「ん・・・?」 聖矢は、目を覚まし、体を起こそうとした・・・ ミシ・・・ミシ・・・ 「あん?」 バキッ!! 「っ!!」 ドシーン!! 「がっ!!かはっ!!」 聖矢が目を覚ましたのは何と木の上だった、聖矢が身を起こしたと同時に枝が折れ、聖矢は5メートルほどの所から落ちたのだった たかが5メートルでも、寝起きの頭ででは、状況が分からず、受身も取れないまま地面に背中から落ちたのだった。 その衝撃で、一瞬息が詰まったがおかげで目が完全に覚めた・・・ 「痛ってぇぇ・・・」 後頭部をさすりながらゆっくりと起きあがる・・・ 「どこだ?ここは?俺は神社に居たんだぞ?」 シュ!!ボッ・・・ とりあえず、タバコに火をつける聖矢 そして、自分の今居る場所を確かめようと周りを見回した 『・・・木・・・木・・・・木!!』 「木しかねぇじゃねぇか!!」 なぜか、無意味な突込みを入れながら聖矢は上空を見上げながら大きく煙を吐いた。 ポロ・・・ 「・・・は?」 上空を見上げた聖矢の目に信じられないものが飛び込んできた あまりに予想だにしなかったものがその目に飛び込んできたので 聖矢は思わず口に咥えたタバコを落としてしまった。 聖矢が目にしたもの・・・それは 純白の翼を月明かりに淡く輝かせ、蒼い髪を風になびかせる少女だった。 それは、まるで・・・御伽噺に聞く・・・。 「天・・・使?おいおい冗談じゃねぇぞ!俺は夢でも見てるのか? そ、そうか!!これは夢だ!ハハハ!!何だよ!脅かしやがる」 パン!! 「てぇ〜〜!!」 聖矢は今のこの状況が夢だと解釈すると自分の頬を想いっきりひっぱたいた だが、叩いた頬の痺れる様な痛みが、夢では無いことを物語っていた 「これが夢じゃ無いなら何だってんだ・・・・よ」 聖矢がもう一度、天使の少女を見上げた時、少女の手に見慣れた者の姿が飛び込んできた。 「ゆ・・・う・・・と?悠人!!」 それは、聖矢の良く知る者の姿だった。 天使の少女に背中をつかまれぐったりとした様子で、何処かへと運ばれて行く 彼にとって弟の様な存在の、高峰悠人だった。 ぐったりとし、身動き一つしない悠人の姿と、右手に剣の様なものを握り締める天使の少女を見て 聖矢の脳裏に最悪のシナリオが展開された。 『悠人が・・・殺される・・・っ!!』 「ふざけんな!!!」 聖矢は走り出していた。 自分が何処に居るか。 なぜ天使が居るのか。 今の状況は夢ではないのか。 ・・・そんな事はどうでも良かった。 悠人の命が危険に晒されている、その事実が聖矢に思考すよりも体を突き動かした。 『やらせねぇ!やらせねぇ!!やらせねぇぞ!!!』 ガサガサ!!! 天使が居るであろう地点へと、上空を見上げながら全速力で走り抜ける聖矢。††††† 「ぜっ!ぜっ!!」 どれだけ全力で走っただろうか? 肺は空気を求め荒い呼吸を繰り返し。 心臓は毎秒16ビートを刻むように脈打ち。 道なき道を駆け抜ける、聖矢の体には無数の傷が出来ていた だが、それでも速度を落とそうとしない 必死に悠人を抱えた天使を追い駆ける聖矢は気づかない。 自身の体に刻まれた数多の傷口から淡く光を発する霧の様なモノが出ている事に・・・。 そして、輝く霧が自身を危機に落し得る事になることも・・・気付くはずもなかった。 『やらせねぇ!!やらせねぇぞ!!もう、失うのは沢山だ! 俺はどうなっても良いんだ!!あいつ!悠人だけは!!!』 ザクッ!! 「ぐっ!!」 『クソ!!血が!』 もう一度、上空を見上げ天使と悠人の位置を確認しようとした聖矢の額を、折れた木の枝が傷つけた。 