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第七話 そして、硬く結ばれる心

「やっと、本気になったか。はんっ、たかがスピリット一つで本気になるとは……」
 秋一の言葉を遮るかのごとく、明人が大声を上げた。
「黙れッ! 俺にとっては、スピリットも一人の人間だ!! 誰がなんと言おうと……
 俺は、この考えを変えない!! 護るべき者の……一人だ!!」
「ご立派なことだなぁッ! だが、そんな甘い考えで僕に勝てると思うなよ!!」
「シュウイチ……ッ! 決着を、つける!」
 お互い正面に向き合い……神剣を構える。アセリア達は黙ってそれを見守るしか無い。
 この二人の間に割って入るなど、無理だと判断したからだ。
「『誓い』よ。今、持てる力を解放し、黒き刃で敵を滅さん! ……滅してやるよ!!
 この世から!! 完全に!! 塵一つ残してやるものか!! アキトォッ!!」
 秋一の神剣が黒いオーラに包まれる。
「『求め』よ。今一度我に力を貸し……輝く光の刃を構成せよ! ……セイグリッド……
 みんな……俺に力を!! 貴様の存在……マナへと還すッ!! シュウイチィッ!!」
 秋一のとは対照的に明人の神剣は白いオーラに包まれる。
 どこまでも、対照的な二人……そして、ほぼ同時に動き出した。
 お互いオーラフォトンを使用し、地上を滑る様に疾走する。
「はぁあああッ!! シュウイチィッ!!」
「おぉおおおッ!! アキトォッ!!」
 まず、初撃互角。
 お互い、弾き飛ばされる様に距離を取った。
「『求め』よ! もっとだ! もっと力を引き出せぇ!」
 そして、ここから仕掛けたのは明人だ。
 再び低空を走り、秋一目掛け突っ込む。
「馬鹿がッ! 『誓い』よ、マナをオーラへと変え、全てをうち滅ぼす光を作れ!
 オーラフォトン・レイッ! 行けぇッ!」
 それの迎撃に、秋一は神剣魔法を発動させる。
 すぐに秋一の周りに光球が幾つも出現し、それは明人めがけて放たれる。
「ぐ――ッ! まだだぁッ!」
 数発は外れ、地面へと接触し大爆発を起こす。凄まじい威力だ。
 そして、一発明人へと直撃したが、それに怯むことなく明人は突撃を続けた。
 今の状態で、明人の防御壁はかなり強固なものとなっているらしい。
 明人が上段から大きく振りかぶって斬りかかる。
「チィッ!」
 不意を付かれ、秋一は『誓い』を振り上げその攻撃を受け止めた。
 凄まじい圧力が秋一にのしかかる。
 足がほんの少しだが、地面へとめり込んだ。
「絶対に、お前だけは許さん! 『誓い』もろとも、うち滅ぼしてやるッ!」
 明人の攻撃は止まらなかった。
 そこから『求め』を振りぬき、秋一を後方へと追いやると今度は切り上げにかかる。
「調子に乗るなよ……ムシケラめぇッ!」
 今度は、秋一も攻勢に出た。
 両手でしっかりと『誓い』を握り、打ち下ろす。
 白と黒の刃が重なる……と、二人を中心に物凄い光りが起きる。
 強力な力のぶつかり合いで、オーラフォトンが膨れ上がったのだ。
「「「「!!!」」」」
 アセリア、エスペリア、オルファ、ウルカはあまりの光りに目を覆った。
 勝負の行末は――光りが無くなり、明人と秋一の姿をやっと確認できる四人。
 しかし、そこにあった光景は……この場にいる全員が望んだものとは程遠いものだった。
「……ぐっ……がはぁッ……!」
 背を向ける明人と秋一の内、先に膝を付いたのは……明人の方だった。
「これが、貴様と僕の絶対的な力の差だ! 思い知ったか、ムシケラが!!」
 秋一が赤黒い『誓い』についた鮮血を、乱暴に地面へと振り払う。
 明人は右肩から斜めに深く斬られ、そこからとめどなく流れ出てくる血が、
 どちらの力が勝っていたかを物語っていた。
「――ッ! アキト……!」
 目を見開き、信じられないといった表情を薄く見せるアセリア。
 それでも、普段の彼女からは想像もできないほど感情のほどが見て取れる。
「ア……アキト様ッ!!」
 エスペリアも、続けて悲痛の声を上げる。
「え……ぱ、パパ? え……! パパァッ!!」
 オルファは、今の光景を信じたくない……そう訴えかける様に小首をかしげた後、
 泣き出しそうになってしまう。
「そ、そんな……アキト殿ッ! アキト殿ぉッ!!」
 もう、四人とも同じような反応だった。
 全員が明人の事を呼ぶが、それは明人の耳に届く事は無かった。
 今は、多量の出血から意識を保つ事で精一杯だったから。
 その明人の元へ、秋一がゆっくりと近づいていく。
「スピリットごときに思い入れがあるから……甘いんだよ。道具は道具と割りきれない、
 貴様のその甘さが負ける要因になったんだ。それくらい、わかるだろ?」
 うつぶせに倒れる明人を、秋一が見下ろす形になる。
 絶対的有利な立場に立ったせいか、秋一は凶悪な笑みを浮かべていた。
「ぐっ……そんなこと……ない……! 彼女達を道具として……扱ってたまるか……!」
 なんとか、顔だけを秋一に向ける明人。
 向ける……というより、睨み付けるといった感じだ。
「チッ、ムシケラが……生意気な事言っていやがるんじゃねぇ!」
「――ッ!? がはぁッ!!」
「――! アキト様ぁッ!!」
 エスペリアの悲鳴が再び発せられた。
 秋一が、明人の傷口を思いきり、容赦無く蹴り上げたのだ。
 その信じられない痛みに、明人は目を見開き意識が一瞬だが飛びかける。
 が、踏みと止まった。
 ここで、気絶する訳にはいかないのだ。
「俺は……この考えを絶対に曲げない……まげて、たまるかよ……!
 彼女達は、俺と一緒に戦ってくれる……こんな俺に、付いてきてくれる大切な……
 大切な仲間……なんだからな……!」
 もはや、気力だけで言葉を放ちつづける明人。
 呼吸が一定ではなく、目も閉じかけており、いつ気を失ってもおかしくない状態なのに。
「黙れ……黙れよッ! 貴様の妄想に、付き合ってる暇は無い。今度こそ、
 マナの塵と化せ! 疫病神がぁッ!」
 手に持った『誓い』を明人の頭上に突き立て、今まさに突き立てようとした――

