第八話 戦争
数々の出来事がありつつ平和な毎日が過ぎていった。
だがそれは突如にして壊されようとしている。
「それは真か?」
「はっ・・・」
「すぐに軍に報告せよ」
王城で起こった緊急事態である。
そのためスピリット隊総隊長であるユニルと、軍の司令長官ガーズが女王に呼ばれた。
「今日入った報告によるとラキオスがダーツィを攻撃しているとの報告があった。
それに乗じてサルドバルトが南に軍を動かしているという」
その言葉にユニルとガーズは少し驚いたが、動揺もせずに聞いている。
国の大きさで考えれば上であるイースペリアも、軍の数と強さではサルドバルトには及ばない。
今まで静観していたサルドバルトが、何故いきなり攻めてくるようなまねをしたのかが解せなかった。
ユニルはそれを考えてみたところ、嫌な考えで頭によぎった。
「女王陛下・・・失礼ながら意見をよろしいでしょうか?」
「申してみよ」
「サルドバルトとラキオスになんらかの密約があったのではないでしょうか?」
「どういうことだ?」
「今までサルドバルトが静観していたのは軍の強化であることは間違いないでしょう。
ですが何故ラキオスがダーツィに進軍したことをタイミングにしたかのような動いたのかということです。
そして報告が入るまでの日数ですでにダーツィは落ちようとしているのではないでしょうか」
ダーツィという国はイースペリアに攻めようとはしていたものの、国が安定していないことも欠点であった。
だがそれを付けこまれてラキオスに落とされようとしている。
ラキオスは同盟国であるものの、必ず信用できるというわけではない。
裏で取引がされていてもおかしくないのが戦争の時代である。
「確かにそれであればサルドバルトが動いたことも説明がつく」
「あともう一つ考えられることですが、サルドバルトはラキオスを恐れているのではないでしょうか?
ラキオスは弱小国と言われながら現在では北を平定しようとしています。
それを恐れたサルドバルトは我が国の領地を手に入れ、戦争の糧としてラキオスに備えようとしているのでは?」
ユニルは一つの見識に留まらず、見解の幅を広げている。
それは間違えたときを考えているのではなく、全てに対応するためであった。
どちらにしても、イースペリアにサルドバルトが進行しているという現実を踏まえた考え方である。
「とにかく今はラキオスよりサルドバルトに対応することを前提にしたほうが良いと思います」
「うむ、防衛は任せたぞ」
「はい、お任せを」
王の間を後にしたユニルも内心では自信はなかった。
そのためこの国を守るためにはどうしたら良いものか、と頭を悩ませている。
「毎度貴公の見識には頭が下がる」
一緒に歩いていたガーズがユニルに言った。
軍の司令を勤めているといっても、スピリット隊には本来及ばない。
それを苦々しく思ってはいたが、ユニルの実力と見識は高く評価しているのである。
「ガーズ様、ロンドについては私が死んでも防衛します。他の地域の守りをお任せしたいと思います」
「うむ、だがスピリット相手では我等ではまともに戦えぬが」
「ロンドは今までの兵力で防衛します。そのため他の地域に防衛兵力として配備していただきますがそのことをお願いします」
「だが・・・現在ロンドに駐留しているスピリットはわずか十名ではなかったか?」
「確かにサルドバルトの兵力を考えると全てのスピリット隊をロンドに結集しなければいけないでしょう。
ですがサルドバルトはその点に付け入る恐れが高いです。そのため他の地域は確実に狙われます」
ユニルが一番恐れているのは王都の直接攻撃である。
戦争の中で王都を奪われれば戦争は負けで、降伏するか逃げるしかなくなる。
それだけはなんとしても防がなければいけなかった。
だがそれは自分の守る場所を最低限まで手薄にしなければいけない。
「わかった・・・王都はおろか他の地域は全て任せられよ」
「お聞き入れいただきありがとうございます」
「だが・・・貴公はこれからも必要な人物だ。その若さで死ぬなよ」
「はい」
話が終わるとユニルはロンドに戻った。
そして兵舎に行く。
「フィーリア、ルリニア。すぐに来なさい」
「はい」
「何?」
二人はすぐにユニルに呼ばれて駆けつける。
「フィーリアは第三兵舎、ルリニアは第二兵舎に通達。内容は一週間以内に戦争が起こる。そのため厳重に警戒と準備をせよ」
「はい」
「いきなりね。わかった」
