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最終話 光――闇を払いのけ(前編)

 

 

 日差しが地平線から顔を覗かせ、眩しい。

 この夜明けから、部隊はもう展開していた。

 北はラキオスから、南はサーギオスまで。

「ここの指揮はヒミカ、ハリオンに任せる。セイグリッドはネリー、シアー、ヘリオンを連れて、

 他のスピリットと共に最前線で敵の足止めを」

 せわしなく他のスピリット、兵士が動く中、明人は部隊を分けていた。

「任せてください、アキトさん。必ず、ここで敵を食い止めてみせます」

「アキトさんもぉ、気をつけてくださいねぇ? 死んじゃったらぁ、メッ、ですよ?」

「ああ、こっちも任せてくれ。できるだけ早く、敵中心部を叩いて帰ってくる。

 セイグリッドも、無茶はしないでくれよ」

「はい。ネリーちゃんやシアーちゃん、ヘリオンちゃん達と、絶対に生き延びて見せます」 

 四人は顔を見合わせると、頷き、それぞれ展開する。

 ヒミカ、ハリオンはこの場の部隊に指示を。

 セイグリッドは待っていたネリー、シアー、ヘリオンと合流し、この場をあとにした。

 ここはラキオスから南西へ大きく離れた、ソーン・リーム自治区の街、ニーハス。

 すでに大陸全土に展開したスピリットを迎え撃つべく、明人達は部隊編成をしていた。

 いわゆるここは、前線拠点といえよう。

「セリア、ナナルゥ、クリスはエーテルジャンプでサーギオスに展開した敵の駆逐を。

 セリス、アリア、カグヤ、ミリア、クォーリンはマロリガンのミエーユを中心に

 展開してくれ。二部隊とも、広範囲をカバーしなくちゃダメだけど、頼むぞ」

「了解しました。それじゃ、他のみんなと打ち合わせをしてきますので」

「……任せてください」

「フェイトとアイラの分は、私が補ってみせます。ですから」

「無茶はしなくていい。アイラだって、言ってただろ? 自分のできることを、やる」

「……はい。すみませんでした。それでは私も、部隊へ向かいます」

 セリアの背後に続くよう、ナナルゥは歩みを進める。

 クリスはそう、最後に言い残してセリアに追いつき、話を始めた。

 タキオスとの戦いの後、結局、フェイト両腕は回復を見せなかった。

 それでも戦場に行くというフェイトを抑える役として、アイラをラキオスへ残し、

 クリスは部隊へと合流していた。

「結局の所、一番私達が広範囲をカバーしなくちゃダメなのよねー」

「それだけ、信頼されているんですよ。さっ、ミリア姉さん、皆さんに伝えに

 行きましょう」

 クォーリンに促され、ミリアはセリス、アリア、カグヤ待つ小隊へ戻っていく。

 ソーン・リーム自治区に隣接していたマロリガンは、他の地域に比べて比較的

 多くのミニオンが潜伏している可能性がある。

 そこに、精鋭と呼ばれた隊員を多く向かわせるのは、当然であろう。

「ファーレーン、ニムントール、パーミアはイースペリアを。そこが最終防衛線になる。

 必ず、そこで敵を食い止めてくれ」

「わかりました。誰一人、欠けることなく……戦いを、終わらせます」

「お任せください。あそこは、多くの同胞が眠る地です……荒らさせません」

 ファーレーン、パーミアが力強く答え、去っていく。

 これでほぼ、大陸の重要拠点は押さえられただろう。

 そして残った、

「アキト、行こう……あたし達の手で、戦いを終わらせるために」

 『永遠』のアセリア――

「もう、無意味に傷つくことの無い世界を手に入れるため、行きましょう。アキト様」

 『聖緑』のエスペリア――

「これ以上、この世界で命が散っちゃダメ……みんな、みんな生きてるんだもん!

 行こう、パパッ!」

 『再生の炎』オルファリル――

「これ以上、無益な血を同胞に流さすわけには行きません。全てのスピリットを

 開放するため、参りましょう、アキト殿」

 『深遠の翼』のウルカ――

「ここまできたら、誰かが傷つくための戦いじゃなくて、誰かを救うための戦いを

 しなきゃね! 明人、遅れんじゃないわよッ!」

 『紫電の煌き』美紗――

「それぞれ思うところは多々にある。が、今は一つの目標に向け、無心で駆ける……

 行こうぜ、明人。たまには熱くなるのもいいだろ」

 『烈風の守護者』の空也――

「やつの好きにはさせません。どちらが上か、今度こそ白黒はっきりさせて上げます……

 行きましょう、明人さんッ!」

 『時詠』の真美――

「……ああ。行こう、みんなッ! この世界に必要の無い秩序を俺達が壊し、

 救う戦いに!」

 そして、『聖賢者』明人。

 彼らに託された、全ての大切な人たちの願い。

 ソーン・リーム自治区最奥地――キハノレに向かい、敵エターナルを全てこの世界から

 駆逐。

 戦いの早期決着を目指し、最小限の人数で攻略を開始する。

 この世界での戦いを、終焉へ向かわせるため。

 そして全てのスピリットを開放し、レスティーナの掲げる大陸の平和へ向けて、

「秋一……ッ! 決着を、つけるぞッ!」

 駆け抜ける。

 

 

 決戦のときだった。

 まさに総力戦。日が昇りきり、明人達が吹雪の吹き荒れる雪原へ足を踏み入れたのを

 皮切りにして、各地で潜伏していたミニオンも一斉に行動を起こしていた。

 

 

「ネリーちゃん、シアーちゃんはワタシとヘリオンちゃんに続いてッ!

