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第二十二話 終わり無き戦いへ、今――

「う……こ、ここは……?」
「ここは、時の迷宮……主を待つ十三本の上位永遠神剣が眠る場所……。
 あなた達はこの奥にある門をくぐり、それぞれの神剣が与える試練を、
 乗り越えなくてはいけません」
 眩しさに目を閉じていた明人達が目を開けると、そこはすでに森ではなかった。
 無機質さをもつ石でも鉄でもない――まるでソーンリームの遺跡を調査した時に
 見たものと同じようだった。
「さあ、奥へと進みましょう。あっ、足元には注意してくださいね。滑らせて落ちたら、
 どこの時空に繋がってるかわかったものじゃありませんから」
「ん……意外と、綺麗なのに……」
「アセリア、言われた通りにしなきゃダメよ」
「アキト殿、足を滑らさぬよう気をつけてください」
「あっ、ああ、わかってる」
 サラッと怖い事を述べて、真美は四人を誘う。
 真美に先導され奥へと進むと、そこには一枚の壁のようなものがあった。
「この門から先に行けば、あなた達の存在はあの世界で『無かった事』になります。
 そして、それは同時に試練の始まりでもあります。準備は、よろしいですね?
 今ならまだ、帰ることが出来ますけど……」
「ここまで来て、引き下がってたまるかよ。なぁ、みんな」
 四人は同時に、首を縦に振った。
「そうですか……では、門を開きます」
 真美が壁に手を触れると、それはたちまちに水面のような滑らかさを持つ。
「ここから先は、さすがの私も何が起こるかわかりません。ですが……
 皆さんならきっと、私達の新たなる仲間として、帰って来れると信じています。
 ……ちょっと明人さんだけは残ってください。お話ししたい事がまだ、ありますから」

 まず三人が、同時に門をくぐる。
 これでもう、あの世界で過ごしたみんなの記憶から、自分たちの存在が抹消された。
 しかし、このまま黙って『世界』があの世界を壊し、大切なみんなを消滅させる
 見ているよりは、比べるのが腹立たしいほど良い選択だと、思っていた。
 これから先はまったく未知の場。
 あの真美ですらわからない、未開の地。
 そこでそれぞれを待ちうける試練とは、いったい――

「……? ここ、どこ? エスペリア……ウルカ……」
 ふわりと、重力を感じさせない動きで着地するアセリア。
 そしてまず、周りを見渡してみる。
 いるはずの存在が、誰一人としていない。
 確かにあの時、三人一緒に飛びこんだはずだった。
 しかし周りに見えるのは、なんとも形容しがたい空間と、自分の立っている
 無機質な床のみである。
『あなたが、私の試練を受ける者ですか』
「――ッ! 誰ッ!」
 突如の声に、アセリアはハイロゥを展開し、『存在』を鞘から抜き出し両手で構える。
 しかしそれは体が反応しただけのものだった。
 実際には、敵意の欠片すらこの空間にもその声にも無かった。
 澄んだ優しい、女性の声だった。
 どことなく、『存在』に似ている。
『我は永遠神剣第三位『永遠』……これから我はあなたに、試練を与えます。
 その試練を見事に乗り越えれば、我はあなたを主と認め、あなたのものになります』
「……そうか。なら、その試練はなんだ?」
『私の試練……それは』
 確かに何も無かった空間。
 しかしそこに三つ、気配を感じる。
 これはあの世界で感じていた、エターナルミニオンと同じ気配。
 力はそれほどでもない。これならば、三体同時にかかってきても特に問題は
 無いと思われる。
 だが、
「……ッ!」
 その容姿に、アセリアは、驚かずにはいられなかった。
 全員、青色のスピリットの姿をしていた。
 それはアセリアも見覚えのある、ストレートポニーの少女が二人と、
 短髪に切りそろえた少女が一人ずつ……
「ネリー……シアー……セリア……ッ!」
 その三人の容姿と、まったく同じだった。
『あなたの心の内に秘める、我を持つに相応の思いの程を見せてもらうことです。
 さあ、試練を……開始します』
「――ッ!」
 その『永遠』の声と共に、三体のエターナルミニオンは一斉に飛び掛ってきた。

