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第十五話 闇から開放され、今――

「ヒミカ、セイグリッド、気をつけてな」
「任せてください。ハリオンもナナルゥもセリアも、みんなで帰ってきます」
「あの娘達と必ず、ワタシは帰って来ます。ここが、ワタシの居場所ですから」
 明人は先に出発する二組の隊長と言葉を交わす。
 パーミアとファーレーンとニムントールはすでに配置につき、この場にはいなかった。
「ああ。絶対に、無茶はするなよ。また、みんなの笑顔が見たいからな」
 そして明人も準備をするため、宿舎へと戻る。
「……アキトさん、八方美人なんだから……これじゃ捨てるものも捨てきれませんよ……」
「そこが、アキトさんの良い所ですよ。セイグリッドも、わかっているんでしょう?」
「そうなんですけどね……」
 先ほど見せた明人の微笑みを思い出すと、どうにも捨てたはずの感情が
 戻ってきてしまうセイグリッド。
 それを、ヒミカは笑って流した。
「お互い、生きて帰ってきましょう。先ほどの笑顔を、無駄にしないために……。
 お気をつけて、セイグリッド」
「そちらこそ……この信頼には、応えなければいけませんからね。ご武運を」
 そして二人は無事を祈り、固く手を握り合った。
 
 明人達は数時間遅れての出発となった。
 大体、上下に分かれた部隊の進行速度からして、ちょうど敵の目がそこに集中している
 時間帯を狙っての行動だった。
 その狙いが当たったのか、それとも敵の狙いかどうか定かではないが、
 明人達はスレギドからマロリガンヘ抜ける最短ルート上にあるミエーユ付近まで、
 まったく戦闘をせずに進行することが出来た。
 だが、ここである程度予想が出来ていた障害に当たった。
 至極当然な結果ではあるが――マロリガンの部隊が、堂々と待ち構えていたのである。
「さてさてっと! こっからは、アリア達を倒してから行く事だね!」
 岩山の上に腰掛け、歳相応の無邪気な表情を見せる、『大気』のアリア。
「ちったぁマシになってきたんだろうな? いや、なってなかったらこんな所にこねぇか」
 肩に神剣を担ぎ、睨むような視線を浴びせてくる、『悟り』のカグヤ。
「そう簡単には通しませんよ。まぁ、後ろには隊長さん達もいる事ですしね」
 地に巨大な神剣をつきたて、威嚇する様に炎を纏っている、『炎舞』のミリア。
「……ウルカ……ッ! 今度は、負けない!」
 ただ一人――ウルカへと熱い眼差しを向ける、『自然』のクォーリン。
 マロリガン『稲妻』部隊の内、四強と呼ばれる精鋭の中のさらに精鋭が、
 この道に配備されていたのだ。
 しかもミリアの言い方からして、その背後には空也、美紗の存在がいる事は明らかだ。
 明人もただで通れるとは思っていなかったが、これほどまでに中心を固めてくるとは
 予想の範囲外であった。
 しかし、今はこの状況に絶望する事は無い。
 この四人とは、以前ほどの実力差は感じられなかったためである。
「……みんな、ここを任せてもいいか?」
 相手に気取られない様に、小声で明人は言う。
「……エトランジェ様と、決着を付けに行くのですね……アキト様」
 エスペリアが同様に、小声で答えた。
「アキト殿、任せてください。オルファ殿、聞きましたでしょう? 相手方のスキを、
 作っては貰えないでしょうか?」
 ウルカは横目でオルファを見る。
 その視線に気付き、オルファは首を小さく縦に振った。
「そういう事なら……パパ、頑張ってね」
「隊長様……負けないで、ください」
「すまない……みんな、絶対に死ぬなよ!」
 オルファとセリスの激励を受けた明人は、一目散に『稲妻』の元へと突っ込んで行く。
「うわっ、相手の隊長さん凄い度胸! アリア達に単身突っ込んでくるなんて……
 よ〜し! まずは、アリアが相手だよッ!」
 アリアが純白のハイロゥを広げ、明人を迎え撃とうと迎撃態勢を取る。
 が、そこが狙い目であった。
「いまだ! 炎よ、つぶてとなり、降り注げ! フレイム・シャワーッ!」
 オルファの放つ神剣魔法が、まるで壁のごとく明人の目の前に降り注いだ。
 もちろん、明人がとおる一箇所を残し。
 これによって、アリアが手を出すスキも無く、明人はあっさり後方へと抜けた。
「……どうやら、あなた達は何かを履き違えている様ですね」
 たじろぐアリアを見つめ、エスペリアが『献身』を構えつつ、言放った。
「あなた方の相手は、あくまでわたし達です。わたし達は、アキト様の剣となり、
 盾となる存在……あの方のためなら、わたしは指一本触れさせません!」
 視線を、カグヤへと移すエスペリア。
 その意図がわかったのか、カグヤは顎で横にずれる事を促し、飛び立つ。
 エスペリアは、その後を追っていった。
 どうやら、一対一の勝負を、二人とも望んでいるらしい。
 その間に、割って入れるものはいなかった。

