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第十二話 さよならの輝きと、成長の光に灯され

「よく、ここまでもつもんだ。いや、マジで」
 予想以上の抵抗に、空也は思わずそう漏らしてしまう。
「何弱気な事いってんだよ。調子が落ちるじゃねぇか」
 当然、カグヤが文句を言ってくるが、それはサラッと流す。
 指揮をしていた四つ目の部隊を倒した時点で、戦線にほつれが生まれ、
 そこから一気に裂けると思っていたが、違った。むしろ今の方が足並みがそろっている。
 先ほどまでとは比べ物にならないほど、引き際が鮮やかになっていた。
 ――こいつぁ、指揮官が戻りやがったな。昨日の奴……か。だとしたら――
「おい、深追いはやめておけ。どうやら、相手の隊長のお出ましらしい。
 このまま突っ込めば、昨日みたいに逆に追い返されちまうぞ」
 そうとしか考えられなかった。
 この引き際は、先日の晩と同じようなものだった。
 退いていくスピリットを追いかけると、その突っ込んできた者だけに対し
 集中的に攻撃が加えられる事になる。
 危うく隊員を一人失いかけた空也は、まずそれを警戒することにしたのだ。
 いくら自国のスピリットが強いといっても、各個撃破されたらたまったものではない。
 下手をすればアリアとカグヤ以外は確実にやられてしまう。
「面倒だけど、こっちも相手の出方を見ながら侵攻する。いいな、アリア、カグヤ」
「なっ、なんでアリアとカグヤだけなのよ!」
「なんでアタシがガキと一緒の扱いなんだい……ッ!」
 空也の呼びかけに、アリアとカグヤが不満そうに声を上げた――が、
「……お前等、気付いてないかもしれないが、体が戦いたくてウズウズしてんぞ」

 ――さすがに、同じ手には乗ってこないか……
 パーミアが戦線に復帰すると同時に、指揮を任していた第四部隊が撃破された。
 もし、もう少しでも遅ければ、戦線が総崩れしていただろう。
「前線部隊は神剣魔法で牽制をしつつ、後退! 無茶はしなくていい!
 後方の部隊との合流を最優先に考えるんだ!」
 ここ、城のほぼ中心に位置する場所は、大きな広間になっていた。
 なるべく戦力を集結させて、数で勝負をしかけるしか手が無かったのだ。
 それほどまでに、マロリガンの部隊とは個人能力に差があったのだ。
 それでも――昨晩の事を考えれば、勝てるかどうかはわからない。
「隊長、残存部隊、全て集まりました」
 報告を聞き、残った隊員を確認してみる。
 すでに、当初のメンバーの数は半分もいなかったが――。
「我々は……勝てるのでしょうか……? あの強力な力を持った部隊に……」
 このメンバーも、ほとんどが敵の強さに圧倒され、テンションが高くない。
「……みんな、全力で迎え撃つよ! 私達が、最後の砦なんだからね!
 負けるなんて、考えちゃダメ! でも、生き残る事を最優先に考えていいから!」
 しかし、パーミアはまだ諦めていない。
 ここで自分が諦めれば、今まで築いてきたものが全て水の泡になってしまう。
 その事を、隊員にも伝えたかった。
 別に、無理強いをするわけではない。
 逃げたい人は、逃げても恥ずかしくない状況だと、パーミアは思っていた。
 それでも――
「……そうです! あたし達が、諦めちゃダメなんだ!」
「わたし、最後までイースペリアのスピリット隊である事を誇りに思います! 隊長!」
「ありがとうございます、隊長! 最後の最後まで、抵抗しましょう!」
 隊員は、誰一人として背を向ける事は無かった。
 ――ありがとう、みんな……私も、みんなの隊長である事を、誇りに思う……
 神剣を通じて、強力なスピリットの反応が六つ。マロリガンの部隊だ。
「行くよ! みんな、私に続いて!」
『はい!』
 部隊の先陣をきるパーミア。
 それに続く様にイースペリアの前線部隊が突撃して行く。
「そうこなくっちゃねぇ……ッ! 獲物が雁首そろえてやって来たなぁ……ッ!」
「――ッ! あれは……ッ!」
 パーミアの目の前に、黒髪の少女が姿を現す。
 それは、エトランジェ同様に強大な力を持つスピリットの――カグヤであった。
 どうやら、最初っからカグヤの狙いは隊長であるパーミアだけらしい。
「みんなの仇……ッ! 覚悟ッ!」
「しねぇよッ!」
 初撃は受け止められる。
 かなり力をこめた一撃だったが、まだパーミアは本気でいない。
 ――多く……一人でも多く、道連れに……ッ!