 無言で繰り出される斬撃。
 アセリアは苦しそうな表情で、受け流すので手一杯だった。
 そのエターナルミニオンの攻撃は苛烈だったが、それ以上に、その容姿がアセリアの
 心を揺さぶる事となっている。
 それはかつての仲間と――いや、自分が、護りたいと願った存在の姿……。
 それぞれ、あの世界にいた時とは比べる事が腹立たしいほど無表情だったが、
 パーツは、どれも完璧にコピーされているものだった。
『どうしたのですか? 何故、攻撃をしないのですか?』
 こんな時ばかりは、この『永遠』だと思われる優しげな声が、酷く冷淡に感じられる。
「くぅ――ッ!」
 本気を出したアセリアならば、オリジナルよりも力の弱いこの三体のミニオンを
 倒す事など容易だった。
 しかし、状況が状況である。
 手を出そうとしても――
「――ッ!」
 セリアの容姿をしたミニオンが、横薙ぎに手に持った神剣を払う。
 アセリアはその不意打ちを身を反らして回避する。
 その際、逃げ遅れた美しい青髪が数本、宙を舞った。
 さらに攻勢は続く。
 シアーに似たミニオンの攻撃が縦から振り下ろされ、それを後方に飛んで回避した
 その場にネリーの風貌をしたミニオンの追い討ちが降りかかる。
 しかしアセリアは純白のハイロゥを羽ばたかせ、その回避運動に弾みをつけて
 全てを避けきった。
「はぁ……はぁ……ッ!」
 再び向かってくるミニオン達。
 だが相変わらず、アセリアの戦意は高揚してこない。
 見えないはずなのに、何故か『永遠』が酷くがっかりとしたような反応を感じた。
 そんなアセリアに向かって――
(……あなたは……あなたは、ここに何をしに来たの! アセリア!)
 この場で、たった一人の味方が、声を張り上げ名を呼んだ。
「ッ! 『存在』……」
(あなたは、あの人のために、あの人が護りたいと思った世界を、共に護るための
 力を手に入れに来たんでしょう……ッ! あんなまがい物に心を揺さぶられるなんて、
 あなたの気持ちは、あなたの覚悟はそんな物だったの!? アセリア!)
 初めて、だった。
 ここまで必死になって、『存在』が話しかけてきたのは。
 それはいつものなだめるような穏やかな口調ではなく、共感の心も無く、
 ただ、自分に対して怒りを向けてくる声だった。
 その怒りは、決して腹が立つものではなかった。
 むしろ、謝らなくてはいけない、と思えるものであった。
 同時に、心から、お礼が言いたかった。

「……ありがとう、『存在』……」

 自分に、この思いの猛りを気付かせてくれた――

(……これが、私の出来る最後の助言よ……あとは、あなた次第……よ)

 揺さぶられていた気持ちを、鎮めてくれた――

「うん……まかせろ……ッ!」

 最後の最後まで、自分の事を考えてくれた――

 最高の、『存在』に――

『……見事です、蒼き妖精よ……』
 瞬く暇すらなかった。
 アセリアの斬撃は全て、一刀のもとにミニオンを切り裂き、瞬時に消滅させていた。
「もう、どんなものが来ても迷わない。あたしは、決めたんだ。アキトを、護る。
 そして、アキトが護りたいと願った世界を護る。この気持ちは、もう、絶対に
 変わらない。何がこようと、変えさせない」
 フワリと、ハイロゥをゆっくり羽ばたかせながら降り立つアセリア。
 そして――
「それが、あたしの生きる意味だから」
 キッと強い、強い意思の光を持った蒼い瞳を、姿無き永遠神剣の精神に向けた。
『……いいでしょう。あなたのその強い思いの込められし心が、不変であると、認めます』