そのせいで、右目に流れ込んだ血が聖矢の視界を一瞬遮った。 それが、不運だった。 ドゴッ!! 「がぁはっ!!!」 遮られた視界、夜、立ち並ぶ背の高い木々。 体力の低下による、判断力の欠如。 その全てが聖矢に災いした。 聖矢の進路の直線状に位置する巨木に、全速で突っ込んだのだ。 『〜〜〜!!!!』 あまりの衝撃に聖矢は声さえ出すことが出来なかった。 幸か不幸か、鍛え抜かれた聖矢の精神力は、気絶することを許さなかった。 だが、意識を失わなかったことが、体力の限界を超えて走った事実が急速に体を支配した。 酸欠、乳酸、ダンプに正面衝突した様な激痛、その全てを受けとめる文字通り地獄の苦しみが聖矢を襲った。 「ふっ!ふっ!」 何とか痛みをこらえ、まるで獣の様な呼吸を繰り返す聖矢。 どうやら、アバラを少々持って行かれた様だった。 遮られた目とは逆の目で再び上空を見上げる聖矢。 しかし、二つの月が輝くその夜空には既に天使と悠人の姿は無かった。 「・・・く・・・そ!」 言うことを聞かない、震える足で何とか立ち上がり 木に体を預けながら立ち上がる聖矢。 その時だった。 ガサガサ!! 「見つけた・・・おい!!こっちだ!!居たぞ!」 林の茂みの中から、何者かが躍り出てきた。 聖矢は、荒い呼吸を繰り返しながら、瞳だけを動かし、何とか茂みから現れた者を見やる。 『・・・剣?・・・何、だ・・・こいつ?』 茂みを覗き込んだ聖矢の目に飛び込んできたのは、赤い髪、赤い目をした少女だった。 染めたり、カラーコンタクトとは思えぬその姿も、今の聖矢にはどうでも良った。 だが、少女の手にある物に聖矢は目を引かれた。 少女が手にするには、あまりにも不釣合いな両刃刀が握られていたのだ。 なぜかその剣に異常に興味を惹かれる自分を不思議に感じていた。 『今はそんな事より!・・・呼吸を整えるんだ・・・集中しろ聖矢!!』 頭を振り、剣の事を頭から振り払う聖矢。 そして、深く息を吸い、静かに吐くという動作を何回か繰り返す。 すると、先程まで紫色だった顔に幾分か赤みが戻って来た。 『よ・・・し。大分楽になってきた。この調子で気を練れ込めば・・・動ける!!』 聖矢が行った事、それは・・・。 自分の体内に呼吸法により気を流し込み、全身の経絡へと回し 無理やり健康体へと戻すという事だった。 その、呼吸法で幾分回復してきた時だった。 ガサガサ!! 「間違いない!!来訪者 だ!!」 「もう一人居たとは好都合、一人は”蒼い牙”に攫われたがこいつ一人で釣りが来る!!」 聖矢の前に再び何者かが姿を見せる、今度は二人だった。 そして、その中の一人の少女を見た聖矢は両目を見開いた。 『・・・こいつは・・・こいつは・・・コ・イ・ツ・ハ!!』 聖矢の目に、ある種の光が宿る。力が漲って行く。 聖矢が目にした一人の少女・・・それは、悠人を攫った天使と同じ青い髪、青い瞳。 そう・・・青妖精 だった。 その姿を見た聖矢の心の中にある感情が浮かんでくる。 自分の中から湧き上がる破壊衝動、憎悪・・・。 壊す為なら自身の体が砕けることも厭わぬ力の象徴・・・。 業火の如く燃上がる感情は・・・怒りと呼ばれた。 「な、なんだこいつ!立ち上がったぞ!!」 「何?気にすることも無いでしょう。我々は三人、それに負傷しているようだし」 「ええそうですよ。しかも神剣すら持っていないのですか・・・」 「・・・てめぇか」 〔!!!〕 聖矢が立ち上がった事に少女たちは少々驚いたが、直ぐに冷静に状況を分析し、自分たちが優位である事を確認する。 