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第十三話 勝利の方程式など――

「それじゃあアキト様、行ってきま〜す!」
 元気一杯に部屋の奥へと向かうのはヘリオン。
 結局、喧嘩を始めたオルファとネリーは明人の『求め』の側面による一発と、
 エスペリア&ヒミカ&ファーレーンのトリオによる説教が待っていた。
 これにより体力の七割を持っていかれた二人の順番は、最後に回されていた。
 他は、大体年齢順で進む事となった。
 ヘリオンが明人達の前から消えて数分後――
「わぁ……す、凄いです! 力が……な、なんだかあたしじゃ無いみたいに力が……」
 帰って来たヘリオンの力は、ついさっきまでのヘリオンとは別格のものであった。
 先ほどまでのヘリオンの力が十とするならば、今は大体七十、八十くらいであろう。
 今のヘリオンの力は、アセリア、ウルカ、エスペリアをも凌駕するものであった。
「この娘はなぁ、特に強い潜在能力を持ってるらしいんだよ。今ので、その才能の一部が
 開花したみたいだな。おめでとさん、あんたのクラスは『ホーリーナイト』だよ」
「あっ、ありがとうございます!」
 ゆっくりと姿を現したハーミットに頭をなでられ、嬉しそうに声を上げるヘリオン。
「こ、これで……アキト様のハートはあたしに……」
「それは、期待しないほうがいいだろ。……あんたが一番良くわかってる事だ」

 明人達はクラスアップの凄さに圧倒され、同時にそれに対する大きな期待を受けていた。
 次に向かったのは、年齢順なのでネリーとオルファに睨まれつつシアーが行った。
 そして、帰って来た時はヘリオンと同じく『ホーリーナイト』として強く成長した――
「うっ……うれしい……かも……。あう……お、お姉ちゃん……そんなに睨まないで……」
 が、気の弱さはそのままらしい。こればっかりは、個性であろう。

 次の順番は、セリス。
 彼女もまた『ホーリーナイト』としてみんなの元へと帰って来た。
「お姉ちゃん……あたし、負けないですから……仇は、必ずとるです……」
 目を瞑って思い出されるのは、過去の姉達の姿。
「そして、みんなの力になれるよう……精一杯、頑張るです!」
 そして、現在の姉達と、共に戦う事を決意した。

「…………」
「まぁ、なんだ……この娘は、ちょっと神剣に心を食われすぎていたみたいなんだ。
 最近はその呪縛から離れてきたみたいだが……遅かった、らしい」
 バツが悪そうに、ハーミットが説明を加えるのは、ナナルゥだ。
 今のところ彼女だけ、『ホーリーナイト』と相反する存在『ダークヴァルキリー』へと
 クラスアップしたのだ。
「……ごめんなさい……わたしだけ……」
 何故か謝るナナルゥのその姿は、どこか寂しげであった。
 その視線の先には、いつもどおりの姿でセリアがたたずんでいた。

 一つ、このクラスアップにおいて意外なことが起きた。
「……別に、一人じゃなかったわね」
 セリアも、どうやらナナルゥと同じ『ダークヴァルキリー』へとクラスアップしたのだ。
 セリアは『熱病』に精神を食われていた素振りなど無く、ハーミットも頭を
 掻くことしか出来ない。
 それ以上に驚いていたのは、ナナルゥであった。
「……セリア……なんで……」
「わたしも、まだまだ未熟だったって事よ。あなたと、一緒でね」
 そんなナナルゥに微笑みかけるセリア。
 ナナルゥは、この言葉に含まれているものを察し、小さな微笑みで、返した。

「うわぁ……すごい……ニムもファーレーンさんと同じだぁ」
「そうねぇニム。これなら、確かに普通のスピリットには負ける気がしませんね」
 続いてはニムントールとその付き添いでファーレーン。
 二人共、聖なる騎士としてクラスアップし明人達の元へと姿を現した。
「う、うん……これで、みんなの背中が守れる……アキトさんやファーレーンさんの……」
「……そうね。このメンバー……誰一人欠けることなく、戦争を終わらしたいもの」

 そして、ヒミカ、ハリオン、セイグリドの三人は――
「これは……力が、みなぎってくる……」
「あらあら〜♪ 嬉しいですね〜♪」
「この力は……本当にワタシから感じられるものなの……?」
 この三人から感じる波動は、他の誰とも一致するようで一致しなかった。
「……っは〜。たいしたもんだな、この三人は。まさか三人も『ディバインスピリット』
 になるなんて……これなら、もっと早くこれを完成させとくべきだったか……」
 そう。
 この三人は、もう一つ上のクラス――『ディバインスピリット』へとなったのだ。
 当然、他のスピリットよりも多くの潜在能力が引き出せる。
 この三人の強さが本物だという事が伺える時であった。

 そして――
「準備はいいな、アセリア」
「……ん。大丈夫……問題無い」
「オッケー。そいじゃ、まずは意識を集中して……神剣と波長をできるだけ合わすんだ」
 施設内に入ってみると、床には魔方陣が描かれ、辺りにはこれでもかといわんばかりの
 マナが溢れかえっていた。
 そして、ハーミットに言われるまま、アセリアは『存在』と意識を同調させ始める。
 すぐさま、聞き慣れた『存在』の透き通るような声が、聞こえてきた。

『成長……するのね、アセリア……』
 ――ん。そうだな……。
『何のために、そこまでするの? あなたは、今のままでも十分に強いのに……』
 ――今じゃ、ダメだ。あのスピリットに、勝ちたい。勝たなきゃ、いけない。
『……そう。あなたがそこまで執着するなんて、初めてね』
 ――そうか?
『そうよ。……現に、あなたはすでに私の干渉をほとんど受けていない。
 それにもかかわらず、あなたは私の力を十二分に引き出せている……』
 ――……あたしは、あのスピリットに勝ちたい。それと……
『? それと……?』
 ――アキトの側に、ずっといたい。よく、わからないけど……。
『随分と変わったのね。最初は、全然興味を示していなかったのに』
 ――……それに、『存在』とも、消えるまで一緒にいたいと思う。よく、わからないけど。
『ふふ……ありがとう、アセリア。さぁ、覚醒の時……あなたは、一回り成長する。
 心も、体も……私と共に、歩みましょう。新しい『存在』を求め……ッ!』

