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第二話 異世界の妖精達

 ここは、どこだろうか。
 広大な森が広がって、鋭い山脈が連なっていて中心部には巨大な砂漠が広がっており、
 そして……底の見えない崖と生気の無い海により孤立を余儀なくされたこの大陸は……。
 少なくとも、明人達がいた世界では無い。
 その北方に位置する森の中ほどの場所に、巨大な光の柱のようなものが発生し、消える。
 光が消えたその場所には……一人の青年と、少女が横たわっていた。

 ここは、この世界ファンタズマゴリアの北方に位置する国……ラキオス王国。
 その城の広い領地にぽつんと、少し大きめな家が立っている。
 その中にはまだ年端のいかない少女ばかりが住んでいた。
 この少女達はすべてスピリットと言われる種族。
 スピリットとは、強大な力を持つ『永遠神剣』を唯一この世界で使える存在。
 故に、戦争の『道具』として扱われていた。
 剣と共に戦場へ繰り出され、人の変わりに戦い、傷つき、そして、消えていく……
 とても、儚い存在。それがスピリットなのである。
 当然、さっきの光もここには見えていた。
「うぅ……今の光は、いったい……?」
 緑色の瞳に茶色の髪の毛、その手に柄の長い槍のような剣を持っている少女が、
 さっきの光についての疑問を述べる。
「あぅ〜目が痛いよ〜……エスペリア〜」
 どうやら、この少女はエスペリアというらしい。
 そして、幼い外見の少女が目をこすりながら両耳の上で結った真っ赤な
 髪をなびかせてエスペリアに寄り添ってくる。
 その手には、その外見に似合わない紫色の両端に刃がついた大剣が握られていた。
「オルファリル、大丈夫? それとアセリア――あら? アセリアは……」
 エスペリアが周りを見る。ここに住んでいる人数の内、一人足りない。
 残り一人……アセリアが見当たらないのだ。
「ふみぃ……アセリアなら、確か部屋の奥でずっと永遠神剣磨いてたよぉ」
 まだ目をぐしぐしと擦りながら、オルファリルが言う。
「それと、オルファのことはオルファってちゃんと呼んでよ。エスペリア〜」
「あっ、ごめんなさいねオルファ……ん? アセリア、どうかしたの?」
 不意に、奥の部屋から誰かがやってきた。
「……うん……たぶん違う……色が感じられない……スピリットじゃない何か……」
 エスペリアの後ろに、青色の瞳と髪の少女がなにかボソボソ言いながら歩いてくる。
 その手にはエスペリア、オルファリルと同様に、だが形の違う両手持ちの剣が
 握られていた。エスペリアの様子からして、この少女がアセリアらしい。
「アセリア……剣が、何か言っているのですか?」
 エスペリアが、アセリアに向かって話しかける。
 それに気づいたのか、ゆっくりとアセリアはエスペリアへと視線を向けた。
「ん……さっきの光の事……言ってる……それに……」
 アセリアが何かを言いかけた、その瞬間に木製の扉が勢いよく開かれた。
「アセリア・ブルースピリット、エスペリア・グリーンスピリット、
 オルファリル・レッドスピリット、以上三名は出撃だ! 今回の作戦目的は
 先程の光の調査。なお、この作戦に支障が出るものはすべて排除して構わない」
 少々早口で兵士が作戦の内容を伝える。
「……了解」
 アセリアが無表情で返事をする。
「はい……」
 エスペリアは返事をするがその表情が微かに曇る。
「わっかりましたぁ♪」
 オルファリルが楽しそうに返事を返す。三者三様の反応だ。
「ただちに準備を開始しろ。目的地付近までは、我々が『輸送』する」
 この三人は、ここラキオス王国の中でも特に優れた能力を持つスピリットだった。

 うすぐらい森の中で人が気を失っている……それは、さっきまで街の神社にいたはず
