作者のページに戻る

 


・・・イースペリア王都、広場・・・

 フワリと言った感じで俺の目の前に降り立ち、黒い翼を光の粒に消しながら
 立ち上がる青妖精(ブルー・スピリット)緑妖精(グリーン・スピリット)。

 「アタイは、【琥珀】のサイネリア=ブルー・スピリット。
  ふふ・・・! こうして、名乗るのは二度目だね」

 呆けたように見つめる俺に、この場に居る奴等の仲では口調、見た目共に一番年上だと分る。
 年上と言っても多分25、6位だと思うが・・・。
 その年増は、あの夜の様に俺に名乗ると、口元に笑みを浮かべる。
 
 「【森羅】の・・・ラティオ=グリーン・・・スピリット、です」

 まばたき一つしない、緑妖精(グリーン・スピリット)が何処を見ているかも分らない
 瞳で、名を明かし、軽く会釈する。
 コイツもあの夜の時と同様に、なんだか、分らないが、何処か不気味さを感じさせる。
 
 「ヌォオリャァアア!!」
 「や、止めろ! ば、馬鹿な真似は止せ!!」
 「だ、駄目! イリーナ、さん。お、抑え、て」

 重量挙げをする、筋肉ムキムキの奴が発する様な声に振り返ると
 俺に向けてその身に不釣合いな大剣を振りかざそうとするチビ青妖精(ブルー・スピリット)と
 それを、必死で止める、青妖精(ブルー・スピリット)緑妖精(グリーン・スピリット)が居た。

 「は、離せ! た、頼む。
  そいつを一回殺させてくれ!!」
 「ば、馬鹿な事言わないの! 一回殺したらそれで終わりよ!!」
 「そ、そう・・・で、す・・・!」

 必死で二人を引き剥がそうとするチビ青妖精(ブルー・スピリット)と
 それ以上の必死さで、食い止める青妖精(ブルー・スピリット)緑妖精(グリーン・スピリット)
 チビ青妖精(ブルー・スピリット)の目には薄っすらと涙させ浮かんでいる。

 「気にするな。何時ものことだ。その内諦める。
  お前を殺そうとしているソイツは、【気合】のイリーナ=ブルー・スピリット。
  そんな成りだが、剣術に置いては誰もが一目置く奴さね」

 俺が、チビ青妖精(ブルー・スピリット)を呆れたように見つめていると
 横から年増の青妖精(ブルー・スピリット)が、ニヤニヤと笑いながら紹介した。

 「そして、纏わり着いてる二人が―――」

	シュッ・・・!

 「ベラベラとうるせぇよ。テメェ等の名を知りてぇて誰が言った? 
  知り合いでもねぇんだ。赤の他人の名前なんて覚える気はねぇ。
  どうしても、覚えて欲しけりゃ、名札でも下げとけ・・・ふぅ〜」

 尚も無意味な紹介を続けようとする年増に辛辣な言葉を浴びせ
 その顔に煙を吹き付ける。

 「せ、セイアさん! そんな言い方は!」
 「いいさ・・・。すまないことをしたね」
 
 俺の好意的とはとても取れない態度を見て、オリーブの奴があたふたする。
 最早喧嘩売ります的な感じの俺の行動、態度にも年増は全く嫌な顔をせずに
 笑顔を浮かべ、俺に謝罪する。
 だが、逆にツっ掛かって来られるよりもその方が怖い気がした。

 「ダーー!! テメ、アネゴになんて事しやがる! ぶち殺す!!」
 「だ、か、ら! 駄目だって言って―――」

	ガシッ!

 「おい、クソガキ」
 「誰がガキだコラ! 俺は、こう見えても、2―――!?」

 俺の行動に逆に怒ったのは、チビ青妖精(ブルー・スピリット)だった。
 そいつの頭を掴み、呼びかける。
    
 「まだ、終わって無ぇんだ。殴り合いはまた、今度な」 

 なんだか、聞いてはいけない様な言葉を半ばで遮り、言い聞かせると
 親指で、後ろを指差した。
 その先には、黒焦げになり、腹に槍を串刺しにした状態でありながらも、まだ、消える事無く立つ
 一人の赤妖精(レッド・スピリット)の姿があった。
 先程、炎と槍を受けた奴だ。

