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ショートストーリー 『白銀の覆滅鬼』

「お兄ちゃ――ッ!」
 声が届くことは、無かったと思う。
 目の前で起きた閃光は、自分達を巻き込んでいた。
 兄が差し伸べてくれた手を、つかむことができなかった。
 そして――
 目の前で、両親が、消滅した。
 二人とも、声を上げることなく、自分の目の前で、消滅した。
 その時彼女――稲垣 聖の心は、壊れてしまった。
 ガラスが崩れるように、音を立てて、何かが砕け散った。
 それは、感情。
 青い瞳は、見開かれたまま、曇ったまま、無表情に正面を見つめている。
 頬を、一筋の涙が流れた。
 しかしこれは、無意識に流れ出たもの。
 悲しいといった感情も、辛いといった感情も、苦しいといった感情も、
 その涙のように心から流れ出ていく。
 一つの疑問が、挙がった。
 両親が消滅してしまったのに、なぜ、『自分は虚空を見つめていられるのか』。
 自分は、助かったのだろうか。
 それとも、同じように消滅して、そのことに気付いてないだけなのか。
『あなたが、あたしを呼び起こした人……まだ、子供じゃない』
 声がする。
 澄んだ、優しい声だ。
『その年齢で、こんなに酷く心が壊れるなんて……あなた、名前は?』
「……稲垣、聖」
 名前を述べると、ふと、輝く大きな斧が、聖の目の前に現れた。
『ヒジリ、あなたは、実質的には死んだことになっているの。でも、あなたは選ばれた。
 あたし――永遠神剣第三位『覆滅』によって』
「…………」
『急に言われても、理解できないわね。でも、あなたは選ばなければならない。
 あたしの選定に乗るか。それとも、このまま消えるか』
「…………」
 聖は、声を放つことは無かった。
 表情も変わることは無かった。
 ただ、虚空に存在している、『覆滅』と名乗る物をただ、無表情で見つめていた。
 流れきった涙が、着込んでいるワンピースに点々と染みを作っている。
『……ちょっと、心を覗かせてもらったわ。どう? もう一度、お兄ちゃんに会いたい?』
「――ッ!」
 やっと、聖の表情が変化する。
 兄のことについては、まだ、反応するらしい。
『あたしと契約すれば、お兄ちゃんに会う力を与えることができる』
「……ホント、に?」
『ええ。あなたのお兄ちゃんも、同じ存在、永遠に戦いつづける者、エターナルに
 なっているわ。あいつもたぶん、反応してると思うしね』
 聖の表情が、段々と緩んでいく。
『それに……あなた達を巻き込んだ奴らと、対抗できる力を与えることができる』
 ここで、聖の表情が、無表情から、一変した。
 笑顔だ。
 輝かんばかりの笑顔に、なっていた。
 聖に残った感情――
 嬉しいと、純粋に思えるものと、
「ホントに、お兄ちゃんと会えるし、あのクソ野郎達を、ぶっ殺せるの?」
 新たに作られてしまった、憎い者に対して向けられる、残酷なもの。
 失われた感情を補うために、聖の心に生まれてしまった、純粋な殺意。
『……うん。あいつらは、ただ自分達の自己満足のために、ただ自慰的に戦っている、
 ロウエターナルとカオスエターナルと言う存在。
 あなたみたいに巻き込まれる人のことを考えない、そんな連中』
「じゃあ、断る理由ないよ。あたしとお兄ちゃんを引き離すなんて、絶対に許せない。
 望お兄ちゃん、待っててね。あたしが、ロウもカオスもぶっ殺して、会いに行くから♪」
 笑顔で、聖は言い放った。
 契約は、成立された。
『……またお兄ちゃんと会えた時に、あたしが、心を治してあげるからね……ヒジリ』

