第六話 わだかまりの追求
――そうだ……俺は、いったい何のために戦っているんだ?
――何のために、罪の無いスピリットを斬ってきたんだ?
「アキト様! 逃げ……キャアアア!」
――来夢を、守るため? いや、それだけじゃないはずだ……。
――たしかに……やつの言うとおり、俺の自己満足かもしれないかもしれない……。
「アキト……!」
――俺は……俺は一体何のために……!
「パパッ!」
「アキト殿ッ!」
「どうした? 何を呆けているんだ……明人ッ!」
「くっ――秋一」
これより、一日前のこと……
明人達は新しく仲間に加わることになったセイグリッドの療養もかね、いまだに
バーンライトの首都、サモドアに滞在していた。だが、それ以外にも理由があった。
最近の任務は、国同士の国境付近で行われているため何かとバーンライトのほうが
便利なためである。ここから離れるよりも、効率がいいのだ。
「ふぅ、やれやれ……だな」
この日も任務から開放された明人は、バーンライトの宿舎で一息ついていた。
最近はダーツィ公大国との小競り合いが続き、緊張した状態が続いてるため、
ほぼ毎日の様に小規模な戦闘が行われたいたのだ。
「あ、あの……アキト、さん」
少し、言いにくそうな声で明人を呼ぶ声がする。
明人はその方向に目線を向けた。
そこには、長い黒髪をなびかせるブラックスピリットの少女が一人。
「ん? セイグリッドか。もう、動いても大丈夫なのか?」
そう。彼女は先日ウルカが助けた、セイグリッドであった。
ニムントールの応急処置が功をそうし、あれからすぐに意識を戻し、
回復へと向かっていたのだ。
「はい、おかげさまで……このたびは、何から何までお世話になりまして……」
戦闘時とは雰囲気が一変し、頬を少し赤らめ、いたって普通の少女であるセイグリッド。
セイグリッドが仲間に加わった決め手はというと……もちろん明人が関係していた。
明人はセイグリッドの目が覚めたと聞き、その部屋へと向かった。
「入るよ、セイグリッド」
「……はい」
ノックをすると、少し間を置いて、返事が返ってくる。
それを聞き、明人は静かに木製の扉を開ける。
「もう、体のほうは大丈夫か?」
ベッドの上で身を起こしているセイグリッドに、それなりに話題を振ってみた。
「……もう、大丈夫です……」
そう言うセイグリッドの面持ちは、どことなく狼狽している。
「一つ、言っておく事があるな。セイグリッド、君はラキオス王国スピリット隊の
配属が決まった。もちろん、みんなもう承諾している」
もう二度目となると、誰も否定するものはいなかった。
セリアも、自国が助けたスピリットならいいと判断したのか。
「そう、ですか……ですが、ワタシも……サーギオスの裏切り者になるんですね……」
この事が、どうやらセイグリッドを精神から疲れさせている事柄なのだろう。
明人はそんな様子のセイグリッドの側まで歩みより、
ベッドの隣りにあるイスに腰掛け、話しかける。
「その事は気にするな……とか下手な慰めはしない。もう、ラキオスの一員なんだ。
一人で、全部背負おうとするなよ。何かあったら、俺やウルカやエスペリアに
相談すれば言い。せっかく、仲間になったんだ。遠慮しなくていいんだから……な」
出きる限り、優しい表情を作って、明人は言う。
「え……あっ、はい。そう……ですか」
それを見て、聞いたセイグリッドは、顔を真っ赤にし、俯いてしまった。
と、いった経緯があったのだ。
もちろん、明人はセイグリッドの気持ちには、気づいていない。鈍感、なのである。
そして、それからセイグリッドは徐々に隊員と交流が広まっていた。
「えっと……ここは、こう……ですか?」
「……そう……そこを通して……ん。これで、完成……」
アセリアの部屋に呼ばれたセイグリッドは、成り行きでアセリアに小物作りを
教えてもらっていた。
アセリアから誘ったのだから、これほど珍しい事は無い。
最初は戸惑っていたセイグリッドも、段々と作る楽しさにはまっていた。
「うわぁ……ワタシにも、こう言う事が出来たんですね……今まで、
戦ってばかりだったから……」
自らが作った木彫りのペンダントを見て、セイグリッドは感嘆の声を漏らした。
「……あたしも、戦ってばかりだけど……」
「え――?」
「気に、する事は……無いと思う……あんまし、関係無いと思うから……」
「へ? 料理……ですか?」
「はい。少し、やってみませんか?」
そうエスペリアに声をかけられて、驚きの声を上げるセイグリッド。
そんな様子を見て、エスペリアはいつもどおりの優しい笑みをしながら言葉を続ける。