 ――神剣と、心を通わす……ですが、わたしにはほとんど声など……
『そうでもないですよ、エスペリア』
 ――ッ! け、『献身』……!? 今、あなた話して……ッ!
『そう、驚くほどの事ではないでしょう。今まで、あなたと共に歩んできたのですから。
 でも……やっと、あなたと話が出来て、私は嬉しい……』
 ――わたしも、今までは感じるだけでしたから、とても嬉しいです……『献身』。
『……でも私は、あなたの背負うものの……半分すら、持ってあげることが出来ない……
 あの時、あなたが失った大切な人への思いは……』
 ――……やはり、憶えていましたか……
『当然です。私は、あなたの半身。同じ時を共有する者……それが、スピリットと神剣の
 運命……しかしあなたは今、その枠を越え、成長しなくてはならない』
 ――……はい。わたしは、初めて強さを求めます。あの人に、勝つために……。
『あなたのその気持ち……初めて――いや、これで、二度目ですか……その気持ち、
 強さを求めるあまりに、私に飲み込めれないでください。私は、『献身』……
 主に仕え、心を満たす者……さぁ、心を……解き放ってください……ッ!』

 ――『理念』、『理念』ってば! どうしたの? 返事してってば! う〜……
 寝てるって訳じゃないよね……どうしたの……ねぇ、『理念』ってばぁ……
『……トリア……リュ……あな……ここ……違う……』
 ――ッ! 何これ……『理念』の声じゃない……うそ、どこ行っちゃったの!?
 『理念』! 『理念』! なんで……返事してくれないの……
『あなた……第……いず……だすでしょう……今……その時……思い……』
 嫌だよぅ……なんで、話してくれなくなっちゃったの……?
 オルファ、一生懸命敵さん殺して、頑張ったのに……でも、この声……
 力を、くれるの? 『理念』の代わりに……なんだろう……
 すごく、懐かしい――

『私は本来の姿に戻った時に、あなたの力はほとんど引き出されました……
 ですから、あまりこの儀式を受ける意味はありませんかね』
 ――そう申さないでください、『冥加』……ハーミット殿は、手前たちの事を考えて
 行ってくれているのですから。
『……ごめんなさい。でも、あなたの力――本来スピリットには無い力を備えられた
 理由は、まだ話すわけにはいきませんけど』
 ――そう、ですか……ここで問いただしても、あなたは決して口を割らないでしょう。
『はい。神剣は、主人に似るものですからね』
 ――ふふ……今の手前は、あなたと話せるだけで、とても嬉しいです。ですから、
 それ以上の事は望みませぬ故……
『ありがとうございます。……見える力、見えない力、どちらも成長させてこそ……
 真の武人となります。さぁ、その一歩……共に、踏み出しましょう……ッ!』

 ハーミットは、一瞬言葉に詰まっていた。
 アセリア、エスペリア、オルファ、ウルカの結果を見てのことであった。
「まさか……変化がまったく無い? ……確かに、力は他のメンバーよりも高い数値が
 出ている。何故だ……この大天才の思惑を超えているのか!?」
 ハーミットはこの四人の結果に納得が出来ていない。
 この四人は先のヒミカ、ハリオン、セイグリッドよりも確実に高い数値を
 はじき出しているのに、反応は、何故かスピリットのままであったのだ。
「う〜ッ! 悪い、隊長さんを残して全員撤収してくれ。隊長さんには少し話がある」

「で、俺に話しってなんだよハーミット」
 他のメンバーはハーミットの指示どおり、明人を残して訓練ヘと赴いた。
 その中で、何故かオルファの表情がとても暗かったのが明人の気がかりであった。
 いつもの天真爛漫な笑顔は無く、力が上がったことを素直に喜べていない様に思えた。
「そう言葉に棘を込めるな。どうせオルファの事が気になっているんだろ? 
 でもま、そのオルファの事についても少し話しておきたいんだが、
 今は隊長さん自身の問題点だな」
 心の内を読まれ、明人はまったく反論できない。
「……で、俺自身の事って――ッ! まさか……俺もクラスアップできるのか!?」
「ほっほ〜う。たまには察しが良いじゃないか。その通りだ、隊長さん。
 隊長さんみたくエトランジェにはクラスの分岐は無いが、
 神剣に精神を侵食されていなければ基本的に問題は無い。
 そして、マロリガンのエトランジェも、勇気ある者――『ブレイブパーソン』へ
 クラスアップしている可能性は高いっつうか必然だろ」
 ――だから、空也が一気に強くなっていたのか……。
 初めて接触した時から、あれほどまで自分と差が開くのはおかしいと思っていた明人の
 疑問は、ここに来てようやく解決された。
 戦いの中で自分も成長しているはずなのに、手も足も出せなかった。
 だが、クラスアップしていたというのなら話は良くわかる。
 現に、他のメンバーに自分は完全に置いて行かれていた。
 少し焦ったが、自分もクラスアップできるのなら、お荷物にならなくて済む。
「だが、『求め』を上手く丸め込んでクラスアップしなくちゃ――」
「それなら大丈夫だ。こいつの精神支配ごときに、俺は負けない」

『さっきは言ってくれたな、契約者よ。我ごときの精神支配は受けぬ……と?』
 ――ああ、そうだな。現に、今のところ俺の方が圧勝しているだろ。
『ぬ……だが、この機会に――』
 ――まった。今はそんな事言っている場合じゃないだろ? 『因果』や『空虚』にすら
 勝てなかったら、お前がいつも言ってる『誓い』の破壊なんて到底無理だ。
 だから、今は俺に力を貸して、勝率を少しでも上げる方が先決じゃないか?
『……大分、考えられる様にはなってきたか』
 ――そりゃどうも。どうだ? 力を、貸してくれるだろ?
『わかった。しかし、ここまでやらせて『因果』に遅れをとるようであれば――』
 ――……もう、迷わねぇよ……あいつは、あそこまでやったんだ……。
 絶対に、負けられないんだよ……ッ!
『……フッ。それが、契約者の求めか……我はその求めを現実へと変える力を持つ者……
 さぁ、導かれるがいい! 新たな力へ……勇気ある契約者よ!』

