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・・・イースペリア、牢獄・・・

 聖矢が投獄され、ちょうど一週間の月日が流れていた。
 その間、食事や水分は全く与えられず、聖矢に対して執拗なまでの拷問が繰り返され
 同じく聖矢が異世界に到着した時に、聖矢との戦闘で負傷し捉えられた、オリビア=ブラック・スピリットもまた
 尋問とは名ばかりの拷問を昼夜を問わず受けていた。
 昼でも一筋の光さえ差さぬ闇の牢獄に置いて、時間と言う感覚が無くなり
 痛みを感じる感覚さえ麻痺し、自分が何処に居るのか、今起きているか、寝ているのかさえ曖昧になる・・・そんな中で
 人の精神とはどの様な変化を見せるのだろうか?
 ・・・・・・・・・。
 ・・・・・・。
 ・・・。
 
 『ひっぐ・・・! えっぐ・・・!!』

 何処からとも無く俺の耳に誰かのすすり泣く声が聞える。
 今は・・・昼か? 夜か? それとも・・・朝?
 ふっ・・・! ・・・どっちでも、良いか。 どうせ、此処は何時でも一寸先も分らない闇なんだから・・・

 『ひっぐ・・・! えっぐ・・・!!』

 さっきからうるせぇなぁ・・・何処のクソガキだ?
 こっちは、先程やっと何時もの拷問が終わって、やっと寝れるって時に・・・たく。
 でも・・・何処かで、聞いた事のある声の様な気もした。

 『おいおい! そりゃ酷いんじゃねぇか? あ!?』 

 別の声が右方向から聞えた。
 俺は、声のした方向に視線を向けた。
 だが、そこには誰も居ない・・・というか、見えない。

 「だ、だれ・・・だ?」

 カラカラに乾いた喉から、しゃがれた声が漏れる。
 自分の発した声なのに、それが、本当に俺の声かと疑問に思うぐらい別人の様な声だった。

 『どこ見てんだよ? ここだよ。 ここ!』

 今度は、左側から声が聞える。
 先程と同じく振り向くが誰も居ない。
 おかしいな? すぐ近くで聞えた気がしたんだが?

 『もう出ようよぉ・・・僕、お腹減ったよぉ・・・!!』

 ガキが涙声で、語り掛けて来るが俺の目には何も見えない。

 『違うな! テメェが見ようとしないだけだよ!!
  ほらぁ・・・!? よ〜く、目を凝らせ・・・!!!』

 誰かが俺の肩にもたれ掛り、耳元で大声で楽しげに語りかける。

 	ポタ・・・ン・・・!

 鎖で吊るされる俺の体を伝って、爪先から零れ落ちた血が、地面の石畳に当たり、音を立てる。
 そして、一滴一滴落ちるたびに、その血が光の霧となって俺の周りを淡く照らし出す。

 『っ・・・!?』   
   
	ポタ・・・ン・・・!!

 雫が音を立て落ち、照らされる度に俺の目に、信じられないモノが見える。
 照らされる度に、目に飛び込んでくる俺に語りかけていた者達・・・それは・・・”俺”自身だった。
 まるで、鏡を見ている様に全く同じ目、鼻、口、髪、そして・・・声・・・。

 「ぁ、ぎぁ・・・っ!!!」

 俺が叫び声を上げようとすると、一人が俺の口を慌てて塞ぎ
 人差し指を口に当て、しぃ〜と澄ました顔で、静かにするように示す。
  
 『くくっく・・・! アハハハ!!
  殺せ! アハハ!! 早く殺せよ!? ハハハハ!?』

 俺が声をあげないのを見ると、もう一人の俺は、腹を押さえ
 自分を殺せと叫ぶながら床を転げまわる。
 
 『ねぇ・・・もう出よう・・・よ・・・。
  僕、お腹減った・・・よ。もう、嫌だよ。暗いのも・・・痛いのも・・・
  嫌だ・・・よ・・・。あの人の言う通りにしようよ』
  
 そして、牢獄の隅で別の俺が膝を抱え、涙と共に幼い子供の様に蹲っている。

 『るせぇ!! テメーラ!!? 黙れねぇとぶっ殺すぞ!!』

 耳元で劈く様な怒鳴り声が聞えたかた思うと、俺の脇をすり抜け
 鬼の様な形相をした俺が二人へと踊りかかる。

 「・・・なんだ、よ・・・。これは、なんなんだ・・・よ・・・」

 俺は、目の前で繰り広げられる光景が信じられず。
 呆けた様に見つめながら、呟いた。
 
 『もう嫌だ。早く・・・ここから、出してよ!?』
 『殺せ!! ハハハ!? 俺を殺せ! ハハハハ!?』
 『ぶっ殺してやる! どいつもコイツも、ぶっ殺す。
  俺に逆らう奴は皆殺しだ。悠人を攫った奴、俺を殴った奴。
  全員・・・殺してやる!?』
 
 俺の耳元で、幾人もの俺が、口々に捲し立てる。
 一つ一つの言葉は、俺の頭の中にこびり付いて離れようとせず。
 まるで、反響するかの様に、何度もの何度もリフレインされ
 数多の声が混ざり合い、俺の頭の中を寝食してゆく。
 意識が保てない・・・自分が寝ているのか、起きているかも定かでは無い。
 今が何時で、此処が何処かも分らない。
 俺は・・・此処で何をしているんだ?
 俺は、誰だ?
 何で・・・こんな所に居るんだっけ・・・。
 こんな所って・・・何処だ?
 分らない・・・誰か・・・誰か!?

