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最終話 光――闇を払いのけ(中編)

 

 

 明人は無心で走り抜ける。

 美紗、空也、ウルカ、オルファ、エスペリア、アセリア、真美――

 他にも多くの仲間に背中を押され、ここまでやってきた。

 ここまできたら、ただ走りぬけ、目的を果たすのみ。

 長い道のりだった。

 そして、ここに至るまで、様々な経験をしてきた。

 最初はただ、何もわからなかった。

 来夢を人質に取られ、何もわからないまま戦線へと投入され、戦わされた。

 その頃は、自分の身を護ることで精一杯で、他の事など考えられなかった。

 だけど途中から、変わった。

 護りたいものが、新たにできた。

 そして、あの時運命に逆らった人の意味も、ようやく理解できた。

 いつのまにか好きになっていたこの世界を、そして、来夢の生きた世界を、

 ただ護りたかった。

 だからここまで、人の身を捨ててまで、走り抜けることができた。

 今、大げさに聞こえるかもしれないが、一つの護りたい世界を、護りぬくことができる。

『勝てば、の話であるがな。明人よ』

 そのとおりだ。

 『聖賢』に諭され、今一度、緊張感を体中に張り巡らせる。

「ああ、わかってる」

『ならば、よい。……明人よ。そなたに我の力、すべて授けよう。そのために、我は一度、

 休眠状態へ入る。助言をすることはできぬが、我の持てる全ての知を授ける。よいな?』

 逆に言えば、そうでもしないと『世界』には勝てない、ということになる。

「ああ。必ず、勝ってみせる。いや、勝たなきゃダメなんだ」

 明人は力強く、それに返す。

『……最後に一つだけ、言っておいてやろう』

 頭に響く『聖賢』の声が徐々に薄れ、それに比例し今までに感じたことのない力が、

 体中に満ち溢れていく。

 きっとこれが、神剣と同調する、ということなのだろう。

『……全てを、悔いなきよう、出し尽くせ……さすれば道は、開かれ……る』

 さあ、この長い直線に終わりが見えてきた。

 先に感じるのは、二つの気配。

 一つはオルファの神剣に酷似した、しかし異質なもの。

 尋常ではないマナが溢れかえっている。

 そしてもう一つは、忘れることは無い気配――明人はその身を、

「『世界』ッ! さあ、決着をつけるぞッ!」

 戦場へと投じた。

 

 

 爆炎。

 その先に見えたのは――

「『応報』よ、やつの周りを構築する空気のマナを変化。圧迫」

「な――ッ! がぁあああぁぁあッ!?」

 余裕を含んだ表情をもつ、空也の姿。

 何が起こったのか理解する間もなく、レイジスは急激に自重が重くなる感覚に襲われ、

 膝をついた。立っていられない。

「て、めぇ……どうやって、抜け出しやがったッ!」

「なに、実に簡単なことだ。お前はなんだかんだで、我が身が惜しかったんだな?

 さすがに自分の腕ごと吹っ飛ばす、なんてことはできなかったみたいだな」

「――ッ」

 そうだ。

 確かに、あのまま握っていれば、自分の腕ごと爆炎に飲み込まれ、

 使い物にならなくなったであろう。

 威力を極限まで追求した結果、直前の刹那のタイミングで放すことでそれを免れる。

 だが、それは一秒を百で割ったほんの一瞬――。

 その一瞬で、しかもピンポイントでこの攻撃を防ぐ空也は――

「やっぱり、オレのほうが一枚上手だったか?」

「な、……めんじゃ、ねぇッ!」

 大きく、レイジスの足元から爆炎が上がった。

 同時に、その身を拘束していたマナを弾き飛ばした。

 しかしすでにペースは空也に流れ始めていた。

 二人の距離は、レイジスが一歩踏み込めば届く。

「悪いがもう、まともに動かしてやらねぇぜ? 流れる空気、枷となれ」

 半身の姿勢で、もはや余裕とも取れる言葉遣いで空也は『応報』の力を放つ。

 『応報』の力は、空気を操る術を持ち主に与える。

 ただ、その空気を操る術はグリーンスピリットのように生来の才がなければ

 難しいといえよう。

 あまりに有り触れ、そこにあることが当然のものを操ることは、かえって難しいのだ。

 もちろん『応報』は、術は与える。が、使用方法は教えてくれない。

 これを扱えるかどうかも、持ち主としての資格を試されているのだ。

 空也はその点、見事なまでにクリアしている。

 しかも戦うたびに、そのコツを掴んでいく。

 『応報』は、久方ぶりの充実感を得ていた。

 踏み込んだレイジスの足が、急に重力を増し、バランスを崩させる。

「が――ッ!」

 その一瞬、空也はそれをものにし、踏み込み、『応報』の先端をレイジスの体に

 めり込ませ、

「空気圧縮、存在発破」

 短く、空也が唱えるとレイジスの恵まれた体格をやすやすと吹っ飛ばす。

 すでにこの場は立場を逆転させている。

 空也の、独壇場だ。

 大きさ、質量ともに十分な岩に攻撃を受け、叩きつけられるレイジス。

 砂煙が上がり、晴れたその遥か向こう側には、

「よーやく、捕まえたわよ……パーサイド」

「な――ッ」

 辛そう、ではあるがどこか余裕を持った笑みを浮かべる美紗。

 パーサイドの『異端』は、紙一重で美紗のわき腹の空気を貫通していた。

 パーサイドの腕をがっちり掴み、もう放さないといわんばかりに握力を込めている。

「貴様……謀ったか!?」

 これにより、美紗はパーサイドをようやく捉えることができた。

 がしかし。

 美紗に攻撃手段がないのも事実である。

 お互いの距離はほぼゼロ。

 パーサイドはこの体制では体術も駆使できず、美紗もまた同上――

 そう思えるのが普通だ。

「うん。でも、ある意味賭けだったわよ? それにこうでもしないと、

 あんた捕まえられそうになかったし」

 おもむろに美紗は、パーサイドの肩に余った手を乗せる。

 パーサイドは意味のわからない行動に、一瞬、迷いが生じた。

 これもまた、誘われている?

 そう思考し、行動を起こすのを一瞬遅らせたのが、

「この距離だったら、いくらなんでも防げないでしょ? 水、でもね」

 

 ――パリッ――

 

 文字通り、命取りとなると、誰が予想しただろうか。

 乾いた音がした。

 視界に入ってきたのは、紫色の、雷。

 パーサイドは本当に顔から血の気が引く感覚を、初めて味わった。

「あたしにとっちゃ、これはいい気持ちだけどあんたにはどうかな?