 まさに、総力戦と呼ぶにふさわしい戦いだ。
 がしかし、やはり空也とアリアの存在は大きい。
 ほとんど抵抗できず、消えていくスピリットがほとんどだった。
 しかし――
「はぁあああッ!」
 パーミアは、一人でカグヤの相手をしている。
 しかも、まだお互い決定的なものはない。
 パーミアも、伊達にイースペリアの隊長をしているわけではない。
 自身、イースペリアの中では力はぐんをぬいているものである。
 自他ともに認める、立派な隊長であった。
「っは、やるねぇ。今までで、一番手応えは、ある」
 ガキィッ! という激しい音とともに、二人の距離がひらく。
 カグヤが鞘に入ったままの『悟り』で『鉄血』の気合のこもった一撃を
 受け止めたためであった。
 しかし――ここで、二人に決定的な差があることが、わかった。
「本気で……ッ! かかってきなさいよ!」
 パーミアの額には、異様なほどの汗が見える。
 そう叫びながらも、肩で息をし、かなりの疲れが見てとれた。
 一方のカグヤは、涼しげな表情を崩さず、呼吸もまったく乱れていない。
 『悟り』を抜くまでもなく、パーミアの攻撃は全ていなしていたのだ。
「……馬鹿か、おめぇ? そんなにすぐ本気出しちまったら、つまらねぇだろ?
 弱ぇ奴が弱いなりにあがいてるのは、嫌いじゃないんでね」
 まるで余裕のカグヤ。
 そうなのである。
 カグヤは、まったくもって相手にしていなかったのだ。完全に、遊んでいるのである。
 今の二人の見た目が、嫌でもそれを物語っている。
 押している様に見えるパーミアを、実力でカグヤは圧倒していたのだ。
「な――ッ! く、そぉッ!」
「でもま、あんたは今までやりあったなかでもよくやった方だ。
 ウチの隊長様の……そうだな。八十分の一ってとこだろ」
 侮辱され、怒りのままに『鉄血』を打ち下ろすパーミア。
 しかし、それは空を斬り、地面へと突き立てられる。
 そこに残っていたのは、実体ではなく、残像のみ。
「……さっきの質問、答えてやるよ」
 背後で声がした。
 だが、振り返る事ができない。
 その声とともに、自分の『鉄血』を握る感覚が失せた。
 コンマ数秒遅れてゴトリと鈍い音がした。
 パーミアの目が見開かれる。自分の腕が、『鉄血』ごと地へと落ちていた。
 すでに、右肩から先は見当たらない。
 ただ、真っ赤な鮮血がにじみ出ているだけ。
「あ……が……ッ!」
「てめえ等が弱すぎて、相手になんねぇからだよ」
 カグヤが『悟り』を収めると、同時か。パーミアは、うつ伏せに倒れこんだ。
「はぁ……ッ! あぁあああ……ッ!」
「さて、隊長様よぉ。敵大将の首、とったぜ?」
 斬った瞬間頬にかかった鮮血を拭い、カグヤは何事も無かった様に振り返る。
「そうか。こっちも、大体のけりはついたか」
「ラクショーラクショー。ぜ〜んぜん相手になんないやつらばっかりなの。
 そっちはどうだった? カグヤ」
 たった二人の手によって、部隊は壊滅まで追い込まれていた。
 アリアの手にかかったスピリットは全てマナへと還された。
 空也は、とりあえず致命傷だけを与えただけだ。
「まぁ、隊長というだけはあったねぇ。でも、所詮は『ただの』スピリットだ。
 『聖なる騎士』になったあたし等に勝てるはずねぇよ」
「そうだよねー。『ただの』スピリットだもんね。アリア達、ホントに変わったんだ」
「ていうか、対称の創ったあれの効果はすっげえなぁ……前と出せる力が全然違う」
 今回は、どうやら何かを試しているだけらしい。
 でも、いずれここにいる全てのスピリットは消滅するだろう。
「さっさと、ラキオスとやりあって見たみたいねぇ。それなりに強いんだろ?
 『ただの』スピリットでもよぉ」
「時期が来れば、嫌でも相手しなきゃ――ッ!? ……やばいな……」
 『因果』が妙に騒ぎ立てる。
 ――これは……へっ、存外早いじゃねぇか。
「おい、あんた隊長だろ? 動力室の場所、わかるよな……教えてほしい」
「誰が……貴様等なんかに……」
 反応は期待せずに声をかけてみるが、意外にも返事が返ってきた。
 ――いったい、スピリットのどこにこんな精神力がありやがるんだ……。
 思わず耳を疑いたくなったが、今はそんな事に余計な時間を使っている場合じゃない。
「……安心しろ。オレ達の目的は、それだけだ。女王に危害を加えない。約束するぜ?」
 薄れるパーミアの意識――それが、判断力を鈍らせる。
 敵エトランジェの言う事が正しければ、アズマリアは……アズマリアだけは助かる。
 それだけが考えられた。
「……ここから、まっすぐ東に……突き当たりの、階段を……おり……れば……」
 ――アズマリアが無事でいれば、それで……いいの……。
「悪いな……アリア、カグヤ、急ぐぞ!」
 ――すまねぇ、本当に……ッ! あとは、あいつ等に任せてやってくれ……。
 そう心で謝りながら、空也達は言われた場所へと向かう。
 自分達が手を加えなくとも、このままではサルドバルド兵がアズマリアを――
 しかし、希望の光が尽きる事は無かった事を、空也は感謝した。
「く、クウヤ! なんでそんなに焦ってるの!?」
「……カグヤ、よかったな」
「なにがだよ。そんな事言われるような事、あたしゃしていないぜ?」
 怪訝そうな顔をするカグヤに、走りながら空也は言放った。
 先ほど、『因果』が騒いでいた訳を――
「ラキオスと早速やりあえるんだぜ? 嬉しくないか?」

 ――アズマリア……ごめんなさい……みんなを、守れなかった……ッ!
 引きずるような足取りで、パーミアは足を進めている。
 空也達がこの場から離れた後、気力だけで立ちあがり、左手には回収した『鉄血』を
 握ってここまで歩きとおした。
 右腕があった場所からは、鮮血が滴り落ちる。
 カグヤの斬り方がよほど上手かったのか、出血はそれほど酷くない。
 マナの流出も少なく、意識が薄れる程度で命の灯火が消える事は無いと思う。
 しかし、時間の問題である事は明らかだ。
 ――最後……アズマリアの元で……でもこの格好でいったら……怖がられるかな……?
 アズマリアの部屋へと向かう足に、ついに限界が来た。
 なんの予告も無く、パーミアは前のめりに倒れこんだ。
 もはや、立ちあがる気力は無い。
 心も体も、すでにボロボロであった。
 ――最後だけは……アズマリアに……看取ってもらいたかったなぁ……
 自然と涙が出てくる。
 パーミアは、そのままゆっくりと瞼を閉じた。 

