・・・イースペリア城門前・・・ 聖矢とリアが対峙するより、少し遡り・・・。 「・・・アルフィア・・・もう大丈夫です」 「・・・」 下を見つめていたリアに、寄り添っていたアルフィアの耳に小さな声が届く。 アルフィアが尚も心配そうにリアを見つめていると・・・。 「・・・ありがとう」 リアは優しい微笑を小さく浮かべ、感謝した。 その笑顔を見たアルフィアもよほど心配していたのだろう、ようやく自分の心に 区切りを付ける事のできたリアの様子にホッとした様に笑顔で返した。 「アナタには何時も迷惑をかけます」 「(ブンブン)」 リアの口から飛び出した謝罪の言葉にアルフィアは勢い良く首を振ると 腕を取り、掌に文字を書いてゆく。 「(御気に・・・なさ、ら・・・ずに・・・)」 「・・・・・・」 その言葉を聞き口を真一文字に閉じると、にじみ出てくる涙を耐えるリア。 「・・・あり―――」 再び礼をしようとしたリアの口にアルフィアの細い人差し指が当てられ、その先の言葉を遮る。 呆気に取られた顔でアルフィアを見ると彼女は、リアに向けてただ微笑んでいた。 その微笑みは何処までも優しく、皆の前で醜態を晒した私を・・・。 イースペリアの一妖精 として失格である私の全てを 何でも無いことだと許してくれている様だった。 「アルフィアは・・・私は、アナタと言う友が居てくれて・・・。 アナタが友である事を・・・本当に嬉しく思います」 「・・・(コク)」 リアの言葉を聞き、アルフィアは微笑を絶やさぬまま小さく頷き リアを指差し、そして、リアを指し示したその腕を自分の胸の前まで持ってくる。 「(私も・・・アナタの友である事を嬉しく思います)」 それを見たリアはアルフィアに微笑を返すとスッと立ち上がった。 「・・・行きましょう。セイア様の・・・元へ」 立ち上がり眼下に広がる街を見下ろすリアの美しく、凛々しいその姿からは 先程までの小さく儚げな少女の姿は微塵も感じられない 「・・・」 その姿を見たアルフィアも立ち上がり、己の【慈愛】でヒュンと風を斬る様に回すと 地面へと突き立てる。 『セイア様・・・何処に居るのですか? ライオネル達は西。 セリーヌ達は東。 サイネリアさん達は南。 何処の部隊に合流しても、確率は五分五分・・・となれば・・・』 「アルフィア。私は、サイネリアさん達第一部隊を追います。 アナタは、ライオネル達をお願いします」 何気なく言ったリアの指示には、アルフィアに対しての信頼と、部隊編成を考慮に入れた深い思慮があった。 聖矢は、素手でダーツイの妖精 を退けた経緯がある。 そして、素手であることから接近戦である事が予想される。 そうなると、遠距離からの攻撃を主とする第二部隊となると、万が一という事が考えられる。 そこで、攻防に秀で回復もこなせるアルフィアを向かわせる事にしたのだ。 また、リアがサイネリア達に合流することを考えたのは、至極当然のこと サイネリア達は、聖矢と”戦闘に陥った場合第四部隊が当たる”と言った。 探し出す確率は五分五分だが、戦闘になった場合確実に聖矢に行き当たるのは、サイネリア達第四部隊と成る訳である。 「(コク)」 アルフィアもリアが全てを語らなくても自分の役割を承知しているのだろう。 何の迷いも無く肯定を返した。 アルフィアの前に居るのは紛れも無く、イースペリアの一振りの刃・・・。 大陸全土に名を馳せる四大妖精 の一人・・・。 ”紅の瞳”【紅蓮】のリア=レッド・スピリットその人だった。 「必ず、セイア様を連れ帰りましょう!?」 『会えなければ、セイア様は無事に私達の屋敷に帰られたと言うこと・・・。 それが、私の最も望む結果ですけど・・・』 リアの力強い合図と共に二人は、街へと風さえ置き去りにするのではないかと言う速さで駆け抜けてゆく。 未だに淡い期待を抱きながら・・・。††††† ・・・イースペリア王都・南部・・・ 「リア、どうしてここへ!!」 突然現れたリアに、それまでの涼しげな顔を怒りの形相に変えサイネリアは叫んだ。 「・・・セイア様の相手は私がやります・・・サイネリアさん」 「アタイ達に任せろと言ったはずだ!! お前では来訪者 とは・・・戦え、ない」 怒りの形相に見えたサイネリアの顔だがその顔は、悲しげに歪んでいた。 大切に思う者と死闘を繰り広げれば、心にどれ程の傷を負うか分らない。 サイネリアはリアに自分たちの様に神剣に心を奪われることを何よりも恐れ、悲しんでいた。 だが・・・。 「・・・サイネリアさん。お心遣い感謝します。 ですが、私は【紅蓮】のリア=レッドスピリット・・・イースペリアの副総隊長です。 皆の長として・・・セイア様と戦います」 そう言って力強い視線をサイネリアへと向けるリア。 『サイネリアさん。”汚れ役”などと言わないで下さい。 此度の一件は私の不始末・・・私が、私がやらなくては行けないのです』 「・・・邪魔・・・するな、リ・・・ア・・・」 サイネリアと押し問答をしていると、別の方向からしゃがれた声が掛けられる。 「セイア・・・様・・・」 声のした方に視線を向け、自らの知る聖矢の姿とは余りにもかけ離れたその姿に一瞬、リアの表情が揺らぐ。 「今・・・から、そいつを・・・ぶっ・・・殺す、ん、だ。退け」 そういって、殺気混じりに言い放つ聖矢の瞳は、異様な輝きを放っていた。 