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「ねぇ、父さん…」

 

「おう、どうしたぃ。元気がねぇじゃねぇかゼオン!シャキッとしろい!」

 

「僕、父さんと母さんの子供だよね?」

 

「ああん?なに言ってんだお前ぇ、んなもん当然じゃねぇか。」

 

「本当に?」

 

「捨て子がそんな鍛冶屋の才能あるかい!お前ぇは俺と母さんの血を継いだ立派な鍛冶師の子よ!」

 

「そう…だよね…」

 

「だーからシャキッとしろい!ほら、今日の手伝いは終わりだ。お前ぇ表でちょっと頭冷やして来い!」

 

「うん…行ってくる」

 

「ああ、そうだ。」

 

「?」

 

「〔緑の坑道〕には行くんじゃねぇぞ。あと森の中もな。」

 

「…わかってるよ、父さん」

 

 

 

あれから四日、ゼオンは何事もなく日々を過ごしていた。

あの森での事件は、どういう訳か皆一様に「坑道事故」として認識している。森の一部が消えたのも同様の理由とされた。

あれ以来『天冥』からの呼びかけは無く、剣を引き抜いても、前のような身体能力の上昇などはなくなっていた。

オキタ達とも会っていないし、〔八剣衆〕の刺客も来ない。

『天冥』が無ければ、ただの夢だったとも思えるくらい、何事も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

PROJECTETERNITYDARKNESS

 

第五章・・・・蒼き戦神、朱き修羅(前編)

 

 

 

 

工業都市〔フィスタル〕郊外の森・〔緑の坑道〕内部

 

事故によって立ち入り禁止となった坑道の中に四人の男女の姿があった。オキタ、ユイ、時深、ヤマトの四人である。

あの後、その場を立ち去ったまではよかったが、その後の行き先が無かったオキタ達は、その行き先をここにしたのだった。

 

人が立ち寄らず、周囲のマナ密度のおかげで神剣の気配が隠し易く、夜露をしのげる上、坑道夫たちの宿場まである。

オキタは「静かなマナが満ちていて落ち着く。」と。

ヤマトは「感覚が研ぎ澄まされて、訓練に最適だ。」と。

二人にとっては当面の活動拠点にぴったりだったが・・・

 

「暗いし、ほこりっぽいし・・・あ〜もうヤダー!」

 

「仕方が無いでしょう、我慢しなさい。・・・私だっておんなじ気持ちですよ。」

 

ユイ、時深の両名には不評であった。

 

 

 

そうこうあって今日で四日目。その間にオキタとヤマトは定期的にゼオンの監視に赴き、時深とユイは情報の収集・交換をしていた。

 

「あ、お父さんおかえりー!」

 

「ああ、ただいま。」

 

「どうですか?ゼオンの様子は?」

 

今坑道にいるのは時深とユイ、そしてオキタの三人である。

時深はオキタにゼオンの様子を聞いてみるが、答えはいつもと何も変わらなかった。

 

「何も変わった様子は無い。『天冥』に接触してみたが結果は同じ、未だ休眠状態だ。」

 

「これで四日、何も変わりなしですか…」

 

「せめて、ゼオンと『天冥』が対話できていればよかったのだがな…」

 

オキタは何か考え込んでしまった。そこに時深が一つの提案を持ちかけた。

 

「彼にすべてを話してみては?その手に『天冥』を持ったからには、遅かれ早かれ、彼は全てを知ることになるのですから。」

 

「それは…」

 

その提案をうけて、オキタは言い淀むが

 

「それは、ゼオンが自分の意思でそう思ったときにするべきことだ。」

 

「しかし敵が動き出している今、悠長に構えていられる余裕は無くなりつつありますよ?」

 

「判っている…判っているのだが…」

 

 

キィィィン

 

 

「!?」

 

「お父さん、トキミさん!?」

 

「これは、「門」の気配!」

 

突然感じた神剣と「門」の気配に、その場にいた三人は反応する。

 

「君達以外に援軍は無いはずだったな?」

 

「そうです。少なくともローガスからはそう聞いています。」

 

「〔八剣衆〕か!」

 

「じゃあ、ゼオンが!?」

 

「ヤマトを監視として尾行させている。だが、奴らが相手ではどうなるか分からん。」

 

「心配要りませんよ。彼はかなり成長しています。私達が行くまではきっともたせてくれます。」

 

「何にせよ急ぐぞ!」

 

