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第一話 日常が崩れる時

 ここは……どこだ? そんな疑問が脳裏によぎる。
 言葉では表現しにくいが、明かに現実とは違う空間に青年が一人漂っていった。
「ん……うぅ……ここは……?」
 青年が呻き声を上げ、辺りを見まわす。
 目に入ってくるのは、ただ、訳のわからない空間のみ。
「……と……たか……あき……高瀬 明人……」
 と、そこにとても人間とは思えない低い声が聞こえてくる。
 いや、これはもう、『発生』したという表現の方が合うだろうか。
「――!? 誰だ! 俺の名前を呼ぶやつは!」
 その『発生』した声に、反射的に青年は身構える。ような感覚を起こす。
 実際、自分の感覚があるのかどうかよくわかっていない。
「……高瀬……明人……お前達兄妹への……」
 彼の名前は、高瀬 明人。声の言った通りのものだ。
「――! 俺と……来夢がどうしたっていうんだ! どこにいる! 姿を見せろよ!」
 訳のわからない空間…そこで意味のわからない事を言われて明人はかなり混乱していた。
「……無償の奇跡は……存在しない……今こそ……その代償を払うときが来た……」
「なんだと……どういう意味だ!? 俺の質問にも答えろよ!」
 一方的に話しをされるのは、かなり腹立たしいものだ。それに言ってる事も意味不明。
「……じきわかる……すべては……」
 と、何かを言いかけてその声は消滅するように、聞こえなくなった。
「お、おい! くそっ、今のはいったい……」
 明人は頭を抱えてその場で考え込んでしまう。が、
「……いちゃん……おに……ちゃ……お兄ちゃん……」
 さっきとはまた別の声がさっきとは違いしっかりと『聞こえて』くる。
 今度はかわいらしい少女の声だ。
「ん? この声はらい……うわぁあああ!?」
 その声を聞いて明人が振り向こうとした瞬間――光が明人を包んでいった。

 それは、いたって普通の光景だった。
 この部屋に設けられた窓からは朝日が差し込み、その空は雲一つ無い晴天。
「お兄ちゃん! 早く起きてってば!」
 なんの変哲もない部屋でベッドで寝ている青年を、少女が必死に起こしている。
「う……うん……。あ……来夢……おはよう……」
 青年……明人がもの凄くたるそうな表情をしながら、まぶたをゆっくりと開けた。
 そこに映ったのは、少し大きめの眼鏡をかけた、栗色のロングヘアーの少女。
「のんきに挨拶してる場合じゃないよ! もう約束の時間ギリギリなんだから」
 明人を必死に起こしていた少女は……明人の妹、高瀬 来夢が今の状況を伝える。
 どうやら、この二人には誰かと約束があるらしい。
 それを理解したのか、明人がたるそうな表情のまま、身を起こした。
「わかった、わかった……じゃあ、着替えてから行くから待っててくれ……」
「もう……早くしないと、空也さんと美紗お姉ちゃんにどやされちゃうよ」
 そう言い残して来夢は部屋を出ていく。
「……さっきの夢は……いったい……」
 先ほど見た奇妙な夢の事を思い出しつつも、明人は立ち上がり、着替えを始める。
「まぁいいや……来夢も待ってるし……早く、行かないと……」
 明人は着替え終わって、部屋から出ていった。

「はい、お兄ちゃん。早く食べて食べて」
「ん……わかってるから急かすなって……」
 来夢が用意した朝食はご飯にお味噌汁に鮭の塩焼き……普通の和食だ。
 明人はまず、味噌汁の入ったお椀に手をかける。
「今日の味噌汁……美味いな」
 そう言うが、明人はまだ目が覚めていないような口調だ。
「そうでしょ♪ 今日のは、特に自信作なんだ♪」
 誉められた事を素直に喜ぶ来夢。
「だけど鮭は……塩かけすぎ。……しょっぱいぞ……」
 だが、次に明人が手を出した鮭に文句をつけられると……
「むぅ……文句言わないでよぉ」
 頬を膨らませ、不機嫌そうな表情を作った。
 が、別に怒ったわけではなさそうである。
 その会話を最期に、一旦会話は途切れ、二人は食事に集中する。
「うん……ごちそうさま」
「あっ、お兄ちゃん、食べ終わったらお皿とかちゃんと流しに持ってってね」
「わかった……さて」
 ようやく目が覚めてきたのか、明人は段々としっかりとした口調になっている。
「よし、皿も片付けたし……来夢、お前は準備できてるか?」
「うん、いつでも……って、あぁ! もう時間、いっぱいいっぱいだよ!」
 約束の時間が午前十時なのに今の時間は――
「時間? うわっ、もう九時五十分じゃないか!」
「そうだよ! お兄ちゃん寝すぎだって!」
「う……と、とにかく、早く出かけよう!」
「また話しをはぐらかして……あっ、まってよ〜」
 もう待ち合わせには間に合いそうに無いが、少しでも早くつけるように二人は家を
 飛び出ていった。

