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・・・イースペリア王都・・・

	ガヤガヤ・・・。
	ザワザワ・・・。

 「へ〜。ここが王都の中心か」

 麻袋を手に持ち、古ぼけた軍服を着た聖矢が、街の中心部に位置する広場から
 まるで中世のパリを思わせる建物を見渡し、感嘆を漏らす。

 「なんか・・・いいな」

 賑わう繁華街、行き交う人々、自然と街とが見事に融合した聖矢の世界では
 マズお目に掛かれぬ街並みに、聖矢は自然と笑みを浮かべた。

 「すませ〜ん。そこのお姉さん、道を尋ねたいんだけど?いいかい?」

 聖矢は、露店の叔母さんに作り笑いを浮かべながら、お世辞を交えつつ道を尋ねた。

 「なんだい?あんた?見ない顔だね?」

 露店のおばさんは、聖矢の格好を見て、嫌そうな顔で聖矢に質問で返した。

 「最近こっちに越して来たんだ。生活費が底をつき掛けててね
  銀の装飾品を売りたいんだが・・・換金所はどこだい?」
 ※副音声
 (このババァ!?人が、せっかく向けたくも無ぇ笑顔で質問してんだ
  ちっとは愛想良くしろよ、殺すぞ!)

 親しげに浮かべる笑顔の裏で、露店のおばさんを殴る映像を脳裏に浮かべながら
 己の生活(タバコ)の為に、少ない理性を精一杯つぎ込み、我慢する聖矢。

 「ふん!それなら、この道を真っ直ぐ行って左だよ。
  商売の邪魔だ!とっとと消えな」
 「・・・ど〜も」
 
 露天のおばさんは、聖矢に対して換金所への道を簡単に説明すると追い払うように、聖矢に手を振った。
 それに、対して聖矢は、額に青筋を浮かべながらも何とか笑顔を浮かべお辞儀を返した。

	ぺっ!?

 「なんなんだ!あれわよ〜!?胸糞悪ぃ!」

 聖矢は教えられた通り進みながら先程のおばさんの態度に苛立ち、唾を吐き捨てながら言い放った。
 そして、周りを良く見ると、聖矢の姿を見て、ヒソヒソと何かを話し合う人たちの姿が目に付く。

 (ちょっと兵士よ。嫌ね〜、また何処からか流れて来たのかしら)
 (まったく!アイツ等と来たら、よそ者の癖に国の公認だからって威張り散らして嫌な奴等め!)
 (この国では、ラキオスと比べて隣国との小競り合いが少ないからって、あたし等の街を好き放題
  闊歩されちゃ溜まらないよまったく!)

 耳を澄ませば、そこかしこで、兵士に対する不満が、聞こえてくる。
 常人なら、まず、聞き取れない話し声も聖矢は集中することで、ある程度は聞き取れた。
 幼少の頃からの修行により、師匠にあらゆる五感を鍛えられた結果である。

 『・・・この国の兵士は、快く思われていないようだな』

 聖矢が、市勢の者たちの話を聞いた通りイースペリアの民たちは、兵士に対して強い不満を抱いていた。
 マロリガン、サルドバルト、ラキオス。様々な国から戦争を嫌い流れ着いた者達が王宮に取り入り
 兵士として登用され、国家公認というお題目を掲げ街では好き放題していた。
 なぜ、そんな輩をイースペリアを治める女王が許すのか、それには仕方の無い訳があった。
 隣国の大国ダーツイ大公国との小競り合いがそもそもの理由なのだが・・・。
 互いの国は不可侵条約を結び、決して戦争をする事は無い・・・。だが、己の国の国力を誇示し
 どちらがより優れているのかを競い合うという現代世界の冷戦さながらの戦いがこの国では起こっていた。
 ダーツイがより多くの兵を抱えているなら、イースペリアもより多くの兵を・・・。
 より強力な妖精(スピリット)が多いならば
 更に多くの強力な妖精(スピリット)を・・・
 と言った具合に、戦いを嫌うイースペリアの前王と現女王は、ダーツイよりも強力な国力を示すことで
 ダーツイが攻め入るきっかけを与えないようにしてきたのだ。
 その為他国から流れて来た者たちを優先的に兵士として登用し、自国の民が傷つくことを極力避けていた。
 
 『戦争を起こせば得るものも多いかもしれない・・・でも、せれにより失うものも決して少なくない
  ならば・・・戦争をしなければ良い。我々は他国に決して手を出す事はしない・・・。
  だが、攻め入ってくるならば、我々は国の威信と誇りをかけ抵抗しよう。
  国とは民。民なくして国は在りえぬ。臆病者と蔑むまれようと・・・私は王として国を・・・民を守る』

 前王が戴冠式の際に発した言葉と、前王の意思を受け継ぎ民達の為に心血を注ぐ女王を心から信頼しているからこそ 
 民達も不満を抱きながらも我慢しているのだった。

 「ん?ここ・・・か?え〜と」

	パラパラ・・・。

 目的の場所らしき店屋を見つけ、銀と共に持参したノートを捲る。
  
 『金・・・金・・・あった。どれどれ・・・。ん、間違いなさそうだな?』

 ノートに記された”金”という文字と、聖ヨト語で書かれた看板とを見比べ、聖矢は同じ文字で
 書かれている事を確かめる。

 「こんちわ〜」

	カラン!カラン!!

 「いらっしゃいませ!」

 扉を開き換金所へと挨拶と共に入ると、店主らしき男が笑顔で招きいれた。

 「おや、新顔ですね。今回はどの様なご用件で?」
 「コイツを、換金したい」

	ジャラ・・・。

 麻袋を、店主の目の前に置き、中から聖矢自慢のシルバーアクセサリーを見せる。

 「ほ〜。銀細工ですか?これは、また珍しいデザインですね?
  失礼ですが、お客さんこれを何処で?」

 リングを手に取り、ルーペで鋭く観察しながらこの世界には無い斬新、珍妙なデザインに感想を漏らす店主。

 「イースペリアに来る前に立ち寄った街で、見かけてな、珍しいものだったので、つい
  大量に買ってしまい、こんなに在っても仕方ないので幾つか売る事にしたんだ」

 聖矢は、前もって頭の中で考えたいた台詞を店主に聞かせる。

 「ほ〜、これ程純度の高い銀細工は、滅多にお目に掛かれませんからな
  お客さん、中々の目利きだね〜。う〜む。ラキオスでも無いし、イースペリアの物でも無い
  デオドガンからの流れ物ですかな?」
 「ん?ああ。そうらしいな?で、いくらで買い取ってくれる?」

 聖矢は、店主に対して曖昧な返事で返し、早々に、値段の交渉に入った。

 「ん〜?」

	パチパチ・・・。

 「こんなものでどうですかな?」 

 店主は、聖矢に対してソロバンの様な物を弾き、笑顔を向けながら、金額を提示した。

 『これは・・・高いのか?安いのか?・・・ん〜。分らん』

 ソロバンを見せられ、この世界の計算式も、通貨の単位も分らない聖矢は、顎に手おやり
 どうしたものかと考え始めた。

 「き、気に入りませんか?そ、それでは・・・」

	パチパチパチ!!

 『ん?この反応・・・こいつ』

 聖矢の、思案する仕草を見た、店主はまたもソロバンを弾き始めた。
 その反応を見た聖矢の瞳がスッと細まる。

 「こ、これでは・・・どうです?」

 店主は、苦笑いを浮かべながら、再び、聖矢にソロバンを提示した。

 「・・・ふ!話しにならん。他を当たらせてもらう」

 唇を吊り上げ、店主に対して、嫌気が差した様な、顔をむけ、麻袋を取り、踵を返した。

 「ま、待ってください!!も、申し訳ありません!?」

 聖矢の行動に店主は、慌てふためき。再び大慌てで聖矢に両手を掲げて
 降参のアピールをする。

 「こ、これでお願い・・・します」

 渋々ながら新たな金額を示したソロバンを聖矢に見せる店主。

 「・・・良いだろう。店主・・・さっさと、用意しろ」
※副音声
 (くくく。バカめ・・・なめんなよ?このハゲが)
 
 聖矢は、笑い出すのを必死で堪え、何とかポーカーフェイスで対応する聖矢。
 値段は幾らか分らないが、今までの駆け引きを踏まえてかなり搾り取れたと確信する聖矢。
 
	ジャラ!?

