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第九話 奪われる存在

 ――なぜ、ワタシはここにいるの……? ワタシは――
 そんな事を考え、呆然と立ち尽くす一人の少女がいた。
 長く黒い髪を持ち、刀型の神剣を持つブラックスピリットの少女だった。
 瞳は、信じられないといった雰囲気を隠すことなく出している。
 ――ここは……いったい……ッ!
 少女はこの場に見覚えがあった。
 酷く、懐かしい感じだ。
 ――ここは……ここはあの人の国の近くだ!
 とたん、瞳にの色は驚きから嬉しさへと変わる。
 この森をまっすぐに北に抜ければ、ある国へとたどり着く。
 ――帰りたい……あの人の元へ……ッ!
 そう願う一心で、この場を後にし始める少女。
「ラキオスへ……ワタシを導いて……お願い、『刻印』……」
 少女――セイグリッドは自らの神剣に問いかけてみる。
 が、いつもの返事が返ってこない。
 しかし今はそんな事を考えてる暇ではなかった。
 一刻も早く、あの人――明人に無事を報告したい。
 ――報告しなければ、いけない!
「……? あれは……みんなじゃない――ッ! あれは……帝国のスピリットッ!?」
 と、頭上を通過するスピリットに気付き、セイグリッドは歩みを走りに変えた。
 どこと無く、見た事のある服――確かに、帝国のものだった。
 目の前に、ラキオスの国旗が見える。
 すぐさま、爆音も聞こえてきた。
「アキトさん達は……いない!? そんな……任務に出払ってる所――ソーマ……ッ!」

 ラキオス城内のある一室にて――
 一人の少女が、備え付けられたイスに腰掛け、大きめの眼鏡のレンズを
 通じて本を読んでいた。
 そして、それを全て読み終わったのかパタンと本を閉じ、ため息をつく。
 その大きな瞳は、憂いに満ちていた。
「ふぅ……これも、読み終わちゃった……」
 それは明人の妹――事実上、ラキオス城に監禁されている状態の来夢であった。
 普段は、オルファやレスティーナが時間を割いて会いに来てくれるものだから、
 退屈しなかった。が、今オルファは明人と共に任務で出払っており、レスティーナも
 王女としていろいろと忙しい身の様で、本を読む事でしか時間が潰せていなかった。
 もともと本が好きな来夢も、この部屋に置いてある本を二〜三冊読んだところで、
 さすがに飽きが来てしまったという訳だ。
「お兄ちゃん……どうしてるかなぁ……」
 憂鬱そうに、そんな事を来夢がぼやく。
 正直な所、来夢は明人に戦って欲しくないと思っていた。
 だが、その戦う理由が自分の身の安全のためだとレスティーナに教えられてから
 複雑な心境に立たされていた。
 ――自分が……兄の足かせになっている……そう考えると、どうしても――
「……あれ? あれって…スピリットさんたち……だよね」
 ふと、来夢がこの部屋唯一の窓に目をやると、空に点々何かがこの場所――
 ラキオス城に向かってくるではないか。
 それを見て来夢は、明人が任務を遂行し、城に帰還してきたものだと思った。
 が、その考えは次の瞬間にもろくも崩れ去った。
 窓に近づいてよく見てみると、どうやらブルースピリットに抱えられている
 レッドスピリットの二組と、グリーンスピリット二組がだった。
 しかし、ふと疑問に思う事がある。
 自分の兄である明人の姿が見当たらない。
 レスティーナに聞かされていた。明人は隊長をしていると。
 だから、スピリットが帰ってくる時は、明人が一緒についてくるはずだから――
「お兄ちゃん……どうし――ッ! キャアアアッ!?」
 来夢がその疑問を口にしようとした瞬間、城が大きく揺れた。