「む〜……カグヤばっかりずるい! ふんだ! アリアと勝負したい奴、
 こっちにきなよ! 強い奴、希望だかんね!」
 エスペリアを連れて行ったカグヤに文句を放ちながら、アリアは飛び立つ。
「…………」
 無言でそれを追うのは、セリスだ。
 彼女のその瞳に映るのは、強い意思と、恐怖が渦巻くものであった。

「あらあら、カグヤとアリアってば手が早いんだから……クーちゃん、私達はこの二人ね」
「……わかっています、ミリア姉さん」
 フッと柔らかい笑みをオルファに向けるミリア。
 それとは正反対に、厳しい視線をウルカへと向ける、クォーリン。
 どうやら、初めて接触した時と同じ衝突になりそうだ。
「あのお姉ちゃん……不思議な感じ……なんで、殺し合いするのに、笑っていられるの?」
「……オルファ殿、気にしてはいけませぬ。二人共相当な腕前……油断が、
 死へと繋がります」
 しかし、オルファの言う事にも一理ある。
 ミリアは、本気で殺気を放っていなかった。
 これが誘いか本気か、疑いたくなる所だが、それを構っていては間違い無く負ける。
 それほどまでの熟練者なのだ。特に、あの赤い長身の妖精は。
「それじゃ、まずは小手調べね……炎よ、踊れ。フレイム・シンフォニーッ!」
「――ッ! オルファ……だって! エンシェント・フレアッ!」
 ミリアの足元から生える炎の柱を見たオルファはハッと我にかえり、
 ウルカの言った意味を理解し、自分も神剣魔法を唱えた。
 特大の火球が、オルファの元に招来する。
「やるわね〜、おチビちゃん……でも、見た目だけじゃ勝てないわよ!」
「そんな事言って、後で驚かないでよね!」
 同時に、火柱と火球が攻撃を開始した。
 刹那、相殺された衝撃により閃光がほとばしる。
「はぁあああッ!」
 その閃光に紛れ、緑の妖精がウルカ目掛けて突っ込んでくる。
 『自然』に雷を纏わせ、何の迷いもなく突撃してくるその姿は、まさに弾丸。
 全てを撃ち貫く、緑の弾丸である。
 だが、ウルカも負けてはいない。
 目を閉じ、意識を集中させ、攻撃に備える。
 『冥加』から放たれる黒いオーラは、淡く、静かではあるが、それ故に無言の威圧を
 放っている。
 クォーリンが弾丸であるならば、ウルカはまさに壁。
 全てを受け止め、弾く、鉄壁の壁の様に見えた。
 初撃が、重なった。
 ウルカがクォーリンの太刀を、思いっきり横に弾いた。
 体制が崩れ、そこにウルカの神速の居合いが襲いかかる。
 しかし――
 この一撃では、まだ決着する事は無かった。
「――ッ!」
 先に衝撃が来たのは、ウルカのほうだった。
 クォーリンは勢いのまま、ウルカに蹴りを向けていたのだ。
 突如の攻撃に、今度はウルカのバランスが崩れる。
「やぁあああッ!」
 円運動で体制を持ちなおしたクォーリンは、再度『自然』の刃をウルカに向けた。
「甘い……ッ!」
「な――ッ! うぐッ!?」
 この崩れた体制で、まさか反撃が来るとはクォーリンは思っていなかった。
 『自然』の切っ先は、ウルカの頬を掠め、地へと突き刺さる。
 ――避けられた!?
 そう思った次の瞬間に、腹部に強烈な圧力がかかり、自分が先に背をつけていた。
 裂かれた痕は無い。
 それもそのはずだ。
 ウルカは、『冥加』の柄の部分で攻撃していたからだ。
「トドメだよ! ファイア・エンチャントッ!」
 そのクォーリンに対し、オルファの声が空中から降り注ぐ。
 赤いオーラを纏う神剣にまたがり、オルファはクォーリン目掛け急速に落下してくる。
「させるわけ無いでしょ? おチビちゃん!」
 クォーリンの真横で地を蹴り、飛びあがる音。
 いつのまにかここまで移動していたミリアが、オルファを迎え撃つために。
 空中での接触。
 こればっかりは――ミリアに軍配が上がった。
 体重の軽いオルファがいくら落下速度を利用しようとも、それ以上の衝撃を
 加えられれば、弾かれるのが必然だ。
「きゃん!?」
 バランスを崩し、オルファは尻餅をついた。
 そのスキを、ミリアは見逃さない。
「爆炎よ、一筋の道となり、我に仇なす者を焼き尽くせ。インフェルノ・レーザー」
 空中姿勢のまま、ミリアの指先から放たれる一筋の赤い閃光。
 しかし、それはオルファには当たらず、地面へと刺さり、
 半径一メートルほどの範囲を、燃やし尽くした。
「あ、ありがと……ウルカ」
 ウルカが、オルファを抱えていた。
「……互角……ですね」
 このやり取りで、ウルカの感想はまずそれだった。
 一進一退、まさに、良い勝負である。
「そうですねぇ。じゃ、止めにします?」
「……ご冗談を」
 クォーリンに手を貸しながら、ミリアは軽く言放った。
 もちろん、その発言を鵜呑みにするほどウルカは甘くない。
 その反応に、ミリアは溜め息を一つして、返した。
「いえ、本気ですよ。正直なお話し、このままじゃ私達が相打ちまで持っていかなければ、
 勝てませんし。それじゃ勝ったとは言えませんけど。それに……戦う意味が、
 どうやら無くなってしまったみたいですしね。お姉さんの言う事を信じなさいな」
「……よーやく、気付いたって訳か……お前ら、派手にやり過ぎだって……」
 突如聞こえる男性の声。
 ウルカとオルファは、その声に聞き覚えがあった。
 明人と共に出会った、マロリガンの、エトランジェ――空也の声であった。
「クウヤさん――ッ! その傷……見せて下さい!」
 クォーリンがまず動いた。
 慌てて空也の元へと駆け寄る。
 空也は、致命傷までとはいかないが、かなり深い傷を胸に負っていた。
 この場合、傷ついて戻ってきたのが空也である事から、明人に軍配が上がったのだろう。
 ミリアはもう一度ため息をつき、
「……そう言うわけです。隊長が負けたのですから、私達には戦う意味がありません。
 速く、みんなを止めに行きましょう。ね? お姉さんの言う事は、正しいでしょ?」

