第十一話 動き出す瞬間≪いま≫
(体を……あけわたせ……弱き存在のスピリットよ……ッ!)
――やめろ……ッ! これ以上……手前に干渉するな……ッ!
(抵抗は、無駄な事……己の使命すら忘れ、ただ従うだけの体……有効に使ってやろう)
――やめ……ろ……ッ! ぐ……ぅッ!? アキ……ト……殿……
「おい! 二人とも、大丈夫か!?」
倒れた二人のうち、片方が立ちあがった。
それは――
「……ふむ……」
ウルカのほうであった。
ハイロゥは消え、何やらしきりに自分の体を確認している。
その事を、明人は別段気にする事は無かった。
先ほどの光が気になっているのだろうと思ったからだ。
「ウルカ……大丈夫――ッ!」
それは、『求め』が本能的に起こした行動だった。
気付くと、目の前にウルカの『拘束』があった。
オーラフォトンにより刃を止められているが、間違い無く一撃で決めるために放たれた
斬撃であった。
「お、おい……なんの、冗談だ……ウルカ」
嫌な汗が頬を伝う。
その意味は、なんとなくわかった。
『求め』を通じてわかる事――それは、ウルカから感じる波動が、セイグリッドと同じ
ものだと言う事。
ウルカの気配は、この場に存在しなかった。
「……いい気なものだな。命を狙われ、まだそんな事を訊く余裕があるのか」
冷たい――どこまでも冷たい声だった。
声は確かにウルカのものだが、質は、まったく別物になっていた。
神剣を引き戻し、ウルカは言葉を続ける。
「その名のスピリットは、じきに消えるであろう……我が名は、『拘束』……この者の、
神剣だ。我の使命……それは、『求め』の破壊……ッ!」
(くるぞッ! 油断するな、契約者よ!)
『求め』の声と、ほぼ同時か。
『拘束』の第二撃が明人に放たれる。
今度はしっかりと軌道を見切り、明人は半身をそらして避ける。
いったん体制を立て直すため、バックステップで距離をとる明人。
「く――ッ! ウルカ……ダメ、なのかよ!」
足元に魔方陣が広がった。
『求め』の力が開放され、明人は完全に戦闘体制に入る。
しかし、手が出せない。
精神は『拘束』のものとはいえ、体はウルカのものなのだ。
出来れば、傷つけずに取り戻したい。
しかし、『拘束』にそんな事情は関係無い。
むしろ明人が手を出せない事がわかっているのかもしれない。
「……こちらからいくぞ……ッ! はぁあああッ!」
漆黒の翼が、ウルカの背中から生えた。
エーテルの粒子を撒き散らし、ウルカは空中を走る。
「シ――ッ」
「くぅッ!?」
そこから繰り出される鋭い、閃光のような太刀。
何とか目で追える。
しかし、もう一撃、また一撃と繰り出される太刀筋には、隙がまったく見られない。
確かにここ数日間で、明人はめざましい成長を遂げていた。
一撃の重さなら、ウルカよりも明人のほうが上だろう。
しかし、今の状況でその力はまったく生かされる事は無い。
「たぁあああッ!」
「……遅い……」
ウルカの体を傷つけない程度に反撃を試みるも、かすりすらしない。
二度三度切りかかるも、やはり当たらない。
地面を破壊し、木々を薙ぎ倒しても、ウルカには鍔迫り合いにも持っていけない。
この場にアセリアやエスペリアなど、同時に直接攻撃を行ってくれる者や、
サポートに回ってくれる者がいたらこれほどまで劣勢にはならなかっただろう。
一対一の戦いにおいては、力より技のキレと速度が重要になる。
もちろん、その両方において明人はウルカに追いついていない。
一撃に必殺の明人の攻撃は、サポートしてくれる者がいないと避けられ、
逆に反撃を貰う結果になる。
その点、ウルカの体を操る『拘束』は、有り余る手数で明人の動きを封じればいい。
実戦経験の差から、先に疲れを見せるのは――
「とった……ッ!」
「――ッ!?」
当然、明人の方である。
唯一明人をサポートしてくれる『求め』がとっさに開いた防御壁により、
致命傷には至らないが幾つか攻撃を貰ってしまっていた。
頬を伝う血液が、荒い呼吸をする口の中に入り、鉄の味を感じさせる。
――このままだと……負ける……?
鉄の味をかみ締めると、そんな考えが浮かんできた。
早く何とかしなければ、自分は、確実に殺される。
――ウルカの手によって――
「よほど、この妖精に思い入れがあるのだな。手を出さぬとは……なめられたものだ」
ふと、明人の脳裏に『拘束』の言葉がよみがえる。
『その名のスピリットは、"じき"に消える……』
――そうか……! まだ、ウルカの精神は残っているんだ!
「バカ剣……もういっちょ、我侭に付き合ってくれよ……成功すれば、生き残れる」
(まったく……我はとんでもない者と契約を結んでしまったな……好きに、するがいい)
明人の考えている事は、精神が繋がっているため『求め』にもわかる。
ふてくされたような口調で、『求め』は明人へと言放った。
こう言う時は便利だなと、明人は思う。
いちいち口で言わなくても自分の思惑が伝えれるのは。
そして、明人は『求め』の切っ先を下へと向ける。
この行動に、『拘束』は訝しげな表情を作った。
何がしたいのか、理解しがたいものだったから。
「……覚悟を、決めたのか。その潔さに免じて……痛みは、感じさせぬ……ッ!」
ウルカと同じ、突撃する時の前屈姿勢をとって、『拘束』は再び宙を走る。
狙いは、明人の首のみ。
鞘から放たれる神剣の速度は、今までで一番の速度を持っていた。
が、『求め』を下げた明人に油断は生じていた。
「――ッ! そこ!」
狙いは、わかりやすかった。
明人は半身になり、神剣を素手で握り軌道を無理やりそらさせる。
明人の手から、真っ赤な鮮血が飛び散り、地面を汚す。
しかし、そんな事はまったく関係無いとでも言うかのごとく、
明人は腕ごとウルカの体を抱き寄せた。
これが、明人が考えた作戦――
「ウルカ、お前の精神はそんなに弱いものなのか! 俺の知っているウルカは、
こんな神剣の支配に負ける弱い心を持ってる奴じゃない! 抗ってみせろよ!