一人は、薄笑いすら浮かべていた。 そんな中に聖矢の静かで低い声が掛けられる。 「てめぇかぁああああ!!!」 ぎゃーぎゃー!!ケー!!ケー!! バサバサバサ!!! 叫びと共に解き放たれた殺気に付近に居た動物たちが一斉に逃げ出す。 今まで、静かだった聖矢の気の流れが変わった。 まるで、せせらぎの様に静かだったモノが激しき激流に変わったかの様に それは、正に豹変だった。 「な!なんという殺気!!」 「こ、こいつ!こ、れが・・・伝説の来訪者 !」 赤と黒の少女は、聖矢の発した余りの殺気に度肝を抜かれ、その場に硬直してしまった。 そんな中・・・。 「ぁ、ぁ!ぁあああああ!!!」 「アンナ!!まて」 アンナと呼ばれた青妖精 の少女が、眼前に立ちはだかる恐怖を振り払うかの様に 一気に間合いを詰めて聖矢に切りかかった。 「わぁあああ!!」 シュッ!! 今まで感じた事の無い恐怖に錯乱した少女は、型も何も無く唯、剣を聖矢に向けて大きく振りかぶり、斬り付けようとした。 それを見た聖矢は左手を腰の位置に下げ、右の掌をアンナと向け構えを取ると アンナの踏み込みに合わせる様に一歩踏み出した。 「ぁああ!!」 空手家、柔術家などが剣道の有段者と互角に戦うには三倍の力量が必要と言われている。 俗に言う”剣道三倍段”である。 だが、それは精神状態、体調がベストな状態での事だ。 相手が恐怖に駆られ無闇に突っ込んできた場合、戦闘経験を積んだ者ならこれ程攻撃を合わせるのに 適した相手が居るだろうか? 「・・・」 バチッ!! 「ぅく!」 聖矢にとって、恐怖に駆られたアンナのフェイントも無く、動作の大きな攻撃は、容易く攻撃を合わせられた。 だが、カウンターで入ったとは言えダメージはさほどでも無かった。 しかし、その一撃は、アンナの動きを一瞬止め、視界を遮るには十分だった。 掌底を突き出した聖矢は間を置かずに直ぐさま次の行動に出る。 後方に残っている左足を蹴りだし、アンナの懐に潜り込むと 右手を戻す反動を利用し、腰の回転を十分に利かせ、アンナのコメカミへとフックの様な掌底を放った。 ズガッ!! 「かはっ!!」 今まで味わったことの無い衝撃にアンナの体が沈む。 だが、聖矢の攻撃はまだ止まらない、左足を滑らせるように後方に僅かに下げると 聖矢の体が沈み、更にその下から、アンナの顎めがけ、聖矢の掌打が振り抜かれた。 ゴッ!! 鈍い音を残し、アンナの体は僅かに宙に浮く 再び地に足が着いた時、膝、腰が砕けた様な感覚に襲われ アンナの足は言うことを聞かず、前のめりに崩れ落ちる。 「・・・」 そんなアンナを無感情な瞳で無言のまま睨みつけ、聖矢は更に追い討ちを掛けるべく両手を振り上げ様とした時だった。 「はぁあ!!」 ズバッ!! アンナの後方に控えていた、黒妖精 の少女が翼をはためかせ、聖矢に切りかかった。 それを見た聖矢は、咄嗟に地面を蹴り、後方へと逃れ様とした、が。 翼を広げ、地面から数十センチ浮いた状態で滑走する攻撃から逃れる事は出来なかった。 聖矢は、左の肩口から切り裂かれた。 ズバッ!? 『ッ!?浅いか!』 飛び散る血液・・・その血は対外に出ると同時に自分の色を忘れたかの様に金色の霧に変わり消えてゆく。 だが、それでもタイミングが良かったのか、少女の踏み込みが浅かった為か 聖矢は同を寸断される事は免れた。 ギロッ!!! 「・・・!!」 切り付けられ、大量の金色の霧が漏れ出し数歩後ずさる聖矢の瞳が、自身を切りつけた少女を捕らえる。 