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第二十話 終幕――そして新たに紡がれる物語

「えと……その……よろしく、お願いします……」

 大きな瞳をした、栗色の長い髪をした少女が、俺に話しかけてくる。
 これは……俺と来夢が、初めて出会った日の事だろうか。
 最初はツンとした俺の態度に、恐怖心を抱いていたのだろう。
 その目は、新しい家族になるという少年に向けられる、期待と戸惑いも含まれていた。
 最初は俺も妹なんて、新しい家族なんていらない。母さん達を返してくれと思っていた。
 だから俺は、一人でベランダで泣いていた。
 そこに来夢がやってきて、一緒に、泣いてくれた。
 あれだけ突き放すような態度を取っても、来夢はずっと俺の側にいてくれた。

「お兄ちゃんが悲しいと……あたしも悲しいよ……だから、泣かないでよぉ……」

 今思うと、まったく、無茶な注文だと思う。
 だけど、この事がきっかけで、俺は心を許す事が出来たのだと思う。
 そして――

「お願いだから、来夢を助けてくれ……ッ! お願い、だから……」
『汝が、我に求めを請うものか?』

 これは……ああ、そうか。
 この時――飛行機の墜落事故で、来夢が瀕死の重傷を負った時、俺は、『求め』と
 契約を交わしたんだな。
 ったく、こいつ、人の弱みにつけこんでくるなんて、なんて野郎だよ。
 ……でもま、今思えばそんなに悪い奴じゃないのかもな。
 事実、こいつの力で来夢は助かった。助けてくれたんだ。
 いつか……そう、いつの日かゆっくりできる時にでもさりげなく礼を言ってみるか。

「お兄ちゃん! 嫌だよ! 離してよッ!」

 ……やな光景だよ。
 こっちの世界に来て、気を失って目を覚ましたら、いきなり来夢が掴まってたんだから。
 そういえば……この時、来夢の拘束を解いてくれたのは、レスティーナだったな。
 あいつ、女王になる前から結構俺達に気、使ってくれてたんだな。
 今度は……? あっ、なっ、秋……一ッ!?

「あたし、ずっと秋一お兄ちゃんの側にいるから……お願いだから、お兄ちゃんを
 殺さないで……お願い……ッ!」

 な――んだよ! 今この言葉は!?

「……ごめんね、お兄ちゃん……あたしがいたから、こんな目にあっちゃって……」

 やめろ……やめてくれよ来夢ッ! そんな事言うな! 俺は……俺は!

「来夢ッ!」
 嫌な汗をびっしょりとかきながら、明人は身を起こした。
 そして、あれ? と疑問を隠すことなく顔に出して辺りを見渡す。
 見なれた、自分の部屋だ。そう、ラキオスの。
 そしてボディチェックをしてみる。
 明人は、嫌な汗に負けないくらい嫌な表情をした。
 腹部にぴっちりと巻かれているのは、まっさらな包帯。
 そしてズキズキとその部分をつつかれるような痛みが、何事かを物語っていた。
 しかし、それ以上に不可解なものが視界に入ってきたので、明人はこれほど嫌な表情を
 したのであろう。
「スゥ……スゥ……」
 ――オーケー。大丈夫だ。俺の精神は普通なはずだノイローゼにはなっていないはずだ。
 自分に言い聞かせる明人。
 黒く長い、艶のある髪はスピリットに負けないほど美しい。
 そして王族の格好をし、ベッドに突っ伏して寝ている少女は何故ここにいるのだろうか。
「……レスティーナ?」
「へ……? あっ、アキトく……ッ!」
 明人に名を呼ばれ、ようやく目を覚ますのはラキオスの若き女王、レスティーナである。
 普段きりっとしている分、この寝起き顔は非常に年相応のものであった。
「ッ! あっ、アキト! ようやく、目を覚ましたんですね」
 そして何かを言いかけたのを訂正するように、慌てて立ち上がるレスティーナ。
「目を覚ましたって……俺……ッ!」
 明人の記憶に、自分が最後に何をし、何でここに運ばれてきたかを説明するものが、
 鮮明に甦ってきた。

「ホントにこっちでいいのか? どんどん道じゃなくなってきてるぞ、フェイト、アイラ」
「安心してくださいよ隊長さん。あたし等は、元々ここのスピリットだったんですよ?」
「そうです。それに大隊長の勘はまさに野生児並です。そりゃもうスピリットである事を
 忘れさせてくれるかのごとくもう全ての行動を勘だけを頼りにぷろ――」
「だまらっしゃいな。次は側面ツッコミじゃなくてぶち込むわよアイラちゃん。柄の部分」
 と、ショートコントを織り交ぜつつ、明人は隊に新しく加わったフェイト、アイラに
 先導されてサーギオスの領内を突き進んで行く。
 今明人達が確保しようとしている道は、いわば『秩序の壁』付近の重要拠点への
 抜け道である。
 『秩序の壁』はアイラ曰く、
「特殊なんですよ、色々と。私も一度しかお目に掛かった事ありませんが、あの付近では
 エーテルジャンプというもので瞬時に奇襲することができるようになっているようです。
 ですからまずはそれにマナを供給している付近三つの都市というか拠点、サレ・スニル。
 ゼィギオス。ユウソカ。以上の三つを落とし、機能を低下させて突っ込むという作戦が
 一番かと。まあ、私達が元々サーギオス出身ですからこんな作戦立てれるんですけどね」
 というわけらしい。
 フェイトとアイラの両名は、とりあえず名目上、部下の無事を保証する代わりに
 ラキオスへの情報提供、そして戦闘時の協力を求められていると言う事になっている。
 もちろん、彼女達の部下に危害を加える者などいないし、考える者もいない。
 フェイトもそこまで帝国への忠誠心は高くなかったし、アイラはアイラでフェイトに
 ついて行くのは私の役目ですから、どんなことでも。といってあっさり協力してくれた。
 なので今はこうして一番秩序の壁に近い拠点、ユウソカへの近道を模索している
 最中だと言う訳だ。
 この二人の協力は、ラキオスにとって非常に有利になるものだった。
 まずアイラはどのスピリットよりも、頭が切れる。
 作戦の立て方は、本人は自覚していないが現ラキオス軍の中で随一であろう。
 あのエスペリアやヒミカ、パーミアやクォーリンも驚くほどの才能だった。
 ヘリオンやアリア、ネリーとシアーが難しい顔をして悩んでしまう事を平気で言って
 のけるほどである。
 反面、彼女は非常に子供好きな面も持っており、先ほど述べた四人の面倒を率先して
 引きうけるほど。誰もが面倒と思っている仕事を……だ。
 彼女はこれからもよき参謀として、協力をしてくれるであろう。
 そしてフェイトは……異様なまでの、ムードメーカーである。
 彼女が一声かければ、たちまちにみんなが元気になっていく。
 あの鉄仮面のナナルゥが、セリアが、彼女と一緒にいるとき笑顔を見せる。
 未だに戦闘に出れなく落ちこんだスピリットを見つけては呼び、励まし、次には
 そのスピリットは笑顔を取り戻している。
 これはもう、才能といってもいいであろう。
 それに人当たりもよく、彼女は部下達から絶対の信頼を得ていたのも、こう言える
 要因の一つだ。
 彼女は、生まれつきリーダーになれる才能を秘めているのだ。と確信できる。
「う〜んと……あっ、あれだよねアイラちゃん。ユウソカって」
「うっわー。マジで見つけちゃいましたか。いやぁ、この二日間、迷った甲斐が
 ありましたよ大隊長。ねえ、隊長殿もそう思いませんか?」
「……ホントだよ」
 明人は、驚きを隠せない。
 比較してみよう。
 普通にこの拠点を落としにかかるなら、先に拠点二つを潰し、そこから
 攻めなければならない。
 故に奇襲はまったくもって通用せず、逆に迎撃手段をとられてしまうであろう。
 しかし今通っていた道は、迷ったから二日もかかったが実際この道を通れば
 他の拠点を攻撃するタイミングを合わせることが出きる。
 フェイトの野生児並の勘とやらに、明人は酷く感心した。
 これで一度自分達の拠点に戻り、作戦を立てて行動に移せば、終戦は目の前である。
「……はやく、終わらせたいなぁ。この戦い」
 ふと、フェイトが呟く。
 それは、すでに皆が思っている事であった。
「そうですね。私、早く休暇が欲しいですよ。いっつも大隊長に振りまわされて
 休む暇ほぼゼロ。ああ、早く戦いを終わらせてヘリオンちゃん達とゆっくり遊びたい
 ものですね、まったく」
「そうよねぇ。あたしも、溜まってる週間サーギオス通信のバックナンバー集めないと」
「……お前等、自分達の欲望に忠実すぎだ」

