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最終話 光――闇を払いのけ(後編)

 

 

 叫んだあと、明人は息を大きく吸い、吐く。

 改めて、戦場の把握と確認を。

 そこは驚くほど、広い空間だった。

 まるで現実世界とは切り離された一角のようである。

 天は仰ぐほど高く、地は目がくらむほど深い。

 そしてこの場は、異常なほどマナが溢れている。

 まあ、大陸中のマナが集まっているのだから、当然だろう。

 この場の中心には、巨大な神剣――真美の話によると、『再生』のレプリカらしい。

 それがマナを吸い上げ、世界を巻き込む規模でマナ消失を起こそうとしている。

 そして――もう一つ、明人の他に、この場にいるエターナルが空中を漂っていた。

 遥か上空に、しかし圧倒的な存在感を放つエターナル。

 右手に毒々しい赤を持つ、腕と一体化した刃を。

 左手は変質した鋭い爪を持った指を。

 背後にはそれぞれが自立した六つの攻撃媒体。

 その姿は、かつて明人が憎むべき対象であり、しかし今は違う、この世界の崩壊を

 止めるために倒さなければならない、敵。

 すでに体は神剣『世界』に乗っ取られてしまった、敵である。

「ほう……まさか本当にエターナルになってくるとはな」

 秋一――いや、『世界』が上空からまさに見下すように言い放つ。

 その言葉が向けられた明人は、その態度に憤慨することもなく、いたって冷静だった。

「ああ。この世界を護るために、俺は帰ってきた」

 明人の足元に魔方陣が放たれ、マナを精霊光へと変換していく。

 その際発生した空気の流れが、明人の少し長めの髪とラキオスの戦闘服をはためかせる。

 瞬間的に、体に力が爆発的に高まっていくのを感じ、明人は満足する。

「お前を倒して、この世界を救う力を持ってな」

「……ハッ! 言ってくれるじゃないかッ!」

 敵意を剥き出しにした『世界』の視線と語気。

「だが言うだけならただの人間でもできるぞ? アキトぉ……さあ、時間も無い」

 上空から降下してくる『世界』。

 ようやく、お互いの視線が交錯する距離までたどり着いた。

 そして同時に、明人の手の届く範囲に、『世界』がいる。

 現実にも、そして、力でも――

「いくぞッ『世界』ッ! お前を倒して、この世界を……来夢の世界を、護るッ!」

「かかって来いよッ! どれぐらいで壊れるか……せいぜい僕を楽しませてくれよッ!」

 一度『聖賢』で空を切り、感触を確かめる。

 大丈夫。いつもよりも動きが滑らかだ。

 体も軽く、力が満ち溢れてくる。

 羽のように軽く感じる体をマナで弾き、明人は一気に上昇する。

「うおぉおおおおぉおおッ!」

 両手で『聖賢』をしっかり握り締め、大振りに構える。

 しかし隙は、皆無だ。

「はぁあああぁああああッ!」

 『世界』も同時に明人目掛け空中を滑る。

 お互いにオーラを纏う。

 明人は、白。

 『世界』は、黒。

 いつか、どこかであったような光景と同じである。

 ぶつかり合う力と力。

 剣自体は触れ合わない、エターナルとして、純粋な力が試されるぶつかり合いだった。

 激しく巻き起こる、相反する力が起こす衝撃波。

 空気を揺るがし――いや、まるで世界全てを揺るがすがごとく、壮絶な潰しあいだ。

 弾け飛ぶお互い。

 この時点で、二人の力の程は、互角。

「喰らえッ! そして消滅しろぉッ!」

 秋一の左手から酷く敵意に満ちたオーラの塊が放たれる。

「舐めるなぁッ!」

 明人はそれを『聖賢』にて軽がると弾いた。

 軌道をそれ、目標を失ったオーラは岩壁へとぶつかり、盛大に爆発を起こした。

 しかし、それだけではなかった。

 爆風に巻き込まれる形で崩れ落ちるはずの岩が、明人へ向かい、次々と飛来する。

「なにッ!?」

 ただ敵意のみを放ち続けるオーラは、時にどんなものでさえ凶器へと変える。

 明人は護るようにオーラを展開するが、やはり即席ではたいした効果が得られない。

 展開し切れない防御壁を貫かれ、少々のダメージと、

「この程度かぁ!」

 わずかな、しかしこの場では多大な隙を与えてしまう。

 『世界』が狂気染みた表情で接近。

 右腕に同化した刃を振り上げている。

 今度はオーラのぶつかりあいではない、純粋に剣の腕だ。

 しかしこちらでは、まだ明人に分があった。

 飛礫の飛来がやむと同時に斬りかかる『世界』。

 明人は焦った自分を一旦棄て、冷静にその剣筋を分析する。

 確かに速い。

 エターナルの力を使うとここまで身体能力は上がるものだと実感できる。

 だが、

「それだけだ……甘いッ!」

 『聖賢』を用いて、受け、逆にいなす。

 ミュラーの剣戟と比べるほども無い、『ただの』攻撃だ。

 直線的で、ここから軌道をずらしていきなり別方向からわけの解らない攻撃に

 発展しない、ただの攻撃なのだ。(明人少々心的外傷になりかけ)

 しかし秋一はバランスが崩れたなりの攻撃を仕掛けてくる。

 左腕での直接攻撃。

 爪の先は鋭く刃物のようなものとなっているので、殺傷能力は十分であろう。

 明人はそれをいなした『聖賢』を引き戻して、受け止める。

 大丈夫。

 その自信が、明人の力に今、直結している。

 そして今、背負っているもの。

 それも同時に明人の力となっている。

「かかったな」

「な――ッ」

 秋一が言い終わるが早いか。

 これは勘だ。

 全方向に嫌な感じが走り、明人は自ら『世界』の攻撃に身を任せ、弾き飛ばされる。

 瞬間、明人の体のあった位置に六つの攻撃媒体が上下左右、隙無く通過していった。

 忘れていた。

 『世界』の攻撃方法は、何も肉体から放たれるものだけではない。

 それぞれが自由に動かせる攻撃媒体を含んだ対策を、今一度練り直さなくてはならない。

 だが『世界』はそれを思考させる暇を与えない。

 明人は地面に叩きつけられる。

 オーラを纏っている状態なので地面からのダメージは皆無である。

 叩きつけられたと同時に起こった反作用を利用し、明人はすぐさま体勢を立て直した。

「ククク……見せてやるよ。究極のオーラの爆発をなぁッ!」

 『世界』の周りに力が集約し始める。

 明人は仕掛けようにも、自立した攻撃媒体により手が出せない状況である。

 だが、ここで踏みとどまっていても結果は同じであろう。

 ならば――明人が移す行動は唯一つ。

「行くぞッ!」

 リスクを負ったとしても、確実に道が切り開かれる選択肢を常に取る。

 自らの体を弾丸とし、明人は猛然と『世界』へと特攻する。

 それに気付いた攻撃媒体が同時に展開する。

 空中を走る進路を微妙にずらし避け、時に自らの行動の範疇を肥えたものを弾く。

 だが『世界』との距離が半分ほどに縮まった時点で進行速度は低下していく。

 より濃密に、綿密に、確実になっていく攻撃に、苦戦を強いられる。

 そしてようやく、

「だぁああぁあぁああッ!」

 右から迫る媒体を斬りおとし、上下に展開した媒体を紙一重で避け、瞬間左右へ散らす。

 残った媒体は背後から迫るが身をかがめ、その軌道から体を外し、オーラをぶつけ、

 大きく距離を離した。

 これで――いや、

「集えマナよ。僕の命に従い」

 遅かった。

 『世界』はすでに神剣魔法を放つ準備が整っている。

 狼狽する明人を見て、凶悪な笑みを浮かべた。

「この身の程知らずを、爆炎で包み込めッ!」

 いつのまにか媒体は、『世界』の背後に避難していた。

 今度こそ、完全にしてやられてしまった。

 『世界』の掲げられた左腕には、極大のオーラが集結している。

「オーラフォトン……ッ! ブレイクッ!」

 そこからオーラは次々と分散し、辺り一面、無差別の破壊を運ぶ。

 これは秋一『だった』時に見せた神剣魔法に酷似している。

 が、しかしその威力は、そのときのものとは比べ物にならないほど凶悪だ。

 一筋でも直撃を受ければ、ただではすまない。

 それを直感的に感じさせるほど、視覚情報は明確に伝えてくる。

「ハハッ! あっははははははッ! ほらほら逃げてみろよッ! どーせ消えるんだッ!