 再び、店主の前に麻生袋を置き、睨みつける聖矢。

 「は、はい!!す、直に!」

	バタバタ!!

 『・・・ちょろいな』

 店主が慌てて、奥に引っ込み店主が見ていない事を確認すると聖矢は口元を吊り上げホクソ笑んだ。

 「あ、ありがとうございました〜」

 疲れた、顔の店主に見送られ、聖矢は口笛を吹きながら換金所を後にした。
 そして、聖矢のその手には、金貨が二十枚と、銀貨が三十枚が詰まった麻袋が握られていた。

††††
・・・同日、イースペリア王城内大会議室・・・  「それでは報告なさい・・・リア」  「はっ!」  上座に設けられた、豪華な椅子に腰掛けた気品溢れる女性が床に膝をつき頭を垂れるリアに発言を促す。  その言葉を聞き、リアは返事を返すと、頭を下げたまま上座に座る女性に報告を始めた。  「来訪者(エトランジェ)・・・セイア様は、ダーツイの手の者にて   負わされた傷も癒え、日常生活はもとより激しい運動にも支障が無い程に回復されております・・・女王様」    ”女王”・・・確かにリアは上座に座す女性をそう呼んだ。  大会議室に集いし多くの家臣達、北方五カ国最大の国イースペリアの頂点に君臨する、若さと美貌を兼ね備えるばかりか  知己に富み、国民からの人望もあつい正に非の打ち所の無き女王・・・。  クリア=セーム=イースペリアその人である。  「分りました。リア貴方が見た来訪者(エトランジェ)はどの様な人物ですか?」  次いで、クリア女王はリアに対し聖矢が自分たちにとっての敵に成りえる者なのか  それても味方に引き入れることが出来る者かどうかを、日々寝食を共にしているリアに問いかけた。  「はっ。この数日セイア様と共に過ごし、私見を述べさせていただきますれば・・・。   我等の力になってくださる事は・・・十分可能であると判断いたします」  「・・・アナタがそう思う根拠は?」  「はい・・・。セイア様は、喋ることの出来ませぬアルフィアの心情を汲み   私に、字の勉強を願い出ました。その事から私は、彼が十分に信用するにあたいすると判断いたしました」  『・・・なるほど。妖精(スピリット)一人の為にそこまでするとは   そして、僅か数日でリアの信頼を勝ち取るとは、どうやら来訪者(エトランジェ)は心優しき者のようですね』  「そう、ですか。来訪者(エトランジェ)と共に捕らえた妖精(スピリット)については   何か分りましたか?総隊長殿?」  リアの報告を聞き、王女は一度目を閉じてから、しばし聖矢に対して思いを巡らし、再び瞳を開くと  今度は大テーブルの一番端に座るマントを纏う男に視線を移し、発言を促す。 ガタ!  「はっ!」  総隊長と呼ばれた男は、椅子から立ち上がり胸の前に拳を掲げ、クリアにお辞儀と共に返事を捧げ  両腕を後ろに回し、休めの姿勢になり胸を張りながら、発言を始めた。  彼こそイースペリアの兵士、訓練士、建築士、妖精(スピリット)を総括する者である。  ちなみに、副総隊長と位置づけられているリアだが、兵士、訓練士、建築士達への命令権は存在せず、その実妖精(スピリット)達のまとめ役  命令伝達役にしか過ぎない。  「報告いたします。妖精(スピリット)の着ておりました   戦闘服にダーツイの紋章が刻まれておりましたので、十中八九・・・ダーツイの所有する黒妖精(ブラック・スピリット)であると思われます」  「む〜・・・。やはり、ダーツイであったか・・・もう少し、捜索隊の派遣が遅ければ来訪者(エトランジェ)がダーツイ・・・ひいては、帝国に   渡っていたかと思うと、生きた心地が致しませぬ。女王様、見事な御決断でございました」  総隊長の報告を受け、女王の隣に佇む老人が汗を脱ぐいながら、女王に畏敬の念を込め会釈する。  聖矢達来訪者(エトランジェ)が来た事に対して  自国の防衛を訴え出る大臣達の反対を押し切り、妖精(スピリット)来訪者(エトランジェ)捜索に差し向けたのは  何を隠そうクリア女王だったのだ。  大臣達は今更ながら、女王の決断が間違ってなかった事に、自分達が以下に視野が狭かったかということを痛感させられた。  「いやはや全く・・・女王様の先見の妙には敵いませぬ。   伝説に謳われる来訪者(エトランジェ)を我が国に引き入れたばかりか   敵国の妖精(スピリット)を捕らえるとは正に一石二鳥・・・これで、ダーツイはおいそれと手出しできませぬな。カッカカカカ!!」 ハハハハハ!!  大臣達は、来訪者(エトランジェ)という最強の兵器を手に入れた事で小競り合いの耐えぬダーツイ大公国への  最大の牽制にな事を始め、敵国の妖精(スピリット)を捕らえた事で、ダーツイの兵力、所有妖精(スピリット)数などを知り得る事で  更に防衛が楽になると思い、大口を開け笑い出した。  「・・・静粛に!」  そんな浮ついた空気の中にクリア女王の声が響き渡る。  女王の声を聞いた大臣達は、高笑いを止め、女王の次の言葉に耳を傾けた。    「総隊長殿・・・続きを」  「はっ!」  再び、女王に対して両手を後ろに回したまま会釈する総隊長。  「捕らえた妖精(スピリット)に関してなのですが、ダーツイに関する情報・・・   所有する妖精(スピリット)の数、隊配置、クラス配分その他もろもろ   まことに遺憾ながら、全く聞きだせぬ状況でして・・・」  事情聴取の状況を説明する総隊長だが、あらゆる情報が聞きだせて居ないことで  話す内に後半は俯き加減になっていた。 ガタッ!?  「な!なんだと!貴様!?この数日一体何をしていたのだ!!」  その報告を受け、激昂した家臣の一人が勢いよく立ち上がり、総隊長にくってかかる。     「はっ!申し訳ありません!!つきましては、更に拷問を強化いたしまして、必ずや吐かせます故   どうか、今しばらくの猶予を・・・」  深々と女王に頭を下げる総隊長。  「ふん!これまでの拷問で吐かぬ者が今以上の責め苦を与えたとて、到底吐くとは思えぬわい。   いっその事・・・”処刑”し我が国のマナの糧とした方が良いわ!?」  『処・・・刑。いくら敵国の妖精(スピリット)とはいえ元をただせば同属・・・』       処刑という言葉を聞き、頭を下げた状態のまま拳を握り締め、自分にはどうすることも出来ぬ現実に悔しさを噛み締めるリア。  その時・・・。  「大臣・・・。私は無闇な殺生は好みません。   それに、総隊長殿にも立場があります。軽はずみな発言はひかえよ」  「は、はっ・・・。申し訳・・・ありま、せん」  女王の忠告を受け、ばつが悪そうに、しどろもどろになりながら大臣は謝罪し、席に座る。  『クリア様・・・感謝します』  そして、リアは心の中で女王に感謝した。  「総隊長・・・今しばらく猶予を与えます。   どの様な些細な事でも構いません、ダーツイに関する情報を聞き出しなさい」  「はっ!ありがとうございます」  「それと、拷問は程ほどにする様に、何も押すばかりが良いとは限りません、時には引くことも大事なことです」  「は?そ、それは一体・・・」    付け加えるように発せられた、妖精(スピリット)に対しての温情ともとれる女王の発言に  わけが分らず、総隊長はうろたえた。  「良いですね」  「は、はっ!善処いたします!?」  王女の力強い瞳に見つめられ、念の押された総隊長は、腑に落ちないと感じながらも返事を返した。  「では、この話は以上です。他に何かありますでしょうか?」  「はい。ラキオス王より要請されました、妖精(スピリット)の新規配属に関しまして中間報告がございます」  「どうぞ、続けて下さい」    女王に促され、訓練士の一人が手元の書類に目を通しながら、報告を始めた。  「はっ。一週間ほど前にイースペリアを出立いたしました、五体の妖精(スピリット)と引率にあてました   我が国の妖精(スピリット)を含めました、六体の妖精(スピリット)ですが、本日未明にミネアを出発したとの事です」  「分りました。