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第十八話 再生される純白の翼――真紅の記憶

 翌日――
「アキト……必ず、帰ってきてください。それが、今回任務に向かわせる条件です」
「ああ、絶対に帰ってくるよ。レスティーナ、行かせてくれてありがとう」
 明人は出発の報告のため、ハーミットとエスペリア以外に唯一事情を知っている
 レスティーナの元へと出向いていた。
 他のメンバーには――特にウルカ、セイグリッド、空也辺りに言えば、明人の後を
 追って出陣しかねないので、ダーツィ公大国を経由し、サーギオスの国境付近の
 偵察と偽って明人は任務に取り掛かる事になっていた。
 もちろん、アセリアが今の状態でどれほど使えるかという実験もかねたものという
 嘘も上乗せして。
「それじゃ、いってくる」
 明人は短くそう言い、レスティーナに背を向け、部屋を後にした。
「……絶対に、帰ってきてよ……約束、破っちゃダメだからね……アキト君」

 さらに二日後――
 明人とアセリアは、サーギオスに侵入するためのルート上にいた。
 サーギオス量の西に広がる広大な森林地帯は、マナの流れを狂わせ、
 スピリットの発見が難しいという。
 それを利用しない手は無いと、ハーミットの手引きによりマロリガン方面から明人達は
 サーギオス帝国領内へと侵入した。

「……予定を過ぎても帰ってこなかったら、全員にこの事を伝える。その場合、
 帰って来た時覚悟する事になるだろうがな」
「わざわざすまない。イオにも、よろしく言っておいてくれ」
「はいはい。あんた等が帰ってきたら、みんなで祝ってやるよ。だから、
 絶対に帰って来い。二人でな」
「……ああ」

 大体、森に進入してから二日が経過しただろうか。
 昼の移動でも薄暗いこの森の中では方向感覚も狂い、何度かルートの道を外れそうに
 なったものの、今は予定の半分の位置にいる。
 敵の襲撃が無かったのもあるし、それにこんな森に敵が侵入していると言う事も
 考えにくいため、この先、敵と対立する事は無いかもしれない。
 いや、あってほしくない。
 焚き火を挟んで向かい側に座る、無表情なアセリアに、戦ってほしくないから。
 こうして、今は自分も強くなった。
 しかしあの時は、自分の未熟さのせいで、アセリアは自分の精神を失ってしまった。
 明人はアセリアを見つめるが、以前のような、反応は無い。
 これが、神剣に精神を食われると言う事。
 はじめて目の当たりにし、恐怖し、そして酷く悲しくなった。
 無表情にただ一点を見つめるだけの曇った瞳。
 ただ命令に従い、人形のように自分の後ろをついてくるだけの存在。
 この二人だけの任務は、明人にとっても、試練のようなものだった。
 今のアセリアを見ると、胸が締め付けられるように苦しくなる。
 それが一刻も早く、アセリアを助けなければという焦りに変わる。
 だが、この任務で焦りは天敵。
 下手に動けば、敵に自分たちの位置をさらけ出してしまう事になるだろう。
 焦らず、そして迅速に行動すると難題を吹っかけられている状態であった。
「……明後日だ……研究所までたどり着ければ……」
 こうして、何事も無く夜がふけていく。
 アセリアは、いつのまにか眠ってしまったらしい。
 目を閉じ、規則的な寝息を立てている。
 明人はそんなアセリアに近づき、しゃがみこんでアセリアの頬を撫でる。
「俺が、命に代えてもアセリアの笑顔を取り戻してやるからな……ッ!」

 予定どおり、研究所まで明人たちは足を運べていた。
 そこは建物の一部が完全に消滅し、その部分だけマナの感覚が無い。
 小規模なマナ消失というのは、比喩でもなんでも無かった。
 局地的に、その部分だけがマナ消失にあっていたのだ。
 施設内に入り、ハーミットの超人のような記憶力によって言われた場所まで
 たどり着くと、棚の中に厳重に保管されている、小さな欠片を見つけた。
「これが……マナ結晶……」
 手の平小のマナ結晶が六つほど、そこに置かれていた。
 ハーミットが最後に見たときの数と一致する所から、事件の後、今まで
 放置されていたと言う事であろう。
 マナ結晶はパッと見た感じ、ただの綺麗な石ころだ。
 スピリットやエトランジェ以外が見たら、そう答えてくれるだろう。
 しかし、明人はこの六つの、たった六つの欠片から凄まじい量のマナを感じていた。
 これだけでも、自分とアセリアの存在に必要なマナを足した量を軽く凌いでいる。
「これなら……ッ! これならいける! アセリア、行こう!」
 明人は確信を持ち、この――過去に白きスピリットが消滅した研究所をあとにした。

 この任務の全行程は、約二週間ほどであった。
 行きに六日、帰りに六日、なにかしら出予定が狂った時のために予備の日が二日。
 その日時が過ぎれば、ハーミットとエスペリアが今回の件を全て話す事になっている。
 行きは順調に六日でたどり着けた。
 帰りも、半分を過ぎた辺りまでは順調にもほどがあった。
 そして――
 あと、距離にして一日の所で、事件は起きた。
「くっそぉおおおッ!」
 明人は今、闇に染まりかける獣道を全力で駆け抜けている。
 左手にアセリアの右手を強く握り締め、『飼い主の手から離れた犬状態』にしないため、
 必死に。
 その二人の背後には、
「こぉら! さすがに美形でも不法侵入はあたし、サーギオス国境警備隊大隊長、
 『樹林』のフェイトが許さないよッ!」
「大隊長、走りながら話しますと舌、噛みますよ?」
「うるっさいわねアイラちゃん! こんな時に冷静なツッコミしないの!」
「はいはいはい……大隊長、それより前見ないと敵、見失いますよ?」
「アイラちゃんがしっかり見てくれてるから大丈夫でしょ!」
 声を発しているのは二人だけだが、実は集団で迫るサーギオスの大群に追われていた。

