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ROJECT ETERNITY DARKNESS



第二章・・・・猛き旋風、二つの水勢











とある異世界―〔神竜殿〕











神殿を思わせる石造りの宮殿。神々しくも、どこか禍々しさがあるこの建物の中心部にある開けた大きなフロア。玉座を据え、部屋を見下ろせるように造られた祭壇。そこから見下ろす両脇に、いびつな紋様が描かれた水晶柱が八つ、妖しげな淡い輝きを放ち佇んでいる。



「時が、来たか・・・」



その祭壇の上には、一人の女がいた。極彩色の龍の刺繍が入った着物を羽織り、同じく龍をかたどった煌びやかなティアラを身に着けている。

その面影にはまだ幼い印象を残すが、強い意志を宿した瞳と永い時間を生きてきた貫禄ともいえる雰囲気はさしずめ「女王」といえよう。



彼女の名はユーラ。永遠神剣第二位『暗黒』を持ち、多くの世界を滅ぼしてきた「秩序」に属するエターナルである。



祭壇の上で、ユーラは堂々と、そして声高らかに叫んだ。



「我が配下〔八剣衆〕よ、ここに集え!!」



その声に答えるように、八つの水晶柱のうち七つの水晶柱が一際輝き、その中から人影が現れた。

現れた七人は皆その手に各々の得物たる武器を持ち、水晶柱の傍らにひざまずき、ただ主からの言葉を待っている。



己が部下達の姿を眺め、ユーラは話始めた。



「15周期前、我が〔八剣衆〕の一人でありながら我らに仇なした憎き裏切り者〔天冥王キザキ〕。奴の裏切りにより、我らはこの永い時を蘇生と再起のために費やしてきた。」



「しかしそのキザキもその後〔混沌〕に寝返ろうとして同属に討たれ、滅び去ったと言われておりますが?」



そう口にしたのは先ほど現れた七人の一人であった。



端整な顔立ち、引き締まった体を白い武闘服に身を包んだ青年。その手には身の丈程もあるダブルセイバーが握られている。



「・・・イダールか、まさにその通りだ。奴はもう存在していない。」



それまで無言であったほかの六人も今の言葉に驚きを隠せないようで、にわかにざわめく。



「そして此度、汝ら〔八剣衆〕に命ず。他でもない、キザキにより〔混沌〕に渡った『天冥』を我らが手に取り戻すことだ。既に我が送った刺客により、『天冥』を所有している〔混沌〕のエターナルの所在を掴むことができた。さあ、誰ぞこの任に就かんとするものは!」



いよいよ主からの命を聞き、活気立つ七人。それぞれが主に示されようと名乗り、立ち上がる。



「帝よ、どうかその役目、我が『暴風』のイダールに」



「いえ、その役目ならこの『烈震』のルクォーフが達しましょう。」



「我が『霊峰』の轟きの前に、障害などございません。どうかこのゾキウスに。」



「我らが計画の要、『天冥』奪還の命、この『蒼炎』のアーシエと」



「『朱水』のターシエに」



「「賜りたく存じます」」



「キザキの持てし神剣『天冥』。その奪還となれば障害はつきもの。戦なればこの『宵月』のフリッツが適任でありましょう」



皆一様に名乗り出る。帝に認められればやがて〔八剣衆〕を任される身となれる。そのためには組織において過去最大にして最重要たるこの任務を成功させ、己の実力を帝に示さなければならない。



しかしその中で一人、ただ沈黙して佇む男がいた。鋭い目つき、逆立った短髪、黒い武闘服に身を包んだその姿は強力な威圧感を発している。知らぬ者ならば周囲に居るだけで呼吸すら狂わされるだろう。



「カイザはどうか?」



帝に声を掛けられ、カイザと呼ばれた男は立ち上がり恭しく頭を下げ、初めて口を開いた。



「・・・我とこの神剣『雷轟』はいまだ完全な状態ではありませぬが・・・今のままでも他の八剣をゆうに上回りましょう。」



余裕に満ち溢れた言葉。自身が最も遅く蘇生を完了したというのに、このような言葉を吐かれては他が黙っているはずがない



「なんだと!!」



「聞き捨てならんぞカイザ!!」



他の神剣使いから当然にあがる怒りの言葉。自身に誇りがある者が集まっているが故に誰もが憤りを隠せない。

今にも互いで剣を交えんとしたとき、一括が響いた。



「やめよ〔八剣衆〕!!」



帝からの一括を受け、一同は静止した。



「この場で同士討ちを始める気か!!・・・カイザよ、貴様の実力は我も認めるものだ。しかしそれは貴様も神剣も完全な状態であってこそ。蘇生を完了したばかりの不完全な状態の貴様では成りたてのエターナルにも劣る。驕るでないわ!!」