 最後の最後まで足掻いて見せてくれよッ! あっはははははははッ!」

 満足げに言い放つ『世界』。

 だが、明人の行動パターンにもとより諦めるという文字はセットされていない。

 どんな危機的状況に陥ろうと、どれほど絶望に打ちのめされても、諦めることだけは、

 しない。

 今、自分が背負っているものはそんな感情に揺れ動かされるほどのものじゃない。

 大切な人がいる。

 今まで、そして、今でも大切な、唯一の肉親だった人。

 その人が生きた世界を、護りたい。

 いや、この世界と同様に、護らなくてはいけない。

 ここも同時に、大切な人が生まれた世界であるか。

 大切な人が生き続ける大地で、未来に進まなくてはいけない、世界だから。

 だから――

「剣の力を……」

 ひざを屈し、

「全て引き出す……ッ」

 頭を垂れるわけには行かないのだ。

 明人の周りを白いオーラが慌しく駆け巡る。

「今の俺なら、できるはずだッ!」

 一筋の光が、明人へ向かって高速で迫る。

「オーラフォトンッ! ノヴァッ!」

 明人はそれを限界まで高めたオーラフォトンの塊をぶつけ、止める。

「な――ッ!? ……だがそのまま消してやるよッ!」

 気付いた『世界』が、その明人に向かう光に意識を集中させる。

 すると光が押す力が増して行き、徐々に明人へと歩みを進め始める。

「いっけぇええぇえええええええぇえええッ!」

 だが明人も負けていない。

 限界――そんなもの、とうに忘れた。

 持てる力全てを振り絞り、押し返す。

「消えろよぉおおおおおぉぉおおおおおおッ!」

「うおぉおおおおおおおおおぉおおぉおおッ!」

 一進一退の攻防。

 数秒間、それは続き、そして――

 光が爆砕した。

 弾けるオーラが眩すぎ、視界を正常値にしてくれない。

 だが、一つの物音は聞こえる。

 何かが地面に、凄まじい力で叩きつけられる。

 その体はオーラによって焼かれ、所々は引き裂かれ、焦げている。

 地面をえぐり、叩きつけられ、衝撃が体の内部を直撃する。

 ゴプ、と血を吐く音が聞こえる。まだ視界は戻らない。

 だが――『世界』は確信を持っていた。

 段々と視力が戻ってくる世界。

 そこには、自らが望んだとおり、当然の結果がゴミのように転がっていた。

 見下す。今はこの表現が最も適切だ。

 『世界』は、地面にその身を突き刺し、満身創痍の明人を改めて、凝視した。 

 

 

 戦闘が開始され、どれほど時間が過ぎただろうか。

 アキト達を見送ってから、どれほど時間が経っただろうか。

「最前線の戦況は?」

 厳しい表情のヒミカが、ハリオンに治療を受けながら訊く。

 最前線に飛び出して、相手の出鼻をくじいたのはよかったが、相手の戦力は

 予想以上だった。

 ある程度暴れたあと、ヒミカの負傷により、二人は一時前線から撤退をしていた。

 本陣であるニーハスの入り口付近で、せわしなくスピリットが行き来している。

「……予想以上に芳しくありません。セイグリッドさん、ヘリオンちゃん、ネリーちゃん

 シアーちゃん達ブルー、ブラックスピリット部隊が抑えていますが、時間の問題、

 かもしれません……ヒミカさん、どうしますか?」

 ハリオンが問う。

 エターナルミニオンの攻勢は予想以上だった。

 最前線は先にハリオンが述べたとおり、セイグリッド達がかき回してくれているから、

 ここまでくる敵部隊は少ない。だから抑えられている。

 だが、それだけセイグリッド達の部隊が消耗していることが窺われる。

 ヒミカは迷っていた。

 このまま戦況を維持すれば、あるいは戦いが終結するかもしれない。

 明人達が戦いの終止符を打ってくれるかもしれない。

 しかし、「そうだ」とは言い切れる要因が少なすぎる。

 もちろん、最悪のことは考えなくてはいけない。

 判断を一つ間違えば、最前線部隊は全滅。

 それだけではなくここの部隊に配属されている多くのスピリットが犠牲になるだろう。

 分隊長というのは、ここまで責任が重いものだったのか。

 ヒミカは思う――この立場に立たされても、いつも笑顔で疲れを見せない、

 グリーンスピリットの顔を。

 今は療養しているが、彼女が居てくれれば、と少し弱気な考えが生まれ、消した。

 決断のときだ。

 ハリオンもこの上なく心配そうな表情をしている。

 ヒミカは一度瞳を閉じ、

「ハリオン」

 決意を、心に決めた。

「最前線部隊に、撤退命令を出して。ここで私たちと合流し、一気にカタをつけるわ」

「……はい。わかりました」

 

 

 セイグリッドが舞う。

 また、一人のミニオンが金色に還る。

 今はこの戦況を維持できているものの、無限とも言える数のミニオン達にいい加減、

 押され気味になっていた。

 持久力のあるセイグリッドも、肩で息をするほどだ。

 他のスピリットも、疲弊し、次々と倒れていく。

「アキトさん……なるべく、早期なる決着をお願いしますよ……ッ!」

 思わずでてしまう独り言だった。

 アキト達エターナルのことは、信用できる。

 しかしこのままでは、前線が崩壊してしまうのも、事実だ。

 それに妙な胸騒ぎがして、仕方が無い。

「セイグリッドさん!」

「ヘリオンちゃん? それに、ネリーちゃん……シアーちゃんも」

 名前を呼ばれると、そこには三人の幼いスピリットが立っていた。

 間髪いれずに、ネリーが声を張り上げる。

「ヒミカさん達から、撤退命令がでたの!」

「このまま敵をひきつけて……一気に倒すそうです……」

「……そう、ですか」

 ――いい判断ですね、ヒミカさん……

 セイグリッドは少し思考する。

 今は落ち着いているが、部隊の三分の一ほどはマナに還ってしまった。

 情けなく思う。

 しかしそれだけの犠牲ですんだのも、また胸を張ってよい戦績といえる事実もある。

 それだけの激戦だった。

 誰も彼女に文句を言うことなどなければ、逆に感謝されてもおかしくない立場である。

「わかりました。このまま部隊を退かせます。ヘリオン、ネリー、シアー」

 初めてセイグリッドが厳しい視線を三人に当てる。

 情のなくなった、軍人の瞳だ。

 思わず息をのんでしまう三人をよそに、セイグリッドは続けた。

「……ここで少しの間、お別れです。部隊の殿、及びに残存兵力の引率をお願いします」

「え……な、なにいってるんですかセイグリッドさん!」

 とんでもない提案に、ヘリオンが抗議の声を上げた。

 その言葉を無視するように、セイグリッドは三人に背を向け、続けた。

「ワタシが敵を出来る限り食い止めます。当然、討ちもらしもでてきます。その敵から、

 他のみんなを護ってください。今は、より多くの隊員を合流させることが先決です」

「そんな! じゃあ、セイグリッドさんはどうなるの!?」

「……一緒に、帰りましょう……セイグリッドさん……ッ!」

 ネリーとシアーの呼びかけ、ようやくセイグリッドは反応した。

「……心配しないで、二人とも。ワタシの二つ名、知っているでしょう?」

 そして、振り返りながら、言った。

「ワタシは、不死鳥の戦乙女……どんな死地からも帰ってきますよ」

 今度は軍人なんかではなく、いつもの、柔らかい笑顔で。

 誰にも負けない、最高の、笑顔で――

「大丈夫です。ワタシ、まだやり残したことたくさんありますから。だから三人とも……

 みんなのこと、お願いね」

 

 

