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第四話 ≪来訪者≫エトランジェ

 今は漆黒の闇の支配する深夜。明人達の世界では丑三つ時といわれる時間帯か。
 そんな時間に、ラキオス王国スピリット館で起きている人物は三人だけ。
「……で、具体的に俺は何からすればいいんだ? エスペリア、それに、ヒミカ」
 それは風呂場で気絶してしまった明人にエスペリア……そして、
 ラキオス王国スピリット隊、最年長のヒミカ・レッドスピリットであった。
 明人は、まだ神剣を持って間も無い。というか持ったばかりだ。
 そこで、エスペリアに相談した所、ヒミカも一緒に相談に乗ってくれることになった。
「その事でしたら明日から二日間、アキト様は永遠神剣を少しでも使いこなせるように
 わたし達がご指導いたします」
 明人の質問に、まずはエスペリアが答える。
「アキト殿はまだ永遠神剣を持って間もないですから、この二日間……集中してください」
 続けてヒミカの補足説明。
「わかった。……わざわざ呼び出してすまないな、二人とも。こんだけの事で」
「いえ、これくらいの事、労力の内に入りません」
 と、あくまで謙虚な態度をとるエスペリア。
「さっ、アキト殿。明日は早いですから、そろそろお休みになりましょう」
 そう言って、休む事を明人に促すヒミカ。
「あぁ、それじゃ、二人ともお休み。明日の事、頼むな」
「「おやすみなさい」」
 二人を残して、明人は部屋を後にした。
 次の日の早朝……明人は半ば強制的に起こされることとなる。
 
 館にある与えられた個室の中で、明人は目を覚ましかけていた。
(ん……もう朝……)
 窓から射し込む光で朝だと気づいても寝起きの悪い明人はベッドから起きる気配が無い。
 何か、物足りないのである。
(あぁ……そうか……いつも、朝は来夢が必死になって起こしてくれてたんだっけ)
 覚醒していく脳で自分の置かれた立場を再確認して少し気持ちが沈みかけていると……
「ちょっとまってよ、オルファ! アタシがアキトさんを起こしに来たんだから!」
 無駄に元気の良い声。この声は、昨日オルファに便乗して騒いでいた少女のものだ。
「パパはオルファが起こすんだもん! ネリーはエスペリアの手伝いでもしてきなよ!」
 どうやら、オルファとどちらが明人を起こすかと言う事で言い争っているらしい。
 たあい無い口喧嘩である。
「なっ――! アタシが起こしたっていいじゃん! せっかくこっちに来たんだから!」
 ネリーは明人やエスペリアとは違う館に住んでいた。
 大体、ラキオスには三つの館があり、それぞれ分けられているためである。
「……起きよ」
 その言葉を聞いて身の危険を感じた明人は一言言って身を起こし、そして立ちあがる。
 このまま喧嘩が発展して、神剣を使ったものにしないために。
「ちょ、ちょっと……オルファも姉さんも……アキト様、起きちゃいますから……」
 扉の外で弱々しい声が仲裁に入る。ネリーの妹、シアーだ。
「ん? シアーは黙っててよ!」
「ひっ――! ご、ごめん……なさい」
 オルファの剣幕に簡単に言いすくめられてしまうシアー。
「おいおい……朝から、みんな元気だな」
 そこにタイミングよく明人が扉を開けて眠たそうに出てきた。
 半ば強制的に目覚めさせられたため、覚醒しきってない。
「あっ、パパ♪ おっはよ〜♪」
「ア、アキトさん! あの……いつから、起きてたんですか?」
 喜ぶオルファリルとは対照的に少し驚いた様子でネリーが明人に訊き始める。
「さっき、起きたばかりだよ。そんなに驚く事でもないだろ? ネリー」
 一応、この隊に配属されているスピリット全員の名前は、昨晩根性で覚えていた。
 さすがに、これくらいは隊長の義務だと思ったからだろうか。
「そ、そうですね、アキトさん……」
「それより、俺を起こしに来たんだよな……なんでだ?」
「あ……はい。朝食の準備ができましたので……起こしに来ました」
 眠たそうに質問する明人。それに答えたのは、さっき言いすくめられたシアーだ。
「それじゃ……」
 行こうか。と、明人がいいかけると……
「オルファが案内するよぉ♪ パパ♪」
 言わなきゃいいのに、オルファが自分が食堂へ案内するといい始める。
 当然、ネリーはそれに食いついた。
「オルファってば! 昨日からアキトさんくっつきすぎだって!」
「ふん! そう言うの『さかうらみ』って言うんだよ〜だ!」
 再びオルファリルとネリー口喧嘩が始まりかける。
 正直、明人は朝からこのテンションにはついていけないといった様子だ。
「はぁ……。もう、ほっといて行こう、シアー」
「えっ! でも……わかり、ました。で、ではこちらに」
 急に話しをふられて、シアーは驚きを隠せていない様子。だけどすぐに現状を理解し、
 棚ぼた機分で明人をエスコートして行く。
 そして口喧嘩に熱中していた二人はそれに気づき、急いで後を追った。。

