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第十九話 過去の因縁断ち切る時――漆黒の翼、舞う

「全員、現在の戦列を崩すな! 落ち着いて戦えば、負ける相手じゃない!
 ここを押し切って、『法皇の壁』までの道を確保するんだ!」
 明人の呼びかけに、全員は元気よく、『ハイ!』と答えた。
 
 ラキオスでの全ての事件は終わりを告げ、ついに、小国が帝国へ牙を向けた。
「今ここに、ラキオスはサーギオス帝国に対し、宣戦を布告します!
 ……この戦い、これまでとは比べ物になら無い程、厳しいものとなるでしょう。
 ですが、ここで、私達は退くわけには行きません! 我が精鋭のスピリット部隊は、
 必ずや、私達の望む勝利を、そして、平和をもたらしてくれる事でしょう!」
 ワァッと、歓声が上がる。
 レスティーナのこの演説は、この場に集まってくれた人達だけではなく、
 イオの力を通じて、全国土に中継されている。
 そのレスティーナの背後には、隊長の明人と、
「な〜んかさ……やっぱ、あたし達がここにいるのって場違いなんじゃない……?」
 美紗と空也の姿があった。
 彼らエトランジェは、今や国の象徴とも言える存在。
 その場に立っているだけでも、国民の士気は高まっていく。
 のだが、やはりマロリガンから移籍したばかりの二人は少々腰が引けている。
 まだ何もしていない自分達が、この場に立っていて本当によいのだろうか?
 つい最近まで、敵国だった自分達を本当に受け入れてくれるのだろうか?
 そんな疑問が、二人をより緊張させている。
「……柄にも無く緊張してんなって。大丈夫だ。ここは、ラキオス。
 レスティーナが治める、スピリットとの差別の少ない、最高の国なんだからな」
 少々大げさに、明人は言って見せた。
 だがその通りであった。
 今やラキオスでスピリットを見かけても、差別の意識を持った者はほとんどいない。
 それどころかそう言った考えを持つ人のほうが、弾圧されているくらいだ。
 強く、美しく、そして今まで自分達が生きていく上で、一番貢献してくれていたのが
 スピリットだと言う事に、国民は気付いたから。
 もちろん、それはレスティーナの働きかけによるものが大きい。
 エトランジェも、その内に入っている。
「……そうだぜ、美紗。オレ達が街を歩いていても、軽蔑の眼差しは無し。
 それどころか、オレ達に話しかけてくる勇ましい坊主達もいただろ?」
「……そう、だよね……ホント、いい国よねぇ。ラキオスは」
 緊張がほぐれたのか、美紗と空也はお互いに笑いあって見せる。
 そこに、何かいつもと違った雰囲気が混ざっている事に、明人は気付いた。
 が、あえてその事は訊かないでおく。
 自分がいなかった間に何が起きたのか。
 なんとな〜く、この甘い雰囲気から想像できたから。
「……最後の決戦……待っていろよ、秋一……ッ! 来夢を、必ず取り戻してやる……」
 そしてまだ見えぬ、最悪の敵の事を想像しつつ、明人は呟いた。
 その時、腰に携えた『求め』が、実に愉快そうに騒ぎ出していた。

 現在、サーギオスから最寄りで、帝国の操り人形と化したダーツィ公大国を難なく
 攻め落とし、そのサーギオスの国境である『法皇の壁』最も近い街に
 エーテルジャンプ装置を設置したラキオスは、万全の準備で開戦となった。
 今は、強固な壁としてどの国の侵入も許さなかった『法皇の壁』の最初の通行人と
 なるべく、進軍している最中だ。
 もちろん、敵もそう簡単に通すはずが無い。
 壁までの道中約半分の所で、強力な、それでいて大量の帝国スピリットが、
 明人達に襲いかかってきた。
 今まで戦ってきたスピリットの中でも、最高クラスの実力者ばかりが大量に、だ。
 しかし明人達は――それ以上の強さを、すでに手に入れていた。

「いっくよ〜ッ!」
 真っ青なストレートポニーの髪がゆれると、すでにネリーは相手の懐に飛び込んでいた。
 そこから繰り出される、反撃の隙すら与えない、正確で重い連撃。
 ネリーがまず仕掛けたのは、敵の防御の要であろうグリーンスピリット二人。
 これを崩せば、敵の陣形は崩れるであろう。
 もちろん、敵もただでやられるわけも無く、反撃をしてくるが――
「フ――ッ! はぁッ!」
 その二人の反撃を受け流しつつ、そこからさらに攻撃を加えるネリー。
 二人を相手にしている事を感じさせないネリーの動きは、すでに歴戦を勝ち抜いてきた
 戦士の貫禄といってもよいだろう。
 完全に先手を取られ、防戦一方の敵グリーンスピリット達に対し、
「今だよ! シアーッ!」
「はい……ッ! 姉さん……ッ!」
 ネリーがグリーンスピリットの頭上を越えてその頭部に一発ずつ蹴りを加え、
バランスを崩した所に、シアーの属性付加の一撃が襲いかかる。
「凍てつく刃よ……全てを断ち切れ……ッ!」
 そのシアーの攻撃には、普段の大人しさからは想像できない程素早く、
 属性付加の威力もあいまって帝国のグリーンスピリット達の防御壁を砕け散らせた。
 シアーも、この二回の攻撃で敵の防御壁を撃ち貫く安定した、高い攻撃力を
 発揮できていた。
「いまいまいま! せーの、だからね! ヘリオン!」
「はいです! まかせてください! アリアちゃん!」
「じゃあいくよ! せーのッ! 複合必殺ぅッ!」
「星火、空絶の乱舞ッ!」
 そこに空から、アリアとヘリオンの声。
 まず、アリアの真空波の援護を受けながらヘリオンが急降下し、
 ネリーに負けず劣らずな速度で突っ込み、
「でやぁあああッ!」
 真空波寄りも早くたどり着いて、目にもとまらぬ居合い抜きで敵を切り裂き、
 宙へと舞わせる。
「はい! アリアちゃん!」
 その上がる際に、計ったようなタイミングで真空の刃が到達。
「トドメぇッ! エア・クレイモアーッ!」
 その無抵抗の敵に、特大の空気の刃を直撃させ、敵を消滅させた。
 元よりコンビネーションの良かったネリー、シアー、ヘリオンが成長し、
 今や一級の戦士へと成長したところに、年齢が近いアリアはすぐにとけこんでいた。
 しかも四人になった事で攻撃の密度も増し、さらに隙が無くなっていた。
「ナイスだよ! アリア、ヘリオン!」
「この調子で……行きましょう……ッ!」
「うん!」
「はいです! これなら、誰にも負ける気がしませんね!」
 こんな時でもハイタッチを交わすネリーとアリア。
 緊張感が無いと言えば無いが、それだけ余裕が持てていると言う事。
 一方のシアーは、以前のようなおどおどとした態度は見られず、確実に成長していた。
 ヘリオンは相変わらず大げさな言いまわしだが、実際の所それに近いものある。
 多分、四人の中で一番強い力を持っているのはヘリオンだから。
 まだ発展途上にあるこの若き戦士達の成長は、必ず、今後の平和のために
 必要となってくるだろう。
「続けて行くよ、みんな! 勝ちにね!」
 ネリーの掛け声と共に、再び四人は陣形を取り、突き進んでいった。

