第五話 未練を絶ち切る一線を……
ラキオスまで着くと、エスペリアが大体の事情を全員に説明し終わっていた。
そして、ウルカは明人達のスピリット館に住む事になった。
たとえ力が弱まっているとはいえども、ウルカを正式に軍に加えることになったのだ。
そう。ウルカはアセリアの一撃によりマナの流出が激しく、能力は落ちていた。
漆黒だった翼も、今はアセリアやネリー、シアーなど他のスピリット同様、
純白になっている。
だが、そう簡単にスピリット全員がウルカの入隊を認めるわけが無かった。
ニムントールやセリアなど少々頑固な者が、微塵ながらも疑惑の目でウルカを見ていた。
そこで、ウルカは――
「ならば、この手で示して見せます。誓いを、立てて見せましょう」
真っ赤な瞳が、強い意思によって輝きを増した。
同時に、かつての仲間を裏切るという後ろめたさも混ざっていたが。
「と言うわけで、後一人俺とウルカに同行し、敵の姿が確認された付近の偵察に周る」
所変わって今度は作戦会議室に場所を移し、明人は自分達に同行するスピリットを
決めようとしていた。
明人の隣りにはエスペリアが立っている。
「そう、ですね。出来れば、わたしとウルカさんでアキト様を護衛したいのですが……」
それに答えたエスペリアの言葉が微かに曇る。そのわけはというと……
「……むぅ……」
オルファリルがもの凄い形相で明人とエスペリアを睨み付けていた。
この前、明人の初陣の時にオルファ達がついたときにはもう戦闘は終了しており、
明人と一緒に戦えなかったのでここ最近かなりご機嫌斜めだったのだ。
（エスペリア……今回の任務、オルファは外せそうにないかな……）
小声でエスペリアに話しかける明人。表情には苦笑が浮かんでいる。
（え……えぇ、オルファったらこの前の戦闘以来すねてしまい、手がつけられない状況で）
エスペリアも小声でそれに答える。こちらは少し困ったような表情だ。
「……じゃあ、今回の任務に同行してもらうのは……オルファ、頼むぞ」
「アキト様と、ウルカさんの言う事をちゃんと聞くんですよ」
それを聞いたオルファの目の色が――明らかに変わった。
「……戦力的には不安ですが……まぁ、そんなに大規模な戦闘も無いでしょうし、
オルファの機嫌が取れるのなら……それもいいかもしれませんね」
少し苦笑しながら、ヒミカがその編成を認めた。
他の全員も、オルファの不機嫌さ加減にはほとほと迷惑を感じていたらしく、
ヒミカの言葉と同時にほとんどのスピリットが首を縦に振った。
「残りのみんなは一応、敵の襲撃に備えて戦闘配置についていてくれ。
それじゃ、この前占拠した……バーンライトのサモドアを拠点にこの任務を展開する」
サーギオス帝国との国境付近……そこは国一つ挟んで広大な森になっていた。
その森の獣道を明人、オルファ、ウルカが歩いている。
視界は、ハッキリ言ってよろしくない。生い茂る木によって、ほとんど遮られている。
敵を発見しにくいが、それは敵も同じこと。あまり関係は無い。
むしろ、こういう場合は神剣同士が感じあう波動で敵を発見するやり方のほうが
敵を発見できる可能性が大幅に上がると共に奇襲も受けにくくなる。
「パ〜パ、早く早く♪」
先頭を歩いているオルファは特に楽しそうだ。どうやら機嫌は上々のようである。
よほど、明人と一緒に行動できることが嬉しいのだろう。
「オルファ、そんなにあせる必要は無いだろ？ 危ないからもう少しさがってこいよ」
「そうですよ、オルファ殿。あまり、先行しすぎてはいい的になってしまいます」
明人とウルカは……先程説明した様に、辺りに気配をやりながら、オルファの後に続く。
「大丈夫だって。どんな敵さんが来ても、オルファが簡単に殺っちゃうから♪」
そう言って明人の方を向いてウィンクをするオルファ。その刹那――
「――ッ！？」