 あの笑顔には、勝てなかった。

「……本当に、かえってくるよね……また、会えるよね……?」

 殿に着く三人のうち、シアーがポツリと呟いた。

「なっ、なにいってるのよシアーッ! そんなの……そんなの」

 強気を保っているように見えるものの、その表情を曇らせるネリー。

 ヘリオンも、黙ったまま、口を開こうとしない。

 当然だ。

 あの敵を、しかも一人で抑えることが、できるはずがない。

 三人が共通して思うことだった。

 セイグリッドは、マロリガン攻略戦のときから色々と相談に乗ってくれる――

 姉とはまた違った、例えるなら、母親のような存在だった。

「……ッ! 敵……ッ!」

 シアーがまず気付いた、強い気配が三つ。敵一小隊だ。

 セイグリッドが討ちもらしたか、それとも――いや、まだそんなことはないだろう。

「いくよ、二人とも! 今は、セイグリッドさんの期待に応えなきゃ!」

「は、はいです!」

 リーダー格であるネリーの掛け声とともに、三人が飛び立つ。

 神剣の力を最大限まで解放して、波長を合わせる。

 敵の姿が見えると、青い弾丸が二つ、黒い弾丸一つが敵に飛び掛る。

「清浄なる蒼き刃よ! 切り裂けッ!」

 ネリーがすれ違いざまに敵ミニオンを切り裂く。

「清純なる純白の切っ先よ……ッ! 断ち切れ……ッ!」

 シアーが外見に見合わない力任せの一撃で、陣形を寸断する。

「刀の錆にしてあげます! やぁあああッ!」

 そこにヘリオンの遊撃が決まり、孤立が確定する。

「息を合わせて! いっくよーッ!」

「は、はい! お姉ちゃん……ッ!」

「これで、トドメです!」

 孤立した各一体一体にネリー、シアー、ヘリオンがそれぞれ向かう。

「ヴァリアブルッ!」

「ヘヴンズ……ッ!」

「ストライカーッ!」

 

 

「……ごめんなさいね、三人とも……辛い思いをさせてしまって」

 一人残ったセイグリッドは、小さく呟いた。

 これから自分は、この命を散らして、被害を最小限に食い止める。

 体に宿る、すべてのマナを燃焼させる。

 

 そう――

 

 まるで本当に、不死鳥のように。

 敵の大部隊が迫ってくる。

 ウィングハイロゥを羽ばたかせ、たった一人で向かえ討つ。

「いくわよッ!」

 その攻勢は、まさに鬼神のごとき戦いぶりだった。

 打ち払い、斬り捨て、また打ち払い、目の前に立ちふさがる敵を霧散させていく。

「たぁああぁあああああぁあッ!」

 雄叫び。

 ミニオンは無言で切り裂かれ、セイグリッドは吼える。

 縦横無尽に戦場を駆け巡るセイグリッド。

 煌く太刀が見えるたび、一つのミニオンが霧散する。

 その数は、二桁に届こうとしていた。

「はぁあああああぁああああッ!」

 しかし、そこまでだった。

 こんな一人での、捨て身に近い踏ん張りが長く続くはずがない。

 冷静に距離を測るミニオンの、神剣魔法が襲い掛かる。

 三体のミニオンが形成する巨大な火球が一斉に放たれ、セイグリッドに襲い掛かる。

 一点集中攻撃に、止める術も、回避する術も、なかった。

「――ッ!?」

 気付けば火炎弾に吹き飛ばされ、しかし体勢を崩しながらもセイグリッドはなお、

 立ちふさがる。

 感情の無いミニオンが、その風貌に気圧される。

 半身が焦げ、色を失い、使い物にならないといえるのに、闘志を失わないその瞳に。

 だが、これで精一杯だった。

 今の一撃を貰ったのは、非常に大きかった。

 体の半分の感覚が失せ、敵を威圧し、足を遅めさせることがやっとだ。

 しかし、このままみすみす敵も見逃してはくれない。

 動けないセイグリッドに凶刃を突きたてようと、どうやら敵の隊長格のミニオンが

 歩み寄ってくる。

 ああ、こんなに簡単に終わってしまうものなのか。

 セイグリッドは、気力を振り絞り、体内に宿る力を引き出そうとする。

 自分は、消えてしまってもかまわない。

 だから、せめて敵の一部だけでも、そして多くの敵を、道連れに――ッ!

「……だ、です……」

 かすれる声で、セイグリッドは吐き出した。

「まだ……まだ、だ……ッ!」

 熱気が、渦巻く。

「今一度……この命、燃やし尽くして見せろ……ぉ……ッ!」

 眼光鋭く、確かな意識を取り戻した。

「あぁああああぁああああ……ッ!」

 再び、雄叫びを上げるセイグリッド。

 焼け焦げた半身を無理やり動かし、体に宿るすべてのマナを燃え盛らせる。

「燃え盛れ……ワタシの、残った魂ッ! すべてを無に返す、不死鳥の灯火を今、

 顕現させよッ!」

 ブラックスピリットでは扱えない炎が、セイグリッドの体から現れる。

 それはウィングハイロゥを通じて、巨大な翼となる。

 その姿はまるで、セイグリッドの二つ名の通り、不死鳥のようだった。

 そう――持てる命を、すべて燃やし尽くす、命の灯火のようであった。

「鳳凰ッ! 天武の太刀ッ!」

 

 

「ヒミカさんッ!」

 息を切らしながら、ネリーが声を張り上げる。

「これで、最後です……ッ!」

 続けてシアーも、精一杯の声を上げる。

「ですが敵部隊も接近しています! すぐに迎撃の準備を!」

 ヘリオンの声と同時に、最後のスピリットが合流した。

「三人とも、ありがとう……みんなを護って連れて帰ってきてくれて」

「ご苦労様でした〜」

 ぎゅっとハリオンが三人を、両手いっぱいに広げて抱きしめる。

「三人とも、よく頑張りました〜。ナデナデ〜♪」

 本当に嬉しそうに――や、事実嬉しいのだが、普段とそう変わらないのでヒミカぐらい

 しか気付かない――三人の頭をなでるハリオン。

「むぐっ! で、でもセイグリッドさんが――ッ!」

 しかしその瞬間、ネリーは、気付いてしまった。

 ハリオンの腕を取り払い、来た方向に向かって走る。

 まもなく、炎が上がった。

 目測すると、その地点は、セイグリッドと別れた場所だ。

 まさか。

 三人は思う。

 どちらであろうとも、今のは――

「……三人とも、すぐに配置について」

「ッ! ヒミカさんッ!」

 振り向き、あくまで冷静なヒミカのセリフに、ヘリオンが驚きとも、

 怒りともとれない表情で抗議の声を張り上げた。

 だが、ヒミカの言葉は止まらない。

「今の規模なら、たぶん、後続もほとんどやられたと思うわ。だから今は」

「セイグリッドさんを……見捨てるんですか……ッ!」

 ヒミカの言葉を遮って、シアーが語気の強い声を上げる。

「……今は、目前の敵を倒す。倒さなくちゃ、だめなの……ッ!」

 ぐっと目元を拭うヒミカ。

 それを見て、ようやく頭から血が引いていく三人。

 ハリオンは最初から、わかっていた。

 ヒミカが今、感じているものを――

「彼女が作ってくれた、最後のチャンスかもしれないのよ……ッ! それに応えなきゃ、

 それこそ彼女が無駄死にじゃない……ッ!」

 人一倍、仲間を意識するヒミカが、あのような冷酷な判断を下すには、わけがある。

 この彼女が作ったチャンスを今ものにしないで、どうするか。

 ここで一気に押し切らなければ、彼女の行動はすべて無駄になってしまう――ッ!

 そして、拭い切れない雫を飛ばしながら、ネリー達に向き直るヒミカ。

「敵を殲滅。そして、セイグリッドは発見しだい保護ッ! 全軍、わたしに続いてッ!