「……すまん。もう一回、説明してくれ」
 晴れて『ブレイブパーソン』となった明人はハーミットにもう一つの用件――
 オルファについての話を聞き、渋い顔をしながらもう一度説明してくれとお願いした。
「一発で理解しろや隊長さん。だからな、さっき全員のクラスアップした時ついでに
 色々なデータを取ったところ、ラキオスのスピリット全員にオルファと同じ因子――
 つまり、全員がオルファから生まれてきた可能性が考えられるんだよ」
 ついでにウルカの説明も受け、そちらはなんとなく理解できたが――
 こちらは、そんななんとなくでは納得できない。
 ハーミットがふざけてこんな事言うわけ無いので、ホントなのであろうが。
「つまり……オルファが、みんなの母親だって事か?」
 結果から述べれば、そう言う事になるだろう。
「まぁ、信じろって言ってる方も信じきれてないがな……あの体でそんなポンポン産める
 分けないし、第一スピリットが産まれた所を見た奴なんてまったく存在手無いんだから、
 こいつはあくまで仮定の話しだ。しかし、隊長さんには伝えておきたかったんだよ。
 まっ、話しはこんなもんだよっと」
 すでに樹海に姿を戻しつつある場所から、ハーミットは何かを引き出した。
 それは、この世界で酒として扱われている物であった。
「朝っぱらから何飲もうとしてるんだ……」
「こいつはただの眠気覚ましだよ。どうだい? 隊長さんも一杯いくか?」
「未成年に酒を薦めるな。それに、俺はこのあと訓練がある」
「堅いねぇ。そんなんだったら、まだスピリットにゃあ手を出していないか。関心関心」
「……それじゃあな。酔った勢いでへんなもん創るんじゃないぞ」
「伊達に自分の事大天才って言ってるわけじゃないから安心しろや」

 マロリガンと開戦まで、残りは三日となった。
 そのせいもあって、明人達は訓練を急いでいる。
「せいッ! やあッ!!」
 明人は『求め』を振るい、まずは基本の型から確認をしていた。
 我流に近いが、『求め』の力を借りると自然と体が動き、戦う事ができていた。
(ふむ……大分体から反応する様になってきたな、契約者よ。動きが初めよりもいい)
「お前が俺を誉めるなんて……珍しいじゃないか」
 体を動かしながら、『求め』と会話する明人。器用なものだ。
(勘違いするな。契約者が力をつければ、それだけ精神を奪った時にスピリットの
 動きを封じやすくなるだけだ)
 あの一件以来、明人の体をのっとろうと『求め』は何度も何度も明人の精神を蝕もうと
 試みてたが、明人はこの際に発生する激しい頭痛に耐えていた。
 大体寝る前などにこの頭痛を発生させていたため、エスペリアなどに勘付かれる事は
 無かった。だが、最近では明人はこれに慣れてきていた。
 前にも言っていたが、こればっかりは明人の圧勝である。
「……お前が、俺の精神を食えたらの話しだろ。そんなマネは、絶対にさせないからな」
 縦に剣を振り下ろし、止める。その際に汗が宙へと舞い、朝日で輝いた。
 そこにふと、感じなれない気配が――
「アキトさん、剣を振った後の動きが若干遅いです。今後の課題はそこですね。
 ですが、迷いの無い良い剣筋です。上手く神剣を使いこなせている証拠ですね」
 透き通るような声に導かれ、明人は後ろを振り返ると、そこにはイオがいた。
 明人のクセを一瞬で見ぬく所から、ハーミットの言っていた訓練師として
 かなり優秀という事はどうやら本当らしい。
「ん、イオか。こんな訓練場まできて、ハーミットの手伝いはいいのか?」
 汗を服の袖で拭い、一旦『求め』を収める明人。
「はい。今回は、ハーミット様のお手伝いの一環ですから。アキトさん、ハーミット様が
 研究室にお呼びです。一緒に来ていただけますか?」
「……またか。エスペリア、ウルカ、ちょっと俺、ハーミットのとこに行ってくるから
 他のみんなの訓練を見てやってくれ。特に、オルファがサボらないようにな」

 ハーミットの部屋に呼ばれたのは、明人だけでは無かった。
「あれ? レスティーナも呼ばれたのか?」
「アキトも……ですか?」
 部屋に入ると、レスティーナの姿がそこにあった。
 大きな机が中心にあり、片づけをしたはずの床はすでに足の踏み場も無い。
 そんな場所をあの動きにくそうな服装でレスティーナは歩いて行ったのか
 と思うと、結構運動神経は良いんだなとレスティーナの認識を改める。
「はいはい。今日集まってもらったのは他でもない。マロリガン攻略のための重要な
 情報が入ったんだ。イオ、あれ持ってきてくれるか」
「わかりました。ハーミット様」
 イオは明人曰く未開の樹林帯(?)を慣れた足取りで奥地へと足を運んだ。
 慣れというのは凄いもんだなぁと、明人は素直に感心してしまった。
「ハーミット様、これです」
「サンキュー。じゃ、机の上に広げてくれ」
 部屋の奥から出てきたイオは、大きな紙を持っていた。
 それをハーミットに言われて部屋の中心にある唯一片付いた大きな机の上に広げた。
「これは……えっと……」
「ああ、無理して読もうとしなくていいぞ。どうせ読めてもわかんない事だろうがな」
 そこにはびっしりとここの世界の言葉――『聖ヨト語』で埋まっており、
 明人はそれを見ただけで目元が痛くなっていく。
 言葉は『求め』の力で理解する事ができている。が、読む事はできないためだ。
「こいつは、ダスカトロン大砂漠におけるマナの異常発生についてまとめたものだ」
 ハーミットの説明に、レスティーナがまず食らい付いた。
「……? 砂漠にマナが発生……そんな事、ありえません。
 一度失われたマナが戻る事など――」
「レスティーナ女王が言うとおり、ここのマナは前大戦により消失状態にある。
 だからここ一帯は草木も生えない砂漠地帯になっているんだ」
 レスティーナの言葉を遮るように、ハーミットが言葉を放つ。
 エスペリアも言っていたが、この砂漠は極端にマナの絶対量が少ない。
 そして、マナはその場にある固定された力。増える事など絶対にあり得ない事なのだ。
「だがここ最近――そうだな、女王様が交渉してきてから、時折マナが異常に増加する
 時があるんだよ、ヘリヤの道に。まるで、外部からの侵入を防ぐ壁のようにね」
 ここまで言って、ハーミットは一旦言葉を切る。後ろ頭をかきながら。
「しっかし、また厄介なもん作りやがったねぇ……マロリガンの連中は」
 そして、かがんで散らかった床から小さな箱を一つ拾い上げる。
 その中身はタバコらしい。一本引きぬき、口にくわえる。火はつけていない。
「ハーミット、なんで誰かが作ったなんてわかるんだ?」
「それくらい理解しろっての。あのねぇ、こんな事が自然に起きるなんてあり得ないの。
 しかもこの障壁は砂漠の一部――そう、アタシらラキオスの侵攻できる道を塞ぐように
 発生してる。わかるか? うちが攻めて来る事を前提にマロリガンが何らかの
 装置を作ったとしか考えられないだろ」
 機関銃のごとく放たれるハーミットの言葉に何も言い返せない明人。
 そしてため息をつき、ハーミットは口調を戻す。
「でだ。話しを戻すが、この障壁の中にスピリットやエトランジェなど体がマナで
 出来ているやつが入ると、このマナが急激に身体に浸透。膨大なマナを受けた体は
 耐えられなくなり、内部から破壊される。だから事実上、スピリットによる進軍は
 不可能になった訳だ。まぁ、この技術を知っているのはこの世界でアタシと、
 もう一人しかいないんだけどな」
 やれやれとでも言いたそうにハーミットは首を振った。
「それじゃあ、これからどうするんだよ。攻められないんじゃこっちはやられっぱなしだ」
「いちいち熱くなるなよ。……この大天才が何も考えが無いとでも思ってるのかい?」
 明人を制して、ハーミットが言う。自身満々な表情で。
「それでは、何か策があるんですね」
「おうよ、女王様。大天才に不可能は無い。とは言っても、まさか頼まれてたもんが
 こんな所で役に立つとは思わなかったけどね」
 それを聞いたレスティーナの表情が驚きに染まる。
「え……もう、完成したのですか!? まだ頼んでからは五日も経っていませんのに……」
「まな。完璧――というわけじゃあないがね。大体の構造はまとまって、一回くらいなら
 起動できるはずだよ。それだけできれば、ここを突破できる」
 理由がわからず、何の事だといった表情の明人を放っておいて話しを進める二人。
「と、いうわけでこっちに来てくれ。そこの訳わからないって顔の隊長さんに実物
 見せながら説明したげるよ。イオはここに残って、資料の片付けお願いな」