 そもそもの話しは数十分前にさかのぼるのだ――

 ここ、サーギオスの西に広がる森林地帯。
 普段はこんなマナの流れが不安定な場所に、スピリットが配備される事はない。
 しても意味がないからだ。
 神剣同士で存在を確認し合い、森での戦闘を行うスピリットに対して、
 この広大な森は互い発見できる可能性など、ゼロに等しいからだ。
 霧も年中深いため、人も立ち寄らないし、ましてはここから侵入を図っても、
 結局は数でも質でもこの大陸最強のサーギオスの部隊に掃討されるのがオチだ。
「なのに、な〜んであたしがこんな辺境の森のパトロール隊の隊長にされるわけ?
 しかも自分でも見まわるなんて……あ〜、今日は『週間サーギオス通信』の
 発売日なのに……なにやってるんだろ、あたし……」
 槍形の神剣を担ぎ、腰まであるストレートの深緑の髪を揺らしながら一人の
 スピリットが呟いていた。
 彼女はサーギオス帝国国境警備隊大隊長、『樹林』のフェイト。
 その実力は、遊撃隊、妖精騎士団にも匹敵すると言われているほどの実力者。
 なのだが……
「あ〜もう、今日はサボっちゃおうかなぁ? んでもって近くの村で通信買って――
 いや、それじゃサボった事まるわかりだし……あ〜、もう! うちの隊が貧乏くじ
 引き当てたおかげで、一年に一回の総点検にあたしらの部隊が選ばれるなんて
 ついてね〜ッ!」
 聞いての通り、極度のサボり性で、しかも国に対する忠誠心の欠片も見えないため、
 下手に実力が高いので厄介払いとまでは行かないが、国境付近の警備を命じられて
 いるのだ。
 彼女の隊は今、この広い領土で何か問題が無いかを一年に一回、点検するための
 大捜索をさせられている。
 担当区域は遊撃隊、妖精騎士団を除いた全ての部隊の話し合い、またはくじで決められ、
 担当になった区域を三日かけて捜索しつづけなければいけないという過酷なものだった。
 まあ、中には本当に何もない平野や、街が密集している所が捜索区域となる場所もあり、
 それらは『当たりくじ』と言われている。
 一方、フェイトが引いたのは、何があるかわからない、西一帯に広がる森林地帯。
 これは『貧乏くじ』というわれ、絶対に引きたくない担当区域である。
「う〜……ホント、どうし――ッ! きゃん!?」
「うわっと!」
 考え事(主にどうやったらあと二日間を有意義にサボれるか)をしながら歩いていたら、
 どうやら側面からやってきた人にぶつかってしまったらしい。
 正面と側面では、やはり側面にぶつかられた自分がふっとばされ、尻餅を着く。
「あっ、だ、大丈夫か? 最近、よく人とぶつかっちまって……」
「あ……や、あたしも考え事しながら歩いていたもので……」
 差し伸べられる手を無視し、フェイトは立ちあがり、声の主である男性の顔を確認する。
「満点」
 思わず言っていた。
「は?」
「あっ、いえ、気にしないでください」
 思わず言ってしまったが、それはたいそう美形な男性であった。
 と、フェイトの思考回路は判断していた。
 自分よりも頭一つ分高い身長、数々の戦場を駆け抜けてきたような精悍な顔つき、
 そして倒れた自分に手を差し伸べてくれる優しさ! 完璧。
 自国のエトランジェ、シュウイチには劣るが、まず、自分のストライクゾーンに
 ヒットしていた。
 シュウイチとはまた違うが、それでも自分の好みには変わりない。
 ――どうやっておとそうか?
 やはりここは体で……と、一気に押し倒そうと構えた瞬間――
「ん? あっ、そうだな。悪い、今急いでるから。行こう、アセリア」
「え? あ――」
「…………」
 その男性は自分の意図を察知したかのごとく、一言言って去って行った。
 その後には、いるのかいないのかよくわからない、どうやら精神の食われた
 スピリットが着いていた。
 そして何故か、自分の事をその濁った青い瞳で睨んでいたように見える。
「あっ、大隊長、こんな誰も寄りつかなくそして人目がまったく行き渡らないような
 侵入して下さいといわんばかりの場所で、何してたんですか?
 あ〜、みなまでいわなくていいです。どうせあと二日間どうやってサボろうかとか
 必死に思考していたんでしょう? ダメですよ、自分で引いたんですから、
 最後まで責任を持ってくれなくちゃ。大体、いつも大隊長はですねぇ」
「アイラちゃん、ストップ。そろそろあたし、引くわよ?」
 そこに入れ替わりにやってきたのが、フェイトの参謀にあたる、『氷河』のアイラ。
 頭のよく回るブルースピリットの少女で、趣味はフェイトへの文句。らしい。
「まあ、今のは八割ほどは当たっていると私の中で自己完結しときます。
 で、なにをお悩みで? 私で良ければ、幾らでも答えますよ?」
 やれやれと手を広げ、半開きになったやる気のなさそうな瞳をフェイトにむける。
「……あのさぁ、人にぶつかってあたし達が吹っ飛ぶのって、おかしいよね?」
「おかしいのは大隊長の頭じゃないんですか? そうですよ。私達は神剣の加護を
 受けているんですから、普通の人がぶつかったら大隊長の大質量でぷ――」
 大質量、とまで言った所でフェイトの神剣側面ツッコミがアイラの頬にヒットした。
「はい。大質量の事までは許してあげるから、それ以上の説明は不要。
 で、もう一つなんだけど……」
「……そんな気にするほどの重さじゃありませんよ大隊長は。なにせよんじゅぶは――」
「それ以上は禁句の方針でお願いね。次はないから。で、アイラちゃん、アセリアって
 名前に聞き覚えない? のどまで出かかってるんだけど、どうにも出てこなくて」
 先ほど見た、青い髪のスピリット。
 あんなスピリット、自分の隊にはたしかいなかったはず。
 しかしどこか他の所で見た事あるような気がしたから、この大所帯のサーギオスの
 スピリット隊でそこそこの記憶装置を持っているアイラに聞くのが一番だと思い、
 質問した。
「アセリアって、『ラキオスの蒼い牙』の事でしょう? なに言ってるんですか」
 さほど時間も掛からずに、アイラはサラッと答えた。
 この二つの確認が取れたところで、情報が合致した。
 先のマロリガンの対戦で勝利したのは、ラキオス。
 そしてその国の主力である、『ラキオスの蒼い牙』。
 最後に自分とぶつかっても飛ばなかった、神剣の加護を受けていると思われる、男性。
 全てが、重なった。
 というかこれで先ほど起きた事をアイラに話せば「別にこの霧には頭を溶かす成分は
 入ってませんよ大隊長」と、回りくどく馬鹿にされていただろう。もう慣れたが。
 フェイトは地面に『樹林』突きたて、大きく息を吸いこむ。
「ッ! だ、大隊長! それ、私が近くにいるときに限らず人が近くにいるときには
 絶対にやらないでって言った――」