 その時だ。

「『献身』、行きますよ! ハァアアアッ!」
 高速で、緑色のオーラをまとったエスペリアが秋一に一太刀浴びせようと、
 斬りかかってきた。
「なに――ッ!?」
 そのエスペリアの放つ『献身』の一撃は、秋一の脇を霞め明人がうずくまっている位置
 から秋一を後退させる。
「スピリットごときが――!? な、なんだ……この力は……」
 明人に止めを刺せる所を邪魔された事に対して、純粋な怒りをあらわにし、
 睨もうとするが……その表情は驚愕色に染まる事となる。
「エスペリア……アキトを、お願い……! こっちは、任せろ……!」
 続いてアセリアも、青色のオーラをまとった状態で秋一の前に立ちふさがる。
 先ほどまでの秋一に対する恐怖感が嘘だったのごとく、堂々と『存在』を構え。
「パパ……オルファ、頑張るから! パパを苛めるこいつ、絶対に殺っちゃうから!!」
「アキト殿……今は、ゆっくりと休んでください。手前達が、終わらせます故……!」
 オルファは赤色、ウルカは黒色のオーラをアセリア、エスペリアと同様に纏い、
 アセリアの左右に展開する形だ。
「なぜだ……なぜ、スピリットである貴様等がこんな力を!! ありえない……
 僕が、気圧されるだと――!? 何をした……?」
 驚愕の理由は……今のアセリア達の、異常な力に気圧されるものからだった。
 今、目の前にいる四体のスピリットは――スピリットにあるまじき力を秘めている。
 秋一自身が、戦慄を覚えるほどの力を。
「……わかりません。ですが、一つだけ……はっきりしていることがあります」
 うずくまる明人の傷口に手をやるエスペリア。
 すでに、明人の意識は無かった。気力が尽きたのだろう。
 そのエスペリアの手が、淡い光を放ち始めた。
 それと同時に、明人の深深と刻み込まれた傷口が少しずつ塞がっていく。
「……ん。それは、あたし達が全員……」
 秋一を見据え、『存在』を構えたままアセリアが続く。
「アキト殿の事を、心の底から信頼していると言うこと……!」
 前屈姿勢になり、『拘束』に手をかけるウルカ。
 口調はおちついているが、その真っ赤な瞳の奥に見えるのは……凄まじい闘志。
「だから、パパのこと苛める悪い奴は……オルファ達みんなで、殺すよ! 全力でッ!!」
 ぐしぐしと涙の溜まった目をこすり、『理念』を構えるオルファ。
「……はっ。何を言い出すかと思えば……甘さを捨てきれない「お黙りなさいッ!!」」
 珍しく怒声を上げるエスペリアが、秋一の言葉をさえぎる。
「なん……だと……!?」
「あなた達には無いその気持ちが……今のわたし達の力の源。アキト様を……思う気持ち」
 明人の傷口に手をやりながら、エスペリアの表情が緩いものになる。
「今まで、本当にありがとうございました……アキト様」
 その深緑の瞳の奥に見えるのは――深い深い、慈愛の心。
「アタシは……アキトを護る。絶対に、護りきる。アキトは……アタシにとって――ッ!」
 言葉途中に、アセリアは今までに見せた事の無いような視線を秋一に投げかける。
 倒すべき――忌むべき存在を見つけたかのごとく。
「今の手前――いや、手前達の力……存分に、その身に刻み込むがいい!」
 そして、明人の治療をしているエスペリアを残しウルカは秋一に攻撃を仕掛けに行く。
 黒いオーラの軌道を残し、ウルカが空中を走る。
「アキトを思う気持ちだと? ふざけるな……道具ごときが、そんな感情を持つこと事態
 間違いなんだ! 『誓い』、僕にもっと力をよこせ!! もっとだ!!!」
「漆黒の翼……今、全力を持ってアキト殿の敵を討つ! 導かれる力。その根源は、
 心の強さ! ここに出されるは無限の剣先。奥義! 星火、燎原の太刀ッ!」
「黙れ! スピリットが、僕に敵うと思ってるのかよ!」
 一瞬にして自らの間合いを取るウルカ。