いくら妖精(スピリット)とはいえ、ラキオスよりお預かりしているのですから、首尾良くお願いしますよ」  「はっ!それは、十二分に心得ております。引率に当てた、妖精(スピリット)は、我が国の誇る十二妖精部隊(ヴァルキリーズ)随一の剣士   性格に少々難はありますが、不足の事態に対しても十分対応できる力量は有しております故、心配はございません」  「そうですか。私の杞憂だったようですね」  訓練士の発言を受け、軽く会釈し謝罪するクリア女王。  「いえ。滅相もありません。以上で報告終わります」    報告を終えた訓練士は、女王に対して一度敬礼し、再び席に着いた。  『・・・しかし、この時期に五人もの妖精(スピリット)を所望するとは・・・ラキオス王は何をお考えか?』  新たな妖精(スピリット)の配属に関してはそれ程珍しい事ではなかったが  一気に五体・・・小隊が約二部隊は作れる数ともなると、異例な事だった。  女王はラキオス王に対して、少々疑問を感じた。  「他にありませんか?・・・無いようですので、会議はこれにて終了・・・」   バタン!!  「ほ、報告いたします!!」  女王が、会議を閉じようとした時、一人の兵士が慌てた様子で扉を乱暴に開け駆け込んできた。  「何事か!!今は会議の途中であるぞ!?控えよ!!」  礼儀をわきまえぬ兵士の登場に総隊長が髪を逆立てる様な勢いで、兵士へと怒鳴りつける。  「申し訳ありません!!ですが、火急の事態に際しまして、指示を仰ぎたく参上いたしました!?」  「火急の事態だと!?なんだ!何事だ!!」  兵士の只ならぬ様子に、総隊長は兵士に急ぎ歩み寄る。  「はいっ。来訪者(エトランジェ)が、門番の制止を振り切り王都へと赴きました!!」  「な、なんだと!!」    兵士から、想像もしなかった報告を受け、まるで雷に打たれたかのような、驚きを見せる総隊長。    「ま、まさか!脱走では!?」  〔!!!!?〕  一人の大臣から、発せられた言葉に会議室は王女の御前であることも忘れ、皆が慌てだす。  「静粛に!」   ピタ!?  ざわつく大臣たちを女王が一括する。すると、場は水を打ったように静けさを取り戻す。  「リア。早急に来訪者(エトランジェ)の所在の確認と拘束を!   十二妖精部隊(ヴァルキリーズ)の出動を許可します!?」  「お、女王恐れながら、申し上げます。何も来訪者(エトランジェ)一人に   その様なことをせずとも、我等だけで捕らえてお見せします。」  女王の言葉に、総隊長がかしづきながら確かな意思の込められた瞳で、女王に懇願する。  「総隊長。そなたの言葉うれしく思います。ですが、相手はあの伝説の来訪者(エトランジェ)です。   用心するに越した事はありません」  「は、はっ!女王がそこまで、仰るのならば・・・」  女王に説得され、引き下がる総隊長。  「リア!急ぎなさい!?」  「はっ!」     リアは一度大きく女王に礼をすると、スッと立ち上がり一目散に会議室を後にした。  『セイア様・・・一体どうして』  館が無人になる今日をまるで狙い済ましたかの様な聖矢の突然の行動に、動揺しながらも  リアは、女王の命を携え、聖矢を捕らえるべく仲間の元へと駆けて行った。  ・・・・・・・・・。  ・・・・・・。  ・・・。  「そこの貴様・・・」  「は?私ですか?」  「ああそうだ。少し耳をかせ」  リアの姿が見えなくなり、居並ぶ大臣たちや女王が退出して行く中、総隊長が駆け込んできた兵士を呼び寄せ  なにやら耳打ちを始めた。 ボソボソ・・・。  (来訪者(エトランジェ)を捕まえる。兵を集め早速取り掛かれ)  (なっ!総隊長正気ですか!?女王は妖精(スピリット)どもに任せるようにと・・・)  (だまれ!?いかに来訪者(エトランジェ)と言えど、その実まだ、二十歳そこそこのガキ・・・   ここで、女王に我等の力を示さず、何の為の兵士か!妖精(スピリット)なんぞに任せておけるか!   我等の手で捕まえるのだ・・・良いな!?)  総隊長の太い腕に肩を力一杯つかまれ、苦悶の表情を浮かべた兵士を睨みつけ、命令する総隊長。     (は、はっ!了解いたしました)  再度念を押すように兵士は突き飛ばされると、総隊長に敬礼をして、大会議室を後にして行った。  『ふふふ・・・。ここで、女王に恩を売り私の地位をより確実にし   女王の気を引いておけばイースペリアの王位は私の物・・・くくく!   北方五カ国一の兵力を有しながら、自国の防衛のみに終始するなど愚の骨頂・・・。   我が王となった暁には、北方・・・いや!大陸全土を我が物にしてくれるは!?』  総隊長は、だれも居なくなった大会議室の壁画に描かれたラキオス、イースペリア、サルドバルドの国旗を見やり  口元を吊り上げ、忍び笑いを浮かべた・・・。
††††
   ・・・同刻、ラキオス領内・・・  イースペリアで、聖矢の偶然に偶然が重なり起こった国を揺るがす一大事の中・・・。  ラキオスの領内に存在するリュケェムの森のラキオスへと通じる一本道を一台の荷馬車が  荷馬車を揺らしながら、少々急ぎ足で移動していた。    「いよいよですね〜。長いかったですね〜」  荷馬車に乗る肩まである緑色の髪を二つに分けた少女が、間延びした声で隣に座る少女に笑顔を向けながら、声を掛ける。    「ええ。本当に長かったわね。でも、いよいよ、私たちもラキオスの一員として働く時が来たのよ・・・   今まで以上に気を引き締めて頑張らなくては」  三白眼で、短く刈り込んだ赤い髪をした少女が、手に持つ両刃刀を強く握り締め、気合を入れる。  「そ〜ですね〜。頑張りましょう〜ね〜。ヒミカ〜」  「・・・ハリオン!アンタも少しは、気合を入れなさい!気合を!全くアンタは!   配属が遅れたのも、もとわと言えば、アンタのそのやる気の見えない態度も一因なのよ!分ってる!」  ヒミカと呼ばれた少女は、気の抜けた様な声で同意を返す同僚の少女に活を入れるべく  強い口調で、言い聞かす。  「はい〜。分ってますよ〜。ですから〜、そんなに、怒らないで下さい、ね?」  「も、もー!!全然分って、無いんだから!」  「あ、あ、あの!そ、そそなに、大声出すと!お、お二人が起きてしまいますから、お、おち、落ち着いて、下さい!!」  二人のやり取りを静観していた、黒髪の二つに分けたおさげの少女が、慌てて二人の間に入り  今にも、掴みかかりそうな、ヒミカをなだめる。  「ふー!ふー!ハリオン・・・今日の所は、ヘリオンに免じてこの辺にしておいて上げるわ。その代わり!!   ラキオスに着いたら、直に訓練に付き合ってもらうからね!良い!」  「はい〜♪ヒミカの頼みなら喜んで〜♪」    ヘリオンと呼ばれる少女になだめられ、幾分落ち着いた、ヒミカは、ハリオンに対して、訓練の約束を取り付けると  ハリオンは、満面の笑みを浮かべ、了承をもって返した。  「はふ〜。よ、よかった〜大事にならなくて・・・」  ヘリオンが、深い溜息をつき、何とか、丸く収まった事にホッとした時だった。    「むにゃ・・・どーしたの?」  「・・・む〜・・・したの?」  それまで、眠っていた、荷馬車の後ろに乗る残りの二人が、起きてしまった。  「あらあら〜。大変です〜どうしましょう〜」  「ど、どうするって、言われても、あ、アタシは悪くないわよ!」  「ど、どどうしましょう!な、何か良い言い訳は!言い訳は!」  二人が起きた事に、当然慌てふためく三人。  「ん〜・・・ここ、何処?」  「・・・何処?」  蒼い髪をポニーテールに纏めた、明らかに年端も行かぬ少女が眠い目を擦りながら、外をキョロキョロと見渡すと  三人に視線を向け、質問する。  それに習うように、同じく蒼い髪をショートボブにした少女が、オウム返しに三人に質問する。    