 回りを包囲され、すでに逃げ場はない。
 しかし、この囲まれている状況で、この場にいる三人の内、誰一人として 
 焦っている者はいなかった。
「さて……この状況、どう思う? ハリオン」
 紅の短髪をした妖精――ヒミカが背を預けた緑の妖精に話しかける。
「別にどうとも。えっと、カグヤさんはどう思いますか〜?」
「あたしも別になんともないねぇ。所詮は魂を食われた雑魚ばかりだ」
 直立不動で立つカグヤにハリオンはニコニコ笑顔を向け、訊くと、カグヤは半眼を開き
 視界に入ってきた光景を思った通りに述べた。
「まったくその通りですね……いくら力が強かろうと……ッ!」
 ヒミカの周りで、熱気が陽炎を作った。
 溢れ出てくる戦闘意欲が、珍しく抑えられないらしい。
 ハリオンは珍しく少し驚いたような表情で、物珍しそうにヒミカを見ていた。
 これほどまで『怒っている』ヒミカを見るのは、久しぶりだったから。
「ほぅ……これが、『赤い戦場の戦乙女』の力……にしちゃあ、強暴過ぎないかい?」
「……ヒミカさん、嫌いなんですよぉ」
 カグヤの疑問に、ハリオンがゆっくりと答える。
「ヒミカさん、こうした自我をまったく持たない人達、嫌いなんですよぉ。
 それが、アキトさんが来てからさらに拍車がかかってしまいましてねぇ……
 今まで戦ってきた皆さんは自我を持っていましたから爆発しなかったみたいですが、
 今回は、さすがに……あっ、ナナルゥちゃんは別ですよ? あの娘はあの娘で、
 可愛い所ありますから」
 ここまで言って、ハリオンは新たな驚きを覚えた。
 何故、カグヤに対してこうも自分は饒舌になっているのであろうかと。
 普段からヒミカのプライベートな話しは、他人に話さないようにしているのに。
 しかし、
「ふ〜ん……なんとなく、分かる気がするねぇ。あたしも、同じだ……ッ!」
 カグヤの瞳の奥を見て、なんとなく、理由がわかった。
「……なるほどですねぇ」
「なにがだい?」
 ハリオンは先ほど以上の笑顔をカグヤに向けて、言った。
「んふふ〜♪ あなた、ヒミカさんにそっくりなんですよ〜♪」
「ハリオン、カグヤ、無駄話はそこまでね……来るよ!」
 まず三人、囲む輪の中から飛び出し、個別に仕掛けてくる。
「この程度で……ッ!」
 振り下ろされる、ブルースピリットの刃をヒミカは弾き飛ばし、腹部に膝を加える。
「向かってくるな……」
 その怯んだ敵のわき腹に手をやり、
「……あなたの心と一緒に、刃を交えたかった……フレイム・レーザー」
 寂しそうな表情で、焼き払った。
 続けて背後から飛びかかってくる、ブラックスピリット。
 腰に携えた神剣が、ヒミカを捕らえ――
「インシネレート」
 る事は無かった。
 まるで後ろに目があるかのように、ヒミカは焦ることなく神剣魔法を放ち、攻撃した。
「……さあ、心無き者達よ……かかってこい! 苦しみから開放してあげるから……ッ!」

「言うだけのこたぁある。さすがの強さだねぇ」
 目の前に闘争心剥き出しの妖精を抑えこみながら、カグヤは余所見をしつつ、言った。
「はぁあああッ!」
 視線の先には、孤軍奮闘を続けるヒミカの勇姿。
「ところで、助けに行かなくてもいいのかい? えっと……」
「ハリオンで構いませんよぉ♪」
 同じく余裕たっぷりのハリオンが、同じグリーンスピリットをぶっ飛ばしつつ、答えた。
「戦乙女、助けに行かなくていいのかい、ハリオン。さすがに一人じゃ」
「問題無し♪ それに……ふふふ……♪」
「……なんだよ、その怪しげな、笑いは」
 わざと力を緩め、相手のバランスを崩した所に鞘を首筋に当て気絶させるカグヤ。
 その様子を見て、ハリオンは口元に手をやり、さらに明るい笑顔を見せた。
 思わず敵よりもハリオンにカグヤはビビってしまう。
「コレくらいでやられるくらいのヒミカさんは、ヒミカさんじゃありませんよぉ。
 それにやっぱり……あなた、ヒミカさんに似ていますから♪」
 似ている雰囲気。
 それは、仲間を――全てのスピリットを仲間と思い、護りたいという気持ち。
 現にカグヤはなるべく、敵にトドメを刺さないようにしていた。
 ヒミカも、同じだった。
 マロリガンの一件の時、残ったスピリットの大半はヒミカが生き延びさせたようなもの。
 この時に、初めてハリオンが気付いた。
 戦士としての強さの他に、ヒミカがなにかを得ていた事を。
 優しさという、強さを手にいれていたという事を。
 それは、カグヤの瞳の奥にも見えた。
 彼女は、ヒミカと同じ瞳をしていた。
 だから信じれたのだろう。
 信じて、ヒミカのことを話したのだろう、と。
「……自覚はないね。でも、さっき戦乙女――」
「ヒミカさんです♪」
「……ヒミカが言っていた事、あたしも実行したいよ。救う……か。思っても言える奴は
 少ない。実行できる奴も少ない。だから……あいつは強いってことが、よくわかるぜ」
 お互い顔を見合わせ、視線を投げかけあった。
 そして――
「さあ、かかってこいやッ!」
「んふふ〜♪ 悪い子は、メッ、じゃすみませんよ〜♪」