「くそッ! 間に合ってくれよ!」
 明人は今、ラキオス城に向かう森の獣道を走っている。
 永遠神剣の力で身体能力が上がっているため、空中を飛んでいるアセリアやウルカ達と
 同じ速度で走っている状態だ。
「――と。き……るか……? 隊……お……い……隊長さん……ッ!」
 と、その明人の頭に直接話しかけられるような感覚が起こる。
 ラジオの雑音のようなものが混じっているが、それは明人の聞いた事のある声だった。
「ハーミットか!? どこからこんな事を――」
「今……そんな事……いい。どう……神剣……聞く事……集中する方法……ないか?
 ラキオス……大変な事……」
 つい最近までバーンライトにいたと思われる、ハーミットの声だったのだ。
「な――ッ! もう、ラキオスについてるのか!?」
 ハーミットは明人達が任務へと出かけた時に、一度ラキオスへと向かわされていたのだ。
 一応、顔を一度見せに来いと王から伝達があったのだ。
 それに渋々従い、ハーミットはラキオスへと向かわされる事になる。
「だか……聞く事……集中……ッ!」
 断片的に聞こえてきたハーミットの声を整理して、解釈をした明人がとった行動は――
「こう……か?」
「……ん? お〜お〜。やるじゃないか隊長さん。あんた、そうとう精神集中の
 訓練受けているんだな?」
「……いや、別にそう言うわけじゃないが……」
 『求め』の刀身に、電話のように耳をつけることだった。
 意外とこれが聞く事に集中できたのだ。驚きである。
「そんなことより、どうやってこんな事を? それに、どうして――」
「……一つずつ答えようか。これが出来ているのは、あたしの優秀な助手とやっとこさ
 合流できてね。そして……どうしてかの理由はあんたが一番よく知っているはずだ。
 それじゃ、あたしも逃げるからね。イオ、もういいわ。逃げるよ!」
「――ッ! わかった!」
「アキト様! 城が、見えました! 攻撃を受けてる模様です!」
 エスペリアの声と共に、明人の目の前に、煙の上がるラキオス城が見えてきた。
 嫌な予想の結果が、最悪な所で現実になってしまったいた。

 すでにラキオス城は半壊状態にある。
 外壁の一部が神剣魔法か何かで壊し、敵は城内に侵入したらしい。
 今現在も、ことあるごとに、城のあちこちが崩れてきている。
「遅かったか! アセリア、エスペリア、オルファ、ウルカは俺と一緒に来てくれ!
 敵の捜索と……来夢の、捜索を手伝って欲しい。
 他のみんなは、レスティーナ王女と王の保護を最優先してくれ。
 それに、城内の敵の掃討を頼む。敵は少数だが、精鋭だ!
 誰一人欠けることなく、俺の所に帰ってきてくれ……行動開始だ!」
 城の前で、全員そろったスピリット隊に向かって明人はそう叫んだ。
 焦りの色が、目に見えてわかる。
 いつもハイテンションなラキオススピリット隊も、今回ばかりは明人の気迫に
 気圧され気味に首を縦に振った。
 ここまで焦り、取り乱しかけている明人を見るのが、初めてだったから。

 まず明人達が驚いたのは、城内に横たわる幾つもの兵士達の亡骸だった。
 敵戦力はどう考えてもスピリット。
「……エスペリア……スピリットは、人を手にかける事ができるのか……?」
 そう、スピリットなのだ。
 横たわる兵士の死体を見つめながら、明人はそう呟く。
 今まで、明人はスピリットは絶対に人間には手は出せないと思っていた。
 だが明人の目の前にあるのは、身にまとった鎧ごと切り裂かれた兵士の無残な亡骸――
 どう考えても、スピリットが手にかけた後だった。
「……わたし達――いえ、少なくともわたしは、人に殺意を持った事はありません……」
 エスペリアは明人の質問に、少し考え、答えた。
 明人を気遣う様に、言葉を選んでいたらしい。
 アセリアも同意を表すように首を縦に振る。
「パパ〜ッ! こっちにまだ、死んでない人いるよぉッ!」
 そんなエスペリアの言葉をさえぎって、オルファの声が聞こえてきた。
 一応、辺りに敵の気配は無かった。
 ヒミカ達が、大部分の敵を引きつけているためである。
「ホントか!?」
 明人がちょうど反対側を振り向くと、ウルカがまだ息のある兵士を抱き起こしていた。
 だが、神剣魔法の直撃をくらったのか、体の左半身は真っ黒に炭化し呼吸も荒い。
 一目みて、まさしくこの状態が『虫の息』という状態だろう。酷い状態である。
「大丈夫か!? 気を、しっかり保つんだ!」
「う……あ……」
 明人が話しかけると、半分だけ残った目を明人に向けた。
 半開きになったその目は、なんとも痛々しい。
 思わず、目をそらしてしまいそうになるくらい。
「アキト殿……手前が見た限りではこの方はもう……長くありません」
 ウルカがそう言う。
 その言葉に見え隠れするのは、死にゆく者に対して何も出来ない悔しさ――。
「そ……う……エトランジェ……館……ライム殿は……そこ……に……」
「……レスティーナ王女と、王の行方は?」
「王は……すでに……消され……ました……」
 か細く、消えてしまいそうな声を振り絞りながら、兵士は言葉を続ける。
 最後の使命を果たすかのよう、懸命に……。
「しかし……王女……は……一人……スピリットが……助けに――」
 息も絶え絶えの様子でそう言い残すと、兵士は静かに息を引き取った。
「……スピリットが一人? そんなはずは無い……」
 兵士の言葉を整理すると、すでに王は殺されているが、レスティーナは逃げ延びれて
 いるらしい。
 しかし、不明な点が一つあった。