 力は落ちたとはいえども、その速度はまだ『神速』を名乗るのにふさわしいものだ。
「いきます……破ァアアアッ!!」
 上下左右、縦横無尽にウルカの神剣が秋一に襲いかかる。
 しかし、秋一はその攻撃をオーラフォトンを纏った『誓い』ですべて受け止めた。
 秋一の力も、徐々に上がってきているらしい。
「チィッ!」
 最期の一太刀を弾かれ、一瞬たじろくウルカ。
 だが……
「はっ! 所詮はその程度――」
「マナよ、オーラフォトンとなれ……全てを断絶する……ヘヴンズ・スウォードッ!」
 いつのまにかウルカの姿に隠れるように移動していたアセリアが、
 休む間も与えずに攻撃を開始する。
 真っ青なオーラをおびた『存在』を、流れるような動作で大上段から振り下ろす。
 その速度は、ウルカに負けず劣らずだ。
「ぐ――ッ!」
 一歩後退してそのアセリアの太刀を避ける秋一。
 秋一が立っていた地面を、アセリアの『存在』が切り裂いた。
 ……そう、『切り裂いた』のだ。
 砕け散る小石一つ上げずに、地面は両断されていた。
 ブルースピリットの持てる最高の技であろうと、これほどの力を発揮させれるのは、
 大陸中を探してもアセリアだけだろう。
「いやぁあああ……ッ!」
 『存在』を引き抜くわけでもなく、アセリアは秋一を追撃する。
 再び秋一に向けられる攻撃は、鋭い切り上げ。
「ゴミどもが――ッ! 束になってかかってきても、結果は変わらないんだよ!」
 半身を後方に引く形で、アセリアの攻撃を秋一は避ける。
 そして、オーラフォトンが纏われた『誓い』の切っ先を体制を崩したアセリアへと向け、
 切りかかった。
「消えろぉッ!」
「そんな事、させるわけ無いじゃんッ!」
 秋一が切りかかるのと、ほぼ同じタイミングでオルファの声が上方から聞こえてくる。
 空中で、『理念』にまたがったオルファが秋一目掛けて落下していた。
「必殺ぅ! ファイア・エンチャントッ!」
 赤色をおびたオルファの『理念』が、秋一の『誓い』を受け止める。
「まだまだッ! 終わりじゃないんだかんね!」
「なに――ッ!」
 オルファが目を細める。それと同時に、『理念』に変化が見られた。
 微かだが、炎が見られる。
「マナよ、『理念』の主オルファが命ずる。その姿を全ての力の根源である炎へと変え、
 目の前にある全てを焼き尽くせッ! インシネレートッ!」
 この、ほぼゼロ距離からオルファの神剣魔法が放たれた。
 火炎弾が、秋一に襲いかかる。その反動を使い、オルファは後方へと飛ぶ。
「――ッ! ぐぁあああッ!?」
 避けられるはずも無く、秋一の体は炎へと巻き込まれた。
 が、しかし――
「く……そがぁッ! なめるんじゃねぇッ!」
 すぐさま、炎が吹き飛ばされる。
 秋一は『誓い』の自己防衛反応で、この一瞬の内に全身にオーラフォトンを纏っていた。
 だが、この三人の波状攻撃に体力は随分消耗していた。
 防ぎきれなかった炎により、顔に火傷も負っていた。
「はぁ……はぁ……貴様等――いや、全てをフッ飛ばしてやる! マナよ、僕に従え!
 オーラフォトンとなり、全てを破壊し尽くす力となれッ! オーラフォトン――」
 この一瞬を――怒りに身を任せたときに見えたほんの一瞬の隙を……
「そちらの、負けです……ッ!」
 ウルカは見逃さなかった。
「な――ッ!! ぐ……が……ッ!」
 秋一の後方へと移動したウルカが『拘束』に回転で勢いをつけ、
 自らの脇の横を通らせ突き立てる。
 『拘束』の黒光りする刃が、秋一の背中から胸にかけてを貫いた。
「とどめ……ッ!」
「ぐッ――ぷ……」
 さらに追い討ちで、アセリアが『存在』を『拘束』とは逆の方に突き立てた。
 秋一の反応が無くなり、ガックリとうなだれた。
 ウルカとアセリアはお互いの神剣を引きぬき、鞘に収める。
 戦闘は、アセリア達の勝利に終わった。

