―とある場所にて
「もう行くのかい?」
一人の少年が、目の前に立つ男に向かい問いかけた。
「ああ。」
少年の前に立つ男。落ち着いた感じの、年齢なら40代半ばといったところだろう。だが彼は、そんな年月など瞬きの間であるような長き時をすごしている。
「娘の治療についての件、感謝する。」
男は深々と頭を下げる。敬意の証だ。
「気にしなくていいよ。困ったときに助け合うのは当然だろ?」
傍から見ればこんな会話が成立するような年齢差には到底見えない。しかしこれは当たり前のことであった。
少年の名はローガス。またの名を「運命のローガス」。永遠神剣第一位『運命』を持ち、男の所属するカオス・エターナルのトップに立つ存在。
「見つかったんだね、“後継者”が。」
「ああ、故にアレを渡す。あれは本来、奴の後継者の手元にあるべき代物だ。」
ローガスは少し考え込み、静かに言った
「僕個人としては、できれば渡さない方向で考えて欲しいけどね。彼自身まだ目覚めてないだろうし。例えアレを使うことが彼の存在意義なんだとしても、それを知らずにいることが幸せだっていう考え方もできる。何より、できればアレを前に出すようなことは避けたいからね。」
「・・・・申し訳ない。だがこれは奴の心と誠意に対して、俺に出来る精一杯の報いだ。たとえ奴が「秩序」側のエターナルだったとしても、その心は酌んでやりたい。」
男の決意は確たるものであった。それならば、もう自分が止める必要はないだろう。
「分かった、この件に関しては君に一任することにする。君とユイの二人だけはなにかと大変だろうし、追って人員をよこすとするよ。・・・・恐らく〔彼ら〕が動くだろうから、出来るだけ慣れた者をよこす様にしよう。」
「心遣い、誠に感謝する。」
そう言い残し、男はローガスの前から立ち去った。
PROJECTETERNITY DARKNESS
第一章・・・・遥か彼方よりの来訪
もう日の暮れた夜の森。木々の間から射す月明かりで幾分明るいものの、道の脇に少し目をやれば、一寸先もわからない暗黒の世界が広がっている。
「ハァ、ハァ、ハァ・・・・」
そんな森の中を、獣のように息を荒げて走る、一人の少年がいた。
どれだけの距離を走ったか、どれほどの所まで来たか、少年にはもう判らなかった。ただ一つ判っていることがある。それは自分が追われているということ、そして捕まれば生きて帰れる保障が無いことだった。
「ちくしょう、ちくしょう!」
もう足が限界に来ている。心臓も破裂しそうな位に脈打っている。それでも自分に鞭打って走る。その程度の苦しさと、命は天秤に掛けられない。
追跡者はいる。さっきから自分の後ろに、着かず離れずの距離を保っている。自分は体力に自信があったし、足だってどちらかといえば速い方だと思っていたが、それは完全に思い上がりだった。気配でわかる、向こうは息を切らせていないばかりか汗一つかいていない。捕まるのは時間の問題だった。
「僕が・・・僕がいったい・・・いったい何をしたっていうんだよ!!」
姿見えぬ追跡者に向かって力一杯に叫んでみるが、伝わる筈がない。伝わったところで追いかけられなくなる訳ではない。
「あっ・・・」
足が突然、なにかに引っ掛かって転倒してしまった。見るとそれは地面に露出していた木の根であった。しかも運悪く、木の根と地面の間に足を挟め、捻ってしまった。疲労と苦痛の二重の苦しみを前に、ついに少年は止まってしまった。
「くそっ、なんだってこんなところにっ・・・・」
自分の不運に悪態をつくが、時既に遅し。もうじき追跡者は自分に追いつく。そうなればもうお終いだ。きっと殺される。何も悪いことなどしていないのに。たった15年の自分の人生は、今日ここで幕を閉じてしまうのだろう・・・・
「・・・・?」
しかしいくら時が過ぎても追跡者は来ない。距離からしてもう追いつく頃だというのに、その様子は一向に見られない。
―どこかで、離すことができたのか?