 しかし。
 そう簡単に帰る事は適わなかった。
 木々が生い茂る中心の、ちょうど開けた場所で、それは待っていた。
「……クックック……久しぶりだな、疫病神」
「……ああ、そうだな。この、クソ野郎が。ある意味、あいたかったぜ」
 白い短髪。真っ赤な瞳。そして……サーギオスの黒い軍服に身を包んだ、
 明人とアイラは嫌な顔をし、フェイトは目にハートマークをつけて、向かえる人物。
 サーギオスのエトランジェ、一文字秋一。
「ハッ、口先だけならなんとでも言えるさ。この蛆虫が……ッ! 今日こそ、コロス!」
「相変わらずだな。……フェイト、アイラ、手を出すなよ……こいつは、俺一人でやる」
「そう、ですね。大隊長は使い物にならないし、私が加勢した所でどうにもなりません」
 そう言って一歩下がるアイラ。
 そして明人は一歩前に出る。
 すでにエトランジェとしての力はほぼ全開にしていた。
「……そうだ、明人。今日は、お前の死ぬ姿を見せたい人を連れてきたんだよ」
 秋一はそう言って、赤黒い『誓い』を右から左に薙ぐ。
 すると、木陰から一人の少女が、姿を現した。
「――ッ!」
「お兄ちゃん!」
 それは、酷く怯えた表情の来夢だった。
「さあ、来夢……僕がこの手で、この疫病神を殺してあげるから、もう安心していいよ。
 こいつといるから、来夢は不幸になったんだ。だからその元凶を……」
 赤い瞳が、さらに赤く染まり、秋一の力を増す。
「コロシてあげるよ! ふ……ククク……あっははははッ!」
「お兄ちゃん! 逃げて! 秋一お兄ちゃんは、本気だよ! だから……だから……ッ!」
 確かに、秋一の力は強い。
 明人のマックス――いや、それよりも少し上だろうか。
 それでも僅差なので、戦闘に影響は無いと思われる。
 しかし、明人は本気を出せない。
 もし、本気で戦ってしまえば、少なからず来夢に影響が及ぶであろう。
 そうなってしまうのだけは、避けたい。
 だが、秋一はそれを許さなかった。
「……貴様、本気でかかってこないのか? 本気でなければ、意味が無いんだよ!
 本気の貴様を消してこそ、来夢の呪縛は解かれるんだよ! ……本気に、させてやる」
 そう言って秋一は、『誓い』の切っ先を来夢へと向けた。
 刹那――
「ッ!」
 来夢の表情が、一変する。
 見開き、喘ぐように小さな口を開閉させる。
「な――ッ! 秋一! 来夢に何をした!」
「貴様が本気を出さないようだから……来夢の周りのマナを少し変えて、
 呼吸をできないようにしだんだ。さあ、さっさと僕にコロサれろ疫病神。
 このままだと、来夢が死んじゃうだろうが」
「あ……かは……ッ!」
「……秋一ッ! 貴様ぁッ!」
 ボンッ、と炸裂音のような音と共に、明人が空中を走る。
 地面を蹴り上げた時により発生した衝撃が、その地面を砕いたのだ。
 そして振り下ろす一撃は、今までで一番力を乗せたものである。
 その攻撃は――秋一の予想を遥かに越えていた。
「ッ! ぐぅ……ッ!」
 『誓い』の張った防御壁を貫き、秋一の肩を霞める『求め』の刃。
 明人は、『求め』の力を最大限以上に引き出していた。
 もちろん、暴走では無い。完全に、『求め』の力をコントロールしているのだ。
「少しはやるようなったようだなぁッ!」
 グッと『誓い』を両手で握り、秋一は反撃に出る。
「死ねよぉッ!」
 繰り出される鋭い突き。だが、
「甘いッ!」
 明人はそれを見切り、左に受け流す。バランスを崩した所に一撃を加えようとするが、
 秋一はその横薙ぎをかがんで避けた。
「甘いのはそっちだぁッ!」
 同時に、片手を離して地面に手をつき、素早く低い位置から回し蹴りを放つ秋一。
「く――ッ!」
 明人はそれを跳躍し、いったん距離を置く。 
「行くぞ、『求め』! これで、終わりだぁッ!」
 早々と決着をつけようとする明人。
 視覚で確認できるほど輝くオーラを纏いつつ、秋一目掛け突っ込む。
 低空からすくいあげような一撃。
 秋一はそれを振り下ろしで相殺する。
 明人はその刃を振りぬき、さらに空中で体制を立て直して落下速度をプラスし、
 再び攻勢に出る。
 地面が、砕け散った。秋一がこの攻撃を避けたためである。
 もうもうと上がる砂煙。
「――ッ!」
 一つの影が、秋一を捕らえた。
 砂煙に混じって、明人が一瞬だけ神剣の力を押さえ、近づいたのだ。
「終わりだ。秋一」
 秋一を射程内に捉え、明人がそう言った。
 『求め』に薄いオーラの膜ができ、そして、
「やめ……てぇ……ッ! おに……ちゃ……」
 来夢の声で、振りぬく事が出来なかった。
「……やはりそこだけは変わっていなかったな」
 肉に何かが刺さる嫌な音。
 明人の背中からは、『誓い』の先端が突き出ていた。
 秋一は明人から『誓い』を引きぬく。
 明人は、その場に突っ伏し、動けなかった。
「これが貴様の甘さだ。さあ、来夢……いま、忌まわしい呪縛から解いてあげるからね」
 フッとアンドの微笑みを浮かべる秋一。
 次には、来夢の表情が苦しいものから段々ともとに戻って行く。
「今から、この疫病神をコロシテアゲルからね……見ててよ、来夢……」
 そして、
「やめて!」
 来夢の叫びが、間一髪届いた。
 秋一の『誓い』が明人の頭部を捕らえる直前に、その腕が動きを止めた。
「あたし……ずっと、秋一お兄ちゃんの側にいるから……お願いだから、お兄ちゃんを
 殺さないで……お願い……ッ!」
「……ああ、ようやくわかってくれたんだね、来夢。なら良いんだよ。来夢が望むなら、
 こんな奴いくらでも生き残らしてやるさ」
「……ごめんね、お兄ちゃん……あたしがいたから、こんな目にあっちゃって……」
 倒れ、動かない明人に向かって、来夢はそう言った。
 来夢は、二人に殺しあって欲しくなかった。
 どちらが欠けても、いけないと思っていた。
 だから、明人が秋一を手にかけようとしたときに声を上げた。
 だから、秋一が明人を手にかけようとしたときに声を上げた。
 今、この瞬間だけでも、二人が生き残る手段は、自分が、秋一について行く、
 そう言うしか方法が無かった。
「そう言うわけだ。これで、貴様等にはもう用はない。さっさと帰れよ。フッ……
 ククク……アハハハハッ! ハーッハッハッハッハ!」