「セイグリッド殿、仇は……皆で取らせてもらいました。……手前達が及ばないばかりに、
 あなたは……」
 ウルカの真っ赤な瞳に、薄っすらと透明な液体が溜まる。
「……セイグリッド……」
「お姉ちゃん……」
 そう呟くアセリア。
 そんな様子のウルカを見て、アセリアの表情も悲しいものとなる。
 オルファも、いつのまにかウルカの側に寄り添っていた。
 オルファの目には、当然涙を浮かべていた。
 ……ほんの、一時であった。
 ほんの一時でも、心を許し、仲間となれたのに……セイグリッドは、消えてしまった。
「ですが、手前はあなたに謝りたい……などと、あなたの全てを分かったような事は、
 申しません。手前が――手前達が、あなたの意思を引き継ぎます故……」
 ここまで言って、少し下に向けたウルカの褐色の頬に、一筋の水滴が流れた。
 それは、今は亡き戦友に向けられる、せめてもの弔いでもあった。
「アキトは、アタシ達が絶対に護る。約束……する。だから……心配するな」
「……寂しいかもしれないけど、パパは……絶対にオルファ達が護るから……!
 絶対……ヒック……絶対に、守る……ヒック……よぉ」
「なめる……な……よぉおおおッ!」
「「「――ッ!?」」」
 この言葉に三人とも目を見開き、言葉を失う。
 殺したはずの秋一から、声が発せられたのだ。
 『誓い』からは、光が放たれている。
 まるで、秋一の命をつなぎとめていくかのごとく。
「くそ……ッ! ムシケラどもがぁ……ッ! わかっている……今日は、退く!」
 傷口を押さえながら、秋一は立ちあがりながらそう呟いた。
「だがなぁ……ッ! 次に僕が貴様等の前に表れた時は……マナに還ると思え……ッ!」
 そして、『誓い』から放たれる光が秋一を包み込み――消えていった。
 三人は、黙ってそれを見ているしかなかった。
 秋一の威圧感に、圧倒されてしまったからだ。
「き……傷つきしものに、癒しの光りを与え――ッ!? ケホッ!」
「! エスペリア殿!」
「エスペリア!?」
 苦しそうに咳きこむエスペリアの声を聞いて、三人は現実に戻ってくる。
 ウルカとオルファが声を上げ、近寄って行く。
 明人の瞳は、開いていない。眠る様に、横になっている。
「……エスペリア、アキトは……助かるのか……?」
「……わたしの力では……アキト様の傷は……」
 アセリアの問いかけに、エスペリアはそこまで言うと……首を横に振った。
 涙を流し、エスペリアの体が小刻みに震えている。
 その意味は、この場にいる全員が一瞬で理解をした。
「そ、そんな……! 本当に、ダメなの……ですか――ッ!?」
「パパ……助からないの……? ねぇ、エスペリア……ッ!」
「お〜お〜、やっと戦闘が終わったか。しかしハデにやったな〜、おい」
 この場にそぐわぬ、気の抜けた声がウルカとオルファの声を遮って聞こえてくる。
「ッ! 誰……ッ!?」
 思わず身構えるアセリア。だが、すぐにその緊張を解くこととなる。
 特に、警戒する事も無いと判断したからだろう。
 そこにいた人物は、白衣姿に眼鏡をかけたどこから見ても研究者の格好をした女性だ。
「そなたは……ハーミット殿!? 帝国を去っていたあなたが……どうして?」
「ん? あっ、ウルカじゃないか。久しぶりだなぁ。元気してたか?」
 自分の名前を呼ばれ、その方向に振り向くと相変わらず気の抜けた声でウルカに
 話し掛けてくる。どうやら、サーギオスの人間らしい。
「う、ウルカさん……彼女は……?」
 涙を払い、エスペリアがウルカに質問する。
「……彼女は、以前帝国にいましたハーミット・ヨーティア・リカオン殿です」
「――ッ! あの……『賢者』ハーミット様ですか!?」
 『賢者』ハーミット・ヨーティア・リカオン。
 深いところから、ツッコミを入れよう。
 彼女が、エーテル技術の生みの親なのだ。
 今のエーテルコンバーターの技術は、全て彼女が確立した理論をもとに作られている。
 いわゆる、天才というものだ。
「いやはや、大天才は辛いねぇ。こんな所まで名前が割れてるなんてなぁ」
 困ったような言いかただが、その表情はどこと無く嬉しそう。
 まんざらでも無いらしい。
「それにしても……ウルカがラキオスについたってのは、本当だったみたいだね。
 イオが言っていた事は、本当だったんだね」
「……はい。あなたは、帝国を去って行方がわからなくなっていましたが……」
「ふむ……やはり、天才は大局を見据え、優勢な方に導かれるか……」
 ウルカの言葉はどうやら耳に届いていないらしい。
 ブツブツと何かを呟いているだけだ。
 そして、少し考えた後――ニッと笑みを浮かべた。
「あたしは、ここラキオスに協力を願いたい。大天才の実力、存分に使って欲しい」