「こういう事は、やっぱり嫌でしょうか?」
「い、いえ。あの……ホントに、ワタシでもできるんですか?」
「はい♪ 練習すれば、誰だって上手になりますよ。それは、実証済みです」
「? 実証済みですか?」
エスペリアの言葉にセイグリッドは微かな疑問がかかった。
「わたしが、証人なんですよ。わたしも、最初から上手ではありませんでしたから」
「そう、なんですか……」
そして、セイグリッドは少し考えた後――
「あの、よろしくお願いします」
「ねぇねぇ、セイグリッドお姉ちゃん」
セイグリッドが部屋に入ろうとしていたところ、背後から声をかけられる。
そこには、真っ赤な髪を普段のツインテールから下ろしたオルファが立っていた。
時間帯は夜。もう寝る準備をしていたらしい。
「なに、えっと――」
「オルファでいいよぉ。でね、ちょっと……訊きたい事あるの」
一呼吸置いて、オルファが嬉しそうに口を開いた。
「あのね、セイグリッドお姉ちゃんって、パパの事……好き?」
「は――ッ! え、ええッ!? い、いきなりなんで!?」
とりあえず、オルファが明人の事を『パパ』と呼ぶことは理解していた。
それ故に、セイグリッドはこの的を射過ぎた質問に焦りまくる。
「……オルファは、好きだよぉ♪ アセリアも、エスペリアも、ウルカも、
他のみんなも……みんな、大好きだよ♪」
「あっ――」
と、ここまで聞いて、これは別に深い意味で『好き』と言う事ではない事が分かった。
「……ワタシも、アキトさんの事は――」
「あれ? 二人共、なに話してるんだ?」
今、まさにセイグリッドが言おうとした瞬間に、アキトがこの場にやって来た。
もちろん、この事により、今の質問はうやむやになって閉まっていた。
「フッ――ちぃ……はぁあああ!」
ウルカはセイグリッドの斬撃をかわし、『拘束』の一撃を放つ。
「くっ! うぅ……やぁあああ!」
セイグリッドは何とかといった様子で、『刻印』で弾き飛ばす。
いったん、二人の距離は開いた。
それと同時に、訓練場に木霊する声と、神剣が重なる音が止む。
ウルカとセイグリッドの、模擬戦闘だ。
これは、セイグリッドの実戦の感を取り戻すために、ウルカが頼んだものだった。
「ふぅ……さすが、セイグリッド殿。やはり、あなたとの手合わせは……心、踊ります」
「いえ……ウルカさんも、力を落としたとはいえこの速度は……」
にこやかに会話をする二人。
それは、よき仲間として……そして、よき好敵手に向けられるものだった。
二人の間に、もうわだかまりは無い。
「……セイグリッド殿は、手前の――手前達の、大切な仲間です」
ふと、ウルカはそう呟いた。思った事を、そのまま言葉に発していたものだ。
「……あ、ありがとう……ございます」
それを聞いたセイグリッドは、面食らったような表情を作った後、
気恥ずかしそうに顔を俯けた。
その俯けた表情は、嬉しそうなものであった。
「あの……次の任務からは、同行も出きると思いますから……その……」
自分でも顔が赤くなっていくことが確認できるくらい、緊張しているセイグリッド。
――ワタシが、こんな感情を持ってもいいのだろうか?
そんな事をふと、考えてしまう。
「まぁ、でも無茶はするなよ。ん〜、エスペリア、お茶を一杯もらえないか?」
そんなセイグリッドの様子に気づく事も無く、奥の厨房にいるエスペリアに声をかけた。
「あ、はい。ただいま」
すると、エスペリアの返事が返ってくる。どうしている事がわかったのかは……秘密だ。
そして数分すると、エスペリアがティーカップを三つトレイにのせて奥から出てくる。
こちらもセイグリッドがどうしているか気づいたのかは、秘密だ。
「わたしも、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
「かまわないよ。それじゃ、いただきます」
明人は早速、エスペリアが淹れてきてくれたお茶を一口すする。
ミントか、何かだろうか。透き通るような感覚があり、明人はため息を一つついた。
「……最近、無理をしていませんか? アキト様」
それに気づいてエスペリアが、心配そうに声をかける。
「そう……見えるかな?」
少しおどけたような言い方の明人。だが、明らかにその表情には疲れが見えた。
こういった細かい配慮ができるエスペリアは、なかなかに凄い。
「理由は、お訊きませんが……お体には気をつけてくださいね」
「ありがとな。……さてと。エスペリア、こんな時になんだが、セイグリッドに現在の
戦況をいろいろと教えてやってくれないか? 今度の任務の時に、連れて行きたい」
