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第十七話 瞳に映る思い

 その頃――

「ライム様、お食事をお持ちいたしました」
「……ありがとうございます、クリスさん……」
 色を失ったかのように灰色に染まる空を窓辺で見つめていた来夢のもとに、
 ウルカ、セイグリッド無き今サーギオスの遊撃隊を率いるクリスがやってくる。
 あの日――ラキオスに奇襲を仕掛け、秋一に言われた通り来夢を連れてきたクリス。
 秋一が疫病神と言っていたラキオスのエトランジェの側から来夢を引き離せば、
 幸せになれると言っていた。
 しかし、一向に元気にならない来夢を見て、クリスは自分から来夢の世話したいと
 進言した。
 それでも、来夢の調子はほとんど変わらなかった。
 毎回持ってくる食事にも、ほとんど手をつけていないほどである。
 だが……今日持ってきた情報は、多分、彼女を元気にしてやれるものだと踏んでいた。
 先ほど来夢が窓の外を見て、心配していた事――
 ラキオスと、マロリガンの戦争についての情報だ。
「ライム様、ラキオスとマロリガンの戦争が、先ほど終結いたしました」
「――ッ! お兄ちゃん……は? それに、美紗お姉ちゃんと空也さんは」
「……ラキオスが、この戦いに勝利いたしました。そしてマロリガンのエトランジェは、
 少数のスピリットと共に、ラキオスへくだったそうです」
 来夢の深刻な表情が、ライトを灯したかのように明るくなる。
 これが、今まで自分に向けられてきた事務的な笑みと違い、本当の笑顔なのだろう。
「よかった……ホントに、よかった……」
「…………」
 大きな眼鏡を外し、歓喜の涙をぬぐう来夢を見て、クリスは胸が締め付けられるような
 感覚に襲われた。
 今後、マロリガンとの戦いに勝利したラキオスとの開戦は必至だろう。
 その時点で、この来夢が敬愛する兄――そう、ラキオスのエトランジェと自分が
 衝突する事もまた必至となるであろう。
 できれば、その人物とは殺りあいたくない。だけど戦わなくてはいけない。
 喜ぶ来夢を見ていると、自分がどうしたら良いか、わからなくなってきた。
「……ライム様、今日は、ちゃんとお食事をしてくださいね」
 そんな事を考えるのはよそうと思い、クリスは話題を変えた。
 初めて、戦いたくないと、思ってしまったから。

「……ライム様、今日は、ちゃんとお食事をしてくださいね」
「あっ……は、はい」
 どうも現金過ぎるな、と来夢は自分を心の中で攻めた。
 最愛の兄である明人と、最高の友人である美紗と空也の無事が確認できたら、
 今まで食べなかった――食べれなかったのが嘘の様に食欲が湧いてくる。
 ここに来て、秋一の変貌ぶりを見て以来、食欲など湧く日が無かった。
 何かに取り付かれた様に、現実世界にいた時よりも、明人に対する憎しみを募らせ、
 コロスと連呼していた秋一を見てしまったから。
 恐怖した。
 いや、これで怖がるなというほうが無理があるだろう。
「やっと……」
「え?」
「やっと、笑ってくれましたね。私が、ここに来るようになってから」
 クリスが、自分を見て微笑んでくれた。
 彼女が、自分と明人を引き離した原因。
 それだというのに、何故か、嫌悪感は、憎悪は、微塵も湧いてこなかった。
 それは、彼女の瞳に映る、優しさを気付かぬうちに受けていたからかもしれない。
 今はこのサーギオスで一番信頼できるのは彼女――クリスであろう。
「……ごめんなさい。それと、ありがとう……お兄ちゃん達の事、教えてくれて」
 少し赤くなっているだろう目をこすり、眼鏡を掛けなおして来夢は改めて御礼を述べた。
 これが、今の自分にできる精一杯であった。
 精一杯の笑顔を、来夢はクリスに向けてあげた。