 だった明人と来夢の姿であったのだ。
「ぐっ、うぅ……ここはいった――!?」
 気だるさを感じながらも、明人は目を覚ます。
 目を覚まして、驚くのは当然の事である。さっきまでは街中……そして今は森の中で
 あるのだから。そしてすぐに明人は周りを見渡し始める。
「来夢は――! いるか……だけど、空也と美紗の姿が見たらない? なぜ……?」
 ここには空也と美紗の姿がなかった。一緒にいたはずなのに……。
「? なんだ、これ?」
 そして、手になんか握っている感覚があったので、目をやると……剣らしきものが、
 握られていた。
 藍色をし、無骨な感じをした剣のような物だが、不思議と明人の手に馴染む感があった。
「う……ん。お……兄ちゃん……? あれ、ここ、どこ?」
 明人が悩んでいると、その声を聞いたのか気を失っていた来夢も目を覚ました。
「わからない……けど、明かに俺達の街ではなさそうだ」
「うん……あたし達の街に、こんな森なんてないから……」
「しかしあの、三倉 真美……ってやつは何かを知っているようだったが」
「? お兄ちゃん、それ、なに?」
 来夢も、明人が握りしめる剣らしきものに気が付いた。
「あっ、これか……これもわからない。気が付いたら握ってたんだけど」
「へぇ……ヘ、ヘクチュ! うぅ、ちょっと寒くないかな……」
 両腕を体にまわし、少し身震いする来夢。
 よくよく考えてみると、辺りはもう暗い。冷えてくる時間帯に思える。
「あぁ、少し肌寒いくらいか……まずは暖を取ってそれから後の事を考えよう」
「は〜い。じゃあ枝とか拾ってくるね。少しでも、体動かして温めなくちゃ」

 明人は、少し前に来夢がなぜか買ってきた『これであなたもサバイバルマニア!』
 という本に興味本位で目を通しといて良かったと思う。
 その知識のおかげであまり時間はかからず、火を付ける事に成功していた。
 そして、明人達は暖を取って一息ついていると……
「スゥ……スゥ……」
 いつのまにか来夢が気持ちよさそうに寝息を立てていた。
「今日はいろいろあったからしかたないか……何ら変わりない日だったのに、
 いきなり神社から森の中……か。まぁ、眠れるだけマシか」
 ――自分はそんな気にはなれないな、さすがに――そんな事を明人は思う。
 そして、今日の出来事を思い返していると……背後から物音がする。
 ガサガサッという葉の擦れる音だ。
「――!?」
 とっさに明人は身構える。初めて森……どんな生物が生息してるかわからないからだ。
(なんだ……? 獣か何かか……? 火を焚いても寄ってくる……)
 しかし、明人の予想は完全に外れだった。かすりもしない。
 物音がした場所、そこから出てきたのは……
「なっ――!? お、女……の子?」
 まわりの闇に同化する、黒く長い髪をした少女だった。
 しかもその腰には鞘に収まった日本刀らしきものを帯刀している。
「……いたぞ! こっちだ!」
 その少女が後ろに向かって声を上げるともう二人、今度は緑色の髪をした少女と
 赤色の髪の少女がこの場に集まる。後から来たこの少女達も、それぞれ槍のような剣と
 両端に刃のついている剣を持っている。
「なんだよ、お前達は……?」
 出きる限り、落ちついた振る舞いを見せる明人。
 この時、明人は自分の手に握られている剣が、淡い光を放っている事に気づかなかった。
「我々はサーギオス帝国のスピリット部隊だ。エトランジェ、大人しく同行してもらう」
 リーダーとおぼしき黒色の髪をした少女が、そう言放つ。
 本当にここはどこなんだ? 聞きなれない国の名前に、そんな疑問をつのらせる明人。
「もし、嫌だ……と言ったら?」
 何が起きたか理解できていない明人はあくまで抵抗する気だった。
 ――こんな訳もわからないうちに、どっかに連れて行かれてたまるか……!