三人は坑道を出て、街へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

工業都市〔フィスタル〕中央区

 

街中はかなり混乱状態であった。あちこちで火の手が上がり、一向に消える気配が無い。

またある所では、人も家も等しく凍りつき、まるで世界が変わったかのようだった。

そして逃げまどう人々を、剣持つ少女達が表情一つ変えずに次々と惨殺していく…

 

『地獄絵図』

 

そうとしか表現の仕様が無い光景が、この街に広がっていた。

 

その地獄の中を、必死になって逃げる少女がいた。体のところどころに怪我や火傷を負っていても、この地獄から逃れるため、必死になって逃げていた。

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 

そしてその少女を後ろから追う二つの影。逃げる彼女を、執拗に追ってくる。

 

「はぁ・・・いや・・・もう・・追ってこないでぇ!!」

 

少女は泣きながら逃げるが、追跡してくる者たちは表情一つ変えずに追ってくる。

 

「はぁ・・はぁ・・・きゃっ!」

 

そのとき、少女は何かに躓いてしまう。見るとそこは石畳の路面の一部が剥げ、下の土が露出していた。

あわてて立ち上がろうとする少女。しかし時は既に遅かった。

 

「い・・・・いや・・・」

 

そこには二人の女が立っていた。その手にそれぞれ剣を持ち、感情の篭らない瞳を、足元の少女に向けていた。

その剣は、恐らく少し前に斬ったであろう人の血が滴っていた。

 

「ひっ・・・や・・・やだ・・・・お願い、やめて・・・・お願いだからぁ・・・」

 

泣いて懇願する少女。しかしその女達は何の反応も示さずに、その手の剣を振り上げる

 

「あぁあぁぁ・・・」

 

ヒュン!

空を切る音とともに、剣が勢い良く振り下ろされる

 

「ひっ!」

 

ザシュッ

 

「ぎゃあぁぁぁぁ!」

 

振り下ろされた剣が、少女の右腕を切断した。少女は狂った獣のような声を上げ、傷口を押さえながら憎憎しげに目を向ける。

 

「ぐ、ぐうぅぅぅ・・・」

 

「恨むなよ。俺の目の前で非道を行うお前達が悪いんだ!」

 

右腕を切断された“剣を持つ”少女とその仲間は、突然現れた男との間合いを取るために飛び退く。

 

一方“転んでいた”少女は、目の前に現れた青年に目を向ける。

 

「大丈夫か?」

 

青年は少女に背を向けたまま問いかける

 

「は、はい。」

 

少女は混乱しながらも青年の問いかけに答える。

 

「そうか・・・もう大丈夫、さぁ、早く逃げるんだ。」

 

「あ、ありがとうございますっ」

 

立ち上がって少女が走り去るのを確認し、青年はその手の剣を、眼前の剣持つ女に向ける。

 

「来い!この俺が、『救世の焔』ヤマトが相手になる!」

 

それが開戦の合図になった。

 

右腕を切り落とされたミニオンは、そのまま落ちた神剣を左手に持ち替える。そして改めて二人のミニオンがヤマトに襲い掛かる。

 

「ハアァァァ!」

 

ウィング・ハイロゥを展開し、片腕のない一人はそのまま正面から突撃し、もう一人は飛び上がり空中からの攻撃を仕掛ける。

 

「同時攻撃にしては、単調だな!」

 

正面から襲い掛かったミニオンの剣を右手に持った『救世』で受け止め、すかさず左手で懐にしまってある呪符を取り出し、上空の敵に投げ付ける。

飛んでくる呪符を切り払おうとするミニオン。その瞬間

 

「爆!!」

 

ドオォォォォン

 

ヤマトの呪に反応して、呪符が大きな爆発を起こす。それを至近距離で直撃したミニオンはそのまま爆煙の中に姿を消した。

さらにヤマトは、鍔迫り合いをしているミニオンの片腕が無いことを利用し、左手でもう一枚呪符を取り出して、そのまま相手の体に呪符を貼り付けて、すかさず呪を唱える。

 

「炎!!」

 

今度は呪符から炎が吹き上がり、瞬く間にミニオンの体を包み込む。

 

「ガアァァァ!」

 

たまらずに後退するミニオン。その隙を逃すヤマトではなく、『救世』に炎を纏わせて斬りつける

 

「火法二式・昇華炎刃!」

 

未だその身を炎に包まれたミニオンが、ヤマトの一撃を受けてより一層燃え上がる。紅蓮の炎に包まれ、そのままマナの霧となって消えていった

 

―これで2体、さっきまでと合わせて23体・・・くそ、一体この街に何体のミニオンが侵入したんだ!!