明人の耳にキィーンという金属音のような音が響く。
これは、『求め』が敵を察知した時に明人に知らせるためのものだ。
「ウルカ！ オルファ！ 何か来るッ！！ 複数人――小隊が一つだ！！」
明人が二人に呼びかける。明人はあの時以来、気配を感じれるように努力していた。
結構、アセリアに助けてもらった事が気になったらしい。
オルファはそれを聞き、慌てて戦闘体制に入るが、ウルカはすでに敵を
感知していたらしく、神剣を構えていた。
全員が戦闘体制になると、スピリットの少女が三人、茂みから姿を現す。
「貴様達！ ラキオスの者だなッ！！」
その先頭に立つ、黒髪のロングが美しいブラックスピリットの少女が、声を荒上げる。
腰に刀型の神剣を携え、この少女もすでに戦闘体制のようだ。
それを見て、ウルカの眉がピクリを斜めに動く。
「……セイグリッド殿……か？」
「――！？ ≪漆黒の翼≫ウルカ……なのか？」
どうやら彼女はウルカの元所属国、サーギオス帝国のスピリットらしい。
しかも顔見知りの様だ。
「この前バーンライトに出兵したっきり帰ってこなかったと思えば……貴様ッ！
サーギオスを裏切りラキオスに取り入ったか……！ 情けない……！」
吐き捨てる様にセイグリッドは言い放つ。
この二人の仲は、どうやら良好ではなかったらしい。
むしろ敵意すら感じる言いっぷりだ。
「……そう言われようと、手前に反論の余地はありませぬ……。
だが、祖国を裏切り、部下を裏切り……手前の居場所はもう、
ラキオスにしかありませぬ……アキト殿のいる、このラキオスにしか……！」
いつも以上に強い口調のウルカに、少しながらも圧倒されるセイグリッド。
「だから、手前は信頼を勝ち取るため……答えるため、そなた達を斬ります……！」
スッと、自らの神剣『拘束』に手をやるウルカ。
それに便乗するかのごとく、オルファと明人が口を開いた。
「そうだよ！ ウルカはもうオルファ達の仲間だもんねっ！！」
「お前達のウルカに対する態度がこの結果を俺達にもたらしたんだ。恨むのなら、
ウルカではなくお前達の隊長とやらを恨むんだな。……覚悟しろよ」
三対三――戦力としては、エトランジェのいる明人側の方が優勢に見える。
「アキト殿、彼女に油断は禁物です……彼女は、隊で手前と実力を二分にしていた
人物です。……ですから」
そっと、ウルカが言い放つ。セイグリッドと呼んだ少女の情報だ。
「かなりの実力者というわけか……なるべく、連れて帰りたいところだ」
明人の足元に魔方陣が浮かぶ。神剣の力を開放し、戦闘体制に入った証拠だ。
スピリットがハイロゥを広げるのと同じような行為である。
「え〜……じゃあ、殺っちゃダメなの？」
オルファの周りに球型のハイロゥが出現する。
「ダメだ。なるべく、戦力を手に入れておきたい。……二人とも、いくぞ！！」
明人を中心に右にウルカ、後方に支援役のオルファを置いたフォーメーションを作る。
「それじゃ、いくよ！ 燃え盛る火球よ。敵を焼き払え！ ファイア・ボールッ！！」
後方にいるオルファが、神剣を地面に突き刺し集中して呪文を唱え始める。
オルファの目の前にオルファの半身ほどの大きさをした火球が出現し、セイグリッド
めがけて飛んで行く。
「甘い！」
だが、セイグリッドはそれを見切り、その火球の脇を通りすぎるようにして、かわす。
他の二人もそれに習い、散開した。
「わ！ すご――」
そして、一直線にウルカのもとに突っ込んで行く。
どうやら、初めからウルカが目標だったらしい。
「ウルカ――ッ！」
そこに明人が横から一撃を加えようとするが……
「アキト殿……横槍は、いれないでください……！ 手前が、決着をつけますから！」
「――！」
ウルカの静かな威圧に足を止める明人。
「来るがいい……セイグリッド殿ッ！！」