 途中、こけそうになりながらも明人とレスティーナは部屋の奥へと歩みを進める。
 そして手前の部屋では考えられないくらい、こざっぱりとした部屋にたどり着く。
 色々な機械が置いてある所からして、実験場の類なのであろう。
 それにしても広い。
 城内にこれほどのスペースが確保出来るとは思えないほどの広さだ。
「ほい。これが女王様に頼まれていたもの、『抗マナ化』装置だよ」
 その部屋には他にもいろいろな大型実験器具らしきものも見える。
 その内の一つをハーミットは紹介した。
「……なんだ? このガラクタみたいな機械は」
 ハーミットの指す機械を見て、明人は正直な感想を述べてしまう。
 その機械は明人の疑問そのまんま。黒く鈍い光沢を放ち、
 地面から明人の首筋辺りまでの大きさをした機械だった。
 思わず開きとがそう言ってしまうのも妙に納得できてしまうから不思議だ。
「ガラクタとはなんだ、ガラクタとは! こいつは今回の切り札になるブツなんだぞ!
 ったく、これだから素人の浅はかな知識で――っと、こんな事言ってる場合じゃないね。
 コホン……では説明すると、この装置を起動させるとその場にあるマナをエーテルに
 変換できなくなる『抗マナ』に変える――エーテル変換装置の応用のようなものだ。
 あの障壁を発生させるためには、一度エーテル変換装置でエーテルに変換して放出。
 あそこはマナ消失地域だから、邪魔なマナは一切ない。
 と言う事は何に引っかかる事も無く、反対側の受信機に到達して再び同じ事の繰り返し。
 これで半永久的に機能する壁のできあがりったぇわけだ。で、そこにこの装置をポン、
 と置いて起動させると……どうなるかわかるかい、隊長さんよ」
 ハーミットの顔がニヤリと笑う。勝ち誇ったような笑顔だ。
「……そうか。マナがエーテルに変換できないなら、この障壁の動力源が無くなる」
「そのと〜り。一度起動させれば、その一部の地域にあるマナは全て変換できない
 『抗マナ』に変わる。そうすりゃ、その障壁を発生させる装置は文字どおり
 『ガラクタ』になるって寸法よ。言っただろ? 大天才に不可能は無いってな」
「……で、どうしてレスティーナはこの装置をハーミットに頼んだんだ?」
 障壁については納得できた。が、なぜレスティーナがこれを頼んだのかは
 わからなかった。
 レスティーナはそう言われると、少し言いにくそうな表情をした後に口を開いた。
「この事は、まだハーミット殿にしかお話していませんが……結論から言いますと、
 私はこの大陸にある全てのマナを、『抗マナ』に変えようと思っています」
「――ッ! それじゃあ、全部のエーテル変換装置が機能し無くなるじゃないか」
 レスティーナの告白に驚きを隠せない明人。それを差し置いて、言葉を続ける。
「……元はといえば、各国がマナをめぐって奪い合い、この戦いが始まりました。
 マナには限界量がありますから、少しでも多く確保したいと言う事からでした。
 マロリガン、サーギオス……この二つの強国を打ち倒し、ラキオスが大陸を統一した
 あかつきに、私はこの計画を開始します。……もう無益な血を、
 これ以上流す必要は無いのです……マナが無ければ、この大戦以上の被害は
 起きないでしょうから」
 この戦争の被害者――身近な所に、一人出来てしまった。
 戦禍に巻き込まれ、大切なものを失った人を見るのは、辛い。
 手を差し伸べてあげる事も、同情してあげる事も、すべてが無意味なものになる。
 そんな中で、明人がレスティーナに反論した。
「じゃあ、スピリット達はどうなるんだよ。体がマナでできてるスピリット達の影響は、
 どうなんだよ」
 明人にとって、その事が気がかりだった。
 スピリットの体はエトランジェとは違い、純粋にマナでできている。
 その体が、『抗マナ』によってどんな影響が出るのか、そんな事を思ったからだ。
 その質問に答えたのは、開発者であるハーミット。
「残念だが、まだ何とも言えない。……こればっかりは、実験するわけにもいかんしな。
 それに、あくまでまだこれは研究段階だ。改良できる箇所も大量にある。
 ……今その事を心配するのは間違っているぞ。まずは、マロリガンを攻略しなくちゃあ
 ならないんだからな。マロリガンを倒しても、帝国が残ってる。まだまだ先の事だ」
 ハーミットの言葉を最後に、沈黙がこの部屋に現れる。明人は何も言い返せなかった。