 「・・・しぶといですわね」
 「それなら、私が止めを」

 お嬢様言葉の緑妖精(グリーン・スピリット)が唇を噛み締め、悲しげな声を漏らす
 反逆者に良い様に操られる、元同胞の変わり果てた姿を見かね、三つ網の赤妖精(レッド・スピリット)が双剣をかざす。 

 「お止めなさい。ライオネル」

 その時、赤妖精(レッド・スピリット)の肩にそっと手を添え、優しいながらも厳しさを感じさせる声でを静止する
 一人の煌びやかなドレスに身を包んだ少女、女性とも取れる女が現れた。

†††††
 「「アズマリア!」様!」さん!」  「「女王!」様!」  「・・・女王?」  皆の驚く声と、疑問の声を聞き流しながらライオネルを静止し、私はゆっくりと  傷ついた一人の赤妖精(レッド・スピリット)に向けて歩を進める。  後方から、私を止めようとする皆の声を無視して、私は、彼女を見つめたまま、足を止める事無く近づく。 ザッ・・・。  「あ、あの女王様?・・・これより先へは・・・その〜」  フィオーネ、カレン、アルフィアが私の進路に立ちはだかり、その行く手を阻む  私の身を心配しての事だろうが、今の私にはそれは、余計なこと。だから・・・。  「お退きなさい・・・!」  「ぅ・・・! は、はい〜〜!!」  日と睨みし、王としての威厳を纏う様な声で私は  三人に道を明けるように、命令した。  三人は、左右に分かれるとその場に膝を着き、頭を下げ  私に、赤妖精(レッド・スピリット)へと通じる道を開けた。  「・・・じょう、おう・・・さ、ま」  彼女の目の前まで歩み寄ると、彼女はまるで生き別れの母に会うような顔で私を見つめ、微笑んだ。  「・・・大丈夫?」  彼女を優しく、抱きしめ私も微笑みを返す。  「は・・・い。   それ、より・・・も」  「なんです?」  彼女は、私の問いかけに口から血を吐きながら答えた。  本来なら、喋るのも辛いはず、喋るなと命令することも出来る。  でも、そうしない・・・彼女の顔に私にどうしても何かを伝えたいと、書いてあったから。  「もうし・・・わ、け・・・ありま・・・せん。   どう、か・・・しんじ、て・・・くだ、さ・・・ぃ。   われわれ、は・・・あ、あなた、さま・・・の・・・。   イー・・・スペ、リアの・・・た、めに・・・たたか、い・・・たか・・・た」  「・・・え、ええ。   分って・・・分って、います、よ?」  口元から漏れる血を、マナの霧に変えながら彼女が、必死で紡ぐ言葉。  その、言葉の一つ一つを聞き逃すまいと、口元に耳を近づけ聞いた。  そして、涙の溜め優しく微笑み返すと、彼女は満足したのか  両目を閉じ、安らかな寝顔と共に・・・空へとマナとなり消えて行った。  ・・・・・・・・・。  ・・・・・・。  ・・・。  「く、クソ! な、何たるざまだ!!   訓練士どもは、一体どんな訓練をしたのだ!    十二妖精部隊(ヴァルキリーズ)に全く歯が立たないでは無いか!!!」 ガッ! ガッ!! ガッ!!!  私の視線の先で、勇敢に戦い消えて行った者達の神剣を何度も何度も踏みつける  ガリオンの姿があった。    「お止めなさい! ガリオン!!   貴方は、死した者に何と言う仕打ちをするのです! 恥を知りなさい!!」  その行いを怒鳴り付けずには居られなかった。  私は、怒りのままにガリオンに叫んでいた。  「うるさい!! わ、私は、私は間違っていない!!   最強の戦力を持ちながら、それを利用し、世界を手にしようと願って何が悪い!!!」  私の言葉を受け、ガリオンが言い返してくる。  その姿の何と浅ましく、醜い事か。  まるで、欲しい玩具が手に入らず、ダダをこねる子供の様ではないか。  「それもこれも! 全部貴様の! 十二妖精部隊(ヴァルキリーズ)を打ち倒せなんだこやつ等の所為だ!!」   ガァン!!  悔しそうに涙を浮かべながら、またも、神剣を踏みつけるガリオン。  もう、我慢出来なかった。  私は、我欲に狂うこの男を叩こうと立ち上がる。  すると・・・。  「邪魔だぁ・・・退け」  私を押し退け、タバコを咥えた一人の男性が現れた。  