ウルカは神剣を構え、セイグリッドを迎え撃つ。
「言われずともだ！ ウルカぁッ！」
「はぁあああッ！」
セイグリッドの素早く振り下ろされる斬撃を、鋭い打ち上げで相殺するウルカ。
「チィッ！ まだだッ！！」
一旦退いて、神剣を持った逆の手を神剣の逆刃にあててセイグリッドは再び突っ込む。
「……そこッ！！」
鞘に戻してた神剣を一瞬にして引き抜き、ウルカは渾身の一撃を受け止めた。
お互いの刀型神剣が重なり合い、鍔迫り合いになる。
顔も、今にもぶつかりそうなくらい至近距離にある。
「ウルカ……！ 力だけでなく、またこんなものまで見せつけるか――ッ！」
つぶやく様に、低い声でセイグリッドが言い放った。
「なに？」
「だから――ッ！」
そして次にセイグリッドが繰り出したのは、ウルカの腹部めがけての膝蹴り。
「うぐぅッ！？」
その不意打ちにウルカは対処しきれず、直撃を受けて大きく後方へ吹っ飛ばされる。
「ウルカ！ 大丈――！ ちぃッ！ こなくそ！」
ウルカの方向に視線を一瞬やると、セイグリッドの連れであるブルースピリットが、
明人に一太刀浴びせようと攻撃を加えくる。
それを明人は防御壁を発生させ、受け止めた。
「わわわっ！ ちょ――！ や〜ん！ ウザイよ〜！」
オルファの方は、同じレッドスピリットが相手でこのスピリットが放つ細かな神剣魔法
により翻弄され、うまく攻勢に出れないでいた。
「頼みのお仲間は、足止めを食らっているみたいだな。どうする、ウルカ……！」
自分が優位に立っていることで、セイグリッドには余裕すら見える。
「まだ、です……！ 手前は、示さなくてはいけないのですから……！」
苦しそうな表情ながらも、ウルカは膝蹴りが当たった腹部を押さえながら立ちあがる。
「手前は、信頼を勝ち取る……アキト殿やオルファ殿……他の皆にも、
示しをつけなくてはならないのです……！ 帝国への未練を断ち切る、この刃で……！」
ウルカの目の闘争本能は、消えていない。むしろ先程よりも激しい。
真っ赤な瞳は、セイグリッドを射貫かんばかりの眼力を持っている。
「今度は、手前から！ 手前の神剣『拘束』の一線――見切れるか！」
『拘束』に手をやり、力が落ちたとはいえ、十分過ぎるほどの速度で間合いを詰める。
「居合いの太刀！」
流れるような動作から繰り出されるのは、これが攻撃のお手本とも言えるほど正確で、
無駄の無い攻撃だった。
「甘い！ ウルカ……腕を落としたな！」
「――ッ！」
ウルカの攻撃を受け流し、さらには反撃を加えるセイグリッド。
それを上体を横に向け、紙一重で避ける。
銀髪が数本持っていかれ、マナの粒子となって消える。
二撃目を貰わぬよう、ウルカはすぐさま後方へステップし、備える。
「その程度の力まで落ちたか……もう、いい！ ワタシの前から消えろ！」
ウルカの一瞬の攻勢を防ぐとセイグリッドは目を閉じ、精神集中をし呪文を唱え始める。
今までに無いマナの粒子が付近に集まり、渦を巻いた。
「『刻印』のセイグリッドが命ずる……冥王の無限に等しきその力……今こそ我に貸し与え、
我の前に立ちふさがる愚かなる者に対し……恐怖と、怯えと、戦慄を――ッ！」
「これで、終わり――！ なっ、んだよ……この力」
ブルースピリットの少女との挌闘の末、少女を切り裂き、消した明人が辺りに感じる
マナの変化に気づき、セイグリッドとウルカが挌闘していた場所に目をやる。
「も〜ッ！ うるっさいんだよ！ さっさとやられちゃえばいいんだってば！
マナよ、熱線となり焼き貫け！ フレイム・レーザーッ！」
攻撃を避けつづけていたオルファが一瞬振り向き、指先を少女に向けると、
そこから熱線が一筋放たれ、それは少女を貫き炎を上げる。
「うにゅ〜……やっと終わったぁ――！ って、こっ、今度は……なに？」
一息つく間もなく、オルファは異常なマナの気配に息を詰まらせた。
