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 聖矢が、イースペリアで目覚めた頃・・・。
 イースペリアの東に位置する小国・・・ラキオス王国。
 嘗ては、北方全土を支配するほどの大国だったが、その力は衰退し、今やサルドバルト、イースペリア
  ”龍の魂同盟”と呼ばれる協定からなる協力関係を結ばねば
  他の国に対抗できないほどの小国へとなっていた。
 だが、そんなラキオス王国の王は、さしたる切れ者でもなければ、腕に覚えのある剛の者でも無かったが
 他に類を見ないほどの野心家であり、どうにかして、大陸全土を我が物にしようと企てていた。
 そんな折り、その密かなる野心を具現化できるかもしれない”兵器”を手に入れた。
 その”兵器”とは・・・。

	ギィ・・・。

 「・・・来たか」

 重く巨大な謁見の間の扉が開き、兵士に引きずられる様に連れて来られた男を見やり
 ラキオス王は嫌悪感を感じる酷く卑猥な笑いを浮かべた。

 「っ!何しやがる!!」

 離れの屋敷で休んでいた悠人の下に訪れた兵士に、まだ満足に動かぬ体を引きずられながら
 見たことも無いくらい広い場所に連れて来られたかと思い、辺りをキョロキョロと見渡していると
 突然、突き飛ばされ、悠人は怒りを込めた瞳を兵士へと向け、怒鳴り散らした。

 「(やかましい!!来訪者(エトランジェ)の分際で王の御前だぞ!!頭が高い!控えろ!?)」

	ガツン!?

 すると、兵士は手にした棍棒の尻の部分で悠人を思いっきり殴りつけ、地べたに転がした。

 「ぐぁっ!?」

 口の中に錆の様な味が広がり、激痛が襲う。
 悠人はその痛みを怒りの感情で押さえつけながら、自分を殴りつけた兵士に挑みかかろうとした。
 その時・・・。

 「お兄ちゃん!?」
 『え!?』

 とても聞きなれた・・・。
 自分の良く知る、大切な者の声が耳に響いた。
 なぜだろうか、この世界に来てまだ、数日足らずだというのに、もう何年も聞いて無いかの様に感じた。
 その声の聞こえた方へとゆっくりと視線を向ける。
 それが、幻聴では無いことを信じて・・・。

 「か・・・お・・・り・・・?」

 半ば信じられないと言った様な感じで、悠人は確かめる様に名を呼んだ。
 まるで、搾り出す様な声と同時に、悠人の瞳が懐かしさえ感じる、その姿を捉えた。

 「・・・おに・・・ちゃん」
 
 少女も、久しぶりに兄の姿を見て、両目に喜びの涙を滲ませながら再び呼んだ。
 悠人は地べたに這い蹲り、佳織は両手を鉄の枷と鎖で後ろ手に拘束されていた。
 佳織の居る場所は、悠人のいる位置から僅か数十メートル・・・。
 身を起こし、全力で駆け出せば、抱きしめてやることが出来る・・・。

 こんな目にあってどんなに心細かっただろう?
 まともに言葉も通じない奴らばかりでどんなに不安だっただろう?
 今すぐ・・・抱きしめてやる。もう、寂しい思いはさせない。
 今、行くぞ・・・佳織。

 「佳織!!!」
 「(この!大人しくしろ!?)」

	ごっ!?

 「ぐ!?は・・・はな、せっ!」
 「お兄ちゃん!!」
 
 喜びが胸の中にジワリと広がり、悠人は身を起こし駆け出そうとした・・・だが。
 そんな、兄妹の感動の再会を阻む様に、数人の兵士に頭を地面に押し付けられ
 悠人は取り押さえられてしまった。
 
 「(貴様!?訳の分らない言葉を喋るな!!!)」
 
 	バチン!?

 「キャッ!?」
 『佳織!?』

 地面に押さえつけられた悠人の僅かな視界に、妹を平手で張り飛ばす兵士の姿が飛び込んでくる。
 それを見た、悠人の頭に一気に血が上った。

 「か・・・お・・・り!」
 「(な!こ、こいつ!まだ抵抗するか!?)」
 「(こ、のっ!?大人しくしろ!!)」

	がっ!がっ!ドガっ!?ズガッ!!