聖矢の凄まじい殺気を帯びた目に睨まれ、追撃を加えようとした少女の動きが止まる。 聖矢の眼光は鋭く、少女はまるで金縛りに在った様に、動く事が出来なかった。 『こ、こいつはなんだ・・・一体何なんだ!』 相手は神剣も持たず、私に切り裂かれ。 更にこちらは三人!! どう見ても勝ち目は無いのに・・・。 何なのだ、アンナをまるで踊っているかのように地に伏せた動きは・・・。 そして、この血に飢えた獣の様な殺気は・・・。 なんなんだ・・・こいつは・・・。 「オリビア!!退きなさい!!」 『!!』 後方から響いた仲間の声に我に返った黒妖精 のオリビアは後ろを見る事無く 地を蹴り上空へと跳び引く。 「我、【烈火】の主、オーランドが命ずる・・・敵を業火に包め!!」 ブゥワァアア!!! 『・・・なんだ?これは・・・』 赤い少女が何やら唱えると、聖矢の周りの空間が渦を巻き七色に輝きだす。 それは、まるでオーロラの様だった。 それと同時に少女が両刃刀を地面に突き立て、右手を突き出した。 何が起こったのか少女が腕を突き出すと、剣が地面から抜け宙に浮いた。 そして、少女の周りに浮かぶ球体が高速回転を始め、少女の周りを不規則に動き回る。 その球体が赤い光を放ちだしたかと思うと 球体の描く軌跡が何かの形を成してゆく、それはまるで御伽噺に聞く魔法の様だった。 「イグニッション!!」 少女が先程よりも強い声で高らかに叫ぶ。 すると、聖矢の周りを七色に彩っていた空間から、瞬く間に色が四散して行く。 そして、最後に残ったのは赤、血の様に輝く赤い光だった。 ゾクッ!! 『なに、か・・・やべぇ!!』 聖矢の第六感が危機を知らせるが、時既に遅かった。 赤い光は、まるで意思を持っているかの様に高速で聖矢へと集約すると爆発的に光度を増した。 そして、目も開けられぬ程の光に包まれたかと思うと光が弾け跳ぶ。 ズドォオオオン!!! 「がぁあああ!!!」 聖矢を包む光は、空気を呑み込み炎となり爆裂する。 聖矢の体は、上空高く舞上げられた。 ズガーン!!! 100mは舞い上げられただろうか? 聖矢の落下し、叩きつけられた場所から、土煙が上がる。 「ぐぅ・・・けほっ!」 「アンナ!!大丈夫か!」 聖矢が落下したと同時、位だろうか? 聖矢の攻撃を受け、意識を失っていたアンナが目を覚ます。 「・・・え、ええ。少し頭がふら付くけど・・・べっ!!」 カツン! そう言って、口から血の塊を吐き出すと硬い物が石にぶつかり音を立てる。 歯が一本折れていた。 フワッ! 「・・・」 今まで、オーランドの魔法に巻き込まれないように上空に避難していたオリビアが静かに降り立つ。 そして、無言のまま聖矢の倒れている所に一歩一歩近づいて行く。 「・・・ぅ。オリビ、ア?」 「オリビア!」 オーランドに肩を借りながら、立つアンナが無言のままのオリビアに声を掛ける。 「・・・」 オーランドに強い口調で呼ばれたオリビアは、歩みを止め、ゆっくりと振り向く。 「相当なダメージを負っているはずだけど・・・気を付けて」 オーランドの言葉にコクリと頷きオリビアは再び聖矢に向かって歩き出した。 そんな中、聖矢は閉ざされた意識の中で夢を見ていた。 それは、十年以上前の記憶、ある出来事がきっかけで強くなりたいと願った聖矢は ある古武術を習た。 聖矢が見た夢、それは修行時代の内の一つの風景だった。††††† 「聖矢。今日教えるのは敵に掴まれた時に有効な技だよ」 「はい!師匠」 背が高く、長い黒髪をした麗人が厳しい眼差しを向けながら言葉を掛ける。 