「いよっしゃあッ! みんなまとめて攻撃ぃッ! ライトニング・ブラストッ!」
 戦場に高らかと響き渡る、我等がじゃじゃ馬姫こと美紗の神剣魔法。
 間髪いれずに、その声の大きさに負けないほどの轟音を立て、雷が敵の中心部を
 薙ぎはらう。
「道はあたしが開けたよ! ボーっとせずに突撃ぃッ! やられる前に、やらなきゃね!」
 そしてまず飛び込んで行ったのは……
「へーへー、オレはどうせ馬車馬のごとく使われるご身分ですよ」
「クウヤさん、そんなにぼやかないでくださいよ」
「そうですよ? こんな事で根を上げるなんて、お姉さん許しませんからね」
「あっ、あの! 敵、前から来てますです!」
 空也、クォーリン、ミリア、セリスの四名。
 セリスの指摘で正面から来る敵に対し行動を取ったのは――クォーリン。
「了解! 大地に秘められしマナよ。その姿を衝撃と化せ! アース・ブレイカーッ!」
 大上段に『自然』を構え、一気に振り下ろすと地中を幾本もの衝撃が走り、
 敵を弾き飛ばして行く。
「続けて行くわよ、セリスちゃん!」
「はっ、はいです! ミリ姉さん!」
 続いて走りながら詠唱に入るミリアとセリス。
「炎よ、今日のダンスのお相手は、あの娘達よ! さあ、消えるまで躍らせてあげなさい。
 ロンド・ロンド・フレイムッ!」
 手を握り、開くとミリアの手には小さな火種が各指に一つずつ。
 それにフッと息を吹きかけ飛ばすと、たちまちにその姿を業火ヘと変え、
 敵を飲みこんだ。
「いくですよ……ッ!」
 ミリアが狙った左方向に展開している敵とは逆に、セリスは右方向に足を運ぶ。
 そして詠唱を『済ませておいた』神剣魔法を――
「我が身を中心に、焼き払え! エクスプロード・バーストッ!」
 放った。
 すると、セリスを中心に爆炎が巻き上がり、油断していた敵をすべて消滅させた。
「はぁ……はぁ……やったで――ッ!」
 背後に気配を感じてセリスは振り返る。
 そこにはすでに、自分を攻撃範囲内に捕らえているグリーンスピリットが、いた。
 どうやらミリアの打ち漏らしが、こちらの隙をついて向かってきたらしい。
 無表情から振り下ろされる、無情な刃がセリスを捉えようとしたその時――
 金属が弾かれるギィンッ! とした音と、
「うおりゃあああッ!」
 気合の入った、ツンツンとした茶色の髪が特徴の、新しい『姉』の声。
「あ……ッ! 美紗、お姉ちゃん……ッ!」
「セリスに、何しようとしてんのよ!」
 セリスに斬りかかったグリーンスピリットは、すでに美紗の一突きの元で、
 マナへと変わっていた。
「あ〜もう! ごめんねセリスちゃん! 私が取り逃がさなかったらこんな事には
 ならなかったのに……」
 すぐさまミリアもこの場に合流してくる。
「え……あ……大丈夫です……美紗お姉ちゃんが、助けてくれましたから……」
「……美紗さん、もしかしてこの隊の中でのお姉さんキャラ――」
「んなもん狙ってないわよ! ホラホラ、次の増援が来ちゃったわよ!」

「ふむ……さすがはじゃじゃ馬姫。と、うちの元主力、それに才能高き内気な少女……
 オレの出る幕まったく無しだな」
 空也は呆然と、走るのを止めた場所でたたずんでいた。
 いや、立ち止まらなかったらいろんな意味でまずかった。
 とりあえず神剣魔法に巻き込まれ、自分は黒焦げになっていただろう。
 いきなり二人して広範囲神剣魔法を使い始めたから。
(そうだな。主が判断は正しい。あの妖精……特に、小さい方が)
「お前の好み?」
(違う。かなりの才能と共に特殊な力を備えているようだな)
 そんな会話をしている空也と『因果』の背後に、音も無く近づく影が一つ……
「冗談の通じねえ奴だな。それに反応もウチのリアクション王よりもつまらん」
(元よりそういった性分だ。文句を言うな、我が主よ)
「ヤァアアアッ!」
 黒い影――ブラックスピリットが間合いに入ったと同時に、声を上げ空也の後方から
 奇襲をかける。
 距離、速度、どれをとっても完璧な奇襲だった。
 空也が振り向いている暇すらないであろう。
 だが……
「――ッ!」
 たった一つの誤算が、この少女にはあった。
「気配を消すならもっと上手に。それと……そんな攻撃でオレの防御を抜けると
 思っていたのか? ……もし思っていたのなら、考えを改めろよ」
 刃先は空也に届く事は無く、オーラフォトンバリアによって完全にとめられていた。
 それに、勘付かれていたらしく、空也に慌てた様子もない。
「南無……ッ!」
 振り向きざまに空也の拳が少女の腹部に決まり、一撃で気絶させた。
「と、言うわけでオレの心配はいらないぞ? クォーリン」
「……驚かせないでください。本気で、焦ったじゃないですか……」
 再度振り向くと、そこには『自然』を構えたクォーリンの姿が。
 ブラックスピリットの存在に気付いたクォーリンは、ミリア達と一旦離れ、
 こちらに向かっていたのだ。
「オレとしては、クォーリン、お前の攻撃の方がぶち抜けそうで怖いぜ」
「むぅ……ご冗談を!」
「まあまあ、そう怒んなって。一応、心配してくれてありがとな、クォーリン」
 空也の言葉に頬を膨らませ、そっぽを向いてしまうクォーリンに、
 空也は少々呆れた様に言放った。
「……どういたしまして。それじゃあ、早くミリア姉さん達と合流しましょう。
 そろそろ、隊長さんたちが中央突破をかけるでしょうし、敵の注意をなるべく」
「わかったわかった。回りくどい事はせず、存分に暴れるぞ」

 ちょうどその頃――

「アキトさん、こちらです!」
 ファーレーンが明人、アセリア、エスペリア、ウルカの小隊を呼ぶ。
「ああ、わかった! みんな、いくぞ!」
 交戦していた明人は、苦い顔をしながらも敵スピリットを切り裂き、
 目標へと目線を向ける。
「わかった……アキト……ッ!」
 純白の羽を舞わせ、アセリアが芸術ともいえる剣技でスピリットを三体同時に消し去り、
 明人の元へ駆け寄る。
 が、残りのウルカとエスペリアは――
「……ッ!」
 エスペリアの防御壁は崩れていない。
 しかし、どうにもエスペリアの行動に鈍りが見える。
 まるで、何かに戸惑っているかのように……。
「く……ッ!」
 ウルカの動きも、悪かった。
 アセリアに負けず劣らず剣技で、相手の太刀をさばいて行くが、敵を斬るための
 あと一歩が踏み出せていない。
 当然であろう。
 ウルカが今戦っているのは、元同胞達であるのだから。
「ッ! アセリアはウルカを! 俺はエスペリアを援護する! 助け次第、
 ファーレーン達の所に行ってくれ、アセリア!」
「うん、わかった!」
 明人は苦戦しているエスペリアの元まで低空を走り、
「でやぁあああッ!」
 一太刀。
 背後からの攻撃で、エスペリアを攻撃していたスピリット一撃で打ち払った。
「どうしたんだよ、エスペリア……らしくないぞ」

『どうしたんだぁ? いつもの努力家なエスペリアらしくないぞ?』

 声がダブった。
 もう、忘れようとした、大切な人の声と……。
「……すみません、アキト様……」
 そう言放つエスペリアに、覇気が感じられない。
 明らかに様子がおかしい。
「……無茶はするなよ。俺の後ろ、ついてきてくれ」
「……ご迷惑をおかけします……」
「そんなことはない。じゃあ、いくぞ、エスペリア!」

 ――この気配……法皇の壁の先に感じる、この気配は……あの人……ッ!

