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第十四話 平和への第一歩を――

 アセリアの症状が回復しないまま、開戦の夜が明けた。
 そのアセリアをハーミットとレスティーナに預け、明人達はランサへと降り立った。
 エーテルジャンプによる移動により、敵もまだ攻めてくる気配は無い。
 そこでまずは新たに戦列に加わる事になった――
「パーミア・ブルースピリットです。先日、クラスアップも済ませましたので、
 十分力になれると思います。どうぞ、よろしくお願いします」
 パーミアの紹介が出来る時間が取れた。
 落ちついたアズマリアの願い出からの参戦であった。
 このアセリアが参戦出来ない時に、ブルースピリットの増員はありがたいものであった。
 それにパーミアは特に部隊を率いる能力も高いし、クラスアップによって
 『ホーリーナイト』の称号も得ている。
 明人達は心強い味方の参戦に喜んだ。
 そして、まずは明人、ウルカ、オルファが周辺警護へと向かう。
 後ろはヒミカ、ファーレーン、セイグリッド、エスペリア、そしてパーミアと言う
 指揮を任せられる人材が守っていてくれるので、哨戒任務も明人が
 引きうけれたのだろう。

 ランサからある程度進み、砂漠が地平線の向こうに見えてきた。
 大体、この辺りまでが初期の戦闘が展開される区域であろうと予測される。
「砂漠での戦闘か……慣れない俺達には、辛いだろうな」
「そうですね……逆に、この時点で敵をなるべく削れれば、後の展開が有利に
 なるでしょう」
「そうだよねー。砂漠っていったら、オルファ達レッドスピリットでも結構キツイから」
 その地平線に見える、まるで無限に続くような砂の地を見て、三者三様の意見を述べる。
 ラキオスは、砂漠越えは当然の事だが初めてである。
 いくら全員の力が底上げされたとはいえ、慣れない地形での戦闘は圧倒的に不利だ。
 だから、ウルカの言い方からわかるがまず明人達は敵をおびき出す作戦に出るのだ。
 今回の哨戒は拠点から砂漠までの距離を測ることも目的としている。
 その距離がわかれば、退き際も見極められるのである。
 向こうの戦力を削ぐだけ削ぎ、こちらの被害は最小限に押さえ行動する。
 戦争の基本である。
「ここら辺りでいいかな。とりあえず、いったん拠点に戻ろう」
「そう……ですね。敵もまだ動いていない様ですし、皆と合流するのが最善の策かと」
「ああ。それじゃ戻ろう――って、どうした、オルファ?」
 ふと明人はオルファを見てみると、妙に落ちついていない小さな姿があった。
 しきりに、砂漠方面の岩山に目をやっている。
「あのね……あそこ、何かいる……よくわからないけど……多分、敵だと思う」
 オルファの指差すのは、やはり例の岩山だ。
 そうは言われるものの明人とウルカには何も感じられない。
 しかし、オルファの言う事が本当なのであれば、状況からして敵なのであろう。
 明人はウルカを見る。
「……手前にも何もわかりませぬが、敵の奇襲部隊と考えられないこともないですね……」
 それならば、今ここで手を打っておいて損は無い。
 明人は目で戦闘開始を二人に訴え、動いた。
「神剣の主が命ずる。マナよ、雷を纏いて焼き貫け。ライトニング・ファイアッ!」
「闇の力よ……今こそ、その大いなる力で敵を滅さん。ディバイン・インパクトッ!」
 まずオルファの雷を纏った炎の矢が岩壁を破壊し、間髪いれずにウルカの放った
 黒い神剣魔法がその場を包み込み、押しつぶした。
 まず、敵がいれば無事ですむ事は無いであろうと明人は確信していた。
 二人の力の強さ――特に神剣魔法の攻撃力については、隊内でもトップクラスの
 二人であったから。
 しかし――
「……ッ! どうやら、オルファの勘は凄く鋭いって言う事がわかったよ」
 明人は戦闘体制を解かない。
 神剣魔法により上がった砂煙が晴れると、そこには不自然なまでに盛り上がった土が、
 新たな壁を生成していた。
「う〜わ〜。せっかく完璧に気配消してたのに、おチビちゃんのせいで台無しじゃない」
「そう、ですね。さすがは、ラキオスの精鋭ですか」
 土の壁が崩れると、グリーンスピリットの少女とレッドスピリットの少女が
 たたずんでいた。
 グリーンスピリットの方の神剣が淡い輝きを放っているため、先の壁はこちらの少女が
 作り上げたのだろう。

「さてさて〜。こうなっちゃったらお姉さんとクーちゃんでどうにかするしかないわねぇ」
「簡単に言わないでくださいよ。小人数での移動は、奇襲が成功してどうこうなるもの
 なんですからね、ミリア姉さん」
 ある程度やる気が見られるレッドスピリット――ミリアに言葉を聞き、
 クーちゃん――クォーリンはやや呆れ気味に返答する。
 だが、次の瞬間には、クォーリンの表情に劇的な変化が見られた。
 明人達は、遠目で二人を警戒している最中である。
 当然、もうお互い姿を隠す必要も無い。
 クォーリンは、ふとミリアから明人達へと目を向けた。
「――ッ! あれは……ッ!」
「? どしたの、クーちゃん? 珍しくそんな戦闘意欲剥き出しにしちゃって」
「すみません、ミリアさん……私、自分を押さえれる自信、ありませんから……」
「え――」
 ミリアの反応が速いか……いや、クォーリンのほうが速い。
 すでにクォーリンは地を蹴っていた。
「エトランジェと敵レッドスピリットをお願いします!」

「! 来るか!」
 単身突撃してくるクォーリンを明人が迎え撃つ。
「だめだよぉ。あなたのお相手はお姉さんの役目なんだから。リトル・フレイムウォール」
 しかし、ミリアが唇に指をつけ、そのまま指を上げると、明人の足元から幾本もの
 火柱が上がった。
 あくまで威嚇用だったのか、敵意は見られず、ただ明人とクォーリンの間に
 割ってはいるだけのものだった。
 その火柱に阻まれ、明人は追撃する事もできない。
「はいは〜い。マロリガン『稲妻』部隊のお姉さん、『炎舞』のミリア、ただいま参上」
 火柱に混じって現れるミリア。
 明人は数歩後退し、オルファと合流する。
 まるで、炎がミリアになつくように動く様は、先ほどの軽い口調と違い凄まじい
 威圧感を明人達に与えてくる。
 それに、この時点で明人は気付いていた。
 ミリアから感じる力の強さは、先日対峙したアリア、カグヤよりも強いという事を。
 そして、この雰囲気はどこかで感じたことのある――そう、エスペリアの様に優しく、
 強い意思を持った雰囲気をかもし出しているということも。
「……オルファ、援護頼むぞ。ここまできたら、やるしかない!」
「う、うん! 任せといて、パパッ!」
 構える明人とオルファ。
 それを見て、炎を背負ったミリアは微笑み、
「もう開戦してますからね。手加減は出来ませんよ? 私、カグヤみたいに
 器用じゃないですから」
 自分の身長よりもさらに高いダブルセイバー型の『炎舞』を、構えた。

