・・・イースペリア王都、酒場『デウネ・スート』・・・ すっかり夜の帳が下りた頃総隊長は数人の部下と共に酒場の一角を陣取りヤケ酒を飲んでいた。 「クソッ!!」 ガシャン!? ジョッキに並々と入れられたビールを一気に飲み干すと、総隊長は苛立たし気にジョッキを放り投げる。 テーブルの上には既に二桁は行こうかと言う両の空き瓶が散乱している。 大半は総隊長が飲んだものだ。 「総隊長! お、落ち着いてください」 「うるさい!!」 部下の者達は何とか総隊長を宥めようとするも その鍛え込まれた太い腕に殴られ吹き飛ばされる。 「ああ!? くそ! なぜ、こうも上手く行かぬのだ!!」 イースペリア転覆を狙う総隊長は、その権力を使い 女王の専守防衛という大義名分に嫌気を刺す、異国からの流れ者達を自分の陣営に招き入れ 訓練士からある程度の数の妖精 の教育も終了したとの報告も得た。 最早残すは、その妖精 達を前線で指揮する来訪者 を 手に入れるだけだと言うのに肝心要の来訪者 が全く首を縦に振らない・・・。 後一歩と迫った所で足踏みを強いられている事が総隊長を不機嫌にさせていた。 「あ、あの総隊長? こうなれば、来訪者 抜きで実行されては?」 ここ数日の総隊長の様子を見かね、側近の一人が進言する。 「馬鹿者!!! それでは、一体誰が指揮を執ると言うのだ、タワケが! こう言っては何だが、現十二妖精部隊 の代になって以来 全く交代していない、そればかりかダーツイとの小競り合いを尽く退けている。 奴等は完璧よ、名実共にイースペリア最強だ」 手にするジョッキをテーブルに叩きつけ、腕を組むと総隊長は語りだした。 「そのイースペリア最強部隊の隊長と互角にやり合ったアヤツが居てこそ、この計画は完璧になるのだ」 早口で捲し立て、一気に残りの酒を流し込む。 部下や側近たちは総隊長の言葉に、やれやれと肩を竦める。 「あ・・・そうだ」 その時、部下の一人が何か思いだしたように声をだした。 「ん? なんだ?」 その部下の様子に、総隊長が目ざとく声を掛ける。 「あ、いえ。少々部下達の報告で、気になる物があったと思いまして。 もしかしたら、案外簡単に、来訪者 の首を縦に振らせる事が出来るやもしれません」 「なに? 誠か!?」 部下の言葉に、総隊長は、ここぞとばかりに飛びつく。 「はっ! 一つ試してみる価値はあるか、と 総隊長しばし、お耳を・・・」 部下の一人は、総隊長の傍えと歩みを進めるとなにやら耳打ちする。 「くくく! なるほど・・・そんな事が」 すると、総隊長の顔をはみるみる内に、下品な笑みへと変わって行く。 その様子に、残る部下たちは何のことかさっぱり分らず、互いに見合っては首を傾げていた。 ・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。 カランカラン・・・。 「いらっしゃ・・・おや? ボウヤまぁた、来たのかい? 全く、毎度毎度大変だね、アンタも」 店の奥でなにやら大声で部下たちに説教をする総隊長を横目に 毎度の事ながら、迷惑していると来客を知らせる鐘が鳴る。 アタイは、佇まいを正し、笑顔も浮かべ振り返ると そこには、小さな男の子が立っていた。 「あ、こ、こんばん、わ・・・アリサお姉さん」 「はい、こんばんわ」 アタイは、律儀にも頭を下げる、男の子の頭を少し乱暴に撫でながら 同じく挨拶をする。 「あの馬鹿どもを迎えに来たんだろ? ちょっと、間ってな」 「あ、い、いえ! じ、自分で・・・やり、ます。 ぼ、僕の・・・仕事、です・・・から・・・」 男の子は、視線を落としモジモジと恥ずかしそうにぼそぼそと精一杯の勇気で声を出す。 どうも、この子は恥ずかしがりや人と喋るのが苦手みたいだけど、何でも一生懸命でアタイは好きさね。 「そうかい。んじゃお勘定は何時も通り王宮へのツケにしておくから、あいつ等を早く連れてきな」 カウンターに両腕を預け、親指で奥を指し示しす。 「は、はい・・・」 控えめに返事を返し、アタイに一礼してトテトテと走って行く。 その行動の一つ一つが可愛くてアタイは、微笑ましく見つめた。 ・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。 「あ、あの・・・む、迎えに来まし、た」 僕は、総隊長様達の席まで行くと、恐る恐る声を掛ける。 「ん? ふん!」 ガシャン!! 僕の声に総隊長様が気づき、今まで飲んでいたお酒を投げると スクッと立ち上がる。 僕は、その行動の一つ一つが怖くて、ずっと下を向いたまま小刻みに震えていた。 「もうそんな時間か・・・者ども帰るぞ。 まだ、飲み足りん、我の家に行く。 さっさとしろ!!」 「は、はっ!!」 「了解しました!!」 総隊長様が大きな声で皆さんを睨むと皆さんは立ち上がり敬礼を捧げる。 僕は、皆さんを馬車に御乗せする出迎えの為に急いで場所に戻る。 ・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。 急いで店の外に出て外に繋いでおいた馬車の扉を開け、深く頭を下げた状態のまま 皆さんが乗り込むのを待つ。 ギッ・・・ギ・・・ 一人一人皆さんが乗り込んでゆく。 最後に総隊長様が馬車の台座に足を掛けたのを確認して僕は、ホッと胸を撫で下ろした。 「・・・おい」 「は、はい!!」 そう思ったのも束の間、上から低く太い声が掛けられた。 僕は、大きく肩を竦ませながら、顔を挙げその声に答える。 「我等の話を・・・何か聞いたか?」 すると、総隊長様は僕の胸を掴みすごい力で持ち上げる。 なにやら聞いてきた。 「な、なにも・・・聞いて・・・ませ、ん」 僕は、首を締め付けられる苦しさに両目をギュッと瞑りながら、何とか答える。 「本当か? 本当に何も聞いてないか?」 「は・・・い・・・」 「・・・ふん・・・まぁ良い」 ドサッ!? 「う゛〜う゛ほっ! ゲホ!!」 ようやく開放され、空中で手を放された僕はそのまま地面に叩きつけられた。 少年は、まるで火事の中で、地面にたまった空気を吸うように、咳き込みながらも 新鮮な空気を吸い続ける。 