 「やめて!やめて!?お兄ちゃん!お兄ちゃん!?」
 『佳織!!佳織が・・・泣いてる。
  誰だ?誰が泣かした?誰・・・が?』

 数人がかりで押さえつけられながらも、信じられない力で、起き上がろうとする悠人を
 兵士達は手に手に、棍棒を持ち、何度も殴り飛ばす。
 だが、悠人は全く痛みを感じていなかった・・・。
 怒りの為だろうか、脳に大量のアドレナリンが分泌し、感覚が鈍くなっているのか。
 周囲で騒ぎ立てる兵士の怒声も、自分を殴りつける音さえも耳には、入って来なかった。

††††
 「(ふぅ・・・。??)」 カタカタ・・・。  『(神剣が・・・震えている?)』  悠人に対する一方的なリンチとも思える惨状を、何処か愉快そうに見つめる王とは対照的に  まるで、これ以上、矮小な輩の醜い姿を見ていられないと言った面持ちで、王の傍らに座る王女は溜息と共に視線を逸らした。  すると、その逸らした視界に、小刻みに震える一振りの無骨な神剣が飛び込んでくる。  『こいつらか?こいつらが・・・佳織を泣かせたのか?   ・・・コイツラガ・・・』 キーーーン・・・。  まるで、悠人の激情に呼応するかの様に、神剣は先程よりも激しく震え始めた。    【力が欲しいか?我が契約者よ】  何時か・・・。 何処かで・・・。 聞いたことのある声が・・・聞こえた。  『ああ・・・欲しい。佳織を守る力が・・・。   佳織を泣かした・・・こいつらを倒す力が・・・俺は欲しい!!』  悠人は、その声の主の事を考えるよりも  その声の問いに対して、自分の欲する”求め”を心の中で・・・。  声の主に対して高らかに叫んだ・・・。  そして、震える神剣は俄かに青白い光を発し始めた。  『(いけない!?)』  「(もう良い!?早くその者から離れよ!!)」  それを見た王女は、悠人にリンチを繰り返す、兵士達に叫んだ。     「(え?)」    「(は?)」    兵士達は、突然の王女の叫びに訳が分らず、悠人を殴る手を止め、王女を仰ぎ見た。  「(レスティーナ?どう・・・)」  そして、ラキオス王も自らの娘を、楽しんでいた余興を遮られた事から  まるで、睨むように王女を見やる。  その時・・・。 ヒュン!? ドガーーーン!!  「(なぁ!?)」  ラキオス王の顔の目の前を何かが高速で、飛来して壁に激突した。  王を始めとする家臣達は、その飛来した何かに目をやった。  壁に叩きつけられたモノ・・・それは、先程まで悠人を暴漢していた兵士の一人だった。  床に痙攣しながら瓦礫と共に転がる兵士の装甲は、まるで巨大な鉄槌に殴られたかのごとく拉げ  床は兵士の血で真っ赤に染め上げられていた。    「き・・・さ・・・まらぁあああ!!!!」  まるで解き放たれたの如く、謁見の間を振るわせる咆哮の様な叫びに、その場に居た者達が  一斉に視線を一点に向けた。  そこには、薄っすらと青白く発光する煙の様なモノを全身に纏い立つ悠人の姿があった。  まるで、自らの命の輝きをもって、その存在を証明するかの様に吹き上がる淡い光は正に・・・  伝説に聞く、来訪者(エトランジェ)のみが操れると言われる、精霊光(オーラフォトン)そのままだった。  「(この野郎!?よくも仲間を!!)」 ぶん!?  「(お待ち・・・!?)」  仲間がやられた事で、激昂した兵士の一人が、悠人に向けて棍棒を振るった。  それを、見た王女は制止しようと声を張り上げる。  だが・・・その叫びは、悠人の事を心配してのモノでは無かった。 がしっ!?  「(な!?この!離・・・)」  棍棒を信じられない速度で掴み取った悠人に驚きながらも、激昂した、兵士は尚も悠人に対して敵意を失う事無く叫ぶ。  しかし、その勇気と呼ぶには余りにも愚か過ぎる行動も此処までだった・・・。     バキッ!?  「(・・・な!)」  悠人は棍棒を素手で握りつぶして見せた。  それを、見た兵士は、今までの勢いは何処へ行ったのか  その、顔は恐怖に氷ついていた。  「ぁあああ!!」  ドゴン!!  悠人は、拳を力強く固め、大きく振りかぶると、雄叫びと共に、兵士を殴りつけた。  悠人の一撃を受けた、兵士は、床に激突すると、そのまま跳ね上がり、まるで人形の様に二転三転した。   ゴロン・・・。 ぴくっ!・・・ぴくっ・・・!。  