後ろを振り向いてみるが、人影はない。さっきまで確かに気配を感じていたものが、今は一向に感じられなかった
―なら、今のうちに隠れよう。
月明かりが射す通りならともかく、真っ暗な森に入り込めば、そう簡単には見つかりはしない。がむしゃらだったさっきと違い、今なら何とか冷静になれる。暗いとはいえ、慣れた森の中なら迷うこともないし、身を隠すこと位はできる。走って逃げられないなら、それが一番確実だろう。
そう思い、森の中に身を隠そうとしたその時
「なぁに、かけっこの次はかくれんぼ?あたしもう疲れたんだけど?」
「!!・・・だれだっ!」
いつの間にか、一人の少女が背後に立っていた。背丈、年の頃なら自分と同じ位。整った顔立ちと黒く美しい長髪をした、とても綺麗な少女だった。これが普段なら、とっくに見とれて惚けている頃だろう。
しかしそんな少女の姿も、今の自分にはまるで夜の暗さを纏った魔女のように映った。そして確信する。少女は自分の知った顔ではない、あの男の仲間だろう。間違いなく追跡者であった。
「ふ〜ん、貴方がそうなんだ。確かにそれっぽい気配は感じるわね。」
少女が自分を観察するかのように見回した挙げ句、一言そう言った。なにか値踏みされているようでひどく苛立ったが、今の自分にはそれを口に出す余裕はない。彼女の腰に下がっている曲刀が、無言の圧力を発していた。
「・・・・・僕を」
「?」
「僕をどうするつもりなんだ!」
思わず少女に向かって問いただした。最も返答はわかっている。自分を殺すのだろう、当然だ。あんなものを見てしまったんだ、きっと殺される。
―そう、あんなものさえ見なければ・・・・・
時は半日ほど遡る。
いつも通りの朝、焼けた鉄の匂いと蒸気で蒸した空気、打ち合せられる金属音で目を覚ます。
―父さん、もう工房に上がっているんだ
うちの家系は代々鍛冶屋を営んでいる。昔は王家に仕えた優秀な鍛冶師も居たそうだが、今は下町で小さな工房を抱えて暮らしている。最も、父の腕は腕利きが集まるこの工業都市「フィスタル」の職人のなかでも超一流で、依頼には事欠かない。時には貴族や国からも来る位だ。
まだ少し眠い目をこすり、着替えて顔を洗い、一階の工房にいる父に朝の挨拶をする。
「おはよう、父さん」
「おう、おはようゼオン!ずいぶんと早ぇじゃねぇか」
まだ日が昇る少し前、朝起きだすには少々早い時間だが、工房で作業をする音や蒸気によって起きることはよくあった。
「そんなことないよ。二度寝しなかっただけさ。」
「なんでぇ、だったらいつもそうしろってんだ」
「はははっ、努力するよ。」
「まったく・・・・そうだ、母さん起こしてきてくれ。」
「母さんを?なに、また納期に間に合いそうもないの?」
母さんは父さんと同じ鍛冶師だ。元は貴族のお嬢様だったらしいが、非常にお転婆で「女でも仕事はできる」といって家を飛び出し、ある鍛冶師に弟子入りしたらしい。そこで一緒に修行していた父さんと知り合い、お互い一人前になったのを機に結婚したそうだ。その腕は父さんと並び立ち、夫婦そろって名を馳せている。
「てやんでぇ、んなことあるかい!・・・・ただちょ〜っと手を借りたいだけよ。」
「・・・・やっぱりキツいんじゃん。」
「うるせぇ。それと母さん起こしたらな、おめぇちょっと〔緑の坑道〕まで行って〔緑晶石〕採ってきてくんねぇか?この調子だと足りそうにねぇんだ。」
「わかったよ、緑晶石だね。」
「わりぃな、いくときゃ気ぃ付けてな。」
