─聖ヨト歴330年 スフの月 青 四つの日 夜
ラセリオ
「ふぅ…」
宿の自室に戻るなり、悠人は溜め息を吐いた。
「疲れた…今日は何時も以上に疲れた…」
戦闘服を椅子に掛けると、悠人はドサリとベッドの上に転がった。
『アセリアはどうしていつも戦いになると周りが見えないんだろう・・・?』
アセリアの敵にすぐ突っ込む癖に、悠人は頭を悩ます。
コンコン
その時、ドアがノックされた。
「居ますよ」
「明日の事で、少し宜しいでしょうか?」
外からはエスペリアの声が聞こえてきた。
「どうぞ」
悠人の返答が出てすぐ、エスペリアが中に入ってきた。
「座ってくれ」
「すみません」
悠人の言葉を聞いて、エスペリアは向かいの椅子に座る。
「さて…これからどうする?」
単刀直入に悠人は聞き出す。
「今は、ラセリオの防衛を続けようかと思っていますが。ユート様は?」
「俺か…?俺は……」
悠人は啖呵を切ったように。
「どうだろう?少し山道に踏み込んでみないか?」
「山道に…ですか?」
「積極的に叩いておけば、向こうも引っ込むと思うんだが…どうだ?」
「……」
エスペリアは地図と睨めっこして考え込む。
「このまま、ここで防衛を続けるにしても状況は変わらない。なら、牽制の意味も込めて」
「成る程…」
「どうだ?」
「……やってみますか」
エスペリアはゆっくりと頷いた。
─同日 昼
ラセリオ
「山道に進軍するみたいですね」
「だな…」
二人は準備をしている悠人達を二階のオープンカフェから眺める。
「俺的には勇み足だと思うけどな」
陽はコーヒーを啜る。
「でも、このままと言う訳にも行かなかったのでしょう」
キーリはミルクティーを飲み干す。
「行きましょう。私達も準備をしないといけません」
「了解」
─同日 夕方
森の中
森の中で、悠人一行はバーンライト軍と交戦した。
敵軍は先見隊だったようで、数も少なかったのだが先に誰かと交戦していたらしく、陣形はバラバラで、
戦いが始まって20分としない内に、ラキオス軍の勝ちは決まっていた。
「オルファ達の勝ちだね!」
オルファリルが楽しそうに言ったが、悠人は辺りを警戒するかのように見渡す。
「でも油断するなよ。どこから残りの敵が来るか分からないぞ…」
と、目の前に背を見せたバーンライト軍がいた。
『逃げている奴の背中を斬れない…それが弱さでも』
悠人は逃亡しようとするバーンライトのスピリット達を見逃して、剣を納めようとした。
「さてと…止めささなくっちゃっ!まだ終わってないもんね!!」
オルファリルは【理念】を構えて、殿を勤めるスピリットに神剣を向けていった。
「なっ!?オルファ!!戦いは終わったんだぞ!!」
悠人の制止も聞かず、オルファは走り出す。
神剣を構えて、魔法の詠唱を始める。
「永遠神剣の主【理念】のオルファリルの名において命ずる!フレイムシャワー!」
【理念】が紅く光り出す。
ゴアァァァアアア……
「敵さん達の逃げ道、全部焼き尽くしちゃえ!!」
戦い、否、殺しを楽しむような声だった。
「あははは。燃えろ、燃えろぉぉ〜っ!」
「もういい!やめるんだオルファ、やめろ!これ以上殺す必要はない!やめてくれ!!」
『殺す必要がない?』
叫びながらも、悠人の心の中にその様な疑問が浮かぶ。
『俺は何を理由に言ってるんだ…?』
悠人の目に映っているのは、楽しそうに笑いながらスピリットを殺そうとしているオルファだった。
「もう、逃げられないよ♪おとなしく殺られちゃってっ!」
「…!」
敵スピリットがオルファリルを睨む。
「やめろ、オルファ!!そのスピリットはもう戦える状態じゃない!!」
興奮しているのオルファに、悠人の言葉は届く筈が無かった。
そしてそのまま、目にも止まらぬ速度で、敵スピリットに飛びかかってゆく。
「てっりゃゃぁ!!」
バキィッ!!!
「きゃん!?」
「え…?」
後ろに吹き飛ぶオルファがコマ送りの様にゆっくりと飛んで見えた。
ドサッ
オルファが地面に付くと同時に悠人は我に還る。
「オルファ!!」
悠人はオルファを庇う様に立つ。
「御前は…!?」
目の前には黒いローブを着た男が怪我をしたスピリットを介抱していた。
「………」
ローブの男は悠人をチラリと見るが視界に入ってないかの様に無視をする。
そして、スピリットを担ぎ上げる。
「痛た……」
オルファは頭を抑えながら立ち上がる。
「もぅ!あったま来たんだから!!」
オルファは【理念】を再び構えると突進する。
「てっりゃぁぁぁああ!」
「よせ!オルファ!!」
ローブの男は神剣を手の甲に突き刺す。
ジュゥゥゥウ・・・
血が蒸発しコールタール状の黒い血液が滴る。
「やぁあああ!」
男は片手でオルファの攻撃を防ぐ。
ガギィン!