 クォーリンが目指す相手――それは、ウルカであった。
 他のメンバーには目もくれず、一直線にウルカへと向かう。
 クォーリンの神剣『自然』が淡く光り輝き、力の集束が目に見えてわかる。
「はぁあああッ!」
 迷い無く振り下ろされる雷を纏った『自然』の一撃。
 だが動きが直線的過ぎるので、ウルカは軌道を難なく見きり、受け止める。
「……ッ! そなたは」
「忘れたとは、言わせない! 私は、あの時の生き残り……貴様に、
 生き恥をかかされた者だ!」
 クォーリンの姿を目の前で確認し、ウルカの脳裏に記憶がよみがえってくる。
 それは、まだ明人達エトランジェがやってくる前まで時はさかのぼる。
 今こそはお互い干渉しあっていないが、その頃はマロリガンとサーギオス間では
 お互い軍事力を牽制し合っている最中であった。
 小規模な戦闘が幾つも起こり、やがて、痺れを切らしたサーギオスが動いた。
 マロリガンもその時、実験段階の次期主力になる予定の『稲妻』部隊を、
 戦線へと投入した。
 その部隊には、幼いクォーリンも配備されていた。
 そして……『稲妻』は、『黒き翼』により、包み込まれた。
 ウルカの率いる遊撃隊と、『稲妻』部隊が接触し、戦闘が起きた。
 数で勝る『稲妻』であったが、たったウルカを含め三人の部隊によりほぼ、
 壊滅していた。
 その時の生き残りが、クォーリンであった。
 ウルカの部隊もその時、ウルカを残してやられていた。
 二人は暖を取り、一晩過ごした。
 ウルカの外傷は、肩を浅く切り裂かれただけのもの。
 クォーリンは、動く事すら辛いほど深く、わき腹を引き裂かれていた。
 クォーリンは知らないが、この時ウルカは剣の声が聞こえず、敵を殺す事が
 出来ない状態であった。
 だが、知らないが故、見逃されたクォーリンは心に深い傷痕をつけられた。
 マロリガンへと帰還しても、誰一人クォーリンを責めるものはいなかった。
 ――相手がウルカなら、仕方ないだろう。
 ――よく、生き残って帰って来た。
 ――あの遊撃隊とやりあって帰ってくるとは……。
 しかし、その言葉の数々はクォーリンにとって屈辱でしかなかった。
 戦士としての誇りを著しく傷つけられ、クォーリンは訓練に励んだ。
 ――いつか……いつか自分の手で、ウルカを倒して見せる!
 その一心で、クォーリンは自らを高めた。
 そして、いつのまにかマロリガン『稲妻』部隊でも四強といわれるほどの実力が
 身についていた。
 普段は隊長である空也を慕い、まとまりの無い四強のメンバーをまとめる
 しっかり者だが、屈辱を味わわせてくれたウルカへの恨みは、変わっていない。
「今ここで……あの日の雪辱を晴らす! ウルカッ!」
「あの時の……そう、でしたか……」
 ウルカはあえて、クォーリンの攻撃で吹き飛ばされた。
 距離を取り、お互い間合いから外れる。
「武人たる者……あの場で見逃されては屈辱の極み……クォーリン殿、でしたか。
 今ここで、謝罪いたします。すみませんでした……」
 『冥加』を一度鞘へと収め、ウルカは一度、頭を下げた。
 同じ武人として、敵に見逃されると言う事がどれほど屈辱的な事か……わかるから。
「そして……今回は、全力でやらしてもらいます……ッ! これが、手前の出来る
 最大限のけじめです……ッ!」
 頭を下げたまま、前屈みのいつもの構えに移行するウルカ。
「……いきます! 大地よ、『自然』の呼びかけに答えよ。眠るマナを呼び起こし、
 衝撃となれ! ランド・ブレイカーッ!」
 ウルカの態度に一瞬驚いたものの、ウルカから感じる力が自然と心を躍らせる。
 ――そうだ。全力で倒してこそ、この憤りは、解消される!
 少しだけ、少しの間だけ、ウルカとの勝負を楽しみたい自分がいた。
 『自然』から放たれた衝撃波に身を隠し、クォーリンは再びウルカへと向かった。

「灼熱よ、噴き上がれ。ファイア・リバー」
 ミリアがその場で手首をクッと上へ向けると、明人とオルファの立つ地面が溶解し、
 炎の川を作った。
「あ、熱ッ! なっ、なにこれ〜ッ!」
「あはは。早く踊らないと、飲み込まれちゃうよ!」
 たまらずオルファはその場から後退。
「く――ッ! なら元を断つまでだッ!」
 明人はオルファとは逆に、ミリア目掛け一直線に空中を走る。
 『求め』にマナを吸わせ、強力なオーラフォトンを纏わせる。
 そして自らの体にもオーラフォトンによる見えない鎧をつけた。
 辺りに広がる炎の川から噴き上がる熱波を防ぎつつ、明人は一気に自らの間合に入った。
「くらえッ!」
「っと!」
 ミリアの立っていた地面が大きくえぐられた。
 直前でミリアは後方へと下がり、初撃は避けた。
 しかし、これで終わるはずがない。
 すぐさま『求め』を握りなおし、明人は斬り上げにかかる。
「力はウチの隊長と同じ……いやいや、それ以上ね。でも……ッ!」
「――ッ!?」
 今度のミリアは避けるだけではなかった。
 『求め』の一撃を避けた瞬間に、ミリアはさらに『求め』の刀身を上へと弾く。
 予期せぬ衝撃で過剰に上がった腕は、明人のバランス感覚に多大な影響を与え、崩す。
「度胸は合格点。でも、お姉さんの方が一枚上手だったわね」
 ――やられる……ッ!
 明人はそう一撃は貰う覚悟を決めたが……
「あなたは、ただ実戦経験が私より少ないだけよ。気にしないように、ね?」
 自分の目線より少しだけ低い位置にある整った表情を緩ませ、ミリアは笑いながら
 頭をなでてきた。
「さてと、クーちゃん、帰るよ〜ッ!」
 地中を走る衝撃はと共に、今まさにウルカへ突撃しようとしていたクォーリンが、
 ズシャアアアッ! という音付きで見事にこける。
「な、何いきなり言ってるんですかミリア姉さん!」
「クーちゃん、奇襲は存在がバレた時点で失敗なのよ。今は、退かしてもらいましょう」
 ミリアは固まる明人に向けて再び笑顔を向け――
「いいですよね? これで、今の貸し借りは無しで」
 優しく、言放った。