少年は女性を見上げながら、女性の瞳を見て大きな声で返事をした 「一度しかやらないから良く目に焼き付けな・・・いいね?」 「は、はい!!」 「良し。聖矢、アタシを相手を投げ飛ばす時の様に掴みな」 少年の返事を聞いた女性は少年の目線までしゃがむと少年に自分の肩や襟首を掴ませた。 「いいかい?しっかり掴むんだよ。相手を逃がさないようにね」 「はい!!」 「それじゃ・・・行くよ。ひゅっっ!!」 「ぅあ!!」 「おい、おい。目を閉じちゃ駄目だろ?ちゃんと見えたのかい?」 「う、うん・・・途中までは。あ、あの!もう一度お願いします!!」 「嫌だね。一度しかやらないと言っただろ? 途中まで見たのなら、そこから自分なりに工夫して頑張りな」 「そ、そんな!お願いします!あと一回!一回で良いんで!」 「嫌って言ってるだろ!アタシは寝るから後は自分でやりな!」 「そ、そんな〜・・・」 「と、言い忘れた。サボるんじゃないよ」 「は〜い」 「返事は短く大きな声で!!」 「は、は、はい!!!」 「良し。それじゃあね」 女性は最後に少年に満面の笑顔を浮かべると家の中に入って行った。 師匠の教え方はいつもこんな感じだった。 技は一度やって見せるだけ・・・。 「自分なりに工夫し身につけたものが本当の力になる」 師匠は事ある事に言っていた。 確かに、師匠と自分とは体格も利き腕も違うから、師匠の感覚で技を教えられても それが本当に自分の技かどうかは疑わしいだろう。 だから、俺は先生の技を自分なりに工夫し、出来るようになるまで何十、何百、何千回と繰り返したんだ。 そうやって・・・身に付けていったんだ。††††† ぐい! 「こいつは危険だ・・・今、此処でマナの塵に返してやる」 「ま、待って!大公様の命令は来訪者 を連れて来る事よ」 「だが!見ただろう!!神剣を持たぬ身で貴様を地に伏せたこいつの得体の知れない攻撃を!!」 「そ、それは・・・」 「・・・」 刀を抜き放ち、聖矢の襟首を掴み微動だにしない聖矢を引き上げるオリビア。 オリビアと、妖精 達は聖矢を生かすか、殺すかの話を始めた。 『ぅ・・・』 そんな中、聖矢の意識が覚醒する。 「虫の息の今がチャンスなんだ!!」 「で、でも!!」 「っ!オリビア!!」 「え?」 目覚めた聖矢に気づいた赤妖精 のオーランドが叫ぶ。 「ふぅ〜っ!ひゅっっ!!」 ズバ!ズバッ!! 「ぎゃぁあああ!!」 どさっ!! オリビアが聖矢に気づいたと同時だった。 聖矢が掴まれた状態から何か技を繰り出したかと思うと、オリビアは両手で顔を抑え後ず去る。 オリビアから解き放たれた聖矢は、再び地面に仰向けに倒れる。 「がぁ!目、目・・・が!」 「オ、オリビア!!な、何!!何が起こったの!」 「も、もしや奴は神剣を隠し持っていたのか!」 〔っ!!〕 驚愕の出来事に混乱する二人。 そんな中ゆっくりと聖矢が身を起こす。 それを見た二人の妖精 は息を呑み オリビアを切り付けたであろう聖矢の神剣を確認しようとした。 〔・・・え?〕 二人同時に声が上がる。 それもそのはず、聖矢の手には剣どころか何も無かったのだから 聖矢がアンナを切り裂いたモノそれは聖矢の肘だった。 肘だと聞いて、そんな馬鹿なと思う人も居るかもしれない。 だが、これは実際に可能なのである。 掴まれた状態から、相手の腕に被せる様に横に振りぬき、掴んでいる腕を外し、残った方の腕で垂直に 振りぬく、それも両手をほぼ同時に高速にである。 