「ハァ……ハァ……やっと、ついたか……」
 待ち合わせの場所は、明人達の家の近所にある人気の無い神社だ。
 この場所は街全体が見下ろせる丘があり、そこから見える景色は絶景の一言。
 しかしなぜかこの場所は有名ではなかった。
 が、明人達にとってはいたって普通な場所。この絶景を独占できている。
「う……うん、時間は……?」
 肩で息をし、膝に手をつきながら来夢が明人に訊く。もう一杯一杯の様子だ。
「今、十時八分……遅刻かよ……」
「で、でも……どこにも美紗お姉ちゃん達、見当たらないよ」
 周りを見渡しても目に入るのは、竹箒で境内の掃除をしてる巫女らしき人だけだった。
「おかしいな……あいつらに限って時間に遅れるなんて」
 境内の掃除をしているらしい巫女さんがこちらに気づいたらしく、軽く手を振ってきた。
 それに明人は手を振り返し、それに答えた。
「どうしたんだい、来夢? こんな所で……」
 不意に、背後から声をかけられる。しかしそれは、明人達が待っている人物の声ではない。
「……なんのようだよ。一文字 秋一……!」
 明人は自身でも、意識しないうちに声色が変わっている事がわかった。
 そこに立っていたのは背丈は明人と同じ位で美しい白髪に赤い瞳が特徴的な青年。
 その秋一と呼ばれた青年は、まるで明人が目に入っていないかのごとく、
 来夢に歩み寄ってくる。
「えっ……秋一、お兄ちゃん……? どうして……?」
「……たまたま、走っているの見えてね。少し様子を見に来ただけだよ」
 愛でるような視線を来夢に投げかける秋一。
 あからさまに、明人の時と態度が違う。
「……それ以上、来夢に近づくな!」
 そこに、明人が割ってはいる。睨みを利かせ、威嚇する様に。
「黙れ! 部外者が……! 僕は、貴様を来夢の家族だと認めたつもりなど無い!」
「お前がやっている事は、ただの自己満足なんだよ! これ以上、俺達に関わるな……!」
 秋一に今にも掴みかかって行きそうな勢いで、声を荒上げる明人。
「ほぅ……言ってくれるな……? 貴様が僕に勝てるとでも思ってるのか……!?」
「生憎、我侭で自己中心的なお坊ちゃまの腕っ節に負けるほど、やわな体じゃないんでな」
「――! ムシケラが……! だったら、お望みどおりにしてやろうか……!?」
 二人の間に、殺意という感情が渦巻く。
 秋一はかつて、来夢の両親が再婚するまでの間、来夢の事を兄のように面倒を見ていた
 のだ。だから、明人の存在は自分が来夢の側にいるのに邪魔なのである。
 お互いがお互いを忌み嫌い、邪魔だと思っている。
 この二人を止めれるのは……
「もう……もうやめてよ! お兄ちゃん……秋一お兄ちゃん!」
 来夢だけである。もし、この場に来夢がいなかったら、最低どちらかは病院の世話に
 なっている事だろう。
「来夢……」
 来夢が止めに入ると、明人は我を取り戻したかのようになる。
「ふん、まぁいい……来夢に救われたな、明人」
 そう言って秋一もやる気が失せたらしく、神社を後にしていった。
 最期まで、明人はその後姿を睨んでいた。
「秋一……いつかは、あいつと決着を……!」
「そんな事言わないでよ……お兄ちゃんも、秋一お兄ちゃんもあたしの大切な……」
「俺とあいつを一緒にしないでくれ!」
 知らず知らずの内に、声のボリュームが上がっていた。
 明人の言葉に身を震わす来夢。
「あっ……急に大声上げて……ゴメン」
「おいおい、どうしたんだ、明人? 大きな声上げちゃって」
 と、遠方から……神社の境内の入り口である石段から声が聞こえてくる。
 秋一とは違う、男の声だ。
「何かあったの? 明人……って、さっきの……やっぱり、秋一だったのね」
 次に女性の声が聞こえてくる。
 それと同時に二人の姿が確認できた。明人達が待ち合わせをしていた人物達である。
「美紗、それに……く、空也……だよな?」
 美紗と空也……明人の小さい頃からの親友で、男性の方は土方 空也。
 見た目は刈り上げた短髪を金に染め、ファッションなのか首には数珠を下げている。
 女性の方は今井 美紗。茶色の針金のようなとがった髪型が特徴の女性。 
 そして、明人は少し濁った言い方をする。というか、してしまう。
「あ? オレ意外に誰がいるんだよ? ねぇ、来夢ちゃん?」
「え……で、でも、顔の方が……」
 来夢は、不鮮明な返答する。
 それもそのはずである。空也の顔には幾つもの長方形のあとが付いていたのだった。
「空也……また、ナンパしてる所を美紗に見つかったのか?」
「そうなのよ! ちょっと聞いて、明人! 空也ったら私がちょっと目をはなした隙に
 す〜ぐ年下の子ナンパし始めるのよ! ったく……明人からもなんか言ってやって!」
 いつもの事ながら、空也は年下の子をナンパしまくって来たらしい。
 そう、空也の趣味はナンパ。しかも、年下の可愛い女の子限定。
 もちろん、来夢のその射程範囲内で、時たま明人に睨まれている。
「まったく、本命は美紗だけなんだから……少しはそういうこと控えろよ、空也」
「いやいや、ナンパは漢のはうあっ!?」
 空也が拳を硬く握り、今まさに熱論を始めようとした瞬間に……
 美紗愛用のハリセンが見事に顔に決まる。
 元々あった長方形の形とは真逆の形の跡が空也の顔面についた。
 ちょうど、バツの形をハンコで押されたような感じになる。
「そんな事をいちいち熱く語ろうとするな!」
「み、美紗お姉ちゃん……ほどほど……ほどほどに……」
 ものすごい剣幕で空也に詰め寄ろうとする美紗を、来夢がなだめる。
「あ? あぁ、わかってるわかってる♪ で、今日はどこに行こうか?」
 来夢の願いが通じたか。美紗の表情は鬼気迫るものから笑顔へと変貌を遂げる。
「そうだな……久しぶりに街にでも出てみるか」
「うん! あたしもそれに賛成♪」
 来夢の顔が、パッと明るくなった。
 ついでに、空也も笑顔になる。開放されたという喜びから。
「よっし! じゃあ決まりね」
 元気よく、美紗は相槌を打つ。
「そうと決まれば再びナンへぶっ!?」
 今度の一撃は、空也の後頭部を思いっきりはたき倒ものであった。
 もちろん、ハリセンの一撃だ。
 だが、ここまでくるとハリセンも凶器の一言に尽きる。
 ――誰か、こ女性に慈悲というものを教えてやってくれ。
 声にならない、明人と空也の願いだ。
 明人も、何度このハリセンに綺麗なお花畑を見せられた事か……
「ま〜だ懲りてないのか! なにか? アタシにあんたの顔をナンパできない様に
 してくれと? 真っ赤に晴れあがった顔じゃあ、みんな怖くて引いていくわねぇ!?」
 後頭部を押さえる押さえる空也になお詰め寄る美紗。容赦は、無い。
「……行こう、来夢」
「う、うん……空也さ〜ん、美紗お姉ちゃ〜ん、行っちゃうよ〜」
 こんな事、日常茶飯事なので、特にツッコミを入れる事も無く冷静に対処する二人。
「あっ、ごめんごめ〜ん! ほら、行くよ」
「ウィ〜ッス……いてて、ハリセンだからって本気で殴るなよな」
 顔をさすりながら情けない声を上げる。
「ならまずその性格を直しなさい! だいたいあんたはねぇ!!」
 二人の口喧嘩が始まる……と、言っても美紗が一方的に押すものだが……。
「まったく。美紗しか眼中にないくせに、変な遊びをするやつだ」
「ホント……美紗さんも苦労してるよね」
 だが、そんな二人のやり取りを見て明人は密かに……こう思っていた。
(……この日常が、いつまでも……ずっと続けば……)
 いつまでも、こんな友人と一緒に馬鹿騒ぎし、平穏な日々が続けば……と。
「ん? お兄ちゃん、どうしたの? ボーッとしちゃって」
「いや、何でも無いよ」
「ふ〜ん……あっ、二人とも、やっと来たよぉ」
 肩にハリセンを担ぎながら明人達の元に歩み寄ってくる美紗と、頭をさすりながら
 片目を瞑り、真っ赤な表情になった空也がその後を追う形で明人達のもとにやってきた。
 こうして、明人達は神社を後にする。