 不意打ちに備え、後方の警戒も怠らないようにッ! みんな、行きますよッ!」

 敵影迫る中、セイグリッドが指示を飛ばす。

「はいですッ! セイグリッドさんッ!」

 ヘリオンが純白の翼を広げ、セイグリッドに続く。

「りょーかいッ! シアー、殿に行くよッ!」

「う、うん……ッ! お姉ちゃん……ッ!」

 ネリー、シアーはセイグリッド、ヘリオンに続くスピリットを見届け、後方に回り込む。

 続くスピリットと視線を交わしながら、互いの無事を無言で約束しあい。

 

 

 隊員が情報を伝えてきた。

 セイグリッド達が動いた、と。

「動いたわね……ハリオン、前線に一度、顔出すわよ。相手の出鼻をくじいて」

「後の展開を有利に、ですね〜? 了解しました〜」

 それを聞いたヒミカは『赤光』に炎を纏わせ、臨戦態勢。

 ハリオンもそれに習うかのごとく、力を解放し、ヒミカと共に、前線へ。

 互いに信頼できるパートナーの言葉に、向かい合い、頷きあい、

「いくわよ、ハリオンッ!」

「はいは〜い♪」

 

 

「来たわね……共同戦線は初めてだけど、よろしく。クリス」

 エーテルジャンプによりサーギオスに到着し、まもなく前線に立つ三人。

 セリアがまず、そう言葉を投げかける。

「……よろしくお願いします……」

「ええ、こちらこそ、セリア、ナナルゥ。では、私が最前線に少数ででます。

 セリアとナナルゥは討ちもらしをお願い。みんな、行くわよッ!」

 有無を言わせず飛び立つクリス。

 その意向を読み取った元サーギオスの隊員達が、それに続く。

「……無茶はするなって、アキトさんに言われたでしょうに……ナナルゥ、支援お願い。

 様子見がてら、私も行ってくるわ」

「……了解。ここは、まかせて……」

 

 

「……ッ! 敵です……ッ!」

 小さな体がビクッと振るえ、いち早く敵の襲撃を知らせる。

「そうねぇ、セリスちゃん。んじゃ、アーちゃんとカグヤちゃんは最前線へ行って、

 引っ掻き回して。そこに私とセリスちゃんで援護。クーちゃんは遊撃。お願いね」

 あっけらかんと、まるで当然のように的確な指示を主要メンバーに放つミリア。

「あいわかったぜ、ミリアの姉貴」

「じゃ、いっくよーッ! カグヤ、遅れないでよねッ!」

 ミリアの指示を受け、ハイロゥを出現させ羽ばたく二人。

「なにいってんだよ。てめぇこそ、遅れんじゃねえよ」

「ふーんだッ! じゃ、みんな行ってきまーすッ!」

 カグヤに返され、アリアはむくれっ面のまま飛び立ち、敵陣へ。

 カグヤもやれやれといった表情でその後を追う。

「……結局、私が一番大変な役所なんですよね……はぁ、中間管理職って奴ですかぁ……」

 その二人に続くスピリット達を見送りながら、クォーリンが呟いた。

「大体遊撃って簡単に言いますけど全部の役どころこなさなきゃダメなんですよ?」

「それだけ信用されてるってことよ、クーちゃん。ほらほら、ボーっとしてないで

 アーちゃん達の援護行って、帰ってきたら怪我した人の手当てね」

「……もう、いいですよぅだ……はあ……せめてウィングハイロゥが欲しいですよ……」

 

 

「……他の場所では、ミニオンが展開したみたいですね。報告、ありがとう。

 自分の持ち場へ戻り、敵襲に備えてください」

 パーミアに言われると、情報を伝えに来てくれたスピリットは頷き、帰っていく。

「ファーレーンさん……大丈夫、だよね……?」

 心配そうに、ニムントールが言う。

 ここは、比較的安全といえる場所だ。

 気がかりなのは、他の場所に配備された仲間のこと――。

「ええ……みんなで、帰りましょう。みんなで、必ず……ッ!」

 そんなニムントールに、ファーレーンは力強く答える。

「そうです。私達は、私達なりの最善を尽くす。そうすれば、結果は、

 ついてくるはずですよ」

「う、うん」

 

 

 大陸全土を巻き込み、戦闘が開始される。

 主力メンバーのほかにも、自主参戦のはずであるのにもかかわらず、

 多くのスピリットが参戦をしてくれたおかげもあり、戦力的には負けていない

 はずである。

 あとは、どれだけ早く、明人達が敵エターナルを倒すかによって、大きく、

 戦況が動くだろう。

 その見えない重圧を担い、明人達は全力で、キハノレへと駆けていく。

 迫りくるミニオンを討ち払い、退け、速さを緩めることなく進攻していく。

 そしてまず、二つの大きな気配を感じ取った。

 ミニオンとは違う、比べ物にならないほど強大な、マナの蠢き。

 一人は筋肉質で巨体の男性。

 一人はスタイルのよい女性。

 男性の方は、空也を見つけると実に嬉しそうに笑う。

 女性の方は、美紗を見つけるとその覆面に覆われた下の表情を緩ませる。

「さあ、ここでお前は足止めだ、空也ッ! 今日こそケリをつけようぜぇッ!」

「……宿敵、ここで決着をつけよう。お前とは白黒はっきりさせたい」

 レイジスの『再来』に火が灯り、まるで感情を表しているかのように足元からも

 炎が上がる。

 パーサイド半身で腕を組み、ただ静かに、そう言い放った。

「まっ、というわけだ。明人」

「ここはあたしらに任せて、さっさと進んじゃってッ!」

 空也も美紗も、ご指名を受けやる気満々だ。

「でも美紗、空也――」

「オレはオレ。お前はお前。人にはやるべきことが必ずある。お前はそれをやってこい。

 柄にもなく心配そうな声出しなさんな、明人」

 と、余裕を見せつつ空也は先に行け、と『応報』を掲げ、促す。

「小難しいことは言えないけど……とにかく、頑張って秋一とケリつけてきなさい!

