作者のページに戻る

一周年記念SS 白きスピリットのココロ

 気付けば、自分は生い茂る森の湿った大地に足をつけていた。
 背後には、断崖絶壁の壁がある。
 外傷は見られないので、落ちて来たとは考えにくい。
 しかし、なぜ、自分がここにいるのか――
 これからどうしていいのか、まったくわからなかった。
 すでに辺りは青白い月の光りで照らされている。
 とにかく、水を確保しなければ生きる事すらままならない。
 幸い、自分はスピリットであるらしい。
 手には永遠神剣『らしきもの』が握られていた。
 彼女の名前は、『理想』というらしい。
 彼女は友好的で、力を使って水のある場所まで先導してくれた。
 数十分歩くと、森が開け、目の前には月明かりを反射し、光る湖が広がっていた。
 岸辺まで足を進め、膝を付き、水面を覗く。
 少しやつれた、自分の顔が見えた。
 目は赤い。
 だけど肌の色は、乳白色。
 不思議と痛んでいないウェーブのかかった白髪が、自分のスピリットの色を表している。
 この特徴から、自分は白い妖精なのだと推測できた。
 自分から見ても細い指の手を使って、水を口に運ぶ。
 とても美味しかった。
 この水分が体全てに浸透していくようにも思えた。
 そこにふと、一陣の風が吹いた。
 その冷たさに、思わず身震いしてしまう。
 湖畔と言う事もあいまって、今の風だけでなく、辺りは結構冷え込んでいた。

『大丈夫よ、ご主人……私が、何とかしてみます』

 『理想』が話しかけてきた。
 透き通るような、優しい声で。
 この声を聞くと、妙に落ちつく。
 彼女は、枝を集めてくれと言った。

 『理想』は、なにもわからない自分をいつも助けてくれた。
 枝を集めれば火を起こし森の案内を任せば必ず木の実がある所まで連れて行ってくれた。
 だけど、この生活は長く続くことは無かった。

「噂は……本当だったんだな。おい、奴を捕まえろ! そう、あの白い妖精だ!」

 『理想』と共に自分は、人間の貴族の元に捕らわれた。
 それから自分は体を蹂躙され、玩具にされ、何度人間と体を重ねたか、わからない。
 その時の自分は、奴隷以下の扱いだった。
 行為が終わればそのまま放置され、自らの力で男臭くぬめる体を洗わなければいけない。
 そして次の日には同じ事の繰り返し。
 何度膣内に出されたかわからない。
 それでも、耐えるしか自分に道は無かった。
 もう他に、自分の居場所など無かったから……。
 
 そんなある日、彼女が、迎えに着てくれた。
 自分が、生涯ついて行く思える女性に。

「その娘は、アタシが買い取った。だから、もう離しな」

 彼女は人間と自分の行為の最中に、突然入ってきた。

「なんだ、その目は……アタシに逆らうってのかい? 命知らずだねぇ……
 大天才に、たてつくなんてなぁ……!」

 その『大天才』と言う言葉を聞くと、貴族の人間の一人が、震える声で言放った。

「こ……こいつが、あの大天才……ハーミット・ヨーティア・リカオン……ッ!」
「わかってるんなら話しは早いな。さっさとその娘を解放しな。さもないと、
 ここにいる奴ら全員を一瞬で殺す事の出来るガスを発生させるぜ?
 もちろん、アタシは抗体を打ってるから問題無いし、スピリットには効果の無いものだ」

 この場に自分を放り出して、貴族の人間は全て逃げ出した。
 死の宣告をされたようなものだから、当然の事だろう。
 裸体を投げ出す自分の元に、彼女は――ハーミットは話しかけてくる。
「バッカじゃないの。そんなガス、作れるわけ無いじゃん」
 小バカにしたような、そんな声だった。
 実際、バカにしているのだろうが。
 そして、その声とは打って変わって、ハーミットは優しく、語り掛けてきた。
「もう、安心しな。これで、もうあんたを苛める怖い奴はいなくなった。
 よ〜し、まずは体を洗おうか」

