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博識の異能、反鏡の影
『博識の異能、反鏡の影』


「総マナ量数値化…243万8765NP、許容範囲内。
エーテル変換率12%に対して変動還元率86%、許容範囲内。
120時間以内に消失マナは0。元素安定、固有胎動率に異常なし…」

カタカタ、ピピッ、カタタタタ…

暗い石造りの部屋、いや、部屋と言うのもおかしいであろう。
そこは、さしずめ巨大な岩の中。
その目の前に広がる巨大な平面の壁に投影された膨大なデータを、男はただ一人でコンソールを叩き、整理していく。
そう、ただ一人で。
機械のように正確で、一切の間違いなど無い情報処理を、男はただ黙々と続けていた。

ガガァァァ…

そんな中、石臼をひいたような音と共に、岩の部屋の一角が扉のように開き始める。
そこから姿を現したのは、一人の若い青年だった。

「精が出るね、アウラ」

親しげに男に話しかける青年。
だが、アウラと呼ばれた男はまるで気付かないようだった。

カカッ、カタタタ、カチッ、カカカカ…

「ま、そうだね。構う暇なんか無い…か」

青年が呟いた時だった。
アウラと呼ばれた男は椅子を回し、申し訳なさそうな表情で青年に話しかけた。

「…申し訳ありませんユッツァ。今回は少々手がかかったため、予定を20%ほどオーバーしてしまったので」

アウラは振り返って、ユッツアに声をかけた。

「気にするなよ。俺とアウラ位なんだし、〔マスター・コア〕の操作が出来るのはさ」

そして二人は雑談を始めるのだった。



この世界は、マナに満ち溢れていた。
野山には自然が溢れ、水は透き通り、空は何処までも青かった。
資源は豊富で、人々は争うことも無く、みな穏やかに暮らしていた。
そんな中、唯一その存在を否定され、輪に入れない者たちがいた。

「異能者」

人と異なる「能力」を持って生まれた者。
その存在が世界に与える影響は大きく、人々の畏怖の対象となった彼らは、自然に世界から排他されていった。
そんな中で、唯一「異能者」の居場所であったのが、ここ「管理局」であった。
人々はマナを用いて起動する〔遺跡〕を見つけていた。
だが、〔遺跡〕の原理は難解であり、加えてその動力には多大なマナを必要とした。
そこで異能者の出番であった。
「異能者」の力で起動させ、「異能者」の力で管理する。
人々は「世界の安定と平穏のための、名誉ある仕事である」として「異能者」を働かせ、「異能者」も世間から排除されるくらいならと受け入れていた。


「そう。その〔遺跡〕こそが、この〔マスター・コア〕。世界中のマナを監視、調整する機能を持つ装置…」

ユッツァがしみじみと思い出すように語っていた。

「だが、誰もその原理は分かってはいない。ただ便利だからと使っているだけ…私たち異能者を駆り出してまで……。
もし私がエーテル変換エントルピーを7,23ほど上昇させるだけで、この世界がどうなるか…皆さん分かっているのでしょうかね?」
「お、おい、冗談でもやめてくれよ、アウラ」
「分かっていますよ。私としても、ユッツァ達にまで迷惑かけたくはありません…」
「アウラ…」
「ここでの仕事にミスがあれば、全ての異能者に関わりますから…重要ですよ」

ここでの仕事は世界中のマナの監視、調整である。
故にここでは天災でさえも未然に防ぐことが可能であるが、反面それを起こすことも可能であるのだ。
だからこそ、ここでの仕事のミスは反抗活動ともとられかねない。
実際、外で暮らす異能者たちは、ここで働く異能者たちへの人質という意味合いがある。

「ユッツァ、他の方々はどうしています?」
「ノールーとディジェは外勤、クタァトとセラエノは現在発掘中の〔遺跡〕調査に行ってる。今日は俺とアウラ、それにコムチェだけだな」
「そうですか…」

そういうと、アウラは口笛を吹きながら、懐から何やら怪しげな金属を取り出し、カチャカチャといじくり始めた。

「また知恵の輪かい?飽きないねぇ」

前衛芸術にしか見えない複雑怪奇な知恵の輪。
だが、アウラはわずか数秒のうちに解き、また結合して見せた。

「こんな能力さえなければ、素直に楽しめるのですが…」

アウラの異能者としての能力、それは一度見た資料や光景、体験した事象や現象等をただ一度で「記憶」し、「理解」するというものである。
一度読み終えた本の内容は、一字一句間違えずに暗唱でき、
爆発一つを見ただけで、何がどうなって、どういう状況で爆発したのかが、瞬時に理解出来てしまうのだ。
故に、知恵の輪などは、触れた瞬間に解き方が理解できてしまう。
しかし、能力に覚醒する前からの趣味であるパズルを、彼はいつも持ち歩いている。