「・・・嫌です」 聖矢の凄まじい眼光に臆する事無く、粘りつく様な殺気を押しのけ凛とした口調で言い放つ。 「・・・・・・。 アルや・・・お前に、は・・・借り、が。ゲフッ!! ぐぅ・・・借りが、ある。 出来れ、ば、戦りたく、ねぇ・・・退け」 「・・・如何なる理由が在るか存じませぬが、サイネリアさんと戦いたいのでしたら 私を”一騎打ち”にて倒してからどうぞ・・・出来れば、ですが」 睨む聖矢の視線を真っ向から受け、逆に鋭い視線を返しながら聖矢を挑発するリア。 『セイア様・・・そんなに傷ついても尚戦おうと言うのですか?何の為に? なぜそれほどまでに、サイネリアさんを恨むのですか?』 聖矢を睨みながもリアの心の中は今尚揺らいでいた。 『・・・し、仕方無ぇ・・・よ、な。お前は・・・ダチじゃないもの、な・・・。 そいつの・・・仲間・・・だもん、な』 「いいぜ、来い、よ。闘ろう、ぜ! リア!?」 自分に言い聞かせるように、目を閉じ奥歯を噛み締めると、聖矢は擦れた声でリアへと了承を示し 構えを取った。 『知りたい。貴方の想いを・・・殺意の裏に隠れた戦う為の理由を・・・。だから―――』 「・・・参ります」 『闘り 合いましょう・・・』 「マナよ。【紅蓮】の主、リアが命じる。 雷となりて敵を貫け・・・ライトニングファイア!!!」 開戦の狼煙と言わんばかりに、リアが聖矢に向けて突き出した掌から赤い炎が 真っ直ぐに突き進んだ。 ズドオオオ!! 「くっ・・・ぐぉっ!?」 リアから放たれた炎を身を翻す事で何とかかわすが、聖矢の肩を僅かに掠める。 身を焼かれる痛みと劈くようなわき腹の痛みに苦悶の表情を浮かべる聖矢。 『くそ、がぁあああ』 意識を刈り取られそうな痛みを噛み締めた奥歯の奥に追いやり、聖矢はリアへと駆け出した。 ・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。††††† ・・・イースペリア王都西部・・・ 「アルフィア、あれを!!」 聖矢の姿を探し、街の中を駆け回っていたアルフィアと第二部隊の面々 その時、第二部隊の部隊長ライオネルがアルフィアの肩を掴むとある方向指差し叫ぶ。 『っ!? あれ、は、神剣魔法の光・・・リアの炎』 ガサガサ・・・。 「あそこは・・・街の南部。 デオドガンの大市が開かれていた場所です」緑妖精 のジーンが徐に取り出した地図を ランプの薄明かりを照らし場所を確認する。 「・・・行くのアルフィア? 辛い結末が待ってるかもしれないのよ?」 そして、カレンが心配そうにアルフィアに確認する。 「(コク)」 だが、アルフィアは少しも迷う事無く頷いて見せる。 「では、急ぎましょ」 「「了解」」 ライオネルの言葉に第二部隊の面々とアルフィアは力強く頷いて見せる。 『セイア様、リア・・・お願い間に合って』 アルフィアは心の中で強く強く願いながら、四肢を激しく動かし闘いの繰り広げられる南部へと向かう・・・。††††† ・・・イースペリア王都東部・・・ 聖矢とリアの闘いが始まる十数分前・・・。 その頃、第三部隊はというと 「ふぅ・・・見つかりませんわね」 一つ溜息を吐き傍らのハルナに漏らすセリーヌ。 「・・・はい。酒場にも居ませんでし・・・たし、目撃した・・・方も・・・」 セリーヌにこれまでの状況をポツリポツリと漏らすハルナ。 バサッ・・・。 「どうでした?」 道の真ん中でどうしたものかと二人が悩んでいた時、上空からそれらしき人影を探していた レイアナが降りてきた。 「全然駄目ね、リアの話だと神剣を持っていないと言うことだし、神剣の気配で探すのも無理よ」 そう言って肩を竦めて見せるレイアナ。 どうやら一縷の望みも失敗だったようだ。 「・・・あれ?」 「ん、どうかしまして?」 首を傾げ不思議そうに声を挙げたハルナに気づき声を掛ける。 「あ、いえ・・・その、あそこに・・・兵士様達が・・・」 ハルナは言うか言わざるべきか迷っていたが、とりあえずセリーヌに忙しそうに何処かへ向かおうとする三人の兵士達を 指し示した。 「兵士殿達は今は関係ないでしょ? それより今は、来訪者 殿の事が優先――」 「お待ちになって」 「え? 何、どうしたの?」 大仰に額を押さえ疲れた口調でハルナに言い聞かせるレイアナをセリーヌが制止する。 「やっぱり・・・おかしいですわ」 「え、と・・・何が?」 「セリーヌ・・・さん?」 顎に手をやり考える仕草をしているセリーヌの口から漏れた一言に二人は首をかしげ何事が聞いてきた。 「女王様の命令では、来訪者 さんの捜索の全権は私たち十二妖精部隊 に 委ねられているはずですわ。兵士の方々は王城で待機の筈・・・少々気になりますわね」 真剣な面持ちで物思いに耽りながら、考えていることを全て口にだしていた。 セリーヌは顎に当てていた手を下ろすと、兵士たちが駆けて行った方向に向き直る。 「御二人とも私に付いて来て下さい」 「兵士殿より来訪者 殿の方が今は、て・・・」 大きく肩を竦めながらやれやれと言った感じで、やんわりと止めようとするレイアナを差し置いてセリーヌはさっさと走っていく。 「セリーヌさん!? は、ハルナも、行き、ます!」 「ああ。もう!?」 セリーヌの後を追うハルナを見てレイアナは、不満そうに地団駄を踏むと、渋々ながら二人の後を追った。 ・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。 「はぁ! はぁ! た、隊長殿!!」 息を切らして三人の兵士が部屋の中へと駆け込んでくる。 「み、見つけました。来訪者 を見つけました!?」 「誠か!?」 兵士の一人の報告に部屋の中で甲冑に身を包み、座していた総隊長が立ち上がり大きな声を挙げ、再度確認する。 「はっ! この目でシッかと確認いたしました」 「して、来訪者 は今何処に」 三人の兵士は、総隊長の前に膝まづくと息も整わぬ内に報告を始めた。 「はっ! 街の南部、に。妖精 共と一緒にございます」 「なんだと!こうしては居れん皆の者行くぞ!?来訪者 を我等の手で捕らえる!?」 兵士の報告を聞いた総隊長は、その場に居る十数人の兵士へと号令を掛ける。 「来訪者 を捕らえ、我等の物にするのだ!? そして、忌々しきダーツイ。轢いては帝国をも滅ぼし、この国を、大陸を我等の物するのだ!! 行くぞ!!」 ォオオオオ!!! この場に集まった兵士達は皆、総隊長と同じく野心家で平和な世に飽き飽きしている血気盛んな者達だった。 人間では妖精 に太刀打ち出来ないことを良く知る 総隊長と兵士達は何とかして、自分たちの意のままの動く手駒が欲しかった。 なぜならイースペリア最強の十二妖精部隊 は全て女王の懐刀 女王の命令が無ければ、総隊長の全権を持ってしても自由には動かせない。 そこで目をつけたのが、来訪者 聖矢だったのだ。 どうにかして聖矢を我が物にしたい総隊長の元に今回の聖矢の脱走の一報が舞い込みこれ幸いにと、信を置く部下たちを街の東部に設けられた 総隊長の屋敷へと潜ませ、密かに来訪者 を捜索させていたのだった。 秘密裏に進められた今作戦だったが・・・。 ・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。 「き、聞き・・・まして?」 「え、ええ・・・」 「・・・」 天井裏から声を潜め、気配を消し事の一部始終を見ていたセリーヌ達は、これが、夢でない事を確認する様に お互いに信じられないと言った感じで見詰め合った。 ハルナにいったっては、驚きのあまり口をパクパクさせていた。 「南部・・・でした、わね」 セリーヌの呟きに レイアナはゆっくりと大きく頷き、ハルナは勢い良く何度も頷いた。 そして、セリーヌは押し黙ると、二人に手で外に出るように指図する。 それを合図に第三部隊の面々は音を立てず静かに、だが、素早く天井裏から抜け出し 誰にも気付かれぬ内に総隊長の屋敷から離れる。 ・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。 「ハルナさん急いで!!」 「は、はい!?」 セリーヌが全速力で走る中、着いていくのがやっとと行った様子のハルナへと注意する。 「きゃっ!」 返事を返したのもつかの間、ハルナは道端の石に蹴躓き、バランスを崩した。 「・・・え?」 だが、転ぶことは無かった。 「まったく、手間掛けないでよ」 「レイアナさん・・・すいません」 あわや転倒と言った所で、青妖精 のレイアナが 翼を広げ、ハルナを拾い上げたのだ。 「また転ぶと面倒・・・ね」 低空飛行でセリーヌの横に並ぶと、レイアナは確認するように問いかける。 「そうですわね、レイアナさん、ハルナさんをお願いしますわ」 「了解」 「・・・すいません」 二人のやり取りを聞いてハルナはレイアナの腕の中で小さくなった。 「それよりしっかり捕まってね」 「は、はい!!」 「飛ばしますわよ!!」 セリーヌはそう言うと彼女の周りを緑色のマナが包んでゆく。 「いやぁあああ!?」 気合と共にセリーヌが声を挙げると脚部に集約されたマナが弾ける。 その刹那、まるで爆発したかのようにセリーヌの速度が増し、時速100`近いスピードで駆け出した。 「はぁああああ!?」 それに習うように、レイアナも一つ大きく羽ばたくと彼女は一陣の風へと変わり あっという間にセリーヌの傍らに並ぶ。 『急がなくては、来訪者 さんが危ないですわ』 それぞれの思惑を胸に、人、妖精 達は共に同じ人物の場所を目指す。††††† ・・・イースペリア王都南部・・・ 「・・・もみ・・・じ!?」 ブン!? 渾身の力を込めて放った【紅葉】はいとも容易くかわされ 聖矢の突き出した掌打は虚しく誰も居ない空間に取り残される。 「・・・スイング!?」 ドゴーーン!? 【紅葉】を打ち終わり前面に傾いた体を晒した聖矢の顔面へとリアの【紅蓮】が振りぬかれ、打撃音と共に 聖矢の顔、鼻、口から血飛沫が舞う。 ズシャーー!? 「ぅぅ・・・ぐぶ!?」 クリーンヒットした攻撃を受け、聖矢が後方へと弾けるも、聖矢は倒れない。 寸での所で足に力を込め、踏ん張り、地面を滑りながらも何とか耐えた。 『くそ、たれ!?』 心中で悪態を吐きながら、顔を上げる聖矢。 「ダブル――」 聖矢が弾け飛ぶと同時にリアも聖矢を追い駆け出していたのだろう 顔を上げた聖矢の目の前には既に攻撃態勢を取り、技を繰り出そうとするリアの姿があった。 「――スイング!!」 ドゴ!? 「ぅご!?」 ズガッ!? 「げぶ!!」 横薙ぎの一撃が腹部へと見舞われたかと思った刹那、全く間を置かずに今度は逆方向から 聖矢の側頭部へと一撃が加えられる。赤妖精 の持つ両刃刀の特性を利用した通常の剣では 実現不可能な高速二連撃である。 