人体の中でも一番硬いと言われる骨に筋肉が無く、皮膚によって覆われているだけの肘ならばこの芸当が可能なのだ。 実際の格闘技で肘が禁止されているのは肘が人を殺してしまう程の凶器に成り得る為である。 そして、この技こそ聖矢が師に習い創意工夫持って身につけた。 「備前四宝院流古武術・・・。近接徒手斬撃【楓 】」 『師匠・・・感謝します』 「ぅぅ、ぐぅぁぁ!!」 立ち上がった聖矢は、両手を顔の前で交差させゆっくりと腰の位置まで両の手を戻し 自分の使った技を確かめるように口にすると、心の中で技を授けてくれた師に感謝した。 そして、眼下でのた打ち回る一人の少女を睨み付ける。 「・・・どけ」 「ぐぅ!このぉおお!!」 シャン!! 聖矢の声を聞いたオリビアは立ち上がる事無く、腰の刀を抜き、聖矢に切りかかった。 片目が見えないながらも、残った左目を頼りに刀を振るう。 ズガッ!! 「ぐぉ・・・!!!」 「っ!ぬ、抜けない!!」 聖矢はその攻撃を右腕でガードした、オリビアが座したままだったのが幸いし 腰の回転を利かせていない手打ちの斬撃だった為に、威力が半減していたのだ。 だが、それでもオリビアの刃は聖矢の二の腕の半分近くまで食い込んでいた。 グイッ!! 「あっ!」 カラン・・・カラン!! 「・・・」 グイッ! 聖矢は、オリビアの刀を刃を素手で直に掴み投げ捨てるとオリビアの襟首を掴み無理やり立たせた。 「くっ!逃げろ!!」 〔っ!!〕 聖矢に掴まれ、立たされた状態でオリビアが恐怖で固まっている二人にに向かって叫ぶ。 「公国に伝えて!!早く行って!!」 「・・・逃がさ、ねぇよ」 それを聞いた聖矢はオリビアを離し、二人に攻撃の矛先を切り替え向かおうとした。 ガシッ!! 「は、な・・・せっ!」 「は、離すか!行って!早く!!」 「・・・っ!!」 バサッ!! 聖矢が纏わり憑くオリビアを振りほどこうともがく中。 アンナがオーランドを抱えハイロウを広げ上空へと飛び立つ。 「アンナ!離して!オリビアが!!」 「・・・駄目!」 「っ!!ア、アンナ・・・あなた・・・」 仲間を見捨て、自分達が助かる為に、敵から逃げ去ろうとするアンナを睨みつけようと オーランドが振り向き、息を呑む。 オーランドが振り返り見たものは唇を悔しそうに噛み締め その瞳からあふれ出しそうな涙を耐えるアンナの顔だった。 「目を潰され、足手纏いになる、から オリビアは・・・足止めを、買って、出たん、だよ。 今、戻ったら・・・オリビアの、気持ちを、無駄にしちゃ、う」 「アン、ナ・・・ごめん・・・」 アンナは喉の奥から搾り出すように、途切れ途切れながらも語りだす。 それが、本心からで無いことをオーランドは理解した。 あそこに残れば奴は殺せても、こちらも甚大な被害を受けただろう。 もしオリビアの様に目を潰されたとしたら・・・。 ダーツィには戦闘用の緑妖精 が大半で回復魔法の使えるものは極僅・・・。 しかも妖精 数も北方五カ国では一、二を争う程だ。 神剣を持たぬエトランジェに遅れを取り、戦闘に支障の出る傷を負わされたとあっては、私たちはどの道、”処刑”だ。 ダーツィにとっては傷を負い、何ヶ月も戦線を離れる可能性のある者を残しておく可能性は極めて低い。 だから、この判断は正しい・・・でも、頭では理解出来ても・・・。 「オリビア!!待ってるわよ!必ず生きて会いましょう!!必ず!!!」 「ま、てよ。て、めぇ・・・ゆ・・・とを、何処、に・・・やったん・・・だよ。ま、まて・・・よ」 遠く彼方に消えてゆく二人の妖精 を追おうと、足にしがみ付くオリビアを 引きずりながら、一歩一歩進む聖矢。 