・・・イースペリア第一館・・・ ガリオンの企てたクーデターも何とか水際で食い止めることが出来た。 後にイースペリア事変と記される戦いには、聖矢の事は一切記されていない。 ラキオスに対して、聖矢のことを隠匿する為だ。 戦いが終わり、館へと帰り着いてから既に一週間の月日が経過している。 このイースペリア事変に与した者達は、皆国外追放を言い渡された。 首謀者のガリオンは聖矢との戦闘の際の傷が癒え次第と言う事になっている。 本来なら、こんな事を企てた者に此処まで寛大な処置は与えられない。 だが、国を治めているアズマリア=セイラス=イースペリアが、皆の反対を押仕切り ガリオンを病院に搬送し、治療を受けさせて居る。 まあ、厳重な警備の元ではあるが・・・。 さて、ガリオンの話しはこの位にして、他の者達に話を少し・・・。 アルフィアは、今日も今日とて、得意では無い炊事、洗濯、家事に勤しみ 笑顔で精一杯頑張っている。 聖矢が帰ってきて一層そのやる気に拍車が掛かった様だ。 イリーナは、聖矢が館に住むことに反対していた。 いや、今も反対し続けている。 聖矢と合うたびに、射殺さんばかりに睨み、聖矢もそれに応じる様に睨み返す。 一触即発の状況をアルフィア、オリビアに止められるのも一度や二度では無い。 リアは、最初の頃は何処かまだ虚ろな感じだったが それも徐々に回復し、今ではスッカリ元気になり 聖矢に文字を毎日教え続けている。 そして、オリビアは・・・。 コンコン! 聖矢が着替えを終えた時、部屋の扉を叩く音がした。 「誰だ?」 聖矢が、声を掛けると扉が静かに開かれる。 「失礼します」 扉を開き現れたのは、オリビアだった。 「おぅ。オリーブか、どうした?」 椅子に足を置き、靴紐を結びながら応対する聖矢。 「あ、はい。アズマリア様に呼ばれていますので、行って参ります」 「ん? 譲ちゃんに? あ、ああ!」 オリーブの言葉を聞き、何の事かと首を捻り 何かを思い出し、手を叩く。 「なんか、話があるんだって? 何の話なんだろうな?」 先日、王宮から若輩の兵士様が一人訪れ、アズマリアがオリビアに話があるとの書面が届き オリビアは、行かない訳にも行かず。 聖矢に出掛けの挨拶をしに立ち寄ったのだ。 「さあ? 私にも分りません」 「そか。昼には帰るんだろ?」 「あ、はい。そのつもりですけど」 「ん。それじゃ。飯は”三人分”だとアルに伝えとく」 「”四人分”です。イリーナさんが抜けてますよ?」 オリビアがそう言うと、聖矢が途端に苦虫を噛み潰した様な顔をする。 「俺、アイツ嫌いなんだよ」 「知ってます。でも、どうしてですか?」 「さぁ。理由は知らん。兎に角、アイツの事はどうでも良い それより、城に行くんだろ? 途中まで一緒に行こうぜ?」 ココン!! 連れだって歩き出そうとすると、誰かが扉を叩いた。 聖矢が返事を返すと、扉が開かれ、リアが現れた。 「おはようございます。 オリーブさんも、居られたのですね」 「はい。セイア様に挨拶をと思いまして。 もう済みましたので、これから行って参ります」 部屋に入ってきた、リアさんは 一週間前までは、何処かまだ虚ろな感じだったが それも徐々に回復し、今ではスッカリ元気になられた。 「そだ。リアは、何の話だか知ってるのか?」 「あ、いえ。私も詳しい事は、すみません」 「別に謝らなくて良い。んじゃ、俺も行ってくるわ」 そう言って、リアの脇をすり抜けようとする。 「今日も訓練ですか?」 「そだよ。どした?」 「あ、いえ。今日は、あまり無理をなされないで下さい」 訓練をしに行くと言ったセイアさんにリアさんが心配そうに声を掛ける。 それもそのはずだ。訓練に出かけ、一人で帰って来た試しが無いのだから。 セイアさんは、館に戻られて以来毎日、昼に訓練をし、夕方には、リアさんと字の勉強。 そして夜には、訓練という毎日を過ごしている。 別に訓練をするのに異存は無い、異存は無いのだが、セイアさんの訓練は異常なのだ。 特に夜の訓練は、疲れて体が動かなくなるまで、気を失うまで続けるのだ。 それが毎日続いては、リアさんも心配するというものだ。 「そいつは、保障出来ないな。ま、善処はする」 などと、リアさんの心配を知ってか、知らずか、セイアさんは、軽く腕を振り さっさと行ってしまった。 私も、慌ててその後を追う。 「そ、それでは、リアさん。また後ほど」 「はい。がんばってください」 リアさんの敬礼に見送られ、私は、アズマリア様の元に向かった。††††† ・・・イースペリア王城、アズマリアの私室・・・ アズマリアの話があるとの知らせを受け、馳せ参じたオリビアは、フカフカのソファーに居たたまれない と言った様に、座りながら、アズマリアの差し出す紅茶を飲んでいた。 「あ、あの・・・ど、どの様な御用件なのでしょうか?」 王城に、しかも、一国の王の私室に招かれるという妖精 には、まずありえない事態にオリビアは ふかふかのソファーの端に、申し訳無さそうに身を硬くし、座りながら、向かいのソファーに腰掛、優雅に紅茶を啜るアズマリアに静かに声を掛ける。 「何も、とって食べたりなど致しませんよ。 もっと楽にしてください・・・名前は何と言ったかしら?」 部屋に通されてからずっと、背筋を伸ばし、座っては居る物のほとんど空気椅子の様な感じで座っている オリビアに、アズマリアは緊張を解きほぐそうと、微笑を浮かべ語りかける。 「は、は! 申し訳ありませんっ! わ、私は、【瞑想】のオリビア=ブラック・スピリットと申します」 「ふふふっ! はい。私は、アズマリア=セイラス=イースペリア。 当代のイースペリア女王を務めております。 さ、紅茶をお飲みなさいな、今日の紅茶は、私の自信作ですよ」 楽にするどころか、一層身を硬くし、礼儀正しいくも少々固いお辞儀と共に 名乗るオリビアに苦笑しながら、お返しとばかりに、オリビアに自己紹介し 自分の淹れた紅茶を勧める。 「は! きょ、恐縮です。頂戴いたします!」 アズマリアの進めに元気良く答え、カップに入れられた紅茶を一息で飲み干す。 「まあ。ふふふ・・・! ヨフアルも、どうぞ召し上がれ」 オリビアの反応を見て、始めの頃のリアやアルフィアを思い出し 口元に手を当て、可笑しそうに笑いを浮かべ、茶菓子のヨフアルを進める。 「あ、ありがとうございます。・・・はむっ」 言われるがまま、ヨフアルに手を伸ばし、一口食べる。 優しい甘さが口の中に広がる。 「お、美味しい・・・っ」 久しぶりに食すヨフアルはとても美味しく。 オリビアは思わず、口元を緩めてしまった。 「お口に合って良かった。 さあ、もっと食べてくださいな。紅茶のお代わりもいかが?」 オリビアの反応の一つ一つが昔懐かしい十二妖精部隊 の面々の反応と同じで なんだか懐かしく、嬉しくなったアズマリアは、微笑を絶やさぬまま世話を焼く。 「あ、あの。アズマリア様! 私が此処に招かれた御用件を窺えますでしょうかっ!」 