作者のページに戻る

 



 オルファとセリアがラキオスに帰還し、俺がアキラィスを落とした翌日
 俺は、約束通りに王城に足を運んでいた



 コツコツコツ………



 石造りの回廊に俺の足音が響く、それ以外は風の音ぐらいしか聞こえない
 ふと、視線を横にずらせば常春のラキオスの花々が美しく咲き乱れる庭園が見えた


 とても戦時中の内装とは思えない造りはスピリットに頼り切った生活の末だった




 この世界の戦争はカードゲームに似ている

 いかに強いカードを育て上げ、相手のカードを削るか
 そんな机上論でのみの戦争。故に彼らは戦争の本質を知りえない

 痛みを、血を、火を、戦場で起こるありとあらゆる事に触れなければその本質は見えてこないからだ

 そして、カードゲームの『カード』が『プレイヤー』を傷つけることは無いのだ



 そんな退廃した文化の極み


 それでもレスティーナの私室の周りは流石に衛兵が多かった
 その誰もが蔑みの視線を送ってくるのにはいい加減嫌気がさしてきたが………

 ドアの前で声の具合を確かめると、ノックした



「エトランジェだ。入っても構わないか?」

『ようやく来ましたね。どうぞ』



 レスティーナの了承が出たので俺は分厚い木の扉を開ける
 その途端に青い瞳といきなり視線があった



「まったく。昨日といい今日といい。エトランジェ殿は相当に時間に情けないようですね」



 腰掛けたまま冷えた声で毒づいてくるのは、たぶん状況報告に呼ばれたんだろうセリアだった














永遠のアセリア

-The Spirit of Eternity Sword Returns-

もう一度、あの場所で


第一章「再開」

第四話「平行」














「セリア…………何をやってる?」

「ご覧の通り、先日の戦闘での報告を陛下に申し上げているだけですが?」

「そうじゃない。身体の方は良いのか」

「やわな鍛え方はしていませんから」



 まぁ、心配は要らなさそうだな、とか思いながら俺は椅子に腰を下ろす
 楕円形のテーブルを囲い三人が向かい合う形だ
 相変わらずセリアの視線は冷たいが



「さて、先の防衛線での活躍はすべて把握しています
 ですのでお約束どおり、貴方をスピリット隊の隊長として任命します。
 スピリットの運営や建築、訓練も全て貴方に一存されます。人探しの件も開始しましょう
 ですが、いずれもラキオスのエトランジェとして貴方が任務をこなす事が条件です」



 一通り目を通す
 内容は今レスティーナが言ったものと大差は無い

 前の隊長権より権限は上で、王や作戦部への上告も赦されている
 だが、あくまで命令に従えばと言う条件付だ



「いくら指揮権を譲渡したとは言え、スピリット隊は我々ラキオスの国有の存在。いわば財産と同義です
 そうした事を検討した結果がそこに書いてあるとおりです」

「…………十分だ」



 使いどころさえ間違えなければ、前のような無駄な犠牲を抑える事ができる
 それに向こうから見たら自分達の戦力を好き勝手に使い暴れられれば溜まったもんじゃないのだろう


 俺はもう一つの方の書類に手を伸ばす
 書かれてある内容は人探し―ユーフィについての捜索だった



「今日から捜索が始められる予定です。同盟国のイースペリア、サルドバルトにも協力を要請しています
 見る限り、スピリットに近い外見をしているようですからすぐに見つかるとは思いますよ」

「……………」



   ―だが、もし見つからなければそれはユーフィが龍の魂同盟以外の国に落ちたという事になる
 思わず冷や汗が背を伝った

 仮にそうなら、一番望ましいのがマロリガンだ
 少なくとも、彼らは帝国とは敵対しているしそれなりの戦力だってある

 クェド・ギン大統領も聡明な人物だ。前回はあんな結果になってしまったが


 逆に最悪なのはサーギオス
 俺にとって悪い思い出しかない国だ。『誓い』によって動かされていた国
 スピリットを自決させ、マナ結晶を作るような実験をしていた国だ
 仮にそうなれば一刻の猶予も無いだろう