『さあ、私の名を呼んでください……私の名は、永遠神剣第三位、『永遠』……』


 低い唸り声が聞こえる。
 酷く広い空間だったが、この唸り声を発するものの正体を見れば、さほど広くは
 感じない。
 一人の少女の目の前に、並の建造物よりも遥かに大きな存在がいた。
 前身を強固な鱗で囲まれ、手には黒光りする鋭い爪を持ち、口は大きく裂け、
 そこに並ぶ鋭いものは牙。
 龍だ。
 しかし目の前にたたずむ少女は、それを目の当たりにして怯えの感情など
 まるで表情に出してない。
 いや、むしろ余裕すら感じるものがあった。
 少女は――エスペリアは周りを見渡し、一緒に来たはずの二人の存在が無い事を
 確認する。
 そして、試練は一人一人、個人で受けなければいけないものだと認識する。
 他の二人は何をやらされるかは知らないが、とりあえず――
「わたしへの試練は、これですか……」
 言うが早いか。
 龍は背中に生えた大きな翼を羽ばたかせ、その巨躯には似合わない俊敏な動きで
 エスペリアに襲いかかる。
 しかし丸太のような太い腕から繰り出される第一撃目は、空を切り裂き、
 床当たるだけとなる。
 エスペリアの姿が無い事を不思議に思い、獲物を失った捕食者は辺りを見渡してみる。
 が――
 間もなく、龍の姿は真っ二つに分断された。
 裂けた場所の切り口は、凄まじく鮮やかだった。
 その龍は何が起きたのかもわからず、ただ、重力という概念に身を任せ倒れ、消えた。
 龍の視界の死角となる足元に立っているのは、誰でもない、翡翠のような瞳を、
 悲しげに染めるエスペリアだった。
 金色のマナが立ちこめる中、エスペリアの背後で異様な力の集まりが感じられる。
 間髪いれずに、熱線がマナの粒子を吹き飛ばしながら、エスペリア目掛け走った。
 マナの霧が晴れる。
 もう一体の龍が、姿を見せていた。
 先ほどのブレス攻撃は完全な不意打ちだった。
 避けれるとは、その龍の思考には無かったのだろう。
 次には、その龍の視界は一気に落ちる事になる。
 その龍が最後に見た光景は、首から上の無い、自らの巨体。
 そして――乱暴に『献身』から血を振り払う、エスペリアの姿――。
「……なぜ、ですか……」
 ポツリと、なにもいなくなった空間でエスペリアが呟く。
 その瞳は、酷く、悲しみに満ちていた。
「なぜ、このような事を試練にするのですか……ッ! こんな……こんな風にわたしは、
 命を摘み取りたくありません……ッ! わたしの刃は、あの人に捧げたのですから……」
 しかしまだ、龍は出てくる。
「姿を見せろとは言いません……ですが、このような無意味な事を何故やらせるのか、
 せめてそれだけでも聞かせて下さい!」
 突進してくる龍に向かって、すれ違いざまの一撃。
 瞬間、龍の右腕が跳ね飛び、地へと落下し、消滅する。
 それでもまだ、龍の戦意は失われていない。
 だが――
「……これ以上、わたしは、耐えれません……」
 ゆっくりと、片腕を失った龍に近づくエスペリア。
 その瞳に持った強い思いは、自らより何倍もの大きさを誇る龍を、
 威圧できるほどのものであった。
 手に持った神剣――『献身』が輝きを放つ。
 龍は、自分の命運を悟った。
 次の瞬間には、マナの塵となっている、と。
 エスペリアは龍の足元まで、すでに距離を詰めている。
 一撃必殺の間合いだろう。
 エスペリアは『献身』をかざし――
「全ての生命の根源であるマナよ。彼のものの失われし存在を、再構築せよ……
 リヴァイブ」
 温かな光を放つ、神剣魔法を放った。
 たちまちに、龍の腕は再構築され、もとあった丸太のような腕が復活する。
「もう、戦う必要など無いのです……もう、苦しまなくてもいいのですよ……」
 スッと手を差し出すエスペリア。
 その表情は、全てを受け入れ、包み込むかのごとく、温かく、柔らかい……。
 その瞬間は戸惑っていた龍も、やがて、その笑顔に毒気を抜かれた様に、
 エスペリアの手の平にゆっくりと自らの額をつけた。
『……驚きました……』
 龍以外の声がした。
 女性の声だ。
『……まず、謝罪をさせてください。このような、辛い思いをさせて、
 本当にすみませんでした……』
「……あなたが、わたしに試練を与えた」
『はい。我の名前は、永遠神剣第三位『聖緑』……あなたの心を、試させてもらった……
 のですが、逆に、我の方が教えられたようです』
 龍が、主の存在を確認し、バツが悪そうにエスペリアのもとより下がる。
『あなたの心の強さ、思いの強さ、そして……その類稀ない慈愛の心……
 あなたこそ、我の主に相応しい、輝かんばかりの清らかな心の持ち主です』