 街に出た明人達は、まず来夢の希望で服を選びに向かった。
 来夢と美紗が服を選んでいると……
「ねぇねぇ、そこの君♪ ちょっとそこでお茶でも……」
 案の定、空也は美紗の目を盗んで早速ナンパをし始めた。
 今は美紗という拘束具から解き放たれ、身に迫る危険が無い状態なのでかなり開放的だ。
 顔も、執念といったものか。治っている。
「えっ! で、でも……後ろの人が……」
「へっ? 後ろ――! み、美紗ぁ!? お前、服選んでるんじゃ……」
 美紗の顔は笑っている。確かに、顔は笑っているがその笑顔から放たれる殺気は
 尋常ではなく、一瞬にして空也をすくみ上がらせる。
 もちろん、明人も効果範囲内で、身動きが取れないようだ。
「お・ま・え・は――いい加減にせんかい!」
「うわっ! ちょ、ちょっとなんかハリセンいつもより大きぐぼあっ!?」
 空也の最後の言葉どおり、美紗の持つハリセンは先程より二倍近い大きさであった。
 そして、会心の一撃が空也を強制的に黙らせる。
「ったく……あっ、ごめんね〜この馬鹿が迷惑かけたみたいで。変な事、されてない?」
「い、いいえ! そんな事は……あ、これから用事があるので……し、失礼します」
 声を震わせながら逃げるようにナンパされていた少女は去っていった……。
 美紗の声には殺気の余韻が残っていたのだ。
「美紗お姉ちゃ〜ん、こんな服どうかな〜?」
 今のやり取りに気づいていない来夢が美紗を呼ぶ。
「あっ、来夢ちゃん、今行くからちょっと待ってて〜」
 美紗も何事も無かったかのように来夢の所に向かっていった。
「何してたの、美紗お姉ちゃん?」
「ん〜? 害虫駆除よ♪ ちょっと人にたかるゴミみたいな害虫の、駆・除♪」
「? へぇ〜、そうなんだ」
 簡単に今起こった事を説明する美紗。
 空也の存在価値は、害虫レベルまで下げられていたが。
「……お前は、少しは懲りるという事をまずは憶えるんだ」
 地面に突っ伏している空也に向かって、明人が哀れみの念をこめて話しかける。
 死して屍拾うもの無しとはよく言ったものである。
「ナンパは……お、漢の……ぐはぁ…」
 明人に見守られて、空也、本日二度目の撃沈。
 しばらくすると、紙袋を持った来夢と美紗が笑顔で戻ってきた。