「おい、何をやっている? さっさと出さぬか」 ニヤニヤとまがまがしい笑みを浮かべながら、僕を見つめる総隊長様。 「は・・・ぃ・・・だだい、ま・・・」 僕は今まで絞められていた首をさすりながらヨロヨロと立ち上がりながら 返事を返し、先程ぶつけた足の痛みと、苦しさを我慢しながら 手綱を握ると馬車を走らせ始めた。 『誰か・・・助けてください。 僕を、助けてください・・・誰、か。か、み・・・さま』 僕は、ボロボロになり薄汚れた服の肩口で溢れる涙と 恐怖から身を震わせながら、心の中でずっと祈り続けていた。 ・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。††††† ・・・第一館・・・ カカン! 「サイネリア・・・さん?」 「ん? なんだい?」 第二館を出て歩くこと数十分辿り着いた家の前でノックをしたのを見て 私は、サイネリアさんに声を掛けました。 「こちらがそのセイアさんが住まわれていた所なのですか?」 「・・・ああ。リュケイレムの森から傷ついた奴を保護し 静養させていた所が此処さね」 「一体どんな方々が?」 私は、まだ家主が出てこないので、続けて聞いてみた。 「・・・一人は、今所要で留守にしている。 今、この館に居るのは、二人。 一人は、料理がすこぶる下手で、掃除、洗濯も一度で出来た例が無く 必ず、二度手間、三度手間になるが・・・ふぅ・・・」 そこまで言って、サイネリアさんはヤレヤレと言う様に肩を竦ませた。 その反応を見て、周りの皆さんもクスクスと笑っていた。 「”天は二物を与えず”とは、よく言った物だ。 そんなどうしようも無い奴だが、戦闘に関してはこの国でNo.2を張る天武の才の持ち主なのだから」 そして、私に向き直ると、サイネリアさんは何処か誇らしげに目を細めて太鼓判を押していた。 「は、はぁ・・・。そ、その方の名前はなんと言うのですか?」 私は、なんと答えて良いのか分らず、とりあえず相槌を打つと、名前を聞くことにした。 「ああ。そいつの名前は【慈愛】の・・・」 ガチャ・・・。 サイネリアさんが、名前を言おうとした時、丁度ドアが開き、緑妖精 がヒョコリと顔を見せる。 ドアを僅かに開けて、私たちを見るその方の顔は、まだ何処か幼さを残し、我々や皆さんを見てキョトンとしていた。 「夜分遅くすまないね。少々、話したい事が出来たので、な・・・」 館から出てきたその方とサイネリアさんがなにやら言葉を交わしている。 と言うより、サイネリアさんが一方的に喋り、その一言一言に頷いたり、首を振ったりしている。 「・・・?」 私と妹のシャオは、その事に少し、違和感を覚えたが、周りの皆さんや当のサイネリアさんは 差して気にした様子が無い、まるで目の前のやり取りがゴク当たり前の様に自然に佇んでいた。 「・・・すまない。来訪者 の居所については 未だ何も掴めていない・・・」 サイネリアさんは、申し訳無さそうな表情で緑妖精 にセイアさんの捜索の現状を報告する。 すると、緑妖精 の表情が一瞬沈む。 だが、直に気を取り直した様に、寂しげな笑顔をサイネリアさんへと向ける。 その表情を見たとき、この方が優しい心根の持ち主であることが感じ取れた。 セイアさんの事を誰よりも心配しながらも、行方が分らぬ不安を表に出すまいと仲間たちに心配を掛けまいと無理でも笑顔を浮かべる その姿に、私は居た堪れない気持ちがした。 「だが、その代わりと言っては何だが来訪者 の逃亡理由を知っている人物が尋ねて来られたのだ。 我等だけでは、どうかと思ったのでな、お前も聞いてくれ」 サイネリアさんが、親指で私たちを指し示し、緑妖精 に告げると 瞳を大きく開き驚きの表情を浮かべ私を見る。 「あ・・・。どうも始めまして、私は、デオドガン警備隊の一員を勤めている。 【木陰】のレイチェル=グリーン・スピリットです」 私は、軽く会釈すると彼女に名乗り上げる。 「しゃ、シャオです。 【日輪】のシャオメイ=レッド・スピリットです」 私に習うように、シャオが名乗りでる。 「この子が先程話していた、【慈愛】のアルフィア=グリーン・スピリットさね。 ま、よろしく頼むよ」 ニコリと笑みを浮かべ、アルフィアと呼ばれた方の肩を抱きながら紹介をするサイネリアさん。 アルフィアさんは、恥ずかしそうに両手を前で組み、サイネリアさんの紹介にあわせて頭を下げた。 「・・・? は、はい。よろしくお願いします。 あの、なぜ一言も発しないのですか?」 何処をどう見ても先程サイネリアさんが言っていた様な天才には見えない。 私はそのことに驚くよりも以前にあることが気になっていた。 それは、此処にきても未だ一言も発しない事だ。 その事を不思議に思い、思わず聞いてみた。 「この子は・・・喋れないんだよ。 昔色々とあって、ね・・・」 私の問いに、サイネリアさんは、ポンとアルフィアさんの頭に手を置き ゆっくりとその理由を話してくれた。 「「え・・・!?」」 私とシャオは驚き、アルフィアさんを仰ぎ見た。 すると彼女は、私たちに薄く笑い小さく頷いた。 「・・・し、知らない事とは言え・・・失礼しました」 私は、なんと言って良いか分らず、ただ頭を下げる事しかできなかった。 「アルフィア・・・そんな所で話してないで中に入って貰いなさい」 すると、玄関から別の人の声が聞え、中からドレスに身を包んだ方が現れた。 どう見ても妖精 には見えない。 間違いなく人である。 なぜ人がこんな所に? と疑問を浮かべる間も無く、サイネリアさんを始め 周りの皆さんから意外な答えが返ってきた。 「女王様!!」 「アズマリア様!!」 「女王!?」 館から現れたその方に皆さんは一様に驚いていた。 フィオーネさんとラティオさんはこれと言って声を挙げず、平然としていましたが・・・。 『こ、この方が大陸唯一の女王・・・。 女伊達等に他国の君主に引けを取らず、妖精 に対しても寛容な御心を持つと言われる ・・・アズマリア=セイラス=イースペリア・・・』 私はあまりにも突然の出来事にどう対応して良いか分らず、アズマリア女王を見つめ 呆然としてしまった。 「・・・レイチェルと呼んでもよろしいかしら?」 