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・・・イースペリア・第一部隊の館・・・

 聖矢が捕らえられてから既に3日の時が過ぎ去ろうかという頃
 リア、アルフィアはと言うと・・・。

	コンコン・・・。

 「・・・」
 
 お盆に食事を載せたアルフィアがリアの部屋の前で戸を叩くも返事は無い

	カチャ・・・。

 アルフィアは、申し訳無さそうに扉を開け、中の様子を窺う。
 その視線の先にはベットに入り、上半身を起こし呆然と窓の外を見つめるリアの姿があった。

 「・・・」

 アルフィアは、一度目を閉じ意を決すると
 満面の笑みと共にリアの部屋へと入る。
 そして、リアの目の前に食事を置き
 傍らの椅子に腰掛けた。
 聖矢との戦闘の後、館に連れ帰り眠りから覚めてからずっとこの調子だ。
 リアは、何をするでも無くただ無感情な瞳で外を見つめ続けていた。

 「・・・私のせい、です」

 そして時折口を開くもののその口からは後悔の言葉以外出てこなかった。
 
 「セイア様を・・・助ける事が・・・できな、かった」

 自分の犯した罪を再確認し、自分をより深い闇に蹴落とす様に
 悔しそうに悲しげにリアは、壊れたラジオの様にずっと呟いていた。

 「(ふるふる)」

 それに対してアルフィアは首を振ることで
 リアのせいでは無いと表現する。

 「・・・わたしの・・・せい・・・です」

 シーツを握り締め、下唇を噛み締める。
 私が、本来のスタイルで戦っていればもっと早くセイア様との戦いを終わらせる事が出来た。
 接近戦をするにも、ファイアエンチャントを発動していれば・・・。
 距離をとり確実に神剣魔法で攻撃していれば・・・
 私の実力ならセイア様の戦闘力を無力化する手はいくらでもあったはずだ。
 なぜそうしなかった!
 なぜ!なぜ!
 ・・・本当は分っているんですよ。
 私がそうしなかったのは、純粋にセイア様との戦闘を楽しんでいたと言うことに・・・。
 セイア様から繰り出される創造性にとんだ技の数々に・・・
 ファイアボルトを避けて見せた動きに・・・
 セイア様の動きに合わせ切り結ぶ様な舞踏を私は楽しんでいたんだ・・・。
 ずっとこうしていたいと思った・・・馬鹿が。
 自分の使命を忘れ、我欲に溺れるからこの様なことになる・・・馬鹿者、が。

 「ぅ・・・ぅぅ」

 つい数日前にはすぐ傍にあった楽しい一時が自分の愚かな選択、行動のせいで
 まるで夢だったかの如く消え去った現実にリアは涙を禁じえなかった。
  
 	サラサラ・・・。

 細い肩を揺らし涙を流すことさえ我慢する少女に傍らに佇む友は
 精一杯の願いを込めて紙に記してゆく。
 
 「(セイア様は、きっと助け出します。約束します)」   
 
 リアの手へと手渡し両手で優しく包み込み握らせる。
 アルフィアの握る手も小さく震えていた。
 毎日満足に食事も取らずにただ涙を流し続け、自分一人で大事な人を
 助けられなかった罪を背負う少女に一人では無いことをどうにか伝える為に・・・。

	ガン! ガガン!!

 その時階下から玄関の扉をノックする音が聞える。

 「・・・」

 	ギュッ!

 アルフィアは階下に赴く前に一度リアを優しく抱きしめてやる。
 こうする事で少しでも少女の心の慰めになる様に。

 「・・・セイ・・・ア・・・さ、ま・・・ごめん・・・な、さい」

 だが、リアはまるで自分が抱かれているのが分らないかの様に
 外を見つめたまま、囁く様に謝罪を口にする。
 誰の目にも明らかだった。
 最早彼女の心の崩壊が近いことを・・・時間の問題である事、を・・・。

	ガチャ・・・。

 「・・・」

 イースペリア最強と呼ばれた少女の見る影の無い姿をそれ以上見る事が出来なかったのだろう
 アルフィアは、静かに扉を閉め、扉にもたれ掛かると口を押さえ涙を流した。
 ・・・・・・・・・。
 ・・・・・・。
 ・・・。

 しばらくして階下に下りたアルフィアは静かに玄関を開く。
 すると、そこにはライオネル、セリーヌ、サイネリアが静かに佇んでいた。

 「・・・リアは?」

 サイネリアが開口一番、愛娘の様子を聞く。
 それに対してアルフィアは疲れた顔で俯きながらただ首を横に振る。

 「・・・そう」
 「・・・くそっ!」

	ダン!?

 セリーヌはアルフィアの様子に悲しげな表情を浮かべ。
 ライオネルは悔しさに打ち震える拳を壁に叩きつける。

 「・・・来訪者(エトランジェ)殿についてだが」

 皆が押し黙る中、再びサイネリアが口を開いた。
 サイネリアの口から漏れた一言に素早く反応し、顔を上げるアルフィア。
 その顔にはある種の希望めいた色が窺える。

 「・・・すまない・・・」

 だが、次いで紡がれた謝罪にその表情は再び暗くなる。

 「全力で探してはいるのだが・・・見つからない。
  噂すら・・・聞か無、い・・・すまない」

 本当に申し訳無さそうに、焼き鏝を押し付けられる様な辛辣な顔で
 ゆっくりと折れてしまうのではと言うぐらい頭を下げるサイネリア。
 それを見たアルフィアは、慌てた様子で肩に手をやり
 優しくサイネリアの腕を取り顔を上げる様に促す。