あれよあれよと言う間に、アズマリアのペースに巻き込まれたオリビアは 気を取り直し、当初の目的である、呼び出された理由について再度尋ねる。 「ふふっ! そうでしたね、私とした事がつい懐かしくて、申し訳ありません。 それでは、オリビア・・・此度の一件に際し、私の配慮が行き届かず 申し訳ない事をしました。申し訳ありません」 「・・・あ、え? か、顔をお挙げ下さい! 一国の王が妖精 にそれも敵国に当たる私などに・・・っ!?」 手にするカップをテーブルに、置き深々と頭を下げるアズマリアに オリビアは、取り乱し立ち上がると、アタフタと捲し立てる。 「頭を下げる事など、貴方の受けた傷に比べれば、私にとって、羽毛よりも軽きこと 本当に、申し訳ありませんでした。 許して頂きたいとも、思いません。ただ、私のケジメとして、どうか」 「わ、分りました! 分りましたから、顔をお挙げ下さい!!」 オリビアの言葉を聞きながらも、尚も深々と頭を下げ続け、あまつさえ 再度念を押すような言葉を紡ぐアズマリアの姿に居た堪れなくなったオリビアは 謝られているのにも関わらず、その場に平伏し、アズマリアに顔を挙げる様に嘆願する。 「それと、もう一つ」 「ま、まだ。何、か?」 ようやく、顔を挙げたアズマリアが疲れた顔で紅茶を飲むオリビアに またもや何か言葉を紡ぎだす。 「我々に最早貴方を拘束する意思はありません。何時でも、国にお帰りなさい」 一瞬。アズマリアが何を言っているか分らず、オリビアの思考が停止する。 「ただし・・・」 「は、はい!」 付け加える様なアズマリアの声に、オリビアの意識が戻る。 「来訪者 について、今回の一件について 何も語らぬ事が条件です。勝手な言い分であることは、重々承知しています。 でも、今回の件と来訪者 については 国家の機密であり、同盟間にも漏らせぬ事故、どうか、ご理解ください」 再び、目を伏せ居た堪れない様子で、だが、しかしはっきりと言い切るアズマリア。 今回の件で、イースペリアは軍部最高指揮官が不在となり 訓練士も何人か資格を剥奪され、城に立ち入る事も禁止された。 兵士に至っては、傭兵団の半数以上がクビとなり、ランサ、ミネアへと送られた。 正規兵にも、重、軽傷者が多数出ており、街の病院には兵士達が溢れている。妖精 の数も極僅かではあるが失った。 さらにその情報を外に漏らさぬようにと、あの手この手で情報操作が行われており 城の中はお祭り騒ぎの様な忙しさ。もしこの情報が外に漏れたなら、これ幸いにとダーツィはおろか、バーンライトも攻めてくるかもしれない。 アズマリアの提案は当然といえた、が。オリビアは、あくまでもダーツィの敵国の妖精 。 言ってしまえば、オリビアにアズマリアの提案を呑む義務は無い・・・しかしオリビアは・・・。 「分りました。その提案を呑みます」 アズマリアにニコリと笑顔を浮かべ、考える事も無く即答した。 「よ、よろしいのですか?」 逆に、その即答ぶりにアズマリアが困惑するほどだ。 「はい」 アズマリアの言葉に、再度肯定を示すように頷いてみせる。 「大公様に報告せぬことは、大罪かもしれません。 でも、それで、異国の友に・・・大恩ある方に少しでも恩を返せるなら。 私の罪など・・・。アズマリア様、敵国の者である私にこの様な寛大な処置をくださり このオリビア感謝します」 晴れやかな顔と共に、アズマリアに頭を下げる。 確かに、義務は無いかも知れない。だが、オリビアに義理があった。 食事を運んでくれたアルフィアに、敵に追われる自分を救ってくれたサイネリア、ラティオに そして・・・友と呼んでくれた聖矢に、一生掛かっても返せぬ恩があった。 「そろそろ戻ります セイア様が少々心配なので・・・。失礼しますっ!」 食べかけのヨフアルと、紅茶を飲み干し オリビアは立ち上がり、アズマリアに敬礼し 扉を開ける前に、律儀にも一礼し、部屋を去る。 ・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。 「ふぅ〜・・・。まさか、こんな簡単に行くとは、思わなかったなぁ・・・。来訪者 ・・・セイア。 どうやら、貴方には私の命だけでなく、民が、国が・・・救われた事になるのかしら、ね」 オリビアが部屋を出た後、溜息と共にソファーに身を沈める。一国の王女の高貴さも何も無い。 そして、アズマリアは天井を見つめながら聖矢の姿を思い出し、クスリとはにかむ。 彼の行動は、この世界の者達と違い酷く異質だ。 話しによれば、妖精 を名前で呼ぶだけでなく。 まるで、人と接するように、友の様な関係であったという。 さらに、誰もが恐れおののく妖精 に素手で立ち向かうという話しだ。来訪者 とは・・・何なのだろう? アズマリアは考えるそんな、異質な行動理念が、何者も恐れず、傷つくことを厭わぬ姿が妖精 を惹きつけるのかもしれない。 「うぅ・・・っ。こんな事なら一番高いヨフアルと紅茶を買うんじゃ無かったよ〜・・・」 アズマリアは、紅茶とヨフアルに視線を向け、情けない声を挙げる。 なぜなら、それらは、何とか此方の用件を呑んでもらおうと、アズマリアが自腹で用意したものだったから・・・。††††† ・・・イースペリア、第一館・・・ オリビアが、アズマリアとの会談を終わり、館に戻り最初に飛び込んできたのは 今にも泣き出しそうな表情で成り行きを見つめるアルフィア。 無言で真剣な眼差しで、静観しながらも、直にでも飛び出せる状態のリア。 そして、地面に描かれた円の中で殴りあう聖矢とイリーナ・・・。 「この野郎ぉおおお!!」 ブンと音を立てて振るわれるイリーナの固く握り締められた拳。 それを肩口にかわしながら、素早い一撃を的確に顔面に叩き込む聖矢。 「な、何をしてるんですか!!!」 二人の仲が悪い事は、十二分に知っていたが、今までは、何とか水際で防げていた 決闘をとうとう始めた二人に驚き、オリビアは駆け出し、二人の間に割って入ろうとした。 「「るせえ! 今、決闘中だ」」 聖矢、イリーナの行動、言葉が見事にハモル。 血走った目と共に睨みつけられ、オリビアは、急停止した。 「真似すんじゃねぇよ!」 イリーナが自分の真似をしたと抗議し、聖矢の胸倉を掴み叫ぶ。 「ああ! 何寝ぼけてんだコラ? テメェが俺の真似をしたんだろうが!?」 対して、聖矢もイリーナの胸倉を掴み見下した様に 睨みつけながら、低く声を荒げる。 そして、再び、イリーナが聖矢へと殴りかかる。 今度は下へ、聖矢の腹部を狙い突き上げる様に拳を振るう。 それを、タタンと軽いステップと共に身を横にずらす聖矢。 だが、今度は先程の様にうまくかわせなかった。 ガツッ! と鈍い音を立てイリーナの拳が聖矢の脇腹を掠める。 「うぐっ!」 僅かに顔をしかめる聖矢。 「あ、当たった。ハハハッ! どう―――」 パキャ! 聖矢に拳が当たったのがそんなに嬉しかったのか、イリーナは聖矢に対して どうだと言わんばかりに、高笑いを浮かべる。 だが、そんなイリーナに聖矢の打ち下ろしの掌打が襲い。 言葉も半ばで、せき止められる。 