「・・・え? あ! は、はい! お、お好きな様に御呼び下さい」 アズマリア女王に一言掛けられ、私は膝まづくと頭を垂れていた。 「ふふ・・・! そんなに畏まらなくても良いのですよ? そんな所に居ないで、中に御入りなさいな さ、お前達も・・・」 「は、はい・・・」 「りょ、了解・・・しまし、た」 女王は、私たちに微笑を浮かべるとスタスタと館へと入っていった。 そして、まさか女王が居るとは予想すらしていなかったのでしょう。 サイネリアさん達は、まるで狐に抓まれたような表情と共に返事を返し その後に続き中へと入っていた。††††† ・・・イースペリア城門・・・ 「はひっ・・・! はひっ・・・!! や、やっと着いた」 イースペリア王都の入り口付近で息も絶え絶えと言った様子の少女が 息を切らせ、フラフラになりながら城門に手を着くと乱れた息を整える。 それもそのはず、一刻も早く帰り着こうとラキオスから休みもそこそこに 飛び続けて来たのだから・・・。 「・・・ん? な、なんだ貴様!?」 すると、その少女に見回りをしていた兵士が不振に思い駆け寄って来た。 「・・・っ!? あ、妖しい、者じゃねぇ!! 俺は、十二妖精部隊 のイリーナ、だ」 目の前に照らされる強いランプの光を両手で遮りながら、自分の身分を明かす少女。 「なんだ・・・妖精 、か。ふぅ・・・! 驚かせるな、全く」 「うるせぇ・・・か、勝手・・・に。驚いたの、は・・・テメェだろ、が」 未だ息も整わぬ中、イリーナは目の前の兵士に反論する。 「それで? 貴様は、こんな夜更けにこんな所で何をしているんだ?」 気を取り直した兵士は、警戒を解き 翳していたランプを下げるとイリーナに職務質問を始めた。 「ちょ、ちょっと・・・待って、くれ」 その兵士に対して、しばし待つように言うと イリーナは腰に下げている水筒を取り出し、喉を潤し始めた。 「んぐ・・・! んぐ・・・・!? ぷはっ!!」 水筒の中身を一気に飲み干し口を離すと、袖口で零れた水を拭った。 その仕草は、正に男のそれ・・・だった。 「・・・るせぇ・・・」 「うん? どうした?」 「・・・ないでもねぇ」 誰に共無く呟いたイリーナの一言に兵士が反応するも イリーナは、それに対して髪を掻き揚げながら、気にするなとばかりに呟く。 「イースペリア十二妖精部隊 第一部隊。 【気合】のイリーナ=ブルー・スピリットたった今、ラキオス妖精 譲渡引率より帰還した。 それに伴い、ラキオス王国王女レスティーナ=ダイ=ラキオス様より、アズマリア女王陛下に言伝を預かって来た。 火急を要する内容故、夜分に申し訳ないが女王に報告願いたい」 イリーナは兵士に対して佇まいを正すと、敬礼すると 自分の任務とレスティーナより語られたラキオス王が来訪者 を使い戦争を始めようとしている 事は伏せながらも簡潔に報告した。 「・・・了解した」 兵士も、レスティーナの名が出たことでそれがどれ程重要な内容か察しがついたのだろう イリーナの対して敬礼を返すと、その場を駆け足で離れて行った。††††† ・・・イースペリア、第一館・・・ リビングへと通されたレイチェルは、上座に座るアズマリア女王を前にして、女王から様々な質問を受けていた。 「まず、貴方達と来訪者 の関係は?」 「・・・来訪者 ・・・セイアさんは、我等の”恩人”です」 「恩人・・・ですか?」 「はい・・・」 アズマリアは、レイチェルから帰ってきた答えが、少々以外だったらしく、思わず答えを反芻した。 「我等が、大市の警備をしていた時、妹が酔った市勢の方とぶつかってしまったんです。 それで、気分を害されたその方と連れの方が、私と妹に乱暴しようとした所に セイアさんが現れ、見たことも無い、踊るような攻撃で我等を助けてくれたのです」 まるで、その時の出来事を噛み締める様に嬉しそうに語るレイチェル。 「それが誠なら・・・民が申し訳ない事を致しました。 この場を借りて、国を治める者として、申し訳無く思います」 レイチェルの話を聞いたアズマリアは、本当に申し訳無さそうな顔で 軽く頭を下げた。 「そ、そんな! 滅相もありません。 ど、どうか・・・我等の様な者に頭を下げないで下さい」 「いえ。非があるのは我等の民。 貴方が、誰であれ、何者であれ その様な心無い者が居る事は、私の責任・・・私の至らなさの所為です。 私が頭をさげる事で、その罪が消えるわけではありませんが、どうか下げさせてください」 レイチェルに威厳さえ感じる声と共に言い放つアズマリア。 だが、その中に威圧感はまるで感じられない。 レイチェルは思った。 これが女でありながら、一国を背負い立つ女王アズマリアか、と。 女であり、人でありながらもそこに居るのは紛れも無く、”王”。 レイチェルは、アズマリアの強さを垣間見た気がした。 「・・・ありがとう、ございます」 「ふふ・・・。頭を下げた者に礼を言うとは、面白い”人”ですね」 自然に紡がれたアズマリアの”人”と言う言葉に レイチェル、シャオは仰天した。 『この方は、我等を・・・妖精 を物では無く 一つの命として、生きる者として見て居る。 な、なんと・・・大きな方でしょう』 レイチェルは、喜びと同時に少し、うらやましさを覚えた。 「どうかしました?」 「あ、いえ・・・続けます」 「はい・・・」 気を取り直し語り始めるレイチェル。 「アズマリア様。貴方は、セイアさんが”逃亡”したとお考えですか? ならば、それは間違いです」 「・・・”間違い”・・・とは?」 「はい・・・あれは、酒の席でのことでした・・・」 ・・・我等は、セイアさんに助けて頂き、何のお礼もせぬまま返しては デオドガン妖精 の直れと思い 少々強引ですが、セイアさんを我等のコテージへと招き、心ばかりの料理と酒を振舞いました。 そして、セイアさんは、我々にカクトーギと言う我等を助けて下さった技を妹に教えて下さりました。 その時、自分が来訪者 であること そして、逃亡の理由を話してくださいました。 ・・・・・・・・・ ・・・・・・ ・・・††††† ・・・デオドガンコテージ・・・ 三日前・・・。 「ああ・・・シャオだっけ?」 