「なんで……なんで止めたんですか、ミリア姉さん……ッ!」
 帰り道、クォーリンは珍しく感情を剥き出しにしてミリアへと食って掛かった。
 それを聞いたミリアはふぅとため息を一つつき、それへの返答を開始した。
「あのまま戦っていれば、負けていたのは私達よ。私はあのまま敵の隊長さんに剣を
 向けたら、後ろに下がったおチビちゃんに狙い撃ちされてたわ。
 クーちゃんはクーちゃんで……あのウルカさんもクラスアップしている事ぐらい、
 見抜かないとね。あのまま戦っていたら、あなたはここにいないわよ。
 ……私達は負けられないの。もう少し、主力としての自覚を持ちなさい、クォーリン」
 最初の方は優しく、最後はやや厳しめの口調で、クォーリンを制す。
 もしあの時、相手の隊長――明人のスキをつく事が出来なければ、
 二人共やられていただろう。
 単純に、戦力差がありすぎるのだ。
 明人は明人でミリア自身の一撃で落とす事は不可能だ。
 しかも攻撃した時に、後方に下がったおチビちゃん――オルファの神剣魔法が、
 確実に自分へと向けて放たれただろう。
 クォーリンは、ウルカとの実力差がありすぎだった。
 同じクラスか、それ以上になっているであろうウルカに対して向かうのは無謀だ。
 あの漆黒の翼として恐れられた彼女は、戦闘経験から駆け引きはクォーリンよりも
 強いだろう。
 だから、ミリアはあえて止めたのだ。
「……すみませんでした……」
「……よろしい。聞き分けが良くて嬉しいわ。あなたの気持ちもわからない事ないけど、
 今度からはちゃんと自嘲しなさいな。それに、そのうち嫌でも戦う事になるわよ」
「そう……ですね。スレギドまでラキオスが足を進めれば、この戦いの早期終結を狙い、
 主力が中央――ミエーユを抜こうとしてくる。そこは、私達の守る道……」
「そゆこと。とりあえず、ウルカさんとの戦いはそれまでお預けね」

 先の二人の奇襲からは、それなりの速さで部隊の足は運べた。
 ヘリヤの道を越えるときはさすがに苦戦はしたが。
 やはり初めての砂漠での戦闘から、些細なミスをするものが多く出たのが原因であろう。
 まず、空中戦が苦手なヘリオン、シアーが粒子の細かい砂漠の砂に足をとられ、
 こけそうになった。
 続けてニムントールも、敵の攻撃を受けた時点でバランスが崩れていた。
 しかし、それを救ったのがパーミアの存在であった。
 彼女は戦場のあらゆる状況を判断し、的確にサポートに回っていたから。
 これにより、こちらの被害はほとんど無く、敵をスレギド方面まで退かせる事に
 成功していた。

「ありがとな、パーミア。みんなの危ない所、助けてもらって」
 野宿の見張りにつく明人。その隣りにはパーミアの姿がある。
「いえ、そんな事はありません、アキトさん。初めての砂漠であれだけ戦えれば、
 凄いですよ」
 明人の言葉に、パーミアは微笑みを持ってして返した。
「それに、中途参加である私に良くしてくれています。良い所ですね……ラキオスは」
「まぁ、結構そういう奴は多いから。ウルカとか、セイグリッドとかセリスとかな」
「……それだけ、多くスピリットが消えているという事ですね……」
 焚き火の炎により赤く照らされるパーミアの表情が、一瞬かげる。
 その理由は、明人でも一発でわかった。
 彼女も、その犠牲者の一人なのであるから……。
「そう……だな。だけど、これから犠牲を出さずに終われるとは、俺は思わない。
 こっちが先に進めば、必ず敵に犠牲者が出てくる。逆にこちらが戸惑えば、
 仲間に犠牲者が出てくる可能性だってある。だから俺は……」
 一呼吸、明人はついた後に言葉を続けた。
「俺は、戦いで犠牲になったものを、決して忘れない。無駄にしない。
 偽善かもしれないが、それが散っていった者達への、俺の出来る精一杯の気持ち。
 俺達は、その気持ちを背負って生きていかなきゃ行けないと思う」
「……アキトさんは、とてもいい隊長ですね……もし、私がアキトさんの部下として
 初めから出会っていたら……好きに、なっていたかもしれません」
 明人の言葉を聞き、安心したのか、パーミアはそんな事をいう。
 優しく微笑むその表情は、明人に対しての厚い信頼が、見て取れるものであった。

 まだ日の昇らない内に、明人達は出発した。
 砂漠で日中移動する時間を短くしないと、体力がとても持たない。
 相手もそれをわかっているのか、いや、わかっていなければいけないであろう。
 それ故に、日が昇る前に移動し、日中は砂丘などで出来る影に身を隠し、
 そして夜に移動というサイクルで、足を進める事になる。

 それでも、慣れない環境に全員が苦戦していた。
「うぅ〜……眠いし熱いし……なんで砂漠ってこうなんだろうね、シアー」
 太陽が完全に姿を見せ始めた頃、すでに首筋から滴るほどの汗をかいている
 ネリーが、愚痴もかねてシアーへと話しかける。
「…………」
 が、珍しく反応がない。
 何事かと思い、ネリーは妹の表情を伺う。
「シアー? って、あ、アキトさん! シアーの目、なんかありえない方向見てます!」
「…………」
「ああ! ちょ、まってシアーッ! シアーってば! そこ、まだオアシスじゃない!
 だから砂をすくって飲んじゃダメェッ!」