『さあ……私の名前を呼んでください、我が主よ……私の名は、『聖緑』……』


「? ここは、いったい……?」
 まずウルカは、辺りを見まわしてみる。
 いるべき二人の姿が見当たらないので、少々焦ったが、こんな事で動揺してどうすると
 自分に言い聞かせ、現状を把握する事に努める。
 辺りの床の材質は変わっていない。
 しかし異様なまでにこの空間は広い。
 そして障害物も一切見当たらず、ただ、漠然とアセリアの感性でちょっと綺麗な空間が
 広がっているだけだった。
 どんな不意打ちが来てもいいように、ウルカは神経を張り巡らせる。
 試練、という言葉からして、ウルカの思考に真っ先に浮かんできたのは、
 力量を測るものと言う事。
 瞳を閉じ、鞘に収まる『冥加』に手をかけながら、いつもどおりの前屈姿勢で
 構えつづけるウルカ。
「……――ッ!」
 一箇所で、空気が変わる。
 背後だ。
 何も無かった空間に、痛いほどの殺気を持つ何かが現れた。
 しかし慌てず、冷静に振り返って一歩踏み出すかしないかの判断の所で、
「――ッ! な……に……?」
 踏みとどまった。
 そこにあった、おそらく敵であろうものの正体は……
 青みがかった、長い銀髪。褐色の肌に、それを包み込む漆黒のボディスーツ。
 腰に帯刀された刀。そして、ゆっくりと開かれる細く、真っ赤な瞳と――
 漆黒の、翼。
 それは、自分の姿そのものだった。
 いや、ハイロゥの色からして、それは、過去の……『漆黒の翼』と呼ばれていた時の
 ものだろう。
『……我が名は、永遠神剣第三位『深遠』……そなたが、我が試練を受けるべき者か……』
 妙な感覚は拭いきれていない。
 さすがに自分と同じ声で話され、同じようなものの言いまわしをされ、そして
 自分の姿を見ているのだ。
 だが、この程度の事でうろたえていては自らの器が知れてしまう。
「……はい、そうです。して、試練とは?」
『力を、示して見せよッ!』
 言った瞬間には、すでに鏡をに向かって映ったような二人の距離はほぼゼロ。
 小さな火花散る、同じ形をした刀。
 寸分先には、同じ顔がある。
「なるほど……了承、いたしました!」
 ウルカは鍔迫り合いをあえて避け、相手の力をそのままに距離を置く。

 それはまさに、力と力、技と技のぶつかり合い。
 『深遠』は姿形だけではなく、ほぼ、今のウルカと同じ能力を有していた。
 神剣を抜く速度、立ち回る時の俊敏さ、そして神剣魔法の威力……どれを取っても、
 実力は互角。
「ハァアアアッ!」
 神速の居合いで繰り出される、相手の急所に寸分の狂いも無く放たれる一閃。
 が、『深遠』はそれを見切ったかのごとく、持つ神剣で受け止めた。
 その受ける刃でウルカの攻撃をいなし、変わって反撃に移る。
 自らの体制を低く取り、火花を散らしながらウルカの『冥加』を伝わせ、
 漆黒の刃を走らせる『深遠』。
 これは、ウルカの銀髪を数本切り取り、頬に浅い切れ目を与えるだけとなる。
 薄く、鮮血が飛び散ったが、ウルカの行動に支障は無い。
 攻撃を避けたウルカは、素早く体制を立て直し、『冥加』を鞘に戻して一旦距離を取ると、
 今度は上、中、下の三連撃を繰り出した。
 しかし『深遠』は慌てる事も無く、逆に冷静に全てを受け流す。
 やはり、互角。
 お互い一歩も退く様子は見られない。
 はずだった。
 ここに来て、先にウルカの方に変化が見られる。
「はぁ……はぁ……ッ!」
 表情が、酷く苦しそうになる。
 額からは、さほど運動をしていないにもかかわらず、吹き出てくる汗が煌いている。
 ハイロゥがどことなく力が無くなったように、その大きさを縮ませている。
 呼吸も荒い。明らかにウルカの方が体力を消耗しているのだ。
 しかしウルカ自身にも、その理由がわからなかった。
 ありえない事だったから。
(なんだ……この、虚脱感は……ッ!)
 今わかっているのは、今ありえる事は、自らを襲う異常なまでの虚脱感のみ。
 そんなウルカに、逆の立場で涼しい表情でたたずむ『深遠』が語りかける。
『まだわからないのか? 我は、闇を司る神剣……それ故に、そなたが力としている
 心の闇を吸収し、力に変える。その意味、わからぬというわけではないだろう?』
「――ッ!」
『やはりな。その程度で、我が試練を受けるとは……片腹痛い。『か弱きスピリット』よ』
 驚くウルカを目の当たりにし、『深遠』は呆れ声を上げた。
 ウルカ自身は、反論を、する事がてきなかった。
 ……確かに、その通りだったから。
 しかし反論ができないからといって、ウルカは、この試練を諦めたというわけでは無い。
 むしろその逆だった。
 ウルカの心の中に、新たな力が浮かび上がる。
「……言われてから気付くとは……手前も、まだまだです」
 おもむろに、ウルカは自らの髪留めを取り去る。
 サァッと流れるように銀髪が広がった。
「あなたの言う通り、手前は、知らず知らずのうちに過去に捕われていたのでしょう……
 そう、彼女達がいた、あの頃に……」
 思い出される、遊撃隊時代、自分を慕ってくれていた隊員……
 あの時、自らの意思で斬った、大切な、大切な存在……
 その思いがこめられた、彼女達の思いがこめられた髪留めを、ウルカは見つめ、
 胸に抱いた。
「ご指摘、どうもありがとうございました」
 そして、先ほどとは比べ物になら無い程強い意思を持った赤色の瞳を『深遠』に向ける。
 髪留めを元に戻し、髪を纏めると、すぐさま前屈姿勢をとる。
 『深遠』に指摘された『闇』とは、今、その姿形をしている、『遊撃隊』時代の自分……
 あの頃の、弱かった自分……
 しかしその闇は同時に――
「今の手前、先ほどと一緒にしないで欲しい……手前は、犠牲になってしまった
 彼女達の上に生きている……その手前は……」
 『その逆も、また秘めている闇』だった。
「彼女達の分まで精一杯生き、そして、全てのスピリットを開放するというアキト殿と
 同じ考えのもとに、新たな力を欲した、あなたの言う通り、『弱い』自分ですッ!」
『この気配……ふむ、その意気や……よし!』
 地を蹴るのは、ほぼ同時。若干、『深遠』の方が早いか。
 いやしかし、初速を過ぎるとウルカの方が一歩勝っているようにも見える。