「エスペリア……だっけな。今度は、ちゃんと力をつけてきたみたいだね」
「……ええ。あなたに対抗するための」
 これ程まで、エスペリアが冷えた言葉を放つ事が、誰が予想できようか。
 この一言は、辺りの気温が氷点下まで下がらんばかりの冷たさを帯びていた。
 普段のエスペリアが、優しく、温かな雰囲気を前面に出しているため、
 知っている人が見たらまず、驚くであろう。
「いい目をするじゃないか……さて、まずは――いや、最初っから飛ばして行くぜ!」
 カグヤの周りに、オーラが渦巻く。
 黒い艶やかな髪は、徐々に鮮やかな桃色へと変色して行く。
 カグヤが本気になった証拠だ。
「それでなくては意味がありません……では、参ります!」
 先制は、エスペリア。
 カグヤの位置まで走りこみ、『献身』を思いきり振り下ろす。
 ここまで本気なったエスペリアは、多分、今まで無いだろう。
 しかし、その一撃はカグヤの細い腕によって受け止められる。
「まだです!」
 そのまま『献身』の柄の部分をカグヤへと叩きつけるエスペリア。
「させるかよ!」
 もちろん、カグヤはその攻撃を受ける事は無い。
 神剣の鞘を使い、余裕で受け止めた。
「……あなたのような人に、負けるわけにはいきません……ッ!」
「酷い言われようだねぇ。あたしが、何したって……言うんだい!」
 両腕を突き出し、カグヤはエスペリアを押し戻した。
 力は、互角。
「あなたのように殺戮を楽しむような人に……わたしは、負けたくないんです!
 散っていった仲間のためにも……わたしは、勝たねばいけないんです!」
 エスペリアは、その優しい性格と強い人間性から、仲間が――全てのスピリットが
 死ぬことに対して、深い悲しみを感じていた。
 イースペリアでの戦闘の時、散りゆく多くの仲間を目の当たりにし、涙を流した。
 それの主犯格であるカグヤには……強い、対抗心を燃やしていたのだ。
「……一つ、あたしからも言っておきたい事がある」
 エスペリアの言葉に、カグヤは目を瞑り、答えた。
「あたしは別に、殺戮を楽しんでるわけじゃあない。こればっかりは本当だ。
 あたしはただ、強い奴と戦いたいだけ。あんたの考えには、納得できる。
 でもな……どうにもならない時だって、あるんだよ」
 カグヤの言っている事に、嘘は見られない。
 いや、こう言ったカグヤのような武人が、嘘をつくのが苦手だという事は、
 ウルカを見ていてもよくわかる事柄である。
「……次で、決着をつけます」
 冷たい表情のまま、エスペリアは『献身』を突き出し、構える。
 ここまで力を上げれば、さすがにカグヤも本気で来るだろう。
「……聞く耳は、確かにあったんだね……あたしの全力、受けてみな!」
 カグヤが『悟り』を鞘へと戻し、同時にウィングハイロクを展開して飛行する。
 『悟り』は淡い輝きを放ち、カグヤの必殺『閃光の太刀』の準備は出来ている。
 エスペリアも、負けていない。
 周りにオーラを放ち、空気を振動させ始める。
 その振動を『献身』へと送り、音速の刃を作った。
 グリーンスピリット最強の攻撃スキルである。
「はぁあああッ!」
 エスペリアが、叫ぶ。
「おぉおおおッ!」
 カグヤが、吠えた。
 お互い、刃の応酬。
 交錯する、まさに一瞬の攻防。
 そして――位置が逆になった二人の姿がこの場にあった。
「……わたしの、勝ちです」
 『献身』を杖代わりに、かろうじて立っているエスペリア。
 エプロンドレスの肩辺りにみえる血の赤が、徐々に広がっていく。
「……いや、あたしの……勝ちだ……」
 こちらは、腹部を切り裂かれていた。
 両者納得できず、振り返った。
 そして、もう一度エスペリアが一歩を踏み出そうとすると――
「はいストーップ! この勝負、エスペリアさんの勝ちでいいわよ」
 パンアパンと手を叩き、赤い妖精――ミリアが二人の間に割ってはいる。
「まったく無茶しちゃって……クォーリン、速くカグヤの手当てを」
 確かに、カグヤは構えていた。
 構えてはいたが――すでに、意識はない。
 立ったまま、気絶していた。
「あなたも人が悪いですねぇ。ちゃっかり自分だけ回復して、カグヤを殺すつもり
 だったんでしょ?」
「…………」
 無言で『献身』をおろすエスペリア。
 肩の傷からの出血は、すでに止まっていた。
 ミリアの言った通りであった。
「ですが、あなた方はウルカさんとオルファが……」
「もう、戦う事はありませぬ……エスペリア殿」
「そうだよ〜。だって、敵のエトランジェ、パパが倒したんだもん!」
 その本人達に話しかけられ、少なからず驚きの表情を見せた。
「――ッ! 倒したという事は……まさか!」
「おいおい、勝手に人を殺さないどいてくれるか? 麗しの、メイドさん」

