第一章
ラキオス・サーギオス
ラキオス城内
「よくぞ、あの魔龍を打ち倒した」
ラキオス王はそんなことを言ってきた。
「こんな事ならもっと早くからスピリットたちをぶつけておくべきであった」
戦った者達の苦労も考えずにそんなことを言う。
神剣の強制力さえなければ、今この場であの馬鹿王の首をはねてしまいそうだった。
何か言ってやりたかった。
だけど、何も言わずにひたすら耐える。
「エトランジュよ、儂は今回のそなたの働きを高く評価しよう。そなたを本日よりスピリット隊隊長に任命しよう。我が王族の先兵として従う限り、ある程度の自由を認めよう。あの館とスピリットたちも好きにするがよい」
その言葉に頭が沸騰しそうになる。
しかし、それでも怒りを抑えて一言だけ返す。
「はっ」
「ではさがるがよい」
その言葉に対しても一言だけ返す。
「はっ」
そしてその場を後にした。
ラキオス・スピリットの館
「くそっ、何が“よくぞ、あの魔龍を打ち倒した”だ」
館にもどると、悠人は一人呟いた。
この国は腐っている。
自分たちは何もしないで得た勝利がそんなに嬉しいか。
自分たちの手を汚さないで得た勝利がそんなに嬉しいか。
自分たちは安全な所にいて得た勝利がそんなに嬉しいか。
スピリットたちだけに任せた勝利がそんなに嬉しいか。
「くそっ、なにが“スピリットたちを好きにするがよい”だ」
悠人はもう一度、今度は少し大きく呟き、壁に拳を打ち付けた。
壁を壊さないように手加減したがそれでも館が大きく揺れた。
それに驚いてエスペリアがやってきた。
「ユート様、何を」
「いや、何でもないよ」
エスペリアは何か言おうとしたが、それ以上は何も言ってこなかった。
「俺は風呂に入ってくるから」
「はい、どうぞごゆっくり」
スピリットの館 大浴場
「ふぅ、生き返るなぁー」
悠人は広い浴場に手足をいっぱいに伸ばしてつかった。
怒りはまだ収まらなかったが、怒っていても仕方がないので今後のことを考えることにした。
「俺が隊長と言っても何しろって言うんだろうか、あの馬鹿は」
隊長になったと言っても悠人はほんの一ヶ月ほど前にこの世界に来たばかりで、まだこの世界の状勢を知っているとは言い難い。
「まあ、エスペリアに手伝ってもらって何とかするか」
そう呟いて思考をやめ、ゆっくり風呂につかることにした。
そしてそのまましばらくつかっていると誰かの背中が悠人の背中に当たった。
しかし、ぼーっとしていたため、悠人は気づかずに風呂につかり続けた。
数分後。
「さてと、そろそろあがるか」
「ん・・・そうか・・・もうあがるのか」
「ああ、これ以上入っているとのぼせそうだしな」
「そうか」
「じゃあ、アセリアはゆっくり・・・アセリア!!」
気が付くと蒼髪の美少女、アセリアと背中合わせに座っていた。
「ユート・・・どうかしたか?」
「何でアセリアが入ってんだ!」
「違う・・・ユートが気づかなかっただけ」
「・・・アセリア、俺が風呂に入っているときに入ったらだめだろ」
悠人だって男であるからこの状況はそれなりに嬉しかったりするが、だからといってこのままにしておくわけにもいかない。
しかし、アセリアはその言葉を聞くと悠人をまっすぐ見つめながら言った。
「ユートは・・・私が風呂にはいるのがいやか?」
「えっ、いや、そう言うわけじゃないけど」
悠人は慌てて何か言おうとしたが、その前にさらなる試練がやってきた。
「パパー、オルファも一緒に入る」
そう言って浴場に飛び込んできたのは赤い髪の幼い美少女、オルファだった。
「こら、オルファ、ユート様が入っているのに入ってはいけません。アセリア、あなたもです。ユート様すいませ・・・!!」
さらにそれを止めようとエスペリアが入ってきた。
その時、悠人はオルファが飛び込んできたのに驚いて、立ち上がっていたので下半身が丸見えだった。
エスペリアはもろに悠人を正面から見てしまったため、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「エスペリアお姉ちゃんどうしたの?顔真っ赤だよ」