俺の声が聞こえるなら、最後の最後まで、抗ってみせろぉッ! ウルカぁッ!」
まだウルカの精神が残っていると信じ、呼びかける事だった。
先ほどの無防備な体制は、油断を誘うためのものだという事は言うまでも無い。
こうでもしなければ、『拘束』の動きは止められそうに無かったから。
しかし――
「……何をするかと思えば……無駄だ。もう、そなたの声は妖精には届かぬ……。
いつまで、握っているつもりだ!」
「が――ッ!?」
明人の腹部に、激痛が走る。
『拘束』が思いきり膝を突き立てたためであった。
まともに食らった明人は身をのけぞらせ、神剣を捕獲していた手を離してしまう。
すぐさま『拘束』は神剣をうずくまる明人にかざす。
最後の賭けに、明人は――
「さぁ、とどめだ……『求め』の(そんな事……させるものか!)」
負けては、いなかった。
「――ッ!? 貴様……まだ、消えていなかったのか……ッ!」
『拘束』が額を押さえ、後ずさる。
激しい頭痛、重くなる体……ウルカの精神が、徐々に巻き返してきたのだ。
(あれほどまで……アキト殿は、再び手前の事を信頼してくれた……だから!
手前はそれに答えねばならないのです……ッ! そなたには、負けない!
これは、手前の体……ッ! 消えるのは、貴様だッ!)
ウルカの精神は、暗く深い闇の中にあった。
ただただ、無力感だけが体を支配していた。
――手前は……弱い……すみません……アキト殿……手前は、このまま――
「その名のスピリットは、じきに消えるであろう……我が名は、『拘束』……この者の、
神剣だ。我の使命……それは、『求め』の破壊……ッ!」
そういった自分の声と、驚愕色に染まる表情の明人の姿が見えた。
自分の体は、地面を蹴り、ハイロゥを羽ばたかせ明人へと突っ込んで行く。
――ッ! やめろ……アキト殿に……手を出すな……ッ! アキト殿は……
繰り出される斬撃。
それは、明人の体を着実に引き裂いていく。
ウルカには、わかっていた。
明人には、自分の体へ攻撃が出来ない事を。
多分、体を操る『拘束』にも、その事はばれているだろう。
明人は、そう言う人物なのだ。
仲間の事を、何よりも大切に思う立派な隊長だと言う事を……。
だから――
「とった……ッ!」
吹き飛ばされる明人。
だから、明人が死んでしまったら、全て自分の責任だと――ッ!
「よほど、この妖精に思い入れがあるのだな。手を出さぬとは……なめられたものだ」
憤りを感じる気持ちとは裏腹に、体はまったく言う事を利かない。
完全に、支配されている。
――諦めるのか……手前は……アキト殿が、やられていく様を見えているしかないのか
と、考えた直後――
「ウルカ、お前の精神はそんなに弱いものなのか! 俺の知っているウルカは、
こんな神剣の支配に負ける弱い心を持ってる奴じゃない! 抗ってみせろよ!
俺の声が聞こえるなら、最後の最後まで、抗ってみせろぉッ! ウルカぁッ!」
――ッ!
明人の声が、しっかりと聞こえた。
その内容は、まだ自分の精神が残っていると信じてくれた、必死な呼びかけだった。
自らの手が切り裂かれる事を省みず、自分へと語りかけてくれる、明人の声だった。
明人の言葉を聞くと、力が――みなぎるような感に襲われる。
先ほどまでには無かった、とても大きな力が――ッ!
「さぁ、とどめだ……『求め』の(そんな事……させるものか!)」
次の瞬間には、体の主導権を、ウルカは奪い返せていた。
「アキト殿の言うとおり……手前は……最後まで、抗います……ッ!