「……俺、また秋一に負けて……クソ……ッ! クソ……ッ! クッソォッ!」
「……落ちつきなさい、アキト」
 頭を抱える明人を制すように、厳しい表情のレスティーナの澄みきった声がかかる。
「あなたはまず、体調を整える事を最優先しなさい。あなたは我が軍の隊長です。
 今は前線に復帰する事だけを考えてください。いいですね?」
「……ああ、すまん。また、来夢の事になって周りが見えなくなっていた……」
「それと」
 ここでようやく、レスティーナの表情が緩んだ。
「フェイトさんとアイラさんに、ちゃんとお礼を言う事。あなたを拠点まで連れて
 来てくれたのは、彼女達なんですからね」
 そう言って、珍しく少しおぼつかない足取りで扉へと向かうレスティーナ。
 そういえば、明人は気になる事が一つあった。
「もしかして俺が寝ている間、ずっと看病してくれたの……レスティーナか?」
「……そんなわけ、ないですよ。わたしは国務もありますから、そんな暇はありません」
 そう言い切って、レスティーナは部屋をあとにした。

 ラキオスに強制送還されてから一日。
 治療のために一時帰国してきたハリオンから、明人は今の近況を聞き出す。
 現在ラキオス軍は、最前線の拠点として利用している場所を防衛しているという。
 そこまで激しくはないが、何度か敵の襲撃があったらしい。
 明人が戻るまで迂闊な行動に出れないという。
「だから〜、早くよくなって下さいね〜。アキトさ〜ん」
 独特の間延びした口調のハリオンが、今回の治療を終え、明人に言放つ。
 ちなみに、明人の傷は深く、一度の回復魔法ではどうにもならない程であった。
 一度に回復魔法をかけすぎると逆に悪化する場合があるので、こうして複数回に分けて
 治療を行っているのである。
 それほど、秋一の力は強大だったと言う事だ。
「ホント、すまない」
「それは〜、隊のみんなに言ってくださいよぉ。言わないと、メッ、ですからね〜」
 この間延びした口調ですごまれてもイマイチ迫力にかけるが、ハリオンの表情は
 いつもより少し怒って見える。
 そしてその言葉には何故か有無を言わせぬ威圧感が顔を覗かせていた。
「……わかってるよ。さすがに」
「……よろしい♪ ナデナデ」
 擬音着きで、ハリオンは明人の頭を撫でる。
 どうしてもこのハリオンには頭が上がらないな、と明人は思ってしまう。

 そしてこの日、明人はハリオンの治療のあとリハビリもかねて少し出歩くことにした。
「あっ、アキトクン」
「え? あ、アズマリア女王」
 レスティーナに外出許可を貰った帰り道の廊下で、自分よりも頭一つ分低い場所から
 声をかけられる。
 それは、アズマリアであった。
「わたしのことはアズマリアって呼び捨てでいいよ。レスティーナみたいにさ」
 ちなみに、アズマリアは今現在、イースペリアの復興がままならないので一時的にだが
 レスティーナの補佐にあたっている。
 もちろん、イースペリアが戻れる状態になれば、今すぐにでもパーミアを連れて
 戻るところだが。
「……わかったよ、アズマリア。これでいいか?」
「うん。素直でいい子ね」
 明人はこんな事で口論し、体力を使う気になれなかったため、素直に呼ぶことにした。
「で、傷もうよくなったの? 外出できるくらいに」
「まあ、おかげさまでな」
「ふふ……やっぱり、レスティーナの看病が利いちゃったのかな?」
「……え?」
 ニコニコと笑いながら話しを進めるアズマリアの口から意外なセリフが飛び出し、
 明人は疑問を乗せた表情を浮かべる。
 それは意見の食い違いからくるものであった。
「え、ってもしかして聞かされてなかったの? アキトクンが連れてこられた時、
 レスティーナったら、一晩中つきっきりで看病してたって」
「あっ、ああ……だって、レスティーナは国務があるからそんな事は無理だって」
「そんなのわたしに全部押し付けてたに決まってるじゃない。……ありゃ? もしかして、
 言っちゃダメだったかな……?」

 ボーっとしながら、明人は街を歩いていた。
 その頭の中は、不謹慎だがレスティーナの事で一杯だった。
 レスティーナは自分を心配して、看病してくれた。
 なのに何故、そのことを黙っていたのか。
 嘘までついて。
 理由が、見つからなかった。
 ふと、周りが結構騒がしい事に気付く。
 人だかりが、一つ出来ていた。
 明人はそこに足を運んでみると、スピリットの少女が三、四人いた。
 見た事の無いスピリットだったが、敵意がまったく感じられず、ただ、露店の商品を
 見た目相応の可愛らしい笑顔で見つめているだけであった。
 捕虜にしてきたスピリット達の一部であろう。
 まだ、戦えないスピリットも多々にいたはずだから。
 そのスピリット達は露店のおじさんに一言挨拶をすると、次の店へと向かったらしい。
 明人はその事を無条件で喜んだ。
 もうスピリットが蔑まれる存在でなくなっていると言う事を、直で見れたため。
 そして、早く自分の傷を癒し、この戦いを終わらせ、この笑顔をもっと増やしたいと、
 決心した。
 振りかえり、他の場所へ行こうとすると――
「きゃ――ッ!」
「うわっと……」
 ――まさか――ッ!
 明人の脳裏に、ある言葉が浮かんでくる。

『アキト君は、私と甘〜い(はぁと)デートをする』

 これだ。この、レムリアのセリフだ。
 今までも二回、このパターンがあった。
 フェイトのを合わせれば三回ある。
 二度あることはなんどやらと言った言葉を思い出し、明人は約束を軽々しく
 するもんじゃないと思ってしまう。
 この調子で行くと――あのセリフが実行に移されてしまう。
「いったたた……いったいじゃないもう! どこ見て歩いてるのよ!」
 明人はとりあえず、胸をなでおろした。自分とぶつかった少女を見て。
 レスティーナとはとうてい似つかない、茶色の髪をポニーテールに結っていて、
 ピンク色のシャツに濃紺のハーフパンツを装備した小さな少女だったから。
「ごっ、ごめんごめん。つい、前方不注意で……」
「……ふむ……まあ、悪いって思ってるならいいわ。今度からは、気をつけるのよ」
「おいアテナ、どうしたんだ?」
 後方で、この人ごみから頭一つ分抜き出た青髪の青年が声を放った。
 これは凄い。この青年の身長は二メートルはありそうな勢いだ。
 マントをはおり、背中にはその身長に負けないほどの大剣を背負っている。
「あっ、ラルフ。何でも無いよ。ちょっと人にぶつかっただけだから」
「そっか。あっ、わりぃな少年。こいつに色々と毒、吐かれただろ?」
 その青年はにっと笑いながら明人に話しかけてきた。
 片手は、少女の頭に覆い被さっている。
「いや、そんなに。それよりも俺の方が前見てなかったからなに言われても仕方ないよ」
「まっ、どうせこっちもあっちに見える露店の御菓子に目がいってたんだろうから、
 お互い様っつう事で」
 図星なのか、少女は黙ってしまう。
「んじゃ、お騒がせしましたっと。ほら、行くぞアテナ」
 そういって青年は少女を連れて人ごみに紛れていく。
「そういやさ、ここってどこなのラルフ? なんか望がいた世界とはまた違うっぽいけど」
「さあな。まっ、気にした方が負けだっていうことにしておけ。早くもどんないと、
 杏と望、色々といけない事やっちまってるかもしれねえぜ?」
「ハッ、そんな度胸、望にあるはず無いでしょ」
「……だな」
 そして、消えて行った。
 最後に不可解な会話をしていたが、それに、あのアテナと呼ばれていた少女の耳の先が
 少し尖っていたりしたのは、目の錯覚だと信じたい。
 それにしても……
「なんか、初めて会った気がしないな……。まあ、いいか。気のせいだろ」
 である。そういう事にしておいてください。深く追求はしないでください。
 そしてふう、とため息をつき、明人は最大のピンチを――
「アキト……君?」
 背後から聞こえてくる声を聞いて、確信した。
 ある意味、聞き慣れた透き通るような声。
 その主の名前は……そう、彼女であった。
「……マジかよ……レムリア」
「わあ……アキト君だ! やったぁ! これで約束、達成だね!」
 今一度言おう。
 明人は最大のピンチを、乗りきってはいなかった。