「エスペリア・・・顔真っ赤」
二人はエスペリアを見つめながら顔のことを指摘してくる。
「な、何でもありません。あなたたち、早くあがりなさい」
エスペリアは慌てながらも二人に風呂から上がるように促した。
しかし、アセリアは首を振りながら、先ほどまで悠人がいた場所を見つめながら言った。
「ユート・・・もういない」
アセリアの言うとおり悠人の姿は浴場から消えていた。
「えっ、いつのまに」
「エー、パパあがっちゃったの」
悠人はアセリアとオルファの気がエスペリアに向いた瞬間、驚くべき速度で浴場から逃げ出していた。
「私も・・・走り出す瞬間しか見えなかった」
へたれの逃げる速度はアセリアの動体視力でも見えないぐらい速かった。
へたれ、恐るべし。
ラキオス近隣の森
森の中で金属同士のぶつかり合う音が響く。
その音の発信源は二人の青年だった。
二人とも同じ服装をしていて、片や双剣を、片や大鎌を持っていた。
そして二人は数合打ち合い、お互いの武器を打ち付けた反動で離れると武器を納めた。
二人の青年、それは透と龍一だった。
二人はこの一ヶ月ほどをほとんど森で過ごした。
理由は単純明快、目的を決めるためと修行のためである。
最初のうちは食料調達や調理方法に苦労していたが、もともとサバイバル知識もあり、順応も速い二人であったので森の中でもほとんど問題なく過ごしていた。
「龍一、水汲んできて」
「・・・・・・・・・」
透の言葉に龍一は無言で頷き、水を汲みに行った。
「さてと、今日は何を作るかな」
透は一人呟きながら、何もない空間からお玉、鍋、包丁、まな板、その他の食器を作り出す。
「うん、マナとオーラフォトンのコントロールは完璧だな」
そう呟くと、先ほど手ぶらで水くみに行ったばかりの龍一が両手に馬鹿でかい桶(水入り)を担いで帰ってきた。
透と龍一はこの一ヶ月でほとんどマナとオーラフォトンのコントロールを覚えて、今ではオーラフォトンで調理道具や食器、その他諸々を作り出せるようになっていた。
透は龍一が汲んできた水を神剣魔法で浄化すると鍋に入れた。
そして、神剣魔法で火を付け、沸騰させると山菜や肉などを適当に放り込み、スパイス(この世界の物)を適当に入れた。
そのまましばらく煮込むとアクを取ってから味見をした。
「ま、こんなもんだろ」
かなり適当にやったがそれなりにうまい物が出来た。
『トール、君とリュウイチって本当にすごいね』
いきなり【型無】が話しかけてきた。
「ん、なにが?」
透は首をかしげた。
『なにがって、例を挙げるとするなら神剣の扱いの上達速度とか、オリジナル神剣魔法の開発とか、森で一ヶ月過ごしたこととか、料理のこととか・・・挙げればきりがないよ』
【型無】は本当にすごいと思っていた。
透と龍一はマナ、オーラフォトン、神剣魔法、神剣の能力などなどほとんど完璧に扱えるようになっていた。
神剣魔法にいたってはそれぞれの神剣の知っている魔法を全て覚え、オリジナル神剣魔法をすでにいくつか開発していたりする。
しかし、透は首を横に振りながら言った。
「料理と戦闘技術はもとからあったし、神剣に関してはひたすら修行に打ち込んだんだからあれくらい強くなって当然だし、魔法はこつを掴めば簡単だし、森で過ごす事なんて昔遭難したときに比べれば楽なもんだ」
『遭難ていったい・・・でも、この間ミネアに行った後、わざわざ東の洞窟に行ってドラゴンを二人で倒すなんて事やってたじゃん。普通は各国のトップクラスのスピリットが十人ぐらいでかかってぎりぎりで倒せるぐらい強いんだからね、ドラゴンは』
「でもあのときはデスサイズ状態で戦って、さらに龍一の援護があってぎりぎりだったぞ。だいたいお前達はスピリットの神剣より格上だろ」
【型無】はデスサイズ状態のとき四位の中でも最高クラスの力を発揮できて、それが透が使える中で一番強い形態、つまり全力である。
透と龍一は全力で戦ったにもかかわらずドラゴンにはかなりの苦戦を強いられた。
しかし、透の言葉に対して【型無】はあきれながら言った。