 ――ギィンッ! ギィンッ!――

 二度、金属が合わさる音。
 そして場所の入れ替わった、純白の翼と漆黒の翼。
 先ほどの音が意味するものは――すぐに、わかる事だった。
 漆黒の翼が振りかえる。
 その腹部は、深く切り裂かれ、痛々しいまでの血液が流出していた。
 それは床へと滴り落ち、点々と赤色の装飾を施し始める。
 しかし『深遠』は苦しい顔をするわけでもなく、変わらぬ『ウルカ』の表情で
 立っていた。
『そなたの闇……『過去の自分』という闇を打ち払うその力……見事だ……』
 薄っすらとなり、そして完全に消える、『漆黒の翼ウルカ』。
『久方ぶりだ。これほどまで、迷い、苦しみ、そしてその中から活路を見出せた者を、
 主とするのは……さあ、新たなる強き心の持ち主よ……我が名を、呼んでくれ』


『我は、永遠神剣第三位『深遠』……闇を司り、そして――心の強さを求めるもの……』


「俺だけ残して、なんなんだ? 真美」
 とりあえず、明人は訊いてみる。
 真美に残される理由がよくわからなかったからだ。
「えっとですね……明人さん、まだ、あなたには話しきれていない事があるんですよ。
 ほら、最近明人さん、スピリット隊のみんなとずっと一緒で」
 まったくもう、と少し呆れ顔になる真美。
「う……し、仕方無いじゃないか……」
「まったく……昔っから優柔不断だったから、仕方ないといえば仕方ないですけどね」
「……ちょっとまて真美」
「はい? なんでしょうか、明人さん」
「なんで、お前の口から俺の過去の事が出て来るんだよ? 俺、お前に会ったの
 初めてなんだぞ?」
「……一応、その事もふまえてお話ししたい事があるんですよ。だからちょっと
 黙っていてください」
 と、質問する明人をピシャリと押さえて、真美は語り出す。
「とりあえず一つは、明人さんはすでに神剣はありませんので、私の知り合いの
 エターナルに頼んで、上位神剣と契約を結ぶ場所まで護衛してもらえる事に
 なっています。幼い少女の外見ですから、すぐにわかると思います」
「……あれ? こっから先は、エターナルが入れないんじゃないのか?」
「別にそういうわけじゃないんですよ。彼女はまだ、なって間もないエターナルですから。
 じゃ、続けますね」
 そう言うと、真美の表情が今まで以上に厳しいものとなる。
「まだ決心のついていない明人さんに話すのは卑怯だと思っていましたが、
 ここまで来てはもう、黙っておく方が酷だと思われますから話します。
 この戦い、万が一私達が負け、あの世界が消滅してしまったら、少なからず、
 来夢ちゃん達の世界……つまり、明人さん達のもといた世界にも、影響があるんです」
「――ッ! な、んだと!?」
「それは、早く見積もっても数百年後の話しです……が、それでも来夢ちゃんが
 生きた世界……そして、明人さんの故郷でもある世界を、壊されたくないでしょう。
 ……この戦い、絶対に負けられません。それを、伝えたかったんです」
「……ああ、負けられない……来夢が生きた世界、絶対に護りきってみせる。
 ところで、だ」
 新たな決意を胸に秘める明人は、その様子を真剣に見ていてくれた巫女に質問を
 投げかける。
「どうして、真美は昔の俺のことを知っているような素振りなんだよ?」
「それは……ずっと、見てきたからです……」
 と、打って変わって酷くしおらしい真美が頬を少し赤らませ、答えを述べ始める。
「私は、ずっと見てきたんです。私の能力の一つ……未来を見通す力をもった、『時見』で。
 明人さんは、生まれながらにしてエターナルになる素質を持っていました。
 だから私は、ずっとあなたを見つづけ、そして……思いを募らせてきました……」
「……は?」
 やはりといういか。
 相変わらず明人の鈍い反応に、真美の中で、なにかがキレた。
「ああ、もう! エターナルになってからずーっと、ずーっと退屈で、ようやく見つけた
 人がこんなに鈍感なんだもん! もう嫌になっちゃうわよ! ずーっと、ずーっと……
 我慢、してきたんだからッ! あんな小娘たちなんかよりも、年季が、違うんだもん!」
 今にも泣き出しそうな勢いで明人に詰め寄る真美。
 その剣幕に思わず一歩下がって、それでも詰め寄る真美にまた一歩と後退していく明人。
 そして急に、真美の顔から怒りが消え、
「私じゃ、ダメですか? 明人さん……」
「うっ……」
 今にも泣き出しそうな、そんな表情で迫られるとは、明人は想像もしていなかった。
 確かに真美は、美人である。
 少し茶色がかった長い髪。整った顔はスピリットにも勝るとも劣らない。
 身を包んでいる巫女服も良く似合っている。ただ、スタイルはとってもスレンダーだが。
 こんな潤んだ瞳で見つめられると、正直、明人の理性は持つかどうか危うい。
 なぜならすでに、真美は服を一枚一枚脱ぎ始めているからだ。
 明人、貞操の危機。さすがにこれ以上はいろんな意味でまずいだろう。
「ちょっ、ちょっとまてって! い、今はそれとこれとは話しが別だ! 俺は、今から
 試練に行かなくちゃいけないんだから!」
「……女に恥をかかせるんですか? 明人さん……」
「だぁあああッ! お、俺もう行くから! み、みんなと帰ってくるときまでには服、
 ちゃんと着といてくれよ!」
 脱兎のごとく逃げる明人は、なんの躊躇いも無く門をくぐった。
 その場に取り残された真美は、
「……八割本気で、二割冗談だったのに……ちぇ、まあ、いいわ」
 ポツリとそう呟き、
「これからチャンスはいくらでもあるわ……年季の入ったこの思い、絶対に負けませんよ」
 また違った意味で、新たなる決意を人知れず立てていた。