 そういった考えを曲げる気は明人には無い。
「そちら側に選択権は無い……嫌なら、力ずくで連れていくのみだ!」
 と、今度は赤い髪の少女が明人を威嚇する。剣の刃先を明人に向けながら。
「……そうかよ。じゃあその力ずくっていうやつ、見せてみろよ!」
 いくら武器を持っているとはいえ、相手は女の子。少し脅かして逃げればいい。
 明人は叫びながら暖から火のついた枝を三人に向かって勢いよく投げつける……が、
「なに――ッ!?」
 その枝は少女の所までとどくことはなく、『なにか』に弾き飛ばされた。
「……あくまで、抵抗する気ですね。ならば、容赦はしませんよ」
 緑色の髪の少女が持っている剣から、三人を包むように透明な壁が存在している。
 これが弾いたのだ。
「くっ! こうなったら……!」
 眠っている来夢を抱き抱えて明人は少女達とは反対の方向に一目散に走り出した。
 来夢を抱えてる割には、結構な速さ。もちろん、剣も握ったままで。
「――! 逃がすか! 追うぞ!」
 黒髪の少女達も、その後を追っていく。

「ハァ……ハァ……」
 明人はまだ走って……いや、まだ逃げていると言った方が合っているだろう。
 先ほどから、この森の獣道を来夢を背負いながら走りこんでいる。
 どれくらい走ったかなど、考える余裕も無い。
 明人は今、追われる存在なのだ。
「――! 崖……くそっ!」
 森を抜けたと思ったら、明人の目の前にあったのは断崖絶壁の崖であった。
「どうした? もう後が無いぞ!」
 立ち止まる明人に追いついた黒髪の少女が迫る。後に残りの二人を引き連れながら。
「ん……う……スゥ……スゥ……」
 こんなピンチに追いこまれているのにもかかわらず、来夢は目を覚ます気配は無い。
 義理とはいえ、どんだけ図太い神経をした義妹だと明人は思った。
「さぁ、我々と一緒に来てもらおうか」
 黒髪の少女がそう言い、一歩前に出る。すると……
「『理念』のオルファリルが命じる。その姿を燃えさかる火炎へを変えよ!
 アーク・フレアッ!」
 その声が聞こえた瞬間に、空から巨大な火柱が降り注ぎ三人の少女を襲う。
「これは……神剣魔法!? し、しま――あぁあああ!?」
 気が明人の方に向いていた黒髪の少女だけ、その火炎に巻きこまれて反応が無くなった。
 それと同時に、反応が無くなった少女は金色の粒子へと変化し、跡形も無く消える。
 明人は、そんな不思議な光景を目の当たりにし、呆然とした。
 なぜ、少女が光の粒子になったのか? それに、今の炎はいったいなんなのだろうか?
 明人の脳に、そんな疑問だけが走る。それ以外の事は考えられない。
「ふぅ、エトランジェ見〜っけ♪ それと、敵さんも♪」
 木の枝の上に腰掛ける少女……先ほどの呪文を聞く限りではこの少女がオルファリルだ。
 そのオルファリルは、まるで玩具を見つけたように楽しそうな笑顔を見せる。
 愛くるしく見えるその笑顔は、この場だとかえって気味が悪い。
「おのれ……よくも! マナよ、爆炎となりて舞え! アポカリ――」
 次にさっきの攻撃を逃れた赤髪の少女が仲間の仇といわんばかりの気迫で呪文を唱える。
 少女の周りの空気が渦巻き始め、それは徐々に赤色のものへと変わる。
「無っ駄だよ〜。やっちゃえ、アセリア」
 そのオルファリルの足元から青色のロングヘアーをした少女が現れる。