 一足ほど遅かった。
 先ほど『求め』を通じて感じたのは、空也の神剣『因果』の気配。
 そして目の前に広がる惨劇……。
 この場には、すでに瀕死のスピリットしか見当たらない。
「そんな……間に、合わなかったのか……」
 呆然と立ち尽してしまう明人。
 自分達が、一番早くたどりついた部隊のはずなのに……間に合わなかったのだ。
 この惨劇に、まず一番初めに動いたのは――

「大丈夫ですか!? 今、傷を治しますからしっかりしてください!」
 エスペリアが顔面蒼白で、消えかけているスピリットを抱き上げ始める。
 この光景を目の当たりにして、我慢できなくなったのだ。
 これが、彼女の性格である。
 しかし、大半はすでに間に合わない怪我の具合だと言う事は、わかっていた。
「わた……わたしより……隊長……隊長を……ッ! 頼みます……ッ!」
 金色のマナの粒子を出しながら、イースペリア兵は涙を流し、そう言う。
「隊長は……最後まで……女王様の事を――」
「わかりました……ッ! わかりましたから、もう話さないでください!
 お願いですから……ッ! あ……ッ!」
 エスペリアの腕から、最後の微笑みを残し、イースペリア兵が一人、マナへ還った。
「なんで……なんで死ななくちゃ……消えなくちゃいけないんですか……ッ!」
 エスペリアの瞳には、涙が溜まっていた。
 ――なんで、こうも簡単に消されてしまうの……ッ!
 ――なんで、わたし達は戦わなくてはいけないの……ッ!
 ――なんで……なんで、こんな悲しい思いをしなくてはいけないの……ッ!
 声にならない、エスペリアの悲痛な、悲痛過ぎる悲鳴だった。

 涙を流すエスペリアを連れて、先へと進む明人。
「――ッ! パーミアッ!」
 金色の粒子が渦巻くこの空間……明人の視界に、見覚えのある顔が入ってくる。
 右肩から先がない、変わり果てたパーミアの姿であった。
 気を失っているようだが、彼女からは奇跡的にマナの粒子は漏れていない。
 ――まだ無事なのだ!
「エスペリア! まだ、生きてる奴がいる! 頼む……助けてくれ! ここの隊長だ!」
「――ッ! は、はい!」
 涙を振り払い、エスペリアはパーミアへと駆け寄る。
 そして、無くなった右肩付近にてをやり、目を閉じて魔法を唱え始める。
「失われしマナよ、今その姿をあるべき場所へ還し、肉体の再構築をせよ……
 お願い、生きて! まだ、あなたを必要としている人がいるんです……リヴァイブッ!」
 エスペリアの手が、暖かな輝きを放つ。
 すると、あたりに漂ったマナの粒子がここ、パーミアの右肩に集中し始めた。
 光が腕の形を形成したと思うと、すでにそこには何事も無かったように元に戻っていた。
 同時に体力も回復したのか、パーミアが呻き声を上げる。
「う……あ……ッ! て、敵は……ッ! アズマリア女王は――」
「ダメですッ! 今動いてはいけません! 安静に……お願いですからッ!」
 飛び起きそうになるパーミアを、エスペリアが制止する。
 それは、必死なものだった。
 これ以上、目の前で誰一人と消えて欲しくなかったから……。
「え……あ、アキトさん? 私は……ッ! アキトさん、動力室……ッ!
 マロリガンのエトランジェは、そこに……ッ!」
 まだ完治ではないのか、エスペリアに制止される事も無く、パーミアは膝を付いた。
「――ッ! 動力室の場所を教えたのですか!? 何故です! あそこは――」
 青ざめたエスペリアが思わず声を上げていた。
 動力室は、国最後の希望。
 それを教えるなんて、国を捨てるのと同じ事――信じられるものではなかった。
 しかし、パーミアはエスペリアの言葉を遮り、叫ぶように言放った。
「だって……だって! アズマリアが無事なら……アズマリアが生き残れるなら、
 私はなんだってする! 部下を見捨ててでも……私は……ッ! あの人を護るの!」
 ポロポロと、大粒の雫がうずくまるパーミアの瞳から幾つも落ちた。
 際限無く落ちる物には、仲間を見捨て、国まで捨ててまでアズマリアを――
 親友を護ろうとしてしまった悔しさが、詰まっていた。
 しかし、あの時もしも自分が教えなければ、アズマリアの身が――
 危険にさらされる可能性が、高かったから。
「……ウルカ、オルファ、パーミアを連れて、アズマリア女王の保護を頼む。
 サルドバルド兵に発見される前に、なんとしてもラキオスに連れて帰ってくれ」
「――ッ!」
 明人の言葉を聞き、パーミアは絶句する。
 自分の判断ミス――マロリガンが手を出さなくとも、サルドバルドが……。
「そんな……私は……ッ!」
 治った右手と左手で、両手を覆ってしまう。
 ――自分は、騙されたのだ……ッ!
 何もかもなげうって、アズマリアを最優先に考えたものは、ただ、マロリガンに
 国の心臓部を教えるだけに終わったのだ。
「……パーミア殿、恥じる事はありません……主君を護るその気持ちさえあれば……
 あなたは、立派に役目を果たせました」
「そ、そうだよぉ! 早く、女王様の所に案内して……ね?」
 放心状態になるパーミアに肩を貸し、立ちあがるウルカ。
 オルファもそれを取り巻き、気を使いながら話しかける。
「パーミア、今は、アズマリア女王を助ける事だけを考えてくれ。
 マロリガンの奴等は、俺が、止めて見せる……ッ!」
「……お願い、します……本当に、お願いします……ッ!」