「ッ! 来た」
 燃えるような赤は、その少女の髪の色。
 小さな体に、その腰まである長さの髪はとても美しい。
 整った顔立ちだが、まだ幼さを感じさせるその大きな紅玉のような瞳が、
 遥か彼方を見据え、ただその一点だけを少女の知覚に入り込ませる。
「逢える……ようやく、逢えるんだ……逢って」
 ――逢って、どうする?
 ふと少女は考えた。
 この先にある気配は、紛れもなく遥かな、そしてほんの少し前に自分が護った、
 かけがえのない大切な人。
 神剣を失ってしまったらしいので、その力は今にも消えてしまいそうなほど弱いが、
 確かに、あの人のものだった。
 自分は、あの人の事をずっと思っていた。
 もとあった存在を捨て、護り、別れ、そして離れていた分だけ、その思いは強い。
 真美もそう言っていた。
 募らせた分だけ、思いは強くなると。
 それでも――エターナルになった時の制約により、あの人は、自分のことを
 覚えていない。
 真美からはあの人の記憶が戻るまで、なるべく正体は明かさない方がいいと
 言われているが、思いのほうが理性よりも強くなり、制限が効かなくなってしまう
 かもしれない。
「でも……行かなきゃ! 思い出して、貰うために……ッ!」
 少女はその場から一歩、また一歩と歩き出し、そして、
『なるべく急いだ方がいいわ、リュトリアム。すでに、ミニオンが動いてるみたいだから』
「うん! いこう、『再生』! っと、それともう、リュトリアムじゃないってば」
『あっ……ごめんなさい。こちらの方が、呼びなれているから』
 手元に出現した小柄な体躯に似合わないほど大きな乳白色をした神剣を握り締め、
 走り出した。

