのです。 通常、神剣に魂を喰われたスピリットも皆ハイロゥを蝕まれますが、この変化とは時間差がまるで違います。 その時にしかるべき処置を取れば」
「そう・・・・・・でも、ちょっと待って。 それだと、完璧に対症療法じゃない。貴女たちが一人でも犠牲になるなんて、私は嫌よ」
「―――それは」
「許してとは言わない。 けど、もしあいつが神剣に魂を飲まれたと思ったら」
 千歳は『追憶』に手をかける。
「私が、悠人を殺すわ」

「・・・・・・・・・」

 二人はしばらく厳しい目で互いを見つめたが、ふと不安になって千歳は再び質問を続けた。
「それで、その、そういう事ってありえるわけ? つまり、私からもマナを奪うっていうのは」
「―――正直、判断材料が少なすぎます。 この数百年、エトランジェは伝説にしか名を残していなかったのですから。 男性のエトランジェが女性のエトラン ジェからマナを奪うことができるかどうかなど、考えたこともありませんでしたし」
 エスペリアは、今はチトセの剣帯に吊るされた『追憶』に目をやった。

「それに、チトセ様の持つ永遠神剣は異常なのです」
「異常?」
「はい。本来、この世界のエトランジェのものとされる永遠真剣は『四神剣』のみ。 『求め』、『誓い』、『空虚』、そして『因果』。 『追憶』という永遠 真剣は聞いたこともありませんでした」
「・・・・・・じゃあ、こいつは」
「わかりません。 王女殿下は、チトセ様ご自身に魅かれてこの世界に召喚されたのではないかと」
「ある意味こいつもエトランジェ、ってこと? ・・・・・・そうだ、こんなこと考えるより、本人に聞いた方が話は早いじゃない」
「―――お止めください! 永遠神剣は、みだりに使えば必ず使い手の心を壊していきます!」
 『追憶』の柄を取ろうとした千歳の腕にエスペリアがすがり付いた。

「エ、エスペリア・・・・・・?」
 彼女の尋常ではないほど強い視線に、千歳はややたじろぐ。 しかし、彼女の声に抗議するように二人の脳裏に『追憶』の声がよぎった。

 ―――言わせておけば、なかなかに無礼を申してくれるものだの。 妖精よ―――

「っ!」
「こら、エスペリアにそんな口叩くんじゃないわよ。 この駄剣」

 ―――いや、捨て置けぬ。 この妖精は事もあろうに、儂が主を害する恐れがあると申したのだぞ、主殿―――

「でも・・・・・・貴方ほどの意思を持つ永遠神剣が、素直に人に従うとは思えません!」

 ―――ふん・・・・・・あのような畜生と同じに見ないで欲しいものだ。 儂が主殿を我が主としたのは、その不屈の精神と強き心に魅かれたが故。 何ゆえ 見つけた至高の宝玉を、自ら砕かねばならぬというのか―――

「そんなこと言われるとくすぐったくてしょうがないわね。 そういえば、あんたこの世界の神剣じゃないって本当なの?」
「チ、チトセ様!」

 ―――・・・・・・・・・。―――

「あ。 そういえば、自分の事は分からないのだったかしら。 でも、この世界の生まれかどうかすら分からないの?」

 ―――・・・・・・懐かしい―――

「?」

 ―――主殿と共にこの地に流れ着いた時。 儂は長き眠りより覚め、そしてこの世界のマナを懐かしいと感じた。 確かに、儂はこの世界のマナを知ってい る。 されど、それ以前の記憶は一切ないのだ―――

「記憶喪失の永遠神剣。 『追憶』の名に偽りあり、か」

 ―――茶化されるな、主殿。 とにかく、儂は主殿に仇なそうとする意思は一切ない。 主殿が如何に儂を振るい、己が道を切り開くかを見ることこそ、我が 望みであるのだの―――

「って、本人は言っているけど?」
「・・・・・・私には、わかりません。 この様な永遠神剣の存在を、私は知りません・・・・・・」

 ―――信じられなければ、信じずとも良い。 じゃが、あの剣は気に入らぬ―――

「『求め』のことね」

 ―――うむ。 もし主殿もあれがお気をなされるのならば、儂自らあれの様子を常に監視致そう。 既にあの飢餓に満ちたオーラは憶えた。 次にあの気が 発生すれば、それ即ちあやつが覚醒したということに他ならぬ―――

「へえ、やるじゃない。 どうする、エスペリア? こいつ自身は信用できなくても、こいつの力は見た通りよ」
「―――そうですね。 何も分からないよりも、何か目印になるものがあれば対処も楽になるでしょう。 ただ、チトセ様。あまりこの剣を過信しすぎないよう にお願いします」
「ええ・・・・・・私の心と繋がっているあんたならわかっているわよね、『追憶』? 私はあんたの力は信用しているけど、心は許していない。 私に牙を向 く時はそれ相応の覚悟をすることよ」


 ―――それでこそ我が主。 構いませぬ、己が眼で見極められよ。 己が求める真実を―――


 それで、その日の会談はお開きとなったのだった。

 しかしその『追憶』の満足そうな言葉とは裏腹に、『求め』は時折思い出したようにその力を解放する事はあっても完全に目覚めることはそれよりなく、やが て完全に休眠状態に入ってしまった。

 結局千歳の永遠神剣は、誰が何と言おうとなまくら以下の駄剣に過ぎなかった。


 ラキオス城  書庫

「・・・・・・ですから、これも任務遂行には必要な知識なのです」
 千歳は通算六度目になる言葉を、目の前の机にどっしりと腰を下ろす低位の文官に告げた。 男は机上の文書に目をむけながら、のらりくらりと千歳の要求か ら逃げる。
「しかし、許可がないとなぁ・・・・・・」
「この書庫にある本の貸出は、城内の者ならば許されているのですが?」
「あー。 それはあくまで『人間』のことをいうのであって、貴様のような・・・・・・」
「規則にそのようなことは書かれていませんが」
「ふん。 そんなものは記すまでもないことなのだよ。 だいたい・・・・・・」
 男がぐちぐちとつまらぬことを言い出す前に、千歳はじろりと自分の運んできた本を一瞥した。

「神剣魔法・・・・・・戦略概論・・・・・・野営方法・・・・・・。 これを読む『人間』がいらっしゃると?」
 争いはすべてスピリットに任せきりの人間たちに、これほど不要な本はないだろう。 事実、書庫の角、本棚の隅で埃をかぶっていた。
「う、うるさいわ、エトランジェめが! お前たちは命令にさえ従っていればよいのだ!」
「ええ、ですからその遂行を滞りなく行うためにも、この本の貸し出しを許可して頂きたい! ・・・・・・よもや、貴方はこのラキオスの勝利をお望みではな いと?」
「なっ、何ということを申す、無礼な!」
 急にあたふたと唾を撒き散らして男は憤慨する。

