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PROJECT ETERNITY DARKNESS



第三章・・・・天界の主、冥府の王






イダールの様子は先ほどまでとは明らかに違っていた。

人と思えぬ殺気を湛えていたが、確たる自分の意思を持っていたはずの瞳は、いまや負の感情を移すだけとなっていた。



「負けられん・・・・負けられんのだ、この戦だけは。偉大なる帝のために、この戦だけは・・・・」



誰に聞かせるでもなく、何かに憑りつかれたように呟く。



「あの男、ただの人間であるゼオンから一撃を受けて、自尊心を傷つけられたか・・・あのまま持ち直さねば剣に呑まれ兼ねん。」



オキタはユイに近づき、隣に寄り添う



「お父さん、大丈夫なの!?」



「まだ傷は塞がらんが、止血は出来た。尤も、戦えるかどうかは別問題だがな。お前の方こそ平気か?」



「ユイもなんとか。・・・・でもお父さん、ゼオンが・・・」



「ああ、分かっている。ユイ、うまく奴の注意を引いてゼオンから離すぞ?」



「ならユイに任せて。お父さんはゼオンを。」



「分かった・・・行くぞ『濁流』」



〈承知!!〉



「気合い入れるよ『青海』!」



〈了解だユイちゃん!!〉



そして二人は同時に駆け出そうとする。しかし



「賢しいわ、雑魚どもがぁ!!」



イダールは素早くゼオンに突き刺していた『暴風』を引き抜き、横薙ぎに振るう。発生した突風が、二人をそのまま押し返す。



「ぐぅ・・」



「あうっ・・」



普段なら何とか踏み止まれたであろう風でも、手負いの二人にそれは難しかった。



「この我の不意を突けるとでも思ったか。この小僧といい、全く鬱陶しい奴らよ。この際全員まとめて我が全力の風で引き裂いてくれるっ!」



イダールは『暴風』を構え、詠唱を始める。その周囲には禍々しいほど濃密なオーラフォトンが展開される。



「永遠神剣『暴風』の主、イダールが命ず。マナよ、遍く大気の力もて、無慈悲な怒れる龍となれ!」



「いけない、バニッシュを!」



痛む体に鞭を打ち、急いでバニッシュを試みるユイ。しかしそれをオキタが止める。



「ユイ、バニッシュは間に合わん。すべての力を防御に回せ、奴の魔法が来る!」



二人は全ての力を使い、オーラフォトンのシールドを展開する。



「無駄な足掻きだ。受けよ・・・」



まさに必殺の攻撃が放たれんとしたその時だった。



急に、まるで昼間のように辺りが明るくなった。



「何!?一体何だ、この光は!?」



日の出ではない、そう勘違いしてしまうほどの光源があった。



「この光って・・・」



「オーラフォトンの・・・光」



その光源は、まさに今までゼオンが倒れていた場所。



その光が薄れるにつれて、一人の人影が見えてくる



「何!?・・・まさか、そんな・・・・なぜ・・・貴様が・・・」



振り返った先にいる人影を見てイダールは驚愕する



「うそ・・・どうして?」



ユイもまた、信じられないかの様に目を見開いている。そしてオキタが小さく呟く。



「ついに目覚めたか。」

















―精神空間・ゼオンの意識の中









―・・・僕は・・・どうなったんだろう・・・死んだのかな・・・・



気が付くとゼオンは、何もない、それでいて何かに満たされているような、不思議な空間にいた。どこか清らかで、開放的な感じがするこの空間を、ゼオンは無意識に天国かどこか、「死後の世界」であると思った。



―そうか・・・死んだんだ、僕・・・・結局何も分からず終いだったな・・・



異世界からきた父娘、不思議な剣、彼らが知る、自分の知らない自分自身の事。



―まぁ、死んだ今となってはもうどうでもいいか・・・

それよりも、父さん、きっと怒るだろうな。母さん、きっと泣くだろうな。ユアンにアンソニー、それにカナン、今度一緒に坑道へ遊びに行こうって約束したけど、もう遊べそうにないよ。ごめん、みんな。



後悔があるというのに、自分の死を受け入れる自分の度量に驚きながら、ゼオンはまどろみに身を任せようとした時



〈全く、先代を受け継いだにしては、ずいぶんと意思の弱い者だな〉



―・・・誰?