悠人の凄まじい一撃を受けながらも、まだ、何とか息が在るらしく、兵士は、血まみれになりながら、小刻みに痙攣していた。  死んでいないと言っても、その場に居る者に恐怖を与えるには十分過ぎる程の力だった・・・。  「お・・・おに・・・ちゃん?」  だが、悠人の怒りに任せた、余りにも軽率な行動は  彼が守ろうとした者さえも恐怖に陥れた・・・。  怒りに支配された悠人には、妹が実の兄に怯えるその姿も見えては居なかった・・・。   ギロッ!!  「(ひっ!)」  悠人の攻撃の矛先は、残ったもう一人の兵士へと向けられた。  まるで、人とは思えぬ眼光に睨まれた兵士は、その場に尻餅を着き、  蛇に睨まれた蛙の様にその場に硬直した。     グワッ!  「(ぁぁ・・・ぁ・・・)」 ジョジョワ〜〜・・・・。  悠人が拳を振り上げると、兵士は、恥も外聞も無くその場で失禁してしまった。  それを、見た悠人は口元を吊り上げ、ニヤリと笑った。  その笑みは、日頃の悠人からは想像出来ない程、無邪気ながらも・・・恐怖を感じさせる笑みだった。  「(エスペリア!?エスペリアは居るか!!)」  謁見の間を静けさが支配していた中に、凛とした威厳さえ感じさせる声が響き渡った。  その凛とした声から、聞きなれた者の名が聞こえ悠人は思わず振り向いた。  『エス・・・ぺ・・・リア?』  「(・・・はい。此処に・・・)」  悠人が振り向き、今では毎日顔を突き合わせ、すっかり、親しくなった者が悠人の視界の先に現れる。  その顔には、何の感情も窺えない・・・。  日頃の屈託の無い、笑顔を見慣れていた、悠人にはエスペリアの顔は酷く違和感を感じさせた。  「(・・・ふ・・・ふふ・・・。フハハハハハ!!!   さすがわ!伝説の来訪者(エトランジェ)だ!   素晴らしい!素晴らしいぞ!!さぁ・・・【求め】をその手に取り、わしにその真の力を見せてくれ!?)」  王は狂った様に笑い出し、兵士達に手を振り悠人に神剣を渡す様に命令した。  だが、その命令を兵士達は悠人に怯え全く行動に移そうとしなかった。  「(貴様ら!何をしておる!!早く神剣を来訪者(エトランジェ)に届けぬか!!)」  「(・・・うるさい・・・黙れよ・・・)」  〈(!!!!!)〉   王が立ち上がり、兵士達に怒鳴りつける中、王以外の者の声が響く。  その、声にその場に居た者全てが驚き、振り返る。  「(ユ、ユート様!!)」  対峙する、エスペリアでさえ驚きを禁じえなかった。  それもそのはず、悠人の手には【求め】は握られて居らず、王の傍らに置かれている。  それが、意味することとは、悠人と【求め】の同調率が手にする事無く、力を行使することが出来るほどまで  高まっているという事実だった。  「(ならば・・・。お覚悟を・・・ユート様)」  エスペリアは、悠人に向けて槍の矛先を向けながら、殺気さえ纏い言い放った。  「(エスペリア・・・お前も、邪魔、するの、か)」   悠人は自分に刃を向ける少女を、悪い夢でも見ているのではない無いか、と言う様な感じで声を掛けた。  その、声は半ば震えていた。  「(お前は俺の味方だと思ってたのに!あの笑顔は嘘だったのか!エスペリア!!)」   「(・・・今は、何も答えられません。剣を・・・【求め】を御取り下さい・・・ユート様)」    「(ふざけるな!!佳織を!佳織を帰せ!!!)」  唇を一度噛み締め、エスペリアは己の感情を押し殺し、悠人に剣を取るように促した。  だが、今の悠人は、そんなエスペリアの心の慟哭を読み取れる精神状態ではなかった。  信じていた者の裏切り。  妹を人質に取られた絶望。  理由も分らず虐げられる怒り。  訳も分らず訪れた異世界で味わう絶対的な孤独。  今の悠人を支配しているのは、圧倒的な負の感情だった。  「(うぁあああ!!)」       その現実を否定するかの様に、悠人はエスぺリアへと拳を振り上げ突っ込んで行った。  「(っ!?)」  悠人の突然の攻撃に、驚きながらも、気の遠くなる様な時間、戦闘訓練に明け暮れたエスペリアの体は、悠人の攻撃に対して  条件反射の如く、素早く動いた。 カツッ・・・。     悠人から繰り出される拳を柄で受けると、そのまま、槍を横移動させ、悠人の拳の軌道をずらす。  すると、悠人の体は自然と開き、下半身から上半身に至るまでがら空きの状態になる。 