 アズマリアは自室で、たまらない不安にかられていた。
 嫌な予感がするのだ。
 敵が近くにいるのはわかってる。
 それとはまた違う不安――パーミアの事だ。
 彼女は、いつも自分の事を最優先に考えてくれた。
 嬉しかった……が、同時に寂しくもあった。
「――ッ!」
 ドアが、大きく吹き飛ばされた。
 敵だ。
 黒色の髪をしたスピリットが、たたずんでいる。
 不思議と、恐怖は無かった。感情がすでに極限状態まで達しているのか。
 パーミアを残して逝くのは寂しい。
 せめて、最後は彼女に看取って欲しかった。
 その願いは叶う事は無いと思ったからこそ、今の平静が保てているのだろうか。
 ――伝えれる事は、伝えれた。
 悔いは無いと言えば嘘になる。
 しかし、抗いようの無い運命は、受け入れる事しか出来ない。
 少女が宙を舞う――直前に、少女は腕を切り落とされ、焼かれ消滅した。
 何事かと思った。
 しかし、聞き覚えのある声を聞いて、悟った。
「アズマリア……ッ!」
「――ッ! パーミアッ!」
 おぼつかない足取りだが、パーミアは自らの足でアズマリアへと近づき、
 倒れこむ様に抱きついた。
 ラキオスの援軍――ウルカとオルファが、間に合ったのだ。
「すいません……遅れて、しまって……」
「ううん……いいの……約束、守ってくれてありがとう……パーミア……ッ!」
 身長の低いアズマリアが支える格好となり、二人はお互いの無事を確かめ合った。
「……すいません。アズマリア女王様、急ぎ、ここから脱出を。
 手前達についてきてください」
 そんな二人の間に割ってはいるのは、少々気が引けたが、今は再会を喜んでいる
 場合では無い。
 急いで、ここから脱出しなければ意味が無いのだ。
「さっ、パーミア殿、肩をお貸しします」
「……ウルカさん、だいぶ体が言う事を利くようになってきましたので、もう大丈夫です。
 ウルカさんはオルファリルちゃんを……」
「……了承しました」
 それを聞くと、ウルカはハイロゥを展開した。
 パーミアもそれに習い、ハイロゥを広げる。
「アズマリア、しっかり掴まっててね」
「うん……」
「では、いきますよ!」
 ウルカはオルファを抱え、パーミアはアズマリアを抱え、羽ばたかせ飛び立った。

 パーミアとアズマリアは、ウルカ達に任せた。
 向かう最中に、他のみんなの気配も感じ取れた。
 サルドバルドを殲滅するのに、そう時間は掛からないだろう。
 今、明人、アセリア、エスペリアの目的は一つ。
 マロリガンの部隊を止める事。
 もう間に合わないかもしれないが、躊躇う事は無い。
 城にある動力室は、国全てのマナを集め、エーテルに変換できるほどの規模を
 持ったものだった。
 特に、北方五国でイースペリアのそれは最も巨大なものだった。
 破壊されれば復旧するのに時間が掛かりそれまでに被害を与えられる内政的ダメージは、
 計り知れないものである。
 ――そんな事、させるものかよ……ッ!
 明人は思う。
 ラキオスを出発する際に見た、レスティーナの焦燥しきった顔――
 どれほど、レスティーナがアズマリアを……イースペリアを心配しているのかが、
 一発で読み取れる顔だった。
 だから――
「だから俺は……ッ! クウヤ、俺は、お前を倒す!」
 『求め』の切っ先を、空也へと向ける明人。
 その際に、『求め』は嬉しそうに騒いだ。
「言ってくれるな、アキト……まっ、ここまで来るのは予想範囲内だけどな。
 お〜い、こっちはオレとアリアとカグヤに任せて、ミス無いように作業しろよ」
「はっ、はい! わかりました!」
「了解です!」
 慌てる事も無く、空也は背後のスピリット二人に軽く言放った。
「アキトに『ラキオスの蒼き牙』にこの前の麗しのメイドさんに――ッ! お前、は……」
「ああ〜ッ! デオドガン潰した時に生き残った負け犬じゃん!」
「せっかく生き残れたってのに、死にに来るなんてなぁ……」
 空也が言うよりも早く、二人のスピリットが――アリアとカグヤが反応した。
「……く……ッ!」
 その姿を見て、セリスの体は、明らかに振るえていた。
 あの時の――姉をすべて残さず奪われた、マロリガンの部隊にいた、二人を見て。
 ――言い返したい!
 ――今すぐ、姉たちの仇を取りたい!
 だが、体はそんな意識とは裏腹に、指一つ動かす事が出来なかった。
 この三人の強さを、知っている唯一の――生き残りだから……。
「……セリス、無理はしなくていい。後ろで、待っていればいいさ」
「隊長様……すみませんです……」
 そんな様子を見て、明人は後ろへ下がる事を促す。
 マロリガンとはやりあうことになっても、殺し合いをするつもりは無かった。
 空也も、そんな事くらいはわかっているだろう。
 まだ、両国は休戦状態なのだ。
「クウヤ……決着は、つけれない。だけど、倒してでも止めさせてもらうぞ!」
「わかってるわかってる。こっちもやめられねぇ理由があるからな。いくぜ、アキト!」
 間もなく、『求め』と『因果』の刃が重なり合った。