 

事の発端は20分ほど前

 

 

 

 

 

工業都市〔フィスタル〕裏路地「裏市」

 

 

「はぁ・・・一体何だったんだろうな、この前は・・・」

 

あの後しばらく街中を散歩していたゼオンは、久しぶりに「裏市」を歩き回っていた。

「裏市」は、街の中心より少し離れた場所にある市場のことで、裏路地を中心に展開していることからこう呼ばれる。

ここで扱われている物は、主に発掘品や魔道具、化合薬品などである。そのため、普通に生活している以上は滅多に訪れることはなく、逆に魔導師や錬金術師、物好きな金持ちなどが訪れるため、いつの間にか「危ない所」とのイメージが定着しているのだ。

 

 

 

 

 

その様子を、少し離れた建物の上から見張っている男がいた、ヤマトである。

 

「暇だな・・・」

 

〈これも立派な任務ぞ、主。〉

 

「分っている、当然だろ」

 

〈それに暇なのは平穏な証、それに越したことはあるまい〉

 

「それはそうだ。」

 

そんなやり取りの最中だった。珍しく『救世』の方から質問があったのだ。

 

〈それより主よ。〉

 

「どうした『救世』?」

 

〈主はあの女、『時詠』の主こと、どう思っている?〉

 

「なぁ!!!お、お前いいっ一体な、ななな何をままませたことを!!」

 

いきなりの『救世』からの話題に、明らかに狼狽するヤマト。予想以上の反応が返ってきたことで『救世』も面白くなってくる。

 

〈隠す必要はあるまい。我と主の心は一つ。すべてをあらわにした方が良くはないか?何ならその気持ち、我が『時詠』に伝えてやっても良いが?さすればいずれ『時詠』の主にも…〉

 

「おっおいよせ馬鹿!やめろ頼むって!」

 

〈さて、どうしたものか…〉

 

そんなやり取りをしていると

 

「あ、あれ?ゼオンは?」

 

〈・・・・いないな〉

 

「おいおい、「いないな」じゃないぞ!…全く、お前が余計なこと言うから。」

 

そのときであった

 

 

キィイン

 

 

「!…『救世』!!」

 

〈「門」の気配。主よ、敵だ〉

 

ヤマトは『救世』を構え、途端に臨戦態勢になる。相手の気配を探るため、意識を全方位に飛ばす。

ヤマトの探索を『救世』かサポートし、より広範囲を探る。こうすれば、この街一つ位なら楽に全体を探ることが出来る。

 

〈強力なものが二つ、他に小さな気配が10…15…20…まだ増えている〉

 

「ミニオン連れか?くそ、厄介なときに。」

 

〈どうする?〉

 

「先輩達に連絡してる時間はない。とりあえず俺達だけで食い止める!」

 

しかしこの提案を『救世』は良しとしなかった。

 

〈危険だな。小さな気配はともかく、大きな気配は油断ならん。『天冥』とゼオンを確保した後、合流を待ったほうが良い〉

 

「それじゃあこの街が破壊されるかも知れないだろ!?」

 

〈優先順位を間違えるな、今むやみに動けば奴らに感づかれる。集団戦に持ち込まれれば、いくら主でも危険だ〉

 

 

ドオオオオオン!!

 

 

突然爆発音が鳴り響き、途端に街のあちこちで火の手が上がる。

 

「くっ、だからといってこのまま見てるだけは御免だ!」

 

〈主よ!〉

 

「『救世』、『天冥』の位置を教えろ、あれの回収が先なんだろ!?」

 

〈そうだ〉

 

激しくまくし立てるヤマトに対して、『救世』はあくまで冷静に答える。

 

「その後ゼオンの安全確保をすれば、あいつ等を食い止めに入っていいんだな!?」

 

〈・・・・〉

 

「『救世』!!」

 

〈好きにするがいい…〉

 

「ああ、そうする!!」

 

そう言ってヤマトは『救世』手に飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

キイィン

 

「え?」

 

―なんだ、今の感覚…

 

その感覚は以前にも感じたことがあった。数日前、悪夢のような夜に・・・

 

 

ドオオオオオン!!