ヒュン!! ゴツ!  「(ぐっ!)」  エスペリアは、悠人の腕の内側に残った槍をくるりと回し、尻の部分を、無防備となった悠人の顎へと見舞った。  顎を跳ね上げられる悠人。    「(う、ぁあああ!!)」 ガガガガガッ!!  クリーンヒットしたにも関わらず、悠人は止まらない。  バランスを崩されながらも、雄叫びと共に、エスペリアへと拳の連撃を繰り出す。    「(・・・)」 ガツ!  「(がっ!)」   どがっ!!  「(ぐぅ!!)」   バシッ!?  だが、悠人の攻撃はエスペリアにはかすりもしない。  悠人の繰り出す攻撃を一つ一つ丁寧に防ぎ、受け流し。  僅かな隙間を縫うように、悠人の顔、腹部、足へとエスペリアの攻撃がヒットし、悠人を退けてゆく。  「(いやっ!!)」   ドゴッ!?  「(ぐぁっ!!!)」 ドザザァ・・・!!  「(ボホ!!ゴホ!?)」  そして、悠人の攻撃が止んだと見るや、エスペリアは気合と共に悠人の喉をへと突きの一撃を放った。  悠人はエスペリアの一撃を受け、絨毯の上を転がり、喉を押さえ咳き込んだ。  凄まじいまでの実力差を見せ付けるエスペリア・・・。  だが、はたから見てもエスペリアが手を抜いているのは明白だった。  なぜなら、エスペリアは今までの攻撃の中で、一度もその刃を悠人に対して向ける事は無かったのだから・・・。  「(ユート様・・・まだ、やりますか?)」  槍を立て、悠人の前方に立ちはだかるエスペリアは、悠人を悲しい瞳で見つめながら、声を掛けた。    「(く・・・そ・・・)」  「(・・・そう・・・ですか)」   息を切らしながらも、起き上がる悠人。  それを見て、目を閉じながら、顔を僅かに逸らすエスペリア。 チャキ!  「(ならば、責めて・・・苦しまぬ様に・・・全力で!!)」 カァーーー!!  意を決した様に目を開き構えを取るエスペリア。  その表情からは、底知れる悲しさが窺えた。  そして、悠人に対して今度は正真正銘刃を向けるエスペリア。  すると、エスペリアの槍が僅かに緑色に発光し始めた。 ゾクッ!!  『くっ!なんだ!あれは!!』  【ふふふ・・・マナだ。契約者よ】     光を放つ槍を見て、底知れぬ恐怖を感じた悠人の脳裏に再び声が響く。  「(いやぁあああ!!)」  悠人と求めの会話がなされる中、エスペリアはその手に握る【献身】に  大気の力を渾身の一撃に乗せて放つ技・・・パワーストライクが悠人に向けて放たれる。  『っ!お前は!!』  【あの一撃を受けては、契約者とて一溜りもないぞ?】  『何だと!!くそ!どうすれば良いんだ!!』  【ふふふ。我を呼べ契約者よ】  『お前を?お前を呼べば何とか出来るのかよ!!』  【無論だ。我は第四位、如何に妖精の操る第七位とて敵では無いわ】  『四位?七位?』  【考えている暇は無いぞ?契約者よ。さあ・・・我を呼べ!!我は、永遠神剣第四位【求め】!!   契約者の想い(求め)を力へと変える者なり!?】 キキーーーーン!!      「(こぉおおおい!求めぇええええ!!!)」 ドゴォオオオン!!! チャキン!!    「(はぁあああ!!!)」 キキィーーーン!!  悠人が名を叫ぶと、【求め】が収められていた、箱が爆せたかと思った矢先  悠人の手に、先程まで王の傍に置かれていた【求め】が握り絞められていた。  そして、迫り来るエスペリアの攻撃に呼応するかの様に、悠人の全身が今までより強く、激しく輝いた。    ガキーーーン!!  「(こ、これは!!オーラフォトンの障壁!!)」  【求め】を顔の前で握り締める悠人と、悠人に攻撃を加えようとエスペリアの突き出した【献身】との僅かな間に  まるで何かの紋章に様な物が障壁の様に、青白い光を発しながら浮かび上り、エスペリアの攻撃を完璧に防いでいた。  マナを高密度に練り上げられた来訪者(エトランジェ)のオーラフォトンバリアは  如何に妖精(スピリット)の攻撃といっても易々と貫く事は出来ず  エスペリアの攻撃は悠人のオーラフォトンバリアの前では、まるでそよ風の如く感じられた。  「(まさか・・・これ程・・・とは)」  攻撃を仕掛けた、エスペリアは目の前の現実に信じられと言った感じで、両の目を見開いていた。  「(うぉおおおお!!)」  「(は!!)」  