「まぁ、仕方ありません。ノールー達が新しい情報を持ってくることを祈りましょう…」

知恵の輪を投げ出して脱力し、椅子にもたれかかったその時、異変は起こった。
ふとモニターに目を向けたアウラの顔から血の気が引いた。

「マナ総量419万2180NP!?そんなバカな!!」

さらにデータは次々と異常を示し始める

「エーテル変換率57%に対して変動還元率8%、マナサイクル異常化、
固有胎動率上昇、連動性変換不良、界面空震発生、マナ、エーテル境界衝突率増加、二次送還不全……」
「おい、こりゃ一体…!」
「解りません。しかし、一つだけ…」
「何か解るのか?」
「ええ…これは決して、自然現象ではありません!!」

なおもデータは異常を表示し続ける。
物凄い険相でモニターを見つめ、データを解析するアウラの横から、ユッツァがアドバイスを送る。

「仕方ねぇ!一時的に全マナを〈抗マナ〉に変換しろ。その上で境界面抵抗負荷を安定させてから、浮きマナ順で対処し直すんだ。
このままじゃトンデモねぇ規模の〈マナ消失〉に繋がっちまう!!最悪この世界丸ごと吹っ飛ぶぞ!!」
「やっていますよ!!しかし、ここから世界のマナへの干渉が制限されているのです」

ここで対処できないということは、他のなにを持ってしても事態の収拾は不可能であることを示しているのである。
そしてそれは、世界の崩壊と同意儀であった。
だが、異常を示す大量のデータの中、アウラは何かを発見した。

「マナ変換を伴う外空間干渉…これです、ユッツァ!」
「何かあったか…なんだこりゃ?幾分の概念情報を含むマナ体?…んな馬鹿な!?」
「しかしその存在が現れてから、これらの異常が起こっています。恐らくこれが原因です」
「ならそいつを排除すれば…」
「ええ、分の悪い賭けではないはずです。」
「どうする?」
「ユッツァはコムチェを連れて外に。ノールーやディジェ達と合流して原因の発生位置へ向かって下さい。
場所はクトゥルフ大聖堂。ディジェの能力ならすぐのはずです」

ディジェの能力は「空間転移」。
指定した座標に物体を転移させるこの能力は、代償として多大な体力を消耗する。
彼が子供である故に、うかつに使うことは出来ないが、事態が事態である。我慢してもらうしかない。

「分かった。じゃあアウラはここで〔マスター・コア〕の制御をしておいてくれ。俺は行ってくる」
「いや、ちょっと待ってください!!」
「どうした!」
「マナ変換を伴う外空間干渉発生。場所は…ここです!!」
「!!」

そして、彼らの前の景色が歪み、周囲のマナが収束、現れたものの概念情報を読み取り、この世界へと具現化する。
霧状の虹とでも言うべきか、やがてひときわ大きく輝き、〈ソレ〉は現れた。

「参ったな、随分と転移に時間がかかった」
「仕方が無いね。まさか動き出す前に妨害が来るとは思っても見なかったし」
「それよりも、ここは一体何処なの?」

光の中から現れたのは、年齢もいでたちもちぐはぐな三人の人間であった。
重厚な鎧に身を包んだ戦士
ノースリーブのボディスーツを着た少年
人間に猫の耳と尻尾をつけたような女性
―異界の存在…
直感ではない、事実としてアウラは心の中で呟いた。
彼には、既に一連の現象の解析が終わっていた。

「異なる界に置いた概念情報、それをこの世界へ通路を用いて転送。そしてこの世界のマナを媒介に構成して実態を成す。
その最たる機能を果たすのが、その身に付けたる武具…」

アウラはいつの間にか口走っていた。
それが彼らにとってばれてはいけない秘密だったらどうするのか、
彼らも理解せずにやっていることで、気付くことで不具合が起こるとしたらどうするとか、そんなことを何も考えず、無意識に口走っていたのだ。

「な〜る。大聖堂に現れた奴のお仲間ってわけか」

ユッツァがそう呟いたとき、先ほど現れた三人は一気に詰め寄ってきた。

「おいアンタ、もしかして〔ロウ〕の連中の居場所を知ってんのか?」

そう聞いてきたのは、ノースリーブの少年であった。
黒髪のはねっ毛で、まだ顔立ちは幼いが、その気配は不思議な力強さを秘めている。

「知ろうが知るまいが、あんたらに教える義理は無いね。自分で探せば?」
「なんだと!!」

少年はユッツァの胸元あたりまでしかない身長ながら、手を伸ばしてその胸元に掴みかかる。
掴まれた瞬間、ユッツァは驚愕を覚えた。

―なんだこのガキ、なんて握力してやがる!?