「あたしってば、ずっとお弁当つくって待ってたんだからね♪」
 とりあえずレムリアに捕獲された明人は当然のように高台へと連れて行かれていた。
「見よ! この豪華なお弁当を♪」
 開かれるお重。
 その上二段を持ち上げ、明人へと自信満々な笑顔で差し出すレムリア。
 明人はそれを見ると、また違う意味で頭を抱えたくなった。
 目の前に広がる食材は、一体なに? と言った疑問からだ。
 一つはなんとなくわかった。
 自分の嫌いな、嫌いだったリュクエムに肉を詰めたさしずめピーマンの肉詰めだろうか。
 そしてもう一方は、コロッケとかそういう類の揚げ物であろうか。
 見た感じはそうなっている。
 しかし、中身はなんだ。
 この真っ赤な食材はなにで出来ている。
「あ……あの、これ」
「ああ、それはアキト君のぶん! 『全部』残さず食べてね♪」
 反論の余地の無いまま、手渡されるお弁当というなの爆弾。
 とりあえず、リュクエムの肉詰めを頬張って――
(〜〜〜ッ!?)
 絶句した。
 確かにリュクエムはこの世界に来て、なんとか克服したはずだ。
 しかし今、口に頬張ったものは果てしなく、自分が食べたリュクエムの味から遠かった。
「どう? 美味しい? 美味しい?」
「……ま、まあまあかな……」
 さすがに本人を目の前にして本音を言う事などできるまい。
 苦笑いのままに明人は言った。自分の胃袋に鞭打って。
 そして三つあったリュクエムの肉詰めをたいらげ、残すは真っ赤な具のコロッケ。
 下の段にはパンが入っていたので、これはいざという時このコロッケの味を
 中和するための緩和材という重要な役割を果たしてくれよう。
 とりあえず、箸でつまんでみる。

 ――グブジュウッ!――

 嫌な音だ。料理を箸でつまんだ時に出現するような音ではまず無い。
 つまむと同時に今の音と、緑色の液体が『勢いよく』出現した。そう、『勢いよく』だ。
 一瞬、明人の動きは固まる。それは純粋な恐怖からくるものであった。
 どうやらこちらの方が、先程よりもより強力な兵器だったらしい。
 先程のがただ爆弾としたら、今の音で想像できるこちらの威力は核弾頭。
 明人は冷や汗をかく。
 ――この有機物をかたどった人体破壊兵器を食って、俺は生き延びれるのか?
 そんな疑問がよぎる。
 それほどまでに、ヤバイ匂いをプンプンさせているのが、この兵器だ。
 しかし、
「?」
 本人の前で、ホントの事を言うのは気が引ける。
 ――……男は度胸! ええい、食って死ぬ事は無いだろ!
 意を決して明人は、口へと放りこんだ。
「…………? ……? …………〜〜〜ッ!?」
 まず一噛み。そして二噛みした時点で、それ以上続かなかった。
 それと同時に、先程の死ぬ事は無いという部分を激しく訂正したくなった。
 飲みこみたいけど、飲みこみづらい。
 異常な不味さだけが口一杯に広がっていく。
 なにやら繊維が多いらしく、丸呑みしようとも喉が受け付けない。
 その喉をなんとか通過しても今度は胃がストライキを起こし始め、投下を許さない。
 ワーイング、ワーイング、と明人の体が悲鳴を上げ始める。
 ようやく、胃がこちらの要求を受け止め、なんとも言えない後味を残しつつ、
 口の中は掃除された。
 しかし、敵はまだ二つ残っている。
「どう? 今の、美味しかった?」
 目を輝かさんばかりに迫ってくるレムリアに、
「……ま……まあまあ……かな……」
 明人はホントの事を言えなかった。

 明人は生き延びた。
 まさかラキオスで療養している時に最強の敵と出くわすとは思っていなかったから。
 物凄い達成感が、明人を包み込む。
「ふぁ……あ……」
 そこに、レムリアの眠たそうな欠伸。
「眠いのか? レムリア」
「へ? あっ、まあ……やっぱり、お弁当朝の早くから作ってたから」
 えへへ、と気恥ずかしそうに笑って見せるレムリア。
 欠伸を見られたためか、それとも……といった所まで明人の思考は回らない。
 せいぜい前者止まりだ。
「でも、毎日俺と会う日までこうして――ん? 街が……ッ! あれは、煙!?」
「へ? あっ、ホントだ!」
 明人の目線の先に、休日を告げるような真っ黒な煙が上がっていた。
「なにかあったのかもしれない。悪い、今日はここまでな!」
 明人はレムリアに背を向け、走り出した。
「あっ、待ってよアキト君!」
 レムリアも、慌ててそのあとを追い始めた。

 もうもうと煙がたちこめる広場。
 そこには、あの時街で見かけたスピリットの少女達が怯えた瞳で腰を落としていた。
 うち一人はけがをしている。
 問いただしてみると、どうやらサーギオスのスピリットが街に侵入し、
 神剣魔法を放っていったらしい。
 その神剣魔法で他の人間達が傷つかないように飛び出した少女が、今けがをしている。
 広場を中心に、街は混乱の真っ只中にあった。
 誰もが我先にと逃げ道を探し、次々と薙ぎ倒される女子供。
「アキト……君ッ! これって……」
「……サーギオスの連中だ。ソーマを倒してもまだ、こんなことする奴が
 いるなんて……ッ!」
 神剣の気配を探ってみる。
 しかしもうすでに黒い気配は無い。
 逃げられたようだ。
「くそッ! みんな! 慌てて逃げるな! もう、なにも起こらないから、
 落ちついてくれ!」
 明人が叫ぶも、一向に喧騒が収まる気配は無い。
 どうやら、サーギオスの狙いはこれだったらしい。
 人の心の弱さを利用して、小規模な爆発でも民衆に多大な被害を及ぼす。
 平和なラキオスにとってこれほどまで効果のある攻撃はあまり思いつかないだろう。
「……みんな……みなさん、落ちついてください!」
 明人に代わって、レムリアが声を張り上げた。
 すると、喧騒が一瞬であるが静寂を取り戻す。
 レムリアの放つその声は、先程まで無邪気に話しをしていた少女のものではなく、
「もう、なにも起こりません。敵は、去りました。我が国のエトランジェが、
 そう言っています。ですからみなさん、落ちついてください」
 髪を後ろに纏めていたリボンを外し、ゆっくりと広がっていく黒髪。
 その姿は、ラキオス王国第一王位継承者――
「レス……ティーナ……」
 レスティーナ・ダィ・ラキオス。
 服装こそ街娘チックだが、凛と輝く強い意思を持った瞳、透き通るような美しい声、
 そして王族の風格が、全身から溢れていた。
 レスティーナの言葉を聞き、この騒ぎは収まった。
「……ごめんね、アキト君……今まで、騙してて……」
 振り返り、明人を見つめる少女。
 その瞳は、確かにレムリアのものであった。

