・・・アキラィス・・・ 「ぅ・・・ぅん・・・」 お、重い。 胸の上になにかを押し付けられる感覚に苦しさを覚える。 寝苦しさに耐えかねた悠人は身を揺する。 「あ・・・。いけない、寝ていました」 すると、悠人の胸に額を押し付ける様に眠っていたエスペリアがずり落ちそうになり いつの間にか眠っていたエスペリアは目を覚ました。 「ぁ・・・エス、ペリア」 「はい。なんでしょう・・・え?」 薄っすらと目を開けた悠人が眠そうに目を擦るエスペリアを捕らえ、声を掛ける。 悠人に声を掛けられたエスペリアは、寝ぼけた頭で条件反射の様に返事を返し 名前を呼ばれた事にようやく気づき、悠人へと振り向く。 「お、おはよ」 片手を上げ、目覚めの挨拶をする悠人。 「ゆ、ユート様!?」 ガバッ!? 「わあ! ちょ、エスペリア! イタタタ!」 悠人が目覚めた事に喜んだエスペリアが思わず悠人に抱きつく。 すると、悠人は顔を赤くし照れる。 そして、全身を雷が走った様な激痛が襲った。 「あ。す、すいません。大丈夫ですか!」 悠人の様子に、エスペリアは身を離すと、深々と頭を下げた。 「だ、だいじょ〜〜・・・ぶ」 軋むからだと、襲い来る凄まじい”筋肉痛”を我慢しながら 無理やり笑顔を浮かべる悠人。 な、なんで。こんなに痛いんだ。 バイトでどんなに無理をしてもこんなになったことなかったのに ・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。 「本当に申し訳ありません」 【求め】を手に取り、力を引き出すことで何とか動けるようになった悠人は エスペリアに肩を借りながら、ベッドから起き上がる。 「あはは。大丈夫・・・俺の方こそごめん」 【求め】から力を借りてもまだ、幾分言うことを聞かないことで エスペリアに迷惑を掛けたと思い、悠人は謝った。 「そ、そんな、謝らないで下さい・・・! 私の方こそすいません。 御護りすると言った手前こんな無理をさせてしまって」 ガチャ・・・。 お互い遠慮がちに謝り合いながら、扉を開け外へと出る。 「・・・こ、これは。一体何が・・・あったんだ」 外へと出るなり視界に飛び込んで来た 荒れ果てたアキラィスの様子に絶句する。 街の中心部に隣接する家屋のほとんどが崩壊し 兵士達が所狭しと駆け回っていた。 「・・・覚えて・・・いないのですか?」 「え?」 エスペリアの意味深な言葉に、悠人は思わずエスペリアへと不思議そうな顔を浮かべた。 「ユート! もう大丈夫なのか?」 その時、【存在】を磨いていたアセリアが 悠人の姿を見つけ、【存在】を鞘へと戻し悠人の元へと飛んできた。 「アセリア。ああ、何とか」 アセリアの問いに悠人は苦笑しながら頭をかいた。 ぴと・・・。 「ん。あまり無理をするな。まだ、顔色が悪いぞ」 すると、アセリアは悠人の額に手を添え、無表情な顔のまま励ますような声を掛ける。 「あ、ありがとう。でも、大丈夫だから」 「そうか。ならいい」 悠人の大丈夫だと言う言葉に、アセリアは額から手をどける。 「アセリア。オルファを読んできてもらえますか?」 「ん。わかった。任せろ」 バサッ!? エスペリアのお願いにアセリアは頷くと、ウイングハイロゥを広げ オルファの元へと向かった。 ブオッ!! 「くっ!」 「きゃっ!」 アセリアが飛び立つとき巻き起こした風に、舞い上げられた土埃に 顔をしかめる二人。 「な、何もそんなに急がなくても」 「まったく。アセリアは、すいませんユート様。 後で良く言っておきますので」 「いいよ。そんなに目くじら立てる事でも無いし」 「は、はぁ・・・。ユート様がそう言うなら」 渋々と言った様子で、エスペリアはアセリアへの説教を断念する。 「それより。なんで、こんな事になってるんだ」 再び、周りの様子を見渡して悠人は、エスペリアへと問いかける。 「・・・」 「エスペリア?」 悠人の問いに俯くエスペリア。 「・・・この惨状は、私達と・・・ユート様が、起こしたものです」 言いよどみながらも悠人の訴える様な瞳を見たエスペリアは、あるがままの事実を伝えた。 「え・・・こ、これを・・・俺、が?」 ザッザッ・・・。 「ユート様・・・」 悠人はエスペリアの応えに目を見開き、肩を貸すエスペリアから離れ、体を引きずる様にして、小さな街を寸断する亀裂へと歩を進める。 『・・・・・・』 亀裂へと手をやり、考え込む悠人。 『覚えて・・・る。そうだ、俺は、あの赤妖精 と・・・』 亀裂に手をやりながら、目を閉じる悠人。 思い出されるのは、一人の赤妖精 と紡ぐ剣線。 お互いの攻防の余波によって、次々に崩れて行く街並み。 そして・・・。 『あの感覚・・・。なんだろう? 良く、思い出せない』 まるで頭に霞が掛かった様に、この亀裂を生んだであろう一撃の瞬間が良く思い出せない。 だが、今までに感じた事の無い、不思議な感覚を覚えた事は、何となく覚えていた。 「パパ〜〜♪」 ガラガラ・・・! その時、後ろから元気な声と共に、ガラガラと何かが向かってくる音が聞えた。 