「一人……スピリットが……助けに――」

 この部分だ。
 明人達は、ラキオスに在住する全てのスピリットをもってして任務に当たっていた。
 しかもあの場に全員いたのは確認済み。
 だから、先にスピリットが帰っているなどありえないからだ。
「アキト様!」
「――ッ!」
 ボーッとしている明人の目の前に、火花が散った。
 エスペリアが『献身』で敵スピリットの攻撃を受け止めている。
 明人が考え事をしている内に、敵突入隊の一人に攻撃されたらしい。
 エスペリアはそれに一瞬で気付き、間に割って入って攻撃を受け止めたのだ。
「燃え盛れ、マナよ! 爆炎を圧縮し、我に仇なす者を爆ぜさせよッ!
 スモール・エクスプロードッ!」
 横からオルファの援護射撃。
 エスペリアの目の前で、小規模な爆発が起きた。
 殺傷能力は皆無だったが、衝撃は大きい。
 これにより、決定的な隙が敵スピリットに生まれる。
「……そこ……ッ!」
「無力な……ッ!」
 スッと白い閃光が二つ、敵スピリットを挟んで対に通りすぎる。
 まもなく、敵スピリットは消滅した。何が起きたのかすら、わからずに。
「……すまない……」
「アキト様の心配はわかります……早く、ライム様の元へ行きましょう!」
 明人は、エスペリアに促され、謎のスピリットの存在にレスティーナを任せる事にした。
 そうでなくては、すでにレスティーナの身も――。

 自室のイスに据わりこみ、レスティーナは険しい表情をしていた。
 今現在における戦況のためである。
 この部屋には、こういった状況になった時のために緊急用の脱出路が
 備え付けられている。
 しかし、先の攻撃によりその通路が非常に脆い状態になっていた。
 ここまで逃げ延びれたのは――奇襲があった時、敵スピリットの存在に
 いち早く気が付いた二人の兵士による手引きがあったからだ。
 謁見の間から逃げ出した時、最後に見た光景は――
 敵スピリットの手によって、切り裂かれる父の姿であった。
 一瞬、だった。
 たった一振りで、首をはねられたいた。
 その光景が、目に焼き付いて離れない。
 強欲で支配欲が強く――後先考えない行動でこんな事になったとしても、
 自分の唯一の肉親なのだ。
 自然と、体が震えてくる。
 それは、純粋な恐怖と戦慄から来るもの。
 そして、ここまで必死になって連れてきてくれた兵士に対し、
 何も出来ない自分への憤りのためである。
 一人は、ここに来るまでにスピリットによる神剣魔法からかばってくれた。
 一人は、この部屋の前でこんな時でも護衛に回ってくれている。 
 ――このまま……ラキオスは滅んでしまうのでしょうか……
 そんな弱気な考えが、脳裏によぎる。
 無理も無い。
 現状は、急速にその道へと進んでいるのだから。
 今、自分が父と同じ運命になれば――ラキオスの王族は、根絶される事になる。
 
 ――バァンッ!――

 突如、扉が開く。
 いや、破壊されたといった方が正しい。
 スピリットの攻撃により、ここまで手引きをし、扉の前で護衛までついてくれた兵士が
 フッ飛ばされ、まるで砲弾のように扉を突き破ったのだ。
 左肩から上半身は袈裟に深く切り裂かれ、すでに助からないほどの傷だと言う事は、
 レスティーナにもわかった。
「王……女……逃げ……あ……た……最後の……希……望……」
 それでもなお、腰に備え付けられたロングソードを杖代わりにして無理やり立ちあがり、
 スピリットと対峙する。
 突き破られた扉の外には、敵スピリットが一人、黒い翼を威嚇する様に広げていた。
 その姿を確認すると、レスティーナは一気に血の気が引いていくのがわかった。
 満身創痍の兵士には悪いが、人間がスピリットに敵うはずが無い。
 ましては手負いの兵士だと時間稼ぎにもならないであろう。
 体の震えが、一段と大きくなった気がした。
 目の前に、父の姿がフラッシュバックする。
 首を飛ばされ、一瞬にして絶命した父の姿が――。
 敵スピリットの黒い翼が羽ばたく。
「逃げて……生き延びて――レスティーナ……王女……ッ!」
 言葉半ばで、兵士は真っ二つに切り裂かれ、上半身がゴトリと地へと落ちる。
 レスティーナは、覚悟を決めた。
 その時――
「やらせま、せん!」
「グゥッ!?」
 目の前に迫った神剣の刃が、ゆっくりと金色のマナへと変わる。
 続けて、悲鳴が聞こえた。
 自分のじゃない。敵スピリットの悲鳴だ。
 何事かとレスティーナは思ったが、マナの粒子が目の前から離れると、
 目の前にブラックスピリットと思われる少女が一人、黒髪を揺らし、たたずんでいた。
 彼女が、助けてくれたのだろう。
「ついてきてください! ワタシが護衛につきますから、ここから脱出を!」
「え……あなたは、いったい……?」
 レスティーナは目を丸くしてしまう。
 自国のスピリットにしては、戻りが早すぎるから……。
「……ワタシは、ラキオス王国スピリット隊所属……『刻印』の、セイグリッドです」