「うふふ〜……本日は〜、晴天なりです〜……あはは〜♪」
 すでに参っているのがもう一人、ハリオンであった。
 訳のわからない事を口ずさみながら、ヒミカの隣りを歩いている。
「! ハリオン、しっかりして! なんかもう、わたしの顔、見えてないでしょ!?
 ホラ、まずこっちを向いて!」
 その呟きに気付き、ヤバイと思ったヒミカがハリオンの肩にてをやり、
 自分のほうを向かせる。が、当のハリオンと目線があわない。
 泳ぎまくっている。
「そんな事ありませんよ〜? それにしても、草木が一杯で、良い所ですね〜♪
 なんだか〜、気分がポワポワしてきましたよ〜?」
「――ッ! あ、アキトさん! ハリオン限界です! 見えては行けない何かが
 見えてるみたいです! それに、もう意識がどこかへ――」

「はぁ……はぁ……はぁ――」
「ふにぃ――」
 ほぼ同時に倒れかけているのは、セリスとヘリオン。
 お互い顔を真っ赤にして歩いていたが一瞬、意識が飛んでしまったらしい。
「危ない」
「あっと」
 それを受け止めたのは、セイグリッドとパーミア。
 セリスはセイグリッドに受け止められた時点で、意識は取り戻せたらしい。
「え……あっ、す、すみませんです! 私、レッドスピリットなのに……」
「そんな事、ありませんよ。ワタシもそろそろ、まずいかもしれませんから……」
 受け止めるセイグリッドも、相当辛そうに見える。
 こういう時、黒髪というものは大変不便であると実感してしまった。
 セリスは意識を取り戻せた様だが、ヘリオンはすでにバタンキュー状態であった。
「ヘリオンちゃん、ヘリオンちゃん! しっかり!」
「あう〜……お空と砂漠が逆転して〜……頭がグルグルです〜……」
 パーミアが肩を揺らしても、うわ言の様にそう言放つだけで目を覚まさない。
「ダメ……ね。アキトさん、ここで一旦足を止めた方がいいかと……」

「……あの」
 おずおずと話しかけるニムントール。
 その相手はもちろん、ファーレーンだ。
「……なに? ニム……」
「なんていうか……その……仮面、外した方が良いんじゃないですか?」
 それがニムントールの心配事であった。
 このクソ熱い中、ファーレーンは律義にいつもの仮面を着用しているのである。
 この熱さ。仮面内の気温はどれほどのものか想像の範疇を超えているだろう。
 しかし――
「大丈夫よ。これくらいの熱さで参ってしまっていては、いつもこんな物、
 つけていられないわ。そう思うでしょ? ニム……って痛ッ! に、ニム……
 あなた、いつの間にそんなとげとげしいお肌になったの!?」
 ファーレーンは緩やかにその提案を断った。
 そして安心させようとニムントールの肩に手をやると、指先にチクリと痛みが走った
 事に驚いている。
「……アキトさ〜ん! ファーレーンさん、本気で限界で〜す!」
 そう叫ぶニムントール。
 ファーレーンは、この砂漠に生えるサボテンらしき植物とニムントールを間違え、
 触っていた。
 共通点は、緑色だけであるのに。

「みんな、大変みたいね」
「……うん……」
 いたって冷静な二人――セリアとナナルゥが、他のメンバーを観察しながらそう呟く。
 しかし砂漠とは珍しい現象を幾つも見せてくれるものだとセリアは実感していた。
 いつもは冷静なヒミカの焦った所や、しっかり者のファーレーンが暑さに負けて
 ニムントールと立場が逆転しているところなど、見ていてなかなか面白いものであった。
「今日は、まずここで足止めでしょうね。年少組がほとんど参ってるみたいだし」
「……うん……」
「夜まで暇ねぇ。でも、とりあえず砂丘見つけてくる準備しなくっちゃ」
「……うん……」
「……ナナルゥ?」
「……うん……」
 少し、ナナルゥの様子がおかしい。
 ただ一直線上を見つめ、セリアの言葉に相槌だけを打っているように見えた。
 そこで、セリアは確かめるべく質問を開始しする。
「……アキトさんにナナルゥがこの間足滑らせて見事にバケツの水を頭から被った事、
 伝えてくるよ?」
「……うん……」
「訓練していたら勢い余って思いっきり木の幹に突っ込んでって、
 その後思わず泣いちゃった事も伝えてくるよ?」
「……うん……」
「ナナルゥもダメ、と」
 ふぅ、とため息をつきながら、セリアはアキトの元へと歩いて行った。
 もちろん、今言ったことは明人の耳に入る事はない。

 結局、本日は夜まで移動は中断。
 さすがに戦闘を一つこなして昨日今日だったので、疲れが抜けきっていなかったらしい。
 そして、夜に再び足を運び始めた。
 朝とは違い、シアーもハリオンもファーレーンも幻覚に惑わされる事も無く、
 ヘリオン、セリス、ナナルゥの意識も回復し、サクッとスレギドまで到達した。
 あっけなく、決着した。
 明人達の力を持ってすれば、当然の結果であった。
 町にほとんど被害をおよばすことなく、敵を撤退させる事に成功していた。
 これで、マロリガン攻略のための最重要拠点が確保できる結果となった。
 それだけではない。
 士気が上がる要因は、もう一つあった。
 それは、砂漠という辛い環境から抜け出し、久しぶりに保存食ではない暖かい食事に
 柔らかいベッドでくつろげる事が、明人達にとって嬉しい事実であった。

「さっ、みなさん。沢山食べてくださいね。おかわりもありますから」
 エスペリアの呼びかけが、食堂に響いた。
 スレギドの宿舎は、全員が一気に泊まれるほど大きなものであった。
 だから、久しぶりに全員そろっての食事である。
「にしても、凄い量だな」
 明人が目の前に広がる料理群を見て、思わず言葉にしていた。
「このスープとサラダは、オルファが手伝ったんだよぉ。パパ、いっぱい食べてね」
 なるほど、確かに一人で出来る量ではない。
 他にも料理自慢が数人手伝ったのだろう。
 明人はこの時間まで疲労により部屋のベッドで眠ってしまっていたからわからない。
 しかし、どれもいい出来ばえであった。
 明人はまず、オルファの作ったスープに口をつけた。
「……美味い」
 思わず声が上がっていた。
 それほどまでに、オルファのスープの味は格別だった。
 いつもエスペリアの手伝いをしているだけはある。
「わぁ……ありがと、パパッ!」
 今にも跳ねそうな勢いで、オルファが喜びを表現する。
 作った本人としては、『美味しい』といってもらえるのが嬉しいのであろう。