「オルファ? な、なんだ、あれ?」 オルファの声に振り返ると、そこには 荷馬車を引く馬の手綱を握るアセリアと後ろの荷馬車から身を乗り出し、笑顔で手を振るオルファの姿があった。 「パパ〜よかった〜〜♪ 元気になったんだ!!」 バッ!? アセリアが馬を止めると、オルファは荷から飛び降りると悠人にむかって飛び掛って来た。 「わ!」 どざっ! 「イ、テテテ」 オルファを受け止めると同時に、バランスを崩し、仰向けに倒れると地面に頭を打ってしまった。 「こらオルファ! ユート様はまだ本調子では、無いんですよ!!」 オルファの行動に、エスペリアはすぐさま叱り付ける。 「えへへ。ごめんね〜〜。パパ」 オルファは、すまなそうにしゃがみ込みながら悠人に謝る。 「俺より、オルファは何処も怪我とかしてない?」 頭をさすりながら悠人は起き上がると、逆にオルファに問いかける。 「うん。パパがうけとめてくれたから、大丈夫だよ」 悠人の問いかけにオルファは元気良く応える。 それを見た悠人は、オルファの頭へと手を伸ばし、優しく撫でてやる。 「・・・あ」 オルファを撫でながら、悠人は何かを思い出したように、声を挙げた。 「ん? どうかしたの、パパ?」 「え? あ、いや・・・なんでもないよ」 悠人の反応に首を傾げるオルファに、少し寂しげな笑顔を浮かべながら立ち上がる悠人。 「ユート様。オルファ。そろそろ行きましょう」 悠人が立ち上がるのを見て、エスペリアが二人に声を掛けて来る。 「うん、わかった〜〜♪」 エスペリアへと元気良く返事をし、手を振るオルファ。 『・・・先輩。今どうしてるかな? 俺・・・元気でやってるよ。 まだ、どうやって帰るか。いつ帰れるか分らないけど。 先輩や、今日子、光陰の居る世界に・・・俺の元の世界に佳織と帰れる様に頑張るから』 オルファを撫でていた時に、ふと思い出した懐かしい記憶。 事あるごとに、頭を撫でてくれた先輩・・・聖矢の事を思い出し、悠人は空を見上げ、遠い目をする。 「ね。パパ早くいこ!」 「あ、ああ」 そんな、悠人の手を握りアセリア、エスペリアの居る荷馬車の方に引っ張るオルファ。 「うん・・・帰ろう」 オルファに笑顔を浮かべ、歩き出す。 そして、悠人、オルファ、エスペリアが二台に乗り込んだ。 「アセリア。出発しましょう」 「ん」 パシッ! 最後に乗り込んだエスペリアが、手綱を握るアセリアに声を掛け アセリアが軽く手綱を振ると、馬はゆっくりと歩き始めた。 ・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。 しばらく進むと、心地よい揺れの為だろうか? オルファは寝転がり、エスペリアでさえ【献身】を握り絞め頭をゆらゆらさせていた。 「よいっしょ」 「・・・ん。どうしたユート?」 そんな中、暇になった悠人は運転席で手綱を握るアセリアの隣へと腰掛けた。 「あ、いや。ちょっと話そうかなって。ほら、アセリアとはまだそれほど話していないから」 「そうか・・・」 「・・・い、良い天気だな」 「・・・ん」 「ア、アセリアはその、何か趣味とかあるのか?」 「・・・特に無い」 「そ、そう・・・」 か、会話が続かない。 悠人は、何とか会話のキャッチボールを試みようと話しかけて見るものの アセリアからは、素っ気無い返事が返ってくるだけだった。 「・・・みんな、疲れてるのかな?」 「ん・・・そうだな」 悠人は、後ろで心地良さそうに寝息を立てるオルファと、エスペリアを見て ふとそんな事を言った。 すると・・・。 「オルファは、倒れた私や、エスペリア、ユートを一人で 背負って安全な場所までつれて行ってくれたからな」 「え?」 アセリアの口から飛び出た意外な事実に悠人は驚いた顔でアセリアを見た。 「エスペリアは、手当てもそこそこにユートの傍にずっといた 疲れているのは、当たり前だ」 「え?」 そ、そうだった・・・のか。 知らなかった。 俺、また迷惑掛けたのか・・・。 「・・・ユート」 「え、あ、何?」 始めて知らされた事実にユートは、呆然としていると 横からアセリアに声を掛けられた。 「・・・ん」 「ええ・・・と、何?」 そして、突然手に手綱を手渡される。 「手前に強く引いけば止まる」 「え、あ、うん」 「右側に引けば右に」 「左に引けば左に」 「真っ直ぐにするには、一度引いて緩める」 「は、はぁ・・・」 え、え・・・と。 右に行くときには右で 左に行くときは左に そして、真っ直ぐの時は一度止めて緩める。 良し・・・あれ? 「なあ、アセリアなんで俺に?」 突然馬の操り方を教え始めたアセリアに疑問を抱き 振り向くと、そこには息が掛かる位の距離にアセリアの顔があった。 「わあ!」 驚いた悠人は思わず身を反らしてしまった。 そして、その拍子に手綱を思いっきり引いてしまった。 「危ない。どおどお・・・気をつけろユート!」 