「はぁ……はぁ……」
 上がる息をしながら、来夢は今まさにある館に入ったところだった。
 ここは、スピリットと隊長である明人が共同生活をしているスピリット館。
 あの後、城の揺れが収まったと思ったら今度は兵士の悲鳴が聞こえてきた。
 それと同時に、兵士の一人が来夢を連れだし、いくつも設けられてある内の一つの
 隠し通路から逃がされたのだ。

「この道を出て、森をまっすぐに進めばエトランジェ殿の住むスピリット館に
 つきます。そこの厨房の床に、隠れれるスペースが一つ設けられています。
 ……どうか、お気をつけて……マナの灯火の導きが、あなたにあらん事を……」

 これが最後に聞いた兵士の声だった。
 言われるままに、来夢は森を走り抜けた。
 後ろの城内で何が起きているかは、先ほどの悲鳴から大体想像ができていた。
 だが、なぜエトランジェという存在を嫌っている兵士が逃がしてくれたかは――
 わからなかった。
「……多分、この辺――あっ……」
 注意深く厨房の床を見てみると、四角く縁取られた床と同じ材質の蓋が見つかった。
 それを開けてみると人、一人がなんとか入るスペースがある。
 そこに入りこみ、来夢は小柄な体をさらに縮め、蓋を閉めた。
 ――なんで、こんな事になっちゃたんだろう……なんで? どうして?
 体が、自分の意思とは関係無く震え始める。
 徐々に、何かが迫ってくるのを感じ取ったからかもしれない。
 その嫌な予感は、当たって欲しくない所で当たった。
 床の上で、爆発音とガラスが割れる音がした。
 その拍子に悲鳴を上げそうになるが、必死にこらえる。
 今ここで声を上げては、逃がしてくれた兵士の苦労は報われない。
 そう判断したからだ。
 ――ダメ……このまま気づかずに……ッ!
 そう願うが、その願いは――
「ひゃん!」
 叶わなかった。
 今度は短い悲鳴を上げてしまう。不意に、蓋が開けられたのだ。
「あなたが、ライム様ですね」
 仮面を被ったブラックスピリットの少女が、なるべく優しく話しかけてくる。
 しかし、今の状態の来夢にはそれでも恐怖が勝ってしまった。
「や、やだぁ! 来ないで! イヤァッ!」
「……我侭、言わないでください。……あなたを連れて帰らねば行けませんので」