「あ、あの……アキトさん」
「こ、これ……」
 続けて、ネリー&シアーが野菜炒めを明人の目の前に差し出す。
「これは、二人で作ったのか?」
「は、はい! 二号館の料理は、アタシとシアーで作っていますから」
「大丈夫……だと思います……あっ、でもお口にあわなかったら――」
 シアーが言い終える前に、明人は野菜炒めを口に招き入れていた。
「……どう、ですか?」
 明人が噛み締め、飲み込んだのを確認すると、ネリーが訊く。
 その問いに、明人は微笑を浮かべ、答えた。
「あっ、よ、よかった〜。ありがとうございます、アキトさん!」
「えと……ありがとうございました……」
「いや、俺も美味しいもの食べさせてくれて、ありがとな。ホラ、二人もちゃんと
 食べるんだぞ。特に、シアーはしっかり食べてもう倒れないようにしないとな」
「あ、あう……」
 悪戯っぽく明人がいうと、シアーはそのまま顔を真っ赤にして俯いてしまった。
 それをネリーが引っ張って行くかたちで連れて行ったのは、いうまでもない。

「…………」(明人:冷や汗全開)
「…………」(エスペリア:明人の正面に座り、ジーッと見つめる)
「…………」(ウルカ:アセリアに同じく、明人を見つめたまま)
 明人はとんでもないものと直面していた。
 エスペリアとウルカの料理が一品ずつ、目の前に出されている。
 エスペリアの方なんと言っても目につくのがぶつ切りリュクエム――明人達の世界で
 ピーマンと呼ばれるものに味も形も酷似した物が入ったスープ。
 あからさまに、悪意が感じられた。
 以前、エスペリアがリュクエムを出した時、明人は本気でいやがってしまったから。
 一方、ウルカの方はパスタに特製ソースを絡ませた料理。
 しかし、嫌でも視界に入ってくるいびつな形をしたラナハナ――明人達の世界で
 人参と呼ばれる物――が彩りを添えていた。
 ちなみに、明人は二つとも大の苦手である。
「……アキト殿? 食べ、ないのですか?」
「や、いや……その……」
 ウルカに話しかけられ、あからさまに動揺する明人。
 しかし、ここで逃げるわけにはいかない。
 二人の好意を無下にしてしまっては、あまりにも自分が情けなくなってしまう。
 一方はどうかわからないが。
 死ぬものではないだろう。多分。
 ならば男として――いや、漢として覚悟を決める時は、今ここではないか。
 明人はまず、エスペリアのぶつ切りリュクエムを、肉ごと頬張った。
「……あれ? 美味……しい」
 あれほど嫌っていたリュクエム――ピーマンが、酷く美味しく感じられた。
 肉の旨みとリュクエムの苦味が絶妙に絡み合い、お互いがお互いを引き立てあっている。
 続けて、ウルカのパスタにも手をつける。
「……美味い」
 今度はソースとの相性が抜群であった。
 ラナハナの嫌な味はほとんどせず、逆にその味が良い方向へと向けられている。
 パスタとの食感もあいまって、非常に美味しい。
 あのオルファの特訓の成果が出たのだろうか。
 いや、あのままであったらちょっと厳しいものがあるだろう。
「ふふ……アキト様は、食わず嫌いでいらしたのですね」
 クスクスとエスペリアが驚く明人を見て、微笑を浮かべる。
「よかったです。アキト殿のお口に合って……心をこめて、作った甲斐がありました」
 ウルカはホッと胸をなでおろす。
 明人は二人の料理を、心行くまで楽しんだ。

「はぁ……もう、腹一杯だぁ……」
 満足した様に明人はハーブティを飲みながらそう言った。
 実際、満足しているのだがな。
 すると、どこからとも無く甘い――どこかで嗅いだ事のある匂いがした。
 これは――
「ヨフアル……か?」
「あっ、よくわかりましたね、アキトさん」
 パーミアが、大きめの皿山盛りに盛りつけられたヨフアルを持って、
 厨房から顔を出した。
「……それ、全部パーミアが作ったのか?」
「はい。イースペリアにいた頃は、アズマリア様の間食などは全部、
 私の手作りだったんです。私、お菓子作るのが趣味ですから。はい、アキトさん」
 スッと差し出される一枚。
 それを明人は受け取り、かじる。
 甘い。
 とにかく甘い。
 あの、レムリアという少女に会った時にもらったヨフアルと同じ味だった。
 いや、こちらの方が美味しいかもしれない。
 あまり主張しすぎない甘さが、甘党でない明人にそう感じさせているのかもしれないが。
「……うん、美味しいよ、パーミア」
 そう言った頃には、あの大量にあったヨフアルはほとんど各人の手元に散開していた。
 凄まじい速さに、それ以上明人は言葉が出てこなかった。

 食事も終わり、明人、エスペリア、ウルカ、ヒミカ、セイグリッド、パーミアの六人は
 翌朝の動きについて、話し合っている。
 他のメンバーはそれぞれ自室待機。
「今回は、部隊を四つに分けて進めたいと思う。まずこの拠点、スレギドを防衛する部隊。
 そして、北方面からマロリガンを攻めて行く部隊。
 さらに、デオドガン方面に向かい、マロリガンの注意を引く部隊。
 最後に、中央を一気に抜く部隊に分けたいと思う」
 ここの拠点を守るのは、当然の事であろう。
 いざ敵に抜かれた時に丸腰では行けないので、それなりに力のある隊員が任される
 事になるだろう。
 北へ向かう部隊は、敵の注意を引きつけつつ、マロリガンの街を占領して行きながら、
 隙を突いて一気に首都まで攻めこもうとする奇襲部隊。
 これは、戦闘力とスピードが重視される部隊なので、ブルーとブラックを中心に
 攻勢されるであろう。
 デオドガン方面は、マロリガンに占拠されたデオドガンの開放と、
 それに便乗して敵の注意を引きつけるための囮部隊。
 その性質上、かなり危険なものになるのは明らかなので、極力戦力はここに
 向けておきたい。
 最後に敵の中央、ミエーユをつきぬけ、最短ルートで攻略するための部隊。
 ここに、主力である明人は入る事になる。

「この拠点を守るのは、パーミアに任せたいと思う。あとファーレーン、ニムントールに
 残ってもらう」
「わかりました。皆さんが帰ってくる場所を、全力で死守いたします」