 レスティーナも押し黙ってしまう。
「……わかった。変な事を聞いて悪かったよ。……レスティーナ」
「はい? なんでしょうか、アキト」
 沈黙を破る明人の言葉にレスティーナが名前を呼ばれて反応する。
「実際の問題、俺もこの意見には賛成だ。ここまで関わっておいて、はいそうですか
 なんて他人事みたいな事、言えるわけ無いよ。来夢を助けた後も、俺は手伝う。
 大陸を良い方向へと導けるんだから」
「え――本当、ですか!?」
「ああ、約束だ。そのかわり、来夢を無事に助けれたらの話しだけどな」
「……隊長さん、やっぱりあんた、人がいいねぇ。うん。そんな隊長さんに、
 もう一ついい知らせがある。こっちの機械を見てくれ」
 ハーミットが何かを思い出したかのように、明人達をさらに部屋の奥へと促す。
 そこには巨大な門のような物が二つほど対になって置いてあった。
「これはあたしがサーギオスにいた時に研究段階だった、『エーテルジャンプ』を
 行うための装置。エーテルジャンプとは――見せるが早いかな」
 そう自分でサクサクと話を進めて行くハーミット。
「ほい。ここに、何の変哲も無いレンチが一本ある。むろん、元々の原料はマナだ。
 これを、この門に入れて作動させる……と」
 ハーミットがレンチを門の中に投げ入れる、機械のスイッチらしきものをいれる。
 すると、レンチが一瞬にしてマナの粒子となり、反対側の門へと移動して行く。
 そして――マナの粒子が形を作り、レンチが音を立てて床へと落下した。
 明人達は黙ってそれを見ているしかなかった。
 何が起きているか一瞬理解できなかったからだ。
「こいつは、女王様の提供してくれたエーテルを使い完成さした一品だ。
 スピリット、エトランジェなどの体がマナで構築されている奴を一旦分子レベルまで
 分解、そして門から放出。そして反対側で受信――さっきの障壁みたいなもんだな。
 ていうか、これの技術の応用でもあるだろう」
「ちょっとまてよ。サーギオスで研究段階――って言う事はサーギオスでは
 もう使えるのか」
 頭の整理がやっとつき、明人が質問する。
「まぁね。だけど、完成図はあたしの頭の中だけに入ってるものしか残ってない。
 資料の大半は処分済み。使う時にマナを大量に消費してしまう欠陥品しか作れないね。
 あたしを敵にまわした事を、今頃悔やんでるわなぁ……クックック……」
 何かを思い出したのか、非常に冷酷でいて――残忍な笑いがハーミットから放たれる。
 思わず神剣の力を開放してしまいそうになるほど、強烈なオーラであった。
「……そこまで自慢するくらいなんだから、安全は保障されてるんだろうな?」
 まぁ、一番気になる所である。まさか、自分が実験台にするるのだけは止めて貰いたい。
 こう言う実験には、失敗と成功は表裏一体だから。
「もちろん。これだけはイオで実験済みだ。王女様、この前言った技術者はランサに
 ついてるかい?」
「あ……なるほど。ヘリヤの道に一番近い街――ランサにこれを建造できれば」
「向こうに行くのも、こっちに帰ってくるのもすごく楽になるって訳だ。
 ついでに補給も楽になって、生存率もあがるだろうよ」
 ニカッ、と笑顔をハーミットが見せる。とてもいい笑顔だった。
「完成図は渡してある。あとはよっぽどのボンクラで無い限り誰でも作れるよ」
 ここまで来て、明人はやっとハーミットを本物の天才と言う事を認識した。
 生活能力が皆無で、イオがいないと三食すらとらず研究に没頭していそうな
 ただのマッドサイエンティストだと思っていたが、戦況を見極め、
 確実に一手一手詰んでいく頭の回転は天才――いや、大天才の名が相応しいと。
「抗マナ化装置といいこのエーテルジャンプ装置といい……ハーミット殿、
 ご協力、本当に感謝いたします。これからも、ラキオスの発展に貢献してください」
「そ、そんなにかしこまって言われると照れるよ。あたしも、隊長さんと一緒。
 女王様の意見には大いに賛同できる。この戦争は、犠牲が多すぎだ……今も昔も……。
 だから、あたしの力を存分に使ってくれ」
 レスティーナの感謝の言葉を受け、気恥ずかしそうにするハーミット。
 この光景だけを見ればハーミットもいたって普通な女性だ。
 口を開くと何を言ったかわからないものだが。
「今回の話しはこんくらいだな。隊長さん、女王様、朝の早くからすまなかったね」