『・・・大丈夫ですか・・・?』
 そんな時、俺の耳に俺の声とは別の声が響く。  優しい、凛とした女の声。  なんだろ? 何時か聞いた事がある・・・気がする。  良く思い出せないけど・・・確かに・・・聞いた事が・・・ある。  その声が聞えると、今まで俺を覆っていた粘土の様な声の群れは  波が引くように消えてゆく。  そして・・・目の前に”誰か”が現れる。
『もう・・・大丈夫ですよ・・・』
 白く霞み、人の姿をしている事は分るものの  顔が良く見えない・・・その誰かは、俺を静かにそっと俺を抱きしめる。  ・・・暖かい・・・素直にそう思った。  今までの辛さ、悲しさ・・・怒り。  そんな感情を忘れさせてくれるかの様な感覚。・・・とても心地良い・・・。  そうだ・・・この感覚には覚えがある。  アイツだ・・・俺がこの世界に来た時。傷ついた俺を優しく抱き寄せ。  涙を浮かべた”赤い瞳”のアイツだ・・・。  俺は、知りたかったこの人が誰で、なんで俺にこんなにも心地良い安らぎを与えてくれるのか・・・  そして、一言・・・ただ一言・・・彼女に伝えたかった。  だから・・・。 ガシャン!?  俺が一言告げようとすると突然、異音が木霊する。  すると、あたり一面を白く染め上げられ安らぎに満ちた空間に、亀裂が走り  俺を抱きとめていた彼女も霞みに消えるが如く、四散し  白い空間もあっと言う間に亀裂が広がり、崩れてゆく。  「う、うぁあああ!?」  俺は、その光景に思わず叫んでいた。  すると、俺の意識が覚醒した。    「はぁ! はぁ! はぁ・・・」  肩で大きく息をし、呼吸を、早まった動悸を鎮める。  ゆっくりと辺りを見渡す。  此処は、何時もの牢獄。  ・・・どうやら、俺は、幻覚を・・・幻を見ていた様だ。  「ようやく起きたか・・・」  そして、正面からランプを照らされる。  本来なら何でも無いその光も、こんな日の光も差さない  牢獄に長時間居ては、眩しいくらいに感じる。  俺は、光に顔をしかめながら、半開きの目で鉄格子の向こうの何時もの面々を見やる。  「・・・来訪者(エトランジェ)・・・ククク!!   私の物になる決心はついたかな?」  薄ら笑いを浮かべ、問いかける声・・・。  もう、ウンザリするぐらい聞いた声、聞いた台詞。  「・・・何度も・・・! イワセ・・・るナ!?   テメェなん、か・・・。 クソ、食らエ・・・だ!?」  俺は、声を絞り出し、何時もの様に願い下げだと、振り払う。  「ククク・・・! そう、か・・・」  俺の答えを聞き、男はさも可笑しそうに肩を揺らす。  ・・・おかしい・・・。  瞬間俺の中に疑問が浮かぶ、何時もなら此処で  手下共に命令を下し、俺に拷問を仕掛けるのに  今日は、そんな素振りが無い、男は心の底から面白そうに笑っている。  そんな、俺の疑問も奴の次の行動を見て、言動を聞いて・・・理解した。  野郎は、トンでも無いことを言いやがった。  俺にとっては、殴られ、蹴られ、焼き鏝を押し付けられるよりも・・・。  何よりも、堪えることをやりやがった・・・。  「来訪者(エトランジェ)・・・貴様、コイツと親しいらしい・・・な!?」   ガシャン!?  「あぎゃ!?」  男は俺に対して、友人に話しかける様な軽快さで語りかけると同時に  鉄格子へと誰かを蹴り飛ばした。  蹴り飛ばされた相手は、苦痛と共に声を挙げる。  そして、その声には、聞き覚えがあった、何時も共に語り合った声・・・。  もう、聞き慣れすぎて、忘れる事も難しくなった声・・・。  最早、友と言ってもなんら差し支え無いだろう・・・。  その声の主・・・。  「お、オリーブ? オま、エ! オリーブ、か!?」 ギシッ!  「オイ!? 貴様等、オリーブに何シヤがっタ!!?」  声の主がオリーブ。オリビア=ブラック・スピリットだと悟った俺は  自分が鎖に繋がれ、身動き一つ出来ない事も構わず、外の連中に殴り掛かろうとした。  「ガハハハ!! その、反応どうやら、我等の予想は大当たりの様だな? 来訪者(エトランジェ)」  「・・・何、笑っテ、ヤがんダ・・・! コラ!?」  俺の反応に、これは傑作とばかりに男は大口を開け背を反らしながら笑っていた。  俺の頭に一気に血が上る。  もう、ランプの眩しさも気にならない程、目を見開き、男を仇の様に睨む。  「フフ・・・! 良く聞け、来訪者(エトランジェ)・・・今日の夕刻、この卑しい妖精(スピリット)を   ・・・街の広場にて処刑する!!」   ドゴッ!? ガシャン!!?  「おぐぉ!!」  男は、叫ぶと共に地面に転がるオリーブの腹に大きく振り被った足を叩きつける。  鉄格子がその威力に振動と共に大きな音を立てる。  『・・・え?・・・? な、なんだ? 今、アイツは・・・何て・・・い・・・た・・・?』  聞きなれない単語に、頭に上っていた血が落ち、俺の頭は、男が発した言葉を理解しようと動き出す。  「ククク・・・! アハハッハ!! どうだ? 私の物になるか? 私の物になるのならこのガラクタの処遇を考えてやらぬ事もないぞ?」  男は、鉄格子にしがみ付き、俺を覗き込むと地面に転がるオリーブの顔を足で甚振りながら問いかける。  「・・・お・・・リー・・・ブ・・・」  怒らなきゃいけない。  我が身を省みず、何を置いても・・・。  なの・・・に、俺の心は・・・応えてくれない・・・。  思考が・・・纏まらない・・・。  奴は・・・何て・・・言った・・・?  処刑・・・? オリーブが・・・死ぬ? なん、で・・・?  分っている。 本当は分っている。  でも、俺の何かがその答えを導き出すのを塞き止める。  クダラナイ何かが止める。  クダラナイとても大切な何かがその答えを止める。  
『捨てちまえ・・・クソの役にも立たない感情は・・・捨てちまえ・・・。  友達以上に・・・家族以上に大切な物など・・・無いだろう?』