††††
 「え、来訪者(エトランジェ)!!   き、貴様、が・・・我のモノにならぬ、から!!!」  「るせぇ・・・!」   バァン!!  「くくく・・・! 待ってたぜ、この時をよ〜・・・!   あの真っ暗闇の中で、テメェのその顔をグシャグシャに出来るのをよ〜・・・」  胸の前で、左右の掌底を打ち鳴らし、目の前のバカに言葉を投げる。  周りからは俺は、どんな表情に見えただろう?  俺には良く分らんが・・・。  「ひっ・・・!」  俺の顔を、低く唸るような声を聞き、バカ野郎が青ざめていたのが・・・愉快で堪らなかった。    「・・・死ねや・・・」  タバコを咥えながら、睨み、一層笑み強める。静かに構えを取り、呼気と共に・・・。  【紅葉(もみじ)】を放つ。    「シっ・・・!!」  「ガボッ!!」  ガリオンの顔面に打ち込まれた【紅葉(もみじ)】は、見事に鼻を潰し  その鼻からは、大量の血が噴出す。  「あ・・・な?」  鼻を潰されたガリオンは、なぜ、自分の顔がこんなにも痛み、血が噴出しているのか分らない様子だった。  それもそのはず、聖矢が操る【舞葉拳(まいようけん)】の掌打【紅葉(もみじ)】  は、肩口に構えた腕を一歩踏み込むと共に放つ技。相手に向かって最短距離を突くものだ。  その為、通常の打撃の様な一度引き、溜めを作ると言う、1、2、3の振り子の様な予備動作を必要としない。  1の動作のみで行う為、速く。  踏み込む為、重い。  掌の為、拳にダメージを負う事も無い。  古より伝わる先人の知恵と幾つもの闘争の果てに確立された実戦の中で生きる技・・・。  実世界・・・それも日本という戦争から縁遠い地での一般生活では、決して輝く事なき業は  皮肉な事に、この幻想世界では、狂おしい程に光輝く。     「お、お止めなさい! この者はこのまま捕縛し、公正な場で罪を咎めます」  追撃を加えようとする俺の前に  赤妖精(レッド・スピリット)を抱え涙を流していたお嬢さんが  躍り出て、バカを庇うように立ちはだかる。   「・・・ふっ!・・・」        だが、俺はそれを意に介さず、技を振るう。  「・・・っ!!」  聖矢が踏み込んだのを見て、アズマリアが目を閉じ、身を固くする。  「うがっ! がっ!! ぶっ!」  『・・・え?』  アズマリアを鋭い風切音と共に、風が頬を撫で、後からは、ガリオンの苦痛の声が聞える。   アズマリアが目を開けると、自分と僅か一歩分ほどの間合いを保ち  顔の側、広げた腕の脇の下、極僅かな隙間から針の穴を通すような正確さで  巧みにアズマリアを避けながら、あらゆる方向からガリオンに両腕をしならせながら  拳を振るう聖矢が居た。  目の前で聖矢が、高速で左右に体を振りながら、拳を振るう。  それは、まるで、激しい舞踏の様だった。  だが、アズマリアが驚いたのはそんな事ではなかった。  最も驚いたのは、攻撃を繰り出し続ける聖矢の表情・・・。  「許す・・・か・・・! 許して・・・たまる、か!!」  ガリオンを打ち据える度に血に染まる腕から飛び散った血が、顔に付着しても全く意に介さず。  あまりの怒りと憎悪に染まった、人とは思えぬ憤怒の表情だった。  「・・・や、・・・止めなさい!!」    恐怖で竦み、震える足。  有りっ丈の勇気を振り絞り、聖矢に体当たりする様に、抱きしめる。  「まだだ! こんな位で済まさねぇぞ! オラア!!」  それでも・・・聖矢は、止まらない。   抱き付くアズマリアに気づく事無く。  一歩一歩、踏ん張るアズマリアを押しながらガリオンに追撃を加えていく。  「も、もう・・・止めて!!!」  「るせえ!!」  今まで意に介さなかったアズマリアを聖矢が始めて、怒声と共に振りほどく。  「きゃっ!」  「アズマリア様!!」  「女王様!!」  聖矢が投げ飛ばし、地面に転がるアズマリアを十二妖精部隊(ヴァルキリーズ)達が助け起こす。  聖矢を必死に止めようとするアズマリアを見かね、飛び出してきたのだ。  