『アホですか君は。エトランジュとスピリットの使う神剣は力は結構差があるけど普通は一ヶ月やそこらで使いこなせる代物じゃないんだよ。しかもあれ使わなかったじゃないか』
スピリットたちでさえまともに神剣を使えるようになるまで少なくとも五年以上かかるのに、透と龍一はわずか一ヶ月でスピリット達を追い越してしまっていた。
ちなみにあれとは、透と龍一の二人が開発した奥の手の神剣魔法のことだ。
しかしそんな事実を突きつけられても透は平然と、むしろ冷たく返した。
「スピリットには一生懸命特訓して国に尽くす理由がないだけだろ・・・さてと、おーい龍一、飯にするぞ」
そう言って話を切ると透は昼食を食べ始めた。
数十分後
「さてと、神剣の使い方もほとんど覚えたからそろそろ行動しようと思うんだけど」
食事の後かたづけが終わるなり透は龍一とお互いの神剣に言いはなった。
『どうするの?』
『どうすることにしたのだ?』
『どうするんですか?』
「・・・・・・・・・」
神剣たちの三者(三本?)三様の返事が脳裏に響き、龍一は無言で透を見つめた。
「目的はこの世界のこのくだらない戦争を終わらせることだ」
『それってどういう事?』
【型無】が訪ねてきた。
「そのまんまの意味さ。この世界の戦争をどんな形であれ早く終わらせる。それ以上の意味なんて無い」
「・・・だが何故」
今度は今まで無言だった龍一が訪ねてきた。
ちなみにこの何故は“何故そんなことをしようと思った”と言う意味だ。
「いや、理由は特にない。ただ他にやることがないだけだ」
他にやることがない、それは本当のことだった。
だが透が動く理由はそれだけではなかった。
この世界の人間の考えが気に食わなかった。。
それが透が見た、この世界の住人に対する思いだった。
スピリットに戦わせて、戦いに参加しようとしない人間。
透は別に戦いたくないやつは戦わなくても良いと思っていた。
戦うか、逃げるか、何もしないか選ぶのは個人の自由だ。
しかし、何もしない奴が戦った奴の勝利を奪うのは気に食わなかった。
だから試してみたくなった。
戦争が終わった後、人がスピリットをどう扱うのかを。
戦争が終わった後、スピリットが人をどうするのかを。
龍一は特にそれ以上何も言わなかった。
「ま、そう言うわけでまずはどの国に付くか決めようと思う」
戦争を終わらせるためには二人では役者が足りない。
戦争を終えた後の支配者となる人物が必要だし、戦うとなると物資の補給を安定させなければならない。
そのために一番手っ取り早い方法はどこかの国に付くことだ。
「龍一はどこがいい?」
その問いを待っていたかのように龍一は口を開いた。
「・・・俺は・・・・・・・・に付く」
龍一は一つの国名を言った。
龍退治から一週間たったその日、悠人たちラキオスのスピリット隊は、透たちのいる森に来ていた。
何故そんなとこに来ているかというと、昨夜に新たなエトランジュ、つまり透たちがこの森にいるとの情報が入り、早々に連れてくるように命令されたからだ。
いきなりの命令でかなりとまどったが、さいわい新たなスピリットが加えられたので人手は足りていた。
そして悠人たちは今、二手に分かれて森の中を捜索していた。
編成は悠人、アセリア、へリオンとエスペリア、オルファ、ネリーのグループに分かれて、そして残りのハリオン、ヒミカ、シアーはラキオスへ残してきた。
そして現在、朝から捜索を開始したがまったく見つからないという状況に陥った。
「・・・全く神剣の気配なんて全くしないぞ。アセリア、ヘリオン、何か感じるか?」
昼にいったんエスペリアたちと集合してから、また捜索を開始したが全く神剣の気配を感じなかった。
「す、すいません、お力になれなくて」
ツインテールの髪型をした少女、ヘリオンが慌てたように返答してくる。
ヘリオンは現在のスピリット隊の中で最弱の存在だった。
何故そんな彼女が任務に参加しているかというと、スピードだけはアセリアの次に速かったからだ。
何かあった際に連絡係として役に立つので連れてきていた。
「別に謝る必要はないよ。もっと気楽にやっていいから。それで、アセリア、どうだ?」