 三人に案内されて食堂につくと、エスペリアが出迎えてくれた。
「アキト様、こちらにお掛けになってください。ただいま、お食事を持ってきますから」
「あぁ、ありがとうな、エスペリア」
 調理場へと向かうエスペリアに一言謝礼をして、席につく。
 すると、この場に誰かがやってくる。
 騒がしくないし、気配は一人。ネリーとオルファのコンビでは無い。
 シアーも、そそくさと自分の館へと戻っていった。だから、その他のスピリットだ。
「……エトランジェさん、ですか」
 緑色の髪……そしてまだ幼さの残る顔立ち。明人の記憶ベースに引っかかった。
 彼女は、『曙光』のニムントール。そういった名前だったはずだ。
「随分と、余裕のあるお目覚めなんですね。これから訓練だというのに……」
 なぜか彼女の明人に向けられる言葉には棘が感じられる。
「こら、ニム。シアーがアキトさん起きたって言うから挨拶しにきたんでしょ。
 失礼なこと言っちゃダメです」
 続けてもう一つ声がし、仮面を被ったスピリットが入ってきた。
「……ファーレーンさん」
 ファーレーン……エスペリアやヒミカみたいな年長組に入る強力なスピリットである。
 かなりの実力者と、明人はエスペリアから聞いていた。
「まぁそういうわけで、アキトさん、おはようございます」
「あぁ、おはよう、ニムントール、ファーレーン」
 頭を下げてのファーレーンの挨拶に、明人も返事をする。
「あら? アキトさん、もうみんなの名前を覚えたんですか? すごいですねぇ」
 たった一晩で自分の名を覚えてもらえた事が、少し嬉しいらしい。
「ファーレーンさん、挨拶が終わったんでしたら、戻りましょう。準備がありますから」
 明人を一睨みし、ファーレーンの腕を取って帰る事を促す。
 ファーレーンとは違い、どうやらニムントールは明人に対して友好的な感情は
 持っていないらしい。やはり、昨日今日では信頼は勝ち取れないようだ。
「そうですね。それじゃ、アキトさん、今日の訓練楽しみにしていますよ」
「……ふん」
 ニムントールに連れて行かれるような形で、ファーレーン達は退場していった。
「アキト様……お気になさらないでくださいね。ニムは、ちょっと気難しいのです……」
 そこに、このタイミングを計っていたのか、エスペリアが朝食を持ってやってくる。
「別にいいさ。ちゃんと、みんなに信頼されるような立派な隊長になって見せるよ」
 そんな事を言いながら、明人はエスペリアの持ってきたパンらしきものに噛み付いた。

「で、俺は何をすればいいんだ?」
 宿舎からさほど離れていない場所にある、周りを大きな木々に囲まれた訓練場に明人他、
 すべてのスピリットが集まっていた。
「そうですね……アキト様、まずは永遠神剣を手に持ち、静かに目を閉じてください」
 まだ神剣を扱えない明人には、エスペリアとヒミカが基本的なを使用方法などを
 教える事になっていた。
「……こうか?」
 エスペリアに言われるがまま、明人は自分の永遠神剣を両手でしっかりと握り締める。
「精神を集中して……アキト殿、何か聞こえてきませんか?」
 ヒミカの言葉を聞き、さらに精神を集中させる明人。
(……聞こえる? いったい、何が?)
 そう考えた瞬間、まるで意識と体が引き剥がされたような感覚に襲われる。
『ほう……すでに、我の声が聞こえる様になったか』
 続けて『声』が聞こえてきた。その瞬間に、意識が完全に隔離された。

「アキト様はどうやら聞こえたようですね。永遠真剣の『声』が……」
 剣を握ったまま、まるで石像のように動かない明人を見てエスペリアが呟く。
「さすが……と、言っておきましょうか。初めて、神剣を持ったとは思えません」
「やはり、特別な存在なのでしょう。エトランジェ……いえ、アキト様は、特に……」