悠人から手綱を取り上げ、馬をなだめるアセリア。 アセリアの冷静な対処のお陰で、馬は気を取り直し再び歩き始める。 「ご、ごめん。アセリア」 「・・・ん」 悠人の謝罪に短く返事をし、頷くと 再び悠人に手綱を渡す。 「こ、今度は気をつけるから」 「ん。がんばれ」 素っ気無いアセリアの態度に怒っているのかと思った悠人は 背筋を伸ばし、肩肘を張り馬の運転に集中する。 ・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。 「よっ。ほっ。はは! だいぶ慣れて来た。どうだアセリ・・・ア?」 初めての馬の運転に四苦八苦しながらもしばらくすると 悠人も慣れて来たらしく、思わず頬が綻ぶ。 そして、隣のアセリアに見せようと振り向くと 後ろの二人と同じく静かに寝むるアセリアの姿があった。 「・・・ユート・・・の・・・敵・・・たお、す・・・」 寝言で悠人の身をあんじてだろうか? ふとそんな言葉が零れた。 「・・・アセリア」 悠人はそんな少女の頭に感謝の意味を込めて手を伸ばす。 『あ、れ・・・濡れてる?』 アセリアの髪に触れると、その髪は僅かに湿り気を帯びていた。 髪だけなら風呂に入っただけだと思うのだが アセリアの着る服も少し湿気っていた。 「そういえば・・・地面が濡れてる。雨でも降ったのか? まさかアセリア・・・雨の中外にいたのか、なんで?」 「アセリアは私がユート様の傍に居るときずっと外で 見張りをしていてくれたのです。雨の中ずっと・・・」 「エスペリア・・・」 ずぶ濡れのアセリアを思い浮かべ なぜ、ずぶ濡れになるまで外に居たのか疑問に思っていると 後ろから目を覚ましたエスペリアがその疑問に答える。 「な、なんで・・・そんな事」 「私たちは、ユート様を守ると約束しました。だから・・・です」 エスペリアは悠人にニコリと笑顔を浮かべた。 「すみませんユート様。 少しの間寝ていた様です。 手綱を、ここからは私が替わります」 「だ、大丈夫だよ。これぐらい」 「いけません! ユート様はラキオスの大事な来訪者 様です。 どうぞ、後ろで休んで下さいませ」 「・・・分ったよ。よろしくエスペリア」 「はい」 渋る悠人から半ば強引に手綱を受け取り 悠人と入れ替わる様に前へと移る。 『皆・・・俺の為に・・・』 「むにゃ・・・パパ〜♪」 オルファの横に腰掛、皆が自分の為に無理をしている事を知り 自分の弱さに俯く。 すると、横から嬉しそうな寝言が聞えて来た。 「オルファ・・・」 自分を父と呼ぶ少女の頭を髪を梳くように撫でてやる。 『強くなろう・・・皆を守れるように 佳織を一日も早く助けられるように・・・強く』 此度の一戦で手に入れた【求め】という武器と 掛け替えの無い友を手に入れた悠人は誰にでも無く ただ強く心に決めるのだった。††††† ・・・イースペリア・王城・・・ 悠人がラキオスの帰路へと着くその時イースペリアでは・・・。 「女王様!!」 バン!! 重厚な扉が弾けんばかりの勢いでサイネリアを始めとする十二妖精部隊 の面々が駆け込んでくる。 だが、その中にリアとアルフィアの姿は見つからない。 皆は、眠るリアを館に送り届けたのち、後の世話をアルフィアに任せ事の一部始終を女王に報告しようと急ぎ駆けつけたのだ。 「来訪者 について報告が―――!?」 そこまで言ってサイネリアの言葉は切れる。 なぜなら、女王の傍らに何やら報告をしている総隊長の姿があったからだ。 「な、なんだ、貴様等、騒々しい!? 今は女王に大事な報告の最中だ、控えろ!!」 サイネリア達、妖精 の姿を目に留めた 総隊長は、半ば焦った様に捲し立てる。 「よい。総隊長。 それでどうしました、お前達?」 怒れる総隊長を宥めながら女王はサイネリア達に何事か尋ねる。 「は、はっ。 捕獲の任を言い渡されました、来訪者 についてなのですが・・・」 「・・・その事です、か。 今その事について、総隊長殿から報告を受けていたところです」 「なっ!?」 空いた口が塞がらないとは、正にこの事だった。 総隊長は、我等の次に取る行動さえ見越し、既に先手を打っていたのだ。 「お前たちで無ければ危険だと思い 一般の兵士たちには待機を言い渡していたのですが、急な事だったので巷の兵達には伝わっていなかったらしく でも、今回はそれが幸いしました」 「ええ・・・正に運が良かった」 サイネリア達にも総隊長から受けた報告を溜息を吐きながら語る女王。 そして、総隊長は女王が自分の言葉を信じているのを確信しニヤリと笑みを浮かべながら 相槌を打った。 「そ、その事なのですが、実は!!」 「ご安心なさい。来訪者 は、総隊長の配下の者たちが 見事取り押さえ、今から取調べを行うそうです」 女王に何かを告げようとするサイネリアの言葉を遮り 女王は微笑を浮かべた。 「ど、何処に居るのです!!」 女王の言葉を受けサイネリアは、女王の御前と言う事を忘れ 思わず大きな声を挙げた。 「貴様・・・女王の前だぞ! なんだその言い方は!!」 