緊張して慌てているヘリオンを落ち着けながら悠人はアセリアに訪ねた。
「何かいる・・・でも場所がわからない」
森に入ってからアセリアはずっとこの返答を繰り返してきた。
神剣の気配らしき物は感じるが、それが非常に曖昧でどこが気配の発生源なのか特定できなかった。
この気配はアセリアだけでなく、オルファとエスペリアも感じていたらしい。
そんな感じでエトランジュの影も形も見ぬまま日が暮れた。
「仕方ない、今日の所はこれぐらいにして野営の準備をしよう」
一日中森を歩き回ったのでさすがに全員疲れていた。
なので、このままここで一晩明かしてまた明日捜索するつもりだった。
しかし、その必要はヘリオンのおかげでなくなった。
ことは皆が集まってそれぞれの役割を決めようとしていたときに起きた。
「あれ・・・・・いいにおいがします」
突然ヘリオンがそんなことを言ってきた。
ヘリオンの言葉に他の全員が、しばらく不思議そうな顔をした後に、あたりのにおいをかいでみる。
するとどこからかおいしそうなにおいが漂ってきた。
「こんなところでなぜ・・・まさか」
エスペリアが何かに気づいたように悠人を見た。
悠人も気づいたらしく頷きながら言った。
「ああ、たぶんこのにおいの元にエトランジュがいるはずだ」
その言葉を聞いて残りの全員も気づいたらしく、においの元の捜索が始まった。
数分後
においの元はすぐに見つかった。
そこには一人の男が座っており、男の腰には神剣と思われる双剣がさしてあった。
悠人たちはしばらく物陰に隠れて男の様子を見ることにした。
男は案の定、料理を作っているらしい。
男は料理を作り終わると味見をした後、どこからか用意した七人分の皿に料理を盛った。
そして男は突然、悠人たちが隠れている場所をまっすぐに見つめて言った。
「・・・隠れてないで出てこい」
その言葉に悠人たちは驚いた。
男は全く気づいている素振りを見せなかったからだ。
“何故”と思っていると男がその疑問に答えてくれた。
「・・・神剣の気配も人の気配も全く消せていないからばればれだ。だいたいそんな飢えた視線にさらされれば誰だって気づく」
考えてみれば神剣の気配を隠すことは出来ないのだからばれて当たり前だった。
しかし、悠人はばれた理由のもう一つ“飢えた視線”というのがなんなのか気になった。
しかし、これもすぐに何のことか判明した。
まるでタイミングを合わせたかのように全員のお腹がなった。
「あうぅ、パパー、おなかすいたぁ」(オルファ)
「ユート様ぁ、わたしもぉ」(ネリー)
「こ、これはその・・・」(エスペリア)
「ユート」(アセリア)
「あ、あの、これは」(ヘリオン)
悠人は脱力し、あきらめて男の前に姿を見せた。
「・・・高嶺悠人か」
男は悠人を見るなりそう呟いた。
「何で俺の名を・・・あ」
悠人は目の前の男が誰なのか気が付いた。
目の前の男、それはもとの世界で同じクラスだった草薙龍一だった。
「草薙・・・お前だったのか、新たなエトランジュというのは」
その悠人の確認に龍一が答えようとしたとき、再び腹の虫の合唱が響いた。
「・・・とりあえずそこの料理の六つはお前らの分だから食っていいぞ」
「え、あ、す、すまない」
悠人は本当にすまなそうにしながら皆を呼んで料理を食べた。
ちなみに献立はカレー(もどき)とパン(もどき)だった。
三十分後
龍一が作ったカレー(もどき)とパン(もどき)はそのほとんどがスピリットと悠人の腹に収まった。
龍一の作った物はスピリット達にとっては初めての物であり、悠人にとっては懐かしい物だったので皆が遠慮を忘れて食べ尽くしてしまった。
「草薙、急なことで悪いんだが俺たちと一緒にラキオスに来てほしい」
その言葉に龍一は質問で返した。
「・・・何故お前がラキオスの愚王に従っている」
実を言うと龍一はラキオスのことは結構調べていた。
今の王は欲だけ人一倍ある小物であること。
その娘、レスティーナは父である王より、人からもスピリットからも人望があること。
悠人がラキオスのスピリット隊にいること。
しかし、一つ疑問に思ったことは、何故悠人がラキオスの王に従っているかだった。