 とりあえず、嬉しいような嬉しくないようなハプニングは乗り越えれていた。
「まさか、真美が俺のことを……」
 思わず呟いてしまう。
 先ほども述べたが、確かに真美は美人だ。
 好意を持ってくれるのは、嬉しい事であろう。
 それでも、
「俺って優柔不断、なんだよなぁ……」
 今度は溜め息付きで呟いて見せる。
 これで自分に思いを寄せてくれて、また自分も心惹かれている人が五人になったわけだ。
 ――……五人? あれ……アセリア、エスペリア、ウルカ、真美……で、誰だっけ?
 あと一人が、浮かんでこない。
 他のみんなだろうか? と考えてみるも、仲間、家族と同等に大切な人達だったが、
 恋愛感情は、芽生えていなかったと思う。
 ならば美紗か? という考えは五秒も経たぬうちに却下された。
 さすがにんな事あるはずがないと自分に言い聞かせてみせる。
 それにしても――と、考えれるのもここまでだった。
「ッ! うわっ!?」
 ほとんど反射行動だった。
 戦いなれた所から来た勘、といってもいいだろう。
 明人はその場から横っ飛びをする。
 たちまちに明人が立っていた所は黒く、塗りつぶされていた。
 ブラックスピリットの神剣魔法と、ほぼ同じものだ。
 しかしそれがわかっていても、今の明人には抵抗する事など出来ない。
 『求め』の加護がない今、明人は常人よりも少しだけ運動神経の良い少年なのだ。
「くそ……ッ! 真美の言ってたエターナルは、まだ来てないのに……ッ!」
 まもなく、明人の目の前に降り立つ漆黒のウィングハイロゥを纏った――真美の話しに
 よると、これはスピリットではなくエターナルミニオンと言うらしい――黒髪の少女。
 無抵抗な明人を威嚇するように翼を広げ、ミニオンは一歩前に――
「ファイア・レーザーッ!」
 進む事は無かった。
 明人の脇を通りぬけていく、赤色の熱線により身を貫かれ、一瞬にして蒸発した。
 明人は思わず振りかえる。
 そこにいたのは、赤い髪を腰辺りまで無造作に流し、ピンクを基調とした服。
 そして燃えるような、一対の紅玉の瞳をもった少女が、いた。
 手に、その小柄な体格に似合わない乳白色の両刃の大剣を握り締め。
「あの……大丈夫、でしたか?」
 その外見どおりの幼い声で、明人に話しかけてくる少女。
 すぐに神剣魔法を放った構えをといて、小走りで明人のもとに駆け寄ってくる。
「ケガとか、してませんか?」
「あっ、ああ。おかげで、助かったよ。ありがとう」
 ふと、真美が護衛についてくれるエターナルが幼い外見だからすぐにわかるだろうと
 言っていた事に気付く。
「君が、俺を連れていってくれる……」
「あっ、はい。真美さんから、話しは聞いています。オル――じゃなかった。
 わたしの名前は、リジェネ。よろしくお願いします」
「……? あ、ああ。俺は、高瀬明人。よろしくな、リジェネ」

 酷い違和感だ。
 なんだろうか、と、明人は自問自答してみる。
 もちろん答えなど出てくるはずが無かった。
 自分の横を歩く少女――リジェネに対しての違和感。
 すでにどれだけ歩き、進んだかは、忘却の彼方だ。
 それほどまでに、リジェネの強さに驚かされた、といった表現が一番合う。
 明人はふと、ラキオスの軍服のポケットに手を突っ込んだ。
 いつもどおりの感触。
 あの時――ソーンリームの遺跡調査をした時に拾った、リボンの感触だ。
 あの日から、ほとんど無意識に――いや、本当に無意識にこのリボンを持ち歩いていた。
 これも理由などわかるわけがない。
 ただわかるのは、このリボンを一人で見つめると、懐かしいような、悲しいような感覚
 に襲われるということだけ。
「ッ! さがって!」
 先ほどから、会話と言ったらこれぐらいの、会話かどうかすら怪しいものしかなかった。
 リジェネのこの言葉は、戦闘開始の合図でもある。
 それを聞くと明人は立ち止まり、なるべく邪魔にならないよう、後ろにさがる。
 リジェネは目の前に現れた青髪のミニオンに向かって、一直線に突っ込む。
 巨大な神剣から繰り出される初撃は、見事に回避された。
 しかし、そこからが凄い。
 その勢いのまま、神剣を軸にして一回転し、目標を射程内に捕らえる。
「いっけぇッ! ファイア・ボールッ!」
 ほぼ無詠唱で、神剣魔法をぶっ放すリジェネ。
 超高速で放たれる火球は今まで見た中でも威力、速さ、どれを取っても最高峰のものだ。
 避ける間もなく、ミニオンは蒸発した。
「ふぅ……それじゃあ、先に行きましょう。アキト、さん」
 そして再び歩き出す二人。
 そろそろこの沈黙が嫌になってきた明人は周りにとりあえず何もいない事を確認すると、
 リジェネに話題を振ってみる。
「リジェネは、どうしてエターナルになったんだ?」
 その質問にリジェネは、少しの驚きのあと、パッと見た感じ笑顔で答えた。
「え……っと、大切な人を護るため、ですね」
「そうか……それじゃ、家族とかは、いなかったのか?」
「うーん……本当の家族じゃないんだけど、優しいお姉ちゃん達がいて、そして……
 大好きな人も、いました。でも……」
 しかしよくよく見てみると、リジェネの笑顔が、無理やりなものだと言う事に気付く。
「……もしかしてさ」
 だから明人は、
「俺、リジェネの大切な人の誰かに似てるのか?」
 訊いてみた。
 リジェネは、明人の予想どおりの反応を示す。
「え――あっ、その……」
 慌て、目線を伏せる。
 どうやら、図星らしい。
「……似てます。でも、わたしの事はもう、覚えていないので……」
「あ……そう、だよな……ごめん、辛い事思い出させちゃって……」
「いえ、そんな事ないです。話せて、ちょっとは気分が楽になりました」
 と、また笑顔を作って見せるリジェネ。
「あっ、あそこです」
 そんなリジェネが指差して見せる場所は、先ほどまで、なんの変化も無かった
 景色の中にポツリとそびえる一つの扉。
 幅、高さ、ともに人が一人通るのに精一杯の大きさである。
「ここから先は、本当にアキトさん一人じゃないとダメです。わたしは、
 ここで待っていますから」
「……ありがとな、リジェネ。帰ってきたら、もう少し、お互いの事話し合おうな」
 なんの躊躇いもなく、明人は扉をくぐった。
 その姿を見送りながらリジェネは――いや、かつて、『オルファリル』と呼ばれた少女は、
 呟く
「そうだよ……絶対に、帰ってきてね……そして、オルファの事、思い出してよ……パパ」