 無論、帝国の操り人形同然のダーツィも同格だ


 早く助けないと、だが俺一人で助けられるか?、無理だ、けど時間が無い、けど、だが、しかし……………
 思考が悪循環の無限ループに突入しかけていた







「どうぞ」

「………? ……これは?」



 何時の間にか俺の目の前にはティーカップが置かれていた
 鮮やかな色のお茶からは芳醇な香りが立ち昇る



「……………何のつもりだ?」

「今までの事とは別に貴方には聞きたい事があります。少し、時間の掛かる話ですからね」

「まぁ、俺に答えられる事ならば答えるが」



 そして、ほんの少しだけ間をおいて
 レスティーナは俺に問いた



「では聞きます。貴方は……………貴方は何者ですか?」










 *     *     *










「う〜〜し!15分休憩だ!
 ……………っておいコラそこ!休憩だっつってんだろ!!」



 円形のすり鉢上の訓練所の中から数人のスピリットの剣戟の音が止んだ

 気体中のマナの密度を高める為、中世のコロセウムを彷彿させる形状をしているその中心で
 見た目からは想像も付かないような大声を上げている男がいた



「だ〜か〜ら〜、休憩だっつってんだろ!ネリーとシアー!!遊んでちゃ休憩にもなら…………
 無視か!? セラス! 止めさせ……ばっ………てめぇも無視か!!  上等だコラァ!!」