 ビシーッと、決めてきなさいよッ!」

 美紗も、『依存』をあわせ、紫電を放つ。

 そんな二人にもう、かける言葉が見つからない。

「さあ、お望みどおり、オレ達が相手してやるよ、レイジス」

「ホントのホントに、ここで決着つけてあげるわッ! パーサイドッ!」

 

 

「――ッ! アキト殿ッ!」

「ぅぐ――ッ!?」

 いきなり襟首をウルカに引っつかまれ、一気に引かれる。

 刹那に響く、金属音。

 ウルカの『深遠』が火花を散らし、明人の迷うことなく首元を狙った凶刃を受けている。

 その持ち主は、いたく無表情。

 まるで感情など、世界の果てに置き忘れてきたかのようだ。

 あまりに急な奇襲に、ウルカは手を放し、明人をこの場から撤退させる。

「まさか、僕の奇襲に反応するとはね。いいよ……それでこそ、僕が殺す価値が

 あると言うものだ」

「メダリオ……ッ!」

 気合とともに、ウルカはメダリオを弾き飛ばす。

 バランスを崩さず、メダリオは着地し、ゆらりと腕をたれ、自然体の構えを取る。

「アキト殿ッ! ここは手前が引き受けますッ! ですから、先に」

『負ける気は無い。主にその要素はありませんから。だから、先へ』

 ウルカの力強い声と、『深遠』の自信満々な声。

 二つが促す。

「……ウルカ」

「いいのです。アキト殿には、クウヤ殿のおっしゃるとおりやるべきことがあります。

 ですから……手前に背中を預けてください」

「……わかった。ウルカ、ありがとう」

 

 

「ん? あ〜ッ! 見つけたよー♪」

 ウルカを残し、先へと進むと、オルファが急に声を上げた。

 明人が何をと訊く前に、それは出現した。

 出現はしたが、オルファの嬉々とした表情の意味がわからなかった。

 もはや人外の風貌。

 その体の中央には巨大な瞳があり、その頂上には王冠のようなものが乗せられている。

 その王冠から力を感じる。どうやら、あれが永遠神剣らしい。

「……なあ、オルファ」

「パパぁ、ここはオルファにおまかせー♪ ントゥちゃんは、オルファが倒して、

 ペットにするのー♪」

『……オルファ、あなた、本気で言ってるの?』

 明人も『再生』の意見と同じ意見だった。

「うん♪」

『……もう、何も言わないわよ……行って、聖賢。ここは私が抑えるから』

『ぬぅ……再生、お前の主、大変な性格になったものよのぅ』

『同情なんていらないわよ。とりあえず、倒すことには変わりないから』

 

 

 釈然としない気持ちのまま、歩みを進める明人達。

「ッ! この、マナの流動は……」

「? エスペリア、どうした?」

 極寒の地であるのにもかかわらず、ここまで倒してきたミニオンのおかげで

 すっかり体が発熱してしまった。

 頬を伝う汗を拭いつつ、明人は雪原の向こうに視線を向け、声を放つエスペリアを

 気にかけた。

 じわじわと、明人も感じ始めていた。

 マナの流動が、端的な表現をすれば、腐り始めている。

 非常に心地の悪いマナだ。

 そんなマナを、エスペリアは知っていた。

 地を腐らし、戦いの場を自分の持つ神剣と同じ名前に変えてしまうエターナルを――

「ッ!」

 エスペリアの足元から、まるで杭のように先のとがったツタが出現し、狙う。

「エスペリアッ!」

 一瞬の判断力は、どうやら相手よりも明人のほうが上回った。

 エスペリアに届く直前、先端を『聖賢』が消し飛ばす。

「なんだい、男に護られなきゃダメだってのかい? 情けないねぇッ!」

 いつ、接近を許したのか。

 気付けばそこに、ボンテージに外套を羽織った女性――エターナルが立っていた。

 アイマスクで隠されてはいるが、それでも口元、輪郭、どれをとっても美人、

 といった表現があうだろうか。

「……いいえ、そんなことはありません」

 音もなく、明人の一歩前にでるエスペリア。

「先日のわたしだとは思わないでください。アキト様、この方はわたしが」

「いい度胸じゃないか。それにその表情……苦痛に歪むのが楽しみだよッ!」

 

 

「はぁ……はぁ……」

 肩で息をする明人。

 ここに来るまで、少数ではあるがミニオンの襲撃があった。

 いずれも奇襲で、苦戦は強いられなかったが、精神的な疲労を与えるには十分だ。

『大丈夫か。明人よ』

「まだまだ、これぐらいでへばってられるかよ……ッ!」

 明人達は目の前に、静かにたたずむ遺跡。

 この中から、強大なマナを感じる。

 大陸中のマナ。

 そして、三つの知る気配。

「アキト」

 アセリアが、近づいてきて、話しかけてくる。

「いる……『黒い刃』が、あたしを待ってる」

 先日、サーギオス付近に襲撃をしてきたタキオスの気配に気付くアセリア。

「それに、あいつと……『世界』の坊やだけみたいね。余裕なのでしょうが、

 それが間違った選択だと、わからせてあげましょう、明人さん」

 あいもかわらず、あのテムオリンと激しく対抗意識を燃やしている真美。

 明人もわかっていた。

 その三つの気配に加え、オルファの――いや、リュトリアムのもっていた『再生』の

 レプリカだけ。

 テムオリンの絶対の余裕からだろうか。

 本陣の護りは自分達だけで十分、残ったミニオンは全て展開させる。

「なめられてんのか……それとも罠か」

「たぶん、前者だと思います。さあ、行きましょう。王手はあと、数手です」

 

 

 前に来たときと変わらず、不思議な空間だった。

 以前と違う所は、異常なほどこの空間はマナに満ち溢れているということ。

「ようやく来たか。待ちわびたぞ」

 深部へ進むにつれ、深まるマナ。

 そして一つの広い空間に出たと思うと、そこには、『黒い刃』がいた。

「さあ、誰でもいい。俺は、いつでも戦えるぞ」

 無言で、アセリアのハイロゥが開いた。

 アセリアも、ここまでミニオンとの戦いでテンションはいつでも戦闘に入れる。

「アキト、任せろ。こいつは、あたしが倒す」

「面白い。どうやら、力をつけてきたようだな。あのときよりも面白い戦いを」

 広がる殺気。

 それが戦いへの合図だった。

『くるわよ、アセリア』

「わかってる……ッ!」

「しようではないか。俺を、楽しませてくれ」

 