二人は飛び出すようにして走っていく。
そしてユニルはカナギの部屋へと向かった。
ドアをノックしてあけると、カナギは本を読んでいた。
「カナギ様、大変なことになりました」
「ああ、聞こえていたよ」
「そうでしたか・・・」
ユニルは言葉に出しにくかった。
カナギの実力は知っているが、この戦争は敗色が強い。
それなのに戦ってほしいとは言えなかったのである。
なので別のことを伝えにきた。
「カナギ様・・・残念なことになりました。カナギ様が望むのであればこの国から出る手助けをします」
「なるほどね。この戦は負けるほうが確立が上なのか」
ユニルはカナギの察知の良さに感謝はしたものの、認めたくはない現実である。
だがカナギは笑って本を閉じる。
「フィーリアを貸してもらってもいいかな?」
「どのような意味でしょうか?」
「ただ飯は嫌だって前に言ったはずだよ。勝敗なんて関係ないさ」
つまりは、カナギはイースペリアに味方するという意味である。
ユニルはその言葉が嬉しかったが、できればカナギを戦争には巻き込みたくは無かった。
だが今は国が滅びるかの戦いであるため
「ありがとう・・・ございます・・・・・」
と言うしかなかった。
たった一人で戦いが変化するというのは難しいが、カナギはここで逃げ出したくは無かった。
最後まで気遣おうとしてくれたユニルや世話になったフィーリアとルリニアのためにも、ここは戦わなければいけないと思った。
その三日後であった。
サルドバルト軍はロンドから離れた場所で陣を構えていた。
いつ戦になってもおかしくないという雰囲気を漂わせている。
人間の兵士とスピリットが入り混じるこの戦いは、スピリット隊の勝敗が全てを決めるといってもいい。
だからこそスピリット隊は死ぬまで戦わなければいけないという意地があるのである。
「カナギ様・・・フィーリアをお願いします」
「ああ、わかっているよ」
「カナギ様は独自に行動をお願いします。前に戦争に参加をしていたようなので慣れというものがあると思いますので」
「わかった」
そしてサルドバルドの兵が動き出したところで、イースペリアの軍も前に出る。
玉座に座る王の思惑が戦場で交差する世界。
その戦いが繰り広げられる。
血しぶきや歓声が飛び交う中カナギは走った。
「カナギ様・・・」
「心配しなくていいよフィーリア。今攻めてきた敵のうちスピリットは十五人ほど。ユニルの指揮するこの軍なら負けはしない」
隣で走りながら心配しているフィーリアを、安心させるかのように言った。
だが負けないということは戦争には存在しないもであり、カナギも理解している。
そして目の前に三人のスピリットが立ちふさがった。
「さて・・・ふざけた戦いなんだからまともな気持ちでやってなんていられないさ」
カナギは剣を抜いて構えると、正面にいたグリーンスピリットに振りかざす。
だが神剣の力によるブロックに弾かれた。
「カナギ様、グリーンスピリットは私が相手をします」
「任せたよ」
色の相性の問題というものが大きかったが、フィーリアとカナギは万能型のようなものである。
そのためお互いの得意な分野で補い合うだけでいい。
ブルースピリットとレッドスピリットと向き合うと、レッドスピリットが炎を放ってくる。
それを横に飛んで避けた瞬間、ブルースピリットが剣を振りかざしてくるがそれは後ろに飛んで避けた。
再び向き合うがカナギはその瞬間に、すでに間合いをつめていた。
「個人的な恨みなんて無いけど戦争に参加したんだ。だからもう開き直るよ」
その言葉を発した瞬間、カナギはレッドスピリットに剣を振りかざし、レッドスピリットは肩に斬撃を受ける。
だがそれを見てブルースピリットが剣を振りかざしてくるが、カナギは自分の剣を離して避ける。
ブルースピリットは自分の仲間であるレッドスピリットを斬ってしまい、一瞬唖然とした。
だがもう一本の剣をカナギは抜くと、ブルースピリットを一気に切り裂いた。
この時間は二分とかからない攻防である。
フィーリアのほうはブロックが追いつかないほどの連続の剣閃を放ち、一気にグリーンスピリットを切り裂いた。
「ありゃ・・・」
フィーリアのところに戻ってカナギが気がついたことは、自分達がすでに囲まれていたことである。
周囲には六人のスピリットが二人を囲んでいた。
だがその瞬間である。
囲んでいたスピリットが次々やられていった。
「さすがのお手前ですね。カナギ様」