アキトの言葉を聞いたセイグリッドが、「へ?」とでも言いたそうな表情を作った。
「はい、わかりました。セイグリッドさん、これを飲み終えましたら、私の部屋まで
来てくださいね。現在の状況と、隊員について少し、お話しましょう」
そして優しい笑顔をセイグリッドに向けるエスペリア。いつもどおりだ。
「……あ、はい。よ、よろしくお願いします」
急に話を振られて少し焦るセイグリッド。それを見て明人は小さな笑みを見せる。
「……うん、エスペリアのお茶のおかげで気持ちも落ち着いたよ。少し、訓練してくるな」
そう言って空になったティーカップを机の上において明人は部屋を後にする。
「だいぶ扱いになれてきた……か」
少し宿舎より離れた場所にある仮設の訓練施設で、明人はたたずんでいた。
たしかに、ここ最近の連戦で戦いなれをしてきた事が嫌でもわかる。
だが、それはあまり嬉しいものではなかった。
戦いの中で、自分が生き残っている。それは、それだけ向かってくるスピリットを、
斬り捨ててきたと同じ事だから。
何人も、罪の無いスピリットを殺してきたという事だから。
「アキト……ちょっと、いいか……?」
明人がそんな事を考えながら『求め』を構えていると、不意に声をかけられる。
静かな場所だから、こんなに良く聞こえたのだろう。声の主は、アセリアだった。
「……ちょっと、訓練に付き合ってくれるか……ん……でも、疲れてるなら……」
「いや、俺も今訓練しようと思っていたところだ。よろしく頼む、アセリア」
「ん……じゃ、きて……」
アセリアが『存在』を取り出し、構える。だが、ハイロゥは出していないようだ。
それに気づき、明人も完全には『求め』の力を開放しない。
「いくぞ! たぁあああッ!」
まずは明人が攻勢に出る。明人は上段に構え、空中を走った。
十数分後――明人の足が止まった。
「はぁ……はぁ……」
明人はアセリアに攻撃を放つものの、ほとんど受け流され、全然相手になら無い。
それほど、アセリアは実力者と言う事だ。
「……ん……」
汗まみれの明人とは対照的に、アセリアは涼しい顔をして立っている。
まぁ、これでもまだ最初に比べるとマシになったほうである。
初めのうちは、アセリアと一緒に訓練しようものなら明人は確実に倒れていたのだ。
無茶をする明人と、それを止めない――というか止めれない――アセリア。
ある意味、訓練するには不向きな組み合わせだったから。
「……アキト、今日はもう……」
そんな明人を見て、アセリアは『存在』を元あった鞘に戻す。
アセリアはこんな明人の相手をしている内に、加減というものを憶えた様である。
「お、おい……俺は、まだ」
「ダメ。アキト、疲れてるだけじゃない。剣からわかる。何か……迷ってる」
「――!」
まだいけると言う明人に、アセリアがそう言い放つ。
「……ホントの戦いなら……死んでる。ん、だから……まず、それを無くすことだ」
明人に背を向け、アセリアはこの場を去って行った。
(俺が……迷っている? 俺は……!)
広場に残された明人はしばらくその場に座り込んでいた。
それは疲労のためだけじゃない。
……やはり空也と美紗の一件は明人にとって精神的にダメージが大きいようだった。
無理やり押さえていたやりきれない気持ちが、一気にこみ上げてくる。
(くそっ! どうすりゃ、いいんだよ……)
――アキトに死なれちゃ、困る……困る? なんで――
部屋に戻った後、アセリアはそんな事を考えたが、声には出さない。
胸に、何かもやもやとした感覚があった。
これは確か――明人がウルカを追いかけて行った時にあった感覚に似ていた。
他にも、オルファが明人に抱き付いてた時や、エスペリアが淹れた紅茶を一緒に
飲んでいる所を見た時にあった感覚に似ていた。
甲冑を外し、その胸に手を当てて見ると、微妙に鼓動が早まっている事がわかった。
しかし、理由まではわからなかった。
今までに無い感覚に、アセリアはただ、困った風に顔を傾けるだけである。
明人は次の日、宿舎のリビングにエスペリアを呼んでいた。
「え? 今日の訓練は中止……ですか?」
意外な言葉に、エスペリアが少しの驚きをこめた瞳を明人に向ける。
「ああ……俺が休みたいのもあるけど、たまにはみんながみんな休むのもいいと思ってな。
……ダメか?」
次の日になってもまだ気持ちの整理がつかなかった明人は、今日行われる訓練の中止を
エスペリアに伝えていた。
基本的に、スピリット隊の訓練の時期などは隊長に一任されている。
面倒な事を押しつけている……といったのが本当の理由であるが。