セイアさんは、技の手ほどきをしている時、思うように上手く技を出せない シャオに、困った様に頭をカキながら声を掛けました。 「はい! な、何ですか?」 「利き腕で・・・押してみ」 するとセイアさんは、掌をシャオの目の前に差出し、シャオに押す様に言いました。 「え・・・?」 シャオも私もその突然の行動の意味が分らず、首を傾げました。 「良いから早く!」 「はは、はい!!」 不機嫌な表情で大きな声で急かすセイアさんに シャオは肩を竦ませると、返事をし、セイアさんの左手に右手を重ねました。 すると・・・。 「ふっ!」 シャオが押そうとするのを見計らい、一歩踏み込みシャオを押し込みました。 「キャッ!?」 予期せぬセイアさんの行動に、シャオはバランスを崩し、その場に尻餅を着きました。 「だ、大丈夫! な、何をするのですか!?」 当然私は、その行動に対して、抗議の声を挙げました。 シュボッ!? 「ふぅ〜・・・。なんで、倒れたか分るか?」 セイアさんは私の抗議も何処吹く風とばかりに、タバコに火を点けると シャオに問いかけます。 「え・・・そ、それは、お兄さんが押したから」 「ふぅ〜・・・! 0点・・・」 シャオが恐る恐る答えると、セイアさんは、溜息の様に大きく煙を吐き シャオの出した答えに、落第点を付けました。 「な、何を言ってるんですか?」 私も、セイアさんの言っている意味が分らず、首を傾げました。 「お前が倒れた理由はな、お前が俺の手を押そうとした時 腕の力だけで押そうとしたから倒れたんだ」 セイアさんは、先程の事について、シャオが倒れた理由を答えると 倒れるシャオに手を差し述べました。 「あ、ありがとうです」 シャオは、困った様な顔でその手を取ると四肢に力を入れ立ち上がります。 「ん・・・はい、此処で質問」 「え?」 シャオが立ち上がると、セイアさんはまたもシャオに質問を出しました。 「立ち上がるとき、何処に力を入れた?」 「え? あ、あの・・・腕で、す・・・」 「50点。・・・あ、お前はまだ、立つな」 「はい?」 シャオが答えると、セイアさんは、ある程度予想していたのか すぐさま点数を言いました。 そして、立ち上がろうとする私に立つなと言い渡したのです。 私は、セイアさんが何がしたいのか分らず、少々困惑しました。 「シャオ。お姉さんに手を貸してやれ 正し、え〜と・・・レ、レ・・・お前名前なんだっけ?」 「・・・レイチェルです」 「あーそれじゃ、レイでいいや。 レイは、自分から立ち上がろうとするなよ」 「は、はあ・・・」 そして、シャオに向き直ると今度は、シャオに私に手を貸すように言い さらに、私に注文を付けました。私はおろかシャオも困惑しましたが 私たちは言われるままに、行動しました。 「え・・・と、それじゃお姉ちゃん。行くよ?」 「・・・うん」 「せ〜の・・・!」 「・・・ストップ」 シャオが私の腕を取り、引き抜く要領で行おうとした時 突然セイアさんは、私たちに止まる様に言いました。 その所為で私たち二人は、その場に倒れ込んでしまいました。 「も、もう!! さっきから何なんですか!?」 「ひ、酷いよ〜・・・お兄ちゃん」 私たちは、見を起こすとセイアさんに抗議の声を挙げました。 「はっはは・・・!! いや、わりぃわりぃ。 でも、今ので分ったと思うけど・・・力を入れるときは、足を広げて、腰を落すだろ?」 「え・・・? あ、う、うん」 「そ、そうですけど・・・それが?」 セイアさんは、私たちに笑いながら謝罪し、助け起こすと 私たちに先程の一連の行動について説明しました。 「『紅葉 』も一緒なのさ 腕で押し込むんじゃなくて、押し込む動作と一緒に自分の体重を掌の一点に集める」 そう言ってセイアさんは、我々にその動作を横からゆっくりと見せてくれました。 足は肩幅に開き、その姿勢のまま腰を捻り真横を向き、前足に加重を掛けて行くのと同時に掌を突き出す。 その格好は確かに前のめりになり、加重が前方へと集約されている事が良く分りました。 「一歩踏み出した体勢から、腰を入れて打ち出す。 これを速く、正確に行う」 ズバッ!? 軽く腰を戻すと、今度は先程と同じ動作を高速で行いました。 すると、セイアさんの腕が高速で突き抜け、空気を切り裂く音が聞えました。 「分りやすく説明すると、まぁこんな所だな、力だけじゃ真の威力は生み出せない、てことだ さ、やってみな」 タバコを咥えたまま、ニコリと私たちに笑い、シャオに語りかけるセイアさん。 「は、はい・・・」 「返事は、大きな声で!!」 シャオが呆けた様に返事をした途端、セイアさんが声を張り上げました。 「はは、はい〜!!」 驚いたシャオは、背筋を伸ばし、私でも聞いた事が無い様な声で再び、返事をしました。 「うし。中々いい声だ」 それを聞き、セイアさんは、嬉しそうに顔を綻ばせ ガシガシとシャオを頭を乱暴に撫でました。 シャオも何処か嬉しそうに、セイアさんを見上げながら、微笑んでいました。 訓練を再開した二人の様子をしばし、見つめ私は、セイアさんに問いかけました。 貴方は、何者ですか? と・・・。 「・・・あ? 俺は、聖矢。白銀聖矢と言ったと思うが?」 「いえ、お名前では、無くその・・・間違えていたらすみません。 もしかして・・・セイアさんは、来訪者 ”ですか?」 私は、それまで疑問に思っていた事をようやく問いかける事が出来た。 「来訪者 ? あ、ああ! そういや、リアや、アルの奴が最初そんな風に読んでたな」 私の言葉にセイアさんは何かを思い出した様に、ポンと手を叩き 肯定を示しました。 そして、それと同時に紡がれた一人の名を私は、聞き逃しませんでした。 「リア! ま、まさかリア=レッド・スピリットですか!?」 「あ、ああ〜・・・、確か、リアのフルネームがそんな感じだったか、な? なんだ、知り合い?」 「し、知り合いではありませんが、イースペリアの【紅蓮】のリアと言えば 大陸中の妖精 では、知らぬ者はいない ・・・四大妖精の一人です!?」 私は、やや興奮気味にセイアさんに詰め寄り、捲し立てました。 「四大妖精? んだ、そりゃ?」 「し、知らないのですか!? あ、そうでした。