 俺が囁いた。  俺の心が一言囁いた。  その一言が、答えを塞き止めていた詰まらなくも、大切な物を氷解させた。  だから、俺は、真っ直ぐに男を見詰め、心の中に創り上げた言葉を紡ぐ・・・。  「・・・アンタの・・・物にな―――」  「いけません!!」  答えを紡ごうとした、俺を今度は俺の感情では無く  オリーブの叫びにも似た声が止める。  俺は、その予想だにしなかった声に、びくっ、と肩を竦ませ驚いた。  「貴様!? 誰が喋って良いと言った!!!」 ガシャン!?  「オリーブ!!」  突然叫びを挙げたオリーブの胸倉を掴み、立たせると  男は、殴りつける様に鉄格子へとオリーブの顔面を押し付ける。  「はぁ・・・はぁ・・・。いけま、せん。   私の命など、取るに足らぬ物・・・この方達に応えては、なりません」  「フ、フザケンナ!!」  「私は!!?」  自分の命を軽んじる発言をしたオリーブを叱り付ける為に張り上げた声を  俺の声よりも大きな声で、オリーブが止める。  オリーブがこんなに大きな声を出す事を知らなかった俺は  些か驚き、次に掛けるべき言葉を半ばで飲み込んでしまった。   「・・・わ、私は・・・! ダーツィの・・・イースペリアの敵国の   ・・・妖精(スピリット)・・・です」  震える声で、何度も詰まりながら真実を紡ぎ出すオリビア。  それは、これまで姿が見えない同士の間に芽生えつつあった友情を・・・信頼を覆す、恐れのある真実・・・。  それ故に、オリビアは今まで、聖矢に伝えられずにいた。  だが、そんな二人の紛い物にも等しい友情が今回、兵士たちに知られ、利用されようとしてた。  オリビアは、今まで自らのエゴにより、本来向けられる筈の無い、優しい言葉を掛けてもらった。  一人では、挫けてしまいそうな闇の中でも、聖矢のお陰紛らわす事が出来た。  誰もが弱さを露呈し、嘘でも首を縦に振ってしまいそうな状況で  自分を失わず、自らの道を貫き通すその信念に、惹かれた。  だから、紛い物の友人・・・オリーブの為に、その信念を折られ様としている事は  オリビアにとって何よりも耐え難い事だった。    「か、関係・・・ネェ、よ!    テメェが何処のダレだろウト、俺にトって、オマエは・・・オリーブ、俺のダチ、だ」  だが、聖矢はオリビアが敵国の妖精(スピリット)だと知ってもまるで、何処吹く風・・・。  当然だ、聖矢は異世界からの流れ者、国の事情など知る由も無い。  イースペリア、ダーツィの関係がどうあれ、目の前に居るのは単なる友人・・・。  だからこそ、真っ直ぐ真摯な瞳でオリビアを見つめる事が出来た。  次いで語られる真実を聞くまで、は・・・。  「・・・友では、無いのです、よ・・・。   覚えてませんか? リュケイレムの森で・・・相対した・・・三人の妖精(スピリット)・・・を・・・」  セイアさんの言葉を聞き、私を見つめ返す力強い瞳を見て決心が鈍りそうになった・・・。  堪らず、視線をそらし私は・・・震える声でセイアさんに伝える。  知られたくなかった事実を・・・私が、セイアさんにした、最大の罪を・・・。  「・・・その、一人が・・・私です!?   蒼い牙に攫われたご友人を追おうとする貴方の邪魔をした敵です!!」  「な、ン・・・ダ・・・と・・・」  私は、拳を握り自分でも信じられないくらいの大声で一息の内に打ち明けた。    「ええい! 先程から何をのたまっているのだ!! 黙れ!!?」 ドゴッ!!!  「ごぇ!!」  上方から突然押し来る衝撃。  総隊長殿の大きな足で踏みつけられたのだ。  顔面を地面に痛打し、私の鼻が折れた。  流れ出た大量の血が地面に広がり、やがて、マナの塵となり光り輝きながら空中へと上って行く。  「・・・本当・・・ナノ・・・か? お前が・・・あの?   ユートを助けル邪魔ヲシた・・・敵・・・ナノ・・・カ?」    私の耳に聞えた、微かな呟き。  私は、地面と総隊長殿の足との間に出来た僅かな隙間から、セイアさんに視線を向ける。  『・・・あ』   ドクン!?  セイアさんの表情を見た私の胸が一つ大きく脈打った。  怒りからでは無く、悲しさでセイアさんは小刻みに震えていた。  眉をへの字に曲げ、受け入れられない現実に耐える様に下唇を噛み締め今にも  泣き出しそうなその表情に・・・私は、自分の犯した罪の重さを再認識した。  「ふん! おい! 来訪者(エトランジェ)!!?   ・・・夕刻まで返事は待ってやろう。   夕刻を過ぎればコイツは消える。お前の大事な大事なガラクタが、な。   よ〜く、考えることだ。一人で過ごすこの牢屋はさぞかし・・・静かだろうな。プククク! アハハハハ」  頭から足をどけ、オリビアの奥襟を掴むと高笑いを浮かべながら  苦しげに顔をしかめるオリビアを引きずりながら聖矢の前から離れて行く。  「・・・・オリ・・・ブ・・・   死に・・・タい・・・か?・・・」  離れて行くオリビアの背に聖矢は問いかける。  だが、オリビアに聖矢の問いが聞えなかったのか  総隊長に引きづられるまま、苦しげに顔をしかめたまま、消えてい行った。  「・・・コ・・・た・・・エろ・・・!   コタエロ・・・!?・・・オリー・・・ブ・・・!」  聖矢は、問いに答えず消えて行った方角を睨み付けながら  擦れた声を必死で張り上げ、オリビアの名を叫んでいた。  ・・・・・・・・・。  ・・・・・・。  ・・・。
††††
・・・イースペリア、王宮・・・  王宮内に設けられたアズマリア女王の部屋では、丁度イリーナが数日前に  ラキオスのレズティーナ女王より聞かされた、ラキオスの来訪者(エトランジェ)悠人と佳織の報告と  その二人の来訪者(エトランジェ)の内の一人悠人に  かつて四人の勇者が四人の王子の前に現れた際に、第二王子に与した『龍殺しの剣士(ブレイブ・パーソン)シルダス』が握ったとされる四神剣の一振り  【求め】を握らせ、敵国バーンライトに戦争を仕掛ける可能性があることを話していた。  「・・・そうですか。ラキオス王がそんな事を・・・」  「ああ。レスティーナ様の話では、バーンライトのみには留まらないだろう、と   同盟国のダーツィにも兵を向け、北方の統一を図るであろうと・・・そうなれば、二国の後ろ盾である・・・」  「神聖サーギオス帝国が黙っていないでしょうし・・・帝国が動くならば、帝国に次ぐ軍事力を持つマロリガン共和国も動くでしょうね   そうなれば・・・大陸全土を巻き込んだ、大戦へと発展しますね・・・」  「・・・まさに、その通り。レスティーナ様も同じ事を考えていたよ。   そして、バーンライトに攻め込むには来訪者(エトランジェ)の強化や   マナの軍事力への転換強化。それには、いま少しの時間が掛かるとの事だ、だから・・・我が国にもう一人来訪者(エトランジェ)が居ることを決して   悟らせるな・・・との事だ」      真っ直ぐに、アズマリアの目を見つめながら、イリーナは進言する。  