ズガッ!? 崩れ落ちそうになる聖矢を前にして、リアは【紅蓮】を地面へと突き立てる。 「ファイア・・・ボール!?」 ズドオオオン!? 「―――――!?」 至近距離から直撃した火球の豪音に掻き消される聖矢の叫び声。 「サイネリアさん!?」 その時、闘いを繰り広げる二人から少し離れた位置から見守っているサイネリアの名を呼ぶ声が聞こえた。 「ライオネル、ジーン、カレン。それに・・・アルフィア」 第二部隊の面々とリアと同じく城門前に残るように命令したアルフィアの姿を見て、サイネリアは悲しげな顔を浮かべた。 「これは・・・一体?」 ライオネルが道の真ん中で闘いを繰り広げる二人を目の当たりにして、驚愕と共にサイネリアを見る。 「・・・見ての通り、一騎打ち、だ」 ライオネル達に向けていた視線を逸らし、再びリアと聖矢の方へと視線を向けながらサイネリアは、苛立たしげに呟いた。 「そんな、どうして!?」 ”戦闘は止む無し”とは言われていたもののまさか此処までの戦闘とは予想していなかったのだろう ライオネルを始めジーン、カレンは妖精 との戦闘にも匹敵する リアの攻撃に驚きを禁じ得なかった。 「いくらなんでもこれは・・・来訪者 が死んでしまいますよ!?」 カレンが耐えかねサイネリアの肩を掴み叫ぶ。 「・・・分っている、よ」 カレンの問いにサイネリアは言われなくても分っているとばかりに、肯定を示す。 「なら! ジーン、アルフィア!早く来訪者 様を!!」 サイネリアの肯定を聞き、ライオネルはリアの神剣魔法を食らった聖矢へと緑妖精 の二人を向かわせようとした。 「ま、まて!?」 だが、聖矢に向かって駆け出そうとした二人の肩を掴み、サイネリアは静止した。 「な、なぜ止めるのです、サイネリアさん!!」 サイネリアの理解に苦しむ行動に、ライオネルは抗議の声を挙げる。 「一騎打ちだぞ!? それが、何を意味するか・・・分るだろう」 悔しそうに噛み締めた唇から血を滲ませたサイネリアを見た皆は、声を挙げる事も、動くことも出来なくなった。 一騎打ち、それがどんな意味を持つか皆は良く理解していた。 互いが互いの全てを掛けての闘い。 どちらかが動かなくなるまで、どちらかが負けを認めるまで終わらぬ最も原始的で、尊き闘い。 故に当事者以外立ち入ることは許されぬ不可侵の闘い。 もし、踏み入れた場合は戦士はおろか人間としても鬼畜の烙印を押される。 それは、妖精 も同じだった。 「で、ですが・・・来訪者 様は、もう・・・」 皆が静まりかえる中、ジーンが始めて口を開いた。 「良く見ろ・・・奴は、来訪者 は倒れて、いない」 〔え?〕 サイネリアの声を聞き、皆は一斉に聖矢へと視線を向けた。 「く・・・ぐぉ、ぁ」 土煙が風に流されると、脇腹を押さえ、片足を引きずり、左手は肩が外れているのかダラリと下がり 体のあちこちから血を流しながらも確かに大地に立つ聖矢の姿があった。 「な、なんという・・・」 「そん、な・・・」 「リアさんの攻撃をアレだけ食らっても、まだ・・・」 「・・・」 「見ての・・・通り、だ」 その姿を見た皆は、再び息を呑む。 聖矢の体には傷ついている所は、最早無いと言っても良い程だった。 「アタイも最初は、掛かっても数分でケリが着くと思った。 だが、奴は・・・リアの剣を炎をいくら食らっても・・・倒れん、のだ」 「なぜ、あんなになってまで、戦うの・・・ですか」 ライオネルは聖矢から目を逸らす事無く、サイネリアへと問いかける。 「・・・妄執とでも言えば良いのか分らんが 奴には自分の身を、命を投げ出してでも、やり遂げなければならない”何か”があるのだろう・・・」 サイネリアは、ライオネルの問いに言葉を選びながら、答えた。 「皆目を、逸らすなよ。特に緑妖精 達は、瞬きも許さ無いからね 彼が倒れたら直にでも、回復できる用意をしときな」 〔・・・は!〕 サイネリアが発した命令に、皆は力強く頷いた。 『アタイ等に今出来るのは、見守るだけ、だ』††††† 土煙が晴れると数十メートル先にリアの姿が目に入る。 「ちっ・・・」 その遠さに思わず舌打ちしてしまった。 あそこまでまた行かなきゃ行けないのかよ・・・くそ。 面倒だが仕方ない、奴は自分から仕掛けてこねぇしな それに、手の届く距離じゃなきゃ、殴れない、しな。 どっ・・・。 「セイア様・・・まだ、やり・・・ます、か」 考えながら歩いていたらどうやらリアにぶつかっちまったらしい、な へへ・・・情けねぇなぁ・・・おい?、しっかり、しろ、よ。 自分の余りのダサさに思わず笑いがこみ上げる。 「まだ・・・まだぁ・・・」 呼吸するような感じで発した声はリアに届いただろうか? いやそんな事はどうでも良いか。 まだ、動く。 まだ、闘える。 まだ・・・まだ・・・。 「ふぅ・・・。阿!?」 小さく呼吸し、気を練り、練りこんだ気を右手へと回し、軽く踏み出すと同時に、リアの腹部へと 近接徒手空拳・・・曲の当て【銀杏】を放った。 ブン!? ま、まただ。避けられた。 それに、何だ?リアに攻撃を繰り出すときに腕に纏わりつくような この生暖かい風は? 「はっ!?」 ドゴッ!? 「うごぉ!?」 ある種の違和感に思考を巡らせる間もなく、またも聖矢の腹部へと リアのスイングが放たれる。 その衝撃でまたも二人の距離が離れる。 『く、来る。