 ボルト・チャージッ!」

 美紗とパーサイド、双方に紫電が飛来した。

 これは『依存』が美紗の記憶を探り、美紗が自分の体に微量ながら雷を走らせ、

 反応速度などを無理やり上げていたらしいので、それを濃縮、パワーアップさせた

 ものである。

 当然、美紗にとっては強化以外のなにものでもない。

 しかし。

「ッ!? うあぁああぁあぁああ!?」

 果たしてパーサイドにとっても、同じことが言えるだろうか。

 答えは、否。

 パーサイドは悲鳴を上げながらも、何とか距離を離す。

 しかし、体は全身が痺れ、身動きが取れない。

 膝をつくパーサイド。

 レイジスもまた、腹部を強打され、身動きが取れない。

 

「……ここまでするとなんか気がひけるけど、こうでもしないと、納得しないでしょ?」

 

 そして二人は――

 

「悪いな。オレは、勝たなきゃいけないんだ。だから、全力でいかせてもらうぜ?」

 

 勝利を確実にするため、行動に移す。

 

 

 美紗は足元に魔方陣を展開し、さらに手の平を空に向かって掲げる。

 すると間もなく、高密度のマナが美紗の手の平に集束してくる。

「やっぱりこの形が一番しっくり来るのよね」

 それは形を作る。

 どこかで見たことのある、形。

 それは少し前まで、美紗が握っていた神剣と同じ形――『空虚』だ。

『なんだ? 俺に対してのあてつけかよ?』

「違うわよ。言ったとおり、この形が一番力込めれるの」

 もう、彼女は居ない。

 けど、今ここに居る。

「我が手に集え、マナよ。全てを貫き、滅する煌きの破壊者をこの手にッ!」

 まるで手に吸い付くような感触だった。

 美紗は「それ」を握り締め、構えなれた体勢をとった。

「これで、トドメッ!」

 紫電を纏い、美紗は前屈姿勢で、滑る地面を巻き上げながら突っ込む。

「シャイニングッ! ブレイカーッ!」

「く――ッ」

 パーサイドはとっさに、しかし幾重もの障壁を展開した。

 しかしその障壁は今の美紗に対しては、意味を成すものではなかった。

 まるで何もないように美紗は突撃をやめない――いや、止まらない。

「いっけぇええぇええぇぇええッ!」

 一閃。

 ただの一撃で、十二分だった。

「……見事、だ。宿敵……」

 パーサイドは半身、辛うじて残っている。

 パーサイドの背には、美紗が背中を向け、立ち尽くす。

 そう。

 パーサイドの半身は、『完全に消滅』したのだ。

 すでに残りの半分も消滅を始めている。

「あんたこそ、今の攻撃、寸前でかわしたじゃない」

「かわした? ……ふん。この様で、そんなこと言えぬ」

 お互い、背中を向け合ったまま、顔も見ずに話していた。

 これで十分だった。

 二人にもう、多く語ることはない。

 勝者と敗者。

 それがハッキリすれば、良かったのだ。

「だが、この無様な姿にしてくれた借り、必ず返す。そのときまで、消えるな」

「命令すんな。でもま、消えるつもりなんて、毛頭ないわ」

「……また、刃を交えることもあるだろうな。その時まで我が宿敵……『紫電』の美紗よ」

 美紗が振り返ると、そこには、綺麗な金色の霧が、勝利を祝うように、舞っていた。

 最後に――最後の最後に、パーサイドの声は、どこか楽しそうに聞こえた。

 

 

 空也は深く息を吸い、吐く。

 周りのマナが猛々しく、荒々しく、そして静かに動く。

 レイジスは、もはや根性という不確定要素の強い精神で意識を保たせていた。

 先の空也の攻撃で、レイジスの肋骨はほぼ粉砕。

 叩きつけられたときに右腕と、左足も逝った。

 だがこのレイジス、ただでやられる時を待つなど、考えていない。

 空也が見せる最後の隙――攻撃した瞬間に、カウンターを決める。

 レイジスの頭には『負ける』という三文字はない。

 どんな状況に陥ろうとも、絶望と言うものを感じない。

 さあ、かかってこいッ!

 レイジスはこころで叫んだ。すでに言葉を放つ気力も惜しい。

 一方空也は、ただ一点にマナを集中させる。

 レイジスを、消滅させる。

 ただその一点のみに特化した攻撃を放つ。

「マナよ、柔らかに、そして剛健となれ。圧縮、集束ッ!」

 空也が大きく飛び上がった。

 頂点から急降下し、最大威力の攻撃を仕掛ける。

 レイジスの思惑通りだった。

 幾ら空気を操るすべを持ってしても、攻撃に集中していて空中で行動を起こせるとは

 思えない。

「レイジス、恨むなよッ!」

 空也が空中で何かを蹴り、先端にマナの圧縮された『応報』を両手で握り、レイジスへ

 急降下する。

 レイジスは悟られぬように、残った左腕に力をこめる。

 空也が『応報』を突き出したそのときが、カウンターを決める最後のチャンスだ。

 目測で、あと半秒ほどで間合いに捉える。

 ――いまだッ!

 目前に迫った空也に炎を纏わせた左腕の、渾身の一撃が放たれる。

 この間合いでは、どんなエターナルも反応できない。

 レイジスはそう、確信を持っていた。

 しかし――

『残念でした〜♪ それはぁ、さすがに通しませんよぉ〜♪』

 気の抜けた女性の声――『応報』の声が、レイジスにも届く。

「やっぱな。お前は、わかりやすい。そこが美点で、そこが弱点、だ」

 空也はそんなこと、読んでいた。

 レイジスの最後の一撃は空也に届く前に空気の壁に阻まれ、弾かれる。

「――ッ!」

 『応報』が、レイジスの腹部に当てられた。

 空也は、誘ったのである。

 レイジスの行動を読み、あえて空中へと自分を移し、カウンターをするように誘った。

「チェックメイト、ってやつか? 俺はどちらかと言えば将棋の方が好きなんだが」

 圧縮されたマナが、今か今かと、その力をもてあます。

「どちらにしろ」

 短く息を吸って、空也は、

「終わりだ。空破、滅殺ッ!」

 レイジスの体が、沈んだ。

「が――はぁッ!? あぁああぁぁあああああ!?」

 地面に小さなクレーターを残し、圧縮された空気に潰されていく。

 先ほどよりも十二分に練られたオーラフォトンの威力は凄まじいの一言である。

 そして間もなく、大きな砂煙を放った。

 その中に影が二つ、何とか見える。

 一つは立ち、見下ろしていた。

 一つは下半身を失い、見上げていた。

「というわけで、オレの勝ちだな。文句ないだろ?」

 と、いつもの口調で空也は『応報』を肩で担ぎつつ、言った。

「う、うるせぇッ! まだだ……ッ! てめぇのその面、絶対殴るッ!」

「それは困るな。オレのこのうっつくしー顔を拝んでない少女たちに見せれなくなる」

「……畜生……ッ! なんでこんなやつに……ッ!」

「それと、パーサイドにかっこ悪いところ見られた、とか思ってるだろ?」

 しゃがみ、なるべく近い距離で空也は言う。

「ッ!? >$##‘$’&&#“=<!?」

 唯一無事だった左腕を振り回し、顔を真っ赤にしながら、そして意味不明な言語を

 放ちながらのレイジスが、そこにいた。

 こいつはからかい甲斐がありそうな相手だ。空也は拳を避けながら思う。

「素直じゃないなー。『そうだ。だから悔しい。あいつの目の前で惨めに』っとっとっと。

 まさかその状態で飛んでくるなんて、どこかの山犬もビックリだな」

「うるせぇッ! チックショウッ! てめ、今度会ったときはその顔、

 原形とどめねぇぐらい殴り倒してやるッ!」

「はいはいはい。とりあえずうるさいし、とっととこの世界から出て行けって」

「わかっとるわんなことッ! その顔、覚えたからなッ! 『烈風の守護者』のくう――」

 言葉半ばで、レイジスは完全に消滅した。

 消滅した、というよりはこの世界から叩き出された、という表現の方が正しいか。

 この際、どちらでも良かった。

 この戦い、苦戦はしたものの、

「おーい空也ーッ! そっち終わったのー?」

「……ああ。でも、もうクタクタだ。少し休もうぜ? 美紗」

 勝利を収めることができたことを喜びたい。

 今はゆっくり二人で休もう。休むのも、戦いの一つだ。

 さあ、あとは任せた。

 親友である、明人に。

 

