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「ああ。初めまして、アリア」
 自己紹介をされた事に文句を言いつつ、アリアは笑顔を作って明人に頭を下げた。
「そして……よっこい、しょっと」
「へ――あわわわわッ!?」
 いきなり両脇を掴まれ、ミリアに抱き上げられヘリオンが明人の前まで強制出撃。
「このかわいい〜、小動物みたいな娘が、私達の中でも最年少のヘリオンちゃん。
 でも、強さはお墨付きですよぉ」
「べ、別にそんな事は……って、あわわわす、すみませんですアキト様! 
 みっともない所見せちゃいまして! ヘリオン・ブラックスピリットです!
 よ、よよよよろしくお願いします!」
 と、地面にヘッドバッドをしそうな勢いで頭を下げるヘリオン。
 そして、ゆっくりと頭を上げる。明人の視線を、確認しながら。
 きっと、へんな娘だと思われた、とか思っているのだろう。
 酷く心配そうな瞳だ。
 しかし明人は、ヘリオンがこういった性格だという事はわかっている。
「ああ、よろしく、ヘリオン」
 だから明人は優しく、その小さな頭を撫でながら、答えた。
「はうぅ!? え、ちょ、あ、あき、アキト様!?」
「で、一応訊くが、空也達は部屋にいるかい?」
 ヘリオンの抗議にならない抗議を無視して、手を休めず、明人はミリアに訊いた。
「ええ、いますよ。できれば私が付きっきりでクウヤ様を看ていたいのですけど、
 生憎、お隣の席は指定席らしいので私の予約は取れませんでした」
「そうか。ありがとな、ミリア。野菜、育ったら一度、食べさせてくれよ」
「あ、あのですね! あたしはその……別に、嫌、じゃないんですけど! いえ、
 むしろ嬉し――って、なにいってるんでしょうかあたし! えっとですね! その」
 ここに来て、ようやくヘリオンの頭から手を離し、館へと向かって行く明人。
「ですからその! 愛の告白とかではなく! ああ、でもあたし自身はアキト様の事――」
「……ヘリオン、アキト様、いっちゃったよ?」
 いまだに目線を下げ、耳まで真っ赤になった顔のまま、胸元で人差し指同士を合わせ
 恥ずかしがるヘリオンに、アリアがツッコミを入れる。
 そんな二人をよそに、
「……あれ? いくら格好が格好だからって、私、アキト様に家庭菜園作ってること、
 話したことない……というか、初めて会ったはずなのに……なんでだろ?」

 明人は、ノックを二回してから、ドアごしに話しかける。
「明人だけど、入ってもいいか?」
「へ――ッ!? あっ、どうぞどうぞご自由に!」
「って、なんでオレの部屋なのにお前が了承取ってんだよ、美紗」
 突然の訪問にどうやら、二人とも驚いたらしい。
 言われた通り、明人はドアを開け、室内へと入った。
 そこには、ベッドの上で身を起こす空也と、一応その隣りまで椅子と机を運び、
 看病していた形跡が残される場に座る美紗の姿があった。
「えっと……空也は、傷はもう大丈夫なのか?」
「ああ、おかげさまでな、明人」
「そうそう。明人達のおかげでそんな大事にも至らなかったし。ホント、ありがとね」
 初対面、と言う事にはなっているのだろう。
 そのはずなのに、三人は、まるでずっと昔からの知り合いの様に話していた。
 明人も、あまりにその自然さに今の状況を忘れそうになる。
「と、いきなり呼び捨てにして悪い。この前の時も確か、俺は」
「あっ、気にすんなよ。オレ達だって同じだ。なんか、こっちの方がしっくり来るんだよ。
 あんたと話してるときは」
「あ、それあたしも。ねぇねぇ、その軍服のしたってさ、あたし達の学校の制服じゃない?
 もしかしたら――って、んなわけないよね。だって、学校に明人みたいな人がいたら、
 絶対に友達になってると思うから」
 言いかけ、飲みこんだ言葉。
 今すぐこの場で、その通りだ。俺は、お前達と一緒に戦っていた高瀬明人だ。
 そう言いたかった。
 胸が張り裂けそうになる。
「……あの、あたし、なんか気に触る事、言っちゃった?」
「へ? あ、いや、別に……ちょっと、昔を思い出してただけ。悪い」
「そういや明人よ。その、首から下げてるものは……」
「ん? あ――」
 しまった、と明人は真美に言われた事を早速破ってしまった自分に後悔する。
 首からは、以前、セイグリッドから貰った首飾りの他に、あの晩、空也に貰った
 数珠を堂々とさげていたのだ。
「似てるんだよな〜。ちょっと前の晩によ、気付いたら無くしちまっていた
 オレのおしゃれポイントに」
「ちょっと空也。へんな言いがかりつけないの! 明人が持ってるわけないじゃん!」
「そ、そうだぜ? 俺達は、昨日あったばかりじゃないか」
「……まっ、そうだな。や、変な事を訊いて申し訳ない」
 少し納得のいかなさそうな表情をするものの、すぐさまその表情を消し、
 空也は笑って見せる。