『初めて……と、言うのは少々おかしいか。我が契約者よ』
 奇妙な感覚だ。以前、どこかで味わったようなものを感じる明人。
『この声は……! あの夢……お前が見せたのか!』
 記憶を探ると、該当する項目があった。これは、あの日の夢で聞いた声だ。
『そうだ。我は『求め』。奇跡を起こす力と引き換えに、契約者の運命を引き取った』
『……奇跡、だと? 俺が何か……!』
 先ほどまで掘り返していたいたものよりも、さらに深く、奥底にある記憶がよみがえる。
 自分の周りで奇跡が……起きていた。
 来夢が助かったのは、自分が助かったのは、まさに奇跡なのである。
 あの飛行機事故が、そうなのだろうと。
『……思い出そうが出さまいが、契約者は我を必要としているだろう。
 我の力、存分に使うがいい。さらばだ』
『ちょっとまてよ。なんで、お前は俺に協力するんだ?』
『……我が必要としているものを手に入れるためとでも、言っておこうか』
 
「う……今のは……こいつと話していたのか」
 明人はゆっくりと目を開き、自分の手に握られている鈍い光沢を放つ剣を見つめる。
 体が、軽い感じがする。力もみなぎるようだ。
「そうです、アキト様。永遠神剣は、普通の剣とは違い生きています。
 ですから一つ一つにちゃんと意識があるのですよ」
 明人が口を開いたのを確認すると、エスペリアが説明を始める。
「アキト殿の神剣……とても、お強い力を持っているようですね」
 エスペリアは、明人から放たれる力を『献身』を通じて感じ取る。
 まだ目覚めたばかりなので、全ての力は発揮できていないようである。
 が、その力は自分の持つ『献身』よりもかなり強い。
 これがエトランジェの力なら、もし、敵側に明人と同じエトランジェが現れたら……
「……そう、ですね。アキト殿なら、すぐに実戦に出ても大丈夫やもしれません」
 ヒミカも、少々その力に驚愕の感を覚えたのか、表情が硬い。
 とりあえず、エスペリアは先ほど考えていた事を心にしまう事にした。
「アキト様、早速ですが訓練に入りましょう。基本的な事は、神剣が教えてくれますから」
 今は、明人を実戦に出ても通用するように、訓練を補佐するのが優先事項であるから。

 こうして、あっという間に二日が過ぎ、作戦決行の日が来た。
「あれが、バーンライトか……」
 偵察兵に見つからないような場所……森の中に、明人達ラキオス王国スピリット隊
 は身を潜めている。
 明人はあれからエスペリア、ヒミカとの訓練により、なんとか実戦がこなせるまでに
 成長していた。
「今回の作戦は奇襲です。なるべく敵スピリットは殺さず、捕獲してください。
 どうしても、抵抗する様でしたら……その時は殺してもかまいません」
 エスペリアが作戦の最終確認をし終わる。
 それと同時に、明人が昨晩からエスペリアに手伝ってもらって考えた作戦案を
 言い放つ。
「よし。まずはヒミカ、ナナルゥ、オルファで先制の神剣魔法を放った後、
 残りのスピリットは先発隊として国に突入。一気に攻め落とす……いいな」
 その明人の言葉に、全員首を縦に振って返事をする。
「ヒミカ、俺達は移動を開始する。……二人を頼んだぞ」
 移動する前にヒミカに話しかける明人。
「わかりました。わたし達もすぐに追いつきます……初陣、お気をつけて」
「そっちもな。……よし、みんな、いくぞ!」
 明人を先頭に、先発隊は出発して行った。それを見届け、ヒミカは後ろを振り返る。
「……オルファ、ナナルゥ、手早く済まし、アキト殿と合流しよう」
「ハァ〜イ♪ 早くパパと一緒に戦いたいなぁ♪」
 いつもどおり、元気いっぱいにオルファリルが答える。
「わかり……ました」
 低い声でナナルゥが返事を返す。
「それじゃあ二人とも、いきますよ」
 ヒミカが神剣を構える。呪文を唱える時の準備だ。
「うん♪ 一発で決めちゃおうね♪」
「狙いは……物見小屋ね……」
 ヒミカに習うかのごとく、オルファ、ナナルゥも神剣を地面に突き刺し、構える。
 そう。三人がまず狙ったのは……
「全ての根源たるマナよ。爆炎となり、渦巻け。全てを燃やす尽くす炎をここに!
 インフェルノッ!!」
 ヒミカの神剣魔法……
「マナよ、神剣の主、オルファリルに従え。炎よ、雷をまといて撃ち貫け!
 ライトニング・ファイアッ!!」
 オルファの神剣魔法……
「マナよ……ここに集え。その姿を原初の灯火へと変え、敵を討て……!
 イグニッションッ!!」
 ナナルゥの神剣魔法……三人の魔法が、ただ一点に向かって放たれる。
 そこは物見小屋。そう、最初にここを潰しておけば、情報伝達が著しく衰える。
 情報の伝達が無くなれば、奇襲はより一層効果を増す。
「アキト殿……がんばってください」
 ヒミカの言葉は、神剣魔法による爆発でかき消された。