 ここは……いったい……?
 俺は、どうしたんだ……?
「……ちゃん! おにい……お兄ちゃん!」
 そうだ。
 俺は、高瀬 明人。
 高校二年生で俺を起こしてくれているのは妹の来夢――って何考えてんだ? 俺……
 なんか、酷く体がだるい。長いこと、夢を見ていたような気がする……。
 たった、一晩のはずなのに……。
「う……来夢、もう少しだけ……惰眠をむさぼらせてくれ……」
 休み開け……だな。今日は。
 学校かぁ……たるいなぁ……このまま休んで、コンビニのバイト行こうかなぁ。
「お兄ちゃん! 無駄に難しい言葉使わない! もう、しょうがないな……えいっ!」
「うわわッ! さ、さむ……」
 だぁあああ……来夢のやつ、俺の布団剥ぎ取りやがった。
 おかげで、目が覚めちまったじゃないか……便利な体だな、俺。
 ……少し前は、なんか騒がしい声に起こされた気がする……
 って、ウチは俺と来夢の二人暮しだって。
 他に起こしに来る奴がいるわけ無いじゃないか。
「ほらほら、朝練に遅れちゃうよ!」
 瞼を開けるのが、これほど難しいものだとは考えた事無かった。
 朝練……ねぇ。なんで俺、習ってもいないのに剣道強いかなぁ。
 体育の時間に剣道部の奴に一本も取られずに全滅させたのは、間違いだったな。
 それのおかげで、俺は剣道部の先輩方に目をつけられて朝練まで来いだもんな。
 そりゃ、午後錬はバイトで行けないけど……。
 ああもう。ここまで来たら――
「わかった……わかったよ。起きるから、先に行ってくれ」
「ホントだよ? それじゃ、朝ご飯の準備しとくからね」
 そのまま来夢は俺の部屋から出て行った。
 最期に「ホントだよ?」と言い残して行く所が抜け目が無い。
 もう一度寝てやりたいけど……
「でもま、約束したし起きる――ん? なんだ、このペンダント?」
 俺は何か違和感を首に感じて、手をやるとそこには木製のペンダントがあった。
 素朴な感じだが、それがまた綺麗さをひきたてるような――って、
 こういうものに疎いからな、俺。正直、良いものかどうかよくわからん。
「……変なもので悩んでても、しかたねぇか……」
 この不思議な感じのするペンダントを外し、制服のポケットにしまう。
 なんか、これ見てると泣きたくなってくるなぁ。
 なんでだろ?