「佳織が・・・人質に取られた」
龍一はそのことに対して何も言わずに、次の質問をぶつけた。
「・・・お前はスピリットをどう思っている」
龍一の質問の意図がわからなかったが悠人はとりあえず答えることにした。
「彼女たちは俺の仲間だ」
「・・・スピリットは戦争の道具だというのを聞かなかったか」
「俺はそんな風に彼女たちを見ることが出来ない。彼女たちにだって心や感情を持っている」
「・・・だがお前が今やっていることはこの世界の人間達と何が違う」
「そ、それは」
この質問に悠人は答えられなかった。
なんだかんだ言いながらスピリットたちを戦わせて、スピリットたちを殺していることに変わりはなかった。
そのことを悠人は理解していた。
結局は自分もこの世界の人間と同じだと心のどこかで思っていた。
しかし、ラキオスのスピリットたちはそれを否定した。
「そんなことはありません。ユート様はいつも私たちのことを大事に思ってくれています」
「ユ、ユート様はいい人です」
「ユート様はいい人だよ。ネリーやオルファに優しくしてくれるもん」
「そうだよ、パパはいい人だよ」
「ん」
「みんな・・・ありがとう」
悠人は皆の心遣いが嬉しかった。
龍一はさらに質問を続けた。
「・・・高嶺、お前はスピリットの待遇を変えることが出来たらどうする」
「え、そりゃ変えれるものなら変えてやりたいよ」
それを聞くと龍一は立ち上がりながら言った。
「・・・全員立て、そして俺と戦え、ラキオスに付くかどうかはそれで決める」
その言葉に悠人たちは驚いた。
悠人たちは六人であるのに対して相手は一人である。
悠人とヘリオンは戦力としては多少不安があるが、それを抜いても四人である。
たとえ相手がエトランジュであっても負けるはずがなかった。
「・・・どうした、遠慮はするな、全員でかかってこい」
「いや、でも」
そう言われてもなお悠人はとまどっていた。
“本当にそんな条件でいいのか”と。
しかし、それは龍一をなめていたと言うことにすぐわかった。
なかなかかかってこない悠人たちのとまどいを見て取った龍一が急に視界から消えた。
「・・・遅い」
見回す暇さえなかった。
気が付くと龍一は悠人の背後から首に包丁を突きつけていた。
そのことにスピリット隊全員が驚愕した。
「あ、アセリア、今の動き見えたか」
悠人に訪ねられてアセリアは無言で首を横に振る。
「・・・影しか・・・見えなかった」
龍一は悠人の首から包丁を放してゆっくりと元に位置まで歩いていった。
よく見るとその両手には神剣ではなく、料理に使っていた包丁とお玉が握られていた。
「・・・これで十分だ」
龍一はそう言って包丁とお玉を一回ずつ振った。
次の瞬間、信じられないことに、包丁の振った先にあった数本の木が綺麗に切り倒され、お玉の先にあった数本の木が爆砕した。
「まさか、あれが神剣か?」
「いえ、おそらくただの包丁とお玉をマナで強化した物だと思います」
いくらマナで強化したといってもその威力が信じられなかった。
悠人は正直勝てる気がしなかった。
しかし退くわけにもいかなかった。
「みんな、戦闘準備だ。オルファとヘリオンは神剣魔法で援護、エスペリアはみんなの回復と防御を、ネリーは撹乱、アセリアは俺の神剣魔法で強化の後に斬りかかれ」
「はい」
「は、はい、わ、わかりました」
「オルファにおまかせだよ」
「は〜い」
「ん」
スピリット隊全員に指示を出し返事を確認する前に悠人はすでに神剣魔法を唱えていた。
「マナよ、我が求めに応じよ。オーラとなりて、刃の力となれ。インスパイアッ!!」
悠人の神剣魔法が完成すると同時にアセリアは斬りかかっていった。
「【存在】よ。わたしに力を・・・はぁぁぁぁっ!!」
「・・・あまい」
龍一はアセリアの斬撃を左手に持ったお玉で軽く流して、右手に持った包丁の柄でアセリアの腹を打って吹き飛ばした。
そこにすかさずオルファとヘリオンが神剣魔法を放った。
「マナよ、神剣の主として命ずる。その姿を火球に変え敵を包み込め。ファイアボールッ!」