セイアさんは知らなくて当然ですね なにせ、来訪者 ですものね」 私は、大陸最強の名を欲しいままにする四人の妖精 を全く知らない様子の セイアさんに驚きを通り越し、半ば呆れそうになりましたが、セイアさんが来訪者 であることを 思い出し、知らない理由に納得がいきました。 「え・・・と、良いですか? 我々妖精 は全部で”四種”存在します」 物理攻撃に秀で、空を滑空するウイング・ハイロウを持ち、攻撃魔法、支援魔法を無効化する特殊技能を有する 水の妖精と呼ばれる”青妖精 ”・・・。 全妖精 中、最高の防御力を持ち 味方の回復や、支援魔法を得意とする、シールド・ハイロウを持つ緑妖精 ・・・。 攻撃力、防御力は他の妖精 に劣りますが それを補って余りある、炎の攻撃魔法を操る赤妖精 ・・・。 そして、妖精 の中で唯一青妖精 の無効化魔法の 効かない、アンチブルースキルを持ち、風よりも速く動く事が出来る黒妖精 ・・・。 「・・・以上の格四種の頂点に君臨するのが、ラキオスの”蒼い牙”、マロリガンの”深緑の稲妻” イースペリアの”紅の瞳”、サーギオスの”漆黒の翼”です」 「んぐ・・・ぷはっ! ・・・つまり、そのスゲェ奴等の一人がリア、て事か?」 「そうです!?」 セイアさんは、ビールを飲みながら、私の説明を聞き ジョッキから口を離すと、理解したのか図りかねますが、何となくすごさは分った様に リアさんの名を口にしました。 「へ〜・・・。確かに、ちょっと強そうに見えたけど、あいつそんなに強ぇのか・・・。 今度、手合わせしてみるかな」 セイアさんは、何処か嬉しそうに手を握り絞め、開き、パキパキと腕を鳴らしました。 「な、何を言ってるんですか!? ”神剣”も持たないで戦える訳ないじゃないですか! 下手を打てば、”マナの塵”に返されますよ!!」 まるで、何か面白い遊びを思いついた子供の様に無邪気な笑顔と共に 語るセイアさんのあまりの無知に私は、思わず叫んでいました。 「神剣・・・?」 「はい、我々妖精 や、来訪者 のみが扱う事が出来る 意思を持つ剣です」 「はあ? 意思? 剣にかよ・・・ぷぷっ・・・アハハハ!? バカかテメェ!? 剣に意思がある訳ねぇだろが、そんな漫画や、ゲームじゃ在るまい・・・し・・・」 腹を抱え笑うセイアさんの様子に私は少しも表情を変える事無く 真剣な目を向け続けていると、セイアさんは、笑うのを止め、罰が悪そうにしていました。 「・・・はぁ! 冗談じゃ、無さそうだな。 レイと言うか、リアやアルも一緒だが、お前等は嘘や冗談を言わないというか、言えない様な感じだもんな」 一度私の瞳に視線を投げ、次いで、少し離れた所でセイアさんの技の練習を繰り返すシャオを見てから 何かを思い出した様に、大きく溜息を吐きセイアさんは頭をカキました。 「はい。私達妖精 は、虚偽を語る術を教えられていません。 言いたくない事は、口を紡ぐ様に教育されています」 「あ〜・・・はい、はい・・・! 分ったよ、OK! 降参だ。 信じるよ。それで? なんでその神さんの剣が無いから、てどうして俺が勝てないと、負けると断言できるんだ?」 「それは、神剣・・・”永遠神剣”は超絶的な力を所持者に与えるからです。 その為、神剣を持たない一般の兵士と妖精 とでは 天と地ほどの力の差があります。 それは、そのままセイアさんにも当てはまります。 いくら、セイアさんのカクトーギが素晴らしくても、”肉体のみ”の攻撃では、私達には勝てません」 「ん・・・? ちょっと待て、肉体・・・のみ?」 私が発した、一言に鋭く反応したセイアさんは、オウム返しに問いかけます。 私は、コクリと頷いて見せると、セイアさんの問い答えます。 「神剣を持つ者と、持たない者の圧倒的な違い・・・それは、”マナ”です」 「・・・マナ?」 「はい。マナとは世界を形成する生命エネルギーです。 世界に満ちるマナを私達は神剣を通し、意図的に取り出しエーテルへと変換し様々な力とする事が出来るのです。 岩さえも易々と砕く力。 風よりも速く動く速度。 己が身を守る盾。 傷を癒し、敵を焼き払うなどの魔法を使う上でも、マナそして、神剣は重要な役割を担います。 つまり・・・」 「・・・格闘戦のみならなら何とか戦うことは可能かも知れないが 戦闘になった場合、力、速さ、あらゆる面で神剣を持たない者は、太刀打ち出来ない、てこと・・・か」 セイアさんは、私の説明に納得が行ったらしく 私の言おうとした答えを代弁した。 「その、通りです。 ですから、間違っても―――」 「ますます、面白そうじゃねぇか」 「戦をうなどとは・・・へ?」 セイアさんの呟いた意味が分らず、私はセイアさんを覗き込みました。 「俺より強い奴が居る・・・ゾクゾクするぜ。・・・へ、へへへ・・・!」 お酒に酔われたのかセイアさんは、とろ〜んとした目で嬉しそうに口元を歪め 笑いました。その姿に私は、恐怖を覚えました。 そう、まるでセイアさんの直傍にバルガロアーの怪物が居るかの様な、危うい儚さをセイアさんから感じたのです。 「な、何を言って・・・」 「・・・俺は、元の世界じゃ師匠以外には、負け無しだった」 生唾を飲み込みセイアさんに問いかけると セイアさんは、ジョッキに残るビールを飲み干し、口を拭って語り始めました。 「・・・ガキの頃出会った師に、武術を習い、両親を失い 師に習った武術を使って、夜の街で誰、彼かまわず喧嘩して、喧嘩して そして、喧嘩する毎日・・・正直、詰らなかった。 誰かに殴り飛ばしてもらって、お前は弱い、生きる価値は無いと 俺に引導を渡して欲しかったのに・・・俺の技は、俺の体は簡単に負けることを許さなかった どんなに傷ついても最後には、俺が立って相手を見下ろしていたよ」 遠くを見つめ語るその口調は、虚しさと底知れぬ悲しさを醸し出していた。 「だから、俺より強い奴が、俺が逆立ちしても勝てないような奴が居るのが・・・もの凄く・・・うれしい。 師から習った武術が何処まで通用して、そして、俺がどんな風にぶちのめされるのか・・・くくく・・・! こんなに誰かと戦ってみたいと思ったのは久しぶりだ・・・くくく・・・!!」 顔の前で合掌し、肩を揺らせながら笑うセイアさんは、本当に嬉しそうでした。 