「いっつも大変だね、朝練」
「ん……体育の時間に、下手なことしなけりゃ今ごろ俺はぐっすり夢の中さ」
 そうだよ……な。夢でアセリア達と――誰だ? ていうか、人か? それ……
 さっきからどうしちまったんだろ……酷く、胸に引っかかるものがある。
「? どうしたの、お兄ちゃん? 珍しく難しい顔して」
「いや、なんか変な夢見てたんだけど思い出せなくて……って、珍しくってなんだよ!!」
 あっ、こいつ笑っていやがるな。確信犯かよ。
「あははっ、ごめんごめん。……うん。時間、そろそろじゃない?」
 来夢に言われ、ふと時計を見ると……歩いて行っても、十分に間に合う時間だ。
「いや、まだそんな「明人〜迎えに来てやったぞ〜!」」
「ほら、空也さん、来ちゃったよ」
 ……空也のやつ、朝からなんでこんなに元気がいいかなぁ。
 俺より早起きしてしかも迎えに来る余裕持ちなんて……暇、なのか?
 んな事を考えていると――
「今日はあたしもいるからね〜。早くしないと、ハリセンで頭ぶち抜くぞコラ〜ッ!」
 美紗の声まで聞こえてきやがった。
 珍しい。
 あいつ、朝は弱いから起こしに来たら返り討ちにしてやるって言い張っていたのに……
 気まぐれ?
「うちのお姫様は、言った事の実行率は高いぜ? 早くしないとお前の短い人生幕閉じて、
 オレが来夢ちゃんの世話をする事になるぶろッ!?」
 ……朝から元気だなぁ、二人共……
「お兄ちゃん、二人のこと見習って、朝はしゃきっとしなきゃだめだよ?」
「来夢、お前はいつから心の声が聞こえるようなったんだ?」
「そんなことないもん。お兄ちゃん、顔に出やすいからね」
 ……そうだよな。
 エスペリアにも、色々いらん迷惑かけてたから――ってだから! なんなんだ!?
 さっきから出てくる変な名前は……?
「んじゃま、空也の命尽きる前に、行ってくるよ」
 昨晩今日の準備しといてよかった。とは言ってもホント最低限なものだけだけどな。
 その薄い鞄を担ぎ、俺は空也と美紗の修羅場をおがみに行こうとすると――
「お兄ちゃん」
 来夢に呼びとめられた。
 前にも、なんか誰かに止められたような気がしないでもないが、考えるのはやめよう。
「なんだ、来夢?」
「あの……行ってらっしゃい♪」
 満面の笑みで、来夢はそう言ってくれた。
「……行ってきます」

 学校に備え付けられた武道場につくと、すでに練習を始めているの人物が一人いた。
「……今日は、三人一緒か。それよりも明人、いつから保険委員になったんだ?」
 そいつが俺達の姿を確認すると、苦笑を浮かべながらそう訊いてきた。
 俺は今、ここにつくまでの間何度も美紗のハリセンの餌食となり、ついに力尽きた
 空也を背負ってここまで来たのだ。
 こいつはいらん事を言い過ぎ。学習能力と言うものが無いのか。
 来夢の友達にてぇ出すとか、余計な事を口走るからこう言うはめになる。
 まったく、ウルカを背負った時とは大違いだ。
「俺だって、好きで野郎なんて背負いたくねぇよ。秋一」
 一文字 秋一。
 こいつは俺の……他界してしまった両親が再婚するまで、来夢を本当の妹のように
 可愛がっていた人物。
 こいつも、過去に母親を失っていて、その事で父親から忌み嫌われていた。
 少し前までひねくれていた性格で、俺とも衝突していたが、部活に入って一転。
 今では、こんな軽口を叩き合いながら、同じ部活にいる良き……好敵手だ。
「それもそうだな。で、そちらのじゃじゃ馬姫が、またおいたをしたのか?」
「……そんな所だ」
「って、ちょいと否定しなさいよ明人! 秋一も、じゃじゃ馬姫ってなによ!」
 そう言って美紗は雷纏うハリセンを――持ってるわけ無いよな。
 手に持っているのは、真っ白なただのハリセン。
 まずい。
 なれていない秋一にこの白い悪魔をあてるわけにはいかない。
「とにかく、早く肩の荷を下ろして、練習に入らないのか?」
 ナイス判断だ、秋一。
 俺は、その意見に同意した。

 その後すぐに、俺達(空也は美紗に強制帰還を受けた)は練習着に着替え、体を温める。
 しかし……秋一は凄いな。
 午後錬に出れない俺は、この朝錬をしっかりやっておけと言われ来ている。
 空也はそれに付き合ってくれているだけだ。
 美紗は陸上に朝錬は無いと言い張り、たまに付き合ってくれる。
 だけど……秋一は毎朝しっかり、朝錬にも参加して午後でも頑張っているらしい。
 ……そりゃ強くなるわけだな。