自分一人だと思っていた空間に、突然自分以外の誰かの声がした。



〈我か?我の名は、永遠神剣第二位『天冥』。かつての主の願いに答え、汝の覚醒を待つ者〉



―永遠・・・神剣?じゃあ、今しゃべっている君は人じゃなくて・・・剣?



そこにその姿は見えない。しかし自ら名乗っているのなら、恐らく間違いは無いだろう。



〈意思を持った剣、というのが正しかろうな。今すべてを話しても受け入れきれまい。少なくとも今はそう思っておけばいい。いずれ汝が覚醒すれば、すべて理解できる〉



―僕の・・・覚醒・・?ああ、そういえば何か言ってたな。覚醒がどうとか、目覚めていないとか・・・



〈左様、汝はまだ覚醒していない。もっとも、〔今の体〕は覚醒を待たずに朽ち果てようとしているがな〉



―“ようとしている”?じゃあ、僕はまだ死んでいないのか?



〈左様、汝はまだ生きている。そして我は、汝を救うためにここに来た。〉



―もしかして助かるのか!?



一握の希望が見え、ゼオンは藁にもすがる思いで聞く、しかし



〈いや、汝は助からん。〉



―そ、そんな・・・



そうだ、『天冥』は“救う”ために来たのであって“助かる”とは一言も言っていない。どうやら救いの手は間に合わなかったようだ。



―いや、誰かは知らないけどありがとう。こうやって来てくれただけでも十分だよ、本当に。



〈早まるな。助かる方法が無い訳ではない〉



―え?



助からないんじゃないのか、と聞き返したくもなったが、今は『天冥』の話を聞くことにする



〈我と契約をせよ。我の力をもってすれば、汝を救うこと位は容易い〉



―君と僕が、契約を結ぶのか?



〈左様。尤も、汝は未だ未覚醒。よって仮の契約となる。〉



―仮?



〈汝が今のままでは、我の声も聞えず、行使する力に耐えることも出来ない。よって我の力の一部のみを汝に解放しよう。さすれば、少なからず今よりはましに戦うことが出来る〉



―本当に剣一つの力であんな化け物に敵うのか・・・いや、それは今考えるべきことじゃないな。



向こうにも知られているだろう思考。しかしそれに構わず『天冥』は話を続ける。



〈それが、仮の契約の内容だ。これにより汝は、人の身でありながら我を所有することが出来る。しかし、だ〉



―何か問題が?



〈心せよ。今の汝は弱い。我を扱うには強い意志、強い力が必要。汝自身が覚醒を成せばそれも問題ないが、もし覚醒を成す前に、我の力を使い過ぎれば・・・〉



―使いすぎれば、どうなる?



〈汝の心身は、恐らく我が力に耐え切れずに崩壊することになる〉



―君の力の反動で僕が死ぬ・・・ってこと?



〈そう取ってもらって構わん。〉



ゼオンは迷った、『天冥』と契約をすれば、確かに助かる。しかしそれは危険な賭けだった。もし、僕自身が『天冥』とやらの力に耐えられなかったら・・・。そう考えるとなかなか決断できない。でも



―わかった、僕は君と契約をする。それが唯一助かる方法なら。



〈承知した。なれば契約に際し、我より汝に一つ問おう。〉



―なにを?



〈汝にとって武器とは、力とは何だ?〉



―・・・・・



〈さぁ、答えよ〉



―・・・僕にとって、武器も力も「護る」ため、そして「創る」ためのものだ。奪うのでも、壊すのでもない。それが、武器と力に対する、僕自身の信条だ!