 

 

「なんだ!?」

 

突然の爆発が大気を揺らし、耳をつんざいた。

そして、魔法の炎が飛び交い、「裏市」は一瞬にして炎に包まれてしまった。

 

「これは…魔法の力・・・」

 

―まさか〔八剣衆〕!?

 

「おい、ゼオン!!」

 

「え?え!?」

 

「こっちだ、呆けるな!」

 

いきなり声をかけられた、声の主は、声は上のほうから聞こえた、そして建物の上から一人の人が飛び降りてくる

 

「あ、あなたは…」

 

「これ!」

 

飛び降りてきたヤマトは名前を名乗らずに、いきなりゼオンに向かって、鞘に収まった一振りの剣を放り投げる。

 

「うあっ…」

 

「『天冥』だ、休眠状態だから気配じゃ探られない筈だ。お前はそれを持って〔緑の坑道〕まで行け。先輩達もそこにいる。」

 

「え、あっあの…ヤマトさんは?」

 

「俺はこのまま、奴らを食い止める!お前は早く逃げろ」

 

それだけ言うとヤマトは、一目散に炎の中に飛び込んでいった。

 

訳の分からない事態の連続に、本来なら混乱するのだろうが、ゼオンは『天冥』を押し付けられた事で、かえって冷静になることが出来た。

 

―父さん、母さん。

 

そのまま「裏市」を後にする。

その中でもゼオンはその手から『天冥』の接触を待っていたが、休眠状態の『天冥』からは何の反応もなかった。

 

―この間みたいな感覚もない…せめて声だけでも聞こえればいいのに

 

 

 

 

〔フィスタル〕・中央広場

 

工業都市〔フィスタル〕の中心、中央広場の一画に聳え立つ記念塔。

街の完成のシンボルであるその塔の上から、紅蓮の炎と蒼白の氷に彩られ、地獄と化した街を見下ろす二つの人影がある。

それこそ、この破壊の根源、〔八剣衆〕のアーシエ・ターシエの姉妹である。

 

「ほぼ焼き終えた様だけれど…」

 

「ええ、妨害があるわ、姉様」

 

先程から感じる違和感。抗えぬ筈の破壊の中、抵抗し続ける気配が一つ。

 

「『荒き流れ』?…いえ、この気配は違う、誰?」

 

「相手が誰かは分かりません、しかしこれ程になっても未だ『天冥』は見つからず、キザキの後継者も見当たらない…正直少々退屈していた所です。姉様、遊んできてもよろしくて?」

 

ターシエは要するに新しく現れたエターナルと戦いたいのだ。本来ならば任務を優先しなければならないが、今ならさして問題ないと判断したアーシエは

 

「いいでしょう。障害は排除せねばなりません。その『朱水』の力、存分に振るいなさい。」

 

ターシエの申し出を許した。

 

「ええ、分かっているわ姉様。あの程度の気配なら私と『朱水』の敵ではない。姉様はそのままミニオン共を使って『天冥』の捜索に専念なさって下さい」

 

そう言い終ると、ターシエは『朱水』を構えて、その気配の方へと躍り出た。

 

 

 

 

 

「はああああ!!」

 

ザシュッ

 

裂帛の気合と共に繰り出された斬撃は、目の前にいるスピリットをマナの霧に還す。

ゼオンに『天冥』を渡した後、ヤマトはそのまま街中のミニオンと戦い続けていた。かなりの数を相手にし、怪我こそ少なかったが、市民を逃がしつつの戦いは予想以上の疲労になった。

 

「ハァ、ハァ…くそ、一体何人居るんだよ!?」

 

キィン

 

「くっ、また新しい気配!?」

 

〈これは…気を付けろ主よ、この気配、只者ではない!〉

 

「さっきの大きい気配か?」

 

〈恐らくは〉

 

少しずつ近づく気配、燃え盛る炎の勢いが徐々に弱まり、そこに居るだけで焼かれそうな温度がぐんぐんと下がり、やがて肌寒ささえ覚え始めた頃、ヤマトの前に一人の女性が姿を現した。

炎に染められたような紅色の短髪、その髪の色と同じ武闘服に身を包む女性。殺気を放つ目を見るまでもない。一目で判る、こういう勘が外れたことは一度もない。

 

「この街の惨状…お前がこれをやったのか!?」

 

「ええ。尤も、燃やしたのは姉様。私は凍らせただけ」

 

ヤマトからの問いに、ターシエは悪びれもせずに答えた。

 

「お前…ふけるなよ…」

 