「マナよ、神剣の主が命ずる。黒き闇となりて敵に恐怖を刻め。テラー!」
正面からオルファのファイーボールが、下からヘリオンのテラーが龍一を襲う。
しかし、龍一はそれを上に跳んで回避した。
そこに悠人が神剣魔法を放つ。
「空中じゃ避けることは出来ないだろ。マナよ、我が求めに応じよ。一条の光となりて、彼の者どもを貫け!オーラフォトンビームッッ!!!」」
悠人の神剣魔法が龍一に迫る。
しかし、龍一は落ち着いて対応した。
「・・・障壁はこんな使い方もある」
そう言って龍一は何もない空間を蹴った。
するとそこに壁でもあるかのように移動した。
「なにっ」
悠人の放った神剣魔法は何もない空間を通過していった。
「・・・はずれた魔法をいつまでも目で追わず、敵を追え。呆けている間に誰かがやられるぞ」
龍一の声が背後の方から聞こえた。
そこには確かエスペリアがいたはずだ。
「・・・まず一人」
そう言って龍一のお玉がエスペリアに向かって振り下ろされた。
「こ、この程度で・・・きゃぁぁぁぁっ!!」
エスペリアは何とか障壁を張ったが、それをあっさり突き破られてエスペリアは吹き飛ばされてしまった。
「エスペリアッ」
「・・・安心しろ、気絶させただけだ。それよりもまずは敵を倒すことに専念しろ、そうしないと被害は増える一方だ」
そう言って龍一はお玉を上に、包丁を後ろにかざした。
金属同士の激突音。
「な、なんでぇ」
「くっ」
いつの間にか後ろに回ったネリーと上に跳んでいたアセリアが攻撃を仕掛けていた。
しかし、その二人がかりの不意打ちですら龍一はあっさりと受け止めた。
「・・・不意打ちをするならせめて神剣の気配ぐらい消せ。場所がバレバレだ」
そして龍一は二人の手から神剣をはじき飛ばし、神剣の加護を失った二人の腹を殴った。
二人は声もなく気絶した。
「・・・これで三人。そして」
龍一はいったん言葉を切ると両手に持った包丁とお玉を詠唱中のヘリオンとオルファに向かって振った。
お玉と包丁から発生した衝撃がオルファとヘリオンを襲った。
「え、きゃあぁぁぁっ」
「え、あぁぁぁっ」
詠唱中だった二人は龍一の攻撃を全く防御できずにもろに食らい、そのまま気絶した。
「・・・これで五人。高嶺悠人、後はお前だけだ」
そう言って龍一は悠人の方にお玉を突きつけた。
はたから見たらかなりまぬけに見えるが、突きつけられた本人は笑う気になれなかった。
しかし、それでも退くわけにはいかなかった。
「気張れよ、バカ剣!マナをオーラの力に変えて・・・でやぁぁぁぁっ!!」
悠人はもてる全ての力を注ぎ込んで龍一に斬りかかった。
しかし、結果はかなり無惨な物だった。
悠人の【求め】が龍一に迫る。
悠人が大量のマナを込めた一撃だ。
まともに食らえばただではすまない。
ただではすまないはずだった。
龍一は動く気配を見せない。
悠人の攻撃が初めて龍一に当たった。
「・・・この程度か」
龍一はため息混じりに呟き、悠人を吹き飛ばした。
悠人の攻撃は確かに龍一に命中した。
しかし、龍一は悠人の全力の攻撃を障壁だけで受け止めてしまった。
悠人が倒れるのを確認すると龍一は両手に持ったお玉と包丁を消した。
悠人たちは知らなかったが、龍一の所持品のほとんどはオーラフォトンで具現化した物だった。
「くそっ・・・負けるわけには」
いつの間にか目的が変わっていることに悠人は気が付いていなかった。
ただ目の前の敵を倒す、それだけを考えていた。
そして龍一が背を向けた瞬間、密かに展開していた神剣魔法を放った。
「うぉぉぉっ、オーラフォトンビーーーム、くらえぇぇぇぇぇっ」
しかし、それを予期していたかのように龍一は振り向いた。
正直、悠人はかわされると思っていた。
「・・・神剣魔法はマナを集中するから近距離からの不意打ちには向かない。だから避け・・・ちっ」
龍一は確かにかわそうとしていた。
しかし龍一は何かに気づきその攻撃をかわさず、障壁を張って防ぐことを選んだ。
悠人の神剣魔法が龍一に命中した。
「や、やったか?・・・がっ」
気が付くと悠人の視界に空が広がり、体が浮遊感に包まれていた。