ドサッ!? だが、悲しいかな・・・。 十歩も進まぬ内に、膝に力が入らず、聖矢は片膝を地面に着けてしまった。 「ぁ、ぁ・・・ぁ。ぅぅ〜〜!!!」 ドガッ!ドガッ!!ドガッ!!! 聖矢は悔しそうに、涙を流しながら両の拳を何度も地面に叩きつける。 その度にオリビアによって斬り付けられた左腕から夥しい量の血が噴出しマナの霧になって消えてゆく 『・・・こ、こいつ・・・何をそんなに?』 聖矢の、異常なまでの必死さを感じたオリビアは、思わず聖矢を使える手の力を緩めてしまった。 「ぐぅ・・・ま、待ってろ。ゆう・・・と。直、に・・・助け、る・・・ぞ」 「・・・ぁ」 オリビアの戒めを逃れ、聖矢は再びゆっくりと起き上がる。 体を引きずりながらもゆっくりと妖精 達の飛び去った方向に歩き出す。 「待、てろ・・・悠人・・・す、ぐに・・・行く・・・から」 『こいつ・・・こんなになってまで・・・何を?』 聖矢の我が身を犠牲にしてまで、仲間を追い求める姿に何か、畏怖の様な物を感じたオリビアは思わず聖矢に声を掛けた。 「・・・ま、待て!お前の目的は・・・っ!?」 「俺の・・・邪魔を・・・するな!!」 オリビアがフラつく体を起こし、聖矢を問い詰めようと近づこうとした時だった。 信じられない事に虫の息であるはずの聖矢が一瞬で間合いを詰めてきた。 余りの素早さに驚いたのか、オリビアは動くことが出来なかった。 「舞葉拳奥義・・・第弐式【焔廻 】」 左足を一杯に広げオリビアの両足の間に一歩踏み出し、身長160前後のオリビアよりも更に低い姿勢から 腹部の前に構えられた右手を後方に下げると共に、後方に残っている右足を送り全体重を己の右手に集めオリビアの水月に叩き込み 更にインパクトの瞬間に捻じ切れるかと思える程右腕を捻った。 捻りを加える事で、衝撃は一点に集約し人体急所の一つである水月を突きぬける。 放たれた技の痣がまるで太陽の様な形を成す事から名づけられたとされる・・・。四宝院流古武術四大奥義の一つ・・・。 内部破壊、外部破壊を同時に実現する徒手空拳最強を誇る第弐式【焔廻 】。聖矢がもっとも得意とする大技である。 ズドゴォン!!! 「・・・がぼぉ!?」 ドシャ!!! 聖矢の放った技の余りの威力に意識をあっと言う間に刈り取られ 口から血を吐き出しながら崩れ去るオリビア。 「はぁっ!はぁっ!・・・はぁっ!」 どさっ! とうに限界を超えていたのだろう・・・。 大技を放ち聖矢も、地面に両膝を着いてしまった。 体は、もう立ちあがれないほどに疲れ、傷ついていた。 呼吸法で練り込んだ気も当に使い果たしてしまい、聖矢にはもう指を動かす程の力も残されてはいなかった。 ガサ・・・ガサ・・・ 『また・・・か、よ』 またもや茂みが揺れ、何者かが現れる。 「おれ・・・は、まだ・・・しねぇ・・・ん・・・だよ」 その言葉を最後に、聖矢の体が後方へと崩れてゆく。 ガシッ! 「・・・大丈夫・・・ですか?」 その時、誰かが聖矢を優しく抱きとめた。 「安心して下さい・・・直に・・・治しますから」 『なんだ?・・・なんか・・・あった・・・けぇ』 薄れ行く、意識の中、優しい女性の声が聞こえた。 そして、まるで月明かりの様に優しい光が聖矢を包んでゆく。 それと同時に、殺気だっていた聖矢の心は、その女性に抱きとめられ、次第に安らかになってゆく 聖矢は今まで感じたことの無い、安心感を得ていた。 『誰・・・だ?