彼女等は、イースペリアに置ける訓練課程を見事修了し  ラキオスに配属が決まった妖精(スピリット)達である。  サルドバルド、イースペリア、ラキオスの”龍の魂同盟”に所属する妖精(スピリット)達は  一度自国を離れ、北方五カ国最大の訓練施設を所有するイースペリアに集められ、基本的な戦闘訓練、戦術を学び  自国からの配属要請を受け、各々の国に配属されるというシステムが取り入れられていた。  ラキオス所属の妖精(スピリット)は他にもいるのだが彼女等の配属命令と時を同じくして  イースペリアで来訪者(エトランジェ)捜索任務が発生した為、何人かが借り出され  今回配属となったのは・・・。  【赤光】のヒミカ、【大樹】のハリオン、【失望】のヘリオン、【静寂】のネリー、【孤独】のシアー  以上の五人と言うことになったのだが・・・。     「あ、あの!その!ど〜しましょ〜!ヒミカさ〜ん」  ヘリオンは、その事態に、どうして良いか分らず、溜まらず、ヒミカに助け舟を出した。  栄えあるラキオス妖精(スピリット)隊の一員となる  彼女たちは、修羅場の真っ最中らしかった。    「あ、アタシ!!そ、そんな事言われても!ハリオン、パス!?」  それに対して、早々にヒミカは隣のハリオンに事態収拾の為に最後の砦へとキラーパスを送った。  「ここは〜・・・そうですね〜。ラキオスへと続く〜リュケエムの森の〜中ですよ〜」    ハリオンは首を傾げながら、あるがままの事実を二人に聞かせた。  それを聞いた、ヘリオンとヒミカの二人は、顔から一気に血の気が引いてゆく。  そして・・・  「な、なんで・・・なんで!起こしてくれなかったんだよーー!!バカー!?」  「ぅ・・・ぅ、ぅ・・・ミ、ミネ・・・ア!で。遊!ぶの!楽しみ!に!してた!の・・・に!」   驚愕の事実を知らされた、年少の二人は、溜まらず、泣き出してしまった。  「あ、あ。な、泣き止んでください〜。ネリーさ〜ん!シアーさ〜ん!」  そんな、二人にヘリオンは半泣きになりながら、何とかあやそうと二人に笑顔を浮かべ声を掛ける。    「は、ハリオン!!アンタ、何で正直に答えちゃうのよ!」  かたやヒミカは、ハリオンに掴みかかり、肩を揺らしながら、慌てて、非難を浴びせた。 ガク!ガク!!  「わ〜た〜し〜は〜、正直に〜答えて、あげた〜だ〜け〜です、よ〜。そ〜れ〜に〜」 ガクガクガク!!!  状態を前後に激しく揺らされながら、ハリオンは、笑顔を崩さず弁解を続ける。  「はぁ!はぁ!・・・それに、なに!!」    ハリオンを揺らすのに疲れたのか、ヒミカは肩で息をしながら、ハリオンの”それに”に続く言葉を聞こうと  ハリオンを正面から見据えながら、大声を張り上げた。  「いずれ〜。知られる〜事ですから〜」  さすがにハリオンもあれだけ激しく揺らされた事で、目が回ったのか、状態を回転させながらも  ヒミカに対して、何時もの調子で、返答した。  「うわぁああああ!!!」  「うぇえええええ!!!」  「あ〜守り龍様〜助けてください〜」  ヘリオンは一向に泣き止む様子を見せない、二人に最早お手上げと言った様子で  両手を組み天を仰ぎながら祈りを捧げた。  その時・・・。  「やかましーーーー!!!!!」   ピタ!?    突然、外から怒りに満ちたもの凄い怒鳴り声が、五人へと降り注いだ。  その声を聞いた、ネリー、シアーは泣き止み、お互いを抱きしめながら、ガタガタと震えだし・・・。  ヒミカは、ハリオンの襟首を掴んだまま、運転席の方に首だけ向け、生唾を飲み込み喉を鳴らし・・・。  ハリオンは、何時ものようにニコニコと笑顔を浮かべながらも、その額からは一筋の汗が流れ・・・。  ヘリオンに至っては、祈りを捧げる格好のまま固まり、既に意識を失っていた・・・。  そして・・・。  「おーまーえーら!?ちーー・・・っと!?おイタがすぎるな〜・・・おい!!!」  〔ヒーーーー!!!〕  (ニコニコ)    運転席から凶悪なオーラを発しながら、長さが三メートルはあろうかと言う巨大な神剣を肩に担ぎ  五人を怒りに満ち満ちた瞳で見下ろす青い髪を額で7:3に分けた髪型の青妖精(ブルー・スピリット)が現れる。  傍目にはネリー、シアーと変わらない容姿をした少女の様だが年齢はハリオンやヒミカと同年代・・・。  そして何を隠そう彼女こそ、イースペリアで剣技において、右に出るもの無しと謳われる  己の身長の倍以上はある剣型永遠神剣【気合】を操るイリーナ=ブルー・スピリットその人である。  「これ以上暴れるなら・・・さっすがの俺も・・・限界だ!全員この場でたたっ斬るぞ!!」    ちなみに一人称は”俺”である。  「イ、イリーナさん!!」  「黙れ!!いいかお前等!次騒いでみろ・・・」  「イリーナさん!!」  「うるせぇぞ!?ヒミカ!何ならお前から【気合】の錆にしてやろうか!!」  「あの〜」  「なんだ!!」  「直に〜手綱を〜握った方が〜良いですよ〜」  「なに?っ!?」  イリーナがハリオンの忠告を受け、振り向いた時には、時既に遅かった。 ヒヒーーーン!!! ドンガラガッシャーーーン!!!  運転士を失った、馬は進路をはずれ、立ち並ぶ木々に突っ込みそうになると、急ぎ方向転換を図り  加速と遠心力の乗った荷馬車は、そのまま、木々の壁に衝突し大破した・・・。 ガラガラ・・・。  「・・・生きてるか?」    瓦礫をかき分けながら身を起こし、五人に向けて声を掛けるイリーナ。  「・・・な、何とか」 パンパン!!  起き上がりながら、服に着いた埃を叩きながらヒミカが答える。    「ハリオン達は?」  「大丈夫ですよ〜」  「ネリーもー!!」  「シアーも!」    ハリオンの防御結界に包まれ、無傷のネリー、シアーが元気よく返事を返す。  「ん?おい?ヘリオンの奴は?」  「ここだよー?」  「・・・だよ?」  二人は足元で、祈りを捧げた状態のまま、気を失っているヘリオンを指差す。    「ぁ〜。ほ、星が・・・星が・・・見えます〜」  「よし。全員無事だな!出発するぞ」  何も確認する事無く、イリーナはヒミカに顎でヘリオンを指し、起こす様に命令した。  「足が無くなった・・・。仕方ない、残りは歩きで行くぞ!」  どうやら、先程の衝突で荷馬車を引いていた馬が、森の中へと逃げてしまったらしく  イリーナは、神剣を拾い上げ背中に担ぐと、そんなことを言った。  すると・・・  「ええーー!!」  「えーー!!」  ネリー、シアーの二人から、不満に満ちた声が聞こえる。  しかし・・・   チャキ・・・。  「つべこべ言うな・・・行くぞ!!」  「わ、わかった!」  「・・・かった!」  イリーナは、”歩きで行く”という提案に否定的な態度を取った、ネリーとシアーに【気合】に手を掛け睨みつけながら命令する。  有無を言わせぬイリーナの態度に、二人は条件反射の様に了承すると  ラキオスまでの残り十数キロの道のりを五人は歩きはじめた。  ヘリオンはと言うと、ヒミカがどんなにゆすったり、つついたりしても起きないので  イリーナが、ヘリオンの足首を掴み引きずられながら、ラキオスまで連れて行かれる事になった。
