第十話 合流
カナギとフィーリアはイースペリアを後にして歩いていた。
「カナギ様・・・これからどうしましょうか」
「ん〜・・・」
別に考えがあったわけではない。
今はイースペリアから遠ざかることだけを考えるしかなかった。
捕まらないところまで逃げ延びてから考えはじめようと、思っていたのである。
「とりあえず山のある程度のところまでいったら考えることにしようか」
「はい」
フィーリアは今はカナギを信じるしかなかった。
そしてしばらく山を歩き、中腹まできたところで二人は休憩をすることにした。
「とりあえず状況を整理してみようか」
「はい」
「イースペリアは多分ラキオスに制圧されたと考えたほうがいい。サルドバルトがこの破壊を行ったと国民は思っているだろう。
だったらラキオスのほうに入るほうがマシって思うだろうからね」
「その考えは当たっていると思います。そして次のラキオスの標的はサルドバルトですね」
「なら行くところは決まったようなものだね」
「えっ・・・?」
「ラキオスやサルドバルトとも関係がなく、ここからそう遠すぎない場所は二つ。北のソーン・リームか南のマロリガンだ。
だけどラキオスからソーン・リームに通じる開けた道はない。ならマロリガンを必ず経由する。
そこで問題、スピリットとエトランジェを高く売り込めるのはどちらだと思う?」
「あっ・・・」
カナギは自分がエトランジェであることと、フィーリアがスピリットであることを利用しようとしていた。
傭兵という形で国に協力する形を取れば、戦争参加はしなければいけないもののある程度は自由ができる。
そのためには戦争が近づいている国のほうが都合がいい。
「マロリガン・・・ですね」
「そう、多分だけど国力を考えればラキオスは東のサーギオスに遠征することはない。
それは何故かというと北を全て制圧したとしてもサーギオスはマナが満ち溢れている地らしい。
マナの量が国力を意味するのなら対抗できるだけの国力を手に入れる必要がある。
ちなみにマロリガンは領土こそは広いけどマナがそれほど満ち溢れた地ではないってこと」
ラキオスとしてはサーギオスを倒すためには力が必要であるため、各国を制圧していかなければいけない。
そのためにはマロリガンを次の標的に選び、その国力を手にしてこそ対抗する道が開けるのだ。
本を読んだだけでそこまで知ることができたカナギは、洞察力にも優れている証拠である。
「じゃあ行くとしようか」
「はい」
しばらく二人は山を移動しつつ、マロリガンを目指すことにした。
だが少し歩いたところで何かの声が聞こえる。
二人は警戒しつつその声の方向に行く。
その声の姿を確認した時、二人は驚きと共に声をあげた。
「ルリニア・・・」
「ルリニアさん!」
「よ・・・よかった。予想があたっていたみたいね・・・」
ルリニアの体に怪我はないようだが、自分で治療したためらしく体を引きずりながらのようであった。
二人を見て安心したのか、木を背にもたれかかるようにしてその場に座り込んだ。
ルリニアのこともあったため、カナギとフィーリアはしばらくその場に休むことにした。
「いったい何があったんだ?」
「あ・・・あはは・・・・・私達サーギオスとラキオスの両方にしてやられたみたい」
ルリニアは静かに何があったか語りだした。
カナギとフィーリアがイースペリアを脱出したすぐ後のことである。
守りは優先していたところでユニルに報告が入った。
「ラキオスが動きました」
「えっ・・・」
ユニルは耳を疑った。
だが報告が間違いではないとばかりに、サルドバルトの攻撃の手は弱まっている。
「全軍前進!」
ユニルの決断は早かった。
ここで一気に押し返してラキオスと合流して、一気に決着をつければ国は守れたと考えてもいい。
ユニルはある程度まで敵軍を押しのけたと確認すると、エーテル変換施設の動力中枢へと向かおうとしていた。
「ユニったら心配性ね」
「自覚はしているけどここを押さえられたら負けよ」
ユニルは何か胸騒ぎがしていた。
だが動力中枢へと向かおうとしていた途中で殺気を感じて足を止める。
ルリニアもそれを見て足を止めた。
すると目の前にブラックスピリットが現れた。
「ユニル=ブルースピリットか?」
「そうよ」
ユニルは目の前にいるブラックスピリットの風貌は、噂で聞いたことがあった。
目の前にいる存在が、現実であるということを認識すると剣を構える。