母さんを起こした後、そのまま〔緑の坑道〕まで行った。〔緑の坑道〕はフィスタルの郊外にある五つの坑道の一つ。森の中にあり、最も頻繁に使われる鉱石〔緑晶石〕がよく採れる。鉱石の埋まるこの土地に木々が生い茂るのは、ひとえにマナの豊富さの賜物らしい。
坑道に潜り、ひとしきり採掘を終わらせて家に帰ろうと思ったその時だった。
キィン、キィン
「ん?」
金属をかち合わせるような音だった。遠くからだが、確かに聞こえる。
―野盗か何かかな?まいったなぁ・・・
〔緑の坑道〕付近に野盗が出るなんて話は聞いてなかった。山の中腹にある〔赤の坑道〕や、離れ島にある〔青の坑道〕に行くのなら、山賊、海賊対策に護身用の武器を持っていくのだが、まさかここにその手の輩が巣食っているとは思いもできず、生憎今は丸腰だった。
―音は遠くからだったし、反対側に向かっていけばいい・・・
そう思った。それが最良の策だ。そして帰って自警団にでも報告すればいい。普通ならだれでもそうするだろう。しかし・・・
―何だろう・・・・この感覚・・・・・僕を、呼んでいる?
気が付いた時には、音のする方角へ走り出していた。
「・・・まったく、つくづく厄介なことだ。」
男は驚いていた。
予想していなかった訳ではない、所詮どの世界にあってもエターナルは歪みにすぎない。そして歪みは歪みを呼び込む、〔混沌〕である自分がこの世界にいる以上〔秩序〕側の介入があるのは十分に予測しえた。
しかしまさか〔秩序〕側のエターナルが、この世界に同時に干渉し、そして同じ場所に現れるとは、誰に予想しえたであろうか。
向こうにしても予想外だったらしいが、双方状態が整わないまま必然として戦闘になってしまった。2、3度剣を交えて、両者間合いをとる。
「ちっ、まさかもう嗅ぎつけていやがったのか?相変わらず鼻の利く野郎どもだ。だが、いい獲物が見つかった!」
両手に得物であるカタールを携え、相手の男は姿勢を低く保ち、いつでも踏み込める体勢をとっている。左足を大きく後ろに下げ、地を這うような独特の体勢であるが、それとは逆に隙はまったく感じられない。長い経験から培われた、鍛練の成果なのだろう。現に出会い頭にあの体勢から繰り出された一撃は相当な鋭さがあった。しかし・・・
―正面からやりあっても、負ける算段は立たんな。
男は冷静に判断した上で、自分の中でそう結論づけた。そして自分の得物である、一本の直刀を構えて詠唱を始めた。
「永遠神剣第三位『濁流』の主、オキタが命ず・・・」
―この間合いで神剣魔法だと?戦いのイロハもわかんねぇのか
まったくその通りである。1対1の戦闘において神剣魔法の詠唱は致命的な隙となる。一息で踏み込める間合いで神剣魔法を唱えるなど、正気の沙汰ではない。
「その首もらったぁぁぁぁ!!」
ダンッ
右足に渾身の力を込め、左足を引き戻し全身のバネを利用して踏み込む。その瞬間にはもうその姿はかき消え、寸分の狂いもなく刃は首を捕らえる。神速の妙技とは、こういうものを示すのだろう。
いくつもの命を奪ってきた凶刃は、目の前の男の首を捉え、確実にその命を刈り取る・・・・ハズであった。だが、
ギシィィ
「な、なんだと!」
その刃は首を切ることもなく、寸でのところで止まっていた。よく見るとそこには、いつの間に展開されていたのか青い輝きを放つオーラフォトンのシールドがあった。
「水流よ、その荒巻く姿を我が前に示し・・・・」
オキタは何事もなかったかのように詠唱を続ける。
「クソッ!」
男は一旦距離を離すために飛び退くが、そのときオキタは既に詠唱を終えていた。
「彼の者を打ち据えよ、ハイドロ・プレッシャー!」