 明人がスピリット館付近に近づいた頃には、すでに館の一角は破壊されていた。
 そして、その崩れかけた建物の中から翼を羽ばたかせ、一人のスピリットが
 飛び立つ。脇には、少女が一人抱えられていた。
「来夢ッ!」
 それを見た明人が、少女の名前を呼ぶ。
「お兄ちゃん!」
 それに気づき、来夢が悲鳴を上げるかのごとく明人の名前を呼び返す。
「……予想よりも、早かったですね。流石は名高いラキオスのスピリット隊……」
 スピリットの少女が、明人達の姿を確認するとそう呟く。
「そんな事はどうでもいい! 来夢を離せ!」
「パパ! オルファが敵さん叩き落して、ライムちゃんを――」
 オルファが神剣を地面に刺し、魔法の準備をする。
「やめなさい、オルファ! 今攻撃をすれば、ライム様まで巻き込んでしまいます!」
 それをエスペリアが声を荒げて止めさせた。
 小脇に抱えられている、来夢の身の安全を最優先した結果だ。
「……ん。じゃあ、アタシが……ライムを助ける……ッ!」
 そして今度はアセリアがハイロゥを展開し、『存在』を構える。
 間接的な攻撃による不確定要素の大きいものより、直接叩き落そうとしたためだ。
「アセリア殿、いけませぬ。敵は人質を取っているようなもの……下手に手出しをすれば、
 ライム殿の身に危険がふりかかります。……剣を、下げてください」
「……ん……」
 こっちはウルカに阻止され、アセリアは『存在』を下げる。
 これで、明人達は手も足も出せない状況になってしまう。
「……やはり、あなたですね……変わっていない……」
「え……」
 この呟きは、脇に抱えられている来夢にしか届かなかった。
 このスピリットの少女は、ウルカの姿を見て確かにそう呟いていた。
「くそっ! 来夢ッ!」
 叫ぶ事しかできない明人。
 だが、このスピリットの一言で状況は変わった。
「……まぁいいです。隊長とお見受けできますあなた……我が主、シュウイチ様から
 伝言を預かっております」
「な――! 秋一…だと!?」
 その言葉を聞いて、明人の感情のボルテージが一気に上がってくる。
 ――こいつは、秋一の命令で来夢をさらいに来やがった!
「『ライムは、僕の所にいるべきなんだ。貴様のようなムシケラの元にいてはいけないんだ。
 とり返したいなら這ってでも僕の所にやってきて、お得意の力づくで奪い返して見せろ』
 ……と」
 スピリットの少女の口から放たれる言葉は、確かに秋一のものだった。
 秋一が、来夢を奪うためにラキオスへスピリットを向かわせてきたのだ。
(……契約者よ、この『誓い』の息がかかったスピリット……逃がすのか?)
 そこに、『求め』の声が明人の脳に響く。
 まるで何かに誘いこむかのごとく。
「……逃がすかよ……ッ! 逃がして、たまるかよ! ……秋一……あいつに、
 来夢はわたさない……ッ!」
(ならば、どうする? どうしたい? 汝の求めは……なんだ?)
「力……力を、よこせ……力をよこせ、バカ剣ッ!」
 明人の目の色が変わる。
 瞳孔が開き、血走り、狂気に満ちた視線がスピリットの少女を捕らえる。
(わかった。契約者よ、力を受け入れるがいい!)
 その言葉が出た瞬間、明人の中に黒い力が流れこむ。
「うぉおおおッ!」
 明人は吠えた。
 自らの体に流れこむ力を全て放出する様に。
「――ッ! お……お兄ちゃん……?」
 それを目の当たりにした来夢は、自分の兄の変貌ぶりに恐怖と戦慄を感じる。
 今まで、明人が秋一と対峙した時に殺気は感じていた。
 だが、今目の前にある兄の姿は――それの比ではなかった。
「……死ねよぉッ! 秋一ぃッ!!」
 明人の神剣が振るわれる。そこから放たれたのは幾本もの黒き刃。
 それはまっすぐ、来夢を抱えるスピリットめがけて飛んで行く。
 そこに、来夢がいるのに――。
「キャ――ッ!」
「オルファ、お願いします!」
「うん! 『理念』のオルファリルが命じる。古の灯火よ、打ち払え!
 エンシェント・フレアボールッ!」
 その黒い刃めがけて、オルファの特大火球が放たれる。
 それは見事に直撃し、幾つかはスピリットの前で相殺された。
「……神剣に飲み込まれるなど……愚の骨頂……ッ!」
 残った刃を、スピリットの少女は最小限の動きで回避した。
 間一髪であった。
「アキト様ッ! 神剣に飲み込まれてはいけません! あそこにはライム様がいます!
 気をしっかり保ってください、アキト様ッ!」
 エスペリアの怒声が、明人の耳に入ってくる。
 その言葉を聞くと、明人の瞳がもとの輝きを放ち始めた。
「あ……俺、今……来夢――ッ! な……俺……俺は……ッ!」
 意識が戻ると同時に、体が戦慄く。
 自らの行った行動が、信じられなかった。
 来夢がいるのに、自分は秋一の名を聞いただけで取り乱し、来夢ごとスピリットを
 消し飛ばそうとしてしまったことが――。
「余興は、ここまでにしておきましょう。そろそろ――ッ!」
 スピリットの少女の仮面にヒビが入り、砕け散った。
 先ほど、全てかわしたと思っていた刃が仮面を霞めていたのだ。
 隠れていた髪が、ふわりと正体を現す。
 それは、ブラックスピリットにしては珍しい真っ青な長髪であった。
「チィッ! しまった……ッ!」
「――ッ! そなた……もしや!」
「少し、圧力がかかりますが……我慢してください。ライム様」
「え――キャアアア!?」
 ウルカが声を上げると同時に、少女は飛び去っていった。

 その後の城の状態は、酷かった。王はスピリットの手によって殺害されてしまい、
 城内にいた兵士もほとんどがスピリットの手によって殺られてしまった大惨事だった。
 が、唯一の救いはレスティーナ王女が無事だった事と、スピリット隊に犠牲者が一人も
 出なかった事だろう。
 そのレスティーナを救ったスピリットの名を聞いて明人達は――驚きを隠せなかった。