「すまない。遅くなった」
 エスペリアを連れてファーレーン、パーミア、ニムントール、の小隊まで合流すると、
 すでにアセリアとウルカはいた。
 明人の姿を確認すると、パーミアが近況を説明し始める。
「今、セリアさんとナナルゥさん、セイグリッドさんで周囲を抑えてもらっています。
 ここからまっすぐ、中央を抜けて行けば敵の中枢までたどり着けます。そこを、
 アキトさん達で一気に叩いてください。私達は、アキトさん達が出発すると同時に
 セリアさん達の援護に回ります」
「ああ、わかった。死ぬなよ……みんな」
「大丈夫だよアキトさん……ニムが、みんなを護るから」
 明人の言葉に、ニムントールがいち早く反応した。
「……ああ、頼むな、ニム。アセリア、エスペリア、ウルカ、一気にけりをつけるぞ!」

「アイラちゃん、どうよ?」
 サーギオス国境警備部隊の大隊長、フェイトは嫌そうな表情で、
 部下であるアイラに近況を訊いてみた。
「芳しくありませんね。ラキオスとの開戦に備え派遣されたスピリット、クズですよクズ」
「……そう言わないの。確かに自我を持たない娘達で、ラキオスを止めれると思ってる
 上の人たちはどういう思考してるんだろうね、まったく……ッ!」
 フェイトは、憤りを隠す事が出来ないでいた。
 今この場にいるのは全員、自分の元からの部下で、自我もちゃんとある、
 力の強い娘達だ。
 しかし開戦に備えてよこされたのは、自我はほとんど無く、すでに人形と化している
 スピリットばかりであった。
 こんなのでラキオスが止めれるはずは無い。
 嫌々ながら部下の四割を前線に出し、残りは手元に残した。
 もちろん、いまではその自分の判断に惚れ惚れ出来る状況と共に、
 前線に送り出してしまった娘達に対する罪悪感が残った。
「現在、派遣された部隊はほぼ壊滅。元々うちにいた隊員もすでに六割……倒されたか
 気絶されたか捕虜にされて玩具にされているか、と、斥候からの報告追加ヴァージョン」
「なに?」
「敵エトランジェが一人とスピリットが三体、こちらに向かってきているそうです。
 良い判断ですよ、これ。私等を倒せばこの戦いの意味が無くなる。事実上、
 私達の負けになりますけど、この方法が一番犠牲を出さない方法ですね。敵も味方も」
 ぽりぽりと後ろ頭を掻きながら、アイラは相変わらず気だるそうにいった。
「……そろそろ、敵エトランジェ来るわよね?」
「……いや、もう、来たみたいですよ?」
 
 明人の目線に、最後列だと思われるスピリットの集団が見えてきた。
 こいつ等を倒せば、この戦いに終わりを告げられ、サーギオス攻略の最重要拠点の
 確保も出来る。
 そして対峙した瞬間――
「あ……」
 明人は、思わず声を上げてしまった。
「あらら〜。この前のハンサム君じゃない」
 グリーンスピリットの――フェイトの姿を見て。
「へえ……やっぱり、あなたがラキオスの隊長さんだったわけね」
 そのフェイトが一歩前に出ると、まずアセリアが構えた。
「ラキオスの蒼き牙、エトランジェ、異様に力の強いお仲間に……久しぶりね、ウルカ」
「……フェイト殿……」
「いっや〜、まったく……セイグリッドもあんたも、ラキオスに下っちゃうなんてねぇ。
 寂しかったわよ? あたしが唯一からかえる奴がいなくなっちゃってさ」
 この状況で、フェイトは笑顔だった。
 本当に、旧友との再会を楽しむかのごとく。
 それに毒気を抜かれたのか、アセリアは構えを解いてしまう。
 いや、アセリア自身が、フェイトからまったく殺気を感じられなくなったため、
 解いたのだ。
「まあ、だからね……うん。やっぱり、ラキオスの隊長、あなたでよかったわ」
 おもむろに、フェイトは自分の神剣を明人達の方に放り捨てる。
 その不可解な行動に、明人達は目を丸くした。
 自分の存在意義である神剣を放り捨てるなんて、スピリットには考えがたい
 行動だったから。
「人がよさそうだったから……お願い、あたしの首でも何でもあげる。だからここにいる
 みんなは、見逃してあげて……ッ!」
 そして、地面に膝を着き、明人に向かって言放った。
「――ッ!? だっ、大隊長! 何言ってるんですか!」
 ブルースピリット――アイラが、真っ先に声を上げた。
「まだ、全員で抵抗すればなんとかなるかもしれないんですよ!? なに一人で格好
 つけているんですか! 私達、そんな事望んじゃ――」
「アイラちゃん!」
 フェイトの怒声に、アイラは黙ってしまった。
「勝てると、思ってんの!? わかっていてそういうのはやめなさい!」
 これまで何を言っても、フェイトはノリでしか怒る事は無かった。
 だが今は、初めて、自分に向かって本気で怒ってきた。
 その驚きで、もう声が出なかった。
「……この娘達は、そんな別に帝国に忠誠誓ってるわけじゃないわ。みんな、厄介払いで
 派遣されてるようなものだし……でもね、こんなあたしについてきてくれたみんなは、
 あたしにとって、自分よりも大切な存在なの……だから、お願い……みんなを、助けて!」
「……大隊長だけに、格好はつけさせません」
 呆気にとられている明人達の目の前に、もう一本神剣が重ねられる。
「アイラちゃん……ッ! 何やってるのよ!」
「大隊長について行く、それが副長の務めです。それに……言ったでしょう?
 大隊長だけには、格好はつけさせません。首が足りない様でしたら、どうぞ、私のも」
 そんな二人を見て、もちろん明人は戸惑いを隠せない。
「あっ、あのな……その、二人とも、名前は?」
「あたしは『樹林』のフェイト」
「私は『氷河』のアイラです」
「えーっと、フェイトに、アイラだな。なんだ、その……」
 何か言いにくそうにしている明人を見かね、エスペリアが代わりに説明を始める。
「投降、という形でしたら、いくらでもラキオスは受け入れますので……その……」
「ん……別に、首なんかいらない」
 アセリアの言葉で、フェイト、アイラの表情が少しの思考後、理解したのか、
 真っ赤に染まった。
「なっ、はっ、そっ、そういう事は早く言ってよ! うーわーッ!
 みんなの前で恥ずかしい! 空回りしてマジで恥ずかしい!」
「大隊長が格好つけますから、わっ、私はまでこんな赤っ恥掻いちゃったじゃないですか!
 どうしてくれるんですか大隊長! どう責任とってくれるんですか大隊長!」
「責任も何もアイラちゃんが勝手にやったんでしょ! あたしに責任なんて――」
「……なあ、ウルカ……」
 と、二人のやり取りを見て、微笑んでいるウルカに明人は話しかける。
「この二人、昔っからこうなのか?」
「ふふっ……変わらず、というのはいいものです。懐かしい……」
「……そうなのか……。ウルカ、アセリアと一緒に、みんなに伝えてきてくれるか?
 敵の隊長が、投降したって」