目が・・・霞んで・・・良く・・・見え・・・ねぇ』 ぼやける視界に、一人の女性の顔が浮かぶ、女性の後方・・・上空に輝く月が、女性を淡く照らし出し その美しさを際立たせていた。 特に・・・涙を流しながら聖矢を見つめる、二つの”赤い瞳”が印象的だった・・・。 ガサガサ!!! 「もう・・・大丈夫です。イースペリアの方々が来ます・・・ゆっくり・・・休んで下さいませ。 彼女も・・・大丈夫ですから・・・では失礼します」 そう言うと、女性は、聖矢を地面に寝かせ聖矢に背を向け、森の中へと歩き出す。 『ま・・・まって・・・くれ。誰だ?な、名前・・・は。なん・・・で・・・泣いて・・・るん、だ』 声が・・・で、ねぇ・・・。 頼む・・・待ってくれ・・・よ。アンタは・・・誰だ・・・よ。 フッ・・・。 その思考を最後に意識は闇の中へと消えて行った・・・。††††† 「はぁ!はぁ!居たわ此処よ皆!早く!!」 聖矢が意識を失ったとほぼ同時に、再び茂みを掻き分け何者かが現れる。 「大丈夫ですか!?」 茂みから現れた少女は直様、膝を着き、ピクリとも動かない聖矢へと近づき安否を確認する。 「っ!?・・・ほ・・・良かった。まだ、息があ・・・る・・・!?」 聖矢の僅かな呼吸を確認し、安堵の溜息を吐いた少女の目に信じられないものが飛び込んできた。 うつ伏せに倒れ伏した黒妖精 である。黒妖精 の姿を確認した少女は直様、周囲を確認する。 聖矢の両腕、後方、前方だが、探している物は見つからない。 そして、少女は信じられない、本当に信じられないがたった一つの真実に辿り着く 「す、素手で・・・妖精 ・・・を?」 驚愕の事実に辿り着いた少女の顔から血の気が引いてい行く、それもその筈だった。 この世界において戦うための手段とは常に武器なのだ。 しかも、この世界の人間は全ての戦いを妖精 に任せてきた。 武器を持たぬ者が、武器を持つ者。ましてや、戦闘種族である妖精 に素手で立ち向かう術を開発、発展させる事は皆無なのだ 故に徒手空拳による武術を全く知らないのだ。 余談だが皆さんも知っていると思うが日本には空手という格闘技がある。 この空手の起源を辿ると農民などの武器を持たぬ人達の中から刀を持つ武士と戦うために生まれたとされる一説がある。 「・・・さん?どうかしました?」 「えっ?・・・な、なんでもないわ!それよりも早くこの方を!?」赤妖精 の少女の肩を青妖精 の少女が手を置き声を掛ける 「はっ!?」 「この妖精 はどうしますか?」青妖精 の少女の静かながらも力強い返答に次いで黒妖精 の少女が意識を完全に失っている黒妖精 を心配そうに覗き込みながら赤妖精 に指示を仰ぐ。 「詳しい事情が知りたいので連れて行きます。ファーレン頼みます」 「はい!任せてください」 赤い少女は、テキパキと指示をだす。 どうやら、彼女がリーダー格の様だった。 そして、赤い少女は、ファーレンと呼んだ黒妖精 の少女に 指示を出し終えると、聖矢を抱えもう一人の青妖精 の少女に指示を出す。 「セリア!早く彼をイースペリアへ!館にアルフィアが待っています。早く!?」 「はっ!?」 バサッバサッ!? セリアと呼ばれた青妖精 の少女は聖矢を抱きかかえると夜空を疾風の様に飛んで行った。 「良し!ファーレンお願いします」 「はい!?しっかり捕まって下さい!」 バサッバサッ!! そして、敵であるだろう黒妖精 の少女を胸に抱え、ファーレーンも翼を広げ飛び上がった ファーレンは足を赤い少女が掴んだのを確認すると、先に北西の方角に飛んで行ったセリアを追い飛んで行った。