「・・・帝を前に口が過ぎました、申し訳ございません。」



「理解できればよい。それより此度の任・・・」



ユーラはこの任務を任せるものを選定した。自分に最も忠実であり、最も早く蘇生を果たした者を指定した



「イダール、貴様に任ずる。みごと果たして見せよ」



「ありがたき幸せ。このイダール、命に代えましても必ずや達成いたして見せましょう。」



「吉報を期待している・・・・」



その言葉を最後に、ユーラは祭壇上から姿を消した。



帝が立ち去った後、七人の間には不穏な空気が流れ始める



「このフリッツをご指名くだされば間違いないものを。帝もお人が悪い。」



「まぁ、お手並み拝見というところだな」



フリッツとルクォーフが呟く、無論イダールに聞こえるように言っているのだが、イダールは気にも留めない。



「貴様らは後を考える必要はない。この我が任を達成してここに戻ってくるのを待てばいいだけだ。」



「出来れば我が『霊峰』の出番を残してもらいたいものだがな。」



イダールの言葉にゾキウスが切り返す。その手に握られた大斧型の永遠神剣『霊峰』が威嚇するように不気味な響きを発している。彼の言葉の意味するのは、すなわちイダールの失敗である。



「できぬ相談だ。」



それだけ言うとイダールは、出て来た水晶柱の中に再び入っていった。









水晶柱の中はそれぞれ異なる空間に繋がり、私室のようになっている。イダールの水晶柱は石造りの小さな部屋のようなく空間になっている。寝床と机くらいしかない簡素な部屋だが、イダールにはこれでちょうど良かった。

その部屋の中でイダールは、出撃の支度を整えていた。普段の武闘服の上から、龍の紋様が彫りこまれた肩当と胸当て、それに篭手を装着し戦闘態勢をとる。



―この任を成功させれば、より帝の御傍に身を置くことが出来る。そしてこのイダールが八剣衆最強の戦士であると証明すれば、帝に我が心中を・・・



そこまで考え、イダールは思考を止めた。「門」が開くまで暫しの間、戦のみに精神を集中する。この任務、この戦いだけは、決して失敗は許されない。己の野心を果たすために・・・























深夜―工業都市「フィスタル」郊外の森・〔緑の坑道〕付近





「『天冥』・・・・どうして聞き覚えがあるんだ?初めて聞く言葉なのに・・・そんなの僕はまったく知らないはずなのに!?」



自身の記憶にない言葉、けれど聞いたことのある言葉。混乱する頭を必死に落ち着けようとするが、まったく収拾がつかなくなり、ゼオンは知恵熱すら起こしそうになった。



「お父さん、この子ひょっとしてもう覚醒が始まっているんじゃ・・・」



「まだ完全ではなかろうが、恐らくはそうだろう・・・・ならばそうだな、実物を見せたほうが早いか。」



娘であるエターナル『青海』のユイの予測は、大筋で自分の考えと一緒であると感じたオキタは、背に背負った神剣をホルダーからはずし、ゼオンに放り投げた。



「これを見たまえ、ゼオン」



ゼオンはオキタから渡された剣を見た。鎖や呪符、タリスマン等で幾重にも封印されていて、全貌を見ることは出来なかったが、それは鞘に収まったサーベルであった。



この剣を手に取り、ゼオンが最初に感じた疑問があった



「どうしてこんなに厳重に封印されているんです?」



武具に封印を施すのは別に珍しくはない。あまりにも強すぎる魔化を施した結果、誰にも扱うことができず、封印を施すことがある。いわゆる神器(アーティファクト)と呼ばれる代物がこれにあたり、王城の宝物庫にも幾つかあるらしい。