 

「そのような結果は、訪れませぬ」

 ウルカはその眼を、細く鋭い視線で、力強い言葉とともに返す。

 この程度で気負っていた自分が、恥ずかしくて仕方なかった。

 その汚名を雪ぐため、ウルカは、このエターナルを圧倒することを選んだ。

「手前を殺す……そのような傲慢、甚だしい」

 誰でもない、自分への戒めとして。

 そしてそれ以上に、明人と同じ目的を果たすために、ウルカは戦い抜く。

「そのようなことがしたいのであれば」

 音もなく、ウルカは『深遠』に手を沿え、瞳を閉じる。

 そしてそこから放たれるのは、この場の殺意を圧倒するほどの覇気。

『ようやく本調子か。少々、遅かったと思われる』

 『深遠』が愚痴っぽく言い放った。

「どこからでも掛かってくるがいい。だが、先ほどまでの手前と同じだと思うなッ!」

 眼を閉じたまま、ウルカは声を放つ。

 その語気、今までのものとは質が違った。

 声量も、内包された強さも。

 そんなウルカが言うが早いか。

 メダリオはすでに跳躍し、ウルカの細い首筋を狙う。

 並みの攻撃ではない。

 ヘタな反応すら許さないであろう超高速の太刀だ。

「ぬるい。その程度かッ!」

 ウルカはそれを、『深遠』の漆黒の刃でいとも簡単に受け止める。

 刃全てを出さず、引き抜いた。ただそれだけの動作で。

 瞳は閉じたまま、動かない。

 そして止められたメダリオの腕も、動かない。

 今度は、メダリオがとうの昔に捨てたと思われる感情を呼び覚ます番であった。

 止められた腕とは反対の手に握られる『流転』を振りぬけば、

 ウルカの首を取ることも可能だろうか。

 しかしそれは、できない。

 今この止められた腕の集中を解けば、その瞬間に自分の首が胴から切り離されそうな

 『覇気』をウルカから感じる。

「どうした。よもやこの程度で手前の首を取ると申していたのか」

「…………」

 今度はメダリオが退く。

 これが同一人物か。メダリオは少々思考した。

「こないのであれば、こちらから行くぞ」

 ウルカは腕をゆっくりと、まるでメダリオを牽制するように上げる。

 そして一気に、横に薙いだ。

 空間が引き裂かれた。

 大きさはウルカの顔の大きさ程度だろうか。

 その先に見えるのは、どこまでも広がる、深淵。

「闇の淵……バルガ・ロアーを受け入れよう。その力、我が身に宿れ。限界など忘れ、

 この一時に最大限の力を。プロファウンド・パワー」

 ウルカはおもむろにそこに手を突っ込んで、何かを引きずり出す。

 白い塊だった。

 握りつぶし、体に吸収させる。

 それに引き寄せられるように空間の裂け目から『白』が出現し、ウルカの中へ流れ込む。

 その空間が全てを放出したのか、まるで何事もなかったかのように、その空間は閉じた。

 音も気配もなく、ウルカはメダリオの懐に跳びこんでいた。

 完全にメダリオの視界からその姿を外してのことだった。

 しかしメダリオは放たれる閃光の一撃の出始めである気配を読み、

 大きく後方へ。

「逃がさぬ」

 刃が空を斬るのもかまわず、すぐさまウルカが追いつき、剣閃を走らせる。

 メダリオは『流転』で防ぎ、さらに後方へ。

 身を翻し、着地するメダリオは同時に仕掛ける。この戦いに休みは許されない。

 眼にも留まらぬ連続攻撃。

 上下左右、立体的、かつ多角的な攻撃すでに芸術とも呼べる剣筋だった。

 先ほどまでのウルカであれば――そう、先ほどまでのウルカであれば、

 どうにかなったかもしれない。

 しかしそこに居たのは、メダリオの攻撃を見切り、避け、必要最低限、

 自分に『死』を運ぶ攻撃だけに剣を合わせるウルカ。

 これほどまでとは、正直、メダリオの想定外だった。

 ウルカが空気に飲まれた時点で戦いの終止符を打つべきだった。

 今となっては後の祭りであるのでなんともいえない。

 ただ、メダリオは目覚めさせてしまっただけ。

 眠れる獅子を、自らに敗北という泥を貼り付ける、強大な敵を――

 ウルカがメダリオの片手を、鞘で受け止めた。

 すかさずメダリオはもう片方で殺りにいく。

 その腕が宙を舞い、四散した。

 ウルカは受け止めたまま大きく踏み込み、一刀両断の元にメダリオを斬っていた。

 きっとメダリオがエターナルでなくとも、この鮮やか過ぎる断面からは血液は

 出ることなく、斬られたということを知覚させるのに時間が掛かったことであろう。

 たまらずメダリオは二度目の退却を余儀なくされた。

 退く最中に、辺りのマナを自らの体に寄せる。

 もはや斬られた腕もその糧にすることで、詠唱を少しでも早く終わらせる。

 今一度、いや、ここでウルカに有効なのは、『流転』の全てを洗い流す鉄砲水による

 奇襲だけだろう。

 距離は退いたとはいえ、さほどない。

 最初のように宣言しなければ、反応されることはないだろう。

 着地と同時に、メダリオはマナを放った。

 次に瞬間、何もなかった空間から鉄砲水が出現し、佇むウルカを飲み込んだ。

 メダリオのもう一本の腕が、体から離れた。

 この場で初めて感情的な表情をメダリオは作り、驚いた。

 隣に、それは静かにたたずんでいた。

 その横顔は何よりも美しく輝き、瞳は閉じられ、虚空に向けられていた。

「もはやそなたには、手前は止められませぬ。どのような方法をもちいろうとも、

 この状況は覆りません」

 そしてウルカは、メダリオを正面に捕らえ、構える。

「窮め無き所……永遠の地へ誘う神速が太刀にて、滅されよ」

 とても静かで、それでいて深く、

「天壌無窮の、太刀」

 強い意思の込められた、たった一言。

 その言の葉の後、刹那の時間が流れた。

 この時間に、数百、数千の太刀がウルカから放たれただろうか。

 斬られたなど、メダリオは、わからなかった。

 ただ、体が霧散していくのがわかる。

「……ああ、僕がやられるなんて……予定外、でしたよ」

 消える最後に、メダリオの姿に変化が見られた。

 青年の顔から、どこか爬虫類を思わせる奇怪な顔に。

 だがそれをしっかりと確認することもなく、メダリオは、この世界から消えうせた。

 あっけない幕切れ。いや、この二人の戦いとしては、妥当な静けさだろうか。

 しかしウルカも、限界であった。

『主。これ以上、闇の力を受け入れるな』

「わかって、おります……」

 ウルカの体から、ガスが抜けるように『白』が放たれる。

 驚異的なパワーアップには、それなりの代償がある。

 まずなにより、短時間しか効果がない。

 長時間の使用は、バルガ・ロアーの白い闇に体を蝕まれ、崩壊してしまう可能性がある。

 それ故に、今回の戦い、ある種の賭けに近かったのだ。

 これ以上戦いが長引いていれば、間違いなく、ウルカの方が先に限界が

 訪れていただろう。

 よく勝てたものだ。思わずウルカはそう思ってしまった。

『勝ちは勝ちだ。しかし、これ以上の体の酷使は、不可能だろう』

「……ですが、行かねばなりません」

 そうだ。

 ウルカは、見届けなければならない。

 この世界の結末を。

 誰よりも愛した人が救うであろう、結末を。

 

 