 明人は、妙な胸騒ぎに襲われていた。
 先ほどぶつかったスピリットの少女についてだ。
 こんな辺境に人が住んでいるわけ無いし、なにより一人で出歩くような事ができるのは、
 スピリットぐらいであるこのご時世だ。
 間違い無く、サーギオスのスピリットであろう。
 マナの流れが不安定なせいで、相手の実力は測れなかったが、どうやら本気で相手は
 自分達の事に気が付かなかったらしい。
 ある意味好都合だが、いつ不意打ちに来るかどうかわからない。
 ここを逃げ切れば、国境を抜けられる。
 明人は少女が天然であることを祈った。
 そう、ハリオン並の天然ボケさを。
 しかし、その祈りは届く事は無かった。
 この世に神様がいるとしたら、よほど自分たちは嫌われているのだな、
 と明人は思ってしまう。
「全員、この声の一帯に集合! いつもどおり、木が位置と声を教えてくれるから、
 問題ないよね! 問題ある人は帰って寝なさい! とりあえず、侵入者発見!
 それらしき人影を見たら各自の判断により生け捕り、または殺してもかまわないわ!」
 森中に響かんばかりに、先ほどの少女の声が耳を突く。
 そして、その内容からこれは本当に森中に響いているものだと知り、
 アセリアの手を引いて走り出した。

 そして今に至る、と。

「くそっ! 最後の一日がこんな風になるなんて――ッ! アセリアッ!」
「……ふん……」
 アセリアが明人の手を振り解き、反転。敵陣へと漆黒のハイロゥを広げ向かってしまう。
 そして一閃。
 先行していた一人のスピリットを、奇襲で一撃のもとに打ち払った。
「――ッ! やるじゃない……みんな、陣形を保って! 囲んで、各個『撃破』でいいわ!
 絶対に、一人で向かっちゃダメよ!」
 相手側の隊長である、先ほどの少女の声がした。
 これでは後が続かないことは明白である。
 現に、一撃でやられたスピリット以外は取り囲む様な広がりを見せている。
「まだ……いく……ッ! 敵……コロス……ッ!」
「アセリア、戻れ! くっ、聞こえてないのか!」
 そして自らも神剣をかまえる明人。
(……よいのか、足止めをくらって? 極力、戦闘は避けたほうがよかろう)
「バカヤロウ! アセリアを止めに行くだけだ!」

「はぁ……はぁ……」
(なるほど。考えたな、契約者よ。この状況では、この選択が一番だ)
「お褒めにいただきどーも……」
 なんとかアセリアを気絶させ、背負い、『求め』の力を使ってマナの光を出現させ
 敵の目を潰してまいて、今は目の前に飛びこんできた洞窟に身を隠している。
 とっさの機転だったが、これが最良の判断であろう。
 このお互いが干渉しあえない土地だからこそ出きる、こういった作戦。
 しかし、時間の問題である事には変わりないであろう。
「今逃げることは無理……か」
 相手側は自分達がそう遠くに行っていない事ぐらいわかっているだろう。
 人数が人数なので、ここを探し当てられるのは時間の問題である。
 探すよりも隠れる方が、よほど難しいと言うのは、小さな頃よくやった遊びで
 実証済みだ。
(手は無い事は無い。この妖精を見捨てればよい。そこらへんに転がしておけば、
 敵は集まってくるであろう)
「んなこと、できるかよ! エスペリア達と約束したんだ! 必ず、二人で帰るって」
 ふと、大天才が言っていた言葉が、脳裏に浮かんでくる。

『いざとなれば、隊長さんの『求め』で治療が出きる』

「……できるんだな?」
 なにといわずとも、明人の言いたい事は『求め』には伝わっていく。
(できる。だが、我はそれをあえて拒もう。確かに、我ほどの力が無ければ、
 今までの契約者が行った無茶な説得も実現はしなかっただろう。
 しかし今回はそれと同じようで、違うのだ。まず、掛かる時間が違いすぎる。
 この妖精の精神を切り離すまで、確実に敵に見つかるであろう。
 微かだが、敵の気配を感じる。見つからずに、敵をやり過ごす事など不可能だ。
 それに精神を切り離すためには、主は我の加護を一切解かねばならぬ。
 契約者に死なれて困るのは、我の方だ。その事ぐらい、わかれ)
「……治療方法は、どうやってやるんだ?」
(……無駄な事だ。契約者が囮にでもならぬ限り、敵がここに集まっ――ッ! しま……)
 ここまで言って、『求め』は言葉を途切れさせる。
 言ってしまった。
 今の明人を、一番行動に引きたててしまう言葉を。
「そうか。じゃあ、アセリアの事、よろしく頼む」
(まて……と言っても聞かぬか……契約者よ、必ず、生きろ。これは我の希望ではない。
 命令だ。契約者は我の求めを完遂する義務が残っている。『誓い』を砕く、その求めを)
「ああ、わかってる。それにしても、随分性格丸くなったな、お前」
(馬鹿で、それでいて愚かな契約者に付き合っていれば、こちらにその馬鹿が移って
 しまうのは必然だ……ッ! 必ず、生きて帰って来い……ッ!)
 珍しく、感情のこもった『求め』の声。
「……ああ。それじゃあ、準備する」