 未だに訓練―というかじゃれ合っているネリシア姉妹の行動に、男は手元の円柱状の何かを取り出した
 頂点の部分は四角い箱になっているそれは最近開発された拡声器だった

 緑のエーテルを応用し風の力で声を響かせるそれのスイッチを押す
 それに唯一気付いた存在―セラス・セッカは恐怖に顔を引き攣らせ逃走を試みる

 が



「だ・か・ら!遊んでちゃ休憩にならんつってんだろ〜がぁぁ!!!!」






 キィィィィイン……………






 リクディウス山脈の魔竜の咆哮の様な爆音が訓練所を揺らした
 休憩に入っていたスピリットの面々も顔を引き攣らせ耳をふさぎ、必死の抵抗を試みる



 どなられた本人、ネリーとシアーも耳を押さえながら殆ど半泣きで訴える
 ついでにその隣で若い訓練士―セラス・セッカは耳を押さえながらごろごろと地面を転がる



「ああ! 耳が! 耳がぁッ!? せ、先輩! 勘弁してください!」

「リリアナさんごめん!赦して!」

「リ、リリアナさん………ごめんなさい〜」




「な・ま・え・で・呼ぶなぁぁ〜〜!!!!」






 キィィィィィン……………






 問答無用だった
 不運にも一番近くにいたヘリオンに至っては地に臥して唸っている始末である



「ったく。………あん?」



 顔をしかめながら両手で耳を塞ぎつつやってくる人影があった
 いかにも不機嫌そうにため息をつくと、ヨゴウのいる近くまで来ると足を止める



「おう、セリアか。何時にも増して仏頂面だな?」

「いきなりそれですか。 ……私、そんなに怖いですか?」

「おうよ。少なくともガキ共が怯える程度には、な」



 ようやくダメージから回復した年少組が今度はセリアの逆鱗という火種を回避すべく離れていくのが見えた
 再びため息をつくと、その場に腰を下ろす



「ため息つくと幸せが逃げるぞ」

「そんなのは迷信です」

「なに、気分の問題だ。イライラしたまんまだと気分が滅入るってこったな」

「……………」

「んで? 何でンなにイラついてんだ?」



 たまりかねて、ヨゴウが口を開く



「…………ヨゴウ様は隠し事はありますか?」

「あ?」

「それも人に聞かれたくないような、でもとても危険な秘密です」



 一瞬唖然とするヨゴウ
 ポリポリと頬を掻きつつ訝しげにセリアを見つめ返す



「どんな秘密だ、そりゃ」

「結果的にそれは明かすべきもの。それに私はそんな隠し事をする人物は信用できません
 本人が意図しているのなら尚更です」

「なるほど? まぁ、気持ちはわからんでは無いけどな……………」



 眼を向ければようやく聴覚のダメージから回復し思い思いに羽を伸ばしている
 スピリット達の姿が見えた



「けどよ、セリア。人の過去やら、事情に立ち入るってのは無作法ってモンじゃねぇか?
 だいたいにおいて、隠し事の二、三で邪推すんのもアレだろが」

「それが……エトランジェでもですか?」

「ほう、イライラの原因はエトランジェの兄ちゃんの事か」



 しまった、と言う顔をするセリア
 事の発端は悠人の返答だった










 *     *     *










『……何者、と言われてもな……』

『貴方の力はエトランジェという範疇を明らかに超えている
 いえ、それは詭弁だわ。………これは私自身の感想。間近で貴方の戦いを見た私の、ね』

『……………』

『ユート。本来ならばこれはわが国にとって喜ばしい事だと思います
 自身が持つ戦力が増えたからといって文句を言う人はいないでしょう。戦時中の今は特に』

『そう、なんだろうな』

『ですが、度を越えた力は様々な争いを呼ぶでしょう
 それは他国だけではなく国内にも言えることなのです
 だから教えて欲しいのです。原因がわかればいくらでも対策の立てようがありますから』

『私達スピリット隊の隊長としても、その辺りはハッキリさせておきたいのよ』

『……それは………すまない』

『謝ってすむ事だとでも思ってるの?』

『そうは思っていない
 けど、仮に俺が話した所で誰にも信じてもらえないだろうし、何より俺に話す気が無い』

『どういう事なのですか?』

『……エトランジェとしての責務は果たすさ。互いに損はしないし俺も掌を返すような真似はしない
 これ以上の言及は時間の無駄だろう』

『ユート!』

『ちょっ、待ちなさい!』

『意見の相違だな。…………詰所に戻る』






 ――何を言っているんだ俺は



「正直に話した方が良かったか?」



 ベッドに体重を預けながらそんなことを愚痴った

 開け放たれた窓からはそよ風が吹き込み、一枚の葉が部屋の中に飛び込んできた


 俺はは腕で区切られた視界の中で舞う葉を見ながら一人で呟く
 ごろり、と寝返りを打つ



 もし、レスティーナあたりに真実を話せば俺の得るメリットは大きいだろう
 俺が例の権限を使ったってできる事はたかが知れている



 協力者はいるに越したことは無い



 だが――




「自分の罪を忘れたか、高嶺悠人。馬鹿馬鹿しい……………」



 自分は未来からやって来ました。将来アセリアとエターナルになります
 そして、自己満足のために幾つも世界を滅ぼした復讐鬼でした、とでも言うか?