そして、虚空を睨み詰めるその瞳には何処か狂気めいた物を孕んでいるように感じられました。 「ねぇ、お兄ちゃん・・・こ、こんな感じでどうかな?」 私がなんと声を掛けて良いか悩んでいると 横からシャオがセイアさんに技の出来を評価してもらおうと声を掛けて来ました。 「ん・・・? ああ、まあだ腰が高えな。 それと、踏み出す足は折るな、伸ばせじゃねぇと上手く体重がのらねぇぞ」 シャオの声に振り返り、身振り手振りで指南するセイアさんからは 先程感じた圧迫感や、恐ろしさが消え表情も、不機嫌そうな表情に戻っていました。 「う、うん! わかった!?」 セイアさんの指摘にシャオが元気良く答え、再び訓練を再開しました。 そして、私は、ふと沸いた疑問を、セイアさんにぶつけました。 「あれ・・・? そう言えば、セイアさんがイースペリアの来訪者 なら、御付の方々は?」 「・・・はあ? なんだそりゃ?」 「え? え〜と・・・セイアさんは、どうやって街まで来たんですか?」 私は、セイアさんと話がかみ合っていないのを感じ、一つ一つ順を追って聞いてみる事にしました。 「一人で、歩いて来た」 「どこから?」 「あの、無駄に豪華でデカイ城の方から」 「・・・許可は?」 「・・・はい? 許可?」 「は、はい。我々、妖精 や城に仕える 者達は、大臣や王の許可が無いと、無断で外に出ることはできません・・・きょ、許可は・・・お取りになってますよ、ね」 私は、セイアさんの口振りと、首を傾げる様子に 悪い予感がして、どうか間違いであるようにと淡い期待を込めて聞いてみました。 「・・・そうなのか? いや・・・知らなかった。 あ、通りで、門の前に居た奴等が妙に絡んできた訳だ」 私の説明を聞き、何かを思い出し、納得が行った様に 左手をポンと叩くセイアさん・・・。 「・・・な、何を・・・したのです、か?」 私は、聞くのが怖いと思いながら セイアさんに、問いかけました。 「殴り飛ばした。 なんだそうだったのか〜・・・。俺はてっきり、喧嘩売ってるのかと思って 言い値で買っちまった。ハハハハ・・・!!」 「は、はは・・・。 ハハハじゃないですよ!? 何してるんですか!!」 悪びれる様子も無く、さも楽しそうに豪快に笑うセイアさんに 私は、乾いた笑いを浮かべ、立ち上がり怒鳴りました。 「いや、それがよ。リアの奴が会議だかなんだかで出て行った後にな なんと、俺のタバコが切れちまってさ。 丁度アルの奴も居ないし、それに、せっかく、異世界に来たんだし 観光がてら、外に行ってみるかと思ってな・・・あ、あれ? もしかして・・・ちょっと・・・ヤバイ?」 「あ、当たり前じゃ無いですか・・・。はぁ・・・こんな所でのんびりと晩酌してる場合じゃありません 早くお戻りください」 本来なら飛び上がるくらいの大事にも関わらず 私は、セイアさんの全く慌てていない様子に、毒気を抜かれ、逆に冷静になってしまいました。 「ええ!? まだ、飲み足りな―――」 「お戻りください!」 「・・・かったよ。戻れば良いんだろ! 戻れば」 本来なら、私が怒りを露にするはずなのだが 私の有無を言わせぬ催促に、セイアさんは仕方無いとばかりに 不機嫌を露にして了承してくれました。††††† ・・・イースペリア、第一館・・・ 私は、セイアさんの逃亡理由とそこに至るまでの経緯を話し終えた。 私の話しに、皆さんは一喜一憂していたが アズマリア様は、真っ直ぐに見つめ時折り、相槌を打つのみだった。 「・・・作り話し・・・ということは、ありませんか?」 「滅相もありません! 誓って真実です・・・!?」 一度お茶を飲み紡がれたアズマリア様の答えに私は、立ち上がると思わず叫んでた。 「私の国や各国の妖精 が虚偽を語らぬ事は承知の事実ですが来訪者 に強要されているという可能性もあります」 「そ――!?」 「女王様!? それは、あまりにもレイチェル殿に失礼です!!」 アズマリアの言葉にレイチェルよりも、素早く反応したのは、ライオネルだった。 「レイチェルさんは、本当に来訪者 さんのことを心配し わざわざ、領主殿に暇を貰いデオドガンから来てくださったのですよ! それなのに・・・!」 次いでレイアナが、悲しげな瞳でアズマリアを見つめながら、進言する。 「・・・証拠は・・・ありません」 だが、そんな二人を嘲笑うかのように、フィオーネがアズマリア女王に変わり答える。 パァアン!? 「フィオーネ! あなた・・・!?」 「ライオネル落ち着け!?」 フィオーネの心無い言葉を聞きライオネルは、怒りも露にその頬を引っ叩く それを見たサイネリアが、フィオーネの前に出て、ライオネルを羽交い絞めにする。 「なぜ! そんな事が言える!? なぜ!? あれ程立派に戦った来訪者 さんが、そんな手の込んだ 戦士にあるまじき行いをすると言えるのだ!? 貴様の目は節穴か、フィオーネ!?」 「止せ! 止さぬか!?」 「ライオネルさんも落ち着きなさい!?」 サイネリアに止められようとも尚も食って掛かろうとするライオネルを、何とか落ち着かせようと セリーヌも加わり二人でフィオーネから引き剥がす。 ライオネルは最早アズマリアが居ることさえ忘れ、完全に頭に血が回っていた。 その様子に、アルフィアはどうしたら良いか分らずオロオロと右へ左へ行ったり来たりと落ち着き無く動き回り ハルナは、見たことも無いライオネルの様子に、ジーンに抱きつき、今にも泣き出しそうだった。 その場は今正に修羅場と化していた。 「み、みなさん!! 止めてください!!?」 そんな収集の着かない状況の中、シャオが勇気を振り絞り 精一杯の大声を張り上げた。 すると、その声を聞いた皆の動きがピタリと止まり、水を打った様に場が静まり返る。 「あ、あの女王・・・様・・・」 「・・・何かしら?」 「しょ、証拠になるか、どうか分りませんが・・・”これ”を見て下さい」 アズマリアに一礼し、なにやら進言するとアズマリアの答えも聞かぬうちに数歩離れる。 皆の視線が手にする神剣に隠れてしまうのでは無いかと言うぐらい、小さな少女に注がれる。 そして・・・。 「これが・・・お姉ちゃんの話しに出てきた。 