二人は鍔迫り合いのような格好になる。
「敵さんはやっつけないと♪」
オルファは肩に背負っていたスピリットに【理念】を向ける。
「ちっ!」
男は蹴りで神剣を弾く。
「ありゃりゃ、以外にしぶとい?」
オルファは首を傾げる。
「なら、これで決めて上げる♪」
男はスピリットを地面に一度置く。
「いっくよ〜〜!ファイヤ・ボール!」
火球が男を目がけて飛んでいく。
「くっ」
男は辛くもギリギリで躱す。
「あはは!燃えちゃえ、燃えちゃえぇぇっ♪」
と次の瞬間、男の足にオーラ・フォトンが集まっていく。
ドンッ!!
「え?」
ズバァ!!
オルファも信じられないと言う様な顔をしていた。
男は一瞬で間合いを詰めて、刄はオルファの胸元を斬り裂いていた。
「オルファ!!」
オルファはそのまま仰向けに倒れる。
男はオルファに近づく。
「貴様ぁぁぁああ!!」
悠人は【求め】を構えるが、男は。
「退がってろ、この子を殺したいのか?」
その声に悠人は怒りがフツフツと湧いてくる。
「殺すって、貴様がした事だろ!?」
「だから、だ…神剣よ。傷つき者を癒せ…リペア・ウォーティー」
水がオルファの傷に入り込むと傷を癒していく。
「もう大丈夫だ」
男はそのまま踵を返して戻っていく。
悠人は呆然としていたが我に返ると
「ま、待て!」
悠人は警戒を解かずに聞く。
「何でこんな事を?」
男はスピリットを担ぐと、振り向きぎわに。
「あの子が邪魔で助けられなかったからさ」
「お前はバーンライトのエトランジェじゃ無いのか?」
「違うよ」
と、言って歩いてく。
暫くしてオルファが目を覚ます。
「大丈夫か、オルファ?」
「う…うん。あ〜あ…敵さん逃がしちゃったな…」
起きるなりオルファは逃がした敵の事を悔やみ出した。
「オルファは何とも思わないのか?あんな…あんな戦い方をして…」
悠人は震える声で尋ねた。
『…信じられない。信じたくない…あれが……あれがオルファだなんて』
「何ともって?パパ、何のこと?」
真っ直ぐ。
屈託の欠片も無い瞳が悠人を見つめる。
「…敵は戦えなかった。何で、一々殺すんだよ?」
「?オルファ、何か間違っちゃった?でも、敵さんは殺さないとダメなんだよ?だって敵さんなんだもん」
意味がわからないと言いたそうな顔で言う。
『この世界では…俺が間違っているのか?』
悠人は自問する。
『解らない……あの男みたいに飛び出してでもオルファを止めるべきだったのか…見ているだけで良かったのか…』
「解らない…何が正しいんだ…」
悠人は力無く呟く。
『殺さなければ死ぬ。そんな世界で、人殺しに意味が無いんだろうか?』
悠人は拳を握りしめる。
「パパ、どうしたの?お腹痛いの?エスペリアお姉ちゃん呼ぶ?」
オルファリルが心配そうに悠人にすり寄る。
「どこ?オルファ、スリスリしてあげるから」
しかし、悠人は聞こえないかのように思考の渦に嵌っていた。
「だいじょうぶ?パパ…」
その一言に我に返り、
「ごめん…オルファ。俺がどうかしてた。心配かけてごめんな」
「ううん♪パパが元気なら、オルファうれしいよ〜」
オルファは笑顔で答えた。
悠人はその笑顔を遠くに在るかのように眺める
『何が正しいんだ…?』
「陽様には慎重と言う言葉は無いのですか?」
森の奥、陽とキーリは正座で向かい合って座っていた。
「はい…」
キーリはここ何ヶ月付き合っていたが二番目に激しい怒りだった。
「それも…スピリットを助ける為だなんて」
「何か…いけないのか?」
キーリは当然とでも言うように
「スピリットは人に遣える者です。それを人が助けるなんて」
「魂に優劣が有るとでも言いたいのか?」
陽の声のトーンが下がる。
「勿論です。私たちスピリットは道具です。人ではありません。消耗品の駒です」
「な…!?………もう一遍言ってみろ…次そんな事言ったら女でも殴るかもしれない……」
「しかし、これが事実なんです…これが、この世界の心理です」
「それでも……それでも俺は」
陽はそう言って天を仰いだ。