「ウルカ！ なんなんだ……あれは？」
ウルカの元に駆け寄り、明人は話しかける。
「あれは、セイグリッド殿の技の一つ……のはずですが……手前は見た事もありませぬ」
そうこうしているうちに、セイグリッドの神剣に紫色の淡い光が灯る。
「パパぁ……ウルカぁ……あれ、すっごく嫌な感じがする」
明人の後ろに寄り添うオルファ。小刻みに体が震えている。
「！ この力……止めねば！」
突然、ウルカが険しい表情を作ったかと思うとウィングハイロゥを利用し一気に
セイグリッドの元に飛んでいく。
「セイグリッド殿！ 今すぐその詠唱をやめるんだッ！！」
「もう遅い！ すべてを薙ぐ極限の刃……いでよ！ ファフニール・ブレードッ！」
セイグリッドが詠唱を終えると…セイグリッドの永遠神剣と思われる刀に紫色の
オーラをまとう半透明の刃が現れる。
それはまがまがしく、うねりを上げていた。
「遅かった……か。セイグリッド殿……そなたでは、それは」
それを確認したウルカはウィングハイロゥを消し、その場にゆっくりと着地する。
この技は、ウルカが必死になって止めるほどこの技は強力なのか？
否、実はこの神剣魔法を使用すると
「黙れ……ワタシは、貴様をこの世から消――！？ そ、そん……あぁあああ！？」
「なにっ！？」
明人が目を見開き、その光景を疑う。
「やはり、ダメでしたか……」
突如、その紫色の刃は荒れ狂い、セイグリッドの体を切り刻んだ。
そして力無く、セイグリッドは膝を着き、うつぶせに倒れこんだ。
「セイグリッド殿……なんで、こんな無茶なマネを……わかって、いたはずだ……」
倒れたセイグリッドを抱き起こしながら悲しそうな目でウルカは見つめている。
すると、そのウルカの声を聞いたのか、セイグリッドの目が開かれ、言葉を放ち始める。
「ワタシは……悔しかった……帝国にいるとき……実力では……結局勝てなかった……」
明人とオルファのその場にやってきて、セイグリッドの言葉に耳を傾ける。
この二人の間に割って入らない様、静かに。
「それにウルカ……あなたにはいつも……側にいてくれる仲間がいる……
今も、昔も……ワタシには、それが無かった。それに、嫉妬していただけ……」
ぐぅ、と、セイグリッドは短い悲鳴を上げる。どうやら、気を失ってしまったらしい。
全身の傷が響いたのだろう。
「アキト殿……もしも、こんな手前の我侭を聞き入れていただけるのであれば……」
気を失ってぐったりとした黒髪の少女を腕に抱き、明人に向かって遠慮がちに訊ねる。
「それ以上は言うまでもない。……よし、今回はウルカの敵スピリットを無力化に成功。
それに伴い、無力化したスピリットは捕虜として連れて帰る。オルファも、いいだろ？」
やや大げさな言いぐさで、明人が言って見せる。微笑を浮かべながら。
「うん！ オルファ、みんなに言っておくよ。ウルカ、大活躍だったって！」
笑顔でオルファは明人の問いかけに答える。
どうやら、オルファも明人同様にウルカが仲間に加わる事の肯定派らしい。
「――！ ありがとう、ございます……アキト殿、オルファ殿……」
「俺は、ただ自分の任をまっとうするだけだよ。さっ、早く連れて帰ろう」
あくまで、少し突き放したような言い方をする明人だが、内心は嬉しく思っていた。
「『曙光』のニムントールが祈る。傷つきし者に癒しの光を……ガイア・ブレス」
ニムントールが神剣魔法を唱えるとセイグリッドの傷がみるみるうちにふさがっていく。
明人に連れられたセイグリッドは今、拠点にある宿舎の一室で寝かされている状態だ。
「ふぅ、これで大丈夫なはずだよ」
ニムントールは『曙光』を持ちなおし、肩に担ぐ様にして一息つく。
「ニムントール殿……お手数をかけます。本当に、ありがとうございました」
そう言うとウルカはニムントールに頭を下げる。