貴様ごときに……負けはしない……ッ!」
明人の耳に届くのは、確かに、ウルカの声だった。
それを認めるかのごとく、徐々にウルカの気配が大きくなっていく。
「だから……手前の中から……消えろぉッ!」
「――ッ!」
明人の視界が、ホワイトアウトした。
ウルカの体が光り輝だしたのだ。
その確かとは言えない視界の中で、明人はウルカの神剣から何かが剥がれ落ちるのを、
見たような気がした。
「う、ウルカ……?」
目の前に入ってきた光景は、目を閉じ、落ち着いた雰囲気でたたずむウルカの姿だった。
そして、ウルカの口から発せられたのは――温かみのある、『ウルカ』の声であった。
「……ご心配をおかけいたしました、アキト殿……手前は、もう大丈夫です……あとは」
「ワタシ……なら……」
振るえる腕を使い、セイグリッドは身を起こした。
そして――
「……アキトさん……ワタシ……ワタシを、消してください……お願いします……」
掠れるような声で、そう言放った。
セイグリッドは、もう耐えれなかった。
先ほどの少女に上書きされた神剣の人格、『撃滅』の精神支配に。
今は、死力を尽くしてそれを押さえつけているが、すぐに自分は――負ける。
そうなったら、再び明人へ刃を向けてしまう。
「お願い……アキトさん……あなたの手で……」
それに、耐えれなかったのだ。
そうなるくらいなら――自分が、唯一愛した人に、消してもらいたかったのだ。
「……そんな事は、させませぬ」
困惑する明人を差し置き、ウルカが一歩前に出る。
「セイグリッド殿……手前が、開放させます故……いざ……ッ!」
ウルカが神剣を構える。
「その剣戟は、全ての結合すら切り裂く……精神も……ッ! 雲散霧消・弐の太刀……」
音も無く、ウルカの神剣が走った。
それは、セイグリッドの神剣を霞め、鞘へと戻る。
まもなく、セイグリッドの神剣から、黒いかさぶたのようなものが剥がれ落ちた。
先ほどの、ウルカと同じように。
「これで、もう大丈夫なはず……どうですか? セイグリッド殿」
「……ホント、です……あ……『刻印』……ッ! よかった……よかった……ッ!」
セイグリッドは目に涙をため、『刻印』を抱きしめる。
『刻印』が無事だった嬉しさが、今全ての感情を上回っていたのだ。
「手前もセイグリッド殿も、神剣に操られていたのです。先ほど見えたのが、
手前達の神剣に上乗せされた別の人格……」
「……っということはウルカ……もしかして」
ウルカの説明を聞いて、明人はピンと来た。
――確かウルカは、
「はい。手前も、剣の声が聞こえます……ッ! 本当の名は……『冥加』」
歓喜に震える声で、ウルカは言った。
いや、本当に嬉しいのだろう。
今まで、一言も話してくれない神剣に、戸惑いを感じていた。
その迷いから、一気に開放されたのだ。
目じりに熱いものが溜まっていき、頬を伝った。
初めて流した、嬉し涙だった。
「ウルカさん……おめでとうございます……そして、ありがとうございました……」
「いえ……今一度、手前は仲間の大切さを……アキト殿に教えられました。
礼を言うべきは――ッ!」
二人は、その光景を見て絶句した。
明人が、地面にうつぶせになって倒れている。
手からは、ウルカの神剣を受け止めた際に生じた傷から、酷い出血をしていた。
気を失った明人を背負ったウルカと、その隣りを支えるように歩くセイグリッド。
予想より、手の出血は気絶とは関係無かった。
それよりも、今日一日の疲れが出たらしい。
帰ってすぐ、色々と気を使っていたし、街に繰り出してレムリアとも話し、遊んだ。
そして、今回の戦闘でのダメージが重なって疲れとして一気に来たのだ。
気絶するほどの。
「……ウルカさん……」
「……なんでしょうか、セイグリッド殿……」
ポツリとウルカの名前を呼ぶセイグリッド。
「……アキトさんの事、よろしくお願いします。ワタシには、支えになる事が
出来ないですから」
一呼吸置いて、セイグリッドは言った。
ウルカになら、話していいと思ったから。
「……了承、いたしました。任せておいてください……アキト殿は、必ず護りぬきます。
これから何があろうと、永遠に……」
「ん……うぅ……あ、あれ? 俺……」
ウルカの呟きに反応するかのごとく、明人は目を覚ました。
そして、今の状況に赤面し、すぐにおろしてもらおうとするが、
ウルカはそれを認めなかった。
もちろん、セイグリッドも同じ意見。
二人に安静にしろと言われると、明人は大人しくなった。
――なんとなく、パーミアの気持ちがわかったような気がした……。
館に帰ってからが大変だった。まずは出迎えたエスペリアが明人の傷を見て慌てまくり、
オルファはオルファで話しをややこしくし、アセリアも珍しく表情を変えて心配し、
ウルカは説明に困りはて、見かねたセイグリッドが説明をしてやっと騒ぎが収まり、
エスペリアの治療を受ける事ができたのだ。明人にとって、かなり大変な日が終わった。
――だけど、ウルカに神剣の声が聞こえるようになってよかったし……
セイグリッドの憂いもとれた……気になるのは、あの白髪の少女……だな。
明人はそんな事を考えながら次の日に備える。
砂漠を抜けた、獣道――そこで、一人の少女が休息を取っていた。
日は落ち、青白い月光だけが辺りを照らす。
少女の髪の色は、その月光を浴びてもなお、ひたすらに赤かった。
その腰まである長さの髪を、後ろで一本に結っている。
少女は、夢を見ていた。
『もう、協力を願えるのはラキオスしかない……あとの事は気にするな』
『一刻も早く、この事をラキオスへ――』
『みなの無念を晴らすため……頼んだぞ』
『マロリガンの好きには……させない……ッ!』
「……うっく……」
頬を伝う涙で、少女は目を覚ました。
その涙には色々な感情が混じっているものであった。
彼女の名前は、『熱砂』のセリス。
先日襲撃を受けた『デオドガン商業組合』のスピリット隊唯一の生き残りである。
セリスが部隊に入って間もなく、襲撃にあい、ただ一人生き残ってしまった。
自分は、止めを差される寸前に刃を止められた。
「お姉ちゃん……なんで……あたしだけ生き残ったの……うぅ……ひっく……」
ポロポロと、際限無く出てくる涙――
瞼の裏に焼き付いて離れない、自分を妹のように扱ってくれた、
姉のような存在の人達が、次々とトドメを刺されていく姿が涙の原因だった。
セリスの実力は確かだ、まだ実戦経験はほとんど無く、精神的には幼いものであった。
部隊に入ったばかりの彼女にとって、他のメンバーは全員、優しいお姉さんのような
存在だった。
訓練の時も、休息の時も、いつも親身になってくれた人達――
だが、もういない。
自分を残し、全滅してしまったのだ。
「でも……でもあたしがこの事を伝えれば……みんなの仇……とれる、よね……」
キラリと一筋、流れ星が走った。