『(いけない!!)』 ガキーーーン!!! ぶわっ!?  「(きゃっ!?)」  エスペリアの攻撃を防いだ悠人は、求めを振り上げると袈裟懸けに切りかかった。  何とかシールドハイロゥを展開し、防いだエスペリアだが  その予想を遥かに超える威力に体事吹き飛ばされた。  「(・・・これが・・・来訪者(エトランジェ)・・・)」    目の前で繰り広げられる、人知を超えた戦いに王女は確かめる様に口にした。  「(ふふふ。いいぞ!これなら!こやつが要れば、わしの願いが叶う!ふははは!!)」  その横で、王座にふんぞり返った、王が大口を開け、高笑いしていた。  「・・・お兄ちゃん」  「(ぁあああ!!)」 ギャギーーーン!!  人が変わった様に、少女に対して、渾身の力で剣を振り続ける悠人の姿に佳織は悲しい表情を浮かべていた。  「(りゃああああ!!!)」 ガギーーーン!! ズガッ!! ガキィン!?  『(くぅ〜〜!す、少しでも防御を解けば・・・一瞬でマナの塵に返されてしまう)』  悠人の猛攻に、エスペリアは防戦一方だった。  【献身】の力で作りだした、結界で何とか悠人の攻撃を防いで居るものの  悠人の攻撃は重く、受ける度に、エスペリアの体は左右に振られていた。  『クソ!クソ!!マナの壁が貫けない!どうしたら良いんだ!?』  【契約者よ。そんな剣では駄目だ、どれ、私が手本を見せてやろう】  「(な、何だと!?)」  【何、案ずるな・・・くくく】 キキーーーン!?  求めが妖しい笑いを浮かべると、同時に悠人を突然耳鳴りが襲った。  「(が、がぁあああああ!!!!)」  「(ゆ、ユート様!!いけません!神剣に心を委ねては!心を強くお持ち下さい!)」  突然、頭を押さえ苦しそうに、後ずさる悠人を見て、何が起きたのか理解したエスペリアは  悠人に叫ぶが、その声は悠人に届かない。   『や、やめ、ろ!・・・ぐっ!やめろ!?ぁがぁあああ!』  【見よ。狂乱の剣を・・・】 キーーーーン・・・・。  「(ユート様!!)」   「(あ・・・あああああ!!!フ・・・フレン・・・ジー!?)」  真っ赤に充血した瞳で、エスペリアを見下ろしながら、悠人は右手に握る求めを高々と掲げ  苦しげに呟くと、エスペリアに向けて、その右手を振り下ろした。 ズドーーーーン!!!  「(が・・・ふっ!?)」  振り下ろされた、求めは大気をも吹き飛ばし、エスペリアの防御さえも易々と貫いた。  そして、求めを肩口に食い込ませたエスペリアの口から、大量の血液が吐き出され、床に血溜まりを作った。  だが、その血溜まりも直に、マナの塵となり、対峙する二人を淡く照らし出した。  『(私の防御がこんな・・・簡単、に・・・ぐぅ!)』  「(がぁ・・・!!)」   ごっ・・・。  足をエスペリアの肩に置き、力を込めて肩に突き刺さった【求め】引き抜く。  すると、エスペリアを尋常ならざる痛みが襲い、エスペリアはその場にうずくまった。  「(ははっ!・・・ハハハハ!!!)」  『(く・・・狂ってる)』  そのエスペリアの姿を見た悠人は大口を開け、肩を揺らし高笑いを始めた。  その様子に周りの家臣たちは青ざめ、王女は心の中で悠人の姿に恐怖した。  「(最高だ・・・お前のマナは最高だよ・・・エスペリア    まるで、甘美な果実を食しているようだ)」  「(ユー・・・ト・・・様。ゴホ!?ゴホ!?正気を・・・正気を取り戻し、てください!ゴホ!!)」  「(その身を我に捧げろ・・・エターナルに奪われしマナの糧となれ)」  悠人の足にしがみ付きながら懇願するエスペリア。  しかし、【求め】にその意思を握られ、心の奥底に幽閉された悠人の心にはその声は届かない。  再び求めを振り上げる悠人。  今度は両手で・・・。  片手が加わっただけと侮るには恐ろしすぎる一撃・・・。  防御に秀でた緑妖精(グリーン・スピリット)の・・・それもラキオスでも指折りの妖精(スピリット)である  エスペリアの防御さえも片手で易々と貫き致命傷の一撃を与えたその剣に更にもう片方の手が加わったのだ。  軽く見積もっても先程の二倍・・・。  痛みさえ感じる暇も無く、一瞬で両断され、この世から消滅するだろう・・・。    「お兄ちゃん!!もうやめて!!   返して!私の本当のお兄ちゃんを返してよ!!」  