その小さな手から感じる力は、とても年相応のそれではなかった。
そして、控えていた猫人間の女性が、諭すように話しかけてきた。

「あなたがどう思っていようと関係ない。今すぐに教えなさい。さもないと手遅れになるのよ?」
「手遅れ?はっ、とっくに手遅れさ!あんたらのお仲間のせいでな!!」
「待って下さいユッツァ……貴方たち、もしや先の方とは無関係なのですか?」
「いや、無関係ではない。恐らく、君が言っている存在と我々は敵同士ということになる」

その一言から、彼らの説明が始まった。
いわく、自分達は「永遠神剣」という武器を持つ「エターナル」という広域存在であり、同じ方法で幾多の宇宙を回っている。
いわく、「永遠神剣」は元をたどせば一つであったが、何らかの理由で砕け、今は無数に存在している。
いわく、この世界に先に現れた存在は〔ロウ・エターナル〕といい、永遠神剣を元の一つにするため、世界を破壊してマナと神剣を集めている存在である。
いわく、彼らは〔カオス・エターナル〕といい、世界をあるべき姿に保つため、〔ロウ・エターナル〕と戦っている存在だという。

「つまり、貴方たちはこの世界を守るために現れた、と?」
「だからそうだって言ってるだろ!?アッタマ悪いなぁ」
「……分かりました。では、この件に関しては貴方たちに任せます」
「お、おいアウラ!」
「場所はここより南南西に32921メット(メートル)の位置にあるクトゥルフ大聖堂。大きいですからすぐに分かるでしょう」

そういうと、アウラはスクリーン上の地図にその位置を示す。

「なるほど。判り易い所に居てくれて助かったわ」
「おう、時間も無いことだ、一気に殲滅するぞ!」
「そうと決まれば、さっさと行こうぜ!」

三人はそのまま、恐らくは壁か天井を突き破って外に出ようとしているのであろう。
その手に持った武具にマナの力を収束し始める。

「ちょっ!ちょっと待った待ったぁ!!お前らここを壊す気か!?」
「今この〔遺跡〕の外へ転送を行います。少々お待ちを」

ユッツァが慌てて静止すると共に、アウラが外に出す手筈を整える。
すると、先ほどの三人の足元に幾何学模様の不思議なエリアが築かれた。

「ありがとう、助かる」
「必ず、必ずこの世界は守ります。ですから・・・」
「それが代金って事で!」

それが最後に聞こえた三者の言葉であった。
その次の瞬間には彼らは〔遺跡〕の外に転送されていた。
再び二人になった空間で、アウラは静かに口を開いた。

「ユッツァ・・・」
「分かってる。お前、あいつら信用してなかったろ?」
「当然です。ですから我々で手筈通りにやります」
「任せろ…じゃあアウラ、行ってくる」

そしてユッツァは、〔マスター・コア〕の中枢を後にした。

「さて、では私も作業にかかりましょうか」

こちらから世界へのマナ干渉が制限されたが、その範囲は大方把握できた。
後はこちらで出来るだけのことをするだけであった。

「マナのエーテルへの強制一次変換、過剰マナを集積、共有結合をもってマナ結晶体へ。マナ融合におけるペルチェ効果を…」



数時間後―クトゥルフ大聖堂

「つ、着いたっちよ〜…」

目の前にそびえる白亜の聖堂。
古来から言い伝えられる「古き神」を祀る神聖なこの場所も、今は毒々しい程に濃密なマナが滞留し、その雰囲気は神聖とは程遠いものだった。

「この中なんだろ、この変調の原因は?」
「ああ、間違いない」

今、大聖堂の前に居るのはユッツァを始めとする「管理局」の面々。
みなアウラの同僚であり、かけがえない友人達である。
ディジェの能力で此処まで一気に来られたため、仲間を集めるためにかかった時間は取り戻している。
尤も、それを見越した上での計画なのだが。