「きッ様〜!! なにを―――」  「邪魔すんじゃなえ・・・よ」  アズマリアを投げ飛ばした聖矢に、怒りを抱くイリーナと共に数人が鋭く聖矢を睨むも  肩口から妖精(スピリット)を除き見るように睨み付る  怒りの表情と殺意に、皆は、言葉を失った。  「コイツは、俺が・・・殺す。   誰にも邪魔させねぇ・・・邪魔するんなら・・・テメェ等も殺すぞ」  そう言って、踵を返し、血だらけになり這いずりながら逃げるガリオンにゆっくりと、近づいていく    「・・・はっ!!」  それを見て、ようやく我に返ったイリーナは、そこで初めて、【気合】を握る自身の手が  小刻みに震えている事に気が付いた。  『・・・あの野郎に・・・ビビッてた、て言うのか? こ、この俺・・・が   し、神剣も持ってねえ・・・野郎・・・に』  イリーナにとって、こんなに屈辱的なことは無かった。  部隊内において、第四部隊に配属されても可笑しく無いくらい攻撃に特化したイリーナにとって  第一部隊でありながら、時には特攻を仕掛けることさえ厭わぬ自分が、たった一人にそれも神剣を持たぬ者に  恐怖を抱いた自分が・・・許せなかった。  「あれが・・・来訪者(エトランジェ)」  レイアナが確認するように、一言呟いた。  いつも何事に対しても動じることの無い、彼女だが、その額には汗が滲んでいた。  「・・・わ、私・・・こ、怖い、です」  ハルナが、【言霊】を握りしめながら、恐怖に耐える様に  涙を溜めて、震えていた。  「だ、大丈夫ですわ。落ちついて下さい」  セリーヌが、そんなハルナを優しく抱きしめながらあやす。  そして、もしもの時に備え、【時雨】を確認するように握り締める。  「・・・どうします。斬りますか?」  「いや・・・様子を見よう」  「・・・了解しました」  フィオーネが【無音】に手を掛けながら、サイネリアに確認を取る。  命令あらば何時でも切り込む。明らかに聖矢を敵、或いは危険な存在と認識しての行動だ。  だが、サイネリアからは、攻撃の許可は出ず、フィーオーネは剣から手を放し  ラティオは了承の返事を返す。  「・・・あんな殺気・・・今まで感じたこと無い   来訪者(エトランジェ)、て一体・・・」  ライオネルが、汗が滲む掌を見ながら、疑問を口にする。  「で、でも! 僕達が手を出さなければ安全な訳だし、ね!」  カレンが場の空気を和ませようと、無理に明るく振舞う。  「ですが・・・彼が後々、我等に危険な存在になる可能性は禁じ得ません」  そんなカレンのフォローを無視し、ジーンが冷静な口調で釘を刺す。  「セイア様・・・なぜ、そこまで・・・」  オリビアは俯き、聖矢の真意を測りかねていた。  いくら、なんでもこれはやりすぎだ。  確かに、あれだけ酷い仕打ちを受けたのだ。  その心中は、察して余りある。  だが、聖矢の放つ殺気、怒りは、明らかに私怨を超えている。  これでは、まるで・・・”あの夜”のようではないか・・・。  オリビアは、聖矢の姿の在りし日の、傷つき這いながらも友を追おうとした  その姿を思い出す。  「・・・しかたありません。皆来訪者(エトランジェ)を捉え―――」  アズマリアが意を決し、十二妖精部隊(ヴァルキリーズ)に聖矢を捕らえる様に  命令しようとすると、アルフィアが皆の前に飛び出し、両手を広げる。  「止めろ、と・・・言うのか? アルフィア」  サイネリアが、確認するように、アルフィアに声を掛ける。    「(コクコク!!)」  サイネリアの言葉を受け、アルフィアが大きく数度頷く。  「バカか!! テメェ! 人が良いのも大概にしとけ!   バカ! バカ! バカアルフィア!!」  アルフィアの行動を見て、イリーナが怒り心頭と言った様子で、詰め寄りながら耳元に怒鳴り散らす。   カキカキカキ!!  イリーナの大声に身を竦ませたアルフィアだが、何事かメモ帳に殴り書きすると  キッと鋭くイリーナを睨み、メモ帳をかざす。  そこには・・・。  『セイア様を信じてください!!』  メモ帳一杯にデカデカとそう書かれていた。  「・・・うくっ!」  