今まさに、エスペリアへと最恐の一撃が振り下ろされようとした瞬間。  謁見の間に、悲痛な叫びが木霊する。 か・・・佳織? ドクン!!  「(くっ!ぐぁああ!?)」  その叫びを聞くや、苦しみだす悠人。  「(完全に契約していない状態では、ぐっ!!まだ、取り込めぬ、か!?)」  数歩後ずさりながら、苦しそうにに何かを悔しげに叫ぶ。 佳織が・・・泣いてる ドクン!?  「(ふ・・・ふふ!だが、我が主導権を握っている状態から、ぐは!    小娘の一声で目覚める・・・とは!?何と心強き者・・・よ!    よ、余程・・・大切な者のようだ、な!契約者・・・よ!?)」   行かなきゃ・・・佳織の傍に・・・    守るって・・・決めたんだ。    他の誰でも無い・・・俺自身が・・・決めたんだ。    行かなきゃ・・・。 ドクン!?  「(妖精よ・・・命拾いした・・・な!    だが!貴様は我がいただく!ぐお!)」     かおり・・・。 ドクン!?  「(貴様のその身を蹂躙し!    貴様の肉を切り裂き!!    貴様の魂の一欠けらさえ!!!    その全て我の物だ!?)」 カオリ・・・。 ドクン!?  「(ぐぉ!?く、首を洗って来たるべき時を待っていろ!!)」  「(・・・良しなに・・・。    ですが・・・そう簡単には行きません。    次は、私も貴方を砕く覚悟でお相手いたします。)」  「(ふ・・はは!?ますます気に入った!!    その凛々しき顔が絶望に歪む瞬間を早く見たいものだ!!)」 キキーーーン!!!  全身を覆う緑色の優しい光に包まれたエスペリアが  眼光鋭く、確かなる意思の込められた瞳で見つめながら  【求め】に言い放つ。  それを聞いた【求め】はさも愉快そうに嘲笑を浮かべ  最後に、エスペリアを睨み返し言い放った。  「(佳織ぃいいいい!!う、ぉおおおお!!)」 ズガーーーン!!  佳織の名を叫びながら自我を取り戻した悠人の手に握られた【求め】を青白く発光させながら  エスペリアの直傍に打ち下ろす。  「(きゃあっ!!)」  打ち下ろされた【求め】の威力は凄まじく、鉄鉱石で作られている床を  まるで隕石が落ちたかの如く、穿っていた。 ドゴーーン!! ブン!!    「(こ・・・の!?静まれぇええ!?)」      悠人は、【求め】を強く握り締め、何とか制御しようとするが  行き場を失ったエネルギーが尚も破壊を求め荒れ狂う。  今の悠人には、目の前のエスペリアに当たらないようにするのが精一杯だった。  「(この小娘が!良いところで邪魔しおって!!)」 ガツッ!! ジャララ!?    「(きゃっ!?)」  そんな中、余興を邪魔された王は佳織を蹴飛ばし、地べたへと転がした。  「(佳織!?)」  『この・・・くそ野郎!?佳織を蹴りやがった!!』   キィーーーン!!  それを見た悠人の脳裏に怒りが広がる。  すると、先程までまるで暴れウマのようだった【求め】が幾分大人しくなった。  『そんな、まさか!?まだ神剣を持って間もないのに、もう操り始めたと言うのですか!!』  それを見た、エスペリアの顔に驚愕が広がる。  永遠神剣を持った者には超絶的な身体能力のみならず  マナに関する知識。  エーテル変換の理論。  歴代の契約者達が用いた剣術、戦術など様々な知識が以前から知っているかの如く与えられる。  だが、それは、知識というレベルでの話である。  それを実際に操るには、確かなる経験が必要となる。  エスペリアでさえ、永遠神剣の力を引き出せるようになるには数年を要した。  だが、悠人は永遠神剣を持って、僅か数十分にも関わらず  僅かではあるが、自分の意思で操り始めた。  それは、永遠神剣と共に存在するどんな妖精(スピリット)でさえ成しえない事だった。  「(これ・・・なら!?)」  『ユート様・・・貴方は一体・・・』  「(うぉおおおお!!)」  瓦礫と化した床を吹き飛ばしながら、青白い光を纏い王へと疾走する悠人。  「(な、なぁ!?)」  迫り来る、伝説の来訪者(エトランジェ)の姿に  王の顔は恐怖に凍りついていた。  「(何をしているのです!?衛兵!!)」  そんな中でさえ、王女は冷静に、悠人を見据えながら恐怖から動けない兵士に号令を掛ける。  そのたった一つの行いだけで、王との器の違いを感じさせた。  「(ぬぅぉおおお!?)」 