 それから三人は、日が暮れるまで、話していた。
 なんの変哲もない、ただの雑談だった。
 だけど明人にとって、これほど嬉しい時は無かった。
 たとえ記憶に自分の存在が無くても、また、こうして三人で笑いあえるときが来ると、
 思っていなかったから。

「別に、見送りに来てくれなくてもよかったんだけど」
「いいのいいの。空也のお見舞いに来てくれたお礼よ。気にしないで」
 日も完全に落ち、そろそろ食事時なので戻るという明人を玄関先まで送り届けた美紗。
 まだ、心に靄が掛かってた。
 どれほど悩んでも、とれる事のない、この、思い。
 そしてそれを思い出そうとすると、妙に、胸が高鳴る。
 それに顔に血液も集まってくるし、三人でいたときと違った反応を体が示す。
「それじゃ、また明日な」
 そして――
「まって」
 美紗は、明人を呼びとめていた。
「ん? まだ、なにかあるのか?」
 なんで呼びとめたかわからなかった。
 しかし、呼びとめずにはいられなかった。
「……あのさ」
 こんな直立不動の状態でも、心臓の音が聞こえてくるほど、高鳴っている。
「本当に、あたし達」
 
「美紗緒姉ちゃーん! ご飯、早くしないとアリアちゃんとカグヤさんに
 全部食べられちゃうよー!」

 と、そこにしたったらずな声で美紗に夕飯の危機を伝えるセリス。
 グッドタイミングかバットタイミングか、非常に微妙な所だ。
「……ごめん。変な事で呼びとめて……」
「……いいよ。ほら、早く行かないと」

「あっ、手前ぇアリア! それはあたしのおかずだろコラ!」
「だってカグヤ、食べてないじゃーん! いらなさそうだったから、アリアが
 有効活用してあげただけだもーん!」

「このままじゃ、お前のおかずが問答無用でとられちまうからな」
「……うん。んじゃ、おやすみね、明人……」

 なかなか眠る事が出来なかった。
 時間は、深夜を軽く回っている。
 しかしどうしても気になる事があった。
 明人だ。
 あのエターナルは真美含め他の五人とは違う。
 気配とかではない。
 もっと根深く、根本的な所から、違う。
 その疑問は、どうやったら解けるだろう?
 ……案外、答えは簡単に拾えた。
 明人を知っている人物に、訊けばいい。
 明人の事を。
 明人が、どんな人物なのかを。
 それに、訊けば多分知っていると確信がある人物が一人いる。
 その人に訊こう。
 そしてこの疑問に終止符を打とう。
 
 二人は、別々の部屋で同時に身を起こしていた。

 この思いを、確かめるために――

                              第二十四話に続く……

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