「ならば、この証書に署名を。 次の任務の失敗が貴方の責任となることをお望みでないのならば」

 千歳が男の机の上から羽ペンを取り、喉元に迫るまで突き出す。
 たかが羽ペン。 しかし、絶対零度の千歳の眼差しと組み合わせれば、それは抜き身の剣を突きつけられているように男には感じられた。
「ひ、ひ・・・・・・」
「・・・・・・私はエトランジェ。 この国に勝利をもたらすための駒。 何を恐れることがあるのです?『人間』様」

 千歳もいい加減に我慢の限界だった。
 この文官で三人目だ。 ある時は褒め殺し、またある時は完全理論武装で辛抱強い説得をしてきた。 しかしどいつもこいつものらりくらりと千歳の言葉を交 わして逃げていったせいでもうこの男しか残っていない。 これで許可証に署名がもらえなければ、この本を持ち出すことはできなくなる。
 おそらく何も言わなければ持ち出したことに気づかれないかもしれないが、万が一の時にはそれが後々足を引っ張ることになりかねない。
 男が何とかこの場を逃げようと目だけであたりを見渡している時、凛とした声が二人にかけられた。

「何を揉めているのです?」

 聞き覚えのある声に、千歳は振り返った。
 かつ、と靴音を立ててこちらに近づいてくるのは誰であろう、この城の王女レスティーナだった。
 千歳はさっとその場に膝をつく。 男も慌ててイスを蹴飛ばすと、机から離れて王女の足元にひざまずいた。
「で、で、殿下。 このような場所まで、なんの御用が・・・・・・」
「休憩時間でもないのに、仕事場を逃げてゆく者たちがいると聞きました。 よもや、そなたもそのような事をしようとしていたのではあるまいな?」
「とっ、とんでもございません! わ、わ、わたしめはただ、この下賤なエトランジェに・・・・・・」

 文官はあらかたの事情をあたふたと説明した。
 その話によれば千歳は彼の仕事を不当に妨げ、理屈の通らない駄々をこね、挙句の果てに永遠神剣を使って脅しをかけてきたたらしいのだが。
 千歳は男が唾を撒き散らしながらこれだからエトランジェは・・・・・・などといっている間、何も言わず、黙って頭を垂れていた。
 レスティーナは半分ほどがスピリットとエトランジェの罵倒を加えた報告を最後まで聞くと、目を細めて優しく男に言う。
「そうでしたか。 そなたは実に職務に忠実であったのでしょう。 結構です、行きなさい」

 男はその言葉ににやりと笑いそうになる口を慌てて押さえ、慌てて片手で口元を覆った。 殺気に鈍い仕事をしていても、今、男の横に膝をついたままの千歳 が自分に向ける視線の意味に気がつけないほど彼は愚かではなかった。
 ぴょんと弾かれたように立ち上がり、床に膝をつくエトランジェと目の前の王女にかわるがわる目を向ける。 その目は一刻も早くこの場を逃げ去りたい、と いう気持ちを全身で表していた。
「い、行ってもよろしいのですね?」
 念をおすような男の言葉に、レスティーナの柳眉が上がる。
「そなたは私の言葉を疑うのですか?」
「い、いえ、いえ! とんでもございません! そっ、それでは、失礼させていただきます!」
 男はその場でくるりと反転すると、仕事道具もそのままに書庫を駆け出していった。

 ばたばたという足音が聞こえなくなった頃、レスティーナはようやく千歳に立ちなさいと言った。
「何か、言いたいことはありますか?」
 紫色の双眸が、千歳の目を静かに見つめていた。
 千歳はその目を正面から受け、そして小さく一礼する。
「いいえ。 私から申すことは、何もありません」
「では、そなたはあの男の言葉がすべて事実であると認めるのですか?」
 その言葉にわずかに詰まったが、千歳はすぐに表情をうかがわせぬ声で言った。
「・・・・・・この身はラキオスに遣える剣士。 すべて、殿下の御裁量にお任せ致します」
 千歳の言葉を最後に、二人の間にしばしの沈黙が落ちた。
 数十秒もたったかと思う頃、すっと華奢な腕が千歳の前に指し出された。

「そなたの手にある、証書をお渡しなさい」
「は?」
「聞こえないのですか? その証書を渡せといったのです」
 レスティーナの言葉に内心首をかしげながら、千歳はおとなしく手の中の貸し出し証書を渡す。 王女はそれを受け取るとその紙を様々な角度から見つめ、証 書の端についていた白い粉を払った。
 それを傍の机に放ると、レスティーナはその机の中から紙切れを勝手に取り出して羽ペンを拾う。 それにさらさらと短い文を書き綴ると、自分の指輪の飾り をインクに濡らして紙に押し付けた。
 そして、生乾きのインクの匂いが残る紙切れを千歳も目の前につきつけた。

「次からはこれを持って来なさい。 これを見せれば、ここにある本ならば何冊でも貸し出せます」
 千歳は突拍子もないレスティーナの言葉に呆気に取られる。 間抜けにも、目を見開いてレスティーナが突きつける紙切れを見つめてしまった。
 千歳は震えそうになる指先を伸ばして、ゆっくりとその紙切れを受け取る。 王族の指輪に彫られた図柄、その意味を知らぬほど無知ではない。
 それにはおそらくかなり達筆な書体で書かれた文書と、その文の最後に捺された何かの動物を模した紋章があった。 千歳には読むことができなかったが、そ れにはこう綴られていた。


 『  スピリット隊隊員の育成の一環として、
   これを持つ者にラキオス城第二書庫並びに第三書庫に
   保管されるすべての書籍の閲覧と無期限の貸出を許可する。

                     レスティーナ・ダィ・ラキオス 』


 レスティーナは指先から紙が離れると、静かに千歳に尋ねる。
「何故、そなたはその永遠神剣を使わなかったのですか? あの者たちも、そなたが剣を振るえば、あそこまで逆らおうとはしなかったでしょう」
 先ほどの男はきっぱりと千歳が永遠神剣で脅した、と言っていた。 千歳もそれを否定しようとしなかったのに、何故この王女に千歳がやっていないことを断 言できるのかが千歳にはわからなかった。
「・・・・・・なんのことでしょうか?」
 千歳ができるだけ平坦な声で問うと、レスティーナはそれに答えず周囲に立ち並ぶ本棚を一瞥した。