「んで、これからどうするね?」

野太い声でユッツァに声をかけたのは、ひときわ大柄ながたいのノールーである。

「まかせろって……おいアウラ、聞こえるか?」

彼が懐から小さな通信機を取り出した。
そしてその機械を耳元にあて、おもむろに話し出した。

〈……ええ、聞こえていますよ。順調です〉

通話が可能なのを確認したユッツァは、現在の状況を説明し始めた

「おし、いいか?今しがた大聖堂前に着いた。ノールー、コムチェ、ディジェ、セラエノ、クタァト、それに俺。
全員揃ってるけど、やっぱり五人連れての転移は堪えたらしい。ディジェはかなり消耗してる。もうそんなに多くの人数は転移させられないぞ?」
〈分かっています。こちらでも反応を拾えます。確認しますが、ノールー、セラエノ、クタァト、三人とも「念動」は使えますね?〉
「おう、大丈夫!」
「けっ、不調どころか絶好調だぜ!」
「…問題ない」

三者三様に答える。
全員が好調であることは間違いない。

〈分かりました。目標は入ってすぐの祭壇の広間にあります。中に入り次第、即座に三人の「念動」にて拘束。
その後ディジェの能力で地中深くに送り込んで下さい。まだそれくらいは可能な筈です。その後はこちらで処理します〉
「了解」

ユッツァは無線機を切り、懐に戻した。そして

「じゃあ、一丁ぶちかますか!!」
「「「おう!!」」」

全員が突入を開始した。



クトゥルフ大聖堂・祭壇の広間


大方の例にそぐわず、この大聖堂も扉を開けた先が祭壇の広間となっている。
目の前には荘厳な祭壇と大きな神像、そしてひときわ大きなステンドグラスが、その白亜の聖堂の神聖さを引き立てていた。
そして、その目の先に映った光景は…

「子供…だと?」
「それだけじゃねぇ…モンスターもいやがる」

クタァト、セラエノがそれぞれ呟いた。
そう、目の前の祭壇上には子供が居た。
白き法衣を身にまとい、一振りの杖を持った、いうなれば幼い神官。
その後ろには、空に浮く目玉。
そうとしか形容のしようが無い怪物が浮いていた。
頭(?)に、その見た目にはどだい不釣合いな王冠を冠して。

「遅かったですわね」

少女が始めて口を開いた。
その声は見た目相応なそれであったが、何か神経が逆なでされる、妙な雰囲気を含んでいた。

「ユッツァ……あれを」
「ん……あれは!?」

ノールーが指し示した方向、少女達の足元には、全身に酷い傷を負った二人の人がいた。
それは、ユッツァが〔マスター・コア〕の中で出会った三人のエターナルの内二人、少年と猫人間の女がいた。
そしてそこから少し離れたところに、同じく大怪我をしてい男が倒れていた。
その時、男は意識を取り戻し、大きな剣を杖代わりに何とか立ち上がった。

「…こ、の……テム…オ……リンッ!!」
「死に損ないの分際で、まだ立ち上がりますか……」
「あ、たりまえ......だろう。誰が...貴様などに…」

そして同じくして、テムオリンと呼ばれた少女の足元の二人が目を覚ました。

「...駄目......イシト!」
「無茶だ、兄やん!!」
「うおおおおおおお!」

満身創痍の体で、最後の突撃を敢行する戦士イシト。
しかし

「...…鬱陶しい。ントゥシトラ、消しなさい」
「フシュ、グルルゥゥゥゥ!!」

テムオリンの命が下った瞬間、ントゥシトラと呼ばれた怪物の一つ目が大きく見開かれ、戦士の足元が不気味な色に輝いた瞬間、巨大な炎が吹き上がった。

「ぐがあああああああああ!!」

戦士は炎に呑まれた。
回避する間も無く、断末魔の咆哮をあげて、影すらも残らずに「焼滅」した。

「いやあぁあぁぁ!!」
「イシト兄やん!!」

目の前で仲間が殺された。
もはや今すぐにでも、目の前の女に斬りかかりたい。
最後の力の一かけらを、一矢報いるために繰り出そうとしたその時であった。

〈落ち着いて下さい、二人とも〉

頭の中に、誰かの声が聞こえてきた。
無論神剣ではない。

〈今、我々の仲間のコムチェを通して、貴方たちに直接話しかけています〉
「この声…」
―あ、あの〔遺跡〕やつ!じゃあこれって…テレパシーってやつか?