アルフィアに睨み返されるという、予想外の出来事に、イリーナは少々あとずさる。  「こ、この・・・この!」  「この世界じゃ・・・お前ら人間は・・・天国に行けるんだってな?」  「・・・あん?」  イリーナが再び、アルフィアに怒鳴り散らそうとした時  聖矢の語りかける様な声が聞こえてきた。  それを聞き、皆が一斉に聖矢の方に視線を向ける。  「なら・・・死んでも良いよな?   だって・・・天国に行けるんだもんな?」  「ごぷっ・・・や、やべで・・・ぐ・・・れ・・・」  血だるまのガリオンを掴みあげながら聖矢が視線を彼方にやりながら、語りかける。  「オリーブから聞いた。   この世界の天国は、すげぇ・・・良い所だって   普通だれも信じなぇよ。夢を見るのはガキの時に終わる・・・。   でも、よ。オリーブが、よ。俺に話してくれたんだ。すげぇ、うれしそうによ   それを聞いて理解したよ。あぁ・・・こいつは・・・信じてるんだな、て」    聖矢には、ガリオンの声が聞こえていないのか  ただ、語り続ける。  そして、一言一言つむぐたびに、腕に力が篭って行く。  「それが・・・んだよ!! ああ!!?」  そして、それまで、静かだった聖矢が堰を切ったように  両手で胸倉を掴みながら、ガリオンを眼前に突きつける。  「オリーブは、オリーブ達は、絶対に天国に行けねぇだとお!!   死んでも救われる事無く、地獄を彷徨うだぁ?   ふざけろよ! ざけんなよ、テメェ等!!!」    ドゴン!!  「ごぶぇ!!」  片腕をガリオンから離し、聖矢は、掌では無く拳で  ガリオンの顔面を砕く勢いで、殴りつける。  その威力に、ガリオンの衣服が破れ胸倉を掴んでいた聖矢の右腕には  ボロ布に慣れ下がった、衣服の一部が握られていた。  「教えてやるよ。糞野郎・・・生きながらに地獄を味わえ」  大地に転がるガリオンを見下ろしながら、ボロ布を投げ捨て  再び、殴ろうと一歩一歩近づいてゆく。  ・・・・・・・・・。  ・・・・・・。  ・・・。  怒りを抑えるつもりは無い。  抑える理由は皆無。  死では生温い。  あいつが味わったのは、絶望だ。  安らぎの死を恐れ、届かぬ光に憧れを抱き。  無駄な生を強制された、あいつの苦しみ。  せめて、死ぬ瞬間まで・・・その苦しみの万分の一でも・・・味わえ。  俺には、お前の首を絶つ剣は無い。  俺には、お前を業火に包む事もできない。  俺には、あいつを守る盾は無い。  俺には、あいつみたいに、自由に飛ぶ翼も無い。  俺に在るのは、醜い心。重い罪。借り物の至高の拳。  この汚れた身にできる事は、唯一つ。  断てぬなら、嬲り殺す。  憎悪の業火を持って、殴り殺す。  守れぬなら、傷つけようとする者を消し去ろう。  飛べぬなら、這ってでも突き進もう。  俺は・・・何も要らない。  唯、大事な人たちが生きていてくれるなら・・・それで、それで良い・・・や。  「・・・死ねぇええええ!!!」  ―――備前四宝院流古武術四大奥義――― ―――第弐式・【焔廻(ひまわり)】―――     ズドォン!!  「な、何してんだ!!」  奥義を放った聖矢は、信じられなかった。  殺すつもりで放った技を受けたのは、ガリオンではなかった。  ガリオンの顔面に向けて放った瞬間。  聖矢とガリオンの間に割って入ったのは、オリビアだった。  「がっ! がふっ!?」  【焔廻(ひまわり)】を受けたオリビアは、聖矢に倒れこみながら  せき込み、聖矢の衣服を血に染めるも、その血も直ぐに、マナの霧となる。  それを見て、オリビアは、聖矢の衣服を汚すことが無くて、良かった。  などと、安堵する。  「お、おい? な、何してんだよ。   なにしてんだよ〜・・・」  倒れこんできた、オリビアを抱きとめ、それまでの怒りが四散し  唇をかみ締め、まるでしかられた子供の様な顔をする聖矢。  「も、もう・・・。お止め・・・下さい。   じゅ、十分・・・です、よ。あなた・・・の、想い   こと・・・ば、で・・・じゅ、十分・・・です。