(契約者よ……)
 マナ結晶をアセリアの周りにおいて、準備を進める明人。
 そこに、『求め』が苛立ったような口調で話しかけてくる。
 そうやら、まだ明人の行動を認めたくないらしい。
「なんだよ」
(……その自信は、どこから来るのだ。必ず帰って来れる保証など、無かろう)
「……帰りを待ってくれてる、みんながいる。そして……」
 明人はアセリアの小さな顔を見つめ、
「アセリアが一秒でも早く、帰ってくる事を信じてるからな」
(……とんだ大馬鹿者だ……なぜ、我はこのような馬鹿者と契約してしまったのだ……)
 ぐちぐちと文句を言われるも、明人は準備を進め、最後に『求め』をアセリアの手に
 握らせる。
 そして、反対の手に『存在』を握らせた。
 神剣の加護から開放されると、なんとも嫌な脱力感が身に降りかかってきた。
 どれほど神剣の力に頼って行動していたか、身に染みてしょうがない。
「……行ってくる。アセリアの事、頼んだぜ!」
(……今一度言う。死ぬな、契約者よ。蒼き妖精が、牙を剥き出しにするまではな!)

 これは、奇妙な感覚であった。
 視界に移る景色は――いや、もう景色とも形容できないであろう。
 自分が浮いているのか、流されているのか、立っているのか、座っているのか、
 横になっているのか、生きているのか、死んでいるのか、全てが、ハッキリとしない。
 どれくらいこの感覚に、自分はおぼれているのだろう。
 わからない。
 もはや、考える事すら億劫になっていた。
 憶えているのは、美しい月夜、そして、隣りに座り、笑いかけてくれる男性の顔。
 それ以外、靄が掛かったかのように記憶の地層に埋もれてしまっている。
 ここは、どこなのだろうか。
 ふと、弱った思考回路で考えた。
 答えが帰ってくるはずないのに。
 自分は、ずっとこの空間で一人だった。
 それくらいは理解していたはずなのに……
『そなたが、アセリアだな』
 ――誰……?
 声が『響いてきた』。

 ――アセリア――

 思い出した。
 これが、自分の名前だ。

『ふん……素直な感想だな。我は、『求め』。契約者、アキトの神剣だ』
 ――……アキト……?
『もはやここまで精神の汚染が進んでいるとはな。しかし、説明をしている暇はない』
 
 ――アキト――

 月夜の日に、自分の隣りで笑いかけてくれた人……
 そして、自分が思う一番、大切な人……

『契約者に頼まれ、ここまで我は来た。そなたはすでに我々と同じ存在になりかけている。
 神剣に、精神をのまれているということだ』
 ――あたしが……のまれる?
『そうだ。しかし、今ならばまだ間に合う。契約者はそなたを信じ、我等神剣の
 加護無しで敵へと立ち向かった』
 ――ッ! アキトが……あたしを信じて……なぜ……? どうして……?
『知りたいのであれば、強く願え。我は、永遠神剣第四位『求め』……
 その願いを力に変え、実現させる力を持つ者なり』

 ――ドクンッ――

 忘れていた。
 この、熱い思いを。

 ――ドクンッ――

 アキトを、仲間を護りたいという、気持ちを――ッ!

『さあ、願え! そして、今一度純白の翼を羽ばたかせて見せろ! 妖精よ!』

「アキト……ッ!」
 アセリアは、背中にひんやりと感じるものがあることに気が付いた。
 それは、湿り気を持った地面。
 そして手には、『求め』と『存在』を握る感触。
 自分は、戻ってきたのだ。
 暗い闇へと落ちていた、
 感情と、
 精神と、
 心と共に。
(眠り姫よ、呆けている場合ではない)
「……アキトは、どこ!? わかるんでしょ……教えて、『求め』!」
(……ならば、そなたは代償になにを払う?)
「今は……今はなにも払えない! でも、教えて! あたしは、アキトを助けに行く!」
(……フッ……クックック……なんの代償も払おうとせず、我に願う者は……初めてだ!
 よかろう……さあ、その翼で、わが主の前に降り立つのだ!)
 『求め』の笑い声と、アセリアの脳裏にアキトの所在位置が送られてきたのは、
 ほぼ同時だった。
「……本当に、いいのか?」
(我を楽しませただけでも、あの馬鹿者より億倍マシだ。気にやむ事などない)