「そっちもね。ユニル」
ユニルは前線指揮だけでなく、自ら戦いの中に身をおいているのである。
しかも一番危険な地域に自分から行くという。
それが今回カナギのいた場所だった、ということであった。
朝から昼過ぎまで続いたこの戦は、イースペリアの勝利に終わった。
サルドバルトは後退して、ロンドからは見えない位置である。
兵舎に戻るがユニルは今回の被害を確認するために、資料に目を通していた。
「思ったより被害が少ないわね」
今回の戦いでは被害はほとんどなかった。
重軽傷者がいただけで、死亡者がいなかったことが幸いである。
だがユニルが気になっていたことは、敵の数が少なすぎたことであった。
百を超えるとまで言われたサルドバルトの兵が、今回は二十名にも満たなかったのである。
だがその懸念は一気に消えることになった。
「御報告です!」
「何事か?」
「王都イースペリアが・・・」
「まさか・・・」
ユニルが一番最初に考えていたことが当たってしまった。
サルドバルトはロンドの攻撃を囮として、王都イースペリアに攻撃をしていたのだ。
ユニルは渡された資料に目を通す。
「そんな・・・」
全てユニルの読みはあたっていた。
サルドバルトは全てのイースペリアの町を攻撃し、そして王都までも狙ったのである。
その結果、イースペリアの東に位置する町ランサとダラムは、すでにサルドバルトの手にあった。
ロンドの攻撃を一番最後にした理由は、ロンドに駐留するスピリット隊を一番強いと見たからであった。
ダラムの町はロンドの次に王都に近い。
ロンドを死守しても、王都を襲われれば全く意味が無かった。
「くっ・・・」
ユニルは自分の考えがあたっていても、意味がないことと自分の無力さを悔いた。
幸い王都はまだ落ちてはいないが、時間の問題だろう。
「フィーリア、ルリニア。各兵舎及び軍に通達・・・ロンドを放棄します」
今はロンドをいくら守ろうと意味はなかったため、今はすぐに決断をしなければいけなかった。
それだけでなく今はロンドは勝利をしたことによって、相手は警戒をするだけですぐに撤退するとは考えていない。
時間も限られているため、退くとしたら今夜しかなかった。
ユニルは自分も軍の本部に行くと、撤退方法を説明する。
「軍の全てが撤退したと確認したら私達スピリット隊も様子を見て撤退します。
もしロンドが強襲されるようなことがあれば私達で守ります」
軍はスピリットとは戦えないがスピリットは軍と戦える上、長距離飛ぶことの出来るスピリットを使えば移動が早いための考えである。
ただしここから王都までの距離を考えると、王都が持つかまでは保障はできない。
だがユニルは王都はすぐには陥落しない、ということだった。
それは大概の町は、ロンドの二倍以上は王都まで距離があるからだ。
さすがに周囲の町まで落としたサルドバルトには、王都まですぐに落とせるほどの兵力はないという読みである。
ダラムを落とした兵が王都に行くまでには時間がかかる上、ロンドを攻めてきた兵は実の兵力は少ないので問題はないのである。
「大変なことになったようだね」
カナギは戻ってきたフィーリアに話しかけた。
無表情にしている顔からは、悲しみが溢れている。
「ロンドは長く居させていただきましたが・・・守ることはできませんでした」
「戦争は奪い合いだよ。だから僕は一度逃げたんだ。いくら逃げても慣れないんだろうね」
カナギはラキオスのことを思い出した。
ネリーとシアーには世話になったため、逃げ出したことは心を痛めている。
だからこそ今度はできれば逃げたくは無かったが、そう甘くはなかった。
二人は夜の町を見渡せる高台に上った。
見張りも兼ねてのことであったが、いつも輝いていた明かりも今は消えている。
「次の日にはもうこの町はサルドバルトに奪われてしまうのですね・・・」
「名残惜しいだろうね」
「いえ・・・私はスピリットです。思いなどを残してはいけなかったのでしょう」
フィーリアは右手で胸を押さえながら言った。
自分をスピリットと思うことで、心を押さえつけているのである。
そこに連絡役のブルースピリットが飛んできた。
「軍の撤収が終わりました。スピリット隊もすぐに撤退します」
「ああ、わかった」
「はい・・・」
高台を去る時に、フィーリアは一度振り返る。
「町の皆さん・・・楽しい思い出をありがとうございました・・・」
そう言うと町を後に歩いていった。