「そ、そんなたいそうな大層な事、アタシはしてないって」
それを見て少し慌てた様子をニムントールは見せる。
自分はウルカの事を良くは思っていなかったが、その考えは変わってきていた。
ニムントール自身、こういった情を忘れない行為が嫌いではないためだ。
「しかし、なんだ……エスペリアとハリオンが二人とも」
「夕飯の準備で手が離せない状態なんてねぇ。めっずらしい」
明人達が拠点であるバーンライトについたときにはもう、あたりが暗くなっている
ほど遅くなっていた。それで、エスペリア、ハリオンが夕飯の支度をしている所に
明人達が帰ってきたのだった。
「とにかく、ニムントールの手が空いていてよかったよ。俺からも礼を言わせてくれ」
「ふ、フン……怪我している人がいたら、普通放っておけないよ」
ニムントールはまた皮肉混じりのことを言って明人達の方から顔をそらす。
「それに……こういうお人好しなところは、ホントに嫌いじゃないし……」
小声でそう言った後、ニムントールは顔をそむけた。
「あれれ？ ニムントールってば顔、まっかっかだよぉ？」
「――！ いちいち人の顔を見ないでよ！ オルファ！」
悪戯っぽい笑みを浮かべたオルファの姿を視確し、声を上げるニムントール。
「た、隊長！」
と、こんなやり取りをしているとこの部屋の出入り口である扉が勢いよく開けられる。
そこから兵士が息も絶え絶えの様子で飛び込んできた。
いくら戦力にならないと入っても、兵士の一人や二人は連れてきている。
もちろん、それは偵察や物見などのもっぱらサポート専門だが。
「どうした？ 何があったんだ」
「て、敵襲です！ 敵国のエトランジェと思われしき人物が、夜襲を！」
「なにッ！ 仕方ない……ニムントールは他のみんなを頼む。オルファとウルカは
俺と一緒に出て先に迎撃に回る。……他の国にも、俺みたいな奴がいる……のか」
「わかってる。ニム達がつくまでに殺られないでよ。後味、悪いからね……」
「手前達もついます……たとえエトランジェであろうと、引けは取りませぬ」
「強敵強敵♪ しかもパパと初めて一緒に戦える〜♪」
いつも以上に楽しそうなオルファ。それほど明人と戦えるのを待ちわびていたのだろう。
よく考えたら、先ほどの戦闘では『一緒』には戦えていなかった。
お互いがお互い手一杯だったため。
「ここを占領されたことはどうやら相手には知れていないらしい……もし知っていたら
そんな小人数で攻めて来たりはしないだろう。油断している今がチャンスかも知ない」
「やけに静かね……大国、サーギオス帝国の息がかかってる国だって言うのに。
逆に気味悪いっての」
「そうだなぁ。わざわざ、オレ達がマロリガンから出向くまでも無かったかもな」
バーンライトの中央にある広場に……話を聞く限りでは、
どうやらマロリガン共和国に召還されたエトランジェ二人組らしい。
片方は男性でもう片方は女性のようだ。
「止まれッ！」
そこに明人達三人が戦闘態勢でついた。広場は薄暗く、お互い顔は確認できていない。
「へ？ サーギオスの……エトランジェ？ へ〜、やっぱり他の国にもいたんだ〜」
女性のほうが面食らったような声で言葉を放つ。
「やっぱりな……ここは俺達、ラキオスが占拠したんだ。もうすぐここにラキオスの
スピリット隊が集まって、お前達は包囲される。無事に帰れると思うな」
『求め』の力を開放する明人。
初めて使った時よりも、随分と力の制御がうまくなっている。
この短期間で力は数段階も上がっていた。
「ん〜……別に、どこの隊でもいいんだけどな。オレ達は腕試しに来ただけだし」
今度は男性の方がそんな事に動じず、普通に返事を返した。
これが油断か、はたまたはったりか、それとも……本気で動じてないかのどれかだ。
もし三択の最期だったら……この二人の力は相当なものであるだろう。