詠唱を終えたオキタが剣を振りかざすと、幾重にも重なった水の柱が巨大なうねりとなって男に襲いかかる。回避は不可能と見てありったけの力を防御に回そうとしたが、それも間に合わなかった。
「ぐおぁぁぁぁぁ!」
シールドを展開しきれずに受けた神剣魔法。いかにエターナルといえど耐え切れるはずがなく、周囲の木々を薙ぎ倒しながら男は遥か後方まで吹き飛ばされた。
「ぐぅ・・・」
幾度か地に叩き付けられた後、男は何とか立ち上がろうとする。しかし
ドスッ
「・・かはっ」
既に追いすがっていたオキタの直刀が、男の腹部を深々と貫いていた。
「く、くくく・・・・」
「何がおかしい?」
死に体の身である男の口からは、なぜか笑みがこぼれていた。
「お前・・・・とんだ・・バカだな・・・あ?」
「なんだと?」
「もうすぐ・・・奴らがここを・・・嗅ぎ付ける・・・〔八剣衆〕だ・・貴様では・・・・くく・・どうにも・・なるまい・・俺を・・・・殺した・・・ばかりに・・・なぁ・・・くくくく」
「・・まさか貴様は?」
「そうよ・・・俺ぁただの・・・呼び水に・・すぎねぇ・・・所詮・・・駒の一つ・・・よ・・・偉大なる・・・・帝の・・・な」
息も絶え絶えにそこまで言うと、男は事切れ、マナの霧となり還っていった。
「なるほど、奴らのやりそうな事だ」
つまり奴はこう命ぜられていたのだ「『濁流』の使い手以外に手を出すな」と
そうすれば、「奴が死んだ世界=『濁流』の使い手がいる世界」ということになる
―俺がアレを所有しているのを知っていたにしても、己の部下すら道具扱いにするとはな。それに奴らも行動を開始したか・・・・急がねばなるまい。
カサカサカサ
「ん?」
ふと思案にふけっていると、傍の茂みに人の気配があった。エターナルではない、恐らくはこの世界の住人だろう。この豊かなマナに包まれた世界で育ったには珍しく、魔力の類をまったく感じられなかったため、気付くのが遅れたのだ。
「誰だ?」
「!!」
問いかけた途端、隠れていた少年は猛然と走り出してしまった。
「見られたか・・・」
別にどうと言うこともあるまい。用がすぎれば立ち去る世界。その住人に見られることなど・・・
そこまで考えた瞬間、
キィン
澄んだ金属音のような音が頭に響き、それと共に鈍い頭痛が訪れる
「くっ、これは!」
『濁流』がこのように強制力を働かせることはまず無い。だとすれば・・・
「まさか・・・彼がそうだと!?」
自身の腰に下げた神剣『濁流』のほかにオキタは今もう一つ神剣を所持している。厳重に封印され、決して使うことはない。普段なら持ち歩きもせず、そもそも契約すらしていない。背中に背負った、サーベル状の一振りの神剣。
この神剣の主を探し出すこと
それこそが今のオキタの目的であった。この世界に居ることまでは掴んでいたが、それ以上は何も判っていなかった。
しかし今、背中に背負った神剣は確かに告げたのだ。
「あの、少年が・・・」
どこをどう走ったのか、まるで覚えていない。気が付いた時には家にたどり着いていた。その後、ゼオンは自分の部屋から一歩も外に出なかった。
「何なんだよ、あいつら・・・」
ゼオンは自室の隅で頭を抱えていた。カーテンを閉め切り、暗い部屋の中で一人震えていた。
あの後・・・
何かの違和感を覚え、音がした現場に向かっている最中だった。聞こえた金属音より遥かに大きな音と共に木々が薙ぎ倒されいくのが目に映り、そしてそれはこちら側に向かってきた
「うわぁぁぁぁ!」
咄嗟にしゃがみ込む。その脇を轟音と共に巨大な水流が走り、一拍遅れて人影が通り過ぎて行った。
―人?