「今のはオルファ達の神剣魔法……よし、これで大丈夫なはずだ。
 ハリオン、ファーレン、ニムントール、セリアは小隊を組んで西側を制圧。
 ネリー、ヘリオン、シアーも同様に南側を制圧してくれ。
 アセリアとエスペリアは俺と同行して、中央を落とす。それじゃ、行動開始だ!」
 手早く部隊を分け、明人達は敵の制圧に入った。

 明人達三人は、国の中心部に向かっている。全力疾走で。
 この国の軍事施設は、司令室はそこにある。それは、調査隊によってわかっていた。
 明人を先頭にし、アセリア、エスペリアの順に入り組んだ道を通りぬけ、
 幾人もの市民に驚愕されたが、気にも止めずに走り抜けた。
「アキト……」
「ん? なんだ、アセリア」
 角を曲がった瞬間に、アセリアが明人に話しかける。
 小さな声だったが、明人はそれに反応して走る速度を緩め、アセリアに近づく。
「油断は……ダメ……アキト、興奮してる……それじゃ、死ぬ……」
「……わかってる。大丈夫だって」
 そう言いながら、明人が路地の角を曲がった。
 その時だ。
「ファイアボルトッ!!」
「な――ッ!」
 進行方向から明人めがけ火球が飛んでくる。
 待ち伏せされていたのだ。完全に物見小屋が消失したはずなのに……と、疑問が浮かぶ。
 その疑問の答えは簡単だ。
 神剣同士は、互いに気配を感知できる。それだけで、敵が発見できる場合があるのだ。
 特に、力の強いエトランジェなら、一発で判断が可能。
 明人はその事がまだ出来ない。故に、進行方向に敵がいることなどわからなかったのだ。
「だから、言ったのに……マナよ、水の障壁となれ。ウォーター・シールドッ!」
 アセリアが神剣『存在』を抜き、地面へと突き刺す。
 すると、水が明人の目の前の地面を割り、噴出する。
 それは火球を明人の身代わりとなって受け止めた。
「くっ! 貴様等……ここから先、我らが一歩も通さない!」
 角を曲がった先は、広場になっていた。
 そこにはレッドスピリットが一体、ブルースピリットが二体いる。
 ここに配備されていたスピリットだという事は、言わなくてもわかっている事だ。
「アキト様、ここは仕方ありません。一気に突破しましょう!」
 後ろから走りこんでくる勢いのまま、エスペリアが敵陣へと向かう。
「いきます。……はぁあああ!」
「ぐっ――! うわぁあああ!?」
 まず、エスペリアの先制攻撃が決まった。基本的な攻撃だったが、威力は十分。
 振り下ろされる一撃は、神剣魔法を放ったばかりの少女をふっとばした。
「隙を見せたな! この刃、受け止められるか!」
 エスペリアに敵ブルースピリットが神剣を振りかざし、ウィングハイロゥを
 羽ばたかせながら迫る。彼女は自分の力に絶対の力を持っているようだ。
 が、その間に素早く青きスピリットが割ってはいる。
 アセリアだ。
「……ん……別に、受け止めないから……」
 そう言いながら、アセリアもウィングハイロゥを展開し、迎え撃つ。
 そして迫る少女に向かって、アセリアのすれ違い様の一線。
「……ん……関係無い……」
 敵ブルースピリットが、その場に崩れた。まだ息があり、峰撃ちだということがわかる。
「そんな……! 二人とも……くっそぉおおお!」
 残ったスピリットが、驚愕の声を上げる。
 そして明人目掛けて突っ込んでいった。エーテルの粒子を翼から放ちながら。
 しかし、繰り出される斬撃は明人に届く事は無い。
「な――!?」
 それは明人の……オーラフォトンによる障壁に阻まれ、弾き返される。
 『求め』の防衛反応か、抜いてもいないのに強固な壁を作り出していたのだ。
「こいつを……くらえッ!」
「がはぁッ!?」
 明人はすかさず、無防備な体制をさらけ出す少女に向かって神剣を抜き、
 横薙ぎの一撃で少女のわき腹を裂いて気絶させた。
「……アセリア、さっきはサンキュな。助かったよ」
 一息ついて、明人がさっきの件についてアセリアにお礼を言う。
「う……うん……」
「アキト様、急ぎましょう。相手側には、もうわたし達の存在は勘付かれている
 みたいですから……」
 アセリアの言葉を待つ前に、エスペリアが急かす。
 自分達が待ち伏せを受けたのだから、当然他のメンバーの事も気づかれているだろうと。