 空也も復活し、次に向かった先は……
「……腹、減ったな」
 お腹から聞こえてくる微妙な音と共に明人が言い放つ。
「ん? いつのまにかもう昼過ぎか……」
 それを聞いて空也が腕につけた時計を見る。
 時間はすでに正午を回っていた。ちょうど、お昼時である。
「んじゃ、そろそろご飯にしようか」
 美紗が空也に大量の紙袋を手渡しながら、促す。
「じゃあ、あのお店に入ろ♪」
 四人はファミレスで簡単に食事を済まして、再び買い物を始める。

 そして……
「う〜ん! 今日はとことん遊んだ〜♪」
 美紗が伸びをしながら言い放つ。いつのまにかもう日が暮れかけていた。
 ファミレスで食事をした後、もう一度ウィンドウショッピングを楽しみ、
 そしてゲームセンターを回るとすでにこの時間になっていた。
「美紗、お前買いすぎ……」
「男だったらそれくらいで根を上げないの。空也ならこれの三倍はいけるでしょ、三倍」
「……オレを過剰評価しすぎだ……」
 美紗の戦利品を全て任されている空也が苦しそうな声を上げる。
 が、その事を微塵も気にしていない美紗。
「ふぅ……久しぶりに、たっくさんお買い物したぁ」
 来夢が満足そうな声を上げる。
 手には、美紗の四分の一くらいの量の戦利品が握られたいた。
「……なぁ、満足してる所すまないんだが……今日は最後にもう一度神社に
 よってかないか?」
「へっ? なんでいきなり……しかもあの神社かよ」
「うん、明人がいきなりそんな事言うなんてねぇ。めっずらしい」
 珍しいことを言う明人に、少し驚いてる空也と美紗。
「う……だ、ダメか? なんかよって見たくなって……」
 そう、自分でもよくわからないんだ……と、心で言って見せる明人。
「う〜ん……そう、だね。そう言われると、あたしもちょっと行ってみたい気がするね」
「ふむ……一日の終わりに、あそこの風景もいいかもな」
 最初に四人が集まっていた神社は街の高台に設けられているため
 夕焼けがとても綺麗に見えるのである。
「そうだね。それなら今日はとことん付き合うよ、明人!」
「悪いな……さっ、早く行かないと見そびれちまう」
 きびすを返して、明人が走り出す。
「あっ、お兄ちゃん! まってよ〜!」
「お、おい! 待てよ明人! オレが今どんな状態かどうかわかってんのか!?」
「ちょっと〜! 誘っといておいてかないでよね!」
 残った三人も、明人の後を追いかけるように走り出した。