 

「仲間を見捨てて、ここまできましたか?」

 全てを見下したような声だ。

 通路を進み、同じく広い空間に出たと思うと、その声が上から聞こえてきた。

「なんだかんだで、薄情な人達ですわね」

 無重力を感じさせる動きを持って、声の主――テムオリンは降りてくる。

「何勘違いしてんだよ、おばさん」

「な――お、おば……ッ!」

 視界に捉えた時点で、明人はそう言い放つ。

 その最大限の侮辱の言葉を受け、テムオリンの表情が怒り一つに染まった。

「俺らは見捨ててじゃない。託してここまで来たんだ。全てを終わらせるためにな」

「よくぞ言いました、明人さん。思わず惚れ直しそうになりました。あっ、いえ、

 今も惚れているんですが」

 さりげなく告白しつつ、真美が前に出た。

「さっ、テムオリン。今度こそ、決着をつけましょう。手加減はしてあげませんからね」

「……言ってくれますわね……ッ! このおばさん……とは言っても、胸部は相変わらず、

 お子様並みですけどね」

 行けと言われる前に、明人はすでにこの空間から先に進んでいた。

 悪鬼のごとくぶちキレた真美が、オーラフォトンをぶっ放し、すでにそこは戦場に

 変わっていたから。

 そこには感慨もへったくれもあったものでは、なかった。

 

 