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・・・イースペリア、王都・・・   カランカラ!  「ありがとう〜ございました〜」  やる気の無い店員に送り出され、聖矢がとある店から出て来る。  「ふ・・・ふふふ!ふははははは!?」 ざわざわ!?  店を出て直に立ち止まり、肩を揺らし笑い出した聖矢を、奇異の視線で周りの者達が見ると  聖矢と視線を合わせないように、離れてゆく。  まるで、聖矢を中心に十戒に分かれるように・・・。   ピ〜ン!     聖矢が懐からおもむろに取り出したジッポウを、親指で上蓋を勢いよく弾く、すると小気味良い澄んだ音が辺りに広がる。  「ふ、ふふふふ!」  そして、先程店で買ったばかりの新品の”タバコ”の蓋を開け、親指で一本押し出し  箱から飛び出した、その一本をゆっくりと口に含むと、再び笑い出した。    『・・・苦節約3時間!!ようやく君に会えたよ!さ〜てどんな薫りかな〜♪』 シュボッ!?  心の中で、異世界のタバコに、期待と不安に胸を躍らせながら、聖矢はゆっくりと  火を灯し、タバコを近づける。  「すぅ〜・・・。・・・はぁ〜・・・。・・・生き返る〜♪」  深呼吸をするように胸いっぱいに、最初の一口を吸い込み  まるで、楽しむようにゆっくりと長く上空に吐き出す。  煙を吐き終わり、満面の笑みを浮かべる聖矢。  「フィルターが無ぇから少々キツイが、俺好みだ・・・気に入った」 ガザッ!  そう言って、いつの間にか増えているもう一つの麻袋を肩に担ぐ聖矢。  聖矢が背にする麻袋には、三つほどのカートンが麻袋から顔を出していた。  「さ〜て。タバコも手に入れたし、これからどうするかな?まだ、帰るには早いしな〜・・・」  タバコを口の端に咥えながら、聖矢は、今後の事について思案し始めた。  そして、視線を自分の今着ている服に落とし、引っ張る。  「・・・とりあえず・・・服買うか」  次の獲物に目星をつけると、聖矢は早速、繁華街を歩き始めた。  ・・・・・・・・・。  ・・・・・・。  ・・・。  「ん〜・・・。な〜んか!違うんだよな〜・・・」  しばらく、練り歩き目にした洋服屋に入っては、いろいろと物色してみるが、これというモノが見つからない。  「ちょいと兵隊さん!何時までそうしてるんだい?」  かれこれ、一時間あれでもない、これでもないとブツブツ言いながら、服を見ている聖矢に  嫌気が指したのか、店員の女性が聖矢に声を掛けてきた。  オレンジ色のバンダナを巻き、小麦色の肌に、金の大きなイヤリングを付け  とても健康的な美人・・・恐らく看板娘・・・というやつだろう。  「ぁあ?うるせぇな〜!兵隊!兵隊!!てよ!?俺は、兵隊じゃ無ぇよ!?ったくどいつも!こいつも!!」  「は?何言ってんだい?アンタそれ・・・型は古いけど、イースペリアの戦闘服だろ?」  「もらい物だ。好きで着てるんじゃ無ぇよ!こんなダサイ服。はぁ〜・・・泣けてくるぜ」  両手で服を引っ張り前に出して見ては、余りのダサさに、聖矢は深い溜息を吐いた。  「なんだ?それじゃ・・・兵隊じゃ無いのかい?」  いくら型が古いといっても、国から、しかも女王から進呈される戦闘服を公然と批判する聖矢を  唖然とした様子で、見る女性。  「だ〜か〜ら〜!そう言ってるだろ?それより・・・もっとセンスの良い服売ってるとこ、知ら無ぇか?」     確認するように、聞いてくる女性に、聖矢はもう、うんざりと言ったように  上から見下ろすように、声を掛けて、自分好みの服が売ってそうな所を聞いてみた。  「アハハハ!なんだい!そうかい!いや〜。それは、悪いことしたね」   バンバン!!  「いて〜よ!テメッ!馴れ馴れしいな?   そんなことより、どっか他に良い所知ら無ぇのかよ?」  聖矢が、兵士じゃ無いと分ると、掌を返したように満面の笑みで笑い出し、聖矢の背中を強く叩いてくる。    「ん〜?と言われてもねぇ、この辺のは何処も似たようなものだからねぇ〜・・・あ!」 パァン!!  女性は、何かを思い出した様に、両手を胸の前で叩いた。  「ん?なんか知ってるのか?」  聖矢は、その女性の反応に、淡い期待を込め聞いてみた。  「そうだよ!あそこが在った!?」  「で?”そこ”はどこだ?」  「デオドガンだよ!デオドガン商業組合!?今ちょうど、王都の南で市場を開いているはずだから行ってみな!   奴等は、大陸中の珍しい物を集めては、イースペリアでも年に何度か市場を開いてるから   きっと、お客さんの好みに合う物も見つかるはずだよ!」    腰に手をあて、聖矢に人差し指を付きたてながら、ウインクして嬉々として説明する店員。  「ほぉ。大陸中の珍しい物、ね。少なからず、興味をそそられるな?良し!行ってみるか」  聖矢は、女性の説明を聞き、早速行ってみることにした。  ”思い立ったが吉”聖矢はそそくさと、そのデオドガンとやらが開いているという市場に向かって駆け出した。    「あ!お客さん!アンタ!名前は!?」  その時突然、女性が店から飛び出して来ると、聖矢に向かって大声で、名前を聞いてきた。  「ぁあ!!俺か!?俺は聖矢!!」    聖矢も女性に振り向き、その場で大声で、自分の名を叫んだ。  「セ・・・セイア?・・・。   アタイは!アリサ!アリサ=ペンドルト!?アタイ夜は、”デウネ・スート”っていう酒場で働いてるんだ!?   良かったら、寄っとくれよ!アンタを兵隊と間違えたお詫びに奢るからさーー!!」  「おお!!分ったーー!言っとくが俺は、かなり飲むぞーーー!!!」  「アハハ!!覚悟しとくよーー!?」  お互い大声での自己紹介を交わし、聖矢に向かって、手を振るアリサに  周りから白い目で見られながらも、聖矢は、そんな事は全く気に留める事無く踵を返すと  デオドガンが開いていると言う市場に向かって駆けて行った。
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・・・イースペリア、地下牢獄・・・  地上で今正に展開されている騒動など全く知るよしも無い、アルフィアとダーツイの黒妖精(ブラック・スピリット)オリビアは  アルフィアがバスケットにいれ持ち込んだ食事を小さなランプの火が灯されながらも薄暗い、牢獄の一室で談笑に耽っていた。  「何時もすみませぬ、私などの為に食事を運んでいただき、アルフィアさんにはいくら感謝してもしたりません」  「(ぷるぷる!!)」  オリビアの何度目かになる感謝の言葉を聞き、膝を抱えて壁に寄りかかるアルフィアは大きく首を振った。  そして、手にするメモ帳に何やら文字を書き始めた。  「(私の方こそすみません。何時も下手な料理しか、作れなくて・・・)」  「そ、そんな事はありません!その・・・あの。りょ、”良薬は口に苦し”と言うではありませんか!?」  申し訳無さそうに、差し出された文字を読み取り、何とかアルフィアを励まそうと  何とも言えないアルフィアの料理に対して、オリビアは己の脳細胞を総動員して精一杯の世辞を言ったつもりだったのだが・・・。  『や、やっぱり。私の料理は・・・マズインデスネ・・・』  「ど、どうなさいました!アルフィアさん!?」  途端に地下牢獄よりも暗く落ち込むアルフィア・・・。     カキカキ!!  「(良いんです!どうせ、私の料理は不味いです!でも・・・でも!私だって一生懸命がんばってるんです!?)」 ビリ!! ポカポカ!!  「イタ!イタタ!!ア、アルフィアさん、お止めください!」  突然、泣きながらメモ帳に殴り書きするとページを破り捨て、オリビアに突きつけ殴りだすアルフィア・・・。  「そ、そうだ!来訪者(エトランジェ)殿はどうしておいででしょうか!?」   ・・・ピタ。  オリビアから出た言葉に、アルフィアは叩く腕を止め、再びメモ帳に何かを書き  不思議そうな顔でオリビアを上目遣いに見る。  「(どうしてですか?)」   「いえ。その・・・少し気になったものでして、あの方は”ラキオスの蒼い牙”にさらわれた来訪者(エトランジェ)殿の事を 酷く心配していたご様子でしたので」  オリビアはいまだに聖矢に受けた一撃を思い返す度に疼く腹部に手をやりながら 当時の聖矢の姿を思い浮かべながらアルフィアに問いかける。 カキカキ・・・。  「(何処かまだ痛みますか?)  「あ、・・・いえ。もう痛みはありません・・・ただ、来訪者(エトランジェ)殿に食らった不可思議な一撃を思い返す度に   ・・・あの衝撃が蘇るのです」  剣技に置いても、鍔迫り合いなどで良く打撃を受ける事はあるがあれは・・・あの一撃は・・・そんなレベルでは無かった。  