 自分は言われるままに体を洗った。
「この服、あんたにやるよ。もう、前着てたやつは臭すぎて使い物になら無いからね」
 自分は差し出される、白いローブのような服に身を包んだ。
 サイズは、計ったかのようにピッタリだった。
「ほっほ〜う。やっぱりねぇ……着るもん着れば、大した美人じゃないか」
「なんで……こんなに優しくしてくれるんですか……?」
 これが、自分から話しかけた最初の言葉だった。
「ん? なんでって……う〜ん……あっ、そうそう。アタシ助手が欲しかったんだよ。
 そう言う理由は、ダメかい?」
 その質問に、ハーミットはニッと笑って答えた。
 それが質問の答えになっているかどうかは、微妙であったが。
「あ〜、いつまでもあんたって言うのはなんだから……これからは」

 これが、私とハーミット様の初めてであった時のこと……
 私がハーミット様に『イオ』と言う名を貰った、大切な、忘れなれない日……

 そして月日は流れ――
 イオは今、ハーミットと共に、ラキオスに所属している。
 イオ自身の仕事は、訓練師としてスピリット達に稽古をつけたり、
 技術者としてハーミットの手伝いをしたり、スピリット隊の食事などを作っている。
 食事は、大体は同じ隊のエスペリアがやってしまうため、結構稀な事だが、
 いざ作ると年少組へのうけは良い。
 あとは、大体ハーミットの身の回りの世話に時間を割いている。

<コンコン、コンコン>

 イオは、ノックをする音で目を覚ました。
 自室で訓練メニューと久しぶりに今晩の献立を考えている内にどうやら、
 うたた寝をしてしまったようである。
「あっ、はい。どうぞ」
「失礼しまーす」
 イオが中に入っていいと促すと、黒髪をツインテールに結った小さな黒い妖精――
 ヘリオンが、まだ幼さの残る声を上げて入ってきた。
「あ……もしかして、お休み中でしたか?」
「え? あっ、そんなに顔に出ていましたか」
 まだ眠気の取れきっていない瞳をこすってみるイオ。
 ヘリオンの前とは言え、寝起きそのままは少し恥ずかしいものがある。
「い、いえ。それよりその……ちょっと、お聞きしたい事があって」
「? 私に答えれる範囲でしたら、何でも」
 妙に緊張した面持ちのヘリオンに、少し疑問を感じながらも柔らかい笑みを浮かべ、
 イオは話しかける。
「あの、ですね……イオさんって、何か好きな食べ物とか、お料理とかありますか?」
「好きな食べ物……ですか。そうですね、私は、リュクエムの野菜炒めが好きですね」
 突然の質問に、少し考えてしまったが、心のとおりの事をヘリオンに伝えた。
 実際、リュクエムの味は結構気に入っている。
 嫌う人のほうが多いが、あの独特の苦味が良い味を出していると思っている。
 野菜の中では、多分一番好きであろう。
「そうですか……わかりました。イオさん、急に押しかけてすみませんでした」
「いいえ。私がこの部屋にいるときでしたら、いつでも遊びに来てもらって構いませんよ」
「はい! 今度は、遊びに来ま〜す!」
 
「さて、次はハーミット様の料理を……」
 イオはラキオス城内の厨房で、当たり前だが料理を作っていた。
 最近包丁の刃こぼれが目立ってきたが、この厨房はかなり良質な設備が整っている。
 他の国や拠点に比べ、一回りも二回りもランクが上であろう。
 ラキオスは、こういった所に力を入れている珍しい国なのかもしれない。
 他に例をあげるとするなら、大浴場だろうか。
 職人の技が感じられる香り高い樹木の匂いが、心休まる広い作りにされている。
 イオも何度か隊員と一緒に入ったが、大体半分のメンバーが同時に入ったにも関わらず、
 それでも余裕が取れるくらいものであった。
「あの、イオお姉ちゃんいますか〜?」
「? ネリーちゃんですか? いますよ〜」
 厨房の入り口付近で、青い髪をポニーテールに結った隊の年少組――ネリーの声がする。
 今、イオはちょうど冷蔵庫の扉を開けており、ちょうど死角になっていた所なので
 疑問文だったのだろう。
 イオはすぐに冷蔵庫を閉じて、ネリーの名を呼び返した。
「あっ、いたいた〜。あの、イオお姉ちゃんって、今何か欲しい物とかある?」
「欲しいもの? ……包丁の切れ味が悪くなってきたので、そろそろ交換したいかと」
 ネリーの質問に、そう時間をかける事も無く答える。
 事実、かなりの年代物で、何度も研磨をしているが限界が近い事がわかる。
「そっかぁ……包丁かぁ……う〜ん……誰に相談しようかなぁ……」
「それさえあれば、今よりももっと美味しい料理が作れるかもしれませんね」
「え――ッ! あ〜! 今日はイオお姉ちゃんが夕飯作ってくれてるの! ヤッター♪」
「ふふ……嫌いなものでも、残さず食べてくださいね」
「イオお姉ちゃんの料理だったら、あたしいくらでもいけるよん♪」
「まぁ……嬉しい事、言ってくれるわね」
 跳ねて喜びを表現するネリーを見て、イオは思わず笑みがこぼれていた。
 作る側としては、こうやって喜んでもらえると非常に嬉しいものがある。