バキッ!! サイネリアの言葉を聞き総隊長は立ち上がると力任せに殴り飛ばす。 「あう!」 「サイネリアさん!」 「だ、大丈夫ですか?」 吹き飛ばされるサイネリアをライオネルとセリーヌが助け起こす。 そして、殴られた頬に手を当てながらサイネリアは総隊長を睨みつける。 「なんだ、その目はなんだ・・・貴様?」 ドゴッ!? 自分を睨みつけるサイネリアの顔面に踏みつける様に蹴りを入れる。 「うがっ!?」 「止めよ!?」 総隊長の少々行き過ぎる行動を真っ先に止めたのは女王だった。 椅子から立ち上がり総隊長に向け、大声を張り上げる。 他の者たちは、サイネリア達が殴り、蹴られているというのに全く無関心。 中には、ニヤニヤと遊戯を見るような感じで見ている者さえいた。 「これは失礼。 少々教育がなっていない様でしたので・・・出過ぎた真似をいたしました」 サイネリアを蹴りつけた靴と殴り飛ばした腕をハンカチで拭いながら女王に笑いかけ、謝罪する。 そして、そのハンカチを汚物を捨てるかの様に 地べたに転がるサイネリアへと投げつける。 「・・・それで、来訪者 は今何処に?」 「それは・・・申せません、な」 「・・・なぜ、だ」 肩を竦ませながら女王に対して報告する。 その態度にサイネリアを殴りつけた怒りもあるのか 少々睨む様な目つきで女王は確認を取る。 「奴は、脱走を企てた言わば・・・反逆者。 それも伝説に謳われる来訪者 ・・・。 好奇心旺盛な女王陛下の事だ、一目会いたいと言うのは明白です。 何分奴は恐ろしく凶暴です。我等の目を盗み会いに行って、亡き者されてはたまりません。 どうかご理解くださいませ」 怒気を孕む女王の視線を受け流しながら優しげな笑みと共に進言する。 「ぅ・・・む〜。分りました・・・その代わり、来訪者 については逐一報告するように」 ニヤリ・・・。 「ええ・・・もちろんでございます」 頭を下げ、女王から見えないように勝ち誇った様に笑う。 「それでは、私はこれで・・・ふっ」 総隊長は、立ち上がり去り際に見下ろすサイネリア達を鼻で笑い謁見の間を後にする。 バタン・・・。 「・・・女王様お話致したい事がございます」 総隊長がこの場を後にした事を確認したライオネルは サイネリアをセリーヌに任せるとスッと立ち上がる。 「すみません。私は少々疲れました・・・。 また別の機会にしてください」 「そ、そんな!お待ちください、女王様!!」 それを見たサイネリアは、肩を抱くセリーヌを跳ね飛ばす勢いで 立ち上がると退席しようとする女王に食って掛かる。 ガチン!? 「控えよ!女王陛下はお休みになる!?」 駆け出したのも束の間、衛兵達が手にする槍を十字に交差させそれ以上進む事を遮る。 「女王。どうかお願いします。五分・・・いえ!三分でも良いのです!?」 「・・・お前たちも今日はご苦労でした。休みなさい・・・」 サイネリア達の願いも虚しく女王は一度も振り返る事無く下がって行った。 「そ、そんな・・・女・・・王」 去り行く女王を見て兵士の槍を掴みうな垂れるサイネリア。 「来訪者 ・・・すまない。 リア・・・すま・・・ない」妖精 の話しを信じてくれるのは イースペリアでは、女王クリアのみ。 だが、その女王は既に総隊長より聖矢捕獲の報告を受けていた。 そればかりか、王女は心を乱されこれ以上この場に居ては、サイネリア達に 行き場の無い怒りをぶつけかねと思った女王はその心を隠し、この場を去る事にした。 その為、彼女たちは聖矢を救い出す唯一の望みを絶たれた。 それは、同時にリアの心の崩壊の危険を意味していた・・・。††††† ・・・イースペリア、地下牢獄・・・ 「ぅん・・・」 いつの間に眠っていたのだ私は・・・。 暗闇の中、私の意識は覚醒した。 だが、目を開けても視界には、目を閉じている時と同様に、暗闇が広がるだけ・・・。 ここは、イースペリアの捕虜や罪人が放り込まれる地下牢獄。 地上へと伸びる人が通るにはあまりにも小さな穴から空気は取り入れられているので 窒息することは無いが、光が届くことはない。 「今は何時だろう?」 目を開けても暗闇。 目を閉じても暗闇。 その為いつもならそれほど気にしない時間をこの時ばかりは気にした。 何故かと言うと・・・。 「アルフィア殿は・・・来訪者 様はどうなったのだろうか?」 私に食事を届けてくれたアルフィア殿としばらく談笑していると ”紅の瞳”が現れ突然来訪者 様が脱走したとの報告を受け 一目散に出て行ってしまった。 あれからどの位の時が流れたのだろう? 一日か? 数時間か? それとも・・・。 知りたい。どうなったのだ? 「ん?・・・光?」 私が来訪者 やアルフィア殿の安否について 思案していると牢獄の廊下に光が灯る。 光といってもそれは自然の光では無い。 ランプの、エーテルランプの揺らめく炎の光だ。 誰か来たのだろうか? ガチャガチャ・・・ガチン! 私は光に虫が吸い寄せられる様に牢屋の鉄格子へと体を寄せた。 