その光景にあっけに取られつつも、人影が去った方向に足を進める。そしてその先で見てしまった。
男が一人、剣を持った人物に腹を貫かれている。剣を持っている方は、恐らくさっきの水流を起こした張本人だろう。自分は魔法に疎かったが、あんな現象が魔法以外にあるとは考えられない。
―魔法剣士?でもあんなに強力な魔法が出来るなんて・・・
一人で考えていると、事はさらに信じられない方向へ進んでいく。剣に貫かれていた男が、突如金色の粒子となって消えていったのだ。
―なんだって!!
鍛冶屋という手前、これまで様々な武器を見てきた。当然その中には魔化された物も多かったが、人を金色の粒子に変える魔法剣など見たことがないし、そんなものがあったとすれば、それは国家単位で極秘に造られた兵器ぐらいであろう。
そして、ゼオンはそれを目撃してしまった。国家の秘密に触れた者には、等しく極刑が待っている。こと魔化された武器の実験ならなおのことだ。
―早く、逃げないと!
しかし、既に相手には見つかっていた。
「誰だ?」
「!!」
剣を持った男に問いかけられた瞬間、一目散に走りだしていた。
その日の晩、ゼオンは父親に呼ばれた。なんでも自分を尋ねてきた客が家に訪れたらしい。
「自分を尋ねてきた」という時点で全身の血の気が引いた。
「・・・どんな人?」
父に聞いてみる、すると
「あ〜なんだ、黒い変わった服着ててよ、遮光眼鏡した男だよ。この辺じゃあ見ねぇ顔だけどゼオン、お前ぇの知り合いか?」
一瞬しか見えなかったけど、特徴は一致する。間違いない、あの男だ。あの武器の目撃者である自分を消しに来たんだ。
「・・・・帰ってもらって。」
「馬鹿野郎、客を追い返すなんて出来るかい!商売人が客を蔑ろにしてどうすんだ!ほら、さっさと降りて来い。」
言うが早いか、父はゼオンを無理やり引きずり出した。
一階の工房横の応接間に入って、戦慄した。
中に居たのは、間違いなくあの男だった。あの森の中で人間とは思えない戦いを繰り広げ、そして人間一人を金色の粒子にして消し去った、あの男だった。
「やあ、こんばんは。」
男はまるで何事もなかったかの様に挨拶をした。しかしゼオンにとっては、その一言が死刑宣告のようにしか聞こえなかった
「・・・・うわぁぁぁぁぁ!」
バタンッ
乱暴に扉を開け、ゼオンは逃げ出した。どこに逃げるのかも判らない。ただがむしゃらに走って逃げた。
そして時はまた戻る
ゼオンの問いかけに、少女は不思議そうに首を傾げて言った
「う〜ん。君が何を考えてるのか分かんないけど、別にどうするつもりもないよ?」
「・・・へ?」
予想だにしていなかった返答に、ゼオンは面食らってしまう。
―なんだ、この娘は?ひょっとしてあの男とは関係ないのか?
そうだとしたら自分はとんだ馬鹿だったに違いない。安心して胸を撫で下ろそうとしたその時、ふと疑問を感じた
「君はどうして、僕を追いかけてきたんだい?」
目の前の少女は、自分の知らない人物だ。追いかけられる理由など何一つとしてない。それにどうやって追いついた?足には自信がある。汗一つかかないでどうやって・・・・
混乱する頭で色々と考えているとき、先ほどの問いかけに彼女が答えてきた
「ユイの方は用事ないんだけど、お父さんが捕まえてっていったから」
ゼオンは再び戦慄した
―なんだって?今なんて言った?