 ふと、イオは料理中に疑問に思った事があった。
「……なんで、二人共急に私の事を訊いてきたのでしょうか……?」
 いくらなんでも同時に好きな食べ物と今欲しい物を訊かれるのは、
 偶然にしては出来すぎているように思える。
 煮えるスープを睨んでも、答えはいっこうに出てくるはずが無く、
 野菜を細かく切っても、悩みの種は表皮にすら傷つけることができずに、
「……妙な詮索をいれても仕方ありませんね」
 結論を無理やり導き出した。

「……と言うわけなんです、ハーミット様」
 が、一応ハーミットに相談することにした。
 ハーミットなら、何かわかるかもしれない。
 ハーミットは、自分の知らない事を沢山知っている人物という認識からだ。
 しかし――
「う〜ん……さすがのアタシも、心まで読むことはできないよ」
 返答は、芳しいものではなかった。
 少し食事を運ぶ手を休めてまで考えたのだが、どうやら答えが導き出せなかったらしい。
 イオは少し、肩を落とした。
「すまないね、イオ。こう言った時に力になれなくて」
「……いえ、無理を言ってすみませんでした……では、私は皆さんの様子を
 見てきますので、お手数をおかけしますが食器の方は厨房の流しに持って行って下さい」
 スッと立ち上がり、イオは一礼して部屋から出ていった。
 今日は珍しく夕食後にも少し訓練をするといっていたので、
 それの様子を見に行くために。
 そんなイオを見送ったハーミットは、気配が無くなるのを感じるとため息を一つ、
 ついた。
「ったく、イオはこういった事には疎いっての……まっ、それをわかってて
 その二人を泳がしたんだろうけど……ねぇ、隊長さんよぉ」

 一度は結論が出かけていた疑問に、また、疑問が重なってしまう。
 今度は、皆のイオに対する接し方がおかしくなっていた。
 何故か積極的に外出を促してくるのだ。

「とても良い香りですね」
 目の前に置かれるお茶の良い香りに、思わずイオは感想を言葉に出していた。
「そうでしょう? ここは、わたしとナナルゥの行き付けのお店なんです。
 気持ちを落ち着けたいときなどに、よくここのお茶を飲みに来るんですよ」
「……セリアの言う通り……ここのお店……お茶も美味しい……お菓子も美味しいし……
 スピリットなのに……普通に接してくれる……お店の人も……お客の人も……」
 今日は、セリアとナナルゥに誘われて、城下町にあるオープンカフェにてお茶会。
 最近はレスティーナ女王の計らいもあり、ラキオスでのスピリット差別は激減していた。
 今では、この三人に見惚れてしまう客や通行人も少なくない。
一部、 まだスピリットと言う概念を捨てきれていない人もいるが、
 それは少数派になりかけている。
 レスティーナ女王の類稀無い努力の結果であろう。
「……平和、ですね。まだ、戦いは終わっていないというのに」
 ポツリとイオが漏らした。
 今はこうやってスピリット隊も休息につける時間が取れているが、
 サーギオスとの戦争が本格化すれば、もうこんな時間は終わるまで取れないだろう。
「ホントですね……あっ、いつもありがとうございます」
 コトンとテーブルの上にクッキーのようなものが置かれる。
 イオが不思議そうにそれを見ているとウェイターの男性は「サービスですよ」と、
 にこやかに答えた。
「イオさんの髪って、凄く綺麗ですね。ナナルゥも、そう思うでしょ?」
「……うん……とっても綺麗……うらやましい……」
「そう、ですか? あまり意識した事は無いのですが……」