すると、横目に兵士たちが隣の牢獄の鍵を開けている様子が垣間見えた。 「よし繋げ」 低く太い声が聞えた。 兵士達はその声に従い数人で何か”人間大のモノ”をゆっくりと牢屋の中へと運び入れる。 カチャ・・・カチャ・・・! ジャラララ!! しばらくすると壁の向うから鎖が地面や金属に擦れる音が木霊する。 ああ。なんだまた誰か罪人か、異国の妖精 が捕まったのか 私は、鉄格子近くの壁に寄りかかり膝を抱えると耳を塞いだ。 此処に来て何度か見た光景。 此処に来て何度も耳にして来た事。 捕まり吊るされた者に対して次に兵士達が取る行動は、尋問と称した拷問。 石で作られた地下牢獄は、静かでそして拷問を受ける者の悲鳴や打撃音を良く反響させる。 私は無駄と知りつつもそれを聞くまいと、目を閉じ両の耳を力一杯塞いだ。 「・・・?」 だが、いくら経っても今までの様に、拷問の音、悲鳴、罵声は聞えない。 私は、不思議に思い両の手の力を緩めた。 ・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。 「・・・ろ・・・い・・・か」 あ・・・れ? 何処だ? 俺・・・何してたんだっけ? 朦朧とする意識の中。 体を誰かに揺すられる感覚と誰かが横で俺に大声で声を掛ける。 そうだ・・・俺は、リアと戦って・・・俺は死んだのか? ここは、地獄・・・か? そうならどんなにありがたい事か・・・。 ああ・・・それにしても・・・眠い。 とにかく疲れてる。 良いからほっといてくれ・・・眠らせてくれ。 今は・・・とにかく、ねむ・・・い・・・。 ・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。 バチン!! 「ぐわっ!!」 体を揺すられるのも、耳に聞える嫌な声も止んだかと思い 再び俺の意識は眠りへと誘われようとしたその時 突然顔に激痛が走る。 俺の意識は底辺から無理やり引きずり出された。 「・・・なん、だ。てめぇ等?」 何度か瞬きをし、頭を振り顔上げると 目の前に見たことも無い男たちが四人居た。 「やっと目を覚ましたか」 「誰だ? 俺に何か―――」 バシッ!! 一人の大男が俺を見下ろしながら、溜息と共に声を掛けてきた。 何かムカツク。 男の顔を見て、ふとそう思った。 だから睨むような感じで見て、ちょい低めの声で語りかける。 だが、俺の声は半ばで横合いから何者かが何か固く細い物で殴りつけ遮れた。 「ぅぐ・・・べっ!!」 口の中が切れた。 口の中に鉄の味が広がり、俺は口の中でそれを集めると下に一気に吐き出す。 「何しやがんだ、ごらぁあああ!!」 ガシャン!! 俺は顔を上げるとすぐさま殴りつけた奴をぶっ飛ばそうとした。 だが、腕は何かに邪魔され踏み出そうとした足は地面を叩く事は無く、持ち上がらない。 そこで初めて俺は、自分が鎖で巻かれ、足は枷で固定され ミノムシの様に吊り下げられている事に気づいた。 「フフフ。何とも元気な奴よ。 これが先程まで死に掛けて居た者とは思えぬな」 大男は嬉しそうに口元を吊り上げる。 「おう、コラ。これはどういう事だ? ああ、ウドの大木!!」 「貴様、総隊長殿に向かって何という事を!!」 バキ! バキ!? 大男を鋭く睨みつけ、脅すように声を掛けると 何故か傍らの鞭を手にする男がキレて俺に殴りかかってきた。 何でも無い攻撃。 俺から見たら遅く。 フォームもなってない。 振り上げる拳の向こうに無防備に急所を晒している。 体を翻し拳を反らし、その顔面に『紅葉』、『銀杏』を合わせ振りぬけば 一瞬で意識を断ち切り、相手は血だるまだ。 だが、それは出来ない。 今の俺は鎖で縛られ動けない。 防御することさえ出来ず、俺はその”何でも無い拳”を防御することさえ出来ず食らってしまった。 「・・・ぺっ、ぶっ!? ・・・き、効かねぇな〜・・・」 我ながら見事な強がりだ。 全く無遠慮な拳に脳を左右に激しく揺さぶられ、正直効いた。 だが、それを認める事は俺の中で許されなかった。 だから、奴に向かって皮肉めいた笑みを浮かべてやった。 「こ、この!」 すると、案の定そいつは再び拳を固め振り上げる。 俺は、再び襲い来る強打に備え奥歯を噛み締めた。 すると・・・。 ガシッ!! 「まぁ・・・落ち着け」 大男は振り上げる拳を掴み静止するとそのままその男を後方に引きずり倒す。 そして俺に近づいて来る。 「来訪者 ・・・私の剣となれ」 「・・・ああ? 何言ってんだ、てめ?」 ニヤニヤと俺を見つめ大男は俺に”剣となれ”と言ってきた。 俺は意味が分らず、呆れながら聞きか返す。 「・・・貴様と妖精 共の戦闘を見せてもらった。 くっくっく。正に素晴らしいの一言だよ。 我が国の最高戦力の妖精 とあそこまで戦うとは ・・・それも素手で、だ! 全く持って素晴らしい!? 貴様こそ私が求めて止まなかった武器そのものだ。ハハハハ!!」 大男は俺の疑問には一切答えず。 頭を抱え笑い出した。 ああ・・・こいつ、馬鹿だ。