西暦2008年12月15日 午後4時30分

「山本、風峯は居ないか?」
担任が生徒を捕まえて、尋ねる。
「さぁ・・・帰ったんじゃないですか?年末の神社は忙しいみたいだし」
「そうか・・・」


同刻

「ただいま・・・母さん。居るの?」
奥から「居ますよ〜」と、聞こえてくる。
青年は溜め息を吐き、制服をハンガーに掛けて、上着を着て、袴をはいて仕事が出来る格好になる。
鞄から弁当箱を出して流しに浸けて母の居る下に行く。
「で、今日は何をすればいいの?」
青年は草鞋をはいて庭に出る。
「今日は御神木の締め縄をお願いしようかな」
「アレを一人でか?」
青年は訝しめな顔をして母親を睨む。
「よーちゃんが怒ったぁ・・・」
「その呼び名は金輪際禁止!ったく、40前のオバサンがいい年して・・・」
青年は溜め息を吐き。
「で、本当に一人なの?」
「ううん。ヘルプの巫女さんが来たから、その子とお願いね」
「で、そいつは?」
「倉庫に締め縄を探しに行ってると思うから様子を見てきて」
「はいはい・・・」
青年は踵を返して倉庫に向かう。
「あ、後、神楽に使う神具も出しといてくれない?」
「了解」


確かに倉庫の鍵が空いていて一つの影が見えた。
「あの」
「ひゃあい!!?」
影はビクンと跳ねて振り向く。
「わ、私は怪しい者では無くてですね」
「知ってる。ヘルプの巫女さんだろ?退いて、締め縄はこっち」
青年は巫女を退かすと、締め縄を引っ張りだす。
「持ってて」
青年は何十キロあろうかという締め縄を軽々しく投げ寄越す。
「きゃ!?」
巫女は締め縄の下敷きになる。
「何やってるんだ?」
青年は呆れたように、奥から箱を一つ取り出して、床に置くと、締め縄を持ち上げる。
「ど、どうも」
巫女は立ち上がるとお辞儀をする。
「いいよ。それより、その箱を持って出て」
「はい」
巫女は箱を持ち上げると、二人は倉庫を後にした。


同日、午後7時

「彼女はヘルプで来てくれた倉橋時深さんです」
時深は夕食の場で、どうもと頭を下げる。
「彼女は家の風峯神社とご近所の神木神社のヘルプに来てくれた人だから丁重に遇してね。時深さん、あっちにぶっきら棒にしてるのが跡取りの陽よ。仲良くしてやってね」
「はい」
「それじゃあ頂きましょうか」


西暦2008年12月16日 午前2時30分

【扉・・・開く。四神の・・・力】


同日 午前8時15分

「おはよ。陽」
「おう、おはよ」
陽はいつも通り友達と挨拶をしながら校門をくぐると、珍しくも無い光景が広がる。
「瞬・・・貴様」
「虫けらが吠えるんじゃねえよ」
名物(?)となっている高嶺悠人と秋月瞬の喧嘩だった。
「はぁ・・・」
陽は溜め息を吐き、人込みを掻き分け。
「朝っぱらから邪魔だぞ。高嶺?」
「風峯・・・」
「フン・・・虫けらが二匹になったか」
瞬は陽を睨む。
「・・・淋しい奴だな」
陽は左手で悠人の制服の首根っ子を掴み引き摺っていく。
「ちょっ、風峯!俺は」
「てい!」
延髄にチョップを入れると、悠人は気を失う。
「全く・・・朝から要らない体力を使ったな・・・」
そのまま引き摺って教室に足を向けた。


西暦2008年12月16日 午後12時30分

「ん・・・昼休みか」
陽は目を擦る。
「いいよな。推薦で国公立大が」
隣の席の奴が憎まれ口を叩く。
「なら、いつも真面目に授業を受けろ」
陽は丸めたノートで頭を叩く。
「いつも寝てる奴に言われたくねぇよ。お前、いつ勉強しててそんなに頭良いんだよ」
「睡眠学習」
陽はあっけらかんと言って財布を手に取る。
「ん?お前弁当は?」
「あ、ああ。有る事には有るのだが・・・見るか?」
「?」
一段の弁当箱を開けると一面、小豆だらけだった。
「何だ是?」
「おはぎだ。見て分から無いのか?」
「分かるけど・・・」
クラスメートは息を呑む。
「これは・・・」
量は軽く二、三人前はあった。
「どうしたんだ是?」
「昨日、家に来た巫女さんが作ったんだよ・・・」
そう言って教室を後にした。
「風峯!」
教室を出ると誰かに呼び止められる。
「碧か。どうしたんだ?」
「年末のクラスの打ち上げ会のクラス回覧板」
「日にちは?」
陽は携帯を取り出す。
「30日」
「・・・際どいけど時間を見つけたら行くわ」
「オッケ。おーい、悠人」
光陰はそのまま教室に戻っていく。
陽はそのまま購買に行く。
「おばちゃん。十七茶」
「120円だよ」
陽はカウンターにお金を置いてお茶を受け取ると、プルタブを開ける。
「暖まるな・・・」
と、のんびり歩いていると、今、一番会ういたくない顔が目の前にあった。
「邪魔だ。どけ」
「はいはい」
陽はさっと右に避けて瞬の為に道を空ける。
「ちっ、邪魔だ!」
「きゃ!?」
瞬は目の前を歩いていた女子を突き飛ばす。
「おいっ」
陽は飲みかけの十七茶を瞬の方に放り投げると、突き飛ばされた女子の体を支える。
「大丈夫か?」
「あ、有難う御座います」
陽は女子の体から手を放す。
「貴様ッ・・・!」
振り向くと鬼の形相をした瞬が居た。
制服の裾には微かにお茶の染みが付いていた。
「何だ?」
「・・・ちっ」
瞬はそのまま立ち去っていった。