「アキトがそう言うなら……いく……ッ!」
 純白のウィングハイロゥが、心なしかいつもより強く輝いて見える。
「こっちだって、クウヤのためにも……じゃなくて、久しぶりに楽しめるかな♪」
 アリアもハイロゥの展開で答える。
「……そんなの関係無い……やぁあああ……ッ!」
「えへへ……『ラキオスの蒼き牙』、かぁ……♪」
 初速は、ほぼ互角か。いや、アリアのほうが速い。このアセリアよりもだ。
 ウルカ以外に出遅れたのは、初めての事だった。
 そこから同じ型で、同じ技を繰り出す二人。
 またも、アリアがアセリアを上回る力を見せた。
 『存在』とアリアの神剣『大気』が一瞬重なったと思うと、アリアのラッシュが
 始まった。
「うりゃ! うりゃ! うりゃあ!」
 この攻撃に、アセリアは防御するので一杯一杯だった。
 気の抜ける掛け声とは別に、アリアの一撃一撃は想像以上に重く鋭い。
「てぇりゃあッ!」
「ッ! く……ッ!」
 締めの一撃と思われる横薙ぎの一撃を、アセリアは勘を働かせ受けながせた。
 地面を削りながら、アセリアとアリアの距離が開く。
「へっへ〜ん! なにが蒼き牙だ! ぜんっぜん、大した事無いね!」
 そうアリアが挑発してみせるもアセリアに――
「……別に、知らない……ッ! ちょっと……鬱陶しい……ッ!」
 効いた。
 目を細め、睨むような視線をアリアへと投げかける。
 そんな事をしながらも、アセリアはウルカ以上の強者への対抗策を考えていた。
 何か一瞬――そう、一瞬でも相手を怯ませる事が出きれば、こっちが押せる。
 押しきる事が出きる。
 自分の力が劣っているとはいえ、大体の実力は同じ位。
 経験は、明らかにアセリアの方が上だ。
「……これで、いくか……ッ!」
 大上段に剣を振り上げ、アセリアは猛然と突撃を開始する。
 そして振り下ろされるのは、加速が乗った素早い太刀筋。
「そんな見切りやすいのに、あたるもんか!」
 だが、アリアは完璧に起動を見切り、ギリギリの位置までバックステップを踏み
 回避する。
 そしてそのまま地面を攻撃し、体制を崩したアセリアに攻撃に移ろうと踏みこむ――
 が、
「――ッ!?」
 一瞬、目を離した隙に、アセリアの姿は無くなっていた。
 最初は何が起きたかわからなかったが、すぐさま背後を振り返る。
 今のアセリアの攻撃は、誘い。
 本当の目的は、『存在』を軸にしてアリアを飛び越す事にあったのだ。
 これにより、振り向く動作という隙を与えてしまったアリアに、
 アセリアの反撃が始まる。
 無言で放たれる、迷い無き刃は着実に、アリアを追い詰める。
「うッ! くぅ……ッ! あ――ッ!」
「そこ……ッ! これで、終わり……ッ!」
 『存在』が大きく、アリアの『大気』の防御を開かせた。
 一応、致命傷にはならず気絶するような位置目掛け、アセリアは『存在』を振りぬく。
 しかし、予想外にも、手応えがあった。
 いや、普通のスピリットでは、今ので確実に気絶まで追いこまれていただろう。
「やらせない……ッ! アリア、負けないんだもん! 絶対にッ!」
 今のアリアは、正に別人といってもいいだろう。
 真っ青なツインテールがさわ立ち、瞳の瞳孔が開ききる。
 呼吸も荒く、まるで大型の肉食動物のような荒々しい気配を持っていた。
 アセリアはすぐさま「危ない」と悟り、急いで距離を開ける。
 しかし、この行動は無意味だった。
「アリアをここまで追い詰めたの……『ただの』スピリットに……ッ!
 『大気』よ、力を開放! 見せてやる……アリアの、必殺技!」
 深く前屈姿勢をとり、わき腹に『大気』を構える。
 そこには、異様なほどマナが集まっていた。
 本来、ブルースピリットにこれほどまでにマナを必要とする攻撃は無い。
 しかし、アリアは違った。
 アリアの必殺技――それは、
「真空波よ、断ち切れぇッ! エア・スラッシュッ!」
「――ッ!? う……くぅッ!?」
 マナを『大気』に乗せて真空波を形成し、空気中を走らせ敵を切り裂く間接攻撃。
 当然、ブルースピリットがこんな距離から攻撃してくるなんて経験した事無い
 アセリアは直撃を食らって、大きく吹き飛ばされる。
 初めて、アセリアは背中から地面に着いた。
「……トドメは、クウヤに止められてるから刺さないよ……あんた、
 ホントに『ただの』スピリットなの……?」
「まだ……ッ! 負けてない……!」
「……あんた、名前は? アリアは、『大気』のアリア」
 動やら足を怪我した様に見えるアセリアに、アリアは話しかける。
 アセリアは、『存在』を杖代わりにして立ちあがり、答えた。
「あたしは……アセリア。『存在』の、アセリア……」