そう、アウラであった。
彼は〔マスター・コア〕から、テレパシー能力を持つコムチャを経由して、二人と交信しているのである。

〈そうです。そして聞いて下さい、今から我々があなた達の前に居るマナ体を拘束します。後は我々に任せて、下がって下さい〉
―嫌です。
〈!?〉

答えたのは女性の方であった。
双方に聞こえるようにテレパスしているから当然であるが、アウラは彼女が返答できる精神状態にないと思っていたので、面食らってしまった。

―私たちはイシトの仇を討ちます。貴方の指示には従いません。
〈馬鹿な!それでは今後の……〉

それを最後に、彼女はテレパシーを強制的に打ち消した。
そして小声で、隣に横たわる少年に話しかけた。

「…テン、まだ動けそう?」
「カリス姉ぇ…何とか……」
「…彼らがテムオリンたちを拘束する。その瞬間を待ちましょう」
「ウン…」
「一体何の相談をしているのです?」
「「!!」」

気付かれた。
テムオリンは既にあの現地人との無駄話を終えて、自分達に意識を向けていた。
一方、これはユッツァたちにはまたとないチャンスであった。

―しめた、意識がそれた!!

「かかれ!!」
「「「おう!!」」」

ユッツァの合図で、ノールー、クタァト、セラエノの三人が一斉にかかり、すぐさまテムオリンとントゥシトラを「念動」で拘束した。

「ん、これは…」
「グシュルゥゥ…」

三人がかりで拘束に成功するが、対象は信じられない程の力を有している。
これが精一杯であり、そう持たない状況である。

「ディジェ!早くしろ!!長々持たない!!」
「わかってるー!!」

ディジェが対象を定め、転移を始めようとしたその時であった。

「はあぁぁぁ!!」
「でやあぁぁ!!」

それまで動かなかった二人のエターナルが一気に起き上がり、「念動」で拘束されたテムオリンに刃を一閃させた。

ザンッ!

それぞれの刃が左腕と胴体を捉える。
その攻撃で、テムオリンは大きく後退させられた。

「ざまぁないね、『法皇』!!」
「ええ、おかげで助かりましたわ。感謝いたします。」
「何を負け惜し…」

シュン

小さな音を立てて、斬りかかった少年、テンの姿が掻き消えた。

「なっ!一体何が…」

何が起きたのか理解できない女性、カリスだったが、ユッツァ達の方を見て、何かを感じ取った。

「まさか、あなたがっっ…」

それ以上の言葉が紡がれることは無かった。
テムオリンに背を向けた時点で、彼女は無数の神剣に体を貫かれていた。
悲鳴も上げずにマナの霧へと還って行く姿を確認して、テムオリンは続けざまに、「念動」を使っていた三人を確認し

「がふっ…」
「ぎゃあぁぁぁぁ!!」
「がああああぁぁ!!」

一瞬で、神剣で同様に貫いた

「ノールー!セラエノ!クタァト!」

ユッツァが呼びかけるが、答えるはずも無い。
全身を様々な武器で貫かれ、間違いなく即死していた。

「どうやら私たちを拘束し、そのままどこかへ送ろうとでもしたのでしょうが……連携がなってなくて助かりました。」

―なんてことっ!!

ユッツァは最後の機会を逃し、唇をかみ締めた。

「あの男の「失敗作」はたまに仕事の邪魔になるのですが…まぁ今回は素直に感謝しましょう…。
その礼に、この世界の出来損ないの処分は承りましたよ、キザキ…」



―同時刻・〔マスター・コア〕

ダンッ!!

アウラは目の前のコンソールを両手で力任せに叩いた。

「何て事をしてくれたっ!!」

計画は完全であった。
あの対象が長く拘束出来ない事も計算していた。
転移が成功した後の処置も出来ていた。
計画は成功の筈だった。

「彼らが……彼らが邪魔さえしなければ!!」

彼らが一矢報いようとした気持ちは分る。
しかし、結果としてそのせいで対象が転移位置を外れ、ディジェは違う対象を転移させてしまった。

〈おい…聞こ…るか…ウラ?〉
「ユッツァ?聞こえてます。どうしたんですか!?」
〈わり……ドジっ…ノール……ちがやられた…ディジェ…も動け…〉

先ほどまでと違い、雑音が酷く聞き取り難い。
かなりの密度のマナが、交信を妨害しているのだ。

〈ざんね……えれそうに……あと……むわ…アウ…〉
「なんです?何ですかユッツァ!もう一度ッ!!」
〈だか……か……ねぇ……っていった……ラ〉

ブツッ

それを最後に、通信は途絶えた。
同時に、モニターでの彼らの反応が徐々に薄れ、やがて完全に……消えた。

「             」

分らなかった
いや、分っていた
理解してしまった
だが認めなかった
認めたくなかった
認めるわけにはいかなかった
同僚が殉職してしまったなどと
友人が死んでしまったなどと
家族を失ってしまったなどと

「ココロ」が、爆ぜた

「.......うああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

泣いた。
腹の底から、あらん限りに、全て吐き出して…泣いた
最早何も見えてはいない。
幾らモニターが異常を知らせようが、警告音をかき鳴らそうが、彼には何も見えない、聞こえない。
やがて彼の視界が白く、白く染まり……
白の闇に、世界の全てが消えた。



????