 そして二人は誰にも気づかれぬよう、広場を抜け、すでに闇がかった街を一望できる
 高台へと戻ってきていた。
 何をするというわけでもなく、ただ、二人は街を眺めているだけであった。
「……なんで、隠してたんだよ」
 そのなかで、先に口を開いたのは明人の方だった。
「だって……こうでもしないと街を出歩く事なんて出来なかったし……」
 明人の問いかけに、髪を下ろしたレスティーナは静かに答える。
「それと、俺の看病を一晩していたことも」
「……そんな恥ずかしい事、言えるわけ無いじゃん……」
 ここで、一旦短い会話は途切れる。
 数十秒後、今度はレスティーナが口を開いた。
「わたしだって、普通の女の子なんだよ……? 女王女王って言われてるけど……あれは、
 偽りのわたし。気丈で、冷静で、みんなが死んじゃうかもしれない作戦の命令も
 平気でしちゃう……そんなの、わたしじゃないよ……」
 いつものポジションに腰掛けていたレスティーナが、明人と同じ地面に降り立ち、
 背中を壁に預けて体育座りをする格好をとった。
「わたしだって、普通に街を出歩いて、ヨフアル食べて、露店見て回って、
 笑って、泣いて、怒って……普通の女の子がしたかった……ッ! だから、
 アキトを……アキト君を騙しつづけてきたの……」
 顔を伏せるレスティーナ。すぐに、グズ、っという鼻をすする音が聞こえてくる。
 レスティーナは、泣いていた。今まで溜め込んできたものが、爆発するかのように。
「もう、嫌なの……ッ! みんな死んじゃう……そんなの、嫌なの……ッ!
 アズマリアだって……スピリットのみんなだって……それに……アキト君が死んじゃう
 なんて、絶対に嫌だよ……ッ!」
 それから、レスティーナは泣いた。泣きつづけた。
 明人は、かける言葉を捜した。自分の考るという機能を、全てその探索に向けている。
「もう……わたしみんなの前に戻る自信……ないよ……もう……あんなわたしに
 戻る自信……なんて……これでもう、アキト君にも……嫌われるし……」
「レスティーナ」
 明人に名を呼ばれ、顔を上げるレスティーナ。
 すでに目は真っ赤に充血し、頬は涙の跡で一杯だった。
「俺はレスティーナの事、嫌いになんかならない。なる理由がどこにあるんだよ。
 俺はラキオス王国女王レスティーナが城下町で出会った街娘のレスティーナでも、
 嫌いになんかならない。むしろ、嬉しいさ」
「え……」
「だって、『レムリア』が本来の、あるがままの『レスティーナ』なんだろ?」
 急に問いかけを始める明人。思わずレスティーナは反応が少し遅れてしまう。
「う……うん……」
「なら、俺は本来のレスティーナが見れて、嬉しい。いつもあれだけ気張ってるんだから、
 少しくらい弱い所、見せてくれてもいいんだけどなって思ってた。
 そして今、俺は本来のレスティーナの本音がきけた。嬉しいよ、本音が聞けるのは」
 ここで一旦言葉を切り、明人はジッとレスティーナの黒い瞳を見つめる。
「俺は、そんなレスティーナ全部が、好きだ。ようやく見せてくれた、弱い所も含めて。
 って、べ、別に深い意味は無いぞ……」
 最後を付け加える所が朴念仁であり、明人らしさを出しているところである。
 それを聞いて、レスティーナはフフッとようやく笑みを漏らした。
「あのさ、エスペリアとかにも言ったんだけど……一人で、深く考えすぎない方がいい。
 レスティーナの周りには、支えてくれる人が沢山いる。頼りないかもしれないけど
 俺とか。スピリットだったらエスペリアとか。身近な人だったら、アズマリアとか。
 だから……」
 そして明人はレスティーナの目の前で膝をつき、目線を合わせ、
「だから弱い自分に負けるな、レスティーナ。自分自身の事は、他の誰にもわからない。
 だってレスティーナは、レスティーナなんだ。他の誰でもないいんだから。
 それでもしも、その自分に負けそうになったら、今みたいに本当の自分をさらけ出して、
 頼ればいい。俺でも、エスペリアでも、アズマリアでも、ハーミットでも、
 それに他のみんなでも」
 そして明人は笑顔を見せ、
「……みんな、レスティーナの事大切に思ってるんだからな」
 言放った。
「……ありがと、アキト君……」
 レスティーナも、涙をためた微笑みで返してくれた。
「……でもね、やっぱりお城のレスティーナは、まだまだ怖いんだよね。実際のところさ」
 そして立ち上がり、この世界特有の青い月を背負ったレスティーナは、再び髪を纏める。
 レムリアの姿になったレスティーナが、明人を見つめる。
「……今夜で、レムリアはラキオスからいなくなります。彼女は遠い遠い、この世界で
 二人しか知らない場所に旅立ちます。だから最後にレムリアは……」
 そう言いながらゆっくり、ゆっくりと明人に近づく『レムリア』。
「大好きな人に告白をして、レスティーナに勇気を分け与えました」
 少し身長差ある月影が、一つに重なった。
 明人は避ける暇すらなかった。
 いきなり首に手を回され、グッと引き寄せられ、次には唇に柔らかい感触を感じていた。
 そしてレムリアは名残惜しそうにゆっくりと唇を離し、再び青い月を背負って、
「……アキト君、ずっとずっと、大好きだったよ! ううん、これからもずっと、
 ず〜っと、大好きだよ!」
 今まで見せたなかでも、最高の笑顔で、言放った。
 その笑顔は、月光に照らされ、更なる美しさをかもし出していた。
「それと、ありがとう! もうわたし、大丈夫! きっと、きっと大丈夫だから!」
 元気になったレスティーナ――もとい、レムリアを見て、明人は、酷く安心した。
 その姿が見れたから。
 本来のレスティーナが、また戻ってきてくれたから。

 次の日――
 レスティーナは、元通りになっていた。
 確実に国務をこなし、大臣達とも冷静なやり取りをし、その風格は昨晩見せた
 泣き顔とは無縁の関係だった。
 その姿はまさに、一国を担う女王として、君臨するのにふさわしい姿であった。

「……これでもう、大丈夫だと思うよ」
 『曙光』から輝きが薄れ、ニムントールはそう言った。
 本日の担当はニムントールだったので、明人の目覚めは強烈なヒップアタックであった。
 ニムントールにしては珍しい、幼い行動であった。
 もちろん、明人に会えるのが嬉しいとかそう言った理由なのに本人はまったく
 気付いていない。
「もう傷も完治してるし、体の嫌なマナもほとんどでてるから、大丈夫だと思う」
「そっか。ありがとな、ニム」
 スッと立ち上がってみる明人。
 体は、軽い。確かに傷も完治して、体調は万全だ。
 これならばすぐにでも前線に戻る事が出きる。
「よし。俺はレスティーナの……なあ、ニム」
「なに?」
 少し明人は顔を赤面させ、ニムントールに話しかける。
「レスティーナのところにもう戻るって報告するのに、ついてきてくれるか?」
「へ? あっ、う、うん。別に、いいけど」
 さすがに、あんな事をしておいて(というかされておいて)一人で会いに行く気には
 なれなかった。
 ニムントールはニムントールで、まんざらでもない表情をし、コクリと頷く。
(……なんで? なんでアキトさん……っは、ニムを誘う……? ま、まさか……そんな)
 ここまで考えて、ニムントールは珍しく顔を真っ赤にして俯いてしまった。
 最近下手に意識し始めてしまった人からのお誘い。
 そしてファーレーンから与えられた無駄知識によりあらぬ方向へと考えを曲げてしまう。
「んじゃ、行こうか」
「う……う、うん」
 そしてレスティーナのもとには二人で赴き報告をして、エーテルジャンプの時に
 役得とばかりにニムントールは明人にへばりついていたのは、他のメンバーには秘密だ。