「北を抜く部隊は、セイグリッドに任せる。メンバーはネリー、シアー、ヘリオン。
 セイグリッド含め四人で敵陣を揺さぶってくれ」
「了解しました。その信頼に応えられますよう、精一杯努力します」

「南の部隊は、ヒミカ、君に任す。メンバーはハリオン、ナナルゥ、セリア。
 一番辛い戦場かもしれないが……だからこそ、ヒミカに任せれる。頼むぞ」
「わかりました。必ず、みんなと生きて帰ってきます。アキトさん」

「中央の抜く部隊は、俺が入る。そこにエスペリア、ウルカ、オルファ……そして、
 セリスを連れて行く」
「? セリス殿を……ですか?」
 ウルカが少し怪訝そうな表情で、反応した。
「アキト様、セリスちゃんを連れて行くのは、わたしは反対です。あの娘は、
 マロリガンの部隊に対して恐怖心を植え付けられています……それを連れて行くのは」
 エスペリアもウルカと同じ事を考えていた。
 セリスがマロリガンの部隊に壊滅させられたデオドガンの生き残りであるなら、
 意識しなくともマロリガンの部隊――特に、エスペリア達と戦ったあの部隊と
 戦闘になる可能性が最も高い所に連れて行くには、心配事が多すぎるためである。
 それに、セリス自身も、デオドガンの開放に向かった方が気持ちも楽だし、
 なにより落ちつけると思ったから。
「いや、これは、セリスが俺に提案してきた事だ。どうしても、マロリガンを倒したい。
 そうセリスが俺に言ってきた。……半端な覚悟の奴を、俺は連れて行く気はない。
 あいつは、自分の意思でそう言ったんだ。だから、俺は連れて行く事にする」
 これは強制ではない。
 むしろ、明人達はほとんどそう言った事に縛られた事はない。
 大体、全員の希望をそのまま部隊編成に向けている。
 良い例が、ニムントールがファーレーンといつもに一緒にいるのは、そのためだ。
「……アキト殿がそう言うのであれば……わかりました」
「セリスも、あの年齢で色々と考えてるんだ。わかってやってくれ、エスペリア」
「……はい。ですが、少しでも危険と判断しましたら」
「わかってる。みんな、明日にはそれぞれの担当に回ってもらう。
 今のうちに、メンバーともう一回顔を会わせておいた方が良いだろ。
 それじゃ、みんな……全員生き残ってこそ、本当の勝利だ。その事だけは、
 忘れないでくれ」
 明人の言葉には、全員が『はい』と答えた。

 明人達がいなくなった食堂に、再び人が集まっていた。
 食卓の上には、ハーブティが四つ、良い香りと湯気を放っている。
「はい〜、わかりました〜。よろしくね、ナナルゥちゃん、セリアちゃん〜♪」
 ハリオンがニッコリと微笑み、自分の淹れたハーブティに口をつけた。
「こちらこそよろしくお願いします。ヒミカさん、ハリオンさん」
「……お願いします……」
 ヒミカとハリオンと対面に座るのは、セリアとナナルゥ。
 デオドガン方面を担当する事になった部隊のメンバーだ。
「多分、わたし達の所がアキトさん達の所に続き、激戦区となるでしょう」
 ヒミカもハリオンのハーブティに口をつけた。
 その様子を、セリアとナナルゥは心配そうに見つめている。
「……火加減はわたしが見たから、二人共、大丈夫よ」
 その意味は、ヒミカが一番よくわかっていた。
 ハリオンの作るものに関して――特に、お湯などを使うものに関して――は、
 ヒミカ自身が一番理解していたから。
 ふと、初めてハリオンとであったときの事を、ヒミカは思い出した。

「今日からラキオスに配属される事になりました〜、ハリオンと申します〜♪
 みなさん、よろしくお願いしますね〜♪」
 ヒミカが入隊して一週間もしない内に、ハリオンが入ってきた。
 最初の印象は、少しおっとりし過ぎではないか? と言ったものであった。
 その時、訓練師声をかけられ、ハリオンがヒミカの元へとやってきた。
 どうやら、同じような時期に入ってきたから仲良くしてもらえとでも言われたのだろう。
「えっと〜、ヒミカさん、でいいですか〜? 同じ時期に入隊なんて、奇遇ですね〜♪」
 先ほどの挨拶から、ずっと崩さない笑顔。
 不思議と、嫌な感じはしなかった。
 いつもだったら、これから戦っていくのに、なんでそんなに笑っているんだ。
 と、文句の一つも言うところなのに。
 この時、なにかを感じ取っていたのかもしれない。
「……こちらも、ハリオンでいいですか?」

 そこから、二人の付き合いが始まった。
 頭の堅いヒミカに、なぜあんなにポワポワしたハリオンがずっと付き合っているか、
 疑問に思う隊員も多い。
 それは、ハリオンの人柄にあった。
「ヒミカさ〜ん、こっちですよ〜♪」
 いつも笑顔を絶やさず、常にヒミカの側にいたハリオン。
 任務でヒミカが失敗した時も、常に一緒にいた。
「……一つの事で、そんなに落ちこんでいてはダメですよぉ……ヒミカさん、
 わたしならいくらでも相談に乗りますから……ね?」
 そして、まるで自分のことのように真剣に相談に乗ってくれたり、
 励ましてくれたりしたのが、ハリオンだった。
 この時ばかりは、いつもの笑顔が消えていた。
 本気で、心配してくれていたのだろう。
 ヒミカは、人柄を見抜く事が得意であった。
 そのせいで、なかなか部隊に溶け込めなかったのも確かであった。
 そこに、嘘偽り無く初めて接してきてくれたのが、ハリオンであったのだ。
 そして――

「あわっ、あわわわ――ッ! ……あら? 痛く、ない?」
 ハリオンが初めて実戦に参加した時、ハリオンは足元にあった小石に足を取られ、
 その場に倒れてしまう。
 そこに、当然の様に敵が襲いかかってきた時――その刃がハリオンに立つ事は無かった。
「大丈夫、ハリオン!」
「え……あ……ひ、ヒミカさん!」
 ハリオンに襲いかかったスピリットを一戦の元に両断したのは誰でもない。
 ヒミカであった。