「だからごめんね。オルファ、本気で戦っちゃうよ」

『……今までが本気じゃないって言うことのほうが』

 ントゥシトラの周りの気温がさらに上がった。

 それはントゥシトラが炎を生み出したことによる、至極当然な現象である。

『はったりに聞こえるよッ!』

 まさに業火。

 その炎の強大さは、あたり一面を焦土に変えてもおかしくはない。

 そんな炎が、オルファ目掛け、幾重にも連なり、踊りかかってくる。

「『再生』、避けながらントゥちゃんのところまでッ!」

『ええ。任せて、オルファ』

 しかしそこからが、凄まじかった。

 オルファは迫る炎の波の間を縫って移動をする。

 かすりでもすればオルファの小さな体は全ての過程を飛ばし、灰すら残らないであろう。

 オルファにそのことを危惧する表情は見られない。

 むしろ、自信に満ち溢れた表情だった。

 片手に握る『再生』で、目前の炎を断ち切る。

 しかしントゥシトラの炎も一筋縄ではいかないものだった。

 まるで生きているかのように、避けられた炎は身を翻し、再びオルファへと向かう。

 その姿は炎で体ができた龍を思わせるものがある。

 炎の龍は真上からオルファへと迫り、まるで一飲みにするかごとく降り注ぐ。

「ッ! ……せーのッ!」

 瞬間、オルファは『再生』に腰かけ、前方へ大きく加速する。

 炎は無機質な地面を喰らい、身を弾けさせる。

 さらにントゥシトラの別の炎がオルファを追随する。

 加速したオルファに追いつくほどの速度で宙を走り、まさに今、追いつく――

『同等の力を持って、相殺』

 まさにその時、『再生』から放たれる強大な炎により炎は打ち払われた。

「いっくよントゥちゃんッ!」

 ントゥシトラの炎をかいくぐり、オルファの射程内にその異形は捉えられる。

「マナよ、その姿を火球へと変えよッ! ファイア・ボールッ!」

 横に大きく開かれた手の平には、圧縮されたマナの塊がある。

 それをオルファは大きく振りかぶって、ントゥシトラへと投げつけた。

 圧縮された濃密なマナはントゥシトラのうねる炎を粉砕し、一直線に駆け抜ける。

 そして直撃。

 しかし、というよりも案の定、と言ったほうが適切な表現である。

 ントゥシトラは多少、その体を焦がしたものの、ほぼ無傷。

 怯んだだけで、それ以外は、何もない。

 どうやらントゥシトラの神剣魔法に対する防御性能は、オルファの放つ神剣魔法よりも

 上等のようだ。

 これは直接攻撃の手段に乏しいオルファにとって、手痛い事実だ。

 しかもその直接攻撃でントゥシトラに傷を負わせることができても、ントゥシトラの

 灼熱の体液によるカウンターを貰うことは必至。

 先ほどから効果の薄い神剣魔法ばかりで攻撃してくるオルファのこの思惑を悟ったか、

 ントゥシトラを取り巻く炎の勢いが増す。

 ……だが――

『勝算もなしに戦いを挑むなんてコトはしないわよ?』

「わかってるよ、『再生』」

 オルファにはまだ切っていないカードがある。

 ントゥシトラに悟られぬよう、小さな声でのやり取りを交わすオルファと『再生』。

 この程度で負けていては、オルファは明人の期待に応えられないことに落ち込み、

 『再生』は『聖賢』に顔が立たない。

 二人は勝つ気、十二分。

「それじゃあ、ホントのホントにこれで終わりだよ、ントゥちゃんッ!」

 オルファが『再生』に腰掛けたまま、大きく上空へ。

 ントゥシトラの炎は、それを追う。

 一足先に頂点へたどり着いたオルファの手の平に、何かが出現した。

 それは球体――先ほどオルファの身を炎から護った、『ぴぃたん』である。

 オルファはぴぃたんを両手で掴み、迫る炎へ向ける。

 そして次の瞬間――

 ぴぃたんの眼が輝きを放ち、大きく口を、限界まで開ける。

 その口元に集まるのは、マナだ。

 徐々に光を放ち始め、そして、

「ぴぃたん、ばすた〜ッ!」

 勢いよく放たれる閃光は、瞬く間にントゥシトラの炎を打ち破り、消滅させる。

 オルファの元へと集まってきた炎は一網打尽にされ、脅威はなくなる。

 さらにその閃光はントゥシトラへと向かい、包み込む。

 すると、どうだろうか。

 ントゥシトラの体を包むマナが、あっさりと消滅したのだ。

 ントゥシトラは慌てた。

 ントゥシトラの神剣である『炎帝』は、武器の形をしていない。

 その代わりに、多くの特殊能力を授けてくれる。

 この神剣魔法に対する防御性能も、その特殊能力の一つだ。

 しかしそれがキャンセルされた今――ントゥシトラは魔法に対して、

 丸裸のようなものである。

 この瞬間を、オルファと『再生』は逃さない。

『さあ、オルファ。私の力を限界まで引き出して』

「うんッ!」

 頷き、『再生』の上に立ち上がり、眼を閉じて意識を集中させるオルファ。

「開け、上位世界への門ッ! 瞬く星の輝きを放つ大いなる力にて、敵を滅さんッ!」

 上空に、確かな輝きが見えた。

 まるで本当の星のような輝きを放ち、ントゥシトラの真上に出現する。

「『再生』の力、全開ッ!」

 そしてオルファは眼を開き、片手を高らかと掲げ、

「いっけぇええええ! はいぺりおん・すたーずッ!」

 振り下ろす。

 それの速度はあまりない。

 しかし回避など、考えられない。

 その効果範囲はもはや、逃げ場を与えないほどである。

 ントゥシトラは抵抗を試み、炎をぶつけ、相殺を図る。

 しかし、止まることなどなかった。

 より強大な力の前に、同じ属性のものは吸収されてしまう。

 光り輝くそれは、ントゥシトラを簡単に飲み込み、そして、大きな爆発を起こした。

 地面が破砕され、えぐられ、爆炎が巻き起こる。

 爆発が収まると、大きなクレーターと、小さなエターナルだけがこの場に残っている。

「……ントゥちゃん……今度あったときは、ちゃんと生け捕りにするからね……」

『……ホントに、何ででしょうね……あれのどこがいいか、私にはわからないわ』

 『再生』の最もな意見だった。

 だがようやく、こんな軽口も叩ける余裕が生まれた。

 ……この戦場あとは、後々後世に語られるであろう。

 スピリットではまず、こんな破壊はできないから。

「オルファ殿ッ!」

「え? あ、ウルカ〜ッ!」

 そこに、後方からウルカがハイロゥを羽ばたかせ、合流する。

『無事だったようね、深遠』

『我が主の実力なら、当然だ』

『……そうね。こっちも、今終わったところよ』

『なるほど。これはまた、凄まじい跡だな』

 神剣同士もやり取りを交わす。

「……ウルカも、やっぱり行こうって思ったんだ」

「はい。この眼で、見届けなければいけませぬから」

「そう、だよね。うん。一緒に行こう、ウルカッ!」

 

 