それを確認すると、セリスは再び眠りについた。
予定では、明日の朝にはラキオスの管轄内に入るはずだった。
翌日――
事態は、急変する事になる。
ラキオスの領内に、一人のスピリットが発見された。
すぐさまその少女は城へと連れてこられた。
「で、なんでそんなに焦ってるんだよ」
いきなりオルファ、ネリー&シアーコンビ、ヘリオンの年少組にたたき起こされ、
明人はそれを止めに来たエスペリアに連れられ、城へと向かってる最中だ。
やや早歩き状態で、エスペリアは答える。
「その少女は……とても有益になる情報を持ってきたと言っていますので……
そこで、アキト様をお呼びして話をお聞きしましょうと、レスティーナ様が」
「俺にも重要な事……って訳か」
自分にとって重要――それは、確実に軍事的な話になる事と予想される。
明人の予想は、大体当たっていた。
謁見の間にいるのは明人、レスティーナ、ハーミット、エスペリア、
そして保護されたスピリットの少女だけである。
スピリットの名前は、セリスというらしい。
デオドガン商業組合のスピリット隊――唯一の生き残りであると、セリスは言った。
話の内容を整理すると、まずマロリガンから戦闘を仕掛けてきたらしい。
そのスピリット隊は強力で、自分たちはまるで歯が立たなかったと、
涙を流しながら語った。
特に――エトランジェの存在は、圧倒的だったと言う。
そのエトランジェに、自分以外の仲間は惨殺された。
雷を操る、細身の剣を手にしたエトランジェの少女に――
「ですから……領主様は、エトランジェに脅されて……この事を、隠して……」
セリスの見た目は、かなり幼い。
オルファよりも少し上と言った所だろう。
その時期に、いきなり仲間全てを失ったショックは計り知れないだろう。
それを察した明人は、セリスに近づき――
「……辛かったな……仲間を、失ったんだからな……」
振るえる肩に手を置いて、出来る限り優しく問いかけた。
「これから、どうするんだ? 話を聞く限りだったら、もうデオドガンへは――」
そんな質問をされると、セリスは困った様に俯いてしまう。
「す……好きに、してください……もう、あたしはデオドガンへは戻れませんし……
か、覚悟も出来ています……ッ! 処刑するなり、玩具にするなり……」
明人と目を合わせず、セリスは言うが――
「……んじゃ、レスティーナ、この娘――セリスの身柄、俺に預けてくれるか?
大丈夫、ウルカやセイグリッドの時みたいに時間はかからない無いと思うから」
明人がそれを遮る様に言放った。
その内容に見えるのは、セリスを自分たちの仲間として迎えたいと言うものだった。
「ふふっ……そういうと思っていました。久しぶりの、新しい隊員ですね」
「え――」
レスティーナと明人が発する予定外の言葉に、セリスは思わず震えが止まった。
亡命してきたスピリットの扱いなど国によって変わるが、大抵は自国のマナのために
処刑されるか、もしくは貴族の玩具にされるかと聞いていた。
しかし、明人やレスティーナの言葉にそれを匂わす言葉は無かった。
むしろ、自分を受け入れてくれるものであったことに驚きが隠せない。
「セリスさん、安心してください。アキト様は、とてもお優しい方ですから」
いつのまにか側まで来ていたエスペリアに、微笑みを向けながら小声でそう言われた。
彼女もスピリットなのに、明人と普通に話している。
女王であるレスティーナと普通に話している。
その事がまた疑問だった。
「隊長さんの人の良さ、半端じゃないぜ? ま、そこが良い所だから理解してやってくれ」
続けて、研究所っぽい女性――ハーミットがニヤニヤしながら話しかけてきた。
彼女も、まるで人と話をするように話しかけてくる。
この手厚い歓迎に、セリスは戸惑いが隠せないでいた。
覚悟を決めていたのは、本当だった。
しかし――そんな事はまったく必要無しとでもいいたげな雰囲気がここに充満している。
「また、みんなに紹介しないといけないか……セリスは、今日の訓練見学していてくれ。
終わった時に、みんなに紹介すっからさ」
ついて来いと促す様に明人は言って、部屋から出ようとする。
「アキト、みんなに頑張ってくださいと伝えてください。直接差し入れには行けませんが、
足りないものは出来る限りそろえますから」
「ああ、わかったよ。みんな、喜ぶと思う」
レスティーナの呼びかけにいったん足を止めて、振り返りながら答えた。
「隊長さんよ、イオからみっちり指導受けてきなよ。あんたが強くなるだけでも、
勝率は変動すっからねぇ」
「安心してください、ハーミット様。わたしがちゃんと見ておきますから」
口調こそは丁寧だが、これは多分クセだろう。
エスペリアと呼ばれたこの少女もスピリットなのに、普通に話しかけている。
エトランジェである明人や、女王であるレスティーナにも、普通に話せている。
今までとは違いすぎる環境に、幼いセリアは物も言えなくなっていた。
「さてさてっと。パーミア、マロリガンのネズミさんたちの動きは?」
自室で、ヨフアルをかじりながら色々な資料に目を通しているアズマリアが、
視線をそのままに声を発する。
パーミアが書類とハーブティを持ってくるのを待ち伏せしていた様なタイミングで。
まぁ、いつもの事である。
アズマリアは物事を一度にこなすことができるタイプの人間という事を長い付き合いで
パーミアは理解していたので、別段、気にすることなく返答した。
「はい。現在、一小隊を尾行させています。動きがあれば、すぐに連絡が来るはずです。
そして、アズマリア様のご意向どおり各地の隊員をここ、イースペリアへと集結させて
います。今日中には、国境付近の隊員以外は帰ってきますが……なぜ、ですか?」
そして、ハーブティと書類をアズマリアの使用する大きめの机の上に置き、質問する。
レスティーナと別れた後すぐ、アズマリアは滅多に見せない真剣な表情を創り――
『すぐに、各拠点を守る隊員みんなをここに呼んでちょうだい。それと、
マロリガン方面の警戒を強める。お願いね』
そう言放った。
パーミアは何事かとと思ったが、アズマリアとの関係は長い。
何かしらの考えが無ければ、こういった事を言う人物では無いとわかっているので、
言われた通りにして、今日に至ると。
その采配がの意味の一つは、すぐにわかる事になった。
マロリガン方面で、エトランジェ率いる部隊が発見されたと言う情報が来たのだ。
その部隊の侵攻は遅く、どうやら奇襲を仕掛ける部隊らしい。
だがしかし、それだけで首都であるイースペリアに最低限の戦力を残し、
防衛に当たらせる理由はわからなかった。
パクつくヨフアルを飲み込み、ハーブティで流しこんだ後、アズマリアはさらに
書類の調印準備をしながら答えた。
「ホラ、ウチが近いからわかるんだけど、最近デオドガンの動きがおかしいじゃない?