 これをもって、敵軍を殲滅するわよッ!」

 

 

 旧マロリガン共和国周辺は、

「ちぃッ! だぁあぁあありゃぁああぁあッ!」

 激戦区だった。

 カグヤの掛け声とともに、ミニオンが両断される。

 敵は旧マロリガン共和国領内に所狭しと展開し、旧首都、旧オドガン領から

 溢れ出してくる。

 しかし。

 その事実は、この五人を挑発するだけのものであることは、いわずとも知れたこと。

 この地は、多くの仲間たちが眠る土地である。

 その場所を踏みにじられ、

「さあ、どんどん殲滅して、こっから追い出すわよッ! みんなッ!」

 黙っているわけが無かった。

 ミリアの掛け声に、残りのメンバーが応える。

「ほらほら、こっちこっちッ! アリアを捕まえれるものなら捕まえてみろーっだッ!」

 青色のツインテールを揺らしながら、アリアはその数、四人ものミニオンの攻撃を

 ひきつける。

 軽い身のこなしで、まるで誘うように避けるその様は、完全におちょくっているように

 見える。

 一回、二回、三回とそれぞれ剣戟、神剣魔法、神剣魔法を避け、距離を置くアリア。

「セリスッ! いまッ!」

「はいですッ! 焼き、貫けッ! フレイム・ランスッ!」

 最後に勢いよくアリアが飛び去ると、その後ろには四本の炎を背負ったセリスがいた。

 セリスが指先を対象である四人のミニオンに向けると、その一本一本が的確に走る。

 二本は直撃し、残り二本は避けられた。

「まだですよッ!」

 しかしセリスが指を複雑に動かすと、その二本は軌道を変え、舞い戻ってくる。

 さすがにここまでは相手は予想できていなかった。

 なすすべも無く炎に飲まれ、消滅した。

「ナイスだよセリス――って危ないッ!」

「ふぇ!?」

 いつの間に接近を許したのか。

 黒いミニオンがすでに神剣に手をかけ、セリスを間合いに捉えている。

「きゃ――」

「やらせませんよッ!」

 悲鳴の準備をするセリスの声を遮り、飛び込んでくるのは、クォーリン。

 それに気付いたミニオンも、一撃必殺から手数で押し切る戦法に切り替える。

 だが、クォーリンの防御は抜けない。

 障壁を解除し、自らの技だけで受け流すクォーリン。

 カウンター気味の一突きがミニオンに放たれ、たまらず飛びのく。

 そして次には、地面に足が固定される。

 クォーリンの『自然』が地面に付きたてられている。

「とったぁッ!」

「油断大敵、ってやつよ」

 そのミニオンをカグヤ、ミリアが挟撃し、消滅した。

「はぁ……間に合ってよかった〜」

 安堵の息を漏らすクォーリン。

 ミリアに言われたとおり、できる限り戦場で遊撃を繰り返していたクォーリンが

 間に合ったのは奇跡のタイミングだったといえよう。

「えっと……クォーリンさん、ありがとうございます……」

「気をつけなきゃダメよー? セっちゃん?」

「ほんとほんとッ! でも、クォーリン間に合わなかったらあたしがどーにかしたけどね」

 ぎゅっとセリスを抱きしめるミリアと、ぴょんぴょん跳ねながら心配するアリア。

「は、はうぅ……あ、ありがと、です……」

「ミリアの姉貴、アリア、まだ戦闘中だ。気ぃ抜くなよ?」

 と、警戒を解かないカグヤの髪の色は桃色に染まりあがっている。

「……ねえ、カグヤちゃん」

「ん? なんだ? ……ホントになんだよ? ミリアの姉貴」

 ニヤニヤし、それ以上言葉を放たないミリアに怪訝そうな表情を浮かべるカグヤ。

「いんや〜……カグヤちゃん、もしかしてクウヤさんに何か言われちゃった?

 良い意味で♪ とってもいい顔してるじゃない♪」

 ポン、と擬音をつけたくなるぐらいの瞬間沸騰を見せてくれるカグヤはとっても純情。

 ハテナマークを出しているのはセリスとアリアの年少組。

「ッ! な、ななななななななナニ行ってやがんだミリアの姉貴ぃッ!?」

 ついに変換も間違えるほどカグヤは慌てふためいてしまう。

「あっ、そうでしたか♪ それはいった甲斐があったと言うものですよ♪」

「そうだよクォーリンッ! てめぇ大将になに吹き込みやがったぁッ!」

 何か言われたということを間接的に認めてしまうカグヤ。

「…………」(ミリア:ニヤニヤ♪)

「…………」(クォーリン:ニヤニヤ♪)

 それを見て、微笑む(?)ミリアとクォーリン。

「……ねぇ、カグヤナニ言われたのかなぁ……?」(アリア:ヒソヒソ)

「……く、クーヤさんがまた何かしたのではないでしょうか……?」(セリス:ヒソヒソ)

 それを聞いてヒソヒソ話を始めるアリアとセリス。

 そんなこいつら、戦闘中。

「ナニ笑ってんだよお前らぁッ! それにアリアとセリスも変な憶測すんなッ!」

「よかったわねカグヤちゃん♪ ……とうッ!」

 にこやかな表情のまま、ミリアは『炎舞』をカグヤの後方へ突き出す。

 ミニオンが一人、串刺しになって、消えた。

 それを皮切りに、今まで黙っていたミニオンが一斉に動き出す。

 顔を真っ赤にしつつもカグヤ、アリアは応戦する。

 二人が前線に飛び出し、まず、先制攻撃。

 敵陣に飛び込み、

「必殺……閃光の太刀ッ!」

「うぅうりゃぁああぁああッ!」

 カグヤの太刀が横一線にミニオンを消滅させ、アリアが力任せに薙ぎ払う。

「……ところでカグヤ、ホントにナニ言われたの?」

 左右にフェイント。そして真正面からアッパー気味の剣戟でミニオンを切り裂き、

 カグヤの居る所に着地するアリア。

「ば――……あー、まあ、言われたよ」

 観念したのか、はたまた相手がアリアだからだろうか。

 カグヤはしぶしぶその口を割る。

 後方からミリア、セリスの援護射撃により敵の進路は遮断されてる余裕はあるので。

「なんて?」

「……美人だ、って」

 言ったあと、また顔を朱に染め上げる。

 確かに言われた。

 言われてすぐに戦いになったが、

「? 別に、あたりまえのことじゃん? なに恥ずかしがってんの?」

 そのアリアはさも当然のように返す。

 カグヤにとっては意外な反応だった。

「そーよカグヤちゃん?」

「ッ! ミリアの……姉貴」

 並み居るミニオンを打ち払い、ミリアが前線に合流。

「カグヤちゃん贔屓目なしにしてもすっごく美人よ♪ もっと自分に自信を持ちなさい」

「カグヤさん、ホントに良いこと言われたんですね♪ おめでとうございます!」

「うわっ! く、クォーリン……」

 急に眼前に出現し、手を握ってくる乙女モード全開輝く瞳のクォーリンに

 気圧されるカグヤ。

 まさかクォーリンに気圧される日が来るなど考えてもなかったカグヤは、二重の意味で

 驚く。

「そ、その……告白の、お言葉は……?」

「べ、別に何もそれ以上は――ってセリスッ! なに言わせるんだよッ!」

「それだけでも十分じゃないですかぁ! これで一歩前進、ってやつですよ♪」

 髪の色のように真っ赤に頬を染めたセリスと、はしゃぐクォーリン。

 だからお前ら、戦闘中だって。

「……じゃあ、逆に訊くがクォーリン、お前はどうなんだ?」

「へ?」

「お前が大将にそう言われたら、嬉しいか?」

 カグヤの切り替えしに黙ってしまうクォーリン。

 やはり、というかカグヤの思惑通りだ。

「ミリアの姉貴もな」

「……私は略奪愛上等よ?」

 ちょっと考えただけで、あっけらかんと言い切るミリアに乾杯。

「とまあこんな面白い話題は、戦闘が終わってからにしましょっか。

 いい加減、敵さん無視するのも悪い気がするしね」

 そして実は忘れてなかったミリアに再び祝杯。

 というわけで、三人は向き直る。

 地平の先からミニオンの大攻勢が見えた。

「……それもそーだねッ! いっくよカグヤーッ! あたしに続けー♪」

「アリアちゃん……後ろは、任せて……ッ!」

「うんッ! 援護よろしく、セリスッ!」

「はいはい……というわけで、あとからゆっくり聞かせてもらうぜ? クォーリン」

「はいぃッ!? は、はぅ……そ、そんな〜」

「自分で言ったこと、守らなきゃ信用に関わるわよ? クーちゃん?」

「つーわけだ。観念しろよ?」

「あっ、待ってくださいよーッ! わ、私も行きますッ!」

「あらあらアーちゃん、クーちゃん、カグヤちゃーん、気をつけてね〜♪」

 

 

 この場は、比較的静かである。

 斥候が他の戦場の戦況を随時送ってくるのと、討ち漏らしによる小規模な戦闘。

「……と、旧マロリガン方面の戦況は、以上です」

 斥候の一人がその任務を全うした所だ。

 今の情報は、主に旧マロリガン領内での戦闘によるもの。

「わかりました。ご苦労様です。……少し、休息がいるでしょうか?」

 話しを聞いていたスピリット――ファーレーンが問いかける。

 仮面の下にある慈愛の瞳が、一人の少女を見ていた。

「え? あっ、私はまだ」

「少し躊躇しましたね? ……前線へは、他の者を向かわせます。だから、

 ちょっとだけでも休んでください。いいですね?」

 その言葉を聞くと、反論を述べようとするが、すぐさま口を閉じ、

「……わかりました。ありがとうございます」

 開く。

 去っていく少女。

 その後ろ姿を見て、一つ、ため息をついた。

 予想以上に、現状では斥候という任務は疲弊するであろう。

 相手の戦力は、どこに潜んでいるかわからないこの状況である。

 細心の注意を払い、そして素早く、情報を伝える。

 先ほどの少女もきっと、体が参っていなかったからあのようなことを言ったのだろう。

 しかし、目は口以上にものを語っていた。

 心労は、この短時間で自覚することは難しいだろう。

「ファーレーンさん、パーミアさん方面で戦闘がッ! その……絶対数が、足りませんッ!