しかしその封印というのも、一つの品にせいぜい二種類がいいところである。しかしこの剣にはざっと見ただけでも五種類以上の封印がなされているのだ。



「主無き神剣の維持に必要だったのだが、それももう必要ないな。ユイ、解いて見せなさい。」



「え!ユ、ユイが!?」



そう問いかけられ、ユイはひどく動揺した。



「どうした?解呪や対抗呪文は得意分野だろう?・・・まぁ奴の施した封印を、この荒き流れのオキタが修正、強化したものだからな。自信がないのも当然か。」



「む、そんなのユイには簡単に解けるもん!」



「ならやってみなさい。」



「やってやるよ〜だ」



そう言うとユイは腰に下げたショーテルを構え、詠唱を始めた。



「永遠神剣『青海』の主、ユイが命ずる。マナよ、広大なる水となり、彼の者に掛けられし全ての枷を押し流せ。ウェイブシェアー!」



呪文が完成する。するとユイの神剣から幾つもの青い光玉が現れ、封印の鎖や呪符に吸い込まれていき、やがてそれらは風化したかのようにボロボロになって崩れていった。



「成功だな。」



「す、凄い!五重以上の封印を一度に解くなんて、大陸中の賢者を集めたって出来るかどうか判らないのに!」



「ま、まぁね。このユイちゃんにかかればこんなもんよ!・・・・よかったー成功して」



「なにか言った?」



「え!?い、いやいや何でもない何でもないアハハハハハハ・・・・」



「?」



「・・・まぁよかろう。さぁ、もう剣は抜けるはずだ。抜いてみたまえ」



「はい」



ゼオンは緊張して手が震えた。あれ程厳重な封印が施された剣である。もはや神剣か魔剣か・・・どの道まっとうな代物ではあるまい。それでも



―何かが、判るなら・・・・



意を決して剣に手をかけたその時



〈・・・・・な・・・・・・わ・・・・あた・・・・・るじ・・・〉



何か声が聞こえてきた



「えっと、ユイさんだっけ?何か言った?」



「え、ユイ?ユイはなにも言ってないよ?」



「じゃあ、えっと・・・」



「オキタだ。」



「ああ、オキタさんが喋ったんですか?」



「私も何も喋ってはいないが?」



「じゃあ一体誰が・・・」



空耳だったのか?それともゴースト・・・・・などと考えていると、オキタから声をかけられた



「ゼオン・・・声が、聞こえたのか?その、人の声のようなものが?」



「ええ、ずいぶん小さくて、よく聞き取れなかったんですけど」



―エターナルでもなく、神剣と契約もしていないのに、剣の声が聞えたというのか、この少年は!



そんなことは絶対にあり得ない。可能性があるとすればただ一つ。この少年、ゼオンが“本物”であること。



「ゼオン、やはり君は・・・・」



その時、オキタの神剣『濁流』から、突然声がした。



〈主よ、神剣の気配だ。我々以外の何者かが介入してくる〉



―エターナル?敵か、味方か?



〈かなり好戦的な気配だ。殺気も感じる。恐らく敵であろう〉



―ちぃっ、「門」の気配はしなかったぞ?



〈なんらかの別の手段で介入してきたのだろう。それで、どうするのだ〉



―もし〔奴ら〕だとすれば、まずこちらに勝ち目はあるまい。あと一人戦える者がいれば違ったのだが・・・ローガスからの援軍を待っている余裕はない。ならば









「・・・あの、オキタさん?」



何かを言い出したかと思うと、急に考え込むように黙ってしまった。見てみればユイの方も同じような状態だった。そのためとりあえずオキタに声をかける。すると、オキタが口を開いた。



「ユイ、ゼオンと『天冥』を連れて逃げなさい。」



「逃げろって、お父さんは!?」



「いいから逃げなさい!早く!」



「いやだ、ユイだって戦えるもん!」



〈わがままはよそうぜユイちゃん。おやっさんがああ言ってるんだ、こいつぁただ事じゃねぇぜ?〉



「『青海』まで!」



そしていきなり親子喧嘩が始まった。完全に置いていかれたゼオンだったが、とりあえずはやめさせようと思い声をかける



「ちょ、ちょっと二人とも・・・」



「ゼオン、その剣をもって逃げろ、なるべく遠くに・・・・いや、もう遅いか・・」



「え?」



「来るぞ!」



その時突如として風が吹いてきた、周りの木々の葉が擦れ合い、ガサガサと耳障りな音を立て始める。そして風はどんどんと強くなり、やがて立っているのも辛くなる程の強風となる。木々は折れそうな位にしなり、もはや前を見ていられない。