 ソーマがいなくなり、統率の取れていない部隊を撃退するのは、容易な事であった。
 明人が復帰すると同時に、暖めていた作戦が開始された。
 まず、部隊を三つに分けて行動を開始した。
 東のゼィギオス方面には空也、美紗、マロリガン四人衆、そしてセリスが向かう。
 この進撃は、まさに電撃的なものであった。
 途中に街もあり、そこで休息を取りながらも美紗の攻撃力、空也の統率力、
 そして個人の能力の強力さで次々と敵を薙ぎ倒し、あっという間にゼィギオスを
 占拠していた。
 その時、茶色の髪の少女が「どーだまいった秋一ぃッ! こんなんであたしが
 止めれると思ったのかぁッ!」と、高らかと宣言していたという。
 もちろん背後ではやれやれと従者が呆れた表情をしていたが。
 次に西へ向かったのは、セイグリッド、パーミア、ヒミカ、ファーレーンを中心とした
 ラキオスの精鋭部隊。
 こちらの方が東よりも警備が厳しく、ほとんどのスピリットをここに回すことに
 なっていた。
 先程のメンバーに加え、ネリー、シアー、ハリオン、ニムントール、ヘリオン、
 セリア、ナナルゥとほぼ総力戦だった。
 しかし四人の指揮官が全て上手く機能し、危なげなく、サレ・スニルを占拠していた。
 そして最後に、フェイト達が見つけた最短ルートをたどってユウソカを占拠するのは、
 明人、アセリア、エスペリア、ウルカ、フェイト、アイラの六名。
 もちろん、戦力としては申し分無い。ほぼ、最強の組み合わせだ。
 まさかここを一気に狙って来るとはサーギオス側も思ってはいなかったらしく、
 奇襲は成功した。
 しかしさすがは最後の守りとして固められていた拠点。そう簡単には落ちなかった。
 それでも、あと一息の所まで明人達は追い詰めていた。

「……これ以上は無意味だ。剣を捨てろ、自我があるのだったらな」
 明人は目の前のスピリットに背を向ける。
 まだ、精神の残っているスピリットだった。
 だから明人は、殺すような真似はしない。
「ん……別に、戦いたいなら、それでもいい……けど、あたしは殺したくない……」
 そう言って、アセリアも構えこそ解かないが、自分から突っ込んで行くと言う事は無い。
 それでも向かってくるものに対しては、容赦はしなかったが。
「これ以上戦って、なんになるんですか。さあ、剣を置いて、降伏してください」
「手前達は、殺し合いをしにここへやって来たのではありませぬ……ですから」
 このように、明人達はほとんどのスピリットをマナへと還さずに、事を終わらせていく。
 もう、終戦は目の前なのだ。これ以上、無駄な命を刈り取りたくない。
 そういった考えを、明人達は遂行していた。
「……すんごいねぇ……あり得ないわよこんなの……ほぼ無血じゃない」
「ですね。だけどこれが、隊長殿の良い所だと私は思います。大隊長は甘過ぎとか
 考えてると思いますけど、こんな事できる人間、そういませんよ?」
「う〜ん……でもそのうち寝首掻かれそうだけど」
「その時はっていうかもう」
 フェイトとアイラは同時に跳躍する。
 明人の背後を、まだ戦意の失っていないスピリットが狙っていた。
 そのスピリットが炎の神剣魔法を放つ。
「全てを凍てつかせろ。アイシクル・ウィンド」
 それはアイラの神剣から放たれる吹雪によって、相殺された。
 『氷河』の名は、伊達ではない。アイラは特殊な神剣魔法を使う事が出きるのだ。
 こうした、氷を操る神剣魔法を。
 ギィンッ! という金属が弾かれる甲高い音。
 フェイトは、神剣魔法を放った少女の神剣を思いっきり弾き飛ばし、首筋に切っ先を
 向ける。
「……怖いんだったら、最初からしない。せっかく、隊長さんが助けてくれたんだから」
 フェイトは、瞳に怯えを出しているスピリットをひと睨みし、そして剣を下ろした。

 ユウソカは、落ちた。
 ほぼ三つの拠点は同時に落とされていた。
 そしてユウソカに全部隊が集結するはずだったのだが……
「……アキト様、クウヤ様の部隊がいまだに……」
 東のゼィギオスを占拠したはずの空也達から、連絡が一切無いのだ。
 しかし、明人は慌てる事は無かった。
「大丈夫だ。空也と美紗が、やられるはずが無い。なにか、考えがあるんだろ」
 二人の実力と、他のメンバーの実力からして、負けるはずが無い、どんな事が起きても、
 と確信が持てていたから。
 明人達は、今いるメンバーだけで、目的地へと進行する。
 戦いを終わらせるために、そう、全ての戦いに終止符を打つために、
 この、サーギオスの城内へと……

「くそっ、広すぎなんだよ……ッ!」
 明人は思わず、そうぼやいていた。
 帝都にそびえたつサーギオス城内は、ラキオス城よりもかなり広く、
 複雑な構造になっていた。
「――ッ! これは……」
 秋一の神剣の気配を頼りに、明人達は足を進めるが、目の前に強力なスピリットの気配。
「ここから先へは通さないッ! 我等、妖精騎士団がな!」
「ちっ、手加減できる、相手じゃないな……全員、散開! 敵を殲滅する!」
 秋一直属の部隊である、妖精騎士団に足止めを食らってしまう。
 明人の掛け声と共に、この狭い室内での戦闘が開始された。
 この部隊はサーギオスの中でも遊撃隊と肩を並べるほど強力な部隊である。
 なんとかといった様子で、ラキオスは現在、優勢を保っていた。
 やはり、エトランジェの力は大きい。
 隊員全員の能力を一時的に底上げする神剣魔法、『ホーリー』の加護を受けているためか。
 だがもう一つ、早期殲滅するにあたって、重要な役割を担う部隊が現れた。
「マナよ、小さき雷となりて、敵を滅せよ! ライトニング・ブラストッ!」
 一本の光が、こんな室内でこんな大技をぶっ放す人物を特定させた。
 明人は、光の発射口の名前を呼ぶ。
「美紗!」
「遅れてごめん、明人! でも、あたし等が来たからにはもう安心よ!」
「ちょいとな、勝手口っぽいのがあったんでそこから進入しようとしたんだが、
 やっぱ警備がきつくて抜くのに時間がかかったんだよ」
 いつのまにか明人の横にいた空也が、説明を加える。
 このラキオスの増援により、妖精騎士団は、抵抗空しくほぼ壊滅していった。

 だがそこに、
「……そこまでです、ラキオスの方々……」
 仮面のスピリットを筆頭に、遊撃隊が明人達を囲むように現れた。
 しかし、取り囲む遊撃隊は動かない。
 明人達も、下手な手出しは出来ない。
 何故ならこの場は、すでに二人のスピリットの舞台となっていたから。
 一歩前に出る、仮面の少女と、漆黒の翼。
「……クリス」
「……あなたにはもう、この偽りの仮面は必要ありませんね。隊長」
 ウルカに名を呼ばれると、仮面の少女――クリスは仮面を取り払った。
 すると、ふわりと真っ青な髪の毛が空中を踊った。
「……皆さんには、感謝しないと行けません。私の部下にも、そちらの隊長にもね」
「手前も、そう思います。このような場を作っていただき……」
 『冥加』を構えるウルカ。
 対峙するクリスも、『蒼天』に手をかけ、構える。
 緊迫した空気が、辺りに立ち込めた。
 誰一人として、この場に水を刺そうというものはいない。
 そしてここにいる全員が、こう思っていた。
 最初の一太刀で、全てが決まる……と。
「……ハァッ!」
 最初に動いたのは、クリス。
 ブラックスピリットとは思えないほど美しい青髪をなびかせ、前屈姿勢の構えを取る
 ウルカ目掛けて超高速で移動する。
 そして、
 音も無く、二人の元いた場所は、入れ替わっていた。
 今の一瞬の間に、どれだけ剣を交えたか、どれだけの斬撃を放ったか。
 すでに明人達の目で追える範疇ではなかった。
 両者とも、動かない。
 その中で、先に膝を付いたのは――
「……く……ッ!」
 ウルカのほうだった。
 明人は息を呑んだ。最悪の結果が、脳裏によぎった。
 しかし、次の瞬間――
「さすがです……迷いの消えた太刀筋……見事、でした……」
 クリスが前のめりに、倒れた。
 どうやら完全に意識を失ったらしい。ピクリとも動かなかった。
 この無言の勝負、ウルカに軍配が上がったらしい。
「……隊長が負けました。私達はもう、あなた方に手出しはいたしません」
 遊撃隊員の少女が一人、言放った。
 どうやらクリスは、事前にそう言っておいたらしい。
「なら、早く手当てをしてあげてくれ。俺達はもう、先に行く」
「……やはり、あなた方のような人達が新しい時代を築いて行くのですね……」
「……そんな事無いさ。俺はただ、ものの見方を変えただけの普通の人間さ」