「一度、帰って来い?」
 法皇の壁を占拠した晩、明人はハーミットから言葉に出したまんまの通信を受けていた。
 なんでも、捕虜にしたスピリットの手続きやらなんやらで色々あるらしい。
 至急、捕虜と一緒にメンバーをラキオスに戻してくれという内容だった。
「なんなら、そっちに数人残しても構わないが、出来ればエトランジェを帰らせてくれ。
 隊長さんでも良いし、あのラヴラヴエトランジェ二人組でも良いし」
 とりあえず自分も随分と勘がよくなったなと思いつつ、明人は悩んだ。
 確かに、というか敵を退けたとは言ってもここは最前線の戦場だ。
 守りを残さないわけにも行かない。
「アキト様……」
「ん? エスペリア、今の聞いていたのか?」
 背後からするエスペリアの声に反応し、振りかえる明人。
「はい、盗み聞きするつもりは無かったのですが……」
「いや、かえって都合が良いよ。エスペリアは、どうしたらいいと思う?」
「あっ、あの……その件、なのですが……出来る事なら、わたしとアキト様だけ、
 ここに残るというのはいかがでしょうか?」
「……えらく唐突な案だな」
「……みんな、今回の戦闘で随分と疲弊しています。この機会に、一度ラキオスへ
 帰還させ、体を充実してきてもらうというのはいかがでしょうか?」
 もっともな案に、明人は頷く。
 しかし、それだけでは無いだろう、と明人は思っていた。
「あっ、わたしなら大丈夫です。先ほどの戦闘でサボってしまった分、
 ここでとり返しますから」
 笑顔を作って、見せてくれるエスペリアに、明人はそれ以上何も言わなかった。
「……と、言うわけだ。イオに、盛大にみんなを迎えてくれって言っておいてくれよ」
「あいよ。まあ、そっちも、無茶だけはすんなよな」

「なんで明人だけここに残んのよ〜ッ! 面倒事あたし達に押し付けるなんて最低ッ!」
「たまいはいいだろ? 休めるんだから。姉妹水入らず、もしくは……
 こいつとデートでもすればいいじゃないか」
 文句を言う美紗に対して、明人はそこまで言うと空也に目線をやる。
「おっ、明人……いつから気付いてやがった? 朴念仁のお前にしちゃ、
 よく出来ましただな」
 と、軽く言って見せる空也とは裏腹に、美紗の反応はいたって純情なものだった。
「やっ、なっ、何いってんのよこの馬鹿明人ぉッ! あっ、あたしと空也はそんなんじゃ」
「まて、美紗。ダウン中の相手に追い討ちは、さすがに酷い」
 空也が止めなければ、エスペリアのアースプライヤーは間に合わなかっただろう。
 『馬鹿明人』の部分で放たれた、悲鳴すら上げさせない超高速ハリセンの一撃により
 粉砕されたラキオスの若き英雄に。
 最初はコソコソ話すだけで終わろうと思っていた明人だが、いつのまにか――というか
 美紗のハリセンさばきにみんながビックリしている時点で――結構大事になっていた。
「まっ、まあ、そう言うわけで、みんなは一日だけど休日だと思って楽しんできてくれ」
 吹っ飛ばされた時に口を切ったのか、口内から出たと思われる血液を拭いながら、
 明人は少々格好がつかなくなってしまったが言放った。

「うわぁーいッ! ほらほらシアー、ちゃきちゃき動く!」
「だっ、だからいっつも袖引っ張らないでよぉ……お姉ちゃん……」
「ねえねえ、ラキオスって、なんか美味しい、甘いお菓子ってある?」
「ふっふっふ……ラキオスのヨフアルは、他の国とは違いますですよ。とびっきり、
 甘いんですから♪」
 それを聞くと、まず年少組が跳ねる様にエーテルジャンプ装置へ飛びこむ。
 なんでも、四人でお菓子の食べ歩きをする約束をしていたらしい。

「ええ、そうなんですよ。そこは、お茶もお茶菓子も美味しくって……」
「セリアの言う通りだし……店員さんも……いい人達ばかりです……」
「そう言った場所はワタシ初めて……ですね。パーミアさんは、どうですか?」
「わっ、私も……いつもお茶はアズマリア女王と一緒でしたし……」
 続けて入るセリア、ナナルゥ、セイグリッド、パーミアの四人はセリア達の見つけた
 美味しい喫茶店(らしき場所)でお茶をする事になっている様だ。

 ヒミカ、ハリオン、カグヤ、クォーリン、ミリアは……
「付き合ってくださるのは、大変嬉しいのですが……本当に、よろしいのですか?」
「ああ、別に構わないよ。あんたとは一度、手合わせしてみたかったからね」
「あらあら。二人ともやる気満々ですね〜。じゃ、わたしはクォーリンちゃんと
 ミリアさんの菜園のお手入れでも手伝いでもしましょうかね〜」
「え……いいんですか?」
「……ハリオンさん、お姉さんキャラの座は」
「譲りませんよ〜♪」
 ヒミカとカグヤは自主トレ、クォーリンと妙な対抗意識を燃やすハリオン、ミリアは
 あまり出来ない菜園の手入れをするという。

「ひなたぼっこですか……いいですね。付き合ってもいいですか? セリスちゃん」
「ニムも、一緒にいていい? たまにはゆっくりしたいしね」
「えっ……あっ、はいです! あたし、ひなたぼっこが趣味でしてその……いい場所が、
 あるんですよ」
「なになに〜? あたしも付き合うよセリス」
「それじゃあ、オレは街でかわいい女のこでもナンパァッ!?」
「もちろん付き合ってくれるわよね? く・う・や・さ・ん?」
「ハイ! ハイもちろんですとも! だからそれ以上あらぬ方向へ腕を曲げるなぁッ!」
 腕をねじ上げる美紗のちょっと過激なコミュニケーションに、空也は泣く泣く
 首を縦に振った。
 そんな美紗と空也の取引を苦笑しながら見つめるファーレーン、ニムントール、セリス。
 ファーレーンは普段装備している仮面を外し、すっかり休日モード。
 珍しく見せる素顔の笑みは、相変わらず温かさを持っていた。
 そのおかげか、はじめて面と向かって話すファーレーン達に対してセリスも、
 すっかり警戒を解いている。