「・・・無論です。もし、ラキオス王の耳にセイアの存在が知られれば   間違いなく兵を向けてでも・・・セイアを奪いに来るでしょうから・・・はぁ!」  大きく溜息を吐き、椅子に深く腰掛けアズマリアは途方に暮れる。  今まで何とか大陸間のバランスを保っていたのは、互いの勢力が今ひとつ各国に攻め込む決定力に欠けていた為だ。  その為、小さな小競り合いは少なからず起きていたが、戦争になる程では無かった。  だが、来訪者(エトランジェ)の出現がきっかけで崩れようとしていた。  大陸全土を巻き込む様な戦争ともなれば、妖精(スピリット)の被害のみには留まらず  人や各国にも甚大な被害が及ぶのは容易に想像できた。  アズマリアは、もしそうなった場合来訪者(エトランジェ)を有するラキオスの抑止力になるのは  同じく来訪者(エトランジェ)を有するイースペリアしかないというレスティーナの考えを汲み取った。  しかし・・・。  「・・・当の来訪者(エトランジェ)は我が国に反旗を翻そうとする   ガレリオンに連れ去られ何処に居るのかも皆目検討が着かない・・・はぁ・・・」  レスティーナの期待に応えようにも、現在聖矢の行方は掴めぬまま  オマケに、イースペリアは内部に反乱分子を抱え、来訪者(エトランジェ)が敵側の手に落ちれば  もしかしたら、国が崩壊するかもしれない危険な状態・・・途方にも暮れようと言うものだ。  「・・・ねぇ。イリーナ」  「なんだ?」  「どうしよう?」  「・・・俺に聞くなよ!!   俺達十二妖精部隊(ヴァルキリーズ)は、お前の武器となり戦うのが仕事。   国の情勢や政治について考えるのはアンタの仕事だろが! 頼むぜ、オイ!?」  イリーナは、アズマリアの不安げな声を聞き、ずっこけると  自分の胸を指し示しながら声を掛けた。  「わ、わかってるけど〜!   今のままじゃどうにもならないよ〜〜!!」  「ええい!?   落ち着け!!   俺達十二妖精部隊(ヴァルキリーズ)が全力で探してるんだ!   大船に乗ったつもりで、お前は何時も見たいに大座に座ってろ!   総隊長が相手だろうがなんだろうが、大丈夫! 信じろ!?」      ビッ!? と言った感じでアズマリアに親指を立て突き出し、勇気付ける。  「・・・うん。分った!?   私、頑張る! よ〜し・・・やるぞ〜!?」  「おう! その意気だ!」 ガンガン!?  「女王様!! よろしいですか!!」  アズマリアが拳を突き上げ気合を入れると同時に  焦った様子で扉が打ち鳴らされた。  「わ、わわわ!!・・・ど、どうぞ」  アズマリアは慌てて身だしなみを整え、椅子に腰掛け背筋を伸ばし  顔を澄ますと、外に居るものに声を掛けた。  「失礼します!!」   ガチャ!  「あ・・・!」    扉を開け現れたのは昨夜、イリーナと言い合いをした若い兵士だ。  その兵士を見て取ったイリーナは思わず声を挙げてしまった。  「・・・お前。来ていたのか?」  同じくイリーナに気づいた兵士も、イリーナを見て少々驚いた顔をした。  「ああ。アズ・・・女王様に報告にな。   アンタこそどうしたんだ? 随分慌てた様子だったけど?」    危うく兵士の前で、アズマリアを何時もの様に呼び捨てにしようとして  イリーナは口元を押さえ、引きつった笑いを浮かべながら  兵士の意識を訪問した理由に向けさせる。  「あ! そ、そうでした。女王様!!」  兵士は、イリーナの問いを聞いて  慌ててその場に方膝を着くと、頭を下げ進言する。    「はい。なんでしょう?」  アズマリアは、優雅な微笑を浮かべながら  兵士の声に耳を傾けた。  「実は、先程城下に向かう、ガレリオン様と数人の部下を目撃致しました」  「・・・!?・・・そ、それで?」  アズマリアとイリーナは総隊長の名を聞き、一瞬心臓が大きく脈打った。  しかし、それを目の前の兵士に悟らせまいと、何とか平静を装い続きを促す。  ガレリオンが謀反を企てている事は、十二妖精部隊(ヴァルキリーズ)とアズマリアしか知らない。  何処にガレリオンの息の掛かった者が居るとも知れぬ今、信を置く十二妖精部隊(ヴァルキリーズ)以外には  口外する事が出来なかったのだ。  その為、唯総隊長を目撃しただけで、兵士が報告に・・・それも女王に報告に来るのはどうにも解せなかった。  「は! それだけなら、私の様な者が此処に馳せ参じる事は無いのですが   ガレリオン様達は、捕らえたダーツィの妖精(スピリット)を連れて居られました。   私の上官、訓練士、他の仲間にも聞きましたが妖精(スピリット)の処刑の話しは聞いていないとのこと   些か疑問に思ったので、こうして女王陛下に報告に上がりました」  「な、何ですって!!」  兵士の報告を聞いたアズマリアは、驚愕と共に立ち上がり兵士に向かって叫ぶ。  それもその筈、妖精(スピリット)の処刑それには総隊長の権限のみならず  女王の承認が必ず必要とされる、国家の重要事項の一つ。  例えそれが、敵国の妖精(スピリット)と言えど、女王の承認が必要な事は  何一つ変わらない。  「が、ガレリオンは何を考えているのですか!?   即刻止めなくては!!」  「ま、待て待て! はやまるな!!」    怒りも露に今にも飛び出しそうな勢いのアズマリアをイリーナが  羽交い絞めにして止める。  その様子に若い兵士は呆然としていた。  「お、おい! アンタ・・・!!   アズマリア・・・様は、そんな命令は出していない!? 直に止めてくれ!!」  「・・・え? あ! わ、分った!!   女王陛下。失礼致します!!」  呆けていた兵士は、イリーナの声に我に返ると一つ大きく返事をし  アズマリアに対して一礼すると一目散に駆けて行った。
††††