 これで、城内での戦力は全て削ぎ取った。
 あとは、秋一を残すのみである。
(えらく久しぶりだが……まあ、いいだろう。契約者よ、『誓い』はこの真上にいる)
 明人に話しかけてくる、『求め』。
 しかし明人は速く行きたい気持ちを押さえ、
「そうか。ならみんな、ここで一旦休憩だ」
 みなに休息を取らせることにする。
 この先、なにが起こるかわかったものでは無い。
 みんな、連戦で疲れている。そこにまだ、秋一以外の戦力がいたら、だれか
 やられる危険性も出てくる。
 だから明人は、万全の状態で向かいたかった。
 もう、仲間を失う事などしたくなかったから……。
「だいぶ、隊長っつうものが板についてきたな、明人」
「いつもだったら突っ込んで行く所なのにね」
 どうやら先程の会話、『因果』、『空虚』を通じて聞かれていたらしい。
(そうだな。『求め』の主もそうだが、お前達も随分成長したと思うぞ)
 『求め』よりも少し渋みの抜けた、『因果』の声がする。
「おっ、そうか? まあ、これも全部戦いを終わらせるためだ」
 ニッと笑って、空也は『因果』の言葉に答えた。
(……認めたくないけど、あなた達の精神はほんの少し前とは比べ物になら無い程、
 強くなっているわね)
「当然よ! だって言ったじゃない、あたしはもう、あんたなんかに負けないってね!」
(よく言うわ。とか言うあなたが、この中で一番精神脆いんだから)
「はん! その脆いとか言ってる奴の精神すらのっとれないのになに言ってるんだか」
(ッ! う、うるさいわね! い、いつか力を取り戻した時には)
「そのいつって、いつの日になる事やら」
(……契約者よ、そろそろ『空虚』とあの娘を黙らせろ。うるさくて仕方が無い)
 この二人の口喧嘩に、一番初めに嫌気が差したのは『求め』だった。
 どうやら、この二人の関係は一向に成長が無いらしい。
 まあ、喧嘩するほどなんとやらとも言うし、実際戦闘でも二人は結構息はあっている。
「……無茶言うな。おまえ、俺がとばっちり受けて消されるだろ」
「だからってオレを見るな明人。こいつ等の喧嘩は、どっちかが飽きるまでだ」
「アキト様、クウヤ様、ミサ様」
 エスペリアの声で、明人は振り向き、空也もそれに習って、美紗は口喧嘩を止める。
「みんな、もう十分といっています。さあ、行きましょう。この戦いを、終わらす戦いに」

「……なんだ。まだ懲りてなかったのか」
「ああ、そうだな」
 対峙する明人と、秋一。
「お兄ちゃん……」
 その背後には、来夢の姿もあった。
「まあ、知恵はつけてきたようだな。しかし、弱者がいくら集まろうと所詮は弱者だ」
「……ああ、俺は弱いさ。確かに、お前よりも弱いかもしれない」
「……なに?」
 いつもと違った明人の反応に、秋一は怪訝そうな表情をした。
「俺は貴様と違って、弱い。だから、他人を頼る。頼る事が出きる。お前と違って、
 一人じゃない。俺には、みんながついていてくれるんだ。だから」
 明人はゆっくりと、『求め』を構える。
「今回は、負けない! みんなの気持ちを背負って、俺は、貴様を倒す! 秋一ッ!」
 明人飛び出ると同時に、ウルカ、美紗、フェイトが動いた。
 明人よりも早く移動し、後方に立っていた来夢をいち早く保護する。
「美紗お姉ちゃん……」
「来夢ちゃん、もう大丈夫だよ。明人が、全部どうにかしてくれる……」
 大きな瞳に涙をため、来夢は美紗の胸に飛び込んだ。
「でも……! でも……二人が殺しあうなんて……嫌だよぉ……」
「……来夢ちゃん、ダメなのよ。あの二人、どちらかを選ばなきゃ……ね」
「――ッ!」
 美紗の言葉には、もう、あの二人を止める事など出来ない……
 そう言った意味が含まれていると言う事を、来夢は理解した。

「だぁあああッ!」
「死ねッ! 死ねよ疫病神ぃッ!」
 空也ですら、この二人の次元を超えた戦いに、手出しが出来なかった。
 二人の剣があわさるたびに、マナが振るえ、床を揺らしていく。
 そのやり取りだけで、この城内が崩れてしまいそうなほどだった。
「消え去れ! オーラフォトン・レイッ!」
「させるか! オーラフォトン・ビームッ!」
 二人の神剣魔法が重なり、相殺される。
 その時発せられた光に身を隠し、明人は接近を試みるが、自分目掛けて突き出される
 赤黒い刀身。
 それを捉えると同時に、身をよじっていた。
 頬を霞め、斬り裂かれるが、明人は剣を振りぬく。
 しかし手応えは無い。
 どうやら、二度目は無かったらしい。
 だが明人は無理矢理攻勢にでる。
 振りぬいたまま、円運動をして秋一に一太刀を浴びせる。
「――ッ!」
 ここまでは予想していなかったらしく、秋一は身を反らせ、切っ先を回避する。
「ちぃッ!」
 一旦距離を取る明人。
 秋一の頬に一筋の血液が流れ始めた。
 ほぼ、明人と同じような場所であった。
「僕に……僕に傷を付けたなぁッ! コロス……ッ! コロシテヤルッ!」
 その血液のように真っ赤な瞳が、さらに真紅に染まる。
 秋一が高速で床を砕きながら走りこんでくる。
 今までで、最高の速度だ。床を破壊するほど、全身にオーラフォトンを纏いながら。
 『誓い』を振り上げ、斬りかかる秋一。
 明人は、それを受け止める。
 ミシっと、明人の腕で軋む音がした。
「ハァアアアッ! シネッ! シネヨッ! アキトォッ!」
 秋一の力に、押されている。
 ジリジリとにじみ寄ってくる刃。
 しかし、届く事は無かった。

「お願い……お願いだから、死なないで!」

 来夢の声――それに続く、

「……お兄ちゃん!」

 明人を呼ぶ声によって。
 秋一の力が、急激に弱まった。いや、ほぼ無に等しくなった。
 目を見開いて、呆然とする秋一。
 その先にあるのは、美紗の前に立つ来夢の姿。
「そんな……うそ、だろ? 来夢、僕じゃなくて、この疫病神が」
「お兄ちゃんは疫病神なんかじゃないもん! あたしにとって、大切な人だもん!
 お兄ちゃんは、秋一お兄ちゃんに無いもの、沢山持ってるから!」
 ライムの言葉を、信じられないといった表情で聞く秋一の背後に、明人が詰め寄る。
「……お前は、孤独過ぎたんだよ。他人を信頼せず、また頼る事も無かった」
 明人は、『求め』を振り下ろした。
 倒れる秋一の背中には、袈裟に裂かれた傷痕。
「俺とお前……また、違った出会いをしてれば、こんな事にはならなかったのかも
 しれないな……秋一」
 悲しそうに、秋一の亡骸を見つめる明人。
 以前、秋一との喧嘩がまだ喧嘩の範疇で会った時に、来夢が秋一の身の上を
 話してくれた事を思い出す。
 たしか、秋一の母親は秋一を生んですぐに亡くなったらしい。
 それが原因で、父親からは蔑まれ、日に日に精神が歪んで行ったという。
 自分と――いや、自分以上に酷い環境だったんだな、と明人は思う。
 そこで見つけた一つの光である、来夢が自分の元に連れ去られたものだと、
 秋一は思っていたのかもしれない。そうでなければ、あんな憎しみは生まれないだろう。
 だから今、明人は素直にこの状況を喜ぶ事が出来ない。
「お兄ちゃん……」
「……なんでだろうな」
 目の前にいる、栗色の髪をした少女に、明人は呟いていた。
「なんで、こんな事になっちまったんだよ……ホントに……ッ!」
 しかし、次の瞬間、明人は驚愕の表情を作った。
 確かに自分は、一撃の元で倒したはずだ。倒せないはずがない。
 なのに……何故、秋一は再び動きだしているのか!