アウラは昔を思い出していた。
死んだ人間は「あの世」に逝く。
では異能者は?
「人間」ではない我々は何処に逝くのだろう?
そう質問した時、友人は随分と困り果てた表情をしていた。
あの時はその理由がよく分らなかった。
だが、その理由は今しがた分った。なるほど、これでは答えようが無い。

「天国でもなければ…地獄でもなさそうですね…」

此処は何処だろう、なぜ此処に居るのだろう、そんなことはこの26304時間以内に何度も考察した。
いっそ脳がパンクすればよかったと何度も思った。
理解の範疇など、とうに超えてもおかしくなかった。
だが、それが出来ない自分の「能力」をこれほど恨んだことは無かった。

「超大なマナの暴走に伴う「マナ消失」。世界の許容すら超えるエネルギーの氾濫の中にあり、世界の最後の恒常性から生み出された異次元への「門」。
存在が消滅するより先に、偶然に現れた「門」の外へとはじき出され…私はここに」

どんな偶然が重なったのだろう。
運が消耗されるものだとしたら、私はどれほどの運を使ったのだろう。
運命、宿命、偶然、必然、天命、神意…一体どれで例えればよいのだろうか。

「天文学的数値という言葉の上位を…考えなくてはなりませんよ…全く」

その時、目の前が突然輝く。
不意に体がぐらつき、そのまま前のめりに体が倒れていった。

―あぁ、拙い…

思えばどのくらい歩いていたのだろう、随分疲れ切っていた。
こんな一瞬の輝きで目がくらんで倒れるなど…

「おっと、危ない」

まさに地面と衝突せんとする前、誰かに支えられた。
誰だったろう、随分と久しい感覚、懐かしい声。

「暗い部屋に篭ってばっかだから、簡単にふらつくのさ。運動しろって」

夢だ、これは夢だ。
最近は随分たちの悪い夢を見る。
そうでなければいよいよ自分は狂ったのだろう。
絶対に聞こえる訳がない。絶対に、有り得ない。

「…誰です…貴方は…」
「おいおい…たった三年くらいで友人を忘れるか、普通?ユッツァ、覚えてんだろ?」
「……そうですね。見た目は」
「何だっ…」

ドガッ!

言葉を紡ぐより早く、アウラはユッツァの顔面を殴りつけていた。
思い切り地面に転んだユッツァの姿が徐々に薄れ、やがて消えた。

「出てきなさい。かくれんぼは終わりです」

次の瞬間、今までの同じような景色が歪み始める。
やがて目の前が光で覆われ、
不思議な浮遊感にとらわれ、そして…

広い空間に出た。

なんというか、不思議な空間だった。
果てしなく広く、それでいて不安にならない。
むしろ安心で心が落ち着く感じであった。

「此処は…」
〈此処は我が空間。よく来た、歪められし人の子よ〉

どこからか声がしてきた。
音としての声ではない、心に直接語りかけてくるような声であった。

「貴方が招いたのですから、私が来たことにはなりませんが?」
〈ほう…気が付いていた…〉
「…その様子だと、先ほどの幻も貴方の仕業ですね?」
〈いかにも、あれは我が作り出せしもの。そして、その事で汝に問いたい〉
「何か?」

未だその姿すら現さない声の主に苛立ちながらも、質疑には応答していた。
性格とはいえ、自分は案外と律儀なものだと少し思った。

〈何故分った?〉
「?」
〈あれは汝の記憶を基準に、確かにその存在の概念情報を利用して作り出したもの。それを何故一目で?〉
「精製の過程を堂々と暴露しておいて、何をいってるのです?」
〈何?〉
「魔術的な光を使い脳内の情報を搾取、複写し、それをマナに読み込ませてかりそめの存在を精製する。そういう工程でしょう?」