「それじゃあアキト、エスペリア……また、あとで……」
「そうだな。ゆっくり休んでこいよ、アセリア」
「こちらの守りは任せてくださいね」
「ん……」
 短くそう言うと、アセリアはちょっと寂しそうな表情を浮かべてエーテルジャンプを
 行った。
「……アキト殿、何かありましたら、手前達は飛んで戻ってきます故……」
「ああ、心配してくれてありがとな、ウルカ。でも、大丈夫だって。何かあったら
 俺はイオと交信してハーミットに状況を知らせれる。それに、エスペリアだって
 いるんだから、無茶はしないよ」
「そうです。そんな事、わたしがさせませんから……ゆっくり休んできてください、
 ウルカさん」
「……くれぐれも、お気をつけて……」

「ウルカは心配性――って、半分くらいは俺のせいなんだけどな」
 苦笑しながら、明人は隣りを歩くエスペリアに話題を振って見る。
 今は間に合わせの部屋に二人とも向かっている最中だ。
 部屋につけば、少し休んだあと夕方まで昼まで明人が警戒に辺り、そこから交代して
 夕方までエスペリア。
 そして夜から深夜にかけては二人で、警備に回る。
 その時点で何も無ければ、朝までゆっくり休んでも構わないであろう。
「そうですね。アキト様は、最近無茶をし過ぎです。心配しない方が、難しいですよ」
「ははっ、まだアセリアの時の事根に持ってるのか、エスペリア――っと、
 俺準備するからエスペリアはもう部屋に戻ってくれて構わないよ」
「はい。では、またお昼に」

 とりあえず、午前中は何も起きなかった。
 エスペリアが昼食だと呼んでくれると、ようやく明人の緊張の糸がほぐれた。
 そして今度は明人が休み、エスペリアが夕方までの警備を、するはずだった。

 ――ここなら、バレませんね……
 回りを確認し、いざ、外へと足を踏み出そうとすると……
「どこに行くんだ、エスペリア」
「――ッ! アキト……様」
 正面から呼びとめられる、自分。
 目の前に広がる森の中から、明人がその姿を現した。
「様子がおかしいと思ったんだが……この気配……あいつだな」
「……はい」
 あいつ――そう、あのエスペリアの大切な人達を奪い、のうのうとサーギオスへと
 くだった、ソーマの気配。
 そいつの気配が、森の中から伝わってきたのだ。
 もちろん、他にもスピリットの気配が数体。
「……行くぞ、エスペリア」
「え……?」
「だから、一緒に行くぞって言ってるの。一人で抱えきれないんだろ? だから、
 俺が手伝ってやる」

「久しぶりですねぇ。ラキオスの、若き英雄……そして、エスペリア」
 森の奥を二人で進むと、明人は一度聞いた――エスペリアは、脳裏に焼きついた――
 声がする。
 ソーマ・ル・ソーマ。
 ラキオスを裏切り、帝国に寝返った、エスペリア大切な人――ラクスの仇である人物。
「ソーマ……ッ! あなただけは、絶対に許しません……ッ!」
 いざ本人を目の前にすると、エスペリアの心は酷く揺れてしまっていた。
 抑えよう、抑えようと思っても、頭に血が上り、憎しみしか湧いてこない。
 明人は黙って、神剣の力を開放し、敵を牽制している。
 見えているだけでのスピリットは二人。どれも襲ってくる気配は無い。
 しかし、これだけでは無いだろうと明人は確信していた。
 そうでなければ、危険を犯してまで司令官自身がこんな場所に来るはずが無い。
 狙いは……エスペリアだけと見ていいだろう。
 そんなエスペリアを見て、ソーマは嫌な笑みを浮かべる。
「何を許さないのですか? ああ、そうでしたね。確か、私の命令で一人のクズが
 消えたんでしたね。真っ赤な炎に焼かれ、灰も残さず、塵一つ残さずに」
 明らかに、エスペリアの動揺を誘う言葉。
 普段の、普段のエスペリアであればこんな事では動じもしないであろう。
 しかし、内容が、悪すぎる。
「――ッ! ラスク様を……侮辱しないでください! あなたみたいな人が!」
 珍しく感情的な声を上げ、エスペリアは『献身』を構えると、一直線にソーマヘと
 走りこむ。
 当然、罠だ。
 ソーマは嫌な笑みをさらに凶悪にすると、顎を少ししゃくった。
 すると、林から一体のブルースピリットが飛び出し、片手に握られた神剣で
 エスペリアを捉える。
「しま――ッ!?」
 振り下ろされると、鮮血が飛沫となって上がった。
 しかし、エスペリアに外傷は無い。
 直前に割って入った――
「ぐ……ッ! だぁあああッ!」
 明人のスピリットを打ち払う『求め』を握る右腕とは逆の、左腕から上がるもので
 あったから。
 食い込んだ神剣も、スピリットの消滅と同時に消える。
 痛々しいまでの出血が、エスペリアに冷静さを取り戻させた。
「……エスペリア、前にもちゃんと言っただろ? 一人で背負い込むな、
 わけあえばいい……って。それとも、そんなに俺は頼りないか?」
 激痛に耐え、無理矢理笑顔を作って見せる明人。
「そんな事は! ……そんな事は、ありません……」
 明人の傷に手をやり、治癒魔法をかけるエスペリア。
 先ほど、明人が自分をかばってくれた時に、影が一つ、だぶって見えた。
 それはあの晩――ラクスが自分をかばい、消えてしまった時と同じような
 状況だったから。
 たった一つ、違う所は……大切な人が、目の前で消えていない所……
 エスペリアは傷の塞がった明人の腕を、ギュッと抱きしめる。
 ――消えてない……本当に、よかった……
 温かい、生きた存在が、胸の中にあり、エスペリアは、ようやく決心した。
「チッ……邪魔しやがって……おい、さっさとあいつ等を殺せ!」
 ラクスとの過去という因縁に捕らわれず――
「アキト様……ありがとうございました……」

 ――この人なら、わたしは……剣を、命を捧げる事が出来る!


 明人だけに、自分はこの身を捧げるという事を!