お兄ちゃんに教わった・・・”技”です」 壁際まで移動し、神剣を壁に立てかけ振り返ると 足を肩幅に開き、斜に構え腰を落とし構えを取る。 「あ・・・」 「え?」 「あ、あの構えは・・・」 その構えを見た皆は、一様に驚いた様な声を挙げる。 それもそのはず、それはつい最近、皆の目に衝撃と共に刻まれた来訪者 聖矢がリアと対戦した時に見せていた風変わりな構えと酷似していたのだから・・・。 「ふぅ・・・いやっ!?」 ズバッ・・・ボッ!? 真っ直ぐに突き出されるシャオの掌。 その掌打は空気を吹き飛ばし、その速度に合わせ空気を震わせ切り裂く音が響く。 それは、間違う事無く来訪者 がリアへと 何十回と繰り出していた掌撃だった・・・。 「・・・女王様・・・わ、私達が信じられないのなら、し、信じなくて・・・い、いい・・・です! で、でも! でも・・・!! お、お兄ちゃん!? セイア様・・・だけ、は! し、信じで・・・くだばい・・・!?」 自分たちを救い、今まで触れた事の無い優しさで接してくれた聖矢を信じて欲しい ただそれだけを願い、今の自分に出来る最高の『紅葉 』を繰り出して見せた。 シャオは、その場に両膝を着き、涙を流しながらアズマリアに訴えた。 「・・・ええ。分りました・・・信じますよ。 だから、そんなに泣かないで・・・ね?」 真っ直ぐで純粋な少女を抱きしめ、アズマリアは優しくシャオを抱きしめる。 咄嗟にとったシャオの行動は、レイチェルの話が、全てとは言わないまでも、ほぼ白に近い真実であることを物語っていた。††††† ・・・イースペリア、城門前・・・ レイチェル、シャオのデオドガン妖精 姉妹が 聖矢の逃亡理由について話をしている頃、レスティーナからラキオスに所属する悠人、佳織に関する情報と 悠人を利用し大陸を巻き込む恐れを孕むやも知れぬ、ラキオス王の計画を携え帰還したイリーナは 衛兵に女王への謁見を頼んだ後、ずぅと待ち惚けを食わされていた。 「はぁ・・・ひ〜ま〜だーー!! 衛兵の野郎、何時まで待たせんだ? クソ・・・」 石壁に背を預け、反対側に佇み微動だにしない衛兵に わざと聞える様に大きな声で文句を漏らす。 「・・・はぁ〜・・・そうですか、そうですか! 待ちますよ、待てば良いんだろ!?」 だが、兵士はそんなイリーナの文句に耳を貸さず、シカトする。 それを見たイリーナは大きく溜息をつくと、再び不機嫌そうに誰にとも無く声をかけると 両手を後頭部に回し、真っ直ぐに眼下に広がる街並みを見詰める。 『・・・戦争・・・か』 静かな夜。 虫の音も聞えぬ夜。 眼下に広がる街並みには、夜も遅い時間ながらもまだ、エーテルランプやエーテルライトの光が 煌々と煌き、この国に命が、人が溢れている事を感じさせる。 イリーナはふと考える。 街の民は、国の民は明日もきっと今日と変わらぬ平和な一日が始まるであろうということを信じ 戦争と言うものが起きるなどとは、夢物語にも思っていないであろう事を思い今日と言う日が過ぎ去るのを 朝日が昇ると共に待っているだろうと・・・。 『・・・戦争を仕掛けるのは何時も人間、戦うのは俺達妖精 ・・・。 それに疑問を持った事も無いし、国を守り戦うのが俺たちの義務であり、使命・・・でも、アイツは・・・アルフィアは、やりたく無いし、見たく、・・・ないだろう、な』 何時かは起きてしまうかも知れぬ、戦争という物を考えたとき、イリーナの頭に浮かんだのは 悲しげな表情で俯く一人の友の姿だった。 『・・・何時の日か、人と妖精 が轡 を並べ共に暮らす世界・・・か アルフィア・・・お前の夢は、本当に夢かも・・・な』 「・・・! ぉ・・・! ・・・ット!? おい!?」 「・・・え? お、おう・・・アンタか」 物思いに耽っていると、隣で何度も声を掛ける兵士の存在に気づかなかった様だ。 イリーナは、返事と共に立ち上がり、休めの姿勢を取る。 「・・・女王様は、もうご就寝だ。 大臣にお前の旨を伝えておいた。明日の午後にでも来るように・・・との事だ」 「んな! 急ぎの用だと言っただろが!?」 イリーナは、若い兵士の言葉を聞き、つかみ掛かる様に叫ぶ。 「し、仕方ないだろ! なら、私に女王様をたたき起こして来いとでも言うのか? 冗談じゃないぞ。新米の私にそんな事が出来るわけも無いし、大臣から面会の了解を取ってこれただけでも 上出来だと思ってくれ!?」 イリーナの剣幕にいささか驚き、一時身を引きはしたが 直に気を取り直し、逆にイリーナに語気を強め自分の正当性を強調する。 「ぐぅむ〜・・・。はぁ〜・・・分った。明日出直す」 二人は、しばし一歩も引かず睨みあっていたが、最後はイリーナが折れる形となった。 イリーナは、ガックリと肩を落とし、兵士に元気の無い返事を返すと 重い足取りで、第一館へと歩を進めて行った。 ・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。 イリーナの姿が見えなくなり、若い兵士が持ち場に着くと同僚が声を掛けてきた。 「お前・・・”妖精趣味”か?」 「は? い、いや! な、なにバカなこと言ってんだよ!? そんな、わけ無いだろ!?」 イリーナとのやり取りを見て、怪訝な視線で若い兵士をみる同僚。 それに対して、若い兵士はもの凄い勢いで否定する。 「ただ・・・」 「ん? ただ?」 「妖精 てだけで、同じ国で戦う仲間だろ? 俺たちとそう変わらない。それに、あいつ等は、国の為に最前線で戦ってくれてるんだ。責めて人並みに扱ってやっても、さ」 「ふん! お人好しめ」 若い兵士の言葉を鼻で笑い、そっぽを向くとボソリと呟いた。 それを聞いて、若い兵士は二カリと笑みを浮かべるのだった・・・。 アルフィアの描く途方も無く儚い夢・・・しかし、人の中にも僅かではあるが 理解ある者がいる事を、妖精 達は、知っていた。 だからこそ、アルフィアは人と共にあるこの世界を夢見るのかも知れない・・・。††††† ・・・イースペリア、第一館・・・ イリーナが館へと向かう頃第一館では、レイチェルとシャオが丁度帰ろうかという頃だった。 「もう遅いですわ。良かったら泊まっていっても、よろしくてよ?」 「そ、そうだよ。