「くそッ! くそッ! くっそぉおおおッ!」
 すでに、この部屋は廃墟となりかけていた。
 『誓い』を振りまわし、破壊した結果だった。
 マロリガンとラキオスとの戦争が始まった時、秋一は歓喜に打ち震えた。
 ついに来夢にすがりつく様にいやがる疫病神と、その仲間が殺し合いを始めたのだから。
 もちろん、どちらが消えても良かった。
 むしろ共倒れになるのが最高の結果だっただろう。
 しかし、現状はどうだ。
 ラキオスが勝ったは勝ったが、エトランジェは両陣営ともに生き残ったではないか。
 こんな情報を持ってきた兵士を殺しただけでは、飽き足りなかった。
「あのクソ虫ども……ッ! どこまで僕とライムの仲を邪魔すれば気がすむんだ!
 コロス……必ず、僕の手でコロス……ッ!」
 辺りには、すでに犯し尽くしたスピリットが転がっている。
 ここには破壊された壁などであがる埃っぽさと同時に、酷く精の匂いで充満していた。
 まだ気力のある者は、自分にすがり付いてきやがる。
 鬱陶しい事このうえない。
 しかし、他にこの鬱憤を晴らすものが無かった。
「覚悟しておけ……疫病神どもぉッ! 僕が、『誓い』デショウメツサセテヤルヨォッ!」
 赤い瞳をさらに朱に染め上げ、秋一は、叫んだ。

「はあ……」
 自分で淹れたハーブティに口をつけ、深い溜め息をついたのは、明人。
 マロリガン戦が終わっても、手続きやらなんやらで振りまわされっぱなしであった。
 まず、空也と美紗の入隊に関して。
 入隊する事自体に問題は無かったが、その後だ。
 まず間違いだったのは、エスペリアに会わせてしまった事だろう。
 
「……『アキト様』?」
「……いえ、あの……美紗さん、別に深い意味はありませんので」
 思わず、明人は敬語になってしまっていた。
 エスペリアと挨拶を交わした際に、美紗はエスペリアから放たれる『アキト様』と言う
 単語に過剰反応した。
 まあ、その後すぐにエスペリアのフォローが入ったため、大事は免れた。
 かのように見えたが――
 真っ赤な髪のトラブルメーカーが、また事を起こしてくれた。
 いつもの様に、元気一杯、天真爛漫な声で、
「パパ〜ッ♪」
 と言って跳びついてきてくれましたから。
 今度は、弁解する余地が無かったというか隙が無かった。
 ギッと明人に向けられる美紗の視線。
「……『パパ』……ッ?」
 一言。
 明人は声すら出なかった。
 ここから、数時間記憶が飛んでいる。
 気付いたらベッドの上だった。
 オルファの説明によると、なんでも「美紗お姉ちゃんが紙でできた白いものでパパを
 殴ったら、雷が出てきてパパをおもいっきりフッ飛ばしたんだよ!」らしい。

 それで生命力の半分以上持っていかれたが、まあ、今はなんとか生きている。
 故にその件に関しては何も言うまい。
 次に、マロリガン勢についてだった。

 生き残った彼女達のほとんどは戦意を喪失しており、すぐに戦える状態ではなかった。
 ただ――
「え〜、アリアの隊長はクウヤだけだし」
「今さら、大将を変えるっつうわれても実感わかねえよ」
「そうそう、お姉さん達は引き続きクウヤさんの配下と言う事でいいでしょ?」
「ミリア姉さんの言う通りだと思います、ラキオスの隊長さん。
 その方が、効率がいいかと」
 この、マロリガンの四強スピリットを除いて。
 しかも個性が強い強い。
 結局、明人のことは隊長と認めず、あくまで空也が自分たちの隊長だと主張した。
 これでまた、個性の強いラキオスのスピリット隊がまた濃くなってしまった。
 ちなみに、この四人+空也美紗のために新しく詰め所が建設され、
 そこに住んでもらうことになっている。