「私も、幼い頃はこの書庫にある本を読み、学びました・・・・・・しかし私の乳母は過保護で、私は自分で読む本さえ取りにいかせてもらえませんでした。  昔はそれを随分と歯がゆく感じたものです」

 急な話題変換に、千歳は着いていくことができなかった。
「しかしこの書庫は昔から、目につかない隅にある本棚などはほとんど掃除をしていないのです。 おかげでそこにある本を取ろうとすれば、どうしても手に埃 がついてしまいます・・・・・・そう。 ちょうど、そなたの指のように」
 千歳が慌てて利き腕の指を見ると、白い粉のような埃がべったりとくっついていた。 先ほどまでずっと握っていた証書にも、くっついていたことだろう。  当然、触れてもいない『追憶』の柄は光沢のある黒い輝きを放っている。
 やられた、となんとなく悔しい気持ちを感じながら千歳はそれをぱっぱっと払う。

「さあ、そなたはまだ私の質問に答えていませんよ」
 千歳はレスティーナの器を試した、今度は千歳が試される番ということか。
「そなたは何故、最も確実な手段を選ぶことなく、あの様な恥辱に耐え忍んだのですか?」
「―――さて。 なぜ、と? 殿下は御存知ないのですか?」
 レスティーナの真摯な視線に、千歳は意外な言葉に驚いたような視線を返す。 その反応は予想していなかったのか、レスティーナはわずかに怒ったように尋 ね返した。
「私が知らない、とはどういうことですか?」
 千歳は事もなげに微笑んで答える。
 この少女の前で、こんなにも自然な笑みを浮かべるのは初めてだと思いながら。


「決まっているでしょう? 本を汚してはいけないんですよ」


 特にどんな色をしたものでは、とまでは言わなくとも十二分に話は通じたようだった。
 ぽかん、と呆気に取られたような顔をしたレスティーナは、千歳の言葉が冗談なのだとわかると慌てて口元を押さえた。
「ぷっ、くくく・・・・・・」
 必死に笑い声を抑えようとするが、かえって千歳の方までよく聞こえてしまっている。
 その笑顔は年頃に合ったとても少女らしいそれで、千歳は始めて王女の子供らしさを発見し、一人楽しく思っていた。

 結局、ひとしきり笑ってしまった王女は頬をやや赤くし、こほんと咳払いした。
「・・・・・・今見たものは、すべて忘れなさい」
「さて、私は何も見ておりませんゆえ、殿下が何を仰っているのかが分かりません」
「ならば結構です。 さあ、そなたももうお行きなさい。 その紙は、くれぐれもみだりに使うことのないように」
 レスティーナの言葉に一礼して、千歳は腕に本を抱えたまま彼女に背を向けた。

「ああ、今思い出しましたが」

 ドアに近づいた千歳の背中に、うっかりしていた、というような王女の声がかけられた。
「最近は仕事中にも関わらず、勝手に職場を離れる文官が多くて困ります。 そろそろ、彼らにも相応の処置を考えなければなりませんね」
 今日の献立を考えるような軽い言葉に、千歳も同じ調子で返事をする。
「おや、私は殿下自ら退出を許された男を知っておりますが。 彼のような者には如何なる処置をお考えでしょうか?」

「私は『自分の机に』行きなさい、と言ったというのに。 それを曲解し、あまつさえ王族の目前で職務を放棄するような愚者がいることは嘆かわしい限りで す。 この城も、そろそろ新たな人材を迎えなければならないでしょう」
 千歳はキャッチボールのような会話は嫌いではない。 特にそれが聡明な者が相手である時は。
「人の上に立つ者の責務。 さぞや御心労の絶えぬこととお察しいたします。 どうぞ、ご自愛下さいませ」
「ええ・・・・・・そなたは、くれぐれも『本は汚さぬよう』気をつけるように」
 御意、と千歳は軽く頭を下げて書庫を後にした。
 次からは、少しは手早く本が借りられそうだと心の中だけで小躍りしながら。


  スピリットの館  広間

「ああ、まったく。 つっ、かれた・・・・・・っ!」
 ―――どん
 千歳は一息に書庫よりせしめてきた戦利品をテーブルの上に投げ出した。

 『神剣魔法基礎』
 『戦略概論〜防衛戦〜』
 『野営方法と隠密行動』
 『聖ヨト王伝』
 『北方五国見聞』

 その他、色々。
 本の作った山を一目見た悠人は辟易の声をあげた。
「うわ、本当に城から持ってきたのか? こんな古い本まで」
「こんな、とは言ってくれるわね。 私が三日あの薄汚い書庫に通い詰めて選んできた本よ」
 埃がカップに入らないように手で風を作っている悠人を気に入らぬと睨みつけて、千歳もエスペリアにお茶を入れてもらった。

「・・・・・・しかし、どうやって借りてきたのですか? いえ、それに字の読めないチトセ様が、どうやってこの本を選ばれたのです?」
 エスペリアは感嘆の表情で、千歳のもってきた本を大事そうにめくったり表紙を見たりしている。
「城にも少しは話のわかる『人間』様がいたってことよ。 それに、この本を選んできたのもたいしたことじゃないわ。 本の挿絵を見て、今必要になりそうな ものを選ぶ。 次の日はその中からさらに必要になりそうなものを選ぶ。 その繰り返しね」
 レスティーナから受け取った証書は誰にも見せるつもりもなかった。 本の持ち出し現場を見咎められて時にだけ使うことにしよう、そう千歳は思っていた。

「取りあえず、そこの馬鹿の面倒を見ていて頂戴、エスペリア。 私はわからない所だけ後でまとめて聞くから」
「バカって、いうな! 俺だって、ずっとこっちで勉強し続けてるんだぞ!」
「その実益と成果を伴わない奴のことを馬鹿っていうのよ。 こっちに来た時は私のほうが片言だったって言うのに。 なんで、こんな優秀な教師がついていて ちっとも勉強がはかどらないのよ、このクズ!」
「あ。 お前今、一段階下げただろ!」

「―――二人とも、お止めください!」

 エスペリアの一喝に、エトランジェ二人はしゅんと大人しくなった。 彼女に逆らえばおいしいご飯が食べられなくなる。 無論、彼女はそんなことをしない だろうが、それはそれ、気分の問題と言うものだ。
 やがて悠人と千歳はいそいそとそれぞれの勉強を始めた。
 悠人はエスペリアの会話講座。 千歳はひたすらに本の挿絵と自作の単語帳から本文を徐々に読み進めていく練習だ。