（なんだ……？ どこかで、聞いた事があるような声？）
明人がそんな事を考えていると、敵側のエトランジェがオーラフォトンを展開する。
自分と同じ感覚で、明人はすぐにわかった。
「それもそうねぇ……それじゃあ行くよ、空也！」
女性の方が掛け声をかけ、突っ込んでこようとする。
辺りには静電気とは思えないほどの電撃が浮かんでいる。
「わかってるって。美紗」
ここまで聞いて、今度は明人が面食らった表情をつくる。
「――！ 美紗に……空也だって！？」
聞き覚えのある名前……それは明人達と同じ場所で同じようにこの世界に『飛ばされた』
はずの二人……明人の親友である空也に美紗の名前であった。
「アキト殿？ どうか、いたしましたか？」
「パパ、どうしたの？ 顔色……悪いよ」
驚きを隠せない明人の顔を見て、オルファとウルカが心配そうに声をかける。
「美紗！ 空也！ 俺だ、明人だ！」
二人の心配をよそに、明人は対面する二人……空也と美紗と思われる人物に声をかけた。
「――！？ あ、明人だって！？」
「なっ――マジで、明人なのかよ？」
その事実に二人も驚きの声を上げる。
こちらも、明人の声に聞き覚えがあったのだ。
「あぁ、本当だ！ ……オルファ、悪いが明かりを頼む」
「え……あ、うん。マナの灯火よ、この手に。シャインッ！」
オルファの上に向けた掌に、はっきりとした明かりが出てきてお互いの顔が確認できる。
照らされるそこに見えたのは、後ろにウルカとオルファを連れた明人の姿と、
見間違えるはずの無い、親友の姿形だった。
「うわっ……ホントに、明人なのね」
「こういう事、予想はしとくべきだったぜ……」
しかし美紗と空也の表情は、明人とは違い嬉しさを表していない。
「二人とも、無事だったんだ……」
笑みを浮かべて明人は二人を見ると近づいていこうとする……が、
「……明人、わりぃな」
「――！？ く、空也？」
空也はそれを、神剣の刃先を向けることによって拒んだ。
「ゴメンね。今のあたし達は、マロリガン共和国所属のエトランジェ――
あたしは永遠神剣第六位『空虚』のミサ。だからアキトとあたしは敵同士……」
「オレは永遠神剣第五位『因果』のクウヤ……悪いがアキト、オレ達に殺されてくれや」
そういう空也の目は――本気だった。
本気で、相手を殺せる目だった。
「な――ッ！？ ウソ……だろ？ 二人とも」
「この神剣が、何よりの証拠ね。わかるでしょ？ ……アキト」
事実、美紗の手には紫電を纏うレイピアの形を模した神剣が、
空也の手にはオルファの神剣に負けないくらい大きな神剣らしきものが握られている。
美紗の言うとおり、これが何よりの証拠だった。
「だから……！ 空気中に存在するマナよ。今、その存在をオーラと変え、
我らの起こす行動の助けとなれ！ ブラスターッ！！」
美紗の神剣から紫色のオーラが出て、空也と美紗を包みこんだ。
「よっし！ 美紗の愛情が込められたもんがひしひしと――」
先ほどまでのマジな態度はどうなったか。空也が少しふざけた様に言う。
「冗談言ってないの！ アキト……殺り、あうんだからね！！」
さっきの呪文の効果なのか。美紗の動きは格段に速い。
「こうするしか、無いのかよ……！ すべての根源たるマナよ。我等の力となり、
全てを見切る力を……コンセントレートッ！！」
明人の神剣からも白いオーラが出現し明人、ウルカ、オルファを包み込む。
「これは……この前、アセリア殿を包んでいた光の衣？」
「何これ？ 暖かくてなんか気持ちいいし……それに、力も湧いてくるよぉ」
この間より明人は神剣の扱い方がうまくなっており、今では三人まで
かけられるようになっていた。
「ミサ、援護する。地中のマナよ。今こそその力を目覚めさせ、我に仇なす敵を討てっ！」