ブワッ!?  そして、王のもとまで残り数十メートルと迫った悠人は両の手に握る求めを勢い良く振り上げる。  『(よくも!佳織を!?)』  怒りと言う名の元に、渾身の力を持って王へと刃を振り下ろそうとする悠人。  だが・・・。 キーーーン!!  「(ぐぁああああ!!!)」  それまで平静を保っていた【求め】が悠人に対して牙をむいた。  頭が割れんばかりに、この世のものとは思えぬ奇声、悲鳴、不協和音が悠人の脳に直接鳴り響く。  味わった事の無い感覚に悠人は膝を着き、叫び声を挙げた。  「(はぁ!はぁ!・・・は、ははは!?そ、そうであった。    四神剣を手にする来訪者(エトランジェ)には、王族には決して手を出す事の出来ぬ、強制力が働くのだった)」 キーーーン!!  「(ぁぐっ!が!か・・・はっ!?)」  【求め】の強制力の前に成す術も無く、悶え苦しむ悠人。  吐き気を催す笑みを浮かべながら、安堵と共に悠人を見下ろす王に対して殺意を、怒りを抱く度に  その強制力は強さを増し、少しでも気を抜けばあっと言う間に発狂しそうな程だった。  「(驚かせ負って!?)」  「な、なに?どうしたの?お兄ちゃん!!お兄ちゃん!?」  頭を振り乱し、苦しみに耐える悠人の姿に佳織は何が起こったのか分からず取り乱した。  その瞳には大粒の涙が浮かんでいた。  「(こいつめ!?飼い犬が主に牙をむくとは何事か!    自分の立場もわきまえぬ愚か者が!!)」 ゲシ!ゲシ!!  もう自分に手を出す事は無いと理解した王は、悠人に近寄ると足を振り上げ、悠人の顔を何度も踏みつける。  「や、やめて!?お兄ちゃんを苛めないで!?」  「(ええい!!うるさい!!!)」 ボゴン!!  「あぐっ!・・・」 ごつっ!  「・・・・・・」  異世界の者達が理解できぬ日本語で喚き散らす佳織に苛立った王は悠人への攻撃を止め、佳織を渾身の力で殴り飛ばした。  その身を鎖で縛られ、満足に動けぬ佳織は石畳に叩きつけられた。   打ち所が悪かったのか、佳織は小さな悲鳴を一つ挙げるとそのまま静かになり、動かなくなってしまった。  「(か、か・・・お・・・リ・・・)」  絶え間なく襲い来る不協和音に耐えながら、悠人は妹の名を声として何とか搾り出す。  「(が!ぁあああああ!?)」  「(ひ、ひぃいいい!!)」  そして、残る力の全てを込めて【求め】を握り絞めると佳織に対して理不尽な暴力を振るった敵へと再び振り上げた。  信じられない事態に、ラキオス王はその場に頭を両手で押さえ蹲った。  その時・・・。  「(お父様!!)」 バッ!?  悠人の行動をいち早く察知したレスティーナが両手を広げ、悠人と王の間に割って入った。   ブン!!  親を守ろうとする娘の決死の行動も悠人に取っては、どうでも良い事  怒りを、憎悪を・・・握り締める(殺意)に乗せて振り下ろした。  『(実の親で在りながら、価値観の違いから憎しみさえ抱いていたのに・・・    私も人の子・・・ということです、か)』  【求め】の刃が今正に振り下ろされる中、レスティーナは自分の取った行動に動揺していた。  なぜ、自分がこの様な行動に出たのか自分自身さえ理解できなかった。  だが、親らしい事を一度もした事の無い王で在ったが、それでも、レスティーナにとっては、唯一無二の肉親。  親の命が危機に晒されているにも関わらず、それを傍観するだけなら、それは、子、親という以前に  人間とは言えないだろう。  レステーナの行動は、ある意味当然と言えた。 キキーーーン!!! ビタ!?  振り下ろされる【求め】が巻き起こす突風にレステーナの長い黒髪がなびく中。  レスティーナは悠人の目を少しも逸らす事無く見つめていた。  そんな中、神剣がレステーナの首に後、数センチと言う所で、【求め】の強制力が最大に働き  振り下ろされる刃が停止した。  「(ぅぐ・・・ち、く・・・しょう・・・)」    悠人の瞳から一筋の悔し涙が流れ、自身の眼前に立ちはだかる王女に一言呟くと  悠人の意識は神剣の強制力に飲まれ、王女へと刃を突きたてたまま意識を失った。  それを見取ったレステーナは、広げていた手を下ろし、悠人の顔へと手を伸ばした。  「(い、一体・・・どうなったの、だ?い、生きてる?ハ・・・ハハハ!)」  静かになった事を確認し、顔を挙げる王。  