 永遠神剣というのは千歳の想像以上に便利なものだった。
 『追憶』に意識を傾けた状態で人に話しかければ、どんな言葉でも対象とする人物にその意味を通じさせることができる。 それを上手く使えば、わからない 言葉の意味だけを翻訳し、その言葉を後で書き出していけば面白いほどに言葉を覚えるのは容易かった。
 しかし、『求め』があれ以来また休眠状態に入ってしまった悠人はそうもいかず、エスペリアから一人聖ヨト語講座を受講していた。 といっても、彼女ほど の優秀な教師がついていて何故これほど学習が進まないのかが、千歳には不思議で仕方がなかったが。

「えっと・・・・・・『ラキオスが、一番の、北の王国である』? ・・・・・・あ。そうか、『最も北に位置する王国である』ね」
 エスペリアの協力の下で作った単語帳をめくりながら、千歳は少しずつ本を読み進めていく。
 はっきりいって、聖ヨト語は難しい。 なにやら筆記体に似た区切りのわからないミミズののたくりが音符のように上へ下へと動いていく。 こんなのやって られないわよとテーブルをひっくり返したくなったのは一度や二度ではない。
 始めは絵本の一ページを丸一昼夜かけて、今でさえこのような本になると半日かけてやっと三ページ進むか進まないかと言ったところだ。
 幸い、今回は比較的挿絵の多い本を選んできたおかげで、良いペースで読み進めることができる。
 数時間後、千歳は北方五国が描かれた挿絵をじっくりと見つめ、自分で翻訳できた十数行たらずの本文と照らし合わせ始めた。

「最も北に位置するラキオス、その南西にサルドバルト、さらに南にイースペリア。 この三国が何とか、っていう軍事同盟を結んでいる」
 本文では新参のあたかもラキオスこそが盟主である、と言うように書いてあるが、実際には三国の立場はほぼ対等なものであるらしい。

「今、ラキオスが敵対しているのが東のバーンライト」
 先日の事件もこの王国のスピリットが犯人であったと言う事実は、千歳の耳にも届いていた。 王国は一部のスピリットの独断、と弁解したがラキオス関係者 でその言葉を信じるものはいなかっただろう。
「この国は、南東のダーツィと仲がいい。 さらにダーツィは大陸最強の軍事国サーギオスと同盟関係にある・・・・・・総力戦になればこっちはイチコロじゃ ないの」
 亡命してみようかと、一瞬冗談にならない考えが頭の隅をよぎる。 取りあえず一つの案として脳内の非常用引き出しにしまい、鍵をかけておくことにした。
「・・・・・・でも、これではっきりしたわね」
 千歳は北方五国の位置を見て、険しい表情を見せた。

 ラキオスはほぼ完全にサルドバルトとバーンライトに挟まれる形にある。
 もし、ラキオスに自国と面する軍事拠点を持たれているバーンライトが、確実にラキオスを攻め落とすとしたらどういう方法をとるべきか。
「挟み撃ち」
 千歳はぽつりと呟く。
 はたしてサルドバルトにラキオスに侵攻する意思が在るか否かはまだわからないが、バーンライトがそれを持ちかけてきたことは間違いないだろう。

 あのアキラィスでの戦闘。
 あれこそが、バーンライトによるサルドバルトへの裏切りを進めるデモンストレーションだったのだろうと千歳は確信していた。
 強力無比のスピリットをもって観客の待つ舞台へゲストを誘き出し、ラキオスのスピリットたちを消滅させる。 そして、現在の軍事同盟国のスピリットなど たいしたことはない、という事を見せ付け自分たちの陣営に加わるように勧告する。
 それがバーンライトの脚本だったのだろう。 アキラィスの被害が少なかったのは、打ち合わせのうえでの『芝居』だったからだ。
 しかしかなり危なかった所だったが、現実にはラキオスのスピリットに死者はなし。 虎の子のレッドスピリットもマナの塵に消えた。

「・・・・・・多分、この『芝居』にレスティーナ殿下も気づいているわね」

 だからこそ、事件後すぐにラースへこれまでよりも強力なスピリットたちを送り込んだのだろう。
 ハリオン、ヒミカ、セリア。 彼女たちの実力は知らないが、おそらくネリーたちよりも訓練が行き届いた面々であるはず。
 彼女たちはラースの村を守りに行ったのではない。 この芝居の舞台を提供したサルドバルトを牽制するために派遣されたのだ。

「それでも、このままじゃやばいわね」
 ラキオスにあるのは旧王家の血筋とほどほどの戦力だけ。 エトランジェの二人の内、一人は神剣との会話ができず、一人は戦力として不十分。 資源の限界 を迎えれば、残ったラキオスの運命は蟻の群がる砂糖だ。
 いざとなったら佳織をかっさらい、できればオルファたちを説得していっしょに逃げ出そうと千歳は決意していた。
 ・・・・・・悠人を置いていこうかどうしようかに夕食ができるまで悩んでいたのはささやかな秘密である。


 ※※※


 徐々にこの世界の常識を覚えていくのは、かなり辛抱強さを必要とする作業だった。 始めに借りてきた本は中々読み進めることができず、時折エスペリアに 頭を下げて読み進めてもらうこともあった。
 それに重なって、訓練のノルマはさらに増えていった。


 スピリットの館  広間

 かちゃかちゃと、スプーンでスープをかき混ぜながら千歳は『追憶』に小声で語りかけていた。
「どうも、うまくいかないのよねえ」

 ―――主殿の努力は儂が知っておる。 主殿ならば、必ずや成し遂げられるであろう―――

「ありがとう・・・・・・とでもいうと思った? そもそもあんたがちゃんと『剣』になっていれば、こんな面倒な真似をしなくてもよかったのよ。 この駄 剣」

 ―――ぬ・・・・・・。―――

 千歳が言っているのは、最近の訓練で試している技のことだ。 午前の訓練でも、その練習でほとんどの時間を割いていた。
 本来『抜かれざる剣』たる姿である『追憶』は攻撃力が皆無である。 部隊行動時では連携を取る事で特殊な神剣魔法によりいくらかその不利を補えるもの の、足手まといにならないためにも単体としての戦力となる力は千歳に必要な力であった。

「精霊光を刃にして展開、『追憶』の鞘部分に集中させる・・・・・・簡単そうだけど、維持が難しいのよね」

 オーラフォトン、精霊光などとも呼ばれるエトランジェの力はスピリットたちの力と一線を画すほどに強力だが、その扱いも複雑だった。
 『求め』を振るう悠人のように力任せにその力を使うのならばそれなりに簡単なのだが、『追憶』を振るう千歳ではそんな使い方をしていても戦力にならな い。