そんな明人の質問に、エスペリアは少し驚いていたが、
すぐにいつもの穏やかな表情に戻し――
「いえ、みんなも喜ぶと思いますよ。久しぶりに、自分の趣味に集中できるので」
そう答えた。どこと無く、嬉しそうな表情で。
「すまん。みんなに、伝えておいてくれ」
とりあえず、明人は自室に戻ったものの、ベッドに寝転がっていた。
「そういや、エスペリアはみんなの趣味って言ってたけど……何してるんだろ?」
訓練を中止にしたはいいが、暇を持て余す結果になってしまった。
ここに来てから、こんなにゆっくりとした時間が無かったから、
逆にどうやって気を紛らわすか悩む。
そこで、エスペリアが言っていた事を思い出した。
みんなの趣味……という言葉を。
「見に、行ってみるか」
明人がまず向かったのは、部屋が近いと理由でアセリアの所だった。
「アセリア、お邪魔するよ」
ノックをして、扉を開ける明人。
「……ん……アキトか……」
いつも着ている白い甲冑を脱ぎ、薄い下着のようなワンピース姿のアセリアが
『存在』を抱えている。
「剣の整備中か?」
「……ん……」
アセリアの趣味は、永遠神剣の手入れ。それと――
「そうだ……アキト、渡したいものがある……」
そう言ってアセリアは、机の引出しの中にあるペンダントを取り出す。
細かい箇所までしっかりと作られおり、中心にはラキオスの紋章も彫ってある。
そう。これはアセリアの趣味の一つ、小物作りだ。
神剣の手入れをしている内に、自然と手先が器用になって、得意になったのだ。
「これ……もらっていいのか?」
「アキトの……知り合いのエトランジェ、小さいのに……渡して」
アセリアの言う明人の知り合いでエトランジェ、そして小さいのといえば、来夢だ。
「あ……あぁ、こういうのは、自分で手渡したほうがいいと思うぞ」
「? そう、なのか?」
明人の言葉に不思議そうに顔を傾けるアセリア。
普段、戦闘では見せない可愛げのある仕草に、明人は内心ドキリとする。
「ま、まぁな。来夢も、そのほうが喜ぶと思うし」
「でも……ライム、ここにいない。だから、アキトに頼んで……」
「……俺も、そう簡単に合えるわけじゃないし。……だけど、絶対に取り戻すさ」
「そう……か。ん……わかった」
何がわかったのか、と、明人はツッコミを入れようとしたが、
どうこうなるものでは無いと判断し、アセリアの部屋を後にした。
「アセリアの意外な趣味を発――? 台所から……これはオルファの声か?」
続けて明人は、宿舎の台所から漂う何かの匂いと騒がしい声によって引き寄せられた。
覗いてみると、そこにはエスペリアの服の緑地を黒に変え、
一回り小さくしたようなメイド服を着こんだオルファと――
「? う、ウルカ?」
これまた、同じ服を着こんだウルカが、台所に陣取っていた。
アセリアと同じく、この格好は普段のウルカからは考えられない程で、
かなりのギャップがある。
「えっと、ここをこうして〜……出っ来あがり♪ はい、ウルカもやってみて♪」
見事な包丁(らしきもの)さばきで、野菜その他もろもろの材料を切っていくオルファ。
「う……む。これを、こうして……」
オルファに促され、ウルカが続けて言われたとおりに野菜に手をつけるが……
どうにも上手くいかない。形がオルファのものと比べ、かなりいびつなものだ。
どうやら、オルファがウルカに料理を教えているらしい。
オルファは幼い外見からは考えられないくらい家事が得意で、
時々エスペリアの手伝いをしている位の腕前であった。
「ちがうよ〜。だから、ここをこう……」
「う……うむ」
それに比べてウルカはこういう戦闘能力以外の作業が苦手らしく、
凄まじく四苦八苦しているようだ。
しかもかなり集中しているらしく、明人が来たことに二人は気づいていない。
「今日のお昼ご飯だからしっかりやらないと……って、それは入れちゃだめぇ!」
脇にあるスープなどを煮るための鍋の中に、ウルカは袋の中身を全てぶち込む。
それと同時に、オルファが声を上げた。
「な……ッ? ならばこれは……」
「にゃあああッ! それは混ぜちゃまずいのぉ!」
もう一方の調味料か何かをやや多めに鍋の中に入れると同時に、
再びオルファの絶叫が聞こえる。
「うにゅ……う、ウルカ〜、こっからはオルファがやるから……お昼ご飯だから、ね?」
「昼飯!? だ……大丈夫、か?」
あんなオルファの悲鳴を聞いた後で、安心してこの場を後にするわけにはいかないが、
今ここで自分が乱入すれば頼みのオルファがこっちへと向かって来て、
取り返しがつかないことになる可能性が見出せたので、そそくさと宿舎の外へと出た。