ゼオンは迷い無く答える。嘘でも虚栄でもない。自身の信条は、物心付いたときから変わらない。



〈・・・汝の意思、汝の心、確かに見せてもらった。我は、一時的であれど、汝を主と認む〉



するとゼオンの前に一振りのサーベルが現れる。オキタに渡され、先程まで持っていたあのサーベルだ。



〈我を手に取れ。それにて仮契約は完了する。〉



―これが君の、『天冥』の姿・・・・



ゼオンは『天冥』を手に取る。するとゼオンは白き光に包まれ、そして・・・・











気が付くとゼオンは『天冥』を持ち、あの森に戻っていた









「ここは・・・もしかして・・・」



〈そうだ。汝が倒れた場所、そして汝が戦場。〉



「戦場?」



問い返して、辺りを見回す。そして



「ああ、思い出した。」



目の前で驚いている、自分を殺した男。その向こうから、こちらを見ている父娘。そして自分。

この場に居る者を全て確かめ、そしてやるべきことを思い出す



―『天冥』の言うことが本当なら、何とか時間稼ぎくらいはできる筈。勝てなくてもいい、撤退だけでもさせることが出来ればそれでいい。それにはまず



「おい!何を馬鹿みたいに呆けているんだ。隙だらけだぞ?」



ゼオンはイダールを挑発する。少しでもこちらに注意を向けさせて、向こうの二人が動ける状態にするのが先決だった



「貴様・・・どうやったのかは知らんが、そんなことはどうでもいい。その剣を置き、早々に立ち去るがいい。尤も・・・」



イダールは神剣を構え・・・



「その前に殺すがなぁ!!」



一直線に飛び込んでくる。その速度、まさに神速。しかし



ブゥン





その斬撃は空を斬る、たった今までゼオンが居たその場を。



「なに!!」



「何だ・・・遅い?」



思わずゼオンは呟く。オキタとの一戦を遠目に見た限り、目で追うこともままならなかったイダールの動きが、今は目で追って対応出来るくらいの速度に見える。



「・・・貴っ様ぁぁぁ!!」



イダールは立て続けに斬撃を繰り出す。オキタの時と同じ、回転運動を応用した連撃であったが、ゼオンはそれにすら対応して見せた。



―何故だ、何故我が斬撃が届かん。たかが・・・たかが人間ごときに!!



繰り出される斬撃を、ある時は避け、ある時は防ぎ、ゼオンは確実に対応していく。



―いける、これなら反撃できる。



振り抜き、突き、斬り返し、基本的にはこの三つの繰り返しである。多少の変動や緩急があるものの、見切れば何とか反撃は出来る。

狙いは“振り抜き”が来る瞬間。最も動作の大きいこの攻撃の瞬間なら、うまくタイミングを合わせれば弾き返せる。



連撃を受け続け、チャンスを窺うゼオン。そして



「はあぁぁぁ!!」



―来た!



「こんのぉぉぉ!」



ギィン



「なにぃ」



―我が斬撃を、弾いた!?



横薙ぎの一撃を、上段からの剣撃で払い



「でやぁぁぁ!」



そのまま踏み込み、今度は下から斬り上げる。



「ちぃっ!」



その剣撃をイダールは払われた方とは逆の刀身で受け止める。



―止められた!



〈迷うな。ゼオンよ、そのまま振り抜け〉



―『天冥』?・・・分かった!



すると『天冥』の刀身が、金色のオーラフォトンを纏い輝きはじめる



「うおおおおおお!!」



「何だと!!」



『天冥』から流れてくる力に任せ、ゼオンは渾身の力で『天冥』を振り抜いて、防御ごとイダールを弾き飛ばした



「ぬあぁぁぁ」



信じられない程の膂力とオーラの力で、防御の上から上空へ弾き飛ばされてそのまま遠方まで飛ばされそうになるのを、イダールは何とか空中で踏み止まる。



「くっ・・・これは」



弾かれた際に放たれたオーラフォトンの奔流が、武闘服のあちこちを焦がし、イダールの身に着けていた籠手と胸当てを完全に破壊していた。



―エターナルでもない子供が使っただけでもこのパワー。これが『天冥』の力だと言うのか!?