「な、なんなんだこの風!?」



そしてこの風の中で、オキタは微動だにせず、空中の一点を見つめている。



「ずいぶんな挨拶だな!昼間の男といい、「秩序」側のエターナルは礼儀がなっていないと見える!」



そしてオキタは直刀を一閃させる。その剣から放たれた波動は風を切り裂き、オキタが見つめていた空中の一点で突然爆ぜた。すると風は止み、空中に人影が現われる。



そう、空中には一人の男がいた。龍の紋様が描かれた白い武闘服と鎧に身を包み、あたかもそこが地面であるかのように立っている。

その手に身の丈ほどもあるダブルセイバーを持って腕を組み、その鋭い目をこちらに向けている。その青い瞳は強い殺気を放ち、若いその身からは想像の出来ぬほどの闘気は、百戦にて練磨された勇猛な騎士さえも畏怖させるであろう程であった。



「この風の中で我が姿を捉えるとは。少しは出来るようだな?」



「くっ・・・」



「貴様の言うとおり、挨拶が遅れたな。我が名はイダール。偉大なる帝に仕えし〔八剣衆〕が一人にして風を司りし者、『暴風』のイダール!」



「やはり〔八剣衆〕か」



「我らを知っているか。尤も我もそちらの事は知っているがな、永遠神剣第三位『濁流』の主、荒き流れのオキタ殿?」



そしてイダールはゆっくりと降りてきて、そのままの体勢で着地した。よもすれば先制攻撃の絶好の機会だったが、誰一人として動くことが出来なかった。



「分かっているなら話は早い。貴様の保有している『天冥』をこちらに渡してもらおう。そうすれば、この場は生きて帰ることが出来る」



「断れば?」



「貴様ら全員が死ぬだけだ。」



「・・・『天冥』だけでは意味がないぞ?」



「キザキの〔後継者〕など必要ではない。われらに必要なのはあくまで『天冥』のみ。」



「そうか。だが私はここで倒れるわけにはいかない。そして『天冥』も、“後継者”も貴様らに渡す訳にはいかない。」



そしてオキタは自身の神剣『濁流』を構える。そう、例え己の命と引き換えでもこの男を止めねばならない。この場だけでも逃げ延びれば、やがてローガスからの援軍も到着するはずである。それまでの時間を稼げば、まだ策はある。



「・・・「混沌」に属する、荒き流れのオキタは沈着冷静な漢であると聞いていたが・・・。まぁいい、どの道貴様の息の根を止めることに変わりない。早いか遅いかの違いしかあるまい。」



ついに互いの均衡が崩れ、すぐさまオキタとイダールは神剣を構える。



「お父さん!!」



「下がってなさいユイ!!」



「敵を前に他者の心配か。随分と余裕だな!!」



一瞬のその隙を逃さず、イダールは一気に間合いを詰める



「くっ!」



すぐさまオキタは防御の姿勢をとり、来るべき一撃に備える



ガギャッ



正面からの刺突をなんとか捌き、続く横薙ぎの一撃も何とか受け止める。しかし



「甘いな!」



イダールは受け止められた一撃をそのまま振り抜き、オキタを突き放す。そしてそれを追うように間合いを詰め、回転運動を応用した続けざまの斬撃を放つ。



ギン、ギン、ガキッ



「ちぃっ・・」



一撃一撃がまるで突風のようだ。今まで受けたどんな斬撃よりも速く、重く、鋭い斬撃である。いつまでも受け続けられはしない。何とか反撃の機会を伺うものの、一向に見出せない。