 まあそんなこんなで色々あったが、今はゆっくりできる幸せを明人は噛み締めたかった。
「でねでね! 街にさ、とっても美味しいお菓子見つけたんだよ!
 カグヤ、一緒に食べにいこうよお!」
「あ〜、はいはいわかった、わかったよ。……で、どんなものなんだい? アリア」
「さっ、クーちゃん家庭菜園にいくわよ〜。早く手伝ってくれないと、育ててるハーブ、
 全部引っこ抜いちゃうからね〜」
「まっ、待ってくださいよミリア姉さん! 姉さん、どこまでが本気か嘘か、
 わからないんですから!」
「……はあ……」
 平和な日常が戻るまで(第四スピリット館ができるまで)あと、一週間とちょっと。

「…………」
「…………」
 ラキオスの謁見の間に、三つ、影があった。
 その中で、お互いをみつめあっているのは、空也とパーミアであった。
 そのパーミアの背後では、アズマリアが、すっかり色の戻った表情でたたずんでいた。
「……謝りたい」
 空也の第一声。
「……何のことでしょうか?」
 パーミアの第一声。
 パーミアは、何故空也がこんな夜中に自分たちを呼び出したのか、空也の一言で悟った。
 だがあえて冷たく、突き放したような口調で接する。
 空也は、祖国の仇である存在である。
 イースペリアでのマナ消失は、彼が『起こさせていたもの』であるから。
「……イースペリアことだ。何も知らされていなくて議会が勝手にやったとか、
 へんな言い訳はしたくない。する気も無い。それに謝って済む問題じゃないと思ってる」
 そんなこと、わかっていた。
 マロリガン勢が隊に加わって、はや一週間が経とうとしている。
 その期間に見ていたが、空也が、あれほどまで残酷な手段をとる人物では無いと、
 わかっていた。
 そして――ただまっすぐ、誠実な人柄だと言う事も、わかっていた。
「それでも、謝りたいんだ。オレが傷つけた――いや、殺してしまった人やスピリット、
 それと……女王様に、直接」
 地に膝をつけ、頭を下げる空也。
 男として、けじめはしっかりとつけなくてはいけないと、空也は思っていた。
 だから――
 生き延びた、イースペリアで唯一『生き残ってくれた』彼女達に、
 頭を下げなくてはいけないと――
「……本当に、すまなかった」
 下から聞こえてくる、芯の通った声。
「クウヤさん……」
「アズマリア様、お待ちください」
 一歩前に出ようとするアズマリアを、パーミアが制す。
「クウヤ殿、まず、顔を上げてください」
 言われ、無言で顔を上げる空也。
 そして、立ち上がった。
「本当に、すまないと思っているのですか?」
「……ああ」
「ならば、誓いを立ててください。これから、あなたがどうしたいか、聞かせて下さい」
 静かな威圧。
 パーミアの視線は、酷く敵対心を剥き出しにしている。
 それでも、空也は動じずに――
「オレは……そうだな。あいつ、明人の言ってる事が正論だと思う。まだまだ青いが、
 あいつの気持ち、痛いほどわかる。だから……オレも今まで斬ってきたスピリット……
 そして、殺してしまった人達の気持ちを背負って、この戦いを生き抜き、一生掛けて、
 償ってみせる」
 答えた。
 心からの、言葉である。
「……償うだけでは、人の心は癒せません」
 スッと、パーミアは神剣『鉄血』を抜き、そして空也の頬へとつきつける。
「アズマリア様……いえ、アズマリアがどれほど苦悩し、傷つき、心に爪を
 突き立てられたか、あなたにはわからないでしょう……ッ!」
「……なんなら、ここでオレを斬ってもかまわない。それくらい、覚悟している」
 今この場は、神剣と心を通わし、話している時と同じくらい、真実が交錯している。
 お互い、一言も嘘偽りを話していない。
 パーミアはアズマリアがどれほど傷ついたかを、態度と言葉で示している。
 空也は、それが原因で斬られても、悔いは、ほとんど無かった。
「……ならば……ッ!」
「――ッ! パーミア!」
 アズマリアの制止が届く前に、パーミアは神剣を横に薙いでいた。
 散ったのは、一滴の血液。
 空也は頬が、薄く切り裂かれているだけであった。
「……あんたの腕なら、オレの喉元をかっ裂く位分けないはずだぜ?」
「……先ほどの誓い、必ず守ってください。今、私はあなたの罪を切り裂きました。
 とは言っても、あなたの清い心の表面に付着する膜を、取り払っただけです」
 ようやく、パーミアの表情が緩んだ。
「クウヤ殿……いえ、クウヤさん。偽り無く本心を語ってくれて、ありがとうございます」
「あいつの影響だ。明人の一本気が、どうも移っちまったらしくてな」
「クウヤさん」
 透き通るような、アズマリアの声。
「クウヤさん……先ほどの言い方からすると、この戦いが終わってから、イースペリアの
 復興に手を貸してくれると言う事ですね?」
「まあ、そういう事になるかなあ」
 と、久しぶりの――
「ならば、あなたをわたしの夫として、迎え入れましょうかね」
「まあ、それも――ってなにぃッ!?」
 悪戯っぽい、笑み。
 もちろん、空也は動揺を隠せない。
「あら、違いましたの?」
「ち、違う違う違う違う! ち・が・う! やめてくれよな、そんな悪趣味なじょ――ッ!」
 オーラだ。
 どうやら言葉の続きを言う前に今一番聞いてほしくない相手に聞こえてしまったらしい。
 禍禍しい、負のオーラが自分を捕らえて離さない。
 体の動きが、マジで抑制される。
 重い動きで首を横に向けて見ると、ちょうど良い感じに指をヴァキヴォキと鳴らす、