 こうして一日を二人と雑談して過ごす日もあれば――

「そこです。そこを振りぬいた時に、ヒミカさんは隙が見られます」
「あっ、なるほど……何故ハリオンにいつも狙われるか、ようやくわかりました」
「やん、イオさ〜ん、言っちゃダメですよぉ〜」
 本日はヒミカに誘われ(ハリオンは付き添い)自主訓練をイオは見ている。
「そうですね……もう少し脇をしめ、小さな振りで攻撃した方がよろしいと思います」
 ヒミカがどうしても訓練中にハリオンが狙ってくる時があるというので、
 そのハリオンと模擬戦闘を行ってもらいイオがそこを指摘すると言う形で訓練していた。
「あと、ハリオンさんはもう少し足元に注意して移動した方がいいですね。
 先の戦闘中、何度かバランスを崩していたでしょう?」
「あっ、ばれちゃいましたか〜。そうなんですよ〜、わたし、よくこけそうになるんです」
「ハリオン……あなたには、緊張感というものが――」
「そんな事言ったって〜……」

 と、二人の絶妙なコンビネーションを見て過ごす日もあった。
 これによって、城内にいる事や、スピリット館がある場所に近づく暇すらなかった。
 他にもネリー、シアー、ウルカの存在を見なくなったり、ふとアセリアと隊長が
 付き合っているんじゃないかという事を兵士が話しているの聞いてしまったり。
 極めつけは、用事でスピリット館近くを通った時――

<ガシャアアアンッ!>

 とか、

<ゴウォオオオッ!>

 とか、

「ちょ、ヘリオン! それを入れては――ああッ! ニムもそれはダメです!」
「にゃあああッ! ファーレーンお姉ちゃん、ウルカの時と同じ!?
 なんで同じ間違いするのぉッ!? エスペリア、どうするの!? これ!?」
「あ、慌てないでオルファっていうかみんな! まだ間に合うような気がしますから……」

 とかいう騒音と物が物凄い勢いで燃える音とエスペリアとオルファの声が聞こえてきた。
 あと、焦げ臭い匂いもしていた気がする。
 そして残すはアセリアと隊長の関係についてだった。
 兵士達の噂から、最近は一緒にいないほうが少ないらしい。
 そこで、かなり気が引けたが、『理想』の力を使って、二人が何をしているかを
 神剣を通じて知ろうとした。
 なぜ、ここまでこだわるのか、わからない。
 こんなに物事に執着したのは、初めての事かもしれない。
 今まではこんな感情に襲われたこと無かったから……
 どう対処して良いのか、わからない所からも、今の行動を引き起こす要因があるだろう。
 こういった――そう、自分が仲間はずれにされているような――状況に
 慣れていないからである。
 『理想』の意識を『求め』に飛ばす。
 マロリガンの攻略した際、『求め』の感覚はなんとなくわかっていたから、
 さほど苦労はしなかった。
 間もなく、二人の声が聞こえてくる。
「そう……そこ……ん、上手い……もっと」
「こ、こうか?」
 声だけを聞くと、なるほど、確かに男女の情緒に思えなくは無い。
 しかし、聞こえてくるのは別に水音ではなく、何かを削る音。
 音の種類からして、多分、木か何かであろう。
「ついに、明日かぁ。時間って、速いもんだよな、アセリア」
「うん……まるで、昨日来たみたいなんだもん……不思議」
「だな。あいつが来てから、随分短く感じたもんな」
 ――? 誰の……事でしょうか?
「明日で、ちょうどだ。ビックリさせてやろうぜ」
「うん……」
 イオの脳裏に、疑問符が幾つも浮かび上がる。
 二人は、どうやら隊の誰かの話しをしているらしい。
 しかし……『明日』が何かの記念日である事は確かなのであるが、
 なかなかそのキーワードに見合う人物が出てこない。
 少し悩んで、ふと、見なれた顔の人物が――
「あっ、もしかして……」
 そうだ。
 あの人しかいない。
「なるほど……そういう事でしたか」