「どうしても、二撃目を打つ前に集中した精霊光は霧散する・・・・・・この調子で行っても実用性はないでしょうね」

 ―――・・・・・・主殿―――

「何よ?」

 ―――確かなことは言えぬが、今の主殿の助けとなる方法がある―――

 スプーンが器をかすり耳障りな音を立てる。 千歳はスプーンを取り上げて、テーブルの端に置いた。
「・・・・・・言いなさい」

 ―――これは以前にも話したが、この身には制約がかかっておる。 儂の力が不安定であるのも、ある意味ではそれが一因をなしておるのだ―――

 千歳の言葉に、『追憶』はもったいぶるように話し出す。

 ―――問題はこの制約が戒めておるのは、儂の『力』そのものではなく、それを引き出す為のきっかけ・・・・・・主殿の言葉で言う『引き金』たる部分であ ることなの だの―――

「引き金?」

 ―――うむ。もっとも、その機能自体は失われておるわけではない。 解放しようと思えば出来ないこともないのだ。 が、おそらく制約によって何かしらの 支障が出ることは間違い無いであろう―――

「・・・・・・解放した時にどうなるか、の記憶はあるの?」

 ―――いや、残念ながら・・・・・・されど、主殿が力を求められるのならばそれもまた道の一つ―――

 『追憶』の言葉に少し考えさせられたが、しばらくして千歳は軽く頭を振った。
「駄目ね。 その制約のせいで力を引き出した瞬間に大怪我でもしたら、目も当てられないもの。 取りあえずは地道な修練よ。 文句ある?」

 ―――・・・・・・否。 主殿がそう望まれるならば、儂はその意向に従うのみ―――

「けっこう。 もし今後、あんたの記憶が戻ってきた時は、そのつど教えなさい。 もし・・・・・・」

「おい、千歳、千歳!!」

 はっと自分を呼ぶ声に顔を上げると、食卓に集まっていた悠人、アセリア、エスペリア、オルファたちが一様にこちらを見ていた。
「お前からもなんか言ってくれよ・・・・・・お前、成績も良かったからそっちのことにも詳しいだろ?」
「え? あ、え―――っと、何の話?」
「ママ〜。 聞いてなかったのぉ〜?」
「う。 ご、ごめんね。オルファ」
 千歳は顔を引きつらせて、ジト目でこちらを睨むオルファに謝る。 『追憶』との会話をしていると、どうしてもほかのことにおざなりになってしまう。 今 も どうやら皆が一つの話題で盛り上がっていたのを聞き逃していてしまったようだ。

「それで、何の話をしていたの?」
「うん! カオリがね、この世界に名前はあるの? って言っていたって話だなんだよ!」
「それで俺たちがいた世界の、太陽系とか宇宙とかのことを説明しようと思ったんだけど、どうもうまくいかなくって・・・・・・」
 悠人は困った顔をしながら事情を説明した。 一通りのことを聞くと、千歳は眉をしかめてあきれ果てた声を出す。

「・・・・・・バカ?」
「ま、またそれか・・・・・・」
「当たり前でしょう。 この子たちにそんな事教えても何の意味もないわ」
「・・・・・・?」
「あんたはこの世界が私たちのいた宇宙のどこかにある惑星の一つだって思っているんでしょ? でも、私はその可能性は低いと思ってる」
「どういうなんだ、それ?」
 悠人が訝しげにこちらを見る。

「こっちの世界の技術。 はっきり言って私たちの世界の物理法則じゃ、説明がつかないことだらけなのよ。 多分この世界は私たちのいた世界とは、根元から 違う元素で構成されているとしか考えられないわ」
「じゃ、千歳はここが異次元の世界だって思っているのか」
「・・・・・・身も蓋もない言い方ね。 けど、その通りよ。 この考えが正しいとしたら、地動説を含めた私たちの知るすべての価値観なんて、ここじゃ何の 意味もないわ」
 悠人だけが納得した様子でうんうんと頷いていたが、エスペリアは困惑した表情を浮かべていた。
「あの、それで一体どういうことなのでしょうか?」
「あ、ごめんなさい、エスペリア。 つまりこいつが考えているよりも、私はこの世界と元いた世界は遠い場所にあるんじゃないかと思ってる、っていう話だっ たの」

「・・・・・・ユートたちの世界。 ハイペリア」

 ぼそり、と悠人の近くの席に座るアセリアが呟いた。
 千歳は彼女とアキラィスで少し喋ったが、それ以来また会話を交わすことはなかった。ふらりといつの間 にか姿を消しており、ふらりとご飯時に現われる。 捉えどころのない、水の様な性格とでも言おうか。 決して悪い娘ではないが、前に会ったセリアとは違っ た近づきにくさのある娘だと千歳は思っていた。

「ハイペリアって何? 何度か聞いたことがあるけど」
 悠人の問いに、エスペリアが説明してくれた。 この世界の上位に存在する世界、その内容は千歳がオルファたちから聞いたこととさほどの変わりはない。
「人が死ぬと、ハイペリアに運ばれると言われています」
「・・・・・・あの世のことかなあ?」
 首をひねって自分の知る言葉と照らし合わせようとする悠人に、オルファがきょとんと尋ねる。
「アノヨ?」

「死後の世界ね。 まぁ、あちらでは人は死んだらあの世に行くとか、魂が大地に返って新しい命になって戻ってくるとか。 色んな話があったわね」
「へぇ〜〜〜。 そっちはスピリットと同じだね! パパたちの世界にも、スピリットがいたの?」
 オルファの言葉に、悠人と千歳は顔を見合わせた。 互いに困った顔で首をひねり、オルファに顔を向ける。
「残念だけど、私たちの世界にスピリットはいなかったわ」
「まぁ、俺たちが見なかっただけかもしれないけど」

 オルファは気にした様子もなく、そうなんだ〜、といいながらサラダを取っていた。
「でも、スピリットと同じっていうのは何のことなの?」
「あ、そっちはね! スピリットは消えたら、再生の剣に戻るんだけど。 そっちに似てるなぁって思ったの♪」
「再生の剣?」
「まだ、聞いたことがない言葉ね」
 エトランジェ二人が助けを求めると、エスペリアは微笑んで説明してくれた。

「はい、口伝ではそう伝えられていますね。 再生の剣より生まれ、マナへとかえる。と」
 エスペリアの言葉に、一瞬『追憶』が反応した。 それは独り言を呟くような、とても小さいものだったが。