突っ込んでくる美紗に対して、空也は後方で神剣を地面に突き立て技を繰り出す。
空也の神剣から放たれる衝撃波は地面を割りつつ、明人達に襲い掛かる。
「くっそぉ、『求め』よ、弾け！！」
明人も同じように衝撃波を放つ……そして、お互いの衝撃波は相殺された。
「まだまだっ！ クウヤのは囮だっての！」
が、相殺され砂煙が上がる中から美紗が青い光をまとい明人に向かって
一直線に突っ込んでくる。それに反応したのは――ウルカだ。
「アキト殿はやらせない！ 『拘束』……止めてみせる！」
「スピリットごときに、あたしが止めれるわけ無いよッ！ ハァアアアッ！！」
美紗と明人の間にウルカが割ってはいる。そして――
剣と剣がぶつかる音。ウルカが、美紗の攻撃を受け止めたことを物語っている。
「くぅ！ さすがは、エトランジェ……！ この威力、すばらしい突きですね」
「やる……このスピリット――いや、アキトの神剣魔法の力ね」
明人の神剣魔法の効果は絶大のようでスピリットであるウルカがエトランジェの攻撃を
受け止めるほど。
先ほどの神剣魔法の効果は、集中力を高め、防御面を補ったり攻撃神剣魔法の威力を
上げるものだ。
「でも、これくらいじゃあ、終わらないよ！」
鍔迫り合いを先の放棄したのは、美紗の方だった。
ウルカを弾き、いったん後ろへ下がって体制を立て直す。
「『空虚』よ、マナを吸収。紫電へと変換、全てを貫け！ ライトニング・ブラストッ！」
美紗が『空虚』を掲げると、美津殿濃いマナが『空虚』の周りに集まり、
雷に変化する。
それはまるで一本の柱の様になり、ウルカに向かって一直線に放たれた。
「甘いです！」
それをむざむざと直撃を受けるウルカでは無い。
軌道を見きり、目にも止まらぬ動きで回避する。
「月光の力を帯び、切り裂け。月輪の太刀ッ！」
美紗の側面から、ウルカは攻撃を仕掛けた。
淡い光を帯びた刀身が、美紗目掛けて高速で放たれる。
しかし、それは美紗自身に届く事は無かった。明人と同じように防御壁がそれを防いだ。
「――！？ ぐっ……これは――ッ！」
『拘束』を通じて、今までにはありえない感覚にウルカが一瞬怯む。
手には微かに痺れが感じられる。電気だ。
「アタシのバリアは特別。下手に攻撃したら、そっちがダメージ受けちゃうよ！」
美紗の神剣『空虚』は、雷の力を操る事が出きる。先ほどの神剣魔法からわかるだろう。
そして、防御壁にも当然のように雷が纏われ、攻撃した相手にカウンターのごとく
ダメージを与えれるのだ。
「ならば……その防御ごと、切り裂いてみせましょう！」
「やれるもんなら、やってみなって！ 口だったらいくらでも言えるよ！」
「アキト、お前の相手はオレだな。……いくぜ、『因果』！」
ウルカと美紗が激しく動き回る脇で、二人は見合っている。
オルファは後方へといったん退避し、見守っている状態だ。
そして、先に仕掛けたのは、巨大な神剣『因果』を持つ空也のほうだった。
「ぐうッ！ く……クウヤ」
光り輝く空也の『因果』から繰り出されるのは、重い一撃。
それを明人は何とかといった様子で、受け止める事に成功する。
「アキト、本気を出さないと、マジで死ぬぜ。オレに手加減なんて無用だ！」
『因果』の力は、明人の『求め』と同等。もしくは、それ以上だ。
鍔迫り合いになったかと思うと、いとも簡単に明人の防御を弾き後方へと吹き飛ばす。
明人は体制が少し崩れたものの、倒れるまでには至らなかった。
空也の言うとおり、明人は本気を出していない。
いや、出せないのだ。
いつも側にいてくれた親友に、刃を向けることなどはできない。
だが、二人は向かってくる。
――なぜだ？ どうして……この空也と美紗は俺達に剣を向けられるんだよ……
そんな疑問で明人の頭は一杯だった。
そこに、幼い声が響く。
「オルファを、忘れちゃダメだよ！ 今なら使えそう、かな。よーし……！