―何とか、一瞬でも隙が出来れば・・・













遠巻きに戦いを見ていたユイだったが、遂に我慢が出来なくなった



「『青海』、ユイ達もいこう!!」



『青海』に決起を促すユイ、しかし



〈おいおい冗談だろユイちゃん!?あいつの力見たろ?残念だけど今の俺らじゃあ力不足だって!〉



『青海』から帰ってきたのは期待と正反対の答えだった



「けど、あのままじゃあお父さんがっ!」



〈ユイちゃん落ち着けって。おやっさんだってただ押されているわけじゃねぇ。ああ見えてしっかり隙を狙ってやがる。〉



「けど・・・やっぱり見てらんないよ!!」



「・・・ユイさん?」



ユイにしてみれば必死でも、ゼオンから見ればこの非常時に一人言の連発。普通に考えれば異常であるが、彼女の必死の表情は、とてもふざけているようにはみえない。



「ゼオン、君は早くここから離れて。その剣も一緒に、ね。」



「ユイさんも戦うっていうの?あんなのと戦おうなんて無茶だよ!?」



「無茶でもやるしかないのっ!!」



「!!」



今までにない険しい表情でユイが声を上げた。会って間もない彼女だが、その第一印象からは想像できないほどの険相だった。



「いい、ユイたちがどうなろうと、君は生き延びなくちゃならないの!じゃないと・・・お父さんの今までが無駄になるの!」



「ユイさん・・・」



「だから行くの。分かった?・・・・それと、ね」



「?」



そこまでいうと、その表情は最初に見た柔和な笑顔に戻っていた。



「ユイさんって呼ばれるの、なんか嫌だな。ユイのことは、ユイでいいよ。君のこともゼオンって呼ぶからさ、ね?」



「え・・・」



「さぁ、もううだうだ言っても聞かないよ『青海』。戦えなくても、支援くらい出来るんだから!」



〈まったく・・・しょうがないねぇ、わかったよ。でも絶対無理するなよユイちゃん!〉



「わかってるって」



そう言うとユイは戦っている父親の方へ一目散に駆け出していた。



「・・・ユイさん」



―勝てる訳ないのに、どうして・・・・オキタさんだって逃げろって言ってたじゃないか



見ていれば分かる事だが、オキタは十分に強い。下手な騎士など裸足で逃げ出すだろう。しかしあのイダールと名乗った戦士はそれ以上だ。押されているのは隙を伺うだけじゃない、実際に手が出せないのが本音だろう。

そして、実際ユイの戦う姿は見てはいないが、恐らく実力的にはオキタに及ばないだろう。二人がかりでもかなうかどうか・・・



―僕は、どうすればいいんだ・・・



素直に考えれば逃げるのが懸命だった。散々走った疲労はそろそろ回復してきている。足を挫いているとはいえ、このごたごたに乗じて森に逃げ込めば、少なくとも朝までは持つだろう。いざとなれば〔緑の坑道〕に逃げ込めばいいのだ



―でもそうしたら僕は・・・



二人を見捨てることになる。下手をすれば死ぬかもしれない人たちを・・・・



―いや、逃げろって言ってたじゃないか



自分に踏ん切りが付かず、悶々と考えていたその時だった



〈・・・・汝・・・・武器とは・・・・・・何の・・・・〉



「え?」



またあの声がした。小さく聞き取りずらかったが、さっきよりは幾分聞き取れた。



「僕にとって、武器は・・・」





















オキタとイダールの戦闘は、もはや完全にイダールの一方的な展開になっている。

直撃こそ何とか避けているが、オキタの防御は徐々に破られ始めている。もともと『濁流』は守りよりは攻めに向いた神剣である、攻勢でこそ勝機を導き出せるが、このままではその前に直撃をもらってしまう。そうなったら絶望的である。





―仕方ない、賭けに出る。あの手でいくぞ『濁流』



〈主よ。彼の者、昼間の男とは段違いだ。成功率は高くはないぞ?〉



―だがこのままでは状況は悪化の一方だ。ここに賭ける



「『濁流』の主、オキタが命ず」



オキタは間合いを離すとすぐに詠唱に入る



「神剣魔法か!」



―この間合いで恐れもせずによくやる、しかし




「マナよ、荒巻く姿を我が前に示し・・・」



「そうはさせん」



神剣魔法の詠唱は大きな隙を生む。そしてその隙を逃すイダールではない。



「はあぁぁぁ!」



ギシィ



脇腹を狙ったイダールの横薙ぎの斬撃は、昼間の男の一撃と同様に、寸でのところで青いオーラフォトンのシールドに阻まれる。しかし



「小賢しい!!」



「!!」



イダールは『暴風』をそのまま振り抜く。その一撃はオーラフォトンのシールドを打ち破り、オキタの腹部を切り裂く。とっさに詠唱を中断し、飛び退いて回避したものの、オキタは腹部に深い傷を負い膝をついてしまう



「ぐうぅぅぅ」



「なるほど考えたものだ。詠唱前にあらかじめシールドを展開し、それを一点に収束。詠唱中潜ませておき、隙をついた相手からの一撃をしのぐ。しかる後、至近距離からの神剣魔法・・・か。並みの相手なら有効だったろうが、この我が相手ではな。」