 ―――『再生』・・・・・・。―――

「・・・・・・?」
 千歳は腰元の永遠神剣に目を向けたが、『追憶』はまた黙り込んでしまっていた。

「・・・・・・ん。 ハイペリアに行けるのは、人だけ・・・・・・」
 アセリアがまた話に口を挟んだ。
 千歳が知る限り、これはとても珍しいことだった。
「アセリアは、ハイペリアっていうのに興味があるのか?」
「うん・・・・・・ハイペリア、行ってみたい」
 そう言うと、アセリアはまたもくもくとパンを食べ始めた。

 しかし、千歳は『ハイペリア=地球』という図式に疑問を抱いていた。
 少しずつ読み解いていった伝記の中のエトランジェの名前は、はっきり言って地球の言語圏では聞かない響きを持つものばかりだった。
 可能性としてはあちらの言語がなまって伝えられたという事もありえるが、ひょっとするとこの世界は、『様々な世界に面した世界』であるのかもしれない。

「でも世界に名前がないと、どうもしっくりこないなぁ」
 悠人が首をひねっていうと、オルファが嬉しそうにしゃべりだした。
「カオリがね、ここって『ファンタズマゴリア』みたいだって言ってたんだよ」
「こちらの言葉?」
 千歳がエスペリアに顔を向けると、エスペリアは首を横に振る。
「いえ、存じません。 『ファンタズマゴリア』ですか・・・・・・なんでしょう」

「どこかで聞いたような・・・・・・」
 悠人がなにかを咀嚼しながらもごもごと言う。 喉が降りて、思い出したとフォークを持ち上げた。
 それによれば、『ファンタズマゴリア』とは彼女が読んだ物語の舞台となった世界のことらしい。 残念ながら、千歳はそんな物語を呼んだ事は無かった。
「へえ。 佳織ってそんなものを読んでいたの」
「千歳は読んだ事ないのか? なんかいつも図書館でそんなの読んでいたような感じだったけど」
 失礼ね、と千歳は悠人の言葉に眉をしかめてコーヒーを一口すすった。

「カオリと決めたんだよ♪ あっちとこっちじゃ言いにくいから、こっちはファンタズマゴリアで、あっちはハイペリア!」

 それぞれの言葉で互いに名づけられた二つの世界。 千歳には何となく不思議な感じがしたが、悠人は何が面白いのか、どこか嬉しそうに笑っている。
「ねっ、どう?」
 オルファが身を乗り出して悠人と千歳の顔をきょろきょろと見ると、悠人はあっさりと頭を縦に振った。
「そうだな。 その方が俺もわかりやすいから、これからはそう呼ぶことにしよう」

 悠人の言葉に目を輝かせて、オルファは千歳の顔を見た。 千歳が微笑んで首を縦に振ると、喜び勇んで万歳をする。
「やったぁ♪ カオリにも報告しなくちゃ!」
 拍子をつけて世界の名前を歌うオルファを、慌ててエスペリアが注意する。
「ほらっオルファ、はしゃがないの。 食事中ですよ」
「オルファ、お行儀よくなさい」
 千歳もエスペリアに賛同してなだめると、オルファはおとなしく席に座った。

 悠人はオルファに、佳織の事を尋ねているのを横目に見ながら千歳はパンを口に運んだ。
 千歳はオルファたちをかまう時に自然と佳織の情報を引き出しているので、さほど目新しい話はない。 話でわかったのは、佳織の身柄はレスティーナ本人が 管理している事、生活環境はそれほど悪いものではないことくらいのものだったが。

 ―――がたっ

 いち早く食べ終わったアセリアが席を立った。
「・・・・・・ん、戻る」
「もう食べ終わったのですか? いつもながら早いですね」
「ん」
 アセリアはこくりと頷くと、すたすたと部屋から出て行った。
 それを見送ったオルファは何故か嬉しそうに見送っている。
「アセリアお姉ちゃん、楽しそうだったね〜」
「ええ、本当に」

「え! 何が!?」
「楽しそう? あれで?」
 エトランジェ二人は純粋な驚きに、目を丸くして尋ねた。 エスペリアは慈愛に満ちた微笑みで頷く。
「えぇ、ユート様が来てから」
 確かに自分がこの館に来たのは後なのだから、そういうことはわかっていた。 が、やはり自分がたいしたことはなくて、悠人が優先されるような言い方は千 歳には面白くなかった。
「そうなんだ〜。 パパはとってもカンケルゥだね〜!」
 その言葉がさらに面白くない千歳。 が、それに気づかない悠人はきょとんと尋ね返した。

「カンケルゥって、何?」
すっごく嫌われて る、ってことよ」
 少しヘコんだ悠人を千歳は鼻で笑う。 それをエスペリアがあわててたしなめた。
「チトセ様! ・・・・・・ユート様、本当はとても好かれている、という意味ですよ」
「そうそぅ! ママにカオリにオルファ♪ アセリアお姉ちゃんにエスペリアお姉ちゃん!」
「こ、こら、オルファ!」
 エスペリアは顔を赤くして『私はそんなんじゃ・・・・・・』ともごもご言っている。 二人が互いを見つめている間に、悠人がこちらをちらりと見たのを千 歳はすぐに気づいていた。

 爽やかな笑みを悠人に浮かべ、千歳はカップを握っていた手を離す。

 ―――ギッ

 笑顔を絶やさずに親指で首を掻っ切る仕草をしてやった。 無論、唇に浮かぶのはコロス笑みというやつだ。
 悠人は怖いものを見てしまったと慌てて目をそらす。
「でも俺、ほとんどアセリアに無視されてるんだけど・・・・・・」
 エスペリアは悠人の言葉に首を横に結った。
「いいえ、あの娘はあれで普通なんですよ」
「―――駄目、私には見分けがつかない」
「あはは♪ ママもアセリアお姉ちゃんともっと仲良くなったらわかるようになるよ!」
 オルファの言葉に苦笑いして、千歳は食事を終えて席を立った。

「ご馳走さま。 エスペリア、この前の続きを聞きたいのだけど。 今日の時間は空いてる?」
 千歳が言っているのは、今読み込んでいる『聖ヨト王伝』の翻訳練習のことだ。 地道に本を朗読するだけだが、誰かに見ていてもらわないとどこで間違って いるのかの判断ができにくい。
「え? ・・・・・・そうですね、少し遅くになってしまいますが・・・・・・」
「かまわないわ」
「そうですか。 それでは、夕食後、私の部屋で」
「じゃあ、お願いね。 オルファ、今日はネリーたちのお見舞いに行きましょうか」
「うん♪ いくいく〜っ」
 オルファの頭を撫でて、千歳は広間を出て行った。 先ほどから悠人が何かを考え込んでいるようだったが、なにを悩んでいるのかはさっぱりわからなかっ た。