 美紗がいた。

「や、あ、あの、美紗さん?」
「……なんだい? 色ボケ」
 まずい。
 空也の心は、その言葉で一杯だ。
 美紗が微笑みながら、暴言を吐いてくる。
 恐怖の出来事が起こる前に、必ず起きている現象だ。
「い、今のはですね、その……」
「黙れ。シャラップ。言い訳無用。問答無用。故に……死刑」
「や――」

 翌朝、謁見の間の床と壁が新しく造り直されていた。
 何でも、黒く炭化してしまったからだそうな。

 熱い。
 まさかこれほどまで熱い視線を太陽から浴びせ掛けられると、美紗は思っていなかった。
 しかし、足を止めて休むのは、目的地に着いてからだ。
 隣に歩く、セリスの案内で、美紗はデオドガン領内に入っていた。
 もちろん人との接触はなるべく避けるようにしながら。
 目的地は、セリスの姉達が眠る、美紗と戦闘した跡地。
 明人に頼んだら、軽く「行ってこい」と言われたので早速行動に移したのだ。
 そう……一般に言う、お墓参りに近いものであった。

「あっ……」
 セリスの短い声が上がった。
 ふと前方を注意して見ると、あの時殺してしまった姉の数だけ、
 木製の十字架が立てられていた。
 ――ここの人達も、優しい人達だったんだ……
 そう美紗は思った。
 隣りで涙ぐむ、セリスの頭をそっとなでてやった。
「……えっと……なんていうか、その……」
 そしていざ墓標を目の前にすると、声が出てこない。
「……うぅ……なんかこう、言うのもなんだけどさ……ごめんね……本当に……
 あなた達は、死ぬ必要なんて無かったのに、あたしが、殺しちゃって……
 本当に、ごめん……」
 いつのまにか、胸部に装備しているライトプロテクターの上に、雫が落ちていた。
 無意識に涙が出ることなんて、初めての経験であった。
 それを見たセリスも、頬拭い、目の前の墓標に話しかける。
「お姉ちゃん……もう、あたし大丈夫です。ずっと、皆さんの事、覚えてます。
 新しいお姉ちゃんもいっぱい出来ましたし、それに……もう復讐なんて、
 考えなくていいんですから……こうして、ミサお姉ちゃんが謝りに来てくれたから……」
 墓標の前に、指で文字を連ねるセリス。
 それは、この隊を率いていた人の名前――
「だから、見守っていてください。まだ、皆さんの所に逝く事は無いと思いますから」
 『あたしのお姉さん 『赤熱』のヴァジル』
 そう書き込み終わると、セリスはかがんだまま、小さく振るえた。
 そして、地面に染みを作る。
「……セリス」
 グッと美紗が胸元にセリスを抱き寄せた。
「……あたしがさ、こんなことしていいのかわかんないけど……泣きたい時は、
 思いっきり泣いちゃっていいんだよ。あたしの胸だったら、幾らでも貸すから……」
「――ッ! ミサ……お姉ちゃん……ッ!」
 タガが外れてしまった。
 今まで押さえていた感情のタガが外れ、声を上げてセリスは泣いた。
 感情の波が、一気に押し寄せてくる。
 悲しくも、それだけではなく嬉しいといった感情。
 その両方に、泣く理由があった。
 美紗に抱かれ、セリスは、気の済むまで泣いた。
 終わった頃には、すでに目元は真っ赤に晴れあがり、瞳は充血していた。
 しかし、心は、これまでに無い程すっきりとした気分になっていた。
 二人共、今日ここに来て本当に良かったと、感じていた。