 僕が……負けた? 馬鹿な! そんな事、ありえない……ありえないんだよ……ッ!
 来夢は、僕が幸せにしなくちゃダメなんだ! 僕が……僕が!

『だがお前は、選ばれなかった。あの少女は、向こうの少年を選んだ』

 ――ッ! そんな……う……あ……ッ! そんなこと……ッ! 嘘だぁッ!

『さて、もうお前の精神はいらぬ。『求め』すら砕けぬ役立たずは』

『……永遠の闇の中へ……』

『……落ちろ……』

 秋一は、完全に立ち上がった。
 そして、明人を一瞥する。
 先程とは、根本的な何かが違った。
 違う、これは秋一じゃない。そう瞬時に明人は悟った。
 そして、一閃。横薙ぎに『誓い』を払う。
 ほぼ、明人は本能で動いていた。
 『求め』をかざして、受け止めようとする――
 が、
「な――ッ! 『求め』!?」
 まるで、飴細工のように『求め』の藍色の刀身が砕け散った。
 刹那、明人の体から力が抜ける。神剣の加護を失ったから。
「そんな……」
「ふ……ククク……これで、『求め』は僕へと吸収された……」
 柄だけになった『求め』を握り締め、明人は秋一を睨む。
 いや――もう、これは秋一では無いと確信できる。
 来夢がいるのに、このような攻撃を秋一がするはずが無い。
 だからこれは……秋一の意識ではなく、握られた永遠神剣第五位『誓い』の意識。
 そして砕かれた『求め』の粒子は、『誓い』へと吸収されていく。
 すると間もなく、秋一の体に変化が見られる。
 まず、『誓い』が右腕に纏わりつき、形状を変え、腕と一体となった凶悪な剣となる。
 そして『求め』の粒子は背後に集まり、六本の新たな物体へと変化を遂げた。
「ククク……ハッハハハハッ! よくぞここまで『求め』を運んできてくれた、人間よ」
 もう、秋一の声では無い。
「『求め』を取りこむ事によって、僕は新たな力を手に入れる事ができたよ!」
「新たな……力?」
「そうだ。僕は、永遠神剣第二位『世界』。全てを超越した力を持つ、エターナルだよ!」
 高々と笑いを上げる秋一――いや、『世界』。
「そのお礼だ。人間、苦しまずに消してあげるよ」
 『世界』のかざす手に、強力なオーラフォトンが集まってくる。
 とうぜん、神剣の力が無い今、受けきれる余裕は無い。
「……お兄ちゃん……」
 来夢も、どういう状況かは悟っている。
「あたしね、本当にお兄ちゃんに会えて、本当によかったと思ってる」
 それでも来夢は、笑顔を見せた。
 本当は怖いはずなのに、無理矢理作ったものであろう。
「だから……だから消える時も、一緒に……」

『まだです、明人さん』

 明人の脳裏に、どこかで聞いた事のあるような声。
 どこだったか、よく思い出せない。
 でも、確かに聞いた事のある声だった。
『今、どうなっているかは見当がついています。ですから、『求め』に呼びかけて、
 門を開かせてください』

(『求め』に……? それに、門って)

『今は、それしか助かる方法はありません。ですから、早く!』

(……おい、『求め』! 寝てんならさっさと起きろ! おい、聞いてんのか!)
(……なんだ。うるさいぞ、契約者よ)
 声の言うとおり、『求め』は反応した。酷く、かったるそうに。
(あと、どれぐらい力は残ってる?)
(……もう、我のほとんどは『誓い』に取りこまれた。あれほどの力を防ぐのは、無理だ)
(じゃあ、門ってやつを開かせるには?)
(ほう。別の次元から問いかけられているのか。まあ、開くきっかけを作るぐらいなら、
 可能だ)
 意識を集中させないと、『求め』の言葉は酷く聞き取りにくい。
 どうやら、本当に消えてしまうようだ。
 明人は、こんな状況でもふと、寂しいと思ってしまう。
 なんだかんだいっても、共に生死を潜り抜けてきた、パートナーだったから。
 憎まれ口を叩いたり、時には体をのっとろうとしたり、意見の食い違いも合った。
 それでも――
(本来ならば、お互いの対価に見合う求めを行うのだが……まあ、いい。
 今回はこの力の最後のひとかけら、契約者にくれてやる)
 『求め』は、大事な戦友だった。
 『求め』の声がすると、明人の体に微かだが力が戻ったような気がする。
(……あとは、契約者次第だ)
(本当に、もうお前は俺に何も求めないのか?)
(これから消える運命のものが、何を求めるか。……しいて言うならばこれは)
 ここで、明人は『求め』がフッと笑ったように感じた。
(酔狂、とでも言っておこうか)
(……そうか。お前には、一番似合わない言葉だよ)
(ふん、なんとでも言うがいい)
(じゃあな。それと、今までありがとう。お前がいたから、俺は生き延びる事が出来た。
 それに、来夢も助けてくれたよな。だから……なんだ……ありがとう)
(……我も契約者と過ごした時、決して無意味だとは思わぬ。逆に、有意義であった。
 この世界に、長く存在した価値はあった)
 徐々に、『求め』の気配が消えて行く。
(最後の最後まで……この運命に抗い……生き続けろ……我が主……アキ……よ)
 最後は、何を言っているかはよく聞き取れなかった。
 しかし、気持ちは十分伝ってきた。
 だから別れは短く、簡潔でいいだろう。
(じゃあな)
 その一言で。

『茅の輪をイメージしてください』
(……いきなり無茶な注文だな)
 『求め』との会話が終わり、あとは声の言う通りにするだけだったが、
 いきなり無茶な注文が入った。
 いきなりそんなものをイメージしろなんて、無茶にもほどがある。
『ああ、もう! やっぱりあなた、手間が掛かりますね!』
 ちょっと怒ったような声と共に、その言われたものらしき物のイメージが湧いてくる。
 というか、送られてきたような感じがする。
(これを……イメージして……)
「僕の目的は、全ての神剣の破壊と吸収……この世界はその足がかりになってもらう!」
 秋一の声がしたが、もうこれは秋一では無い。
 そんな中でも明人は必死にイメージを固め、そして――
「これでどうだ!」
 一つに纏め上げると、そこに自分が想像もしていない人物が浮かび上がる。
 それは自分のイメージした茅の輪の中へと走りこんでくる。
 そして――
 明人の目の前に、緑色の光が現れた。
 同時に、あのイメージの中で走りこんできた人物が、いた。
 その人物は、あの、この世界に飛ばされた時にあの神社にいた、巫女。
「……私が来たからには、もう大丈夫ですよ。明人さん」
 その少女の出現に、この場にいる全員が目を丸くした。
 だって、何も無い所からいきなり人が現れればそういった反応をしたくなるだろう。
「貴様……何者だ!」
 『世界』が叫んだ。
 少女は、少しも慌てる事も無く、薄い笑みを浮かべ、言放った。
「私は、出雲の戦巫女にして混沌の永遠者……永遠神剣第三位『時詠』の主、
 エターナル、三倉 真美です」
                              第二十一話に続く……

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