まるで腹部が根こそぎもぎ取られたかと思った・・・来訪者(エトランジェ)とは皆あの様な  不可思議な技を持つ者なのか・・・。  それに・・・あの涙・・・男の方の涙など見たのは初めてだ。  あの涙は、痛みに涙したのでは無い・・・悔しさに、自分の命を投げ出してでも守りたい者を守れなかった悔しさから流れた物だ。  あれだけの重症を追いながらも、友を追うために立ち上がったあの方の姿は・・・美しかった。  あの方の様な人が・・・私の主なら・・・私の様な妖精(スピリット)にも、泣いて下さるだろうか・・・。  オリビアは、聖矢に傷つけられ塞がれた左目を指でさすりながら、物思いに耽る。   カキカキ・・・。 トントトン・・・。     そんな、オリビアにアルフィアは何かを伝えようと、メモを記すとオリビアの肩を優しく叩く。  「(セイア・・・様は、すっかり回復され元気でおいでですよ)」  メモに記された文字を見やり、顔を挙げアルフィアを見やるオリビア。  すると、そこには満面の笑みを浮かべるアルフィアの顔があった。  「そうですか。安心・・・しました。あの方に剣を向けた私が言えた義理ではありませぬが・・・よろしくお伝えください」 ・・・コクリ。  オリビアの言葉に、しっかりと頷くアルフィア。  そして、二人はお互いの顔を見て微笑みあった。  その時・・・。 ガシャン!?  「アルフィア!?」  突然牢屋の扉に体当たりするような勢いで、息を切らせながらリアが駆け込んで来た。  二人は、突然の来訪者にハトが豆鉄砲を食らった様な顔でリアを見つめた。  「セ、セ!セイ・・・ア、様・・・が!」  息も整えぬうちに、荒い呼吸と共に、セイアの名を呼ぶリア。  只ならぬ事態を察知したアルフィアは、【慈愛】を手に取ると、リアに駆け寄った。  そして、リアの口から告げられた事実は衝撃的なモノだった。    「セイア様が!脱走しました!?」   
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・・・イースペリア王都南部・・・  大勢の人々で賑わう大市場・・・。  今開かれているのは、いわゆる一つの祭りと言っても過言では無い。  大陸の南西部に赤々と広がるダスカトロン大砂漠に存在するオアシス、ミライド湖にある街・・・デオドガン商業組合自治区。  砂漠のキャラバン隊を努め、南部と北部、西部と東部を結ぶ重要なパイプラインとして存在してきた彼等が年に数度大陸各地より  仕入れた商品を持ち寄り、大陸各地で開かれる大市・・・それが、今年はイースペリアにて執り行われていた。  デオドガンの者たちは元々はただの商人の集まりだったのだが いつしか砂漠の交通と、その利潤を得る集団へと変化していった・・・。  故に、この大陸において唯一と言っても良い完全な中立を保っていた。    『・・・う〜ん・・・良し!!異常なしです』  そんな、大勢の人々が行き交う大市場の中を人波を縫うようにして、キョロキョロと見渡す赤妖精(レッド・スピリット)の少女の姿があった。  大の大人にすっぽりと隠れてしまう程小さな小さな少女だが、その手には少女には不釣合いな両刃刀が握られている。  彼女は、何御隠そうデオドガンが所有する妖精(スピリット)の一人である。  なぜ中立者であるデオドガンが妖精(スピリット)を所有しているのか・・・。  それは、中立者故の理由があった。それは・・防衛の為である。  大陸の中心に位置するデオドガン商業組合自治区は、サーギオス、マロリガンと言った大陸二大勢力が  各国に攻め入る拠点とするには、絶好の地点にある。だが、北に”龍の魂同盟”三国があることから マロリガン、サーギオスは簡単にはデオドガンに攻め入る事が出来なかった。  もし、デオドガンを攻め陥落させたとしても、二大勢力の一つと”龍の魂同盟”を敵に回す事は必須・・・。  それは、大陸全土を巻き込む大戦の開始を意味していた。  ”龍の魂同盟”がいかに二大勢力より力が劣るといっても、その力は侮りがたい、なぜなら、大陸が誇る四大妖精(スピリット)の二人  ”イースペリアの紅の瞳””ラキオスの蒼い牙”を保有しているからだ・・・。  その為、マロリガンとサーギオスは今ひとつきっかけを掴めずにいた。  そんな、二大強国に板ばさみにされ常に何時攻め込まれるとも限らない危機的状況に置かれたデオドガンは  大陸各国に自分達が恒久的に中立者である事を宣言した。  マロリガン、サーギオス、”龍の魂同盟”どちらにもつかない事を宣言することで  大陸全土が戦争陥る最大の可能性をつんだのである。  デオドガンがの中立宣言のお陰で、大陸全土は危ういながらも、平和なバランスを保っていた。  だが、いくら中立者宣言を出したと言っても、それで、完全に自分達が攻め込まれる可能性が消えたわけではない・・・。  その為、デオドガンは大陸全土を渡り歩き、自国防衛の為の妖精(スピリット)隊を組織したのだ。  さて・・・では、そんなデオドガンの妖精(スピリット)はここで一体何をしているのだろうか。  「シャオ〜!交代の時間ですよー!!」  「あ。は〜い!?」  シャオと呼ばれた赤妖精(レッド・スピリット)は仲間の声に振り向き、足を止めると返事を返した。  彼女たちデオドガン妖精(スピリット)隊のイースペリア大市での任務は、警備である。  いくら、平和なイースペリアと言っても最近は、来訪者(エトランジェ)召喚騒ぎなどで何かと物騒になっている為  彼女たちは不足の事態に備え、市場を回り警備を行っていた。  「今、行きますー!」  仲間の元に行こうと駆け出すシャオ・・・。  その時・・・。  「さ〜て!これから女と一発やりに行くぞー!!」  「キャハハ!テメェも好きだな〜!?」 ドン!?  「きゃっ」  「っ痛!?」  仲間と肩を組みながらビール片手に談笑しながら突然シャオの前に出てきたスキンヘッドの男にぶつかり尻餅をつくシャオ。  「痛ぇ〜!どこ見てやがる!?」  「す、すみません!!」    男に怒鳴りつけられ、その場で土下座で謝るシャオ。  「ん〜・・・。コイツ、妖精(スピリット)だぜ!?」  しゃがみ込み、シャオを目を細め見つめる連れの男は、カッと目を見開き仲間に叫ぶ。  『ぅ!お、お酒臭いです〜』  男の口からアルコールの独特の匂いが発せられ、その匂いに顔を逸らすシャオ。  どうやら二人は酔っ払いの様だった。  「なに!?クソ!最悪だ!?」  ぶつかった相手が妖精(スピリット)と分り不快感を漂わせた顔でシャオがぶつかった箇所を  乱暴に払う男。  「って!お前その手!!」  「あ〜?手?っ!?」  服を払うスキンヘッドの男の手を見て突然叫び声を上げるもう一人の男。  そして、友人に叫ばれ男は初めて自分の服にベットリと血が媚リついている事に気付く・・・。  どうやら、先程ぶつかった拍子に、シャオの神剣が男の手を傷つけたらしい。  「も、申し訳ありません!!大丈夫ですか!?」    自分が怪我を負わせた事を知り、慌てて駆け寄るシャオ。  「触るんじゃね!!」 ボガッ!!  「ギャ!!」 ザザーー!!  シャオに腕を掴まれ事で切れた男は、ビールの入った木製のコップでシャオを殴りつける。  体の小さなシャオは、その一撃でまるで地面をすべるように転がった。 グイ!  「おい!貴様!どうしてくれるんだよ?あ!?ダチが怪我したぞ!!」 バシャ!!  「冷て!?」  連れの男が手持つビールの入った木製のコップを人ごみに投げつけると、吹き飛ばされたシャオの髪を掴み  睨みつけ怒声を浴びせる。  「チクショ!こうなったらコイツで一発やってやるぜ!!」  「お、おい!正気かよ!?コイツ・・・妖精(スピリット)だぞ!!」  「るせぇ!!構うかよ!?ヘヘヘ!」   ビリビリ!!!  