 この時……まだ、明人達は知らない。……この後、自分たちが巻き込まれる、
 誰もが予想だにしない過酷な運命に……巻き込まれて行くという事を。
 そして……

 明人達が神社についた頃には、ちょうど夕焼けが綺麗に見える時間帯になっていた。
「うわぁ、とっても綺麗だよぉ」
 神社から見下ろす街の風景は……夕焼け色に染まっておりいつもの風景とは全然違う。
 一言で言い表すと来夢が言うとおり……綺麗の一言に尽きるであろう。
「あぁ、まさに絶景かな絶景かな……」
「……空也、ちょっとじじくさいよ」
「いや、空也の言うとおりいつ見てもここの風景は変わらなく……絶景としか言い様が」
「あの、ちょっとよろしいですか?」
「――! 誰だ!?」
 さっきまで誰もいないと思われていた明人達の背後から急に声をかけてきたのは……
「いや、可愛いお嬢さんならちょっととは言わずいつま――わ、わかったから構えるな!」
「……だったら見境無くナンパしない!」
 まぁ、予想どおりといえば予想どおりだろう。
 空也のナンパをハリセン片手に美紗が阻止する。
 明人達に話しかけてきたのは、茶色のロングヘアーに巫女姿をし、ほんわかとした
 雰囲気をかもし出す女性だった。今朝、明人に手を振っていた巫女さんである。
「あなた、ここの巫女みたいだけど……あたし達に何か用?」
「あっ、自己紹介がまだでしたね。わたしは戦巫女の……三倉 真美と申します」
 美紗の質問をまったく無視するようにその巫女さんは自己紹介を始めた。
「で、その……俺達に何か用ですか?」
 明人の後ろではハリセンを振り上げた美紗を必死に押さえてる空也と来夢の姿が見える。
「いえ、明人さんに言っておく事が……一つ、あるのです」
「――!?」
 真美の言葉を聞いて、明人は耳を疑う。
 自らは自己紹介していないはずなのに、なぜかこの巫女さんは明人の名前をしっかりと
 言い放っていた。
「無償の奇跡は……存在しません。今、その奇跡の代償を払うときが来ました……」
「な――ッ!? それは、今日の夢の……」
 そして、真美が笑顔で言っているまさにその時――!
「うわっ! な、なんだ!?」
「なっ、なによ!? この光は!?」
 明人の後方から空也と美紗の悲鳴のような声が聞こえてくる。
 明人が周りを見渡すと、真美以外の人物は全て、光の膜のようなものに包まれていた。
「くっ! この光は今日の夢と同じ……」
「お、お兄ちゃん!?」
 明人達四人をまばゆい光のが包みこむ。
 そして……
「おい、明人! お前何か知って――」
 さっきまでいた空也が消える……いや『飛ばされた』という感じの方が合うだろう。
「空也……? 空也!? どこ――」
 いきなりの事態にとまどいを隠せない美紗も、空也と同じように『飛ばされる』。
「空也! 美紗! くっ――!!」
 二人の姿が見当たらなくなると、今度は自分達の番だと明人は悟り……
「来夢! 俺につかまれ! 早く!」
「う、うん!」
 来夢を自分のもとに呼び寄せる。
 来夢が明人に抱きつくとほぼ同時に、二人は空也達同様光に包まれ…抵抗空しく
 二人一緒に『飛ばされる』……だが、明人は薄れ行く意識の中でこの言葉を耳にした。
「すべてはファンタズマゴリアに……大丈夫です……アキトさん、あなたなら……」
(なん……だって? ファンタズマ……)
 明人の意識は、ここで完全に途切れた。
                         第二話に続く……

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