「わたしに負ける理由は、ありません」

「……なんだって?」

 手立ては残されている。

 この状況を覆し、勝利と言う光を手にするための方法が。

『残念ですが不浄の主……私達が、勝たせてもらいます』

 エスペリアがおもむろに、『聖緑』を地面に突き立てる。

 瞬間、その『聖緑』を中心に、マナの流動が変化する。

 それは元の――いや、それ以上に綺麗なマナに変化していく助長だ。

 『聖緑』の回復魔法の効果は、この世界にあるどの神剣よりも力が強い。

 そう言い切れるほどのものであることは、確かだ。

 だからミトセマールは、またも表情を歪ませる。

 この空間、自分がどんな状況でも有利になれるように仕組まれた、相手にとっては

 最悪のアウェイ。

 しかし今、それが相手のホームに変わろうとしている。

 『聖緑』の力で、『不浄』の効果が打ち消されようとしている。

「『不浄』ッ! あんなのに負けるんじゃないよッ! もっと淀んだ空気を出しなッ!」

 そんなことさせてなるものか。

 そう言わんばかりに、あたりのマナがねっとりと重くなる。

 エスペリアの頬に、汗が伝った。

 もはやこの場に立っていることすら辛い。

 だがあと少し。

 あと少しで完成する。

 どうやらミトセマールは、最初の準備がエスペリアの切り札と思ったのだろう。

 エスペリアの表情を見て、頬を緩ませる。

「もう十分だね……遊びは終わりだ。さあ、いい声を聞かせておくれよッ!」

 地面をならすミトセマール。

 無数の植物が顔を出し、それぞれ目標を見定めた。

 先端が研ぎ澄まされた刃物のように鋭い植物は、ミトセマールの意思を

 受け継いだがごとく、己がなすべきことを行動に移す。

 そのうちの一つが身をしならせ、エスペリアへ突貫し始める。

 それがエスペリアの佇む場所まで到達するのに数秒も掛からなかった。

 しかしそれは同時に、

「……全てを遮断する、絶対の障壁ッ! アブソリュートッ!」

 エスペリアの構築した障壁に弾かれるまでの時間でもあった。

「なにッ!?」

 貫通するどころか、逆に消滅させられてしまっていた。

 そうだ。

 この程度の攻撃、エスペリアにとってどうということはない攻撃である。

 それに、この程度の苦境で膝をつくわけがない。

 自分が護りたいと思い、剣を捧げた人の願いを成就させるため、

「あなたは自分の力に絶対の自信を持っています」

 戦い、勝ち抜く。

 エスペリアの足元に、あるはずのない、緑の生命がその息吹を見せていた。

「ですが今、その自信は、あなたに付け入る隙を与える、マイナスにしかなりません」

 徐々にその緑は広がっていく。

 暖かく、柔らかい光とともに、ゆっくりと。

「ですからわたしはそんなあなたに」

 エスペリアの翡翠色の瞳が、女王を捉え、放さない。

「絶対的な勝利を収めます。癒しの力に、わたしの全てを……エンジェル・プライヤーッ!」

 生命の息吹が、周囲一帯に広がった。

 それはミトセマールの作り出した不浄のマナを取り込み、そして浄化していった。

 周りのマナは全て正常となり、今度は、エスペリアの力になる。

 エスペリアも『聖緑』も、柔らかなマナの輝きに照らされて、体から不浄のマナが

 取り払われる。

「さあ、これからが本番ですッ!」

 地面に突き立てられた『聖緑』を引き抜き、構えを取るエスペリア。

「図に乗るんじゃないよぉッ! この雌餓鬼がぁッ!」

 一斉に襲い掛かる植物群。

 エスペリアはそれをじっくりと引きつけ、そして、『聖緑』にて次々と迎撃していく。

 横に薙ぎ払い、打ち払い、縦一線に切り裂きいていくエスペリア。

 すべて迎撃したその瞬間、植物の合間を抜き、別種類のものが飛来する。

「ッ!? くぅ……ッ!」

 それはミトセマールの持つ鞭――『不浄』であった。

 『不浄』はそのまま『聖緑』に絡みつき、拘束する。

「あたしを倒す、だって? ハッ! その前にその減らず口を叩く口、

 あたしがヒィヒィ言わせてやるよッ!」

 均衡する二人の力。

 ミトセマールの周りの空気が徐々に変化――いや、元通りになっていく。

 ミトセマール自身、こんなに正常なマナのほうが気持ち悪かった。

 やはり淀み、腐りかけたマナのほうが居心地が――

「はぁああぁああああああッ!」

「ッ!? なぁ――ッ」

 均衡が不意に崩れる。

 エスペリアが気合の入った声とともに、ミトセマールを力ずくで引き寄せたのだ。

 緩んだ『不浄』を取り払い、エスペリアはほぼ無防備のミトセマールに殺気を向けた。

「あなたは倒すべき……敵ですッ!」

 『聖緑』を勢いよくふりぬいた。

 しかしミトセマールもただではやられない。

 瞬間、『不浄』を器用に操って、勢いをある程度相殺する。

 それにより、エスペリアの『聖緑』は予想地点よりも浅く食い込み、

 ダメージが軽減されている。