「すいません……アキト様」
「手前達が、不用意に目を離してしまったばかりに……」
 すまなそうな表情で謝るエスペリアとウルカ。
 明人が訓練場に戻ってきた時、この二人の第一声がこれだった。
 その理由はというと――
「オルファが……いなくなったって?」
 明人がこの場に現れる直前までオルファはいたのだが、エスペリアとウルカが
 明人の姿を確認した事により一瞬だけ死角が生じて、オルファを見失ったのだ。
「はい……つい先ほどまで、この訓練場の端でちゃんと訓練していたのですが……」
「……仕方ない奴だな。俺の訓練が全然できやしない。二人とも、ちょっと探してくる」
「お手を煩わせて申し訳ありません……他の皆さんに訊いた所、
 森へと向かったらしいです」
「了解。んじゃ、引き続きみんなの事、頼むな」

 オルファを探す事は、明人にとっては容易な事だった。
 森の中といえば視界が悪い。
 しかし、それはあまり関係の無い事だ。
 そこに意識を絞って、『求め』の波動を放つ。
 こうする事によって、オルファの神剣の波動を発見するのだ。
 そんなわけで、一発でオルファは見つかった。距離はそんなに離れていない。
 大体百メートル以内にいる事はわかる。が、なぜかその反応はいつも以上に激しく
 動き回っていた。
「なにやってんだ、オルファの奴……」
 その場所目指して走る明人。段々と反応が近づいてきて――
「や〜ん! まってよぉ! あはは〜♪」
 オルファの声が聞こえてきた。どうやら、何かを追っているらしく声が移動している。
「まったく……お〜い! オル――」
「ふぁいあ〜!」
「――ッ!? うおわぁッ!?」
 突然、神剣にまたがったオルファが明人方面に飛んでくる。
 オルファが神剣魔法の推進力で飛んできたのだ。
 それを油断していた明人は、その突撃を避ける事はできずに真正面から受け止めた。
「えへへ〜♪ やっと捕まったぁ♪ ……あれ? パ、パ?」
 自分が今、明人の上に多い重なっている事に気づき、バツが悪そうに上目使いで
 明人の表情を伺う。そして明人は一瞬、呆れたような表情を作り――
「オルファ……勝手な行動をとったらダメだろうが! オルファはレッドスピリット
 なんだぞ! 普段から、集団で行動する様に気を使わなきゃだめだろうが」
「うぐぅ! ご……ごめん……なさい」
 声を荒上げて怒鳴り始める。
「今は一応停戦状態だが、これが作戦領域だったら今頃オルファはどうなってる」
「で、でも……この子がいたから、捕まえてライムちゃんに見せようって思って……」
「? この子……だって?」
 明人は怒るのを一旦止め、オルファの胸元を見た。
 そこには小さなウサギのようだが、額には申し訳程度に突き出ている角らしきものが
 見える動物が抱えられていた。
 少なくとも、明人達の世界だったら、これはウサギと答えるしかないだろう。
「ねぇ、パパぁ……この子、飼っちゃダメ?」
 オルファの腕の中で、オルファに追い掛け回されて疲れたのか、かわいらしい寝顔を
 しているウサギのような動物。
 そしてオルファの提案に明人は少々困った表情をする。
 自分の一存で動物を飼ってもいいのか? なにか報告しなくてはいけないのか?
 だとしたら、面倒な事は今はなるべく避けたい。それが明人の答えだった。
「俺の一存じゃあ、何ともいえないな……まぁ、エスペリアにでも相談して――」
「ダメェッ!」
 『エスペリア』と言う言葉を聞くと、オルファが突然声を上げる。焦ったような声だ。
 急な事に、明人は目を丸くする。
「あ、その……だ、大丈夫だって! だってパパ、隊長さんなんだよぉ!
 だから、エスペリアに相談しなくたって、パパが決めていい事なんだよ!」
「あ〜……わかったわかった。とりあえず、館に連れて行くだけ連れて行く。
 その代わりに、オルファがちゃんと面倒見るんだぞ? 他の人に迷惑かけないように」
 それを聞いたオルファは、輝かんばかりの笑顔をしながら明人の胸板に顔を埋め――
「うわっは〜♪ ありがと、パパぁ♪」
 そうお礼を言い放った。こう言う風にオルファになつかれるのも別に悪くないと思った。
 この判断が、後に悲劇を招くなど誰が予想できたであろうか。
 少なくとも、この二人は全然気付いていない。

 昼食のために一旦館に戻った明人達。とりあえずウサギっぽい動物の事は、
 訓練中見つかる事は無かった。よく逃げなかったものである。
 オルファが木の幹の下にいるように言い聞かせた所、その場からまったく動こうと
 しなかったので、訓練が終わって見にいった所、そのウサギっぽい動物はいたのだ。
 
「なぁ、エスペリア」
「なんでしょうか、アキト様。ご昼食が足りませんでしたか?」
 食後のお茶を飲んでいる明人がエスペリアを呼ぶ。
 食器の片付けも済み、エスペリアもお茶を持ってきた所に。
 とりあえず、この落ち着いた時に全部話しておこうと明人は考えていた。
「そう言うわけじゃないんだが。なんだ、その……ここで、動物飼っちゃいけないかな?」
「……どんな、ものでしょうか? わたしは大体の動物は好きですからかまいませんけど」
 にこやかな笑顔をしながら明人の隣に腰掛ける。ちゃっかりしているものである。
「なんていうかな、体はちっちゃくて、耳が少し大きくて、額の部分に角みたいな――」
 ジェスチャーを織り交ぜながら、明人はオルファの抱えていた動物の特徴を言っていく。
「――ッ!」
 と、それを聞いたエスペリアの動きがビクッと痙攣したかのように止まる。
 手に持ったカップからお茶がこぼれるかこぼれないかきわどい所まで波打った。
「アキト様、もしかして……もう、連れてきているとかありますでしょうか……?」
 よくよく見ると、薄っすらと額に汗を浮かべていた。
 これは珍しい。
 明らかに動揺しているエスペリアが明人の視界に入ってくる。
「あ、ああ……すまん。オルファがどうしても飼いたいって言うから――」
「あっ、ちょっと! そこはエスペリアのハーブ畑! ハクゥテ、入っちゃダメェ!」
 明人の言葉を遮るように、オルファの声が庭の方から聞こえてきた。
 どうやらあの動物の名前はハクゥテと決まったらしい。
 と、明人がのんきな事を考えていられるのも束の間――エスペリアが、突如動いた。
「――ッ! オルファ、止めてッ! ていうか、必ず止めなさいッ!」
 珍しく焦りまくるエスペリアを、明人はただ見ているしかなかった。

 被害報告
 アセリアの好きな香りのするハーブ、損傷軽微。
 ウルカがよくブレンドするハーブ、半壊。
 オルファが好きな甘い香りのする特殊なハーブ、三分の二まで減少。
 そして――エスペリアが大事に育ててきた一株しかない高級ハーブ、瀕死。
 もちろん、オルファが連れてきた動物――ハクゥテによる被害がこれだ。
 その当事者と飼い主(仮)は、座った目をしているエスペリアと心配そうにする明人に
 見つめられ、非常に居心地が悪い。
 明人から事情を説明されても、いまだにエスペリアの状態は変わらなかった。
 が、無言の威圧に堪えること数十分……ようやく、この呪縛からオルファは
 解き放たれる事になった。
「……もう二度と、こんな事にならないようにするのが条件です。それさえなければ、
 わたしもその子は大歓迎ですよ」
 そういって微笑むエスペリア。
 もちろん、オルファは今にも踊り出しそうなくらい――実際踊っていたが――
 喜び、早速ウルカとアセリアに自慢しに行った。
「ごめんな、エスペリア……俺の軽い判断で、その……」
「いいんです。あの娘には……もう少し命の大切さを知ってもらいたいのです……。
 アキト様と、同じように」
 少し、エスペリアの表情がかげる。
 明人も、オルファが初めて戦闘していた事を思いだす。
 オルファは、他のスピリットを殺す事を、楽しんでいた。
 だから……その考えを――命を軽く見すぎているのを治そうとするために、
 明人はハクゥテを飼うことを許したのだ。
「……そうだな。本当に、エスペリアはオルファの事大切に思ってるんだな」
「はい。オルファはわたしの大切な……そして、自慢の妹ですから」
 