イダールとの間合いが十分に離れたことを確認して、ゼオンはユイとオキタの所に駆け寄る。

自分が戦っている間に、二人は森の中まで移動して身を隠していた。

二人とも負傷しているが、出血はない。何とか動ける状態であったようだ。



「オキタさん、ユイさん。大丈夫ですか?」



「ああ。私は平気だ。」



「ユイも大丈夫・・・だけど」



「はい?」



「何でゼオンが無事なの?」



「え?・・・いや、何でって言われても・・・」



ユイの質問にどう答えていいか分からず、しどろもどろになるゼオン。そこにオキタが助け舟を出す



「目覚めたのだな?」



「いえ。目覚めたとか、そういうのじゃなくて・・・この剣、『天冥』が少しだけ力を貸してくれるらしいんですけど・・・」



「少しだけ?」



「ええ。目覚めるまでの仮契約だとか・・・」



「仮、だと?」



「はい。」



―力の一部を解放するだけの仮契約だと・・・そんなものがあるというのか?



少なくともオキタはそんなもの聞いたことがない。そもそも神剣との契約とは、神剣と契約者の望みが少なからず一致し、その上で神剣に主として認められなくてはならない。

力を開放しきれないのとは違い、力の一部のみを預けると言うのは、まだ主として認められていない証拠である。そんな状態では契約など成されるはずがない。



―ゼオンもエターナルとなった訳でもない・・・これをイレギュラーの一言では片付けられん・・・どうなっている?



「そうだ、二人とも早く逃げてください。僕が、何とか囮になります。」



思い出したようにゼオンが二人に逃走を促す。しかしオキタはそれに反対する



「だめだ、今ここで逃げる訳には行かない。いや、逃げても奴は追ってくる。」



「ですから、僕が囮になって・・・」



「自惚れるなゼオン!神剣の力を得たとて、奴はお前一人で止められるような相手ではない!!」



オキタがゼオンを一喝する。



「それに何処へ逃げるつもりだ?」



「え?」



オキタの質問の意味がよく分からず困惑するゼオン。それをユイがフォローする。



「どこへ逃げたってあいつは追ってくるよ。それに今逃げ出したら、あいつはあの風の力でこの森を根こそぎ吹き飛ばして、その次はゼオンの住んでる街を、その次はその近くの街を・・・次々に破壊して、ユイたちを探し出すよ?」



「そんな・・・」



―つまり、ここであの男を倒さなければこの森は無くなり、街も破壊される。そうなればこの森に住む動物達は、街のみんなは、父さんは、母さんは・・・



「駄目だ。そんなの、絶対に!」



「ゼオン?」



「ユイさん達は下がってて。せめて、回復するまでの時間を稼ぎます!」



「すまないゼオン。あと少しだけでいい、頼む。」



「お父さん!?」



オキタのいう通り、幾ら神剣の加護を受けられるとはいえ、今のゼオンに対し、イダールが本気で来れば、そう簡単に受け続けられはしない。それを承知の上で、オキタはゼオンに時間稼ぎを頼んだのだ。当然ユイは反対する。