膝をつくオキタの前に、見下すようにイダールが立つ。



オキタの傷口からは出血が酷く、止めようとするがそれもままならない。治癒の魔法は持ち合わせていないため、傷口を塞ぐ手段はない。ようやく訪れた相手の隙も、自身が動けなければ意味がなかった。



「面白い芸を見せてもらった礼だ。受け取るがいい。」



悠然とイダールは神剣魔法の詠唱を始める



「『暴風』よ、折り重なる疾風を、すべてを切り裂く刃と成せ!ブレイクウェイン!!」



「集いしマナを霧散させよ、スペルバニッシャー!」



まさに放たれんとした真空の刃は、何も成すことなくただの風となって散っていく。ユイの魔法が、イダールの魔法を打ち消したのだった。



「何だと!?」



「・・・まさか、ユイか!?」



「いやぁぁぁぁ!!」



驚愕するイダールにユイが斬りかかる。まったく敵として意識していなかったものが、まさか自分の神剣魔法を打ち消すなど思ってもいなかったため、反応が一瞬遅れてしまう。



「なんとぉ!」



だがそれで一撃を通すほど甘くはない。大振りの斬撃を受け止め、そのまま押し返すようにして弾く



「きゃっ」



ユイは勢いあまって転んでしまったが、すぐさま体制を立て直そうとする。しかしその時にはすでにイダールは目の前まで迫っていて切っ先を喉元に突きつけられる。



「ひっ」



「そのまま逃げていればよかったものを・・・・父娘揃って小賢しいことだ。そこまで死に急ぐならまず貴様から先にマナへ還してやる。」



「いやぁ〜たすけてー・・・・なんて悲鳴、上げると思った?」



「何?」



「立ち上がれ、スプレッシュウォール!!」



「なに・・・うおぉぉぉぉぉ!」



本来はいくつもの水柱を出現させて壁を作り、広範囲を防御する神剣魔法を、自分の真下に発生させたのだ。現れた水柱に押し上げられ、ユイもイダールもあらぬ方向に弾き飛ばされる



「ほいよ着地っと。」



「ちっ」



お互いに水柱を挟んで対峙する。距離はややあるものの、幸い父はこちら側にいた



「大丈夫?お父さん。」



「何故だ、どうして逃げなかった!?」



「だって、お父さん一人じゃ負けちゃうじゃない!」



「いらない世話だ!いいから逃げなさい!」



「お父さんが回復したら、そうする。」



「ユイ!!」



「やーいやーい!ユイはこっちだよ!こっちにおいで〜だ。」











水柱を挟んで飛んでくる目に見えた挑発。それに対してイダールは冷静であった。相手にそんな余裕があるとは思えない。力は明らかにこちらが上である。こういう場合、力で押し切ってその差を相手に見せ付けるのが一番である



「愚かな。こんな水ごときが障害になるものか」











―よしっ。仕掛けてきなさいっ!



ユイの目論み通りだった。スプレッシュウォールはただの壁ではく、それそのものがバニッシュ効果を持っている。これを破るために無駄な力を少しでも使ってくれれば、少しはこっちが有利になるし、何より父が回復する隙を作ることが出来るのだ。





「『暴風』よ、折り重なる疾風を、すべてを切り裂く刃と成せ」



「今の詠唱・・・いかん!ユイ、発動する前にバニッシュを!」



「大丈夫。おんなじ魔法なんか効かないよ!」



―さぁ、来なさい!









「ブレイクウェイン!!」



今度は呪文が成立した。真空の刃が放たれ、水柱の壁に迫る



―バニッシュできた魔法なら、弾ける!