「お前さんがアタシの相手か……ここの、雑魚どもよかぁ楽しませてくれるかい?」
 エスペリアの力の程を『悟り』で感じ取り、カグヤがニッと笑って見せる。
 イースペリアの隊長とは、段違いの強さを放つエスペリアの波動がそうさせている。
「あなたのように……戦いを楽しむ人に、わたしは……負けません!」
「へっ、言うだけなら、さっきのクソ弱ぇ隊長でも出来るぜ!」
 カグヤが地上を音も無く移動した。
 次の瞬間には、エスペリアの懐に飛びこんでいた。
 無言で放たれるカグヤの一撃は、並のスピリットでは剣筋を見切る事もできないだろう。
 しかし、エスペリアは違う。
 防御に関しては、ラキオスでトップの実力を誇っているのである。
 すでにエスペリアは防御体制に入っていた。
「ほぉ……この速度についてくるか……んじゃ、次は四割だ!」
「甘いです!」
 目の前から姿を消すカグヤの姿を追うように振り向くエスペリア。
 防御だけをしてるだけでは、勝てない。
 今度はエスペリアが攻勢に出た。
 しかし、明らかに攻撃速度は遅い。
「そんな迷いだらけの剣……なめてんじゃないよ!」
 当然、カグヤはそんなものに当たるはずが無い。
 が、
「今です……ッ! はぁあああッ!」
 第二撃目は違った。
 雷を纏い、物凄い速さで突き出される『献身』の刃。
 一撃目は完全な囮。最初からこの二撃目で決めるつもりであった。
 しかし、お互い思ったように展開は進まない。
「――ッ! よく、反応できましたね……」
 思わず声を漏らしたのは、エスペリの方だった。
「なんだ、やれば出来るじゃねぇかよ」
 カグヤは間一髪のところで神剣の『鞘』を使って受け止めていた。
 これが、カグヤの戦闘スタイル――『悟り』と鞘を使った二刀流だ。
 ちなみに、神剣とセットでついてくるこの鞘のは物凄い硬度を誇る。
 だが、実際これを使っている戦闘スタイルを見たのは、エスペリアは初めてだった。
「いいねぇ。何ヶ月ぶりだろうなぁ……隊長様とやりあった時以来だろうかねぇ。
 こんなにさ、血が滾ってきたのはよぉッ!」
 その鞘を打ち払う様に振りぬくと、エスペリアは大きく吹き飛ばされた。
 先ほどの一撃――それが、どれほど手を抜いていたものかと言う事を、
 エスペリアは悟った。
 先ほどのやり取りは、こちらの実力を測るための小手調べだったと言う事を。
「一度だけ、本気見せてやるよ。なぁに、隊長様の命令でよ、殺すなっつうわれてるから
 大丈夫だろ。だが、お前さんの実力があたしの見積もりより弱けりゃ……死ぬぜ?」
 爆発的に、カグヤの力が膨れ上がった。
 それに影響されるかのごとく、真っ黒な髪の色が鮮やかな桃色へと変わる。
「こいつは、隊長にしか使わなかった――いや、使えなかった技……
 瞬く光の速度を越える太刀……必殺、閃光の太刀!」
 カグヤの姿が、完全に捉えられなくなる。
 エスペリアの反応速度さえも、凌駕する速度であった。
 だがエスペリアはとっさに防御壁を『献身』を使って張り巡らした。
 しかし、それはあまり意味の無い事であった。
 重い一撃が防御壁に衝撃を与える。
「一撃に見えても、実際は違うぜ? 『ただの』スピリットにしちゃ、出来た方だよ」
 背後でカグヤの声。
 次の瞬間には、エスペリアは膝を着いていた。
 感じるだけでも、先ほどの一撃は合計七発、一瞬の内に入れられていた。
「……お名前、訊いてもよろしいでしょうか?」
 痛む腹部を押さえながら、エスペリアは消え入りそうな声で、言放った。
「あたしは、カグヤだ。『悟り』のカグヤ。名乗ったんだから、そっちも名乗れよ」
「……わたしは、エスペリア。『献身』のエスペリアです」

「フ――ッ! ハァッ!」
「ぐぅ……ッ!」
 明人は苦戦をしていた。
 そりゃ、親友に刃を向けるのは気が引けるが、今回は事情が事情だ。
 しかし、それとは別に、空也の実力は――強すぎであった。
 今は体術だけで押されている始末である。
 ――この前会ったときとは……全然力が違う!?
 いったん、攻勢が止んだ。
 それと同時に、突如この部屋に謎の揺れが起こった。
 いや、この部屋だけではなく、城全体――イースペリア全体が揺れている様に思えた。
「く、クウヤ様!」
 作業をしていたスピリットの少女が、酷く青ざめた表情で空也を呼ぶ。
「どうした! なにかミスったのか!?」
「いえ、手順どおりに操作したのですが、機能が停止しません!」
「むしろ、このままでは暴走……マナ消失が起こります!」
 マナ消失――その単語を聞いて、明人以外の全員の顔が、青ざめた。
 特に空也は本気で焦りの色が見える。
「……議会のジジィどもめ……はめやがったな……ッ! アキト……」
 悔しそうな表情のまま、空也は明人の名前を呼ぶ。
「今だけ……今だけ、親友に戻らせてくれ。明人、こっから早く逃げろ! 全力でだ!
 このままだと、オレの気がおさまらねぇ……ッ! 頼む、信じてくれ……ッ!」
「……わかった。俺も、今だけ親友に戻る……ありがとな、空也」
 二人はお互いの顔を見て、フッと笑みを浮かべた。
 間もなくその表情は無くなり、背を向け合った。
「エスペリア、動けるか?」
「は、はい……わたしは治癒魔法をかけましたが……アセリアは」
「……ん。問題……ッ! 無い……」
 アセリアの言葉とは裏腹に、右足は赤く張れあがり、とても動ける状態では無い。
「問題無いわけないだろ! ……っと」
「――ッ! あ……アキト……?」
 考えるよりも先に体が動いた。
 明人はとっさにアセリアを――俗世間一般に言うお姫様抱っこ状態に抱える。
 そんな事をしなくてもアセリアはウィングハイロゥがあるので、自分の力で飛べるのに。
 気が動転していて、そんな事にかまってる暇ではなかった。
「い、いい……これだと、アキトの足が遅くなる……お、おろして……」
「バカ! 怪我してるのにそんな事を言うなって! こっから、一刻も速く脱出しなきゃ
 ダメなんだから!」
 ――ドクン……
 アセリアは、また自らの胸の鼓動が早くなるのを感じた。
 人の事を考えると、高鳴る自分の鼓動。
 理由は、相変わらずわからない。
 しかし、唯一わかっているのは、明人の事を考えると、急に鼓動が早まっている事。
 それと、
 ――この感じ……なんだろう……なんか、嬉しい……の?
 間近に感じる明人の息遣いを感じると、頬が熱くなる。
 それ故に、この状態になることを断ることが出来なかった。

 その後、明人達は他のメンバーと合流し、急ぎイースペリアを離れる。
(急げ、契約者よ……間もなく、マナ消失が起きる……)
「なんだよ、そのマナ消失って」
(……それは)
「――ッ!」
 『求め』の説明を聞き、明人は、絶句するしか他ならなかった。

 そして、この戦いの終わりを告げる、あってはならない光が起こってしまった。
 それは、明人達がイースペリア領を離れてすぐのことであった。

 ――マナ消失の光……
 これは、エーテルコンバーターの暴走により過剰に集められたマナが起こす、
 終焉の光……
 この爆発によって放出されたマナは、二度と元に戻る事は無い。
 ……そう。
 国の終わりを告げる、光なのだ。