奴の炎が』 吹き飛びながらも、今までの攻防でリアの戦術はいくらか把握した聖矢は 瞬時に次にリアの神剣魔法が来ることを察知する。 「マナよ、飛礫となれ。ファイア・・・ボルト!?」 ドバッ!? 『あれ、か』 呼び出された火球が弾けたのを見て聖矢は、それがどの様な炎か理解した。 すると・・・。 「舞葉拳・・・【朽木】枝技・・・【枯葉舞】」 飛来する炎の飛礫を前にして聖矢は体制を立て直すと いきなり目を閉じ、ガードもせずに棒立ちになる。 誰もが、直撃と思われた。 ヒラリ・・・。 だが、聖矢は最初の飛礫を一歩横に動くことで回避して見せた。 そして、次々に飛来する飛礫も、身を屈め、捻り、動き、まるで 飛礫が何処に向かって飛んでくるのか分るように最低限の動作で 寸での所で次々と避けてゆく。 自分の気配、気を抑え相手の攻撃をより強く感じる事で 何処に攻撃か来るかを察知し避ける事のみに特化した防御法である。 「そ、そんな・・・バカな!? ファイア・・・ボルト!!」 リアは信じられないと言った様に、またも聖矢に向けてファイアボルトを見舞う。 「・・・【枯葉舞】」 だが、結果は全く同じ、聖矢はまたも避ける。避ける。避ける。 数十のランダムに飛来する飛礫をかわし、一歩一歩リアとの間合いを詰めると 二人の間合いは、聖矢の拳が届く距離へとなっていた。 「【紅葉】!?」 ヒュオ!? 「くっ!?」 聖矢がファイアボルトを避けた事に動揺したリアは、聖矢との間合いが近づいた事に気づかず 聖矢に【紅葉】を出させてしまった。 だが、リアは聖矢の攻撃を右足を軸にして、半回転する事で何とかかわすと 伸びきった聖矢の腕が戻るのと同時に、聖矢の懐へともぐりこむ。 『良し。スイン――』 ズガン!? 「かふっ!?」 スイングを放とうとしたリアの横っ面に聖矢の掌が見舞われた。 驚いたリアは、即座に聖矢から離れ、距離をとる。 『い、一体・・・何が』 何が起こったのか分からないリアは、自分の頬の痺れを感じる事で 今のが幻でない事を悟る。 「舞葉拳・・・【紅葉】枝技・・・【紅葉新月】」 リアに向けて、掌を返し突き出すと不敵に笑みを浮かべながら先刻リアに対して一撃を加えた技の名を口にする。 「ガフッ!?・・・ようやく・・・一撃。・・・来い」 口元に付いた血を拭いながら、聖矢は要約一撃を与えられた事に笑みを浮かべた。 そして、震える声で自分の間合いから必要以上に離れたリアを手招きする。 「・・・行かせて頂きます」 意を決したように、聖矢に敬意を払うように、聖矢の挑発にリアは真っ向から 聖矢の間合いへと自ら駆け込んだ。 「ひゅっ!」 小さく息を吐き、先程と同じように、真っ直ぐに走ってくるリアへと【紅葉】を突き出す聖矢。 だが、軌道のハッキリした攻撃は、容易く肩口にかわされた。 『此処までは、先程と同じ、問題はここから!』 先程と同じく、聖矢が腕を戻すと同時にその懐に潜りこむ。 だが、リアも馬鹿ではない。 『ファイアクローク・・・』 精神を集中させ自身の数メートルの周囲に、自身のマナにゆって作り出した熱波を張り巡らし 聖矢の動きを全身の感覚を集中し、察知することに専念する。 『な、完全に腕を戻していない』 自身の熱波の中で聖矢の戻す腕が外側へと広がるのをリアは感じた。 「ひゅっ!?」 『く、来る』 ズギャ!? 今までの真っ直ぐな【紅葉】の軌道を無理やり【銀杏】へと変え、繰り出す。 それが、紅葉の運用法の中でも最も難しいとされる。枝技【紅葉新月】である。 「ちっ!」 『また、あの熱を・・・感じる』 しっかりとガードしたリアを見て、聖矢は舌打ちした。 流石に、そう何度もヒットする程甘い相手では無かった。 「スイング!?」 ブン!? そして、今度はリアが聖矢に向けて、両刃刀を振るう。 それを聖矢は、地面を転がる事で何とかかわす事に成功した。 再び開く二人の距離。 「ふぅ・・・。また、熱い空気の壁を、感じた」 ヨロヨロと立ち上がった聖矢の口から漏れた一言にリアがピクリと反応した。 「さっき、【紅葉新月】を・・・打ち込ん、だ。時は、感じなかった、のに」 そう言って、リアを鋭く睨む聖矢。 「・・・私の防御法は熱波を自分の半径数メートルに展開するものです。 ですが、軽減できるダメージは極僅か、ですが私は、その熱波の壁を利用し相手の動きを 知る術を編み出しました」 リアは、聖矢の疑問に対して、種明かしを始めた。 簡単に説明するならば、水に満たされていると考えれば良いだろう 水の中で動けば、波が立つ、その波の強さ距離で何処を、何時と言うのが分るという訳である。 言うは易しだが、それには絶対的なマナ量と、適切な範囲に留めるマナの正確なコントロールが要求される 極めて高度な技術である。 「先刻まで私は、自分の前面にしかその熱波を出していませんでした。 ですが、今は全方位に展開しています。それが、何を意味するか・・・御分かりですか?」 「・・・相手の攻撃を見極めるというより、感じるという、訳、か。それも自分の死角さえも完璧に・・・」 「その・・・通り、です。今の私にはセイア様がどの様な攻撃を仕掛けてこようと、全てかわす事が出来ます」 リアは、【紅蓮】を構えながら、自信たっぷりに聖矢に宣言する。 『とんでも無ぇ、な。ある意味完璧じゃねぇか・・・こちらから仕掛ければ、奴の高速剣技のカウンターの 餌食になるのは必定・・・。