「だめだよゼオン、一人じゃ絶対ムリ!」



「無理でも、やるしかないんだ。そうじゃないと、父さん達が・・・」



「ゼオン・・・分かった、じゃあユイも一緒にやるよ。お父さんより傷は浅いしね。」



「ユイさん!?それこそ駄目だ!浅いと言ったって君はまだ怪我を・・・」



「こんなの全然痛くないもん!それと、ユイのことは呼び捨てでいいって言ったでしょ?つぎにさん付けなんかしたら、思いっっっきりひっぱたくよ?」



イダールとは違った意味で恐ろしい瞳で見据えられ、ゼオンは思わず萎縮してしまう。



「は、はい・・・」



「いい、あたしがサポートしていくから、ゼオンはしっかりアタッカーをやっときなさい。神剣魔法は気にしないで。ユイがバニッシュしてあげるから。」



「う、うん。わかったよユイさ・・・ユイ」



「よし!いい返事。・・・・じゃあいくよ!」



「はい!」



「お前たち!」



二人で躍り出ようとするのを、オキタの声が止める



「何よお父さん?」



「・・・無理はするなよ。」



「・・・わかってるわよ、大丈夫。」



「はい。オキタさんこそ、完治する前に出てこないで下さいよ?」



「大丈夫だ、分かっている。」



「じゃあ・・・行ってきます。」



その言葉を残し、ゼオンとユイは躍り出た。













上空から神剣の気配でゼオンたちを探そうとしていたイダールだが、そこで森の中から躍り出る二つの人影を見つけた。ゼオンとユイだ。



「そこにいたか、小僧共!」



イダールは『暴風』を構え、そのまま空中からゼオン達をめがけて一直線に突っ込んでくる。



「ゼオン、来たよ!」



「まかせてくれ!」



空中からの突撃を受け止めると、ゼオンはそのまま斬り返す。しかしイダールはそれを回避、地上に降りて間合いを取る。

ユイはゼオンのやや後方に立ち、すぐに『青海』を構えて神剣魔法に警戒する。



イダールはここにきて甘い考えをすべて払拭し、目の前の『障害』に目を向ける。



―小僧が攻め手、女が補助か。あの女の対抗(バニッシュ)呪文(スペル)がある限り、我の神剣魔法は通じない。なれば、まず女の魔法を封じる!



『暴風』はその大きな見た目に反して、直接的な攻撃よりも神剣魔法の方が強い力を持つ神剣である。故に神剣魔法の無効化は大きな痛手となる。



全身に風を纏わせ、イダールの体が浮き上がる。



―来る。



ゼオンは『天冥』を正眼に構え、いつでも行動できるように腰を落とす。先程までとは違い、イダールの眼が落ち着きを取り戻しているのが判る。今までの様には行かないであろうことは、十分に察知できた。



「行くぞぉぉ!!」



裂帛の気合と共にイダールが迫る。弾丸の如き突撃は、速度、力強さ共に今までの攻撃よりも大きなプレッシャーを放っている。



―止めて見せる!