ふふふ」  か細い声で、風船から空気が抜ける様に徐々に死へと近づく状態の中  オリビアは、唯、それだけを伝え。微笑を浮かべた。     「ば、バカ・・・野郎・・・」  それを聞き、聖矢はオリビアを抱きしめ、涙を流す。    『泣てるのですか? 私の為に?   ああ・・・どうしてだろう?   セイアさんのこんなにも・・・悲しみに満ちた涙なのに・・・   こんなにも、嬉しい・・・な・・・ん・・・て・・・』  聖矢の腕の中で、静かにオリビアの力が抜けて行く。  当然だ。焔廻は、心臓に対して垂直に当たっている。  掌打の衝撃は拳の様に、直進では無く、波紋状態に広がる  しかも焔廻は、捻りも加えている。衝撃は捻れて伝わり  心臓を止める事もできる。そうしない為に俺は今まで  心臓では無く、腹を狙っていたのに、なのになんでこんな時に・・・。   「開けろ! 目を開けろ!! オリーブ!!!」  二度、三度、オリーブの胸板に拳の横、俗に言うハンマーを打ち下ろし  心臓を再び動かそうとする。  「開けろーーー!!!」  必死だった。何度も何度も打ち下ろす。  ただただ必死だった。  「もう嫌だ。死ぬな。死ぬなぁ・・・。   頼むからもう居なくならないでくれよ!?」  最早、何度打ち下ろしたのかも分からない。  想いの丈を全て込めて拳を打ち下ろす。  すると・・・。    「かふっ・・・!」  小さな、堰をしたかと思うと、オリーブが再び息をし始めた。  「お、オリーブ!?」  「退いて下さいまし!!」  オリーブが息をし始めると同時くらいだろうか、一人の緑妖精(グリーン・スピリット)に突き飛ばされた。  俺が文句を言う暇も無く、女は早口で何かを呟くと、オリーブに槍をかざす。  「おい! 何する気だてめ!?」  それを見て肩を掴み、怒鳴りつける。  「だ、大丈夫・・・です!」  だが、俺が金髪の女に手を置くと、小さな緑妖精(グリーン・スピリット)に腕を捕まれた。  「あん?」  俺が振り返ると、同時に何か不思議な気配がした。  俺は何事かと思い、再びオリーブに視線を向ける。  光が歌っていた。  それは、癒しの歌。  その歌は、消え行く者に活力を与え、傷ついたその身を癒し、母の愛により、何者からも守る。癒しの子守唄。  その光には何処か、見覚えがあった。いつか見た光景。  守りたい、傷つけたくない、傷ついて欲しくない。だから守る。  それが、緑妖精(グリーン・スピリット)。攻撃では無く、守りを主とする  心優しき妖精。  「もう、大丈夫ですわ。エト・・・いえ。セイア様」  「あ、あの・・・その・・・え・・・と・・・あの」    セリーヌがウインクと共に聖矢に微笑む。  ハルナは、何と声を掛けたら良いか分からず、慌てふためく。  「お前等・・・だったのか?。   あの時、俺を助けてくれた・・・のは」    思い出されるのは、リアと戦った夜。  朦朧とする意識の中で聞いた。やさしい声。  その正体を、聖矢は今理解した。  「はい♪」  「は、はい・・・すいま、せ・・・ん」  「ありがとう。   俺を助けてくれて・・・オリーブを・・・ありがとう」  頭を下げる。  どうして、こんなにも素直に頭を下げられたのか分からない。  でも、俺は、自然と頭を下げていた。  「アルも、ありがとう、な。   はっ。お前にはいつも、迷惑ばっか、掛けてるな」  そして、もう一人。  この世界に来てから、牢獄で再会してから  毎度毎度、世話になりっぱなしの、アルにも頭を下げる。  アルは、俺の礼に軽く首を振り、嬉しそうに、目じりの涙を拭いながら  すごく嬉しそうに、笑っていた。 
††††