 イオは久しぶりに、晴々とした気分のまま自室でハーミットの洗濯物をたたんでいる。
 昨日聞いたアセリアと隊長の会話からして、本日の主役はハーミットと予想できたらだ。
 それならば、みんなの動きが妙になったのか納得できる。
 まず、セリア達四人がなぜ、自分を誘いつづけたのかの答えが出た。
 それは、本日のパーティーの事を助手である自分に知られたくなかったのだろう。
 ここから情報が漏れれば、本日の意味が半減してしまうからであろうか。
 次に、エスペリア達だ。
 彼女達は、ハーミットに披露する為に料理の特訓していたのだと予測できる。
 その成果が実っていれば、最高のもてなしとなっている事はまず間違い無いだろう。
 別働隊として動いていたのはネリー、シアー、ウルカの三人は、多分プレゼントの
 調達に向かっていたのだろう。
 街中を歩く時にセリア達がかなりルートを絞っていた所からして、そう予想が出来た。
 今日は、ハーミットがラキオスに来てちょうど一年が経った日である。
 ハーミットの喜ぶ事は、自分にとっても喜ばしい事。
 だから、こんなに気分が弾むんだろう。
 アセリア達は別に何かを作っていたが、これもハーミットへのプレゼントだろう。
「今晩は、一人で夕食ですね。さて、そろそろ準備をしますか」
 窓から差し込む、真っ赤な夕焼け。
 時は夕刻、黄昏時。
 騒ぎ始めるなら、ちょうど良い時間である。
 自分は今のうちに、自分の分の夕食とハーミットが帰って来た時用の軽食の準備を
 しようと立ち上がると――木製の扉が、開いた。
「あれ? まだいたのかい、イオ」
「? ハーミット様こそ……行かなくてよろしいんですか? 皆さんに呼ばれ――」
「はい待った」
 ハーミットが突然、イオを制す。
 意味がわからず、イオは小首をかしげてしまう。
「やっぱ勘違いしてたね……イオ、呼ばれたのは、アタシじゃない。
 もう一人、居るだろ? 今日が記念日の奴がな」
「え――ッ!」
「っちゅう訳だ。今晩、アタシは夕飯いらないよ。ちょいと調べたい事があるんでね。
 ……ほら、ボーっとしてないで、早く行ってやりなよ。みんな、待ってるぜ?」

 驚きのまま、イオはハーミットに言われるままに、スピリット館へと赴いていた。
 そして、意を決して、食堂の扉を開けると、

<パンッ! パンッ! パンッ!>

「キャ――」
 小さな炸裂音と共に、イオ目掛けて放たれる紙テープの集団。
 ビックリするあまり、可愛らしい悲鳴を上げてしまった。
 ちょっと、恥ずかしい。
「入隊一周年、おめでとう、イオ」
 隊長の声がした。
 顔を上げ、周りを見てみる。
 まず、正面に『入隊一周年、おめでとう』と書かれた大きな看板。
 そして――部隊のみんなが、そこにいた。

「イ・オ・さ〜ん!」
「ヘリオン……ちゃん……」
 「えへへ〜」と、恥ずかし笑いを浮かべながら驚きがまだ抜けきらないイオに、
 ヘリオンが話しかけてきた。
 後ろに手を回し、何かを隠しているようである。
「あの……これ、食べてください! みんなと一緒に、一生懸命作りました!」
 と、差し出される皿の上には、あの時自分がヘリオンに好きだといった、
 『リュクエムの野菜炒め』が盛られていた。
「みんなって……」
「ニムと、ファーレーンさんだよ」
「エスペリアとオルファに、迷惑かけちゃったけどね」
 ヘリオンのあとに続き、ニムントールとファーレーンの二人苦笑を浮かべながら
 話しかけてきた。
 一口、食べてみる。
 ――とても……美味しい……。
 今まで、これほど美味しいと感じた事があるだろうか。
 いや、多分ないだろう。
 自分のために、作ってくれた料理を口にしたのだから。