「実戦練習、付き合ってくれるか? 秋一」
「ん? ああ、わかった」
 体が温まったところで、俺は秋一に声をかける。
 承諾してくれたので、お互い竹刀を向け、静かににらみ合う。
 練習なので防具はほとんどつけていない。
 まぁ、お互い寸止めでというのが暗黙の了解であったからな。
「……行くぞッ! 明人ッ!!」『死ねよッ! アキトッ!!』
 な――ッ! なんだ今の声……秋一の声とダブった!?
 殺意が感じられる……いや、秋一がこんな事言うはずが……
「っと! あぶね……」
 秋一から繰り出される突きを、間一髪でかわす。
 ……俺は、いったん間合いをとって態勢を立て直すが……
(なんだったんだ……さっきの声……)
「おぉおおおッ!!」
「――ッ!」
 再び突っ込んでくる秋一を受け止めると、鍔迫り合いになった。
 すると、また変な感覚が浮かんできた。
『それが…お前の甘さだ!! スピリットごときにそんな考えを持つから!!』
 今度は、ハッキリと頭の中に響く。
 ……さっきから、何なんだよ!! 大体スピリットって――
「もらった!」
「ぐぁッ!? うっ……」
 す、寸止めの約束は? 秋一……マジで、頭直撃です……。

「へ? ちょ、ちょっと明人ッ! 明人ッ!! な、何やってんのよ秋一!」
「す、すまない……大丈夫か、明人!?」
「オレが保健室まで運んで行く! ……しっかりしろよ、明人」

 暗闇の中に、俺の意識はあった。
 いや、あるのかすらどうかわからない。
『ト……アキ……アキト様、これからの事についてですが』
 ふと、そんな声が聞こえてくる。
 俺は、この声に聞き憶えがあった。
 翡翠のような深緑の瞳を持ち、いつも柔らかい笑みを絶えず俺に向けてくれた――
『あなた達には無いその気持ちが……今のわたし達の力の源。アキト様を……思う気持ち』
 『献身』の、エスペリア……。
 いつも、俺のことを気遣ってくれていた。
 いつも、俺のことを考えてくれていた。

『……ん。それじゃ……』
 続けて聞こえてきたのは、無機質な声。
 そうだ。
 真っ青な瞳に長い水色の髪……そして、どこか放っておけない感じを漂わした――
『アタシは……アキトを護る。絶対に、護りきる。アキトは……アタシにとって――ッ!』
 『存在』の、アセリア……。
 無表情でそっけないけど、それは、ただ何も知らない純粋な存在だけ。
 俺は、そんな彼女が――。

『オルファはオルファで、パパはパパ♪ いいでしょ? ね、ね?』
 この底抜けに明るい、無邪気な声は……
 ああ、あの娘だ……
 緋色の瞳を持ち、それに負けないくらい赤い髪をした――
『だから、パパのこと苛める悪い奴は……オルファ達みんなで、殺すよ! 全力でッ!!』
 『理念』の、オルファリル……。
 この明るさは、いつでも俺達の考えを明るい方へと導いてくれていた。
 いつでも、いつまででも、絶える事の無い太陽のような、明るさだ。

『アキト殿……手前は……手前は、ここにいてもいいのでしょうか……?』
 この声……普段は寡黙で、それでいて自らの事を強く保っていたが……
 実は、心のどこかに寂しさを埋めるものを追い求めていたんだよな。
 青みがかった銀髪に、真っ赤な瞳を持った武人――
『『漆黒の翼』……今、全力を持ってアキト殿の敵を討つ!』
 『拘束』の、ウルカ……。
 彼女も、アセリアと同じ……純粋な、存在なんだ。
 ただ、戦う事しか教えられていないだけ……。

『あ、あの……アキト、さん』
 ? もう一人……これは……
『短い間でしたが……良くしてもらい……皆さん……ありがとう――』
 これは――ッ!! せ、セイグリッドッ!!

「うわぁあああ――ッ!?」
 俺は体をはね起こす。
 消毒液の匂いが、鼻を刺激した。
 ここは、保健室か。
 秋一にのされて、そして……俺は、全部思い出した。
 いや、思い出せたんだ。
「ここは、俺のいるべき世界じゃないんだ」
 呟いてみる。
 そうだよ。
 俺は、あの世界に戻って――
「あっ、お兄ちゃん。目が覚めたんだね♪」
 不意に、扉が開く。
 そこには心配したような、そして、どこかホッとしたような表情の来夢がいた。
「……来夢」
 俺は、心の奥底にこんな日常を望んでいたのかも知れない。
 ごく普通の親友に囲まれた……
 戦いも無く……
 それによって悲しむ事も、苦しむ事も無い……
 こういった、幸せな日々を。
「まったく、お兄ちゃんが倒れたって聞いて飛んできたんだからね」
「来夢、ちょっと……」
 だから俺は――
「ん? なに、お兄ちゃん?」
「……それじゃあな」
 こんな世界に、いつまでもとどまっているわけには行かないんだ。
「え……どうしたの? 急に……ホントに大丈夫?」
 俺は……帰るんだ。
 帰らなければ行けないんだ。
 じゃないと、このペンダントの気持ちも……
 他のみんなの気持ちにも、答えることが出来ない。
 そんな事は、絶対に嫌だ。
 俺は、かけがえのない仲間のいるあの世界へ――

 帰りたいんだッ!