「さてと。あんま時間かけられないんでね、とっとと始めようぜ。レイジス」

「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。俺も気は短いんだ。やろうぜ、クウヤッ!」

 空也の足元にマナが宿り、スッと体が浮く。

 レイジスの足元にも同様にマナが集まり、いつでも突っ込める体勢だ。

「……こい、宿敵」

「言われなくとも、よッ!」

 パーサイドが口元に巻きつけている布を正しながら、美紗は紫電を弾けさせる。

 四者とも、臨戦態勢。

 この戦場に、静けさなど求めることができない。

 刹那に響く、炸裂音。

 それが当然のように、戦闘開始の合図だった。

「いっくぜおらぁああああッ!」

 レイジスが舞う。

 その先にあるのは、鉄壁を誇る『守護者』の城壁。

「相も変わらず、一直線すぎなんだよッ!」

 熱気纏うレイジスの拳を風の障壁で受ける空也。

 しかし、先回と違う。

『く、空也さ〜ん……お、おされてますよ〜?』

「わかってる……ッ! オレも舐められたもんだな……力、あれで抑えてたのかよ」

 力が、先回接触したときと、まるで違った。

 オーラフォトンと大気圧によるバリアが軋む。

 レイジスの一直線の力が、空也を押し始める。

「こないだは悪かったなぁ……ッ! だがなッ! 今日は久々にッ!」

 亀裂が走り、いよいよ限界が見える。

「この世界で出せるだけの本気で行ってやるぜッ! クウヤァッ!」

 弾け飛ぶその一瞬、空也が飛びのき、炎の拳をかわす。

 ギラギラとした鋭い視線が、その姿を追う。

 再び爆炎を放ちながら爆ぜるレイジス。

「おらッ! おらッ! おらおらおらおらおらッ!」

 一撃必殺が何度も襲い掛かってくる。

 一度でも直撃すれば、まず助からないであろう必殺の拳だ。

 炎を纏いながら、右拳が踊りかかる。

 ふりぬかれると同時に、左拳が鋭く飛んでくる。

 どれも間一髪だった。

 しかし――

「だあらぁあッ!」

「――ッ!?」

 腕だけではない。足からも攻撃が飛んできた。

 完全に、腕のみだと思っていた。故の油断、不意打ちだった。

 その不意打ちもまともに喰らうわけにはいかない。

 障壁を急遽展開し、大気の力も織り交ぜ鉄壁を形成する。

「ぐぅ――ッ」

 展開が甘かったか。

 それともレイジスの『本気』が勝ったか。

 衝撃と共に打ち砕けるオーラフォトン。

 その向こうでは、超速の戦いが繰り広げられていた。

 こちらは対照的に、短く響く金属音。

 地に付く足音は皆無。

 ただ一瞬、光を見せる紫電と金属音のみ。

「さすがだな……それでこそ、倒し甲斐がある」

「攻撃当たんなくてイライラしてんのッ! 今話しかけてくんなッ!」

 ただ、美紗の声がこの戦場ににぎやかさを加える。

 幾度目かの金属音のあと、二人はある程度の距離を挟み、足を止めた。

 短刀を構え、冷たく光る細い瞳を美紗に向ける。

 それを睨み返すように、苛立った視線を交わらせる美紗。

 何度も過激なアプローチで攻めている美紗であるが、それをパーサイドは悉くいなす。

「『依存』ッ! 遠慮いらないわ……ッ!」

 バチ、バチバチ、と美紗の周りに紫電が顔を覗かせる。

 相当、頭にきているらしく抑制が利いていない。

「あっち巻き込まない程度にここらへんぶっ飛ばすわよッ!」

 その美紗の両手の平にマナが集まり、雷が形成される。

『おい美紗、あんまりとばすな。後半もたねぇ――』

「うるっさいのッ! ここで決めりゃいいのッ! マナよ、我が命に従え……雷光となり、

 天空より数多に降り注げッ!」

 大きく息を吸い込んで、両腕を目いっぱいに広げる美紗。

「……ほう。さすがに、凄まじい力だな。だが」

「サンダーストームッ!」

 パーサイドの言葉半ばに、美紗は広域殲滅魔法を放つ。

 美紗の眼前に、もはや回避不能なほど雷が降り注ぎ、パーサイドを瞬く間に飲み込んだ。

 地面が炸裂し、土煙を上げ、地形を変えていく。

 そして嵐が過ぎ去り、立ち上る土煙の中に見えるのは――

「ッ! そん、な……」

 人の形を保つ影が一つ。

 それを誰というまでもない。

「私にはもう、通用しないぞ? お前の雷などな」

 パーサイドは薄い、オーラフォトンと『何か』の膜に包まれ、無傷だ。

 その薄い膜が弾けると、地面に染みを作る。

『……やられたな。まさか水を使って美紗の雷を防いでくるとは』

「水……? なんで水が電気通さないのよッ! おかしいでしょうがッ!」

「面白い事を言うな、宿敵。もう少し雑学を増やしても、誰も文句は言わないぞ?」

 薄く笑いながら、パーサイドが言う。

「お前の言う水は、確かに電気をよく通すだろう。だがそれは水自体が通している

 わけではない。水そのもの――すなわち『純水』は、絶縁体。故に」

 先ほどまでとは対照的に、えらく緩慢で、余裕な動きをとるパーサイド。

 しかし美紗は、この動きにも反応できない。

「お前の雷は、無意味だ。水遁――針となり、穿ち貫け」

 これで、ほとんどの美紗の遠距離攻撃が封じられたようなものだったから。

『おい美紗ッ! ボーっとしてんじゃねぇッ! 来るぞッ!』

「へ――くぅッ!?」

 パーサイドの足元から、無数の水滴――否、無数の、超高圧の水によってその形を

 形成する針が美紗目掛け弾丸のように襲い掛かる。

 とっさにオーラフォトンを張るが、時間も足りなければ、それ以上に美紗にその弾丸を

 受け止められるほどの技量はない。

「きゃぁああああッ!」

「殺る……ッ!」

 貫通し、美紗の制服を、プロテクターを傷つけひるませた瞬間、パーサイドが突撃する。

「――ッ! 美紗ぁッ!」

 その光景に、思わず空也は声を張り上げた。

 目の前にいる敵など、もう、目に入っていなかった。

「み――ぅぐぁッ!?」

「いつからお前は俺を無視できるほど強くなったんだ? あぁ?」

 この実力以上の力を引き出さねばいけないときに、誤算だった。

 一瞬。

 その隙すら危ういというのに、接近を許し、そればかりか首根を捕獲されてしまった。

「まあ、勝負は勝負だ。所詮、お前はその程度だったか」

 レイジスの手にマナが集中する。

 あの空也の顔が、明らかに引きつった。

 今まで感じたマナが、首筋に集まっているのだ。

「最後だ。俺の持てる最大の技で締めてやるよぉッ!」

 熱い。

 首筋に感じるのは、紛れもない炎。

「炎獄のぉ……ッ!」

『空也さぁんッ! き、危険ですッ! 空也――』

「焔ぁッ!」

 無慈悲に響く炸裂音が『応報』の声を遮り、空也の首元で響き渡る。

「ッ!? 空也ッ!?」

 それに気付いた美紗もまた、声を張り上げた。

 爆炎に隠れ、空也の首より上は、確認できない。

「終わりだ」

「――ッ!?」

『美紗――この馬鹿ッ! なによそ見して――』

 見開かれる美紗の瞳。

 至近でその声が聞こえたと思うと、美紗の背中から、『異端』が顔を覗かせていた――

 

 

 相手はいつでも無表情。

 感情という言葉は、どうやらどこかに置き去りにされてしまったらしい。

 しかしその感情がないからこそ、感情が読み取れないからこそ、ここまで――

『苦戦するのは、意外だ』

 『深遠』の言葉のとおりだった。

 前回剣を交えたときに感じていたことでもあったが、

「どうしたんですか。あなたの実力はその程度?」

 このメダリオの剣筋、不気味以外に何を感じ取ることができよう。

 合わせるたびに感じられるのはただひたすらに、純粋なる殺意。

 心を喰われたスピリットでも、ここまで純粋な殺意を持っていることはない。

 心を喰われたとしても、少しでも感情は残っているはずだ。

 なのに――

「それすら、感じられませぬか……」

 メダリオから流れ込んでくる気配は、それ以外に『何も』感じられないのだ。

 今は距離を離した。

 体力的にも、実力的にも劣っている存在ではないのだ。

 感情を殺した者が到る極地を見せられているような感覚だ。

 すでに、畏怖すら覚えることができよう。

 戦闘区域もお互い、有利不利の差はない。

 戦闘スタイルはお互い似ている、といっても過言ではないから。

「あなたは、やはり僕が思った以上の人ですね」

 唐突に、メダリオが話しかけてくる。

「なんというか……そうですね。あなたと剣を合わせるたびに感じますよ」

 光すら飲み込むように感じる一対の瞳が、ウルカを捉えた。

「強さの中に秘める恐怖に怯える心……そしてそれを真っ赤に咲かせたときのことを

 想像するだけで……ああ、このような充実感は何周期ぶりでしょうか」

「――ッ!」

 まるで瞬間移動したように、はたから見れば見えたであろう。

 ウルカの目の前に現れるメダリオ。

「散らせましょう。あなたの、その体を」

 双剣『流転』の切っ先が横殴りに、身をかがめるウルカの銀髪を掠め取る。

 気配などまるで感じられない。純粋な殺気に当てられ、感覚が麻痺してしまったか。

 否。

 麻痺などせず、ただこの場の感覚に『馴染みすぎた』結果だ。

 

 ――殺す――

 