「はいはーい! イオさんイオさんッ!」
 元気一杯、イオの名前を呼ぶのは青き髪の元気娘、ネリー。
 片手に少し大きめの木箱を持ち、反対の手には妹のシアーを引き連れてのご登場だ。
「これ、ネリー達からのプレゼントだよ!」
 差し出される木箱。
 目を丸くしたまま、イオはそれを受け取った。
「あ……あの……お姉ちゃんが訊いた時、包丁が欲しいって言ってたようですから……」
「手前達で、代わりの物をご用意してみました。手前が目利きしたものですから、
 切れ味は保証できます。まな板まで、軽く叩き割って見せてくれるでしょう」
 ウルカの言葉が少し気になったが、とりあえずイオは蓋を取ってみる。
 そこには、一人一本――計三本の美しい金属光を放つ包丁が並んでいた。

「これは、俺とアセリアから」
「ん、受け取って……イオ」
 差し出される二人の手には、それぞれ木彫りの首飾りがあった。
「やっぱ、アセリアみたく上手く出来なかったけど、ハーミットと一緒に着けてくれよ」
 苦笑を見せる隊長。
 イオはそれを手に取ってみると、二つとも正面にイオの、裏面にハーミットの
 レリーフが見えた。
 ペアの首飾りである。
「あ……」
 いつのまにか、イオの頬は濡れていた。
 言いたい事が山ほどあるのに、声が一向に出てこない。
 そう……自分のためにここまでしてくれたみんなに、『ありがとう』と言いたかった。
 でも、嬉しさがその気持ちに勝っていた。
 涙が際限無く出てくる。
 そして数分後――
「みなさん……本当……本当に、ありがとうございました……私のために、
 こんな事をしてもらい……私……本当に嬉しいです……ありがとう、ございました……」

「良い顔、してるじゃないか。イオ」
 騒ぎが収まったのは、本格的な夜が始まってからであった。
 イオが自室に戻ると、ハーミットが出迎えてくれた。
 目は涙を流した事により痛かったが、心地よい痛みだった。
 初めて、嬉し涙というものを流したであろう。
「ホント、ごめんな。ここ最近忙しくて、あたしゃ何もプレゼントが用意できなかったよ」
 すまなそうに、ハーミットは苦笑を浮かべていた。
「……それでは、一つ、訊きたい事があるんです……よろしいでしょうか?」
「あー、プレゼントを用意できなかったアタシに、拒否権はないよ。何でも訊いてくれ」
「……私の、『イオ』という名前の前の持ち主についてです……」
 ハーミットの表情から、笑いが消えた。
「……いつから、気付いていたんだい?」
「マロリガンとの戦いの時からです……」
「……そっか。わかったよ」
 一つ咳き払いをし、ハーミットは、封印しかけていた記憶を、解き放った。