 「・・・(ニコリ)」

 そして、顔を上げたサイネリアに微笑を浮かべて見せる。
 リアと同じくらい聖矢と同じ時間を過ごし
 リアと同じ位聖矢を心配し、リアのあの姿に誰よりも悲しんでいるのはアルフィアに他ならない。
 にも関わらず、心配を掛けまいと向けられるその笑顔を見るのはサイネリア達には酷だった。

 「・・・これ、リアさんに・・・見舞いのお花ですわ」
 
 もうこれ以上明らかに空元気だと分るアルフィアの笑顔を見ていられなかったのだろう
 セリーヌは泣きそうな声と共に持参した花束をアルフィアに渡し
 三人の部隊長は挨拶もそこそこにその場を後にする。
 ・・・・・・・・・。
 ・・・・・・。
 ・・・。

 「強いな・・・アルフィアは」
 「・・・ええ。本当、に」
 「でも・・・これ以上あの顔を見るのは・・・辛いです」

 第一部隊の館から数百メートル程歩いた所で
 皆は、口々に先ほどのやり取りを振り返る。

 「・・・見つけよう。それが、奴等にとっても我等にとっても最良の道だ」

 一度言葉を切り、スッと二人に向け【琥珀】を差し出し決意の篭る瞳を向けるサイネリア。

 「そう・・・ですわね。我等の長はリアさん以外おりませんもの」

	チャキ・・・。

 サイネリアの言葉に微笑みを浮かべながらも力強い瞳と共に頷きセリーヌは【時雨】を重ねる。

 「絶対・・・諦めない。絶対に・・・見つけてみせる」

	ジャキ・・・。

 爛々と輝く瞳を持って、力強く自分に皆に言い聞かせながら【灯火】を重ねるライオネル。

 「こうなれば、イースペリア全域全て探索するぞ!」
 「もちろんですわ!」
 「鼠一匹だって見逃すものですか!」
 「やるぞ!」
 「ええ!?」
 「はい!?」

 	ガキン!?

 激しく神剣同士を打ち鳴らすと
 サイネリア、ライオネル、セリーヌはそれぞれの中間達の下へと駆けて行く。
 思いは一つ・・・”友の為に”それ以外に言葉はいらなかった。理由はいらなかった。
 唯それだけで、全力を尽くすに足る理由があった。