・・・イースペリア、第一館・・・  大分日も高くなり、青い空と真っ白な雲が浮かぶ、良く晴れた午後の日・・・。  何時もの様にリアに食事を作り、食べさせた後  アルフィアは、昨日帰還したイリーナの服などを洗濯し、丁度干し終わろうかという頃だった。  炊事、洗濯、家事全般のスキルが保々皆無に等しいアルフィアは、干そうとした洗濯物を地面に落しては洗い直すこと数回・・・  ようやく一息吐いていた・・・。  「・・・はぁ・・・!」  リビングで自分で入れた紅茶を啜りながら常人なら数時間で終わる仕事を倍以上の時間を掛け終わらせ  何時もの事とは言え、些か疲れたアルフィアは溜息を漏らす。  「・・・・・・」   一週間前まで、共に生活していた聖矢が腰掛けていた椅子に目をやると  半ば懐かしささえ浮かぶ、聖矢の姿を思い出す。  聖矢が街に赴き、総隊長達に捕らえられるまでは、アルフィアの隣にはリアが、そして聖矢の姿があった。  だが、今ではリアは、聖矢を連れ去られたショックから塞ぎ込み自らの意思で食事を取ることも  間々成らない程に自らの殻に閉じこもり。  ほんの少し前まであった、あの小さくも暖かな空間が嘘だった様な印象だ。    『セイア様・・・リア・・・』  かけ離れた現状に視線を落とす。  『・・・あ・・・』  そして、カップの紅茶の水面に写る自分の表情にハッとする。  そこには、今にも泣き出しそうな表情が浮かんでいた。  『・・・いけない!    しっかり! しっかりしなくちゃ!?    帰って来るセイア様を! 目覚めたリアを迎える時、こんな表情じゃいけない!!』  頭を振り紅茶に写る自分の表情を笑顔に返る。  でもその表情はやはり何処か寂しそうで、悲しそうで・・・  表情とは自身の心を移す鏡・・・まさにその通りだった。  『・・・セイア様が消えて・・・もうどのくらい経ったんだっけ?』  何時までもその表情を見ていられず、紅茶をテーブルに置くと  アルフィアは、視線をカレンダーへと移す。  「・・・。   ・・・・・・。   ・・・・・・・・・・っ!?」 バァン!!  カレンダーを見つめていたアルフィアは突然テーブルに両手を叩きつけ  立ち上がると、何を思ったのか慌てて料理を始めた。  「・・・! ・・・!? ・・・?   ・・・!! ・・・!!!」 ガタガタガタ! バタバタバタ!! ブシュ!? グチャ! バキ! ガシャーン!!  五本の指を同時に切ると言うありえない離れ業に加え  皿を二桁に届こうかと言うくらい叩き割り  そこかしこに食材を散乱させ、跳ねた油に至る所を火傷しながらも  大急ぎで、まるで冬眠前の熊に食わせるのか? と言うくらいの  大量の料理を作り終え。それを幾つものバスケットに詰めると  アルフィアは、怪我の治療もそこそこに館を飛び出す。  『あぅ〜! わ・す・れ・て・た〜〜!!?   食事!? オリビアさんの食事、忘れてたました〜〜〜!!』  捕虜のオリビアに一日一回料理を届けるという日課を  リアの世話や聖矢が捕らえられたショックからすっかり忘れていたアルフィア。  自分の怪我の痛みも忘れ、滝の様な汗と半泣きの表情で  アルフィは、大量の料理を抱え一路、イースペリア地下牢獄へと向かう。  ・・・。  ・・・・・・。  ・・・・・・・・・。
††††
  ・・・イースペリア、地下牢獄・・・  所変わって聖矢が捕らえられている地下牢獄。  総隊長と数人の部下がオリビアを連れて行くのを一人の部下が地上で見送ると  踵を返し、牢獄へと戻る。  兵士が総隊長より言い渡されたのは聖矢の見張り、夕刻までに硬く閉ざされた聖矢の口から”了承”の言葉を聞き逃さぬ事  そして、その際にすぐさま知らせる事の二つだ。  「まったくなぜ、私が妖精(スピリット)が放り込まれる様な場所に留まらなければならぬのだ。   クソ・・・! 来訪者(エトランジェ)め、さっさと首を縦に振ればいいものを・・・」  愚痴を零しながら地下へと通じる階段をゆっくりと下りてゆく。   ガツン!! ガギャ!? ガシャ!  するとその時、暗闇の奥深くから何やら奇妙な轟音が聞えて来た。    「な、なんだ!?」  兵士は、その轟音に驚くと  ランプを片手に、足元に注意を払いながら足早に階段を駆け下りる。   ガォギャ!! ガシャ!!  「・・・っ!!! な、何をしている、貴様!?」  そして、轟音の発信源に辿り着き  音の現況を目の当たりにした兵士は、堪らず叫んだ。  「ぬぅう・・・アッ!」 ガゴッ!!  兵士の目の前では、聖矢が、両目を強く閉じ、軋む様な音が聞える位、歯を噛み締め  吊るされる鎖を引き抜こうと、振りほどこうと右に左に暴れていた。  「ハァ・・・! ハァ・・・!?   お、オマ・・エ・・・!! 取引・・・ダ!」    兵士の声に、聖矢の瞳が呆気に取られた表情で鉄格子の向こう側から見つめる  一人の兵士を捕らえる。      「コノ・・・鎖ヲはず・・・せ!!   ソウすれバ・・・テメだ、け・・・は・・・許ス」  殺気さえ纏う鋭い瞳を兵士に向け、言い放つ。  「な、何を・・・(ゴクっ!?)・・・言って―――」  「ハズせぇエエエ!!!」  「ひっ!!」  幾度と無く血反吐を吐き、飲まず、食わずで枯れ果てた聖矢の怒れる叫びが  一人の兵士に放たれる。  その声は、さながら野獣の咆哮にも似た音を奏でる。  故に、兵士は聖矢が来訪者(エトランジェ)と言う得意な存在であり  自分たちがこれまで繰り返した来た拷問から聖矢が抱えているであろう怒りを、憎しみを思い、その場に尻餅を着く。  「はず・・・セッ・・・! ガァアアアア!!!!」 キィ・・・キィ・・・・ン・・・!!     『・・・承知・・・ま・・・た』 ピキ・・・! パキ! パキ!! ・・・パキィィン!!?  「ぅぅぅ・・・ぉオオオオオ!!!」 バギャーーーン!!?     今までどんなに暴れても、力を振り絞ってもびくともしなかった鎖が  突然、雄叫びを上げ両手を力任せに広げると簡単に引きちぎれた。  「な、なああああ!!!」  その光景に鉄格子の向こうの兵士が驚いている。  俺は、頑丈な鎖が引きちぎれた事への疑問を浮かべる事を頭に浮かべる間も無く  鉄格子へと突進する。 ギャシャ!!!  「ゼッ・・・! ゼッ・・・!? か、カ・・・ギ・・・」  「・・・・っ・・・・ぁ・・・・かっ・・・」  肩で息をしながら俺は、兵士に声を掛ける。  兵士は、俺の声が聞えていないのか、声を出す方法を忘れた様に  俺を見つめたまま、口を開け、固まっている。    「カギを! ヨゴぜぇえええ!!!」  兵士の事等知ったこっちゃ無い。  今の俺に必要なのは、コノ牢屋から出る為の鍵。  兵士が、俺の殺気に、怒気に当てられて心臓発作で死のうが別段どうでもいい。  むしろ殴り殺す手間が省けて好都合だ。  だが、もしそれで死ぬなら鍵・・・鍵を寄越してから死んでくれ。  