 だからファーレーンさん、援護を……」

 そう言いながら、駆け寄ってくるニムントール。

 その内容は、芳しいものではなかった。

「……ニムはここに残って、みんなに指示をお願い。やり方、わかるわね?」

「は、はいッ!」

「私はパーミアさんの援護に回ります。長くはならないでしょうが……頼みますよ、ニム」

 情報を持ってきたニムントールよりも、ウィングハイロゥの分だけ

 ファーレーンのほうが移動の効率がよい。

 的確な指示であろう。

 すでにファーレーンも、立派に指揮官としての役目をこなせている。

 赤面症で、ニムントール以外とまともに話ができなかったころに比べると、

 随分な成長だ。

 昔、そんな自分がいたなぁ。

 そう考えると、少しおかしくなり、不謹慎であるが微笑んでしまうファーレーン。

「? ファーレーンさん?」

「……なんでもないですよ。それじゃ、ニム、行ってくるわ」

「あっ、ファーレーンさんッ!」

 ニムントールに呼び止められ、足を止めるファーレーン。

「気をつけて、くださいね。それと、みんなを……助けてあげてください」

 今にも泣き出しそうな声で、ニムントールは言った。

 出会った頃とは随分と変わったものだ。良い、意味で。

 これほどまでに仲間を大切に思う、良い娘に育ってくれて、ファーレーンは

 とても嬉しく思った。

「……任せて、ニム。誰一人として欠けることなく、戻ってくるわ」

 

 

 所変わって前線――

 激戦区、にはほど遠い。

 敵の数は、最前線の拠点と比べればごく小数。

 しかし配備されている味方の数も、同時に少なかった。

「神剣魔法が放たれた後、私を先頭に敵陣へッ! 相手神剣魔法に注意しつつ、殲滅ッ!」

 パーミアの背後から放たれる神剣魔法。

 だが、決定打にはならない。

 せいぜい、敵陣の足並みを崩す程度だ。

 ただでさえ少数なのに、どうやらいくつかバニッシュされたようだ。

 宣言どおり、パーミアに引き連れられて直接攻撃要員が突撃する。

 すぐさま乱戦となった。

 しかしその乱戦の中でも、最初の接触はパーミアの部隊が敵を圧倒する。

「ブルー隊はなるべく遊撃をッ! ブラック隊に直接的な戦闘は任せて、

 相手の神剣魔法を警戒ッ! レッド隊は後方から引き続き前線の援護を続け、

 グリーン隊はレッド隊を守ってッ!」

 パーミア自身、部隊を率いる能力はとても高い。

 足並みはまったく乱れず、敵の勢いをそのまま押しとめるほどだ。

 この戦いが終わっても、きっと部隊の中心人物として活躍してくれるであろう。

「一直線に、爆ぜろッ! インパルスッ!」

 両手で『鉄血』を握り締め、大きく振りかぶり、そして振りぬく。

 目に見えない衝撃波が一直線に並ぶミニオンに直撃し、吹き飛ばす。

 この調子であれば、すぐに殲滅できるであろう。

 パーミアはそう、確信していた。

 しかし戦場を見回す視界に、一つの光景が飛びこんできた。

「――ッ! しまったッ!」

 隊員の一人が孤立を受け、各個撃破に入られている。

 どうやら敵もただの戦闘機械ではないらしい。

「間に合え……ッ」

 そう言うものの、とても間に合う距離じゃ――

「やらせません。月輪の太刀」

 割り込む黒い影が通り過ぎると、月明かりのような淡い輝きが走る。

 そして次にはミニオンが弾け飛ぶように霧散する。

「大丈夫ですか?」

「ファーレーンさんッ! 来てくれたんですね」

 心強い味方の増援に、歓喜の声を上げるパーミア。

「ええ。ニムが伝えてくれましたから……さあ、このまま押し返しましょう」

「了解。では、ファーレーンさんは遊撃を。私は指揮官を探し、落とします」

「わかりました。……行きましょうッ!」

 

 

 殲滅に、さほど時間はかからなかった。パーミアの読みどおりだ。

 パーミアが敵の指揮官をいち早く見つけ、倒したこともある。

 しかしそれだけが要因ではない。

 むしろこちらのほうが、勝利の要因としては強いものがあるだろう。

 ファーレーン――さすがはラキオスの精鋭の中でも、特に主力であった人物だ。

 パーミアはその戦闘能力――いや、戦況を把握する能力に思わず圧倒されてしまう。

 まさか一人で、この戦況が傾くとは思ってもいなかった。

 ファーレーンの強さは、決して表面には出ないものであった。

 だが気がつけばいつも、崩れかけた戦場にあるのは仮面の騎士の姿があった。

 押されかけたグリーン隊に迫る敵を打ち倒し、ブルー隊では対処し切れなかった

 ミニオンの神剣魔法を放たれる前に潰し、各個撃破に入ってきた敵に対して、

 逆に迎撃をする。

 まさに圧巻。一人で一小隊分の活躍をしたも同然の働きだ。

 おかげで、誰一人として犠牲を出さずに、戦闘は済んでいた。

「さっきので、今回のは終わりでしょうか」

「助かりました、ファーレーンさん」

「いえ……私は、当然のことをしたまでです。仲間を助けるのは、当然ですよ」

 仮面の合間に見える瞳が緩んだ。

「……それを当然、としてできるのがあなたの強さです」

「そう、でしょうか……?」

「はい。そうなのです。……みんな、一回退きましょう。誰か代わりの部隊を

 呼んできてくれないかしら?」

 すぐさま、指示を投げ飛ばすパーミア。

 それをファーレーンはジッと見つめる。

 戦いであれば、ファーレーンの領分だ。

 しかしこうして、部隊を率いることは、まだまだと自覚している。

 さすがはイースペリアで隊長の任についていた人物。

 自分もこれくらいできれば――ファーレーンは思ってしまう。

「ん? どうかしましたか? ファーレーンさん」

「いえ……では、私が殿を勤めます。パーミアさんはみんなを」

「了解です。それでは、行きましょう」

 

 