その答えに、声の主は少なからず驚愕を覚えていた。

〈ただ一度でそこまで…〉
「まぁ、そういう頭ですので…そろそろ姿を見せて貰えませんか?」
〈……〉

暫しの沈黙の後、声の主はその姿を現した。
アウラの目の前には、小さな鏡が浮かびあがった。

〈我は永遠神剣『擬似』。第二位の階位に当る〉
「永遠神剣…」

その名前に、アウラはこみ上げるものがあった。
感動などではない、敵愾心か憎悪か。
いずれにせよアウラはその名前によい印象が無かった。

〈我は汝に用がある…汝、「力」を求めはしないか?〉
「何ですって…」
〈我は、汝に「力」を与える事が出来る。また汝ならば、我が力を存分に引き出すことが出来よう。少なくとも我は、汝のような存在を待ち望んでいた〉
「…それで、その「力」で世界を渡り、滅びを撒けと?」
〈逸るな…汝は型にはまる生き方しか望まぬのか?〉
「しかし、永遠神剣を得た者は…」
〈『混沌』か『秩序』に属さねばならぬと?そんな事誰が決めた?〉
「それは…」
〈汝は「力」を欲している。しかしその「力」を得れば『混沌』『秩序』に属さねばならない。そして汝はその双方を憎んでいる…違うか?〉
「…」

アウラは何も答えない。

〈汝が望むなら、汝はただ一人生きればよい。我は汝と共にあろう〉
「何故…」
〈何も…ただ、闇雲に争いを続ける存在が、我には愚かしく見えるだけだ〉
「『擬似』…」
〈汝、我との契約を望むか?〉

アウラの返答は、既に決まっていた。



そして、今


とある世界

「空、青い空……あぁ、手を伸ばせば届きそうな…」

広く何も無い草原に大の字で仰向けになり、アウラは空を見ていた。
『擬似』との契約の後から、様々なことがあった。
単身で『混沌』『秩序』のエターナルに戦いを挑み、幾度と無く死に瀕したこと。
「門」の周期の計算結果で『擬似』と散々揉めて、結局同じ世界に3周期以上も滞在する羽目になったこと。
自分の力の無さを痛感し、死ぬ物狂いで修行をしたこと。
そして、自分と同じ悲しみを持った存在が居たこと。

『悲哀』

その集団に身を置いて、もう随分経つ。

〈養生もいいが主よ、そろそろ動かねば「門」に遅れるぞ。十分な余裕を持って翁殿に面会せねば、次の任に支障が出るのは明白ぞ?〉

始めは何かと衝突していたアウラと『擬似』も、共に長い時を過ごし、幾つもの死線を越え、今ではまさに最良のパートナー同士である。
尤も、こういうところは変わらずであったが。

「だからこその養生です…次の任は随分大掛かりなものなのでしょう?」
〈翁殿が自ら陣頭指揮を執るからには、そう見て間違いは無い。だからこそ…〉

キィイン

〈主よ…〉
「…分っていますよ」

突然の神剣の気配を警告する『擬似』に、アウラは気だるそうに答えた。
やがて目の前に現れたのは、いかにも山賊風の一人の女性であった。

「見つけた、この通り魔野郎!!」
「通り魔ですって!何処です!?」
「手前ぇだ、このハゲ!!」
「ハゲじゃねぇ!!」
「!!」
〈!!〉

女の暴言に、アウラは怒号全開で反論した。
その迫力に、女も、『擬似』さえも驚愕した。

「オールバックにしてるだけだろうが!!この髪が見えねぇのかこのジャリガキがああぁぁ!!」
〈あ、主…?〉
「えっ!……んんっ…それで、結局何用です?」
「…お、おう。手前ぇだろ、陣営関係なく喧嘩ふっかけて回ってるやつらってのは。」
「成る程、我々はそういう見方をされているのですか…それで?」
「あたいの仲間も、あんたらにやられたらしいんだよ。」
「だから?」
「殺す!!」

言うが早いか、女はその手に鉈のような剣を持ち、一気に飛び掛ってきた。
アウラはその女に向かって、右手をかざし、

「ミミック」

そう一言唱えるだけだった。

「遅い!」

女の剣は、そのままアウラの頭上めがけて振り下ろされる。アウラは動かない。
殺った。
相手は神剣を抜いてない。
このまま真っ二つに出来る。
女は勝利を確信していた。
それは確かに叶っていたであろう。
アウラが、一言も言葉を紡いでいなければ。

ギイィン

「なっ!?」
「まぁ、あたいに不意打ちなんて千年早いね。」

女の剣を受け止めていた。
アウラがではない、女自身が、自分の剣を受け止めていたのだ。

「な、何が…」
「これがあたいの神剣、『擬似』の力。対象を完全にコピーする能力」

確かに、目の前に立っているのは自分自身であった。
姿形から口調まで、何を取っても自分であった。

「ハッ、せこい能力使ってんじゃないよ!!」
「フン…」

二人は同時に踏み込み、同じ構えから同じ技を繰り出す。
だが、

ガァアン!