「油断大敵だ。チビカスが」 ぺっ! とツバを吐きながら、倒れはしないが腰を前方に折るイリーナに まるで悪人の様な言葉を浴びせる。 「誰がチビだコラ!!?」 聖矢の言葉に怒りと共に、身を起こしたイリーナが聖矢に殴りかかる。 イリーナが殴れば、聖矢が殴り返す。 両者は時にはかわし、時には防ぎながら交互に拳を交換する。 地面に描かれた円の中で、不思議な事に、両者は決して円の中から出ようとしない。 そして、一撃繰り出して相手に当たっても追撃を加える事は決してしない。 「い、一体な、何があったんです、か?」 オリビアは、なぜこの様な事になっているのか皆目検討がつかない。 「じ、実は・・・」 そんな、オリビアにリアが近づき神妙な顔で語りだした。††††† オリビアが帰路に着く一時間前・・・。 訓練でべたべたになった汗を洗い流し 風呂場から上がって来た聖矢がテーブルに着き ようやく昼食を食べていた。 だが、そこに笑顔は一つも無い。 なぜなら、聖矢とイリーナが向き合いながら黙々と無言で睨み合ったまま 相手から目を離す事無く料理を口に運んでいたからだ。 「あ、あのセイア様? あ、味は、どうですか?」 その空気に耐え切れず、リアが場を和ませようと まず聖矢に声を掛ける。 「・・・知らん」 「そ、そう・・・ですか」 素っ気無く答える聖矢。 その声は威容に低く、明らかに怒りを孕んでいた。 「い、イリーナ? 今日の料理は、アルフィアの新作よ。・・・ちょっと、いえ、かなり焦げてるけど、ね」 「あ・・・そう」 次いで、イリーナに引きつった笑みと共にアルフィアの料理の話をするも これまた素っ気無く答える。 聖矢とイリーナは決して互いに目を反らさず睨みあう。 リアの言葉は、右から左に突き抜けているようだった。 「けっ! こんな変態に手の込んだ料理なんざ食わせる事は無い。 アルフィア、下げろ」 そして、互いに睨み合っていると、イリーナが最後のスープを飲みながら口を開いた。 「誰が変態だ? あ? 悪いが俺はテメェみたいな貧相な体には全く興味は無い 安心しろ、テメェが俺のマグナムを見つめていたことには、目をつぶってやるよ変態」 それに対して、聖矢もスープを飲みながら、悪態を返す。 「見詰めてねえ!! 誰が変態だ、変態はテメェだクソ来訪者 !?」 ダンと飲み干したスープの皿をテーブルに叩きつけ イリーナが、聖矢に叫ぶ。 「誰がクソだコラ! 殺すぞ、クソガキ!?」 「誰がクソだ! マナの塵にすろぞコラ? それに、俺はガキじゃねぇ! これでも、21の立派なお・と・な、だ!?」 「は? にじゅういち? 嘘つくならもっとマシな嘘付けよ。お”チビ”ちゃん」 「あ・・・っ!」 「・・・っ!」 二人の言い合いを疲れた表情で見ていたリアとアルフィアが聖矢の発した一言に反応する。 「だ、だれ、が・・・ち、ち、チビだとコラーーーー!!!」 「い、イリーナ!!」 「う〜〜!!!」 火山が噴火したかと思うような怒りと共に聖矢に斬りかかるイリーナ。 それを、リアとアルフィアが飛びつき必死に止める。 斬りかかられた聖矢はと言うと、椅子から転げ落ちるように、斬撃を避けた。 「だ、大丈夫ですか! セイア様!!」 イリーナを羽交い絞めにしながら、聖矢に声を掛ける。 「・・・おもてに出ろ」 静かに立ち上がった聖矢が、短く告げ玄関に歩いて行く。 「おう! 上等だ! けり付けてやるぜ!!」 それに対してイリーナもリアとアルフィアを振り払い【気合】を肩に担ぎ ノシノシと玄関に歩いてゆく。 「ぅぅっ・・・! どうして、こんな事に・・・」 そして、リアがそんな二人に対して泣き崩れる。 アルフィアは慰める様に、肩をポンポンと叩くと一枚のメモを渡す。 そこには・・・。 『セイア様とイリーナって、なんだか、似てますね。 好戦的な性格とか、言葉遣いとか、短気なとことか・・・似てますね』 そのメモを見て、リアも納得がいった。 納得はいったが・・・。 「確かに、良く似てるけど・・・。 それってつまり、どちらも負けず嫌い。ひとたび食い違えば、水と油ってことよ」 そう言い零すリア。 リアとアルフィアは、深い溜息を吐くと、肩を落しながら二人の後を追い、外へと出て行く。 ・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。 ガリガリガリ・・・!! 二人が扉を開き外へ出ると、何やら聖矢が石を使い地面に円を書いていた。 リアとアルフィアは互いに顔を見合わせ、首を傾げると、聖矢へと近づき声を掛ける。 「何をしてるのですか?」 「ん? ちっと、な。唯の殴り合いじゃつまらねえだろ?」 約五メートル程の円を書き終えた聖矢が、立ち上がり二人ににやりと笑いかける。 そして・・・。キッと睨むような感じで、腕を組み仁王立ちするイリーナに向き直り 指を突きつけ声も高らかに語りだした。 「いいか、よ〜く聞けクソガキ! ルールは簡単。 この円から出たほうの負け、この円から出なければ何回倒れようが、血反吐を吐こうがかまわねぇ! 分ったか!!」 「おう! 一瞬でけりをつけてやるぜ! だが、ルールの追加だ。俺が勝ったらテメェはイースペリアを出る! 俺がもし万が一負けたら、テメェの言うことを何でも聞いてやる!!」 事もあろうに、イリーナは突然聖矢との決闘に決着後の互いにかせられる罰を追加した。 「ちょっ! な、何言ってるのイリーナ!!」 それを聞いたリアが血相を変えて、イリーナに掴み掛かる。 「良いだろう!! 俺が勝ってテメェを煮て、焼いて食ってやるぞコラ!?」 「な! せ、セイア様も何言ってるんですか!!」 「「うおっしゃーーー!!!」」 聖矢、イリーナ共に指を鳴らしながら、円の中に踏み入ると額をつき合わせながら、にらみ合う。 「・・・おう、クソ!来訪者 !! テメェ、神剣はどうした? まさか俺に素手で立ち向かうつもりじゃねえだろな?」 「あ? 剣? 使うかそんな物! 俺の武器はこの肉体だ。文句あるか、コラ!」 聖矢が手に何も持っていないことに、今更ながらに気づいたイリーナは、とりあえず尋ねてみる。 イリーナは口調も、気性も粗野で、乱暴者だが、イースペリア最高の戦士の一人。 最低限の義理は、通す。と言う何とも難儀な性格だった。 「剣を持って無いだぁ・・・ちっ! ふざけた野郎だ!!」 ガツ!! 一言吐き捨てると、背にする【気合】を下ろし、円の外に突き立てる。 「・・・何のつもりだ?」 「あ? 仕方ねぇだろ? テメェが神剣を持ってねえんだ。 剣を持たない奴に剣を向けるのは俺の趣味じゃねえからな」 イリーナがあくまでも対等な立場で戦おうとするその姿勢に 聖矢は、青筋を立て、怒りを露にする。 「ざけろよ? 俺と素手でやる? テメェが? ククク・・・! やべ・・・マジ・・・切れそうだ」 今すぐにでもイリーナの頭を鷲づかみにし、地面に叩きつけ 更に、顔面を砕くように、踏みつけたい気持ちを必死に抑える聖矢。 それもそのはずだ。聖矢は今までに数度妖精 達と戦った。 