 荒れた大地。
 荒野の一部に見える、小さな街。
 その街にある、ひと時の旅の休息と、情報交換を求めて人々の集う、酒場。
 その扉を、一人の少女が開ける。
「おばちゃん、またきったよ〜!」
 元気いっぱいの、幼い少女の声。この男むさい空気の中には、非常に合わない声だ。
 薄黄色のワンピースに、布に巻かれたなにか細長いものを背負っている。
 少女は左右に結った黒髪をなびかせ、カウンター席までたどり着いた。
 ここが、小柄な彼女の指定席。
「えへへ、いつものお願いね♪」
 笑顔のまま、少女は目の前にいる女性に話しかける。
「はいはい……で、仕事、終わったのかい? ヒジリちゃん」
「うん。大丈夫だよ、あたしには負けない秘密があるからね♪」
 出されたグラスに満たされる、ミルクに口をつけ、のどを鳴らす少女。
 少女の名前は、ヒジリというらしい。
 彼女の仕事というのは、主に傭兵家業。
 この戦乱のご時世、この傭兵という存在は別段不思議ではない。
 ここは国家間にはさまれる中立的な街。
 実際この場にいるほとんどが、その雇われ兵だ。
 しかし、このヒジリのような少女が戦場に出て、しかも帰ってくる例は、
 今までなかった。
 彼女の背負うものの正体は、彼女のたった一つの武器であるバトルハンマー。
 服装なんて、とても戦場に出られるものではないのに、彼女は、帰ってくる。
 それも、一度や二度ではない。
「……ヒジリちゃん、残念なお知らせだけどね……やっぱり、この人を知ってる人は、
 いないみたいだよ」
「うにぃ……そう、なんだぁ。仕方ないなぁ。じゃ、あたし次の街に行ってみるね」
「ごめんね、力になれなくて……お兄さん、なんでしょ? この人」
 ヒジリの前に差し出される一枚の写真。
 そこに写るのは、黒い短髪の男性。
 しかしヒジリの笑顔は崩れることなく、ちょっと声のトーンが下がっただけである。
「うん。じゃ、ご馳走様でした〜」
 代金を置いて、ヒジリはカウンター席から降りた。
「気をつけるんだよ。最近、また物騒になってきたからね」

 酒場からでて、鼻歌まじりにヒジリは自分の宿舎へと向かう。
 これで、この街にも用がなくなった。
 いや、この世界……といった表現のほうが正しいか。
 これでほとんどの街を回っただろう。
 それでいて、情報は一切なし。
「あ〜あ。また無駄足だったねぇ。……でも、もう一仕事かな」
 ふわりとワンピースを舞わせ、ヒジリは足を止め、振り返る。
 不思議なことに、周りに『この世界』の人たちの気配はない。
 代わりに、自分の後方に十数人の集団が、たたずんでいた。
 その集団は全員、それぞれ武器を携えている。
 もちろん、ただの武器ではない。
 意思を持ち、そして、永遠の戦いに身を投じさせるための武器――永遠神剣。
 そう、自分と同じ、エターナルという存在である。
「貴様が、我ら『秩序』にたてつく単独のエターナルか?」
 その中から、リーダーと思しき男性が、一歩前に出る。
 声には凄みがあり、あからさまに威嚇している。
「あんたら、そのつもりで話しかけてきたんでしょ? いちいち訊かなくていいじゃん」
 だがヒジリはそれに慄くことも無く、あっさり答えた。
 ニコニコと、まるで、おちょくっているかのように、笑顔のまま。
 小柄な体に不釣合いなバトルハンマーを、手に持ち構えつつ。
 構えるとはいっても、布を取り払い、先端を地に付けただけではあるが。
「その程度の力で……たった、第五位ほどの力で、先方は何をされたのだ……」
「おい、俺がまずやってやるよ……あんなのを狩るの、わけないぜ!」