††††
・・・イースペリア、地下牢獄・・・  投獄・・・三日目   ドゴッ!  「うご!」 バチッ!  「がっ!」  今日も一昨日、昨日と同じく総隊長と呼ばれる大男が見守る中  数人の兵士に鞭で全身を打ち据えられる。  数人の兵士に顔を殴られる。  数人の兵士が交互に俺の腹部へと棍棒を渾身の力でぶつけて来る。  全身に赤黒い筋が走り・・・。  顔は倍以上に腫上がり最早、目も上手く開けていられない。  呼吸をする度に全身の骨が軋み、痛みが走る・・・。     「すぅ・・・はぁ・・・。すぅ・・・はぁ・・・」  僅かに開いた口から風船から空気が抜けて行く様な音と共に  ゆっくりと呼吸を繰り返す。  最初の方は込み上げる血を、打撃と共に口の中が切れる度に溢れる血を  兵士やその後ろに居るクソ野郎に吐き捨てていたが、今日は一度もやっていない。  なぜかって?  これが俺が口に出来る唯一の水分だから・・・。  腹を打たれる度にせり上がって来る血も  裂傷と共に口の中に流れる血も・・・。  俺は、吐き出すのを我慢しあえて飲み込み・・・喉を潤す。  全ては・・・”生きる為”。    「はは・・・」  可笑しな話しだ。  世界で一番俺が殺してやりたいのは・・・”俺”自身だと言うのに・・・。  今は、無事かどうかも不確かなダチ・・・悠人が生きている事を信じて  いつ終わるとも知れぬ地獄の様な責め苦に耐えている。  俺は思わず自分のあまりの滑稽さに笑っちまった。  「何をヘラヘラと笑ってやがる!?」 ドゴッ!! ガシャン! ジャララ・・・!  ここ数日リフレインの様に全く同じ様に俺を痛めつけ  これも同じく明らかに弱ってきては居るものの全く応えた様子を見せない  ばかりか、笑いさえ浮かべて俺にキレたのか  一人の兵士が瓦十枚を割るような勢いで俺を殴り飛ばす。  その威力に鎖に縛り付けられ吊り下げられる鎖に身を任せすう回転する。  そして、同じように逆に数回転した所で誰かが俺の頭を掴みその回転を止める。  「・・・返事、は?」  これもいつもの繰り返し。  ある程度痛めつけた所で総隊長が俺に対して聞いてくる。  だから俺もいつもの様に返す。  「・・・く、そ・・・た・・・れ」  自嘲気味な笑みを浮かべ俺は、まだ光を失わぬ瞳で総隊長の瞳を睨み  言ってやった。  「ふん!」  いつもと変わらぬ俺の返事を聞いた総隊長は俺の頭を投げつける様に離すと踵を返す。    「総隊長殿今日はまだ、続けますか?」  「・・・この辺にしておけ・・・死なれては困るからな」  「へ、へい」  総隊長が苛立ち混じりに兵士達に告げると  皆は、手にする道具を下ろすと、出口の両脇に分かれる。 ドゴン!?    「・・・いい加減私の物になれ・・・それ以外に貴様が此処から出る手段は無いのだ!!」  幾ら俺を痛めつけても、俺を自分の”武器”とする。  という目標が全く進展しないとう現状に総隊長は石壁を殴り付け  不快感を露にする。  「・・・・・・」  その様子に俺は何も応えない。  いや、正確に言えば応える事が出来ない。  得意の悪態を吐く元気さえ沸かず。  そんな事に体力を使いたくなかった。  「ちぃ。帰るぞ!?」      自分の思い通りに行かないことで  兵士達に八つ当たり気味に語気を強める。  「は、はっ!」  「グズグズするな!   全くどいつもこいつも、ふざけおって」 ガシャン!?  イライラの収まらない総隊長は、鉄格子に蹴りを入れる。    「ひっ!」  「「す、すいません!?」」  その様子に両脇の兵士達は身を竦ませると  総隊長に腰を九十度に折るように頭を下げ  退出する総隊長に最敬礼を送る。  「・・・ちっ!」  「このクソ来訪者(エトランジェ)が・・・ぺっ!?」  総隊長が退出したのを確認した兵士達は、謂れの無い八つ当たりを受け  行き場の無い怒りを聖矢へと向ける。  ある者はツバを吐き捨て。  ある者は嫌悪を込めた瞳を向ける。  そうする事で何とか溜飲を下げる事が出来た兵士達は総隊長から時間にして数十秒遅れながら牢屋を後にする。    『また・・・暗くなっちまった』  総隊長、兵士達が居なくなると、ランプの火が遠ざかり消え。  再び、聖矢の視界は闇と異常な静けさが支配する。  闇とは本来安らぎの始まりだが。  今この時は、少なからず恐怖を掻き立てる。  目を閉じても闇。  目を開いても闇。  寝ても、覚めても闇。  上も下も分らない。  自分と言う存在が何時か闇に解け、消えてしまうのでは無いか・・・。  そんな考えが頭を過ぎるも直に全身を襲う痛みにその考えは四散する。   ガン!!  「・・・・・・!?」 ガン!!  「セ・・・ア・・・ま!!」 ガン!?  朦朧とする意識の外側で雑音が聞える。  金属を打ち鳴らす・・・音。  叫びにも似た声・・・。  遠く離れていた声が段々と近づいて来る。  い・・・や。  違、う。  俺の耳・・・が、意識が鮮明になって行く。 ガンガン!?  「セイア様!?」  「る、せぇ・・・。   ちゃ、ちゃんと・・・聞えて、る」  オリビアの叫び声と鉄格子を激しく揺する音に導かれ何とか俺の意識は覚醒する。  「セイア様!?   よ、よか・・・た。もしかしたらと思い・・・まし、た」  鉄格子を揺すり、名を呼ぶこと数分間  やっと返事が帰って来て、オリビアは安心したのかその場に崩れるように尻餅を着く  「・・・・・・」  どうやら俺の意識は飛んでいた様だ。  危なかった。  オリーブが俺を呼んでくれなかったら・・・。  「サンキュ・・・オリーブ」  俺はボソリと聞えるか聞えないかの声で囁く。    「ゴホッ! ゴホッ!!   え? せ、セイア様何か言いましたか?」  