 崩れかけた廊下に、スピリット隊は全員集合していた。
 そう。
 本当に、全員がそろっていた。
「……お久しぶりです。皆さん……その……ご心配を、おかけしました」
 その中心にいるのは、少しはにかんだ笑顔を見せる――セイグリッドだった。
「お姉ちゃん!」
 まず最初に行動に出たのは、オルファだった。
 湧きあがる嬉しさを押さえれず、セイグリッドの胸元へと飛びこんだ。
「本当に……無事で何よりです……セイグリッドさん」
「……よかった……」
 エスペリアも、目に涙を溜め込んで喜んでいる。
 アセリアも淡白に言葉を放つが、表情はほころび、嬉しさを現していた。
「セイグリッド……」
「アキトさん……」
 明人はセイグリッド目の前までやってきて――
「――ッ!」
 ギュッと抱きしめる。
 いきなり抱かれたセイグリッドも、他の仲間も驚いたが……
「よかった……本当に……無事で……」
 明人の目から流れ落ちる涙を確認して、言葉では言い表せられ無い、
 嬉しさの表現だと悟った。
 もう二度と、会えないと思っていた仲間と対面できた喜びは、計り知れないものだった。
「……本当に、ご心配をおかけしました……本当に……」
 全員が、セイグリッドの帰還を心から喜んだ。

 ラキオスの新たな指導者の席には、無事生き残ったレスティーナがにつくことになった。
 国民は新たな指導者を快く受け入れ、レスティーナは王女から女王へと変わった。

「アキト……今まで、あなたにしてきた仕打ちはこの場でいくら謝っても、
 償えないものでしょう……」
 そして、新女王のレスティーナに呼ばれ、明人は謁見の間にいる。
 今、この場にいるのはレスティーナとアキト、それにハーミットだけ。
 今回はスピリット抜きで話がしたいというレスティーナの希望から、こうなっていた。
 レスティーナの一変した態度に、明人はまず驚いた。
 理由を訊いてみると、今までは父の目の前で王族の示しをつけるために、
 あのような態度をとっていたという。
 まずはその事を謝罪された。
「ですが、このままサーギオスの暴挙を放っておくわけにはいきません……ッ!
 今は亡き父にも……犠牲になった、兵士達のためにも……ッ!」
 レスティーナの記憶に、自分のために死んでいった兵士の姿がよぎる。
 レスティーナは、せめてもの弔いに自らの髪の一部を……最後まで自分を信じてくれた、
 勇敢な兵士の亡骸に捧げた。
 美しい黒髪が以前よりも短い理由はそれである。
「だからアキト……アキトさえよろしければ今一度、私達のために剣を振るっては
 貰えないでしょうか?」
「……よければも何も……俺は、来夢を秋一の元から取り戻さなきゃいけない。
 今までの事は、気にはしない。むしろ、俺の方が女王に協力を頼むべきだ。
 私情のために……他のみんなを巻き込むわけには行かないから……」
「ふ〜ん。なかなか、人できてるじゃないか隊長さん。あたしゃ見なおしたよ」
 二人の真剣な会話に、ハーミットが横槍を入れる。
 だが、これにより緊迫した空気がいくらか和らいだ。
「そう言ってもらえると、こちらとしても気が楽です。私の事はレスティーナでいいです。
 女王なんて、堅苦しいだけですから」
 と、レスティーナは今まで明人に見せた事の無い笑顔で言い放った。
 思わず、見惚れてしまいそうになるがここはグッと我慢。
 そんな事ばれたら、隣接するハーミットに何を言われるかわかったものでは無いからだ。
「……わかった。じゃあ、レスティーナ……これからは、どう動くんだ?」
 それを聞くと、レスティーナの表情が一気に引き締まる。
「まずは、今回の件を同盟国であるイースペリアとサルドバルドに伝えます。
 イースペリアへは、わたしとアキトで赴き、サルドバルドへは親書を渡します」
 この両国――イースペリアとサルドバルドは、ラキオスと『龍の魂同盟』を結ぶ同盟国。
 北方大陸で、今一番戦力があるのはラキオスだが、アキトが来る前は
 イースペリアの方が上であった。
 イースペリアは肥沃な大地と強力な防衛スピリットにより今まで他国の侵入を
 ことぐごとく防いできた大国。ラキオスとほぼ隣接している国だ。
 一方、サルドバルドはというと……どちらかといえば、ラキオスとイースペリアに
 『守られている』といった国である。
 国土の大半は湿地帯で、しかもマナが稀薄。
 農作物の収穫もほとんどみこめず、スピリットも強力なものはない。
 唯一の利点としては、ラキオスとイースペリアに囲まれているため比較的安全な
 生活が保証されている事。
 ラキオスからサルドバルドの首都までは相当な距離があるため、
 手紙で用件を伝えることにしたのだ。
 いきなり指導者が長期的に城を空けとくのは得策ではないと判断したためである。
「そして……帝国と唯一対抗できる存在――マロリガン共和国に、協力を求めます」
 マロリガンと言う単語を聞いて、ハーミットが少し顔をしかめる。
 嫌な事を思い出したといった感じだ。
「どうしたんだ、ハーミット?」
 それに明人が気づいて、訳を訊く。
「いや、ちょっとねぇ……女王様、あの堅物を交渉しようってのかい?」
 後頭をかきながら、ハーミットが言う。どこと無く、不機嫌そうだ。
「ええ。私が、大統領と直接話をつけに行きます。その時の護衛に、
 明人とスピリット二名を連れて行きます。お願いしますね、アキト」
 そのレスティーナのセリフには以前のような威圧感は感じられず、そればかりか
 親しみがこめられているほどだった。
「了解。護衛には俺とあと二人……そうだな。エスペリアとウルカあたりを連れて行くよ」
 少し考えた後、明人はメンバーをレスティーナに伝える。
「……で、女王様。この交渉、失敗したら――って訊くまでも無いわな」
「はい。ハーミット殿が考えているとおり……ラキオスはマロリガンに宣戦布告をします」
 そう言うレスティーナの声に、迷いは見られなかった。
「そう、か。なるべく、そんな事態だけは避けたいな……」
 明人は、空也と美紗の事を思い出す。
 この二人はマロリガン共和国のエトランジェ。
 下手をすれば、明人はこの二人と殺しあわなければ行けない。
 マロリガンと戦争になると言う事は、必然的にそれに結びついてしまう。
 それだけはどうしても避けたかった。
 信頼している友を……自分の手にかけたくないから……。
「私も、できる限り努力します。無益な争いは避けたい――いえ、今後の事を考えれば
 避けなければいけないですから……」
「そうだなぁ。うちと帝国じゃ、戦力差は見て取れるからね。でもま、戦争になったら
 そんな事も言ってられないけどね」
 ハーミットの言う事に、二人共反論できなかった。
 もっともな正論をつきつけられたからだ。