なら―――』 ・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。††††† 「動かなく、なったわね・・・」 「ああ、終わりが・・・近い」 ライオネルと、サイネリアは、見詰め合ったまま動かなくなった二人を見て、そう漏らした。 「でも・・・どうして、リアは神剣魔法でもっと攻め立てないんです?」 その時二人の戦闘を見ていたジーンが疑問を口にした。 「ああ、それは―――」 「来訪者 さんの距離で勝負する為・・・ですわ、ね」 ジーンの疑問にサイネリアが答えようとした時、何処からとも無く現れたセリーヌが会話に割ってはいる。 「で、ですが、それでは無闇に戦闘を長引かせるだけではないですか。 どう見ても、来訪者 様は限界です。 これ以上の戦闘に何の意味が?」 だが、ジーンは納得が行かないとばかりに、セリーヌに当然の事を口にした。 「お前は、分っていないな、唯勝てば良いだけの戦闘では無いのだよ、これは」 「足は折れ曲がり、走る事は出来ない。 肩ははずれ、満足の行く攻撃は出来ない。 顔は腫上がり、視界も狭い。体力も限界。 でも、まだ、気力は死んではいない。 最早リアに勝てない事は、分っているでしょう。 それでも向かってくる相手に、逃げるわけには行かない。 リアは、最も得意な神剣魔法を封印してでも来訪者 さんの距離で戦うつもりなのですわ」 「良く見ておけ・・・これ程の戦闘は滅多に御目に掛かれないよ」 サイネリアは、ジーンを始めとする皆に言葉を掛け、セリーヌの言葉を締めくくった。 「・・・サイネリアさん。お話がありますわ」 「なんだ?」 その時、セリーヌが徐にサイネリアに耳打ちし事の経緯を説明した。 「な、ま、まさか・・・」 「この耳で、目で、しっかと・・・事実ですわ」 「だ、だが、この戦闘を止める訳には・・・」 「分っています、わ。今は、見届けることしかできません」††††† 『さ、最後の攻撃だ。奴が全ての攻撃を読めるのなら、それ以上の攻撃を、読み取る間も与えぬ連撃・・・を』 今まで、数分間微動だにしなかった聖矢が初めて動いた。 右手を上げ、何をするかと思った瞬間。 聖矢は、自分の左肩へと、渾身の一撃を放った。 ズドン!? 「ぅ、ぐぁ!?」 僅かな呻き声を発しながら、その痛みに耐える聖矢。 「な、何をなさるのです!?」 予想もしていなかった聖矢の行動に、面食らったリアは、同様に、思わず聖矢に心配げな声を挙げた。 「ぐはぁ〜。は、はまったぁ〜・・・」 痛みの波が引くのを待って、聖矢は呼吸を止めていたのをやめ、肺に溜まっていた空気を吐き出すと 安堵の笑みをリアに浮かべ、左手を動かして見せる。 「・・・次、が・・・最後、だ」 「・・・・・・」 聖矢は、今までの戦闘では見せた事の無い構えを見せたのを見て リアもそれに応じる為に、【紅蓮】を構えて見せる。 「・・・ありがとよ。わざわ、ざ・・・俺の距離に・・・付き合って、くれ、て」 「なんの・・・こと、ですか?」 突然聖矢の口から聞かされた感謝の言葉に、戸惑いを見せるリア。 「なんでも、無ぇよ」 『たく。馬鹿正直な奴だ・・・嫌いじゃないぜ、そういうの・・・』 「いく、ぜぇ。・・・舞葉、拳・・・奥義・・・参、式。 ・・・【紅葉舞 】!?」 聖矢は気合と共に、無事な右足で大きく地を蹴り、リアへと肉薄した。 「壱っ!?」 ズバッ!? 初撃に放たれる左の【紅葉】は、リアの肩をかすめた。 『は、速い! こ、こんな力が何処に!』 「弐!?」 ブン!? 次いで逆方向から、右の【銀杏】が襲いくるも、リアは身を屈める事で それを回避する。 『セイア様の、感情が伝わって来る』 「参!?」 バフッ!? 素早く引き戻した左の紅葉を今度は【銀杏】へと変え、下からリアの顔面めがけて振りぬく。 だが、それも、リアが身を反らす事でかわされる。 『これは、死を受け入れた者の全てを投げ出した・・・特攻』 「四、伍!?」 シュ、シュン!? リアのその状態を待っていたかの如く、聖矢は両手を引き戻すと、高速の連撃、徒手斬撃【楓】を放つ。 振りぬかれる横薙ぎの右とほぼ同時に繰り出される垂直な左の肘。 リアに対して初めて放つその技も僅かに掠める程度で、避けられる。 『まだ、まだ!?』 「六!?」 聖矢は、技を放った勢いそのままに身を一回転させ、今度は一転リアの腹部へと狙いを定め、左の肘を打ち込もうとする。 その動きは、フィオーネに対して放った【蓮華】だった。 ズガッ!? 聖矢の奇抜な攻撃をリアは、【紅蓮】を立てることで、防ぐ。 備前四宝院流古武術奥義第参式【紅葉舞 】 それは、高速で繰り出される息も吐かせぬ連続攻撃。 上下左右縦横無尽に襲い来る舞葉拳の技の乱舞である。 技が一度入れば、そこから先は防ぐ事も避ける事も叶わぬ究極のコンビネーション、食らった物は唯耐えるのみ・・・。††††† 「す、すごい・・・」 聖矢の気迫の篭る凄まじい連撃を見た、ハルナが感嘆の声を漏らす。 「一体何処にアレだけの力が・・・」 傍らのレイアナが、次いで信じられないと言った様に、両の目を見開いた。 「上を意識させての下への攻撃・・・命中率90%・・・」 戦況を見ていた、ラティオが聖矢の六度目に放った技を見て、冷静に分析した答えを導き出す。 