 エスペリアの勘は当たっていた。
 ここ、国の南に位置する場所でも戦闘が行われている。
 だがそれももう、終了が近づいていた。
「いくよ、『静寂』! くらえッ!」
「くっ、ぐぁあああ!?」
 ネリーの三連撃が、敵スピリットの防御壁を貫通し後方へ大きく吹き飛ばす。
「あの……その……ごめん、なさい……」
 シアーの片手剣型神剣『孤独』に青く、淡い光が灯る。属性効果が付属された証拠だ。
「なっ――うわぁあああ!」
 この属性攻撃は、通常攻撃よりも単純に、かつ数段も上に威力が増す。
 故にこれを使えるスピリットは少ない。むしろ、一種の才能とでも言えるものである。
 いとも簡単に防御壁を貫いた一撃は、たやすく少女を失神へと追いやった。
「ちょこまかと……そこだ!」
 狙いを定め、大上段からやや大きめの神剣が振り下ろされた。
「甘いです!」
 黒髪をなびかせ、ヘリオンがその攻撃を一瞬の間合いで避ける。
「『失望』、力を開放して! たぁあああ!」
 そして目にもとまらぬ速さで近づき、刀型神剣『失望』を走らせると……
 その剣筋を受けたスピリットは崩れた。
「ふぅ、まっさか敵さんがこんなに速く対応してくるなんてねぇ」
 ネリーが辺りに神剣の気配が無い事を確認して、『静寂』を鞘に収める。
 一人が一人を担当したこの戦闘は、ネリー達の圧勝で終わりを告げたのだ。
「うん……他のみんなも、大丈夫かなぁ……」
「ネリーさん、きっと大丈夫ですよ! 何とかしてますって!」
 弱気な発言をするシアーを、ヘリオンが根拠の無い自信を使って励ます。
「まぁ、エスペリアさんやファーレーンさん達もいるんだし――!」
 ネリーの表情が一瞬だが険しいものへと変わった。南の方向を睨む様にして。
「……ヘリオン、ここはあたし達に任せて、ファーレーンさん達のグループに合流して」
 が、すぐに元の表情に戻し、ヘリオンを別部隊へ合流する事を促す。
「へっ? で、でもネリーさん達だけで大丈夫ですかぁ?」
「……大丈夫。気絶してる人達を拘束したら、すぐに追いつくから……ね?」
 シアーにもそう言われ、ヘリオンは首を一回縦に振り、西へと向かっていった。
「ヘリオンって、神剣の力感じるの特に苦手なんだよねぇ」
 ヘリオンの姿が見えなくなるのを確認して、ネリーがポツリと漏らす。
「でも、こんな微かな気配を感じ取るなんて、さすがアタシの妹ね」
「うん……でも、この気配……何か違う……まるで、自ら気配を押さえてるみたい……」
 先ほど、ネリーが表情を強ばったものに変えた訳は、ここからさらに南の方から
 スピリットの気配が感じ取れたのだ。
 近づいてくる速度からして、ウィングハイロゥを使った移動によるもの。
 ブルースピリットかブラックスピリットのどちらかだ。
 だけど妙なのは、その気配が一つしかないと言う事。
 増援なら、もっと沢山スピリットを投入してくるはずなのだから。
「……そろそろ、見えるよ」
「はい、姉さん……」
 鞘に戻しておいた『静寂』を抜き、ウィングハイロゥを展開させるネリー。
 すぐさま、南の空から黒いものがこちらへ向かってくるのが視認できた。
 それを確認したネリーとシアーを……恐怖という感覚が全身を支配した。
「そなた等……ラキオスの者だな。悪いが、手前はそなた等にかまっている暇は無い……」
 それはブラックスピリットだった。漆黒のウィングハイロゥを展開しながら、
 ネリー達の前に降り立つ。青みがかった銀髪が宙を踊る。
「それとも……邪魔だてをし、この≪漆黒の翼≫の剣筋……味わうか?」

「ヘリオン! なんで、この気配に気づかなかったの!?」
 ファーレーンの大きめの声が上がる。
 それはヘリオンに向けてのものだった。
「で、でも……ネリーさん達が合流しろって……」
 ヘリオンが合流して間もなく、ファーレーン達の小隊は南へと移動していた。
 強力なスピリットの力を感じたからだ。
「ファーレーンさん、落ちついてください……今は気配を隠している様ですから、
 先ほどのスピリットがどこへ向かったかわかりません……だけど、
 ネリーちゃん達は接触していると思います。急ぎましょう」
 ハリオンが、いつもの間延びした口調ではなく、真剣な面持ちで言葉を発する。
 それくらい余裕が無いのだ。
「そうよ、ファーレーン……ヘリオンを責めるより、今はあの二人の安否が心配よ」
「そうです。ファーレーンさんが取り乱すなんて……」
 セリア、ニムントールもそれに続く。
 ほどなくして、ヘリオンの道案内により、ネリー達と別れた場所までたどり着いた。
 そしてファーレーンの声が再び上がる。
「――! ネリー! シアー!」
 そこに見えたのは、傷だらけのネリーとシアーが横たわっている光景だった。
 慌ててハリオンとニムントールが二人の元に駆け寄る。
「ケホッケホッ! ハリオン……さん?」
「ネリーちゃん、喋っちゃダメ。致命傷じゃないけど、苦しくなるだけだから……」
 ハリオンに喋るなと言われたが、ネリーは言葉を続ける。
「アキトさん達が……危ないです……さっきのスピリットは……≪漆黒の翼≫ウル……」