「……マジか?」
「いっつつつ……」
 久しぶりに城下町に出てみたら、これだ。
 確か、前にも似たような――いや、まったく同じシチュエーションがあった。
 側面に思いっきりぶつかられて、ヨフアルをぶちまけそうななった少女。
 それは、
「……まっさかもう一度会えるなんてな……レムリア」
 以前も城下町で出会っていた――レムリアという少女だった。
 例のごとく彼女はヨフアルの入った紙袋を抱え歩いていた所、接触したと。
 しかし今回は袋にちゃんと折り目をつけて中身をぶちまけない様に工夫していたため、
 前のように買いに走らされることは無いだろう。
「へ……ッ! ええッ!? あ、アキト君じゃない! どうしたの、今日は?」
「まだ、サーギオスとの決戦まで時間があるから、骨休めに」
 最近は色々と事が起こりすぎて、マロリガンとの戦争が終わった後も、
 休む暇などほとんど無かったのが事実だった。
 空也が何故か美紗に丸焦げにされたり、その美紗がデオドガンから帰ってくるまで緊張
 しつづけたりと、心身ともに疲れていた時に、やっと休みを貰えたのだ。
「じゃあじゃあ、ちょっと私に付き合ってくれても、バチは当たらないよね?」
「……ああ。お付き合い、させてもらいますよ」

 街を見下ろすというのは、それなりに気持ちいい。
 いや、高台という環境が、澄んだ空気を運び、感じさせてくれるからだろう。
「にしても、相変わらず甘いな……その匂いからして」
 しかしそんな柔らかく、温かな風に乗って、酷く甘ったるい香りが、
 明人の嗅覚を刺激する。
 ご存知、ヨフアルの香りだ。
 レムリアは相変わらず、そんな匂いから甘いお菓子を次々に頬張り、
 そして頬を緩めている。
 そんな横顔はとても愛らしく、一言で表現して見ると、『かわいい』といった結果になる。
 もちろん、そんな事純情少年明人君は口が裂けても言えないのであるが。
「はむ……んぐ。えへへ……やっぱり、私とアキト君って、運命で結ばれてるのかなぁ?」
 明人の言葉を完全にスルーし、レムリアはお口の中を片付け、いきなり言放った。
「……運命なんて、そんな大層なものじゃないさ。偶然だよ、偶然」
「だって、二回も城下町で会うなんて、運命としか思えないじゃん」
「……まだ二回だろ? それだったら、まだ偶然と割りきれるんじゃないか?」
 そっけない明人の態度に表情を一変させ、レムリアは頬を膨らませた。
「……じゃあ、あと一回……」
「は?」
「あと一回、もうあと一回私とアキト君が城下町で会えたら、運命って信じるよね!?」
「……わかった、わかったよ。約束するよ、レムリア」
 強い語気のレムリアに、半分諦め、半分呆れで、明人は小指を差し出しながら答えた。
「? アキト君、なに、それ?」
 その小指の意味がわからず、レムリアは首をかしげた。
「これは、俺達の世界で絶対に約束を守る時にやる……まあ、儀式みたいなものだ」
 実際、そんなたいそうなものでは無いが。
「『指きり』って言うんだ。お互いの指を結んで、約束事を言う」
「ふ〜ん……じゃ、じゃあ……」
 少しの気恥ずかしさは、人気の無いこの場という静寂が吹き飛ばした。
「今度、また俺がレムリアと城下町で会えたら……」
「アキト君は、私と甘〜い(はぁと)デートをする」
「指き――っちゃダメだろオイ!」
「あはっ♪ 約束だからね、アキト君♪」
 文句が飛び出る前に、レムリアは、アキトの視界から逃亡する。
「……マジかよ……」
 頭を抱え、明人は、そう言放つしかなかった。