 青色の長い髪、白い甲冑に包まれた長い剣を持つ……オルファの言い方からして、
 この少女がアセリアだ。
「わかってる……紡がれる言葉。そして、マナの振動すら凍結させよ……
 アイス・バニッシャーッ!」
「なっ!? しまった……」
 しかし、その赤い髪の少女が唱える呪文は途中でアセリアの作り出す氷の障壁により
 阻まれ、効果を無くす。
「エスペリア……いま!」
 呪文が消沈した事を確認すると、アセリアが呟くようにそう言った。
 すると、林をかき分け、何者かが走りこんでくる。
 それは茶色がかった黒髪を首筋辺りでまとめ、翡翠のような緑色の瞳をした少女……
 エスペリアだ。
 あの館にいた三人が、ここまでやってきたのである。
「一撃で決めます。せめて、苦しまないように……」
 呪文を止められ愕然としている少女を背後からエスペリアが斬りつける。
「がぁ――!」
 短い悲鳴と共に、斬りつけられた少女は赤い鮮血を壮大に飛び散らし、その場に崩れる。
 その後ろには返り血で顔や服を汚したエスペリアが悲しそうな瞳で少女を見つめていた。
 その少女も、先程と同様に返り血までもが金色の粒子となって消えてしまう。
「さぁ、残ったのはあなた一人ですよ……」
 冷え切った声を、残った緑色の髪をした少女へと放つ。
 鋭く、射抜くような視線だ。
「ひ――!」
 その光景を見て残った一人は戦意を喪失させ……その場に座りこんでしまう。
 足が震え、動く事すらままならないようだ。
「ん? な〜んだ、つまんないの。もう終わり?」
 そう言いながら、オルファは枝から飛び降り、腰を抜かす少女に近づいていく。
「でも〜、最期くらい、ねぇ♪ じゃあね、バイバ〜イ♪」
 少女は、なんとかあとずさって抵抗を見せるが、背後に木の幹が当たる。
 退路が防がれ、同時に少女の表情に絶望の色が浮かび上がった。
「い、やぁ! た……たすけ――ひぐっ! か……は……」
 そして、その胸に持っていた大剣を深々と付きたてた。
 飛び散る血液を、点々と顔に受けるオルファリル。
「あっ、しぶと〜い♪ まだ死なないよぉ♪ じゃあ〜、これならどうかなぁ♪」
「あぐぅ――! が……ぷ……」
 刺しこんだ大剣をさらに捻る。くぐもった悲鳴が上がった。血飛沫もさらに宙を舞う。
 が、これでもまだ少女は生き絶えない。
「んふふ〜♪ とどめだよ〜♪ も・え・さ・か・れ! ファイア・ボルトッ!!」
 血液のついた表情でにっこりと微笑み、嬉しそうな声を上げた。
「――!? や……いやぁあああッ!」
 大剣が突き立てられている部分が焦げ始め……絶叫が上がった。
 肉が焼ける、嫌な匂いがし始めた。オルファリルの剣から、炎が放たれているのだ。
 そして、次の瞬間には緑色の髪をした少女の体全体から炎が上がり、
 炎が消えるとそこにはもう、少女の姿は無かった。死体すら、残っていない。
「アハッ♪ これで、終わり終わりっと♪」
 オルファリルの……その幼さの残る顔には、楽しそうな表情が見えた。
 そしてすぐに、返り血は金色の粒子となり、オルファリルの笑顔から消える。
「…………」
 これは一瞬の出来事だった……が、明人はその一瞬がとても長く感じられていた。
 なんなんだよ……これは、なにか悪い夢なのか? 少女が……自分よりも年下の少女が、
 殺し合いをしている?