 そう、ヒミカもお返しのように戦場でハリオンの背中を守っていた。
 部隊に来てすぐの戦闘では、ハリオンもまだまだ未熟で、そのゆったりとした性格から
 常に危険な状態になっていたから。
 それを助けていたのが、ヒミカであった。
 いつしか二人は、お互いを必要とする、まるで一対の翼のようになっていた。
 どちらかが欠けてはいけない。共に歩み、生きていくのに必要な存在。
 まさに、親友といった間柄であろう。
 ヒミカが初めて、心を許せた人。
 ハリオンが窮地に陥った時、必ず助けに来てくれた人。
 それが、今の二人の関係を作っている。
 先ほども述べたとおり、心から信頼し会う、親友という間柄を――。

「? ヒミカさん、どうしたんですか?」
 どうやら、自然と表情が緩んでいたらしい。
「いえ……ハリオンが淹れてくれたお茶は、いつも美味しいですからね」
「あらあら〜♪ そんな事言っても、なにも出てきませんよ〜♪」
 ヒミカに誉められ、ハリオンは恥ずかしそうに片手を頬につける。
 これは、ハリオンのクセである。
 なにか嬉しい事があると、すぐにこのポーズをとってしまう事が。
「……ホントに……美味しい」
 さらにナナルゥがヒミカに便乗して感想をポツリと漏らす。
「やん、もう、ナナルゥちゃんまで〜♪ そんなに美味しいのなら、
 もう一回淹れてきますね〜♪」
「あっ、まってよ。わたしが火加減見てあげるから」
 恥ずかしさを隠すためか、ハリオンは立ちあがり、厨房へと向かった。
 それを追って、ヒミカも厨房へと向かっていった。
「……ホント、なんでヒミカさんとハリオンさんって、あんなに仲がいいんだろう」
「……セリアとわたしも……あれくらい……仲良いと思う……」
「え……」
 今度は、ナナルゥが頬を赤くしていた。
 先ほどポツリと言葉を放ったのは、確かにナナルゥだ。
 すると、どうだろうか。
 セリアも頬が赤くなっていき、胸が締め付けられるような感覚に襲われる。
 しかし、嫌な締め付けではない。
 それは、今まであまり感じた事のない――そう、嬉しいという、感覚であった。
「……ありがと、ナナルゥ。でもね」
 小首をかしげるナナルゥ。
 その後に続く言葉の予測が出来なかったから。
 いつもはここで二人共押し黙ってしまうからである。
 そしてセリアは、今心にある事を言い放った。
「でもね、ナナルゥとは、あの二人より仲が良いとわたしは思っているわよ」
 今まで見せた中で、最高の笑顔と共に。
 ナナルゥも、少し驚いた後に、
「ありがと……セリア……わたし……セリアに会えてよかった……」
「ふふっ……ほら、泣かないの。こんな事で」
 自分の出来る精一杯の笑顔を作り、答えた。
 セリアは、その際にナナルゥの瞳から零れ落ちるなにかを、指で拭ってあげた。
 一緒にいる事が多くなった静かな二人は、いつしか、静かで大きな友情を、
 芽生えさせていた。

「えっと……まだ、ちゃんと自己紹介していませんでしたね。
 私は、イースペリアで隊長を任されていましたパーミアです。
 よろしくお願いします」
「はい、ご丁寧どうも。わたしは、ファーレーンです。よろしくお願いしますね」
「えと……ニムは、ニムントール。よろしく……」
 こちらは、拠点防衛隊のメンバー。
 パーミアから、二人の部屋にやって来た所、ファーレーンに招き入れられたという
 経緯で今の状況が作られている。
「それにしても、イースペリアの隊を率いていたなんて、凄いですねぇ。
 アキトさんも信頼するわけですね」
 仮面を外したファーレーンが、優しい笑顔を見せる。
 が、
「そんな事……ありません。結局は、全滅してしまったから……」
「あっ……ご、ごめんなさい……無神経な事を訊いてしまって……」
 そうだった。と、ファーレーンは言った後に悔やむ。
 パーミアは、イースペリアで唯一生き残った隊員であった。
 その事を訊いてしまった自分が、非常に恨めしい。
「……でもパーミアさん、ニムは、いつまでもそうやって引きずるのは、
 よくないと思います」
 と、ニムントールが口を開いた。
「いつまでも引きずっていたら、可哀想です。パーミアさんも……
 それに、犠牲になった人達も……誰一人、助かった事になってないですから。
 きっと、イースペリアの人達は、マナに還える事は悲しんでいないと思います。
 パーミアさん、きっと隊員のみんなから慕われていたとニムは思います。
 そのパーミアさんが生き残って、みんな事をちゃんと憶えていてくれれば、
 喜ぶと思いますが、悔やむ対象にしてちゃ……ダメだと思います。
 助かったパーミアさんが、みんなの気持ちを受け止めてあげなきゃいけないです」
 パーミアは、驚きを隠せないでいた。
 あの夜――明人が言っていた事に、今ニムントールが言った事が酷似していたから。
 実はニムントールは、明人の影響をかなり受けているのかもしれない。
 初めはあれほど毛嫌いしていたが、今ではそんな感じはどこにもない。
 近くで明人を見ていくうちに、むしろファーレーンへの憧れのような気持ちが、
 芽生え始めていた。
 本気で仲間の事を心配し、倒してきたスピリットに関して本気で悩み、
 強い信念を持った明人に、まだ気付いてはいないが惹かれているのであろう。
 いつしかニムントールも、自分が仲間を守りたい。犠牲は出したくない。
 そう考えるようになってきた。
 だから、先ほどのような言葉が出てきたのであろう。
 これには、ファーレーンも驚いていた。
 今まで、ニムントールが自分を姉のように慕い、目指してくる可愛い妹だと持っていた。
 だが、先の言葉を聞いてファーレーンは、
(いつの間に、抜かされちゃったんだろうな……)
 そう思った。
 いつのまにか愛い妹は、自分が思っている以上に大きく成長していたのだから。
 自分の知らない所で、大きく成長していた事は嬉しくもあり、寂しいものでもあった。
 今度は、自分が追う立場になってしまう。
 だが、嫌な気分はまったくない。
 それは、これから自分にとって必要になるものを、得るものであったから。
「……ありがとうございます、ニムントールさん」
 パーミアは、自然とお礼の言葉が漏れていた。
 ニムントールに言われる事によって、心が軽くなった気がする。
 正にその通りであった。
 いつまでも、自分が悔やんでいてはいけない。
 逃げ道など、作ってはいけないのだ。
 本当に辛いのは、何者でもない、アズマリアなのだから。
「そ、そんな事無いです……ニムのことは、ニムって呼んでくれれば、いいです」
「……あら、珍しいわね。ニムがこうも簡単に新しく入ってきた人に心を開くなんて」
 笑顔のファーレーンが、ニムントールをからかう様に言放つ。
 三人とも、他人の心など見えるはずが無い。
 だが、この一時の間だけは、不思議と心が繋がった気がして止まなかった。
 これが仲間だと、改めて実感するパーミア。
 まるで、姉がもう一人増えたような嬉しい気分のニムントール。
 友人の様なこの関係が、いつまでも続けば良いと思う、ファーレーン。