 似ていた。あの日の感覚に。
 そう、あの時――『求め』の声を聞き、そして、あの世界に行く直前の夢の感覚に。
 上下左右の感覚など皆無で、自分は、この場に立っているのか。はたまた、
 流され漂っているのか。もしくは、この空間を高速で落下しているのか。その逆か。
 しかし、あの時みたいに慌てる、という感情はまったく浮かんでこない。
 むしろ、安心感さえ湧いてくるこの空間は、
『それが契約の間、というものだ』
 渋い声だな、というのが第一印象。『求め』よりもかなり渋い、老練な雰囲気を漂わせる
 声だった。
『お主が、我と契約を結びに来た者か。我は、永遠神剣第二位『聖賢』……
 知恵を司る神剣』
 直接、頭に流れこんでくるイメージだ。
『して、何故お主は力を欲する? 人間という存在を捨ててまで、この強大過ぎる力を、
 何に使うというのだ? まだ、人間として生きたほうが、より良い人生をおくれるぞ?』
「……俺は、もう一度、自分の出来る事がしたいんだ。みんなを、あの世界を、
 護る力が欲しい。みんなと別れるのは、辛い。人間という存在を捨てるという事も、
 同じだ。だけど」
 見えないが、明人の視線の先にはしっかりと『聖賢』を捉えているようにみえる。
「俺の人生という小さな犠牲で、多くの命を助けれて、また、多くの命を救え続けると
 いうのなら、こんな人生、喜んでくれてやるさ!」
 この空間では、嘘偽りなど発言できないらしい。
 すらすらと、思った通りの事が明人の言葉となり、この不可解な空間に響く。
『……仮に、その力を手にしたとするならば……お主は、他に何に使い、何を望む?』
「……何も使わず、何も望まない、かな。俺は今、みんなの世界を護る事を考えるだけで
 一杯一杯だ。そんな俺にはまだ、そこまで考える余裕はないと思う。だけど、
 その望むものは、その戦いが終わってから、考え、求めたいな。なんていたって、
 時間はいくらでもあるんだろ? そこを出発地点として、探せばいい」
 『聖賢』の問いにも、さほど時間をかけずに答えれた。
 答えとしてどうかは、それは『聖賢』が判断する事だ。
『ないものは求める……か。いいだろう。その無知こそが、我の求める知恵。
 ……ともに、永遠の探求の旅へと出よう。我が主……明人よ!」
 何もない空間に現れたのは、一本の剣。
 大きさは、『求め』と同程度。
 しかしその刃は美しく白銀に輝いており、思わず見惚れてしまいそうな一本だ。
 明人は、この空間に現れた自分の手の感覚を、その剣に添え、握ってみる。
 しっくりとくる感触。ちょうどよい重さ。
 まるで自分のためだけに作られたような神剣だった。
 そこから流れる力を感じて、明人の体は活性を取り戻す。
 明人は、選ばれたのだ。
 偉大なる十三本の神剣のうちが一つ――

 ――永遠神剣第二位『聖賢』に――

                              第二十三話に続く……

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