第九話 王都崩壊
王都についたものの戦況は散々たるものであった。
防衛のスピリットは半数が死亡し、サルドバルトのほうは次々援軍が近づいている。
今目の前にいる敵を倒しても、次々敵軍の到着するのである。
ユニルにとっては頭を悩ませる状況であった。
「ちぃ!」
その時カナギは前線で戦っている。
普通のスピリットより高い実力を持つカナギは主力の一人であった。
フィーリアが補佐をしているものの、敵の数が多すぎることは現実である。
「いくらやられてもこりないものだね」
数多くいる敵兵を見てカナギは呆れ顔になった。
この戦いはいつ終わるかということではない。
勝てるかどうかのほうが今は問題である。
なんとかこの日は敵を退けたものの、時間稼ぎをしようとしていることも明白であった。
夜には軍議が行われたが、その後にカナギはユニルに呼ばれた。
「疲れているのにこのような時間にお呼びして申し訳ありません」
「別に構わないよ。重要なことなんでしょ?」
さすがにこんな時間にこの戦争状況で呼び出されれば、どういうことかくらいはカナギは理解していた。
「現在ラキオスがダーツィを攻め落とし、こちらに向かっていると報告がありました。
イースペリアへの援軍と考えても良いでしょう」
「まあ一応同盟を結んでいる以上はそういうことなんだろうね」
「ですがラキオスの援軍は間に合わないと思います。例え到着したとしても、ラキオスはイースペリアが落ちるのを待つでしょう。
その後に疲弊したサルドバルトを撃ち、イースペリアとサルドバルトの両方を手に入れると考えたほうが良いです」
ユニルは完全にラキオスを信用していなかった。
だがカナギもその考えには同意である。
ラキオスの王と直接話したことがあるだけに性格はわかっていた。
「つまりイースペリアはどちらにしても滅ぶってわけか」
「そういうことです。総隊長である私がはっきりということは問題ではありますが、カナギ様にはお教えしなければいけないと思いました」
「気遣いありがとう。ラキオスと僕の因縁を考えての処置だね」
「はい、そして私からは個人としてお願いがあります」
「お願い?」
カナギとしては呼ばれた理由は、ラキオスとの因縁のことだけだと思っていた。
またラキオスに捕まれば今度は逃げられないので、ユニルがその処置を考えてくれたということである。
それなのに個人としてお願いされるとは思っていなかった。
「フィーリアをお願いします・・・」
この言葉は本来スピリット隊総隊長としては、発してはいけない言葉であった。
他にも戦っているスピリットがいて殺されているスピリットも数多い。
それなのに一人だけ生かそうなどというのは本来おかしいことである。
だがそれはユニルの思いがこもっている言葉であった。
「あの子は町の人と触れ合い優しさを身につけました。スピリットとして生きるだけではないとということを知っています。
ですがカナギ様であればそれ以上の何かを身に付けさせて上げられるはずです」
「それは過大評価だって。第一僕は世話になってぐうたらしていただけなんだから」
「カナギ様は必要以上に意識していただかなくて結構です。今まで通り世話役と考えていただければ良いのです。
それがあの子にとって大きなものをもたらすと一方的に私は信じているだけです」
だがそれだけではないとカナギは感じていた。
国が滅ぶということは全ての兵は殺される。
それが意味することは一つ。
「イースペリア最後のスピリットとして生きていて欲しいのかな?」
カナギのその言葉にユニルは黙って頷いた。
「ユニルは立派なお姉さんだよ。僕はユニル以上の繋がりはもっていないよ」
「私のせいでフィーリアはスピリットとして生きることを中心に学んでしまいました」
「でもあの笑顔は本物だよ。ユニルとルリニアの前で見せている楽しそうな顔はね」
ユニルはフィーリアの笑顔を思い出してみると、確かにそれは兵舎でのみしか見たことが無かった。
多くのことを教えながらも、自分も多くのことを教えてもらったと思い返した。
「本当の気持ちとして言わせていただきます・・・私は妹の意味を知りません。
ですが私とフィーリアが姉妹のように見えたのであれば・・・妹を守ってあげてください」
決意を込めた言葉には重みがあった。