ゼオンは『天冥』に力を込め、迎撃の態勢をとる。受け止められるかは判らないが、少なくとも先程までのように回避し、いなすことは出来ない。



「はあぁぁぁぁ!」



オーラフォトンを『天冥』に集める。一方のイダールも『暴風』の切っ先にオーラフォトンを集中させる。



光の盾と、風の剣が激突する



はずが・・・



イダールの剣の切っ先はゼオンの前面で軌跡を変え、地面に突き刺さる。そしてイダールはそのまま『暴風』の風の力を解放して飛び上がった。



「何だ!?」



ゼオンの頭上を跳び越し、イダールが目指す先には・・・



「ユイ!!」



「!?」



「女、その首斬り落とす!」



空中で体を捻り、落下の勢いと共に強力な斬撃を繰り出す。



ギィン



「きゃっ」



何とか『青海』で受け止めたものの、強力な一撃を受けて、ユイの腕が悲鳴を上げ



「二の太刀!!」



ギィン



さらなる一撃を受け、その手から『青海』が離れる



「『青海』がっ」



手を離れた『青海』を追って手を伸ばすが、そこにイダールの剣が迫る。



「危ない!!」



ユイを押しのけて庇い、ゼオンはイダールの剣を受け止める。



「この卑怯者!」



「そんなことを言っている場合かな?」



「何!?」



「風よ!」



『暴風』から突風を放ち、ゼオンとユイを吹き飛ばす。



「くぅっ」



「きゃあぁぁ」



そしてイダールは即座に間合いを離して神剣魔法の詠唱を始める。



「永遠神剣『暴風』の主、イダールが命ず。マナよ、遍く大気の力もて、無慈悲な怒れる龍となれ!」



「いけない!!」



弾き飛ばされた『青海』を急いで拾い、ユイは急いでバニッシュの詠唱を始めようとするが



〈駄目だユイちゃん、あいつの力がこっちを完全に上回っている。ありゃバニッシュできねぇ。ゼオンと一緒に防御に徹するんだ!〉



『青海』がそれを止める。もしここでバニッシュに失敗すれば、防御に回す分の力が不十分になる。そうなれば、敵からの魔法に直撃することになってしまう。



「ユイ、防御を!」



「わかってるわよ!」



神剣に力を込め、オーラフォトンのシールドを展開する。ゼオンはまだオーラフォトンの扱いに不慣れだったが、『天冥』がゼオンの意思を汲み取りシールドを完成させた。



「そんな薄皮の如きシールドなど無意味!受けよ、我が最大にして必殺の風を!デッド・ロン・ウェイン!!」



『暴風』の力を限界まで解放したイダールの最大魔法が発動した。いくつも発生した竜巻の一つ一つが龍の姿となり、一斉にゼオン達に襲い掛かる。



「うわぁぁぁぁ!!」



「きゃあぁぁぁ!!」



全力での防御も空しく、二人は成す術なく竜巻に巻き上げられる。凄まじい風の力が衝撃波となって襲い掛かり、次第にシールドも破られ始める。



―『青海』、もっと力を出して。このままじゃもたないよ



〈やってるよ!でも風はどんどん強くなってる。これじゃ破られるのは時間の問題だ!〉



息も出来ないような竜巻の中で、ユイは僅かに目を開き、ゼオンの姿を探す。そしてその目にゼオンの姿が映る。それは



―ゼオン!!



シールドが破られ、風に打たれ続ける姿だった。











飲み込まれた竜巻の中で、ゼオンは必死に抗っていた



―なんて風なんだ、息が出来ない!



〈気を落ち着けよゼオン。シールドの展開に集中するのだ〉



―わ、判ってる!



『天冥』をより強く握り、意識を集中させてシールドを維持する。しかし



ドンッ



―ぐあっ



〈ゼオン!!〉



風の衝撃波がシールドにぶつかり、相殺しきれなかった衝撃がゼオンを打つ。さらに



ドンッドンドンッ!



―があぁぁ!



集中が途切れ、強度が弱まったシールドを抜けた衝撃波が、次々とゼオンを打ちすえる。

幾度も強力な衝撃波に打たれ、ついにゼオンは意識を失ってしまう。



〈ゼオンよ、起きよ・・・ゼオンよ!〉



『天冥』が呼びかけるが、ゼオンの意識は沈んだままであった。強制力を働かせても、戻ることが無い。



その間も風は止むことなくゼオンの体を打ち続ける。何とか『天冥』単独の力で、薄いながらもシールドを展開しているが、それが功を奏することも無く、ゼオンの体は傷ついていく。



〈『青海』の主はまだもっているが・・・支援の余裕などは無いだろう。ゼオンももう長くはもつまい・・・残念だが〉



―ク、クククククッ



そのとき、『天冥』に干渉してくる意識があった。



〈なに?ゼオン、意識が?・・・違う・・・これは!〉



―クククククッ・・・・勝てる。



〈まさか・・・この気配は・・・〉



「はあぁぁぁぁ!!」



咆哮一閃、ゼオンの振るった一撃は、猛威を振るう巨大な竜巻を両断した。













ユイは、ゼオンを助けるために、荒れ狂う竜巻に弄ばれながらも、何とか移動して近づこうとしていた。その最中、突然『青海』から呼びかけられる



〈ユイちゃん、どうも様子が変だ〉



―何よ、『青海』。集中が途切れちゃうじゃない!



〈そんなことより、もう一度よくゼオンのマナを探ってみてよ。なんかおかしいんだ〉



―なによそれ?どういう・・・・



『青海』に意思を伝えかけて、思考が止まる。さっきまで微弱であったゼオンのマナが少しずつ高まっている。そして、先程までぐったりとし、衝撃に打たれ続けていたゼオンが動き、剣を構えたのだ。



―よかった。ゼオンは何とか無事みたいね。



〈いや、ありゃぁそれどころじゃねぇ!〉



そしてゼオンが剣を振るう。巨大な風のうねりは、その一太刀でいともあっさり断ち切られ



「きゃあああああ!」



ユイは翻弄されていた勢いそのままに大きく吹き飛ばされた。















「くそっ、『濁流』よ、治癒の速度は上がらんのか!」



〈主よ、我は治癒の力は司っておらぬ。今で精一杯だ〉



徐々に回復していく傷の様子を見て、オキタは逸る気持ちを抑えていた。先程の強大なマナと、発生した竜巻はただ事ではないだろう。



―『青海』と『天冥』の気配は感じられるが・・・一刻も早く合流せねばっ!