砂漠は完全に彼らの支配地なのに、大人しすぎる。貿易商が通らなくなっている。
この二つにくわえて、最近あそこを通った情報はレスティーナがマロリガンに調停
結びに行っただけだって言うし。だから、わたしは思うの。デオドガンが、落とされた」
「――ッ! ま、まさかそんなことが」
「あり得ない事は、無いと思う。この資料によると、デオドガンに見られたほとんどの
スピリット達が行方不明らしいね。こんな事が出きるのは……この大陸、
二番目の戦力を保有しているマロリガンだけ。エトランジェも、
味方に引き入れたらしいし」
パーミアは、唖然としていた。
デオドガンが落とされた事以上に、アズマリアがこれほどまで戦況を把握しているとは、
思っていなかったからだ。
そりゃ、ヨフアル片手に資料に目を通しながら調印している姿にはほとんど
威厳は感じられない。
しかし、内容はしっかりと的をいぬいている。
「多分、デオドガン落とした時も小人数でしょうね。今回、こっちに向かってくるのは
それと同じ人数かそれ以下……でも、小人数でも十分過ぎる力を持ってる人達――
っと、理由はこれくらいでいい? パーミア」
「えっ、あ……は、はい。すいません、わざわざ……」
「いいのいいの。じゃ、戦況が変わったりしたら教えてね」
「了解しました。それでは、何かあった呼んでください」
アズマリアに一礼し、パーミアは部屋から出ていった。
――今回ばっかりは、からかう気になれないなぁ。
「……まるで、運命が誰かに操られてるみたい……ね」
そんな事を考え、呟く。
手もとのもう一枚の資料には『サルドバルドに不穏な動きあり』と書かれていた。
「ほとんどの国が動き出す瞬間が一緒なんて――」
手を伸ばし、ヨフアルを探すが手応えが無い。
どうやら、一皿平らげてしまったらしい。
少し考えた後、アズマリアは立ちあがって痺れかけた足を引きずるようにし、
ドアから身を乗り出す。
まだ、パーミアの後姿が確認できた。
「……パーミア〜ッ! ごめ〜ん! ヨフアルのお代わりお願い〜!」
「あっ、は〜い! わかりました〜!」
しかし、パーミアが特盛りのヨフアルを持ってくる前に、事態は急変した。
そのころのラキオスは――
「おっめでと〜♪」
――パンッ! パンッ! パンッ!
両手をバンザイするように上げるオルファの手の平で、小さな爆発が起きる。
ちょうど、明人達の世界で言うクラッカーに酷似しているものであった。
ここ、ラキオススピリット一号館の食堂には、隊員全員が集められていた。
そう。
セリスの入隊祝いである。
「みんなに紹介するな。デオドガンからウチに入隊する事になった、セリスだ」
配置は、セリスと明人の目の前に全員が半円を描く様に立っている。
一号館の食堂は何故か広く、ラキオススピリット隊隊員が全員入りきるほどであった。
そして明人がまだ緊張の色を隠せていないセリスの背中を押してやる。
まず、セリスの驚きはこのラキオスでのスピリットに対する待遇の良さだった。
自分たちもそこまで酷いものではなかったが、ここと比べると――。
特に隊長の明人、女王であるレスティーナ、後に知った賢者ハーミット……
この三人は、まるで人間と話しているようにごく自然にスピリットと接している。
それ故に、ここのスピリット達は誰一人神剣に飲まれる者もなく、
やって行けているのだろう。
そして、もう一つの驚きは――自分よりも、若いスピリットがすでに戦場に
駆り出されているという事。
謁見の間にいたとき優しく話しかけてくれたグリーンスピリット――エスペリアから
聞いた話しによると、先ほど騒ぎ出したオルファリル、それにツッコミをいれて喧嘩に
なっているネリー、それをなだめようとするシアーとヘリオン。
この四人は、自分よりも年下だと言う。
しかし、訓練中にネリー、シアー、ヘリオンの抜群なコンビネーション、
オルファリルのオリジナリティー溢れた強力な神剣魔法などなどを見せ付けられ、
さすが名高いラキオスのスピリット隊の一員だと言う事を嫌でもわからせれた。
正直な話し、デオドガンとは個人能力に差がある。
もちろん、ラキオス軍の方が上であった。
「あっ、あの……ふ、ふつつか者、ですが……よっ、よろしくお願いしますです!」
と、緊張のあまり言葉の選択肢を間違えたような挨拶に――この場のほとんどが、
吹き出した。
「え……え? あ、あたし何か変な事言いました……!?」
キョロキョロと首を振り、見まわすセリス。
アセリアとナナルゥ以外、全員小さな笑みを浮かべている。
いきなりこんな状態になれば、慌てるのは当然だろう。