「……それは本当、なのか!? ハーミトッ!」
 その晩、明人はハーミットにいきなり呼び出されていた。
 重要な話しがある、ただそれだけ、イオが伝えに来てくれた。
 そして――その重要さは、今の明人における最優先のものだった。
「ああ、本当さ。あたしが昔、サーギオスで研究していた『マナ結晶』を使えば、
 アセリアを元に戻す事が出きる。断定できるな」
 それは、神剣に精神を食われ、あの美しい純白の翼を漆黒に染め上げ、明人を護った、
 アセリアの治療方法についてだった。
「『マナ結晶』は、昔サーギオスで行われていた……許しがたい実験の産物だ……。
 その結晶は、純粋なマナで出来ている……元はなんだったかは、聞くまでも無いだろう?
 でだ。それを使って、過剰なまでのマナを神剣に送りこみ、精神のダミーとする……
 その時に、アセリアの精神を引っぺがして、元に戻す荒業だけど、確実な方法だ」
「マナ結晶は、どこにあるんだ?」
「……サーギオス領内にある、アタシが昔使っていた研究所に、予備が幾つか。
 いや、それはもう回収されているだろうから、実験の失敗によって廃墟となった所に、
 多分あると思う」
 沈黙。
 さすがに、黙らずにいられなかった。
 アセリアの治療をするためには、確実に、サーギオス領内に不法侵入しなければ
 いけないのだ。
 言うのは簡単だが、それを実行するとなると、相当危険な作戦になってしまう。
 まず、相手がサーギオスという大国であるのが問題だ。
 こういった作戦は少数行動が基本なので、一度見つかるとその人数だけで
 対処しなくてはならないのだ。
 最低三人、いや、二人での行動が望ましいだろうこの作戦で、強力なサーギオスの
 スピリットの相手をする事自体が、危険な行為であるのだ。
「ほいでもって、その時に必要なのが、隊長さんの『求め』だ。そいつの力が無いと、
 一度融合した精神をはがす事なんて、まず無理な話しだ」
「……わかった。詳しい場所を、教えてくれ」
「本気、なのかい?」
「……ああ。明日、遅くて明後日までに出発する」
 やれやれとでもいいたげにハーミットは両手を広げ、そして言放った。
「頼むから、死なないでくれよ……これ以上アタシのせいで、誰かを死なせたくない……」
 それはあの時――マロリガンで最後に聞かせたハーミットの声に、よく似ていた。
「……ああ。俺は死なない――いや、死ねないよ。帰りを待ってくれる、人がいるからな」
 どんな危険な任務でも、そう考えると必ず帰ってこれそうなきがする。
 エスペリア、オルファ、ウルカ、ネリーにシアー、ヘリオン、ヒミカ、ニムントール、
 ファーレーン、セリア、ナナルゥ、セイグリッド、セリス、空也に美紗、
 マロリガン四人衆、レスティーナ、レムリア、そしてハーミットにイオ……
 全員が、明人の気持ちの支えになっている。
 護りたい――いや、護らねばいけない、人達だ……。
「……連れて行くなら、アセリアだけにしといた方がいい。最悪の事態になった時、
 この娘が一番戦闘能力は高い。そして……いざとなったら、直接隊長さんが治療すれば
 いいからな」