底抜けの馬鹿だ。 頭のネジが一、二本飛んで出やがる。 確か、薬中の奴がこんな感じだったかな。 「・・・意味わかんね・・・とりあえず離せや、ボケナス」 これ以上と関わりたくないと思った俺は、目の前の馬鹿に告げる。 「そうか。では私の物になるのだな」 「い・や・だ」 俺に確認すようにニヤケ顔で鎖に手を掛けようとする馬鹿。 だが、そんな馬鹿に俺ははっきりと告げてやる。 「・・・それでは、離すわけにはいかない、な」 鎖に手を掛けようとした手がピタリと止まり 大男の声が少しトーンを落とし俺に掛けられる。 「それは、もっと嫌だ」 「では、私の物となるのだな」 念を押すように効いてくる馬鹿。 「い・や・だ。 俺は誰の物でも無ぇ、俺は俺だ。 他の何者でも無い、俺に命令できるのは、俺だけ。外せ」 こちらも目の前の馬鹿に再度言い聞かせる様に言ってやる。 すると、その馬鹿はぷるぷると震え出した。 「ふざけるな!!」 ガシッ!? 男が俺の髪を鷲づかみにして捻り上げる。 俺を睨みつける男の顔は、茹蛸の様に真っ赤になり明らかに 俺の態度に怒りを抱いているのがありありと伺い知れた。 「くくく。どうした、怒ったか? なら・・・殺せよ、俺を殺せ!!」 そんな中俺は、俺は頭がぶつかる位の距離まで大男に顔を突き出し、睨みつけ挑発する。 今だけでは無い、わざわざ相手を逆撫でする様に今までも挑発してやった。 全ては、”死ぬため”。 「くっ!」 だが、大男は俺の頭を乱暴に離すと身を翻す。 「ま、待てコラ!? 殺せよ、おい! 頼むから・・・おい!?」 それを見た俺は、予想外の男の行動に一瞬。 訳が分らなくなった。 焦った俺は、鎖に拘束されながらも暴れながら去り行く大男に懇願した。 「貴様は死ぬことは出来ん。我の物にならぬ限りここから出ることも出来ぬ。 貴様の運命は私の手の平の中、だ」 鉄格子の向こうで大男は俺にそう告げる。 「ふ、ふざけんな、殺せよ! 俺にムカついただろ? なあ、何とか言えよ!?」 俺の願いをあざ笑うかの様に大男は振り返る事無く来た道を戻ってゆく。 俺にとっては、死ぬことは出来ない・・・その一言が何よりも残酷な言葉だった。 もう・・・俺には何も無かったから。 やっと、やっと死ねると思った。 リアと戦って・・・やっと終われると思った。 なのになのに・・・。 「ああああ!? 離せ、離せこらーーー!!! 頼むから・・・死なせて、くれ」 泣いた。 どんなに努力しても死ぬことの出来ぬ現実に、涙が流れた。 ・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。 『来訪者 ・・・隣に居るのは来訪者 』 壁の向こうから聞えて来た一部始終を聞き 私は驚きを禁じえなかった。 ズキッ・・・。 「ぅっ!」 隣にあの来訪者 が居ると理解したその時 私の腹部に鈍い痛みが広がる。 既に完治しているにも関わらず、消えない。 それほど衝撃的な痛みが私の記憶に刷り込まれていた。 「・・・・・・」 「くそぉおおおおお!?」 ビクッ!? 壁の向こうから雄叫びが発せられる。 その声は、反響し牢獄全体に響き渡り。 あたかも獣のそれの様だった。 『ど、どうしましょう。 わ、私は・・・ど、どうすれば』 予期せぬ再会となり半ば混乱した。 その時・・・。 『え・・・泣いて、る?』 壁の向こう。 石壁を隔てた隣の牢屋からすすり泣く様な声が聞こえて来た。 それを聞いた私は、思わず声を掛けていた。 「あ、あの・・・大丈夫です、か?」 情けない。 私の声は、いささか震えていた。 「だ、誰だ!?」 突然予期せぬ声を掛けられ驚いたのだろう。 隣のあの方も驚いた様に、半ば叫ぶ様に私の声に答えてくれた。 「あ、あああの、わ、わ私は! オ、オリビア。オリビア=ブラック・スピリットです!!」 私はその場で立ち上がると、姿が見えぬのに間抜けにも壁に向かって敬礼をしていた。 そして、これが私と来訪者 セイア様と初めて言葉を交わした瞬間だった。††††† ・・・イースペリア、地下牢獄・・・ 投獄・・・二日目。 真っ暗な石造りの牢獄。 滴り落ちる雫が床の石畳に当たり音を立てる。 「(グゥ〜・・・。グゥ〜・・・)」 明らかに衛生的とは言えない場所に、豪快ないびきが響く。 カッカッ・・・。 ガシャ!? いびきが響く一部屋へと、二人の兵士が扉を乱暴に開き現れる。 「こいつは・・・一体どんな神経をしてるんだ・・・」 天井から下がる鎖に両手を縛られ、足には鉄球と共に足枷を付けられ 丁度部屋の真ん中で半裸になって吊るされ、いびきをたて眠る男を見た兵士が 半分呆れながら、呟いた。 バシッ!? 「おい、起きろ!?」 兵士が歩みより、鞭を取り出すと男の胸板へと振り下ろした。 「うがっ!? ・・・てぇ〜・・・」 小気味良い音を立て、大きなミミズ腫れが出来た男は、余りの痛みに目を覚ます。 「目が・・・覚めたか?」 痛みに顔を男の顎を鞭で上げ、睨みつけながら問いかける。 