Lost Memory
序章――崩壊音
<ハイペリア、某所――8月2日・夜>
広がるは、無残なまでに荒れ果てた廃墟。
それをトキミは、呆然と見つめていた。
「あ……」
いや、違う。ここはトキミが知る限り、『廃墟』などと形容すべきところではなかった。共に死線を潜り抜けた仲間たちの中でも特に選ばれた者が集い、『あるモノ』を守っている……そんな場所だったはずだ。
しかし今は何もない。仲間も、彼らが守っていたモノも。
広がるは、無残なまでに荒れ果てた廃墟ばかり……
遮る物がない空間を夏風が吹きぬけ、トキミの黒髪を揺らす。それで我に返り、トキミは唇を噛み締めた。
何者かの襲撃を受けたのだ。トキミがいない間に。
誰が襲ったのか、というのは考えるまでもない。
カオス・エターナルの精鋭たちを薙ぎ倒し、かつトキミでも未来視できなかったということは、考えられる可能性はただ一つである。
カオス・エターナルと同等の存在。すなわち、ロウ・エターナル……
「く……っ!」
トキミは駆け出した。もしかしたら生存者がいるかもしれない……そのたった一つの希望に託して。
その希望は限りなく皆無に近かったが、さりとて皆無ではなかった。程なくして『時詠』が、残っている唯一の神剣反応を告げる。
第三位・槍型永遠神剣『奔流』。
「……リレッタ……!!」
トキミの口から、勝手に言葉が漏れ出る。
『奔流』のリレッタは、トキミにとって妹のような存在であった。リレッタもトキミによく懐いており、二人の仲は姉妹同然と言っても過言ではない。
いつも笑顔を絶やさない少女で、その笑顔にトキミは何度も勇気付けられた。リレッタの笑顔がトキミは好きだった。実力が認められここに配属されることになったと、誇らしげに話していたのを覚えている。
なのに。
「トキミ……さ……」
倒れている今の彼女の表情は、笑顔ではなく苦痛に支配されていた。
しかし、それも無理はない。
今の彼女からは、下半身がごっそり奪われていたのだから。
トキミは息を呑み、そして倒れている彼女へと駆け寄った。
「……っ!リ、リレッタ!大丈夫ですか!?」
大丈夫なはずが、なかった。
止まらない血は次々とと金色のマナに変わり、空気中へと拡散していく。それは構成を維持する為に必要不可欠なマナのはずだった。それでも彼女が生きていられるのはひとえにエターナルの生命力によるものだったのだが、しかし致命傷であることには違いない。神剣には罅が入って崩壊寸前であり、彼女の命自体も風前の灯火である。
大丈夫なはずはなかった、が……それでもリレッタは吐息を搾り出すようにして、応えた。
「トキ……ん……、たし……私……っ!!」
リレッタの瞳から涙が零れ落ちた。しかしその涙でさえ、金色のマナへと還っていく。
「死な、ちゃ……し……み、ん……な……っ!」
「リレッタ……」
死なせちゃいました、みんな。
リレッタがそう言っているのが聞こえて、トキミは目を伏せる。きっと彼女の目には、今もなお、マナに還る前の仲間の姿が焼きついているはずだ。
「く……な……も、取ら……ちゃ、……て、わた……何も……!」
「リレッタ!」
満足に発せられない声で自責の言葉を呟き続けるリレッタの頭を、トキミは思い切り抱きしめた。
リレッタは間違いなく、もうすぐ死ぬ。その死の間際にあってもなお自分を責めるリレッタが、哀れでならなかった。
「あなたの任務は、私が引き継ぎます。だから……!」
知らぬ間に、涙が零れ落ちていた。
幾星霜もの時間をもの中での、長らく忘れていた涙。否、忘れていたかった涙。
それが零れ落ちた。消えゆくリレッタの頬に、唇に、髪に。
「もう……休んで、いいんですよ……っ……」
「…………」
リレッタはほんの少し目を閉じて……そして、目を開いた次の瞬間に顔を笑顔に変えて。
トキミが好きだった、満面の笑みを浮かべて……言った。
「―――――、――――――――」
ありがとう、トキミお姉ちゃん
トキミの耳に、聞こえないはずの声が響く。
その瞬間に……トキミの腕の中からリレッタの感触が消えた。
リレッタの体はぱぁっと光に変わって、風に吹かれて飛んでいった。
その光景は、とても綺麗で……
でも、とても、儚げで……
「……〜〜っ!!」
もう、限界だった。トキミの目の奥から、次から次へと涙が零れ落ちていく。
許せなかった。仲間が死んでいくのが。大切なものが失われていくのが。
そして大切なものを奪っていった、憎い敵が。
許すわけには、いかなかった。
自分の存在全てを賭して、全否定しなければならなかった。
「テムオリン!ロウ・エターナルッッ!!なんという……なんということをっっ!!」
限りなくがらんどうな廃墟の中。
トキミの涙が、夜風に散った。