「う……っぅッ!」
 両手で顔を覆い、泣き崩れるアズマリア。
 ラキオスまで一足先に連れてこられたアズマリアはレスティーナの自室にて、
 マナ消失の光を確認した。
 今まで築き上げてきたものを、全て失ってしまったのだ。
 慕ってくれた、国民――
 豊かな大地――
 そして、国をいつも守ってくれた、大量のスピリット達を――
「あ……うあ……ッ! くぅ……ッ!」
 覆う両手でも受け止めきれなかった涙が、床へと滴り落ちる。
 言葉が、出そうと思っても出てこなかった。
 搾り出すような嗚咽だけが、このレスティーナの部屋に響く。
 逃げ延びる事が出来た親友を、ただかくまう事しか出来ないかった。
「……パーミア、アズマリアの事、よろしくお願いします……。お願い……
 支えになってあげて……」
「……わかりました。レスティーナ様、この度は救っていただき本当に感謝しいたします。
 いずれ、このご恩は私が……」
「今は、レスティーナでいいです。アズマリアが落ちつくまで、この部屋を
 使ってください……。私に出来る事は、これだけですから……」
「ありがとう、レスティーナ……」

 部屋から出た後、レスティーナはやっと涙を流すことが出来た。
 あの場で、一緒に涙を流し、同情することをアズマリアが非常に嫌うと思ったからだ。
 ――悔しい……マロリガンの陰謀に、気づけなかった事が……ッ!
 その思いがこめられた雫が、瞳から流れ落ちる。
 親友の国を救えなかった事が――
 そして、マロリガンの事を甘く見すぎていた、自分のその甘さが――
 許せなかったから。
「マロリガン……共和国……ッ! 絶対に、許さない……ッ!」
 もはや、悠長なこと入っていられない状況になっていた。
 ラキオスは、マロリガンを打ち倒す道しか、もう残されていなかった。

「大将……なんで、イースペリアを滅ぼしたんだ! こんな事、聞いてなかったぞ!」
 バンッ! と勢いよくテーブルを叩き、怒声を上げる空也。
 この怒声の行く先は、マロリガン共和国大統領――クェドギン、その人だった。
 先日のイースペリアの件は、空也達の予期するものではなかった。
 確かに、機能を停止させると聞いていたが、まさかマナ消失まで起きるなんて――
 その事を、今問いただしているのだ。
「熱くなるな、クウヤ……議会の、決定だったんだよ」
「だったら、最初っからそう言えばいいだろ! なんで何も言わなかったんだ!」
 ここのエトランジェとなって初めて己の感情を表面的に出す空也に、
 クェドギンは冷静に言放った。
「この事を話を聞かせておけば、お前は出来たか? この作戦を」
「――ッ!」
「クウヤ、俺達は戦争を始めるんだ。勝率が上がるなら、あいつ等は何でもやるだろう。
 わかってくれとは、言わない。だが、こちらも負けるわけにはいかんのだ」
「……オレが悪かったよ……ッ! だが、もう二度とこんなことするんじゃねぇ……ッ!」
 納得しきれていない表情のまま、空也は乱暴に扉を開け、出ていった。
「……まったく、まだまだ青いな……まぁ、あれくらいでちょうどいのだろうがな」
 ――議会の連中を止めれずに、本当にすまなかったな……ククヤ。
 
「うぅ……ッ! くは……ッ!」
「ったく、なんでお前は手加減をしらねぇんだよ。このままじゃ、体がもたねえだろ」
 ベッドの上で苦しむ美紗に、空也は『因果』をかざしてマナを分け与える。
 これは、『空虚』が定期的にマナを美紗自身から吸い、強烈な呼吸困難から
 回復させるために行うものである。
「なぁ、『因果』……お前からもなんか言ってやってくれよ」
(……知らん……)
 訊いてはみるものの、『因果』の答えは大体予想できていた。
「相変わらず、お前ら二人って仲悪ぃよなぁ……オレや美紗みたいに仲良くしてくれりゃ、
 問題無いのによ」
「はぁ……ッ! 明……明人……ッ! く……うや……ッ!」
「……安心しろ、美紗。オレは、ここにいるから」
 そっと美紗の手を握ってやる空也。
 ――オレには、お前以上に大切なものなんて、この世にないからな……
 そんな思いをこめて握った手であったが、
「……りが……と……明……人……」
 美紗は、掠れるような声で、親友の名前を呼んでいた。
「……また、来るからな」
 握った手を離して、立ちあがる空也。
 ――あ〜あ。な〜んでオレ、あいつに勝てねぇかなぁ……