その戦いぶりからも、放つ技一つ一つからも、彼女たちが恐らく自分と同じかそれ以上の時間を剣に、槍に明け暮れたであろう事は容易に想像がつく。 それがどれだけ辛く、どれだけ血の滲む努力の果てに手に入れた強さなのかを聖矢にも理解できる。 それは、聖矢も同じく、舞葉拳に全てを捧げずっと鍛え上げてきたから・・・。 だから、イリーナの行動が、それまで自分が積み上げ、師よりに授かり鍛えてきた技を歴史を笑われた気がした。 「せ、セイア・・・さ、ま・・・」 鋭利な刃物を首筋に宛がわれているような、聖矢の全身から放たれる研磨された気迫にリアは息を呑む。 「あああああ!!! リア、号令だ!?」 その時、聖矢の殺気に気圧されまいと、イリーナが腹のそこから声を出し リアに戦闘開始の合図を頼む。 「な、え・・・え・・・?」 イリーナの表情を見て取ったリアが戸惑いを見せる。 イリーナの顔には、先程までのあった少しの余裕も消え去っていた。 その表情から、リアは、イリーナが本気で、実戦さながらに聖矢と戦おうとしている事がうかがい知れた。 「リア・・・始めろ」 リアが迷っていると、次いで聖矢からも低い声で命令が飛ぶ。 「そ、そんな、お、お止めくだ・・・」 「リアッ!!!」 無理を承知で、聖矢とイリーナにやめるように言おうとしたリアに聖矢の怒声が降りかかる。 一瞬肩を震わせたリアは、俯きながら手を上空に掲げ・・・。 「・・・始め!!」 一息に振り下ろした。 ドバッ!! 先に動いたのは、聖矢。 穿つように大地を蹴ると、右手を大きく広げ、【銀杏 】で殴りかかる。 『速え!!』 聖矢の突進を見て、イリーナは、咄嗟に左腕を顔の左側面に掲げ、右腕を沿え 大振りな聖矢の攻撃を防ごうとする・・・が。 ブン!! 当たると思ったその瞬間。 聖矢の踏み込みが足りなかったのか、半歩手前を、聖矢の右腕が高速で通過する そして、技の勢いがつきすぎ、聖矢はイリーナに背中を見せる形となっていた。 『ちっ・・・! ダセエ!』 「か、空振り!」 「・・・っ!」 聖矢の大きな空振りに、闘いを見守っている リアは、思わず口に出してしまい、アルフィアも口元を押さえ、驚きの表情を見せる。 イリーナは、聖矢の動きに自分が思わず驚き、身を固くしてしまった事を恥じる。 だが、イリーナを始め、皆が本当に驚くのは、この直後だった。 「舞葉拳・・・【流撲 】 ドゴン!! 「ご、え・・・! んだ・・・と」 【銀杏 】を放った聖矢が距離を見誤り、空振りした。 誰もがそう思った。だが、聖矢は、空振りした勢いを全く殺さず、大振りの右腕を折りたたみ身体を抱くようにして、一回転すると 左足を斜め下からイリーナの腹目掛け、蹴りを放った。 上方への攻撃と思い、防ごうとしたイリーナは、全く意識していない下腹部に、強烈な一撃を受け、腹を押さえ身体をくの字に曲げる。 「シッ!」 身体が折れた所に、間髪入れず、地面スレスレから今度は、腕が伸びてくる。 ガゴッ!! 「ぐがっ!」 腹のダメージが引かないうちに、無理やり身体を起こされるイリーナ。 がしっ! 「・・・舐めるな。舞葉拳・・・【牡丹 】」 顔をつかまれ視界が遮られた。と思った直後耳元で、怒りを孕んだ低い声が聞えた。 バガーーン!!! 足を掛け、全く躊躇う事無く バランスを崩し、倒れるイリーナの頭を、聖矢は勢い良く地面に叩きつけた。 「あ・・・あ・・・イリー・・・ナ? イリーナ!!」 「う〜〜!!」 大の字に倒れ、地面に広がる血を見て、リアとアルフィアが叫ぶ。 シュボッ! 「殺しちゃいねぇよ。ま、もっとも? 三日は動け・・・」 タバコに火を着け、明後日の方向を向きながら、しれっと言葉を紡ぐ聖矢。 その時・・・視界の端に、拳を振り上げ、顔を血に染める少女が迫り来るのが見えた。 ドゴーーーン!! 「ぐ、ぐぉおおお!!」 ザザザーーーー!! 咄嗟に防いだ。 腕を交差し防御した聖矢は、身体ごと弾き飛ばされた。 それも踏ん張った足が地面を削って、だ。 『・・・【牡丹 】は完璧にきまってたんだぞ。 なのに、なんで立てる? どうして、こんな一撃を放てる?』 防御を解いた聖矢は、自分の腕に未だ残る痺れにイリーナのパワーにまず驚いた。 そして、額から流れる血を服の袖でゴシゴシと拭き、確かに目の前に少女が立っている事に一番驚いた。 「おい・・・テメェ名前なんて言ったけ?」 「あ? イリーナ=ブルースピリット様だ。なんか文句あるか? おう!」 未だ血を拭きながらも、聖矢を睨み名乗るイリーナ。 ビリビリ・・・!! 「使え・・・チビリーナ」 ゆっくりと歩みよりながら、聖矢はイリーナに自分の服の袖を肩から破り渡す。 「だ、誰がチビだ! 殺すぞコラ!!」 怒声を発しながら、聖矢の差し出した袖を掠め取り、頭に巻く。 「ルール変更だ」 「ああ? ルール変更?」 「互いに一発ずつ、相手を殴る。それ以外は、最初のルールと一緒だ。 どっちが相手より強い一撃を放てるか・・・どうだ?」 「・・・くくくっ! おもしれえ、乗ったぜ!」 突然先程の勝負のルールに交互に殴り合うと言うルールを追加する聖矢。 それを聞いたイリーナは、忍び笑いを浮かべ、嬉しそうに了承した。 どうやら、こういう我慢比べ的な、より原始的な勝負の方法が好きな様だ。 「そいじゃ、さっきは、テメェが俺を殴ったから、次、俺、な」 「ああ? ふざけろ テメェは、俺に、蹴り加えて、地面に叩き―――」 バゴン!! イリーナの抗議を聞き終わる前に、聖矢の右腕が真横からイリーナの顔面を捉える。 「悪いな? 俺の辞書に卑怯とか言う言葉はねえんだ。 正々堂々とか歌いたかったら、教会の神父様とでも、戦れや」 「じょ、上等だ!! 死ね、クソ来訪者 エエエ!!」 ドーーン!! ・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。††††† 「と、まあ。その、セイア様が訓練から戻って、風呂場に行った時 ちょうどイリーナの入っていたらしく、その・・・そこで、見たの、見てないだと言う事に・・・はい」 いまいち、どうでもいい様な理由で始まった決闘に、リアは軽く頬を染め。 オリビアはやれやれという様に、深いため息をつく。 「沈めぇええ!!」 「死ねぇええ!!」 戦況を見つめる三人に全く目もくれず、聖矢とイリーナは互いに相手を罵り、罵倒しながら 掌打と拳を交換し合う。 ・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。 「うらぁ・・・!」 「はぁあ・・・!」 互いに渾身の一撃を加えあう、白熱した戦いは、終焉の兆しも見せる事無く尚も続くも さすがに、小一時間も互いに休み無く殴り合えば、疲弊もするというもの・・・。 最早、二人の攻撃に最初の様な切れも見えなくなっていた・・・が。 「た、倒れろぉ・・・クソガキ」 「て、テメェこそ・・・しず、めぇ」 肩で息をし、互いのひざがカクカクと笑い、立っている事もままならない状態にも かかわらず、二人の目は死んでは居ない。 