「ここか!」
 明人が木製の扉を蹴破ると、司令室には案の定、敵司令官らしき男がいた。
「大人しく降伏しろ!」
 切っ先をその男に向け、威嚇する明人。
「若造が……そんな事で屈すると思ったか! 貴様等も道ずれよ!」
 男が後ろに手を回すと、何かが握られていた。
 まぁ、要するにこの世界での手榴弾のようなものである。
「はっはー! エトランジェと引き換えなら俺の命もやすがぷぅッ!」
 信管を抜こうとしたまさにその時、アセリアの神剣が男の胸に突き立てられる。
 エスペリアも、一瞬の内に明人の目の前まで移動し、明人を守る様に立っていた。
「ぐ……ぷ……」
「……アキトは……やらせない……絶対に……」
 くぐもった悲鳴かどうかも判断しがたい声を残し、男は絶命した。
「……遅かった、か」
 不意に、明人達の背後から声がする。明人が蹴破った扉の向こうにはスピリットが一人、
 漆黒の翼を羽ばたかせていた。
「――! う、ウルカ・ブラックスピリット……」
 振り向いたエスペリアがそう漏らす。
 それは先日、エスペリア達と敵対し、襲いかかってきた≪漆黒の翼≫ウルカである。
「ほう。この間のグリーンスリピットにエトランジェ……それに、あの時の」
 ウルカがこの場を見まわし、自分の敵を確認して行く。
 特に、アセリアを見た時はなぜか表情を少しほころばせていた。
「……アキト様、気をつけてください……今の力で彼女に対抗する事は……」
「わかってる……あいつが、俺のかなう相手じゃ無い事くらいな」
 いくら急成長をした明人でもウルカには敵うはずがない。
 明人は格の違いを、『求め』を通じて感じ取っていた。
「さて……ここの司令官を殺めた責、その身で味わってもらおうか!」
 ウルカの目つきが変わった。凄まじい威圧感がこの場を支配する。
「先制……オーラよ! 地を走れ!」
 明人が下から上にかけて『求め』を振り上げる。
 すると、地面を砕きつつ衝撃波がウルカへと一直線に向かっていった。
 それはウルカへと直撃した。が……
「……ふん、見かけだけですな。無駄に力を持て余しているだけと言ったところでしょう」
 ウルカはまったくの無傷で、悠然とたたずんでいた。
 まるで、神剣を抜くまでも無いと言わんばかりに。
「では、今度はこちらの番……まずはエトランジェを!」
 ウルカは自分の神剣を構え、詠唱を始める。
 ブラックスピリットの神剣魔法は、ブルースピリットの特徴である
 インタラプト・スキルによって遮る事が出来ない。
 だから、魔法が完成すれば止める手段が無いのだ。
「暗き漆黒……そのすべてを飲みこむ闇よ。今、手前の呼びかけに答えよ!
 カオス・インパクトッ!!」
 明人の周りを黒い光が包みこみ、黒い衝撃が明人を襲う。
「くっ! マナよ、オーラとなりて我が身を守れ!」
 寸前の所で、明人は自分自身に防御壁を厚くする。
「ぐっ……がはぁ……!」
 膝をつく明人。ウルカの放つ衝撃は、明人の防御壁を突き破ってダメージを与えた。
「アキト様!」
 すかさず、明人の元へエスペリアが駆け寄る。
「エスペリア……アキト……頼んだ」
 エスペリアと明人より一歩前に出るアセリア。そして、ウルカをジッと見据える。
「あの時から……そなたとは今一度、手合わせしたいと思っていました」
 鞘に手を当て、構えるウルカが言い放つ。
「あたしも……今度こそ決着……をつける……!」
「手前も、そのつもりだ! 『青い牙』と≪漆黒の翼≫……ふっ、楽しみだ……!」
 ほぼ同時に、二人は間合いを詰め始めていた。