「リア【紅蓮】で防御・・・正しい判断です」 次いで隣のフィオーネが、神剣で防御したリアの判断を冷静に評価した。 「何時までも・・・見ていたいな」 聖矢とリアの激しい攻防に、サイネリアは前方に佇み、瞬き一つせず戦況を見つめる アルフィアへと素直な感想を口にした。 「(・・・コク)」 サイネリアの問い掛けに、アルフィアは頷きを持って返すだけだった。 此処に居る誰もが二人が紡ぎだす旋律から目が離せないでいた。 雲の隙間から差し込む月明かりが、二人をスポットライトの様に照らし出し。 聖矢の踊るような動きをより美しく、迫力あるものにしていた。 二人の戦いが激化していく中・・・皆の口から段々と声が聞こえなくなり。 皆はその闘いに釘付けとなっていた。††††† 「七!?」 リアが防いだのを見て、聖矢は、真上へと【紅葉】を振りぬく。 ドゴン!? 「がぁ!」 此処に来て、初めて聖矢の拳が、リアを捕らえた。 一瞬浮き上がるリア。 地に足が着くと、リアはよろめき、一歩、二歩と後方へと下がっていく。 「八!」 後ず去るリアの肩を掴み引き寄せ、鳩尾へと【銀杏】の一撃を放つ。 ガヅ!? 「か・・・はっ!」 「九・・・!?」 尚も掴んだリアを引き寄せ、折れた左足をリアのアキレス腱へと振り下ろし、足を刈り取ろうとする聖矢。 折れた足の痛みに耐え、技を繰り出す聖矢の顔は、苦痛に歪められていた。 「十!?」 仕上げの一撃、大外刈りの様にリアを倒す聖矢だが、それだけでは終わらない。 後方へと傾くリアの額に、掌底を宛がい、後頭部を地面へと激しく打ちつける。 舞葉拳の投げ技の一つ、【牡丹】と呼ばれる殺傷力の強い技である。 ドゴーーン!? 完璧なタイミングだった。 俺は、決まったと確信した。 土埃が晴れれば、そこには彼女の血で染め上げられた地面が広がっていると思っていた。 しかし・・・。 「ん、だと・・・!」 俺の目に飛び込んできたのは、ブスブスと焦げた匂いとバスケットボール大にくり抜かれた地面に 頭を納めているリアの姿だった。 ドガッ! 「つ・・・あっ!」 俺は、頭に描いていたビジョンとは違う物を見た事で動揺し、押さえつける腕のフックを甘くしてしまい リアの蹴りで感単に跳ね飛ばされてしまった。 俺が【牡丹】を放った瞬間奴は、自分の炎で直撃の瞬間に地面を抉って、回避しやがったんだ。 後になり、俺はその事実を知り、戦慄した。 戦闘種族・・・その圧倒的な戦闘センスと、自らの身の危険も顧みず最善の手を尽くす勇気に、感服した。 「はぁあああ!?」 足を振り上げ羽根起きたリアは、真っ直ぐに俺に突進してきた。 「イースペリア紅蓮流剣撃・・・トリプルスイング!?」 リアが技を放つ瞬間俺の耳に、そんな言葉が飛び込んできた。 「はっ!?」 走る三つの閃光を俺は見た。 速いなんて言うレベルの技ではなかった。 一瞬にして左右の横薙ぎと上段の一撃が俺の体を打ち貫いた。 だが、俺の体には切り傷は一つも無い・・・それもその筈だ。 奴は、リアは一度として俺に刃を使わなかった。今までの剣撃は全て剣の腹の部分で殴りつけていたのだから・・・。 ・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。 「・・・ばげ、だ(負けだ)。・・・ごろぜ(殺せ)」 俺が口を開くと、ゴボリと口から血が溢れ出た。 もう痛みさえ感じない位痛めつけられた。 ホント・・・人間ボロ雑巾だぜ。 「・・・・・・」 地面に大の字になって、上空を見つめる俺の視界にリアの顔が現れる。 おいおい・・・何泣いてんだよ。 泣きたいのは、こっちだぜ。 真剣な顔を一瞬綻ばせ、笑みを浮かべる聖矢。 その体からは、最早殺気や怒気と言った、負の感情は窺えなかった。 『本当は、分ってたんだ。俺のやろうとしている事が間違いだって事に・・・。 これは、ケジメなの、さ。俺の今までの間違いに対しての・・・ケジメ。 すまねぇな・・・自分じゃ死ねないんだ。こんなクソ野郎の我侭の付き合いをさせちまって、よ。 でも、最後に心行くまで、戦えた。ありがとう・・・だから、泣くなよ・・・リア』 視線の先で大粒の涙を滝の様に流し続ける少女に対しての感謝の思い出一杯だった。 聖矢の人生は後悔の連続だった。 何度も死のうと思った。だが、偶然に偶然が重なり何度も生き帰ってしまった。生き延びてしまった。 もう聖矢は疲れ果てていた。 この世界に来る前から、既に幾度目になるかも分らない死への試みを胸の中に抱いていた。 ただ一つ心残りな事それは・・・。 『悠人・・・。すまない、な。俺もう駄目だ。 あの世で会えたら・・・俺を気の済むまで殴ってくれや』 聖矢は友への謝罪と溢れ出た友を救えなかった後悔の涙と共に気を失った。 「セイア、様? セイア様! 目を・・・目を開けて下さい!?」 リアは抱え上げた聖矢を揺すりながら、溢れる涙を拭おうともせず、聖矢に語りかける。 その声は半ば叫びの様だった。 「リア、どきな!? セリーヌ!!」 「え?」 その時、戦況を見つめていた十二妖精部隊 の皆が一斉に聖矢とリアへと群がってきた。 「・・・酷いな。緑妖精 一人では回復を待つ前に消えてしまうぞ、これは」 「そ、そん、な・・・サイネリアさん!?」 聖矢の様子を窺うサイネリアの口から漏れた一言に、リアから血の気が引いてゆく。 「うろたえるな!?」 だが、そんなリアを一括するサイネリア。 