「サーギオス遊撃部隊ウルカ=ブラックスピリットね」
「ユニ・・・知っているの?」
「実際に会ったことはないけど噂で・・・ね」
「いかにも・・・そして手前の役目の一つはユニル=ブルースピリットの首級」
その瞬間、ユニルは出会ったこともない殺気に打たれた。
「ルリニア、下がりなさい」
「でも・・・」
「この戦いにあなたは加われない。私も本気を出さないと殺される」
ユニルはすぐにウルカの実力を読み取った。
尋常ではない殺気の裏側には、それだけの実力と経験があることを意味している。
その瞬間、ウルカは一気にユニルとの間合いを詰めると、居合いの斬撃を繰り出した。
「ハァッ!」
ユニルはその斬撃を受け止めた瞬間、蹴りを繰り出す。
だがウルカは剣が受け止められたと同時に後ろに飛んだ。
「流石噂に聞くだけのことはあります」
「あなたもね」
この戦いでは速さではウルカのほうに分があり、技ではユニルのほうに分があった。
そして力では互角である。
その証拠にユニルは先手を取ることができない。
ウルカの速さを見切り、反撃を繰り出すことが精一杯である。
「ハァァッ!!」
「ヤァ!!」
ウルカの斬撃一撃一撃を受け止めつつユニルは勝機を伺っていた。
反撃をせずに剣を受け止めているのはそのためである。
戦いは速さだけでは勝負は決まらないということを、ユニルは知っている。
いかにして相手の隙を狙い、打ち倒すかが重要と考えているのだ。
速さの勝負をしたら、その瞬間に負けが決定してしまう。
そのため反撃だけという自分の有利な条件を変えようとしない。
「見えた!!」
「ウッ!!」
十数合受けた後にウルカの斬撃を受け止めず、剣で流すと流した力を使ってウルカに向かって剣を振りかざす。
流した時の摩擦から解放された剣閃は、一種の居合いの太刀と同質のようなもので剣速は通常より遥かに早い。
ウルカはなんとか後ろに飛んで避けたものの、ユニルは一気に飛んでウルカとの間合いを詰めた瞬間に剣を振り下ろす。
「外したようね・・・」
この斬撃をウルカは剣を使って流したものの、完全には流すことが出来ず、肩に剣で斬られた傷が見える。
ほんのかすり傷程度ではあったものの、これはユニルとウルカの実力の差を意味していた。
「流石は噂に名高い実力者」
ウルカにとっては、実力の自負を打ち崩されたような気分である。
攻撃一手に戦っていたウルカとは違い、ユニルは勝つために冷静に勝機を伺っていたのだ。
そして勝機を見つけた瞬間、確実に逃すことの無い判断力を持っている。
ウルカとの大きな差は、ユニルは自分の判断でいつも行動をする、ウルカは命令されて動くという判断力の差でもあった。
「手前の役目はもう一つあります。そのためこの勝負はあずけましょう」
「勝手な都合ね・・・」
「貴殿に情報を譲りましょう。今すぐこの国を退去すべきです。この国は崩壊いたします」
「崩壊?」
「ここからは手前の主に背くことであるため話すことはできませぬ」
ユニルはウルカの敬意が嘘ではないことを理解した。
目の前にいるウルカというスピリットはあくまでも武人であり、信義に背くような真似はしないということである。
「では、いつか手合わせを」
「できればないことを祈りたいわね」
速やかに去っていくウルカを見送ると、ユニルはウルカの言った言葉を考えてみた。
そして動力中枢に走り、到着してみると驚愕した。
「まさか・・・」
「どうしたの?」
後から到着したルリニアは状況がよくわからなかった。
だがユニルには文献で覚えがあった。
神剣が暴走し、爆発する現象【マナ消失】が起きる。
「ルリニア、急いで逃げるわよ!」
「ちょっとどういうことよ?」
「悪いけど説明している時間はないの!」
走り出すユニルの後に続いてルリニアも走り出した。
そしてユニルは走りながら叫ぶ。
「イースペリア、サルドバルトの兵全軍できるだけ遠くに逃げなさい!!マナ消失が始まるわよ!!」
ユニルにとって、この虐殺行為は見過ごすことが出来なかった。
そのため両軍に対して叫んだのである。
この声を聞いたイースペリアの兵は理解できないことであるながらも、総隊長の命令であるため逃げ始める。
だが理解していないサルドバルトの兵は、最後の足掻きのようなものと軽く考えて逃げようとしない。
ユニルは口惜しいと考えていても仕方が無かった。
「ルリニア!死にたくなかったら全力でこの町から逃げなさい。