体が地面に落ちて口の中に血の味が広がったときに、悠人はようやく自分が殴り飛ばされたことに気が付いた。
「・・・今、俺は怒っている。理由はわかるか、高嶺悠人」
悠人が倒れている所まで龍一がやってきて言った。
悠人の全力の攻撃を食らったにもかかわらず、龍一には服が少し破れた程度の効果しかなかった。
しかし、なぜだか知らないが龍一は怒っているらしい。
何が龍一を怒らせたのか考えてみた。
しかし、全くわからなかった。
「・・・貴様がいた場所と俺の立っていた場所を見ろ」
言われてそちらの方に顔を向けてみる。
自分が先ほどまでいた位置と龍一のいた位置を見る。
しばらくその意味がわからなかった。
しかし数秒後には自分がどれだけ愚かなことをしたのかを悟った。
「・・・貴様の攻撃を俺がかわしていたら彼女は死んでいただろう」
悠人の立っていた場所、龍一の立っていた場所、その点を結んだ先には気絶したヘリオンが倒れていた。
龍一の言ったとおりもし彼が悠人の攻撃をかわしていればヘリオンはマナの霧へと還っていただろう。
「おれは・・・おれは」
「・・・指揮官なら常に部下の、仲間の状況を把握しろ。彼女たちが生き残れるかどうかは貴様次第だと言うことを自覚しろ。感情的になっていいのは感情だけだ、思考と行動は常に冷静にしろ。目的を忘れるなど論外だ」
悠人はそう言われて目的が“エトランジュの捕獲”であることを思い出した。
「ははっ、俺は指揮官失格だな」
悠人は自虐的に呟いた。
「・・・そう思うなら立派な指揮官になれるように努力しろ。俺も力を貸してやる」
「そうだな、もっと努力して立派な指揮官に・・・えっ・・・力を・・貸してくれるのか!?」
「・・・そう言っているだろう」
悠人は驚いた。
かなり一方的にやられたのだから力は貸してもらえないと思っていた。
「・・・実を言うとラキオスに付くことは最初から決めていた」
「えっ」
「・・・エトランジュがいるという情報を流したのも俺だ」
「じゃあ・・・なんで」
「・・・お前の本音と実力を知りたかった。訓練ではなく実戦で。ちなみに今日一日中ずっと俺はお前らをつけていた」
龍一は悠人たちが来てからその跡をずっとつけていた。
そして夕食の時に見つかったのは偶然ではなく実は確信犯であった。
「えっ・・・でも神剣の気配は」
「・・・神剣の気配は力を押さえてマナを拡散させないようにしておけば消すことが可能だ。ちなみ俺は少し気配を曖昧にしておいただけだ。神剣の使い方を熟知していればすぐに見つけられたはずだ」
龍一はそう言ったが、しかし実際は誰も気が付かなかった。
「・・・オルファリル=レッドスピリットとアセリア=ブルースピリットは気付きかけていたがそれも他に比べればと言うぐらいだ。だが、お前ら全員神剣のこと知らなさすぎだ。俺はお前とほぼ同時期にこの世界にやってきて、神剣を使い始めてから一ヶ月ぐらいしかたっていないってのに・・・ラキオスに行ったら全員特訓だ」
そう言った龍一の顔はどことなく鬼教官を思わせた。
「お、お手柔らかに」
こうしてラキオスに新たなエトランジュが追加された。
トーンシレタの森
森の中、ゼィギオスからさほど離れていないところに透はいた。
龍一と悠人が出会った三日後に透はこの森に到着した。
帝国領に入ったのはその一日前で、帝国領に入るなり自分の情報を流した。
「三日前に情報流したのに全く誰も来ないぞ」
『だいたい二日で来るって言ったじゃないか。遅くとも明日の夜までには来るよ』
「でもなぁ、困ったことに龍一がいないから暇なんだよ」
透は今とても暇だった。
龍一がいないので手合わせも出来ず、新たな神剣魔法の案も浮かばず、とりあえず基礎練習だけをするという日々を過ごしていた。
『暇なら手に入れた本でも読んでおけばいいじゃないか』
【型無】が言ったのは透のそばに散らかっている三冊の本のことだ。
この森に来るまでにこの世界の文字を覚えるために手に入れた子供向けの本だ。
内容は三冊とも、四人の勇者の話である。
ただし、手に入れたのはラキオス、マロリガン、サーギオスからそれぞれ一冊ずつである。