「・・・・・・」 男は、無言で何か嫌そうに目の前の兵士から顔を逸らす。 「おい、目が覚めたかと聞いてるんだ!?」 男の態度に兵士は怒りを露にして、男の頬に鞭をグリグリと押し付けながら 怒声を浴びせる。 「・・・くせぇ」 「あ?」 今まで黙っていた男の口からボソリと一言漏れる。 兵士は聞き取れなかったらしく、思わず聞き返した。 「口がくせぇ、つったんだよ! 肥溜めみてえな臭いだぜ。顔近づけんじゃねぇよ腐れチンカス野郎が!!」 吊るされる男は、目の前の男が喋る度にその口から臭う悪臭に怒り心頭と言った感じで 侮辱の篭った言葉と共に罵声を浴びせた。 「ふ、ふざけるな! この反逆者がぁあああ!?」 男の言葉に切れた兵士は、両の目を血走らせ、顔が真っ赤に紅潮するぐらい怒り 吊るされる男に、これでもかというぐらい無茶苦茶に鞭を振るう。 「ぁああああ!?」 バシッ!? バシッ!? バチッ!? バチバシバチーーーン!!! 怒りのままに、鞭を振るい続ける兵士。 「はぁ、はぁ、はぁ!!」 何十回と間を置かず振るい続け、流石に疲れた様子で 兵士は、両手を膝に置き、肩を大きく揺らす。 兵士の無慈悲な拷問を受け続けた男は、着ていたであろう衣服は既に ただぶら下がっているだけのボロ布へと成り下がり 胸、腹、下半身に至るまで至る所にミミズ腫れと共に、破けた皮膚から血が滴り落ちていた。 「・・・・うぐ・・・ぺっ!」 男は、小さく痙攣しながら何とか顔を上げると兵士の顔に向かって血痰を吐き捨て まるで、勝ち誇った様にニヤリと笑みを浮かべた。 「こ、この!!」 それを見た兵士に再び怒りがこみあがり、再び鞭を振り上げる。 「止めろ。死なれては元も子もないだろ!!」 吊るされる男を親の仇の様に睨みつけ、半ば殺気さえ放つ兵士を 後ろに佇む大男が静止する。 「へ、へい! 申し訳ありません・・・総隊長」 大男に咎められた兵士は、ビクつきながら、萎縮する。 「げぶ・・・ブッ!!」 総隊長と呼ばれた男が兵士を止めたのを見て 吊るされた男は、首を勢い良く横に振り、鼻から滴り落ちる血を吹き飛ばす。 カツカツ・・・。 「来訪者 よ。心は決まったか?」 総隊長は、靴を鳴らしながら、男へと近づくと上から見下ろしながら尋ねる。 「・・・腹減った」 「何?」 吊るされる男・・・聖矢から漏れた第一声は空腹を訴える言葉だった。 「それとタバコが吸い―――」 ドスン!? 訳の分らない事を喋りだした聖矢の腹部に丸太の様に太い腕がめり込み 体が突風に煽られた様に、後ろに大きく傾き振り子の様に元の場所へと戻ってゆく。 ガシッ!? 「私の配下となるかどうか聞いているのだ!? 貴様が腹を空かせて様が、どうでも良い!返事は!!」 聖矢の頭を鷲づかみにし、脳みそに直接響く様な大声で、再度確認する。 「あが・・・ぐっ、げほっ! ・・・わ、かった・・・言う、よ」 苦しそうに咳き込みながら、聖矢はか細い声で、質問に答える事を認める。 「そうか。それでは、私の物になるのだな?」 「しゃ、喋るのが・・・辛い。耳、貸せ」 腹部への一撃が相当利いたのか、聖矢は、声が上手く出ないらしく 総隊長に耳を近づける様に要求した。 「・・・ふん」 グイッ! 総隊長は、億劫そうに聖矢の髪を引きちぎる様な勢いで聖矢の頭を引き寄せ 自分の耳に近づける。 「ぐぅ・・・。クソ食らえ、だ」 「っ!? このバカがぁあああ!?」 バゴン!? バゴン!!? 聖矢の答えに激昂した総隊長は、聖矢の顔面を固く握り締めた拳で 左右に激しく殴り飛ばす。 聖矢の体はまるでピンボールの様に左右に揺られた。 「がぁ・・・おえ!! へっへへ。ゲホッ、ゲホッ! ・・・ガハハハハ!!!」 顔面を痣だらけにして、床に血溜りを作るような量の血を吐き 聖矢はさも可笑しそうに、悪戯が成功した子供の様に笑い出した。 「ぬ、ぬぅ〜・・・」 聖矢のその様子に、何処か恐ろしさを覚えた総隊長は、殴るのを止め マントを翻し、牢屋から出ようと踵を返す。 「おい、デカイの・・・」 総隊長が踵を返したと同時に、聖矢が呼び止める。 「・・・」 聖矢の声に一度立ち止まる。 だが、振り向くことはしない。 「覚えてろ、よ。ここ、を出たら。テメェの、顔・・・グシャグシャにして、やる、からよ。 フ、フフ・・・ゲホッゲホ!! フ・・・フハハハハ!!」 何が可笑しいのか聖矢は、総隊長に呟くと大口を開け高笑いした。 ゴクリ・・・。 「・・・貴様が此処をでるのは、私の剣となった時だけだ!!」 聖矢のその笑いに、物言いに総隊長は生唾を飲み込み 纏わり着くような恐怖を振り払うかのように叫ぶと、早足で牢屋を後にした。 そして、もう一人の兵士も聖矢の余りの恐ろしさに、総隊長の後を追うように牢屋を出て行った。 「ハハハ・・・ごばっ! ・・・ゴホッ! ・・・おぐぉ・・・!?」 高笑いを浮かべていた聖矢は、総隊長たちがこの場から消えると、同時に咳き込み再び吐血した。 ずずぅ〜〜!! 