 確かに、繋がったような気がした。

「ねぇねぇ、セイグリッドさん」
「なに? ネリーちゃん」
 セイグリッドはメンバーである年少組――ネリー、シアー、ヘリオンを自室に
 呼んでいた。
 作戦の内容を大体説明し終わると、緊張した空気がほぐれ、談笑が始まっていた。
「結局、アキトさんとはどうなったの?」
「ちょ――お姉ちゃん! いきなりそんな事訊いちゃ……失礼だよ……」
 そんなネリーの質問に、セイグリッドは慌てることなく、答えた。
「ワタシは……アキトさんの支えになる事は出来ませんでした。そうですね……
 振られてしまった、といった表現が一番あいますでしょうか」
 気持ちは振り切れたものの、いまだに思い出すと胸が痛い。
 セイグリッドは初めて、好きになるという感情を明人に抱き、
 そして失恋の痛みを初めて知った人。
 遊撃隊時代は、そんな事は考えず、ただひたすらに自分を磨く事だけを考えていた。
 だから、明人に抱いたこの感情が始め何かわからなかったが、それは時が経つにつれて
 人を好きになるといった感情と知った。
 明人は、色々な初めてを教えてもらった人物であった。
 先ほどの感情も、仲間の大切さも、物を作る楽しさも、遊撃隊時代に無かったものは、
 すべて明人に教えてもらったようなものであった。
 だから、どれだけ時間が経とうと、明人はセイグリッドにとって大切な……
 大切な人なのだ。
「そ、そうなんですか? セイグリッドさん、こんなに美人なのに……」
 感傷に浸るセイグリッドに、おずおずと話しかけるのは、ヘリオン。
「……ヘリオンちゃんは、アキトさんの事が好きなんですね」
 微笑み、そう訊くと――
「へ? え……ええッ!? ちょ、セイグリッドさん! 何をいきなり!?」
 あからさまな反応をしてくれた。
 これがヘリオンの良い所でもあり、悪い所。
 自分の気持ちに、嘘がつけないのだ。
 ヘリオンの気持ちは、今の反応どおり、セイグリッドの言葉を肯定するものだった。
 一目見たときから、ヘリオンは明人に惹かれていた。
 俗世間一般に言う、一目ぼれと言うやつだろうか。
 ホントにそんな事があるものだと、ヘリオン自身も驚いていた。
 しかし、その思いは本物であった。
 気が弱いので言い出せてはいないが、ヘリオンが持つ明人への気持ちは、
 間違い無く恋慕である。
「ふふっ……ネリーちゃんとシアーちゃんは、どうかな?」
 今ので完全に会話の主導権はセイグリッドへと移行した。
 続けて青い姉妹へと問いかけて見る。
「え!? あ……その……」
「そ、それは……あの……」
 騒がしかったのが嘘の様に、黙ってしまう。
 ネリーもシアーも、明人の事は好きであった。
 それはヘリオンとは違い、まるで、歳の離れた兄のような存在である明人に対する
 兄妹愛に近いものであった。
 仲間の事を真剣に思う明人に対して、好意を抱かないはずは無い。
 それに、何があっても明人はその時起きた事態を受け止めてくれるし、
 なにより明人の心の強さが、二人を引き寄せているのであろうか。
 自分たちには無い強い意思を持つ明人は、本当の兄のように思えて仕方なかった。
「三人とも、その気持ちは……忘れてはダメよ。誰かのためを思い、戦うのは、
 どんな時でも良い方向へと導いてくれます。好きな人のために戦う事は、なおさら。
 護りたい人のために戦う事は、自らを高める結果にもなりますから」
 と、セイグリッドは真剣に聞き入ってくれる三人の事を見つめ、
 まるで母親の様に優しく話しかけていた。

「セリスちゃん……」
「はい? どうか、したんですか? オルファちゃん」
 同室にいるオルファが、セリスに急に問いかけ始める。
 小さく、か細い声だった。
 普段のオルファが見せない声に、セリアは思わず心配する様に答えた。
「あのね……怖く、ないの? 今度行く所って、セリスちゃんのお姉ちゃん達、
 みんな殺した部隊がいるかもしれないのに」
 オルファは、その事が気になって仕方が無かった。
 もしも、自分がセリスのように姉を惨殺されてしまったら、どうなるだろう。
 答えは簡単だった。
 まず、立ち直れる事はできない……と。
 それなのに、セリスは自ら申し出たと言う事を聞き、オルファは話しかけたのだ。
「怖くないわけ……無いです。でも、いつまでもそう言って逃げてちゃダメなんです。
 お姉ちゃん達の仇は、自分の手で取らないといけないんです……ッ!
 じゃないと……じゃないと……ッ!」
 よくよく見ると、セリスの細い足は振るえていた。
 先ほど言ったとおり、怖くないはずが無かった。
 いくら自分もクラスアップして、同じ力になったとしても、恐怖心だけは
 拭いきれるとは思っていなかった。
 だが、ここでまた自分が逃げると、マナへと還った姉達にお申し訳が立たない
 気分がしたのだ。
 いつまでも現実から逃げるわけにはいかない。
 仇を取る一心で、セリスは、明人に中央の部隊に連れて行ってくれと頼んだのだ。
「……でも、多分パパ、それだけじゃ連れて行かなかったと思う……」
 ポツリと、オルファはセリスの耳に届かない声で呟いた。
 相変わらず、『理念』の声は途絶えたまま。
 しかし、徐々に大きくなる新たなる声にも慣れてきた。
 自分も、どうしてこんな事になったかわから無い。
 しかしこれだけは言えた。
 この声は昔、聞いた事がある。
 何年も……
 何十年も……
 何百年も前に、聞いた事があるような声であった。

『あなたは……いだす……ターナルの生まれ……そう……再生の炎……』

 それぞれの思いを胸に、夜が明ける。
 平和への第一歩を、踏み出すための光りが上がろうとしていた。

                            第十五話に続く……

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