そのためカナギは
「わかった・・・」
と言った。
この日から数日の攻防が繰り広げられていた。
各町から送られてくる援軍は、イースペリアにとっては辛い戦いを強いられるものである。
だがユニルの指示に従って動くスピリット隊は強く、地理などを利用して数の差を埋めている。
ユニルにはもう一つ策があった。
それはラキオスが近づけば近づくほど、サルドバルトは焦るため隙が出来やすい。
報告によればラキオスはランサを攻め落とし、ダラムの攻防戦を繰り広げているらしい。
おかげで東側からは攻められる心配はなくなったが、今は本国から送り込まれる兵の多さに苦戦していた。
そのため少しずつ味方の兵も失われている。
時間がないということはユニルにはわかっている。
だが今は防衛するしかないのである。
「ふぅ・・・タダ飯食らっていた分の料金は高いものだね」
「まあまあ、怪我の治療代もあるから仕方が無いわよ」
カナギもさすがにこれだけ敵の数が多ければ、怪我をすることも多かった。
神剣と同質の力があるため、ルリニアの神剣の力による治療が出来るのでなんとかすぐに戦える。
ただし重症ともなるとそうはいかない。
なんとか手傷程度に留めていることが救いであった。
「はい、終わり」
「ありがとう」
「現在第三部隊が攻防を繰り広げているようです」
フィーリアが報告にきたのでカナギは立ち上がる。
さすがにいつまでも本陣にいるわけにはいかなかった。
一応カナギが在籍しているのはユニル直属である総隊長部隊である。
だが今ではその意味はほとんどなくなっていた。
ほとんど全軍で死守しなければいけなかったので、怪我が治ったスピリットから次々参戦しなければいけないのである。
ユニルはほぼ寝る間もなく、前線で指揮をとっていた。
ユニル=ブルースピリットというのは北の大陸では声望が高い。
そのためサルドバルトはユニル=ブルースピリットがいなければ、イースペリアはすぐに落ちるとまで考えていた。
だがユニルには最も信頼している部下、ルリニアがいる。
そのため直接倒すということもできないため、戦況は長引くだけであった。
「ほら!よそ見していると危ないわよ!」
ユニルが敵に襲われそうになると、大抵近くにいるルリニアが防御と治療に入る。
イースペリア最強の鉄壁とも呼ばれている彼女こそ、ユニルの最高の護衛とも言えた。
だが状況の悪さは日を追うごとに悪くなっていく。
「本当に危険ね・・・」
ユニルは自分も戦闘に入りつつも、指揮を執らなければいけない。
周囲が総崩れになっても、自分だけは逃げるわけにはいかなかった。
それをいつも笑顔で助けてくれたのがルリニアである。
二人の信頼は戦いを通じて築き上げられたものであった。
「はっ!」
ルリニアがブロックで受け止めた敵を、ユニルが一気に切り裂く。
レッドスピリットが現れれば、ユニルが神剣の力を封じてルリニアが倒すという絶妙なコンビネーションである。
それが今までの戦いで生き抜いてきた二人である。
その二人を見て味方は引き返し流れを取り戻していく。
だが連日の戦いが続いた結果、ユニルにとって最悪の事態が起こった。
スピリットの半数が死亡して、すでに防衛には難しい数に達していたのである。
だがすでにラキオスはダラムを落とし、王都へと向かっている。
そこでユニルがとった最終手段は、篭城戦であった。
城を一つの地形として戦えば、少数でも防衛できるという最終手段である。
狭い場内に引き寄せれば、相手は迷路に入り込んだようなものであり、少数しか通れないことに加えどこからでも待ち伏せができる。
それだけでなく相手はあとは城だけという気の緩みが出てくることから、隙ができるというものであった。
だが失敗すれば、完全に滅亡という意味を示すほど大きな意味を持つ。
完全なる賭けの手段であった。
その間にラキオスが到着すれば追い返せるが、ラキオスを信用していないユニルも今は苦肉の策として選んだ。
その日、敵は城下街に流れ込んだ。
塔に見張りを置いてラキオスが到着するかを確認させ、要所に兵を配置する。
城内攻防戦の始まりである。
イースペリアの城内の地形を生かした戦い方は、サルドバルトが進むことが困難なほどの状況をもたらしていた。
そのため全く前に進めないのである。