だが、俺のささやかな感謝の言葉をオリーブは  俺を呼び覚ます為に声を張り上げ続けた事で  苦しくなり咳き込んだ事で、聞き逃した。    「な、なんでもねぇ、よ」  俺は、もう一度言うのが面倒くさかったので  曖昧な返事を返した。  「そ、それより・・・また、何か話し・・・して、くれ。   い、今は、眠りたく・・・ねぇ」  「は、はい。それでは・・・今日は”ハイペリア”についての話を・・・」  オリビアは、一度言葉を切り、何を話すべきか思案すると  記憶の引き出しを一つ一つ開け、その中にしまわれた一つを取り出すと  聖矢に告げる。  「ハイ・・・ペリ、ア?」  「はい。ハイペリアです。   聞いた事ありませんか?   人が死ぬと行くことが出来ると言われる   竜の爪痕の向こうにあると言われる理想郷の事です」  「理想郷・・・天国のこと、か」  オリーブの口から漏れた理想郷という一言に俺は天国を連想した。  どこの世界も死ねば理想郷に行けるというは変わらないな。  言葉が違うだけで、その意味は全く同じ。  ただ、死の恐怖を少しでも和らげる為に、迷信を作る。  生きてる時はさして気にしないが、いざと死ぬとなると  死にそうな奴を見ると、皆が決まって口にするすごく陳腐で脈絡の無い言葉だ。  「テンゴク?   なんですか、それは?」  「あ、ああ。俺の世界では、人が死んだら・・・行く所は、二つあるん、だ。   ひとつ、は・・・善人だけが、行く事・・・が、でき、る・・・天国。   そ、そして、て・・・悪人、罪人が行くとされ、る・・・地獄。   俺の、世界・・・では、皆、地獄に行きたく無い、から・・・   み、みんな無理して、良い奴で・・・居ようとする・・・」     俺は、オリーブにも分るように簡単に説明してやる。  まあこの手の話しは、何処に行こうと大差は無いと思うが  加えて俺は、酷く客観的に説明していた。    「そうですか。   セイア様の世界にも、あるのですね・・・ハイペリア、が   私もセイア様の世界で生まれたら・・・行けたでしょうか?   ハイペリアへ」    俺の話を聞いたオリーブは、何処か悲しげにポツリと呟いた。    「どう、し・・・た。オリーブ?」  なんだ?  オリーブの奴いい年こいてまだ、天国があるとでも信じてるのか?  純粋無垢に天国という安らぎに満ちているであろう世界に憧れを抱く  オリーブの物言いにふと疑問の浮かんだ俺は、問い返す。  「私たちの世界では、ハイペリアへと行けるのは人間様だけです。   我々・・・妖精(スピリット)はマナの塵と帰った後   【再生】の剣へと戻り、新たな妖精(スピリット)として生まれてくる。   ですが、神剣に取り込まれた者の魂は死した後”バルガロアー”へと運ばれる・・・そう・・・伝えられています」  「バルガ・・・ロ、ア?」  また知らない単語が出てきた。  再び俺は問い返す。    「ハイペリアと対をなす、暗黒の世界です。   竜の爪痕の底に在るとされる世界です。   セイア様が語った”ジーゴク”と言う所見たいなところですか、ね?   そこは真の暗黒の世界・・・。   身を業火に焼かれ、血潮に染められ、例えどんな責め苦を受けようとも死ぬことが叶わぬ   永遠に続く煉獄の世界・・・そう聞かされています」  「・・・・・・」  オリビアの話を聞き、想像してみた。  それは、正に人が想像する最悪の世界。  だが、聖矢には府に落ちない事が一つあった。  ”妖精(スピリット)”だけが行く世界だ、と。  全ての者に平等に与えられる天国への願望を妖精(スピリット)は持つことさえ出来ない?  ふざけろよ・・・何だよそりゃ!?  真っ当に、正しく、自分の生を成し遂げた者が行くのが天国じゃ無いのかよ。  それじゃ、こいつ等は・・・生まれた時から死んだら絶対地獄に行くと聞かされて育ったのか?  それは・・・あんまり、だ・・・。  「くっ!」  柄にも無くオリーブに感情移入しちまった。  俺の目頭は熱くなり、涙腺が緩む。  涙を流すまいと我慢すればするほど、涙は後から後から込み上げて来た。  「ど、どうしました。セイア様!?」    突然俺が鼻を啜り始めたのを目ざとく・・・耳ざとくか?  いやどっちでも良いだろ!?  自分の妙な考えに突っ込みを入れる。  「な、なんでもねぇ!?   ま、また。鼻血が出ただけだ!   くそっ、ああ。くそ・・・止まらねぇ・・・ちく、しょ!?」      壁があるのがせめてもの幸いだ。  俺は、悪態を吐きながらしばらく”鼻血”を啜り続けた。  ・・・・・・・・・。  ・・・・・・。  ・・・。  「・・・行けるさ」  「え?」  しばらくして、セイア様は”鼻血”がようやく止まったのだろう。  私に向けて一言呟いた。  突然紡がれたその意味が分らず私は疑問符を浮かべた。  「天国・・・ハペリ・・・ア、だっけ?   行けるよ・・・”てめぇは”行けるさ」  「・・・あ、ありがとう・・・ございます。   気休めでも・・・うれし―――」  「気休めじゃねえ!?」   ビク!?  私がセイア様の心使いに感謝していると  とつぜんセイア様は烈火の如く叫んだ!?  私は、驚き肩を竦ませてしまった。    「行ける、てめぇは行ける!   絶対ぇだ! 絶対ぇぇ・・・行ける!?   俺が・・・俺が、保障してや、る。   だって、よ。・・・てめぇは、俺と違って・・・良い奴じゃねぇ、か」  ポツリ、ポツリと自分の語っている言葉を一つ一つ  確かめる様に、拙い言葉ながらも精一杯相手に伝えようと  語るその言葉は私の心に確かに響いた。  もし、こんな話を他の仲間や人様に語ったら一笑されていたかも知れない  だが、セイア様は、私の言葉を真摯に受け止め、精一杯の気持ちを込めて保障してくれた。  ハペリアに行ける根拠は全く無い、でも・・・その言葉は嬉しかった。  