  スピリットの館  エスペリアの部屋

「勇者は・・・・・・王子のために、そして、姉に、楽な生活をさせるためにも、神剣を取り。 『求め』をふるって、ラキオスの人間を・・・・・・。 い え、国民を、かしら? 救済していったのです」
 ランプの灯りを受けてちらちらと揺れる文字を千歳はそっと指で追っていた。
「そこは、ラキオスの『民』を、と呼んでください」
「あ、なるほどね」
 エスペリアの注釈に頷いて、千歳はテーブルの紙片に新しい言葉を書き足す。
「え、っと・・・・・・そうそう。 救済していったのです・・・・・・勇者は、神剣でもって数多の場で・・・・・・ここは『戦場』って意味でいい? いい のね。 戦場で勝利を治め、またある時は人々の暮らしを脅かす・・・・・・? エスペリア、これはなんて書いてあるの?」
 古びた本を広げて差し出すと、エスペリアは千歳の指の先にある文字を追った。

「―――これは、『龍』ですね。 人々の生活を脅かす龍を退治しました。となります」
「・・・・・・じゃあ、この挿絵にあるのがこの世界の『龍』なの?」
 千歳は本文の片隅にある小さな挿絵に指を移した。
「はい。 そうでしょう・・・・・・といっても、私も実物を見たわけではありませんが」
 エスペリアの声を横に聞きながら、千歳はその絵をじっと覗き込んだ。

 千歳のとっての龍、というのは東洋のイメージにある神獣のことだったが、その挿絵に描かれていたのは悪魔の似姿とされた西洋のドラゴ ンに類似していた。
 硬質な鎧のような皮膚。 鳥とも虫とも似つかない翼。 小山ほどもある巨大な体躯。
 悠人のもつ『求め』に酷似した剣を握る男がそれに立ち向かっていく姿が雄雄しく描かれていたが、千歳の視線は龍に釘付けになっていた。

「チトセ様?」
「―――え?」
「大丈夫ですか? ・・・・・・そういえば、チトセ様は以前にも龍に興味がおありのようでしたが」
 エスペリアが以前の行軍での出来事のことを言っていることは、千歳はすぐに気がついた。
 軽く微笑んで、千歳は本をテーブルに置いた。
「そうね、ちょっと興味があるかも。 私の生まれた家は、古くから龍を祀ってきた家系だったから」
 千歳の言葉にエスペリアは目を丸くして驚く。
「まぁ! チトセ様は、神官様の御息女でいらしたのですか?」
「ふふっ、そんなたいしたものじゃないわ。 単なる職業のようなものよ、私たちの世界ではね」
 そう言って、千歳が渇いた口を潤そうと紅茶を口元に運ぼうとしたその時。

 ―――グオゥォォォォォォオオオ

「!」

 ―――ガシャン!

 凄まじい邪気が千歳の脳裏を揺さぶった。 驚いて、取り落としたカップが床に落ちる。 何があったのかと理解する前に、『追憶』が千歳とエスペリアに警 告を発した。

 ―――主殿、あの野獣めが目覚めおった! まずいぞ、すぐ傍に青き妖精がいる!―――

「青き妖精―――アセリアが!?」
「エスペリア、下へ! 行くわよ!」
 千歳は『追憶』を通じて『求め』の位置を瞬時に探りだした。

 ―――階下の広間!

 エスペリアもまた『献身』を手に取った。 千歳は彼女を連れて、急ぎ階下へと走り出す。
 廊下を進み、階段を下る千歳に『追憶』の感心したような声がかかる。

 ―――『求め』の主は抵抗を続けている・・・・・・見上げた精神の強さだ―――

「当ったり前よ。 あの娘に手を出した日には、私が直々に冥府に送ってやるわ」
 黒い柄を握る指が、嫌な汗でぬめるのが不快だった。
「・・・・・・チトセ様、少し落ち着いてくださいませ」
 エスペリアが千歳をたしなめると、『追憶』も同意の声を発した。

 ―――妖精の言う通りであるぞ、主殿。 このような時にこそ・・・・・・ッ!?―――

「?」
「―――? どうなさったのですか、チトセ様」
 エスペリアが階段の途中で唐突に立ち止まった千歳を訝しげな視線で見た。
「いえ、きゅうに『追憶』の声が・・・・・・」


 ―――コオォォォォォォォッッ!!


「きゃあっ!?」
「なっ、どうしたっていうの!?」
 銀色の光の粒子が急激に『追憶』から発せられた。 いきなり戦闘態勢に入った自分の神剣に、千歳は驚きの声をあげる。


 ―――これは・・・・・・この気配は・・・・・・っ!!―――


 『追憶』の声に混じって、千歳の脳裏に今まで聞いた事のない少女の声がわずかに聞こえた。

 ―――心を強く・・・・・・って・・・・・・本当の、思い、を・・・・・・―――

 ノイズのかかったようなかすかな声。 千歳にそれが聞こえたのもごくわずかな間だけだった。


 ―――この気配・・・・・・っ! 間違いない。 間違いない!! おの れぇぇぇぇぇぇっ!!!―――

 ―――ギイィィィィィン


「なっ・・・・・・!?」
 千歳の視界を一瞬にして銀色の輝きが覆っていく。
「チトセ様! チトセ様っ・・・・・・!?」
 エスペリアの声を遠くに聞きながら、千歳の意識はあっという間に奈落の底へと落ちていった。



 Somewhere・・・・・・

 気がついたとき、千歳は上下の感覚を完全に失っていた。
 というよりも、千歳は凄まじい突風に煽られながら宙を舞っていたのだ。 銀色の粒子が次々と千歳にぶつかり、その体を押し流していく。


 ―――エ、ターナ、ルめ・・・・・・おのれぇ・・・よく、も、我を!  ・・・・・・おのれぇぇぇっ!!