「と、言うわけで後日、レスティーナ女王を連れてマロリガンへと向かう。
 あくまで交渉だから、戦闘は無いと思うけど、念には念を入れるため
 俺達が護衛につくことになっている」
 明人はレスティーナ達と別れた後、すぐに全員を集め作戦を伝えはじめる。
「んでまぁ、そこでエスペリアとウルカは俺と一緒に来てもらう事になった」
「わかりました。アキト様」
「承知いたしました。アキト殿」
 名前を呼ばれ、返事を返すエスペリアとウルカ。
 だが、それを快く思わないのが一人――トラブルメーカーである、オルファだ。
「え〜ッ! オルファ、パパと一緒に行きたいよぉ! エスペリアやウルカばっかり
 ずるい!」
 頬を膨らませ、力いっぱい反論してきた。
「……あのなぁオルファ。今回は、戦闘無いと思うから退屈だぞ? それでもいいのか?」
「むぅ……ほんとのほんとに、絶対の絶対に無いの……?」
「多分な」
「……じゃあ、いいや……」
 駄々をこねるオルファを明人が制す。慣れたものである。
「お〜っす。隊長さん、今いいかい?」
 と、そこにハーミットが押しかけてきた。無駄に、元気な様子で。
「何か用か? ハーミット」
「いや〜一人、紹介したいスピリットがいてな。あたしの、優秀な助手さ」
 そう言うハーミットの後ろから純白のスピリットが一人、現れる。
 長くウェーブのかかった白髪に、透き通るような白い肌――そして、真っ白なローブを
 まとっている。
「イオ・ホワイトスピリットだ。仲良くやってくれ」
「ハーミット様の助手をしています、イオと申します。以後、よろしくお願いします」
「ホワイト……スピリット? もう一色、スピリットはあるのか?」
 一礼する白きスピリットを見て、明人はとりあえずハーミットに疑問を投げかけてみた。
 ホワイトスピリットなんて、聞いた事が無かったから。
「あら? 隊長さん知らなかったのかい? とは言っても、ホワイトスピリットは
 ほんとに希少価値が高いからねぇ。まっ、とりあえずもう一色いるって事にしとけや」
 ニカッと笑って見せるハーミット。
 説明するのが面倒なので、ごまかしたらしい。
「んでだ。この娘は戦闘には向かないけど、訓練の事とか料理に関してだったら
 そんじょそこらの専門家たちよりはぁ優秀だ。まぁ、基本的にあたしの助手を
 してもらってるけどね」
「ああ。これからよろしく頼むな、イオ」
「はい、アキトさん」