「さて――ん? あれは……エスペリアか」
「♪〜♪〜♪〜」
庭には花壇があり、エスペリアはそれの手入れをしているようだ。
色とりどりの花が、花壇を埋め尽くしている。
「あっ、アキト様」
遠巻きに見ていた明人に気がついたエスペリアは、手入れをいったん中止し、
明人のもとに駆け寄ってくる。
「わたしに、なにかご用ですか?」
「いや、みんな何しているんだろうな……って、思って見て回ってるんだよ」
「そうですか。でしたら少し、花壇を見てきませんか? 最近咲いたばかりですので」
「あぁ、それじゃ、見せてもらおうかな」
花壇を見てみると……見事に咲いている花ばかり。
いつのまに、こんな花を植えていたんだろうか、エスペリアは。
見ているだけで、心が休まるような気がした。
「……キレイ、だな」
それを見た明人は正直な感想を述べる。
「えっ? あ、ありがとうございます。……花は、きちんと手入れをすればそれに
答えてくれますから、育て甲斐があるんですよ」
エスペリアは微笑みながら花を見つめている。
「それに……今のアキト様の心が、少しでも癒されるのならば……」
「……さっきからありがとな、エスペリア。大丈夫だって」
エスペリアの穏やかな表情を見ていると、心が休まる。花とはまた違った安心感だ。
正直、明人は最近考える事が大すぎだった。
空也と美紗の出現に便乗し、来夢の事まで考え始めたからである。
それに、スピリットを殺すのも、明人にとっては人殺しと同じような事だった。
しかし、今はそうやっていくしか、来夢の安全が保証できない。
なら仕方ない……そう割りきろうとするが、なかなか難しい事柄だった。
「うん。俺、もっかい部屋戻ってみるよ」
「はい、わかりました」
「あっ、アキトさん、探していたんです」
明人は廊下でセイグリッドと遭遇する。
手には、何かを握っている様だ。首飾りか何かだろうか。
「セイグリッド? 俺を探してたって……何かあったのか?」
「あ、あの……コレ「エトランジェッ!」」
セイグリッドの言葉をさえぎるようにニムントールの大声が響いた。
「どうしたんだ、ニムントール」
慌てた様子のニムントールを見て、明人は表情を強ばらせる。
なんとなく、あとの言葉は予想できていたから。
「こりもせずまた奇襲だよ! 今度は、サーギオスの連中。すぐに準備してって!」
「今回は防衛戦です。ここ、首都サモドアに侵入した敵スピリットをすべて殲滅します」
「手加減は、一切無用。今回は帝国が相手……油断が死に繋がります」
例によってエスペリア、ヒミカが指揮を取っている模様だ。
「エスペリア、敵に指揮官はいるのか?」
「不明です。ですが……情報によりますとエトランジェらしき人物が確認されています」
明人の質問に、エスペリアが答えた。その内容は、決して芳しくないものだったが。
「確かに……手前は、サーギオスで一度ですがエトランジェを見ております」
「そう……ですね。ワタシは見たことはありませんが、噂には聞いています」
ウルカとセイグリッドが、説明に補足を加えた。
帝国にも、エトランジェの存在があるらしい。
「……アセリア、エスペリア、オルファ、ウルカの四人は俺に同行して本隊を……
残りのスピリットでここ司令部の守備と俺達が逃した敵を頼む」
「え――ワタシを、連れていってくれるんじゃないのですか……?」
メンバーを分けると、セイグリッドが不満そうに言いかけるが、
明人はそれを遮る様に言放つ。
「……悪い。なんか、嫌な予感がするんだ。今回は、ここに残ってくれ」
「でも――……わかり、ました」
なにかやりきれない表情で、セイグリッドが首を縦に振った。
「みんな、ここを……頼んだぞ」
明人の真剣な表情に後押しされ、全員が真顔で頷いた。
入り口で……もうすでに、敵部隊は進入を開始していたため敵の本隊はこの
入り口にいたのだ。
「……いく、ぞぉッ!」
「う――わぁあああ!?」
明人の放つ衝撃波が敵スピリットを襲い……切り裂いていく。
マナの粒子へと、また一人スピリットを還した。
「手前の剣筋……受けてみよ!」
ウルカの一線が、敵スピリットの体制を崩す。
「そこだね! マナよ、火球となれ! ファイア・ボールッ!」
そこにオルファの神剣魔法が直撃し、灰も残さず焼き尽くした。
「『存在』よ。わたしに力を……はぁあああッ!」
『存在』を一振り、二振りする度にスピリットを確実に消滅させていくアセリア。
『ラキオスの青い牙』の異名は、伊達じゃない。
「そこぉ……ッ!」
「くっ!?」