 街の広場で、その惨劇は起きていた。
 あたりに散らばるのは、頭部の潰された肉塊。
 まだ引きちぎられたばかりだと思われる、腕と足のパーツ。
 そして、人の中身と、生暖かい、真っ赤な液体。
 その中心に立つのは、誰でもない。
 返り血で笑顔を汚し、手に持ったバトルハンマーに取れたての肉片と血液を滴らせる、
 ヒジリである。
「さあ、次にあたしにぶっ殺されたい人は誰? そろそろ本気だしたいんだけどなぁ」
 ケラケラと笑うヒジリ。
 ――ありえ、ない……。
 三人やられた時点で、残ったメンバーはそういった考えにいたった。
 まず、最初に突っ込んでいったやつの時点で、勝負はついたと思っていた。
 しかし、血飛沫を上げたのは、少女ではなかった。
 頭部をバトルハンマーによって叩き割られ、すでに痙攣するだけの人形になっていた。
 なにかの間違いだと、たかが第五位ほどの力をした神剣に負ける事などありえないと、
 そう思って突っ込んでいった二人は、ヒジリの一閃のうちに叩き割られていた。
 三人は、ヒジリに触ることすらできないまま、この世界から消滅させられていた。
 ここで、一つおかしなことが起きていた。
 普通エターナルは、今いる世界で消されれば存在はその世界から放り出される。
 簡単に言えば、マナの塵となって消えるということ。死ぬことは無い。
 しかし、今はどうだろうか。
 頭部の無い肉塊、ばらばらになったパーツ、そして、大量の血液。
 何一つ、殺人現場と変わらない光景が、目の前に入ってくるではないか。
「……あんたら、ダメだねぇ。神剣の『位』だけみて本来の力を見抜けないなんて。
 それに、そのマヌケ面……そんなに血ぃ、見たこと無いの? あはっ、バッカみたい。
 あたしの神剣はね、世界にエターナルを長い時間依存させる事ができるの。
 だから、このバカ三人組はね、今死んだほうがマシな苦痛を味わってるのかな?」
 ヒジリが地面に――いや、血の池に神剣を下ろす。
 まだ、笑顔。
 ここまでくると、この笑顔に恐怖するしかない。
「で、こないんだったら、終わりにしよっか。飽きたしね」
『こんな弱い敵、つまんないものね。せっかく第五位まで落としてあげたのにこれだもん』
 声がする。
 異様にハッキリとした声から、この神剣が第五位などという下等なくらい出ないことが、
 分かってしまった。
「うん。早くお兄ちゃん探しに他の世界行かないといけないし。じゃ、いこっか『覆滅』」
 ヒジリがバトルハンマーを立てると、形状がみるみるうちに変化していく。
 先端が巨大化して、大きな刃を形成する。
 放たれる色は、美しい銀色。
 ヒジリのバトルハンマーは、まもなく巨大なバトルアックスへと変形した。
 それとともに、入ってきた情報とは比べ物にならないほど、強力な力が感じ取れる。
 これが、ヒジリの本来の力――
「あたしは、永遠神剣第三位『覆滅』の担い手。『覆滅鬼』の聖だよ」
 刃が地に落ちると、ズンッと鈍い音がし、自重だけで地面を砕いた。
「さてさて、そろそろ全員、ぶっ殺すね♪ 覚悟なんて、しなくて大丈夫だから♪」
 ピチャッという水音がしたと思うと、メンバーの一人の頭が爆ぜた。
「だって、一瞬だもんね♪」
 そばにいるのは、黒髪の小悪魔。
 目にも留まらぬは速さとはよく言ったものである。
 この一瞬の間に、聖は巨大な『覆滅』と共に移動し、敵の頭を弾き飛ばしたのだ。
「うはっ、きったない血。せっかく花びらっぽくしてあげたのに、全然意味無いじゃん」
 もう一度跳躍すると、反対にいるエターナルを、原型もとどめることも無く、
消滅させていた。
 もちろん、笑顔で。
 笑顔を崩すということを忘れたかのごとく、聖は、その姿勢を崩さない。
 残った全員が、戦慄を覚えた次の瞬間には一人、また一人と確実に殺られていく。
「あはっ、遅い、遅いよぉ♪」
 楽しそうに、まるで、少女が目新しい玩具を見つけたように、聖は敵を殺していく。
 縦一閃に、裂かれる者。
 腹部を裂かれ、中身をぶちまける者。
 返り血が、次々と幼い笑顔を汚していく。
「あっはははは! 弱い! これであたしに向かってくるなんて、無謀無謀〜♪」
 それと共に、笑い声が、戦慄を与えさせる。
 ヒジリは、純粋に、殺戮を楽しんでいるように見えた。