西暦2008年12月16日 午後5時30分

「集めた落ち葉はここで焼くから」
「はい」
陽と時深は焚き火に当たっていた。
「何?」
時深からの視線を感じた陽は時深に向き直る。
「いえ、別に何でも有りませんよ」
「あ、そうだ。おはぎ美味しかったよ。クラスの奴らも美味いって言ってたよ」
「本当ですか?良かった」
時深は薄く微笑むと急に真面目な顔になると
「もし、後数日でこの世界と違う世界に行くとしたら、どう思います?」
「は?」
突拍子もない質問に目を丸くする。
「いえ・・・例えばです」
「例えばか・・・どうなんだろ。確かに魅力は有るけど」
「けど?」
「いや、どうなるか分からないな」
「何ですかそれ?」
二人は寒空のした焚き火の前で笑い合った。
「俺は寒いから戻るな。それじゃあ」
一人になった時深は焚き火に向かってポツリと呟く。
「その未来は必ずそう遠くない・・・その時、あなたは・・・」
言葉は虚空に虚しく響いた。


西暦2008年12月17日 午前0時30分

【扉が開く・・・もう、すぐそこに・・・】


同日 午後4時

陽は帰宅するなり、
「今日着替えなくて良いから、神具の手入れをお願いね」
母は手入れ道具一式を置いて夕食を作りに行った。
「うわ、埃っぽいな」
箱を空けると長剣で、刀身にはビーダマサイズの紅・蒼・碧・黄・白の五つの玉が凹にはめられていた。
陽は丁寧に埃を払っていく。

【もう・・・ぐ・・・ひら・・・】

「?」
陽は辺りを見回す。
「気のせいか」


「もうすぐ・・・【時詠】、準備は良いですね。まずは悠人さんの方から・・・分かってますよ。失敗は許されないって」


「やっと終わった」
陽が蔵から出たのは7時を過ぎていた。
「【蒼天】はそれか・・・」
陽は急に寒気がして身構える。
「何か居る・・・?」
神木の裏から身の丈ほどの大刀を携えた男が立っていた。
「それを寄越せ」
男が一歩前に出ると、後ろに一歩下がる。
左手で神具を持って右手はダラリと下げる。
油断だらけの格好の様で実は手を出す隙間が無いくらい洗礼された構えだった。
「ほぅ・・・」
男は楽しそうに口を歪めて笑いを零す。
「かなりの手慣れだな、それに肝が座ってる」
「そいつはどうも」
冷や汗が背中から吹き出る。
陽もプレッシャーで指一つ動かすのも一苦労だった。
「だが」
男は一瞬で陽の後ろに回り込む。
「死ね!」
陽はとっさに左手で持ってた箱で攻撃を防ぐと箱が砕け、陽は剣を砕けた箱から出すと鞘から抜き放つ。

【血の契約・・・】

「?」
「くらえい!」
大上段から繰り出される斬撃を受け止めるが想像以上の力で地面が陥没し、陽は叩きつけられる。
「ぐっ!!」
頭が切れ、血が流れる。
「運が無かったと思え・・・【無我】よ。俺に力を!死ねぇ!!」
とその時、額から零れた血が刀身に付いた瞬間。
「ぬぅ・・・くっ!」
剣がものすごい光を発する。
【血の契約・・・私は貴男を主人と認めます】
「?」
頭に直接、女性の声が響き渡る。
【私は永遠神剣第二位【蒼天】・・・貴男の刄です。恐れないで、マナに身を委ねて・・・】
「マナに・・・身を」
先程までと打って変わって体が羽のように軽くなる。
「ちっ!させるかぁ!!」
男が剣を振り下ろす。
「うぉぉおおお!!」
刀身にはめられていた紅い玉が光を発すると、刄が炎に包まれる。
ズガァァァアアアアン!!
激しい衝突と共に陽は白い光に包まれ、意識が暗転していった・・・。