そしてユニルの耳に
「ラキオスが近づいています」
という報告が入った。
それを聞いてユニルは間に合ったことで少しほっとしたが、少し気になることがあった。
「物見にラキオスの動向を交代で報告せよと伝えよ」
何かユニルの中で胸騒ぎがした。
その胸騒ぎは一つ当たった。
すぐに報告がきたのである。
「ラキオスは動きません・・・」
ユニルにとっては裏切られた思いである。
悔しさを感じても、今は城を守りきること以外はできないのである。
「フィーリア!」
ユニルはフィーリアを呼んだ。
フィーリアは近くの通路を守っていたが、一時交代してユニルの元に行った。
「ただいま戻りました」
「カナギ様をお連れして城外へ逃げなさい」
「えっ・・・」
フィーリアは言葉に詰まった。
だがユニルは言葉を続ける。
「これはスピリット隊総隊長としての命令です。即座に行動に移しなさい」
「その命令は・・・」
フィーリアは『聞けません』という言葉を続けたかったが、声が出なかった。
それはユニルの真剣な目つきが、言葉を阻んだのである。
「フィーリア・・・カナギ様はラキオスに捕まればもう二度と自由はありません」
それを聞いたフィーリアは理解した。
だがユニルが死を覚悟していることに気がついた。
ユニルを死なせたくないという思いはあるが、無力であると自分ではわかっている。
「承知・・・しました・・・・・」
フィーリアは俯きながら、涙をこらえて走り出した。
その時にユニルはその姿を見て
「フィーリア・・・あなたはできるだけ生き抜いて・・・」
と静かに言った。
その頃カナギは通路の防衛をしていた。
「カナギ様・・・」
「なんだい?」
「ユニル様よりカナギ様をお連れして逃げるように御命令を頂きました・・・」
カナギは驚く様子もなく静かにため息をついた。
この戦いに勝ち目がないということは、カナギも最初からわかっていた。
ユニルは最後の希望にすがったが、それは叶わなかったとカナギに言ったようなものである。
「わかった・・・」
カナギは静かに返事をすると、フィーリアと共に城内の窓まで走る。
そしてフィーリアはカナギを抱えると、ウイングハイロゥを広げて飛び出した。
後ろを振り向けば今まで守ってきた城がある。
だがその城は今は奪われようとしていた。
二人には止めるすべはなく、ただ遠くへと逃げるしかない。
ある程度まで飛ぶと、着地して二人は走り出した。
そしてイースペリアの王城が見えなくなるほどの位置まで移動した。
「本当にこれが現実なのか・・・」
イースペリアの王城がある方向を見つめながらカナギは呟いた。
今まであった平和が夢なのか、それとも今王都が奪われようとしていることが夢なのかそれすらも理解できなかった。
「ユニル様・・・ルリニアさん・・・みなさんの命を賭けても守りきれませんでした・・・」
二人共悲しみをこらえていた。
だがその時に頭に声が響いてきた。
『カナギ・・・早く身を守ってください』
「誰なんだ・・・?」
『神剣が消えようとしています・・・早く』
カナギは頭の中に響く言葉が気になったが、何か嫌な予感がした。
「フィーリア、早く神剣の力で身を守るんだ」
「はっはい!」
その予感はすぐに的中した。
激しい轟音と共に衝撃波が放たれてくる。
それがイースペリア王城から放たれてきたものだということはわかった。
「ユニル様・・・ルリニアさん・・・・・」
フィーリアはそれがどういうことなのかを、完全に理解しているようであった。
そのため涙を流すより、先に愕然としてその場に崩れ落ちた。
二人は離れた位置にいるだけでなく、備えて防御をしたので助かった。
だがイースペリアにいた者達は、必然的にどうなったかは見たくなかった。
「これはどういうことなんだ?」
「マナ消失です・・・誰かがエーテル変換施設中心部の動力中枢を暴走させたのでしょう」
その意味はカナギにはわからなかったが、結果だけは予想ができた。
崩れ落ちて、座り込んでいる優しくフィーリアを抱きしめた。
「泣きたい時には泣いたほうがいい。無理に我慢する必要はないよ」
「うぅぅうわあぁぁぁぁ!!!!」
本当はカナギは自分も我慢しているのであるが、今はフィーリアのことが心配であった。
フィーリアはそのままカナギの胸で子供のように泣き続けた。