カナギ様達は西の山を越えてマロリガンへと向かうはずよ。合流して手助けをしてあげて」
「ユニはどうするの?」
「私は町の人達に通達するわ・・・残っている人達を助けなければいけないから・・・」
「ユニ!!」
「生きなさい!!ルリニア=グリーンスピリット!!」
そう言うとユニルはウイングハイロゥを広げると飛び出した。
空を飛びながらユニルは
「この町から早く逃げてください!!できるだけ遠くに早く!!」
と叫び続けている。
ルリニアはそれを一瞬見るとそのまま走り出す。
途中でサルドバルトのスピリットに見つかったが、炎を放たれながら、剣で斬られながらも必死で走った。
そしてなんとか郊外に逃げた時には、体中が傷だらけになっていた。
やっと傷を治せると思ったその時である。
突然地響きが来て体勢を崩しかけた。
「何かくる・・・」
心の中でそう直感が走った。
その瞬間、イースペリアの方向に守りの力を集中する。
衝撃波が怪我に響き痛みが走った。
だがそれだけの威力があると、体が悲鳴を上げているが力を緩めはしない。
そして衝撃波と轟音がおさまると、やっと力を抜くことが出来た。
「まさか・・・」
この事実を知っていたので、ユニルは残ってできるだけ大勢の兵士や住民を助けようとしたのだとルリニアは理解した。
ルリニアは怪我の治療をしつつも涙が止まらなかった。
ユニルの最後の言葉はルリニアの心に響いていた。
最後にユニルはルリニアに総隊長として、命令したのである。
仲間としての言葉であれば、ルリニアはそのまま留まると考えたのだろう。
だが総隊長としての命令であれば、ルリニアも反応して留まることが出来ない。
今まで教えられてきた教育を、ルリニアは恨んだ。
「ユニ・・・私はあなたの相棒でしょう?生死は一緒でなければダメなのに・・・なんで私だけ・・・・・」
今まで守ってきたユニルに守られてしまったのである。
だがここで立ち止まるわけには行かなかった。
治療にはかなりの力を使ったが、立ち上がると歩き出した。
「カナギ様のところに・・・行かないと・・・・・」
そしてルリニアは山のほうへと向かった。
「ということよ・・・」
ルリニアは静かにあったことの全貌を語り終えた。
その事実に二人はしばらく何も言えなかった。
カナギは立ち上がると、今夜野宿するための火を起こすための木を集めに行った。
だがそれは一つの理由であり、本当の理由は今は二人きりにさせてあげたかった。
家族としての繋がりが深い二人でなければわからない苦しみを分かち会うには、今は自分が邪魔であると考えたのである。
「あの・・・ルリニアさん」
「何?」
「ユニル様はまだ死んだとは限りませんよ・・・」
誰も確認していないのであれば、確かにそうではあるが今から戻ることもできない。
だがあの中心で動いていたのであれば、生きている確立は極端に低いのである。
「私だって・・・そう思いたいわよ・・・」
「ユニル様は強い方です・・・だから私達が信じてあげなければ誰が信じてあげるのですか?」
ルリニアはそのフィーリアの言葉の裏に強さを感じた。
自分もユニルとは付き合いが長いというのに、必死で悲しみをこらえている。
それだけでなく前向きになることで、ルリニアまでも元気付けようとしているのだ。
「そうね・・・あのユニが死ぬはずがないもんね」
「はい、ユニル様に勝てる者がこの世にあるとするならホウキと雑巾だけですよ」
「あ・・・あはは!フィーリアが冗談を言うなんて珍しいわね。確かに掃除が苦手のユニには強敵だわ」
「笑っているところを悪いんだけど・・・」
いきなり戻ってきたカナギは額から血を流していた。
重症ではなさそうだが、何かあったようで二人は驚きの顔になる。
「いったい何があったのですか・・・?」
「いやぁ・・・卵もらおうとしたらこの通りやられたよ」
「カナギ様ってワイルド・・・」
カナギは鳥の巣のようなものがあったので、木に登ってみたら案の定卵があった。
それを少し頂いてきたのである。
だが帰りに親鳥に見つかって、つつかれながらも逃げてきたのだ。
ルリニアがカナギの治療を終えるとフィーリアは木を切って、石を使い、起こした火の上において石を温める。
こうしてこの温まった石の上に卵を落とすと、目玉焼きのようなものが出来上がった。
この日の食事を終えた三人は眠りはじめた。
明日には何があるのかを考えないように。