王の口から漏れた最初の言葉は、自分を身を挺して守ろうとした娘への労いでも  感謝でも無く、自身の命がある事の喜びだった。  『己の大切な者を傷つけられた怒りから、その精神が壊れる事さえ厭わず   我等に刃を向けた、この者の底知れぬ強さに比べ   ・・・本当に・・・最低ですね・・・貴方は』     意識を失いながらも、悠然と立ちはだかる悠人の姿に心の中で敬意を表しながら  悠人の右頬を流れる涙の後を拭い、レスティーナはそう思った。  だが、身を挺して、王を守ろうとした自身の行動を少しも恥じる事は無かった。  「(エスペリア・・・動けますか?)」  「(は、はい。ユート様に受けた傷は、9割がた回復しました。支障ありません)」  悠人の脇をすり抜け、後方に居るエスペリアへと声を掛けるレスティーナ。  「(では直に、この者を館へ連れて行きなさい)」  「(は!御心のままに)」  【献身】を立て、膝を着きレスティーナに向かって頭を下げ、言われるままに行動に移すエスペリア。  服の所々が切れているものの、目立った傷は見当たらない。  エスペリアが悠人の試金石に抜擢された理由には幾つかあるが、緑妖精(グリーン・スピリット)が  回復魔法を有しているのが最も大きな理由だろう。  ラキオス一の防御力の持ち主であるエスペリアで悠人の攻撃力を測り・・・。  致命傷を与え、与えられても即座に回復できる。  これ程、悠人の力を測るのに適した人選は無いだろう。  ラキオス王国の次期女王は、現王の血を受け継いでいるとは思えない程、聡明で美しく・・・何より強かった。  「(神剣は、此方に寄越せ!コヤツが自分の身分を理解するまでは何時また、刃を向けるか分ったものでは無い!!)」  意識を失っている悠人も肩を貸し、連れ出そうとするエスペリアに王が一括する。  その、荒げた声からは悠人に対する恐怖が窺えた。  「(・・・はい)」  エスペリアは、悠人から【求め】を取り上げ、神剣を受け取りに来た数人の兵士に預け  再び悠人を背負い、謁見の間を後にした。
††††
 「(まさか来訪者(エトランジェ)がこれ程の力を有しているとは、な)」  悠人の過ぎ去った謁見の間の惨状を見渡し、王は生唾を飲み込み呟いた。  数十分前までは、煌びやかに彩られていた謁見の間が  今では、壁の所々には、悠人に殴り飛ばされた兵士の血で染まり  床には大小様々な穴が穿たれ、磨き挙げられていた、鉄鉱石の黒光りする美しさは微塵も無くなっていた。  「(・・・この、小娘を・・・どうしたものか)」  未だ、目を覚ます事無く床に転がされた佳織を見やり、思案するラキオス王。  「(神剣を持たぬ身なら・・・普通の人間と大差無い・・・やはり、殺・・・)」  「(私が預かります)」  王が最悪の考えを口にしようとした時、レスティーナが王の独り言に割り込む。  「(な・・・に?今何と申した?レスティーナ)」  「(私が・・・預かる、と)」  「(ふざけ!!!)」  「(以前から、ハイペリアについては興味を持っておりましたし    ハイペリアから来訪者(エトランジェ)が召喚されるのは又と無い機会    色々と興味が着きませんわ。・・・それに・・・)」  「(な、なんだ)」  「(私は、お父様の命を図らずも救いました。    その褒美・・・と言うことで、どうか・・・)」  「(ぐくっ!す、好きするが良い!?わしは気分が悪い!部屋にて休む!    お前達!!一週間でこの謁見の間を元の美しい姿に戻しておけ!それまで休む事は許さん!良いな!!)」  レスティーナの提案を否定しようとした王の叫びを押しとめ、幾分早口で巻くし立てるレスティーナ。  そして、最後に決定的な、材料を提示する。  それを言われた王は悔しそうに、やり場の無い怒りを周りの家臣たちに向けると  そそくさと奥へと姿を消した。  「(ふぅ〜・・・)」  『(安心なさい。来訪者(エトランジェ)・・・。    貴方の大切な者は私が守ります。    それが・・・これから、我らが犯す罪へのせめてもの償いです)』  心の中で、悠人に対して、誓いを立て。  レスティーナは、気を失っている佳織の頭を優しく撫でた。   

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