 普段の『追憶』のものとは似ても似つかない激情に彩られた声が、ごうごうと渦を巻いて突風と共に千歳の体を襲った。


 ―――滅ぼしてくれるっ・・・・・・滅ぼしてくれるぞ! エターナル―――ッ!! ―――


 呪い、怒り、憎しみ、負の感情が具現して構成された力が為す術もなく千歳を押し流していく。
 千歳は木の葉のように宙を回されながら、必死に周囲の状況を見据えようとした。


 ―――おのれぇ・・・・・・何処だぁ・・・・・・何処に居るぅぅぅぅ!!―――


 銀色の風の隙間から千歳がかすかに見たものは、どこまでも純粋な闇と渦を巻いて輝く銀河系の姿だった。 自分は宇宙空間に居るのか、と一瞬思ったがすぐ にそうではないことに気づく。 千歳を取り巻く姿は確かに自分の知識にある宇宙と同じだったが、そこに制服姿で投げ出されたにも関わらず微塵の怪我もして いな かったからだ。


 ―――よくもぉ・・・・・・よくも我らが世界をぉ・・・・・・。―――


 ふと、何故か『追憶』の声が徐々に遠ざかっていく。 川の流れからつまみ出された羽虫のように、千歳の体はいつの間にか銀色の渦から離れていた。

 そしてまた、闇、が・・・・・・・・・。

 ・・・・・・。

 ・・・。


 ※※※


「チトセ様・・・・・・チトセ様・・・・・・」
 心配そうなエスペリアの声が聞こえる。
「おい、目を開けろよ・・・・・・おい・・・・・・」
 気遣うような悠人の声が聞こえる。
「・・・・・・チトセ?」
 不思議そうなアセリアの声も。

「う・・・・・・」
 意識を取り戻した千歳の口から、弱々しい呻き声がもれる。
 ゆっくりと目を開けていくと、かすかに揺れる千歳の視界に三人の顔がぼうっと映った。
「よかった、目が覚めたんだな!」
 悠人がほっと安堵の息を吐く。
 何故かその吐息を鼻先に感じて千歳が首をかしげる前に、自分の腕は一瞬で真上に跳ね上がっていた。

 ―――ばきっ!

「ふぐっ!?」
 強烈なアッパーを喰らい、千歳の顔を覗き込んでいた悠人が真後ろにぶっ倒れる。
「なっ、なななななな・・・・・・っ!!!」
 千歳はがばっと起き上がって、思わず出てしまった自分の手と倒れる悠人をかわるがわる見つめた。

「チッ、チトセ様!? 何をなさるのですか!」
「エ、エスペリア! だ、だってこの男・・・・・・」
「ユート様は本当にチトセ様の御身を心配されていたのですよ! それを、あぁ・・・・・・」
 いつになく厳しい顔のエスペリアには千歳も強く言う事ができず、現状が分からないまま反省するしかない。

 落ち着いてあたりを見渡すと、そこは千歳に与えられている部屋だった。 月の光がカーテンの隙間から漏れているので、今はまだ夜のようだ。
「一体どうしたっていうの・・・・・・?」
「そ、それはこっちの台詞だろ・・・・・・」
 顎を押さえて悠人がふらふらと起き上がってくる。
「千歳が階段から落ちたって聞いたから、ここまで運んできたんだぞ」
「・・・・・・私が?」
「そうです!ユート様がチトセ様をここまで運んできてくださったのですよ・・・・・・」

 エスペリアの話によれば『追憶』の光が消え去った途端、千歳は階段から転がり落ちたのだそうだ。
 慌てて千歳にかけよるエスペリアの所にアセリアがやってきて、その後広間に居た悠人が千歳を抱えて部屋まで運んだらしい。

「そ、そうなの。 悪かったわね、悠人」
「まったく・・・・・・でもまぁ、元気なようで安心したぞ」
 悠人は苦笑するように唇をゆがめたが、千歳には何故かその顔が・・・・・・いや、顔色が悪く見えた。 決して自分のアッパーのせいではないと、己に言い 聞かせる。
 アセリアと悠人は意識を取り戻した千歳を見て安心したのか、二、三言葉を交わすと部屋を出て行った。
 部屋に残ったエスペリアは、千歳の顔をじっと見つめて心配そうに尋ねる。

「本当に、もう大丈夫なのですか?」
「えぇ―――。 なんだかまだ夢を見ているみたいだけど、なんとか大丈夫よ」
「そうですか・・・・・・あの」
 エスペリアは言いにくそうに、言葉を濁す。
「・・・・・・? どうしたの?」
「―――いえ、良いのです。 今日はもうお休みください」
 いつもと同じように微笑むエスペリアに、千歳は何故か違和感を覚えた。 それが何なのかがわかる前に、エスペリアは静かに退室してしまう。
「・・・・・・何があったのかしら」
 千歳はぼんやりと呟いて、先ほどの出来事を思い返した。

「エスペリアの部屋にいて・・・・・・そうだ、『求め』が目覚めたみたいだったから階下に下りていったんだわ」
 しかし、先ほどの悠人たちはいつもと変わらない様子だった。 おそらく、『求め』の支配に抗いきったのだろう。

「それから階段で、急に『追憶』が・・・・・・!」
 千歳はがばっとベッドから起き上がり、テーブルに置かれた『追憶』を手に取った。
「ちょっと! さっきのは一体なんだったの!?」

 ―――・・・・・・・・・。―――

 千歳の問いかけに、『追憶』は沈黙で応えた。
「黙ってないで、何とか言いなさよ! 答えなさい!」

 ―――・・・・・・・・・。―――

「・・・・・・ねぇ? ちょっと、冗談よしてよ」
 千歳は急に不安になった。
 いつもは自分の声に馬鹿丁寧に受け答えする『追憶』は、一言も喋らすに千歳の手の中にある。


「ねえ、返事しなさいよ! 私はあんたの主なんでしょ!? 答えないと酷いわよ!!」


 ―――・・・・・・・・・。―――


 己の言葉を失った自分の相方に、千歳は窓から光が差し込むまで震える声をかけ続けていたのだった。




・・・・・・To Be Continued



【後書き】

 今回も愚作『龍の大地に眠れ』をお読みくださり、真にありがとうございます。
 やっと物語が波に乗ってきた・・・・・・と思ったらトラブル発生!の巻をお送りいたしました。

 謎に満ちた永遠神剣『追憶』、果たしてその正体は・・・・・・? というのは、また後々の楽しみに取っておきまして。今回の解説です。

 アキラィス事件の真相・・・・・・まったくの作り話です。
 本当にそうであったのか、はたまた他の思惑があったのか、ゲーム本編に説明はありませんでしたので真実は闇の奥底ですね。
 ただ、こうであったら面白かっただろうな、という作者の希望的観測に過ぎませんのでそこの所をご了承ください。

 言葉を失ってしまった『追憶』につきましては、サーギオス所属時の『漆黒の翼』ウルカの神剣『拘束』と同じ状態です。 声は聞こえませんが、ある程度の 力の行使ならば問題なく行えます。


 さて次回。いよいよ『龍』との御対面です。
 応えない『求め』を持つ悠人と、声を失った『追憶』を持つ千歳。
 彼らは果たしてリクディウス山脈で何を見るのか・・・・・・?

 次回作でお会いいたしましょう。



NIL