 そんな現実を、目の前に付きつけられたからだ。
「あの、あなたがエトランジェ……ですよね」
 硬直している明人に、エスペリアが近づいてきて話しかけてくる。
「……あっ、なんだ、その……き、君達は……いった……い」
 すべてを言い終わる前に明人はその場に倒れてしまう。
 無理もない。一日中遊んだ後に、見知らぬ土地でのサバイバル……そして訳もわからず
 襲われて、そして逃げわまったのだから……緊張の糸が切れたのだろう。
 明人の意識は、完全に闇へと落ちていった。

「あり? どうしたの、エトランジェ?」
 いきなり倒れたものだから、オルファリルが心配そうに明人に近づいていく。
「仕方ありませんね……このまま、お城まで運んでいきましょう」
「……エスペリア、こっちの娘……どうする……?」
 アセリアが、明人の背中で眠る来夢を指差し、扱いをどうするかを問う。
「……連れて、いきましょう。このエトランジェを説得するのに役に立ちそうですから」
 自分が言った事に、少し嫌悪感を憶えつつエスペリアが明人の肩を担ごうとすると……
「そなた達……それは、エトランジェだな」
 背後から、声がする。まるで、本当に闇の中から発生したかのように。
「え――!?」
 慌てて振りかえると、そこには青みのかかった銀色の髪、褐色の肌をした少女が赤く、
 細い瞳をこちらに向けながら立っていた。
 腰に携えた刀――永遠神剣――を見る限り、彼女は……エスペリア達の敵だ。
「……敵?」
「あれれ? 敵さん、まだいたんだ」
 アセリアもオルファリルも、その人物の存在に気づく。
「そのエトランジェを、大人しく渡せば危害は加えない……約束しましょう」
 その少女はなぜか殺気を放っていなかった……まるで、何かに迷っているかのように。
 酷く落ちついた雰囲気である。オルファリル同様、この場では気味の悪いものだ。
「約束されても、無理です。わたし達もこの方を連れて帰らなければなりませんから」
 冷静に……かつ淡白にエスペリアが答えを導き出す。その体制に一歩も引く様子はない。
 敵ならば、迎え撃つのみである。
「そう……ですか。そなた達にも引けない事情がある……ならば≪漆黒の翼≫……参る!」
 そう言い終わると同時に少女の背中から漆黒の翼が出現する。
 名乗ったとおり、闇夜に同化していきそうな黒い翼である。
 エスペリアはそれを見ると、ふと、思い当たる節があることに気づいた。
「その翼……いえ、その漆黒のハイロゥは神速の居合……この大陸最強と呼ばれる、
 ウルカ・ブラックスピリット。……あなたでしたか」
「手前を知っているか……ならば手加減は無用。先鋒達も、見くびられたものだ……
 そなた達もハイロゥを出すがいい」
「えぇ、言われなくても……ハイロゥ、来て」
 エスペリアのまわりに盾のようなものが一つ、出てくる。
 これはハイロゥといって、スピリット達は必ず持ち合わせているものだ。
 形はそれぞれによって変わる。エスペリアの場合は、防御に使える盾型。
「ハイロゥ……オルファの『ぴぃたん』、出ておいで。ホントの戦いだよぉ♪」
 オルファリルのまわりから出てきたのは球型の物体だ。
 まるで、生き物の様にオルファリルの周りを回り始める。球型のスフィアハイロゥ。
「あたしのハイロゥ……出て、ウィング・ハイロゥ」
 最期に、アセリアの背中から出てきたのは……ウルカと正反対の純白の翼であった。
(……敵の伏兵は、いない? そんな……単独行動でここまで来たというの?
 最強のスピリットとはいえ、たった一人でわたし達の相手は……)
 そんなやり取りを尻目にエスペリアは周りに気配を張り巡らして敵兵を探して見る。
 だが、この付近にはもうウルカ一人しかいないようだ。
 ならば、三人で畳み掛ければ……勝てるかもしれない。
「うむ。お互い、準備は整ったようだな……それでは全力で、参る!」
「「「!!!」」」
 ウルカから発せられる物凄い殺気は、三人を一瞬だがすくみ上げさせるのに十分な量だ。
 エスペリアは、ただちに先ほどの考えを訂正する。
 これは……この、ウルカには三人がかりでなくては絶対に……勝てない。
 いや、それすら危ういかもしれないというものに変わったのだ。
「ふ、フンッ! そんなもんで……オルファは止まらないよ! ヤァアアア!」
 初めに硬直が解けたオルファリルが神剣にまたがり、ウルカに向かって突っ込んでいく。