完全にぶち切れている男は、その場でシャオに馬乗りになると衣服を引きちぎり笑みを浮かべながら  シャオの股間をまさぐり始めた。  「キャ!あ、だ・・・だ、れか!」  怯えた瞳で必死の抵抗をしながら、行き交う人々に助けを求めるシャオ。  その瞳からは涙が溢れ、自分に馬乗りになりながら、卑猥な笑みを浮かべる男への恐怖が張り付いていた。   だが、そんなシャオを助けようとする者は、一人として現れない・・・。  まるで、男たちとシャオが見えていないかの様に人々は、無関心に足を止める事無く歩いてゆく。       「たく・・・物好きめ」  やれやれと、大仰に肩を竦める連れの男。   その時・・・。  「お、お待ちください!!」  「んだ?テメ?」  一人の緑妖精(グリーン・スピリット)が現れる。  そして、男の前に膝をつき、下肢づく。  「わ、私が!私がお相手させていただきますから!?どうか・・・どうか!妹を放してあげて下さい!!」  必死に男たちに懇願する緑妖精(グリーン・スピリット)・・・。 グイ!?  「ぁあ?誰に物言ってんの?お前?」  だが、男はそんな緑妖精(グリーン・スピリット)の必死の願いも無視して  髪を掴み睨みつける・・・。  「ど・・・どう、か・・・妹を」  髪を引きちぎられる様な痛みに耐えながら、緑妖精(グリーン・スピリット)は尚も願い出る。 ゴガッ!!  「うぜぇんだよ!!テメェ等妖精(スピリット)はよお!!」  男は緑妖精(グリーン・スピリット)から手を離すと、その顔に蹴りを見舞った。    「なぁに人様に向かって、口利いんだよ!ああ!?」 ドガッ!ドガッ!!  吹き飛んだ緑妖精(グリーン・スピリット)の腹部に思いっきり蹴りを叩き込みながら、罵声を浴びせ続ける男。  「あはは!気分爽〜快!・・・よし良いぜ?この場で姉妹仲良く貫いてやるよ!?キャハハハ」 ビリビリー!!  狂った様に哂いながら、腫上がった顔の緑妖精(グリーン・スピリット)の服を引きちぎっていく連れの男。    「へ・・・へへへ。テメェも人の事言え無いじゃねぇか!?   さ〜て・・・こっちはそろそろ頃合だ〜・・・行くぜ!!」  シャオの股間を弄っていた腕を止め、ズボンを下ろし一物を取り出し、シャオを組み敷くスキンヘッドの男。  「ぅぅ・・・ぅ。ぉ・・・おねぇ、ちゃ・・・ん・・・」  「シャオ・・・大、丈夫。お姉ちゃんは大丈夫・・・だか、ら」  往来で二人の男に互いに蹂躙される二人の姉妹・・・。  妹の瞳からは止めど無く涙が滝の様に流れ・・・。  姉は、そんな妹を、少しでも安心させようと精一杯の笑顔を向ける・・・。  その時・・・。    ツカツカ・・・。  「あ?何だ?混ざりてぇのか?悪いな俺たちが終わった後にしてくれるか?」  一人の男が人混みから大股で緑妖精(グリーン・スピリット)を組み敷く男の前に進み出てきた。  なぜか、その男は雨も降っていないのにずぶ濡れだった。  「おい!聞いてるのか!?」  一向に立ち去る様子の見えない男に嫌気が差したのか、男は緑妖精(グリーン・スピリット)を組み敷いたまま、男に向かって  声を張り上げる。   「ふんぬーーー!!!」 ドゴンォン!!      ずぶ濡れの男は、男の髪を掴むとその頭に頭突きを食らわせた。  すると、その場にものすごい音が響き渡り、頭をカチ割られ血まみれとなった男は、その場に白目をむいて崩れ落ちる。 グイ!?  「すぅ〜・・・。俺の服に何してくれんだコラ!! さっき買ったばっかりなんだぞ!?ああ!?   頭カチ割るぞ!!テメェ!!!」   一度息を吸い、既に気を失っている男の襟首を捻りあげ、怒鳴り散らす。  アルコール臭い濡れた衣服を親指で示しながら、眉間にシワを寄せ怒りの表情を浮かべる男・・・。  どうやら、先程男が人込みに投げ捨てたビールを浴びてしまったらしい。  「聞いてんのかテメェ!!おい!!」  「ちょいと兄さん・・・俺のダチに何してんだ!!」 ヒュン!!  男が怒りのままに怒鳴り散らす中、もう一人の男がシャオから離れ友をやられた怒りから拳を振りかぶる。  「のやらぁああ!!」 がっ!  だが、男の振るった拳はいとも容易く片手でいなされた。   ヒュン! バキ!?  男が驚く間もなく、男が突き出した二の腕に滑らせるようにして、掌打が見舞われる。  「ぐっ!こ、この!」  食らいはしたものの大した威力は無く、ガタイの大きな男はひるむ事無く男を睨む。    ヒュン!  「おい!」 バキ!  「ぐふ!」  ヒュン!!  「おい!」 バキ!  「がふっ!」  ヒュン!?  「今こっちは取り込み中だ・・・」 バキ!  「あが!」  片手に男を抱え引きずりながら、スキンヘッドの男に語りかけると同時に一歩ずつ踏み出しながら掌打を何度も放つ。  スキンヘッドの顔は掌打を打ち込まれる度に後方に激しく弾かれ、男が踏み出すたびに後退してゆく。 ヒュッ!!  「寝て、ろ!?」   バゴ!!  「・・・」 ドザッ!?    そして、今までよりも鋭く踏み込んだかと思うと直線的だった掌打の軌道が真横に変化し男の掌打が  的確にスキンヘッドのテンプルを貫き、スキンヘッドはだらりと両腕を下げ頭を揺らしながら地面に沈む。  『す・・・すごい』  『い、一体・・・何をしたのですか?』  組み敷かれていた男たちに解放された妖精(スピリット)の姉妹は、目の前で瞬く間に  二人の男を地面に静めた鮮やかに朱色に染められたコートを纏う男の摩訶不思議な攻撃を食い入るように見つめていた。  「・・・さ〜て?」  男は、うつ伏せに倒れふし痙攣するスキンヘッドから視線を片腕に握るもう一人の男に移し、右手を振りかぶる。    「起きろよ?あ?何時まで寝た振りしてんだ、よ!」 バチン!    「うがぉ!?」  額から夥しい量の血を流す男の顔にビンタを見舞うと無理やりたたき起こす。  「おは、よう!?」   ブン!? ドザッ!ザザーー!!  目覚めた男に顔を寄せ怒りに満ちた笑顔で目覚めの挨拶をすると、両腕に力を込め投げ飛ばす。  投げた飛ばされた男は、土煙をあげながら滑るように転がる。  「ぅ・・・ぐぁ・・・」  自分がなぜ地面とキスしているのか訳が分らない男は身を起こそうと、重い体を反転させ一度うつ伏せにしようとした。  だが・・・。   ガツ!?  四つん這いになった男の顔を何者かが踏みつけ、男は顔を地面に叩きつけられた。   グリ・・・グリ・・・。  男の頭を足の裏でサッカーボールを操るように、転がし男の頬に当たるカカトに力を込め  ゆっくりと捻る。   「人が苦労してやっと見つけた服を、よくもまぁ台無しにしてくれたなぁ?あ?」  そして、頭上から低くドスの利いた声が掛けられる。    「わ、わる・・・い・・・ちょ、ちょっと・・・よ、酔って、て・・・」    男は声を震わせながら、何のことか分らないながらも精一杯謝罪する。  「酔ってて?”酒は飲んでも飲まれるな”って言葉知らねぇのか?」 ぐいっ!?  「そ〜れ〜に〜・・・人に謝るときはごめんなさいだろが!!!」 ガヅン!!  「ごばっ!!」  男の顔から足を退け、髪を掴み男の謝罪に切れると、共に男の顔面を地面に叩きつける。    ガツガツガツ!!!   怒りの収まらない男は、何度も何度も男の顔を地面に叩きつける。  路面は男の血で紅の桜の様に染め上げられ。  飛び散った血が叩きつける男の顔に降りかかる。  「ご・・・ごべん・・・な、ばい」  もう一度地面に叩きつけようと頭を引き上げると、息も絶え絶えの男の口から聞き取れるか聞き取れないか位の声が  朱色の服の男の耳に届く・・・。  「・・・ふぅ〜・・・けっ」  その謝罪を聞きようやく男は納得したのか、男の髪を離し暴力の地獄から解き放つ。   シュッ・・・シュッ・・・シュッボ。    「ぷぅ〜・・・ペッ!?」   ベチャ!?  