 ゆ、ゆるさん・・・ゆるさん、ぞ!  「来訪者(エトランジェ)っっ!!?」  「っ!!」    転がっていたガリオンが、突然起き上がり  懐に忍ばせていたナイフを逆手に持ち、最後の力を振り絞り聖矢へと襲い掛かる。  『危ない!!』  そう叫んだのは一体だれだったのか・・・。  俺は、剣を振り上げ、襲い来る血だるまのバカを呆然と見つめていた。  「・・・ファイア・・・ボー・・・ル」   バキーーン!!  振り下ろされた剣は、俺を切り裂く瞬間  俺の頬を掠め、一筋の真紅の弾丸が剣へと命中し  柄を残し、砕け散る。  「い、今です!! ガリオンを捕らえなさい!?」  「は、はっ!!」  女王の一声に、遠巻きに戦況を見ていた兵士達が  一斉に、ガリオンへと踊りかかり、あっと言う間に捕縛される。      ・・・・・・・・・。  ・・・・・・。  ・・・。  聖矢へと、ガリオンが剣を振り下ろす瞬間  誰も反応する事ができなかった。  心が助けようとするも、体が、ガリオンへ攻撃する事を許さない。  アルフィアでさえも、聖矢を守るか、ガリオンを討つかの肯定と否定の繰り返しで  身動きひとつすることすらできなかった程・・・。  妖精(スピリット)達に刻み込まれた、人に仇なすこと叶わぬ・・・呪い。  総勢十一もの妖精(スピリット)が硬直する中  その後方より真紅の一撃を放った者が居た。  「・・・リア」  ガリオンの剣が砕けたのを見て、女王が叫ぶ中  サイネリア達は、ガリオンに一目もくれて居なかった。  見つめる先は、後方・・・。  そこに、たたずむ居るはずの無い、友の姿を皆は見つめていた。  「アル、こいつ頼む」    聖矢も、リアの姿を目に留めると  呆然としている、アルフィアに抱えるオリビアを預け  リアへと近づいてゆく。  「お前、どうして・・・」  「リア・・・」  サイネリアが、一歩近づこうとした時、それよりも早く  聖矢が、追い越し、リアへと近づく。  そして・・・。  「・・・すまん!」  開口一番、いきなり謝り、深々と頭を下げ、腰を折る。  そのあまりに突飛な行動に、妖精(スピリット)達は閉口する。  「勉強・・・サボっちまった」  頭を上げた聖矢は、苦笑いを浮かべながら頬を掻きながら  少し、言いづらそうに、口を開いた。  すると・・・。  そんな、聖矢にリアが倒れこむように抱きついてきた。  「お、おい! な、なんだ。と、突然!!」  聖矢もさすがにこれは、予想していなかったのか、少々慌てる。    「・・・お、おか・・・えり・・・   な、さ・・・い・・・。セイ、ア・・・さ、ま」  小さく片言の様な言葉を聖矢に送るリア。  それを聞いた聖矢は、落ち着きを取り戻し  そっと、リアの首に手を回し、軽く抱きしめ一言・・・。  「ああ・・・ただいま。リア」  聖矢の一言を聞き、満足したのか。  それとも、捜し求めた聖矢が見つかった為か。  とにかく安心したリアからは、力が抜け聖矢の腕の中で寝てしまった。  「んだよ・・・。そんなに、疲れてたのか?   仕方無ぇな・・・よい、しょ」  仕方ないと良いながらも、聖矢はどこかうれしそうに、リアを抱きかかえる。  そして・・・。  「アル〜! 帰るぞ。オリーブを頼む、な」  肩越しに、後ろのアルフィアに声を掛け、リアを抱えながら歩き出す。  それを見た、アルフィアは、慌ててオリビアを背負い急ぎ足で、聖矢を追いかける。  「あ・・・!」  「おい! こら―――!!」  「待ちなさい!!」  何事も無かったかの用に、この場を去ろうとする聖矢に、サイネリア、イリーナが声を掛けようとし  アズマリアが、二人よりも早く、聖矢に待つように告げる。 シュボッ!!  「はぁ〜・・・。疲れた。   アル。何でも良いから飯と酒、頼むわ   今日なら、お前の飯でも、何でも美味しく食べられそうだ」  だが、聖矢には、アズマリアの声が聞こえていないのか  はたまた無視しているのか、歩みを止めず、横に並ぶアルに声を掛けている。  「ま、待てと言ってるでしょうが!!!」    全くとまる様子の見えない、聖矢にアズマリアは  聖矢の前にたち、もう一度声を掛ける。  「・・・んだよ、テメェ?    俺達は帰るんだよ。退いてくれねぇかな? お嬢ちゃん」  「お、お嬢!!」  一国の女王に対して、まるでバーで酒を頼む様な気軽さで  聖矢は、アズマリアをあしらおうとする。  「おい! 貴様! そいつを誰だと思ってるんだ!!   そいつは、このイースペリアの女王!!    