「あの娘はね、アタシがサーギオスの研究員やってる頃に見つかった……
 ホワイトスピリットの少女だ。そのころ――いや、今もだけど、
 ホワイトスピリット自体の存在が発見された唯一、記録に残っている少女だ。
 それの研究に、その時最も優秀だったアタシと……あいつが回された。
 アタシとあいつは、そのホワイトスピリットの少女に『イオ』って名前をつけた。
 最初はあの娘も怖がってたけど、段々慣れてくるとしっかりなついてきて、
 可愛い娘……だったよ……」
 語るハーミットの表情が、明らかに陰る。
 イオは、内心焦った。
 やはり、訊いてはいけない事だったのでは……そう思えてきたからだ。
「その娘はね、アタシが殺したようなもんなのさ。アタシの、つまんない感情のせいでね。
 その娘が死んで、アタシとあいつは帝国を去った。もうこりごりだったのさ。
 あいつは故郷に帰って、帝国と対抗できる力を持った。アタシは……影に潜りこんだ。
 そこで、白い妖精を買い取った」
「あ……」
 予告無く、ハーミットはイオを抱きしめた。
 その細い体は、小刻みに震えていた。
 そして、震える声で、話しを続けた。
「あの娘が死んだその時……白い妖精が見つかった……こん時ばかりは、
 さすがのアタシも神様ってのを信じたくなったね……その白き妖精はまるで、
 あの娘の生き写しの様だったんだから……ね、イオ……」
「――ッ!」
「似てるの……イオは、アタシとあいつが愛したあの娘にね……今のイオはね、
 あの娘の成長した姿……見る事が出来なかった、あの娘の……。
 だけど、そんなの関係ない……あの娘はあの娘……イオは、イオなんだから……。
 今のイオが、アタシの大切な、大切な娘なんだからね……」
 イオを助けた時――そう、貴族の慰み物にされていた時――は、確かにあの娘の
 姿をしたイオに対して、姿を重ねていたかもしれない。
 だけど、今は違う。
 ――イオは、イオなんだ。
 ――あの娘じゃない……あの娘は、もういないんだ。
 そう、イオとあの娘を重ねるのを、ハーミットは間もなく止めた。
 今、一番大切だと思える、大切な娘と、ずっと一緒にいたいと思ったから。
「アタシは、過去に縛られたくない。縛られない……だから」
 正面から、ハーミットはしっかりとイオを見つめる。
 笑顔だが、ハーミットの目は、赤かった。
「今、一番大切なのは……あんただよ、イオ……誰がなんと言おうと、イオは、
 アタシ自慢の美人で気立てが良くて優しい娘なんだからね」
「ハーミット……様……ッ!」
 再び抱擁するハーミット。
 その、本当の母親のような温かさは、白き妖精のココロを、不思議な安らぎで
 満たしていった。

「……もう一つ、訊いてもよろしいですか……?」
「ん〜? なんだい?」
 落ちついた二人は、果実酒を煽っていた。
 とは言っても、大した量ではないが。
「ハーミット様がよく言われる、『あいつ』とは、いったいどなたなのですか?」
「……ここだけの話しだぜ? ……あいつは、アタシが愛した、最初で最後の男だ。
 頭の堅い奴だったが、しっかりとした目標を持って動いていた。
 しかも、こいつがまたえらい凡才で……まあ、最後は、その頭の堅さで、
 手の届かない所まで逝っちまったけど……」
 ふぅ、と、ハーミットはため息をついた。
 もうこれで、あいつの事を思い出す事もないだろう。
「そう……ですか。それは、残念でした」
「何がだい?」
「そんなお方でしたら、私のお父様にピッタリの方でしたのに」
「……そうだねぇ。頭の堅い所なんか、そっくりだもんな」
「まぁ……そんな事言いますと、明日、食事に色々と混ぜてしまいますよ?」
「……アタシが悪かったよ」
 その言葉を最後に、二人は笑い始めた。
 心の底から笑えた。こんな経験、二人とも初めてであった。

 この日、イオにとってもう一つ、忘れられない日が出来た。

                        白き妖精のココロ 〜〜Fin〜〜

あとがき

ごめんなさい(イキナリ)
あ〜もう、一周年記念とか言っておきながらこんな物しか書けずにごめんなさい!

とりあえず、掲示板で一度話題になっていた「イオやヨーティアやクェドギンの話し」を
実現してみましたが……クェドギン出てきてねぇ! って突っ込み入れたあなた、
正解です。

次に、内容の方なんですが……

まずこのお話しの時期は、マロリガンと決着がついたあとですね。
そして、あの二人の姿がないと言う事は――

そして、本編書いてても、なんか、その……名前の間違いおおすぎですね、自分。
久しぶりにゲームの方をやっていたら、「クォーリン」の名前間違えてたり、
掲示板覗いてみたら「リュクエム」じゃなかったような……とかです。
まじで申しわけありませんです。こればっかりは。

読み方については沢山出てきます『娘』という漢字。
こいつは所々によって『こ』って読んだり『むすめ』って読んだりと複雑極まりない
設定になっちゃいました……わかる、かなぁ?

も一つ。
自分の小説だと、悠人君の名前違うんで、そしてここに来て変えるのも何か嫌でしたので
このSS内では『隊長』という呼び方になってます。
ご了承ください。

最後になりましたが、ホント、これは最初に言っとくべきだったんですが、

管理人さん、一周年、おめでとうございます!

それでは、また……

作者のページに戻る