 翌日、ハーミットが動く事になった。
 とは言っても、一足先にランサについているらしいが。
「というわけで、アキトともう一人、ハーミット殿は連れてきて欲しいと言っていました」
 その事は、レスティーナを通じて明人に伝わった。
 ハーミットは一足先にランサへと『抗マナ化』装置を持って移動し、
 明人達にはエーテルジャンプで来て欲しいとの事だった。
「わかった。今回は、アセリアを連れて行く事にするよ。ウルカとエスペリアには、
 あの砂漠の暑さはもう味あわせたくないからな」
 ここで、オルファが候補に上がらない理由を述べるとすると、
 単純に、戦力が不足してしまうと言う事だった。
 確かにレッドスピリットなら暑さにも強い。
 だが、万が一にも戦闘に入った場合、オルファでは明らかに力不足であった。
 他にもヒミカやナナルゥが候補に上がったが、まだ力を完全に使いこなせていないと
 訓練の時に言っていたので、ブルースピリットの中で一番の実力を誇るアセリアが
 見事に当選したのだ。
「そうですね。それでは、よろしくお願いします、アキト」
「ああ。任せておいてくれ、レスティーナ」

「……よう」
 気のない返事を、目の前にいる開発者――ハーミットへと投げかける明人。
 エーテルジャンプは、予想以上に気分が悪くなる代物であった。
 なんかこう、無重力ではないのにフワフワト体が浮き、そして気づいた時には
 地へと降り立っているというなんとも言えない感覚に、少し明人は酔ってしまった。
 その点、アセリアにはなんとも無く、涼しい顔で立っていた。
「情けないねぇ。少しはアセリアを見習えっての。ほら、さっさと行くよ」
 そんな様子の明人を心配する事も無く、逆にけなして出発する事を促すハーミット。
「……大丈夫か? アキト……」
「……多分……すぐに、良くなると思うから……心配してくれてありがとな、アセリア」
 と、無理やりな笑顔でアセリアの心配に明人は答えた。
 とりあえず、このエーテルジャンプになれないとこれから移動は楽になるが、
 戦闘する前にぶっ倒れてしまう事になってしまうと明人は思った。
(……そんなに変だった……かな? アキト……苦しそうだけど……)

 ランサからマナ障壁発生装置までには、明人の調子も戻っており、
 そして作戦もあっけなく終了した。
 発生装置は、ランサとマロリガンの入り口であるスレギトとのほぼ中間地点にあった。
 どうやら余程これが止められないという事に自信があったのか、
 警備をしている者はまったくいなかった。
 とりあえず、ハーミットは一度直接止められないかを試してみたが、無理だったらしい。
「……あのやろ……アタシがここに来るってわかっていやがったな!
 ああもう! 腹立つ!」
 そう愚痴りながら、明人がここまで運んできた抗マナ化装置を起動させ、ある程度
 データを取った後にさっさとこの場を立ち去った。
 もちろん、一日もかからずにこの作業が終えれたため、開戦には十分間に合う。
 攻めのきっかけが、ラキオスにまた一つ出来た。
 スピリットの強化、兵器の無力化……これで、マロリガンとも同等に渡り合えるだろう。
 明人とアセリアは、半ば勝利を確信して、ランサへと帰還して行った。

「ほいよ大将。マナ障壁発生装置、謎の機能停止についての報告書だ」
 バサッと空也は広げる様にクェドギンの机の上に書類を置く。
 もちろん、誰が仕掛け人かは、クェドギンには想像がついていた。
 この短期間で自国の切り札のようなものを簡単に破ってしまう人物といえば――
「大天才か……フッ……よく言ったものだ」
「? 心当たりでもあるのかい、大将」
「いや、古い知人がラキオスへと加わったと聞いて、まさかと思ったが……
 まぁ、これを抜けれない様では、ラキオスもたかが知れている。
 迎撃は任せたぞ、クウヤ。『稲妻』の活躍には、大きな期待が注がれているからな」
「任せとけって。……で、美紗の件についてなんだが……どうなってるんだ?」
 緩い顔から引き締まった表情に一気に変える空也。
 クェドギンは質問に黙って首を横に振った。
「技術者はその方面に全てを回している。それでこのざまだ……クウヤ、お前には
 済まないとしか言いようが無い」
「いや、焦らないと言ったら嘘になるが……大将の誠意は、しっかりと感じられてるぜ。
 だから……速い事を期待してるよ」
 笑いかける空也に、クェドギンは何も出来ない自分を悔やんだ。
 空也は、これまで何度か起きた戦闘に参加し、そして多大な功績を上げている。
 もちろん、もう一人のエトランジェである美紗も、同じような結果をもたらしている。
 だが、その空也の願いを叶えれない自分がいる事が、悔しかった。
「……すまん。また、動きがあったらお前から伝えに来てくれ」
「オレの方が他の連中よりも楽なのかい?」
「……そうだな。こうやって砕けて話せるのは、お前だけだからな」
 クェドギンが表情を崩すと、それに便乗して空也も表情を崩した。

(主よ、『空虚』がまた騒ぎ出している。向かった方がいいな)
 廊下に出ると、『因果』が空也に向かって話しかけてくる。
「まったく……こういった事は感じとれんのに、なんでもう少し和解とか考えねぇんだ?」
(……何度も試みては見たが、いかんせん『空虚』は純粋にマナを求める存在……
 我では話にならなかった)
 ふぅ、と、『因果』がため息をついたように感じた。
 こちらは、何度か接触を試みてはいるらしい。
 しかし、『空虚』はその名のとおり満たされるものを目指し、純粋に突っ走る性格。
 美紗の体を操っているのも、ただマナを奪いたいだけである。
 スピリットから……そして、四神剣に通ずるエトランジェから。
 今は空也のほうが力が強いため襲い掛かってくる事は無い。
 それぐらいはわきまえているらしい。
 しかし――明人の場合はどうだろうか。
 空也の予想では、『空虚』は明人が自分より強くとも弱くとも、襲いかかるだろう。
 その頃にはもう――
「あっ、クウヤ様」
 考え事をしている最中に声をかけられ、空也は後ろを振り返る。
 そこには『稲妻』主力の一人――『自然』のクォーリンがいた。
 クォーリンはアリアよりも背は頭一つ分高いが、年齢は近く、仲が良い。
 まぁ、アリアが低すぎるのもあるが見た目では二人の仲の良さは判断できない。
 そして、全員がヒートアップしすぎた時の纏め役が出来るほどの統率力がある。
 ある意味、『稲妻』の副隊長。
「いよう、クォーリン。なんだ? またアリアとカグヤが喧嘩でもしたのか?」
「残念、違いますよ。ミリア姉さんが、今度の作戦について――」
「私とクォーリンで、先手を打って見ようかと思ったんですけど、いいですか?」
 音も無くクォーリンの背後に現れ、その頭をなでるのは『炎舞』のミリア。
「今度の作戦っていうと……まずは、ランサに攻め込む時のあれか?」
 ミリアはいつもいきなり現れるので、こういった時に二人は別段驚きはしない。
 空也と彼女の目線は、近い。
 ミリアはスピリットの中でも、かなりの長身であった。
 とりあえず、主力四人の内では飛びぬけている。
「そうです。クウヤさんは、後ろでお姉さんの活躍をじっくり拝見していてくださいな」
 そして彼女は何故か、部隊の中で『お姉さんキャラ』になろうと、努力している。
 ……らしい。
 空也にも、その姿勢は崩れる事は無く、自分の事をいつもお姉さんといっている。
「わかった……が、文句言うだろうアリアとカグヤを押さえつけられたらの話しだがな」
「それなら問題無いですよ。さっき喧嘩してるの止めたついでに言っときましたから」