 旧サーギオス帝国領内にて。

 ここに展開しているミニオンの数は、ほかの場と比べても多い。

 もともとマナが肥沃なため、ロウ・エターナルとしてはいち早く落としたかった

 場所なのであろう。

 それは同時に、守らなければいけない土地でもある。

 そこに強い兵を多く置くのは、もはや必然といえよう。

 だが、この場に送り込まれた妖精もまた、強力なものだった。

 送り込まれた妖精は、土地勘の利く、元サーギオス帝国の妖精ばかりだ。

 そしてその中に、

「ナナルゥ、行くわ。援護お願い」

「……了解……無理は、しないでね……セリア……」

 ラキオスの真紅の妖精と、蒼の妖精が混ざった混合部隊でもある。

 セリアが隣のナナルゥにそっと話しかける。

 その目の前には、ミニオンの小隊が二つ。

「そんな心配そうな顔しないで。すぐに終わらせてくるから」

 だが、セリアに数的不利などという文字はない。

 むしろこの戦闘のあと、行きつけの喫茶店にハリオンのお菓子でも売り込みに

 行こうかな、などと別の思考が浮かぶ。

 一言で表すと、余裕、であろうか。

「羽ばたけ、ハイロゥ……ッ! はぁあああぁああああッ!」

 セリアのウィングハイロゥが命を受け、エーテル粒子を撒きながら、羽ばたく。

 ふわりと足を地面から浮かせる。

 飛ぶ、というよりはきっと滑る、といった感じだろうか。

 そのままセリアは突撃する。

 滑らかな動作で左右をけん制しつつ、中央のミニオンへ攻撃を仕掛ける。

 ミニオンは神剣を構え、セリアの接近にあわせ、大きく振り下ろした。

 しかしセリアはそれを読み、急停止してやり過ごす。

 そして『熱病』を、ミニオンに突きたて、消滅。

 だがその際、残りの敵の接近を許してしまう。

 完全に挟撃だ。避ける術は――いや、

「……セリアは、やらせない……ッ! 撃ち、貫け……ッ!」

 避ける必要性がない。

 ナナルゥが雷を纏った炎を二体に放ち、直撃させる。

 ナナルゥは広範囲神剣魔法に特に優れた威力を持つが、こうした単体魔法に威力は無い。

 しかし特殊効果は高いという偏った性能を誇る。

 が、逆にセリアにはそれがちょうどよかった。

 広く、そこそこ深くをカバーするセリアと、狭く深くをカバーするナナルゥ。

 相対する位置であるが故、二人の相性が悪いわけが無かった。

「……ありがと、ナナルゥ」

「まだまだ……ッ! すべてを薙ぎ払え……ッ! アポカリプスッ!」

 それを見たほかのミニオン勢も集まってくる。

 狙いは、前線に飛び出した、セリア。

 だがナナルゥがそれを許さない。

 複雑な術式の後、間髪いれずに今度は得意の広範囲神剣魔法で殲滅を図る。

 炎の柱が増援を無抵抗で焼き払う。

 元いたミニオンも、熱にやられ、大ダメージを負う。

「苦しいでしょう? 今、天への道を開いてあげるわ……跡形もなく、消えなさいッ!」

 そのミニオンのふもとに、セリアがいた。

 手に握る『熱病』は淡く、蒼く光り輝いている。

 セリアはそれを握りなおし、そして、

「ヘヴンズ・ロードッ!」

 天高く、煌く粒子を撒き散らし、セリアが斬り払った。

 無論、この攻撃に耐えられるわけも無く、ミニオンたちはその身を四散させた。

「失せよ」

 もう一つの戦場では、クリスが一騎当千の活躍を見せ付けている。

 迫り来るミニオンを悉く一太刀で散らせる様は、圧巻の一言。

 他の仲間も、土地勘が利くことを生かし、上手く自分たちの陣地へ敵を誘い込み、

 各個撃破して言っている。

 どんな思い出があろうと、ここは、自分たちの土地だ。

 そう、戦闘で語るスピリット達の姿はどこか……輝いて見えた。

 

 

 程なく、戦闘は小休止に入る。

 各々が思い思い、戦闘の合間のわずかな休息に浸る。

「これで、この辺りはほぼ制圧した、かな」

「……うん」

「決して、こちらの犠牲も少なくないけど、ね……あらかたは片付けたでしょう」

 立ち上るマナには、同胞のものも混じっている。

 悔しいが、覆ることの無い、事実だ。

 受け入れるしかないのだ。そう、自分に言い聞かせるセリア。

「そうですね。敵の全戦力の七割、八割は倒せましたでしょうか」

 汗を拭うセリア。

 そのセリアに向き合うナナルゥ。

 ふわりと上空から舞い降りるクリス。

 セイグリッドの情報が正しいと裏付ける情報は無いが、事実、それだけの敵を

 倒してきた。

「そうね。それだったらもう」

「セリアッ!」

「え――ッ」

 ナナルゥに突き飛ばされるセリア。

 セリアが尻餅をつくのと、ナナルゥの胸を熱線が貫くのは、ほぼ同時だった。

 討ちもらしだった。

 その身の半分をすでにマナへと変化させたミニオンが放つ、渾身の一撃。

 クリスは直ちに止めを刺す。

 しかしそのミニオンは、表情は無いはずなのに、どこかこの三人をあざ笑うように、

 消えていった。

「ナナルゥッ!」

 はじけ飛ぶように、セリアは駆け、ナナルウの元へと寄り添う。

 仰向けに倒れるナナルゥは、そこだけ時が止まったかのように、静かで、何もなかった。

「ナナルゥッ! ナナルゥッ! 嫌……嫌ぁッ! なんでッ! どうして庇ったのよッ!

 ようやく……ようやくあなたに『感情』が、戻ってきたのに……ッ! ナナルゥ……

 目を開けてよぉ……ッ! こんなの、私認めたくない……認められないわよッ!」

 とめどなく流れる涙が、痛々しい。

 あのセリアが、だ。

 常に平静を保ち続けているセリアが、一気に陥落した瞬間だった。

 抱き起こされるナナルゥの体から、霞が上る。

 セリアは、絶句した。

「嫌……逝かないで……ッ! ナナルゥッ! 逝っちゃダメぇッ! ナナルゥッ!」

「そんな取り乱すセリアちゃんを、チェキ」

「え……」

 そこに、この場にいるはずの無い軽口が飛び込んできた。

「大隊長、ふざけないでくださいッ!」

「わーかってるわよアイラちゃん……空気ぐらい、読めるつもりよ」

 ラキオス本土で療養中のフェイトと、付き添いのアイラの二人だった。

「フェイト……なんであなた、ここにッ! 安静にしてなきゃだめでしょうッ!」

 その二人に対して真っ先に突っ込んだのは、クリスだった。

「大隊長、連れて行かないと舌噛みきるとか言い出しやがったんです。だから、仕方なく」

 アイラが苦々しい表情で、簡潔に理由を述べた。

 クリスもフェイトとアイラの性格を把握している。

 この場にいる理由は、すぐに納得した。

 だが、まだ解せないことがある。

「それにしても、なんで」

「こんなところに? 決まってるじゃない、クリス」

 アイラの持っていた『樹林』をひったくるように奪い取るフェイト。

「あたしの使命を全うしに……あーあ。あたしが全快だったら、もっと上手く戦ったわよ?