俺は、鉄格子にへばり付きながらただ怒りのままに叫ぶ。   ドサッ!?  するとその時・・・在らぬ方向から何かを重い物が落ちる音がした様な気がした。  「はやグ・・・ジロ!!」  俺は、その音を気にも留めず。  牢獄内から地面に尻餅を着く兵士に手を伸ばす。    「ぁ・・・ひゃ・・・た、たすげ・・・!?」   俺の伸ばす手から、兵士は地面を這いずり後方に後ずさると  廊下の向こうに助けを求めるように腕を伸ばす。  誰か居るのか?  俺は、兵士の視線を追い視線を向ける。  「ぁ・・・。オマえ・・・は・・・」  俺の目が兵士が助けを求めた者を捉えた。  その姿に流石の俺も驚いた。  数瞬、その懐かしい姿に自分の今の状況を置かれた境遇を忘れた。   カチャ・・・。  「・・・・・・」  「・・・ぁ・・・」  転がる兵士から、牢屋の鍵の束を取り上げ  牢獄内の俺に震える両手で、握り絞めながらスッと差し出してくる。  俺は、短く声を発し今自分の居る場所を思い出し。  その鍵の束に、少女の手に触れる。  ・・・あったけぇ・・・。  その手の確かな温もりを感じ。  目の前に居る少女が、夢、幻で無いことを実感する。 ・・・ガチャン!?  手渡された鍵を右から順番に一つ一つ鍵穴に刺し込んで行くと  三つ目で鍵が確かに鍵穴とかみ合い、簡単に周り扉が開く・・・。  錆びた音を立てる牢屋の扉を開き  未だ暗いながらも、俺にとっては確かにその廊下は・・・外界だった。    「あ・・・ひっ・・・ぁ・・・」 バタッ!?  俺が廊下に出ると、向かいの牢屋の鉄格子に座したまま背を預けていた兵士が  恐怖の臨海に達したのだろう、目の前の現実から逃げようとする防護本能から意識を手放す。    「・・・っ!?」  そして、そんな兵士の様子に俺を助け出してくれた少女は  心配そうに駆け寄り、安否を気遣う。  「・・・アリガド・・・」  少女に、声を掛ける。  しゃがれた声。喉はひりひりと痛み、まるで異物がある様だ。  本当なら、こんな状態で何時までも声を発して居たくは無い。  でも、伝えたかった。責めて一言。  彼女に、この世界で初めて出来た。友達だと思った二人の内の一人に・・・。   
††††
 白目を剥き、地面に横たわる兵士を見た私は、思わず駆け寄ると  首筋に手を当て、脈を測りました。  そして、規則正しく脈打つ鼓動を確認し、ホッと胸を撫で下ろしました。    「・・・アリガド・・・アル」  私が胸を撫で下ろすと同時に、声が聞えました。  つい最近まで聞いていたその声は、記憶にある声とはまるで別人の様な声でした。  でも、私はその声の主が誰であるか直に理解できました。  だって、その人は、私を”アル”・・・と呼びました。  仲間やアズマリア様は、私をアルフィアと呼びます。  兵士様や訓練士様は、緑妖精(グリーン・スピリット)或いは、妖精(スピリット)と呼びます。  名前で呼ばれる事は、ほとんどありません。  むしろ、誰が誰だか見分けすらついていないのかも知れません。  私を”アル”と呼ぶのは一人しか居ません。  先程まで目の前に居て、牢獄から出てこられたその方が夢、幻で無いことを願い、私は声のした方に視線を向けます。  そして、そこには・・・。  「(セイア・・・様・・・)」  纏う衣服は、最早衣服の役割を果たさぬほどボロボロになり  ランプの明かりに照らされ見えるその体中に生々しい傷と痣が数多く刻まれていました。  癒す暇も、満足な治療も受けぬままこの日まで受けてきたであろう、拷問の痛々しい傷が  あたかも地肌であるかの様に刻まれいました。  変わり果てた姿、変わり果てた声・・・。  だけど、その人は確かにセイア様でした。  セイア様の姿を見た私の視界が歪みます。  込み上げて来る涙が、切ないほどに胸中を埋め尽くす想いを止める事が出来ません。  待ち焦がれた人が目の前に居るのに、歪む視界がセイア様の姿を見る事を阻みます。  私が、今にも零れ落ちそうな涙を拭おうとすると、セイア様は踵を返し、出口へと向かおうとしました。  それを見た私は、涙を拭うこともせず、セイア様に駆け寄りました。   がしっ・・・!  「ぐっ・・・!!」  セイア様の手にしがみ付くと、ただそれだけで  セイア様はグラつき、地面に片膝を着いてしまいました。  「ぅ〜〜!!」  その様子を見た私は、パッと手を離すと  セイア様の脇に両膝を着き、深々と頭を下げました。  また・・・やってしまいました。  いくらセイア様が見つかり勢い余ってとは言え  セイア様の体を見れば、どんな状態か容易に想像できると言うのに  私は・・・! 私は・・・!!  「・・・ふっ」  「(え?)」    アルフィアの様子に聖矢は、鼻で笑うと頭を下げ続ける少女の  頭にそっと手を乗せ優しく撫でる。  「・・・お前・・・イツも謝っテ・・・ルな」  苦笑しながら、私の頭をなで続けるセイア様・・・。  何時かそうしてくれたようにその手は暖かく、何よりも心地良かった。  「・・・ゴホッ! ゴホッ!?」  その心地よさにしばし、されるがままだったが  突然セイア様は苦しそうに咳き込んだ。  またやってしまった!?  セイア様の様子を見て、しがみ付くよりも、謝るよりも先にやる事があるのに  バカ! 私のバカ!?  ポカポカと数度自分の頭を叩き、【慈愛】を握り絞め・・・祈る。    「(神剣の主【慈愛】のアルフィアが祈る。   マナよ、その身に刻まれし傷を癒し、傷つきし者に活力を与えたまえ。   キュア・・・!!?)」  ありったけの感謝を、想いを込め祈る。  受けた傷の痛みを想い。  孤独な牢獄で過ごした時間を想い  私には、セイア様の傷の痛みは分らない。  受けた苦しみを肩代わりすることは出来ない。  だから責めて、貴方がその傷の痛みに顔を顰めない様に・・・両の足で大地に雄雄しく立てる様に・・・  それだけを想い、ただ一心に【慈愛】に祈る。    ・・・・・・・・・。  ・・・・・・。  ・・・。  轟と言う風と共にアルの手にする槍が光始める。  春風の様に優しい風が、木漏れ日の様に温かな緑の光が  俺の体に刻まれた傷を埋めてゆく。  体に体力が、活力が戻ってくる。  目じりから涙を流し、祈る少女に何時か見たあの”赤い瞳の女神”の姿が重なる。    「す・・・すげぇな・・・て、あれ? こ、声が・・・」  瞬く間に塞がった傷、ヘロヘロだった体に満ちる鋭気に感嘆の思いで思わず口を出た言葉。  