「うわったぁッ!」
 ギリギリの所で、神剣魔法を回避する明人。
 どれくらい逃げ回ったのか、時間を考える余裕は無かった。
 洞窟を出てすぐに敵と鉢合わせた。
 マジでビビッタが相手も同じで、すぐに仕掛けてくる事も無く、その場は凌いだ。
 が、あくまでその場凌ぎなので、すぐに追いまわされる結果となったが。
『どう思います大隊長? もう二時間近く逃げ回っているあれは誘い……だとか』
『う〜ん……そんな賢く物事を考えれる人には見えないんだけどねぇ』
 土で汚れたラキオススピリット隊の制服も、白地はほとんど残されていなく、
 血の赤と土の茶色でデコレートされている。
 神剣の加護がないので相手がなに言っているかわからないことにようやく気付いたが、
 それに気付いた所でどうする事も出来ない事にも同時に気付いた。
 一応、ここら一帯は隠れるさいに簡単な罠を仕掛けまくってあるが、
 まだ誰もかかっていない。
 さすがに作った後で「絶対これにゃ引っかからないだろ」と自分でツッコミを
 いれれるものばかりだったので、仕方が無いと言えば仕方がない。
『まあ、いいわ。あたしの手で、トドメを刺してあげましょう』
 転がっている自分の元に、グリーンスピリットの少女が歩み寄る。
 ゆっくり、一歩一歩近づいてくる。
 そして――
 少女の視界が、反転した。
『――ッ! なっ、何コレ!?』
 仕掛けた明人も驚いていた。
 むしろ仕掛けたかどうかすら記憶に危うい、「ある場所を踏んづけたら足が絡めとられ
 そのまま宙吊りになってしまう」罠が、今起動したのだ。
 そして――
「ぶ――ッ!」
 明人は、鼻血を必死にこらえるはめになった。
『……大隊長、なにその勝負下着は? 敵側のエトランジェ、鼻血だしかけてますけど』
『お、女はいつでも神剣勝負なの!』
『……字、違いますけどまあ、今がチャンスということで……いかせてもらいます』
 必死にスカートの部分を抑える宙吊りの少女を半分無視して、その隣りにいた
 ブルースピリットの少女が明人目掛けて突っ込んでくる。
 振り上げられる、美しい刀身。
 それは――
『――ッ! 貴様は……ッ!』
 明人に振り下ろされる前に、受け止められた。
 明人とスピリットの少女の間に、もう一人のスピリットがいた。
 ふわりと舞う、純白のハイロゥ。
 それは、明人が待ち望んでいた光景。
 水色の美しく、艶のある長い髪。
 それに負けないほど、整った顔立ち。
 さらにそれを際立たせるのは、いつのまにか天に上っていた月から放たれる、月光。
 明人の間に割って入ったスピリットは、敵スピリットの剣を弾き飛ばし――
『……ん、助けが必要か? アキト』
 微笑みながら、そう言いはなった。
 その笑顔を、明人は忘れた事がない。
 いや、忘れられない。
 月光の淡い光に照らされ、静かな輝きを見せてくれた――
 アセリアの、笑顔を。
『少し、待ってろ……片付ける』
 両手で『存在』を握り、アセリアの純白のハイロゥが広がる。
 そして一躍。
 弾かれた敵ブルースピリットの隣りにいた少女が、マナへと還った。
 その散りゆくマナの光に挟まれた先に見える、青いスピリット。
『――ッ! そんな……くっ、この威圧感……大隊長! 退きましょう!』
 今の動きだけで、わかった。
 このスピリット――アセリアとの実力差が。
 先ほどまでとは違う。
 この調子で戦えば、自分たちが全滅してしまう、と。
『……わかったわ。みんな、撤退よ!』
 宙吊り状態の少女は自らの神剣で縄を切り、そしてこの場から撤収して行った。
『……あっけないな……』
 『存在』を鞘へと収めつつ、アセリアは明人の目の前に降り立つ。
 明人は、この時点で疲れが一気にやってきた。
 足が震え、膝を付いてしまう。
 だが、これだけは言いたかった。
 言葉が通じなくても、わかってくれると信じてたから。
「……おかえり……アセリア……」
『……ん。ただいま……アキト……』

 目を覚ますと、随分と体が楽になっていた。
 あのまま失神してしまったらしいが、その間に『求め』の加護が再び体に
 掛かっているらしい。
 でも、奇妙な感覚があった。
 それは、後頭部に感じる温かな感触。
「ん、起きたか。アキト」
「へ? ええ!? あ、アセリア!?」
 そしてかなり近い距離から聞こえてくる、アセリアの声。
 目を完全に開けてみると、瞳の輝きの戻ったアセリアの顔が真っ先に飛びこんできた。
 ここで、アキトは悟る。
 今、自分はアセリアに膝枕をしてもらっているという事に。
「ん、もう少し、寝てて大丈夫だ」
「あっ、いや! そ、そういうわけには……アセリアだって、重いだろ?」
「……ううん、全然。むしろ、嬉しい……だから、もう少しこのままで……」
 あげようとする頭を押されて、強制的に膝枕状態へ明人の頭部は移行。
 そんなアセリアの表情を間近で見られず、明人は横に目を泳がせる。
 どうやら、敵は完全に追い払えたらしい。
 今は湖畔に暖を取っているようだ。
 その水面に輝く月光に目を奪われて、しばらくボーっとしていると……
「ッ!?」
 口元に、感じた事のない感触。
 そしてどアップに映る、アセリアの瞳を閉じた表情。
 自分が、今いったい何をされているのか正直わからなかった。
 唇を塞ぐものの正体が、何かわからなかった。
 唇に、柔らかな感触……で、
 ようやく、今の事態がどうなっているのか思いついた。
 自分は、アセリアにキスされているのだと言う事に。
 唇同士が離れると少々のタイムラグと共に、
「なっ、あっ、アセリア!? な、なにするんだよいったい!?」
 目を白黒させ、明人は頬を真っ赤に染めて言葉を放った。
 今の行為の理由がわからない。
 わからないから本人に問いただす。
 当然の反応だろう。
 しかし当の本人はなんの悪びれた様子も無く……
「ん? したいから……した。ダメ、だったか?」
 短く答えた。
 こう言われては、さらなる反撃に手段は明人のレパートリーにはない。
「……あたしは、アキトの事を思うと、胸が締めつけられるような気分になる。
 まだ、よくわからないけど……さっきのアキトの顔見たら、なんか……その……」
 と、ここに来てようやくアセリアの頬が朱に染まってきた。
 どうやら、本気で考える前に行動していたらしい。
「でも……今のやったら、気持ちがだいぶ楽になった。嬉しい……とはちょっと違う……
 でも嬉しい……よくわからない感じ……今まで、何度も感じた……
 イースペリアから逃げる時とか……」
 鈍感な明人も、ようやく気付いた。
 アセリアは、他人を『好き』になるという行為がわかっていないのだ。
 エスペリアやオルファなどに向けられるものとはまた違う、女性として、
 男性に向けられる『好き』の気持ちがわからないのだ。
 どうやら今もわかっていないようだが、時機に、わかる日が来るだろう。
 これは、他人がどうこう言ってわかるものではない。
 だからあえて、明人はその事に触れないでおいた。
「アキトは……今の、嫌だったか?」
「……嫌じゃない。けどな、いきなりするのは止めてくれ。それと、
 みんなが見ている前でもな」
「? なんでだ?」
「……俺の命が危うくなる。さすがに、死にたくないからな……ラキオスに帰ったら、
 理由は教えるよ……っと」
 頭を揺られるような感覚が、明人を襲う。
 それは強烈な眠気である。
 やはりまだ、体は完全に回復していないらしい。
「ははっ……いつの日かみたい……だな。悪い……このまま、寝かしてもらう……よ……」
 深い寝息を立てる明人。
 膝枕をしながら、アセリアはその寝顔をジッと見つめ……
「……今なら、いいんだよね……」
 そっと、二回目の口付けをした。