私がセイア様の言葉を唯の励ましやお世辞と同等の物だと考えていたのを叱りつけてまで  言ってくれた本気の言葉が・・・本当に・・・嬉しかった。  「・・・ありが、とう・・・ござい、ます」  頭を下げずにはいられなかった。  セイア様を軽んじた自分を恥、私の夢物語に本気で応えてくれたその心に感謝と  謝罪を込めて、床に頭を擦り付ける様に感謝した。  「・・・悪ぃ、つい熱くなっちまったな」  感謝の言葉は、俺には呆気に取られ仕方なく呟いた様に聞えた。  だから俺は一度深呼吸をし、昂ぶった気持ちを落ち着かせ、オリーブに詫びた。  「セイア様・・・」  「・・・なんだ?」  「・・・いえ、なんでもありません   少々疲れました・・・少し、眠ってもよろしいですか?」  オリビアは、聖矢に何かを伝えようとしたが、半ばで思いとどまり  言葉を飲み込んだ。  「・・・? ああ、お休み」  壁の向こうから、セイア様の就寝の言葉が聞えて来た。  私は、セイア様に自分の正体・・・イースペリアの敵国、ダーツィの妖精(スピリット)であることを告げ  あの森で会い対した事を伝えようとしたが、思いとどまる。  私は臆病だ。  壁の向こうに居るセイア様に全てを伝えれば、セイア様とのこの奇妙な友情関係が崩れてしまうと思った。  そう考えると・・・私は何も告げる事は出来なかった。  ・・・・・・・・・。  ・・・・・・。  ・・・。
††††
  ・・・イースペリア王都、南部・・・  空が茜色の染められる頃。  十二妖精部隊(ヴァルキリーズ)の面々は昨日から昼夜を問わず  王都内を駆け回っていた。  第二部隊は街の南、第三部隊は街の東、第四部隊は街の西・・・。  各地に点在する兵士達の詰め所や倉庫、馬小屋に至るまで聖矢の姿を捜し求めていた。   「ハァ、ハァ、ハァ・・・!?」  物陰で家屋の背を預けながら、疲れ果てた表情で大きく肩を揺らすライオネル。  『こ、これで・・・南部に点在する兵舎、倉庫。   総隊長の息の掛かかって居るであろう場所は全部回った』  内ポケットを漁り、一枚のメモを取り出すと  最後に残った探索箇所に斜線を引く。   「ライオネル!」   バサッ!  昨日から寝ずに探索を続けているにも関わらず、何の成果も挙がらない現状に  悔しさが込み上げる。  その時、上空から私の名を呼ぶ声が聞えた。  その声に振りかえると、私を見つけたカレンが翼を上空でたたみ、私の場所に振って来た。  「・・・あ」  地面に降り立つとカレンは、ふらりとバランスを崩し危うく転びそうになる。  「カレン・・・」    それを見た私は、思わず壁から身を離し、カレンを支えようと腕を伸ばそうとした。    「だ、大丈夫」  カレンは、私の行動を見て、軽く手を翳し制すると、疲れた顔に無理やり笑顔を浮かべ  心配ないとアピールする。  「・・・それで、どうだった?」   「・・・(ふる、ふる)」  伸ばした手を下ろし、カレンに成果の程を問いかける。  だが、彼女は無言で俯き、力なく左右に首を振った。  「・・・そう」  別に期待していた訳ではなかったが、此処まで探して噂の一つも聞かないと流石にこたえる。  もう体力も気力も限界に近い、年少のジーンに至っては既に昼間倒れている。  このままでは、リアが壊れる以前に私たちがダメになってしまいそうだ。  「一度・・・館に戻ろ?   サイネリアさんやセリーヌが何か糸口を見つけているかもしれないし」  「・・・え、ええ。・・・そう、ね」  私の提案に、カレンが沈んだ表情で同意した。  「・・・行きましょ」  億劫そうに壁から身を離すとライオネルは、カレンを促す様に歩き出した。  その時・・・。 どかっ!  「きゃっ!」  「ぁくっ!」  疲れの為良く周りを確認せずに道へと出た為に  誰かにぶつかってしまった。  軽くぶつかった程度だが、疲れたいた私はそれだけでふらつき転びそうになった。  「あ、危ない!?」  倒れそうになる私を見てぶつかった少女は、私の腕を取り  振り回す要領で私と立ち居地を入れ替えた。  その為、少女は私の替わりに地べたへと転がった。 がしっ・・・。  「ふぅ・・・大丈夫ですか?」  「は、はい。   大丈夫です・・・ありがとうございます」  立ち居地を入れ替えられた私は、後ろから別の方に抱きとめられた。    「だ、大丈夫? 怪我とかしてない?」  カレンが、道端に転がった少女の両刃刀を手渡し  服に付いた埃を叩き落しながら、優しく声を掛ける。  「あ、は、はい! ありがとうございます」  ニコリと笑みを浮かべ、少女は、カレンに礼を言った。  「ちゃんと周りを見なきゃ駄目でしょ。   すいません。妹がご迷惑をおかけして」  「い、いえ。それは、此方も同じです。   すみません」  私を受け止めてくれた方は、私がぶつかり此方に非があるにも関わらず  妹さんが迷惑を掛けたと謝罪してきた。  それを聞いた私は、両手を振り否定し目の前の麗人に謝罪した。  「あら? 貴方がたひょっとして、イースペリアの妖精(スピリット)ですか?」  「え・・・。は、はい。そうですが・・・貴方は?」    突然問いかけられ、顔を上げる。  どうやら、この方達も妖精(スピリット)の様だが  この様な方は隊でも訓練生でも見たことが無い、異国の妖精(スピリット)の様だが・・・。  「まあ。これは、名乗りもせずに申し訳ありません。   私は、レイチェル=グリーン・スピリット。   妹は、シャオメイ=レッド・スピリット。   デオドガン警備隊の者です」   「あ、シャオメイ・・・シャオと呼んでください」  レイチェルと名乗る緑妖精(グリーン・スピリット)は我々に名を明かすと  再び頭を下げた。  「これは、ご丁寧に。