「『献身』……もう、大丈夫です。わたしは、もう、迷わない……再び、
 剣を捧げられる人を見つけたから!」
 エスペリアは明人に背を向け、『献身』を構える。
 そして、向かってくる二人のスピリットを正面に捕らえた。
「力は、必要です。今まで逃げていた分……わたしは、己の運命と戦います。
 音速における衝撃よ……全てを打ち払う風となれ! ソニック・ストライクッ!」
 エスペリアが『献身』を横に薙ぐ。
 刹那、向かってくるスピリットは二人とも、一瞬にして消滅した。
 エスペリアの力は、爆発的に上がっていた。
 それはアセリアと同等――スピリットの枠を超え、紙の領域にすら匹敵する力……
 『セラフ』と、同じ強さであった。
「そんな……馬鹿な!? くそっ、引き上げるぞ! さっさとついて来い!」
 それを見て狼狽したソーマは、身を翻し森の奥へと突き進んで行った。
「逃がしませ――ッ! う……あ……か……体が……ッ! こんな……時に……ッ!」
「大丈夫か!? エスペリア!」
 エスペリアが一歩踏み出そうとすると、そのまま前のめりに倒れてしまう。
 確かに、力は上がった。だがそれは同時に体に対して大きな負担をかけていた。
 もとあった容器に、それ以上のものを入れようとすると溢れる、
 または容器事態が破れてしまう。
 それと同じ原理で、力の飛躍的な上昇に、体のほうがついて行かなかったのだ。
「アキト……様……わたしはいいですから……ソーマを……ッ!」
「そんな事出来るかよ! 今は、エスペリアのほうが大事だ!」
「……なら、あたしが連れて行こうか? アキト」
 いきなり、聞き覚えのある澄んだ声が上方から聞こえてくる。
 何事かと思い、目線をやるとそこには、純白のハイロゥを広げるアセリアと
 ウルカの姿があった。
 何故ここにいるかと訊くと、二人の神剣は妙に騒ぎ出し、ハーミットに頼んで
 他のメンバーよりも先にこちらに帰って来たという。
「アキト様……ウルカさんと一緒に、ソーマを追ってください……わたしは、
 大丈夫ですから……それに、わたしはもう……今は、ウルカさんの方が……」
 そう言っていつもの笑みを浮かべて見せるエスペリア。
「……わかった。ウルカ、行こう。全ての、決着をつけるんだ……ッ!」

「……エスペリア」
「なに? アセリア……」
 ウィングハイロゥを展開し、拠点へと戻るために空中を走るアセリアが、
 背負ったエスペリアに声をかける。
「エスペリアは、アキトの事、好きか?」
「…………」
 唐突な質問。
 以前のアセリアからは考えられないような、感情的な質問だった。
 エスペリアの答えを待たずに、アセリアは続ける。
「あたしは……好きというものがよくわからない。ただ、アキトに助けてもらえた、
 アキトが助けてくれたって思うと、胸が、締め付けられるように嬉しくなる……
 これが、『好き』というものなのか? で、エスペリアはアキトのことが好きか?」
「……わたしは……」
 もしも昨晩、同じ質問をされていたら、自分は多分、答える事はできなかっただろう。
 だが、もう、迷う事なんて無い。
 負い目も感じない。
 もう、決めたのだから。
 今一度、剣を捧げる相手を。
「わたしは、アキト様の事……好きです。もちろん、アセリアのその気持ちも、
 好きというものです」
「ん……そうか。なら、仲間だな」
「仲間?」
「お互いアキトが好き。一緒。だから、仲間。ずっとアキトと一緒にいよう。エスペリア」
 無垢な笑顔を、エスペリアに向けるアセリア。
 どうやら、『恋敵』という感情は一切無いようだ。
 だから、このような事を言ったのだろう。
 エスペリアはその言葉をしっかりと胸に刻み――
「……はい。ずっと、一緒にいましょう……アキト様の……もとに」
 温かい笑顔で、返した。

 エスペリアはアセリアの肩に担がれ、拠点へと戻って行った。
 あとは、
「追い詰めたぞ……ッ! ソーマッ!」
 そいつを消すのみ。
 復讐に荷担する事は、明人はよくないと思っているが、今回ばかりは、違う。
 こいつは、ソーマは誰かに裁かれる運命にあるのだ。
 私利私欲のために、誰が傷つくとこも恐れず、ここまで生き延びてきた。
 明人は、神様気取りをしたいとは思っていなかった。
 だが、この衝動は抑えれない。
 ただ、目の前にいる男を、消す。
 そのために、やっとここまで追い詰めたのだ。
 これほどまでの怒りを覚えたのは、秋一以来であった。
「ウルカもいるか、ちょうどいい……ッ!」
「――ッ!? そん……な……」
 ソーマの背後から、スピリットが三人、姿を見せる。
 ウルカは、目の光を失ったスピリット達に見覚えが合った。
 いや、忘れれるはずが無い……。
 彼女達はみな――
「どうですか? かつての部下に剣を向けられる感想はぁッ!」
 ウルカの、部下であったのだから……。
 
「隊長、ご教授願えますでしょうか……?」
 いつも真面目で、ただまっすぐに強さを求めていた、ブルースピリットのラミア。
 かつての強い意思を持った瞳は、深い闇に閉ざされてしまっている。

「まあ、死なない程度に頑張れればいいでしょ? 大丈夫、死ぬつもりはありませんから」
 やる気が無いように見えて、実は一番任務に忠実だった、レッドスピリットのエルミ。
 饒舌だった彼女の口も、いまや必要最低限の事しか呟かない。

 そして……遊撃隊で一番最年少で、一番特殊な力を持ち、一番ウルカを慕っていた……
「ウルカお姉さま、あたし、足手まといじゃないですよね……?」
 緑色の長い髪を、宝物だというウルカと同じ髪留めで纏めた、『緑弓』のキュリオ。
 彼女は神剣こそ持っているが、実際の力は神剣の名前を裏切らない、弓矢を使った時に
 最大限の効果を発揮する珍しい少女だった。
 
「……野郎……ッ! もう、許さん……ッ!」
「待って下さい、アキト殿……」
 怒りの炎を上げる瞳でソーマを睨みつつ、一歩前に出ようとする明人をウルカが制す。
「……彼女達を、手前が……」
 それ以上、ウルカは何も言わなかった。
 言わなくても、明人は何が言いたいか、わかってくれると思ったから。
 明人はそんなウルカを見て、剣を構えるのを止める。
 手を、出してはいけない。
 ここからは、ウルカ自身の戦いなのだからと、悟ったから。
「……手前の我侭を訊いて頂き、ありがとうございます……アキト殿……」
 スッと音も無く地面を踏みこみ、一歩、また一歩と進むウルカ。
「ラミア……エルミ……キュリオ……手前の浅はかな行動で、こんな事にしてしまい……
 本当に申しわけない……」
 背に展開している純白のハイロゥを、ウルカはおもむろにしまった。
「だが……もし、そなた達を救う事が出きるのならば……手前は今一度……」
 そしていつもの前屈姿勢をとり、真っ赤な瞳を閉じた。
「喜んで、漆黒の翼となりましょう……ッ!」
 この時、ウルカの中で、何かが弾けた。
 そのセリフを合図にするかのごとく、ラミアが踊りかかってくる。
「居合いの真髄……それは、相手よりも先に抜かず……」
 振り下ろされるラミアの神剣は、
「神速の抜きで、相手を斬る」
 ウルカに届く前に、目にもとまらぬ速さで抜かれた『冥加』の刃が、
 ラミアの体を裂いていた。
「ラミア……そなたには、それをちゃんとお教えしたはずです……」