自分の発した声に、聞きなれた自分の声に驚き喉に手をやる。  先程まで体中に刻まれていた傷はまるで治りかけ様に薄くなり  筋繊維を一つ動かすたびに電流の様に全身を駆け巡っていた痛みも成りを潜める。  修行時代に師匠が何度も施してくれた軟気功に匹敵するその力に、驚きよりも  目の前の少女に半ば尊敬じみた感情が浮かぶ。  「・・・ありがと」  笑みを浮かべ軽く頭を下げ、アルに礼を言う。  すると、アルはブンブンと首を振る。  そして、メモ帳を取り出し何かを書くと  そのメモを破り、俺に差出し、立ち上がる。  「え? お、おいどうした?」  俺が尋ねると、アルはニコリと晴れやかな笑みを浮かべ  一礼するとランプを片手に廊下を走ってゆく。  「な・・・なんだ?」  俺はアルの突然の行動の意味が分らず首をかしげながら  アルに手渡されたメモに目をやる。  「・・・・・・・・・。   なんて・・・書いてあるんだ?」  アルの差し出したメモそこには、幾つ物のミミズの模様が数行描かれていた。  全く読めないそのメモをくしゃくしゃに丸め放り投げ  横たわる兵士から衣服を頂き、自分が着ているボロ布を破り捨て着替える。  そして、両手を握っては開くと言う行為を数度繰り返し  「ふぅ〜・・・っ!?」 ビュオ! バフッ!! ビュン!!!  「・・・七、八部て、とこか」    その場で数発、”紅葉”と”銀杏”を放ち体のキレを確かめる。  まだ、本調子とは言えないまでもさっきまでのボロボロの状態に比べれば天と地ほどの差だ。    これで・・・動ける。  オリーブの元へ行ける。  処刑・・・ふざけるな。そんなことさせるか・・・。  総隊長・・・とか言ってたかあの野郎・・・。テメェなんぞにやらせるかよ。   奴は、オリーブは・・・俺の物だ。    「いくぜ・・・。マジ、ありがとよ。・・・アル」  拳を握り締め、アルフィアの過ぎさって行った方向に視線を向け  もう一度、感謝を口にし歩き出す。 コツ・・・!  兵士の持っていたランプを拾い上げ、聖矢は歩き始める  だが、数歩も行かぬ内に何かに爪先をぶつけ  危うく転びそうになる。  「・・・なんだ? こりゃ?」  手に持つランプを照らし地面に何があるか確かめる。  すると、そこには幾つ物バスケットが転がっていた。  数にして五・・・そして、その内の数個が地面に落ちたショックで口が開かれ  中身が飛び出していた。    「・・・メシ・・・?   おいおい。まさかこれ全部・・・か?」   ぐぅ〜〜!!  ぶちまけられた沢山の料理を目の前にして聖矢の腹の虫が  その臭いに釣られ鳴り響く。 ゴクッ・・!?    「・・・誰のか知らないが・・・ちょっと位、良いよな?   いただきます・・・」  今まで飲まず食わずの聖矢に料理を目の前にして食べるなと言うのは刻な事・・・。  片手を顔の前に掲げお辞儀をすると、バスケットから飛び出した料理の一つを手に取り口に運び  大口を開け、かぶりつく。  「・・・・・・っ!?   は、ハハ・・・!」       その料理を口にした瞬間それが一体誰の料理か直に分った。  この世界に、この国に来て初めて口にした奴の料理だ。  ついさっき作られた物だろう、その料理のどれもがまだ温かく  その一口目は今まで食べたどんな手の込んだ料理よりも  ・・・美味かった・・・。  涙が出るほど・・・美味かった。   「・・・がぶっ! ガツガツガツ・・・!!   ・・・100点・・・満点・・・   ご馳走様・・・」  一つのバスケットの中身をあらかた食い終わると、口元と  顔をゴシゴシと拭い立ち上がると、出口に向かって駆け出す。   ・・・・・・・・・。  ・・・・・・。  ・・・。   バアーーン!!  「くっ・・・!?」  階段を駆け上がり、扉を蹴破る勢いで開け放ち、外界へと飛び出る。  今まで暗闇に居たことで、刺す様な太陽の光が眩しいと言うよりも・・・痛い。  光から逃げる様に両手を盾にし、さらに顔を逸らす。  地上に出たモグラはこんな心境なのだろうか。  片目を薄く開き、ぼやける視界で、辺りを確認する。     「ここは・・・? あの城、か」  背後に(そび)える石壁と  中世の城を連想させる尖がった煙突の様な数本の屋根の形を見て  自分の居る場所が何処か察しが着いた。  正に灯台元暮らし、十二妖精部隊(ヴァルキリーズ)の面々が国中を探しても見つけられ訳が無かった。  聖矢はいままで、皆のほんの目と鼻の先にいたのだ。  「・・・確か。街の広場って行ってやがったな。   待ってろよ・・・クソ野郎!!」  雑草が生える中に一筋の道が街へと伸びている。  聖矢は、片目を瞑り手をヒサシ代わりにしながら足元を確かめながら走ってゆく。  目指すは、イースペリア王都の中心部に設けられた妖精(スピリット)処刑場。  そこに居るであろう友と怨敵に会う為に・・・走る。
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・・・イースペリア、第一館・・・  今までずっと捜し求めていた聖矢を等々見つけたアルフィアは、聖矢に対して  ”リアに伝えて来ます。   直に戻りますので、待っていて下さい”  とのメモを渡し、一目散に館へと戻り、リアの部屋へと駆け込んだ。 ガチャ!?  「ふぅ・・・! ふぅ・・・!!」  肩を大きく揺らし、ベットに腰掛け外を見つめ続けるリアの手を強く握り締める。   サラサラ!!  息を整える事もせず、メモ帳を取り出し  荒い呼吸で揺れる肩と、全力で駆け抜け振るえ、上手く力の入らぬ腕と指で  リアに伝えたいと言う一心でペンを走らせる。  「(セイア様を見つけました)」  殴り書きの様に記した短い一文をリアの目の前に掲げる。  アルフィアの顔には汗と涙が伝い、走った事で整えられた髪も風に流されグシャグシャ。  でも、その表情は聖矢が見つかった時に、リアが目覚めた時の為に一生懸命作ろうとして、作りきれなかった表情・・・。  何度も心の中で思い描いていた、最高の笑顔だった。  「ここか、アルフィア!?」  その時、アルフィアと同じようにイリーナが切羽詰まった表情で  リアの部屋へと駆け込んできた。  「(イリー・・・ナ?)」   