〈主よ。〉



「どうした?」



〈おかしい。『天冥』の主の気配だが・・・「二つ」ある〉



「なに?」



〈いや・・・今は一つ。だが、先に感じたときは、二つ。〉



「未覚醒状態の揺らぎではないのか?」



〈いや・・・なんとも、言えん。〉



―二重人格か?なら『濁流』が気付くはず。一体・・・





ドオォォォン





「!!・・・何だ、一体!?」



突然の轟音と共に、先程まで確認できた巨大な竜巻が姿を消す。その代わりに現れたのは、膨大なマナと神剣の気配。



「この気配、覚えがある・・・・これは、まさか!」













「まったく、手こずらせてくれたものだな。」



イダールは腕を組み、眼前で猛威を振るう竜巻を見上げながら、ようやく余裕を取り戻していた。



「荒き流れのオキタ相手ならまだしも・・・まさかあんな小物共に、我が最大の術を使う羽目になるとは・・・まだ、精進が必要だということか。まあいい、このまま小僧を殺し、『天冥』を持ち去ってくれる。」



ようやく任務の達成が出来る。

もう障害は無い、後は『天冥』を持ち帰るのみ。

気持ちは逸る、だが油断はしない。



「その必要も無いだろうが・・・念のためだ、止めを刺してやる。」



―まだ気配が二つある。『青海』の主はまだだが、『天冥』の主は虫の息だろう。だが、もう加減も容赦も一切せん!



イダールは止めを刺すために『暴風』を構える。



「永遠神剣『暴風』の主、イダールが命ず。『暴風』よ、折り重なる疾風を、全てを切り裂く刃と成せ。」



神剣魔法の詠唱。この魔法を竜巻の中に撃ち込めば、ただ大気中に打つよりも遥かに強力な真空波と成すことが出来る。体の自由の利かない竜巻の中では、この真空波の回避は不可能。



「さらばだ。風の中に消えるがいい!ブレイクウェ・・・」





ドオォォォン





「なっ何ぃぃぃ!!」



突然大気が震え、眼前の竜巻が割れ砕ける。そして



「この気配、この力・・・まさか・・・まさか!」



現れた神剣の気配は一つ。『青海』ではない、だが今までの『天冥』とは明らかに異なる。そして、その主の気配も。



「きっ貴様、貴様は!」



狼狽するイダールを前に、ゼオンはさも鬱陶しそうに言い放つ。



「『暴風』か・・・あいも変わらん。弱い者ほど五月蝿く暴れまわりたがる。」



「天冥王・・・キザキ!!」



そう、かつて〔八剣衆〕を束ねていた男。そして15周期前に〔八剣衆〕を裏切り、多大な被害をもたらした張本人である。

目の前の男の姿は先程までとなんら変わりは無い。しかしその気配、その威圧感(プレッシャー)は間違いなくあの男、即ち「天冥王キザキ」であった。



「亡霊が!黄泉路より這い出てきたか!」



「ハッ!エターナルともあろう存在が、亡霊とはな。稚拙もいいところだ。やはり変わらんな、勢いだけで能力が全く伴わん。」



「ほざけ裏切り者!この我を15周期前と同じと思うな!」



『暴風』にオーラフォトンを集中させ、一気に間合いを詰める。前方のゼオンは未だに腕を組み、『天冥』を構えもしない。

イダールは頭上で『暴風』を高速回転させて、その勢いそのままに振り下ろして斬り付ける。



ギイィン



だがその一撃は、キザキに届くことは無い。刃はその寸前で、いつの間にか現れた宝玉が発生させたシールドに阻まれる。



「くっ、守護の宝玉だと!」



「この程度のシールドすら突破できんか・・・貴様、15周期もの間遊んでいたのか?」



今、ゼオンの周りには二つの宝玉が浮かんでいる。金色の輝きを放つこの二つの宝玉とサーベル、それらがセットになってこそ『天冥』の真の姿と言える。



―馬鹿な、さっきまで『天冥』は確かに力を抑えていたというのに!