 そんなもの言える筈がなかった
 信じてもらえるはずがなかった



 駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ……………



「……………訓練所か」



 上半身を起こしてベッドに腰掛けるようにする

 目の前を舞った葉が再び窓の外へ飛び出した
 その窓の向こうに見えるのは独特の形をした、スピリット用の訓練所が見える



「素振りでもしてくるか」



 『求め』を抱えて部屋を出る

 とりあえず、今は何も考えられないような状況が欲しかった










 *     *     *










 押し黙ったままのヨゴウは唐突に口を開いた



「大方、エトランジェが害になるとでも考えていたか?」

「国の存亡レベルです」

「じゃ、それはありえん」

「どうしてです? そんな楽観的な………」

「簡単だ。王族に歯向かえるならとっくにお前もマナの塵に変わって、
 ラキオスは滅ぼされてるだろうからな。違うか?」

「それは……………」

「まぁ、俺もそいつの考えてる事なんざ解らん。だから良く観察しとけ
 で、自分で信頼できると思ったんなら着いて行け。だからよーく観て、よーく考えろ」



「………」



 視線を足元に向けて黙り込むセリア
 ヨゴウは立ち上がりパンパンと、服についた埃を払う



「さて、そろそろ休憩時間が終わるが、お前も参加するか?」



 そのヨゴウの言葉にセリアははい、と頷くと『熱病』を抱えると足早に駆けて行った
 未だに、その顔から迷いの色は消えていなかったが



「訓練に入ります」



 セリアの返答におう、と答えるヨゴウ
 やれやれ、と腰を下ろし煙草を取り出し火を点ける








































「…………迷惑をかけた」
「なに、スピリットのメンタルケアも訓練士の仕事の一環だ。だから気にすんな」



 お手軽だ、とでも言いたげに紫煙を吐き出すヨゴウ
 その背後に何時の間にか現れたエトランジェ――高嶺悠人はヨゴウに歩み寄ると隣に腰掛けた



「気ぃ使うな。こっちは当然のつもりでやってんだぜ?」

「彼女の疑念の大元は俺だ」

「らしいなぁ?」



 ドーナツ状に煙を噴き出すヨゴウ
 ちらり、と隣を盗み見るがそこに在ったのは随分と無表情な青年の顔だった



「……………」










 ヨゴウ達の世界と同じ色の瞳だった  だが、反射的にヨゴウは自分の隣に座る青年の眼を見て身を硬くした




 ある意味見慣れた眼だった
 意志を無くし、殺戮人形と化したスピリット達と同じ眼


 死人のような、虚無のような、
 生きながらに死んでいるような亡霊のような眼




 自分の手で命を奪った殺戮者の眼だった



 人間の、まだ見た目二十歳以下の青年にはあまりに異質なものだった







 だが、長くスピリットと触れ合ってきたヨゴウはもう一つの色を見出していた







 彼の眼は希望の光をまだ灯していた
 完全に堕ちてはいないのだ



 だからこそ、救ってやりたいと思った










「お前……名前は?」

「高嶺………高嶺悠人だ」

「変わった名だな」

「エトランジェだからな」



 何の感慨もなしに答える悠人



「ま〜いい。よろしくな、ユート。俺はリリアナ・ヨゴウだ
 あっちでのーてんきに笑ってんのがセラス。あいつも訓練士だ、まだ未熟だけどな
 そうそう。俺の敬称は自由だが「ヨゴウ」って呼んでくれ。てか呼べ。それ以外は許さん。特に名前

「解った。よろしく頼む」

「よし。じゃあまずは俺と模擬戦な。準備して下に来い」



 は?とあっけに取られて悠人は目を丸くする



「決まりなんだよ。言っとくがもちろん模擬剣を使ってだぞ?」

「そういう事か」

「そういうこった。これでもネリーやシアー、ヘリオン……………オルファリルもか
 後はアセリアやエスペリア辺りになら勝てるぞ。俺は」



 再びあっけに取られる悠斗



「アセリアにもか?」

「動きが単純なんだよ、フェイントも滅多に使わねぇからな」

「……………そっか、そうだったな」



(……………? 何だ?)


 その一瞬だけ悠人の雰囲気が変わった
 ひどく優しげで、深い悲しみを携えた……………そんな声
 だが、それも次の瞬間には霧散してヨゴウには今はその名残も感じられなかった



「手加減はしない」

「ハ、望むところだ」













 セリア疑う、の巻でした(何


 ちなみにリリアナ・ヨゴウとセラス・セッカは完全に独断なので
 もし幻滅した人がいたら御免なさい。特にリリアナさんなんておっさん風な○ミーユみたいだし(汗


 それとスピリットの技術についてですが、
 スピリット同志の戦闘の場合どうしても力でのゴリ押しになりがちであり
 同時に小手先の技よりも神剣のパワーを高めた方が効率的
 要は、『フェイントやだまし討ちに対する免疫が無いし技術も無い』という考えの下での案です





 エスペリアも含まれている理由はエキスパッションディスクの今日子ルート参照

作者のページに戻る