 聞いてしまった。
 それは、本当に偶然であった。
 話しをしているだろう二人に、お茶をさし入れようとしただけだった。
 でも、聞いてしまった。
 酷く、胸が苦しくなってしまう。
 ――また、遠く……わたしの手の届かない所まで、いってしまうの……ッ!?
 昔に亡くした、彼の姿が、脳裏に浮かんできてならなかった。
 また……そう、また……だ。
 
「俺に用事ってなんだ? エスペリア」
 ハーミットの部屋を出ると、いたたまれない表情をしたエスペリアに引きとめられた。
 そして、用事があるといわれ、エスペリアの私室まで案内されていた。
「あの……立ち聞きをするつもりではなかったのですが……アセリアを治療するために、
 敵陣の真っ只中に二人で行く……と」
 鈍い明人も、この時点で気付いた。
 先ほどから元気の無い、エスペリアの表情がどうして作られていたかを。
「……そうだよ。まあ、こういったやつは二人で――」
「思いとどまって……いただけないでしょうか?」
 珍しく、エスペリアは明人の言葉を遮った。
 それは普段の、仲間の事を第一に考えるエスペリアだと思えない言葉だった。
「……どうしてだ。エスペリアは、アセリアに元に戻ってほしくないのかよ?」
「そんな事ありません……ッ! アセリアは、わたしの大切な妹なんですから……ッ!」
「じゃあ……なんでそんな事を言うんだ!」
 つい、声を荒上げていた。
 矛盾している、エスペリアの言葉に憤りを覚えたからである。
「わたしは、アキト様に危険な目に合ってほしくないのです! 
 どうして……どうしてわかっていただけないのですか!?」
「今は、アセリアを助けたいんだ! どれだけ反対されても、俺は……」
 おそらく、いや、今夜が初めてだった。
 エスペリアと、本気で言い争ってしまったのは。
 明人はエスペリアの翡翠色をした瞳に溜まった液体を見て、冷静さを取り戻す。
 どれほど自分の事を心配してくれているのか、身にしみるほど、わかったからだ。
「……ごめん。エスペリアの気持ちも考えずに、怒鳴ったりして……」
「いえ……わたしも、理由も話さずに頭から否定してしまい……」
 少しの間だったが、その時あった沈黙が、二人の心を落ち着かせていた。
 明人はアセリアを心配する余り、周りに気が配れなくなっていた事を反省し、
 エスペリアは自分の感情を、理由も話さず押し付けていた事を反省した。
 お互い反省する点が見つかり安心したのか、ようやく、小さな笑みが二人に見えた。
 そして――
「……その理由、聞かせてくれるよな?」
「……はい」

 それはまだ、エスペリアが幼少の頃の話しだった。
 その頃はエスペリアもまだ隊に入りたてで、力が一番弱く、毎日訓練に追われていた。
 しかし、お姉さん的存在である『旧』ラキオススピリット隊の隊員達は、
 とても優しかった。
 ちょうど、セリスのような立場だったという。
「そして……その時、ラキオスのスピリット達を率いていたのは……ソーマ隊長、でした」
「ッ! な……あいつが、隊長だったのか!? ラキオスの!?」
 明人の脳裏に、ふと、一つの記憶がよみがえってくる。
 あの時――初めてソーマと接触した時に、そのソーマを睨みつけていた、エスペリアを。
「あの人は、とても優秀な隊長でした。スピリットと共に、戦場で剣を振るい、
 駆け抜けるほどの実力者でした……」
 そんなある日、ラキオスに一人の青年が、戦術指南役として就くことになった。
 名は、ラスク・ロードといった。
 彼は元々貴族の息子だったらしいが、その家をとびだし、独学で戦術論を学び、
 ここまできたという。
 彼もまた、明人同様にスピリットも人も差別しない、珍しい性格だったという。
 そんな彼は、幼かったエスペリアの、憧れであった。
 その時貰った手帳は、今も、大切に持っているという。
 ここで明人は、気になった事を口にしてしまった。
「そのラスクって人……見たこと無――ッ!」
 ふと見ると、エスペリアは今までで、一番悲しそうな瞳をしていた。
 さすがに、わかってしまう。
 ラスクはもう、この世にいない人なんだと……。
 その瞳のまま、エスペリアは言葉を続けた。
「ソーマ隊長はやがて、自分より強い存在であるスピリットに、嫉妬しました。
 そして、スピリットの精神を壊し、自分のものにして行きました……」
 この時――
 ソーマの毒牙にかかりそうになったエスペリアを助けたのが、ラスクだった。
 この時かわした「逃げろッ! 早くッ!」というのが、二人にとって最後の会話だった。
 邪魔をされたソーマは、姉の一人であったスピリットを使い、灰すら残さずラスクを
 消滅させた。
 エスペリアの、目の前で。
 その後、ソーマはスピリットを連れてサーギオスに亡命し、今に至る、と。
 この頃に、ラキオスのスピリットに対する教育は変わったという。
 国に絶対服従するように。