 ただそれのみに特化された気配はその存在すら察知することを許さない。

 予備動作はほとんどない。

 見てからの反応はとてもじゃないが許される相手ではない。

 攻撃の手を休めないメダリオ。

 逆の手による縦一線の斬撃。

 すでに避けるので手一杯だった。

「く――ッ」

 寸前で、身を投げるようにして回避するウルカ。

 ハイロゥを展開し、バランスを保ちつつ、切り返しを図る。

 空中で体を捻り、足がつくと同時にエーテル粒子を撒きながら居合いの構えで突撃。

「一閃……いきます。星火燎原の太刀ッ!」

 間合いに捉えた瞬間、無数に光り輝く剣閃がメダリオへ放たれる。

 その一発一発は、一太刀でも通れば問題なく致命傷へ至るほど精密な攻撃だ。

 神速と称されるウルカの太刀捌きは見事の一言に尽きる。

 だがしかし、すべてがすべて、同じ数の金属音によって阻まれる。

 まるで変化の見られないメダリオの表情。

 しかし行っている防御は、凄まじい動きを見せている。

 この際、永遠神剣の形状が二本だということは判断の材料には入れない。

 そうでなくとも、きっとメダリオは防ぎ切ったであろう。

 たまたまこの形状だった、といった見解が正しい。

 ブラックスピリットの持てる最高の技を持ってしても、抜けない。

 ウルカのその、

「甘いです」

「ッ!?」

 一瞬の気の迷いを見切られた。

 『深遠』を一際強く弾くと同時に『流転』を一気に突き出してくる。

 突如とした攻防の逆転に、回避が遅れた。

 薄く頬を裂かれ、鮮血が舞う。

 そしてメダリオはそのまま踏み込んで、一気に腕を広げるように斬る。

 それはウルカの首を捕捉――するまでには至らない。

 残像だ。

 離れた位置に着地するウルカ。

「さすがですね。ですがそろそろ、殺されてください」

 メダリオから流れる不穏なマナに、警戒を解くことすら許されない。

 なにかはわからない。が、なにかが来ることは確か。

「僕の『流転』は、全てを押し流すよ。そして、それを防ぐ手立ては」

『主ッ! 上昇して――早くッ!』

「あなたには、ありません」

 刹那、超高速で放たれる水流が、ウルカの立ち位置を飲み込んだ。

 まともに喰らっていれば、ひとたまりもなかったであろう。

 それほどの威力を孕んでいた。

 ギリギリのところで、唯一の逃げ道である上空へウルカは羽ばたいていた。

 お互いにこの回避行動のあとは予測できていたのだろう。

 ウルカはメダリオの斬撃を受け止め、追撃をかわす。

 空中戦ではハイロゥの分だけ、ウルカのほうに分がある。

 火花を散らしながら『深遠』で『流転』を抑えつつ、空中で半回転し、

 叩きつけるようなけりをお見舞いする。

 衝撃を加えられつつ落下し、着地と同時に跳ねるメダリオ。

 ダメージは皆無だ。

 逆にゆっくり舞い降りるウルカ。

 明らかに疲弊の色が窺えるのは、ウルカのほうだ。

「そろそろ、大人しく殺されてください。勝負は、見えましたよ」

 先ほどと同じようなことを述べながら、休むまもなく構えるメダリオ。

 このエターナル、疲れと言うものを知らないのだろうか。

 思わずウルカはそう思ってしまう。

 その眼はウルカを捉え、そして――

 

 

※ここからはントゥシトラの言葉を通訳してお送りします。

 

 

 一人と一匹(?)。

 それがこの場を表すのに、一応適した言葉であろう。ああ、(?)を含めて。

「ントゥちゃんって、なに食べるの? 好きなものは? オルファのペットになると、

 毎日それ食べさしてあげる♪」

『……僕はペットって言うのになる気はない』

 言葉を発しているのはオルファのみ。

 ントゥシトラは直接頭に話しかけてくるものだ。

 どうやらントゥシトラは、言語を放つ機能を携えていないらしい。

「えー、なんでー? 理由は?」

 結構な無理難題である。

 しかしオルファは何の悪気もなしに、それをントゥシトラに投げつける。

『それよりなんで僕をペットにしたいの?』

「可愛いからッ!」

 ントゥシトラの問い返しに、目をきらきらと輝かせ、オルファ、即答。

『可愛い……?』

「そうッ! だからオルファ、ペットにしたいのー♪」

『オルファ、ダメなら』

 ここでようやく、黙っていた『再生』が言葉を発する。

『力ずく、って言う方法がいいんじゃない?』

 結構、物騒な言葉だった。

 

『なんでそういう方面に持っていくですか?』

 

 すかさずントゥシトラは『再生』のみに語りかける。

 

『ちょうどいいじゃない。このままジリ貧よりは』

 