 その勢いを利用し、後方へ。

 着地とはとても言いがたい。良くて不時着、であろう。

 今の攻撃で神剣を握る方とは逆の腕が、逝った。

 苦々しい表情を作りながらミトセマールは身を起こすと、

「は――ッ!? な――ッ」

 瞬間、体の自由が奪われる。

 動かせるはずの部分が、ピクリとも動かない。

 黄緑の色素の薄いオーラがミトセマールを拘束し、仄かに輝く光の道を、

 エスペリアとミトセマールの間に作っていた。

「あなたを導きましょう。精霊光の、彼方へと」

 酷く緩慢な動きで『聖緑』を動かす。

 しかし纏ったオーラが、『聖緑』に残像を残す。

「大いなる自然の力で……あなたを、浄化しますッ!」

 まるで摩擦抵抗を忘れたような。

 そんな動作でエスペリアは光の道を走りぬける。

 徐々にその速度は増加していき、半分を走り終えたところでエスペリアの姿は

 薄緑のオーラに包まれる。

「……行きます。ネイチャー・フォースッ!」

 普段のエスペリアからは考えられないほど、力強い掛け声が放たれる。

 それと同時に、猛々しいマナが『聖緑』へ集束し、遠目からでもわかるほど『破壊』に

 特化された力になる。

 ミトセマールはその力に、絶句した。

 先ほどまでの雰囲気とはかけ離れすぎている。

 よもやマナがこれほどまでに凶悪なオーラとなるとは。

 いや、それ以上に、どこからどうみてもお人よしで、虫唾が走るほど甘そうな性格の

 エスペリアがこれほどまでに凶暴な攻撃を繰り出してくるとは――

 思考はその時点で、この世界では閉じられた。

 しかしミトセマールは、しっかりとこの相手のことを豊かな胸の奥に刻む。

 表裏別々の顔を持った、このエターナルのことを――

 

「はぁ……はぁ……」

『おつかれさま……難敵、でしたね』

 『聖緑』を杖代わりに、エスペリアは立っていた。

「はい……ですが、『聖緑』のおかげで勝てました……ありがとうございます」

『パートナーとして当然のことをしただけですよ。あなたは自分の力で、勝ったのです。

 私はその、手助けをしただけ』

 一息ついて、ぺたりとその場に座り込むエスペリア。

 先ほどの戦いで、持てる力のすべてを発揮した。

 これ以上、エターナルとの戦いは無理であろう。

 けれども――

「いかなくちゃ……いけませんよね」

 ぐっと足に力を込めて、立ち上がる。

 そうだ。

 彼の元へ行って、見届けたい。

 ただその一心で、エスペリアは立ち上がった。

「エスペリア殿ッ!」

「エスペリア〜ッ!」

 そのときを見計らったかのごとく、二人のエターナルがこの場に合流した。

 

 

 アセリアは瞳を閉じ、『永遠』にマナを集中させる。

 限界まで――いや、限界以上まで力を出さなければ、タキオスは倒せない。

 タキオスの防御は絶対で、なおかつ放つ一つ一つが攻撃は必殺に近い。

 アセリアの防御では間違いなく、意味を成さないであろう。

 エスペリアでも防げるかどうか怪しい所。

 間違いなく、今まで対峙した敵対者として、最強の相手だ。

 しかも先ほど、自らの肉体を強化したようだ。

 ビリビリと肌を突き刺すような殺気が容赦なく投げつけられる。

 身震いが発生した。

 あらゆる意味での身震いだった。

 アセリアは大きく息を吸い込んで、吐き出す。

 さほど暑くもない空間に居るはずなのに、汗が流れ落ちた。

 自分はこのようなエターナルを相手にして――

『勝つのよ、アセリア』

「ッ! 『永遠』……」

『あなたの強さは、この程度なの? こんなたやすく折れてしまうような心と覚悟で、

 エターナルになったというの? 笑わせないで』

 まるで心を見透かされたように、『永遠』に問いかけられた。

 そうだ、思い出せ。

 この程度の障害なんて、分けないはずだ。

 明人を思う気持ち――そして明人が護りたいと思った世界を護りたいと強く思う気持ち。

 それが今の自分を突き動かす、原動力であるはずだろう。

 この程度の相手に臆するものなど何もない。

「……ごめん。ちょっと、弱気だった……でも、もう大丈夫……ッ!」

 それが自分の、明人を思う気持ちだ。

 明人の顔を思い浮かべると、急に気持ちが楽になる。

 アセリアは瞼を開き、褐色の大男を視界に捉える。

 タキオスは準備万端とでも言いたげに、悠然と立ち尽くしている。

「ん……じゃあ、『永遠』……いくッ! 『永遠』の力の一部を、解放……ッ!

 ポゼッションッ!」

 アセリアの体内に、純白のマナが流れ込む。

 瞬間的に、すべての感覚が研ぎ澄まされる。

 『永遠』が周囲のマナを取り込んで、力に変えてくれる。

 これならきっと、タキオスにも引けをとらない。

 自信も力にもなる。

 経験なんて関係ない。

 今この状態なら――今のモチベーションなら――

 

 負ける気が、しないッ!

 