「ふざけてなどいない、至って真剣。さっさとこの集落を破壊して、任務を果たさねばならない。」

 

氷のように冷え切ったその一言は、ヤマトに火をつけるのに十分であった

 

「お前えぇぇぇぇぇ!!」

 

『救世』を構え、ヤマトは一直線にターシエに突撃した。ターシエは腰の倭刀型の神剣『朱水』を抜き放ち、それを迎撃する。

 

「来るがいい…ハァッ!」

 

ターシエは突撃してくるヤマトに合わせて、抜刀の斬撃を繰り出す。

 

「おっと・・・」

 

ヤマトは首筋を狙った斬撃を、何とか紙一重で回避する。しかし

 

「つっ!」

 

熱さにも似た痛みが走り、ヤマトの首筋に裂傷が走る。

 

―奴の刃は俺に当たっていない、どうしてっ・・・

 

「どうした?呆けているだけか?」

 

「くっ、このぉ!!」

 

再び『救世』を構え直し、ヤマトはターシエに斬りかかる。今度は反撃する間も無く、たて続けに斬撃を繰り出す。それをターシエは涼しげな顔で防いでいる。だが・・・

 

パアァン!パァン、パァン!

 

今度は小さな破裂音と共に、攻めている筈のヤマトの体に、無数の小さな裂傷が出来る。

 

「何でっ・・・」

 

飛び退いて、ヤマトは一気に間合いを離す。相手が何をやっているのかがまるで分からないのだ。

 

―『救世』、何か分かるか?

 

〈・・・奴は特別な技を用いている訳ではない。そして少なくとも神剣魔法の類でもない。〉

 

―・・・つまりは?

 

〈それぐらいは自身で理解せよ。これぐらい見切れん様ではこの先、生き残ることは出来まい〉

 

―手厳しいことでっ・・・!

 

そう悪態をつくが、これが『救世』なのである。契約者に容易に勝算を提供せず、常に修練をもって契約者の向上を促す。

また、ヤマトもそれは重々承知している。また、そんな『救世』を、ヤマトは誰より信頼しているのだ。

 

「よく、見る・・・」

 

ヤマトはターシエを凝視し、その構え、その状態を観察する。

 

―どこかに、必ず・・・

 

あいも変わらず、ターシエの『朱水』はその紅い刀身を輝かせている。まるで血が凍りついている様であると、ヤマトは思った。

 

―待てよ、氷・・・

 

「・・・成る程な!」

 

ヤマトは少しの思案の後、『救世』に高温を纏わせる。しかし、決して炎そのものは剣に乗せない。

 

「これで!」

 

「何度来ようが同じこと…」

 

再び切りかかってくるヤマトの剣を、ターシエはさも面倒そうに受け止める。しかし。

 

ジュッっとうい小さな音が立ち、先程のように、ヤマトの皮膚が割かれることはなかった

 

「何!!」

 

「やっぱりそうか!」

 

飛び退いて再び間合いを離す。ヤマトは『朱水』のカラクリを分析しきることが出来た。

 

「その刀…見えている刃はまやかし。本当の刃は、その表面に薄く張られた透明な氷だ。だから紙一重で避けたつもりが斬られ、剣を合わせればその破片で切り裂かれる…だな?」

 

〈そうだ、だからこそ高温の刃なら、奴のまやかしは通用しない…良くぞこの短時間で見切れたものだ〉

 

「鍛えられてるからな…続けていくぞ!」

 

〈応!!〉

 

今度はより高温を『救世』に纏わせ、ターシエに切りかかる。だが

 

「図に乗るな、童が」

 

間合いを詰めるヤマトに対し、ターシエは無防備に立っている。

 

―策があるのか…だが攻勢、怯まず押し切る!

 

剣を振り上げ、斬りかからんとした瞬間、

 

ドオン!

 

「ブハッッッ!!」

 

ヤマトの腹部に凄まじい衝撃が奔り、空高く弾き飛ばされた。

 

―…何だ…何が…

 

かろうじて眼を開き、眼に映ったのは小さく見える街並みと、巨大な氷柱であった。

 

「コイツ、に…」

 

弾き飛ばされたのか。そう言おうとしたとき、その氷柱を駆け上ってくる人影が見えた。その人影は、氷柱の頂点にて跳躍し、ヤマトの上で氷の槌を振り上げ…

 

「落ちろ。」

 

それを振り下ろし、眼下の街へとヤマトを叩き落した。

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