そして、最後の一体はわざとガードさせるような攻撃を繰り出し、注意を引くアセリア。
「そこです。たぁあああっ!」
「――! あ……く……」
そこに薄い緑色のオーラをまとったエスペリアの『献身』が、少女をくし刺しにする。
エスペリアが体制を立て直すと、いったん五人は一箇所に集まった。
お互いがお互いの背中を預ける様に。
「数が、半端じゃないな」
戦闘でにじみ出た汗を服の袖で拭い、明人が肩で息をしながら言い放つ。
明人の言うとおり、先ほどから倒しても倒してもスピリットが出てくる。
「えぇ……どうやら、サーギオスは本気でここを取り戻す気みたいですね」
まだ、どこに潜んでいるかわからない敵に気配をやりながら、五人は硬直状態に入る。
そして、その均衡を破ったのは……オルファだった。
「う〜……ウルカ、あれ、試してみようよ」
「……わかりました。ですが、ぶつけ本番です。オルファ殿、無理はいけませんよ」
なんのことやらと、首をかしげる明人、エスペリア、アセリアを尻目に、
二人は会話を進める。
「まかしといて♪ じゃあ…いっくよ〜!」
「手前達の周りから離れないでください……」
オルファとウルカが、同時に詠唱を始める。
「赤の、破壊的な力……」
「黒の、自在な動き……」
『今、その二つを合わせ、敵を討つ炎の雨となれ』
オルファの手に赤い光球、ウルカの手に黒い光球がそれぞれ現れ……
「見えなき者の気配を察知……」
「いっけ〜ッ! ブラッド・レインだよッ!!」
空中で一つになると、赤い炎の槍が無数に、まさに雨のように辺りに降り注ぐ。
「なっ――! そん……キャアアア!?」
「や――いやぁぁぁ!?」
「が――ッ!?」
すると、どこからともなくいろいろな断末魔が聞こえてくる。
炎の槍が、敵スピリットの気配に反応し、次々に撃ち貫いているのだ。
「隠れたって、無駄なんだからね〜だ!」
自在に動く炎の槍のおかげで、たいした時間もかからず断末魔は聞こえなくなった。
だがそこに、まだ一つ気配が残っている。
「……この気配……色が無い? アキト殿……どうやら、来たようです」
「サーギオス側の、エトランジェか」
間髪入れずに、声が聞こえてくる。
「たいしたもんだな。これだけのスピリットを全滅させるなんて……なぁ、明人」
明人は、この声に聞き覚えがあった。しかし、この声を聞くと思い出されるのは……
負の感情と、殺意のみ。
「貴様は……秋一ッ!」
明人達が前線に出払い、手薄になった本部をやはり敵が強襲してきていた。
それの迎撃に、残ったスピリット全員で応戦している。
「野原に浮かぶ燎火さえも切り払い、数多の星々のごとし速さを模した刃を……ここに!
『刻印』よ、力を開放して! 奥儀……星火燎原の、太刀! だぁあああッ!」
そこに一人、孤軍奮闘しているスピリットがいた。
セイグリッドである。
そのセイグリッドの『刻印』による一撃が、敵を切り裂いた。
切り裂かれ、黄金の塵と化していく元同朋の姿を悲しそうな瞳で見つめるセイグリッド。
「……やるわね、あなた」
それに負けじと、セリアが続いてセイグリッドの背後に迫る敵スピリットを打ち倒す。
『熱病』が走った後は、青い放物線が描かれていた。
「でも、油断は禁物。いくら強くったって、一瞬が命取りになるんだから」
続いて、セイグリッドの背中を守るかのごとく、ニムントールも合流した。
手に握られた『曙光』が淡い光を放ち、いつでも防御壁が展開できる体制でだ。
どうやら二人共、本気でセイグリッドの事を認めたらしい。
「ありがとうございます。アキトさんが戻るまで、ここは絶対に落とさせません」
そう言い残し、セイグリッドは艶のある黒髪をなびかせ、苦戦をしているヘリオンの
手助けに向かう。
「……そうよね。なんだかんだいっても、隊長さんは良い人だから……
帰る場所くらい、確保しといてあげるなきゃね」
ポツリと、セリアがそう漏らす。
「……セリアさんも、エトランジェの事認めてきたんだ」
「……ニム、いつまでも意地張ってちゃダメよ。あたしはハリオンさんと合流するから、
ニムはネリーとシアーの援護に向かって。あの二人は、ヘリオンと同じ位危ないから」
そう言ってセリアは微笑をニムントールに向け、特に敵が密集してる場所の
迎撃に回っているハリオン達の部隊へと合流するべく、この場を後にした。
「……別に、意地張ってるわけじゃないけどなぁ」
「あわわわッ! ね、姉さん! あぶっ、危ない!」
「くぅッ! つ、強いよぉ……!」
ニムントールの耳に、二人の悲鳴が聞こえる。
どうやら、本当に苦戦しているらしい。
「やばっ! ネリー、シアー! 今行くからふんばってて!」