打ち合った剣は拮抗することなく、そのまま押し返された。女の方が。

「な、何であたいのコピーがあたいより強いのさ!」
「当然。コピーの上からあたい自身の力を上乗せするからさ。オリジナルに劣るコピーじゃ、意味がないじゃない」
「こぉんの道化がぁ!!」

女はその場に神剣を突き立て、その前で印を結ぶ。

「吹き飛びな、グランバニッシュ!」

神剣魔法が完成し、周囲の大地が隆起し始める。

「爆砕!!」
「スティール!」

女が魔法を完成させると同時にアウラが叫ぶ。
すると周囲の大地は、何もなかったかのように元に戻っていく。

「な、何だよオイ!どうなってんだ!!」

女が動揺している隙に、アウラは神剣を大地に突き立て、同じように印を結ぶ。

「この、調子に乗んな!!」

女もそれを相殺しようと再び同じようにするが、神剣魔法が構築出来なくなっていた。

「な、何で!どうして!?」

そのうちに、アウラの魔法は既に完成していた。

「手前ぇの力、手前ぇ自身で受けてみな!グランバニッシュ!!爆砕!!」

爆発的に隆起した大地に、女は空高く吹き飛ばされた。


「ぐっ……っつ!」
「どうだ、手前ぇの力でぶっ飛ばされる気分は」

あれから、アウラは気絶した女の傍らで気が付くまで待っていた。
女は10分もせずに目を覚ました。

「何…やってんだよ…」

女は搾り出すような声でアウラに尋ねた。

「決まってるじゃぁねぇか」

そういって、アウラは女に背を向け…

ザンッ!

「ぎゃあああああ!!」

振り向きざまに、女の腕めがけて鉈状の神剣を振り下ろした。
女の右腕が弾け飛ぶ。
さらにアウラは、無言で左腕めがけて神剣を振り下ろし

ザンッ

「ああっがっああああ!」

切断した。

「どうです、自分の力で切り裂かれる気分は?」

アウラは声色と口調を自分のものに直し、女に問いかける。
だが、女はそんな事には気付かない。
アウラはさらに神剣を振り上げる。

「い、いや……やめ、やめてーーーーー!」

女の言葉には、先程までの勢いなど全く無い。
ただ、恐怖の色に染まっている。

「ははははは、何を言っているのです?」
「えっ…」
「貴方、今までその力で人を切ってきたのですよ?それがいざ自分に向かったら「やめて」ですか?自分勝手ですっ…ね!」

ザン!

「ぎゃああああああああああ!!」

振り上げていた神剣を、今度は腹部に振り下ろす。
切り裂かれた腹部からは鮮血が吹き上がる。

「あっはははあは!!」

アウラは鮮血の中で笑い続ける。
もはや女は見る影も無い、やがてマナの霧となり、消えて行った。

「全く、今回は争う事無く終わると思ったのですが……疲れましたよもぅ…おやすみなさい…」

アウラはその身を横たえた。

〈こら、眠るでない!先の戦闘で時間を食ったのだ。今すぐに動かんか!〉
「そうは言っても、この時分からではむしろ他のメンバーがまだ動いていないでしょう…何せ総出ですよ?『悲哀』総出」
〈何か問題が?むしろ頼もしいではないか〉
「はぁ…苦手なんですよねぇ…ほら、結構個性的じゃないですか、皆さん。私のようなアクの薄いのは…ねぇ?」
〈(先の戦闘と言い、ところ構わず口笛吹きながらパズルに没頭したりする奴の台詞とは思えんな…)〉
「何か言いました?」
〈いや、別に…〉
「…まぁいいでしょう」

アウラはその場にすくっと立ち上がり、大きく背伸びをして体をほぐした。

「そろそろ行きましょう……翁殿が部隊長なのですから、少し早めに行っておくのもいいでしょう」
〈ああ、まもなく「門」が開く。後3時間と9分だ〉
「間違いですよ『擬似』、2時間と56分です」
〈主の方が間違っている。それでは時転相互干渉の影響を計算し損ねている〉
「いや、ちゃんと計算に入れています…『擬似』の方こそ優性空移転抵抗を多く見積もり過ぎているのではないですか?」
〈何を言う。この世界のマナ濃度とフォトンラインから計算しても…〉
「それでは時列移動の観点からの間違いが…」

そうも言い争いながら、アウラは「門」の発生位置まで向かって行った。


後にして彼は、今回の作戦内容を聞き、

「もう少し養生するべきでした…」

と口にしたという…

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