「んじゃ、アリアの相手は――って、『蒼い牙』じゃないじゃん!」
「あなたの相手は……あたしです……ッ! 『稲妻』……ッ!」
 軽い調子のアリアに、セリスが話しかける。
 この時点で、セリスの体はすでに振るえていた。
「ふ〜ん。あんたみたいな負け犬なんかに、アリアの相手、つとまんの?」
 正面に対峙する、『蒼い牙』では無い挑戦者に、アリアは不満の声を上げた。
 セリスは、振るえる体を押さえ、『熱砂』を構えている。
 さほど、アリアとは力の差は感じられない。
 しかし、根本的な恐怖心は拭いきる事は、不可能だ。
 それでも――
「あたしは……負けないです! みんなの仇を、とるんですからッ!」
 突っ込んでいくセリス。
 クラスアップのおかげか、格段に速いスピードだ。
「そう簡単に……いくと思うなぁッ!」
 アリアの髪の毛がさわだち、瞳孔が開く。
 言葉使いも変わり、本気モードに入った。
 振り下ろされる、セリスの赤みを帯びた刃。
 アリアはそれを『大気』で受け止め、逆に弾き返す。
「――っく! まだです! フレイム・ビット!」
 そして次の瞬間には、セリスの背後に無数の火球が存在した。
「! 速い……ッ!」
 アリアにインタラプトスキルを唱えさせるよりも早く、お得意の超高速詠唱である。
「目標は、あいつ! いっけぇッ!」
 セリスがアリアに指を向ける。
 すると、間髪いれずにアリア目掛け火球が宙を走った。
「その程度で! エア・スラッシュッ!」
 しかしアリアも負けてはいない。
 『大気』に集束されたマナを、真空波として撃ち放つ。
 幾つもの小爆発が、起こった。真空波が次々に火球を撃ち落として行く。
 それは火球のほとんどを相殺し、なおもセリスへと迫る。
 だが、途中で真空波は進む事を止めた。
 セリスは何事かと思っている隙に、アリアが間合いを詰める。
 フェイクだ。
「うおりゃあああッ!」
 蒼いエーテル粒子をあとに引き、アリアの怒涛の攻勢が始まる。
「ぐ……うぅッ!?」
 一発一発が、非常に重い。
 なんとか今は張り出した防御壁によってある程度防げてはいるが、衝撃が身を襲う。
 目の前にいる、アリアが怖かった。
 敵意を剥き出しにし、襲いかかってくる姿は、野生の獣そっくりだった。
「だぁあああッ! りゃあッ!」
「あぐ――ッ!?」
 両手で握り締められた『大気』が、今日一番重い一撃を放った。
 たまらず、セリスの防御壁は、ステンドガラスが砕け散る様に弾かれた。
 自身も思いっきり後方へと飛ばされる。
「まだまだだぁッ!」
 獲物に追い討ちをかけに行こうとするアリア。
 勝利への核心から来たこの隙を、セリスは見逃さなかった。
「今です……ッ! 燃え盛れ、炎の槍よ! 我が命に従い、焼き貫けッ!」
 飛ばされている体制から、ウィングハイロゥが無いのにもかかわらず、
 抜群の空中制御で身を翻すセリス。
 そのまま地面に片手と両足をつき、前屈みに構える。
 その背に、真っ赤な槍を五本携え。
「いっけぇえええッ!」
 放たれる、灼熱の槍。
 思わぬ反撃に、アリアは目を見開き驚く。
 しかし、ここから機転を利かせれるのが、天才肌であるアリアなのである。
「『大気』よ、マナを吸え! 衝撃へと変え、切り裂け!」
 横一線に『大気』を薙ぐ。
 真空波が、槍を弾き飛ばし、セリスへと迫る。
 
「……ごめん。負け犬は、言いすぎ……今までで……二番目くらい……楽しめ……た」
 降り立つ、アリア。
 半身は重度の火傷を負い、使い物になら無くなっている。
 そのまま突っ伏す様に倒れこみ、気を失った。
「……お姉ちゃん……ごめん……仇……取れなくて……」
 セリスも、重症だった。
 威力はある程度相殺されていたものの、横一線の斬撃を、まともに受けてしまったから。
 彼女もまた、力なくその場に倒れ――気を失った。