「え〜、まずはこの前の戦闘についてあたしからちょいと言いたい事がある」
 急遽、訓練を中止してハーミットに召集された明人達ラキオススピリット隊。
 イースペリアの事件より、二日経った日であった。
 集められたのは、ハーミットの研究室兼私室となっている場であり、隊員全員が
 集まってもなんら問題の無い――はずであった。
「おい……ちょっとその前に言わせてくれ。なんで、俺達がハーミットの部屋の掃除を
 しなくちゃんらないんだよ」
 がしかし、ハーミットの部屋の散らかりようといったらもう、
 言葉では表現できない程のものであった。
 あえて――そう、何百歩譲って表現するのであれば……未開の森林地帯(?)である。
 それを全員で片付け、なんとか今の状態まで復旧させる事が出来た。
「一言でお答えしよう。面倒だからだ。はい、満足したね」
 すでに反論する気力も無い明人は、ただただ流されるのを待つだけに終わっていた。
「話を聞く限り、サルドバルドには苦戦はしなかった。まぁ、当然の結果だね。
 すぐに白旗揚げてきたし。で、問題はマロリガンのスピリット達についてだ。
 隊長さん、エスペリアの話を聞く限り、相手方は妙な発言をしていたそうじゃないか」
 いきなり真面目な話題に入られ、なんとか気持ちを切り替えた明人は耳を傾ける。
「それが『クラス』ってやつだ」
「なんだ、それ?」
「隊長さん、質問は説明が終わった後。スピリットには、実際まだまだわからない所が
 大量にある。しかし、それは同時に同じ数の可能性を秘めている事になる。
 この『クラス』というやつも、その一つだ」
 ハーミットが視線を横にやると、すでにイオが大きな一枚の紙を用意していた。
 それをちょうど中心にある大きな机の上へ広げて見せる。
 そこに書かれていたのは、樹形図のようなものであった。
「まず、ここにいる全てのスピリットが、一番初めのクラス『スピリット』だ。
 そしてその上に『ヴァルキリー』と続き、ここで神剣の精神支配具合によって
 二つに別れる。精神がとりこまれていないならこっちの『ホーリーナイト』へ。
 逆に精神が食われかけているのならこっちの『ダークヴァルキリー』へと
 クラスアップする。もちろん、クラスアップすれば引き出せる力は飛躍的に上昇する。
 マロリガンのスピリットはイースペリアの隊長さんが聞く限り、聖なる騎士……
 『ホーリーナイト』にクラスアップしている可能性が高い」
「……そのクラスアップするための方法は?」
 明人が訊くと、ハーミットは待ってましたといわんばかりに会心の笑みを浮かべる。
「実際、こいつの理論は出来あがっていたんだ。だけど、どの国も実践しなかった。
 こんなわけもわからない実験に、スピリットを使うなんて無駄とバカは考えたからな。
 だがしかし、マロリガンにはそんなバカ達よりよっぽど利口なバカが存在し、
 今ここに大天才がそれを実証しようとしている。……施設は、完成してるよ。
 あとはあんた達次第でいつでも可能だ」
 この自信はどこから来るのだろうかと明人は問い詰めたくなったが、
 逆にどのスピリットを狙っていると二倍返しされそうな予感がしたので、止めておいた。
「全員一度に……って訳にはいかないから、一人か二人で来てくれや。あんた達なら、
 大体二つ上のクラスに上がれる実力ってイオから聞いてる。もしかすると、
 それよりもう一つ上――『ディバインスピリット』や『アヴェンジャー』になれる
 可能性の奴もいるらしいしな」

 ――マロリガンへの対抗策が一つ、見つかった!
 その事実だけでも、士気が上がるのは必然であった。

「やったですやったです! これで、もっとも〜っとアキト様のお役に立てます!」
 まるで小動物の様に跳ねて喜ぶのは、ヘリオン。
 最近では実力も飛躍的に伸びてきて、最初の頃とは比べ物になら無い程である。

「わたし達に……このような力があったとは……」
「よく言うじゃないですか〜ヒミカさ〜ん。日々精進って♪ その効果が出たんですよ♪」
 にわかに信じられないといった様子でいるヒミカに、
 ハリオンが柔らかい物腰で話しかける。
 堅い考えのするヒミカにとって、ハリオンが側にいる事によりほどよく中和され、
 それがこの二人のコンビを継続させつづけているのだろう。

「これで……少しは近づけるかも……って、一緒にクラスアップするんじゃ意味が……」
「誰に近づけるんですか、ニム?」
「ッ! ふ、ファーレーンさん!? お、脅かさないでください!」
 呟くニムントールに、わざと不意をついて驚かしてみるファーレーン。
 こうしてみると、ネリーやシアーと同じように、仲の良い姉妹に見える。
 もちろん、ニムントールが近づきたい人物……それは、ファーレーンの事であった。

「あ、あたしにも……なれる、ですか……」
「大丈夫でしょう。セリスちゃんは、十分強いと思いますよ」
 心配そうに立ちすくむセリスに、セイグリッドが型に手を置きながら優しく話しかける。
「ほ、本当ですか?」
「ええ。ただ、自分の力に自信が持てていないだけ……もっと、自分を信じましょう?」
「は、はいです!」
 お互い、微妙な時期に参戦したと言う事もあって、意識する事も無く自然と連帯感が
 生まれていた。
 セリスも、優しく接してくれるセイグリッドに、今は亡き姉の面影を、感じ取っていた。

「簡単に言うけど、そう上手くいくものかしらね……」
「……セリア、信じよう……? あの人達なら多分……大丈夫」
 浮かれ気味の隊の中で唯一冷静な解釈をするセリアに、意外にもナナルゥが声をかけた。
「ナナルゥ……そう、よね。みんなを信頼しなくちゃ……なんにも始まらないからね……」
「あたし達が……そうだったみたいに……でも、あたしにはセリアがいてくれるし……」
「ふふっ……ありがと。あたしも、ナナルゥがいると嬉しいわね」

「勝つ力……」
「あの人達に……勝てる力……ッ!」
 静かな闘志を燃やすのは、アリアとカグヤと剣を交えたアセリアとエスペリアだ。
 二人とも珍しく――というか、この二人がここまで戦いに執着するのを見たのは、
 明人やウルカにとっても初めてであった。
「このお二人方がこれほどまでに対抗する実力者……楽しみです……」
 ウルカはそんなまだ見ぬ強者に、小さな高ぶりを感じていた。
 武人として、さらに高みを目指すのは当然であろう。
 その過程で強者と戦えるのなら、武人として本望であり、憧れであるから。
「そうだな……俺も、強くならないと「ネリーは引っ込んでてよ!」」
 やっと明人が口を開けたと思ったら、オルファの声によって見事に遮られる。
「オルファが、最初に行くんだからね!」
「引っ込むのはそっちなんだから! オルファには、絶対譲らないからね!」
「お、お姉ちゃん! オルファ! け、喧嘩はやめてよぉ……」
 どうやら、トラブルメーカー二人が期待を裏切らなかった様だ。
「はぁ……」
 ため息一つつき、咳き払いをして明人は――
「いい加減にしないか!」

                       第十三話に続く……                            

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