彼女は用事がない、お父さん、捕まえる、全ての単語が繋がると同時に、思考がクリアになっていく。
―つまり彼女の父親があの男で、あの男は僕の捕獲のために彼女という刺客を送った・・・
「今君が考えていることは、大筋で正解だろう。」
―!!
振り返るとそこにはあの男がいた。遮光眼鏡のあの男が。ここに来てゼオンの希望は完全に潰えた。
「月夜の駆け足の気分はどうだったかな?」
「最悪だよ、十五年の人生の中でもとびっきりに。」
男の皮肉に対して、ゼオンはにべもなく答える。もはや意に介する気分にもなれない。
「それは残念だったね。しかし生きていれば、そんな経験もいい思い出になる。」
「これから死ぬ人間に対して、よく言うよ。」
「なぜ君が死ぬ?」
「なんでとぼける?僕のことを殺しに来たんだろ?それくらい判るよ、そこまで子供じゃない。」
「なぜ私が君を殺す?」
「だって・・・あんたの持ってる国家機密を見てしまったから・・・」
「私がいつ君にそんなものを見せた?」
―なんなんだ、会話がかみ合っていない?
もしかして、自分は根本から思い違いをしているのではないだろうか?それともこの男、ただ口封じをするだけで、殺す気はないのだろうか?なら・・・
―毒食らわば皿まで。散々走らされた仕返しだ、聞けるだけ聞き出してやる!
「だってあんたの剣、とんでもない魔化のされ方だろ?人を金色の粒子にしてしまう魔法剣なんて、十五年鍛冶屋の息子として武器の勉強やってきたけど見たことも聞いたこともない。」
「お父さん、ひょっとして・・・」
「ああ、彼の疑問はそこだろう・・・なるほど、知らぬ者にはそう見えたか。」
男は近くにあった鉄片を手に取ると、突然自分の腕を傷つけた
「!!・・・ちょ、ちょっと一体」
何を、と言おうとしたとき、少女に口を押さえられた
「黙って・・・よく見てて。」
言われた通りに男の傷を眺める。始めこそ激しく出血していたが、やがて様子が変わってきた。
「・・・どう、なってる?」
男の腕から出血が止まり、仄かな金色の粒子が現れ始める。そしてその傷は瞬く間に塞がり、今は傷跡が残る程度になっていた。
「剣の・・・せいじゃないのか?」
「そうだ、これは我々のような存在の持つ特徴だ。」
「我々のような存在?」
「そう、我々は〔エターナル〕。人を捨て、上位神剣を持ち、無限の世界にて永遠の戦いに身を投じるもの」
「〔エターナル〕・・・・無限の世界・・・上位神剣・・・永遠の戦い・・・・・一体何だ、あんたたちは一体何なんだ!?」
もう訳が分からない。ゼオンは相手が人間以外の何者かであることが分かっただけで一杯になっていた。
「だから〔エターナル〕だって言ってるじゃない。ちゃんと話聞いてる?」
「僕が聞きたいのはそんなことじゃない!第一答えになってない!それにそんな奴が僕に何の用があるっていうんだ!」
「そうだな。そろそろ本題に入ろう。」
それを聞き、男が口を開いた。
「我々がここに来た理由はただ一つ。君に仲間になって貰うことだ。」
男が何を言ったのかが、一瞬理解できなかった。仲間になれというのはつまり・・
「僕にあんたらみたいな、〔エターナル〕ってやつになれっていうのか、嫌だねお断りだ!」
「君に拒否権は無い・・・・と言いたいところだが、どうやら君はまだ目覚めていない。だが、近いうち、君の力を借りることになる。」
「僕の・・・力?」
男に代わって、今度は少女が口を開く。
「そう、君にしか使えない力、君にしか使えない剣・・・・『天冥』が、覚醒するの。」
「『天冥』・・・『天冥』だって・・・・」
初めて聞くはずのその名が、ゼオンには何故か懐かしく感じられた。