 暖かい光りが、感じられた。
 徐々に、意識が戻ってくる。
 優しい声が、聞こえてきた。
 それはまるで、手のとどかないところにいる、姉のようだった。
 目を開くと、翡翠の瞳が自分を見ていた。
「セリス! よかった……本当に」
「エスペリアさ――」
 ギュッとセリスを抱きしめるエスペリア。
「あたし……あれ? なんで……『稲妻』の人達が……?」
 脇には『稲妻』部隊の面々が、アリアを囲んでいた。
 その事を、まだなにも知らないセリスは不思議に思う。
 その問いかけには、エスペリアが答えてくれた。
「もう、戦わなくてもいいんです……決着は、つきました。あとは、全てを終わらすだけ」
「アリア!」
 エスペリアの言葉を遮り、カグヤの声が聞こえてきた。
 アリアが目を覚まし、まず見た光景が、涙を流し心配する、カグヤの姿だった。
「このヤロ……マジで、心配かけやがって……無茶、すんじゃねえよ……」
 そして、エスペリアのようにとはいかないが、カグヤはアリアを優しく抱きしめる。
 まさかカグヤにこんな事をされるとは思っておらず、アリアはかなり面食らっていた。
「え……あ、あの……ご、ごめん……カグヤ……」
「いいんだよ……お前が、生きていりゃな……」
「そうよ、アーちゃん。みんな、心配したんだからね」
「ミリアお姉ちゃん……」
「エスペリアさんの助けが無ければ、ここまで回復するのにどれだけ時間が掛かった事か」
「クォーリンさん……」
 ミリア、クォーリンの両名も、瞳に薄っすらと涙を浮かべていた。
「そうだぜ? みんなに心配かけちゃあ、自分が悪いんだからな」
「――ッ! く、クウヤ!? なんで、何でこんな所にいる!?」

 明人は、風のように走りつづけていた。
 少しだが、空也に攻撃を貰った部分が痛む。
 その痛みが、つい先ほどまでの、一瞬だったが無限に感じる戦いを思い出させる。

「今回ばかりは、お互いまったく退けねえな。躊躇うんじゃないぞ、アキト」
 エスペリア達に後方を任し、抜けてから数分走りつづけたところに、あいつはいた。
 特別な装いをしているわけでもなく、ただ、あくまで自然体で、そこにいた。
 四神剣が『因果』の主。そして明人のかけがえの無い親友の片割れ――空也が。
 すでに空也は『ブレイブパーソン』としての力をいかんなく発揮していた。
 明人も無言で、全てを開放する。
「まっ、オレが最後だと思うなよ。まだ、後ろにはミサがいるぜ?」
「……いくぞ、クウヤ!」
「前にも言ったが、オレにはこの世界にミサ以上に大切なものなんて無い。
 あいつを助けるため……オレは、お前を殺す。かかってこい、アキト!」
 空也は叫んだ。自らの心の内を、しまいこみながら。
 前回――イースペリアで戦った時ほど、力の差は無い。
 むしろ、純粋な力だけで言えば、位の高い『求め』をもつ明人の方が高いであろう。
 しかし、相手はあの空也だ。
 身近にいたからよくわかる。
 間違い無く、こいつは天才だった。
 自覚が無いだけで、勉強も運動も必ずトップクラスの成績を残している。
 その才能が戦いにどれほど影響してくるか――正直、わかったものでは無い。
 まずは、明人の攻撃。
 大上段に構える、基本の構え。
 オーラフォトンを足元に展開し、空中を滑る様に疾走する。
 弾かれる――までにはいかない。
 だが空也の守りは強固だ。
 並のグリーンスピリットでは――いや、熟練者であるグリーンスピリットの防御壁も
 軽がると打ち破れるであろう明人の攻撃を、わけなく受け止める。
 突き出される『因果』の周りに展開する、黄色のオーラによって。
「今度は、こっちの番だ!」
「ぐ――ッ!?」
 明人は忘れていた。
 空也は剣だけではなく、体術も得意であった事を。
 脇に蹴りをめきこませられ、苦悶の表情と共に吹っ飛ばされる。
 しかし、そのまま両足で地面を削りながら、明人は踏ん張り、跳躍する。
「だぁあああッ!」
 先程よりも重いが、まだ空也の防御を抜けるほどでは無かった。
 その、どこまでもまっすぐな攻撃に、空也の心が揺らぐ。
「……アキト、お前は、美紗の事を大切に思ってるか?」
 その鍔迫り合いの中で、空也の突然の問いかけ。
「ッ! いきなり何言ってる――」
「答えろ……答えろよ、アキト! オレはそれを聞かなくちゃ……納得で気ねぇんだ!」
 珍しい、感情のこもった声だった。
 空也がここまで熱く物を語った所を、明人は初めて見た。
 それだけ、大切な事なのだろう。
「……大切に、決まってるだろ! どんな姿になろうと、美紗は、美紗だ!」
 迷いを断ち切る様に、明人は腕を振りぬく。
 さすがに、空也の体が後ろへともって行かれた。
「もう、この戦いの犠牲者は、増やしたくないんだ……もちろん、お前を殺したくない!
 俺は、絶対に諦めないからな! 俺は、また三人で笑える日が来るって……信じてる!」