しかし、迫りくる真空の刃は、周囲の大気を巻き込みどんどんと巨大になっていく。やがて水柱を上回る大きさとなった真空の刃は水の壁と衝突する



ズバァァァン



放たれた後にこのような効果があったのは完全に誤算だった。バニッシュし切れずに、水の壁を破り真空の刃はそのままユイへと迫ってくる



「う、嘘でしょ!?」



〈よけるんだユイちゃん!〉



「きゃあぁぁぁぁぁ」



「ユイ!」



真空波本体は何とか回避したものの、巨大な真空波の余波に吹き飛ばされ、体のあちこちが切り裂かれる。



「ううぅ・・い、痛い・・・痛いよぉ・・・」



〈しっかりして、傷は浅いんだ。大丈夫だって!〉



痛みにたえるユイを『青海』が励ます。確かに一つ一つの傷は浅いが、なにせ箇所が多すぎる。体中ほとんどに大小さまざまな切り傷が出来ていて、おまけに出血もある。この痛みに耐えるのは、精神的にも肉体的にもかなり辛いだろう。



守るものがなくなった二人の前に、イダールは悠然と近づいてくる。



「ここまでだな・・・貴様らのレベルにしてはよくやった、と言っておこう。」



「おのれっ・・・」



「あぁぁ・・」



二人ともとても戦闘が出来る状態ではない。そしてイダールは止めとばかりに刃を振り上げる。



「これで終わりだ。二人揃ってマナへと還るがいい・・・」



「うわぁぁぁ、やめろーーー!!」



剣を構えて走ってきた少年が、いきなりイダールの前に立ち塞がる。



「何だ、貴様は?」



「ゼオン、何をしている・・・・早く逃げないかっ・・」



オキタに叱責されるが気にしない。勝てなくていい、この二人が逃げる隙を作る。時間稼ぎが出来ればそれでいい。それが、ゼオンの出した結論だった



「何のつもりか知らないが、貴様、邪魔をするなら・・・!」



容赦はしない。そう言って刃を振り下ろさんとしたイダールの手が突如止まる。



「き、貴様!それはまさか『天冥』!!」



―まさかこやつがあの男の、キザキの“後継者”だというのか!?



「隙あり!!」



人一人分の間合いのゼオンとイダール。思案に入った一瞬を逃さずゼオンは迷いなく剣を一閃させる。



「ぐっ!?」



振り切った剣はイダールの頬をかすめ、浅い傷をつける。そしてゼオンは続けざまに斬撃を繰り出そうとする。だが



「貴様ぁぁぁ!!」



斬撃が届く前に、イダールはゼオンのみぞおちに足刀蹴りを叩き込む



「ぶぐぅぅっ」



イダールの蹴りを受けたゼオンはそのまま吹き飛ばされ、後ろにあった大木に背中を打ちつけた



「・・・・っ!!」



息がつまり、痛みも声にならない。呼吸をするだけで激痛が走る。

そしてその表情に満面の怒りを浮かべ、イダールが近づいてくる。そして



「ただの人間ごときが、よくもこの我に傷を!!」



『暴風』を振り上げ、ゼオンを袈裟懸けに切りつける



「!・・・がぁぁぁぁぁぁ!!!」



「楽に死ねると思うなよ!!」



さらにイダールはゼオンの腹部に『暴風』を突き立てる



「うああああああああああぁぁぁ!!!!」



「このまま風を使いズタズタにしてやってもいいのだがなっ!」



浅く刺さっていた『暴風』が、深くねじ込まれる



「ぐぁっ、ああ、うあぁぁぁぁ!!!」



「たかが人間がこの我に傷をつけた罪をっ!」



さらに深く、わざと臓器をえぐるように。



「がああああぁぁぁ!!!」



「しっかりとその身に刻んで貰わんとなぁ!」



さらに、深く。じわり、じわりと刃が食い込んでいき、そのたびにゼオンの腹部からは不気味なほど赤黒い血が流れ出る



「・・・はくっ・・・あっ・・・かっ・・・・・あぐっ・・・・」



もう、その悲鳴も声にはならない。意識も明確ではなくなり体中が痙攣を起こし始める。



「・・・もう終わりか。実につまらんっ!」



イダールは心底つまらなそうに呟く。そして止めとばかりに神剣に風を纏わせ始める



「もう少しいたぶってやりたかったが、特別だ。これで楽にしてやる」



「もうやめてーーー!!」



『青海』を杖代わりにして立ち上がり、ユイが叫び声を上げる。まだ全身が痛むが、それよりもゼオンを助けたい心が彼女を支えている。イダールは剣をそのままに、ユイのほうへ向き直る。



「もういいでしょう!!あなたの敵はユイたちのはずよ!?ゼオンは関係ないじゃない!!」



「そうだな。なら姿形を残さぬように消し飛ばしてくれようか?存在がなければ居ないも同じなのだからな!」



その瞳は、憎悪と狂気に染まっていた。

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