 マジで」

 アイラは驚いていた。

 今のフェイトに、握力は、ほとんど残されてはいなかったから。

「でも、こんなことになったのは、先走ったあたしの責任。だから」

「え――」

 トン、と軽く押され、しかし驚きの方が強いアイラはフェイトから離れる。

 瞬間、フェイトの周りにマナが異常発生する。

「……じゃあね、アイラちゃん……クリス……それに、みんなも」

 言うフェイトは、笑顔だった。

 笑顔で『樹林』を地面に付きたて、瞳を閉じ、祈る。

「体に宿りしマナのかけらを一つに。金色へと霧散した、同胞の糧となれ……」

「ッ! 大隊長ッ! 今回ばかりは本当にやめてくださいッ! それは」

 アイラが叫び、止めるよりも早く、フェイトの詠唱は終わる。

「あたしの力で、蘇ってきなさいな、みんな。それに傷ついた人たちも……」

 緑色の煌きがフェイトの足元から立ち上る。

 その瞬間、フェイトは一度ずつ、セリア、クリス、そしてアイラを見つめた。

 今生の別れを惜しむように――しっかりと、眼に焼き付ける。

「ソウル・リヴァイバー」

 フェイトを中心として、光が広がった。

 あまりの眩さに、三人は目を覆う。

 数秒間、その光は続き、ようやく収まってきた所で、三人は瞳を開けた。

 信じられない光景が、そこには広がっていた。

「そんな……みん、な……」

 クリスの表情が驚き一色に染まりあがった。

 金色のマナの総量は少なくなり、代わりに、倒れたはずの仲間が横たわっていた。

「……ん……あ……セ、リア……?」

「ッ! ナナルゥッ!? あぁ……ナナルゥ……ッ! よかった……よかった、無事で」

 セリアの腕に抱かれ、今まさに消えうせようとしていた命は、マナの流出を止め、

 再び生を全うし始める。

 そして――その中で、一人だけ、姿が見えない人がいた。

「……大、隊長……」

 一振りの神剣が、アイラの真横に突き刺さっていた。

 それは『樹林』、であった。

「そうよ……フェイトは? 彼女は、どこに」

 セリアが辺りを見回す。

 しかし、思う人物の姿は見当たらない。

「……バカです……本当に、バカですよ……あの人は」

「え?」

「残された人のことなんて考えないで、自分勝手に行動して」

「ちょ、ちょっとアイラ? フェイトは」

「大隊長はッ! 自分の命を使って、この場にいる仲間を救った大バカなんですッ!」

 絶叫と分類しても過言ではない叫びが、アイラから放たれた。

「ッ! そんな魔法」

「大隊長が一度、暇だからこんなもん作ってみた、って言ってました。大隊長は

 なんだかんだで、なにやらしても天才肌で、自分の思ったとおりのことを

 十中八九実現させるバカだったんです……ッ!」

 それを肯定するように、クリスも黙ったまま、瞳を伏せている。

「そりゃ、使うなんて思わないじゃないですか……こんなことで助かる命なんて、

 たかが知れてるんです……なのに、なのに……ッ!」

 ピン、と張り詰めた気配がこちらへと向かってくる。

 まったくもって、最悪のタイミングでの奇襲だ。

 しかし。

「……セリアさん。ナナルゥさん他、復活した仲間を率いて後方へ退いて下さい。

 まだ、戦えるような状態じゃない人ばかりでしょう。そんな人達がいても、

 足手まといなだけです。そして、みんなを護れる力を持っているのは……

 セリアさん、あなただけです。この任、どうか全うしてもらえませんか?」

 アイラは指示をとばす。

 一番、冷静になれないはずなのに、あえて冷静を装うアイラ。

「……わかったわ。あなた達は、どうするの?」

 その姿に圧倒されつつも、的を射た判断に従うセリア。

「決まってるじゃないですか」

 敵陣へと歩むアイラ。

 その後ろ姿は、惚れ惚れするほど雄々しく見える。

「私とクリスさんで、止めます。いえ、止められますから、他の戦力は不要です」

「任せて、セリア」

 力強く言い切る二人に、セリアは、この場を任すことを決意した。

 

 

「……大隊長……あなた、バカですよ……こんなことで助かる命なんて限られているのに」

 再び、悔やむようにアイラは言う。

「アイラ……」

 このクリスの気遣いの言葉も、眼前に迫る敵の気配に打ち消されてしまう。

 大きな、とても大きな喪失感だった。

「ですが大隊長の残したこの力……私達が有効的に効率よく使ってあげますよ……

 さあ、クリスさん……行きましょう」

「ええ。フェイト……力を貸して……ッ! 行きますッ!」

 だがこの二人に、立ち止まる猶予は与えられない。

 青と黒の影が、左右に分かれた。

「蒼天の煌きッ!」

 進行方向に、剣戟の壁を作り、迫り来るミニオンを蒸発させるクリス。

「絶氷の剣閃ッ!」

 横一線、駆け抜けるのは弾丸と見間違うほど、次々にミニオンを薙ぎ倒していくアイラ。

 二人は、限界以上の力を発揮していた。

 なぜだか、体に力がわいてくる。

 もしかしたら――いや、きっと。

「はぁあああぁあああぁあああぁッ!」

「やぁああああぁああああぁああッ!」

 フェイトが力を貸してくれている。

 二人はそんな思いを胸に、ミニオン達を圧倒する。

 セリア達が去ってからものの数十分。

 旧サーギオス帝国内、ほとんどのミニオンが、マナの塵となり、消え入り去った。

 金色のマナが美しくも悲しい情景の中、アイラとクリスは『樹林』の目の前にいる。

「あなたの意思は……私達が受け取りましたよ、大隊長」

「必ず、この思いは後世に伝えます……あなたの、生きた証を」

 そう、静かであり、強くもある言葉を述べ、アイラは『樹林』を引き抜いた。

 温もりが。

 フェイトの柔らかな心が、こちらに伝わってくるような、気がした。

 

 

 何もできない自分が歯がゆくて仕方なかった。

 好き、と思った人が戦場で危険な目にあっていると言うのに、何もできない自分が。

 自分はただの人間だ。

 スピリットのように力もつかえなければ、ミュラーのように戦いに特化した力も

 持っていない。

 だからこうして祈ることしかできない自分が、歯がゆくもあり、腹立たしい。

 そんなことを思うのは、二人。

 ラキオスの城内で、レスティーナとアズマリアは、彼らの無事を祈っていた。

 城には最低限の防衛スピリットが居る。

 とは言っても、戦闘が起こる気配は今のところ無い。

 全て前線が食い止めている。

 だが、常に緊張が付きまとっていることには変わりない。

 レスティーナは王座に座りながら、遠くを見つめている。

 その先に居るはずの彼に、無言で応援を飛ばすように。

 アズマリアは自室で、両手を絡ませ、祈っていた。

 彼と、そしてパーミアを無事に帰してください。

 信じていないわけじゃない。

 逆にこの戦いを終わらせてくれると、信じている。

 でも、なぜか胸騒ぎがする。

「アキト君……」

 レスティーナは誰にも聞こえぬよう、小さく呟いた。

「パーミア……クウヤ君……」

 アズマリアは目を閉じ、二人のことを思う。

「必ず無事に、帰ってきてよね……」

「絶対に、無事で帰ってくるのよ……」

 そして同時に、同じ事を、言った。

 

 