「……ですからわたしは……アキト様に死んでほしくないのですッ! だから……
 だからこんな危険過ぎる任務、止めてください……ッ! せめて、わたしを一緒に――」
 今度は、溢れ出る雫を押さえる事が出来なかった。
 エスペリアは涙声で、明人に向かって再び本音をぶつけた。
 明人とラスクの影は、どうしても被ってしまう。
 明人が隊に配属された時から、ずっと思っていた事だった。
 そして……今では明人のことを、大切な人、特別な存在として、感じてしまっている。
 だからもう、大切に思う人に消えてほしくないと思うから、エスペリアは止めたのだ。
「……悪い。この任務をやめる事も、エスペリアを連れて行く事も出来ない」
「え――ッ!」
「エスペリアには、俺が帰ってくるまで部隊をまとめてもらわなくちゃいけないし、
 アセリアと一緒に帰って来た時に、美味しいものを作ってもらわなくちゃいけない」
 何も言わず、明人はエスペリアを抱き寄せた。
「……一人で抱えこんで重過ぎるものは、わけあえばいい。こんな俺でも、エスペリアの
 支えになれるかもしれない。他にも、沢山仲間がいるだろ? 仲間は、そういった事を
 わけあうためにいるんだ。それに、もう俺に話してくれたから、この重い気持ちは
 半分くらいにはなっただろ?」
 そして、頭に手を乗せ、ゆっくりと撫でる。
 昔、来夢が寂しいと言って夜中に明人を頼ってきた時、こうして自分の胸に頭を埋め、
 撫でてやると落ちつくといっていた事を思い出したから。
 今のエスペリアは、とても寂しそうに見えたから。
 こういった大胆な行動に出たのだろう。
 やって後悔する明人だったが、エスペリアを離そうとすると、背中に手を回された。
「……もう少しこのまま……甘えさせてください……アキト様……」

 ――数分後――

「ど、どどどどうもすみませんでしたアキト様! はしたない所をお見せしてしまい……」
 顔を上げたエスペリアは、オルファの髪の色に負けないくらい顔を真っ赤にし、
 明人から一歩下がって頭を下げた。
「あ……や……その……俺も、いきなりごめん」
 なんでか謝ってしまう明人。
 二人共、こういった甘い雰囲気になれていないのか、真っ赤っ赤な初々しい反応。
 しばしの沈黙の後、二人は、笑顔を向け合った。
「……今晩は、ありがとうございました。気持ちが、楽になった気がします……」
 そっとエスペリアは、自らの胸に手をあて、翡翠の瞳を閉じた。
「わたしには、信頼できる仲間がいます……アキト様に言われるまで忘れていました……」
「……そりゃ良かった。……必ず、アセリア一緒に帰ってくるよ」
 部屋を出る際に、明人はそう言い残していた。
 その後ろ姿を、エスペリアは、その目に焼き付けた。
 ――この人なら……今一度信じても……
                          第十八話に続く……

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