私は、十二妖精部隊(ヴァルキリーズ)第二部隊で隊長をしている   ライオネル=レッド・スピリットです。」  「同じく第二部隊のカレン。カレン=ブラック・スピリットよ。   よろしくね。シャオちゃん」  社交辞令的に自己紹介するライオネルとは対照的に  カレンは、シャオに手を振りながらウインクして、名乗った。  「丁度良かった。これからセイア様に出立の挨拶をしに行こうと思っていたんです。   よかったら―――」  「「セイア!!」」  レイチェルが微笑み混じりに語ったセイアの名に二人は、大声を挙げ飛びついた。  「あ、貴方!! い、今、セイ、ア・・・来訪者(エトランジェ)殿について何か知っているの!!」  ライオネルは、掴み掛かる様にレイチェルの襟を掴むと必死の形相で捲し立てた。  「ちょ、な、なんですか!!   おち、落ち着いてください!?」  「お姉ちゃん!!」  何の前触れも無く、姉を襲ったライオネルに仰天し、助けようとするシャオ。  「ライオネル!?   落ち着きなさい!!」  それを見たカレンが右手をライオネルの前に回し肩を掴み、レイチェルの襟を握り絞める手首を押さえ引き剥がす。  「シャオちゃん?」  苦しそうに咳きをし、腰を折るレイチェルを心配そうに見つめるシャオにカレンがライオネルを押さえたまま語りかける。  カレンの声を聞き、ビクつくシャオ。    「・・・驚かして、ごめん、ね。   謝るから・・・教えて? 来訪者(エトランジェ)様につい、て・・・教えて?   お願い・・・教えて・・・下さい」  ライオネルを落ち着かせ、腰を屈めシャオの目の高さに合わせる様にしゃがむと  その小さな肩に手を置き、懇願した。  シャオの肩に置かれる手は小さく振るえ、声は喜びや、悲しみが内混ぜになった様だった。  「・・・何か・・・事情があるようですね?   よろしければ、聞かせてもらえますか?」   落ち着きを取り戻したレイチェルがカレンにそっとハンカチを差出しながら  ライオネルへと視線を投げ、問いかける。  「・・・じつ、は―――」  二人は、聖矢が逃亡をはかり、その後発見した聖矢が総隊長に捕まった経緯を  掻い摘んで二人に説明した。  ・・・・・・・・・。  ・・・・・・。  ・・・。
††††
   ・・・第一部隊、館・・・   カン! カカン!!  『ぅ・・・ん・・・』  金具を打ち鳴らす音がリビングへと響く。    『あ・・・。私、いつの間に寝ていたのだろ?』  覚醒したばかりの頭を軽く振りながら、テーブルに突っ伏していた体を起こす。  疲れが溜まっていたのだろうか?  リアに元気がでる料理を作ってあげようと  レシピに目を通していたら、寝てしまっていた様だ。   カン! カン!  『う〜ん・・・。何が良いかな?   ここはやっぱりリアの好きな辛い料理の方が良いかな?   それとも薬膳料理の方が良いかな?   ぅ〜〜・・・迷うよ〜〜・・・』     少しでもリアの為にと迷えば迷うほど決められない。  アルフィアにはここぞと言う時の決断力が欠けていた。    「はぁ・・・」  『セイア様が居ればこんな事無かったのに・・・』  いけない・・・。  セイア様の事を考えると涙が出そうになる。  泣いちゃいけない。  今は、私しか居ないのだから・・・しっかりしなくちゃ。  笑っていなくちゃ。  私は、エプロンで顔を覆い涙の波が引くのをじっと我慢する。   カカン!! カカカカン!!!   さっきから玄関がうるさい。  もう・・・誰だろ、こんな時に・・・誰か代わりに出てくれないか・・・な?    「ぅううう!!」  い、いけない。  今はこの家に私しか居ないんだった。  私は自分の頭をポカポカと叩きながら大慌てて玄関へと駆け出す。 ガン!! ガガン!!?  もの凄く荒々しく玄関を叩く音が聞える。  怒っている。  両手を振りかざし、玄関を殴りつけるように叩くそのシルエットを見て  私は、生唾を飲み込んだ。 ガ、ガガチャ!!  私は扉を開けるや否や誰が来たのか確認する事もせずに  その場に三つ指を着いて頭を下げた。    「コ〜ラ〜、アルフィア!   何で直に出てくれないのよ〜!」  訪問者は、私が扉を開けるなり、涙声と共に叱り付けて来た。  それを聞き、私は、更に深々と頭を何度も下げた。  「私、無視されたと思って・・・えぐ!   外もう暗くて・・・えぐ! 怖かったんだよ!?」  そして、等々泣き出してしまった。  私は、とりあえず、落ち着かせようと目の前で泣く方を慰めようと顔を挙げた。  すると・・・。 ガタ!?  私は目の前に立つ方を見て驚きのあまり、腰を抜かしてしまった。  そこにいたのは・・・。  『ア、アア! アズマリア様!!』  そこに居たのは紛れも無く(泣く?)イースペリアの女王。アズマリア=セイラス=イースペリア  その人だった。  ・・・・・・・・・。  ・・・・・・。  ・・・。  女王の当然の来訪に驚きながらも泣く女王を何とか宥め  リビングへと通し、アルフィアは紅茶を出した。  「・・・まずい」    アルフィアの紅茶を一口飲み、開口一番素直な感想を口にする。  それを聞き、申し訳無さそうな顔で頭を下げる。  「でも・・・うん。許してあげる。   顔を上げてアルフィア」  紅茶を置き温和な笑顔でアルフィアに語りかえる。  普段民や家臣の前では決して見せぬ幼さを残す、本当に暖かな笑顔。  女王は、妖精(スピリット)達、それも  自分の信を置く十二妖精部隊(ヴァルキリーズ)の前でのみ  本当の自分になることが出来た。   サラサラ・・・。  「(突然来られて、どうかしたのですか?)」  女王の言葉を受け、アルフィアはメモ帳を取り出し、女王がなぜ此処に来たのかを聞いてみた。  