 音もなく、『世界』が上空から降りてきた。

 眼前に映るのは、体のいたるところから血液とマナを垂れ流しにしている明人。

 先ほどの攻撃により、決した。

 この戦い、『世界』が勝利を確信していた。

「様ぁないな、アキト。結局エターナルになったとて、僕には勝てなかった」

「ぐ……うぅ……ッ」

 まるで獣のような瞳を向ける明人に、『世界』は侮蔑の視線で返す。

「ふん、もう十分だ。……死の世界を、見せてやる」

 『世界』の左手の高出力のマナが集結し、オーラへと変わる。

 それは今の明人をこの世界から消し飛ばすのに――いや、存在自体を消滅させるのに

 十分な力を持っている。

 この距離からでは、回避は不可能。

 まして明人は手負いだ。

 明人は奥歯をかみ締める。

 こんなところで、終わってしまうのか。

 自らの使命も果たさずに、消えてしまうのか。

 そんなの嫌だ。

 だが体に力がはいらない。マナが抜けすぎた。

 何とか身を起こし、『聖賢』を杖代わりに立ち上がる。

 これほどまでに満身創痍を体現できる状況もそうないだろう。

「はぁ……はぁ……ッ」

 呼吸が荒い。膝が笑っている。視界がぼんやりとし、酷く虚ろだ。

 だが、まだその目は死んでいない。

 このような状況に追い込まれてなお、闘志を棄てない明人に『世界』は少々気圧される。

「……貴様には、さぞ似合う世界だッ! 失せろぉッ!」

 オーラの塊を投げつける『世界』。

 瞬間、明人の立っていた場所は跡形もなく粉砕された。

 爆炎が舞い、煙が晴れ、そして何も居なくなったことを確認し、『世界』は――

「てぃやぁああぁあああぁあッ!」

「な――ッ!?」

 完全に油断しきっていた。

 煙に紛れて上空から、『永遠』を大上段に構えたアセリアが斬りかかってくる。

 だがこの程度の不測の事態、『世界』が反応できる範囲内だった。

 オーラフォトンを障壁として放ち、止める。

 予想外に、アセリアの剣に力は無い。

 先ほどのタキオス戦で、全ての力を出し切っていたのだ。

「く……ッ」

 止められ、硬直してしまう。

 苦そうな表情を作るアセリアの目の前に、怒りを露にした『世界』が居る。

「舐めるなぁッ!」

「きゃ――ッ」

 弾かれ、地面へと叩きつけられるアセリア。

 最小限の防御は行い、衝撃を全て体に受けることはなかったが、それでも

 ダメージは少なくなかった。

「力を使い果たした貴様が、僕に傷一つでもつけられると思ったかッ!」

「うぅ……ッ」

「貴様もあとを追わしてやろう。僕の心遣いに感謝が欲しい所だな」

 再びオーラを集める『世界』。

 そして――

「インフェルノぉッ!」

「ディバイン・インパクトッ!」

 赤と黒の神剣魔法が飛来し、『世界』に直撃する。

 ダメージは、皆無だ。だが『世界』の攻撃を止める時間稼ぎにはなる。

 『世界』はこの場、唯一の出入り口である方向へ顔を向ける。

 そこにはオルファとウルカ――そして、

「アキト様、今、できる限りの回復を」

「エス……ペリア……?」

 エスペリアに抱きかかえられ、回復魔法をかけられている明人がいた。

 そしてこちらを見つめる、一人の巫女。

「貴様かぁ……ッ! 『時詠』の真美ッ!」

「明人さんは、そう簡単にはやらせません」

 真美があの一瞬、自らの時の流れを速め、明人を救ったのだ。

 あの一瞬では、時を自在に操れる真美にしかできなかった。

「それだけではありませぬ」

 ウルカが神剣魔法を放った体勢を解きながら、言い放つ。

「みんなで帰って、勝つ。じゃないとダメなんだからッ!」

 『再生』の切っ先を向けながら、オルファが言い放つ。

 だが、

「黙れよ虫けらどもがッ! 力を使い果たした貴様らが束になって掛かってきた所で、

 僕に勝てるはずないんだよッ!」

 盛大に、『世界』は破壊の念のこめられたオーラフォトンを放ちまくる。

 無差別攻撃であるが、この場には『世界』の味方となるものはいない。

 地面をえぐり、壁を打ち壊し、天井を弾き飛ばし、空間を揺らす。

 アセリア達の悲鳴は、全てその音によりかき消された。

 そして残ったのは、破壊の爪あとと、倒れるアセリア、エスペリア、オルファ、ウルカ、

 真美。

 致命傷はないが、すでに体を動かすことも怪しいほどのダメージである。

 この場ではもう、『世界』に対抗できる力を持ったものは――いや、

「……さあ、一人ずつ潰して」

「そんなこと」

 いる。

 岩でできた壁を粉砕したときに発生した砂煙に紛れ、立ち上がる影。

 『世界』は慌てて振り返った。

「させない」

 先ほどとは、まるで別人のように落ち着いた声だった。

 声と同時に、砂煙は取り払われる。巻き起こる、オーラの風によって。

 体を構築するマナは、エスペリアがその身を削ってまで送り込んでくれていた。

「……情けない。また、護らなくちゃいけないみんなに護られて」

 静かに、だが、その力は言の葉一つを放つごとに増していく。

 『世界』は、本能的に恐怖した。

 今目の前で話している敵の力は、底を知らないように上がっていっている。

 何をどうすれば、このような状態になるのか。

「だけど」

 答えは、『世界』には永遠にわからないこと――

「今度は俺が」

 それは何ものにも代えることの出来ない――

「みんなを……そしてこの世界、来夢の世界をッ!」

 大切なものを、護りたいという強い意思。

 回復は万全ではない。

 しかし有り余るほどの力が明人から溢れかえる。

「護らなくちゃいけない番なんだぁッ!」

 剣と剣を再び交える明人と『世界』。

 しかし今回は一方的な展開だ。

 明人が押し、『世界』は防戦一方である。

 ただ単純に、明人の力が爆発的に上がったこともある。

 しかしそれだけではない。

 『世界』は体に違和感を覚え始めていた。

 それは先ほど、明人が『来夢』と言う単語を出した瞬間から芽生えたもの。

『……僕を……殺せ……』

 明人が『世界』と剣を合わせた瞬間、直接頭に響いてきた声だった。

 聞き覚えのある、少し前ならば嫌悪を隠しきれない声だった。

 しかし今、その声は酷く弱々しい。

 が、思いは強く伝わってきた。

「ふ――だぁあああぁああああぁああッ!」

 明人の『聖賢』が、『世界』の刃を払い、返す刀でわき腹を切り裂いた。

「ぐぅ……ッ! 殺す……殺してやるッ!」

 負けじと『世界』も応戦するも、明人は悉く攻めをいなす。

 もはや『世界』の攻撃媒体もその意味を成していない。

 全て明人のオーラフォトンによって、無様に弾かれている。

 明人の仲間を思う気持ち。

 そしてこの世界と、来夢の世界を救いたいという気持ち。

 今、それが力となっている。

 この世界で、誰も追いつけないほどの高みへと、誘っている。

 明人は『世界』の攻撃を受け止め、地面へと叩きつけるように返す。

「ぐあッ!」

 『世界』が初めて地へと体をつけた。

 叩きつけられ、全身に衝撃が走る。

 すぐさまきしむ体を起こすと、明人もまた、地面へと降りていた。

「……俺の肩には、お前の想像以上に重いものが乗っているんだ」

 静かに、明人は言い放った。

 

「アキト……最後……ッ」

 アセリアが無理やり体を立たせ、明人へと言葉を向ける。

 

「アキト様……これで、終わらしてください……ッ」

 エスペリアがうつ伏せの状態から、なんとか顔を上げる。

 

「パパァ……決め、ちゃってッ!」

 オルファが『再生』でその小さな体を支え、立ち上がる。

 

「アキト殿……その手で、全てを……ッ」

 ウルカが瓦礫の中からボロボロの体を引きずり出す。

 

「明人さん……私には、見えます……最後に、立っている人が、誰か」

 片目を瞑り、もはや立っているのが信じられないほどの傷を負った真美が、笑顔で言う。

 

「勝てよ……勝ってみんなで笑いあうんだぞ? 明人……」

「そんで、ずっと……ずっと一緒にいるんだからね、明人……」

 二人は見えない親友へ、エールを送った。

 

「……アキト君……頑張って……ッ!」

 レスティーナが瞳を閉じて、小さく、しかし強く、言い放つ。

 

 それだけではない。

 明人は、忘れていない。

 この世界にて、理不尽な戦いに巻き込まれ、消えていった、妖精達のことを――

 その全ての思いを集結させ、明人は、剣を構える。

「みんなの思いが……託されたすべての思い全てが、乗っているんだッ!」

 『聖賢』がその輝きをさらに増した。

「それ全てが……今の俺の力となるッ! これで最後だッ! 『世界』ッ!」

 軽い、しかし凄まじき跳躍。

 明人の周りのオーラが、白く、美しく輝く。

 まるで、この世界の明日を導く光のように――

「コネクティドッ!」

「くそ――ッ!?」

 『世界』が回避行動を起こそうとした。

 しかし、体の自由が利かない。

 なぜだ。

 すぐに思い当たった。

 だが、やつは完全に消したはずだ。

 もう戻ってくることなど――

『来夢のいる世界を……壊されるぐらいなら……』

 あった。

 確かな声が、体の自由を奪い、そして――

「僕から死を選んでやるよぉッ! 僕を殺れぇッ! 明人ぉッ!」

「ウィルッ!」

 瞬間、白刃から放たれる眩き光が――闇を打ち、払いのけた。

 

 

 まるで、先ほどの激戦が嘘のように静かだった。

 すでに『再生』の暴走も、オルファが抑えてくれた。

 これでもう、二度とその機能を働かせることはないだろう。

 そこに漂うのは、半身とはいわず、すでに体の三分の二が消滅した『世界』――

「……秋一」

 いや、秋一である。

 最後の最後に叫んだのは、間違いなく、その人だった。

 明人はそれ全てを理解した上で、話しかけている。

「よく、こいつを止めてくれたな」

「そうしなきゃ、俺はみんなを裏切っちまうことになったからな」

 すでに二人の間に嫌悪感はない。皮肉にも、このようなタイミングで。

 お互い、何だかんだいっても、思うところの終着点の一つは、同じだ。

 

 ――来夢を思う、気持ち――

 

 だからもう、争う理由が消えうせた。

「僕は、この世界から消える。だが、完全には消滅しない。その意味、わかるな?」

「ああ。今度また会ったときも、敵対するなら俺がお前を倒すってことだな」

「ふざけるな。今度倒されるのは、貴様のほうだ。そして、貴様を消滅させるのも、

 この僕だ。だから」

 雲散霧消していく秋一の体。

「そのときまで、絶対に消えるな。貴様に選択権はない。命令だ」

 もう、長くはないだろう。

 だがそれでも態度を変えない秋一に、明人は思わず笑顔がこぼれる。

「……礼はいわない。だが、来夢の世界を救ってくれて……」

 完全に消滅する瞬間、

「……助かった……」

 最後にそんな言葉を残し、秋一は、この世界から消えていった。

 ああ、こいつはどこまでもこいつだ。

 ムカつくけど、確かに、来夢を思う気持ちがあった。

 それの表現が下手で、それが元で明人と食い違い、争っていただけだ。

 そんな秋一が、このような台詞をはいたのだ。

「……またな、秋一」

 明人も、精一杯の誠意でそれに応えた。

 そして応えた後、明人は振り返る。

 そこには、みんながいた。

 護りたいと思った、大切な人たちが。

 みんな笑顔だった。

 明人もその笑顔につられて、笑顔でその場へと向かった。

 

 

 この瞬間、この世界での、長い、長い戦いに終止符が打たれた。

 エターナルの脅威から開放され、今、この世界は――

 そして明人達は――

 

 

 新たな旅立ちを、迎える。

 

 

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