「…………」
 明人は、静かに寝息を立てていた。
 静かだが、ちゃんと呼吸は安定し、顔色も悪くない。
 一命は、とり止めたのだ。
 それを看ているは、『賢者』ハーミット・ヨーティア・リカオン。
「さてと。ったく、どんな攻撃受けたらこんなエーテル消費する怪我すっかなぁ。
 それに……どんだけ迷惑かけてるんだろうね、この隊長さんは」
 わざと、大きめに声を上げて見せるハーミット。
 扉の向こう側に、聞こえるように。
「……いつから、お気づきでしたか?」
 扉の向こうからエスペリアの声が聞こえてくる。
「この隊長さんの治療を始めてすぐ、四人もやってくればわかるよ」
 そして扉が開き、エスペリア、アセリア、オルファ、ウルカの四人が入ってくる。
 全員、深刻そうな面持ちだ。
「そんなに辛気臭い顔してると、あんた達の隊長さんに笑われるよ? 
 笑顔で出迎えてやらないといかんぜ? ここまできたら大丈夫だから」
 あのオルファでさえ、今の表情は暗い。それほどショックが大きいのだろう。
「……まぁ、あたしが看てるより、あんた等に看てもらった方がいいかな」
 そう言って、ハーミットは腰を上げた。
 同時に、四人が明人の周りを囲んだ。
「アキト……生きて……お願い……」
 アセリアは明人の顔を覗きこみながら、そう言放つ。
 その表情は、いつもの無関心なものでは無い。
「パパ、目が覚めたらね……オルファが、沢山おいしい料理作ってあげるから……」
 続いて、今にも泣き出しそうなオルファが――いや、
 少しでも刺激すれば、今のオルファは簡単に泣き出すであろう。
「手前は、無力です……アキト殿が危険にさらされているというのに……何も、出来ない」
 眠っている明人を見て、ウルカもオルファと同じような状態。
「わたしの力が足りないばかりに……セイグリッドさんだけでなく、アキト様まで……」
(っか〜、幸せ者っつうかなんつうか……うん。やっぱ、幸せ者だわ。こいつ)
 ハーミットは、苦笑しながらその光景を見守っていた。
 甘ったるい雰囲気が、少し離れたこの位置までびんびんに伝わってくる。
「……呼んだか? エスペリア……?」
「え――! あ、アキト様ッ!!」
 不意に、聞き慣れた声に名前を呼ばれ、目を見開いて驚くエスペリア。
 明人の目は、薄っすらと開いていた。
 それを確認した、四人の反応――まず、行動に移したのはアセリアだった。
「――ッ! あ……う……」
 顔を真っ赤にして、アセリアは部屋から飛び出して行く。
 嬉しいはずなのに、なぜか明人の顔を見ると恥ずかしくてたまらないためであった。
「あれ? アセリア……?」
 虚ろな瞳で、明人はアセリアを見送った。
 少し、寂しいような感覚に襲われる。
「パ……パ……――パパッ! よかった……よかったよぉ……ッ! ヒック……」
 オルファは緊張の糸が切れたらしく、泣き出してしまった。
 止めど無く流れ出てくる涙をぐしぐしと両手で拭っている。
「オルファ……心配かけたな。もう、大丈夫だよ」
 手を伸ばし、頭をなでてやりたいが……どうにも、体が言う事をきかない。
 ――こんなに、みんなに心配かけてしまったんだ――
 事の重大さにやっと気付き、今まで気付かなかったそんな自分に少なからず苛立ちを
 覚える明人。
「あ……の、アキト殿」
「……ウルカ、すまなかった。本当に、心配かけて」
「あっ……いえ……」
 ウルカは褐色の色をした頬を赤くし、明人から目をそらす――
 というより、見れないといった感じだ。
 アセリアに先をこされなければ、自分もこの場から退散したい。
 嫌な意味ではなく、恥ずかし過ぎるからだ。
「はいはいはい。感動のご対面は、明日以降にしな。まだ、目が覚めて間も無いだろ?
 今はゆっくり休ませてやるんだ。いいね?」
「……わかり、ました。すいません、アキト様……ごゆっくり、お休みください」
 まだ何かいいたげのエスペリア達をハーミットは制す。
 まだ、明人の意識はハッキリとはしていない。
 もう少し休む必要があるだろうと判断したためだ。
「みんな……ホントに、ゴメン……な」
 再び、明人は目を閉じた。 
 
                             第八話に続く……

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