 すでに、もといたメンバーの半数は、消されていた。
 残ったメンバーは、震える体に勇気を与え、この場から撤退を始める。
「……ん? 逃がすと思ってんの? えと、まずは……あんたから♪」
 聖は目の前にいる敵を体の中心から二つに裂き、中身をすべてぶちまけさせると、
 逃げる敵の背中を追って宙を舞う。
「いっくよ〜ッ! 『覆滅』の、召雷ッ!」
 そして大上段に構えた刃先を地に叩きつけると、そこから雷が地を割り、
 逃げる敵を背後から消滅させた。
「あっはは♪ 『ジュッ』っていった! バッカみたい、バッカみたい♪ お次は――」
「これ以上……好き勝手やらせるか!」
 まだ追撃を加えようとする聖に突っ込むのは、このメンバーのリーダー格である男性。
 手には二本のダガー型の神剣。
 聖に負けず劣らずの速度で懐に飛び込み、そして、一閃。
 しかしそれを聖は身をそらして、避ける。
 その時――
 首元から、銀色のなにかが飛んだ。
 それは、銀色の小さなペンダントの飾り部分。
「――ッ!」
 初めて、聖の瞳が開かれ、真っ青な瞳が見える。
 同時に、ペンダントが血の池に着水した。
「ちぃッ! 仕留めそこな――ッ!」
 男は、動くことをやめてしまう。
 いや、動くことができなくなってしまったのだ。
 聖の目が開かれたのは、ほんの一瞬だった。
 今は、笑顔に戻っている。
 決定的に違うのは、どす黒く、今まで感じたことの無いほど強烈な殺気が、
 聖から放たれているということ。
 それが、男の動きを抑制している。
 聖が近づいてくるのに、嫌な汗でしか対応できない。
「……おっさん」
 ゆっくり、ゆっくりと聖は男へと近づき、そして、一言。
「……うん、死ね。『覆滅』の、白雷」
 暗い笑顔で、冷たく、言い放った。
 『覆滅』を横に薙ぎ、男を上下に両断した後、純白の雷で塵一つ残さず消滅させた。
 聖は赤く染まってしまったペンダントを拾い上げ、ギュッと握り締める。
「あんたらの命なんかよりも……何倍も何十倍も何百倍も価値のあるペンダントを……
 お兄ちゃんとお揃いのペンダントを、汚しやがったね……ッ!」
 薄黄色の生地で、血を拭う聖。
 なにかにとりつかれたように、何度も、何度も、必死に拭い続ける。
 そして不満足そうだが、何とか落ち着いたらしい。
「ふう……もう、いいや。あんたら、全員生かして帰さない。だからみんなまとめて」
 肩に『覆滅』を担ぐ。
 そこにマナが収縮し始め、超高圧なオーラフォトンが形成される。
 その力は、ハッキリいって異常だった。
「ぶっ殺してやるんだからッ! すべてを薙げ、銀の輝き!」
 そのまま真横に振りぬくと――
「いっけぇえええッ! 『白銀の覆滅』ッ!」
 あたり一面――そう、この街一帯を包み込むほどのオーラフォトンが、放たれた。
「んっふふふふ……あっははははッ! みんな、み〜んな、死んじゃえッ!」
 巻き上げられる地面。
 破壊される建造物。
悲鳴すら上げることを許されない『秩序』のエターナル達。
 そして、何も知らされず、ただ、消えていくだけの関係の無い人々……。
 その中心で、少女は笑い続ける。
 残酷で無慈悲な、笑いを。
 その姿はまるで、小悪魔を通り越し、悪魔のように見えていた。

『あ〜あ。派手にやっちゃたね、聖』
「いいの。だってあたしとお兄ちゃんの繋がりを断とうとする奴に、
手加減なんて必要無しだもん。全力で滅殺するだけよ」
 荒野にポツンと立つのは、一人の少女――聖のみ。
 先ほどまで街だったこの場は、新たな荒野として成り立ってしまった。
『そうねぇ……まっ、この世界じゃこれだけですんだことに感謝してもらわなきゃね』
「そういうことだよ。あたしらが本気出せば、こんな世界丸ごと破壊できるもん」
『そういえば訊いたこと無かったけど、何でそんなにお兄ちゃんにこだわるの? あなた』
「ん〜? こだわる……っていうか、もうあたし、お兄ちゃん以外の男なんて認めないし」
『直にいえば、ブラコンって事ね。まあ、いいんじゃない? 面白ければ♪』
「そうそう。そのために、ずっと処女通してきたんだから。だって、エターナルになれば
 受精率って著しく下がるんでしょ? だったらお兄ちゃんともできるってわけよ♪」
『ふ〜ん。あっ、次の世界の門、開くみたいよ』
「りょ〜かい。お兄ちゃん……絶対に見つけ出すからね!」

 この日、とある一つの街が地図上から姿を消した。
 原因は、よく分かっていない。
 目撃者などもいなく、まるごと、消滅していた。
 ただ、一つだけある情報では、その跡地に少女の姿が確認されたという。
 定かな情報ではないが。

 そして、聖は新たな地へと降り立つ。
 新たな出会いが、そして、待ち望んだものへの再開が待つ、世界へと。

                   ショートストーリー 『白銀の覆滅鬼』 終了

内容説明

というかこいつはみなさんの合作SSで自分の主人公っぽいキャラでございます。
素直で、それでいて残酷な性格というなんとも微妙な感じになってしまいましたが、
これはこれで結構お気に入り。
神剣『覆滅』については、力の調節が可能な特殊な神剣。
第三位から第六位まで力の調節が可能。
しかし第五位まで落としたとはいっても、並みのエターナルだったら相手にできるほど
潜在能力が高い。
形状もそれに伴って変化していき、
第三位なら聖よりも大きな両刃のバトルアックス型。
第四位なら片刃の戦斧型。
第五位なら刃の部分が消え、バトルハンマー型。
第六位なら短いショートスピア型といった感じ。

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