 ――ありがとう……ございます……隊長……

 『求め』から、確かにそう聞こえてきた。
 永遠神剣第四位『求め』……対象の求めを聞き入れ、実現する力を持つ神剣。
 と、明人は一度、『求め』が言っていたような気がした。
 だとしたら今のは、あのブルースピリットの最後の願い……
 ウルカに対する、感謝の言葉……
「心無き妖精の力……それがどれほど脆弱かと知っていたのは……エルミ、あなたでした」
 瞬きをする間に、ウルカはレッドスピリットの懐まで飛びこみ、何も言わせぬまま、
 マナへと還した。
「なのに……なのに……ッ!」

 ――隊長……私達のぶんまで……しっかり……生きてください……

「敵……私が……ッ!」
 グリーンスピリット――キュリオが背負った矢筒から一本手に取り、弓で引き、
 そしてウルカ目掛けて放つ。
 たちまちに矢はオーラをまとい、緑色の輝きを放ち、
「……キュリオ……」
 それは、ウルカの体の中心を貫いた。
 かのように見えた。
 ウルカの体が、蜃気楼のように揺れ、消えて無くなる。
 矢が貫いたのは、残像であった。
「……そなたが、一番よくわかっているはずです……その程度の力で、
 手前を止めれないと言う事を……」
 キュリオの背後で、ウルカの声がした。
 振り向く暇を与えずに、ウルカは微かな金属音と共にキュリオの脇を走りぬけた。
「そなたが……ッ! 一番理解していたはずだ……ッ!」
 そのウルカの悔しさのこもった声で、キュリオの全身の傷口が開き、
 その場にぱたりと倒れこんだ。
「……ソーマは、アキト殿にお任せします……エスペリア殿の無念……どうか、
 晴らしてください……手前が、手を下すべき奴ではありません……」

「そ……そんな馬鹿な! ありえない……ウルカが、自分の部下を倒すだなんて!」
 慌てふためくソーマに、明人は無表情のまま近づき、そして――
「ば――」
 無言で、『求め』からオーラフォトンを放ち、消滅させた。
 あっさりしすぎていた。
 これで、エスペリアの憂いは完全に取れた。
 本当にこれでよかったかは、明人にはわからない。
 エスペリア自身も、本当はこんな事を望んでいたわけじゃないかもしれない。
 だが、この男は堕ち過ぎていた。
 救いようが無い程、深く、深く……
「これで……よかったんだよな? エスペリア……」
 これで本当に……過去の因縁は断ち切れたんだよな、と、明人は心で呟いてみせた。

 ウルカは、まだ消えていない唯一の――キュリオを抱き寄せていた。
「あ……れ……? ウルカ……お姉さま……なんで……すか……?」
「ああ、手前だ……キュリオ……」
 この極限状態になって、キュリオの記憶は、心は戻ってきたらしい。
 だが、すでに瞳の焦点は、ウルカにあっていなかった。
 ただひたすらに、何もない空間を見つめ、そこに手を伸ばす。
 ウルカは、そんなキュリオの手を握ってやった。
 真っ赤な瞳に、イッパイの涙をためて……。
「え……へへ……もう……お姉さまの……綺麗な銀髪も……凛々しいお顔も……
 なんにも……見えないや……」
「ッ! キュリオ……ッ!」
 握った手の平から立ち上る、金色の――マナの粒子。
「お姉さま……私の髪留め……宝……物……貰ってください……お願い……します……」
 ウルカの抱える腕に、重さという感覚が無情にも無くなっていく。
 キュリオはそんな状態で、最後の力を振り絞り、自分の髪を結わえていた髪留めを、
 ウルカに差し出す。
「…………」
 ウルカは無言で、髪留めを受け取った。
「……つまで……いつ……よく……お……しく……いき……くだ……わ……えさま……」
 それを待っていたかのごとく、キュリオの体は急速に薄れ始め、そして――
 四散して行った。
 霧がたちこめるかのごとく、マナの粒子は、広がった。
 まもなく風に運ばれ、この場に残ったのは、髪留めと、キュリオの背負っていた
 矢筒と弓だけであった。

「……ウルカ……」
「……手前は……」
 明人が話しかけると、ウルカは掠れた声で、振り向かずに話し始めた。
「手前は……ダメな隊長です……誰一人救ってやる事もできず……挙句の果てには、
 自らの手で部下を……彼女達を消してしまいました……だから手前は」
「……自分で思っているほど、ウルカは、ダメな隊長なんかじゃない!」
 自虐の言葉を連ねるウルカを遮って、明人が強く言葉を放った。
「……俺は、彼女達の最後の言葉を聞いた。ウルカ、彼女達、ウルカに斬られて、
 どんな表情をしていた? 憎しみに、満ちた表情か? 悲しみに、満ちた表情か?
 ……違うだろ。彼女達は、笑顔だったはずだ。嬉しかったはずだ! 一番……
 自分たちが望まない戦いを、一番止めて貰いたかった人に、止めて貰えたんだから!」
「――ッ!」
 明人は感じるまま、心あるままに、ウルカに感情をぶつけた。
 ウルカは、知らなければならない事だったから。
 彼女達が最後に残した言葉の数々は、全て、ウルカに対してのものだった。
 明人の言う通り、憎しみにも、悲しみにも満ちた言葉では無い。
 ウルカに対する、救ってくれた事に対する感謝の言葉であったから。
「わかったような口を利いて、悪いと思う。だけど……ウルカが彼女達の気持ちに
 答えて上げる事が、最大限の弔いになるんじゃないのか? これ以上、
 自分を攻めないでくれ……俺も辛いし、それ以上に彼女達が……悲しむと思う」
「……アキト殿……」
 明人の言葉が終わるとほぼ同時に、ウルカは立ちあがった。
 立ちあがり、今、自分の銀髪を纏めている髪留めを外し、代わりに手に持った、
 キュリオの髪留めで、纏め上げた。
「彼女達の命……心は、手前が今、しっかりと背負いました。手前も、アキト殿と
 同じ事を願います。もう、こんな無意味な戦いに巻き込まれ、刈り取られる
 運命にある命を救うべく……自らの手で、終止符を打って見せます……ッ!」
 振り向いたウルカの表情は、実に、輝きに満ちているものであった。
 全ての運命を受け入れた漆黒の翼は……新たな力と共に、高く舞いあがる。
 全ての戦いに、終焉を迎えさせるために……

 ――アキト殿と……共に……ッ!

 今一度、明人は耳元に、小さな緑の妖精の囁きが聞こえてきたような気がした。

「いつまでも……いつまでも強く、雄々しく生きてください……私の……お姉さま……」

                               第二十話に続く……

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