 アセリアはハイロゥを大きく広げる。

 そのハイロゥから羽とエーテル粒子が宙を舞い、次にはその場からアセリアの姿は

 消えていた。

 狭い空間に刹那、金属音が反響する。

 タキオスも先ほどの攻撃とはわけが違うと悟っていた。

 素手で受け止めるのはその手を捨てるようなもの。

 直感だった。

 しかしタキオスの長年蓄積された戦いに対する嗅覚、勘はなみなみならぬものである。

 『永遠』と『無我』の間に火花が散る。ああ、本当に、である。

 両者とも、この時点では、互角。

 鍔迫り合いはお互いがお互いを弾き飛ばす結果になる。

 なおも攻勢は続く。

 煙を上げながらアセリアは足の裏でブレーキをかけ、慣性がゼロになった所で

 再び跳躍。

 真正面からの攻撃では、タキオスには通用しない。

 今までの奇襲も、通用しない。

 ならば今度は――

「むぅ……ッ!? これは」

 速さなら、アセリアが勝っている。

 アセリアは残像を幾つも作り、タキオスの視界を惑わせる。

 気配も超高速で動いているため、捉えにくい。

 だが、何度も言うようにこのタキオスも歴戦の猛者である。

 この程度のかく乱で動揺はしない。

 むしろ冷静に、気配を探る。

「……そこかぁッ!」

 真横に確かな気配。

 タキオスは迷わず、『無我』を振りぬいた。

 この戦いにて一瞬の迷いは敗北に直結する。

 しかし――

「あたしは、ここッ!」

 上空からアセリアが飛来する。

 両手で『永遠』をしっかりと握り締め、全てを断ち切るとでも言うように勢いをつける。

「やぁああぁああああぁあ……ッ!」

 アセリアの渾身の一撃。

「ぬぅぁあああぁああぁあッ!」

 振りぬいた腕を、雄叫びとともに無理やり防御に回すタキオス。

 アセリアの側面から暴風などが可愛く見える斬撃が襲撃する。

 さすがにここまで反応しきるとは意外以外の何ものでもない。

 どうする。

 アセリアは回避手段を模索する。

 あとコンマ数秒もたたないうちに、確実すぎる『死』がプレゼントされるこの状況。

 それを打破するには――

『そのまま……ッ』

「……突っ込むッ!」

 アセリアはそのまま直進をやめない。

 むしろその速度を速める。

 タキオスの『無我』が届くより一瞬早く、地に降り立った。

 バランスは、崩れていない。

 あとはこのまま、

「てぇええぇええぇええいッ!」

 勢いよく『永遠』を振りぬくのみ。

 初めてタキオスの体を切り裂いた。

 それは筋骨隆々とした胸部を横一線に切り裂き、マナを大量に放出させながら

 タキオスを後方へ追いやる。

『……入りが浅い。あの一瞬で、身を引いた……』

 確かに必殺の間合いだった。

 しかし後方へ追いやられたタキオスは、一瞬膝をついたものの、立ち上がる。

「ふっ……ふはははははははッ!」

 ステップトーンで上がっていく笑い声。

「先日のスピリットといい、なりたての貴様といい……ああ、この世界はいい。

 俺をこれほどまでに楽しませてくれるッ! 消すには勿体ない世界だッ!」

「ん……そんなことさせないために、あたしたちは戦ってる……」

「そうであったな。さて……このままでは、戦いの最中に消えてしまいそうだ。

 故に……俺は次の一撃にすべてを注ぐ」

 今までとは違う構えを取るタキオス。

 『無我』を両手で握り締め、ただでさえ放っている殺気の量を、増やした。

 それは同時に、力の放出も上がったことを示す。

「俺の最後の我侭に、付き合ってくれるか? 『永遠』の主よ」

 アセリアは口で答える代わりに、構えで応える。

「フッ……感謝するぞ。では……貴様の空間ごと、俺は全てを、断つ」

「……ならあたしは」

 アセリアの握る『永遠』が、仄かにオーラを纏い始める。

 まるで花弁がその身を開くかのように、徐々に、徐々に『永遠』本来の力が

 解放されていく。

「あたしは時間ごと、消去する。そして、負けるつもりはない……だって今のあたしには」

 『永遠』を担ぐように振り上げ、前屈姿勢に入るアセリア。

 一度瞳を閉じ、思い描く『好き』の感情を向けることができる唯一の相手。

「戦う意味が、あるッ! 精霊光の一撃を、ここにッ!」

 そして見開き、静かで、力強い声で言葉を紡ぐ。

「行くぞぉおおおおぉおおぉおおおッ!」

 駆け出すタイミングは、ほぼ同時。

 初速、加速、最高速。

 真正面からのぶつかり合いに、技や経験はさほど関係ない。

 ただ直結するのは――

「エタニティッ! リムーバーッ!」

「ぬぅおあぁあああああぁああッ!」

 純粋な、破壊力のみ。

 お互いの全力がぶつかり合い、空間を歪ませる。

 オーラが白刃となり、お互いの地力を競い合い、そして――

 

「見事だ」

 右肩から袈裟斬りに裂かれ、仰向けに倒れこむタキオス。

 最後の最後で勝利の女神を引き寄せたのは、アセリアだった。

 紙一重の差で、アセリアの攻撃の破壊力が勝った。

 その紙一重のアドバンテージで押し切り、アセリアが、勝ったのだ。

 しかし、全力でやりあっていれば、互角か、それとも――

「傷を負ったのは俺の責任である。それも、勝負の一因だ」

 この胸の傷さえなければ、行方はわからなかったであろう。

 タキオスはアセリアノ思惑を悟り、口を開いていた。

 その体はもう、霧散しかけていた。

「タキオス……」

「敗者に多く語ることはない。だが、エターナルになって間もなく、俺を倒したことは、

 賞賛に値する。それだけは、伝えておこう。……さらばだ。『永遠』の、アセリアよ」

 

『どこまでも清々しい武人、だったわね』

「うん……すべてが強い、人だった」

 すでに武人はマナの塵となり、消えていた。

 自分達と同じ道を歩むものだったら、きっと、尊敬している人物であろう。

 だが、道は違えた。

 これからは強大な敵として、再び合間見えることになるだろう。

「行こう、『永遠』。奥に……アキトのところに」

 

 

 それは忘れたころにやってきます。

「……なーんか一話ぐらい存在を忘れられていたような……」

「誰に向かって言っているのですか? 真美さん」

 怪訝そうな面持ちの真美と、テムオリン。

 あ、いや、決して存在を忘れていたわけじゃありません。(by作者

「ついに老化が頭まで進行してきましたの? おいたわしや……」

「あなたの減らず口&ひん曲がった性格をこの世界からたたき出して差し上げます」

 そうは言うものの、やはり、二人の力は互角。

 三本の神剣に認められている真美と、第二位の神剣の力を使いこなすテムオリン。

 そしてこの世界では使える力の上限が決まっている。

 つまりこの二人は、この世界に縛られ、互角ということになる。

 まあその縛りがなくとも同じといえば同じであるが。

 現在の戦況は、決定打のないままの不毛な消耗戦。

 テムオリンのコレクションである下位永遠神剣の数々が、真美にその攻撃を防がれ、

 その身を横たわらせている。

 真美は真美とて防戦一方というわけではない。

 機を見てカウンターを浴びせるものの、テムオリンの防御は、いわゆる鉄壁だ。

 物理攻撃は悉く防がれてしまう。

 これは攻撃系の神剣魔法を心得ていない真美にとって手痛い事実だった。

 どこまでも腹の立つやつだ。

 やはり二人の感情の行き着く先は、これに限る。

 ここまで来てまるでそりの合わない姉妹のような喧嘩を引っ張るのは、

 ある意味賞賛に値する。

「あら、奇遇ですわね。ワタクシも今」

 音もなく、気配もなく、真美の背後の空間が歪む。

「そう思っていたところですわ」

「ッ!?」

 そして次には、真美の巫女服は肩が薄く引き裂かれたことにより、白地が

 鮮やかな朱に染まる。

 真美はこの想定外の攻撃に、オーラでバリアを張ることすらできなかった。

「さすがのあなたもオーラフォトンを出現させる前に攻撃されては形無しですわね」

「く……ッ! テムオリン……ッ」

 テムオリンの周りに、『秩序』以外の神剣が舞うようにそこにあった。

 その刃は極薄。今も視覚に捉えるのでやっとである。

「永遠神剣第五位『隠蔽』。決して位も力も高くありませんが、どうです?