「ヘリオンちゃん、そこッ! ダーク・エンチャントッ!」
「はいっ! マナの結合すら切り裂く一撃……いきます! 雲斬霧消の太刀ッ!」
ヘリオンの『失望』に向けて、セイグリッドが呪文を放つ。
これは、セイグリッドがもつ特有の神剣魔法――属性付加魔法だ。
これにより、ヘリオンの攻撃は一時的に全て属性攻撃となる。
つまり……
「たぁあああッ!」
「――ッ! 威力が、さっきと違うわぁあああ!?」
ヘリオンの攻撃力が、一気に増すという事だ。
この攻撃により、敵グリーンスピリットは防御壁を貫かれ、致命傷を負う。
「はぁ……はぁ……ありがとうございます、セイグリッドさん! 助かりました!」
ツインテールに結った黒髪をピョコピョコっと揺らしながら、
ヘリオンはセイグリッドに頭を下げる。
とりあえず、ヘリオンの周りは一段落ついたらしい。
警戒範囲に敵の気配は見られなかった。
「今度からは、一人で戦わないようにね。今のあなたは、未成熟な身……
自分の今の力を、ちゃんと考えないといけませんよ」
ふふっ……と、細い笑みを浮かべ、セイグリッドはヘリオンに話しかける。
まるで、妹を諭す姉の様だ。
「は、はいっ! って、前にもファーレーンさんに言われたばかりなんだけどなぁ……」
「でも、あなたはとても良い素質を秘めて――ッ! この気配は……」
先ほどの表情とは一転して、セイグリッドの表情が強ばった。
長い黒髪をなびかせ、敵の拠点――明人達がいる方へと視線を向ける。
「この気配……まさか、あの人がアキトさんに――! 力が強くなってる……」
「あっ、セイグリッドさん! どこに行くんですか!?」
「いくわよ! インパルスブロウッ!」
セリアの二連撃が、敵スピリットを思いきり吹き飛ばす。
手ごたえは、十分あった。このスピリットはもう、時間の問題だろう。
「我が力の源……月明かりの力を得て、全てを断ち切る! 月輪の太刀!」
続いてファーレーンが黒色に光る刀身を走らせ二体、三体と敵スピリットを次々と
打ち倒していく。
悲鳴すら上げさせない、凄まじい剣撃でだ。
「『消沈』、わたしの呼びかけに答えて……敵を、焼き尽くす炎を……アーク・フレアッ!」
ナナルゥの呪文により、天空から巨大な火柱が敵陣に降り注いだ。
そして、言葉どおり反応に遅れた敵を焼き尽くす。
「陣形が崩れた……ハリオン殿、いくぞッ!」
「はい〜。ヒミカさ〜ん、慌てなくても、敵は向かってきますよ〜」
そして、残ったスピリットの掃討にはヒミカとハリオンが向かった。
「それもそうです……が! 未熟な者ほど、早く死ぬ事となりますね!」
ヒミカに突撃してきたスピリットは、一線のもとに薙ぎ払われた。
ヒミカの言うとおり、己の力量もわきまえず、突っ込んできた未熟なスピリットだ。
その切り口からは、炎の手が上がっていた。これはヒミカの属性攻撃の特徴である。
「そして〜……仲間を見捨てて退こうとする人も、早く死にますよ〜?」
背を向けて退却し様としているスピリット目掛け、ハリオンは『大樹』を
思いきり投げ付けた。
そのスピリットは何が起きたのかわからず、くぐもった悲鳴を上げ、絶命した。
すぐさまハリオンは普段のおっとりとした態度からは想像できないくらい
素早く『大樹』の元にかけより、敵の退路を塞ぐ。
「どうせ助からないんですから〜……いさぎよく、私たちに殺られません?」
そして、ハリオンの見せる微笑に……この場にいる全てのスピリットが戦慄した。
(……ん? 今のは……セイグリッド? あの人、どこへ――)
セリアは遠方に、黒い影を発見した。
一瞬だったが、セイグリッドに見える。
敵意が感じられないブラックスピリットなので、多分そのとおりだろう。
「た、大変ですッ! セイグリッドさんが、アキトさん達の方に向かっちゃいましたッ!」
入り口から悠然と歩いてくる人物――それは、明人がもっとも忌むべき存在……
現実世界で来夢をめぐり衝突がたえなかった、一文字 秋一、その人だった。
手には当然、永遠神剣が握られている。赤黒く、なんとも毒々しい色だ。
「久しいな。まさか、ラキオスのエトランジェがお前だなんてな……都合がいい。
僕の邪魔になる貴様を殺す正当な理由が出来たんだからなぁ」
クックック……と、喉を鳴らす秋一。
その瞳は狂気に満ちている。明人を殺す事を、今か今かと待ち望んでいたから、
こんな目をむける事が出きるのだろう。
「貴様ごときに、殺られるつもりはない! 逆に、ここで決着をつけてやる!!」
この時の明人は、アセリア達を完璧に黙らせるくらいの殺気に満ちていた。