私達まだ、話を聞いただけで、何もしてないじゃ無いか!」 聖矢について、話し終え。シャオが泣き止み落ち着くと 突然皆に、帰る旨を伝えた。 それに対して、セリーヌやライオネルが、聖矢の話しの礼と、遠い所をわざわざ 尋ねてきてくれたレイチェル達に、言葉を掛ける。 「お気持ちは嬉しいのですが、領主様に頂いた休暇は一週間なんです。 申し訳ありません」 苦笑混じりに身支度を整えながら、やんわりと断りを入れる。 〔い、一週間!!〕 「おやおや、来訪者 の為にそんな無茶を・・・」 レイチェルの発した期間に、皆が驚きの声を挙げ サイネリアは比較的冷静な口調ながらも、目を丸くし半分呆れていた。 それもそのはず、イースペリアから、デオドガン商業組合自治区までは、早馬でも軽く一週間を超える距離があるのだ。 「ふふ・・・! 確かに、本来ならこんな無茶な事はしないのですけど、ね。 セイアさんには、本当に言葉では言い表せない程・・・感謝していますから・・・」 晴れやかな笑みで語るレイチェルの表情からは これから急ぎ帰らねばならない、辛さを苦にも感じていない様子だった。 「アズマリア様・・・」 「はい・・・何でしょうか?」 「セイアさんを・・・よろしくお願いします。 あの方は、本当に優しく、立派な方です。信じるに足る人物です。 どうか・・・よろしくお願いします」 「・・・女王様・・・よろしくお願いします」 レイチェルとシャオはアズマリアに向き直り深々と頭を下げ 聖矢の無事と救出を願う。 「・・・顔をお挙げなさい」 そんな二人にアズマリアは言葉を掛け 二人が顔を挙げると優しい笑顔を浮かべる。 「来訪者 ・・・セイアの事は、アルフィアやサイネリアを始めとする十二妖精部隊 からも言われています。 必ず、見つけ出します・・・どうか、道中気をつけて、貴方たちにマナの導きがありますように・・・」 これから帰路へと着く二人に道中の旅の無事を願い、祈るアズマリア。 「「ありがとう・・・ございます」」 二人は、アズマリアに再び深々と頭を下げる。 「あ、お姉ちゃん。 アレ、アレ! お兄ちゃんに渡す奴!?」 突然頭を下げていたシャオが慌てた様子で、レイチェルに声を掛ける。 「あ、そうそう! そうでした。 すっかり忘れていたわ。・・・アルフィアさん」 シャオの言葉を受け、レイチェルは手荷物の中から 布に包まれた何かを取り出すと、アルフィアへと声を掛ける。 「・・・??」 アルフィアは、小首を傾げながらも小走りでレイチェルの前へと進み出る。 「これを、セイアさんに渡して下さい。 必ず・・・必要になると思いますから」 そう言うと、微笑と共にアルフィアへと包みを渡す。 包みを受け取ったアルフィアは、その重みに少々戸惑いながらも 聖矢への送り物と言う事で、中身は確認せず。了承を示す用に一つ頷いて見せる。 「・・・よろしく、お願いします。 それでは、皆さん。ありがとうございました」 「ありがとうございました」 二人は最後に十二妖精部隊 の皆に 礼を言うと荷物を手に取り、玄関へと進む。 「気をつけてね!?」 去り行く異国の友にカレンは両手を大きく振り送り出す。 「何のお構いも出来ず、すみません。 ですが、来訪者 様の事は我等にお任せを」 ジーンは軽く頭を下げ、話を聞くだけで何も出来なかった事を謝るも 二人に代わり聖矢の救出を力強く宣言する。 「ありがとうございました! 必ず助けますから!?」 ライオネルは、二人に感謝と今まで以上の決意を声として二人に伝える。 「は、ハルナ、も・・・が、がんば、る!!」 引っ込み事案のハルナもこの時ばかりは、精一杯の声で二人の思いに応える。 「ま、成る様になるさ」 「ご安心くなさって、私達が貴方たちに代わり必ず、助け出して見せますわ」 レイアナ、セリーヌも、二人を安心させるように言葉を掛ける。 「アタイ等も全力を尽くす。安心してくれ・・・な、お前達」 「「・・・コクリ」」 サイネリアを長とする第四部隊の面々も力強く宣言した。 「・・・私達は、何も心配していません。 あなた方なら必ずセイアさんを救って下さると確信してます」 「うん! 私、信じてる。 お姉ちゃん達が必ずお兄ちゃんを助けてくれるって、信じてる!?」 皆の励ましの言葉を聞き、二人は互いの顔を見て頷き合うと 皆を真っ直ぐ見つめ力強く宣言した。 ・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。 「・・・彼女等の期待に応えねばなりません、ね」 二人が去り行くのを見つめながらアズマリアが呟く。 その呟きを聞いた皆は、一斉に女王へと振りかえる。 「十二妖精部隊 に命じます!?来訪者 セイアを捜索し、見つけ次第 直ちに救出。その証言を元に現総隊長・・・ガリオン=ラクサスを解任、及び国外追放します。 リアの命運も掛かっています、一刻の猶予もなりません。私の全権限を持って貴方たちに国中の探索を許可します」 ザザッ!? 〔はっ!! 了解しました!?〕 女王の言葉に皆は靴を鳴らし最敬礼する。 正式に女王の勅命が下った事で、これまでの様に隠密行動は解除され 堂々と正面から聖矢の探索が出来るようになった。 それは、何よりも喜ばしく、皆のモチベーションも最高潮になっていた。 その時・・・ 「・・・皆で集まって何してんだ? て、あれ? 女王様!? アンタこんな所で何してんだよ! 部屋で寝てるんじゃないのか!!」 聞きなれた声と共に、一人の妖精 が現れる。 皆はその声のした方向にゆっくりと振り向く。 「イリーナ!?」 「イリーナさん!」 「イリーナちゃん!?」 「ちゃん言うな!? と、あ〜・・・なんだ? その、ただいま?」 突然現れたイリーナに皆は口々に名を呼び カレンの発した呼び名に烈火の如く突っ込みを入れると 苦笑し、鼻の頭をカキながらとりあえず帰宅の挨拶をした。 今此処に、ようやくイースペリア最高戦力十二妖精部隊 が全員そらったのだった。 「女王様に話したい事があるんだけど・・・とりあえず、アルフィア腹減った。飯作ってくれ!」 館へと踏み出すとアルフィアに向けて、まるで、太陽の様な笑顔を浮かべながら、そう言った。