 面白い能力でしょう?」

「気配完全消去……まだそんな隠し玉を持っていましたか」

「いいえ。まだまだありますわよ」

 無限と思わせるテムオリンのコレクションの永遠神剣。

 そのうちの四本、先ほどのをあわせて五本の神剣が姿を現した。

「さあ、本場の神楽、見せてもらいましょうか。踊りなさい、ワタクシのために」

 それぞれが意思を持ち、真美に向かって変則的な動きをとりながら駆ける。

「誰があなたのためになんか踊るものですか。『時詠』、『時果』、行きますよ」

 真美はそれを迎撃する。

 先駆けてきた神剣を『時詠』で勢いよく弾き飛ばし、お帰り願う。

 続けて先ほど手傷を負わしてくれた『隠蔽』を『時果』にてオーラフォトンを展開し、

 あとを追ってきた神剣ごと防ぎ切る。

「まだまだ行きますわよ」

 さらに量を増やし、攻勢を緩めないテムオリン。

 いくら下位とはいえ、テムオリンの『秩序』の力に当てられ、さらに量が半端ではない。

 必然的に、手数で押される。

 時に薙ぎ払い、時に受け止め、時に同士討ちを誘い真美は防御を抜かせない。

 今回の攻撃でどれほど神剣を叩き落したか。

 ……この戦場の脇には山となるほど積まれている、とだけ言っておこう。

 しかしテムオリンも、無駄に神剣を浪費させるわけはない。

 さすがに『隠蔽』のように真美の意表を突ける神剣はもうない。

 だがあるのは――

「はぁッ! ……え――ッ」

 真美が一つの神剣を、当然のごとく弾き飛ばす。

 その瞬間、その神剣は四散し、同時に真美を包み込んでいたオーラフォトンが

 全て弾け飛んだ。

「かかりましたわね」

 いつの間に移動したのか。

 テムオリンは神剣の嵐に紛れ、真美の懐に飛び込んでいた。

 オーラフォトンの失せた真美の体に、『秩序』を当てる。

「永遠神剣第八位『消失』。まあ、真美さんの力を押さえつけるのであれば、一瞬。

 しかも使えば消えてしまいますが」

 幼い顔立ちが狂気に満ちた笑顔に染まる。

「あなたを仕留めるのに、コレクションの一つや二つ、惜しくありませんわ」

 ゼロ距離で放たれる、テムオリンの神剣魔法『神々の怒り』。

 その威力は相手の力に合わせて増していく。

 今の真美にとって、しかも力を封鎖された今、防ぐ手立てなどない。

 テムオリンは勝利を確信する光に照らされ、満足げに頷いた。

 真美の体は炸裂し、大きく後方へ吹き飛ばされる。

 その体からは煙を放ち、来ている巫女服も、ところどころ焦げ、変色している。

 地面に叩きつけられる真美。

 まるで抵抗はない。

 なすがまま、叩きつけられ、転がっていく。

 そして、動かなくなった。

 感じる力も、微弱。

 勝負は決した。

 もはや真美に、動く気力などないだろう。

「さて……片付けが済みましたら、坊やでも片付けに行きましょうか」

 その台詞に、真美の動きが微かに変わる。

「あの坊やを潰したら、今度は他の混沌も潰しておきましょう。今後の憂いは」

 ふよふよと浮かび、神剣を回収しながら今後の予定をつらつらと並べるテムオリン。

「……あら?」

 その背後で、物音がした。

 布のすれる音。そんな服装をしたのは、いや、この場に居るのはあと一人。

 振り返ると、そこには満身創痍の真美が立ち上がっていた。

 額から流れ落ちた血液が頬を伝っている。同時に口元からも、同じものを流していた。

 巫女服もボロボロで、清楚なイメージは遥か忘却の彼方。

 少し俯かれた表情を、栗色の髪が隠している。

「もう勝負は付きましたわ。あとでゆっくりいたぶってあげますから、寝ていなさい」

 そんな真美に、興味が尽きた視線を向けるテムオリン。

「……そんなこと言わず」

 風もないのに、真美の栗色のロングヘアーが踊り始めた。

 そのダンスの相手は、真美の放つ力に呼応した、マナの渦巻き。

「もう一曲、付き合ってくださいな。どうやら他の皆さんの心配をする必要は、

 なくなりましたので」

 あたり一面に広がる、真美の力の程。

 先ほどよりも、遥かに高いそれは、テムオリンに戦慄を与えるのに十分なことだ。

「ッ! あなた……本気で、やっていませんでしたの?」

「ええ。他の皆さんの結果を見届け……あなたに敗北を刷り込ませる」

 金色に輝くオーラフォトンが真美の足元から出現し、真美の髪、服を

 さらにはためかせる。

「決定的な状況まで、待ったのですよ。……それに、明人さんには手を出させません。

 絶対に」

 前髪に隠されていた瞳はまっすぐと見据えていた。

「口だけはいつまででも達者ですわね。そんな体で何ができるといいますの?」

「色々と……できるわね。『時逆』、やります……タイム・リープ」

 テムオリンは妙な感覚に襲われた。

 いや、これは――ッ!

「しま――」

 気付いたときには遅かった。

 テムオリンは慌ててオーラフォトンを練り、障壁を展開させようとする。

 しかし、『秩序』はそれに応えない。

 真美が先ほど唱えた神剣魔法――それは互いの時間の一部を『飛ばす』もの。

 この場合は、テムオリンが障壁を展開させる時間を飛ばしたのだ。

 当然、真美も同様の効果を受けることになる。

 が、真美にはそのようなこと、関係なかった。

「私には見えますよ、テムオリン」

 真美は巫女服の袖に、傷ついた手を入れる。

 そこで握られるのは、『時詠』よりも一回り大きな一振りの神剣――第三位『時逆』。

 真美の瞳が金色に染まる。

 これは真美自身に備わった特殊能力――未来を見通す目、『時見』。

 普段、この力は抑制されているが、『時逆』の力を借りた今、そこに映し出されるのは、

 様々な未来から選りすぐられた数秒後の、確かな未来。

「数秒後……あなたは致命的な一撃を私に貰い、そして」

 手を添え構え、前屈姿勢をとる。

「敗北という名の最大の恥辱を持って、この世界から、弾き出されているッ!」

 真美の分身が幾つも放たれる。

 そのあとを追うように、本体がスタートを切った。

 テムオリンは呼び出した神剣にて分身を迎撃する。

 飛来する真美の分身は、恐怖の一声だった。どれもが一撃必殺の力を持っている。

 神剣に貫かれた瞬間、周りの神剣を巻き込んで炸裂する真美の分身。

 それが次々と起こり、煙でテムオリンの視界がふさがれた。

「ッ! まさか――ッ!」

 そのまさか、であった。

 その煙を掻き分け登場する本体は、テムオリンに向かって迷うことなく飛来する。

 真美は、ここまで『見』ていた。

「そこッ!」

 『時逆』を握りなおし、真美は横一線、テムオリンを薙ぎ払った。

「そん……な……わた、くしが……」

 雲散する金色のマナが、この世界でのテムオリンの最後を隠した。

 そして、誰も居なくなったのを確認すると――

「あ……っいたたたたたたたもーッ! あの子供ババァ本気でやってくれちゃってッ!

 うぅうう……この世界での一張羅なのにぃ……」

 ……これさえなければ、真美は二枚目だった。 

「こんなボロボロな姿じゃ明人さんあえないじゃないですかぁ……

 あっ、でもこっちのほうが色っぽいかな?」

 もはや真美の頭の中に、テムオリンの姿は無い。

 今の真美の思考は、今の格好を利用して、どうにか明人を落とせないかという、

 非常に真っピンクな思考である。

 正直、テムオリンが報われなくて仕方がない。

「マミ」

「ふぇい!? あ、アセリア……」

 非常に情けない声をあげ、真美が振り返ると、そこにはアセリアが不思議そうな表情で

 立っていた。

「ん……終わったなら、一緒に行こう。奥に……明人の所に」

「……ええ、そうですね。明人さんの勇姿、この目に焼き付けて惚れ直しましょう」

 

 

 後編へ……

 

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