 ――へっ……青い、青いねぇ。でも、よく言ってくれた、明人……
 だから、オレはお前に勝てない……そのまっすぐさが、無いからなぁ。
「それでこそ、親友って奴よ。悪ぃな、『因果』……少しだけ付き合ってくれよ」
(……もう、何も言うまい……主の、好きにするがよい)
「サンキュ」

 空也から咲く鮮血が、信じられないといった表情の明人の顔を汚す。
 今の『求め』による一撃は、空也にとって防ぐ事は造作も無い事であろう。
 しかし、空也は直撃を受け、胸の辺りを切り裂かれている。
 この事から、空也はわざと攻撃を受けた事がわかる。
 倒れそうになる足で、地面を噛み締める様にふんばる空也。
「オレの……負けだ。明人、速く……美紗の所に行け……」
 掠れるような声と、緩んだ表情は実にミスマッチ。
「なっ……バカを言うな! 今エスペリアの所まで運んで「いいから、早く行け!」」
 空也の怒声混じりの声に、明人の声は寸断される。
 必死だった。空也の声には、今までに無い感情がこめられている。
 それは、微かな嫉妬心――。
「オレじゃ……無理だった……けど、お前なら出来るはずだ……。美紗を、
 『空虚』の中から引っ張り出してきてくれ。オレなら、大丈夫だ。
 自分で応急処置したら、すぐに向こうの戦いを止めに行く。
 そこで治してもらって、あとで合流してやらぁ……だから、な?」
 思い人――美紗の心の終着点である、明人に対しての……。
「……わかった。だけど、美紗が帰って来た時、お前がいなきゃ喜ばない。
 だから、これだけは約束しろ。絶対に……生きるんだ、空也」
 その明人のまっすぐな思いを受け止め、ああ、やっぱり勝てないなと再三認識した後、
 空也は明人に向かって親指をグッと上げて見せた。