 拠点、ランサにて――
 明人とアセリアは、ここで一泊する事に決めた。
 ハーミットはエーテルジャンプできないので、またも一足先にラキオスへと帰還した。
 その夜、明人はアセリアと一緒に、蒼く光る月を眺めていた。
 珍しく、アセリアが明人を誘ったのだ。
 与えられた宿舎から少し離れた丘に、二人は腰を下ろしていた。
「やっぱり、綺麗だな」
 明人は素直な感想を漏らす。
 ここ最近、マロリガンとの開戦準備でこうやってゆっくりする暇などなかったから、
 なおさらこの時間がゆっくりと感じられる。
 隣りに座る蒼き月光に照らされるアセリアの顔を、ふと見てみる。
 ――……変わったな、アセリア……
 そこには、月を眺め、微笑んでいる表情が見えた。
 はじめてあった時は、無表情で、何事にも興味がなさそうだった彼女が、
 今では自分を心配してくれたり、一緒に月光浴を楽しんでいる。
 その変かは、明人にとって非常に嬉しい事であった。
「……? あたしの顔に、何かついてるか?」
「あっ、ごめん。何でも、無いよ」
「? そうか……?」
 思わず見惚れていた事に、明人は酷く焦る。本人は気にしていないようだが。
 それよりも、やはりアセリアの表情や仕草は、初めに比べ大きく成長していた。
「アセリア……」
「なに? アキト……」
「絶対に、生き残ろうな。この戦い、一緒にな」
「……うん」
 小さく頷くアセリアの顔に、わずかな赤みがかかったが、青白い月光がそれを隠した。
 その時――
「――ッ!?」
 明人を酷い頭痛が襲った。
 これは、『求め』からの警告音だ。
「アキト……ッ!」
 アセリアも、すでに『存在』を手に握り締めている。
 そう、敵襲だ。

「く――ッ! つ、強い!」
 三人一組の小隊を、明人とアセリアは何とかと言った様子で撃退し、互いの無事を
 確認する――が、二人ともかなり消耗していた。
 ここに攻めて来た部隊が、何の躊躇も無く攻撃してきたため、サーギオスの者であると
 推測できる。
 そして、彼女達の強さは、異常であった。
 クラスアップした事による油断も少しあったが、それが無くても状況は
 そこまで変わらなかっただろう。
 明らかに、相手もクラスアップした存在であった。
 しかも――ヒミカ達と真逆な反応からして彼女達は『アヴェンジャー』という
 上位クラスに間違い無かった。
 それを相手に二人は……正直キツイ。
 増援も期待できない状況で、どれくらい持つかどうか……。
「アキト……もう一回来る……ッ!」
 アセリアに言われなくても、相手の黒い力はビンビン感じ取れている。
「やられる……もんかよ! 俺達は、生き残るんだ! いくぞ、アセリア!」
「うん……ッ!」

 それは、決して悪い腕から来たものではなかった。
 この中で、一番戦闘になれていないから、起きた隙であった。
「――ッ!?」
 明人の『求め』が敵を斬り倒すと、そのまま体が持っていかれる。
 戦闘の疲れが、足に来たのだ。
 この隙を相手が見逃すはずも無く、容赦無く斬りかかっていく。
「アキト――ッ!」

 ――ドクンッ!
 それを見て、アセリアの胸の鼓動は今までで一番大きいものとなる。
 ――アキトを……死なせたくない! 『存在』……力を貸して!
(いいの……ですか? これ以上引き出せば私はあなたを――)
 ――いいッ! あたしはどうなってもいいッ! だから、アキトを助ける力を貸して!
(……わかり、ました……せっかく、変われたのに……ごめんなさい、アセリア……)

 アキトの目の前に、鮮血が飛び散った。
 斬りかかってきたスピリットの腕が、『存在』によって綺麗に寸断されている。
 続けて悲鳴を上げさせる間もなく、上半身と下半身を切り離した。
 すぐに消滅した。
 そしてそれを見向きもせずに、一人、また一人とたやすく打ち払っていく。
 明人は、まったく動く事が出来なかった。
 目の前で、自分を助けてくれた少女が、一瞬誰だかわからなかったから。
 その青い妖精の瞳は深く淀み、光はまったく無い。
 表情も、無機質でまるで感情と言うものが見られない。
 しかし、見覚えのある表情だった。
 それは、ハイロゥを漆黒に染め、ただ『存在』を握っているだけの――
「アセリア……なのか……?」
「…………」
 アセリアであった。

「……わるい。さすがのアタシにも、無理だ。アタシのミスでこうなったのに……
 本当に、わるい……ッ!」
 帰って来た明人に事情を説明され、悔やむハーミット。
 明人は、アセリアを連れてまずここに直行した。
 他のみんなに見つかる前に、なんとか治してあげたかったから。
 アセリアは、明人を助けるために、神剣とのリンクを最高までにした。
 それは、神剣に精神を食わせるのと同じことであった。
 だから、今のアセリアはアセリアであって、アセリアではない存在……。
「この娘……あたしに預けてくれ。必ず、治す方法を見つけてみせるから……ッ!」
「……頼む、ハーミット……」

 宿舎に戻った明人は、全員に事情を説明し、アセリアは今回の作戦から外れる事を
 伝えた。
 みんな、アセリアの事を心配し、年少組は後でお見舞いに行くといっていた。
 他のみんなもそれぞれ心の底から心配しているのが、明人には伝わってきた。
 明人は、自分の迂闊さを悔やんだ。
 全ての布石は整っている事で生じた隙が、今回の事を招いたのだ。
 ――勝利の方程式なんて――存在しないんだ……ッ!
 あの夜見せてくれたアセリアの笑顔は、まるで嘘だったように、消えてしまった。

 そのまま、明人達は開戦の朝を迎える……。

                         第十四話に続く……

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