決して、止めない。 お前より先に倒れるものか。 強いのは、互いに自分と言う、互いの負けたく無いという思いが二人を突き動かしていた。 「セイア様とイリーナ・・・なんだか、楽しそうね」 二人の決闘を見守るリアが、誰とも無く口を開いた。 「・・・はい」 「(コク・・・)」 そんな、リアに、オリビアとアルフィアの二人も肯定の返事を返す。 そう、二人の間には最早、互いの相手に対する遺恨は消えうせていた。 唯互いに拳を交換し合うことが、何をするよりも、清々しく楽しかった。 ・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。 「は、はぁああ!」 ぺちっ! 決闘開始より、約二時間経過・・・。 最早、聖矢の繰り出す【紅葉 】には、ハエも殺せぬ様な威力しかなかった。 自分の繰り出した【紅葉 】のあまりに情けない音に、聖矢は悔しそうな顔をし 逆にイリーナは、これ幸いにと、にやりと笑うと、お返しにと拳を振るう。 「おりゃぁぁぁ・・・!」 べち! 「あ・・・」 だが、イリーナも聖矢と同様に拳には相手を倒す力は無かった。 「く、くそぉ・・・ぬぁ・・・!」 イリーナが、自分を叱責した時、力の入らなくなった膝が俺 聖矢へと倒れこむと、聖矢へと頭突きを食らわせる形になった。 ドゴヅン!! 互いにもつれ合い倒れる二人。 「っぅぅ・・・。おい? わ、わりぃ・・・」 聖矢から身を離し、頭をさすりながら、起き上がり イリーナは、とりあえず、聖矢へと謝る。 バガン!! 「うごっあ!!」 そんな、イリーナに聖矢の【銀杏 】の一撃が見舞われ イリーナが吹き飛ばされる。 「こ、このやろ! さっきのは、わざとじゃ、ね・・・え?」 尻餅を着き、拳を振り上げ、怒るイリーナの目の前に、聖矢が立っていた。 そして、聖矢は、イリーナに向けて、【紅葉 】を振り下ろす。 「ど、どわ! お、おい? エトラ・・・っ!?」 地面を転がり、攻撃を避けたイリーナは、聖矢の表情を見て、驚く。 その目には光が無く、表情は、憤怒のモノへと変わっていた。 「か、かえ・・・せ。 ゆ・・・ト・・・かえ・・・せっ!?」 ・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。††††† ドゴヅン!! 『あ・・・や、べ』 イリーナの頭突きを受けた聖矢は、瞬間そう思った。 自分の意識が、視界が徐々に、白く染まっていくのを、何処か遠く感じていた。 そんな中、聖矢の目がある物を捕らえる。 それは、月。 ”あの日”と同じ、綺麗な真丸の月・・・だった。 ドグン!! 遠のく意識の中、自分の中に、怒りが、憎悪が眠りから目覚めるのを感じた。 あの時に感じた悔しさと共に。 忘れる事のできない・・・自分の無力さ。 友を助けられなかった、悔しさ、怒り、憎しみを・・・思い出した。 ・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。 ある日の訓練の夜・・・。 「ぜはっ! ぜはっ!!」 リアとの勉強会を終え、アルフィアの夕食を取ったあと、聖矢は何時もの様に訓練をしていた。 既に、太陽も落ち、星も見え始めた夜の中、聖矢は大きく肩で息をしていた。 「ま、まだ。まだぁ〜・・・!」 額の汗を拭い、気合をひとつ入れ、聖矢は、再び訓練を再開する。 朝から昼に掛けての訓練は主に、体力強化に当てていた。 まず館から街までのダッシュと徐行を交互に行う長距離走。 そして、腹筋、腕立て、懸垂、スクワットを格100回5セットの筋トレ。 それを時間の許す限り、絶え間なく続ける。 そして、昼食とリアの勉強会を終えた後は舞葉拳の訓練。 手頃な大木に、一撃を加え木を揺らし、舞い散る木の葉を地面に落とす事無く、すべて打ち落とす。 できなければ、目を閉じ片足立ちでの三分間静止。 できなければ、巨石を抱いての腰落とし、五分間。 できなければ、縄跳び200回。 できなければ・・・。 ・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。 そうやって、自分に対して、絶対にできるはずも無い訓練を強要した。 そして、気がつけば、地面に倒れている自分。 ボロボロの体で、緩慢な動作で、立ち上がろうとするも、足は言う事を聞かず、立ち上がれない。 「た、立て! 立てよ!! 立て!? 悠人が、待ってるんだよ! 何処かで、きっと生きて・・・俺を待ってるんだよ!? 俺は、今のままの俺じゃ助けられないんだよ!! だ、だから・・・立て、よ」 痙攣し、少しでも動かそうとすれば痛みの走る足を叩き、無理やり立ち上がり訓練を続ける。 毎朝、毎夜、毎日・・・その繰り返し。 聖矢は、自分の力の無さを実感した。 リアとの戦闘。 ガリオンの率いた妖精 達を滅して見せた十二妖精部隊 の実力。 自分の立ち居地位置が今限りなくピラミッドの底辺に居る事を実感した。 だが、聖矢は信じていた。 師が授けてくれた備前四宝院流古武術・・・舞葉拳の力が決して、負ける事は無い、と。 だから、鍛えようと思い立った。悪いのは自分の力の無さ。 技の威力は十分。倒せないのは、自分に力が無いから。 だから、鍛え上げる事にした。 一度は、閉ざした道。 師に、自分から破門を申し出た自分が、舞葉拳を極め様などとは、心底おこがましい。 これは、最早、師はおろか、世界中の武を志す者達への冒涜だろう。 でも、自分が幾ら罵倒され、愚か者と蔑まれ様とそんな事よりも、やるべき事が 助けたい、守りたい友が居た。 だから、もう一度、舞葉の高み・・・”千年樹”を目指そうと・・・決めた。††††† 「返せ・・・ユート、を・・・返せ!!」 「う、うわぁあ!!」 イリーナは、襲い来る聖矢に恐れを無し、思わず身を屈める。 「か、え・・・せ・・・」 一歩踏み出し、イリーナに攻撃を加えようとした聖矢は、そのまま前のめりに倒れ ピクリとも動かなくなった。 「「せ、セイア様!!」」 「う〜〜!?」 それを見た、アルフィア、リア、オリビアが血相を変えて駆け寄ってくる。 「アルフィア、オリビアさん! す、直ぐにセイア様を寝室に!」 「はい!」 「(コク、コク!!)」 リアの指示に、二人は頷くと、眠る聖矢を急いで、館の中へと運び入れる。 「ま、待て! ま、まだ勝負は!!」 「イリーナ! 落ち着きなさい!? もう、決闘などと言っている場合ではないでしょう!」 立ち上がり、運び込まれる聖矢に声を張り上げるイリーナ。 「クソ・・・。クソ! クソォオオ!! 負けてねえ! 俺は絶対負けてねぇええ!!」 一度ならず、二度までも、神剣を持たぬ聖矢に恐怖を感じた自分がよほど許せないのか イリーナは、拳を震える程握り閉め、夜空へと叫んだ。 「・・・ええ。勝負は貴方の勝ちです。 貴方は、円から一歩も出ていない。でも、ね。 貴方が十二妖精部隊 の一兵を名乗るなら 自分の自尊心を守るためだけに、セイア様を追い出す事はしない、と。