「これで一人……完全に覚醒しましたね……あと残る三人は……ッ! この感覚……
 くっ、テムオリン……邪魔はさせません……ッ! 『時詠』、行きますよ!」

 ラキオスの国旗が見え、ようやく二人は安堵の声を漏らした。
 今日は予定日ちょうどの日。
 二人は顔を見合わせ、笑いあった。
 足を進めると、城壁が見えてきた。
 門をくぐり、城下町を抜け、明人とアセリアは住みなれたスピリット館まで足を運んだ。
 そして食堂まで入ると、見なれた、少女の姿があった。
「ただいま、エスペリア」
「……ん、ただいま、エスペリア」
「――ッ! アキト様……それに、アセリア……ッ!」
 二人はエスペリアが最高の笑顔で出迎えられた。
 涙混じりだったが、その涙が嬉しさを物語っていた。
「よかった……本当に、よかったです……ッ!」
 ギュッとエスペリアはアセリアを抱きしめる。
 大切な妹の帰りを、心から喜びながら。
「エスペリア……ちょっと……苦しい……」
「あっ、ごめんなさい、アセリア……」
「あ〜ッ! パパとアセリアが帰ってきて――ッ! アセリア……元に戻ってる!」
 エスペリアの抱擁が終わると同時に、火の玉娘の特攻。
 それをアセリアは難なく受け止める。
「ん、ただいま……オルファ」
「よかったよぉ……ホントのホントに、よかったよぉ……ッ!」
 アセリアにへばりついて離れないオルファを見て少し羨ましい――もとい。
 微笑ましい光景だと思っていると、真横から澄んだ声がする。
「アキト殿……どうやら、上手く言ったようですね」
「……知ってたのか? ウルカ」
「エスペリア殿から、詳しく……他にはヒミカ殿、クウヤ殿にもお話しされて……
 もし、今日が過ぎたらアキト殿とアセリア殿の命の保証はないと……」
「……よく、飛び出さないでいてくれた。ありがとう、ウルカ」
「いえ……アキト殿こそ、お疲れ様でした。それと……もう、これ以上危険な事は
 しないでください……ヒミカ殿もクウヤ殿も、心配しておられました……」
 ここで自分もと付け加えないが、ウルカの真っ赤な瞳から感じ取れる、
 明人が帰ってきてくれて本当に良かったと言う感情と、それまでの不安が
 入り交ざった感情が見て取れた。
「……ごめんな。でも、アセリアの心は無事に取り戻せた。今は、その事を喜ぼう」
「……はい。アキト殿」
 笑顔を見せる明人に、ウルカは微笑みで返した。

 すでに恒例となりかけているが、今晩は大騒ぎになった。
 この場で明人達の本来の目的が発表された。
 誰もが驚愕の表情で答え、次には質問攻めが始まり、それの収集がついたかと思えば、
 この事を秘密にしていた事に美紗が半分キレて、明人をハリセンで沈めたり、
 それを押さえに掛かった空也もとばっちりを受け、結局美紗の独壇場になってしまった。

 翌朝――
「マロリガンのメンバーの一部が、一緒に戦ってくれる事になったんだ」
 明人はアセリアを呼んで、とりあえず新規参戦メンバーの紹介をした。
「まあ、そう言うわけでよろしく。オレは土方空也。空也でいいぜ」
「ん、わかったクウヤ。よろしく」
「……な〜んかさぁ、明人とオレの扱い違うくねえ?」
「そんなの気にしてんじゃないの! この変態エロノッポ!」
 アセリアのそっけない態度に少々不満そうな空也を遮り、続けて美紗が前に出る。
「えっと、あたしは今井美紗。気軽に、美紗って呼んでくれればいいから」
 この美紗の変わり身は凄い。
 空也に対して睨みを利かしていた表情が、一瞬にして笑顔に変わる。
 こいつはもう、特技と言って自慢してもよいであろう。
「ん、よろしくな、ミサ」
「うん、よろしくね。アセリア」
 美紗の次は、マロリガン四人衆。
「ラキオスの蒼い牙! 今度アリアと本気で戦ってよ!」
 まず声を上げたのは、アセリアに対抗意識を燃やしまくるアリア。
「落ち着きなさい、アリア。まずは自己紹介から。私は、ミリア。そうねえ……
 アセリアちゃんは私の事『ミリア姉ぇ』って呼んでくれるかしら」
 それを制すやいなや、すぐさまアセリアの自分の呼び方決定。
 ちなみに、他のメンバーにも色々と呼び方を変えさせているのは、ホントの事です。
 『姉上』とか『姉君』とか『姉様』とか。(笑
「あたしはカグヤって言うもんだ。まあ、敵だったっちゅうことは忘れて仲良くしようや」
「そうですねえ。あっ、私はクォーリンです。よろしくお願いしますね」
 すっかりラキオスに慣れたカグヤとクォーリンもちゃっと自己紹介をすませる。
「う〜……あ、アリアはアリアだよ! だから、その……えっと……」
「? どうした?」
「ああ、気にしないでいいわよアセリアちゃん。アリアったら緊張しすぎて
 ちっちゃい頭が熱暴走しただけだから」
「とにかく一回〜ッ! ラキオスの蒼い牙と勝負するの〜!」
 そして暴れ出しそうになるアリアの首根っこにミリアは手刀を食らわせ、気絶させた。
「ん。また、賑やかになったな。アキト」
「ああ。頭抱えたくなるくらいな……」
 とにかく、アセリアの新入隊員との(一応)初顔合わせは終了した。