(……くっ! こんな事で……膝を付くなんて……)
『ふっ……主はまだ、我を使いこなせていないようだな』
(なっ……まだ、何かあるのか!? あるのだったら今すぐにでも…)
『慌てる事は無い……精神を集中し、マナを感じろ……それだけで後はどうにでもなる』

「う……く……」
 明人が身を起こす。どうやら先ほどの一撃で意識が少し飛んでしまったらしい。
 『求め』と会話していたような気がする。
「アキト様! 大丈夫ですか!?」
「大丈夫……とは言いがたいが、何とか動ける。それよりアセリアは――!」
 明人は今、目の前で行われている光景を見て絶句する……まさに次元の違う戦いだった。
「たぁあああ!」
「間合いが……甘い!」
 アセリアの上段からの打ち下ろし下段からの振り上げ……そして薙ぎ払いへとつながる
 コンビネーションをウルカはすべて見切り、受けとめた。
 一旦距離を置き、今度はウルカが攻勢に出る。
「……月明かりさえも切り裂き、そして相手を無へと返す無限の剣線……
 月光の加護を受け、全てを裂け! 月輪の太刀!」
 前屈姿勢からウルカがアセリアの懐まで飛び込んでくる。
 その速度は明人が目で追っていける限界を超えた速さだった。
 アセリアの『存在』に火花が散る。ウルカの攻撃だ。
「うぅッ!? くっ……!」
 なんとか、受け止めてはいる。が、時間の問題だろう。
 徐々にアセリアの防御が遅れていっているのがわかる。
「そこぉ!」
「あっ……!」
 そして、ついにウルカの一線がアセリアの腕を上へと弾き上げた。

「――! アセリアッ!」
 明人同様、手が出せないエスペリアが声を上げる。
「くっ! アセリアでも……ダメなのか」
 この中で一番強いのはアセリアだ。そしてこの速度についていけるのもアセリアだけ。
 もしここでアセリアがやられたら、明人達の負けは確定してしまう。
『集中して……マナを感じるのだ。主よ』
 その時、明人の脳裏に気絶したとき『求め』に言われた事を思い出す。
 マナを感じろ……それだけで後はどうにでもなる……か。
「……やって見る価値は……ある!」
「アキト様……?」
 明人はそう言って立ちあがり、剣を構えた。

「う……」
「勝負……ありました。手前の勝ち、ですね」
 アセリアの首筋に剣先を突き立てるウルカ。だが、不思議と殺気は感じられない。
「くぅ……」
 アセリアが少し動くと、首筋から一筋の鮮血が流れる。
「……マナよ、オーラへと変われ。我らに宿り、存在の助けとなれ。エレメンタルッ!!」
 そこに明人が詠唱を始める声が聞こえてきた。
 アセリアとの勝負に集中していたウルカは、明人がここにいたるまでの経緯をまったく
 気づいていなかった。
「なにっ!?」
 明人が詠唱を終えると、アセリアの体が薄い光の衣に包まれる。
 ウルカは神剣をその光の衣に弾かれ、後方へと追いやられた。
「……これ……力が……強くなっていく……?」
 明人が放つこの神剣魔法は、対象の能力を一時的に底上げ出来るもの。
 エトランジェのみが扱える特殊な神剣魔法だ。
「これなら……ウルカ……覚悟……ッ! 『存在』の力、開放……! フューリーッ!」
「――! は、はや……ぐぅッ!」
 あの神速のウルカをも超える速度でアセリアがウルカを斬りつける。
 その一撃はウルカのわき腹をかすめた。そこから、赤い液体が床に点々と落ちる。
 ウルカは寸前で直撃を回避し、直撃はまぬがれていた。
「くッ! ……に、二度も……引く事になるとは……不覚……」
 脇からくる痛みに表情をしかめるウルカ。
 そしてこれ以上の戦闘は無理と悟ったのか、ウルカはウィングハイロゥを羽ばたかせ、
 退却していった。

「ふぅ……エスペリア、他のみんなを連れて、先にラキオスへ帰還し、報告を頼む」
 『求め』を鞘に戻し、明人が言う。
「わかりました。……追い、かけるのですね」
「まぁな。あの傷で、遠くまで移動できるとは思えないし……なんか放っておけないんだ」
 明人の言葉を、微笑を持って返すエスペリア。
「なら、この薬草を持っていってください。傷口を塞ぎ、マナの流出が押さえられます」
「すまないな。……じゃ、行ってくる」
「アキト様」
 血の後を追って行こうとする明人を、エスペリアが呼びとめる。
「もし、わたし達のうち誰かがあの人のようになったとしても……追って、くれますか?」
 なぜ、こんな事を訊いてしまったのか、エスペリア自身もよくわからなかった。
 後ろではアセリアが不思議そうな顔をしている。明人も同様に不思議そうな顔をして、
「……もちろん、助けるに決まってる。絶対にな」と、答えた。
 そう言い残して明人は再びウルカの後を追いはじめた。
「アキト様……やはり、あなたは……」
 それと入れ替わるかのように、他のメンバーが合流してきた。
 ネリーとシアーも、ハリオンとニムントールの回復によりすっかり元気になっていた。