私は思っています」 リアは、睨むようにイリーナに言い聞かせる。 「ふぅ・・・。さ、入りましょう。 貴方も傷の手当てをしないと・・・」 ひとつ大きく一息つき。 今度はイリーナに、笑顔を向け、肩を貸しながら館へと連れ帰る。 イリーナは、終始押し黙っていた。††††† 母は、俺が六つの時に死んだ。 父は、俺が高校に入学する前に、交通事故で失った。 周りは俺を、可愛そうな者を見る様な目で見やがる。 哀れみを、同情を寄せてくる。 止めてくれ、俺にはそんなモノを受ける謂れは無いんだ。 だって、二人が死んだのは・・・俺の所為だから。 周りは、病気だった。事故だった。などと言うけど・・・。 違うんだ。俺が死なせた・・・俺が、殺したん・・・だ。 だから、こうなるのは、必然だったのかもしれない。 今は、俺は、夜の街に居る。 毎日、毎夜・・・ずっと、酒と喧嘩に溺れている。 不思議なことに、酒を飲むとなんだか、一瞬だけど開放される様な気がした。 人を殴っている間、殴られている間・・・。 その時だけは、こいつをどう倒そう? 何処を殴ろう? 何処を蹴ろう? 何時絞めてやろう? 相手と相対している時だけは、すべてを忘れて、唯倒す事だけを考える事が出来た。 自分の罪を忘れる事が出来た・・・。 だから俺は、今日もここに居る。 これからもずっと・・・。 でも、この日だけは、なぜか少し違った。 何時もなら、酔いつぶれて眠った俺は、朝になるまで、路上で眠って居るだけなのに この日だけは、お人好しの兄妹に・・・助けられた。 「お、お兄ちゃん! 人が倒れてる!!」 うるさい! そう思った。 路地裏で、片手に酒瓶を持ち、生きる気力の欠片も無い哀れな肉の塊 それが、俺だった。 普段なら誰もが見てみぬ振りをし、通り過ぎていくのに・・・。 「だ、大丈夫ですか?」 変な哀れみや、優しさは要らなかった。 だから、俺は、駆け寄って来たその塊を突き飛ばす。 「きゃっ!」 「だ、大丈夫か、佳織!? おい! あんた何すんだよ!!」 どうやら、一人じゃなかった様だ。 そう、いやお兄ちゃんとか叫んでたか? そのお兄ちゃんは、塊に身を寄せ、俺を睨んでくる。 「・・・うぜぇ〜なぁ・・・ 誰も、助けて欲しくなんかねぇんだよ!」 バガン!! どうにも、ムカついて、俺は、塊に蹴りを入れてやった。 「ぐぁっ!!」 吹き飛ぶ。塊を愉快そうに見つめ 俺は、高笑いを浮かべる。 世界が、真っ暗に見える。 光なんか何処にも無い。 俺の進む先にあるのは、ただ闇のみ・・・。 「お、お兄ちゃん!」 もう一つの小さな塊が、大きな塊に近づく くくく・・・。そうやって、馴れ合ってろ。 お前らは知らない。 この世界がどんなに薄暗く・・・。 居心地の悪い場所かを・・・知らないんだ。 寄り添う二つの塊に一瞥くれてから 酒を煽り、その場から去ろうとする。 すると・・・。 「ま、待って! 待って下さい!!」 塊が、俺の手を掴んできた。 本当に、うぜぇ。 何のつもりだ? 俺に謝れと言うのか? 俺は、悪いことはしてねえ・・・テメェ等が・・・勝手に近づいてきただけだ。 「どうして・・・泣いてるんですか?」 「・・・え?」 言われて初めて・・・、頬を伝う涙の感触に気がついた。 「ハ、ハハハ! あああああ!!」 笑い出した。笑っちまった。 呪われたこの肉体は、俺は呪われている。 だってそうだろ? 両親を殺した忌むべき俺は、この国、世界では決して裁かれる事は無い。 だって、俺が母を死なせたのに・・・医者は、病気だったと言い張り。 父を死に追いやったのに・・・警察は、事故だったと言い張る。 これを呪われて言わずして、何と言う。 こんな、こんな滑稽なことが、他にあるか? なのに、悲しむことも許されぬこの身は、未だに、悲しみを涙として流し続ける。 呪われてる。滑稽だ。 死にたい。でも駄目だ。 手首に幾ら刃を当てても、寸での所で躊躇する。 ビルから落ちても、下には、常に車が、屋根付のトラックが居やがる。 世界は、俺に生を強要し続ける。 「はな・・・せ! 放せよ!!」 俺の腕を掴む、塊を振りほどこうと暴れる。 でも、どんなに振り回しても振りほどけない。 もう・・・いいや。使おう・・・。 そう思い、構えを取る。 その時・・・。 「そっちに、行ちゃ駄目! そっちに行ったら・・・駄目!!」 塊が行き成り訳の分からない事を言いやがった。 「駄目だよ。どんなに悲しくても、辛くても。 頑張らなきゃ・・・駄目だよ。 お父さんや、お母さんが悲しむよ!!」 「うるせえ!! 居ねえよ!? とっくの昔に、死んだよ!! 死んだんだよ!?」 行っては、成らない事を、この塊は、言いやがった。 だから、襟首を掴み引き上げ、俺は、怒りのままに、喚き散らした。 「・・・あんたも、居ないの、か?」 その時、もう一人の塊が頭をさすりながら起き上がり 俺に、哀れみの様な、同情の様な顔をして告げた。 嫌・・・違う。その塊は、悲しんでいた。 遠い日に失くした者を思い・・・悲しんでいた。 そして、俺の腕の中の塊も、同じ目をしていた。 男の一言に、俺は、力が抜けするりと、手の中から塊が落ちる。 「大丈夫か? 佳織?」 俺の手から開放された塊は、ゲホゲホとせき込みながらも もう一つの塊が駆け寄ると、笑顔を向ける。 大丈夫、心配ないと示すように・・・。 「・・・俺達も、両親居ないんだ。 飛行機事故で、でもその両親は、俺のもう一人の両親 俺のこの佳織の両親に引き取られる前にも・・・失ってるんだ」 そいつの告白を聞き、俺は雷に打たれた様に、四肢の力が抜け その場に、へ垂れ込んでしまった。 「悲しいよな? 親が死ぬって言うのは本当に悲しいよ でも、こいつを失わずにすんだ。 俺達は、二人きりの兄妹・・・俺が守らなきゃ、て 思ったら不思議と力が湧いた。佳織顔を見るたびに、頑張ろう、て 思うことが出来るんだ。だから・・・」 ―――あんたも頑張れよ――― 「俺と、あんたの立場は違うかも知れないけど でも、同じ痛みを知る同士だろ? 俺達これからも、頑張るから・・・あんたも頑張れよ」 今まで、他人の声は右から左へ素通りだった。 全然響かない。決して染みる事も、残ることも無く 風の様に消えていくだけだった。 でも、そいつの声は、何時までも心の中に 空っぽだった俺の中にずっと、残って離れない。 妹に肩を貸し、去ろうとする俺は、呟いた。 「悪い。すまん。ごめん。本当に・・・ごめん」 俺の口から出たのは、謝罪。 それは、何に対してのものか・・・。 彼の妹に対してのものか、これまで、世界一不幸なのは俺ですと 言いふらす様に生きてきた事に対する謝罪なのか。 俺にも・・・よく、わからない。 でも・・・俺の謝罪を聞いて、彼は・・・。 「いいよ。でも、今度、妹に手を出したら許さないから」 「あ、ああ・・・。二度としない。絶対しない・・・約束する、よ」 俺は、誓いを立てた。 彼に、その悲しみを超えた先に手にした 至上の強さに、敬意を払い・・・二度と仲間を友達を裏切らない 傷つけない。