こちらも秋一同様にこの、自らが忌むべき存在を殺す事を待ち望んでいたかのごとく。
「言ってくれるな。威勢だけは、ムシケラとしては上出来だ……
だがな、貴様と僕は決定的に違う」
「……何が言いたい?」
「貴様は、弱い心の持ち主だということだ。貴様の持つ『求め』から伝わってくるぞ……
迷い、戸惑い、来夢を守るというただの自己満足を付属し、自分がやってる人殺しを
肯定し様としている」
明人の目が見開かれる。驚愕の表情だ。
「そ、それは……」
そして、膝を着く。一気に、自分がしている事への感情が膨れ上がってきた。
空也と美紗の事。来夢の事。そして……自分のやってきた、人殺しという事を……。
「明人……いや、今はエトランジェ・アキトか……」
その明人に向かって、ゆっくりと歩み寄る秋一。
「アキト様! 逃げ――キャァアアア!!」
「邪魔を、するなぁ!!」
間に割って入るエスペリアを、神剣の一振りで吹き飛ばす。
秋一の力は……圧倒的だった。力を完全に操っている様である。
「アキト……!」
初めて感じる恐怖に動けないアセリアが珍しく大きめの声で呼びかける……
が、明人に反応は見られない。
「パパッ!」
「アキト殿!」
続けてオルファとウルカも同じように呼びかけるも、やはり反応が無い。
「どうした? 何を呆けている……アキトッ!!」
「くっ――シュウイチ……」
「ふん、お前の存在自体が邪魔なんだ……この世界で、朽ち果てるがいいっ!」
秋一が両手で神剣を握ると、高速で明人に向かい突撃してくる。
「し、しま――」
明人は『求め』を構えようとするが、間に合わない。
「死ねよっ! アキトォ!」
だが、この二人の間に割ってはいる者がいた。
それは――
「そんなこと、させない! アキトさん!!」
明人の目の前に、黒い影が一つ立ちはだかる。……セイグリッドだ。
「セイ、グリッドッ!?」
それに気づいた明人が声を上げ、どけと言う前に……
「うぐ――ッ! が……は」
無情にも秋一の神剣がセイグリッドを勢いよく、貫いた。
その拍子に明人の顔にはセイグリッドの鮮血が飛び散り、赤い模様をつけた。
「せ……セイグリッド……」
「スピリットごときが……! 僕の、邪魔をするな!」
「――! あうぁあああッ!?」
秋一は突き刺さった神剣を横にに引き千切るように薙ぎ払い、セイグリッドの体を
引き裂く。
「なんで……来たんだよ……セイグリッド! ……なんで……」
無残に引き裂かれたセイグリッドの体を抱き起こす明人。
手に、ぬるりと生暖かい感触がする。血の感触だ。
「す……いません。ワタシにも……嫌な、予感がして……」
「だからって……!」
「……コレ、貰って……くれますか……?」
今にも消えそうな声のセイグリッド。そして明人に手に握られていたものを、わたす。
手に握られていたため、自身の血は浴びていない……木製のペンダントだ。
「これは……?」
「……ワタシが作った……ペンダント……スミマセン……趣味で……
作ったものですから……形が……!」
手で口元を押さえ、血を吹き出すセイグリッド。
体中に、金色のマナの粒子が立ち始めた。スピリットの死期が近い証拠である。
「もういい……話さなくていい……セイグリッド……ッ!」
抱き起こす手にかかる重さの感覚が、徐々になくなっていく。
「短い間でしたが……良くしてもらい……皆さん……ありがとう――」
最後の最後に……今までで一番の笑みを見せ、セイグリッドはこと切れた。
セイグリッドの体が、金色のマナへと姿を変え、空気中へ四散する。
体だけでは無い。服も、先ほどかかった血も、すべて、マナへと還る。
これがスピリットの行末……死んでしまえば、形は残らず全てマナへと変わり……
消えていく。
明人は何度もこの光景を見てきた。
だが、一時であったとはいえ、初めて目の前で仲間が消えていく姿に言葉を失っていた。
「はっはっは……なかなか、面白い余興だな。道具に思い入れをするからだ」
それを見て、嘲笑を浮かべる秋一。見下したような目を、相変わらず明人に向ける。
「……黙れよ」
立ち膝をついていた明人がゆっくりと立ちあがる。首にセイグリッドが唯一残した
ペンダントをつけながら……形見、というものだろう。
「俺の戦う理由……それはもう、こんな悲しい目あう娘を増やさない……!
この戦争の犠牲者をもう……! だから、俺の手でこの戦いを終わらせる事だ!!」
仲間を失った悲しみ……それを行った、自らが忌むべき存在に対するさらなる怒り。
その感情を圧縮させたかのような鋭い視線を、秋一に向ける。
第七話に続く……