「アルフィア、ラティオ、セリーヌ、ジーン、ハルナ!?」 そして、すぐさま全緑妖精 に号令を掛ける。 サイネリアの号令を聞く前に既に緑妖精 全員は聖矢を囲むように陣を敷いていた。 「皆さん全力で行きますわよ」 〔コク〕 セリーヌの一言に皆は頷きを返す。 「神剣の主【演舞】のジーンが命じる。 マナよ、癒しの力となれ。アースプライヤー」 「神剣の主、【言霊】、の。ハルナが命じ・・・ます。 マナよ、癒しの風となれ。ハーベスト」 「神剣の主【時雨】のセリーヌが命じますわ。 マナよ、傷つきし者に活力を与えよ。キュアー」 「【森羅】よ。回復します。キュアー」 「(【慈愛】よ。傷つき倒れし者 その身に再び生の輝きを・・・。リヴァイブ)」 それぞれの持つ神剣が共に共鳴し、通常では考えられない程の光と風が巻き起こる。 優しくも雄大な緑の濁流の中、まるでビデオを巻き戻すように、聖矢の傷ついた体が癒されてゆく。 それは、正に一瞬の出来事だった。 一人の緑妖精 の力では絶対に起こり得ぬ所業。 奇跡という言葉を使っても差し支えないほどに、聖矢は死ぬ寸前だったとは思えぬほど規則正しい寝息を立てていた。 「ぁ、ぁぁ・・・」 聖矢の寝息を聞き、傷跡さえ残らぬ清楚な顔を見たリアの瞳に再び涙が溢れてくる。 そんな、リアの肩にアルフィアの手が優しくそっと置かれた。 「・・・(コクリ)」 アルフィアも、涙を浮かべた微笑みをリアへと返し、安心させる様に頷いて見せる。 「ぅ、ぅう・・・よか・・・た」 眠る聖矢を抱き寄せ、その胸で聖矢の無事に安堵し泣き崩れるリア。 その時・・・。 「さて・・・来訪者 を此方に寄越せ」 皆が死闘の終焉に、喜んでいると突然背後から、冷めた低い声が掛けられる。 「―――!?そ、総・・・隊長殿」 皆が振り返る中、レイアナが震える声で、その視線の先の人物を呼ぶ。 そこには、十数人の甲冑を身に纏った兵士達と白馬に跨った総隊長が 見下した目で皆を見下ろしながら立っていた。 「・・・総隊長殿。お言葉ですが、来訪者 捕獲の任は我等―――」 「貴様!!妖精 風情が人間で上官の私に口を利けるとでも思って居るのか!!」 突然現れ、聖矢を渡せと命令する総隊長に皆が唖然とする中、リアが唯一人、聖矢を抱えたまま、総隊長に意見しようとするも それも半ばで総隊長の怒声に遮られる。 「・・・渡せ」 「・・・・・・」 先程よりも強い口調で静かに言い放つ総隊長。 その命令に誰も彼もが沈黙し、身動き一つしなかった。 「もう良い! おい、来訪者 を妖精 共から引き剥がせ」 顎で傍らの部下に”行け”とばかりに指図する。 「はっ!」 その場に一度下肢付き、総隊長に頭を下げると、三人の兵士が聖矢へと近づいて行く。 彼等が、聖矢に近づくと、聖矢を囲むようにしていた十二妖精部隊 の面々は、左右に分かれ 膝を着き頭を下げた。 「む。離せ!」 一人の兵士が聖矢に手を伸ばすが、聖矢をその腕に抱きうな垂れたリアは離そうとしない。 「リア・・・離す、んだ」 その様子を見た。サイネリアが頭を下げたまま、小声でリアへと悔しそうに語りかける。 「・・・何処、へ・・・」 「・・・何?」 その時、消え入りそうな声でリアが目の前の兵士に、ボソリと言った。 良く聞き取れなかった兵士は、睨むような目つきでリアを威圧しながら、聞き返す。 「セイア様を・・・何処へ・・・お連れに、なるの・・・ですか」 震える声で、責めて聖矢の行き先を知りたいと、リアは震える声で、兵士へと問いかける。 「・・・貴様等妖精 風情に教える義理など無いわ!!」 「ええい、離せ!!」 兵士は、辛らつな言葉でリアに一括すると その腕から無理やり聖矢を剥ぎ取る。 「ぁ・・・」 するりと消えうせた聖矢の重さを、温もりを求めて、虚空を彷徨うリアの腕。 涙に濡れた空虚なその瞳は、現実を受け入れる事が出来ず、焦点を失っていた。 「良し。行くぞ!?」 気絶した聖矢を馬の背に乗せると、総隊長は、皆に号令を掛ける。 その号令に、兵士たちが猛々しく応え、馬を翻し、元来た道を戻り始めた。 「ま、待って・・・下さい。せ、責めて・・・行き先、を・・・」 さながら、去り行く母を求める子供の様に、リアは、去り行く総隊長の背に語り掛ける。 だが、その訴えに答える訳も無く、総隊長達は振り返る事無く去って行く。 「せ、セイア・・・様・・・」 ガバッ!? 「(リア!?)」 虚空に尚も手を伸ばし這いずるように前へ出るリアをアルフィアが後ろから抱きしめる。 「あ、ああああ!?」 その腕に縋り付きながら、リアは空へと泣き叫ぶ。 己の無力を呪い、どうする事も出来ない現実に、ただただ・・・涙が溢れた。 「か、必ず・・・助けて見せる」 「だから。だから――!?」心を強く持て 哀れな娘の肩に手を置き、サイネリアが語りかける。 今掛けられる言葉はそれしかなかった。 心が砕けぬよう。 孤独に負けぬよう。 例え嘘でも、そう言うしか出来なかった。 ただただ、抱きしめてやる事しか出来なかった。 リアが泣き止み、眠りに着くまで、誰もその場を離れなかった。 皆が痛感していた・・・。 自分たちの無力さを・・・。 人と相容れぬ現実を・・・。 そんな、悲しみが天に届いたのだろうか、リアの涙を洗い流すように・・・。 その悲しみを代弁するかのように、程なく降り始めた雨は、その夜振り続けた・・・。