傷つけさせない・・・守り抜くと、人知れず、誓いを立てた。 「うん。それじゃ。 と、とうだ。俺は、悠人。高峰 悠人。 あんたは?」 「俺は・・・」 ―――聖矢・・・白銀 聖矢――― それが、俺と悠人の出会い。 暗闇の中を長い間彷徨い見つけた。 太陽の様に輝く光に思えた。 ああ、こいつは何て強いんだ。 そして・・・俺は、なんて弱く、小さいんだ。††††† ・・・第一館、聖矢の部屋・・・ 目を覚ますと俺は、ベッドに寝ていた。 部屋は、暗く窓の外は既に真夜中になっていた。 『ここ、何処だ?』 なんだか、見慣れぬ天井。 見慣れない天井は何時もの事だ。 自分の家で寝て起きる何て事は、殆ど無い。 大半は何処かのホテルで起きて、見知らぬ女が隣で寝ている場合と 路地裏の片隅で、酒瓶を片手に起きるかのどちらか・・・。 でも、俺が見た天井は、そんなホテルの天井と違う というか、日本では見慣れない天井だ。 とりあえず、タバコでも吸おうと思い立ち身を起こそうとする。 「・・・ん? アル・・・。 ああ、そうか俺・・・今、異世界に居るんだっけ」 身を起こそうとして、俺の傍らにアルが居た。 俺を心配して、看病していたんだろう。 椅子にも座らず、別段何かを羽織るでも無く床に膝を着き 上半身をベッドに預け、彼女は寝ていた。 アルの姿を見て、記憶が鮮明になる。 懐かしい夢を見た所為だろうか? 自分の現状を忘れるなんて・・・。 『俺、やっぱ最低だな』 一瞬とは言え、アル、リア、オリーブの事を忘れた自分が許せなかった。 守ると誓った悠人を助けられなかった自分が許せなかった。 既に眠気も何処かに消え失せた。 少し、居心地が悪くなり、俺は、外に出ることにした。 アルを起こさないように、ベッドから抜け出し クローゼットに掛けられている紅の羽織を取り出し 眠るアルに掛け、そして、頭を軽く撫でてやる。 「ごめんな。ありがとう」 謝罪と感謝。 相反する二つの言葉を掛け、テーブルの上に置かれた タバコとライターを手に取り、俺は部屋を出た。 ・・・第一館、屋外・・・ シュ・・・! シュ! ・・・シュボッ! 最近火の着きが悪くなってきた愛用のジッポに少々イラつきながらも 木陰に座り、身を預けタバコを吹かす。 「・・・そういや。俺、勝ったのかな?」 「いえ・・・引き分けだそうですよ」 タバコを吸いながら、先ほど、チビの青妖精 との決闘の結果が少し 気になり、呟いて見る。 すると、後ろから俺の独り言に、誰かが答えた。 「・・・んだ。オリーブか。 独り言に答えるなよ。驚くだろが」 「す、すいません」 俺は、少々驚き。別段悪くも無いのに オリーブに、威嚇するように答えてしまった。 どうやら、俺はまだ、イラついてるみたいだ。 「悪い。別に怒った訳じゃ無えんだ」 「そ、そうですか」 ガリガリと、頭を掻きながらバツが悪そうに俺が答えると オリーブは、胸を撫で下ろし、安堵の表情を浮かべる。 「何時までそこに居るんだ? 隣、座れよ」 数歩後方から、全く動こうとしないオリーブに 横に少しずれながら、声を掛ける。 「え、でも・・・」 「座れ」 「は、はい!」 俺の提案に躊躇しまくるオリーブに、少しトーンを落とし 半ば、脅す様に、再度声を掛けると オリーブは、ようやく腰を下ろした。 「で? 引き分け、てどう言うこった?」 「はい。結果的にはイリーナさんの勝ちなんですけど その、結果に納得がいかない、とりあえず勝負はお預け 次の機会に決着を付ける、と・・・」 「あの野郎。何だかクソ偉そうだな」 「んで? お前はこんな時間に何してんだ?」 「え? あ、その・・・ちょっと、考えたい事がありまして その辺を散歩していましたら、セイア様の姿が見えましたので」 俺が、オリーブに問いかけると、オリーブは少し 答えを考えながら、紡ぎだした。 「ふ〜ん。そうか・・・」 「セイア様こそ、どうしたんですか?」 「・・・俺も・・・似た様なもんだな」 「そ、そうですか・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 オリーブが相槌を打つと、それから沈黙が訪れる。 「なあ・・・」 「あの!」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 そして、互いに声を掛ける。 「ど、どうぞお先に」 「ん。お前から見て、俺は妖精 に勝てるか? て、どうした? 何か期待を裏切られた様な顔して」 オリーブが、俺に先に問いかけを譲ってくれたので、迷う事無く声を掛けると 当のオリーブは何だか、少し沈んでいた。 「あ、いえ。別に・・・。 そうですよね。セイア様は、そう言う方ですよね」 などと、必死に自分を納得させるオリビア。 「・・・セイア様は・・・強いと思います。 私達とまがりなりにも渡り合える事も驚きですが 何より、誰に言われるでもなく、自らに過酷な訓練を強いる精神力には、脱帽の一言です。ですが・・・」 「いいよ。言ってくれ。正直に・・・」 「・・・はい。どんなに努力を重ねても・・・我らには届きません・・・」 私は、言った。 顔を伏せ、両の目を瞑り・・・セイア様に答えた。 セイア様に対して、この言葉を言う事がどれほど苦痛だった事か 確かにセイア様は強い、場数もそれなりに踏んでいる。 身体能力も一般の兵士様よりも全然高い・・・。 でもそれは、人対人の場合での事だ。 先ほどのイリーナさんとの戦闘を見ても明白、神剣を持たない イリーナさんとほぼ互角と言う事は、神剣を持ったイリーナさんには、全く歯が立たないと言う事だ。 そして、セイア様がここまで妖精 との戦闘で生き残ってこれたのも 奇跡に近いと言っても過言では無い。 私達との戦闘では、来訪者 は生け捕りにせよとの命令があったから リアさんとの戦闘では、リアさんが手加減したのにも関わらず、致命傷を受けた。 セイア様が生き残れたのは、十二妖精部隊 の緑妖精 と言う 強力なバックアップがあったからだ。 処刑の時も寸での所で、十二妖精部隊 が間に合ったからだ。 これ以上セイア様が妖精 との戦闘に身を投じれば 遅かれ早かれ・・・マナの塵へと消えるだろう・・・。 「ですから・・・もう止めて・・・」 「そう・・・か。なら、今以上に努力しなきゃ、な」 私が答えようとすると、セイア様は何処か遠くを睨み付けながら 今以上の決意を口にした。 それを、聞いて唖然とした。 「なぜ、そこまで・・・」 私が、問いかけると、セイア様はポツリ、ポツリと語りだした。 「・・・昔、母親が病気で死んだ。 幼かった俺には、どんな病気だったか分からないけど、俺は、母親の死は自分の所為だと思っている」 「ど、どうしてですか? 病気なら仕方ないじゃないですか」 「・・・仕方ない。うん。普通なら・・・ でも、俺は、母が死ぬ数日前に約束をしたんだ」 「約束?」 「俺は、格闘技をやっててな、師匠に腕試しだと言われて 空手の大会に出たんだ。