透は適当に一冊拾い上げ適当にページをめくり、またその辺に投げ捨てた。
「この四神剣のエトランジュをモチーフにした物語は大しておもしろくなかった。まったく、子供向けに話を改変した跡がありすぎだっつの。こんな事なら歴史書を手に入れるべきだった」
透が手に入れた本は過去の事実をもとにして物語にした物である。
したがって各国ごとにその内容は異なり、特に先に示した三つの国では過去の四神剣のエトランジュが主人公となっているため、まったく内容が別物になっている。
「特にラキオスのやつの最後、何だよこりゃ?」
ラキオスの物語の最後は【求め】の主がどこかに消えて終わっている。
「恐くなったので殺しました、って書いてあるようなもんじゃないか」
“旅に出た”でもなく“もとの世界へ帰った”“戦死した”でもなく“消えた”と書かれている。
それはつまり事実として残せるような内容ではないということ。
「しっかしやっぱこれはむかつくな」
透は再び近くにあった本を拾い上げあるページを開いた。
そこにはこの世界の言葉でこう書かれていた。
エトランジュたちはスピリットたちを有効に使い戦った。
“使う”それはスピリットは人ではなく戦争の道具であるということ。
そのほかにも“汚れしスピリット”“血塗られしスピリット”などスピリットを蔑んだ言葉を多数見かけた。
透はやはりその本も放り投げると、軽く腕のストレッチをしながら立ち上がった。
「たく、スピリットがいなきゃ戦争も出来ない臆病者たちが偉そうにふんぞり返ってじゃねえよ・・・なあ、お前らもそう思うわねえか?」
透はそう言いながらガントレットの状態にした【型無】を横薙ぎに振るった。
透の腕から衝撃波が発生して、振るった先にあった木が一本だけ薙ぎ倒された。
「気づいておられたか、エトランジュ殿よ」
「我らに気づくとはなかなかやりますね」
「でもでも、クリスやフィオナ、ウルカ様の方が強いもん」
倒れた木の後ろとその周りの茂みから三人のスピリットが現れた。
隊長格と思われる一人はブラックスピリット、優しそうな顔をした一人はグリーンスピリット、幼い感じの一人はブルースピリットである。
「一応用件を聞いておこう、帝国のスピリットたち」
透は特に臆する様子も無く、スピリットたちに向かってそう言い放った。
「用件はただ一つ、手前たちと一緒にサーギオスまで来てもらおう」
「嫌だというのならこの【大地】のフィオナが力ずくでも連れて行きます」
「クリスたちは強いからおとなしく言うこと聞いた方が身のためだよ」
透は予想通りの要求に苦笑しながら戦闘態勢に入った。
「俺って強制と命令って嫌いなんだ・・・というわけで三人同時でかまわないからかかってこい」
「よいのか?・・・我らはどうしても連れてこれないなら殺してもいいと言われている」
「手加減は一切しませんよ」
「もう、ウルカ様もフィオナも律儀なんだから・・・こんな奴とっとと無理矢理連れて行けばいいじゃん」
透は三人の言葉にまたも苦笑しながら言った。
「かまわないよ、どうせ勝つのは俺だから」
「ならば」
そう言って隊長格のブラックスピリット、ウルカは戦闘態勢に入った。
それに続いてのこりの二人、クリスとフィオナも戦闘態勢に入った。
「貴殿の名はなんと言う」
「ん?俺の名前・・・透、【型無】の透だ」
「そうか・・・では、漆黒の翼【拘束】のウルカ参る」
こうして透の戦いが始まった。
続く
追加設定
【大地】のフィオナ=グリーンスピリット
帝国の遊撃部隊の隊員。帝国のスピリットたちの中でも年長の方に入り、みんなのお姉さん的存在。神剣の名前の通り、地属性の攻撃を得意としている。
攻撃・防御・支援のどれでもこなせる反面、絶対的なものはない。
【清廉】のクリス=ブルースピリット
帝国の遊撃部隊の隊員。帝国のスピリットたちの中では年少の方に入るが、その腕前は荒削りながらも年長の者達にも引けを取らないぐらいの強さを秘めている。神剣魔法と防御はあまり得意ではないが攻撃の威力だけなら部隊の中でも上位に入る。バニッシュスキルは一応使えるがあまり期待は出来ない。