「はぐっ!? ゴホッ、ゴボッ!! ・・・ぐあ゛〜ぐぞ・・・っのやろ゛がぁ〜」 総隊長に殴られ、滴る鼻血を思いっきり吸い込むと、そのあまりの粘着質に 息がつまり、聖矢は苦しそうに咳き込む。 幸いにも骨には異常が無さそうだった。 『人が動けない事をいい事に無茶苦茶しやがって、絶対ぇゆるさねえぞ 此処を出たら・・・出たら』 奴はぶっ飛ばす。 この痛みを十万倍にして返す。 それは、変わらねぇが、その・・・後、は? 決まってる。 悠人を助けることだ。 悠人をさらった奴だと思った奴は、別の奴だった。 しかも、奴は自分と同じ奴は腐るほど居ると抜かしやがった。 だが、裏を返せば悠人を攫った奴は別に、居る。 そして、必ずこの世界の何処かに居るんだ。 俺が、まだ生きてるのは・・・。 悠人を助け出す為、だ。 大事な親友を助けもしないで、”死ぬな”て父さんと母さんが俺を生かしたんだ。 昨日一晩考え聖矢が出した答え、それは”生きる”事だった。 そして、生きる目的は一度は諦めかけた友を救い出すこと 何処に居るかも分らない。 無事で居るかも分らない。 だが、せめて自分の今までの生が少なからず意味のあった物とする為に 出した答えが、拾った命を友の為に使うという物だった。 「悠人・・・必ず、助ける、ぞ」 全く光の無い牢屋。その石畳を見つめ 弟の様な存在の悠人の無事を願う。 そして、脳裏に焼きついた悠人を連れ去る青い天使の姿を二度と忘れぬ様に何度も何度も反芻する。 そして、まだ見ぬその天使に憎しみを・・・殺意を・・・凝縮させてゆく。 『悠人がもし、死んでいたら・・・その時は・・・』この世界の息をし生きる者全て・・・全て根絶やしにしてやる 最悪の事態を思い浮かべて聖矢はその怒りをこの世界の者全てに向ける。 その感情は燃え上がる業火となり、聖矢の体に活力を漲らせてゆく。 拾った命故に、その使い道はただ一つ。 どうせ終わる命なら友さえ救う事のできぬ安い命なら惜しくは無い。 その安い命で、尊い友の命を奪ったこの世界の命、全てで清算する。 聖矢は固く、堅く、硬く心に刻み付けた。 「・・・か! ・・・イ・・・様! セイア様!?」 すると、横の壁の向こうから俺の名を呼ぶ声が聞こえて来た。 深い憎しみに囚われていた俺の心がその声に現実に呼び戻される。 「・・・大丈夫だ。・・・オリーブ」 俺は壁の向こうから掛けられる心配気な声に とりあえず安心させようと声を掛けた。 昨日知り合ったばかりで、顔も知らない声だけしか知らない奴だが とりあえず俺と同じくこのむさ苦しい場所に閉じ込められた仲間だ。 どんな奴かは知らないし、俺も知りたくない。 とりあえず、一人じゃ暇だし、話し相手になっている。 俺にとっては唯それだけの仲・・・。 ・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。 「よ、よかった。心配・・・しました」 私は、壁の向こうからようやく返事が帰って来た事に胸を撫で下ろした。 「奴等の拳なんざ、俺には蚊が刺した程にも感じねぇよ・・・ゲホ!ゲホッ!」 すると、セイア様は強がりと取れるのが明らかに分る言葉と共に 苦しそうに咳をした。 「セイア様!?」 それを聞いて再び私は、壁に向かって叫ぶ。 「るせぇ!! 大丈夫だって、言ってんだろが!? 大声出させんな、余計腹が減るだろが、ああ!! この馬鹿!!」 「す、すいません」 怒られてしまった。 私は、壁に向かってペコリと頭を下げ、セイア様に謝罪した。 「・・・・・・」 セイア様の忠告を受け、私は押し黙り何時もの様に膝を抱え壁に寄り掛かった。 「・・・おい! 急に黙るじゃねぇよ!! 静かだと空腹感が増すだろが、何か話せ」 「え、は、はい!そ、それでは、昔話でも・・・」 「なんでもいい、とっとと話せ」 「は、はい・・・」 黙れと言ったり、喋ろと言ったり・・・我侭な人だ。 でも、ありがたい。 此処は、一人で居るには余りにも寂しい。 声だけでも一人じゃ無いと思える事が 何よりもありがたい。 セイア様と最初に話した時、色々な事を話した。 互いに名を名乗りあい。 なぜ、捕まったのか どうして逃げたのか 色々と話した。 セイア様は私をオリーブと呼ぶ どうもセイア様は相手の名を捩るのが好きな様だ。 別に嫌いでは無い・・・むしろ嬉しい。 そんな風に呼んでくれた人は始めてだったから・・・とても新鮮だ。 「・・・以上です。私は結構好きな話しなのですが、どうですか・・・セイア様?」 セイア様に感想を聞こうと声を掛けるが返事は無い。 不思議に思い鉄格子に顔を近づけた。 「ぐぅ〜・・・ぐぅ〜・・・」 すると、隣から規則正しいいびきが聞こえて来た。 どうやら寝てしまった様だ。 「本当に・・・身勝手な人ですね」 私は苦笑を浮かべると、頭を壁に預ける。 「おやすみなさい・・・セイア様」 一言告げ、私も瞼を閉じた。 ・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。