 しれっと『再生』は返した。

「んー……そー、だねッ! と言うわけでントゥちゃんッ!」

 そして、助言を受けたオルファは戦闘態勢。

「消えちゃわないように、頑張ってね♪」

 瞬間、お互いの足元から炎がうねりを上げる。

 その質、量はこの世界で構築できる最高峰のものだろう。

 それに比例し、辺り一帯はまるで溶岩の中と惑うほどの熱を帯び始める。

 辺り一面雪景色だったはずなのに、すでにこの場は地面が顔を覗かせている。

 さらにその雪の下に、力強く芽吹いていた植物らしきものが、一瞬のうちに蒸発した。

 ここはすでに、別世界だ。

 何の気もなしにこの場に近づく生命体は、一瞬にして灰燼と化すであろう。

 レッドスピリットすら近寄ることを許さないフィールド。

「ライトニング・ファイアーッ!」

 そこでオルファが、雷を纏わせた炎の塊をントゥシトラに放つ。

 先制攻撃であるそれはようやく覗かせた地面を焦土とし、まっすぐ目標へ駆ける。

 しかしントゥシトラは『避ける』という予備動作をしない。

 直撃し、撃ち貫いた。

 その異形の体を仰け反らせ、体液を多くはじき出す。

 だがしかし。

 すぐさま体勢を立て直すントゥシトラ。

 一瞬途切れた炎も、すぐに復活し、まるで何事もなかったかのようだ。

「え……? 効いてないの!?」

『ッ! オルファ、上ッ!』

「ほえ? なん――」

『いいから、今すぐこの場から離れてッ!』

 言われるままに、オルファは平行に横っ飛びをした。

 すると、どういうことだろう。

 何かが飛来し、音を立てて、地面を溶かしたではないか。

 煙を立てて、それは地面を溶かし続けるものの正体は、液体。

 いや、おかしい。

 今、この空間で液体が存在していること自体が。

 この空間に存在を許されるのは、オルファと、ントゥシトラと、

 この気温に負けないほどの熱さを秘めた炎ぐらいだ。

『これは……ントゥシトラの体液?』

「えぇ? ントゥちゃん……戦ってる最中にそれは」

『変な勘違いしない。僕の体液――血液は、炎のように熱いもの。うかつに攻撃すると、

 自分が燃えちゃうからね。でも、何にもしなくても』

 空間がねじれた。

 さらに気温が上昇する。

 オルファはぐるりと見渡すと、無数の『目』が、こちらを睨みつけている。

 それはントゥシトラの大きな瞳とそう変わらない――まさか。

『僕の『炎帝』の力で、燃やし尽くすけどねッ!』

 その目から一斉に放たれる、すでに閃光と化した炎たち。

 オルファは、しかしあえて冷静になって、『再生』の上に座り込み、大きく跳躍。

 ントゥシトラの攻撃を逆に利用し、上方への逃げ道を確保する。

 だがそのような簡単な逃亡、ントゥシトラが計算に入れていないはずがなかった。

 オルファが頂点に着いたそのときを見計らったかのごとく、炎の渦が踊りかかった。

 ントゥシトラのふもとから放たれる、凶悪な炎だ。

 当然、回避の手段はない。

 ントゥシトラは自信を持って、自身の勝利を確信した。

 しかし。

 成り立てとはいえ、オルファは、もともとエターナルだった存在。

 そのントゥシトラの知恵をも上回る行動を、まだ携えていた。

 白く、丸い物体。

 それがントゥシトラの大きな目で捉えた、攻撃しをしたあとに見た最初のものだ。

 半透明で、その中には、無傷のオルファが『再生』に腰掛けている。

 ゆっくりとした動作で降りてくるそれは、どこかで見た事があるような、ないような。

「あっぶなかったー。ぴぃたん、ありがと」

 着地し、その物体の中から出てきたオルファの言葉は、これだった。

 オルファの排出を確認すると、それはまるで風船から空気が抜けていくようにしぼんで、

 元あった大きさに戻る。

 それは、オルファの周りをいつも取り巻いている、ハイロゥだ。

「んー……やっぱり、今はやめとく」

 人差し指を頬に当て、オルファは少しうなったあと、そう言い放った。

 そして次には、打って変わって真剣な面持ちとなる。

「ントゥちゃんペットにしたいけど、オルファ、本気出さなきゃ抑えれない。

 オルファ、ここで負けるわけにいかないから」

 

 

 すでにこの場は侵食され始めている。

 居心地が悪い。

 それだけならばまだいいが、力も、どうやら奪われている。

 しかし対峙する相手は、いたって元気だ。

 そう。

 彼女こそが、この不浄の大地の支配者である。

「すぐにマナには還さないよ。その顔が苦痛に溺れる様をしっかりあたしが

 見届けてからだよ」

 支配者は手に持った鞭――永遠神剣第三位『不浄』をしならせ、地面を弾く。

 乾いた音が、そこから聞こえてきた。

「いえ、それは無理なお話です」

 しかしエスペリアも、気迫で負けはしていない。

 翡翠のように深い緑を持った瞳で支配者――ミトセマールを睨む。

 『聖緑』を握りなおし、ゆっくりとした動作で構えを取る。

「はん。いいわよぉ……その気丈な顔が苦痛によがる姿」

 おもむろに、ミトセマールは羽織っているコートを脱ぎ捨てる。

 辺りに広がる雪原のように美しいミトセマールの肌があらわになる。

「あたし見せておくれよッ!」

 しかしそれに見とれている場合ではない。

 脱ぎ捨てられたコートはその身を丸め、空中で塊に変化する。

 それをミトセマールは手に持った『不浄』を使い、エスペリア目掛け弾き飛ばす。

「――ッ!」

 今までにない攻撃方法に、エスペリアは一瞬、判断を遅らせる。

 その判断ミスは、予想よりも大きかった。

 左右に回避しようと動くと、『不浄』で弾き飛ばした際に発生したのか、衝撃波が

 エスペリアの進路を遮断する。

 そして向かってくる球体は、なんと、そのほぼ中心は割れ、口を表すではないか。

 高速で接近してくるそれを回避できなかった。

「く――ッ!」

 エスペリアはその大きな口にのまれる。

「あっはははははッ! あっけないねぇッ! ほら、トドメだよッ!」

 ミトセマールはさらに『不浄』で地面を鳴らす。

 すると、地面の底から植物の茎のようなものが出現する。

 それの先端は鋭く、きっと刺し貫くことに特化していることだろう。

 出現した後の行動は、まさにそのとおりであった。

 一旦、その身をしならせると、空気を裂いて、球体を中にいるエスペリアごと貫いた。

 かのように見えた。

「あん……?」

 ミトセマールは、アイマスクの下で表情を歪ませる。

 いつもならばここで、気持ちいいぐらいの貫通式を見ているはずなのに、今回は、

 それが見当たらない。

 今度はミトセマールのほうに油断が生じた。

 今の攻撃で完全に戦闘不能、いたぶるのみの致命傷を与えたものと踏んでいたから。

 球体が横一線、その身を裂かれる。

 中から出てきたのは、ミトセマールにとって苦々しい表情を作るしかない存在――

「この程度でッ!」

 エスペリアが『聖緑』を振りかぶり、緑色のオーラを纏いながら着地し、駆ける。

 エスペリア自身、今の攻撃を防げたので大きなアドバンテージを得た。

 この息をするのも辛い空間において、一瞬でもミトセマールの油断を誘えたのだから。

 走る体には、予想以上の付加がかかっている。

 この『不浄』の力――予想以上に効果が高い。

 できる限りのオーラフォトンを『聖緑』に集め、そして、

「やぁあああぁあああッ!」

 振り下ろす。

 しかし、ある程度は予測できていた範囲内だ。

 最悪の、意味で。

「この程度かい? はは、あっははははッ! 笑わせてくれるねぇッ!」

 やはり、というべきだろうか。

 ミトセマールの言うとおり、この程度しか、この空間では力が出し切れない。

 もはやここは、別世界と言い切れる。

 『不浄』の空間制御能力は、凄まじく強力だ。

 しかも、使用者にはなんら影響がない。

 これほどまでに、一対一において有益な能力はないだろう。

 両手の空いているミトセマールの腕が自在に『不浄』を操り、エスペリアに襲い掛かる。

 だが、エスペリアもこの程度の攻撃であれば、防げない理由がない。

 作用、反作用の法則で、エスペリアを後方深くへ追いやる。

 もちろん、エスペリアに傷は見られない。

 エスペリアの防御は、効果が薄れているとはいえ、

 ……しかし。

 現状ではとても、互角とはいいがたい。エスペリアにとって、圧倒的に不利な状況だ。

 攻撃も、防御も、文字通り腐食しかけている。

 体力も、立っているだけで奪われていく。

 戦闘の条件が悪すぎる。勝機は、このままでは見出せない。

 しかしエスペリアには――

 