男は懐からタバコとライターを取り出し、タバコに火をつけると  地面に倒れたままピクリとも動かない男にツバを吐き捨て踵を返した。  「あ、あの人です!!」     「そこの男!!動くな!?」  その時、男の背に兵士を引き連れた一人の女性の声が響く。  どうやら、騒ぎを見ていた一般人の何人かが男の余りの暴力に兵士を呼んだ様だ。  「ちっ。・・・少しやりすぎたか」  タバコを人差し指と中指ではさみ取り、口から離すと一つ舌打ちをして顔に付いた血を袖口で拭う。  「こ、こちらです!!」  「あ?」  点けたばかりのタバコを地面に捨て逃げようとした時  男の両脇を何者かが掴み、ヒョイっと男を持ち上げるとすごいスピードで何処かに駆けてゆく。  「ちょ。なんだよ!お前等!?」  「今は逃げることが先決です!!」  自分の腕を掴む少女達に不思議そうに声を掛けるが、少女達は男に二の句を告げさせず、もの凄い勢いで走る。    「まてーー!!止まれーーー!!」  その後ろから三人の兵士がそれぞれ手に武器を掲げ、逃げる男と少女達を追い立てる。  「つ、掴まって下さい!」  「し、失礼!!」  「あ?え?何?」    その時、両側から少女達が男に一度声を掛け、同に手を回し抱きしめる。   男は持ち上げられ後ろ向きに抱えあげられていることで、顔を見ることの出来ない少女達に疑問を投げかける。  「行くよ!お姉ちゃん!!」  「うん!せ〜、の!!」 ダン!  少女達は、お互いの顔を見て頷き合うと、呼吸を合わせ同時に踏み切る。  「うお!?」  『と、とと飛んでるぅうう!!』  軽く30メートル程の高さまで飛び上がり、下に見える地面が遠くなって行くという信じられない事態に  身を硬直させる男。  「はっ!?」  「やっ!?」   ダン!?  「うぉおおお!!」  佇む家の屋根に降り立つと同時に、二人の少女は間をおかずに再び空中へと身を投げる。  今度はお互いにタイミングを合わせずに行うという素晴らしいコンビネーションのオマケつきで。  「クソ!?おい!追うぞ!!」  「ま、待ってください!今のはデオドガンの妖精(スピリット)ですよ!!   デオドガンにはどの様な理由があれ女王の許可無く踏み込むことはできません!!」  「なんだと!!え〜い!クソ!直に王宮に知らせろ!!」  「はい!!」  逃げる男と妖精(スピリット)達を見上げながら  年配の兵士は悔しそうに歯軋りした。  「・・・ここまで来れば大丈夫です」  「はぁ!はぁ!」  「だ、大丈夫ですか?」  地面に降り立ち、荒い呼吸をする男に赤妖精(レッド・スピリット)の少女が心配そうに声を掛ける。 ぐいっ!!  「だ、大丈夫なわけあるか!!前が見えない事がどれだけ怖いか教えてやろうか!!」  先程の数瞬の空中散歩を思い出し、恐怖から男は思わず少女の襟を締め上げ、怒鳴る。  「す、すいません!!」  「・・・ふー!ふー!あ?」     そして、自分が締め上げる少女の衣服が破れ、そのまだ未発達な裸体が顔を出していることに初めて気付く。  「ふぅ・・・これ着ろ」    一度息を吐き、心を落ち着かせた男は少女に背を向けると自分が羽織る朱色のコートを脱ぎ後ろ手に渡す。  「あ、ありがとう・・・ございます」  少女は、そのコートを信じられないと言った感じで受け取ると  嬉しそうに胸の前でギュッと抱きしめる。  「何方か存じませんが、我等を救っていただきありがとうございます」  そして、男に向けてもう一人が感謝の意を込めて頭を下げる。   「は?・・・っ!?」  何のことか訳が分らず、首を捻りながら声のした方に視線を向け  ハダケタ豊満な胸を片手で申し訳無さそうに隠す緑妖精(グリーン・スピリット)がそこに居た。  「???」  『こいつもかよ・・・』  なぜか睨む様に見つめられた緑妖精(グリーン・スピリット)はその理由が分らず思わず首を傾げる。  「はぁ〜・・・これやるよ」  男はそう言うと手に持つ麻袋から古ぼけたイースペリアの軍服を取り出し、緑妖精(グリーン・スピリット)に投げつける。  「え?あ、ありがとうござ―――」   シュボッ!?  「・・・とりあえず・・・助けてくれてありがと。じゃな」  男は、緑妖精(グリーン・スピリット)の礼最後まで聞く事無く  タバコに火を点けると、事務的に礼を言い二人に向け、手をヒラヒラと振るとそのまま歩き始める。  「お、お待ちください!!」  「ま、待って!!」 がしっ!?  「んだよ?離せよ」  もう面倒ごとはたくさんとその場を後にしようとした男の肩を二人が同時に掴み、引き止める。  「まだお礼が済んでおりません!!」  「はぁ?お礼?」  緑妖精(グリーン・スピリット)の言葉に本当に訳が分らないと言った様子で聞き返す男。       「はい!恩人に何もせぬまま返したとあっては、デオドガンの名折れです!?お礼をさせてください・・・え〜と」  緑妖精(グリーン・スピリット)は、そこで初めて自分達を助けてくれた男の名前を知らない事に気付いた。  「・・・名前か?俺は白銀聖矢だ」  男・・・聖矢は、少女が言いよどむのを見て何かを悟ったのか、名を名乗った。  「ど、どうも・・・私はデオドガンの妖精(スピリット)でレイチェル=グリーン・スピリットです」  「シャ、シャオメイ=レッド・スピリット・・・です」  聖矢に習うように、二人は名乗ると聖矢に対してお辞儀した。  「あ、そ。それじゃ俺はこれで・・・」  「だ、だから!待ってくださいってば!!」 がしっ!!  お互いに名を名乗り終え再びその場を去ろうとする聖矢の肩をレイチェルがまたも掴む。     「だぁー!!っるせぇな!?」 ばしっ!?  「痛!?」  聖矢は、掴まれた肩を鬱陶しそうに乱暴に払っう。  「俺がぶっ飛ばしたあいつ等の事で礼がしたいって言うならお門違いもいいところだ!!   テメェ等を助けようなんて、これっ・・・ぽっち!?も思って無ぇよ!?   苦労してやっと見つけた服を奴等に汚されて、ムカついたからぶっ飛ばしただけだ!?   俺の事をテメェ等がどう思おうが”勝手”だが、俺は無償で困ってる奴を助けてやるほど善人じゃ無ぇ!!   分ったか!!ぜぇ!ぜぇ!」     息もつかずに言いたい事を二人にぶつけた聖矢は、疲れた顔で息を荒くした。  「・・・分りました・・・」  「ぜぇ。ぜぇ・・・。お、おう・・・わかっ、たか。それ、じゃ。俺は、行く、ぞ」    聖矢の訴えを聞き、レイチェルは意を決した様な顔をした。  ようやく聖矢が言いたい事を理解してくれたと思った聖矢は、噴出す汗を拭いながら  安心した様に微笑を浮かべる。  「”勝手”にします」  「・・・はぁ?」   「シャオ!セイアさんを駐屯所に連れて行くわよ!!」  「う、うん!!」   がしっ!!  何処か怒ったような調子でレイチェルはシャオに命令すると、二人は再び聖矢の両脇を抱える。  「お、おい!?コラ!人の話し聞いてたのかよ!!」 ジタバタ!?  抱えあげられた聖矢は、逃れようと足をバタつかせ、両腕に力を込めるが二人は女とは思えぬ力で、ビクともしない。  「セイア様は私たちがどう思おうが”勝手”と言いました!だ・か・ら!!勝手にお礼をします!?」  「んだと?俺はそんな事言って無ぇ!!」  「いいえ!!言いました!?」  「うん・・・お兄ちゃん確かに言った」  三度逃れようと両腕に力を込めるが、まるで巨大な大岩が両手にあるかの様に動かない。    「さぁ!無駄な抵抗はやめて行きますよ!!」  「おー!!」  レイチェルの号令にシャオが笑顔で答えると、二人は息ピッタリと二人三脚の様にして  聖矢を自分達のイースペリアにおいての拠点へと強制連行して行く。  「は、離せぇえええ!!」  聖矢の涙ながらの叫びを無視して・・・。 

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