アズマリア=セイラス=イースペリアだぞ!!   ああ!? わかってのか!!」  最早我慢の限界を当に超えて  茹蛸状態になり、聖矢を指差しながらまくし立てるイリーナ。  「あ、そ。女王? で?」  「な!!」  自分のしでかしたとんでもない過ちに  恐れおののく聖矢を気分良く眺めてやろうとした、イリーナだったが  その期待は、願いは見事に打ち砕かれる。  「その偉いお嬢さんが、俺に待てと言ったからって   何で俺が、待たなきゃいけないんだ?   俺とは縁もゆかりも無えんだ。従う義務も義理もねえ   つー訳だ。じゃあな、お嬢ちゃん。行くぞ、アル」  そう言い残し、アズマリアの脇を抜けようとする聖矢。  「あ、と。忘れる所だった」  と、そこで何かを思い出した聖矢が、足を止め振り返る。  「お前とお前」  そう言い、セリーヌとハルナを指差す。  「え? わたくし?」  「え? は、え? な、なにか!」  突然、指を指され、驚く二人。  「この前と、今日は、マジでありがとう、な。   今度一緒に飲もうぜ」  そう言って、歯を見せるくらい。  無邪気な笑顔を向ける。  「あら、まあ」  「・・・は、はい〜・・・」  二人の返事を聞き、聖矢は向き直り再び歩き出す。   「は、ハルナ? お〜い!」  「・・・せ、セイア・・・さ、ま・・・」  去り行く聖矢をポーとしながら凝視し続ける  ハルナにカレンが肩を揺らしながら、声を掛けるが、全く反応が無い。  セリーヌに至っては。  「うふふ。セイア様。意外と笑顔が可愛いですわ」  などと口走る。  「こ、これは・・・」  「ま、その・・・なんだろね」  ライオネルは、二人の様子に何と言って言いかわからず。  レイアナは、やれやれと肩をすくめる。  「・・・身も凍る程の殺気を放ったかと思えば、まるで子供の様な笑顔を向ける。   あの方は、何なのでしょう?」  ジーンが、静かに疑問をサイネリアに聞いてみる。  「二人に向けた笑顔も本物。ガリオン殿を殺そうとした殺意も本物、どっちも本当のあいつ。   あいつの中では、完璧な線引きがあるのさ」  「線引きですか?」  「あいつには、人種や種族は関係ない。   身内、敵、その他という完璧な線引き・・・。   家族なら、友達なら・・・例え命であろうと捧げる。   友の痛みを我が事以上に感じる。   敵ならば、女、子供、老人だろうとあいつは、容赦の欠片も見せずにくびり殺す。   他人ならば、例え目の前で今まさに死ぬかも知れない急時であっても   一片の罪悪感も感じる事無く、無視する。   そんな線引きが、意識する事無く当然のようにあいつの中にはあるんだろ、な」  聖矢の去っていった方向に視線を向けながら、サイネリアは、ジーンに説明した。
††††
 「・・・だ、第二部隊は怪我人を!   第四部隊と第三部隊は、ガリオンとそれに与した兵士達を牢屋にお願いします!! 急いで!?」  それまで、微動もしなかったアズマリアが突然、その場に居る皆に指示を出す。  皆は、佇まいをただし、敬礼し了解すると、それぞれ言い渡された仕事へと散って行く。  「・・・俺、帰るは・・・。   ついでだ、送って行こうか?」  唯一人残ったイリーナは、呆けた様に、【気合】を背にした鞘に戻すと  アズマリアに、行く方向を親指で指し示す。  「え、ええ・・・お願い」  「はいよ」  「ねえ・・・イリーナ?   彼って・・・何なの?」  イリーナと共に歩き始めた、アズマリアは、破天荒で礼儀知らずで  底冷えするほどの恐怖を感じたかと思えば、無邪気な笑顔をリア達に向ける  まるで、雲の様につかみ所の無い聖矢について聞いてみた。    「さぁ〜な。ただ・・・」  「ただ?」  「アイツは俺を”チビ”と呼びやがった! 俺は、アイツが大嫌いだ!!!」   アズマリアも、ジーンと同じ質問をイリーナにしてみた、が  帰ってきたのは、私怨以外の何者でもなかった。  「はぁ〜・・・」  アズマリアは、イリーナの様子に聞いた自分が愚かだったと、頭を振った。  

作者のページに戻る