炎竜に等しきその力……今、その莫大な力を彼の触媒に宿し、我等の目の前に映る
すべての敵を焼き払う炎の刃となれっ！ ……パパ！！ ウルカ！！ 逃げて！！」
オルファの神剣が淡い赤色の光を帯びる。
辺りのマナが渦となり、地面を削り巻き上げる。
……準備が出来た証拠だ。特大の、神剣魔法の。
「は？ や、止めろ！ オルファ！！」
「それは……オルファ殿！？」
それに気づいた明人は止めるように声を上げる。空也との距離は、離れている。
ウルカも、美紗の攻勢から逃れ後方へと下がる。美紗は、空也と同じような位置にいた。
「――！ やばっ！ マナよ。我等を包み、鉄壁の壁となれ。プロテクションッ！」
威力に気づいた空也が、美紗の元まで接近し、神剣魔法を唱える。
淡い緑色の光が二人を包み込む。
「いっくよー！ 焼印を刻み込む一撃……焼き払え！！ サラマンダー・ソードッ！！」
今までの神剣魔法とは比べ物にならないくらい、巨大な火柱が空也達を襲う。
そして、振り下ろされた火柱は空也と美紗の周りを真っ黒に炭化さしていた。
「ったく、可愛い顔してバケモンみたいな呪文を使いやがる……大丈夫か、ミサ」
「ホント、クウヤのやつがもう少し遅かったら……ケホッ！ あたし等丸焦げだったね」
どうやら直撃の寸前に空也が放った神剣魔法には防御力を高める効果があったらしい。
あれほどの炎の中で空也と美紗は服が少々焦げただけですんでいた。
明人はそれを見て、ホッと胸をなでおろした。
「エトランジェ！ 今の炎は何ッ！？ 大丈夫！？」
そこへ、ニムントールが約束どおり他のスピリットを連れてやってきた。
「っと……ホントにこんな集まられちゃ、やってらんねぇな」
「まぁ、今回は腕試しだし……クウヤ、退こう」
「お、おい！ 二人ともまっ――」
「わかってるってミサ。ほいじゃ、また……会いたくねぇけどアキト……死ぬなよ」
明人が何かを言いかげるが、空也が神剣を地面に突き立てると物凄い量の砂煙が上がり、
次の瞬間にはそこに空也と美紗の姿は無かった。
ウルカの事は、オルファが色々言ってくれたおかげでみんなに受け入れられていた。
その事は明人にとって素直に嬉しい事だった……が、
素直に喜べない事があったのもまた事実。
空也と美紗の件だ。
空也と美紗が撤退をし、追いかけるわけにもいかず明人達は宿舎へと戻っていた。
明人はこの事実に、戦闘以上の疲労を感じている。
気持ちの整理もつかないまま、自室に戻り、備え付けのベッドの上で寝転ぶ明人。
（俺は……どうしたらいいんだ？ あの二人を……敵として、
ラキオスのエトランジェとして、殺さなければいけないのか？
そんな事……俺に出来る訳無い。俺はあの二人とは違う。弱いんだよ……）
悩めば悩むほど、明人の気持ちは滅入ってくる。まさに悪循環。
「アキト殿……少し、よろしいでしょうか？」
ノックと共に、ウルカの声がする。
「……悪い。今、誰とも顔合わせたくないんだ……」
明人の状況を間近で見ていたウルカはその言葉の意を察し、扉ごしに話しを始める。
「アキト殿……未練は、自らの手で断ち切らねばいけません。それは手前も同じ事です。
いつか、手前も自らの手で部下を斬らねばならぬ時がくるやもしれません。
正直、怖いです……ですが、それを乗り越えねばいけないときが、
必ずやってくると思います。今は酷だと思いますが、そう言った考えを切り捨てねば
いけないと思います。戦場での迷いは、死に繋がります故……長々と、失礼しました」
ウルカの気配が扉の前から遠ざかって行く。
――そうだよ。ウルカも、俺と同じように自分の知り合いが敵となって襲ってくる
かもしれない。ウルカの言うとおりだ。いつまでもくよくよしていられない。
気持ちを切り替えるため、明人は睡眠へとのめりこんだ。
第六話に続く……