 ――ほぼ同時刻――

 砂漠のちょうど中心付近にある『デオドガン商業組合自治区』と言う場所は、
 砂漠という最悪な条件の中でどの国にも手を貸さず中立を保っていた。
 防衛用の強力なスピリットと、砂漠の悪条件を利用した戦いで今まできり抜けてきた。
 商人たちの通り道という事も合い重なって、今日までは無事だった。
 ――そう、今日までは。
 この日、マロリガンの強襲部隊がここに戦闘を仕掛けたのだ。

「ったく、なんだって今までこんな連中にうちの大将は苦戦してたんだろうな。
 お〜い、とりあえずスピリットには止めを刺すなよ」
 マロリガンのエトランジェ――空也が、後ろを振り返りながら言い放つ。
「了解だよ、クウヤ!」
 それに元気一杯反応したのは……美紗ではなく、部隊員である『大気』のアリア。
 青き月明かりに照らされ、さらに青みを増すツインテールをなびかせながら。
 そのアリアの背後には、デオドガンの防衛スピリットであろう少女が倒れている。
 言われたとおり、止めは刺していなかった。
「はいはいはい。了解……了解だよ、隊長様」
 トントンと肩に刀型の神剣を担ぎながらつまらなさそうに答えるのは、『悟り』のカグヤ。
 黒きポニーテールをさっとかきあげ、その場にあぐらをかく。
「ホント、つまらないですねぇ。まっ、仕方ないですけど」
 ふぅとため息一つついて、腰を抜かしたデオドガンのスピリットの頬を切り裂き、
 背後の岩に刺さっているダブルセイバー型の神剣を引きぬくのは、『炎舞』のミリア。
 真っ赤な瞳が、気だるそうに細まる。
「みなさん、そんな事言わない! しょうがないじゃないですか……」
 最後に、槍型の神剣を持った手を大きく広げ『自然』のクォーリンが締めた。
 この青、黒、赤、緑のスピリット達は、マロリガンの特殊部隊――『稲妻』の一員。
 そして……彼女達は各色最高の能力を持った四人である。
「降伏勧告……受け入れるよな? あんたも、死にたくはないだろ」
 巨大な神剣『因果』の刃先をを目の前に座り込む領主の首筋に当て、
 いつもどおりのにやけた表情を崩さずに言い放つ。
 領主はもう、ものも言えない様子で小さく首を縦に振った。
「それと……ここがウチに落とされた事は内密に。他の国に、警戒されても困るから――」
「ぐぁッ! う……く……」
 空也が語る背後で、スピリットの断末魔が聞こえる。
「…………」
 その止めを刺したのは――無言でレイピア型の神剣『空虚』を握る、美紗であった。
 『空虚』を倒れているスピリットの胸に勢いよく突きたて、止めを刺すその姿は
 以前までの美紗の姿ではなかった。
「が――ッ!」
 続けて一人……
「ひ……や、やだ――ッ!」
 また一人と美紗は止めを刺して行く。
 点々と付く返り血で、顔を汚す美紗。
 スピリットの四人は、黙ってそれを見ているしかなかった。
「……足りない。まだ……マナ……もっと、大量のマナを……」
 うわ言の様に呟く美紗。その言葉に、生気は見られない。
 ただ、無機質で、感情のこめられていない声だった。
「……『空虚』、その辺にしておけ。他のみんながビビってるだろ」
「……『因果』の、契約者……わかった。今の私では、貴様には勝てない。従おう」
「ひっ――」
 最後のスピリットに止めを刺す寸前の所で腕を止めた。
「もう安心だよ。でも、もう逆らおうとは思わない事だね」
 すかさずアリアがその生き残ったスピリットに歩み寄った。
 美紗は空也の元に歩み寄っていく。
「だが、あまり私に指図をするな……ッ! 貴様の、愛する者と剣を合わせたいか?」
 クウヤの目の前まで来ると、微かな殺気を放つ美紗。
 そう……彼女は――美紗は今、精神が神剣『空虚』にとりこまれている状態だ。
 先ほどから体を動かし、マナを欲しているのはこの『空虚』。
「冗談。まぁ、そう言うわけでオレ達はこれ以上望まない。んじゃま、帰還すっぞ」
 きびすを返して、空也達『稲妻』部隊は西へと――マロリガンへと向かう。
 デオドガンがマロリガンによって落ちた事はまだ、どの国も知らない。

                               第十話に続く…

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