「ふふっ……そんなに、緊張する事はないですよ。わたしは、ヒミカと申します」
「そうですよ〜♪ あっ、私はハリオンです〜♪ よろしくね、セリスちゃん♪」
まず、笑いを押さえれたのはヒミカとハリオンのコンビ。
表情はほころんでいるが、それは新たな仲間を迎えた嬉しさから来る笑顔だろう。
「そうね、大丈夫。みんな、とって食べたりしないから。あたしはセリア。よろしく」
「……わたしは、ナナルゥ……同じ、レッドスピリット……よろしく……ね」
続けて微笑を浮かべたセリアと、それに便乗するかのようにナナルゥが声を発する。
二人の性格は、明人が体調になった時とは比べられないほど、柔らかくなっていた。
「えっと……あたしは、ニム。ニムントールだよ、セリスちゃん」
「わたしは、ファーレーンと言います。大丈夫よ、みんな、仲良くしてくれますから」
次は、少しはにかみながら声をかけるニムントールと、仮面の奥で優しい笑みを
浮かべていると思われるファーレーン達の番だった。
先ほどからわかるように、すでにニムントールもセリアも明人の事を信用していた。
もう、ウルカの時のように疑惑に満ちた瞳は、この場には一切無い。
「セリスちゃん、安心していいですよ。ワタシの事は、セイグリッドって呼んでください」
「そうですね。手前達が、良い例でしょうか。手前は、ウルカと呼んでいただければ……」
セリスと同じ、途中入隊の二人組。
「え――ッ! あ、あの≪漆黒の翼≫ウルカ……さんとあの……セイグリッド、さん?」
噂に名高いサーギオス遊撃隊の二人の登場に、セリアはまたも驚く。
「……ん。あたしは、アセリア。よろしく、セリス」
「わたしも、もう一度しておきましょうか。セリスさん、わたしはエスペリアです」
続けて『ラキオスの蒼き牙』の登場に、もう言葉が出ない。
エスペリアも、もう一度自己紹介をし始める。
「あ〜もう! ネリーのおかげで出遅れちゃったじゃない! セリスちゃん、
オルファはオルファだよ! よろしくね♪」
「あたしのせいって何よ! あっ、ご、ごめん。あたしはネリーだよ。よろしく♪」
「あ……あの……ネリーお姉ちゃんの妹の……シアーです。よ、よろしくお願いします」
「あたしはヘリオンでっす! 仲良くしてね、セリスちゃん!」
と、四人の挨拶でセリアは現実へと戻される。
ここで、もう一つセリスの中で驚きが生まれた。
それは――ここ、ラキオスのスピリット隊の雰囲気は、デオドガンとはまた違った、
温かさに満ち溢れている事……。
全員が生き生きとして、自分をごくごく自然に受け入れてくれた事が、
嬉しい驚きであった。
それは、セリスの心を知らず知らずの内に、癒していった。
時刻は深夜を回った所であろうか。
ラキオススピリット隊は、騒ぎつかれて寝ている――訳ではなかった。
「エスペリア、戦況は一体どうなっているんだ?」
明人は隊員を全て連れて、西へと急ぎ足を進めている。
部隊の足並みは早い。
「はい。現在、サルドバルド軍とは硬直状態にあります。しかし……マロリガンの奇襲に
あいまして、多大な損害を受けたらしいです……」
明人の問いかけに、エスペリアが答える。
明人はイースペリアが襲撃を受け、レスティーナから援軍の要請がでていると
エスペリアから聞き、いそぎみんなを起こして、今に至る。
で、現状はエスペリアの言うとおりのものだった。
イースペリアが、同盟国であるサルドバルドに攻撃されていると言う。
「なんで、いきなりサルドバルドが裏切りなんかを……?」
エスペリアから聞いていた話しによると、サルドバルドは国土こそ広いものの、
マナは稀薄でスピリットも強力なものはいないという。
「……多分、レスティーナ様が即位したためでしょう……」
「なに?」
「サルドバルドは、ラキオスへ侵攻するために、イースペリアをまず攻撃したのでしょう。
イースペリアのマナさえあれば、混乱するラキオスを落とす事が出きると踏んで……」
そうなのだ。
サルドバルドは、機をうかがっていたのだ。
今まで大人しくしていたのは、いつかこういった日が来ると――
ラキオスが、混乱に染まる日が来る時をうかがっていたのだ。
皮肉な事に、レスティーナが出した手紙が今回の引き金となってしまったのだ。
そして、その軍をなんとか退けたイースペリア軍への不意打ち――
マロリガンの奇襲部隊の攻撃があったのだ。
その攻撃だけで、イースペリアの総戦力の内三割が持っていかれたという。
明人達の到着は、明日の早朝の予定。『何もなければ』の話しだが。
当然、サルドバルドはラキオスの援軍を予想して足止め部隊を配置しているはずだ。
――俺達がつくまでもってくれよ……アズマリア女王……ッ!