 

 互いに、言葉なんてもはや無粋。そう割り切れる。

 語るべきものは、すべて代わりに剣が語ってくれる。

 最初のやり取りを皮切りに、二人は静かな時を紡ぐ。

 そして一人は純白の翼を広げる。

 そして一人は漆黒のオーラを放ち始める。

 少女はその体躯に似合わない、大きな剣を両手で握り、構えた。

 男はその巨躯と同等の大きさの凶器を振り上げ、振り下ろした。

 緊張感など、ここにはない。

 ただ張り詰めた、コップに限界まで水を注いである、そんな雰囲気だけだった。

 きっかけは何であれ、動きを見せれば、それだけで零れ落ちるであろう。

 まるで、静止画のようだ。

 お互い一歩も、微動だにしない。

 ――いや、少女が先手を取った。

 青い髪をたなびかせ、翼から粒子を放ち、少女は――アセリアは『永遠』を

 担ぐように振りかぶる。

 そして、

「はぁあああぁあああ……ッ!」

 小さな、けれども力強い掛け声とともに振り下ろした。

 この一瞬で、オーラも完璧に形成され、並大抵の防御などその役割を放棄するであろう

 威力が窺える。

 しかしこの男――タキオスは、そのような並大抵という愚凡の域に納まるものではない。

 手にした永遠神剣第三位『無我』を振り上げ、余裕で受け止める。

「ぬんッ!」

 力任せに押し返すタキオス。

 さすがに体格差からして、アセリアは風に運ばれる羽毛のように吹き飛ばされた。

 ハイロゥで空中制御を行いながら、足の裏でしっかりと地の感触を確認する。

 その足の裏でブレーキをかけているものの、相当な距離を吹き飛ばされ、

 ようやく止まった。

 次の瞬間、アセリアは残像を残すスピードでタキオスの背後へ回る。

 しかしこれで裏をかける相手ではない。

 反応したタキオスは、神剣を握る手と反対の手にオーラフォトンを凝縮させ、壁を形成。

 その圧縮されたオーラの密度は凄まじく、アセリアの斬撃をたやすく受け止める。

 今度は自発的に、アセリアは距離を置いた。

 今のでわかる、相手の情報。

 それは――

『とんでもない、相手ね』

「……うん。かなり、できる……ううん、ただ単純に、強い……ッ」

 『永遠』の言う、まさにそれだった。

 アセリアの頬に、運動で発せられるものとは別物の汗が流れた。

 この短時間で、アセリアに微かながら恐怖を与えるその実力。

 半身に構えるそこから放たれる威圧感は、さすが、歴戦の猛者といえよう。

 この短いやり取りでも、十二分にわかった。

 今の攻撃、アセリアは討ち取った、と確信を持っていたのだから。

「よもや、ここまで力を上げてくるとはな……嬉しい誤算だ」

 タキオスが、実に愉快そうに声を放つ。

「さあ、俺の全力を持って相手をしよう。限界を、超えるッ! ぬぅあぁあああああッ!」

 マナの脈動が、ここまで伝わってくるのがわかる。

 まるで、地を揺るがすような威圧感だ。

 この場に流れるマナが、次々とタキオスの中に流れ込み、力となっていく。

 先ほどまでとは比べ物にならないこの力。

「いくぞぉッ!」

 弾丸――いや、これはもう、大砲といっても良いであろう。

 タキオスは巨大なオーラフォトンとともに、『無我』を振りかぶり、間合いを詰める。

 アセリアは一瞬の判断で、『これを受け止めてはいけない』と判断した。

 自分の防御など、たかが知れている。

 しかしタキオスに対して、下手な回避運動は追撃の可能性がある。

 ここは、限界までひきつけるという選択肢を取った方が良いであろう。

 振り下ろされる『無我』。

 その破壊力は、凄まじい限りだった。

 地を大きく揺るがし、少しばかり天井から細かな砂、小さな石が落ちてくる。

 もはや神剣魔法と同等か、それ以上の効果であろうこの攻撃。

 受ければ、そこに立っているもの――いや、存在すら許されないものであろう。

 しかしタキオスの目の前には、

「ん……もらった……ッ!」

 その頬を薄く斬られ、なお臆することなく、『無我』の刀身と紙一重の位置にいた。

 アセリアの一撃必殺の強襲が、タキオスへ放たれた。

 だがしかし。

「ん……ッ!」

「や、さすがにこれは、俺も焦ったぞ?」

 またも左手で防がれる。

 この状況は、タキオスの得物の懐だ。どのような攻撃でも致命傷にはならないだろう。

 だが、アセリアも『永遠』を止められ、何もできないという事実もある。

 お互いに数秒、静寂に身を任す。

 するとまず、タキオスがアセリアの『永遠』を放した。

 続けてアセリアが、ハイロゥで羽ばたき、距離を置く。

「次で……ん。そろそろ、決める……ッ」

 体を強張らせ、アセリアは言い放つ。

 実力差はさほどないが、正直、現状では厳しいであろう。

 経験。

 それは時に、実力に直結するものがある。

 その差は決して娘の短時間では埋めることはできない。

「ほぉ……ならばこちらも、全力を持って迎え撃とうではないか」

 

 

                                   中編へ……

 

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