「あっ! ダメッ! オルファ、戻って!」
「太刀筋……見えた!」
「あっ!?」
 ウルカが突っ込んでくるオルファリルの攻撃を、見事な太刀さばきで受け流す。
 受け流されたオルファリルは何が起こったか理解できていない様子で、流されたまま
 地面に着地する。
「ただ突っ込んでくるだけではな……では、今度はこちらからだ……『拘束』よ……」
 ウルカの漆黒の翼が羽ばたき、狙いをエスペリアに定める。
「参ります……! ただ一撃……それが、すべてを突き崩す……星火燎原の太刀!」
「! は、速い!?」
 一瞬……そう、一瞬でエスペリアの懐まで到達すると神速の居合の名がふさわしい
 速さで連続攻撃を叩きこむ。無数の剣筋が大気を切り裂き、エスペリアを襲う。
「マナの防御壁――! くぅううう!? 間に合わない!?」
 次の瞬間には、ウルカの連続攻撃がエスペリアの防御を完全に崩していた。
「キャアアア!」
 その衝撃で、エスペリアは思いっきり吹っ飛び、かなりのダメージを負う。
「エスペリア! うぅ〜よくも、やってくれたな! マナよ、空を貫け。
 天翔ける星々の矢を与えよ。スター・ダ……」
 体制をたてなおしたオルファリルが神剣を地面に刺し、手を自分の目の前で交差して、
 呪文を唱え始める。オルファリルの周りに、マナでできた渦が巻き起こり始める。
 初めに放った魔法よりも、数段上の神剣魔法だ。
「やらせはしない……マナよ、彼の者に苦痛を返せ。アイアン・メイデン!!」
 オルファリルが呪文を唱え終わるより一歩速くウルカが唱え終わる。
「へ? な、なに!?」
 オルファリルの地面から明かに影とは違う別の黒い物が出現し、その形を
 鋭利な突起物と化してオルファリルを襲う。
「あうっ! あ……あぁ!」
 その攻撃では致命傷にはいたらなかった。が、とてもじゃないが動ける状態では無い。
「今のを撃たれていたら……さすがに、避けきれなか――」
「てぃやぁあああッ!」
 アセリアが一瞬の隙をついてウルカに斬りかかった。このアセリアの一撃をウルカは
 オルファリルのように受け流す事は出来なかった。
 それほどまでに鋭く、重い一撃だった。
「ぬぅ……そなたは、かなりの腕前……場馴れもしている」
「くっ、これを……受けとめた……」
 ウルカの反応は正しかった。アセリアはラキオス一の強さを誇る人物である。
 その剣筋は『ラキオスの青い牙』と呼ばれ畏怖されるほど。
 二人が鍔迫り合いにをしていると……
「……? マナの振動……これは、神剣魔法!?」
「マナよ、敵を焼く炎のひとかけらとなれ。ファイア・ボルトッ!!」
 不意に呪文を唱える声が聞こえてくる……その声の主は、オルファリルだった。
「何ッ!?」
 鍔迫り合いをしているウルカめがけて火球が物凄い勢いで飛んでくる。
 それをウルカは直撃の寸前にアセリアを蹴り飛ばし、その反動で火球を避ける。
「オルファを馬鹿にした罰だよ〜だ!」
 オルファリルは
「……たしかに、動けないようにしたはずなのだが……なぜ」
 怪訝そうな表情を作るウルカ。その疑問に答えたのは、エスペリアだった。
「これでも、わたしはグリーンスピリットに分類されます。あの程度の傷では倒れません」
 現にエスペリア本人も完全に傷が治っている。
 彼女の永遠神剣『献身』も淡い光を放っていた。魔法を使った余韻である。
「ケホッケホッ! く……まだ、いける」
 蹴飛ばされ、咳き込んでいるアセリアが立ち上がり再び剣を構える。
「これほどだったとは……ラキオスか……しかたない。ここはいったん退くとしよう……」
 剣を鞘に収め、ウルカは後ろを振り向き漆黒の闇に身を隠した。
「あ、逃げられちゃう! ……追わなきゃ!」
「今は追う必要はありません……あくまで、今回の目的はエトランジェの保護ですから」
 あとを追って飛び出そうとするオルファを、エスペリアが制した。
「うん……」
 アセリアも、その意見に首を縦に振った。
(それに……≪漆黒の翼≫……真の実力は、あの程度では無いでしょうし……)
 そんな事を考えつつも、エスペリアは横たわる明人の肩を担ぎ、帰路へとついた。

                                第三話に続く…

 

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