そう考えるとほぼ同時。
早速、進行方向に幾つものマナの流動が感じられる。
続けておびただしい数の火球が明人たち目掛け襲いかかってくる。
敵の攻撃であることは、明らかだ。
この攻撃は、固まっている全員は散開して回避する。
「……部隊が、分けられちまったな……」
明人がぼやきながら、メンバーの確認をする。
「大丈夫か、みんな!」
「……ん、問題ない。いつでも行けるぞ、アキト……ッ!」
明人の周りにはすでにハイロゥを展開するアセリア。
「うぅ〜! いきなり攻撃してくるなんて、ひきょう者め〜ッ!」
「オルファ、一人で突っ込んでは行けません。アキト様の指示を待ちなさい」
ブンブンと威勢よく『理念』をまわし、突っ込んで行きそうなるオルファを
エスペリアが静止する。
そして――もう一つ、展開されたウィングハイロゥ。
「……油断は、禁物です。セリス殿、ボーッとしていてはいずれ……死にます」
「は、はい……すいません、です……」
そのハイロゥが開くと、セリスを抱えたウルカが姿を見せた。
先ほどの攻撃の際、直撃コースにいたセリスをウルカがかばいここまで連れてきたのだ。
この五人が明人の周りにいるメンバー。
「ネリーちゃ〜ん、大丈夫ですか〜?」
「あっ、はい。大丈夫ですけど……ヘリオンの方が」
火球により起きた爆風で尻餅をついてしまったネリーに、ハリオンが手を差し伸べる。
しかし、ネリーの視線は――
「あっ、あつ!? 熱いです〜ッ! や〜ん! 最近こんなセリフばっかりです〜ッ!」
お尻に火がついてしまった、ヘリオンに向けられていた。
「あわわ……へ、ヘリオンちゃん! だ、大丈夫!?」
シアーが心配そうに話しかけるがそんな事にかまっている余裕はヘリオンに無い。
「ヘリオン、あまり動かないで! 今すぐ消すから!」
お尻に火がついてしまったヘリオンを、ヒミカがその火を払って鎮火する。
「アキト殿、この娘達はわたしが引き受けます! 先へ!」
「任せといてくださいね〜♪」
「あ、ありがとうございます……ファーレーンさん、セイグリッドさん」
二人のウィングハイロゥはさまれる様に立つニムントール。
「……ほぼ、同時ですね。セイグリッドさん、フォローありがとうございます」
「いえ……仲間を守るのは、当然の事です。そちらは、大丈夫でしたか? セリアさん」
「こっちもなんとも。でも、今のはちょっと危なかったわね……ナナルゥ、大丈夫?」
「うん……大丈夫……。ありがと、セリア……」
こちらは、爆風をウィングハイロゥで防いだセリアと守られたナナルゥ。
全員、無傷だ。
「さて、アキトさ〜ん! こっちの指揮は、わたしとセイグリッドさんでしま〜す!」
「一刻も早くイースペリアの救援に! 大丈夫です、ファーレーンさんと、ワタシなら!」
ちょうど、五人三部隊に分けられてしまった。
だが、これはこれで都合が良い。
固まって動くよりは、こうして小隊に分かれたほうが動きやすいのは事実だ。
戦力も、それなりに均等に分けられている。
そして明人達の部隊が他の二部隊よりも、イースペリアへ近い。
だからヒミカとハリオン、それにファーレーンとセイグリッドは明人達に
先に行くよう促したのだ。
「すまない! 各隊、ヒミカとハリオン、ファーレーンとセイグリッドの指揮のもとに
動いてくれ! 四人とも、頼んだぞ!」
『了解ッ!』
すぐさま、明人以外の部隊は左右に展開する。
「俺達も行くぞ! 目の前に立ちふさがる奴には……容赦、しなくていい……ッ!」
明人の戦いぶりは、焦りが見え隠れするものだった。
強力なオーラフォトンを纏った『求め』で、一瞬の内に敵レッドスピリットを寸断する。
「うぉおおおッ!」
返す刀でもう一人、また一人と打ち払って行く。
『求め』に精神を食われているわけではない。
しかし、いつもよりも攻撃の一撃一撃が鋭く重い。
「次ッ! 邪魔を、するなぁッ!」
――アズマリアを、助けなくちゃいけないんだ! レスティーナと、約束したんだから!
敵スピリット隊が撤退をはじめる。
「逃がさない……ッ! てぃやぁあああ……ッ!」
それを深追いしない程度にアセリアが敵戦力を削る。
明人同様に一体、また一体と着実にマナへと還していく。
「もう、退いているでしょう……ッ! なぜ、わたしの前に現れるんですか……ッ!」
流れるような動きで、エスペリアが自分へ向かってきたスピリットを、一撃で打ち払う。
その瞳は相変わらず寂しそうな色をかもし出していた。
スピリットを、自らの手で殺した時に見せる、瞳の色だ……。
「逃がさないよ〜だ! さっきのお返し! 幾つもの火球よ、目の前の敵を焼き払え!