 夕焼けに染まる森の中で少女が一人、木に背を預けている。
 それはアセリアに深手を負わされたウルカであった。
 その呼吸は荒く、瞳も力無く閉じかけている。
(ぬかった……まさか、これほどまでの傷を負うとは……マナが止まらない……)
 アセリアにつけられた傷は以外にも深く、その傷口からは止めど無く真っ赤な
 血液が流れ出していた。それはすぐに金色のマナとなり大気中に四散して行く。
 スピリットの体は、純粋にマナで構築されている。
 だから血液と共にマナが流れ出ると、体を構築する事が出来なくなり、四散してしまう。
 つまりそれは、死を意味するものだ。
(……遅かれ早かれ……こうなるとは思っていたが……皆……すまない……)
 視界が霞んでいく。意識も途切れ途切れ。体中の力が失われていくのがわかる。
 そしてウルカは静かに目を閉じ、全ての感覚を投げ捨てた。

(ん……? 手前は……生きている? なぜ……)
 どれくらい気絶していただろうか……いや、それほど時間は経っていないと思われる。
 真っ赤な夕日が憎らしいほど今日最期の輝きを放ってる。
 しかし、今の自分の状態は……誰かに背負われている状態だ。一体誰に……
「やっと、目が覚めたか? ウルカ・ブラックスピリット」
 ウルカを背負っている人物……明人がウルカの呻き声に気づいたのか、話しかける。
「――!? ラキオスの……エトランジェ」
 今、ウルカは明人に背負われている状態にある。
「あぁ、そうだ。俺の名は明人。そう呼んでくれ」
「……では、アキト殿……このまま手前を助けて、どうする気ですか……?」
 ウルカのわき腹の傷は、エスペリアに渡された薬草により塞がっていた。
 命の危険は、とりあえず免れたであろう。
「手前は誇り高きサーギオスの戦士……どんな事をされても、そなたらに従う気は……
 それに、手前にはかけがえのない部下達も……」
「ウルカ……このままサーギオスに戻って、そこにお前の居場所はあるのか?」
「――! そ、それは……」
 ウルカの強気な態度が揺らぐ。図星を付かれたためであった。
「……酷だと思うが、その部下達だって……」
 このままおめおめとサーギオスに帰れば、ウルカは確実に処刑されるであろう。
 使えない、無能なスピリットという刻印を押されて。
 ウルカのいう部下達も、それなりの処分は受けると思われる。
「それでだ。処刑される位なら、俺達ラキオスに来て一緒に戦ってもらいたい」
「……情け、ですか?」
「……もう一度訊くぞ。俺達と一緒に戦ってくれないか?」
 明人はもう無駄な言葉を聞く気は無い。明人が待っているウルカの返事は
 イエスかノーの二つだけである。
 そして、先ほどまでのウルカからは考えられないほど、弱々しい声でウルカは答えた。
「……手前は、本当にラキオスに下ってもよろしいのでしょうか?
 今まで敵対していたスピリットを……快く受け入れてくれますか……?」
 そのウルカの瞳には不安と寂しさが入り混じっていた。
 ウルカには部下がいる。しかし、基本的には単独で行動させられていた。
 自我の強すぎるウルカは、悪い言い方をするが扱いにくいのだ。
「もう……一人で戦わなくてもいいのでしょうか?」
 弱々しい声を発するウルカに、明人は……
「何言ってるんだよ。そりゃ、いきなり受け入れない奴も出てくるかもしれないけど……
 うちのメンバーはみんな自我をちゃんと持ってるし」
 ウルカには見えていないが、笑顔でそう言い放った。
 なぜか、ウルカは見ていて放っておけない。
 そう、例えるならアセリアみたいなものだと明人は認識していた。
 それでいて、また別の感覚だ。
 ウルカは普段は気丈に振舞っているものの、今の受け答えで内心がハッキリとわかる。 
 一言で言えば、寂しかったのだと。
「うちに来れば、もう一人じゃない。まぁ、最低でも俺は絶対にウルカを信用するよ」
「……アキト殿……」
 この明人の裏表の無い呼びかけにウルカは……
「よろしく……お願いします。手前の力……存分にお使いください」
 惹かれていた。
 今までにない感情が芽生えつつあったが、まだそんな事を知るよしも無かった。

                               第五話へ続く……

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