 ちょっと前に空也が、「人生忙しければ短く、ゆっくりと過ごせば長く感じる」
 と言っていた。
 今の明人はまさに前者である。
「ほらほら、こんな事で根を上げるな隊長さんよぉ! 目的地まであと二日だぜ?」
 アセリアを連れて二人で帰って来た。
 そしてハーミットに言い渡されたプレゼントは――

「アセリア、エスペリア、オルファ、ウルカ、そして隊長さんの五人で、
 ちょいとあたしの遺跡探索に付き合いなさいっていうかもう決定事項だからよろしく」

 と言うものだった。
 アセリアと一緒に帰って来てまだ一週間も経っていないのに。
 ハーミットの目的地は、神聖な地としてあがめられているソーン・リームという
 場所にある遺跡。
 道中何があるかわからないので、この五人を護衛につけたいというハーミットの希望が、
 空也達マロリガン勢の参入で現実のものとなった。
「なあエスペリア……ソーン・リームってどう言う所なんだ?」
 今更文句を言っても仕方がないので、話しをして気を紛らわそうと明人は試みる。
「詳しいことはよくわかりませんが……一年中、雪に覆われて、この地に近づく人はみな、
 参拝者だと聞きます」
「なんの参拝者だ、それ?」
「神を信じ、それに願いを申し出に来る者達……と、手前は聞いておりますが」
「うーん……よくわかってねえ所に連れて行くなよな……ん? どうした、オルファ?」
 二人と会話していると、ふと、妙に元気のないオルファの姿が目に入ってきた。
 いつもの輝くような笑顔が、今日は何故か曇りがちなのである。
 普段のあのテンションと、今の差が激しすぎる。
 妙、と言っても過言ではない。
「オルファ、大丈夫か? 寒くないか?」
「え? あっ、だ、大丈夫だよアセリア〜。オルファ、レッドスピリットなんだから」
 アセリアに話しかけられ、ようやく心がここに戻ってきたという様子で、
 オルファは笑って見せた。
「ホントに何ともないのか? えらかったら、ハーミットに言って戻るっていう事も
 出きるけど」
「う、ううん。ホントのホントに大丈夫だから、心配しないで、パパ♪」
 オルファは明人に笑顔を向けるが、明人はそれが無理矢理作られたものだということに
 気付いていた。

 遺跡に近づけば近づくほど、あの声は大きくなっていく。
 自らの神剣の声が途切れると同時に聞こえてきた、あの優しい声が。
 こんな場所、来た事無いのに、見覚えがある。
 わからない。
 自分がどう言う存在なのか。
 何故、自分はこの地を知っているのか。
 そして……この胸の中に巣くう、妙な違和感の正体はなんなのか……

『再生の地……そこであなたは目覚める……悠久の時を戦う戦士……あなたの名は……』

 ハーミットの言う、遺跡が近くなるに連れて、オルファの調子は落ち込んで行った。
 ここに来るまで、謎の敵の襲撃があったが、神剣魔法を撃ってすぐに消えて行ったので
 特に気にする事は無かった。
 遺跡の中へと入ってみると、そこは、マロリガンの動力室に向かう時に通った道と、
 同じような感じだった。
 ひんやりとしているが、金属では無い。
 そして岩や土とかとも違う材質でできた壁や地面。
「……なるほどなあ……ふむ……うん、もうちょっと奥に行こう」
 その地面や壁を叩いたり触ってみたりして、ハーミットは頷きながらさらに深部へと
 足を運ぶ。
「……オルファ、本当に大丈夫なのか? 顔色、さっきよりも悪いぞ」
「う……ううん。大丈夫、大丈夫だから……」
「大丈夫なわけないだろオルファ。おい、ハーミット、一旦街に戻って――ッ!」
 声をかけようと努力はした。
 しかし、それ以上出てこなかった。
 目の前に集結する、凄まじい力を感じて。
 その力の強さは、自分達と一回りも二回りも違う。
 本当に桁違いの力であった。
「アキト様……」
「アキト……」
「アキト殿……」
「パパ……」
 四人はすでに臨戦体制に入っている。
 ハーミットは邪魔にならないよう、アキト達五人の背後に退かせてもらっていた。
「あらあら。聖地を荒らす悪者は誰かと思えば……ラキオスの戦士達じゃないですか」
 この力を持った者の声がする。
 その主は、少女であった。
 明人は、その少女に見覚えがあった。
 あの時――セイグリッドを操っていた、白髪の少女だ。
「遺跡荒らしなんて、面白いマネをしてくれます――あら? あなたは……」
 ふと、その少女の視線が一人の少女に向けられた。
 その視線の先にいるのは、真っ赤な髪の、オルファリル。
「リュトリアム」
 しかし、白髪の少女は違う名を言った。
 聞いた事の無い名前であった。
「まあ、ちっぽけな存在に成り下がってしまって……かわいそうに」
「? オルファはオルファだよ。そのリュト……なんとかって言う人じゃないもん!」
「……そうですわね。記憶が、残っているはずありませんしね」
「ディバイン・インパクトッ!」
 ウルカが不意打ちの神剣魔法を白髪の少女に放つ。
 漆黒の闇が少女を包み、そして、闇は打ち払われた。
「……まだ覚醒していないあなた達がワタクシに牙をむくなんて、無謀ですわ」
 少女が杖の先を明人達に向ける。
 その先端に、膨大な量のマナが集まり、巨大な光弾を生成した。
「……神々の怒りを、お受けなさい」
「ッ! エスペリアッ!」
「は、ハイッ!」
 明人とエスペリアは、同時に前に出ていた。
「ぐぅううううッ!」
「うぅうううッ!」
 二人が障壁を張ると、放たれた光弾は上下左右へとかき分けられ、消滅した。
 一瞬だったが、明人達への負担はすさまじいものであった。
 今のはなんとか流せたものの、第二撃目を受けきる余裕は、二人には無かった。
「ほお……防ぎきりましたか。ですが、今ので手一杯のようですわね」
 再び同じ威力の光弾を生成する白髪の少女。
 本当に、桁が違いすぎた。
「終わり……ですわ」