アズマリアは良く家来の目を盗みお忍びで皆の館に遊びに来るがこの様な夜更けに訪れる事はまず無い  それを不思議に思ったのだ。  「あ、うん。実はね昨日、サイネリア達が私に何かを伝えに来たんだけど   私・・・ちょっと虫の居所が悪くて、ね。   その・・・皆の話を聞かないで・・・寝ちゃったの・・・」  アズマリアは、申し訳無さそうに俯きながらアルフィアの質問に答え始めた。    「それで・・・悪いなあと思って、皆がまた来たら謝ろうと思ってたんだけど・・・   夕方になっても全然来ないから・・・皆、怒ちゃったと思って・・・皆の所に謝りに行ったの   最初にサイネリアの家に行ったんだけど、灯りが点いてなくて、皆居なくて・・・ああ! どうしよう!!   て、思って他の家にも誰も居なくて、リアの家に行って誰も居なかったらどうしようと思って   私は、不安に押しつぶされそうになりながら来たんだけど!   そうしたら、灯りが点いてる。やった! 私は、逸る気持ちを抑えて扉をノックしたんだけど・・・   誰も出ない! これは、まさか・・・居留守!?   皆して話を聞かなかった私にすごく怒ってる!!   これは、直にでも謝らなきゃ! そう思って私は泣き出したいのを必死で耐えて   扉を叩いたら、よ〜〜・・・うやく! アルフィアが出てきてくれて、安堵した私は、思わず泣いてしまったのでした。まる」  アズマリアの語る此処に至るまでの経緯は、途中から半ば演劇となっていた。  コロコロと替わる表情は一国の女王とはとても思えない。  普段の家臣達や民が知らない、素の女王の姿がここあった。  身振り手振りを交え、早口で捲し立てたアズマリアは、テーブルに置いた紅茶を一口飲み  何かをやり遂げた、達成感を感じさせる健やかな顔をしていた。  「・・・・・・」  アズマリアの話しを聞き、キョトンとした顔で固まるアルフィア。  「と、言うわけで・・・ごめん、ね」  ぺろっと下を出しながら微笑み混じりに謝罪する。  「(ぷる、ぷる!!)」  アズマリアの謝罪ではっと現実に戻ってきたアルフィアは、勢い良く   頭を左右に振り、”とんでもない”とアピールする。  「わあ〜♪ ありがとうアルフィア!   許してくれるのね?」  アルフィアが首を振るのと同時に、アルフィアの首に飛び掛るとぎゅっと抱きしめる。  「うぅううう!!」  アズマリアに抱きつかれたアルフィアは、恥ずかしそうにあたふたしていた。  「ね、ね! それで、皆は? リアはどうしたの?」  女王であることからどうする事も出来ずに、視線を虚空に彷徨わせていると  アズマリアが無邪気な顔で、リアと皆について聞いてきた。  それを聞き、アルフィアの動きがピタリと止まり、表情が曇る。  「・・・アルフィア?」  アルフィアから身を離しアズマリアは不思議そうに覗きこんだ。  「・・・・・・」    一度顔を伏せ、アズマリアの腕を取り階段へと歩き始めた。  「ちょ! どうしたの、アルフィア!」  突然のアルフィアの行動が理解できず、問いただすも  アルフィアからは何の返事も返ってきません。  アルフィアは、私を何処かへ導くように手を引いてくれました。  「え? リアの・・・部屋?」  そして、アルフィアはリアの部屋の前で立ち止まりました。  私は、確認するようにアルフィアへと声を掛けると  アルフィアは肩越しに頷き、ドアノブをゆっくりと回し、入るように促します。    「リ、リア、居るの?」  薄暗い部屋。  ベッドの上に人間大の影があるのは分りますが、起きているかどうか判別できません。  私は、小声でリアへと声を掛けます。   ・・・でも、返事は返ってきません。  寝ているのかと思いながらも、アルフィアが案内したのだから何かあるのだろうと思い  私は、天井から下がるエーテルランプのスイッチへと手を伸ばしました。  「寝てたらごめんね、ちょっと灯り、点ける、ね」  一言ことわりを言って、私は部屋に灯りを灯しました。  実は、私灯りを点けた事を少し・・・後悔しました。  「っ!?」    灯りを点け、リアの姿を視界に捉えた私は、驚きに目を見開き絶句してしまいました。  そこには、まるで生気を感じさせない、人形のような人間味の欠片の無い・・・  変わり果てたリアの姿があったのです。  「こ、これ・・・は? あ、アル・・・フィ、ア」  自分の目に写る者が信じられず、半ば悪い夢でも見ているのではと思いました。  夢である事を信じる様に震える声で、今にも泣き出しそうな声で扉の前で静かに佇む  アルフィアへと視線を投げます。  「・・・(ふるふる)」  しかし、そんな私の僅かな疑問を打ち消す様に  アルフィアは、静かに両目を閉じ首を横に振りました。  「う、そ・・・。リ、ア?」  よろよろとよろめきながら、リアの傍らへと歩を進め  リアの顔を覗き込みます。      「リ・・・ア?」  声を掛け、そっと腕を握って挙げる。  でも、リアは何の反応も示さない。  そのあまりの反応の無さに本当は人形じゃ無いかと思ったぐらいです。  でも、握る手には確かに温もりがある。  耳を澄ませば、僅かに呼吸音が聞える。  唯一生きていると確認できる全てが・・・彼女が正真正銘のリアである事を物語っていたのです。  「リ、ア・・・。ぅ・・・ぅぁ。   うあああああ!!?」  私は、苦しいのでは無いかと言うぐらい抱きしめた。  痛いのでは無いかというぐらい、髪をクシャクシャにした。  うるさいのでは無いかというぐらい大声で・・・泣いた。  「どうしたのリア!!   どうしたの!? な、なにが・・・あった、の・・・」  リアの額にコツンと自分の顔を当て  涙声で問い正しましたが、なんの返事も返ってはきません。  それが、悲しくて・・・  抱きしめる温もりが切なくて・・・  壊れ行く彼女があまりにも愛しくて・・・また、涙が零れました。  「アルフィア・・・教えて下さい。何があったのです」  頬の涙の後をハンカチで拭うと私は  リアから身を離し、手をぎゅっと握ったまま  アルフィアへと声を掛けます。  民の女王として声を掛けました。  一人の女として声を掛けました。  皆の友として声を・・・掛けました。  ・・・・・・・・・。  ・・・・・・。  ・・・。  