 明人の目の前に、極太の電撃が迫る。
 それは、ミエーユを過ぎて間もなくだった。
 それを明人は『求め』を使い、横へと弾き飛ばす。
「ほぅ……わたしの雷撃をこうも簡単に防ぐとは……『因果』の主と同じ……か」
 冷たい、どこまでも冷たい、美紗の体からどうやって作られているのかわからない声で、
 『空虚』は言放った。
 空也のいいっぷりと今の状況からして、美紗の精神は確実に取りこまれている。
 ――バカ剣、いい手は無いか?
 明人の言ういい手とは、美紗の精神を引きずり出すための策である。
(一度神剣に飲み込まれた精神を引き戻すことは、容易では無い。それに、
 『空虚』の器となっているあの者の精神は常人よりも脆いのであろう。
 すでに、闇に消えかかっている。このままでは、手遅れになるだろう)
「な……に!」
 キッと『空虚』を睨みつける明人。
 その視線の意味に気付いたのか、『空虚』は美紗の口元を緩ませる。
「こやつの精神は、実に脆い物であったぞ? 殺気を向けられただけで、
 いとも簡単に我に明渡しおった。……余興だ。この器を我に与えてくれた礼に、
 最後に愛しき者にあわせてやろうか」
 気配が、あからさまに変わった。
 明人は一瞬で、その変化に気づいた。
「あ……明……人……」
「美紗ッ!」
 苦しそうに、うめくような声。
 そんな声だったが、確かに美紗の物であった。
 普段の美紗からは、信じられないほど、か細く、弱い声だったが。
「しっかりしろよ! いつもの元気は、どうしたんだ!?」
「ごめ……ん……明……あたし、もうダメなの……」
 自嘲気味な笑みが、美紗の表面上に現れる。
「もう、嫌なの……罪の無いスピリット……殺して……殺して……それで喜ぶあたしを、
 もう見たくないの……ッ! だから……」
「それは『空虚』がやった事だ! スピリットを斬って喜ぶのは、偽りの感情だ!
 それだけ罪の意識があるなら――」
 明人の呼びかけに一切応じることなく、美紗は絶望の言葉を続けた。
「だからね、明人……あたしを、殺して……こんな……殺戮を楽しむような風に
 なっちゃったあたしを……明人の手で……殺して……」
「ふざけた事を言うなよ! そこまで罪の意識があるなら、どうして償おうとしない!?
 死ぬなんて、ただの逃避だ! わかってるんだろ! 俺は、今まで斬ってきた彼女達を、
 忘れない! 絶対に、この手で摘み取った命を、無駄にしようとしない!
 俺でも出来てる事が、どうして美紗に出来ない「あたしは!」」
 やっと、感情のこもった声を美紗は上げた。
「あたしは……明人や空也みたいに強くないの……ッ! だから、あたしがあたしで
 いられるうちに……お願いだからあたしを殺してぇえええッ! 明人ぉおおおッ!」
 美紗の体がから、光りが放たれる。
 おもわず腕で目を覆う明人。
 その腕によって隠された先にある、美紗の気配が段々と薄れて行き、そして――
「まだ、ここまで話す余力が残っていたとはな。正直、驚いているぞ。
 しかし、これでもう二度と出てくる事もあるまい」
 膨れ上がってきた、まがまがしいまでの、殺気。
「さて、我を満足させるマナを……『求め』を破壊し、そのマナをいただく!」
 先制は、『空虚』が取った。
 紫電を纏い、猛然と突撃してくる。
 細長いレイピア型の切っ先が、明人の肩を掠めた。
 明人は寸前で身をよじり、肩を掠めるだけにおわらしたのだ。
 『空虚』の動きは、格段に速い。
 多分、身に纏う紫電――神剣魔法が身体能力を限界まで引き上げているのだろう。
 傷の痛みが、明人を嫌でも現実へと持っていく。
 ――何迷ってるんだよ、俺……ッ!
 思わず自分を叱責する明人。
 いくら相手が『空虚』だからって、体は美紗のものなのだ。
 今はこうやって攻撃を回避していられるが、じきどうなるかわから無い。
 このままでは助けるどころか、逆に返り討ちにあってしまう。
 こんな時でも甘さを捨てきれない自分が、妙に恥ずかしくなってきた。
(……仕方の無い契約者だ……一つ、面白い事を教えてやろう)
 そこに、やれやれとでもいいたげな『求め』の声が明人の脳に響く。
 ――んだよバカ剣! こんな時に……
(まったく、少し頭を冷やせ。あやつは――『空虚』はああ言っているが、
 実際まだあの器となった少女の精神は、消えきってはいない。
 この短時間で、精神全てを食うのは不可能に近い。誘われたのだ、契約者は)
「――ッ! ホントかッ!?」
(我は嘘は言わん。……迷うな。今、契約者に死なれては困る)
 ――こいつなりに……心配してくれてんのか?
 ふとそんな事を考えるが、そう考えた事が『求め』に伝わる前に『空虚』の
 電撃を回避する事で頭が一杯になった。
(少々強引だが、ありったけのマナを送りこみ、その衝撃で精神を分ける。
 そうでもしなければ、『空虚』の精神を破壊すると共に、少女の精神まで消える。
 まず、『空虚』と我をあわせろ。あとは、どうにかしてやろう)
「……わかった。その案、乗ったぜ!」
 もう、『求め』の言う方法しか見当たらない。
 ならば――
「うぉおおおおッ!」
「――ッ! だが、その程度で我は折れぬぞ! 『求め』の主ッ!」
 最初っからそれが狙いでは無い。
 この反撃は、希望の活路を開くための道となる物。
 明人は『求め』の要求どおり、『空虚』と刃を重ねる事に成功していた。
(まだ完全では無いようだな。『空虚』よ、それがお前の命取りになった)
「な――ッ! 『求め』……ッ! ぐぅ!? 貴様……ッ!」
 体中のマナが、一気に奪われたような疲労感に襲われる明人。
 今、『求め』が作戦を実行中。
 マナの流れを、すべて『空虚』へと向けている。
「ぐ……くく……なるほどな……だが、貴様等がいくら呼びかけようと」
 剥がれて行く意思を感じ、『空虚』は二人の狙いが何かを見定めた。
 そして再び絶望の言葉を聞かせようとすると――
「無駄じゃ、ない! 無駄じゃないんだよ! 美紗、いい加減に目を覚ましやがれ!」

「ふ……ん……その前に、貴様のマナを全て奪い尽くしてや――ッ!?」
 ――明人……
 消えたはずの声が、『空虚』に聞こえてきた。
「な……バカな……奴は自らの殻に閉じこもったはず」
 ――明人……ほんと、バカな奴よねぇ……
 その声は、どこか愉快そうだった。
 今まで聞いた事の無い……。
 ――さあ、今度はあたしが、あんたを攻撃する番だよ! あたしの体から、出て行けッ!
「く……そ……こんな……ことがぁ……ッ!」
 ――これは、あたしの体……罪を背負った、あたしの大事な……もう変えれないくらい、
 汚れきった体だけど……あんたなんかに渡すぐらいだったら、そんな汚れ、
 いくらでも受けてやるわ! 罪だって、ちゃんと向き合ってやる!
 だって……だってあたしを心配して待っててくれるナイトが、二人もいるんだからね!
 あんたなんかに負けてたら、申し訳が立たないっての! 消えなさい、『空虚』ッ!