イリーナの声に後方に振り返ると、そこには  軍服を着て、背にはイリーナの代名詞とも言える身の丈をゆうに超える神剣【気合】  さらに、両の手には篭手を装備していた。  その出で立ちは、何時でも戦う事ができる臨戦態勢そのものだった。  「総隊長が街に! ダーツィの妖精(スピリット)を処刑しようとしている。   アズマリアの意思を無視して、だ!!   もう俺は我慢ならねえ!! アズマリアから出撃の許可が下りた、行くぞ。総隊長・・・いや、元総隊長を捉える!?」  『・・・!!!?』  イリーナの言葉を聞き、アルフィアは驚愕の表情を浮かべ  信じられないと言う様に、口元を両手で押さえる。  『う・・・そ。オリビア・・・さん・・・っ!!』   ドン!?  「ぅあ! おい、何処行く!!」  イリーナの言葉が俄かに信じられなかったアルフィアはその真偽を確かめようと  扉の前に立つイリーナを突き飛ばし、再び牢獄へと向かった。     「ま、待てよ、アルフィア!! 篭手忘れてるぞ! おい、て!!   聞いてるのか!? ア〜ル〜フィ〜ア〜!!!」  篭手を掲げ、口元に片手を添えながらイリーナは叫ぶも  アルフィアは立ち止まることはおろか、振り返る事無く遠ざかって行く。  そんなアルフィアの後をアルフィアの名を叫びながらイリーナは追い駆ける。  ・・・・・・・・・。  ・・・・・・。  ・・・。  「・・・ま・・・ち・・・」  二人が、慌しく部屋を去った後、ベッド座したまま遠くを見つめ  微動だにしなかったリアが緩慢な動作でベッドから這い出る。  「街・・・。・・・処刑・・・」  足元に視線を落としたまま、右手に自身の神剣【紅蓮】を握る・・・というよりも  ぶら下げる様にして、ゆらゆらと揺れながら、危うい歩調で部屋を出ると階段を一段ずつ降りる。  「・・・街。   ・・・処刑。   ・・・セイ・・・ア・・・さ・・・ま・・・」  ブツブツと三つの単語を繰り返しながら、リアは右足を上げる事無く引きずりながら踏み出し  次いで左足を同じように引きずりながら右足よりも前に踏み出す。  直にでも転んでしまいそうな歩き方で、まるで亡者の様に・・・。  それは、夢遊病の様に・・・ただ一点を目指してリアは、ひたすら歩を進め続けた・・・。
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・・・イースペリア、牢獄・・・  「ぜはっ! ぜはっ! お、おい?   ここ、は、牢獄だ、ぞ?   俺たちが向かうのは、ま、街だぞ! こ、こんな所になんの、用だ?」  アルフィアの後を追い駆けると、そこは、罪人や捕虜を投獄するイースペリアの地下牢獄  俺は、牢屋の一部屋の前でうな垂れるアルフィアにようやく追いつき、声を掛ける。  「・・・・・・」  アルフィアは俺の声に振り返る。  だが、その表情は今にも泣き出しそうな表情だった。  コイツが、こんな表情をするときは、決まって自分以外の誰か大切な者に  危険が迫って居る時だ。    「・・・アルフィア・・・」  もう一度俺が声を掛けると、アルフィアは耐えられなくなったのか  等々俺にしがみ付いてきた。  『居ない・・・オリビアさんが居ない。   それに、セイア様も・・・。   どうしよう・・・私が離れたからだ。   いや・・・私がもっと早く、オリビアさんのことを思い出していれば・・・。   セイア様はずっとこんな、所に居ずとも済んだかもしれないのに!   それに、私、オリビアさんの事、友達だと思ってたのに、これじゃ――!!』  俺の胸に顔を埋め、肩を小刻みに震わせるアルフィア。    「・・・ふぅ〜・・・。   俺は、お前が何に対して悲しんでいるのか   なんで、そんなに追い詰められてるか分らない・・・」  震えるアルフィアの肩に手を回し、あやす様に声を掛ける。  「でもな、泣いてりゃそれで何か解決するのか?   今俺たちがしなきゃいけないのは、ガリオンを止める事だ!!」  そして、意を決してアルフィアを引き剥がし  その目を見つめ怒鳴りつける。  「・・・俺は、行くぞ。   アルフィア、テメェは何だ!    情けねえ! ああ!? 情けねえ!!    テメェ・・・それでもイースペリアの妖精(スピリット)か!?   十二妖精部隊(ヴァルキリーズ)」  アルフィアに背を向け思いの丈を全部吐き出す。  情けない話しだが、こんな状態の奴に掛けてやれる優しい言葉を俺は知らない。  俺の言葉はアルフィアの心を逆撫でするだけかもしれない  でも、それでも良いんだ。  俺の言葉に対しての怒りでコイツに動く気力を与える事が出来れば、それで・・・。  例え、それで俺が嫌われてもかまわねぇ・・・。  こんな、寂しそうな、悲しそうな表情のコイツを見なくて済むのなら・・・それでも、良いんだ。  だから、俺はもう振り返る事無く、その場にアルフィアの篭手を投げつけ、走り出す。  イースペリアの・・・アズマリアの敵である。  ガリオンを止める為に、街を目指し、走った。  ・・・・・・・・・。  ・・・・・・。  ・・・。  『私は・・・何をしてるんだろ?   ただ、自分の所為だと悲しんで、何もしないで・・・   イリーナの言うとおり、だ。   まだ、何も終わってない・・・いえ、終わらせない!   セイア様が何処に行ったのか、分らないけど・・・。   オリビアさんの居場所は分る!! 今は、自分のやるべき事に、するべき責務に全力を注ぐんだ!!』   ガシャ!!  私は、床に転がる篭手を掴み上げると、まずは右手に篭手を装着する。  もう、迷いは無かった。  やるべき事を、自分が何なのかをイリーナが・・・戦友が教えてくれたから・・・。  私は、本当に良き友に恵まれた。  『ありがとう・・・イリーナ』  【慈愛】を口に咥え、左手に残る篭手を装着しながら、私も走り出す。   戦友への感謝を思い浮かべながら・・・。   こう言う時、自分が喋ることが出来ない事が、本当に悔しい。   短い文章では伝えきれぬ思いを、感謝の言葉として伝えられたどんな良いだろう・・・と。   だから、私は、行動で示す。   喋る事が出来ない私は、仲間たちに、主君に精一杯の感謝を込め   絶対、オリビアさんを救い、ガリオン様を止める事に全力を尽くすことを心に誓った。

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