『まだです、リュトリアム』
「――ッ!」
 今までで一番、クリアに聞こえてきた。
 雑音はいっさい混じらず、あの優しい声が、自分に呼びかけてきた。
「あなたは……誰? 誰なの? なんでオルファの事知ってるの?」
『……私の名前は、永遠神剣第二位、『再生』。あなたの神剣です、リュトリアム』
「え……ち、違うよ! オルファの神剣は『理念』だし、それにオルファそんな名前じゃ」
『今、それを説明している場合ではありません。このままでは、テムオリンの力で全員、
 消されるでしょう』
「――ッ!」
 急に現実を突きつけられ、押し黙ってしまうオルファ。
 確かに見た。
 あのエスペリアと明人の二人掛かりでやっと受け流せた攻撃を、あの白髪の少女は
 連発してきたのだ。
 実力の差がありすぎる。
 このままでは誰一人助からない事は、明らかだった。
『ですが……一つだけ、助かる方法があります』
「教えて、『再生』! オルファ、みんなを助けれるなら、なんでもするから!」
『……今、この場で消えた方が楽な選択肢でもあります。本当に、いいのですか?』
「……うん! みんなと……大好きなパパが、生き残れるんなら……
 オルファ、なんでもするよ!」
 幼い自分の事を、いつも気にかけてくれたエスペリア。
 戦闘中、幾度と無く助けてくれたアセリア。
 とても優しく、自分を見守ってくれていたウルカ。
 口は悪いけど実はとても優しいハーミット。
 そして……強くて、カッコよくて、とても優しい、大好きな……明人。
『……あなたは私に神剣を持ち替え、悠久の時を戦う戦士、『エターナル』として
 覚醒すれば、テムオリンと同等の力を得る事が出来ます。
 しかし……同時にあなたは、あなたを知る全ての人達の記憶から、消える事になります」
「――ッ! ということは……」
『あなたは、初めからこの世界にいなかった事になります。それでも……
 あなたは私を受け入れますか?」
 明人や他のみんなから忘れられる……
 しかし、
「……うん! みんなを助けれるなら……ッ!」
 オルファの意思は、曲がらなかった。
『……わかりました。ならば私の名前を呼んでください……私の名は』
「永遠神剣第二位……『再生』!」

 明人達の目の前で、光弾は歪曲していった。
 その中心にいるのは……
「――ッ! オルファ!?」
 白く、『理念』よりも一回り大きい神剣を地に付きたて、立ちふさがるオルファ。
 受け止めた時の衝撃で黄色のリボンは片方だけ吹き飛ばされ、長い髪が衝撃波でなびく。
「……やっと目が覚めましたか。リュトリアム」
 白髪の少女から放たれる力が増した。
 同時に、オルファの表情が歪む。
「ですが、目覚めたばかりのあなたに何ができますか!」
「みんなを……」
 黙っていたオルファが、声を放つ。
「え……」
「みんなを、護る事ができる!」
 少女から放たれる光弾が、押し返されて行く。
「そんな……ッ! 計算外、ですわね……」
「……パパ……」
 オルファが目に涙をため、まだ残っている黄色のリボンを明人に渡す。
「オルファの事……忘れないでね……」
 頬に涙をと伝わせながら、オルファは言った。
「……バイバイ」
 そして、最後に笑顔を見せ、明人達の視界は真っ白になった。

「う……ん……ってぇ……あれ? なんで俺、こんな所で寝てるんだ?」
 明人は目を覚ますと、辺りを見まわして情報の整理をしてみる。
 確か、自分達は四人でハーミットの護衛について、遺跡の調査に来たはずだった。
 しかし、調査をしようとして奥まで来た所までは憶えているのだが……
 そこから記憶のぽっかりと穴が開いている。
 まるで、意図的に抜き出されたように。
 まあまず、そんな事あるはずが無いのだが。
「……ん? なんだ、これ……」
 明人は不可思議なものを手に握っている事に気付いた。
 それは見た事の無いはずの、黄色のリボンだった。
 しかしそれを見てみると、何故かこのメンバーに足りないものがあるような気がする。
 アセリアは心が戻ったとはいえ、相変わらず物静かだし。
 エスペリアはそんな必要以上に騒いだりはしない。
 ウルカはそうやって騒がしい事は苦手だし、ハーミットは何か根本的に違う。
 何かが足りない。
 そう、穴の開いた記憶を探ろうとしても、その部分だけが記憶に昇ってこない。
 ただ一つ言える事は……
 このリボンを見ていると、悲しいような、寂しいような気分になると言う事だけだった。
 明人はそのリボンを、大切に服のポケットへとしまい込んだ。

 帰り道。
 どうやら、明人だけが何か物足りないわけでは無いらしい。
 他の四人も、口をそろえて同じ事を言った。

 何か自分達の中で足りない――そう、太陽のように明るい雰囲気を持った、誰かが……

                               第十九話に続く……

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