「このじゃじゃ馬姫が! いい加減迷惑かけさせられる身にもなってみ――」
 怒声を上げる明人。
 無駄だとは、思っていない。
 幾つもの前例があるのだ。
 そして――明人は、またも賭けに勝った。
「わ〜るかったわねこのバカ明人! 言いたい放題いってくれるじゃないのさ!」
「はぶろ――ッ!?」
 明人の側面に、物凄く懐かしい、物凄い衝撃。
 パァンッ! と弾け飛ぶ乾いた音の元は――もちろん、美紗の根性ハリセン。
「あ〜もう耳がキンキンするじゃない! そんな大きな声出さなくても聞こえとるわ!」
 横に吹っ飛ばされた明人が見たのは、間違いようが無い、親友の一人――美紗であった。
「美紗……よかった……本当に……」
「……な〜んて言うのは冗談よ。明人、ホントに、ありがとね。あんたの声が無かったら、
 あたし今頃、ホントにいなくなってたわ……」
 と、一変してしんみりとした声を放つ美紗は、力無く腰を落とした。
 どうやら、もうすでに気力を使い果たしたらしい。
「あ、アハハ〜……ごめん、もう腰立たないわ……それに、体の節々が痛いし……」
 そのまま、仰向けに倒れる美紗。
 苦笑いをし、声に覇気が見られない。
 相当、辛いのだろう。
「アキト様ッ!」
「隊長様――ッ! あ……」
 そこに、エスペリアがセリスを連れて合流した。
 最悪の、状態である。
 美紗を見たセリスの表情が、明らかに歪む。
 そう、セリスの本当の仇は『稲妻』でも、マロリガンでもない。
 細身の剣を持った、雷を操る、殺戮兵器――エトランジェ、美紗なのである。
「……ッ! あの……デオドガンの時の……」
「お姉ちゃん達の、仇です! うわぁあああッ!」
 エスペリアの制止も間に合わず、セリスは『熱砂』を掲げ、美紗へと向かう。
 肉に剣が突き刺さる、嫌な音がした。
 しかし、美紗にはそれによる外傷は無い。
 変わりに腹部に『熱砂』を突き立てられているのは――
「隊長……様!?」
「ぐ……」
 とっさに間に割って入った明人に、全て向けられていた。
 そのまま明人は自分で『熱砂』を引き抜き、仰向けに倒れる。
「アキト様ッ! 大地のマナよ、わたしの願いを聞いて……癒しの力を、ここに。
 アース・プライヤーッ!」
 すぐさま駆け寄るエスペリアの治癒魔法。
 この迅速さにより、明人の傷は致命傷にはならなかった。
 すぐに呼吸が安定し、立ちあがる事が出来るまでになった。
 そして、硬直するセリスの元に歩みより――
 平手打ちを、その小さな頬に、与えた。
「……これは、俺を刺した事を怒ってるんじゃない。敵討ちなんていう、
 無駄な事をしようとしたセリスに、俺は怒りを覚えたんだ」
 赤くなる頬に手をやり、呆然とするセリス。
「いつまでも、過去に捕らわれていたらダメだ。現実に、目を向けるんだセリス」
 そして、明人はマロリガン方面へと体を向けた。
「今言ったことの意味、俺は、すぐにわかってくれると信じてるからな」
「セリスちゃん、エトランジェの方を、拠点までお連れしてください。……わたしも、
 アキト様と同じです。セリスちゃんなら、わかってくれると信じていますから。
 拠点まで行けば、ニムがいますから回復をお願いしてくださいね」
 その明人の後ろを、エスペリアはそう言い残し、ついて行った。
 間もなく、二人の姿は、地平線の彼方へと消えて行った。

「……デオドガンの時……最後に残った娘ね……」
 静かに、美紗がセリスに話しかける。
「……はい」
 セリスも、小さいながらも返事をした。
「……あたしを、殺したい? 仲間を殺した、あたしを……」
 覚悟は、ある程度で来ていた。
 実際、『空虚』に操られていた時の記憶などは、全て残っていた。
 わざと憶えさせておいて、精神を揺さぶろうとしたものだと思われるが。
 しかし、セリスは首を横に振った
「……ううん。隊長様の言いたかったこと……わかったような、気がしますです」
 頬の熱さが、目尻へと移る。
「あたし、今までお姉ちゃん達が浮かばれると思ったから、戦かおうって……
 仇を取ろうって思ってたですけど……違うんです。
 隊長様が言ってくれた、過去に捕らわれるな。現実に目を向けろ。
 それは、お姉ちゃん達の事で、仇討ちするのは止めてやれって意味なんです。きっと。
 だって、お姉ちゃん達……優しかった、ですもん」
 セリスの瞳から、幾つもの水滴が流れ落ちる。
「優しかった……ですから……仇を討っても……人を殺しても、絶対に喜ばないと
 思うんです。それに……現実に目を向ければ……新しいお姉ちゃん達が、
 一杯います。消えちゃった人を憶えているのは、良い事だと思います。
 でも……それを戦う理由にしちゃ……ダメなんです……やっと、わかりました……」
「……ごめんね……ううん、謝って済む問題じゃないと思うけど……ごめんね……。
 そのお姉さん達にも、あたし、謝りたい。一杯、一杯謝りたい……」
「……その言葉を聞かせて上げれる方が、お姉ちゃん達、何倍も喜ぶと思います」
 可愛らしい笑みを、美紗へと向けるセリス。
 心から、許せた。
 これでもう、心の曇りは、晴れた。
 あとは、ここまでしてくれたアキトのために、死力を尽くすのみ。
 優しかった姉達は、きっと、自分の中で生きつづけてくれるから……。
「さっ、行きましょう」
 美紗を抱き起こすセリス。
「自己紹介、まだだね。あたしは、今井美紗。気楽に、美紗って呼んでくれればいいよ」
「あたしは、セリス。『熱砂』のセリスです」
「あのさ……お姉さん達の所……」
「え?」
「お姉さん達の所……この戦いが終わったら連れて行ってくれない? 一言、言いたいの」

 ごめんなさい、って……

                               第十六話に続く……

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