「うおぉぉぉ!」



再び『暴風』で斬撃を繰り出そうとするイダール。だが



「ゴミが、いきがるな!」



シールドを展開していたのとは違う、もう一つの宝玉が輝きを放つ。その瞬間、強烈な衝撃波がイダールを吹き飛ばした。



「ぐうおああぁぁぁぁ!」



防御の間もなく、物凄い勢いで弾き飛ばされる。イダールは魔法の影響で平原の様相の森を、水切りの石のように転がっていく。

何度も地面に叩き付けられながら遠方まで飛ばされ、全身が悲鳴を上げている。もはや剣を構えるのがようやくの体を、イダールは必死になって起き上げ、『暴風』を杖代わりにして立ち上がる。



「がはっ・・・くっ・・・お、おのれぇ!」



―ただ一撃でこの威力だというのか!?これが第三位と第二位の違いだと言うのか!



自分の状態を確認する。

鎧は砕け、全身傷だらけ。マナの力の大半を失い、後一度神剣魔法を放てるかどうか・・・状況は絶望的であった。



「だが、負けられん。この戦、引くわけにはいかんのだ!」



「無駄だ、貴様のような屑ごときでは、絶対にこの俺には勝てん。」



「!!」



すぐそこから聞こえた言葉。それは既に追いついていたゼオンからであった。



「立っているので精一杯か・・・いいから尻尾を巻いて逃げ去るがいい。そうすれば死ぬことは無いぞ?」



「黙れ!我はこの戦、絶対に負けられんのだ!そう、我が帝への愛のためにも!」



「フッ、何が愛か?何も知らん貴様ごときゴミが。」



「貴様には分かるまい。我が愛の強さが!そう、我は負けられんのだぁぁぁ!」



自らのマナを最大まで搾り出し、風の力のみで最後の突撃を敢行する。



「おおおおおおおおお!!!」



「五月蝿いゴミが。」



ゼオンが宝玉を使い、前方にシールドを展開する。



ガガガガガガガッ



「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」



シールドは全く揺るがない。イダールの生命維持までも賭けた最後の突撃も、『天冥』の力には通じない。



「・・・たいした力だ。ゴミにしてはよく頑張ったな。」



ガガガガガガガッ



なおもシールドを削り続けるイダール。もはや意識も無く、この突撃をするだけの弾丸であった。



「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」



「そろそろ・・・・・死ね。」



ゼオンは『天冥』を構える。それに反応し、攻撃の宝玉と守護の宝玉が接触する。すると、攻撃と守護の力が反発し、強力な半作用力が生まれる。そして



「『天冥』の力の前に、消え去るがいい!!」



その力を、『天冥』の本体たるサーベルとの接触によって解放される。





究極の光波が、目の前の存在全てを、マナの粒子に分解する





「がああああああああああ!!」



光の奔流に飲み込まれたイダールが『暴風』ごと、マナの粒子へと還ってゆく



―負けられん、負けられんのだ、この戦だけは!

















「これは、一体・・・・」



ようやく傷がふさがり、神剣の気配を追ってきたオキタだったが、その目に映った光景は、



あたり一面に広がる、真っ平らなただの地面であった



「一体何が・・・・あれは!!」



その荒野に一人佇む人影があった。その手に『天冥』を持った少年、ゼオンであった。



「ゼオン、大丈夫か!?ユイは?イダールは?一体どうなったのだ?」



まくし立てるようにオキタが質問を繰り返す。だが、ゼオンはただ呆然として答えない。

そしてようやくゼオンが口を開いた。



「僕は・・・・一体、何を・・・・教えてくれ、永遠神剣とは・・・・」



「ゼオン・・・」



「『天冥』とは、何だあああぁぁぁぁ!!!」



あらん限りの声で、叫んでいた。




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