ファイア・ボルトォッ!」
オルファの周りに小さな火のつぶてが出現する。
それは、手の平大の大きさであるが――
「いっけぇッ! みんなみ〜んな、焼き尽くしちゃえ!」
オルファの合図とともに、物凄い速さでそれは敵スピリットを撃ち抜く。
速度、威力、ともにレッドスピリットの基本技である『ファイア・ボルト』とは
桁違いである。
「わぁ……すごい……でも、わたしだって……ッ! ファイア・ランスッ!」
感嘆の声を上げるセリアはそれに負けじと神剣魔法を発動させる。
数秒も経たないうちに、セリアの背後に五本の炎の槍が出現した。
これが、セリアの得意分野――超高速神剣魔法と半自立機動型神剣魔法。
セリスはほとんど詠唱無しに魔法を発動させる事ができるのだ。
半自立機動型神剣魔法とは――
「炎の槍よ、我が命に従え! 行きなさい!」
炎の槍は、セリスの指の動きに忠実に従い敵を追い詰め、焼き貫く。
これが、半自立機動型神剣魔法――つまり、自分の思ったとおりに
動かす事が出きるものである。
欠点としては、かなりの集中力を必要とする事と、その場から動けないという事。
この攻撃で、明人達の警戒範囲内に敵の反応は消えた。
「はぁ……ッ! はぁ……ッ!」
息を上げる明人。
……無理もない。
ペースを考えずにあれだけ動けば、必要以上に体力を消耗してしまうだろう。
「……アキト殿、焦る気持ちはわかりますが……無理は、していけませぬ……」
『冥加』を鞘へと収めつつ、ウルカは明人を気遣った。
他の四人も、心配そうに見つめている。
「……すまない。くそっ、ほんとみんなには迷惑かけちまったな……」
今一度、明人は自分の欠点を疎ましく思う。
物事に集中すると、周りが見えなくなるということ――
それは、周囲にも迷惑をかけてしまう事。
その事を気にしつつも、明人達はイースペリア方面へと走り始めた。
サルドバルド軍が襲撃してきて一晩が経ったイースペリアで――
「現状は、どうなってる? パーミア……」
予定外にも程があった。
まさかあのサルドバルドがこれほどまでの戦力を隠し持っていたとは思わなかった。
ここ、首都に戦力を集めていたので落とされはしていないが、
サルドバルド軍の侵攻は早く、すで周りを包囲されているらしい。
昨晩は退けた後に現れたマロリガンの奇襲部隊には、パーミアの機転が利いて
戦力を削がれたのは三割に押さえられた。
しかし、これも予定外の事の一つでもある。
尾行していた部隊はすでに消されていたため、行動が読めなかったために起きた
損害だった。
そして今、再びサルドバルド軍の攻撃が始まってしまった。
「……現在、城内ではサルドバルドの侵攻を押さえれています。
ラキオスを警戒しすぎた結果でしょう。この分では、わたし達が勝てます。
しかし――」
パーミアには、戦闘と報告を同時に行ってもらっていた。
大変だが、最前線に出ているパーミアが一番現状を正確に知らせる事が出きる
人物だからだ。
そのパーミアの言葉の末端が曇る。
「やっぱり、マロリガン――一筋縄じゃ、いかない……そろそろ、動くでしょうね」
「はい……」
やはり、マロリガンの存在は大きい。
昨晩、パーミアの機転が成功しなければ、すでに全滅していただろう。
被害が三割に押さえれた事が、今の所考えられる最小限のなものだった。
それほど、マロリガンの部隊は強力であった。
特に、エトランジェとそれを取り巻く二人の青と黒の妖精の力は、圧倒的であった。
「ですが、ラキオスの援軍がすぐそこまで来ているという情報もあります。
レスティーナ様の判断が、早かったのでしょう」
「……アキトくん達ね……レスティーナ、ありがとう……」
親友の名を聞き、少し、強ばっていた表情が緩む――
が、
「た、隊長! マロリガンが、ついに動き始めました! 攻撃により、戦線が――
指揮を、お願いします!」
倒れこむ様に飛びこんできた隊員に、アズマリアの瞳は再び怯えに染まる。
「――ッ! わかった! 私が行くまで、第四部隊の指揮を仰ぐように伝えてくれ!」
「了解しました! ……急かすようですいませんが、急いでください!」
パーミアを呼びに来た隊員は敬礼をし、再び戦場へと赴いていった。
「……大丈夫です。あなたは、私達が必ず護りぬきます。たとえ、『鉄血』とともに
朽ち果てる事になって「そんな事……言わないで……」」
心配そうにするアズマリアを見て、パーミアは言うが、途中で遮られてしまう。
今まで聞いた事のない、今にも消えそうなアズマリアの声に。
そして、アズマリアはパーミアの元へと顔を俯けたまま近づき――抱きついた。
「こうなったのは……わたしのせいなんだから……お願い……そんな事、言わないで……」
「アズマリア様……」
「わたしのミスで、昨日みんな死んじゃって……あなたまで、死にに行くのは……やめて」
アズマリアとパーミアの関係――
彼女達の関係は、アズマリアが女王になった時までさかのぼる。
その時、パーミアもスピリット隊が戦死したため急遽、隊長に任命されたばかりだった。
最初は緊張していた二人だが、徐々にアズマリアの天真爛漫ぶりが発揮。
むしろ、こういった態度が取れる数少ない存在と、パーミアはなっていた。
そう……
彼女達は、これまでずっと一緒に歩んできた――親友という、関係になっていたのだ。
「……済みませんでした、アズマリア様……」
「アズマリアでいいよ……パーミア」
抱きしめる力を強めるアズマリア。
その意味を理解したのか、パーミアは少しだけ表情をほころばせ――
「……アズマリア、大丈夫です」
初めて、名前だけを呼んだ。
そしてパーミアは瞳を潤ませるアズマリアを引き離し、背を向け歩き出す。
「絶対に……あなただけでも帰ってきて……お願い……ッ!」
「……アズマリア、その約束、私には出来ません」
「――ッ!」
――あなたを護る事が、わたしの使命だから……
最後にそう言いたかったが、言わなかった。
今、その事を振り返って言えば、この決意が揺らいでしまうから――
第十二話に続く……