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・・・イースペリア、第二館・・・  所変わって、此処はライオネル達第二部隊の面々が住むことが許されている  王城の敷地内に四方を囲むように設けられた四つある館の内東に設けられている第二館  今、此処ではデオドガンのレイチェル、シャオメイと偶然遭遇したライオネルが  第三、第四部隊の面々を集め、レイチェルから総隊長に捉えられた聖矢に繋がる  情報は内かとお互いの情報を交換していた。  「・・・なるほど。状況は分りました。   ですが・・・。申し訳ありません皆さんの知りたい   情報は持ち合わせていないのです」  レイチェルは、苦渋に満ちた顔で立ち上がり  居並ぶ皆に深々と頭を下げた。  「・・・そう・・・です、か・・・。   気にしないで下さい。こうなったのも元はアタイ等の責任・・・。   どうか、頭を上げてください」  アタイ・・・サイネリアは、レイチェルに歩み寄り  腕を取ると、彼女に頭を上げるよう促した。    「・・・本当にすいません。   まさか、セイアさんがそんな事になっているとは露知らず   私たちが妙な期待を持たせてしまい・・・すいません」    だが、レイチェルは顔を上げようとはせず  アタイの手を強く握り返すと、再び頭を下げた。  「全く進展しない現状に多くを期待したアタイ等に積があるだけの事・・・。   ・・・本当に気にしないで頂きたい」  私は腰を落とし、レイチェルの顔をのぞき込む。     「この度は、この様な所までご足労願い、誠にありがとうございました。   さあ、日も翳ってまいった。遅くならぬ内にお帰りください」      数度肩を叩き、顔を上げる様に促す。    「ライオネル、レイアナ城門まで送って差し上げろ」  顔を挙げ、居た堪れないと言った様子で唇を噛み締める  レイチェルから顔を逸らす。  「・・・はい」  「わかりました。はい、行くよ」  テーブルに座るライオネルとレイアナに命令すると  ライオネルは顔を伏せ、椅子を引いて元気の無い返事で立ち上がり  レイアナは、何時もどおり素っ気無く、レイチェルの隣に座る  シャオメイへと腕を伸ばし、その手を握り一足先に出口へと歩き出す。  「・・・さあ、レイチェルさん」  未だ動こうとしない、レイチェルの肩をライオネルが寄り添う様に抱き  出口へと引いてゆく。  レイチェルの顔には申し訳無いと言った陰りが用意に見て取れた。  「・・・あの!」  「・・・はい?」  「お、お姉ちゃん?」  扉の前でレイチェルが来るのをレイアナと共に待っていたシャオの元に  辿り着き、ライオネルが薄く笑みを浮かべながらドアへと手を伸ばした時だ  突然、レイチェルが振り向きアタイ等に声を掛けてきた。  「まだ何か?」  「・・・よろしければ、セイアさんについてお話しましょうか?   私共が知りえる事は極わずかかも知れませんが   責めて・・・セイアさんがなぜ脱走しようとしたかの理由だけでも    聞いて頂けませんか?」  「なっ! ま、まさか何か・・・知っているのかい!!」  レイチェルの口から飛び出した意外な言葉にアタイを始め、皆は一様に驚いた。  来訪者(エトランジェ)が逃亡した理由が分れば  もしかしたら、我等の対応に何処か非があったのかも知れない、それならば女王陛下に報告する事が出来る。  総隊長から来訪者(エトランジェ)を救出する大義名分が  得られるかもしれない・・・。    「頼む・・・是非・・・。   いや、その話しは・・・良い事か? それとも・・・」  アタイは、直にでもレイチェルの話を聞こうとしたが、思い留まり  言葉を切ると、確認を取る。  「な、何か?   それは、セイア様に非があるかどうかについてですか?」  予期せぬアタイの発言にレイチェルは少々、戸惑いの表情を浮かべている。  レイチェルの質問にアタイは頷き、肯定を示した。  「そうです、ね・・・。   私見を述べさせて頂ければ、確かに行き過ぎたところもありますが、これと言って目くじらを立てる程の   事は、無い・・・と言った感じでしょうか?」  レイチェルは、しばし思案すると来訪者(エトランジェ)の話を  思い出しながら、意見を述べた。  「そうか・・・そういう、事なら是非聞かせたい奴がいる。   すまないが、場所を移そう」  レイチェルの意見を聞き、アタイは、皆に移動するように  身振りで指示を飛ばす。  「はい・・・」  「了解・・・しました・・・」  緩慢な動作で立ち上がったフィオーネとラティオがテーブルに置かれた皆の食器をキッチンへと下げて行く。  セリーヌ、カレンは、テキパキと椅子を片付け、ハルナがテーブルの上を布巾で丁寧に拭く。    「あ、あの・・・何処へ?」  皆の統制の取れた動きにレイチェルが呆気にとられていると  その横からシャオメイが声を掛けてきた。  「・・・十二妖精部隊(ヴァルキリーズ)第一館。   来訪者(エトランジェ)の世話をしていた者達の住居だ」    アタイは、口元を吊り上げ、シャオメイの質問に答えてやった。   

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