そこで、優勝してくると約束した」 セイア様は、立ち上がり、例の不思議な技を数度その場で放ち。 カラテや、その大会の事を掻い摘んで聞かせてくれた。 「でも、負けちまった。だから・・・母は死んだ。 そう思わなきゃ・・・納得できなかった。今でもそう思ってる」 私は、何も言えなかった。 セイア様はお母様の事が本当に好きだったのだろう 過去を語るセイア様の今にも泣きそうな表情が、その情の深さを物語っていた。 「そして、親父も死んだ。今度は交通事故だった。 俺の世界には、こっちみたいに、馬じゃ無くて・・・ そうだな、鉄の箱みたいなのがこっちのエーテル技術みたいなので走ってるんだ。 その鉄の箱と箱がぶつかって、ボン! 俺は、運良く生きてたけど、父さんは・・・駄目だった」 「そ、そんな・・・」 いつの間にか、私は泣いていた。 私には、母も父もいないけど・・・大切な仲間は大勢居る。 戦いで、散っていくのは仕方が無い。確かに悲しいけど 何時も覚悟は出来ている。 でも、セイア様にはそんな覚悟も無く、突然、大切なご両親を奪われた。 こんな、こんな事が許されて良いのだろうか? ハイペリアとは、理想郷ではなかったのか? 「死にたいと思った。暮らしていける金はあったけど 俺は空っぽだった。唯一の生きる為の理由が消えちまったから 母に強い自分を見せて安心させよう、父に心配を掛けない様に強くなろう その思いで、舞葉拳を始めて、極めて行った舞葉拳を捨てて 本当に何も無くなって、抜け殻の様な俺に、つかの間の生きる力を与えてくれた奴が居たんだ」 「え? その方は?」 「・・・この世界に来たとき、青い天使に連れ去られた。 何処に居るかも、生きているのかも分からない。 でも、生きてると信じてる。そして、必ず助け出す。 それが、俺に出来る唯一の償いで、恩返し・・・だから」 そう言って、ニッコリと笑うセイア様の笑顔は 本当に、純粋な笑顔だった。 何故、この人がこんなにも、力強く見えるのかが分かった。 この人は、過去でも未来でも無く、純粋に今を大切な人の為だけに生きているからだ。 私は、そう思った。 「自分はどうなっても構わない、でも、友達は裏切らない 死んでも尚、守り抜くと・・・自分自身に誓いを立てたんだ」 「・・・生きていますよ」 「・・・え?」 俺が、昔話を終えると、オリーブが頭を振り ため息を吐きながら、ポツリと呟いた。 「もう一人の来訪者 。 セイア様のご友人ユート・・・様は、生きておられます。 イースペリアの同盟国にして、古の四神剣の一つ『求め』を有する国家”ラキオス”に居ります」 「ラキ・・・オス・・・。 な、なんで。分かるんだ!? それに、どうして生きてるって言えるんだ?」 俺は、オリーブの答えに、興奮し詰め寄ると 両肩を掴み、矢継ぎ早に質問をぶつける。 「お、おち、落ち着いてください!」 「わ、悪い」 「ま、まず。ユート様を連れ去った者がラキオスに籍を置く大陸四大妖精 の一人 ”蒼い牙”と呼ばれるアセリア=ブルー・スピリットだからです。この事から、ユート様はラキオスに居ると思われます。 そして、古の四神剣は来訪者 にしか操れません。来訪者 の戦闘力は妖精 以上と言い伝えられて居ます 強力な戦士をむざむざ殺す事はしません。九分九里生きています」 「そうか・・・。そうか、生きてる! 悠人が生きてる!? オッシャ!!」 オリーブの話を聞き終わると。俺はこみ上げてくる嬉しさをごまかす事も、隠すこともせず拳を握り 雄たけびを上げる。突然の雄たけびに驚いたオリーブが耳を押さえ、俺に非難の眼を向けてくる。 「そうと、分かればこうしちゃ居られねえ! 俺、走って来る!!」 「ま、待って下さい!! 実は、お話したい事が在るんです!!」 そう言って、走り出そうとした俺を呼び止める。 「話し? なんだよ」 「国に・・・帰ります」 「・・・は?」 言ってる意味が分からなかった。 俺は、間抜けにも、大口を開けて聞き返していた。 「今日、アズマリア女王との会談の際に陛下より 許可を頂きました」 「なあ。ずっと此処に居るわけにはいかねえのかよ」 オリーブが突然帰ると言い。 我ながら情けないが、まるで駄々をこねる子供の様な言葉を吐いていた。 そんな、俺の言葉に首を振るオリビア。 「そうかよ。で、何時行くんだ?」 「明日の内には此処を出ようと思っています」 「明日!?」 早い。余りにも早すぎる。 今日許可が下りて、明日には出て行く なんだよ。オリーブは、此処が嫌いなのか? ・・・そりゃ、そうか。牢屋に閉じ込められて、首も刎ねられそうになった所だ。 「・・・分かった。お前が決めた事にいまさら俺が口出ししても仕方無えよな。 短い間だったけど、楽しかったぞ。なんだ、その・・・元気で、な」 曖昧な作り笑い。 これが唯の他人なら、何も感じないでただ無視するなり 素っ気無い言葉を吐くだけで良いけど、こいつは、オリーブは もう、俺の中では友達だから、本当は分かれたくないけど 此処は、笑顔で見送るべきだから。 「はい。ありがとうございます。 そして、セイア様」 「ん?」 オリーブは、一礼し顔を上げると、突然膝を着き、俺に命より大切だと 言っていた、剣『瞑想』を掲げる。 「な、なんだ? オリーブ」 「我、【瞑想】のオリビア=ブラック・スピリットは、今、この時より誓いを立てる。来訪者 セイアに絶対の忠誠と共に、この身を捧げ 如何なる苦難、危難が参ろうとも、貴方様の剣となり翼となり戦う事を・・・誓います。お受け取り下さい」 そう言うと、オリーブは頭を下げ俺に【瞑想】を取りやすい様に、捧げる。 「え? なに? この刀を取れば良いのか?」 「はい」 いまいち何をしているのか、分からないがとりあえず、オリーブから刀を受け取った。 そして、受け取った瞬間。とてつもない重さがのしかかる。 持てなくは無いが、とても自由自在に振り回すのは、無理な重さ まして、片手となると絶対不可能な重さだった。 「な、なんつぅ重さだ。 おいおい、こんなもん貰って、俺にどうしろって言うんだよ」 「あ、もう返してくださって結構ですよ」 「は? そんじゃ、ほ、れ!」 そう言って、微笑と共にオリーブが手を差し出したので 俺は、直ぐに、刀を返してやる。 「ふぃ〜。で、なんだったんだ? 先刻のは?」 「そうですね。決意表明・・・と言ったところでしょうか」 「決意表明?」 「はい。私は、ダーツィの妖精 ですが、心は此処に セイア様の居る場所に置いて行きます。私は、ダーツィに籍を置くセイア様の妖精 になります。 その事をどうしても誓いたかったのです」 「そ、そうか・・・ん〜・・・。こういう時は、ありがとうで良いのか?」 ・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。 翌朝、オリーブは、皆に挨拶を済ませると、ダーツィ大公国に帰って行った。 俺の刃となる誓いを胸に、さよならを言うあいつに、俺は、一言つぶやいて訓練へと向かう。 ―――またな、と―――